エントリ

「犯行当時は心神耗弱」滋賀2園児殺害、鄭被告に無期懲役(2007年10月16日13時51分 読売新聞)

最大の争点だった被告の刑事責任能力について、長井裁判長は「被告は当時、統合失調症に罹患(りかん)し、被害妄想が強まっていた。自己の行為の善悪を判断する能力や、行動を制御する能力を完全に失っていなかったが、考えと行動が飛躍しており、攻撃性や衝動性が著しく増したことが引き起こした犯行」と述べた。

 詳細な判決要旨はこちら
 http://sankei.jp.msn.com/topics/affairs/4081/afr4081-t.htm

| コメント(41) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

コメント(41)

病に原因する心神耗弱は認定しつつも、責任能力ありとしたんですね。
裁判所の判断は判断として、本件被告人のような触法精神病者の取り扱い――主として社会防衛的な観点で、ですが――には何等の光明も差さない事に暗澹たる気持ちになります。

無論、統計的には精神病者や同障害者による多害の虞は、健常者によるそれを比率的に(顕著に)下回ることは承知しています。
しかしながら、こういったケースが恐ろしいのは、健常者による場合とは異なって、予兆が掴みづらく殆んど突発的に、常識的なロジックの流れによらず不意打ち的に犯行が行われることです。
これは、重罰を課せば回避の一助になるとか、そういうものでは全くない。本当に、なにかいいアイディアはないものでしょうか・・・。

こんなこと言うと生意気だと言われそうですが、惰眠 さまのコメントはパクリ的引用を誘うものかもしれませんね^^。

喜ぶべきか悲しむべきか困ってしまいますが(笑)。
しかし、もし上記記事をカギカッコ引用をするならば
「多害の虞(原文ママ)」というのはカッコ悪いので、「他害の虞」に直していただきたいところであります。はい。誤変換いたしました。

No.3 惰眠 さま

唾棄されずにお返事頂きありがとうございました。

食うに困っての情状酌量は多くの人に理解を得られやすいでしょうが、統合失調者や精神病そのものの理解は得がたいですね。

精神疾患のある人の、ある時点での責任能力の有無を刑事裁判の場で白黒つけるというのは、どちらにしてもなんだかな〜ですが、特に責任能力無しの判決は「世間」の怒りの対象となり、「嘘つき!」「なんだかんだ言っても殺ってるんだろが!」コールを引き起こすことになりますしね。

ある脳科学者がその著書の中で「例え行為(犯罪行為であれなんであれ)の原因が、脳機能の視点から説明できるとしても、その行為を実行する人が責任を問われなければならない。」とバッサリ書いてあるのを見て、う〜んと唸りました。

というわけで(どういう訳だ?)、素人の私としては、「そもそも刑事裁判には精神疾患は馴染まない。」という非建設的見解に辿り着きました。馴染むのは所謂健常者の一時的心神喪失あたりまでではないかと。もう、精神疾患者だからと言って刑事裁判の場では一切考慮しない。但し最高刑は終身刑とする。刑の軽重を問わず治療を義務付ける。有期刑でも病状の回復が見られない場合は出所させない。出所する場合は身体にGPSを取り付けることを義務付ける。出所後も2週間に1度の受診を義務付ける。等々。…金掛るし…低脳を露呈する結果となりました。orz

被告・弁護側としては現実的に望みうる最善の結果が
出たのでは?当然、遺族が納得するとは思えないし、
検察側も控訴するでしょうが。

さすがに心神喪失は控訴審でも認められないと
思われるので、心神耗弱で無期ってのが減刑の限界でしょう。
逆に検察側が心神耗弱を控訴審でひっくり返すのは
至難でしょうね。地裁での再鑑定請求も却下されてますし。

心情的には死刑だろと思いますが、「弁護側が」この事案で
心神喪失or心神耗弱を主張するのは至極真っ当でしょう。

鑑定書の詳細が不明なので現時点で何もいえないと思いますが、一般論として私見を述べたいです。

犯行そのものはこれと同じく二人の幼児の命が失われた場合としますが、犯人が鑑定上明らかに統合失調者であるならば自己の行為に責任を負うこと能わぬ病人であるわけですから、やはり司法は厳として無罪を言い渡すべきだと思います。但しその後我が国内にとどまるのであれば、精神衛生法?の保安処分に従って無期限の措置入院とされるべきでしょうが。

逆にもし少しでも犯人に責任能力を認めるのであれば、二人の幼児の命を無慈悲に奪った犯行の凶悪さからして無期懲役ではなく死刑が判決されなければならない。

私が一般論として考える限り、死刑か無罪か以外の選択肢を選べば法が法の精神から曲がってしまい、司法の存在意義さえ問われるように思います。

No.6 ぼつでおk さん

>逆にもし少しでも犯人に責任能力を認めるのであれば、
>二人の幼児の命を無慈悲に奪った犯行の凶悪さからして
>無期懲役ではなく死刑が判決されなければならない。

とすると、司法は心神耗弱という限定された責任能力を問う条文を定めるべきではなく、心神喪失として全く責任能力を問わないか、完全な責任能力を問うか、二者択一的な対応をすべき、ということになるのでしょうか。

>No.7 青空 さん
>二者択一的な対応をすべき、ということになるのでしょうか。

私は司法というものをそういうものだと考えております。

No.8 ぼつでおk さん

ご返答、ありがとうございます。
No.7 の表記、少しおかしかったですね。申し訳ありません。
法を定めるのは国会ですので、いまの刑法に問題がある、というお考えということになりますね。

では、少し場面が変わって、たとえば泥酔状態で殺人を犯したようなひとに対しても、やはり、二者択一的な対応をすべき、というお考えと受け取ってよろしいでしょうか。

言うまでもなく、ご見解を否定する趣旨ではありませんので、誤解が生じなければ幸いです。

なぜこのようにお尋ねするかというと、たとえば泥酔状態であれば、本人が呑んだくれた(本人に帰責性がある)場合もあれば、誰かに無理矢理呑まされた(本人に帰責性があるとは言い難い)場合もあると考えられるからです。

>No.9 青空 さん
コメントありがとうございます。

お尋ねの内容はわかります(笑)。ただ、先のコメントでは確定診断された精神科疾患患者の犯行に刑法をどう適用するかという状況限定的コメント(しかも非法律家一般人(笑)のいち感想です)であることをご承知ください。

で、素人の個人的意見としてはお尋ねの飲酒のケースは統合失調症のような明らかな疾患とは異なりますので同列には論じられないと考えております。

時間が無いので短いレスですがご容赦ください。

>No.6 ぼつでおk さん

鑑定上明らかに統合失調者であるならば自己の行為に責任を負うこと能わぬ病人であるわけですから、やはり司法は厳として無罪を言い渡すべきだと思います。
・・・・・・・・・
心神喪失状態であればまさにその通りと思います。

・・・・・・・・・

確定診断された精神科疾患患者の犯行に刑法をどう適用するかという状況限定的コメント(しかも非法律家一般人(笑)のいち感想です)であることをご承知ください。
・・・・・・・・・
状況は限定されておりますが、病状は様々あります。幻覚妄想が限られた対象にだけ有り、他はそれほど問題が少ないということもあり、今回の状況に於いても死刑か無罪かつまり、心神喪失か完全責任能力かという選択は不合理です。

私の私見を言わせていただくと、罪の重さは皆同じと思いますので、行為に対する罪刑を決定するところまでは病気など関係なく行い、刑が判定できたところで病状について判定し(同時並行でもよい)、罪を減ずるあるいは免除するという風にしていくと、ただ、心神喪失無罪とするよりは理解が得やすいと考えます。問題は、病気と言うより本人の問題つまり、薬物中毒(アル中含む)者による犯罪ですが、これはいくら幻覚妄想状態を呈して心神喪失状態であったとしても罪を免除しないという風にしないといけないのではと思います。
しかし、安田弁護士の理解は得られないだろうな。

自己レス

でも、殺意の認定とか刑罰の軽重判定に必要なことが判断できない可能性も高いから、裁判自体になじまないという問題もあるでしょうかねぇ?

No.11 アルファ159SW さま

罪の重さは皆同じと思いますので、行為に対する罪刑を決定するところまでは病気など関係なく行い、刑が判定できたところで病状について判定し(同時並行でもよい)、罪を減ずるあるいは免除する

おっしゃりたいこと理解できます。

法律用語に置き換えて言えば、
前者は 違法性 (行為の悪性、反社会性) の評価
後者は 責任 (その違法性を行為者に帰することの妥当性) の評価
となるでしょうか。

完全責任能力者A(心神喪失でも耗弱でも未成年でもない者)が行為Bを行った場合、量刑はCくらいが妥当、という評価を先に(同時でも)しておいて、
実際に行為Bを行ったXは、心神喪失なり心神耗弱のため、量刑はYだけ減じて(C−Y)とする。

で、そのYの分は、刑罰に代わる何らかのケア(年数に限らず、質的な面で)を施す。

となれば、
行為Bについては国家が合計Cに至るまで何らかのアクションをする

ということで、責任無能力者・限定責任能力者に対する刑の減軽について理解が得やすくなるという案は面白いんじゃないかと思います。
現在の運用もそういう説明でこじつけられるようなら話は早いんでしょうけど。。。

>No.13 fuka_fuka さんのコメント
>現在の運用もそういう説明でこじつけられるようなら話は早いんでしょうけど。。。

を拝見しているうちに、この事件の判決文を見ていないままコメントしていた自分に気づきました。こじつけでもなんでもなく、実際の判決文がそのような裁量判断部分について明らかにしてあれば、至極真っ当な判決と私も思うであろうと感じたからです。

してみると私のNo.6は新聞報道に脊髄反射しただけのメディアリテラシー欠如症候群の増悪症状でした。実際の判決文を読むまではNo.6をこの判決に関連付けてこのエントリーで論ずることを控えたくなりましたので、いったん撤回とさせていただければ幸甚です。

レスをつけてくださった青空さん、アルファ159SW さんはじめご覧の皆様には謹んでお詫び申し上げます。・・・取り急ぎお詫びまで。

>No.13 fuka_fuka さん
面白いアイディアだと思います。論理構成の仕方によっては、何らかの形で実現できるような印象を受けました。
ただ・・・やっぱり理非弁別能力を喪失したような病者に対して、刑事罰に準ずるような不利益を課す事に関しては議論があるでしょうね。

聞いたところでは、心神喪失を認定され無罪判決を受けたとしても精神科に措置入院ってことで実質的には実社会から隔離されるそうなのですが、鄭被告(受刑者?)は統合失調症の診断は確実のようだから医療刑務所ゆきなんでしょうが、専門病院に措置入院するのとどっちがいいんだろ。

今回の判決では、私としては釈然としないところがあります。
量刑については私の信条を堪えれば済む事ですが(私は死刑存置の積極的な支持者です)
判決理由の中で、心神耗弱について触れている事です。
被告が犯行前に、心神耗弱であったろうとなかろうと、幼稚園へ通常通り保護者同士の協力関係の下で児童の送迎を成し得ていたことを鑑みると、被告の日常生活も世間との係わりが常識的な範疇だったのではないのでしょうか?
日頃、精神病院の隔離病棟にいらっしゃる患者さんならともかく、最近の殺人事件などではどうもすぐに精神鑑定を持ち込むことが多い気がするのですが(そういう報道ばかり見かけるのかもしれませんが)、そもそも人が人を殺めてしまう(偶発的な過失は除く)行為をしている最中自体、精神異常中だと私は思うので、そんなこといっていたら全ての殺人事件は精神疾患を持ち出さなければならなくなってしまうのではないのかと、ちょっと行き過ぎた考え方かもしれませんがそう思ってしまうのは私だけでしょうか。

No.10 No.14 ぼつでおk さん

お忙しい中、ご返答下さったこと、感謝しております。

状況限定的なお考えであるのか、一般論であるのか、よくわからなかったので、お尋ねしてみました。

責任能力が問題となるのは、自分のやろうとしていることが「いけないことである」という判断ができなくなっていたかどうかの場面であると考えられますので、一般論として、「判断が出来た」 or 「判断が出来なくなっていた」の二つに分けるべきだ、という見解があっても不思議ではないな、と感じたものですから。

ですが、全体としてご意見撤回ということですので、このお話は、このあたりにしておきますね。

それから、私信になりますが、別エントリーにて過分なお言葉下さって、ありがとうございました。なんだか、とってもうれしかったです! 一生懸命お仕事されているかたが、不必要なことで心を痛めたりされることがないといいのに、と、いつも願っています。


No.11 アルファ159SW さん、No.13 fuka_fuka さんのご提案は、わたしも、なかなか面白いなとおもっています。

ただ、以下は印象だけで述べてしまいますが、今の日本では、触法行為におよんだ精神疾患を有する者を治療する施設や、話は逸れますが犯罪者更正施設が、質量ともに不十分であるようにおもわれます。このあたりは、司法の領域というよりは刑事政策の領域かもしれませんので、誰がどういうふうにするのがよいのか、あまりわからないのですが、そういう面で進んでいる国に医療関係者を留学させる制度をつくるなど、人員の確保と設備の充実を、検討して欲しいな、とおもいます。(すでに検討されているとすれば、知らぬまま失礼な発言をしており、申し訳ありません。)

No.16 O さん

>そもそも人が人を殺めてしまう(偶発的な過失は除く)行為を
>している最中自体、精神異常中だと私は思うので、
>そんなこといっていたら全ての殺人事件は精神疾患を持ち出さなければ
>ならなくなってしまうのではないのか

おっしゃりたいことは、大変よくわかります。

うまく説明できる自信はないのですが、わたしなりに書いてみますね。

歩いているときに、いきなり「人」から殴りかかられて怪我をすれば、原則として、傷害罪の責任を問うことができますよね。
けれど、歩いているときに、いきなり「熊」から殴りかかられて怪我をしたとしても、「熊」に刑事責任を問うことはできませんよね。

その違いは何かというと、「人」は、殴るという行為が相手に怪我をさせるだけの危険を有していることを理解しているし、その上で、怪我をさせるという結果を生じさせてもいい、と認容しているし、さらに、殴って怪我をさせることは法的に悪いことである、と判断することが出来る。けれど、「熊」は、理解していないし、認容しているわけでもないし、判断なんてできるわけがない。

つまり、(1)行為の客観的な意味、(2)生じる結果、(3)行為によって結果が生じたことがどう評価されるか、の3つを理解しているにも関わらず、そのような行為におよんで結果を生じさせた者には、刑事責任を負わせてもいいですよ、という判断がなされているのです。

で、精神疾患が問題となるのは、この3つのうちの、一番最後、法的に悪いことである、と考えるだけの判断力があったのかどうかの場面になります。

悪いことだからやめよう、と考えるのが常識的な人であり、悪いことだってわかってるのにやめなかった、というのが一般的な犯罪の場面なので、確かに人を殺めるなんて一種の精神異常状態ですが、一般的な殺人犯は、悪いことだとわかってて殺してるのです。

精神疾患があっても、悪いことを悪いことだと判断できる状態の人であれば、一般の人と同じように、完全な責任能力ありとして、刑事責任を問えばいい。

けれど、精神疾患(には限りませんが、なんらかの事情)があって悪いことを悪いことだと判断する力がなくなっている人に、判断力のある人と同じだけの責任を問えるのか、という観点から、限定責任能力(ex.心神耗弱)とか責任無能力(ex.心神喪失)といった話がでてくるのです。

ただ、ここで大事なのは、そもそも人を殺すことを悪いと思っちゃいない人、てのも、世の中にはいますよね。そういう人は、判断力がないのではなくて、価値観がズレているだけなので、そういう人に刑事責任を問えなくなるわけではありません。

統合失調症の人でも、判断力が十分と評価される人もいれば、判断力を欠くだけでなく、上記(1)(2)さえ理解できないほどの症状の人もいるでしょう。
(1)(2)さえ理解できない程度の状態が日常的であれば、一般的な社会生活は送れないかもしれません。けれども、(1)(2)なら理解できる程度の状態が日常的であれば、「日常生活での世間との係わりが常識的な範疇である」としても、不思議ではありません。

今回の事件では、被告人の確定的な殺意が認められており、犯行時においても、(1)(2)が理解できる状態であったと評価されています。ということは、日常においても、(1)(2)は理解できる状態だったのではないでしょうか。

ですので、「幼稚園へ通常通り保護者同士の協力関係の下で児童の送迎を成し得ていたこと」とは、特に矛盾するものではないと言えるのではないでしょうか。

青空 様 お答えいただきありがとうございました。

私のコメントは、駄々っ子を理解させなければいけないような内容だと思うのですが、さらに突っ込みすぎてしまうような事を述べますが、
それでは裁判所は、(1)(2)を理解し得る状態、言い換えれば、被告には十分責任能力はあったと判断したという事で宜しいでしょうか。そうしますと心神耗弱状態が認められているような文言は強いて書く必要がないのでは、あったとしても、弁護側にたいしてはその精神状態を一蹴してもよかったのではなかったのかなあ、と思ってしまうのですが。
(被告、弁護側の言い分も多少考えてはみましたよ、くらいのことだったのでしょうか)

No.19 O さん

下手な説明を読んで下さって、ありがとうございます。
わたしの記載がやや不足していたようですね。

(1)(2)(3)を理解して初めて刑事責任を問える、と書きましたが、責任能力に関係する部分は、(3)だけなんです。
(1)と(2)は、故意の有無を判定するために必要な部分なのです。

故意が認められても、完全な責任能力がない場合には、完全な刑事責任は問えない、というのが、刑法の仕組みなのですよ。

ですので、

>裁判所は、(1)(2)を理解し得る状態、言い換えれば、
>被告には十分責任能力はあったと判断したという事で宜しいでしょうか。

という部分は、間違っています、と申し上げなければなりません。

精神疾患が問題となるのは、この3つのうちの、一番最後、法的に悪いことである、と考えるだけの判断力があったのかどうかの場面になります。( 青空の No.18 )

と書いたのは、責任能力に関係する部分は、(3)だけである、ということをご説明したかったからなのでした。

故意の話と責任能力の話が別の部分である、というのは、なかなかわかりにくいことかもしれません。その証拠に、光市母子殺人事件の公判で、弁護側は、被告人の未成熟さ・精神的未発達さから母親に甘えたかったのだとして「殺意はなかった」「強姦意思がなかった」と主張しているのに、マスコミは、「精神的未発達とか言い出すなんて、責任能力がないと主張するに違いない!」と、誤報していましたよね。

>>No.19 O さん

私も積極的な死刑存置派ですが・・・。

現在の刑法だと、心神喪失だとその時点で不起訴か無罪、
心神耗弱だと刑の減軽が確定だったと記憶しています。
(刑法39条)

裁判所は殺意は認定(殺人罪)しており、
心神喪失は稚拙ながらも逃亡を図っている等を
理由として否定していますが、心神耗弱は認めている為に
死刑から減刑して無期を選択したものと思われます。

現行の刑法39条ってどうなのよ?ってな考えは私にも
ありますが、判決要旨を見る限り、この事案では
心神耗弱は認められて刑が軽減されてしまうだろうなぁ
と感じます。

青空 さまへ(O さま横から失礼します。)

‥合失調症も軽重様々であり、入院していれば分りやすいですが、在宅の場合あるいは更に会社勤めもなしえている場合は非常に誤解されやすい(病気或いは病状が重いと認識されない)。

△泙拭単純に 
入院→在宅→通勤が重→軽であるとは限らない。

上記´△牢岼磴い覆い任靴腓Δ?

No.22 opapi さん

病状のことは、正確なところはお医者様にお尋ね下さい、というのがもっとも誠実な回答になるでしょうね。

個人的なコメントでよければ、あげて下さった例に限らず、あらゆる病気(精神疾患に限らない)は、外から見た目の軽重と、その病状としての重さとは、かならずしも一致しないとわたしはおもっております。

青空 様 重ね重ねありがとうございました。

また、NO21 F−15J様も、追加の補足ありがとうございました。

今更ながら私の無知ぶりには、恥ずかしい限りです。
ですが、重大刑事裁判に於ける(特に死刑か無期かの境のような(実際はどんな裁判でも同じ解釈だとは思いますが))法律解釈がそのようになっていた事は、よく勉強になりました。
現行法上、そのようになっているのであれば、理解を示さなければいけないことは自覚できました。
しかし、私的には、う〜む・・と唸ってしまう判決でした。

No.23 青空 さま

ありがとうございました。

ご存知の方も多いとは思いますが、一応書かせていただくと、今回の事件は心神喪失者医療観察法の施行前の事件であります。
今回の事件が今発生したら、先ず逮捕されて起訴前鑑定で不起訴となり(心神耗弱が認められていますから)、医療観察法の鑑定入院(約2ヶ月)が行われ、治療が必要とあれば、専門の医療機関で治療入院となります。標準的には18ヶ月入院治療した後、指定通院医療機関における通院(3年まで義務)となります。
殺人(未遂含む)、強盗、放火、強姦、強制わいせつ、傷害という重大な他害行為がこの法律の対象行為で、それ以外は、精神保健福祉法上の措置入院や医療保護入院で対応することになりますし、単に司法で裁かれるかもしれません。

参考にどうぞ
http://www.moj.go.jp/HOGO/hogo11-01.html

>No.26 アルファ159SW さん

今回の事案は、心神耗弱は認められていますが、
実刑(無期懲役)なので、施行後であったとしても
心神喪失者等医療観察法 の対象にならないのでは?

No.26

今回の事件が今発生したら、先ず逮捕されて起訴前鑑定で不起訴となり(心神耗弱が認められていますから)、

起訴前鑑定で心神耗弱が認められても、こういう重大事件だと不起訴にならないと思いますよ。
そしてNo.27のとおり、実刑ですから結局は医療観察法の対象にはならない。

ちょっと書き方が悪かったですね。

心神喪失あるいは心神耗弱で不起訴というのがルールだから、法施行後であれば、医療観察法優先というのが標準的と考えております。

>psq法曹 さま

重大事件だからといって不起訴にならないということはないと思います。
平成17年12月16日現在の統計では、法対象者の刑事処分内訳は114名中不起訴の者が103名で確定裁判が11名となっており、他害行為の内訳は殺人39名、放火19名、傷害・傷害致死44名、他となっており、確定裁判11名が全て殺人の事案だったとしても、28名は不起訴になっていることになります。

>アルファ159SW さま
こんにちは。No.11でアルファ159SW さまが言われたこと

罪の重さは皆同じと思いますので、行為に対する罪刑を決定するところまでは病気など関係なく行い、刑が判定できたところで病状について判定し(同時並行でもよい)、罪を減ずるあるいは免除するという風にしていくと、ただ、心神喪失無罪とするよりは理解が得やすいと考えます。

 これが私がNo4で言いたかったことでした。舌足らずだったようです。或いは舌そのものがナカッタカ^^。この件ではとりあえずもう少し勉強してから発言するようにします。それまでは皆様方のお話を黙って聞くことにします。(ああ恥ずかしい)

No.29
1 私が言った「こういう重大事件」というのは、家族でもない他人、しかも幼児二人を殺害したという、まさに今回のような事件のことです。
 その前提で、起訴前鑑定で心神耗弱となっても起訴されると思うわけです。

2 一般論的表現としても、「心神喪失あるいは心神耗弱で不起訴というのがルールだから、法施行後であれば、医療観察法優先というのが標準的」(No.29)というのは少し違うのではないかと思います。
理由
 ,泙塞垉訴処分があり、そして心神喪失又は心神耗弱と認められる場合に、医療観察法の「対象者」になります(医療観察法2条3項1号)

 心神喪失の場合は、起訴しても無罪になるので検察官は起訴せずに不起訴にするでしょう(不起訴の理由=裁定主文は「心神喪失」)。この限度ではNo.29は正しい。

 しかし、心神耗弱の場合は、心神耗弱という不起訴理由(=裁定主文)はなく、もし、不起訴にするとしたら「起訴猶予」しかありえません(嫌疑不十分だと対象行為の立証が出来ないから)。
 起訴猶予する事情の一つとして心神耗弱が考慮されることになるでしょう。

 したがって、重大事件では起訴猶予にしにくく、心神耗弱の場合は、実務としては起訴方向に力が働くと思われます。
 その意味ではNo.29の「・・・あるいは心神耗弱で不起訴というのがルール」というのは、当然そうなるかのように読め、不正確になると考えるわけです。

◆^緡鉄兒)40条2項では、検察官が心神喪失で不起訴にしたのに、その後心神耗弱の結論が出た場合、検察官は2週間以内に申立てを取り消せます。
 この趣旨は、限定責任能力があるなら検察官は不起訴ではなく起訴することが考えられるために設けられたと理解しています(起訴するには、先にした不起訴と申立てが矛盾するので)。
 この点からも、「・・・あるいは心神耗弱で不起訴というのがルールだから」というのは表現として不正確だと思います。

 なお、裁判(判決)で執行猶予になるときは、医療観察法の適用が再び問題になるわけです。

3 統計は知りませんが、一点だけ。
 統計上「殺人」となっているときは殺人未遂を含みますので、もっと具体的に見ないと分かりません(かといって私は調べるつもりはありませんが)。
 心神耗弱でも治療の必要性を認めて不起訴にする場合も勿論あるでしょうが、おそらく
―害(人が死亡していない場合)
∧火(特に自宅の放火のような場合)
親族間の殺人・傷害致死
のような場合ではないでしょうか。
 もちろん、上記以外の場合でも治療の必要性を強調して不起訴にすることは否定しませんが、全体的傾向としては、少ないのではないかと思っているのです。

 具体的資料には当たっていませんので、もし私の認識不足であれば、喜んで意見を修正しますので、誤解のないようにお願い致します。

>No.31 psq法曹さま

さすが論理構成に隙がないですね。感心させられます。
どうもものぐさで端折ってしまったり、単純化してしまったりしてしまうもので、見習いたいものです。

さて、条文を見ますと、

この法律において「対象者」とは、次の各号のいずれかに該当する者をいう。
 一  公訴を提起しない処分において、対象行為を行ったこと及び刑法第三十九条第一項に規定する者(以下「心神喪失者」という。)又は同条第二項に規定する者(以下「心神耗弱者」という。)であることが認められた者
 二  対象行為について、刑法第三十九条第一項の規定により無罪の確定裁判を受けた者又は同条第二項の規定により刑を減軽する旨の確定裁判(懲役又は禁錮の刑を言い渡し執行猶予の言渡しをしない裁判であって、執行すべき刑期があるものを除く。)を受けた者
とあります。

確かに仰るとおり、不起訴→心神喪失・耗弱→法適用と読めますね。ただ、不起訴になる理由が心神喪失あるいは心神耗弱ではないんでしょうか?他にどんな理由があって不起訴になるのでしょう?
このあたりの実務は私も不勉強でよく知らないのです(というかあんまり関係ない、適用後が重要)。「心神耗弱という不起訴理由(=裁定主文)はなく」「裁判所は、検察官が心神喪失者と認めて公訴を提起しない処分をした対象者について、心神耗弱者と認めた場合には、その旨の決定をしなければならない。この場合において、検察官は、当該決定の告知を受けた日から二週間以内に、裁判所に対し、当該申立てを取り下げるか否かを通知しなければならない。」も恥ずかしながら初めて知りました。勉強になります。

ところで、
「重大事件では起訴猶予にしにくく、心神耗弱の場合は、実務としては起訴方向に力が働くと思われます」という部分についてですが、私の理解では、ん?です。医療観察法が出来た理由は触法精神障害者の適切な処遇のためであり、事件の重大性で起訴不起訴の判断が変わることには???です。

私も含めて、精神医療関係者の理解では、精神障害者で重大な他害行為を行い、心神耗弱・喪失であれば、100%医療観察法が適用されるというものだと思います。心神耗弱・喪失というものも判断基準が曖昧なところがあり、そのために法が出来たということもあると思っております。これが違うのであれば目から鱗というか・・・。法律に上位、下位、こっちが優先という明確なものはないんでしょうか?

統計を正確に載せておきます。()は未遂件数です。
殺人39(20)
放火19(3)
強盗6(1)
強姦0(0)
強制わいせつ6(0)
傷害・傷害致死44
合計114
資料が古くて申し訳ありません。

No.32
1 心神喪失の場合は、そのままその理由で不起訴になります。

2 法律家的に考えますと、結局、「治療の必要性」と「刑罰を科す必要」のどちらを優先するか検察官の判断によるため、優先関係に矛盾はないと考えられますし、心神耗弱→不起訴→医療観察とは限らないということは言えるわけです。

3 心神耗弱の場合に不起訴になりやすいのは・・・
例えば、殺人未遂でも傷害結果が小さかった、或いは包丁で切りかかったが取り押さえられて傷一つ負わなかったというような場合、実質的な被害がありません。
 相手の落ち度があることもあります。
 放火と言っても、畳や柱の一部が焦げただけなど被害が小さい場合もあります。
 そして、被害者が許している場合もあります。

 そういう諸々の事情と心神耗弱を考えて刑罰を科すよりも、治療の必要を認めて、精神障害があるので不起訴(起訴猶予)にし、医療観察に付するのだと思います。

4 なお、40条2項で、もちろん2週間検討して、やはり不起訴(起訴猶予)を維持する場合もあるでしょう。

WEBで犯罪白書のあらまし等を調べてみても詳しい数字が
出てないのが残念ですが・・・。

平成17年度の犯罪白書のあらましによると、
心神喪失だと刑法上不起訴or無罪ですが、実際には
ほとんどが不起訴(324人)で、裁判によって心神喪失と
認定されて無罪になったのはわすがに7人です。
そして、心神喪失が理由で不起訴となった罪名で一番多いのは
殺人(74人)で、次に傷害(66人)、放火(48人)の順です。

これが心神耗弱になると、不起訴になった人は
237人ですが、裁判で心神耗弱を理由に減軽された人は
81人もいます。(つまり起訴はされてる。)
さらに、心神耗弱が理由で不起訴になった罪名で一番多いのは
傷害(50人)で、起訴されて裁判で減軽された罪名で
一番多いのは殺人(21人)です。

これをみる限り、心神耗弱の場合、罪名が障害ならば
不起訴処分になりやすいが、殺人だと起訴されやすいと
推測されるのではないでしょうか?

psq法曹さま

う〜ん、全て納得できるものではないですが、考え方としては理解しました。

おつきあいありがとうございました。

>No.34 F-15J さま

 これをみる限り、心神耗弱の場合、罪名が障害ならば
不起訴処分になりやすいが、殺人だと起訴されやすいと
推測されるのではないでしょうか?
・・・・・・

確かにそのようですね。ということはやはり、重大事件だと裁判の中で詳細に判断すべしということでしょうか。
であれば、心神喪失者等の等は要らないんじゃないかと思いってしまいます。
事件の重大性で法律の運用を変えるということは法の下の平等に反するのではと思ってしまいます。

しかし、元々起訴前鑑定というものは検察の恣意的運用の疑いがありましたので、要するに検察の考え次第ということでしょうか。

うちの近所でも統合失調症の患者が殺人事件を起こし、無罪になりました。で、その後、犯人の母親が自殺…。

個人的には、「統合失調症だから無罪、または減刑」ってのは統合失調症に対する差別を助長するだけだと思うのですが…。ちなみに私は「馬泥棒は吊るし首」「スリは3回やったら打ち首」を強く信奉致しますw。

犯罪被害者が蚊帳の外に置かれていてその救済がなされてないって話は世間でも通りのいいネタなんですが、犯罪者の家族へのケアってのもなおざりなんですよね。
No.37 10年前にドロッポしました。 さんのコメントを拝読して、はっと思い出した(!)わけですが。
別段、自分が罪を犯したわけでもないというのに家族であるとか血がつながってるということを持って「社会的制裁」を甘受せにゃならんというのも理不尽な話ではないかと。

まあもっとも、そういうことが「家族に迷惑は掛けられない」と言うことで、ブレーキの要素になりうる可能性はあるんですけど。「家族」自体が崩壊しちゃってるようなケースでは歯止めにもならんでしょうけどね。

毎度横入り失礼します(笑)
>No.36 アルファ159SW さんのコメント
>しかし、元々起訴前鑑定というものは検察の恣意的運用の疑いが
>ありましたので、要するに検察の考え次第ということでしょうか。

検察官は行政官として起訴便宜主義なのでそれでいいでしょうが、本当の問題はその先の裁判において、司法官である裁判官が厳正に刑法に依らず検察官の法運用の行政上の都合に依って判決し、判例を重ねていくことにあると思います。

刑事法廷では裁判官(司法)は検察官(行政)とは刑法を挟んできちんと馴れ合い無く独立して審理を進めるという憲法規定があると義務教育で習いました。

No.20 いまさらですが、訂正させて下さい。

下から3行目

(誤)「強姦意思がなかった」
 ↓
(正)「強姦目的がなかった」

弁護側の主張によると、「強姦」意思とは呼べないにしろ、客観的な陵辱行為に対応する意思は認められている(ただし、本人は死者復活の儀式のつもり)ので、当初の記載だと、誤解を招く虞がありますよね。訂正のうえ、お詫びいたします。

>別段、自分が罪を犯したわけでもないというのに家族であるとか血がつながってるということを持って「社会的制裁」を甘受せにゃならんというのも理不尽な話ではないかと。

うちの近所の事例ですが、犯人が死刑にでもなってりゃ、母親も死んで詫びるまではしないで済んだんじゃないかなあ、と。

法律相談へ

ブログタイムズ

このエントリのコメント