エントリ

「手に負えぬ」と学校上申書、たばこ万引き中学生3人逮捕(2007年10月9日12時48分 読売新聞 ウェブ魚拓

 中学生が万引きした場合、逮捕せずに補導で済ませるケースが多いが、同課は、3人が通う中学校から「度重なる補導や授業の妨害で学校の指導力では手に負えない」との上申書の提出を受けたことなどから、家庭裁判所による審判が必要と判断し、先月下旬、逮捕に踏み切った。

 教師の指導力の低下が問題だ、という問題ではないだろうと思います。

   家庭のしつけがだめ。
    ↓
   学校の先生もお手上げ
    ↓
   警察の逮捕経由
    ↓
   家庭裁判所に下駄を預ける

 と単純に図式化してはいけないのかも知れませんが、逮捕というショック療法もやむを得ない生徒はいるのだろうと思います。

 ↓は、最後の仕上げを任された家庭裁判所の苦労の一端が垣間見えるブログです。

 少年担当ジェイのつぶやき

| コメント(16) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

コメント(16)

学校が警察に頼るというのは、最後の最後の最後の手段で、一番やってはいけないことかと思われます。それを複数の中学校が今回選択したということは、彼らは疾うの昔に指導の限界を超えており、逮捕ぐらいではショック療法にもならないと思われます。基本的な疑問なんですが、逮捕されるかどうかは中学校次第なんですか?「上申書出したから逮捕された」と逆ギレする親がいそうなんですが...

このエントリでモトケン先生が、法曹界の立場からこの問題を取り上げたとは思いますが、それについて考えれば確かに教育の問題にまで裁判という形になってくる事には、法曹関係の方々もこれからますます大変な重荷となってきてご苦労をお察しいたします。

昨今の社会におけるさまざまな問題を、親しい友人と時々談義することがあるのですが、いろいろ突き詰めて議論が深まっていくと、いつもかなりの場合、今の教育が問題があるな、というところへ行き着くことが多いです。
私も小学生の息子をもつ身としては、人事では語れない問題でもあります。
小学校の運動会等で、特に感じたことは、個人同士の競争(100m走や)が全くといっていいほど価値として存在していなくなってきていることでした。(全学年を赤・白・黄・青という様な競争のさせ方をしてました)私が小学生の頃などは、3位入賞以内で賞状などを貰ったりして、一喜一憂していたものですが。
確かに過度の競争はよくないとは思いますが、良い意味での競争による一喜一憂のような感覚を体感させることも大事なんではないかな、と思ったりもします。その延長線上での連帯感などが培われていくことで、人との関わり方を学んでいけるのではないかと思うのです。
以前は学校内で成績が抜群だったり、かけっこが抜群に早かったり、さまざまな分野でヒーロー(憧れの存在)が居て、その人を目指したり、またその人から学んだりしたものですが、今の教育現場ではすべてを均一化にしてしまう様なことがあるんではないでしょうか...。そしてそこからはみ出して来ると、ひがみや妬みが発生したりしてくるのではないでしょうか。
教育を考えると様々なことを言いたくなってきてしまうのですが、長すぎるのでこの位にしておきます。

このエントリの表題とは関係なかったかもしれませんが、このエントリへのコメントの活性を是非期待し、参考にさせて頂きたいと思います。


 >NO1.通りすがり@茶番劇さん
 >「上申書出したから逮捕された」と逆ギレする親がいそうなんですが

そうなんですよね、変なプライドというかなんというか、子への教育がまともでなかった親御さんに限ってそういうことを平気で学校へ文句を言ってしまう親が多いような気がします。

校務執行妨害とかでしょっ引けませんかね(笑)。

No.2 O さん

昨今の学校教育は、「我が子を平均均一のラインから外れないように生産して欲しい」と望む親の声があまりに大きくなった結果のように思います。
(そのような親の数ではなく、声の大きさの問題です)

ですが、学校がそのような方向へ舵を取ってしまった原因に教職員の質の低下が多分に関係していると思います。
元をただせばその教職員らも次の世代と同じように教育を受けてきたわけで、彼らの世代の教育(学校教育のみにあらず)が次の世代の教育の質低下の原因を作っているとしたら、教育そのものが慢性的にデフレスパイラルしていると考えられます。

 bgさん レスありがとうございます。

私も仰るようなことは、多少感じているところはあるのですが、そんな流れの中でも教員は尊厳されるべき存在であってほしいと期待したいところではあります。

数年前、近隣の小学校で(これは人伝に聞いた話ですが)ある小学生が、机の上へ両足を投げ出し授業を受けていて、担任の先生が口頭で厳しく注意したところ、後日、親が逆ギレして校長へ「家の子供の”個性”(?)を尊重してほしい」旨を抗議したところ、校長が注意した先生共々、親へあやまった(あやまってしまった)、ということがあったようです。
こんな話を聞くと教員の質というかなんというか、絶望感さえ感じてしまいます。

このエントリを見て、良くも悪くも日本が西洋の感覚に近づいたのかな?と感じました。親と学校と中学生、三者それぞれに役割と責任があるのですからこれは時代に沿った一つの選択なのだと思います。

 そんなん、悪さしたときに旧来の罰らしい罰(體罰とか、出席停止とか)を科したら“輿論が”うるさいんだから、法的制裁をする以外ありえないじゃないですか。指導力とかそういう問題じゃないでしょう。

 それに、なんで教育機関が警察に頼っていけないのかわからない。公立校なら公務執行妨害だし、いじめだって名誉毀損だの傷害だの恐喝だの、歴とした犯罪でしょう?

中学校で、出席停止ってあるんですか? 高校ならともかく。
ただの素朴な疑問ですが。

No.10 通りすがり@茶番劇 さん

ありがとうございます。

おー、そーだったのか。
昭和五八年ていうと、かなり前からですよね。
通達がこのときだから、それ以前からあったはずですし。
知らないできたわたしは、相当平穏な環境で育ってきたということですね。
(ていうか、常識がないのかしら。ちょっと心配。)

No.11 青空 さん

>ていうか、常識がないのかしら。ちょっと心配。

心配しなくても大丈夫ですよ。知らないのが普通じゃないでしょうか。ただ、この通達の意味での「出席停止」をしている中学校があるかどうかは分かりませんが...

No.12 通りすがり@茶番劇 さん

お気遣い、ありがとうございます。

通達が出されたってことは、背景に出さざるを得ない事情があったのかなぁ、と。

学級崩壊やモンスター・ペアレンツの報道に触れると、最近は酷いんだなぁ、とおもってしまうのですが、よく考えたら、わたしは自分の過ごした小学校・中学校限定での当時の実情しか知らないわけで、社会全体としてはどうだったんだろう? とちょっと考えてしまいました。

新参者ですが、まず
>No.4 惰眠 さん
誰がうまいことを言えと(笑

せっかくの太字に誰も突っ込まなかったので、つい・・・

それにしても、こういう問題を見る度に「家庭での教育」の
崩壊を実感します。
教育の出発点はまず家庭、「親」でしょうに。
モンスターペアレントはもちろんのこと、これに類する
理不尽かつ無道な親の対応を見る度に日本の行く先が
不安になるというか、なんというか・・・

親が親たるための「ペアレントスクール」みたいなものは
義務化できないんでしょうか?

昔は学校でどんな事件が起きていたか、
↓こちらのサイトが興味深いです。

http://kangaeru.s59.xrea.com/gakounai.htm
(少年犯罪データベース 学校関係の事件)
昭和2年から平成12年までピックアップされています。

昔(戦前〜昭和40年代)もかなりすごいなあと。

>No.15 kiriko さん

資料を教えて下さって、ありがとうございます。
あとで、ゆっくり目を通しておきますね。
トップにいきなり先生の犯罪があがっていたので、驚きました。
(生徒の事件を想像していたもので。)

法律相談へ

ブログタイムズ

このエントリのコメント