エントリ

 私は、橋下弁護士の光市弁護団に対する懲戒扇動については強い批判を加えてきました。
 このブログで個人に加えた批判の中では最大級の批判だと思っています。
 しかし、光市弁護団の弁護方針や記者会見のあり方について支持しているわけではありません。
 その点については、お暇のある方は「光市母子殺害事件 カテゴリー」を最初から読んでいただければわかると思います。
 弁護団に対するいわゆるバッシングが起こるのも無理もないと思っています。
 その意味で、本件は社会の耳目を集める重大凶悪事件における弁護人のマスコミ対応等について、種々の問題提起をしているように思われます。

 そこで、このブログの読者の皆様に対して、あらためて思うところをストレートに聞いてみたいという気になりました。
 このエントリのタイトルは「光市弁護団のどこが気にいらないか。」ということにしました。
 その趣旨は、必ずしも論理的な意見でなくてもいい、ということです。
 これまで各所で議論がなされていますので、できれば上記のカテゴリのエントリや「橋下弁護士が光市母子殺害事件弁護士から提訴」の議論(最近はかなり風向きが変わっているようですが)などを読んだ上での意見をお聞きしたいところですが、直感的な意見でもかまいません。

 できるだけ多くの方の、特に今までコメントをしたことのない方の個人的な意見を期待しています。
 ハンドルネームも個性的なものを期待しています(^^)

 以前に別エントリで述べた内容でもいいです。

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初めまして。以前別のハンドルネームで投稿させていただいたことがありましたが、今後はこのハンドルネームで統一しようと思いますのでよろしくお願いいたします。(法律や憲法に関してはド素人です。)

「光市弁護団のどこが気にいらないか。」

私は、この「光市裁判」に関しては大手メディアの報道でのみ情報を得ていた頃は、ご多分にもれず「光市弁護団」にあまり好感は持てませんでした。しかしネットなどで様々な情報に触れていく内に思考が変化してきており、最近ではどちらかと言えば擁護するような考え方になっていますが、「光市弁護団のどこが気にいらないかったか。」といえば「死刑廃止論者」であるというイデオロギー的な先入観を拭い去ることができていなかったからだと考えます。

 彼らは「死刑廃止論」を法廷で論じてはおらず、その点では潔白だと今では思いますが、記者会見で安田弁護士が1、2審は「司法の怠慢」とか、「本村氏は真実を前提となる事実を誤認している」とかいう趣旨のことを言葉を選ばずに発言しているのを見ると誤解されてもいたしかたないと思います。しかも大手メディアこの扇情的に聞こえる単語を強調して報道するので余計誤解が広がります。

弁護団は実務的には潔白だとしても、自らの信念に誇りと自信を持つあまり、意図を伝えきれず、凶悪犯を甘やかし被害者の人権を踏みにじる人々に見えてしまうことに気付かない限り誤解され続けることは必至であろうと思います。

直感的な意見でもかまわないということですので、ただの感想を述べると、不正確な再現イラストをつかった4月18日の記者会見は、手法として最悪だったとおもいます。

印象操作でもしたいのか? と、穿った見方をしてしまいました。

すみません、No.2 は、「光市弁護団のどこが気にいらないか」の射程の外ですね。最高裁弁論のときの記者会見なので。

ただ、あのときの悪印象が強烈に残ってしまったことが、現弁護団に対する印象の悪化に繋がってしまったのだと、わたしはおもっています。

この件では余りコメントしていないので(汗)

「良き法律家は悪しき隣人」(法諺)

この場合「良き」にも疑問符がついた。
その理由は、土壇場での弁護人交代、期日欠席、そしてNo.3の記者会見、主張を法廷外で公開、主張内容の受け容れ難さ、場違いな涙など一連の流れ。

そのほとんどは法廷外の活動であり、「土俵」を間違ったからではないかと思っております。
このブログコメントでも、同じ趣旨のことが違う表現で何度も何度も言われてきたと理解しています。

>No.3 青空 さん

 「光市弁護団」とは安田弁護士・足立弁護士を含む現弁護団のこと(差戻審に限定しない)ですので、当然に射程内です。

私は死刑存置支持の右翼反人権派なので(39条も削除すべしと考える)、弁護団の“死刑廃止、左翼人権派”としての思想、言動は全て気に入らない。
しかし、安田さんは、検事よりも、判事よりも、法理に忠実に弁護を行っている。 同氏は麻原裁判の折、due process of lawを逸脱してまでも、さっさと裁判を終わらせようとする裁判官を「事件の大きさに浮き足立つな! 平常心を取り戻せ! 裁判所の威厳を示せ!」と激しく叱責したという。
広島高裁の裁判長に同じ言葉を投げかけたい。
「法理と情理を混同するな! 司法にポピュリズムを持ち込み、これ以上この国の民度を下げるな!」とも。

No.5 モトケン さん

差戻審に限定して発言する必要があるのかと
誤解しておりました。
ご指摘ありがとうございました。

今はここやそこまで言って委員会ブログ等を見たことによってだいぶ印象はやわらいでいるのですが、No.2 青空様と同様あの記者会見は最悪でした。そのイメージはまだひきずっています。
あとは今枝弁護士の涙。今枝弁護士の主張はわからないではないですが、やはりプロとしてああいった場で泣くのはいかがなものかと。
こればかりは自分の感情で、かならずしも様々なエントリでのべたような考えた結果とはイコールではありません。

先のコメントともかぶりますが、3点。

1つ目は、公判期日を欠席するという暴挙に及んだうえ、それを正当化する言動を繰り返していること。そもそも期日は彼らが就任する前から決まっているのだから、それまでに準備が間に合わないなら仕事を受けるべきではない。手続の進行に関する司会(裁判所)の指示に従いたくないなら、参加すべきでないのです。参加するからには、進行役の指示には従うべき。

2つ目は、弁護団のメンバーこそが「申立てを乱発して相手の業務を妨害しよう」という戦術の旗振り役をつとめ、いわば業務妨害攻撃を扇動していたのに、自分たちに対する懲戒申立ての乱発については業務妨害だと反発する、厚顔極まりない態度。俺たちが殴るのはいいけど殴られるのは我慢ならんぞ、という幼稚でジャイアン的な行動原理。

3つ目は、これまでの裁判手続全般を「司法の怠慢」とまで罵っておきながら、なぜか、その「怠慢」を全く追及しようとしないこと。たとえば、一審・二審の弁護団に陳述書を書かせるなり、証人尋問するなりして、彼らがいかに「怠慢」で、その結果被告人の言い分をきちんと法廷に出せなかったのかを立証することは、現在の主張が真実であること(被告人の主張の変遷に合理的な理由があること)の立証として極めて有用というか、ほとんど不可欠とすら思われるのに、それを一切しようともしないのは、奇異というほかありません。

安田弁護士は、法廷の中では大変有能な人なのだろうが、
自宅のご近所づきあい等の世間の些事には長けているとは思えない。
高度成長時代に棲息していた「仕事人間」の典型的実例とお見受けします。

ただこの人、肝っ玉の芯は太そうですね。
世間からこれだけバッシングを受けても微動だにせず、
自分の信念と法的知識の正しさを信じて右顧左眄しないところは感心します。
この辺は若い今枝弁護士は少し見習って欲しいものです。

 担当辯護士が、事件内容について他の辯護士と裁判ごっこをしちゃ駄目でしょう……。

 それは「説明責任」だのの文脈からは大きく逸脱しているし、もしそれで「無罪」になったら辯護団の主張を補強する宣伝材料になる一方で、「有罪」となったら「今枝個人が勝手に言ったこと」で終わらせるんでしょうし。

 そもそもモトケンさんだって辯護士なんだから、手心というか、空気読むというか、徹底的に追い詰めるようなことはしないだろうし。そうした前提を承知の上で話を持ちかけるのも、ちょっと卑怯に思えます。

 ところで、更新意見書の口ぶりがアジっぽいというか、断定的に「〇〇は明白である」みたいな書き方してるのは、そういうものなんですかね。そんな明白な事実誤認を見抜けなかった1/2審の辯護人や裁判官の目は節穴なのかと思います。
 節穴と言えば、「自分の主張をいれられず、やってない罪を負わされた状況で真の反省なんてできるか」みたいなことも今枝さんは書いてた気がするんですが、じゃあそんな「偽の反省」を認めて死刑回避した一審二審の裁判官の目は節穴なのかって話にもなるんじゃないかと。

はじめまして。ブログを興味深く読ませていただいております。法律の素人として非常に勉強になります。ありがとうございます。

日頃のささやかなご恩返しに、今までにコメントしたことのないものの一人として、お問いかけにに答えさせていただきます。ただ、光市母子殺害事件に関する当ブログおよびその他当事者のブログの記事にすべて目を通したわけではありません。そのような、バイアスのかかった評価です。

「光市弁護団のどこが気にいらないか。」

基本的に何も気に入らないものはありません。評価者として適切なのは被告だけと考えています。ただ、弁護団が変わった前後で主張を著しく変更する弁護方針を採ったことは、単に弁護士としての能力(被告を最大限擁護する行動)としてどうだったかなと、疑問に感じます。弁護団の主張全体の信頼性をいちじるしく損ねたと感じています。まあ、それが被告の望んだ弁護方針であれば(以前のブログにでたように「素材がまずければ...」)、仕方がないことなのだと思いますが、真実はわからないものですね。

裁判の欠席に関しては、弁護団の行動は、審議の遅延を狙ったものかどうか(意図)、また、それが一般的によく用いられる弁護テクニック(手段の正当性)なのかよくわかりません。正当性がない手段に訴えて、それで被告の利益になったのならともかく裁判所の判断としてそのまま開催されたわけで、特に被告の利益に結びつかなかった(逆に心証が悪くなった?)のですからここでも弁護団の能力に関しては疑問があります。

専門家の方が素人相手にお話するのは、大変だと思いますが、司法制度への理解深まります。今後ともよろしくお願いします。

>じゃあそんな「偽の反省」を認めて死刑回避した一審二審の裁判官の目は節穴なのかって話にもなるんじゃないかと。

節穴なんじゃないすかふつーにw。

ところで、今更なんですが、そもそもなんだってあんな記者会見開いたんですかね?なんかいいことがある、あるいはあったとは到底思えないのですが。

>No.13 10年前にドロッポしました。 さん

>そもそもなんだってあんな記者会見開いたんですかね?

 私の最大の疑問の一つですが、想像をたくましくすれば、ドタキャンの正当化のためかな、です。
 全く成功していませんが。

そもそも記者会見の一部始終を全部放送するなんて
事はあり得るわけ無いんですから、最初から成功なんて
夢のまた夢でしょう。
橋下さんの記者会見だって、二言三言ぐらいしか
放送されてませんし。
不条理だけども弁護団中心に地球が回ってる
訳じゃないから受け入れるしかありません。
ただ記者会見を開いてるなら、説明した行為
として十分な姿勢を見せてるわけだから、
少なくとも説明しろという批判に
きちっと反論する事が出来る。
もし説明が行われてなかったら今も尚
弁護団に対する批判は続いてるだろうし、
真相は闇の中ですから、再び同じような
事が起きれば、弁護士に対する不信は
社会的に蓄積していくでしょう。

初コメントですし、
完全に素人考えなのですが
私自身、この事件の中で真実と言うのは

被告元少年が
女性を殺害し、
殺害後その尊厳を汚し、
同じく子供を殺害した。

というところまでだと思っています。

その点でだけ見れば、極端に珍しい訳でもない、
ただの犯罪者と考えられる加害者に対して
普通考えられないような人数が弁護に付いた。

その現実に対して、不穏な空気を感じてしまいました。

それ以後の部分ももちろんありますが、
はじめに感じた生理的な嫌悪感を引きずっているイメージが強いような気がします。

私は、法曹関係でもこちらの古くからの常連様方でもなく、まさに生粋の素人です。

当該事件に関しても被害者遺族の方の訴えをテレビでぼやっと見ていた程度でした。何処かで弁護団の記者会見も見たかもしれません。

そんな私がこちらにお邪魔するようになったきっかけはたかじんさんの番組でした。番組を見てからネットでいろいろ調べて、この光市弁護団の概要も漸く把握できるようになりました。

そういう私が懐く想いは、光市弁護団には橋下弁護士が言うようなこと(余りにたくさんあるので省略)もあるのだろうな、という推測です。そしてそういう想いはあるのですが、どうも日本の刑事裁判システムは警察の捜査取調べを含め、国家権力である検察側が一方的に強すぎるとの印象を持っている為、その辺りが改善されない限りは、橋下弁護士が指摘した問題は相対的に極めて小さいと言うべきであると思います。

ということで、おそらくここで皆さんが気に入らないということには殆ど須く賛同しますが、橋下弁護士の光市弁護団に対する懲戒扇動の問題のほうが遥かに大きく、そちらのほうに焦点を合わせて考えて行きたいと思っています。

若干のスレ違いご容赦。

はじめまして、いつも興味深く拝見しております。

私自身のこの裁判に関する考えは死刑が妥当だと思っています。
それをふまえて・・・

弁護士は加害者の味方
検事は被害者の味方

一般国民への説明「責任or義務」はないと思うのです。

ただ・・・
・模擬裁判を理由に欠席し、それを手法だと言ってのける
・自分が入る前の弁護団が行ったことだから関係ないと言ってのける

のには憤りを覚えます。

モトケンさんへ、このような場を用意して頂けてありがとうございます。
 よい機会なので、遠慮なく意見を述べさせていただこうと思います。


0.最高裁欠席の件。
 別の方も上げておられるので省略。

1.22人も弁護人がついたこと。
 凶悪な少年犯罪を異常な人数でかばっているという印象を持った。そもそも「船頭多くして船山に上る」との諺もあるし、5,6人を超えたら後は無駄なのでは?
 今枝弁護士のブログには「さそわれた」という記述もあったので、意図的に多人数を集めたのも確か。

2.必要以上に刑罰を軽くしようとしていること。
 女性と幼児を殺害した罪にふさわしい罰を受けることが、被告人にとっても、社会にとっても正しいことだと思う。私には、この罪が傷害致死の刑罰で足りるとは思えない。弁護人はふさわしい罰の範囲内で、被告人の利益を追求すべきだ。
 特に今回は、未成年や少年は罪を犯しても、たいした罰を受けないなどという思いこみを払拭するぐらいの結果を出すべきだと思う。

3.精神の問題を理由に減刑を求めること。
 他の弁護士と裁判にもいえるが、精神の問題を理由に減刑することが正しいと思えない。犯罪を犯すほど精神に問題がある人物を、同等の罪を犯した人物よりも先に社会に解き放つことが正しいのだろうか。

4.「ピンポンダッシュ遊びの最中に被害者の部屋に入った」「母体回帰を望む者が、相手を殺し、死姦する」という主張。「ちょうちょ結びは、兄から弟への贖罪の証」などという弁護人のポエム。
 私はこんな考え方は受け入れられない。本当にこんな事を理解する弁護士がいるのならば、その人は被告と同レベルの精神構造をもっているのではないかと疑ってしまう。

5.被告人及び弁護人の主張は、その場逃れの嘘か、後付のごまかしをいっていると思えること。
 18才で高卒で、就職までしている(しかも「魔界転生」を読んで理解できる)人物が10才前後まで退行しているとは思えない。ただ、社会常識を理解してない程度にはガキだろう。
 とすれば、あのおかしな主張は被告人が言い逃れのために、でたらめを言いまくって、後から細部を修正した大嘘。か、弁護人が精神の未発達を主張するために吹き込んだ、後付のストーリーのどちらかだと私は考える。

6.今枝弁護士が、本村氏の「良心に任せます」を自分の都合のいいように解釈した点。
 被害者(の遺族)と加害者(の代理人)という立場で、「あなたの良心に任せます」といったなら、「遠回しに、やめてくださいといった(=あなたに良心があるのなら、やめてほしいといった)」のだと私は思うのだが、今枝弁護士は「自分を信じてくれた」と解釈している。
 とはいえ、あのブログの存在自体はありがたいのですがね。
 ついでにいえば、あのブログが今枝弁護士の個人の見解を述べる場にとどまっているのは不満です。どうせなら、弁護団の各人の見解を随時のせていくぐらいはしていただきたい。

 事の正否は別として、私が現在気に入らないと感じている点は以上です。

初めまして。
全て読みこなすのにかなりの時間と努力を要しましたが、
本当に勉強になりました。
ここでモトケン先生や、他の皆さんの活発な論議をみていなければ、
きっと今でも懲戒要請をした人たちと同じ様な視点でしか、
弁護団を見ていられなかったと思います。

ありがとうございました。

さて、「光市弁護団のどこが気にいらないか。」についてですが、
多分に皆さんの影響を受けていると思うのですが、はやりここまで
見て来てとてもひっかかるのは
「現弁護団の主張の方針が、どうにも印象操作的に思える」
ことかな、と思います。
(ほぼ失敗に終わっているようですが・・・)

まあ、警察の取り調べが時に酷く不当で、冤罪も捏造も厭わない場合も
あることは自分がひどく嫌な思いをしているので良くわかりますし、
冤罪の事件は種別を問わずワイドショーだの映画だの、話題にも
なりますから、自白の信憑性を問う姿勢自体はいいんだろうとも
思うんですが・・・。

どこが気に入らないか、ですか・・・。

安田氏限定ですけど、無闇に挑発的で人を小ばかにしたところ、かな。
あ、会見で喋ってるのを見ての印象ですが。
自分らと違う主張をしている検察はバカだ、もちろん取材に来ているマスコミもバカだ、弁護側主張を受け入れない『世間』もバカだ、みたいな言い草がめちゃめちゃ腹立ちますね。

あと、これも安田氏限定になるけども、どうもこの人って『法に定められた刑事弁護手続きの厳格な運用』をたてに、「コッカケンリョクとのタイケツ」に意義を見出してるような感じがして好きになれません。
確かに結果を見れば、やっとることに間違いがあるわけじゃないし、適正な制度運用の護持になってもいるか知れませんが、なんか動機が違うような気がするんだなあ・・・。

下のコメントが、私の「気に入らない点」を端的に表しているので、引用させて頂きました。「年報・死刑廃止 2006」なる書物も、その思いを強めています。


「光市母子殺人事件は明らかに死刑を扱う裁判です。
このような裁判に死刑廃止論が関与して、本当に公正な裁判になるのですか?
自己の主張である死刑廃止論を裁判に持ち込もうとしているか否かは容易には判りません。
公正であるべき裁判の場で、このような疑いを持たれる人物が関与することは相応しくありません。」

お邪魔いたします。

 当初は、「弁護団は本村さんの気持ちを考えたこと有るのか?」
「何で21人?もボランティアであんな悪いやつに付くの?」
ってことで腹立ちましたね(^_^;)。

 前者は今枝弁護士のブログのやりとりを見て一定の納得を。
 
 後者はしばらくもやもやしてました。
 21人の根拠が判らなかったので。
 
・最高裁が検察の主張を「ゆるぎなく」認めたから
 死刑から逆転懲役刑を勝ち取るのが再審並に難しくなった。
・再審では21人くらいの人数は普通だ。

 ここはモトケンさんと今枝さんの説明で解り
 これに自分で若干理由付を追加して何とか納得しました。

 再審が大変だというのは「何となく」判るんですけど、21人
居ると今回どのくらい戦いやすくなるのか再審に造詣が深くないので実感が沸かないんですよね。橋下氏曰くの再審勝訴率1%(仮)としても2人が21人になったら何か良いこと有るの?って理由がつかなくてずっともやもやしてました。
 
 結局今枝弁護士がかつてのQ&Aで述べていた
「20人超でスピード集中審理が可能になった」ということと

 安田弁護士がどっかのインタビューの中で言っていた
「訴訟資料1万枚、写真800枚の調査が必要だ」と言うことと

 何となく困難そうな再審の印象をトータルで考えて、
 
 「被告が否認する方針が固まった以上、今の困難さをひっくり返すには、  この資料をくまなく調べ上げて被告に有利な検察主張の「穴」を漏らさず見つけなければならない。通常業務+1人当り4〜500枚の精査、答弁書の作成。2人でやったらかなり審理が遅れるか、間に合わない。被告は金もなさそう。早く審理するには
「手伝い」が要るんだな」
  
  と、「作業量」を推測して何とか納得をしたところです。
  
  今回の差し戻し審がどれだけ大変か?
  そして再審レベルのひっくり返し作業がどれだけ大変か?
  何て全然判りません(今も判ってるつもり)でしたから(^_^;)。

 自己分析を促す良いテーマのエントリだなあ、と思います。

 で、一連の騒動の中での自分の感情の流れを改めて振り返ってみると、弁護団を気に入らないと感じたことは1度もなかった気がします。
 本村さんをはじめとする遺族に同情する気持ちはあったし(これは今も当然あるし)、騒動の初期の頃は刑事弁護がどういうものかとかそんなに知っていたわけでもないにも関わらず…
 じゃあ、それはなんでだろう…とさらに自己分析してみると、自分はマスコミの現状に気に入らないことが多いため、マスコミに叩かれる人間については脊髄反射的に擁護したくなりがちなのだという結論となりました。

こちらで勉強させて頂いて、当初とは大分考え方も変わったと自覚しています。被告の主張とは切り離して、それでも感情的に収まりの付かない部分を上げてみます。

1:大人数の弁護団が付いたこと。しかも手弁当で。
元々それほど大規模な事件ではないものに大人数で弁護に当たるというのは、「これだけのプロが間違ってると言ってんだ!」と印象操作する意図かという第一印象を得ました。
手弁当で事に当たっているのは純粋に義憤からなのでしょうが、にもかかわらず業務が多岐にわたり多忙なので弁護団を結成したという結成理由を聞き及び、所詮片手間で名を連ねたお義理の世界ですか、血判状みたいなもんですかと悪感情を抱きました。
元々が個人で弁護していた物に、それだけの人数でかからなきゃならない程度の労の割き方か。それとも名前貸しかと。
※これは多分被告への嫌悪感からの部分もあると思います。


2:最高裁を欠席し、欠席理由が「模擬裁判への出席」だったこと
弁護士の本分は弁護活動だと思っていたので、それを投げ出して他の業務に臨むという時点で倫理的に相容れられません。
そのことを「自分は参加前のことなので与り知らぬ」と開き直るのは理解できません。「弁護団」の活動内容を否定するならば手を引くべきだし、許容するなら非難を受け入れるべきだと思います。

3:2審までの弁護内容を真っ向否定しながら、その対処をまったくしないこと
否定はしてもなぜそのような虚偽(と弁護団が主張する)弁護内容になったかを法廷でつまびらかにしようとしない。公務員の庇い合いと同じような印象を感じます。

4:弁護団が自身の弁護に偏りがちなこと
個人的感情も極まれりですが、「弁護団じゃなく被告が言い出したこと」に始まり、何かとエクスキューズが多いのが不快です。非難を厭うなら会見などでしゃしゃり出るべきではなかったのではないでしょうか。


不勉強、理解不足な部分が多々あるとは思いますが、書き連ねてみました。

1.ドタキャンによる欠席。  不満度100%

2.直前での大弁護団結成   不満度 50%

あと記者会見とか、弁護士の職責内容等については、こちらのブログにより、私自身の誤解はほぼ解消されました、皆様の闊達なご意見ありがとうございました。

余分なことですが女房、子一人と同じ家族人数なので、本村氏へは、この長き裁判への御心中、お察し申し上げます。

  

弁護団に対する感情的な非難の多くは、本来被告人自身に向けられるべきものが弁護人に転嫁されているようで、いささか気の毒に思います。

「あのような被告人を弁護すること自体けしからん」と言われればそれまでですが、誰かが弁護しなければ、そもそも被告人を有罪とすることすらできません。

ただし、弁護技術の巧拙の問題に関しては、モトケン先生が過去のエントリーで述べられた内容にほぼ同意します。

(これ以上の突っ込んだ意見は立場上控えておきます。)

弁護団を擁護する立場から一言。

ここまでのコメントを読むと、凶悪事件を起こした被告人の刑事弁護そのものを否定する人は相当数が減ってきたみたいですね。
裁判の欠席や弁護団の人数を問題にする意見が多いようです。
意地悪なことを言いますが、本当は刑事弁護そのものを否定したいのに、それは出来ないことが分かってきたから欠席や弁護団の人数のことに話を転嫁してるような印象を受けました。

欠席の理由は、最高裁が期日延期を認めなかったことで弁護人として十分な準備ができなかったからとされています。
これには色々な評価があると思いますが、ちなみに言うと橋下弁護士は「究極の弁護方針として、もっともだと思う」と発言したようです。

弁護団の人数については、これだけ世間の耳目を集めた事件であり、一審二審と主張の根本が全く変わったわけですから大人数が必要なんでしょう。
そもそも刑事弁護そのものを否定する意見の持ち主でなければ、何人の弁護士が集まろうとそれ自体は大して問題ではない気がしますが。

今回は、論理的でなくて良いとのことで躊躇せず心情的にコメントしたいと思います(笑)。

自分は、この弁護団にたいしてとても不快感を感じています。
それは、自分が被告人と弁護団の混同してしまうことにあると考えています。
混同してしまうことはまったく問題外とは分かってはいるのですが、心情的にはとても切り離せないのです。
さらに、本村さんのこれまでの姿や考えと比べてしまい、なんてやつらだ!と思ってしまうわけです。
被害者家族がここまで真摯に向き合っているのに、被告人や弁護団はなぜこうも不誠実なのか・・・と。
最高裁を欠席したときも、当事者ではないのにかなり憤ってたことを思い出します。

被害者家族との対比は意味が無いとは分かってはいるのですが、心情的には難しいところです。

では 私も初コメント。

この事件が注目されるきっかけとなった被告人の発言を聞いて私が思ったこと・・

"この被告人アホだなぁ。裁判官がそんな言い分まともに取り合うかよ。"

でした。

が、世間では被告人ではなく弁護士に非難がいっているようで、ちょっと世間の風が理解できませんでした。

なので、特に弁護団に不満もないのですが、あえて言えば・・・

記者会見ってする必要があるの?

ですかね。まぁ、この弁護団に限りませんが。ちょっと疑問です。

「アラバマ物語」という映画があります。100年前のアメリカ南部における、黒人による白人女性のレイプ裁判を担当する弁護士の実話に基づく物語です。誰もやりたがらない裁判であり、文字通り世間の白人からは唾を吐きかけられる始末です。しかし主人公は黙々と被告人のために弁護活動をおこなっていきます。詳しくはDVDで観て頂きたいと思いますが、この主人公の弁護士はアメリカ映画協会(AFI)が選ぶ映画ヒーローの第一位に選ばれています。・・・今回の事件も被告人と弁護士との間で了解がとれていれば、世間がどう思うと、はたまた判決がどうなろうとも思った通りにやるので構わないんじゃないかとおもいます。

ほんのちょっとだけ戻ってきました。
私の素直で勝手な「感情論」として、
最期に「遺言」しておきます。

>> 光市弁護団のどこが気にいらないか。

くだらない被告人に、
くだらない弁護士がついた。

(被告人もいつまでたっても口が減らん。
あれじゃ、遺族が怒るのも無理はない。

弁護士も信念がフラツいてる。
周囲の無理解など放置すべき。
被告人も弁護士も、
余計なことをペラペラ言うべきではない。
軽すぎる。
まじめな裁判なんだから、法廷だけで徹底的に戦え。)

それを見て、

くだらない国民が、
くだらない茶髪弁護士を先頭にする、
くだらないマスコミを鵜呑みにし、
囃し立てる。

(自分のことではないから冷静・客観的に見れる立場にあるにもかかわらず、一緒に騒ぐべきではない。
群れれば何でもいえる心理は、正直汚らわしいと思う。
偽善者だと思う。
ひとりになったら何も言えない。)

さらに、
くだらない評論家が、
くだらない「世論(?)」を肯定する。

(法律もロクに知らない評論家の発言に何の「価値」が?
みんなと同じことばかり言う評論家に何の「価値」が?
みんなと違ったことを言うのが価値ある評論家では?
世の中に警鐘を鳴らさない評論家など存在価値がない。)

くだらない「世論(?)」は
くだらない政策を求め、
くだらない政治家によって
くだらない法がわけも分からなく
さらにくだらなくされる。

(文句もなく「自称民主主義の衆愚政治」そのまま。)

結局、くだらない国民自身が、
そのくだらない結果責任を、
「暗黒社会の実現」と言うリスクとして負う。

(いつか来た道。)


くだらない自称「世論」は、
「遺族の気持ちが分からんのか!」
と叫ぶ。
「僕は遺族じゃないから分かる分けない!」
と答えると、
「人格破綻」だとかなんだとか言われる。

しかし、こんな「茶番劇」にされた法廷の有様を見てると、
人格破綻だとかなんだとか言われようと、
私は「第三者」の立場から、
一歩も動くつもりは「さらさら」ない。

結局、
お祭り騒ぎのあとに、
遺族だけが
孤独に残される。

「世論」とやらが一番、
遺族に冷たいのだ。

「第三者」はいったいどちらなのか?

私にとっては、
弁護団ばかりでなく、
すべてが腐って見える。

少しくらいは希望もあるだろうか・・・。

国民の無知と暴挙に、
無理にでも従わなければならない運命にある、
良心的な法曹関係者には頭が下がる。

もう少し警鐘を大きく響かせてください。

はじめまして。
法律についてまったくの素人ですが、モトケンさんのお言葉に甘えてコメントします。

私はほとんどテレビを見ないので、弁護団に対して特に嫌悪感などは持っていませんが、弁護団の対応について、やはりマスコミを相手に記者会見をしたことが問題だったと思います。

以前よりマスコミは、記者会見を厭わない本村氏を正義の主人公として扱ってきましたから、被告弁護団がマスコミに登場すれば、正義vs悪の分かりやすいドラマで視聴率が取れると考えたはずで、実際、安田弁護士の視聴者を小馬鹿にしたような態度など、マスコミは凶悪な弁護団の美味しい映像を、たっぷり流せたようですね。

最高裁弁論についての記者会見などを行わず、どうしてもマスコミに説明しなければならない状況だったのなら、せめて謝罪のコメントと欠席の理由を正確に記したメッセージを、勝手に編集されない雑誌媒体などで発表すべきだったと思います(でも都合の良いような引用をされちゃうんでしょうが)。

そうすれば、なしくずしのマスコミ露出によって断片的情報を撒き散らし、誤解を生むことも無かったのではないかと思いました。

>No.28 名無しさん

>意地悪なことを言いますが、本当は刑事弁護そのものを否定したい
>のに、それは出来ないことが分かってきたから欠席や弁護団の
>人数のことに話を転嫁してるような印象を受けました。
それは確かに意地悪だ(笑

ここに来て「刑事弁護そのものを否定することをやめた」人のほとんどは
モトケン先生を始め多くの人のレスを読み、きっと刑事弁護自体の
報われなさ(と言って良いかどうか迷いますが)や、その過酷な境遇を
理解したからこそ、否定しなくなったのではないでしょうか?

少なくとも私はそうです。

当初は「この裁判ほど誇りを持って弁護出来た事はない」という様な
言葉とともに涙ぐむ某弁護士さんを見て「見え見えの演技しやがって」と
唾棄したくらいのアンチ派でしたが、今では「きっと本当にそれだけ
過酷な弁護活動だったんだろう」と心の底から思います。

通常、マイナスイメージから出発してそれが誤解であったと理解された
場合にはむしろ多少ひいき目に見る様になるのが人間の心理では?
(不良に見えてたヤツが実は良いところがあったりすると、通常以上に
評価されるとゆーアレです)

然るに、そのような心理状態で眺めてすら「やはり釈然としない何か」
が弁護団にはあり、それが何なのかを皆さんなりの言葉で描き出して
いるように私には思えますよ。

NO.28名無しさん

>それは出来ないことが分かってきたから欠席や弁護団の人数のことに話を転嫁しているような印象を受けました。

名無し様の見解を全く非難するつもりはございませんが、私は少なくともそういう次元のつもりではございません。(別に私に対して言ってはいないと仰るかもしれませんが)

>一審二審と主張の根本が全く変わったわけですから大人数が必要なんでしょう。

ちょっと私の認識不足かもしれませんが、約20人位の弁護士の方々は、弁護を引き受ける前から被告の主張がガラリと変わることが分かって引き受けたのでしょうか?どなたか教えて頂けたら幸いです。

いつも蒸し返すようなコメントを書いてご迷惑をかけているので、書き込まないつもりでしたが・・・。

ボクが弁護団で嫌いなところは、

1.「この一連の裁判で、重大な事実誤認がある上に、不当に死刑の基準を引き下げようとしている。見過ごす事の出来ないことである(と言いたいのだとボクは思うんだけど)」という事を、うまくマスコミを通して伝えていないので、人数や表情やしゃべり方がすべて誤解されて取られているところ。(最初に大弁護団の記者会見を見たときは、はっきり言って腹が立ちました)

2.それが原因(?)で、被害者遺族である本村さんにまで誤解(?)を与え、「裁判が死刑廃止論者のプロパガンダに利用されている」と言わせてしまったところ。(本村さんに安田弁護士が死刑廃止論者であることを教えた人も原因の一つだと思ってますが)

※今回は「光市弁護団のどこが嫌いか?」というお題なので、裁判所・検察・被告人・マスコミ・某弁護士それぞれに嫌いなところや疑問があることだけ付け加えておきます。

No.35 O さん

>ちょっと私の認識不足かもしれませんが、約20人位の弁護士の方々は、弁護を引き受ける前から被告の主張がガラリと変わることが分かって引き受けたのでしょうか?どなたか教えて頂けたら幸いです。

最高裁の段階で、ほぼ差し戻し控訴審の弁護内容に近い(ほぼ同じ?)内容の弁論要旨が出ているので、少なくとも1審2審と主張が変わっていることはわかっていたのではないでしょうか。
今枝弁護士が弁護団に参加した時の心情をコメント欄やブログに書いていたので参考になると思います。

ROMっておくつもりだったのですが、
コメさせてください。

「弁護団の気に入らないところ」
今枝弁護士以外の弁護人たちの見解がよく分からない。
→本音の部分は?ということです。

まあ、これは仕方がないのかもしれませんが。

「素朴な疑問」
弁護団が22名で大人数と皆さん、おっしゃるが、
では何名だったら妥当なのかと言う話を見たことが
ありません。
そもそも、「多い」「少ない」というのは、
「比較」が含まれているはずだと思うのですが、
その比較対象が不明。

したがって、私には多いのか少ないのかも判断できないのに、
「多い」という方は、どうして「多い」と断言できるのか
分かりません。

私は法曹関係の素人ということもあって、光市の事件の弁護団に対して「気に入らないところ」はありません。被告人自身に対しては、気に入らないところ、というか犯した犯罪に対して許せないところは大いにありますが、その怒りを弁護団に転嫁するのは筋違いだと思っています。

何事につけ、行動があればそれに対する批判があること自体は仕方がありません。だから、被告弁護団の行動に対して、批判があることは、それ自体は仕方がないでしょう。単なる批判なら、です。
弁護団の主張に批判があるから懲戒請求というのはどう考えてもおかしいと思います。テレビドラマの悪役俳優に対して、「こいつは悪者だから制裁しろ」と言っているようなものですよね。

前にも書きましたが、弁護団は死刑廃止論のためにこの裁判を利用しているわけではないのは明らかですけれど、仮に利用したからとしても、何の問題があるのかも、私には分かりません。

気に入らないところ・・・母胎回帰ストーリー。あのような曖昧な評価を加えなくとも、被告人の身上、経歴、素直な感情など事実を積み重ねていくだけの方が良かったと考えます。所詮外野の結果論ですが。

人数について・・・警察・検察の捜査・訴追側の方がずっと人数多いでしょ。しかも彼らは本来的に組織だし。

「気に入らない」とこですか。

(1)欠席戦術。今ひとつ擁護している方の理屈がよく分からないので。

(2)世論対策を考えていたとは思えない記者会見。そりゃ、あんな主張すれば叩かれるに決まってる。被告人の利益になってるのだろうか?また例えば、「死刑廃止論に利用している」と言う批判に対して「死刑存置論者も居ます」としか答えていない模様。ちゃんと反論するのなら、20数人のうち何人が存置論者で具体的に誰がそうなのかを明かすべきです。もし、存置論者が一人だったらアリバイ工作だと更に批判を呼ぶんじゃないんでしょうか?記者会見やるならもうちょっと作戦を練ってからやるべきでしょう。

モトケン様、常連の皆様、はじめまして。
法律に疎い一般市民ですので的外れな意見もあるかと思いますが、よろしくお願いします。

私は最近このサイトを知り、弁護人の役割や刑事裁判の在り方などについて色々と考えさせられる事もありましたが、やはり今回の弁護団のやり方は良くないと思います。(極悪人の弁護をしているからという理由ではありません)

・最高裁欠席とそのやり方

法律の専門家が法律の抜け道を積極的に使っている事と、そういった反則まがいの手法を正当化しようとしている所、さらに事情はどうあれ迷惑をかけているのにそれについての謝罪がない点とリハーサルを欠席理由に使ったという先見性のなさが気に入りません。

後、橋下弁護士にも言える事ですが、相手が非道を行ったのだから、こちらが非道で返しても問題ないとしながら相手を責めるレベルの低さもどうにかして欲しいと思います。(懲戒請求での説明不足もお互い様だと思います)


・意見の変更

手続き上認められているのかもしれないけれど、無期懲役なら認めるけど、死刑の可能性が濃厚になった途端に掌を返すという行為はやっぱり釈然としません。(裁判が真実を追究し、相当する量刑を科す場であるならなおさらです)


・弁護団の主張

弁護側に都合の良いように解釈しようとしてすら(復活の儀式やドラえもんを容認してすら)無理がありすぎる内容であり、あまりにも説得力がなさすぎます。ある程度の説得力があれば被害者遺族の神経を逆撫でにしてでも主張すべきなんでしょうけど、ここまで説得力がないのであればもっと説得力のない部分について話を聞き、それなりの説得力になるまで努力すべきでしょう。
(最高裁期日の2週間前の初接見で新事実の発覚とし、方針の変更を決めているように思えるので、被告人がこの主張に拘っていて弁護団はやむを得ずこの主張をせざるを得なかったという解釈には少し無理があるように思います)

私が気に入らないのは、荒唐無稽な主張です。
まぁ、弁護士が被告の主張をそのまま伝えるという必要性自体は理解しますし、荒唐無稽な主張といっても、どこまでがOKでどこからが駄目なのかそんな事は決められないし、決めるのは言論統制に他ならないと言うのも分かります。
ただ、そうは言っても、やはり限度という物があってしかるべきかと思いますし、ああいう主張はしたいならしても良いでしょうが、その場合、精神鑑定をして、そこで責任能力有りと出たら、求刑にかかわらず法の許す上限の罰を与えておけば良いんじゃないかと思うのです。正気であの主張をする人が更生する可能性は私には考えられません。なので、出来る限り社会から遠ざけて置くのが司法の役割って物ではないのですかね?

深い教養の保持と高い品性の陶やに努めている弁護士がそういう主張をするのは、違法では無いのでしょうけど、反社会的な業界に見えます。

後は欠席ですか、やはりこれも、違法ではないと思います、しかし、高い品性の陶やに努めている弁護士の行為としては法に触れなければ何をしても良いと思っている連中という以外の評価は出来ません

私の弁護士業界に対する目は、マルチ商法の元締めレベルに変わりました

欠席戦術に対する反発が強いようですが。

日弁連は、オウム麻原事件の弁護人による書面提出拒否戦術の件(※)でも、懲戒請求に対し、弁護人を処分しない旨の決定をしました。

弁護士に言わせれば「弁護活動を委縮させることを狙ったもの」で、このような申し立て自体「させてはいけない」のだそうな。

やはり、悪辣極まりないコッカケンリョクに抗すべき弁護人としては、強硬な手段を選ばざるを得ず、それに対する懲戒などもってのほか、という認識があるのでしょうか。弁護士の方々には。

我々はァ〜コッカケンリョクとぉ〜闘うぞぉ〜! 事件を捏造する検事を許すな! 偏頗な裁判所を糾弾する! 安保粉砕! 沖縄奪還! 

あ、最後の方はちょっと違うな。それと、弁護士って明らかにブルジョ(以下略) 

※ 弁護人が、当初2005年1月11日だった控訴趣意書の提出期限の延長を申し立て、同年8月31日まで延長を認められたにもかかわらず、期限最終日に、持参した控訴趣意書を提出せずに持ち帰った。この結果、実質審理に入らず死刑判決が確定した。

今回の差し戻し審からこの事件に関心を持ち、こちらのHP等で刑事弁護、裁判等について勉強をさせてもらっています。

その中で、弁護団に対し気にいらないと思ったことはありません。
主張内容に対しても、おおむね納得できるものだと思います。

対して、検察、裁判所の態度には疑問をもつ所が多いです。

NO36.ひとり選考委員会さん
お答えありがとうございました。

私は裁判の流れというものが、まだよく掴めてなかったので、まったくお恥ずかしいかぎりです。
そういう流れの中で、いろいろな弁護士さんの意見を取り入れながら被告人を守って行こう、ということでしたら、たしかに弁護人の数は問題とはならないと思いますし、あとの皆さんの見解を拝見すれば大弁護団(大ではないかも)という問題に対しては、私も自身の中に納めることができました。

NO35で私は箇条書きに簡単に表現しましたが、私の感覚の中では、弁護団に対しては、確かに当初は生理的に受け入れられないところを感じておりましたが、現在では逆に、この環境の悪くなってしまった中で、最大限職責を果たそうと頑張っておられるな、とまじめに関心しはじめているところです。光市事件については、他のエントリーでも様々な議論が展開しておりましたが、裁判の関係者の皆様は外部へはなるべくなにも語らずに粛々と結審に至ってほしいと思います。

「光市弁護団のどこが気にいらないか。」

・主張内容が気に入らない
当初は弁護人が言わせているものと思っていましたが、こちらでいろいろお話させていただくうちに被告人が言うならば仕方がないのだという気に変わりました。
しかし、その後、弁護団の「自己の目的達成のためならどんな手段も厭わない」という姿勢をいろいろ知るに連れ、今回のストーリーは原案 被告人、原作 弁護団と思っています。

・弁護戦術が気に入らない
欠席→期日が守れないことがわかっているのなら、引き受けないのが責任ある姿勢では?
ナイフの絵→ミスリーディング、これではマスコミと同レベルかそれ以下

・今枝弁護士が、本村氏の「良心に任せます」を自分の都合のいいように解釈したことが気に入らない
普通「良心に任せます」という言葉をどのように使うかはわからないが、私なら「良心に任せます」=「あなたに良心はあるんですか?」という問い掛けで、いま行われていることは「私(本村氏)の基準では許せない」ということだと受け取りました。

・懲戒請求に対する反発が気に食わない
まあ、今回の懲戒請求騒動に問題があることは確かであるが、No.43 (ただいま謹慎中)さんが例示しているように、懲戒請求という制度そのものが適切に機能しているのかどうかわからない。
「弁護士会」に自治が認められているのだから、意図的な欠席や書面提出拒否戦術などの“ルール破り”に対しては適正な自浄能力は発揮してほしい。
日本でも法定侮辱罪が必要なのではないかと思う。

>薬屋の企画屋 さん

100%同意見。

私が最も怒りを覚えるのは、赤ちゃんの首に巻いた紐を「泣き悲しむ弟への兄ができるせめてもの償いの印泣き悲しむ弟への兄ができるせめてもの償いの印であったのではないかと見ています。」
とするくだりです。
死因について「頭蓋骨骨折も脳内出血も無い」とされており、首に巻いた紐が死亡原因であれば、気管、頚動脈が閉塞しない程度に巻かれた紐が頚静脈を狭め、徐々に頭頚部、脳のうっ血を生じたのでしょう。死因は脳のダメージか頚部の腫れで気管が閉塞されたものと思われます。
遺体発見時に紐の食い込みがさほど無かったのは、死後動脈血流が途絶え、腫れた部分の水分が拡散し悲惨な状況が隠されたのでしょう。
長時間の頭痛、呼吸困難の末死に至る残酷な殺害にこの様な表現を持ち出す弁護団を認めることはできません。

こちらのエントリなら私でもコメントできそうでしたのでモトケン先生にあまえます。

 「光市弁護団のどこが気に入らないか」

 こちらのブログにたどり着く前は被告人と弁護団を混同しておりましたし、刑事弁護がどのようなものか分かりませんでしたので、この人たちは何言っちゃってるんだろう。弁護士なのに何訳の分かんない事いってんのと思っておりましたが、現在は大変だなぁと同情しております。しかし「ドタキャン」はなんとも納得がいきません。しかも理由が模擬裁判のしかもリハーサルかい!(事実誤認でしたらすいません)
 もし自分が命のかかった裁判でそんなことされたらかなわんなぁと思ったもので。

私もこの機会に言いっ放しさせていただきます。

「贖罪のリボン」のくだりは、勝手な創作で、被告の言ってないことを言っている。

万事その調子で創作を埋め込んでるに決まってる。

誠実さが感じられず、嘘ばっかり言っている。

以上です。

えと、端的に書くと

1.最高裁判所判決前のどたばたっぷりがどうもだめ
2.差し戻し控訴審での主張内容の変わりっぷりが
  理解しがたい。
  とりあえず、どらえもんと復活の儀式のキーワードを
  法廷外では強く主張しないほうがよかったのではない
  かと。
3.それを公開された際の対応が不十分なこと。
4.上記含め、本村氏法廷外戦術への対応の不十分さ。

ただ、橋下弁護士はもっと品が無いと思うので、そっちに
対してはどうこうされる分にはまったく反感は覚えません
が。

モトケンさん、はじめまして、ジュリと申します。
このブログはよく拝見させていただいていましたが、怖くてとてもコメントできませんでした。
今回ならギリギリできそうなのでコメントさせていただきます。

私が「光市弁護団のどこが気にいらないか。」というのは、ご遺族に優しくないからです。
刑事弁護というものがどんなものかは勉強して、理解しているつもりです。
ですが弁護団は、簡単な配慮もしていないと思います。
欠席裁判しかり。記者会見しかり。HPしかり。
もう少し配慮していただければ、ご遺族の方ももう少し救われたのではないかと思います。

これが刑事弁護なんだというご意見は、ご遠慮ください(^_^;)
それがわかっていても言いたかった意見としてお聞きいただければ幸いです。

No.44 ゴンザレス さんに同意です。
私、一歩も二歩も十歩もさがったところから裁判の成り行きを見守っております。(私の場合森を見て木を見ていないのかもしれませんが)
私も弁護団に対し気にいらないと思ったことはありません。

マスコミ報道については、気にいらない事だらけですが。

全くの素人で、プログも全部は見ていませんが

弁護団への不満は、真剣さが足りない点です。
彼らが裁判で、通常以上の働きをしたのでしょうが、それでも真剣さは分かりませんでした。

被害者の主張が一貫しているのに対して、被告、弁護側の主張は判り難いし、迷走したように見えました。

彼らは何をしたかったのでしょうか?
被告を本気で死刑から救いたかったのでしょうか?
被告の生きている時間を伸ばしたかったのでしょうか?
「この被告を死刑にしてはならない」、「何をやっても死刑を止める」という弁護団の心からの叫びは、一般市民には聞こえてこなかったように思います。

今枝弁護士の会見での言葉を聞いたとき、彼自身もそう感じていたんだな〜と思いました。

私は今回の裁判は、「死刑廃止論者」や「少年法護持論者」には大変厳しい裁判であったように思います。
少年法での保護から外れ、死刑が目前に迫って被告が主張を変えたの事実です。

被告の新主張の真偽はさておき、死刑以外では被告が真剣に事件を考えていなかったというのが、ばれてしまった。
「死刑廃止論者」では無い人が主任をやれば、被告の心情や心変わりをもう少し巧く説明できたような感じさえします。

弁護士は、被告の更正の手助けをすることが仕事では無いでしょう。しかし、この被告を見ていると、裁判にかける、留置場に入れられるだけでは、どうしようもない「心の闇」を感じ、1,2審、最高裁、そして今回の弁護団は、被告と本当の意味で向き合って居なかったのではないかと思います。

市民感情的には、裁判で死刑を免れることが、本当の意味での被告の勝利では無く、被告が真に反省することが必要であると思います。

再審請求の乱発と合わせれば、弁護士そのものへの信頼が揺らぐような感じもしました。