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弁護士 Barl-Karthによる 1st of Ramadan 日記

 音楽談義の合間に、微妙な問題についてわりと明確に考え方を述べておられます。

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コメント(8)

 ご紹介いただきありがとうございます。あっという間にこのブログからのアクセスが100くらいあります。
 もう10年くらい前に,関弁連雑誌に掲載したものです。「俺は,10年くらい前からこんな考え方をしていたのか」と,改めて思い出します。
 「裁判員模擬裁判体験記(座談会)」が今日行われまして,いずれ,単位会の許可を得て,ブログに転載するつもりです。

 モトケンさんの記事紹介経由で,私のブログにたどり着いているアクセスが,もうすぐ800くらいになります(ほんの一日か二日の間に!)
 やっぱりものすごい影響力がモトケンさんのブログにはあるのでしょうね。
 「音楽談義」の明るい話から「自然法論」という陰鬱で難解な話にいったり戻ったりしていて,私のブログは,相変わらず,話がとっちらかっています(笑)。

「しょせん真実は分からない。」ということを前提にしますと(それ自体はその通りだとは思いますが)、実際の裁判では、真実とは異なる事実に基づいて被告人は裁かれていることになるのではないかと思いますが、だとすると、なぜそのようなことが正当化されうるのだろうか、という感想を持ちました。素人の戯れ言ですが。。

例え話

一日一秒遅れる時計だとしても、
全く動かない時計よりはまし、ということではないでしょうか。

>Barl-Karth さん

>ものすごい影響力

 そうだったらいいんですけど、アクセス解析のアクセス数を見る限り、たいした影響力はなさそうです(^^;

>私のブログは,相変わらず,話がとっちらかっています(笑)。

 では、私のブログはどう形容したらいいのでしょう(^^)

Barl-Karth さん

私のブログへのリンク、TBを貼っていただけませんでしょうか。
技術がないもので。
よろしくお願いします。

今枝さん。
これからリンク張ります。橋下弁護士問題は,実は青法協佐渡総会(公安調査庁が調査にきた),で決議を上げようとしたのですが,原案がこなれていなかったので,継続審議?になりました。

 グリーンラベル さん
 大げさに言うと哲学の問題になりますが,私は,「真実」という言葉自体を疑っているのです。訴訟法的世界観を徹底すると「真実」とは「合理的疑いを超えた証拠がある。合理的な疑いを超えているという心証を裁判官が形成する」と言うことになるのでしょうね。
 嫌疑不十分で落とした事件は,今まで10件くらいありますが(最近は,ロシア人手りゅう弾事件),真実はどうだったんだろう? と言うことは気にしません。被疑者に「真実はどうなの」ということは聞かないことにしています。信頼関係破壊に繋がりますから・・・。ただし,「無罪をとれるか,嫌疑不十分をとれるか」というための判断要素として,「本当のところどうなの?」と聞くことはあります。
 <なぜそれが正当化されるのか>と言うことに対する答えにはなりませんね。

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