エントリ

 調書流出事件に関する意見の一つとして、江川紹子さんの

 少年事件の調書漏洩で逮捕:報道の領域に踏み込む捜査機関

 を読みました。
 さすがに少年審判を含む刑事司法全般について、そこいらのテレビのニュースキャスターやワイドショーのコメンテイターとは一線を画す深い理解が感じられます。
 
 しかし

しかし、プライヴァシーと知る権利をどう調和させるか、という問題に、公権力が立ち入るべきではない。

という意見にはやはり異論を提示せざるを得ない。

 これでは、守秘義務といものは、少なくともジャーナリストに対しては認めるべきではない、ということになってしまう。
 江川さんの見識は信頼できるとしても、全てのジャーナリストと自称する人間が信頼できるとは限らない。
 それに、供述調書をそのまま公開することが必ずしも「知る権利」に寄与するものではないことは江川さん自身が指摘しているとおりである。

 私は、守秘義務の対象として秘密とされるべき事柄の範囲については議論されるべきであると考えますが、現時点で「公権力が立ち入るべきではない。」と言い切ることはできません。

 本件は、裁判所から依頼された鑑定人による守秘義務違反という司法作用そのものに対する信頼を揺るがしかねないおそれも看過できない事案であり、単純にプライヴァシー対知る権利と見ることができない側面も有しています。

 刑事司法作用の中でも特異な位置にある少年審判と少年の更生の問題を含めて、もっと広い視野のもとに議論されるべき問題だと考えます。

 江川さんだけでなく報道関係者は、公権力との力関係において報道の自由の尊重を主張しますが、プライバシーとの関係においては報道機関は圧倒的な優位にあることにもっと配慮すべきだと思います。

結論――。取材の手法、執筆に仕方に対する批判や議論はむしろすべきだ。少年事件についての情報をどこまで公表してよいかについては、これまで以上に活発な議論を行うことが望ましい。しかし、プライヴァシーと知る権利をどう調和させるか、という問題に、公権力が立ち入るべきではない。

 この結論の前者の認識は私と共通です。
 しかし、それが後者の結論にストレートに結びつかない原因のかなりの部分はマスコミ自身にあるのではないでしょうか。

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コメント(18)

 私は原則として江川氏の考えを支持します。
プライバシーの問題に関しては、やはり公権力が介入することは(原則として)あってはならなず、つまり民事的手法に則って解決されるべきと思います。

 ただし、この事件に関して言えば、私はその「原則」にあたらないと認識します。
 事象が輻輳していますが、主要な部分はやはり供述調書という高度に秘密性を持った公文書が(原本ではなく写しであったとしても)丸のまま流出しているということであり、たまたまそれが書類の性格上「プライバシーに関わる内容」を含んでいた、と言うだけではないのか(そういう見なしにした方が妥当ではないか)と。

 その上で申しますと、私は草薙氏が守秘義務のある書類へのアクセスを図ったこと自体は非難しません。取材活動として、それはありうべきことと思います。しかし、そうして得た成果を、著書において明示的に引用したこと、これはとんでもない愚行だと判断します。

 氏はしきりに取材源の秘匿を云々しているようですが、それを言うんなら、調書そのものを見たようなことを書くべきじゃないし、ましてや「ブツ撮り写真」なんか掲載するにいたっては論外、もってのほかです。

 例えばこれが鹿児島の選挙違反捏造事件のように調書そのものが焦点となるならば現物を明示的に提示する必要がありますが・・・。

情報の流出についてはやはり刑事的な問題となります。法律でもうたっております。
私は法律でうたわれている以上、「公権力が立ち入るべきではない。」という意見に違和感を覚えます。

> その上で申しますと、私は草薙氏が守秘義務のある書類
> へのアクセスを図ったこと自体は非難しません。取材活動
> として、それはありうべきことと思います。しかし、そう
> して得た成果を、著書において明示的に引用したこと、
> これはとんでもない愚行だと判断します。

まさにその通りだと思います。取材源を明らかにしないこと、といってもこの場合取材源が誰だかすぐにばれてしまうでしょう。それに加え、もし、取材源を暗示するようなことが著書の中で書いてあれば心情的には草薙氏も同罪だと思います。
やはりプライバシーの侵害、というのは裁判で使用する以外は大事にしていくべきと考えます。

やはりこの問題は、草薙氏がしつこくアプローチしたのか、あるいは医師が自分の判断で情報を提供したのか、ということでしょう。これによって草薙氏の法律的なではなく、道徳的な犯罪が明らかになるでしょう。

警察の発表は例によって信用できませんから、現時点で私は信用していません。医師の弁護士の反論に注目したいと思っています。

私も江川氏の言うように

>プライヴァシーと知る権利をどう調和させるか、という問題に、公権力が立ち入るべきではない。

と思いますが、現実に法律で定められた守秘義務があり、それに違反することで公権力の介入が可能となっている以上、今回の事態を招いた大きな責任は、やはりメディア側にあると思います。

報道の自由を守るためには、権力に対して介入する口実を作らせないことも必要と思いますが、惰眠さんのコメントによれば、「ブツ撮り写真」まで掲載したとのことなので、著者、編集者を含む出版関係者全員の、危機管理意識が大変低かったのでしょう。

あるいは、何か問題提起のための確信犯的な行為なのかとも考えましたが、一体何を問題にしたかったのか、私にはさっぱりです。

 私は、江川氏の
 >プライヴァシーと知る権利をどう調和させるか、
 >という問題に、公権力が立ち入るべきではない
という意見について、以下の理由から全く賛成できません。
 1.そもそも、「知る権利」の対象として個人のプライバシーは原則含まれないから、
  プライバシーの侵害に対しては原則的に刑事罰を与える(=公権力の介入)のが
  相当である。
 2.個人のプライバシーであっても、その情報に公益性のある場合は、例外的に
  知る権利が認められるのではあるが、その公共性の判断については
  公権力たる司法に委ねられるべきである。
 3.公共性の判断をマスコミに任せることは、マスコミ全体に効力を有する制限規範の
  ない現状においては、到底認められない。

マスコミの歴史というのは裏を返せば言論を公権力で封殺され続けた歴史でもあります。
今のマスコミが自身の報道主張に対しある程度公権力からの自由が認められているのは先達がそれこそ血を流して勝ち得たもの。
しかし、自由というものを行使するのはそれ相応の責任が伴うわけで、また公権力からの自由を国家に召し上げられたくなければ、マスコミ自身の責任において自由の行使のバランスを考える必要がある、と江川さんは仰っていると思います。
自由というのはやりたい放題という意味ではないんだよ、と。

個人的には、この問題を語る際はまず、「橋下弁護士の論理」が「その他の弁護士たちの論理」とイコールではないのと同じく、「この著者と講談社(の中でこの本に関わった人たち)の論理」も「その他のジャーナリトやマスコミの論理」とイコールではないことを念頭に置くべきだと思います。

No.6 けん さん

講談社が「その他のマスコミ」に比べて特に倫理に欠けるということはないと思いますけど・・・・新潮社はもっと酷いし、中小の出版社ならまだまだとんでもないところがあります。草薙氏も然りで、彼女が他のジャーナリストに比べて特に問題かというと、全然そうとは思えない。「プライバシーなんて権利は一切認めるべきでない」「名誉毀損を裁判にすること自体が間違い」と公言するジャーナリストもゴロゴロいますから。

それにしても、「この種の問題に公権力が立ち入るべきでない」「業界の自浄作用は十分でないから公権力の介入も仕方ない」という論争は、どこかで見たような・・・・。

>No.7 (ただいま謹慎中) さん

レス、ありがとうございます。
ただ、癸兇離灰瓮鵐箸砲いて、私は別にマスコミの現状を肯定しているわけではありませんので、その点を誤解なきようにお願いします。

ちなみに、

>「プライバシーなんて権利は一切認めるべきでない」「名誉毀損を裁判にすること自体が間違い」と公言するジャーナリストもゴロゴロいますから。

と公言されている方々は誰ですか?また、そのように公言されている方々はマスコミ業界において、多数派なのでしょうか?
もしもそのような方が多数派なら、「この著者と講談社(の中でこの本に関わった人たち)の論理」が「その他のジャーナリトやマスコミの論理」とイコールといえなくもない気もしなくもないですけれども。

江川さんの考え方をおおむね支持しますが、マスコミからの情報を鵜呑みにできない(少なくとも私はそう思ってます)ような現状では、マスコミにプライバシーと知る権利の線引きを任せてはおけないと思います。
結局、マスコミ(の中の不心得者たち)が先人の勝ち取ったものの上に胡坐を掻き、やりたい放題やった結果、信用がなくなっているということですね。

モラルとか、自律って言葉がまじめに通用する業界はないんでしょうか?どこに目をやっても・・・

プライヴァシーと知る権利をどう調和させるか、という問題に、公権力が立ち入るべきではない。 強制捜査によって知る権利が侵害される事態に、メディアはもっと敏感であってもらいたい。

前段は、問題が=「議論への口出し」の意味なら同意です、但し。
公権力は、マスコミがプライヴァシーを侵害した問題=事件が起きたら介入する義務が有る訳で。

それによって 侵害されるのはマスコミの利権 で、知る権利ではない。
---ただしマスコミの多数は知る権利と思っているらしいです---(・・)

読売の嫌うのが「出刃亀記事」であるなら正しい姿勢と受け取れます。
プライヴァシーを見世物にする商売には刑事罰と平行して多額の民事賠償を掛けるべき、が私の持論。

ところで、講談社の顧問弁護士さんはこの本の出版にあたり、何も関わりを持たなかったのでしょうかね?

No.8 けん さん

最近ですと、文春の発行差止事件に前後して出された雑誌や書籍に、その手の発言をする「ジャーナリスト」「マスコミからの天下り組憲法学者」が捨てるほど寄稿してましたが・・・・。

重鎮としては、故・齋藤十一氏あたりが代表格かなあ。曰く、「人権? たしかに大事なものかもしれないね、でも、それに拘泥してたんじゃ、ぼくらは出版できない。人権よりもっと大事なものがある。」 とか。やや小物では、山本伊吾、松岡利康あたりも。

彼らが多数派かどうかは知りませんが、週刊新潮とかフォーカスとか、日本の代表的な週刊誌を先頭に立って引っ張ってきた人々なので、少なくとも、異端とか例外的存在と見ることはできないはずです。

 私もブログで供述調書の写真を公開していますが、どこからも何にも言ってきませんね。控訴審の私選弁護人、民事の代理人弁護士、上告審の国選弁護人、いずれも実名も公開していますが、物は内容も重複しているのでどれなのかはっきりしないものもあります。
 少なくとも私選弁護人は、実家の連絡先を知っているはずですが、たまに実家に帰っても、母親は全く知らない様子で、このところ妙なぐらい上機嫌です。
 もう少しちゃんとした説明も付けておかねばならないとは思っているのですが....。
 関係者に公開の必要性は認められているのだと思いますが、反応も乏しいですし。この前、起訴状をアップしておきました。検面調書の写真も撮ってあるのですが、とても読みづらい手書きの文字です。
 リンクを張ると、削除されるのでご紹介は出来ません。本当は、内容も含めとても参考になるはずなのですが、無理強いするわけにもいきませんし。そのあたりもちょっと残念です。
 検察はよく知っているはずですが、これも何にも言われたことはありません。検察に問題性、必要性を認められてもいるはずですが、これも残念なことです。
 時期的なことも含め、客観的で確かな資料だと思いますが、公開できないんじゃ、困ることもありそうです。
 検察権力が不当な介入をしなくても、見向きされないものも存在しますよ。反応が乏しいので、内容の説明にも至らずにいます。
 プライバシーどころではない、被害、損害もありますよ。日々加算中です。

>No.12 (ただいま謹慎中) さんの

レス、ありがとうございます。
色々気になる部分はありますが、

>彼らが多数派かどうかは知りませんが

それでしたら結局、「この著者と講談社(の中でこの本に関わった人たち)の論理」が「その他のジャーナリトやマスコミの論理」とイコールなのかどうか、(ただいま謹慎中) さんには「わからない」ということですね。

はじめまして。いささか、トピずれになるかもしれませんが、昨晩途中からでしたが、テレビで水谷豊主演の『相棒』を観て、その硬派な内容に驚きました。ジャーナリストが、いかに功名心から「裁判」に関る、踏み込んだ報道をして結果「裁判」をゆがめる可能性があるか?を中心に「被害者感情」と「裁判」の問題そして「裁判員」制度の持つ「危険性」などなど、娯楽性の中に明らかに「奈良少年事件」「光市事件」などを踏まえたと思われる各種の真剣な問題提起が含まれていました。裁判の現状に対するこういう正面切った問題提起を含むTVドラマは初めて見ました。

「知る権利」は「知らせる権利ではない」という意見がありますが、皆様はどのようにお考えですか。

現在のマスコミは、「知らせる権利」=「知る権利」と考えているように思います。

No.15 natunohi69さん

はじめまして。せっせと申します。
私も観ました。
マスコミを初めとする外野の狂騒、裁判員の心の揺れ、法曹が抱く懸念など、押さえるべき所を押さえた真面目な内容だったと思います。
ただ、ラストの水谷豊と石橋凌の会話に歩み寄りが見られなかった点、オチが司法の陰謀論だった点などは、視聴者に「市民感情から乖離した司法が諸悪の根源」という早合点な印象を与える懸念がなきにしもあらずと感じました。

と、ここまで書きましたがやっぱりトピずれっぽいですねw
橋下問題続行エントリあたりで話を振ったら盛り上がるかもしれませんよ。

私もその放送を見ましたが、現実のマスコミは、もっとえげつなく動く筈だという印象を受けました。

ドラマですので、演出上のメリハリのこともあるでしょうから、そういう部分でのディテール描写は望むべきではないのですが、実際問題として裁判終了後の「程よくほとぼりが醒めたころ」に、「あの事件の裁判員」の手記かなんかが週刊誌に掲載されるようなことは、十分に予想される事態です。

もしくは『私は被告に死刑判決を下すことを決めた」なんていう草薙厚子の本が、講談社から出版されることも。

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