エントリ

 いくつかのエントリで人質司法に関連する議論が行われているようですが、このエントリに集約したほうがわかりやすいと思います。

 まず弁護士の皆さんからの問題提起をいただいたほうがいいと思いますので、他のエントリのコメント欄からの再掲でもいいですから、ここで議論しましょう。

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コメント(46)

一審でなかなか保釈にならないので、共犯者の調書に同意、ただし信用性を争う、としてようやく保釈をもらう。
一審判決は案の定、その共犯者の調書から認定されて重い量刑に。
控訴審でようやくその共犯者の調書の信用性が否定されて執行猶予がつく。
人質司法から、身代金代わりに不要な「同意」が強いられ、刑事裁判をゆがめている。

【「刑事弁護士をもっと」エントリー、No.51 ぷり(駆け出し弁護士)さんのコメント】に対する書き込みです。

私としましても、接見禁止付勾留中の被疑者・被告人であれ、弁護活動として可能な限り「できるだけ身柄を拘束されていない状態に近づける」努力は必要であろうと考えます。

ただ、罪証隠滅の可能性が絡む問題については、そもそも、「被疑者の状態をできるだけ身柄を拘束されていない状態に近づける」こととの対比が問題にならないのではないか、という疑問を持っています。

刑訴法196条は、弁護人にも「捜査の妨げとならないよう注意しなければならない」と命じている一方、弁護活動上の必要性があれば捜査の妨げをしてよい、という規定はありません。

刑法の証拠隠滅罪、証人威迫罪についても、「弁護人が弁護活動として行う場合は罰しない」などという規定はありません(名誉毀損に関する230条の2に相当する規定がない)。

結局、「弁護活動としてであれば、罪証隠滅の可能性がある行為も正当化される」理由というのがどこにあるのか、疑問が解消されないのです。


また、ぷりさんは、弁護人が「“鏥深圓両態をできるだけ身柄を拘束されていない状態に近づける∈畩擶L如て亡の防止という二つの相反する要請」を考慮して方針を決めるとされておられますが、弁護人に適切な考慮を期待することができるのでしょうか?

というのも、弁護人は被疑者の利益を最大化するために活動するのであって、△里Δ繊∈畩擶L任里それを適切に評価することはできないと思われるからです。

何しろ、弁護人は検察官と違って公益の代表者ではないし、真実義務もない。証拠が隠滅されて捜査が失敗し、事件がつぶれることに対し、歓迎するとまでは言いませんが、少なくとも何の責任もない立場であることは間違いありません。罪証隠滅のおそれを心配する義理はないどころか、それを心配しすぎると今度は被疑者に対する誠実義務との関係で問題が生じましょう。

たとえば、通常人の感覚で見れば証人に対する脅迫としか理解できない手紙であっても、被告人が「脅迫のつもりじゃないよ」と言えば、弁護人が被告人の意思に反して「証人威迫のおそれ有り」と判断することはできないでしょう。

その立場に照らして考えると、検察官が被疑者の利益を考えて行動することは是ですが、弁護人が罪証隠滅の防止という捜査上の必要性を適切に勘案しながら活動方針を決めていくことは困難だと思うのですが。

弁護人が「罪証隠滅の可能性」を適切に見積もって行動を選択していくことは、職責上期待できない。弁護人は、刑訴法196条や刑法の規定に従って、証拠隠滅等の可能性がある行為は慎むべし。というのが、現段階での私見です。

【「弁護士の品位(その2)」エントリのNo.435のコメント】に対する補足です。

No.435で問うているのは、「勾留理由開示での説明が抽象的であるからといって、何故そこから、審査がノーチェックだと言えるのか?」ということです。「説明が抽象的であること」からは、審査が厳格であるとも、審査がいい加減であるとも、どちらも推認できないように思うのですが。

その上で、例えば「逮捕状や勾留請求の認容率が高いこと」以外に、令状等の審査が「ほぼノーチェック」であるのが「現在の実務」であることの具体的な論拠は、何かあるのでしょうか、ということです。

念のため言っておくと、私は「裁判所は令状や勾留の請求を全件真摯に検討している!」と盲信しているわけではありません。ちゃんとやっている人もいれば、いい加減な人もいるだろう、程度の(ある意味当たり前の)認識です。

No.1
 説明し出すと長くなるのかもしれませんし時間もないかもしれません。
 しかし、罪名・事案の概要・何が分かれ目だったのかについて、支障のない範囲で、客観事項と自分の評価を分けた形で、簡潔にでも示してもらわないと、読み手としては「ふ〜ん」と言って終わりにするしかありません。

【「刑事弁護士をもっと」エントリー、No.48 L.A.LAW さんのコメント】に対する書き込みです。

ちょっと分かりにくいのですが、有り体にいうと、「裁判所は検察よりである」ということに尽きるのでしょうか。

ただ、「弁護人において、裁判所が検察よりであると感じた」ことが、たとえば「裁判所の訴訟指揮を不服として退廷する戦術」を正当化する根拠になるのでしょうか。

それを肯定するなら、「検察官において、裁判所が弁護人よりであると感じた」場合に、「検察官が、裁判所の訴訟指揮を不服として退廷する戦術」も肯定しないとおかしなことになりますけど、それでいいのでしょうか。

要するに、弁護士は、「俺たちは不利に扱われているから退廷戦術も使っていい。でも検察官は優遇されているからダメだ」と言いたいのでしょうか。ほとんど駄々っ子の言い分のように聞こえるのですが。


それから、裁判官が当事者と面談するというのは、それ自体がいけないこと、タブーとされていることなのでしょうか。

私が知る限り、弁護人が、検察官のいない場で裁判官と面会して事件に関する相談をすることも頻繁にあるようなのですが、これもやはり問題なのでしょうか。

たとえば、保釈を申請する場合に、弁護人が担当裁判官と面談して書面の内容を補充したり、保証金について意向を伝えたりするのはごく普通にあると思いますし、そうした場には検察官が同席しないのが寧ろ普通でしょう。

それ以外にも、例えば期日外で証拠申請をする場合、弁論再開の申立てをする場合等に、弁護人が検察官抜きで裁判官と面談し、あるいは電話をして、その必要性等を補充的に説明することもごく普通にあるでしょう。証拠開示について検察官にはたらきかけるよう、弁護人の意向を裁判官に伝えることもあるでしょう。「法律の問題を聞きに来る」ことだって珍しくないはずです(たとえば公務所照会の方法、相手、時期を相談するとか。)。

これらの面会はさほど問題視しないで、裁判官と検察官との面会は問題視するというのであれば、よく分からないのですが。何だか、「判検交流」に関する底の浅い批判を思い出します。

裁判所の令状審査は検察官の令状請求にめくら判を押してるだけっていう印象ですね。
ということで私は準抗告魔となっていますが。

「コッカケンリョクにはとにかく反対!」の弁護士会や弁護士さんが、やれメクラ判だ、やれ人質司法だ、というプロパガンダ、宣伝活動を大いに行っているのは私も承知しています。

ただ、弁護人は、被告人・被疑者が犯人であるかどうか、証拠が隠滅されて事件がつぶれるかどうかに関係なく、とにかくその人が最大限有利になるように行動するのですから、そもそも、身柄拘束等の適否について公平な判断ができる立場でないし、すべきでもないと思われます。

弁護人の立場からすれば、身柄拘束や強制捜査が妥当な事案なんて、そもそもほとんどないわけで、その立場から見れば大部分の逮捕・勾留・強制捜査が「不当」でしょう。

要するに、被疑者が事実関係を認めていれば「認めているのだから証拠隠滅のおそれも逃亡のおそれもない」。

被疑者が否認していれば、「そもそも犯人ではないのだから捜査の必要がない。犯人でないから証拠隠滅のしようもないし、逃亡のおそれもない」。

被告人が「証拠隠滅も証人の脅迫も逃亡もしません」と言えば、それを疑うわけにはいかないのだから、その状況で保釈しない判断は全て「不当な人質司法」。

このエントリとは関係ないけど、本人が否認さえしていれば、どんなに客観的証拠があろうと有罪判決は全て「冤罪」「不当判決」。

以上は、別に非難しているわけではなくて、弁護人の立場からすればそう言わざるを得ないでしょう、ということです。野党が与党を批判せざるを得ないように。

どんな閣僚人事であれ、その日のうちに野党党首は「何の期待もできない内閣だ」などと批判することになっていますが、弁護士のいう「人質司法」批判も、かなりそれに近い面があるように思います。もちろん弁護士さんからは、「党利党略ではなく社会全体のことを思って〜」的な反論があるとは思うのですが。

なお、以上の記載は「弁護士サイドからの批判の性質」について述べたものであり、令状実務に関する現状を無条件に賛美・追認するものではないことを念のため付言しておきます。

実際には否認事件でもあっても在宅のまま捜査・起訴したり、保釈されたりする事案も決して珍しくないので、それらを意図的に無視して「人質司法だ!」などと叫び、あたかも否認する限り絶対に保釈されないかのような宣伝をするのは低劣な印象操作だと思いますが、それはさておき。

弁護士さん自身、自白事件の保釈申請の際には「認めているから罪証隠滅のおそれはない」などと主張されることからも明らかなように、「自白/否認」は、罪証隠滅のおそれの有無・程度を左右しうるファクターであること自体は否定し難いのではありませんか。

そして、否認事件でも保釈されるケースが決して珍しくなく、他方、自白事件でも保釈されないケースがあるということは、「自白/否認」は判断要素の一つに過ぎず、それのみで結論が決まっているわけではない、ということです。

すると、弁護士が本来主張すべきは「否認していることが罪証隠滅のおそれを増大させる(少なくとも減少させない)要素であるとしても、それを過大に評価すべきではなく、他の要素を勘案すれば保釈されるべきだ」ということでしょう。したがって、当然、保釈の当否は個別具体的に議論されるべきものです。

にもかかわらず、「人質司法」などという言葉で、「否認しているというだけの理由で身柄を解放されない」と批判するのは、悪しき単純化であるように思われます。

連続投稿すみません。

「人質司法」の用語、プロパガンダとしては大変上手だと思うし、感心もしているんですよ。

上では「悪しき単純化」と言いましたが、それは中立的・学究的に見た場合のことで、政治活動、社会運動としては正に単純化が必要だし、効果的でもある。

医師の方が一生懸命、「司法は医療の結果が悪ければ有罪・巨額賠償にする!」と宣伝されているのと同様、不正確ではあるけれども、一般の人に対する宣伝効果という点では有効だと思います。

弁護士会は、マネーロンダリング対策のための法案に「弁護士による依頼者密告制度」と名前をつけて大々的に組織的な反対運動を展開し、弁護士を届出義務の対象から除外させた「実績」があります。「残業代ゼロ法案」と同様、ネーミングが成功した例といってよい。

その意味で「人質司法」を連呼するのは、「効果的」なことだろうと思います。

証拠隠滅の虞ありといわれても、どの証拠をどうやったら隠滅できるというのか教えて欲しいくらいだというようなケースは結構あります。もちろん、供述証拠を不同意にするとか自白調書の任意性ないし信用性を争うことにより、せっかくの検察側証拠が減少してしまうということはあるのですが、それを防ぐために、検察側証拠との取り調べが終了するまでは被告人を保釈しないと言うことが許されるとなると(って実際そうなのですが)、結局、刑事訴訟法上被告人に認められた法的権利を行使させないために、起訴後の勾留制度が活用されると言うことになります。

 ある日の保釈請求顛末記

1 強制わいせつ致傷起訴直後に保釈請求
2 保釈許可
3 検察官準抗告
4 準抗告棄却

 でも手放しで喜べない。
 準抗告審の裁判官から、書記官経由でいきなり被害者調書を同意するつもりかどうか聞かれた。

人質司法に対する最も実効的な弁護活動は

土下座弁護です。

そしてそれが最大の冤罪の原因であることは多言を要しません。

モトケン先生のコメントは、体験と洞察に根ざしているので、いつも説得力がありますね。「土下座弁護」は最近の自白不抗争冤罪事件でも問題になっていたかと思います。
単純なネーミングは実態周知のPR機能としては有効だと思いますので、それ自体悪いことではなく、むしろ知る権利にマッチした良いことだと思います。
ただ実態が付いてこないお題目となれば色あせます。都市部を除く地方公務員全員がさえずった「地方の時代」の類は既に死語化してますが、未だに官製ポスータに慣性のごとく使われてます。

今日の人質司法と土下座弁護を象徴する出来事

完全否認を続けているある被疑者国選事件。
警察「自白してくれていたら勾留延長せんですんだんだけどなー。」「だから●●ということにして罪を認めてくれないかなー。」
あらら、なんて露骨な。

週明け黙って準抗告打ってきます。

No.14 ぷり(駆け出し弁護士)さん

「被疑事実や警察官の言動に関する被疑者の言い分が本当に正しいとすれば」、たしかに露骨ですねー。

しかし、その言い分はほんまかいな、被疑者からウソつかれたことのない弁護士さんっているのかな、などと考えてしまいます。

同時に、そういう疑問を持ってしまうこと自体が「刑事弁護的発想」とは相容れないんだろうな、とも思います。弁護人が被疑者の言い分を信じなくてどうする、というのはそのとおりですから。被疑者が「警官がこう言った」と述べる以上、それを前提に行動することはむしろ当然なのでしょう。

警官の不当な言動があったとかなかったとか、取調べに関する不毛な争いを防ぐと言う意味では、可視化は有効だと思います。志布志事件、富山事件で風向きが変わったようにも思うので、もう一押しで実現するかも知れない。

一方、取調べ状況が可視化されても、「警察署の廊下で○○された」とか「逮捕の現場で○○と言われた」とか、新しい弁解が増えるだけで結局水掛け論はなくならないのだろうか、という気もします。

どうなんでしょか。

補足

No.14は、まさか、被疑者ではなくて警官本人の言動ですか。

だとしたら、その警官は石器時代の原人か、としか言いようがありません。準抗告がんばってください(笑)。

>No.15 (ただいま謹慎中)さん
確かに>No.14 ぷり(駆け出し弁護士)さんのお話ではちょっと誤解しそうな部分がありますので、反対の立場から少し補足させていただきます。
まず、刑事と被疑者の担当弁護士が直接会って事件のことについて話をすることはまずありません(皆無とは言いませんが、少なくとも警察の側から弁護士にコンタクトすることはありません)。
よって、ぷりさんのお話はぷりさんが担当されている被疑者との接見で聞いた話であると考えられます。
次に
>警察「自白してくれていたら勾留延長せんですんだんだけどなー。」
という話についてですが、ここ2年程で被疑者の勾留請求及びその延長請求に関してはほぼ完全に検察官の判断となり、警察官については「延長が必要か否か」程度の意見を検事から聞かれるくらいしか関与できなくなっています。
数年前までは、勾留の必要性については送致時や一回目の勾留満期前に担当刑事が代監勾留(現在は代用刑事施設勾留ですね)や接見禁止の理由について長々と書き連ねた報告書を作成し、それを基に検事が勾留請求を行っていましたが、現在は廃止されています。
よって、現役できちんと業務を行っている刑事なら自分が勾留延長を請求したかのような言動はあまりしないと考えられます。
ただ、起訴後の勾留及び保釈却下と異なり、起訴前の勾留については刑訴法208条の規定により10日の延長が認められています。
ですから完全否認事件であれば10日で起訴に至らなければ釈放するしかありませんから、捜査のために必要な延長を不当な身体拘束を言われることにはかなり抵抗があります。
といいますか、刑事としては被疑者に対して完全否認するなら10日の勾留延長くらい覚悟せんかい!と言いたいですね。
そして
>「だから●●ということにして罪を認めてくれないかなー。」
という台詞に関しては、取調についての話題の際に度々話していますが、「刑事が否認の被疑者に下手に出る必要はない」ということです。
泣き落としや無理な取引を呈示しての自白誘導は公判で容易に否認に転じられ、結局自分の首を絞めることになることは最近広く周知されてきていますから、そんな台詞を言う刑事がいないとは言い切れませんが、かなり珍しい部類の刑事だと思います。

ちなみに私も(ただいま謹慎中)さんの
>警官の不当な言動があったとかなかったとか、取調べに関する不毛な争いを防ぐと言う意味では、可視化は有効だと思います。
という意見については賛成します。

>No.14 ぷり(駆け出し弁護士) さん

被疑者国選対象事件であれば、勾留延長されようが何だろうが不起訴になるかどうかが重要であるように思います。勾留延長しないことと引換えに供述を求められる例にも接したことがありませんし、「人質司法」の問題とは関連しないように思います。

ところで、検察官の方々は、某地裁令状部判事さんがお書きになった話題の論文で触れられている「否認事件における保釈率低下の原因」あたりをどのように捉えておられるのでしょうか。

 人質司法のネーミングにインスパイアwされましたが、人質行政というネーミングができても不思議ではありません。防衛省に限ったことではないですが、許認可権限と予算を握っている行政セクションは強いですよ。強引と同義なことも。天の声とか官製談合とかで有名ですね。
 そのうち行政指導の可視化DVDが叫ばれる時代がくるかも知れません。防衛省はゴルフの可視化が先行するだろうと地方公務員雀のもっぱらのギャグですが。

No18 まげさん

ええ。
だから,このご時世に何でこんなこと言うんだ(厳密には被疑者からの電文)と不思議に思ったというのが実情です。

身柄の問題には限らないので、ややトピずれですが。

弁護士さんによる批判でイマイチ分からないのが、自分達の「事実認定」に対する絶対的な自信が一体どこから来るのか、という点です。

弁護士さんは、しばしば裁判所の事実認定能力がいかに劣っているか、検察・警察の見込み違いがいかに多いかを強烈な文言で手厳しく批判します。

たしかに、裁判所、検察、警察の事実認定や捜査が完璧だとは全く思わない。

しかし、この被告人・被疑者が無実であるとか、捜査の過程で不当な言動があったとか、そういう「事実認定」をすることは、弁護人にもまた困難な仕事であると思われるのですが、違うのでしょうか。

弁護士さんが「不当捜査」「人質司法」と称して宣伝する事象の多くは、本来、「被告人・被疑者の語ったことが本当であるとすれば」という留保がつけられるべきものでしょう。ところが、その留保なく、被告人・被疑者の言い分が真実であることを当然の前提にした宣伝活動が行われているのが実態のように思われます。

これは、「弁護人」としては正しいが、「弁護士」としては不誠実な態度だと考えます。

弁護人であれば、その事件の依頼者の利益を最大化すべく、依頼者の言い分に従って行動するべきでしょう。弁護人は裁判官でない以上、依頼者の言い分の信用性を厳しく吟味する必要はないし、すべきでもないと思われます。

しかし、個別の事件における受任関係を離れ、弁護士として一般論を述べる場合にまで被告人・被疑者の言い分が真実であることを前提にした主張をすることには、慎重であるべきです。

これはこのブログ、このエントリの書き込みに対して申し上げているわけではありませんが、どうも弁護士さんの主張には、「弁護士は、捜査官・裁判官と違って、真実を見通す目を持っている。」とでも思っているかのような言説が目立つように感じます。

もっとも、政治活動、社会運動として考えるなら、現在のスタンスは「正しい」。「被疑者の言い分が本当であるとすれば、不当な捜査だ。」などと訴えても、迫力に欠けること甚だしいわけですから。そんな複雑なフレーズ、シュプレヒコールにも向かないし・・・・。

>No.21 (ただいま謹慎中) さん

>弁護士さんによる批判でイマイチ分からないのが、自分達の「事実認定」に対する絶対的な自信が一体どこから来るのか、という点です。

 そんな自信はいつもいつも持てませんよ。
 そう聞こえるだけです。

>弁護士さんが「不当捜査」「人質司法」と称して宣伝する事象の多くは、本来、「被告人・被疑者の語ったことが本当であるとすれば」という留保がつけられるべきものでしょう。

 これは誤解です。
 「人質司法」といわれる最大の理由は、身柄拘束を解くことの引き換えとして被疑者・被告人に防御権の放棄を求めるところです。

 被告人の主張の当否は、法廷において検察官と被告人・弁護人が攻撃・防御を尽くした上で判断されるべきものです。
 ところが、戦う前から「身柄を解放してほしければ事実を認めろ。」というところが問題なのです。
 不戦敗の強要です。

No.22 モトケンさん

法廷の内外を問わず、弁護士さんが被告人の無実や捜査の不当性を訴える際の表現は断定的であり、自分の事実認定(被告人は無実である、捜査官が暴行した)こそが正しいということが当然の前提になっているのが常と感じますが・・・・。

これも「弁護人」としてであれば当然であり、仕方ないところだと思うのですけど、例えば声明や、新聞・雑誌・専門誌への寄稿等で論じる際もやたらと断定的なのが疑問というか不思議なのです。先日の富山の強姦事件のように真犯人がはっきりと判明したようなケースであればともかく、多くのケースでは、被告人が無実であるかどうか、取調べの際に暴行脅迫があったかという問題は「藪の中」であって、いかに弁護士といえども、その点を確信できる場合は少ないはずです。

要するに私が言いたいのは、たとえば被疑者が「捜査官から暴行された」と訴えているものの、その真否は結局のところ不明と言わざるを得ない場合に、

・弁護人として、法廷で捜査の不当性を訴えることは当然であり必要であるが、
・法廷外で、「捜査官が暴行した」と発表するのは不当である

ということです。そして、弁護士さんは、往々にして両者を混同していませんか、弁護人として被告人の言い分を代弁する必要があるからこそ、確実な根拠のない主張であってもそれを展開し、結果として他者を批判・攻撃することが許されているのに、それを履き違えて、法廷の外でまで「我々弁護士の主張こそ真実に即している」という独善に陥っていませんか、ということです。

それから、弁護士さんが「人質司法」と呼ぶところの現象ですが、先にも述べたとおり、「事実関係を否認していること」が、罪証隠滅のおそれを増大させ得るファクターの1つであることは否定し難いのではありませんか。そして、身柄拘束を解くかどうかは、そのファクターのみで決まっているわけではない、ということも事実でしょう。

すると、身柄拘束を解くことの「引き替えとして」という表現は明らかに不正確です。もちろん弁護士さんの真意は、文字通り引き替えになっているというよりは、「事実上引き替えにしているとしか思えないほど、その要素が占めるウェイトが大き過ぎる」という点にあるのでしょうが、そうであれば正確な表現が用いられるべきです。

ところで、自白事件では「防御権を放棄したのだから身柄を解放しろ」と主張するのに、否認事件では「防御権を放棄しないからといって身柄を解放しないのは不当だ」と主張するのは、整合性がないようにも思います。「人質司法」論者は、結局、身柄拘束の是非と【自白/否認】の要素との関係をどのように捉えているのでしょうか。無関係であるべきだと考えているなら前者の主張はおかしいし、関係ありと考えているなら後者の主張はおかしい。

結局のところ、求められるのは「一般論としては否認していることが罪証隠滅の可能性を増大させる要素であり得るとしても、この事件の事実関係からすれば、否認によってそのおそれがさして増大するわけではないから、身柄を解放すべき」ということを個別具体的に主張していくことであって、「人質」云々という画一的なレッテル張りは、何ら議論の実質的な進展をもたらすものではないと考えます。

そして、捜査段階では、弁護人が得ている情報が考慮要素の全てでないことも常に念頭に置いておくべきでしょう。弁護人の視点から不合理に見えることが、客観的にも不合理であるとは限らないはずです。一方当事者の言い分のみを採用して物事を断定することの愚かさ、危険性をよく知るはずの弁護士さんが、この種の問題については捜査上の必要性を一顧だにしないかのような言説を展開することがあるのは不思議なことです。そのような姿勢は、その事件の弁護人として活動する場合は許容されるとしても、具体的事件を離れて一法律家として発言する場合には、適切なものとは思われません。

>No.23 (ただいま謹慎中) さん

 取調べ中の暴行の有無の問題は人質司法の問題において中心的な論点ではありません。
 事件そのものに関連する事実主張が制約されることが問題なのです。

 また人質司法の問題は、対検察官または対裁判所の問題です。
 ただいま謹慎中)さんは、弁護士の人質司法に関する問題提起をプロパガンダであるという前提に立っているように思われます。

 人質司法の根本問題は、被害者側供述の信用性に関する無反省な信頼とそれを前提とする「罪障隠滅のおそれ」の超拡大適用と考えています。

>「事実関係を否認していること」が、罪証隠滅のおそれを増大させ得るファクターの1つであることは否定し難いのではありませんか。

 これは、警察または検察官が主張する事実が真実である、ということを前提にしていませんか?
 まさしくこの点が重要なんですけどね。
 被害者の言うことは真実であり、それに矛盾する被疑者・被告人の供述は言い訳である、つまり真実を認めない否認である、と思っていませんか?

No.24 モトケン さん

コメントありがとうございます。

被疑事実に関する捜査側の見解がいつも真実であるという前提には立っていません。真実である場合もあるし、違う場合もあるでしょう。

しかし、被疑事実に関する被疑者・被告人の言い分がいつも真実であるとも、もちろん言えません。真実である場合もあれば、違う場合もあるでしょう。

罪証隠滅のおそれを判断する時点では、通常、捜査側・被疑者側の言い分のいずれとも、真実とも虚偽とも断定できないはずです。

そして、弁護人は、被疑者・被告人の言い分が「真実」であるという前提で行動するのだから、否認事件での身柄拘束は多くの場合「不当」ということになりましょう。

しかし、当然ながら、判断権者たる裁判所では被疑者の言い分が真実であると無条件に信じるわけにはいかない(犯人である可能性を念頭に置いて判断する)のだから、弁護人の意向に反して身柄を拘束する場合もあるでしょう。

したがって、被疑者の代弁者たる弁護人から見て「不当」な拘束であっても、第三者から見れば不当とは言えない場合もあるでしょう。

弁護士さんは、自分たちの立場から見れば「不当」な拘束に「人質司法」と名前を付けて批判している面があるのではありませんか、ということです。

当然のことですが、「被疑事実・公訴事実は真実ではないかも知れない」のと同じように、「被疑者の弁解は真実ではないかも知れない」のです。そして、弁護人は後者の可能性を心配する立場でないのに対し、判断権者はそれを考慮せざるを得ないという違いがあります。

そして、事実が未確定であることを前提にすると、多くの場合、否認していることは罪証隠滅の可能性を判断するに際し有利には働かないことは、否定し難いように思われるのです。暴力団組員による傷害・恐喝被疑事案で事実を争っている場合と自白している場合とでは、被疑者の言い分が正しい可能性を念頭に置いてもなお、前者の方が罪証隠滅の危険性は高いはずです。

したがって、個別の事案についてはともかく、総体として見れば、否認事件の方が身柄の拘束される割合が高くるなること自体は、むしろ当然であると考えます。

「人質司法」論者は、そのこと自体も否定するのでしょうか? つまり、事実を否認していることを罪証隠滅の可能性と結びつけること自体が誤りだと主張するのでしょうか? そうだとすれば、あまりに現実離れした主張だと思うのですが。

No.25 (ただいま謹慎中) さま

「罪証隠滅のおそれ」 の見積もりは、定量分析に基づくものではないし、正確に数値的に表すことは原理的に不可能ともいえるでしょう。
そういう意味で、 「罪証隠滅のおそれがない」 という主張は、ロジカルに字面のみ見れば、不合理であり非科学的であるでしょう。

ただ、法曹(三者とも)は、 「罪証隠滅のおそれ」 といった場合、 「捜査に不当な影響を及ぼす程度の」 という前提を込めて言っている(と思う)。

ので、弁護士が言う 「罪証隠滅のおそれはない、身柄拘束は不当である」 という主張は、全か無か、ではなくて、 「“実質的に公判での検察側の立証に影響を及ぼすような” 罪証隠滅のおそれ」 という程度までは存在しない、という意味だろうと思います。
少なくとも私はそういう意味合いで使っている。

したがって、統計的には否認事件のほうが罪証隠滅のおそれが高いということは言えても (それは間違いないでしょう) 、個々の事件でみれば、明らかに必要な証拠はすでに揃っており、捏造しようとしてもどうやってよいか分からないくらいで (小倉秀夫さまも言及されていましたが) 、罪証隠滅のおそれがゼロ%ではないにしても、身柄拘束を継続するほどの必要性は薄れている、という場合は往々にしてあります。

「否認事件である場合に罪証隠滅のおそれが高まる」 という一般的な傾向を認めることと、 「個々の事件において、被疑者・被告人の言い分にかかわらず、“身柄拘束の継続を正当化するほどの高度の” 罪証隠滅のおそれ」 はない、主張することに、まったく矛盾はない。
と考えます。

>No.25 (ただいま謹慎中) さん

弁護士が「不当な身柄拘束」と称するのは、「無実の者を身体拘束している」ことを指すが、ここで言う「無実」の実質的意味は「無実を主張している」というにすぎない。

無実かどうかは審理の結果決まることであり、審理の過程で事実を争っていれば、そのことを理由に身体拘束からの解放されないことがありうるが、そのような事態まで不当であるとして否定する「人質司法」論はプロパガンダに過ぎない。

とおっしゃっているのでしょうか?

昭和50年代以降保釈率が低下傾向にあることには、保釈許可基準の厳格化、とりわけ、罪障隠滅のおそれの判断基準の厳格化という要因がある

罪障隠滅のおそれの判断にあたって、被告人の供述態度は、単なる罪障隠滅の主観的可能性の一資料という位置づけを超えて、否認・黙秘という態度それ自体が罪障隠滅の抽象的一類型と捉えられるに至っており、そのため、予想される具体的な罪障隠滅行為の現実的可能性・実効性を検討するということがなされていない

というのが、「人質司法」論の実質であり、そこに、有罪判決に向けた迅速な審理をつつがなく進めたいという裁判所の意図を読み取って(あるいは邪推して?)「人質」と表現しているのではないでしょうか。

No.23 (ただいま謹慎中) さま

「人質」云々という画一的なレッテル張りは、何ら議論の実質的な進展をもたらすものではないと考えます。

このご主張を一般化してしまうと、およそ社会事象についてのネーミングであればそのすべてが批判されなければいけないことになるのでは。

「医療崩壊」 然り、 「偽装請負」 然り、 「(連立政権に対する批判の文脈での)野合」 然り、 「モンスターペアレンツ」 然り、 「虚報体質」 然り、その他諸々。
すべて、具体的な事実関係に基づく評価の射程をはみ出た、プロパガンダでしょう。

そして、別にそのような表現について、特に問題視する必要はないというのが私見です。
レッテルを貼っている論者の根拠が薄弱であれば、具体的に根拠を示して反論した上で、逆向きのわかりやすいレッテルを貼ってやればよい。そう考えます。

参考図書
論より詭弁 (光文社新書) 香西 秀信 (著)

No.27 まげ さま

弁護士が「不当な身柄拘束」と称するのは、「無実の者を身体拘束している」ことを指すが

1点のみ、訂正させてください。

無実の場合に 「不当な身柄拘束」 となることは言うまでもありませんが、実務上重要なのは、「真犯人であることは間違いないが、それでも釈放が妥当なのに、釈放が認められないこと」 のほうです。

「罪証隠滅のおそれ」についてですが、この文言の意義は
「罪証隠滅の客観的可能性及び実効性」があることが「具体的事情から高度の蓋然性をもって認められること」が必要とされています(刑事訴訟法のコンメンタールを見れば載っています。)

平たくいうと,「●の証拠を▲の方法で隠滅することが★の事実の存在によって簡単に予想できるよね。しかも,●の証拠を隠滅すれば起訴不起訴の判断に大きな影響を及ぼすよね。だから,罪証隠滅のおそれがあるから身柄拘束しとかなきゃいけないよね。」ということです。

論理的というか抽象的には「罪証隠滅のおそれ」はゼロにはならないので,字面通りに解釈すればわざわざ勾留するための理由に「罪証隠滅のおそれ」を定めた意味がなくなってしまう(みんな勾留されてしまう。)ので,「罪証隠滅のおそれ」については上記のような解釈がされているわけです。

そして,裁判官がきちんと前記のような解釈に沿った判断をしているかどうかについては,勾留理由について「1件記録より明らか。」という一言で片付ける現状では不明です。
不明である以上,こちらがわざわざ「ああ,しっかり考えているんだけど,色々事情があっていえないのよね。」と善解してあげる必要はありません。
「理由をはっきり言えないということは考えてないんだな。」と解釈せざるを得ません。

現実にも,証人の居場所がわからなかったり,物証が全て押収されている場合でも,あっさり「罪証隠滅のおそれ」が肯定される現状(何をどうやって隠滅するの?)では,裁判官が具体的事情に即して罪証隠滅のおそれを判断していると考えることはできません。

 ちょっとシニカルに違った観点から書きます(長文ゆえ2分割)。

 保釈の話になっていますが、認容率が低くなる前に何が起きていたかをすっ飛ばすことはできません。
 昭和40年代の学生運動裁判全盛期があり、統一公判要請・解任選任繰返し・実力行使・欠席戦術など混乱した時期がありました。
 そのため、弁護人抜き法案提出までいった経緯があり、今後は弁護士はそういうことをしないということで成立を回避したと記憶しています。

 その不信感の反映かもしれないと言えないこともない。
 現に、違うところでは、今般の司法制度改革で、調書の目的外使用禁止や当事者の在廷命令などが規定されたりしており、その根底に弁護人に対する不信感が透けて見えたりします。

 30〜40年経って(と言ってもその間にも似たようなことはあったが)、今再び控訴趣意書期限の徒過や弁論期日欠席の戦術が問題になったりしているのは、ご存知の通りです。
 一部とはいえ、そういう不信感を生むような事態があることにも目を向けるとまではいかなくても、捨象して説明していては、話がかみ合わないでしょうね。
 少なくとも裁判所の不信感は案外消えていないのかも。

 まず、これを前提として把握しておき、次へ。

No.31の続き(またしても長文)
 と言っても弁護人とか裁判所・検察とか十把一絡げに扱うのも良くない。
 何だかんだ言って、結局は、日本の法制度と運用、建前と実態の乖離などが複雑に絡んで生じている現象ではないでしょうか。

以下に要因と発想を羅列します( )内はプラスマイナス要因。
(歇瓩蓮∨〕論上、逃亡のおそれがあるという理由では拒否できず、逃亡のおそれは保釈保証金で担保することになっている。(+)
∧歇瓩砲靴銅揃困砲垢譴个茲い海箸砲覆襪、人間そんなに強くはなく、実刑が目の前に迫れば逃げたくなる。(−)
実刑事案なのに逃げられたらそれこそ批難の雨あられだし、なかなか見つけられずに逃げ得が生じ、素直に従った者との不均衡が著しくなる。(−)

た獲の直後に引き続いて判決を言い渡す実務の運用なら(アメリカ陪審など陪審員が評決をするまで皆近くで待機している)、まだ逃げにくいが、判決宣告が何週間も数か月も先では逃げたくなるというもの。(−)
(否認で逃げるのは自己矛盾と言えるが、それでも審理の途中に逃げる者はいるだろうが)

イ垢襪伴更塒瑛住案なら保釈にしてもよさそうだが、保釈→執行猶予というパターンができるのを嫌がる(事実上の判決になる)。(±)
執行猶予事案なら問題なさそうだが、これまた審理中は誰も「執行猶予だろう」とは言ってくれないので(当然と言えば当然)、被告人にしてみれば実刑を恐れて逃げる可能性もある。(−)
逃げられたら保釈保証金没取だと言うが、それでも逃げる者は逃げる。(±)

否認事件だと審理が長引き、保釈になると益々長引きかねず、例えば、保釈取消事由に当たらない事柄で審理遅延を図るなど、逆に「審理協力」が人質に取られかねない。(−)
逆に言えば、弁護人・被告人は審理のペースを落とさないことを誓約する(+)

以上により誰が見ても執行猶予事案だろうというのが保釈される傾向になる。(±)
だから保釈されると、実刑か執行猶予か微妙だと思う事案では、検察は準抗告をする。(−)

 要するに、裁判所・検察が、保釈のリスク(≒逃亡)を最大限に見積もる結果だと思いますし、それを証拠隠滅のおそれに理屈づけようとするから無理が来る。

 四の五の言わずに(乱暴です・・・汗)、次の実務の運用にすれば、保釈のリスク(≒逃亡)は減じるので、保釈しやすくなるし検察もそんなに準抗告しないと思うのですが、どうでしょう?
a その罪が認められるとしたら明らかな実刑事案でない限り、保釈する運用にする(微妙な事案を含めて)。
b 証拠隠滅のおそれについては具体的おそれがある場合にのみ保釈する実務運用にする
c 弁護人・被告人は前もって審理のペースを忠実に守る旨の誓約をし、これを保釈条件にし、違反すれば没取・取消しにする(防御権の放棄ではない)。
d 裁判所が弁護人の弁論期日と同日に(数時間後でもよい)判決を言い渡すことにする(それまでに散々、長々と審理しているから論点は出尽くしているので出来るでしょう)。
e 弁護人も「それでは弁論内容がどうあれ、判決を出すことになり、弁論軽視だ」などと言わずに応じる。

その弁論期日に被告人を出頭させられないようでは話になりませんが(実はここが一番問題なのだと思います)。
机上の空論かな?

(誤解されそうな部分もありますが、以上です)

No.32 psq法曹 さま

a 〜 e のご提案、非常に現実的な案だと思います。
私はまったく異存ありません。

問題は、 「囚人のジレンマ」 に検察官・弁護人とも耐えられるかどうかでしょうね。
その案が現実化しても、1発でも逃亡事案が出たらまた運用は逆戻りしてしまい、アオリを食った他の弁護人からは不満の声が上がる・・・ という循環に陥りそうなのが怖いです。

>No.32 psq法曹 さんのコメント
> 四の五の言わずに(乱暴です・・・汗)、・・・。

の・・・汗がわかりやすかったので(笑)応援の賛成です。

No.26 fuka_fuka さん
No.27 まげ さん

御説明ありがとうございます。特にNo.26の最終段落については、まったく同感です。

御指摘のとおり、「個々の事件において」罪証隠滅のおそれがどれほど現実的であるかを議論することこそが重要だと思います。

しかし、弁護士さんが「人質司法」の語を用いるとき、事案の内容を個別具体的に勘案して当否を論じるというよりは、一律に「否認=身柄拘束」という運用がなされており不当である、という文脈であることが多いように思います。

結局、「人質司法」論の言わんとするところが、

1 否認事件での身柄拘束率が高くなるのは不当だ、ということなら、それは極めて当然の傾向であって、不当ではない。
2 否認と引き替えに身柄を拘束されるのは不当だ、ということなら、そもそも前提が間違っている。
3 裁判所が罪証隠滅行為の現実的な可能性、実効性をきちんと検討していない、ということなら、本当にそうなのか、そう考える根拠はどこにあるのか(単なる印象論ではないのか)。

というのが私の意見であり疑問です。

否認事件といっても、被疑者側が検察側証人に接触できる可能性が乏しいとか、事実関係に深刻な争いはなく専ら法的評価が争点になるような事案では、本人の言い分がどうであれ、罪証隠滅の可能性はさして変わらないことでしょう。また、公判前整理等で主張が整理されれば、罪証隠滅の可能性は相対的に低下するでしょう。実際にも、そうした考慮を経て身柄が解放されたと思われる否認事件は多数あります(最近では、ミラーマン事件、ライブドア事件、耐震偽装事件等)。

報道されず、法律雑誌等にも掲載されない大多数の事件で、弁護人の実感・印象として上記3のように思われるということであれば、それ以上の具体的な説明も困難でしょうから、とにかくそう感じるのですね、と言うしかありませんが・・・・。単なる判定に対する不満が審判への反感に転化しているわけではなく、弁護人というプレーヤーの地位を離れてもなおそのように思われる、ということと理解させて頂きます。

ただ、いずれにせよ、「否認すると拘束される人質司法」などという表現で世間に誤った(少なくとも不正確な)情報を流布するのは、いかがなものかという感じはします。お医者さんが「結果が悪けりゃ有罪だ」などというフレーズで司法の不当性を訴えるのに近いものを感じてなりません。

また、「人質司法」論が全てプロパガンダであると断定するつもりはありませんが、弁護士会が、政治的な問題について専ら左よりの活動を展開してきたことは周知の事実ですから、それとの関係で、「人質司法」論も単なる権力批判目的ではないかと見られる(誤解される)面があることは仕方ないように思います。自分としては、強制加入団体である弁護士会で何故に政治性の高い運動が行われるのか(趣旨に賛同しない会員の政治的自由を侵害するという問題意識はないのか)大いに疑問なのですが、さすがにエントリの趣旨から外れるので控えます。

No.30 ぷり さん

「弁護活動」の名札を貼れば証拠隠滅も証人への脅迫も許容され得るという姿勢の弁護人すら少なくない以上、勾留理由開示において、詳細かつ具体的に理由を説明することの弊害・危険性を当局が心配するのは、むしろ当然でしょう。

また、勾留理由開示を勾留への不服申立手続や政治活動の場と勘違いした弁護人が、これをいわゆる法廷闘争の手段として利用し、法廷で自ら法律違反を繰り返したり、「支援者」の暴挙を後押ししてきたという歴史的事実も、忘れてはなりません。勾留理由開示が形式化しているとすれば、その原因の一部は、このような弁護人の姿勢にあるというべきです。

それから、「説明の文言が抽象的であること」だけでは、「勾留理由の有無をきちんと判断している」とも、「いい加減に判断している」とも推認しようがありませんので、そこに論理の飛躍があることも、一応指摘しておきます(しかも、説明が抽象的にならざるを得ない背景として、証拠の隠滅すら場合によっては許されると広言する弁護人の姿勢があることは前述のとおり。)。善解してやる必要は全くありませんが、邪推する必要もありません。貴方がそう「解釈」したいことは分かりますけど。

公権力を安易に信頼するのは危険で愚かなことでしょうが、一方、薄弱な根拠に基づいてこれを非難するのも賢明なこととは思えない、ということです。

psq法曹様

別に批判でも反対意見でもないのですが,素朴な疑問です。
c部分ですが,公判進行中に予想もしない大きい論点が出てきた場合はどうなるのでしょうか。。。。。
あと,審理ペースについて被告人側の意見は取り入れられるという前提でいいでしょうか。。。
あと,d部分も審理から判決まで時間をおいて「頭を冷やしてもう一度冷静に考える。」期間がなくなるので,どうでしょうか。。。。。

No.32 psq法曹 さん

ご提案にかかる運用が実現できればすばらしいと思いますが、cの点については、それを権力への恭順と見て強硬に反対する弁護士さんが必ずや出てくることでしょう。いくら公判前整理で主張を絞ったとしても、「やむを得ない理由」を乱発して新たな証拠方法を請求し、予定通りの審理に反対することは必至と思われます。

「反権力的、先鋭的、闘争的」な弁護士は、数の上では少数であり、弁護士さんのうち多数はより現実的・常識的な感覚を有しているとしても、事実関係が深刻に争われる著名事件、すなわち「目立つ」事件ほど、前者に属する方々が受任する傾向にあります。光市事件しかり、オウム麻原事件しかり、仙台筋弛緩剤事件しかり、大阪高検公安部長収賄事件しかり。

そうした方々は、これまで弁護人の欠席戦術・退廷戦術・書面提出拒否戦術等を果敢に活用してきたわけですから、原則保釈となれば、今度は被告人の出頭拒否戦術を駆使して審理を遅延させ(彼らに言わせれば「拙速な判断を防いで人権保障を全うする」)、自らの主張を通そうとするであろうことは想像に難くありません。

かくて、運用の指針、メルクマールとなるべき著名否認事件の審理がいたずらに長期化し(彼らに言わせれば「刑事弁護の原則どおり、公訴事実に対する綿密な批判的検討を行う期間が確保され」)、実務家の多数が望む現実的な審理方法は普及しない、という流れになるかと。

悲観的ですみません。

素朴な疑問なのですが、
弁護人の欠席戦術・退廷戦術・書面提出拒否戦術等って戦術として成功しているのでしょうか?
こんなことすると裁判所から信用されないと思うのですが。。。
主張・反論を放棄する戦略ですから、被告人に不利だと思うのです。

出頭拒否戦術に対しては保釈取消とかできないんでしょうか。
(これも逃亡のおそれとか、有罪の心証を裁判所に抱かせ、被告人にマイナスに働く戦法に感じるんですが。。。)

 No.37もNo.38も流石に法律専門家ですね!
 でも溝が深いような気がする。

 面と向かって話せば簡単なのですが、知らないもの同士で、文字情報だと限度がありますから、意図が伝わるか自信はありませんがトライ(長文になるでしょう)。

1 No.37の考えは必ず出てくるものです。
 法律家にしろ医師にしろ、その他専門家にしろ、専門分野を知り尽くしているだけに「例外」が頭から離れない。
例外を考えているときに、実は、幹=原則は横に置いておかれる。

 No.38は、その「原則」のところを強調しているとも思える。溝が深いようで、実は矛盾はしない。問題にしている場面が違うから。

2 No37のcへの疑問については、予想もしない論点が出てきても関係なく、守るべきは審理の「ペース」です。
 例外には例外の対処の仕方があるでしょうが、そんなことが生じる事件は、何十件に1件という程度に稀なのも事実。

 それに拘って、或いはそれを「先に」取り上げて懸念を表明すると、残りの何十件で得られるものも得られない。
裁判所からすると、「何だ、話が分からないのか」と思ってしまう。
 No.38は多分暗に(明確に?)そこを指摘している。

 ブドウやスイカを食べるときのように、まず種ごと丸呑み(丸かじり)する、そして「タネという例外」があったら吐き出せば良い訳です、納得できる理由を付けて。

 そうしてこそ物事が進むと思うわけで、これは法律論ではなく処世術・交渉術に近いのです。

 つまり、ごく普通に推移する事件で実務の運用を積み重ね、裁判所の信頼を得ることが先決だと思います(不信が根深いという前提での説明ですから、そこの認識が違うと異なってきますが・・・)。

2 被告人側の事情云々の件は、皆が「勾留中」だと思ってやればいいのです(精神論ですかね?)。
 保釈になった途端に三者が「マ急がなくていいか」とか気を緩めるからいけない。守るのは審理のペースです。

 被告人の防御権、慎重審理、証人審問権などと言って長引かせる方向の意見ばかりで、挙げ句に法廷闘争だとなると(この辺りはNo.38の表現が正確かと思います)、「弁護士は審理が進まない方が長引いて実入りになるからね」なぁんて不幸な誤解・憶測を生まないとも限らない(もちろん心外に決まっている)。

3 「頭を冷やしてもう一度」に対しては、一方で調書裁判をやめろという主張があり、それは公判で心証を採れという意味でもあり、裁判所は反対尋問は直ちに行えと言います。

 記録になった証拠は当然把握しておくべきで、公判調書を改めて読み返さなくても判断できるぐらいにならないといけないでしょうね。

 一種の意識改革ですから(一番は裁判所の意識改革)、やろうと思えばできるはずですよ。出来なかったら、1日でも1週間でも判決を延ばせばいい。

 それ以上の延期は勧められません。
 というのは、ここのブログは、医師や警察、経済界の人が見ています。彼らは日々即断即決の厳しい現場そして社会に生きているのです。

 審理して論告弁論を聞いて直ぐに判決できないと聞くと、「頭ぐらい常日頃から冷やしておけ」「弁論を聞いて変わるべき点が直ぐに分からないようではプロとは言えない」とか、「法曹の仕事は生ぬるいわ」と思われるのがオチだからです。(自戒を込めて)

5 いやいや、そういう処世術は法律実務家の沽券にかかわる、法律論で裁判所・検察を変えていくんだ、いずれは道が開ける、というのであれば、それを否定はしません。

 確かに、その方法で、例えば接見指定の実務は変わったが、それでも20〜30年がかりにだったから、それ以上かかることを覚悟する必要があるでしょう。

 まあ、私の提案は、今の実務からすると三方一両損(裁判所は保釈しチンタラ判決できない、検察は保釈に抵抗しない、弁護人は審理促進に協力)を求めるものと勝手に自負しているのですが(笑)、現実離れしているかもしれませんので、そういう発想もあるのかぐらいに受け止めてくださればありがたいところです。

No.40で三方一両損と書きましたが、実質的効果は「三方一両得」の意味です。
No.31で保釈のリスク(≒逃亡)と書きましたが、保釈のリスク(≒逃亡と審理長期化)ですね。

No32
 いやあ、流石にお目が高い!
 「四の五の言わずに」は、当初「ガタガタ抜かさずに」とか「ごたくを並べずに」と書こうとしました(もっと乱暴・・・笑)。

 保釈の条文は、刑訴法89条に権利保釈の例外が1号から6号まで書いてあり、罪名に関わらず使われるのは4号(罪証隠滅)か5号(証人威迫)が多いのです。
 それにも懸けて「四の五の」を使ったという次第です。

 医師で知らなかったとはいえ(?笑)、図らずも遊び心に反応してくださり、満足、満足、自己満足(・・・って駄洒落を解説する無粋さ)

 なお、No.11のモトケンさんの強制猥褻致傷の場合は、そもそも1号(短期1年以上の懲役にあたる罪)に該当しますので、裁判官による裁量保釈しかないわけです(4号に該当しないとしても)。
 その決定過程でやり取りがあったということになるかと思います。

>No.40 psq法曹 さんのコメント

大岡裁きのいち信奉者である私にとってこの「三方一両損」は中身のある正統派(笑)と思えます。
同じ言葉を小泉氏が使ったアレは完全に口先だけのペテンやなー、って思いましたけど(笑)。

No.39 pave さん

まず、欠席戦術・退廷戦術等は、「主張・反論を放棄する戦略」ではありません。重大事件の裁判は、弁護人も出席しないと審理が進められないルールになっているので、これを利用して「自分達の主張を受け入れないなら審理に応じませんよ」とやっているわけです。国会における野党の審議拒否みたいなものですが、あちらはいざとなれば強行採決も可能であるのに対し、裁判では弁護人抜きのまま審理することはできないので、それらの戦術が機能するわけです(弁護人抜きでの審理を可能にする法案が提出されたこともありましたが、弁護士会の強い反対で成立しませんでした。)。

さておき。「先鋭的」弁護人が「活用」する退廷戦術、欠席戦術、書面提出拒否戦術等については、それが有利な結論(判決)を導くというよりは、プロセスに対する抵抗という意味合いが強いように思われます。

彼ら「先鋭的」弁護人は、やや極端に言うと

裁判所は検察庁の下請け機関であり、奴らにとっての裁判は、被告人が有罪であるという最初から決まっている結論を宣言するためのセレモニーに過ぎない

という強い信仰をお持ちですから、裁判所の予定するペースでの審理にお付き合いすることは、被告人を有罪へのベルトコンベアに乗せるようなものだ、という捉え方になります。このような世界観からすれば、当然、裁判所からの信用を得ようという発想がそもそも出てきません。

したがって、ときには欠席、ときには退廷、ときには不規則発言等を駆使してそのコンベアの流れを一時的にであれストップさせることには意義がある、と考えるのでしょう。特に、死刑が想定される事件では、その確定を少しでも遅らせることが被告人にとって利益である、という考え方もありましょう。

それから、これは欠席・退廷に限ったことではありませんが、「裁判所が弁護人の請求どおりに訴訟を進めなかったこと」を、以後の審級で攻撃するという意図もあるように思います。

要するに、「一審が弁護人の請求(鑑定・証人の採用とか、審理日程とか何でもよい)を退けたことは不当である」という主張を二審ですれば、二審は、その点についての判断を示さざるを得ない。「弁護人がいない状態で審理を進めたのは不当である」という主張も同様です。後の控訴審や再審のために、文句のつけどころを作っておく、という意味もあるものと思われます。


そして、弁護人がこれらの「戦術」を使うことが被告人に不利にはたらくかというと、これまでのところ「No」であったように思います。

弁護人が行き過ぎた活動をしたからといって、被告人が犯人であるという推測が強まったり、被告人の刑事責任が重くなったりすることはないからです(当たり前ですが)。裁判例の中には、「困った弁護人の暴走に付き合わされて災難だったね、真っ当な弁護人だったらもっと早く裁判から解放されたのにね。」という趣旨の説明が付された例もある位なので、弁護人の傍若無人な振る舞いと被告人の責任とは区別しないといかん、という意識はあったのでしょう。だからこそ、一部の弁護人は好き放題に暴れることができたとも言えます。

しかし、最近では、オウム麻原事件の書面不提出戦術に際して、「弁護人の不手際で被告人が不利益を被ってもよいか」という問題に対し「それも含めて被告人の自己責任だから仕方ない」という趣旨の判示がなされましたし、何より裁判員が、弁護人に対する反感を被告人に対する悪感情に転化させる(弁護人の責任と被告人の責任を理性的に区別できない)可能性はかなり高いように思われます。

したがって、今後は、このような強行戦術が裏目に出る危険性が高くなってくるものと考えます。

被告人の出頭拒否戦術に対して保釈取消とできるかについては、もちろん法律上は可能でしょうが、現実問題として本人が所在をくらましてしまえば、取り消したところでどうしようもありませんので・・・・。また、現に期日に出頭しなくとも「逃亡ではない」「正当な理由がある」などと言い張って保釈取消しに反対したり、取消決定に抗議して弁護人を辞任したりといった方法で「コンベアの流れを止める」戦術も行われたことがありますから(許永中事件等)、いずれにせよ簡単にケリがつく問題ではないと思われます。

paveさん

弁護人の欠席戦術・退廷戦術・書面提出拒否戦術等って戦術として成功しているのでしょうか

成功例もあれば,失敗例もあるとしかいいようがありません。
上記方法は裁判所の審理がある方向(被告人の立場からすれば好ましくない)に流れている場合,裁判所の審理の方向性を被告人に有利なように(別に虚偽の主張というわけではありません。念のため。)変更させる結果をもたらす(場合がある)点で強い効果を持つ戦術です。
ただ,強い効果を持つ分,副作用(裁判所の心証が悪くなる,社会的に批判される,制度が使えなくするよう法改正が行われる可能性がある)がきわめて強い戦術でもあります。
要は,非常に強い+作用と−作用を持つ戦術です。

主張・反論を放棄する戦略ですから、被告人に不利だと思うのです。
上に述べた理由により,一概に被告人に不利とは言えません。 反論・主張の放棄ではないというのは,(ただいま謹慎中)様のいうとおりです。 どちらかというと,主張を通すための積極的な戦術です。

成功(と言っていいか微妙な部分がありますが)例としては,光事件での最高裁弁論欠席(欠席によって,審理が延び,少年の真の言い分を詳細に主張することができるようになった。)の事例があります。
失敗例としては,オウム事件での控訴趣意書不提出の例があります。

上記各戦術成功したときの破壊力も失敗したときの破壊力も大きくなりがちなので,弁護人が安易にとる方法ではないと考えています。。
個人的には,にっちもさっちもいかない場合の最終兵器と考えています。

No.40 psq法曹様

いえいえ。
前記案は非常に示唆に富んだ,検討すべき価値の高いものだと思っています。

ただ,職業病というかなんというか,どうしても最悪の場合を想定してしまう癖が身についていまして。。。。

公判前や裁判員裁判の施行によって「審理のペースを守る。」方向で弁護人の意識改革を少しずつでもしていけばpsq法曹様の案の実現に近づいていけるのかな,と。。。。。

一応,検察側も保釈を認める方向で意識改革がなされているそうなので。

No.43 (ただいま謹慎中)さん
No.44 ぷり(駆け出し弁護士)さん

なるほど。分かりやすい解説ありがとうございます。
勉強になりました。

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