【溶けゆく日本人】快適の代償(2)“怪物”患者「治らない」と暴力
患者がこうした怒りを医療従事者にぶつける背景には、医療への過剰な期待がある。かつては「仕方がない」とあきらめるしかなかったことも、医療の進歩で、「どんな病気でも病院に行けば治る」「治らないのは医師の治療方針が間違っていたせいだ」と考えてしまう患者が多くなったという。(1/3)
東京都内で小児科クリニック院長を務める小児科医(35)は、「薬を出せというのも、子供のためというより、自分がゆっくり寝たいためとしか思えないケースがほとんど。すべてにおいて親の都合が優先されている。医療行為は受けて当然、治って当然と思っているから、診察後に『ありがとうございました』の言葉もない」と嘆く。(2/3)
生活困窮世帯の増加という面もあるが「最近はお金はあるけど払わないという人も多い。人間ドックを受けて異常がなかったから払わないという人もいます」と長野本部長(東京海上日動メディカルサービス)。(3/3)
投稿場所を間違えてしまったようです。
すいません。
モトケンさんへ、
まだ御挨拶が済んで無くて申し訳ないです。
御存知の方も多いと思いますが、トピックに対になるような事件です。
http://www.sankei-kansai.com/01_syakai/sya111308.htm
道義的なことも大事ですが、お金が無い病院も
増えていくばかりです。
患者も病院もお金が無い以上はこういったことは日本でも増えていくでしょ
放置の件は、関西方面では朝から、大きくニュースで報道されていましたね。映画「シッコ」からヒントを得たのかしらと思ってしまいました。
病院内でトラブルは起こすわ、お金は払わないわとなれば確かに、病院も気の毒という気はします。
しかし、生活保護を受けていたということですが、医療費の支払いが滞ったということは、医療費については保護対象の費用となっていなかったということでしょうか?直接、年金等から医療機関が支払を受けられるようにはできないのでしょうか?ご存じの方教えて下さい。
学校の給食費でも同じ問題がありますよね。
モンスターペイシェントについては、医療分野だけの問題ではないと思います。「医療が進歩したから治る病気も云々」よりも、価値観の変化やコミュニケーション不足、他者に対する思いやりの欠如といった人間性の問題かなあと思ったりするのですが。
>No.1 某医療関係者 さんのコメント | 2007年11月14日 19:09
に関わる内容です。
別のブログのエントリのコメントから一部引用ですが
(勤務医 開業つれづれ日記 http://ameblo.jp/med/entry-10055394203.html#cbox)
法律家の方の意見を聞きたいと思い、書きます。
「退院できる状態である」と通告した後も居続ける患者を不法占拠として扱えるのでしょうか?
また、「退院」そのものに患者の同意は必要ですか?
明らかに病院に被害(個人にも法人にも。肉体的にも物質的にも金銭的にも)が出ていますが、その損害賠償は?
その状態でも、病院は患者の入院を継続する義務があるのでしょうか?
モトケンさんのエントリについては、私はそういう人には処置なしです。どういう手を打てば良いのか分かりません。
そういう人が得できない制度を作るようにしてもらうしかないと思うのです。
最近は、診察の前半だったり家族が同席した途端にだったり、「限界があり、それ以上はできません」とわざわざ伝えるようになっています。(哀しい事ですが)
当たり前の事だと思うのですが、なんで分かってくれない人がいるのでしょう。
弁護士の仕事に例えれば
「完全勝訴以外は弁護士費用は払わない」が
「私の仕事の都合に合わせて24時間対応しろ」だし
「『弁護相談』の時点では正式な依頼じゃないから(何時間でも相談するしそれは私の当然認められるべき権利だが)全部無料だ」
という所でしょうかね。
確かにモンスターペイシェントと言われるような患者は昔と比べると確実に増えています。
一番わかりやすいのが「ありがとう」の一言が以前ほどきかれなくなったことですね。
それでも驚いて困惑ばかりしているわけにはいきません。
患者に消費者意識、お客様意識が浸透してきているなというのは実感します。
一方で医療従事者においてはサービス業という自覚があまり浸透してきていません。
学校で専門技術をみにつけ、そのまま医療現場で働いている人が多いからだと思います。
もっと接客術をみにつけないと。
患者がモンスターになる前にその芽を摘み取る。
そんな対策がひつようになってくるとはいやな時代だ。
> No.4 cancan さん
私は医療がいわゆる通常のサービス業かというとそうは思えません。それは営利を目的としていないからです。日本において医療業界が行うサービス業というのは厳密には「人間ドック」と「保険外診療」だけと思っています。健康診断や保険医療がサービス業かというと抵抗があります。第一患者は神様ではありません。患者は患者でそれ以上でもそれ以下でもありません。体や心が傷ついた病人です。その点、人間ドックは患者ではなく、お客様です。お金もいただきます。両者は同じ病院にきますが、明らかに違います。しかし、それでも医師と患者、客(人間ドック)は平等であり、どちらが偉いということはないと私は信じています。
しかし、サービス業における接客技術が必要か否かについていえば、現代の医療については「必要」といえます。クレーマー対応、患者がたくさん来るための技術・・・・しかし、病院はたくさん患者がきたからといって安全にかつ効果的に医療ができるというわけではありません。その点、医療機関の事務方の中にはわかっていない方が多いです。患者であふれかえった病院が果たして人気でるでしょうか?「あの病院はいつも待たせる」ということになります。それに医師の健康も害します。
しかし、営利を目的としないといっても赤字になってしまっては元も子もありません。しかし、診療報酬による収入は患者がきちんときて、経費のそれほどかからないような開業医はともかく、病院では厳しいものがあります。そのバランスが崩れているのは明らかなのですが、厚生省はそれを改めようとしません。
このような問題を考えると、いつも思うのは人権というか、個人の権利のようなものをなにかに付け過剰に主張する人達が増えてきてしまったように感じるのですが、私なんかは病院の先生に対しても学校の先生に対しても、いつも尊敬の気持ちをごく自然に感じる事ができるので(だって私の力では成し得ることができない事をしてくれるのですから)、面と向かえばいつも恐縮するばかりです。
そのようにプロフェッショナルがより求められる(突き詰めばどんな職業もそうかもしれませんが)、特に特殊な国家資格が必要な方々に対しては、「私は客だよ」というような姿勢はなるべくしない方がよろしいかと思うのですが。
>一方で医療従事者においてはサービス業という自覚があまり浸透してきていません。
学校で専門技術をみにつけ、そのまま医療現場で働いている人が多いからだと思います。
もっと接客術をみにつけないと。
>
確かに、人と人との係わりが発生するのですから、お互いが十分納得できるようにお互いが努力すべきだとは思いますが、単純にサービス業とか接客術というものとして医療現場に求めすぎるのも、少々抵抗感があります。じゃあどうすればいいのということにもなってしまうのですが。
前述のように、専門技術を受ける側のほうが、なるべく謙虚さを持つ事が大切だと思うのです。
ないお頭を振り絞ってじっくり考えながら書いてたら、yama さんとかなり内容が被ってしまいました。
失礼致しました。
>No.2 ヘムヘム さま
生活保護法第11条に、保護の種類が次の通りと定められています。
1、生活扶助
2、教育扶助
3、住宅扶助
4、医療扶助
5、介護扶助
6、出産扶助
7、生業扶助
8、葬祭扶助
良く世間で「最低賃金より生活保護の方が高い」と言われるのは、上記の第1号の「生活扶助」で支給される金額のことです。医療扶助はいわゆる生活保護と理解されている生活扶助の支給金額とは別です。ただし、お金として被保護者に支給されるのではなく、原則として医療の現物給付として支給が原則です。また、生活保護の適用を受けた世帯は国民健康保険の被保険者となることは出来ず、国民健康保険証に代えて生活保護の被適用世帯であることを示す証明書が渡されます。
もちろん、普通の方の健康保険適用の医療より制限はあり、使用する薬剤費にも上限額があります。このブログの別エントリで議論されている「混合診療」などモッテノホカの論外です。
このエントリの本来のテーマである「モンスターペイシェント」と言われるような方々は、憲法第25条の規定による「健康で文化的な最低限度の生活」=「生活保護の水準」を、一度は身をもって体験されるのも良い経験となって宜しいかと思いますが…。
昔勉強した生活保護制度では上記8項目のうち、全くの無収入ならば全額扶助ですが、一定の(保護基準に達しない)収入がある場合には生活扶助から順に充当(差し引き)され、基準を超える場合には扶助されません。
しかし医療扶助は最後に充当される保護費ですので、医療費の出ない被保護者というのは制度上ありえないことです。
医療扶助は現物給付(医療券制度)ですので、原則10割給付、自己負担が生じても福祉事務所に納めるので医療機関窓口での支払いはありません。生活保護を受けていて、このことを知らない(医療券を使ったことがない)人はいません。
報道にある「内妻が保護費から払ってくれると思っていた」は明らかにウソをついているか、誤報のいずれかですが、いずれにしても誤解を招く報道で、軽率の感は否めません。
この事件は医療費負担の問題ではなくて、治療の必要もなく病院に居座る処遇困難な患者にどう対応するか?という背景があるのかも知れませんが、報道に正確性が担保されていないとコメントしづらいです。
医師法や生活保護法以外にも性善説的な制度はたくさんあります。ゲーム理論では順調に運用されている限りは労力的にも財政的にも効率が良いのですが、悪質な違反者には脆弱で、排除できなければコストの高いシステムに転換せざるをえなくなります。
法務業の末席さん、yamakojikiさん
ご教示ありがとうございます。
記事を拝見していて、学校の給食費の問題とは違って、医療費に関しては、保護を受給されている方の手を通さないはずなので、どうして、滞納が生じるのかなと思っておりました。
今朝の目覚ましTVにて産科医減少の案件に関する読売の記事が取上げられていました。
「昨年、7件の病院をたらい回しにされ死亡した妊婦の報道がありました。」とまず説明されていたので、次にはどのような話が続くのかと思っていたところ、「拒否ではなく、受入不可能な状態であった」と続きました。さらに、
・訴訟リスクの高さ(産科医離れにより、医師は増えているが産科医は減少。病院で参加が1割減。その分近隣の産科医院に殺到。一部には出産安全神話があるためだという声もある。)
・産科医における女性いしの増加(産科医になる女性医師は増えているのですが、妊娠・子育て等のためにリタイア。女性医師をどのように考えていくかもポイント。)
・労働環境の悪さ
以上により、産科医崩壊の“恐れ”が出て来ている。この問題は、政治のmatterになる。
…というようなコメントで締め括られていました。
(※上記に記憶違いがございましたら、申し訳ありません。)
こちらのブログ等を拝見すると「すでに“恐れ”の段階ではない」というお声が聞こえてきそうですが、最近TVでは、本件に限らず、過剰なバッシングの生じた案件に関して見直し始めているような印象があります。
病院の事務で長く働いていますが、昔と比べて患者さんの過剰な権利意識と医療に対する過度な期待、医療はサービス業で自分たちはお客さんであると意識は強くなっていると感じます。それに伴うクレームも、明らかに不条理なものも多く、まさにモンスターと呼ばれる方が存在します。
その中には「治らなかったのだからお金は払わない。」という患者さんもおりますが、そういう方は過去に別の医療機関で同じようにクレームをつけて成功(?)している経験がある方が多いようです。
今、来年度の診療報酬改定に向けて関係省庁が様々な議論をしています。その中で、総務省が公立病院改革のガイドラインが出されました。
公的機関として、民間が出来ない不採算部門を受け持つ。だけど、効率化を図り経営は改善しろ。改革に対しては国が財政支援をする。
かたや財務省の財政制度等審議会では、医師の給与が高いので診療報酬を3.6%下げられるとの報告が出されました。
民間病院勤務者としては、これまで公立病院はいいなと思っていましたが、総務省には改革しろといわれ、財務省には予算を削るといわれ、八方塞の状況をみると同情を禁じえません。
このような状況が、ますますモンスターを増やさないことを願うばかりです。
ちなみに、患者の暴力のことが載っています。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20070821-OYT8T00188.htm?from=goo
新聞が大扱いをしたのを受けて、テレビのワイドショーも「バスに乗り遅れるな」とばかりに追っかけ大扱いをし始めたようですね。
今朝・・・だったかな?出勤前に見ていた番組では、北里大の先生が出演してきて、確か『権利意識が強くなってきている』云々と言ってました。
No.6でOさんが「個人の権利のようなものをなにかに付け過剰に主張する人達」について言及なさっているのと同様のことを、現場の本職の方も感じているということなのでしょう。
私はもう少し口汚く「権利意識が肥大した自意識過剰の輩」と表現したいところでありますが(笑)、実はこういう事象について「権利意識」と言う言葉を使うのには、私、強い抵抗感があります。
じゃあなんと表現すればシックリ来るかと言うと、「身勝手」「自己中心的」「甘ったれ」あたりです。これらに、忍耐力の欠如を足した感じかな。
「甘ったれ」について少し補足しますと、「人に何かしてもらって当然。相手は自分を満足させるのが当然。自分が満足いかないのは、全て相手の責任」というような、授乳期の乳児的心性のことです。
乳児なら、思い通りにならないからと言って人を殴ったり物を壊したりはせず泣き喚くだけですが「体は大人、心は乳児」の逆コナン君は、ともすれば犯罪者になるわけで。
まあ、サービス業も製造業も小売業もこぞって「あなたのワガママ叶えます」のベクトルで来てる以上、このような事態に至ったのも必然のように思えますけども・・・だからどうすればいいって解決案も、なかなか思いつかないんですよね。
>サービス業も製造業も小売業もこぞって「あなたのワガママ叶えます」のベクトルで来てる
サービス業に携わっております私としては、ある程度までは実感できます。ただ惰眠さんが仰るように「体は大人、心は乳児」のお客様を的確に判断し、納得して頂き、お引取り願うという事も、日々(そんなに頻繁ということでは無いですが)苦労しております。
それと、このスレのことについても考たことですが、結果として甘ったれ、自己中となってしまうと思いますが、日常での様々な情報を的確に自己の中で常日ごろ整理整頓し、己に降りかかる日常の様々な事象を冷静に、良きに付け、悪きに付け、甘受していけばいいのになあと思います。
あそこではこんな病気すぐ治せるようだとか、この病気の場合ネットで調べたらこんな治療法もあるのにとか、トーシローの浅知恵が余計な憶測を呼び込んでしまっていることも現代社会では蔓延しているのではと思えてしまうのです。
No14に拍手喝采です。
私がちょっとは知った風に説明すると次のようになります。
権利は、もともと西洋概念で、英語でright、ドイツ語でrecht(その他の言語は省略)であり、「正しい」という意味がある。
正しくないものは権利ではない。
その昔、明治初期には「権理」と書かれた。
当時の状況では、理のある権(権は“力”という意味)という表記だと権利概念が広まらなかったかも知れないのでやむを得ないが、そのために130年経った現代日本で「権利」に歪みが生じた。
今こそ「権理」に戻ろう!
(ちょいと、リキんでしまいました・・・笑)
同じく、No14に拍手喝采です。
ところで、日本は、なんやかんや言ってもまだまだ「大人しい人」の方が遥かに多いのでちょっと強硬に言えば特別扱いしてもらえる局面が結構多いのではないでしょうか。結果、モンスターは味をしめ、ますますモンスター化する。それを見て、周囲も…。
…いや、オレがそうなんでw。おかげで結構目先の利益を得てますけどww「だってオレが同じ事やったら患者サマは許してくれないだろ?」とか自己正当化してますけどwww。<オマエはもう「医師」ぢゃねえだろ!?
とはいえ、このまま「モンスター」が殖えると逆の淘汰圧がかかるようになっていづれは「大人しい人」のが得する世の中になららんだろうか、と愚考しちょります(えーと何だっけ?ゲーム理論??)。
モンスタードクター による逆襲の始まりか!乞うご期待。
進化ゲーム理論の秩序形成問題ですかね(^^)
モンスターペイシェントのような『フリーライダー』に対して、どのようにサンクションを与えるのが病院の秩序維持のために最適かという事でしょうか。
進化ゲーム理論の先生が、こちらを見ていらっしゃるといいのですが…。ネタを探ししていらっしゃるようですので、この話題に興味をもたれるかも(?)
モンスターペイシェントいますね。初診、初対面で「おはようございます」と言っただけで、向こうからの返事が「おまえ俺をなめてるだろ、殺すぞ」訳解らず「え!」と聞き返すと「俺を見ろ、なめてるだろ、ガンつけるな!俺が怖くないのか!殺すぞ」もう理解不能で警備を呼ぼうと診察室を出ると「逃げるのか、出たら殺すぞ」と胸ぐらを掴まれ、本当に命の危険を感じました。クレーマーの域を超え理解不能です。他にも夜間時間外に処方した風邪薬が効かないと早朝に病院に来て椅子やら戸やらを蹴ったあげくにガラスを割って、言ったことが「風邪ぐらい、一瞬で治してこそ名医だろ!」と訳解りません。「風邪は安静にしないと治りませんよ」となだめようとしたら殴られるやらかみつかれるやら。警察を呼ぶように言ったら事務から穏便にと。何が穏便にだと思い自ら110番しました。病院の事なかれ主義も背景にあるのかも。
モンスター外来を作ってモンスタードクターを配置するってのはどうですかね。
>No.20 勤務医のはしくれ さん
それはもはや狂人では・・・?
事務が「穏便に」言うんやったら、穏便に「措置入院」の手続きを粛々と進めてしまうのも手かも。
黄色い救急車ってのは都市伝説だそうですが、そっち方面の治療が必要な患者さんみたいですし。
No.21 うらぶれ内科さん、
私に何か恨みでもあるんですかw?
まあそれはともかく、対モンスター訓練ってのはもはやすべてのサービス業に必須ですね。企業とかはどうしてるんでしょうか。
とりあえず自検例。
某レストランでドブ臭いビールを出されました。なんか炭酸ガスのバルブを開け忘れただかなんだか言ってましたが取り替えさせ、臭いビールで食事を台無しにされたんだから全額タダにしる!と要求しましたがタダだったのはビール代のみ。「そうか判った。この事実はネットで公表するからな!」と脅迫しましたが(おいおい)「かまいません。なんとおっしゃろうとビール代以外は頂きます。」
結論:
1%のクレームをつける患者は10%の手間がかかり
0.1%の収入にしかならない。だから切り捨てるべきだ。
初期の毅然とした対応こそが吉。<オマエが言うな!!
No.23 10年前にドロッポしました@モンスタードクター さん
イエイエ、恨みじゃなくて期待かなっと。。
それはそうと、今日はちょっと怖かった。Psy関係の患者さんらしいですが、診察室に入ってきたのはいいが眼光鋭く、表情をこわばらせ、「吐き気がするから薬くれ」とおっしゃる。まぁそれだけなんですが、最近よく来るんですよね。なにもうちでなくてもかかりつけがあるじゃんと思っても、口にはとても出せませんでした。
>10年前にドロッポしました@モンスタードクター様
横からすみません
レストランのたとえはあまりよくないと思います。
上記のようなレストランへは少なくとも私は二度と足を運びません。
レストランでは食事の雰囲気も商品のうちなので、これはサービスの悪い例としてあげるべきではないかと思います。
患者さんによってはこちらの言葉を意図しない方向に解釈し、他の医師に意図を変えて告げ口する、というようなことがあります。私は今日もそのような目に遭ってしまいました・・・。私が患者に言った言葉が変わっている・・・。
たとえば、医師:「精神的なストレスとか、原因不明なものが原因で血圧が乱れている可能性がある」→患者:「おまえは頭がおかしいんだから精神科か心療内科に診てもらえと言われた」というように。
しかし、患者ばかり責められないと思うのです。もちろん、カルテに防衛策を書いておくのはもちろんですが、その上で患者に精神医学的な問題を抱えているのも事実。事なかれ主義になったり、冷たく患者をあしらうということなく診なければならないと思います。
※でも、人格障害は別と思います。世の中には何を言っても無駄な人格障害者は居ます。そういう患者はどうすれば良いのでしょうね?
No.14 惰眠 さんへ
No.14を読んでいろいろ考えたのですが、上手くまとめることができませんでした。しかし、その中でひとつの考えを述べれば、いい面と悪い面、両方ありますが、「自我の肥大」、自我を肥大さしたものとして、「情報」―メディヤの発達があるのでは、ないか?と思います。
個人的な話から、入ります。子ども頃に、公園の遊具(人が何人かで乗ってグルグル回るやつ)で足の甲を骨折しましたが、その頃は、まだ、メディヤでそんなことが取り上げられなかったので、家で怒られただけで治療費も自腹、ギブスで固められ治療に2ヶ月くらいかかったのですが、学校でもなんの問題視もされませんでした。
今でも、親が笑い話のように、「今なら、慰謝料取れたのに」と、笑い話のようにいいますが、「笑い話」が本気になる世界が今の現状だ、と考えます。
それには、もちろん「権利意識の拡大」(これもいい面と悪い面)があり、メディヤの発達による情報の共有が生み出したのでは、ないでしょうか。
今回の「弁護団パシンッグ」も自我の肥大によって、何かしらの「自我」が傷つけられたと感じた人(第三者である限り傷つけられないと思うのですが)が、起こした行為であり、情報を知る(肥大する)結果だと思います。それが、いい、悪いとは、はっきり言えませんが。(弁護団バッシングは除外してです)
余談として、公園から家まで800メートルくらいあるのですが、その時は、骨折しているとはわからなくて、一人で家まで帰ろうとしましたが、途中から、ほとんど歩けなくなって、道を泣きながらほふく前進していて、通りがかった知り合いの人に助けてもらうまで、道で寝ていました。冬の球技大会を松葉杖をつきながら見たのは、悲しい思い出です。
No.14を読んだエントリーとは関係のない感想文になってしまいました。
>No.26 yama さん
yamaさんの仰るように、意図しない方向に解釈する方はおります。医師の説明を聞いた後に「先生にこう言われた。」と事務にクレームをつけてくる患者がいます。よくよく確認をすると病気がそうさせている場合もありますが、意図的にというか変な先入観を持っての解釈や、中には恣意的に解釈を曲げているだろうという患者もいます。
先日も特定の職員が意地悪をすると保健所に相談に行き、保健所から対処を求められたケースもありました。
私が勤めているところは、精神科の病院なので病気によることも多いのですが、中には治療や対処が難しい人格障害の方もいて、こういう方は周りに与える影響が大きいため、精神科病院でありながらも、他院へお願いするケースもあります。
精神科病院とはいえ、過度な管理や拘束などは精神保健福祉(自立支援法)の精神に反すると指導され、外出・外泊などに制限をかけることも難しくなり、それでも無断離院や自殺企図などがあれば家族や行政から管理責任を問われる。いったいどうしろというのでしょうか・・・。
モンスターには、こちらもモンスターになって対処するしかないのでしょうか・・(そうなると、マスコミに叩かれることは明らかですが><)
>No.28 事務方の星 さん
病気によって人格に変調をきたしている患者さんや人格障碍者と、いわゆるモンスター・ペイシェントは切り分けて考察する必要があると思うのですが・・・人格障害のほうは難しいですよね。投薬などで治療効果が期待できる『病』とはまた、違うわけですから。
>No.27 ぐら虫 さん
私は、メディアの影響を必ずしも否定するわけではありませんが、要素としては左程大きくないのではないかと思っています。
どちらかと言うと親の育て方、じゃないのかなあ。
例えば子供が怪我をしたときに親が「ちゃんと注意して遊んでないお前が悪い!」とは言わず(または、そういう「危険」な遊び場に子供が出入りすることをコントロールしていない親自身が悪いとは微塵も思わず)他人のせいにし過ぎる――要するに「甘ったれ」なんですが――対応ばかり取っていれば、子供はそれをスタンダードとして育つと思うんですよ。
例えば、木登りですね。いま、児童公園なんか木が植わっていても登らせない。木が傷むということもありますが、万が一子供が落っこちて怪我でもしたら・・・と言うことでしょう。
私が子供の時代も、決して推奨されてたわけではない(止める大人もいた)中で、それでもやはり木に登りましたし、落っこちて怪我した子もいました。
そういう時の親たちの対応って、リーダー格には「年嵩のお前が気づいてフォローしてやるべきだったでしょ」であり、怪我した本人には「身の程を弁えなさい」であって、「子供が登れる状態のまま木を放置した公園の管理者の責任」なんてこと言い出す親がおったら、それは大人としてアホウとしか言いようがなかったわけです。子供も子供で、怪我したりさせたりしながら賢くなったり責任感を芽生えさせたり自責の念と言うものを知ったりしたのではないか、と。
当時であっても、法理として「公園管理者の責任」を問おうと思えば問えた筈ですが、そう言うリクツは筋違いだってことが共通認識として――多分、それまでの生育歴の中で身についた「常識感覚」に基づいて――あったように思います。
これを「お前が木から落ちて怪我をしたのはお前が悪いからじゃない、お前が木に登れるような状態にしておいたダレカサンが悪いんだ」と教えてしまったら・・・。
ああ・・・そうか。「甘ったれ」の根っこは、一頃盛んに問題視された「過保護」に行き着くのかも知れないですね。そういえば聞かなくなったなあ、過保護って言葉。
> No.29 惰眠 さん
私はモンスターペイシェントの中にも人格障害は居ると思います。きちんと診断するまでその人が人格障害かどうかはわからないと思います。
また、モンスターペイシェントの中には子供の頃の経験がトラウマになっていたり、子供の頃からの教育が一方的で(洗脳されていて)いわば脅迫性神経症だったりするかもしれないと思うからです。
実際どうなのかは精神科の先生がいらしたら解説してほしいと思います。
テレビなどで紹介される事例でも、DSM-4基準に当てはめればおそらく人格障碍に分類されるんだろうなあと感じさせられるケースは少なくありませんね、確かに。
ただまぁ「病気」なら治せよ、そのままほっといていつまでも周囲に迷惑振りまいてんじゃネーヨ!くらいは言いたいところでありまして(笑)。
精神科医の風野春樹氏によると明確な「病」に比べ人格障害は、治し(治り)づらいもののようですが。
>No.29 惰眠 さん
すいません。今は精神科の病院勤務ですが、それまではいくつかの急性期型の病院に勤務していたので、病気とそうではないモンスターペイシェントは自分の中では分けていたのですが、少し説明が足りなかったようです。
また、「甘ったれ」の考え方には同意です。私の子供の頃も同じように子供の遊びにも自己責任が伴っていたように思います。そして、危ないことを止めたり指導する大人や年長者がいて、それらから学んでいました。
どこかの国のように、コーヒーの温度が高いから火傷したと損害賠償を訴えるような国にはなって欲しくないのですが、その兆しは確実に見えてきているように思います。
私の経験ですが、以前明らかに人格障害の患者が居ました。しかし、よく診るとどうやら統合失調症と神経症のような気がして、精神科の先生に相談したところ、統合失調症や神経症の中に人格障害を併発している人がいるということを聞きました。
決してイコールではないかもしれないけど、併発している人はいると思います。
・・・・と私は素人ながら理解しています。
で、やはり人格障害の患者は治すことが困難だともおっしゃっていました。
道徳とは何か・・・日本人はこれをまず再認識してほしいと思うのです。
暴力を振るう人などは論外ですが、基本的に人は病気にか
かったときはワガママになりがちです。
「不安」や「気分の悪さ」から「機嫌も悪い」。
(ふつーは家族にあたりちらしますが)
対応される医療関係者の方にとっては本当に深刻な問題
だとお察しいたします。
ソースは忘れましたが、国鉄時代よりJRになって格段に
ソフトサービスになったにも関わらず、駅員さんへの暴力
は増える傾向にあるそうです。
つまり、何方かも指摘されておりましたが、サービス向上
に向けた企業努力は「顧客満足度」を生むと同時に、
攻撃に晒される「危険性」も高めているというジレンマが
ありそうです。企業と医療現場に同じサービスを求められ
るのも根本的に顧客満足度の尺度が違うので困りますね。
そうならないように、医療現場においては、防犯体制の強
化が「ワガママ叶えますサービス」より優先ですね。
病院においての最大の「顧客満足度」は適切な処置に
よる疾患の治癒ですから、怪物たちには毅然とした態度で
厳しい対処をしても、誰からの批判も受けないと思います。
企業は若干、「世間」への配慮が必要ですが。
>No.34 昼寝 様
なるほど。勉強になります。言葉は悪いですが「下手に出るとつけ上がる」ということでしょうか。もちろん一部の人にすぎないことだと思いますが。サービスが良くなって満足、感謝している人が大方だろうと思います。自分も理不尽になっていないか省みる必要がありそうです。
以前、オーストラリアの病院を見学に行ったことがありますが、エレベーターの中やあちらこちらに、Zero tolerance と書かれたポスターが貼ってあり、何のことかと思ったのを思い出しました。「病院職員に対する、力や言葉の暴力は絶対に許さない。それらを耐えることは自分たちのサービスの一環ではない。」ということらしいですが、患者さまは神様ですと表面上はあくまでそう繕っている国の住民の私には、新鮮な驚きでした。