エントリ

 以前からの常連さんは、光市母子殺害事件について、私がさまざまな観点から述べた意見をご存じですから、私の基本的なスタンスや刑事弁護士としての私がどのような考え方をするのか、またそれを通じて刑事弁護とはどういうものかについて程度の差はあるかも知れませんがある程度の理解はしてもらっていると思います。
 しかし、最近の各所のリンク先からの訪問者で、特に橋下弁護士批判のエントリしか読んでいないコメント投稿者は、そういう基礎的な理解なしにもろに素人感覚で投稿されます。
 そのこと自体を批判することはできませんが、私の意見は素人意見ではなく玄人意見であることをまず確認したいと思います。
 要するに、土俵が違うという感じを持っています。

 素人の皆さんは、主としてメディアから得た情報をもとに、目の前にある光市母子殺害事件の弁護活動とその内容及びそれに対する橋下弁護士の批判というか非難についての率直なまたは素朴な感想を述べておられるように思います。
 
 しかし、プロとして刑事弁護に携わっている私(やその他の弁護士)としては、橋下弁護士がとった行動およびそれに誘発された懲戒請求が、他事件に一般化された場合のことを考えないわけにはいきません。
 他事件の中には冤罪事件が含まれてくる可能性を無視することはできません。
 つまり、玄人としては、制度論的な視点を忘れることができないのです。

 そして現在の制度は、これまでの歴史的教訓をもとに、考えられるあらゆる利害対立や価値観の調整、正反対の性格を有する事件についても最大限の具体的妥当性を図りつつ法的安定性を確保するための仕組みを考え抜き、神ならぬ人間の営みの限界の中で理想を追求した結果として成立しています。
 もちろん、もともと矛盾する現実の中で理想を追求しているわけですから、理想にはほど遠い制度ではあります。
 
 しかし、矛盾や欠陥があるとしても、現在の到達点としての制度の仕組みとそのよって立っている基本的な考え方は何かという興味・関心くらいは持っていただきたいものだな、と思っています。

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コメント(597)

荒唐無稽な弁護が被告人とって本当に有益なものとなるのだろうか?

人が人を裁く法廷内において、常識と乖離した議論で人が裁かれて本当によいのだろうか?

少なくとも世論はそうは思ってない。荒唐無稽な弁護に疑問を感じている。

世論の理解を得たいのなら、法曹などという立場でなく、人として血のかよった説明が必要である。

 毎日ではありませんが、私の知らない、あるいは普段考えないようなことについての新たな視点をRSS経由で見させていただいています。

 くだけた表現で申し訳ないのですが、弁護士さんの仕事に限らず、自分の知らない世界で飯を食っている人を、外から見たらこうなるのかも知れないなあと、ここ最近のエントリやコメントを読んで思っていました。

 自分が直接関わっていないところでは、人はいくらでも無責任になれるというか、他人の痛みは永久に我慢できるというか、うまく言えませんがそのような無責任な人たちが騒いでいるだけのような気がします。予めお断りしておきますが、無責任な人たちが悪い、と言っているわけではありません。
 その善意を持つ無責任な人たち(繰り返しますが批難しているのではなく)に自分の世界の理を説明するのも大変だろうなあと、思った次第です。
 建設的な意見ではなく、感想だけでこれまたとても無責任ですが、コメントせずにはいられなくなってしまいました。
 皆さん程度は違いますが、似たようなことで苦労されているんですよね。
 難しいですよね、こういうのって。

>TAKU さん

 参考になるでしょうか?
 「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」

>荒唐無稽

TAKU さんには荒唐無稽に思える、と言うことですよね。

その評価を裁判で争っているので、結果を見守れば良いのでは?

ちなみに事実を検証できない間の昔の人は「太陽が地球を回っている」と思って反論を許さなかったのでしたが・・・

私も素人につき、よく咀嚼しないまま直感(?)に基づく意見を言いたくなるのは分ります。

1回は許されると思います。

しかし玄人もしくは常連の方から事実誤認の指摘等されて後、逆切れして、あろうことか素人からの上から目線で「俺様の意見が世論なんだよ!だから最初から詳しいことは知らんと言ってるだろうが!」はいただけませんね。

このようが方々が裁判員になるであろうことを思うとぞっとします。

>MultiSync さん

 天動説は初出でしたかね?

 いつか使おうと思ってた喩えなんですけど、先を越されました(^^;

こちらのブログを拝見するまで刑事事件の基本がまったく理解できていなかった一般人です。遠い昔に「三権分立」を習いましたが、最近まですっかり忘れておりました。
現時点ではとりあえず

「被告人の利益を主張する刑事弁護士」の主張と「被告人の罪を追求する検察」の主張を「裁判官が検討する事によって事実を明らかにし、その事実に基づいてた上で適切な刑を下す」事によって社会正義を実現する
(No.95 名無しさん さんのコメント | 2007年09月27日 00:13 | CID 82280 参照)

と認識しているのですが正しいのでしょうか?

メディアの報道を見ると「誰にでも分かる○○」みたいな煽り文句を良く見かけます。番組の中身はある事柄についての入り口を紹介するだけなのに、見終わった視聴者は何もかもが分かったような気分にさせられる。実際は物事の表層しか理解できていないのに、それにすら気付かない。検証や追及をしない事=高視聴率ですか?と勘繰りたくなる様なこの手法で事件報道も扱われ始めている気がします。
どうやったらメディアの誘導を巧くかわせるのか。
思惑に乗せられずに客観的に判断できるようになるのか。
無責任ですが、さっぱり自信がありません(泣)

ろくにご挨拶もしないまま、書き込みをさせて頂いておりました。
今枝弁護士のブログによりこちらに流れ着き、大勢の方の書きこみがある中で自由な掲示板であるかのように錯覚しておりましたが、これは言い訳です。
今更ながら恐縮です。大変失礼致しました。

>mash さん

 自由に意見を述べていただいてけっこうなのですが、管理人としましては「まともな議論」を志向しています。

 私自身が遊ぶときがありますので徹底していないところがありますが(^^;

> 自由に意見を述べていただいてけっこうなのですが、管理人としましては「まともな議論」を志向しています。

了解致しました。

光市事件の件に関しては、死刑廃止論の運動の一環として弁護しているという報道について、鵜呑みにはしないまでも、そのような疑惑の正否を判断できる材料や知識が不足しておりました。

こちらのエントリやコメント欄でされている議論も大変参考になります。

疑惑を事実であると断定しないよう慎重な姿勢を保ちつつ、疑問は疑問として、それを解決する材料を探して知識を身につけて行きたいと思っております。

>No.6 モトケン さん
> 天動説は初出でしたかね

たぶん初?かと
ネタ被っちゃって済みません「世間の声」から連想で(^^;

>MultiSync さん

 地動説は荒唐無稽どころの話じゃなかったんでしょうね。

常識では理解できない荒唐無稽な発言があったことは、今枝弁護士も認めてる。その上で刑事弁護人であればそれが正当化されると主張してるのである。

最終的な弁護方針が被告人の判断だとしても、荒唐無稽な発言や弁護が被告人にとって有益なのか甚だ疑問である。弁護人は「被告人の自己責任だ。どうなろうとそんなの関係ねぇ」と言ってるように聞こえるのは私だけか?

被告の責任にし、被害者遺族を傷つけ、裁判制度ないしは弁護士の信用を貶めてまで法廷内で荒唐無稽な発言が有益と主張するその根拠を説明して欲しい。

>No.13 TAKU さんのコメント

 私も同じような、感覚でいます。
 裁判というのも、お金がかかるはずで、それも税金なのではないでしょうか。皆、好き勝手なことを主張すれば、負担も大きくなるはず。現状の弁護士というのは、被告人に対しても、国民に対しても責任を全うしているとは思えません。
 確かに、この裁判でも、検察戸澗弁護側の主張をぶつけ合わすことで、被告人の救いがたい悪性の証明という真実が浮かび上がり、それで多くの国民が納得できたのかもしれませんが、それがまさに真実であり、それでよかったのか、疑問が残りますし、社会的問題としての解決、予防策の指針が示されたとも思えません。

 いずれ、破壊的なコペルニクス的転回が、迫っているのかもしれません。

>被告の責任にし、被害者遺族を傷つけ、裁判制度ないしは弁護士の信用を貶めてまで法廷内で荒唐無稽な発言が有益と主張するその根拠を説明して欲しい。

だから天動説と地動説だってば。荒唐無稽って判断してるのはいわゆる世間でしょ。被告のやりたいように弁護してんだから結果はともかく被告の有益かどうかは別問題。もちろん被告人の自己責任です。
裁判制度や弁護士の信用云々も刑事弁護制度の説明を受けて理解できれば出てこないとおもうんですけどねぇ。

>No.12 モトケン さん
>地動説は

まさに天と地・神と悪魔をひっくり返す、協会・神学会からは「悪魔の伝道師」との評価だったかと(笑)

宗教改革で有名なマルティン・ルターも、地動説の噂を聞き、
「このばか者は天文学全体をひっくり返そうとしている。」
とのたまったとか。

笑い事じゃなく、異端誓絶を拒んだら火あぶり確定だった訳で。
思い込みも昂じると宗教化してくるので怖いです。

>TAKU さん

まず関連エントリーを一通り読んだら?

 料理人(弁護人)は目の前にある食材(被告人の供述)と調味料(その他の証拠)を使ってしか料理できません。
 食材が悪すぎるとどう転んでもおいしい料理はできない。
 それでも、料理人の腕の差は出る。

 と思います。

モトケンさん

私が聞きたいのは、被告の責任にし、被害者遺族を傷つけ、裁判制度ないしは弁護士の信用を貶めてまで法廷内で荒唐無稽な発言が有益と主張するその根拠です。

食材が悪ければ、荒唐無稽の弁護も許されるとお考えですか?

この食材でつくれ!と言われたらやらざるを得ないのでは?

>No.18 TAKU さん

 食材が悪ければ、荒唐無稽(に見える)弁護になる可能性が高い。

 と思います。

 ところで、荒唐無稽というのは一つの評価なのですが、必ずしも荒唐無稽とは言えない、という意見も出てますよ。

>荒唐無稽の弁護も許されるとお考えですか?

 という質問に正面から答えれば、許される、です。
 但し、荒唐無稽というのは評価であって、「荒唐無稽の弁護」という言葉自体にはたいした意味がありません。

>>takuさんへ

横から口出しすいません。この事件で今から述べることは、いつも気になっていたことなので。

よく弁護団の主張が「荒唐無稽」って言われますが、人によって指摘する事項が微妙に違うし、発言者の事実誤認に基づいていることも多いです。
具体的にどの主張が荒唐無稽なのかを示さないと解説するにしても答えようがないし、それを弁護団が如何なる文脈で主張しているのか、どの証拠に基づいて主張しているのか調べてから発言しないと、事実誤認に基づいての発言であれば議論が成立しないですよ。

別にトピックスでも似たようなことを書いたけど、他人からみたら「それはおかしいやんけ」と思うことであっても、当の本人(=依頼主=被告)からみたら「それでOK」なのであれば、それはしょうがないのでは。

本人自身が「荒唐無稽な弁護をするな」と感じたのであれば、その"荒唐無稽な弁護をする"弁護人を解任できるのですよね?
でも解任はしていないのだから、当人は「それでOK(=荒唐無稽じゃない)」と感じているわけで、それを他人が、他人の基準でとやかく言うのは余計なお世話ちゃうのん?と思うのだけれどなあ。

 結局、地動説が正しかったんじゃないでしょうか。ばか者がいなければ、人類の歴史も今とは大きく変わっていたような。
 そういえば、朱子という思想家も、天文学に通じていたそうです。「飽食暖衣禽獣に近し」とも言っていたそうですが、だとすれば、現在の日本人のほとんどは、禽獣に近いということにもなりそうです。
 たまたま、昨日、50歳の人と話をしていたのですが、昔は貧しかったけど、今よりずっとよかった、冷蔵庫も洗濯機もなかったけど、などと言っていました。
 天文学といえば、昼のテレビ(何でも鑑定団)で、時計のコレクターが出ていましたが、1億円を掛けて集め、公的に保存され、後世に伝わるのなら無償で寄付しても本望だと言っていました。一食に掛けるお金が50円とも。
 一日24時間で地球がちょうど一回転すると始めて知りました。
 そのような社会全体の利益を考える弁護士というのは、寡聞にして聞いたことがありません。
 被告と弁護士の間は、委任だと本で読みましたが、どうやら中世ヨーロッパの、名誉職の名残を引きずっているようです。詳しくはしりませんが、弁証法とかの枠組みの基礎もヘーゲルあたりにあるような。
 ヘーゲルもカントも哲学者であるとともに、法律家であったようですが、かの支持者はカントこそ真の哲学であり、ニーチェなどは夢想家や詩人の類であり、真の哲学ではないと断じるそうです。
 現実の歴史では、20世紀という時代は、ニーチェの思想を実践した時代であったとも言われているようです。「神は死んだ」と宣言したのがニーチェであり、宗教的な諸々のしがらみや呪縛から人々は解き放たれ、大きな進歩発展も成し遂げたようですが、異端児や危険思想というイメージも、強いようです。
 ところで、司法の世界にも女神はいますが、手に剣と天秤を持つ像で、諸外国では、目隠しをしていることが多く、日本の最高裁では像にその目隠しがないので、不公正で歪んでいるという意見も多いそうです。つまり、心の目で裁けということのようです。
 ヨーロッパの昔話だったと思いますが、目隠しをしてリンゴを射止めたようなものがあったような、なかにはそんなビックリ人間もいるのかもしれませんが、期待している方が、どうかしていると思えますね。
 この辺は、予断排除の原則で、起訴状一本主義という手続きにも現れているようです。その判断の前提となる資料のほとんどは、検察から提出されるのでしょう。検察官と同じように手間暇掛けることのできる弁護士が、そう多くいるとは思えませんし、経済的な余裕も必要でしょう。国家権力と対立する以上、自活しなければならない自営業者と聞いた覚えがあります。
 この裁判は、20人ほどの弁護士が手弁当で駆けつけたとも聞き、注目していましたが、結局なんのことかわからないまま終わりになりそうです。

 素人の意見、世間の意見にも「党派性」?があるようです。鳩山法相のベルトコンベア発言に対しネットは賛否両論です。私は死刑存置派ですが、「ベルトコンベア」とか「乱数表」とかは到底理解できません。亀井静香氏に賛成です。しかし鳩山発言を理窟抜きで支持する人も少なくありません。
 
 印象ですが、鳩山法相支援グループは橋下弁護士支援グループに重なっているような雰囲気です。そして彼らは麻生太郎支援グループでもあるようです(印象ですから突っ込まないように)。(笑)
 
 党派性や感情論が混じりますと生産的な論議になり難いですね。
 
 いわゆる「人権派弁護士」憎しという感情(解らないわけではありませんが)、彼らが光市事件を死刑廃止に利用しているという反感、これらが議論をややこしくしているようです。

モトケンさん

今枝弁護士は野田精神鑑定医の「魔界転生とかドラえもんとかは、彼がファンタジーの世界の知識を総動員して後で言い訳をつけたものだろう。」との見解に同意してる。さらに、不合理な言い分であるが、裁判所の判断に委ねるしかないとの見解を示してる。

だとすれば、これは世間の皮膚感覚では荒唐無稽な弁護であり、この発言や弁護が被害者遺族を傷つけ、裁判制度ないしは弁護士の世間的な信用を貶めて、なお有益だと言える根拠を説明して下さい。

>No.25 TAKU さん

>「魔界転生とかドラえもんとかは、彼がファンタジーの世界の知識を総動員して後で言い訳をつけたものだろう。」

 このような説明がつく以上、すでに荒唐無稽とは言えません。

脇道・蛇足で恐縮ですが。

天動説・地動説は、両説とも古代ギリシャの時代から存在していたのですよね。それで、肉眼で見える宇宙については、天動説の仮説を採るほうが、よりよく説明できる、ということで天動説が支配的になった、ということのようです。

”通説”であった天動説が覆ることとなった最大の要因は、望遠鏡の発明でして、望遠鏡から宇宙を見ることで、宇宙が無限の広がりを持つことを、ガリレオが確信したからでした。天動説では、宇宙(天球)というのは、ぜいぜい数十キロメートル程度の範囲にあると考えられていた訳ですけど、まあ、肉眼でみる宇宙は「手が届きそう」なところにあるように見えるそうですから。

天動説・地動説ともに、確たる事実に基づいていて、それぞれ理論的背景をもっていたわけですが。観測技術の進歩によって、天文学者(あるいは技術者)は、新たな事実を見出し、地動説の不備とされていた点を説明し、天動説の寄って立つ根拠を覆したわけですね。

異端審問については、天動説が聖書等の聖典に記載されていたことが最大の問題で、”思い込み”というのとは、少し違うような気もしますね。ローマ教会が地動説を認めたのは、比較的最近であったように思います。また、イスラム教では、未だ認められていなかったのではなかったかと思います。

モリケンさん

「このような説明がつく以上、すでに荒唐無稽とは言えません。」

説明は、これだけですか?

橋本弁護士が弁護士会全体を批判している理由が納得できたしまうのですが・・・

横から失礼

>No.25 TAKU さん

>世間の皮膚感覚では荒唐無稽な弁護であり、この発言や弁護が被害者遺族を傷つけ、裁判制度ないしは弁護士の世間的な信用を貶めて、なお有益だと言える根拠を説明して下さい。

刑事弁護にいわゆる世間は関係ないってさんざん皆さん言ってるじゃないですか。
被告人の思う弁護であるので被告人にとって有益。


モリケンさん
>「魔界転生とかドラえもんとかは、彼がファンタジーの世界の知識を総動員して後で言い訳をつけたものだろう。」

このような説明がつく以上、すでに荒唐無稽とは言えません。

いやいや荒唐無稽だと白状してるようなもので

>No.29 TAKU どの

「荒唐無稽だ」だと評価しているのはTAKU氏であって、被告本人はそう評価してないのだけど。

何万人が同じように評価していようとも、関係ないのです。

>No.29 TAKU さん>

>だとすれば、これは世間の皮膚感覚では荒唐無稽な弁護であり、この発言や弁護が被害者遺族を傷つけ、裁判制度ないしは弁護士の世間的な信用を貶めて、なお有益だと言える根拠を説明して下さい。

 この質問の前提を欠いていると言っているのです。
 さらに言えば、「世間の皮膚感覚」というのは「あなたの皮膚感覚」ですね。
 「世間」というものの実体はなんですか?

 もっと根本的に言えば、ただの人 さんが指摘しているように、少なくとも懲戒理由になるかどうかの観点では、「世間」の意見など問題にすべきでないというのが私の考えです。
 日弁連も裁判所も同様だと思われるということもすでに述べています。
 私のエントリを読んでなお、橋下弁護士の意見に納得できるというのであれば、議論は平行線でしょう。

 それから、私のハンドルはモトケンです。

関係あるもないも、弁護士は自分の良心と、憲法・法律に従って、理性を元に正当な弁護を行うだけでしょう。
それが駄目だと、皆さんが懲戒請求されたわけでしょう。
だったらその結果を注目しとけばいいだけではありませんか。

「荒唐無稽」であろうと、それを分かりやすく「説明」するのが弁護士の仕事なんでしょう。(その意味で能力に欠けるとは思いますけどね。)

「世間の皮膚感覚」という、きわめて「主観的」な、どこに「根拠」を置くかよくわからない言葉を持ち出すところは「荒唐無稽」ではないのかしら。先にいっときますが一瞬だけの世論調査など、客観性ないですから。あんな「水もの」(怒られるかな)。

( 外野席がうるさいと、ほんとにしょうがありませんな。騒ぎたいなら司法試験でも受けてみてから騒げよ。ぼくは頭悪いから受けない。 )

・・・と言いたくなる「法律の素人」の独白でした。

始めまして。剣三四郎と申します。

ROM専でしたが初めてコメントします。
空気の読めないコメントになるかもしれませんが、
青二才の言う事と生暖かい目で見守って下さると幸いです。

無礼と承知で横から割り込みます。

>TAKU様

>今枝弁護士は野田精神鑑定医の「魔界転生とかドラえもんとかは、彼がファンタジーの世界の知識を総動員して後で言い訳をつけたものだろう。」との見解に同意してる。さらに、不合理な言い分であるが、裁判所の判断に委ねるしかないとの見解を示してる。

>だとすれば、これは世間の皮膚感覚では荒唐無稽な弁護であり、

なんだか飛躍があるような気がします。
被告人の主張が言い訳であると考えたとして、
その判断を裁判所に任せることが荒唐無稽なのでしょうか。

弁護人がそれ以上出来る事はないと考えるのですけれど。

素朴な疑問として、TAKU様の考える
「光市事件の弁護団が取り得た荒唐無稽でない弁護」
というのは何でしょうか。

ずっとここを読んでいたのですがどうにも良く分かりません
でした。

よろしければ教えていただきたいと思います。

TAKUさん

「荒唐無稽」というのは、根拠がないデタラメということです。被告人がそういう主張をしてもおかしくない根拠(幼稚さゆえファンタジーを言い訳に使う傾向がある)があるから荒唐無稽とはいえない、ということです。道徳的に正しいか否かとか、一般常識に照らしてどうか、といった視点は一切関係ありません。

そして、弁護士の信用を貶めるとおっしゃいますが、むしろ逆です。こんな常識はずれで自殺行為な主張を聞いたら、素人の私たちなら被告人の口をつぐませてもっとマシな言い訳をでっちあげたくなるはずです。しかし弁護団は、あくまでも被告人の意向を尊重して、主張したいことを主張させたのです(もちろんデメリットは説明して選択させたでしょうが)。社会の全てが敵に回った被告人にとって、これがどれほど大切なことかわかりませんか?

考えてみてください。
もし、あなたが冤罪被害者となり、世間は誰一人自分を信じてくれない状況下で、弁護士から「冤罪の真偽はともかく、この状況で冤罪主張なんかしたら遺族は傷つくし世間のバッシングを食らう。だからやめておけ」と言われたら、あなたはその弁護士を信用できますか?

 参考までに、拘置所の独居房に生活していると、3年ほどで壁に向かって話しかけるようになるという、ある方面では有名な話があります。
 自分自身、連続で1年7、8ヶ月程そんな生活を経験しましたが、そんなことは滅多にないだろうと思いました。ラジオも聴けるし、本や雑誌も自由に読めますし、公判に出廷する時は、車で外に出れます。
 もちろん個人差はあると思いますが、寒さ、暑さも厳しく、病院での生活は天国にさえ、思えました。
 たまたま雨の日が続けば、一月以上、入浴以外に舎房から出ないこともありました。気が狂いそうになったり、自殺したくなるという人の気持ちも理解できますが、三食昼寝つきの生活で、満喫している人というのもすくなくはなかったという印象です。
 懲罰中は、10日以上、一歩も舎房の外に出れませんでしたが、慣れてくれば、あまり気にならないものでした。
 ただ、外の景色がみれず、日光の光も満足に受けることが出来ないという警察の留置場の生活の方が、過酷で非常識とも思えました。個人的ですが。

モトケンさん

「魔界転生とかドラえもん」が荒唐無稽な発言だと思わないあの弁護士集団の感覚が、世間とズレてるのです。

ズレてる以上その説明責任を果たす事が、被告人の利益であると今枝弁護士は主張してますし、橋本弁護士は説明をしない弁護士集団を批判してます。

「世間の意見など問題にすべきでない」などといった考えが、荒唐無稽な刑事弁護を修正できずにいる一因になってるとは思いませんか?

自浄能力を失った社会保険庁のようにならないために、橋本弁護士は世間の風にもまれて正気を取り戻せと訴えてるのです。

PS
HN失礼しました。

廣野秀樹 さん

きわめて個人的ですね。

「あなたの弁護では使えそうな個人的体験という証言」ですが、あなたの個人的体験だけをもって、あの被告人と比べるのはナンセンスですね。

類似のデータがどのくらいの割合で集まっており、それが分析されており、学会発表とかされてますか? 論文が指定できればしてください。

>> 橋本弁護士が弁護士会全体を批判している理由が納得できたしまうのですが・・・

あなたのいう「弁護士会全体」のほうが理性があるからではないでしょうかね?

どこら辺でどういう理由で、そうおっしゃるのか明言しないとわかりません。

>No.37 TAKU さん

 再質問
 
 「世間」というものの実体はなんですか?

>No.29
TAKUさん、

>僕だって「一審・二審」の弁護人として就任したらそのような主張もするだろうし、今回のような差し戻し審の弁護人に就任したなら、まずは被告人の更正可能性を徹底的に主張した上で、きちんと被告人や国民に説明する形をとってからこのような荒唐無稽な矛盾だらけの主張を行うでしょう。だから、この緊急集会でも、弁護団の主張内容についての論争は避けました。

これ、どなたの発言だと思いますか。

>橋本弁護士が弁護士会全体を批判している理由が納得できた

って、どう納得できたのですか。ま、こちらは「橋下」徹の言ですが。

No.36
の補足です。いわゆる「拘禁病」というやつですが、弁護団もこの点は、まったく問題にはしていないようです。
 法律家は、拘禁病については、よくしっているはずです。
 参考までに、初犯刑務所でも、なかで生活をしてから精神がおかしくなったという人は、二人ほどいました。一人は、いじめが原因で、パニックのような発作を度々起こすようになったそうです。
 もう一人の原因は、はっきりしないようでしたが、独居でテレビを分解したりもしていたようです。他にもおかしいらしい人は、いましたが、だいたいは眼が虚ろであったり、顔の表情の変化が極端に乏しいなどの、外見から普通でないという察しがつきます。また、そんな人というのは、周囲のことにもまったく無関心で、自己主張することもほとんどないようです。言い換えれば、極端に無口です。
 それと、弁護団の主張の骨子は、傷害致死であったような。つまりは殺人というのは、事実誤認であり、精神的な未熟さ故に、死にいたらしめてしまった。
 最高裁の差し戻しの理由も、被告人の可塑性や気の毒な事情について審理しなおせというものであった気がしますが、荒唐無稽というのはともかく、全体的に整合性がとれているとは思えず、支離滅裂な印象が拭えません。

モトケン さま


「世間というのは、君じゃないか」 〜太宰治「人間失格」〜

という名言があります。

47 頓首。

(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(いまに世間から葬られる)
(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)

太宰治「人間失格」より

・・・・と、著作権法違反容疑です(笑)。

>No.37 TAKU さん

荒唐無稽な刑事弁護
→TAKUさんが または 刑事弁護について無知な人たちが「荒唐無稽」と思ってる刑事弁護を、修正する必要はないでしょう。すくなくとも、百歩譲ってその被告の主張が荒唐無稽であるとしても、それを弁護人が主張することは当然であり、「荒唐無稽」な弁護だとは全くないと、法に無知だった私でも皆さんの解説を読んで理解できましたが…

この理論間違ってます?

ただの人 さん

死刑存置論者で、人には馬鹿にされて、人には理解されないところのある、このぼくでも、あなたのおっしゃることはよく分かります。

モトケンさん

「世間」というものの実体を説明するのは難しいです。ですが、多くの人が疑問に思うことは説明していくべきです。

「世間の実体は?」などとくだらない質問ではぐらかさずに正面から答えてください。

そういった隠蔽的な態度が自己陶酔型のカルト集団と批判されてるのではないでしょうか?

検察官も弁護人も被告人も裁判官もいわゆる「世間の人」荷は属しておりません。
「世間の人」と上記関係者の見解が違うの確かですが、それを一致させる必要は何一つありません。
「世間の人」を「金融業界の人々」に置き換えてみて、(ノンバンク系、いわゆるクレサラ関係と置いてみましょうか)
「金融業界の人々」が「最近のクレサラ業界に対する司法の態度は厳しすぎる!」と主張してみたところで、ああそうですか、てな門ですよね。
いくら「世間」といってみたところで一億人居る人間のごくごく一部のユニークな集まりでしかないわけですから。

まあ、弁護団の主張が高裁でどう評価されるか見守りましょう。あんな弁護じゃ死刑判決食らっちゃうでしょうけどね、今回の事例は。

最高裁が差し戻したのは、量刑が不当だから差し戻したのであって、事実認定が間違っているから差し戻したんじゃないんですよ。

少なくとも、1審、2審の弁護士は、世間に批判されつつも無期懲役の判決を勝ち取っていました。が、今の弁護団にはそれは無理そうですね。

>No.38 47 さんのコメント

 学会のデータとか、そんなことはさっぱりわかりませんが、刑務所に来ている人も、工場内の通路を素通りしているだけですよ。参考にはもちろんなるでしょうが。
 仮釈放審査の「パロル」という用紙もみましたが、2、3枚程度の作文の提出のようなもので、まるで小学生の読書感想文の宿題、ずいぶん簡単なものだという印象は受けました。
 現在は変わってきているのかもしれませんが、刑務所のなかで生活していても、誰がいつ抜けたのかということはすぐわかり、面談の機会というのも、おそらく一般の人が信じられないぐらい、少ないというのが現状だったようです。
 ちなみに、仮釈放の審査には、仮面接、パロル、本面接という段階があり、私は仮面接だけ受けましたが、記録を見ただけで,担当者は呆れ返っていたようです。それがシステムなんだなと、考えました。
 それと、私の事件の弁護ですが、検察が反証を出したり、事実を争ったことはないので、通常の裁判の参考にはならないはずです。
 おまけになりますが、2、3日前の報道ステーションで、府中刑務所の様子を見ましたが,これはとても参考になりました。以前は、一年に1回だったことが、いまでは一日に平均して3回起こっているそうです。刑事裁判も受刑生活も、大きな変貌の過渡期にあるように思われます。

TAKU さん

「世間」って実は「あなたご自身のお考え」では。
ちがいますか?(誘導尋問?かな)

違うなら「あなたの勝手な考えではない」ということを、客観的におっしゃってくださいっていうようなことではないでしょうかね。それをモトケンさんは求められておられるのでは?

そうでないと、モトケンさんも、僕も理解できないでしょうし、100パーセントの確実さがありません。

>> 「自己陶酔型のカルト集団」・・・。
申し上げる言葉もありません。これほんとに現役の弁護士が根拠もなく公共の電波で言ったら、訴えられますよね?

TAKU様
>「世間」というものの実体を説明するのは難しいです。
難しくはないですよ。
「世間」という名前を自称している特定の思想集団です。

>ですが、多くの人が疑問に思うことは説明していくべきです。
「多くの人」を上のクレサラ関係の人々に置き換えてみたらどうでしょうか。
クレサラ関係の人々だってそれなりに多く居るわけで、
しかも最近の自分たちに対する司法の風当たりには大いに不満をもってると思いますよ。
けど、別に彼らに説明責任を果たさないからといってどうってことないですよね。

弁護団は、事実認定者に対して、争いない事実を軸に全ての証拠と矛盾しない「事件の説明」(ケース・セオリー)を提示しようとしているのだと思います。

それは、屈折した思いを抱えた精神的に未発達な少年が、性的意図に基づかない衝動的な行動に出た結果、重大な事態を惹き起こしてしまい、どう対処していいか分からない激しい混乱の中で結果的に更に重大な結果を招くような行為に出てしまった、というものだと思います。

言い換えれば、弁護団が説明しようとしているのは、魔界転生とかドラえもんとかいうことそれ自体ではなくて、そういう被告人の言動だか説明だかという現に存在するものと合致し、かつ、重大な事実誤認の存在の疑いを提示する筋書きだと思うのです。被告人の言動や説明を伏せていては事実誤認の主張をすることができないというだけのことでしょう。

私は、無責任な立場から報道内容等を眺めている限りでは、未発達な少年が屈折した性衝動から起こした事件ではないかと感じており、差戻審での弁護団の主張を踏まえて事実経過のうちに見直されるべき点があるとしても、殺意の認定が覆るには至らないのではないかと見ています。しかし、それでも、被告人は殺意はなかったと主張しているのですから、弁護団の弁護活動が不当とは思いません。

もし、弁護団が、ケース・セオリーを的確に説明できなかったために誤解を招き世間から非難を浴びる結果を招いたのだとして、それについて弁護団が責任を負うことがあるとすれば、非難を浴びることとなった張本人である被告人に対してのことであるはずです。けしからん弁解をして世間様を怒らせたことに対して弁護団が責任を取れとかいうのは、筋違いでしょう。

弁護団の主張の中から、裁判所が何か被告人に有利な新しい事実を見出すかもしれません。その場合にも、今になって弁護団の主張に接したご遺族が事件後これまでに抱いた様々な想いを裁判所が酌みとって量刑判断するかもしれません。それで十分ではないでしょうか。

廣野秀樹 さま

>> 刑務所に来ている人も、工場内の通路を素通りしているだけですよ

何月何日から何月何日まで、何人ですか?
あと「素通り」だと判断される基準はなに?
いろいろ見てるのに、あなたがそう勝手に素通りだと思い込んでるだけでは?

根拠になりませんね。おっしゃってることはただの「おしゃべり」ですよ。それならそれでいいんでしょうが・・・。

まげ さん

そうですね。

「初めに死刑ありき」

ではなくて

「事実の積み重ねによって、死刑やむなし(あるいはその他の刑)と裁判所は判断した」

が正しいと思うのですが。

世論が入る余地などないですよ。自称「世論」がいくら怒っても、裁判官は自分の良心と法律と証拠を信じると思われます。

TAKUさんへ

私はあなたと意見が全く異なりますが、私は「世間」に属していないのですか? あなたと同じ意見を持つ人たちだけが「世間」なのですか?
つまるところ、あなたが言う世間とは「被告人弁護団を非難し橋下弁護士を支持する集団」に過ぎないのではありませんか?

一審判決が出た時、本村氏が「司法が死刑にしてくれないなら自分で殺す」と言ったら、世間がどうリアクションしたか知っていますか? 「殺人予告とは何事だ」「何様のつもりだ」と本村氏をバッシングしたのですよ。「無期懲役では軽すぎる」なんて世論は全くといっていいほど盛り上がっていませんでした。
「世間」とはこんなものです。入れ物が少し傾けば一気に端まで転がっていくパチンコ玉の集まりみたいなものです。

そんな世間に左右されるような司法に、私は命を預けたくありません。

せっせさん

「世論は全くといっていいほど盛り上がっていませんでした。」と言う事は、「世論」の存在を認めてるのですよね?

「世間」とは何か?「世論」とは何か?という議論が、建設的で有益な議論なのでしょうか?

モトケンさんには、はぐらかしたり逃げたりしないで、答えていただきたい。と言ってるのです。

せっせ さん

>> 「世論は全くといっていいほど盛り上がっていませんでした。」と言う事は、「世論」の存在を認めてるのですよね?

循環論法です。以上。

TAKU様

>「世間」とは何か?「世論」とは何か?という議論が、建設的で有益な議論なのでしょうか?

有益どころではありません。
だってあなたの主張の正当性が問われているんですから。

あなたの意見がもし「世間」を代弁していないとなったら、
その時点であなたのこれまでの主張全てが全く無意味な空文と化します。

上記

せっせ さん から
TAKU さん へ

訂正ください

失礼。

TAKUさん

今枝さんは、更新意見書の作成に関与していない1弁護人としての立場で意見を述べているだけですから、これ自体が弁護団の意見という前提で議論を進めるのは避けるのが賢明です。

TAKUさん

今枝さんは、更新意見書の作成に関与していない1弁護人としての立場で意見を述べているだけですから、これ自体が弁護団の意見という前提で議論を進めるのは避けるのが賢明です。

答えたくない質問はすべて証明しろなどと言うつもりなのか?およそ世論であろうという前提でなぜ話を進められないのか?幼稚な揚げ足取りにしか思えない。

では、マスコミに何度も取り上げられた荒唐無稽な弁護団の主張に疑問を感じてる方が少数派である証明をして下さい。

F−15Jさん

今だにそういう勘違いが蔓延しているのは呆れます。
橋下答弁書でさえ、それは世間の勘違いだ、と書いています。

URLを入れるので、答弁書の八海事件最高裁判決のくだりをお読みください。

>TAKUさん
どうも細かいところに脱線しつつあるようですが、仮に「世間」が国民の大多数と定義するとして、このブログでTAKUさんに賛同する意見があまりに少ないのはなぜでしょう?コメントしている皆さんは法曹関係の方が少ないと思うのですが。
ちなみにTAKUさんの意見が「世間」の意見だとしても、刑事弁護制度に関しては影響はないし、影響があってはいけないという意見に対してはどう思ってるのでしょうか?
この弁護(に限らず刑事弁護一般)が「荒唐無稽」であると「世間」が判断することが制度上必要だと思ってるのでしょうか?非常に危険な思想だと思います。

 ここで言われている「世論」とやらは大手メディアの報道をチラ見しただけで他には何も知らない人たちの軽口だと思います。

 確かにネットのブログは、性質上この種の軽口が一番目立ちますから、恐らくそれを「世論」と信じた人たちがまた軽口を言い増殖した後、所謂ネットの「祭り」に発展します。

 恐らく弁護団に対する非難が異常に盛り上がっているのはこうした現象が関係しているのではないかと思います。

 でも、この事件に関しては、ちょっと調べれば表面に見える「世論」が如何に危ういか分かると思います。

 橋下弁護士に関しても時間が経つにつれ、批判するコメントが増えてきている気がしますが、これも次なる「世論」の顕れと見るべきでしょう。