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コメント(305)

「何故、橋本弁護士批判なのか。」エントリから

No.142 昼寝さん

>>No.139 惰眠 さん
>投稿禁止に全面的に賛成した貴方ですから、その措置が取ら
れても回答してくださいよ。

No.132 惰眠 さんのコメントのことでしょうか?
別に惰眠さんは投稿禁止賛成してるわけではないと思いますよ。
>投稿制限や「隔離エントリ」は別として
とおっしゃっています。


モトケンさま、小会議室設置ご苦労様です。m(__)m

どうも最近、感情的になる方が多いように見受けられます。感情が昂ぶったままだと視界が狭くなるので、その状態のままコメントするのはどうかと思います。一旦気持ちを落ち着かせてからコメントしてはどうでしょうか?

昼寝さん。
今回は、私に対し指名でコメントがついていましたので儀礼上ご返答申し上げます。

まず私のこのコメントに対して昼寝氏からはこの程度コメントしか返ってこないことに、激しい失望を禁じえません。

繰り返しますが、どなたかが「感情レベルでの批判」をしてますか?
そういうコメントを書き込んだ以上、きちんと個別具体的に指摘のうえ、反駁なり弁明なり追加説明なりをしてください。

自分が劣勢に置かれるたびに「弁護士に迎合」だの「感情的批判」だのと、議論を放棄して自己正当化に走る態度をとるのは、もう放棄しなさい。これまでのあなたの姿勢は、討論型ゼミであれば『不合格』、『不可』、『成績評価D』『落第』相当です。

折角ですので個別のコメントにも多少言及いたします。

皆が....また、ですか?
「皆が」と言わなければ、自分の意見さえいえないのですか?恥ずかしくないですか?

などとお書きですが、私は「あなたが十字砲火に晒されている現状に」関連して述べているのです。
通常人が一般的に持ち合わせている程度の読解力があれば、ここで出てくる「皆」が、一連の応酬の中であなたの姿勢を難じているコメント投稿者を指していることくらいは理解できると思ったのですが、あなたの理解能力を実際以上に高く見積もりすぎていたと言うことでしょうかね。
先の返信を拝見すると、どうやら、あなたにも通常人が一般的に持ち合わせている程度の読解力が備わっていると期待していたのはどうやら間違いだったと見なさざるを得ません。
「投稿禁止に全面的に賛成した貴方ですから」などと、まるきり逆の解釈をしているあたりなど、その際たるものです。

また、先のエントリーではNo.122であなたは、なにやら私を嘲るような書き出しで『被告が行った「行為」が、法に触れるかどうかの「解釈」ですから、争いになるのです。法律そのものの解釈を争っているわけではないのですよ。』と仰るので、改めて私は『何らかの行為が、法に触れるかどうか、と言うのは、文字通り「法律の解釈」を通じて行うことですよ?』と指摘しています。
あなたの読解力に慮って、もっと簡単に言うと『被告が行った「行為」が、法に触れるかどうかの「解釈」は、法律そのものの「解釈」をしないことには不可能である』と言ってるんです。
このことについて、あなたはその後、何のリアクションもしていませんよね。

上記はわずかな例ですが、あなたが評価なさってると仰るponさんをして昼寝氏を相手にしても『議論』が成り立たないと言わしめるのは、毎度毎度そういう態度でいるからです。


今後もコメントを入れ続け、かつ他の投稿者から相応の評価を得たいとお考えなら、最低限、

1.どのような事実関係を(前提事実の確認)
2.どのようなものだと解釈して(価値基準との照会)
3.自分はどう考えているのか (評価・対案・結論)

この3点は逃げずに明示する(明示せずとも問われたら話を逸らさず回答する)ことが必要です。
そして上記3点のいずれかの段階であなたの認識に誤りがあると指摘されたなら、真摯にそれを検討し、改めるべきは改める。
今のあなたに、最も欠けている部分です。

「迎合精神」

 会議の主催者があえて議題に結論を含めている場合には、
感想を述べるだけの会議になるケースが多い。
 主催者は、自分の結論の不備を指摘する意見を期待
しているが、その会議の参加者の多くがが「客観的な意見」しか述べ
られない立場である場合、あえてその「客観的意見」を「迎合
精神」では?と問いかけ、その反発から出る「主観的意見」
から議論の拡大を促す手法がある。

 そして「迎合精神」では?という言葉に反応しない参加者
の数を持って、主催者は自分の結論の正当性を判断する
ことになる。
 当然、「迎合精神」ではなく、自らの考えとして、主催者
の結論に理解と賛意を表明していると考えられるからです。

「野次馬精神」

 たんなる、私を含む小市民が共通して持つ「気持ち」です
が、自ら置かれている立場が当事者で無い限り、「ある」と
考えた方がよい。
 当事者が、この野次馬の尻馬に乗った場合には、「他人事か?」という批判を受けることになってしまう。

「昼寝は誰の何を批判したいのか」

 議題の当事者であり、刑事弁護を行っている可能性がある
自称弁護士が、野次馬精神の尻馬に乗ってしまったことで、
エントリの趣旨(現状)が軽いものだという印象を発信す
ることになってしまうのでは?

 という、批判というよりお若い方にアドバイスをさせて
頂いた次第です。

 なを、「昼寝さんを中心に議論が続く」という批判は、
私に向けるべきものではないと思います。
 私は、潮時をみて、撤退しています。(無言では撤退して
おりませんので、逃げ回るというのもご勘弁願いたいが、
ボキャが豊富で、曲解力抜群ながら、なぜか嫌味を感じない
ponさん発言なので怒りませんが)

今後、小会議室のみでの投稿とさせて頂きます。
ブログ主さんの指示には従います。

No.4 昼寝様 

2,3点
>「野次馬精神」
 たんなる、私を含む小市民が共通して持つ「気持ち」ですが

わざわざ「小市民が」などと断りを入れる必要はありません。
そもそも厳密な意味で言えば、このブログには今枝氏を除いて当事者といえる人はいません。
例えば、モトケン様は弁護士ではあるものの橋本氏の件では訴訟当事者でなく、かつ懲戒請求をされたわけでもないので明らかに部外者です。
一方で弁護士業界に対して大きな弊害を生じさせる事件として当事者でもあります。
そして刑事弁護に対する根幹が揺るがされる事態ともなれば、日本社会の問題であり、日本国民の問題であります。
即ち、日本国民である私は当事者と言えます。

その意味で、昼寝様のおっしゃるような「野次馬」は、この件に関しては存在しません。
(外国在住の方は別として)
介入できる範囲が違うだけで、日本社会に住む以上あらゆる人間がこの件(橋下氏懲戒請求扇動問題)に関して意見を言う義務と権利を持ちます。
われわれの社会に大きな影響を与える事件に意見することを、当事者ではないというだけで「野次馬精神」などと貶める理由はありません。

但し書きを。
光市弁護団の問題初期のころに上の理屈を根拠に弁護団の弁護方針を非難する主張が散見されましたが、この場合は無関係な一般市民が介入できる範囲を外していると考えます。
(あの主張はむしろ別の面でいろいろと問題がありましたが)

>昼寝さん

お手数ですが、回答をよろしくお願いします。まずは「迎合精神」から。

>「その反発から出る「主観的意見」から議論の拡大を促す手法がある。」

その手法について詳しくご教授願います。(できればソースがあると嬉しいですが)

>「迎合精神」では?という言葉に反応しない参加者
>の数を持って、主催者は自分の結論の正当性を判断する
>ことになる。

よく分からないのですが、母数が分からないのに「反応しない参加者」ってどうやって数えるのですか?(反応した参加者なら、まだ分かるのですが・・・)

結局、意図して起こしたということですね?主催者ではないのに昼寝さんがやる意図はなんでしょうか?

>当然、「迎合精神」ではなく、自らの考えとして、主催者の結論に理解と賛意を表明していると考えられるからです。

「反応」とは「反発」とも受け取れますが、そのように「反発」した方へのフォロー方法はどうする思いでしょうか?
また今回の「反応」は、昼寝さんから見てどのように結論つけますか?

>曲解力抜群ながら
あなたは私のコメントを「曲解している」と言いますが、
あなたのコメントは現にこのブログに残っていますし、
私の解釈はそのコメントを元に書いたものですし、他の方からも私の解釈に対して若干の支持を頂いてます。
これがなぜ曲解なんでしょう?
曲解だと言うのであれば、正しい解釈は何なんでしょう?

「それは曲解です」と言われたところで、正しい解釈がわからないのであれば結局、皆はあなたのコメントをそれぞれ勝手に曲解しながら議論を試みるしかありません。

ひとつ聞きたいのですが、このブログにあなたのコメントを正しく解釈し完全に意図を読みとった人っているんですか?

>野次馬精神の尻馬に乗ってしまったことで、
エントリの趣旨(現状)が軽いものだという印象を発信す
ることになってしまうのでは?

それがなんか問題があるんですか?
現状がシビアであると思うのならそう言えば良いのじゃないでしょうか。

>「迎合精神」
よくわからないんですが、結局釣りだった、と言うことですか?

迎合精神の解説はわかりました。
しかし、「じゃあ、誰が『迎合』してるの?」という点が不明です。

リアルタイムの会話ならともかく、相手の発言を文字として何度も読み返すことが可能な上、自分の発言も推敲が可能なブログ上では、相手の論旨の確認も自分の論旨との比較もかなりじっくりと出来ます。
おまけに、議論が正しい結論に導かれるために必要な要素は主観より客観です。
あえて場を荒らす様な「迎合精神」発言をする価値が見当たりません。

「野次馬精神」も、それ自体の説明はわかりますが、「じゃあ誰がその尻馬に乗ってるの?」
法曹の皆さんは、「間違いなく自分たちに降り掛かる問題」として、かなり逼迫した危機感を持って議論されていると感じます。

No.4の「オレ解釈」。


1.モトケンブログでは、ブログ主をはじめ来訪者のコメントも橋下批判が主流で悔しい

2.しかし法律家レベルの知識水準で発言できるのは「自称」弁護士のモトケン氏しかいないはずだ

3.そうすると他の橋下批判コメントは所詮、自分(※昼寝氏)と同様シロウトに過ぎない

4.だから自分に向けられている批判は、橋下批判をしている素人コメント者にも同様に当てはまるに違いない

5.モトケン氏は橋下批判コメントが多くついていることをもって自説に自信を深めてるかもしれないが、橋下批判のコメントは自分の橋下擁護主張が無根拠なのと同じくらい無根拠だから、結局橋下批判をしているのはモトケン氏一人なのと同じ

6.モトケン氏のコメントと真っ向タメ張ってるのは自分(※昼寝氏)だけだから、他のコメント素人と違って自分(※昼寝氏)だけは「自称」弁護士のモトケン氏と同格である

7.その自分(※昼寝氏)を他の素人が批判するなんてチャンチャラおかしい

って感じかな。

>昼寝 さんへ

No.135 せっせ(元みみみ) さん+No.138 fuka_fuka さんのコメント

・議論が不毛だと悟ったら自分から撤退する勇気を持つ。
・明らかな挑発にはレスしない(あるいは場外へ)。
・エントリの主旨から大きく逸れた時は、自らやめるか場外へ。
・他人同士の議論でも上記に該当すると思ったら注意を入れる。
・いかに自分の見解が正当である/相手の見解が不当であると思う場合であっても、「説得」 ではなく 「やりこめること」 を目的としていると評価されるような表現は慎む。

上記コメントに賛同の意を表して頂けるなら、私の意見(要望)は取り下げますよ。
あとブログ主さんは、昼寝さんに「小会議室だけの投稿にしろ」とは指示していませんよ。

「曲解」についてもう少ししつこく

仮に、曲解している、昼寝様のコメントを正しく読み取れていないのが私だけなら私の読解力の問題です。
が、どうもこのブログに昼寝様のコメント趣旨を正しく読みとれる方がいないようなのです。

である以上、昼寝様の表現力の問題であると言わざるを得ません。
そして、昼寝様が自分の意見を正しく伝えたいと思っていて、自分のコメントが曲解されている、あるいは正しく伝わっていないと感じたのであればその曲解を訂正し、正しい趣旨を伝えようと努力するはずです。
そのような努力がないのであれば、昼寝様がここで議論を望んでいるとは、私は認められません。

>惰眠 様

昼寝様は橋下弁護士を擁護するというよりは弁護士全体を批判されたいような感じがしましたが、違いますかね?

「橋下批判のコメント」は「弁護士擁護のコメント」に差し替えられると私としてはわりとしっくりきますけれども。

これも「オレ解釈」にすぎませんが。

すみません。追記します。

「橋下擁護」の部分は「弁護士批判」かなと思います。それから6とか7までいくと言いすぎかもとも思いますね。

>No.12 剣三四郎 さん

私も、書きこみ終えてからそのことに思い至りました(汗)。
敢えて原解釈に固執すると「橋下弁護士以外の、橋下氏に否定的な弁護士全般」という感じでしょうか。

「弁護士擁護のコメント」・・・うーん、私に関する限りは「弁護士擁護」をしてるつもりはサラサラないんで「昼寝氏が弁護士擁護と判定したコメント」くらいに負けてもらえませんか?

>昼寝さん

私の「オレ解釈」です。
(汚い言葉で申し訳ありません。不当ならば削除をお願いします。)

------------------------------------------
◆弁護士さんに「ア●」モトケンさんに「空気嫁。邪魔するな。」と言われ酷く傷ついた。
 →その際、他にも素人は居るのになぜ自分(昼寝さん)だけこんな事言われるか分からないが、何か琴線に触れたらしい・・

◆じゃあ、その後のコメントに注視してみよう。

◆やはり、その後のコメント見てても、素人は真摯な問題として議論していない(野次馬レベルじゃないか)。

◆その素人のジャレ事に乗っている弁護士もいるよ・・・

◆本当に真摯に考えているのは自分(昼寝さん)とモトケンさんだけなのに・・それを白日の下に晒し、邪険に扱ったことを後悔させてやる。

で例の発言になったのかと思いましたが、どうでしょうか?

>No.9 惰眠 さん
紅茶吹きましたw 
ただ、私もNo.12 剣三四郎 さんの解釈に同意ですね。

>「昼寝氏が弁護士擁護と判定したコメント」

ああ、すみません。そのニュアンスだったのですが言葉が足りませんでした(^^;

私に関しては「弁護士擁護」にとられても仕方ないコメントもあると思うので「弁護士擁護のコメント」そのままでも文句はないですが。

ただし「弁護士だから」擁護しているのではなく、弁護士側の意見が擁護するに値する意見と判断したから擁護するのですが。

>No.3 惰眠 さん

 私に「自分の意に沿うように回答せよ」と言われても
難しいですね。

 ただし、上の方でご指摘ありましたように、「惰眠さんは
昼寝の全面投稿禁止に賛同」は、わたしの勘違いでした。
 この点は申し訳なく思います。


>No.13 剣三四郎 さん
>No.16 おいちゃん さん

敢えて「橋下擁護」としたのは、これまで昼寝氏が橋下氏の問題点についての言及がかなり消極的だったり、一連の応酬が起こったのが「橋下問題関連」のツリーであったことなどを勘案してのことです。
しかし確かに、昼寝氏本人が「弁護士に対する『私怨』」なるものを「自白」していたことを考えると、剣三四郎 さんのお考えのほうが正しいですね。
「橋下氏が弁護士業界に噛み付いているので、その尻馬に乗っている」とします。

なお6と7は、筆を滑らせてみました。
表現が下品ですし、煽り・挑発とのご批判は甘受いたしますが、氏の書き込みからは時折そうした「ニオイ」を感じることがありますもので、釘を刺す意味からも一度は明示的に記述する必要があると考えた次第です。

No.9 惰眠 さん

 横?からですが、この投稿には、ぜひ回答させてください。


1、× 私は橋下先生擁護派ではありません。
2、× モトケンさんは本当に弁護士です。「自称」は「駆け出し」の方。
3、○ 鋭い!
4、△ 似たようなものとは思う。
5、× 自信は深めていないと思うというか、もともと信念
    を持った批判をされている。
6、× 私もモトケンさんには気を遣っている。
7、△ ○と言いたいが、ちょっと皆さんに遠慮した。

正解率低すぎですよ(笑

No.15 カツビン さん

◆本当に真摯に考えているのは自分(昼寝さん)とモトケンさんだけなのに・

の部分以外は、そういう気持ちがあったと認めざるを得ない
です。

正解率高すぎ!

>「私に「自分の意に沿うように回答せよ」と言われても


私の意に沿うように回答せよなんて、言ってませんけどねえ・・・。議論を吹っかけるなら、それに相応しいやり方で来なさい、と言うだけのことなんですけど。

また一つ覚えの「手前ェに都合よく相手発言趣旨を変造」して、指摘された肝心の部分からは逃亡しますか。
反駁されるたびにゴニョゴニョ口ごもって尻尾巻いて逃げ出すくらいなら、最初から絡むのやめたらどうです。
池野めだかにでもなりたいんですか?

あーそうそう「オレ流」で「自称」と書いたのは、あなたの記述に合わせてのことです。
それから、あなたが先の○×で「どのような供述を行おうとも、その他コメントから読み取れる」こともあるんですよ。
刑事司法が自白一辺倒でないのと同じでね。

しかしハッキリ一つ指摘します。
同じ非・法曹であっても、あなたのような、いつまで経っても理解の進まない人(=十字砲火の的にされる)もいれば、敢えて具体名の例示は避けますが非常にレベルの高い認識をなさっている方々もいらっしゃいます。
そういう方々と自分が同等以上などとは、自惚れるのも大概にしなさい。
あなたは、落第寸前なんです。このまま自覚できないでいると、本当に落第しますよ。

No.21 惰眠 さん

 余分な言葉が満載ですね、疲れませんか?(笑

>(十字砲火の的にされる)

 お好きな「言葉」のようですが、横から砲火を浴びせて
いるのが、あなたですか?

 日本人はもともと横から攻撃する者を、卑怯者とか、
邪魔者とする戦いの美学があります。

 これが、今の「横槍」に込められた思いですね。

 「横槍」は払って終りです。

>昼寝さん

なるほど、ほぼ私の推論通りですか・・・
一つ一つ見解の相違と意見はありますが、最終的に言いたいことだけ記述します。

「直接的でなく湾曲した手法で感情(恨みなど)を臭わせる意見は、反発だけ招きあまり効果ない。」
ということです。混乱するだけです。是正をお願いします。

昼寝様
掲示板上に投稿されたコメントは全世界に公開されるわけですから、本来横槍も何もないのです。
投稿されたコメントは例えそれが特定の一名に向けたものであっても、誰にでもレスポンスをつける状態にあり、投稿者はそれを当然覚悟の上で投稿しなくてはならないのです。
このコメント然り、です。

>日本人はもともと横から攻撃する者を、卑怯者とか、
邪魔者とする戦いの美学があります。

戦場で卑怯も糞もありません。
多数の敵味方が入り乱れる戦場で横から攻撃するのは当然です。
横から攻撃されるような隙を作るほうが悪いのです。

あなたがその”美学”を守るのはあなたの勝手です。
そしてその結果滅多打ちにされるのもあなたの勝手です。

No.5 pon さん

>(外国在住の方は別として)

 それでは、私は数少ない野次馬になってしまう。

>介入できる範囲が違うだけで、日本社会に住む以上あらゆる人間がこの件(橋下氏懲戒請求扇動問題)に関して意見を言う義務と権利を持ちます。

 言論の自由はあるが、義務まではないでしょう。
相変わらず極めますね(笑

 いや、外国在住のわたしには、義務も無いが権利も無い。
だから、このブログで発言する権利も無いとおっしゃって
いるのでしょうか?(曲解覚悟!)

ちなみに私はここを戦場だとは思ってないし、ここの利用者を敵と思ったことも味方だと思ったこともありません。

>No.22 昼寝 さん
相変わらず肝心の部分(あなたにとって都合の悪い部分)についてはダンマリ決め込むんですねw

いや、いいんですよ、あなたが所詮その程度の対応しかできない人だと言うのは、既に複数の方が指摘してらっしゃいますし、私もそういう認識ですから。

なお「余分な言葉が満載」との一言で、あなたが「相手の話をロクに聞かないくせに、自分勝手に解釈して決め付け、一人で手前勝手な納得をするタイプ」であることが分かりました。
同時に、あなたがいつまでたっても同じレベルに留まったままで認識が深まっていかないのかも。

『弁護士さんに「ア●」モトケンさんに「空気嫁。邪魔するな。」と言われ』たのも、自業自得と言うものですな。
それを逆恨みするなど盗人猛々しい。

No.24 pon さん

私がponさんをスルーすることが多いのは、ponさんの
コメントスピードが速くて、相手してると他の方に返信できないのも
一因です(笑

>戦場で卑怯も糞もありません。
多数の敵味方が入り乱れる戦場で横から攻撃するのは当然です。

 敵味方入り乱れていては、そもそも十字砲火できないでしょ(笑

>掲示板上に投稿されたコメントは全世界に公開されるわけですから、本来横槍も何もないのです。

 そのお覚悟、尊敬に値します。

No.25 昼寝様

>それでは、私は数少ない野次馬になってしまう。
であるのならば、まぎれもなく野次馬ですね。

>言論の自由はあるが、義務まではないでしょう。
上で言ったように、懲戒請求扇動問題は日本社会に住み、日本の司法制度の恩恵を受けるもの全員が当事者です。
日本社会の構成員である以上、そして日本が民主主義を採用している以上、構成員はこの案件に対して他人事として済ませることはできず、当然なんらかの意思決定があることが義務付けられます。
この問題に限らず、日本社会について大きな影響を与える事件については社会の構成員は何らかの意思決定、もしくは価値判断を持つ事が義務と考えます。
でなければ投票権の行使に際してその根拠を持ち得ないからです。

> いや、外国在住のわたしには、義務も無いが権利も無い。
昼寝様が外国在住であることは今知りました。

権利はあります。
野次馬としての発言権は。
野次馬として発言できる範囲ですが、昼寝様は外国在住ということなので日本の具体的な社会制度(例えば司法制度改革、弁護士法改正)にまでは介入できません。
外国在住の方はその結果責任を負える立場にないわけですから。

このコメントおよびこれ以前のコメントは昼寝様のコメント内容を改めるよう要請したものではなく、ましてや投稿を禁ずることを要請したものではありません。

>No.27 惰眠 さん

>『弁護士さんに「ア●」モトケンさんに「空気嫁。邪魔するな。」と言われ』たのも、自業自得と言うものですな。

 引用された方々に申し上げておきます。

私は、惰眠さんのように、額面通りには受け取っておりませ
んので、ご理解のほどをお願いいたします。

No.29 のコメントについて少し訂正を
例えば昼寝様が日本に帰国して永住する予定があったり、日本にご家族の方が住んでいたりするのならば、その意味においては野次馬ではなくなります。

でもどんなものでしょうね。
昼寝様の個人的事情ではなく一般論として話しますが、
例えばアメリカで市民権を持ちたいと思っている人が
「俺は将来のアメリカ市民だから、アメリカの政治について意見する権利がある」などという主張があったとしてこれは受け入れられるものでしょうか。

>No.30 昼寝 さん

「皮肉を皮肉と分からない人はインターネットを利用するのは難しい」
日本の匿名ネット媒体で、時々引用される有名な台詞のもじりですが謹んで献上いたします。

それはともかく、あの書き込みがあった時点は別にして、今では私は「字義どおりに受け止めたほうが適切だな」と思ってますよ。

No.23 カツビン さん

 遅くなりました。

「直接的でなく湾曲した手法で感情(恨みなど)を臭わせる意見は、反発だけ招きあまり効果ない。」

 先にも書きましたが、反発を誘発するのも議論の活性化
に繋がる場合もあります(ただし、暴走の恐れあり)。

 「湾曲した手法」は少し違うと思います。

 読み手によって取り方が違ってくる可能性のある問題
提起はわざとやっていますが、惰眠さんのようにしつこく
「何が言いたいんだ」と問い続けられるリスクもあること
がわかりましたので、今後は是正しようと思います。

 ご忠告ありがとうございました。

No.8 おいちゃん さん

すいません。見落としていました。

しかし、すでに、 カツビン さんに白旗をあげてしまいまし
たので、氏のコメントを回答とさせてください。

No.10 お〜い紅茶 さん

別に取り下げられなくても結構ですよ。
投稿禁止処置を望まれるくらいの非難を受ける投稿者は、
まさに自分の不徳と真剣に思っていますから。

まだ、モトケンさんの最終処分が出ていないと思われます
ので、相変わらずの見苦しい投稿、申し訳ありません。

No.31 pon さん

>「俺は将来のアメリカ市民だから、アメリカの政治について意見する権利がある」などという主張があったとしてこれは受け入れられるものでしょうか

まあ、アメリカを例に出されているから、こんなコメントに
なるんだけど、アメリカは他の国の「市民」から頼まれもし
ないのに「自国の利」のために政治に意見するという印象
があるから、意見表明の「場所」がありそうな気もする。

>野次馬として発言できる範囲ですが、昼寝様は外国在住ということなので日本の具体的な社会制度(例えば司法制度改革、弁護士法改正)にまでは介入できません。

「在住」と国籍は違いますので、日本国籍が有る以上、
介入できると思います。

 また、このモトケンブログは外国人の発言を禁止して
おられないように思いますので、仮に国籍が無くても、
日本語なら発言しても良いのではないでしょうか?

>No.35 昼寝 さんへ

そ〜ですか。
ここは法曹関係者が運営するブログだけあって、コメント管理に対して、努めて公平にジャッジが下されているように思います。
上記ガイドラインに実際の投稿スタンスが沿っていれば、処分のようなものが下る事はないと思います。

この事については基本的にROMに徹してきた某医療関係者です。
>昼寝様
御自身の発言に責任がもてない(持つ気が無い)なら、
コメントする事自体控えられたほうが宜しいかと思います。
ただ、この事は橋下弁護士・懲戒請求者との話と、
同じように平行線になる気もしますが。

私からすると、
橋下弁護士の尻馬に乗って懲戒請求を出しておきながら、
「無知は罪にならない」と言わんばかりに
*苦情を言うところがわからなかった
*現役弁護士の発言だからそれに従っただけ
*大事になるとは思わなかった
*求釈明書が来てこんなはずじゃないと騒ぐ
こういったことに対して、
「いい大人が自分の行動に対して責任は取れないのか?」
となってしまいます。
問題だと感じたなら、自分で調べて行動し、その行動への
責任は自分が取るのが当たり前だと思っております。
今枝・橋下両弁護士問題でしたら、まずここも含めた
他の同業弁護士に相談しつつ、法律や制度を調べるのが
「大人な行動」ではないでしょうか。
その際に複数のソースを利用して、出切る限り情報精度を
上げるのも当たり前だと思うのですが。
扇動に乗った人は乗ったことに対する責任があり、
扇動者(橋下弁護士)はその言動に対する責任があると思うのは
間違っていますでしょうか。
特に専門家である橋下弁護士は、専門家であるが故に
より責任を負わねばならないのは当然かと思われます。

昼寝様がじぶんは野次馬だとか発言の自由に義務が無いと
言っているのは、当事者たる自覚が足りないかと
私には思えます。
(国内にいるいない以前の話ではないでしょうか。
こういった部分を見ていると、懲戒請求騒動での
扇動に乗っただけと見られる方々に、よく似ているように
感じます)

----日本の美徳云々を申されるなら、こういった事で
話題になる事自体が「恥」ではないでしょうか。
ここまで話題になる時点で、何か自分に問題が無かったか
見直してみるのも宜しいかと思われます。
日本にいようが、外国に住んでいようが
自分の発言、行動には責任を持つのが大人ではないですか?

モトケンさんに、以前挑発交じりに私が発言した事にも
当然ながら責任があります。
(正確にはモトケンさんではなく、医療問題以外コメント者が
増えていたので、その人達に対しての比重をおいての
発言なのですがそういった事とは別問題です。
どちらにしろ、今までモトケンさんが何をしてくれたかを
LMnet等のシステムまで作っていただいた事まで
知っていながら書き込んだ私の責任は、無知の方より更に
性質が悪い分、重いと自分で思っております)

昼寝様

再度申し上げますが、私のコメントは昼寝様の投稿を制限するような趣旨ではございません。
よって
>また、このモトケンブログは外国人の発言を禁止して
以降の文章は蛇足です。

さて、
>「在住」と国籍は違いますので、日本国籍が有る以上、
介入できると思います。

上で私は”権利”という言葉を使いましたが、権利があろうがなかろうが介入はできます。
昼寝様がコメントをするのもモトケン様の意思に反しない限り自由です。その権利があろうがなかろうが。

さて、昼寝様は現状日本の司法制度の恩恵も不利益も受けない立場にあります。仮に昼寝様がこの先日本に帰国する意思がなく、在住国に永住するつもりであるのならば昼寝様は真の意味で野次馬となり、昼寝様の日本の社会制度に対する意見は説得力を失います。日本社会に対して責任を取れない立場にあるわけですから。
平たく言えば、「日本に住んでいない、日本に帰るつもりもない人間なら日本がどうなろうが知ったこっちゃないでしょ?」となります。

但し書き1
上のコメントは私の単なる意見であり、現状の法制度に即したものではありません。
ご自身で仰ってるように日本国籍を保持してるのでしたら在外投票権をお持ちでしょう。

但し書き2
上で私は勝手な仮定をしましたが、昼寝様の現状がどうなっているのか、将来の人生設計がどうなっているのか私は知りませんし、知る理由もありません。
昼寝様が日本社会に対してどれだけ野次馬なのかはご自身で判断なさってください。

追伸。
だからといって、自分が全て正しいとも思っておりませんし、
他人の意見にどうこう言う気もあまりありません。
自由と責任はイコールで結ばれてませんか?と聞く
くらいのものです。

へそ曲がりなのか、100人が100人同じ回答だと、
逆に何かおかしいのではないかと調査をしようとするのが
わたしですので。

No.37 お〜い紅茶 さん

 あなたが「投稿禁止処置」を意見具申をされているので
あって、私がその取り下げに条件をつけられる筋合いは何も
ないのです。

 今回の「懲戒請求者」が、「今枝弁護士」に、「懲戒を取り下げる」
から、「この条件を呑め」。と言っているのと同じことです。

 さらに、「懲戒してくれ」と言った人が、「でも貴方が
ガイドラインに沿っているなら懲戒されないでしょう」
とまで言いますか?

 私は、上記にあてはめる為に(今回の懲戒請求がいかに
不当であるか)占有率は?(ちゃんと調べて言っていますか)という求釈明書のかわりのレスをあなた宛に入れてい
ますが、無視という行動をされました。

 ここまでの流れは、同じです。

 あとは、裁判、裁定(モトケンさん)の判断待ちですね。

No.38 某医療関係者 さん

>御自身の発言に責任がもてない(持つ気が無い)なら、
コメントする事自体控えられたほうが宜しいかと思います

この突飛な前提条件が、何処からきたのかわかりませんので、
反応のしようがありません。

これでは、ここの発言者が全員、「その発言に責任を持て」
ということにもなりますし。

また、ponさんの発言と、私の発言を混同されていませんか?

誤解なきよう言っておきますが、たとえ無関係な野次馬だとしても、コメントを発する以上は野次馬だろうが当事者だろうが無関係に発言に対する責任を負います。

私はそのスタンスでコメントをつけています。

No.39 pon さん

>昼寝様が日本社会に対してどれだけ野次馬なのかはご自身で判断なさってください。

幼い娘が、帰国後にイジメられないような教育改革を望む
部分が、一番、当事者意識が強いですね。

あと、今回の光市事件のような悲惨な犯罪に巻き込まれたく
ない、という被害回避願望を強く持っています。
 その意味では、被告を守る刑事弁護については、野次馬精神強しです。
 

>No.44 昼寝 さん

アラシの代名詞みたいなコテハンを使い続け発言するのも、
「責任」の範疇です。

 ところで、私が抜けた元スレ「何故、橋下。。。。。」
盛り上がっていますね(笑
 何方かの意地で。ponさん、もっと頑張ってあげて
ください。

>No.41 昼寝 さんへ

そ〜ですか。
あなたとのやりとりで分かった事が一つあります。

あなたは別エントリにて、「顧客満足度の向上」を根本原理として各弁護士さんを批判していました。
しかるに、自分が「顧客満足度」の立場から批判されると、No.143 昼寝 さんのコメントのように執拗に噛み付いてくるのですね。最初からトラップを仕掛けていた事に気付きませんでしたか?

あなたが、相手を批判するために自分の立場をコロコロと変える「批判のための批判者=ケチ付け屋」だという事が、はっきりしたという事です。
ご勝手にどうぞ。

>No.41 昼寝様

モトケンさんの裁判、裁定とは一体何の話ですか?
モトケンさんが昼寝さんに対して「昼寝さんは有罪につき書込み禁止措置を実施」または「昼寝さんは無罪につき自由に書き込んでよし」などと「判決」を下すとお思いなのですか?

そのような強権的なブログ運営こそ、モトケンさんが一番回避したがっているものですよ。モトケンさんが「警告」を出されたのは、「昼寝さんへの有罪判決」という最悪の事態を避けたいために他なりません。

あえて言えば、この小会議室が新設されたのが「判決」ですよ。ただし、昼寝さんだけでなく私たち訪問者全員に対してなされた判決です。判決内容は、「意見の応酬はこれまで通り自由にしてもかまわない。ただしエントリの主旨に沿った議論を心がけよ。別に沿わなくなってもかまわないが、その場合はここでやること」という意味でしょう。

あなたはモトケンさんに首を預けたおつもりかもしれませんが、モトケンさんは断頭台の用意などハナからしておられなかったんですよ。あなたが今でも話の続きをここで存分にしておられるのが何よりの証拠です。

>昼寝さん
*御自身の発言に責任がもてない(持つ気が無い)なら、
コメントする事自体控えられたほうが宜しいかと思います
これは今までの発言に、本トピックでの
「曲解」
「野次馬」
「反発を誘発するのも議論の活性化」
「読み手によって取り方が違ってくる可能性のある問題
提起はわざとやっています」
に加え、
>言論の自由はあるが、義務まではないでしょう。
>相変わらず極めますね(笑
この発言から来ております。

発言の自由に対しては義務まではないと言って、
笑っておられますが、それでは「その発言に対する責任は?」
という事です。
自由と義務と権利、それらを都合よく使い分けて
「野次馬」と言っておられるのでしたら、
発言した時点で「当事者」であり、発言には責任も
付いてくるけど、大丈夫ですかという意味で言っております。

分かり難くて申し訳御座いませんが、少々
御自身の発言に対して無責任に見えたもので、
投稿させていただきました。


>No.47 せっせ(元みみみ) さん

>あなたが今でも話の続きをここで存分にしておられるのが何よりの証拠です。

話は、相手がいなければ続けられませんので、相手をして
頂いた方及び、発言の場を広げて頂いたモトケンさんには、
感謝しております。

>あえて言えば、この小会議室が新設されたのが「判決」ですよ。ただし、昼寝さんだけでなく私たち訪問者全員に対してなされた判決です。判決内容は、「意見の応酬はこれまで通り自由にしてもかまわない。ただしエントリの主旨に沿った議論を心がけよ。別に沿わなくなってもかまわないが、その場合はここでやること」という意味でしょう。

理解しているつもりですが、謹んで再度承ります。


ただし、尊重するのはモトケンさんのご判断であり、それと「昼寝を
投稿禁止にしてください」との参加者の発言は別物です。

「不快だ」、「邪魔だ」、「投稿禁止を望む」と書き捨てら
れても後味悪しです。

>No.48 某医療関係者 さん

>発言の自由に対しては義務まではないと言って、
笑っておられますが、それでは「その発言に対する責任は?」
という事です。

お願いします。もう一度、私とponさんの話を読み返して
ください。
「発言の自由に対して義務まではない」などとは、誰も
申し上げておりません。

 曲解されるような会話でも、何でもありませんので、
お願いします。もう一度、読み直してください。


しかし、ここまで誤読されるのも、十字砲火を浴びる私が
極悪人をイメージされるようになったからかも知れない。
不徳の致すところとあきらめますか。

 

No.46 お〜い紅茶 さん

>しかるに、自分が「顧客満足度」の立場から批判されると、No.143 昼寝 さんのコメントのように執拗に噛み付いてくるのですね。最初からトラップを仕掛けていた事に気付きませんでしたか?

つまり、「昼寝が投稿すると、自分の満足度が下がる。
だから、ブログ主さんに対して、顧客満足度の観点から、
昼寝を投稿禁止にしてください」とモトケンさんが昼寝
を放置することに不満を持っての発言ということに
なりますが、そういうことですか?

トラップは先にかけて置くからトラップと言います。
あとから言うと、「こじ付け」と言われかねませんよ。

No.35 昼寝 さんのコメント

投稿禁止処置を望まれるくらいの非難を受ける投稿者は、まさに自分の不徳と真剣に思っていますから。

No.49 昼寝 さんのコメント

ただし、尊重するのはモトケンさんのご判断であり、それと「昼寝を投稿禁止にしてください」との参加者の発言は別物です。
「不快だ」、「邪魔だ」、「投稿禁止を望む」と書き捨てられても後味悪しです。


もう、その場限りの反省と強がりを繰り返して、皆さんに迷惑をかけるのは辞められたらどうでしょうか。

>No.52 お〜い紅茶 さん

>投稿禁止処置を望まれるくらいの非難を受ける投稿者は、まさに自分の不徳と真剣に思っていますから。

に対する貴方のレスも併記したらいかがですか?
反省の気が失せます。

>もう、その場限りの反省と強がりを繰り返して、皆さんに迷惑をかけるのは辞められたらどうでしょうか。

皆?現在、どなたに迷惑をかけているとおっしゃるのでしょうか?
ここにも投稿するなということでしたら、はっきりと申して
下さい。

「意見を言う義務と権利」からの
コメントがNo25だというのは承知しております。

私が気にしているのは繰り返すように
「発言には責任が付いてきますよ。」
「自分が投稿したコメントについて、軽視しておりませんか」
という事です。

No38もNo48もそういった趣意で書いて投稿させていただきました。
悪者扱いとかそういった話ではなく、投稿コメントに対して
何度も揉めるのなら、自己の発言について状況確認もされたほうが宜しいのではないでしょうかということですね。

>昼寝 さんへ

>昼寝 さんの相手をしている皆さんへ

今日は、もうこれぐらいにした方がいいように思います。また、明日に。

昼寝 さんも、もう30くらいコメントしているのでもういいのでは、ないですか。

”言い出しっぺ”として”介入”させて、もらいます。

>昼寝 さんへ

数々のコメント有り難うございます。

せっかくですが、泥沼に肩までつかっている人間から、「お〜い、こっちに来て遊ぼうよ」とお誘いを受けても、お断りさせて頂いております。
今後、レスは差し控えさせて頂きますので、御理解下さい。

>No.54 某医療関係者 さん

意味はわかりました。お手数をおかけしました。

冷静な、第三者の方のご意見として承りたく思います。

No.55 ぐら虫 さん

ちょうど、私も出勤時間ですから。また、寝不足じゃ(笑

戦場云々の話がありましたが、
最近のコメント欄を見ておりますと、
いろんなエントリでいろんな方が
議論していますね。

掲示板エントリでのぐら虫さんと琴織さんの
議論などなど。

正に局地戦の様相であり、
面白いものだなと不謹慎にも笑ってしまいました。

ただそれだけです。

> No.4 昼寝 さん
> 「迎合精神」
>
>  会議の主催者があえて議題に結論を含めている場合には、
> 感想を述べるだけの会議になるケースが多い。

一般論のことを言っているかもしれませんがここはBlogで掲示板ではありません。
ですから主催者が結論を含めて述べるのは普通のことです。
コメントは所詮コメントですから、本格的な意見を述べるならやはり他の所でまとめ、リンクを張る形の方がよろしいでしょう。
コメント欄では特定の人の意見だけ抜き出すのは難しいですから。


> No.20 昼寝 さん
>> 3.そうすると他の橋下批判コメントは所詮、自分(※昼寝氏)と同様シロウトに過ぎない
>3、○ 鋭い!

自分がそのことに対する専門家でもない限り、「相手の方が正しいかもしれない、上かもしれない」と言う謙虚さが必要です。
実際に同様か上か下かは他の人が判断することです。
自分で「同様だ」と考えている人がいるのならそれはおこがましい。


#コメントは特定の人へ向けるのではなく、それを読む多数の人へ向けて書くことを意識する必要があると思います。
どうも討論会的になって相手を打ち負かす場となっているように見うけられますが、ここは特定のテーマに対し各自が全体的な意見を言い合う場で特定の相手に言い合う場ではないと私は思っています。

>No.60 mastacos さん

>ですから主催者が結論を含めて述べるのは普通のことです。

そうですよ。
普通は、コメントの範疇でしたら「感想」を述べる程度に
なります。
しかし、ここでコメントする方は、「意見」を述べよとの
投稿姿勢が推奨されておりますし、ブログ主さん自体も
有る程度の「掲示板化」を許容、または意図されているよう
に思います。


>実際に同様か上か下かは他の人が判断することです。
自分で「同様だ」と考えている人がいるのならそれはおこがましい。

 「おこがましい」などといわれる様な文脈と会話の流れ
 では無いのですが、素人は素人であり、その発言の是非
 もってして「上下」は自分も他人もなく判断できるもの
 ではありません。
 

>#コメントは特定の人へ向けるのではなく、それを読む多数の人へ向けて書くことを意識する必要があると思います。

 私が再三、他の方に指摘されているように、「誰に向かって言って
いるんだ!はっきりしろ!」というのがこのブログの主流
であり、多数に向けて発信すると「一般化して発言している
」との定句批判を受けるブログなんですよ。

ブログ主さんの姿勢も各エントリを立てる場合「批判」「賞賛」にかかわらず、その対象を明確にされています。


>#コメントは特定の人へ向けるのではなく、それを読む多数の人へ向けて書くことを意識する必要があると思います。

 それを意識すると、客観的な意見しか述べられなくなり
ます。
 主観で意見を述べると、読み手の考え方によって「暴論」
にもなりえます。

 しかし、あなたは実際に私に向けて、批判を含むコメント
をされている訳で、すでにご主張と矛盾されておりますが、
「昼寝」を批判すると他の方に主張が受け入れられ易いとの意図が
ございましたら、ご協力出来かねますことご容赦ください。


 

No.60 mastacos さんへ

mastacos さんの意見に全面的に……と、書きたいところですが、一応、”言い出しっぺ”なので「中立」であろうとしています。

「#コメントは特定の人」以下にたいして。

まぁ、”言い出しっぺ”の勝手な判断ですが、この「小会議室」は「特定の相手に言い合う場」として、あると考えています。それは、私は、まだ、このブログに来て2ヶ月ほどですが、いくつかのエントリーが、何度か”嵐のような状態”にあっているのを見てきました。
見る人から見れば、「掲示板」での私のコメントも”嵐”と考えます。他のエントリーに”被害”がいかないために、この「小会議室」があるのだ、と僭越ながら思います。
元々は、No.135 せっせ(元みみみ) さんの考えからNo.781 No.784 方法を考えました。これが、一番、今のところ”円満”に行くような気がします。

No.61 昼寝さん
>>#コメントは特定の人へ向けるのではなく、それを読む多数の人へ向けて書くことを意識する必要があると思います。

> それを意識すると、客観的な意見しか述べられなくなり
ます。
> 主観で意見を述べると、読み手の考え方によって「暴論」にもなりえます。

なんでそうなるの?主観を述べてはならないなど誰も言っておられない。多数の人が理解できるように主観を述べてってことじゃないのですか?一方向からしか物事を見れないと、見失う可能性がありますよ。他方向から物事を見れるようにしないと。

自分の主観(主張)→それに想定される反論→その反論に対する論理的な根拠→主観の正当性
論述の基本でしょ。昼寝さんの主張がどれだけ正しくとも、上記ができないと相手は納得できないんじゃないかな。

私自身上記のようになれるよう訓練中ですし、特にコメント不要です。

No.56 お〜い紅茶 さん


>今後、レスは差し控えさせて頂きますので、御理解下さい。

理解はしますが、納得は難しいですね。

 貴方の、「あなたを中心に議論が続くとこのブログの内容
が低下し、他の方の顧客満足度が下がる」というご発言は、投稿者
にとって最大最高級の侮辱にあたります。あなたのご指摘
通り、私の仕事の基準は「顧客満足度」ですから。
それに議論は私一人では「続け」られませんし、私が撤退後
も延々と話を継続されたのは「昼寝」ではありません。


 その反面、私が原因で顧客満足度が下がるというのは、モトケンさんに対しては大変申し訳なく思いますので、
自主的にこの小会議室のみでカキコさして頂いていますが、
決まった趣旨や話題のないエントリですから、

 「その内、誰にも相手にされなくなる日も近いでしょう」

 それで溜飲を下げてください。


 

No.63 Lega さん

 「多数の人を意識して」発言する場合、客観的な意見を
述べるのは、聞き手によって「主観で発言するより」かは、
当たり障りなく受け入れられる可能性が高いからです。

 ですから、多数の方を前に話す場合には、「あくまでも
自分の考えですが」「あくまでも私の主観的な意見ですが」
という定句が用意されている訳です。


>主観を述べてはならないなど誰も言っておられない

 〜という「言葉」は言っていないが、

この反論法はやめられた方がよろしいかと思います。
私も気をつけます。

さあ、仕事に行くか・・・ショボーン(^&^)/

No.66 昼寝 さんへ

前にも書いたとおり、私からは、極力、批判しない主義なのと、誰かが書いているのと、同じようなことを書くのは、嫌な主義なので、(このために書く機会が減りますが)今回は、質問です。
もしかしたら、また、「忠告か」「この忠告野郎が」と思っているかもしれませんが、今回は、違います。

昼寝さんの、詳しくは知りませんが、何かしらの「顧客満足度」「顧客満足度の向上」に関係している話です。
たとえ話の質問です。

たとえば、この「小会議室」を何かの店とし、昼寝さんが店長として考えた場合です。商品は「様々な意見」でお客(買い手)は見ている人。
初日はセール(批判的な意見)が功を奏してか、盛況でしたが、その(批判的な意見)が不評だったのか、二日目からは、お客(買い手)の足が遠のきました。

この店(小会議室)を永続的に流行らせ、継続していくには、どのような商品(意見)を並べれば、効果があり、お客(買い手)が買いに(同意や批判、反応して)くると、考えますか。

お客(買い手)から、同意をえられるような意見。
批判的でありながら、建設的でお客(買い手)が継続的に買って(同意や批判、反応する)意見など
を、書いてもらえたら。

客の一人として言えば、現状は品揃えが薄すぎて、購買意欲が湧きません。

>No.67 ぐら虫 さん

まずは、私はこの小会議室を「昼寝会議室」と私物化する
ようなつもりは全く無いことを明確にせねばなりません。

そうすると、ぐら虫さんの「顧客満足度」の話は筋が通って
いるのですが、上記の前提が崩れてしまい、「人の軒先
借りて商売するとはけしからんやつだ」との批判を招く
こと必定です。

 以下は、寝言です。。。

 私自身は、自分では必ずエントリの趣旨に関係のある
意味で、問題意識を持って投稿してきたつもりですし、有る意味「罵倒」
されても「皮肉」を言っても、コメント者各位には標準的なマナーは守って
きたつもりです。(相手の投稿スタンスによって変わるのは
ぐら虫さんと同じです)
 逸脱しそうになって注意を受ければ、発言を控えるし、
退場もしてきました。

 私の相手をするのを楽しんでおられた方も僅かですが、
いらっしゃったかと思います。
 心底「くだらん投稿」とおもった方は昼寝はスルーと
されていますし。

 筆圧も出来るだけ落として書いています。

 「投稿禁止にしてくれ」とまで非難を浴びるのは、マジ
で少々答えました。。。。。

 

訂正

>で少々答えました。。。。。×

 で少々応えました。。。。。○

No.69 昼寝 さんへ

まず、「掲示板」を私物化していた私が言うのもなんですが、それは(私物化すること)、物理的にむりでしょう。
もし、「昼寝会議室」となれば、何かしらの誰からの「意見」が入った時に、止めれば終わりです。私も止めましたが。
まず、そうなる(「昼寝会議室」に)まで、何かしら意見を、「顧客」に向けた意見をいうべきです。「顧客満足度の向上」をいうのなら。それによって、昼寝 さんの「顧客満足度の向上」が検証されます。

それは、新しく書く必要はなく、いままで書いた文(私の何倍も書いているはずなので)の引用でも、なんでもいいと思います。しかし、前にも言った、

お客(買い手)から、同意をえられるような意見。
批判的でありながら、建設的でお客(買い手)が継続的に買って(同意や批判、反応する)意見など
という、フィルターを通した意見である必要があります。

他の人のことは、私には関係ないので、昼寝さんも私と投稿スタンスが同じらしいので、私の投稿スタンスに合わせた「意見」をお願いします。
それに、ここからの昼寝さんの「意見」から、逆に、関係のあるエントリー行く可能性もあるかもしれません。

No.71 ぐら虫 さん

意見を言う前に、「顧客満足度」の観点から言いますと、
「掲示板」という老舗や、「場外乱闘」という大型スーパー、またそれぞれ品揃えが充実した「エントリ」という
専門店がありますので、この「小会議室」は出店自体に
無理があったと思っています。

 その上で、繁盛商店街の一番奥にある「よろずや」で
どんなもの「意見」を言えばお客さんが集まるか?
 考えて「意見」を述べよとのことですが、まずは有名人
に「宣伝」をしてもらいたく存じます。

 ぐら虫さん、トピズレして議論している方誘導して
連れてきて〜

 「私から見た」ぐら虫さんの投稿スタンスに回答する
とこのようになる。

 そして、
 
 「意見」は言えと言われてから「考える」ものではない。

 と続く。では、また。
 
 

おおっ、こんなエントリーが。じゃ、何か書かせていただきましょう。

「エアバッグが作動すれば、眼鏡が割れて失明する危険性があると思う。自動車メーカーはエアバッグの安全性ばかり宣伝しているが、眼鏡をかけている人はエアバッグを使わないほうがいいのでは?」

こんな話が昨日出ました。

・失明したけど生きてる。
・眼球は無事だったが亡くなった。

上のどちらを取るかでしょうねえ。
※シートベルトやエアバッグの第一のプライオリティは救命でしょうし。

で、これに伴う問題点は、「技術の改良」と「正しい使い方」で克服されるべきでしょう。あらゆるドライバーと自動車に死亡事故の可能性がある以上、限られたケースのみを想定して「シートベルトやエアバッグは使わない方がいい」となったら、死亡総数は増加すると思います。

知り合いの勤めている自動車メーカーとその研究所では、この問題についてもかなり以前から熱心に研究・開発を続けている(そうです)。

実用化・商品化にはまだまだ時間がかかるけど、いずれ解決されると思います。いや、もう実用化になっているのかも…。

今日明日の自衛策としては、正しいシートポジションと、シートベルトの正しい装着方と眼鏡側での工夫といったところでしょうか。

エアバッグ側だけでなく、眼鏡側(ガラス素材)の改良も必要だと思うので、眼鏡メーカーにも働きかけてみるのもいいかも知れません。しかし、眼鏡よりもコンタクトのほうが、ハイリスクのようなんですが、どうなんでしょうね。

現状の3点シートベルトより4点シートベルトの方が安全性が高いと友人が言っていたのを思い出しました。
4点シートベルトにしてヘルメット着用にしたら、エアーバッグが不要になって眼鏡の危険性はなくなるのでは?(ちょっと非現実的な気がしますが)

シートベルトと言えば、2年前私は車で衝突事故を起こしたのですが、正面で衝突した相手方の車のシートベルトが千切れていました。
相手方はセダン(車名は忘れました)、私はランドクルーザータイプだったので、こちらの被害はほとんど無く、向こうは全損でした。
相対速度的には50Km程度で向こうは小柄なおばあさんだったのですが、シートベルトの耐久加重はどの程度なんでしょうか?

No.72 昼寝 さんへ

すいません。失敗です。間違って「掲示板」の方に送ってしまいました。

いや、どうなんでしょうね。
前の文も前々の文も「顧客」を意識して書いてもらいたかったです。まず、何かしらの「信用」を上げるのが、「顧客満足度の向上」に欠かせません。それに「誠実さ」も。初日、いい悪いは抜きにして「繁盛」といえば、「繁盛」していました。それが、なぜ継続できなかったか?今まで、書いた中に「意見」は、なかったのでしょうか?すべて決着して、満足したのですか。

私の例から。生臭い「反橋下論」は外しました。あくまで例です。

「掲示板」No.734 から。「被害者感情」(遺族を含む)とは何か?を考えるにあたって。

私が、問題にしたいのは、「想像すること」です。 「想像すること」は、基本的には自由なはずなのに。たとえば、「大統領になることを想像する」医者――」宇宙飛行士――」または、科学も価値や思想にもとらわれず、「火星人――」、「テロリスト――」になることさえも。しかし、「被害者遺族になったら、加害者を殺すこと」は、容易に想像できても、「加害者遺族になったら、加害者(身内)を殺すこと」や「加害者や被害者が両方とも身内のときはどうするのか?」」は容易に想像できません。そこに何が「問題」としてあるのか。それは、「論理の問題」ではなく、「感情の問題」としてあるのではないかと、考えています。

「被害者遺族に――」は論理(被害者側に正義)と感情(殺したと思う気持ち)の一致で想像(理解することも)しやすく、しかし、「加害者遺族に――」は論理(被害者側に正義)、感情(身内を殺したくないと思う気持ち)の反故が原因で想像(理解することも)しにくく、ましてや、「加害者や被害者が――」は論理と感情をこえた所にあり、想像することさえ、まったくできません。

>No.75 ぐら虫 さん

ここは個人ブログであり、私もひとりの「顧客」です。
ここで「店主」たりえるのはブログ主さんおひとりです。
ですから、紅茶さんが顧客満足度の観点から私を批判した
ことは的外れと言ってきたのです。
 顧客満足度の観点から批判されるのはモトケンさんひと
りなのです。
 そしてその観点から考えるべき人もモトケンさんなので
す。
 
 まあ、しいていえば「顧客」の私がするべきことは「営業
妨害」をしないことです。

>私が、問題にしたいのは、「想像すること」です。
>ましてや、「加害者や被害者が――」は論理と感情をこえた所にあり、想像することさえ、まったくできません。

 私もそう思います。
ですから、私は今回の謹慎のもとになった「迎合精神」
「野次馬精神」のコメントをした訳です。

 刑事弁護の苦悩、問題なんて簡単に理解出来るはずがない。
簡単に「もし自分が被告になったらと思うと」と言う様な
発言には重みを感じないというより、真剣に考えているとは
思えない。「単なる迎合精神によるコメントに過ぎない」
 だから、弁護士さんには「わかっているとは思うが、
犠牲的精神を強調しても上辺の理解しか得られないよ」
「それより、実際の活動がし易くなるように国選の弁護料
アップなどを強く運動されたらいい。国民はそれに対して
批判の要素を持たない」

 と言いたかったのですが、浮いてしまいました。


ところで、全くスルーされ続けているのですが、TVドラマ
の「最後の弁護人」を見られた方はいらっしゃらないので
しょうか?

 簡単に紹介すると、「自分の家内を殺した犯人が、再犯
を犯したときにその犯人の弁護が正当に出来るか?」という
ものでした。
 もちろん、ドラマですから見事に弁護を行い、殺人容疑を
正当防衛からの過失致死に決着させるのですが。

 ただし、この弁護を引き受けた理由が、

々饒として弁護士会より指名された。彼は絶対に国選を
 断らない主義。
∋Δ気譴娠さんも弁護士であり、奥さんでも必ず引き受け
 ると信じている。

 つまり、「被告の利益」のために弁護をするのですが、
「被告」のために弁護を行うのではない。
 今枝弁護士の光市事件は、これが逆転しているような
 気がしている。

 これをうまく説明したいのですが、難しい。

>昼寝さん
多分、ぐら虫さんが伝えたかった「想像すること」の限界と違う解釈をしている様に感じるのですが。

ぐら虫さんに訊かないと分かりませんがね。

いずれにしても「理解出来ない」ことと「だから想像すらしない」ことは全く別です。

「想像を絶するであろうその状況を、具体的に想定はできない。根本からの理解は難しい」としても、「自分が想像しうる範囲のところまでを必死に想像し、且つ想定外の様々な因子がそこにあるということを抽象的に想定する」ことは出来ます。

「相手の立場に立つ」ということは、ほとんどがそういう努力の上に成り立ちます。

刑事弁護の苦悩、問題なんて簡単に理解出来るはずがない。
従って、この文章自体には同意ですが、
簡単に「もし自分が被告になったらと思うと」と言う様な発言には重みを感じないというより、真剣に考えているとは思えない。
これは全くあなたの主観に過ぎません。 自分がなったことのない立場を真剣に考えようとすればするほど、自分の想像力を必死に働かせなければならないはずです。

私に言わせれば、むしろ「なったことのない立場であっても懸命に想像する」という努力を感じない文章の方が、よほど真剣に考えている様には見えないですが。

>No.78 おいちゃん さん

仕事の上では、「最悪の場合」などを常に必死に想像して
「万が一」に備えることは普通です。

 また、生活の上では例えば「がん保険」「入院保険」など
がそうですね。「考えたく無いが考えておかねばならぬ」こ
とはままあります。

 しかし、例えば「自分の家族が殺される」または「自分
の息子がひとを殺してしまった」というような悲惨な状況
は人間の本能として「想像することを」回避する傾向が
普通だと思います。
 毎日、そんなことを想像する努力をしていたら、健全な
生活がおくれません。
 ひきこもりますよ。

 私は、おいちゃんさんのいう、

>「相手の立場に立つ」ということは、ほとんどがそういう努力の上に成り立ちます。

 は、正論であり、一般論にすぎません。
もちろん、わたしも様々な状況の中で、上記のような努力
はします。

 しかし、ここで限定された刑事弁護の問題を語るにおいては、「自分が殺人など重大事件の被告
になったとき」、「自分が被害者家族になったとき」

 を必死に想像せよとは言えないし、上記の人間の回避
本能からもそんな無理な努力は必要性を感じません。

>私に言わせれば、むしろ「なったことのない立場であっても懸命に想像する」という努力を感じない文章の方が、よほど真剣に考えている様には見えないですが。

 無責任な客観論の羅列をお望みでしょうか?

 私は、「自分が被告になったとき」は想像もつかないが、
なってしまったときに、正当な弁護が受けられるように、
専門家の弁護士さんが頑張って体制を作っておいて頂け
ればと思っていますし、それに対して何人も批判はしない
と言っている。
 我々は、今回の扇動事件や懲戒請求で、その行動を
「邪魔してはいけない」ということです。
 

>No.79 昼寝 さん

>毎日、そんなことを想像する努力をしていたら、健全な生活がおくれません。

 こういう反論の仕方をするからまともな議論にならないのです。
 誰も毎日想像しろとは言っていません。

 「光市弁護団の弁護のあり方を考えるときは」という限定付です。
 
 空気が読めないといのは、要するに論点が見えてないということです。

>No.80 モトケン さん

>こういう反論の仕方をするからまともな議論にならないのです。
 誰も毎日想像しろとは言っていません。

 どうもモトケンさんは、限定解釈批判が多いですね。
投稿者は気を使いますが、個人プログだからやむを得ない
か。


> 「光市弁護団の弁護のあり方を考えるときは」という限定付です。

上記は、モトケンさんのご発言ですが、以下は私の発言。

> しかし、ここで限定された刑事弁護の問題を語るにおいては、「自分が殺人など重大事件の被告
になったとき」、「自分が被害者家族になったとき」

> を必死に想像せよとは言えないし、上記の人間の回避
本能からもそんな無理な努力は必要性を感じません。

おいちゃんさんの発言に対し、「限定した中では」と反論
しているのが私です。

> 空気が読めないといのは、要するに論点が見えてないということです。

空気の前に、文脈を流れを読むべきかと思います。

「議論における空気とは、議論の内容にかかわらず、
その参加者の力関係が発するものであり、空気を議論の
是非に持ち出すのは全くの見当違いである」

 著者は失念しました。

自主訂正、及び補足

>空気の前に、文脈を流れを読むべきかと思います。

を、下記のように訂正します。

>空気の前に、文脈と議論の流れを読むべきかと思います。


「限定解釈批判」

「単語」や「一文」に捉われて、その本筋を理解する努力
を放棄し、批判に走ること。

 
 (ただし、書いている本人も「無用な一文」と思いながら
書いている面も否定しません。)

昼寝さん、こんにちは。

ですから、私は今回の謹慎のもとになった「迎合精神」 「野次馬精神」のコメントをした訳です。

警告を受ける基になったのは、そのコメント単体ではないと思います。

モトケン様が明確な主張を込めたエントリにおいて、エントリの趣旨からずれる、またはその原因となるコメントが何度か投稿されて、趣旨から逸れた議論が続くことを心配されたからではないでしょうか。

それから「警告」といっても、アクセス禁止やレス削除といった厳しいものではなく、「続きは、このエントリ以外でやってね♪」という程度のものでした。

ということで、モトケンさまも、お〜い紅茶さまも仰っていますように、昼寝さんはこのエントリ以外に投稿を禁止されている訳ではないと思いますよ。


 我々は、今回の扇動事件や懲戒請求で、その行動を
「邪魔してはいけない」ということです。

我々の問題にも発展しているから、「意見」を出しているのですよ。
橋下弁護士は「世間の感覚」「市民の感覚」「1億3千万人の国民」等と、我々を代表して発言をしていらっしゃるからです。
民主主義においては、意見を言わないのは、いないのと同じです。
誰かに勝手に決められたくないならば、異議がある時は、異議があると言わねばなりません。

No.83 死刑囚 さん

私の自主謹慎につきましては、自分自身で「営業妨害」に
なったかもと思いやっていることです。
 気を使って頂いて、ありがとうございます。

 以下の部分は、私の舌足らずですから、補足いたします。

> 我々は、今回の扇動事件や懲戒請求で、その行動を
「邪魔してはいけない」ということです。

 刑事弁護の制度をより良くしようとしている「弁護士さん
の行動」を我々は素人ながら、また当事者意識が持ちにくい
立場ではありますが、「懲戒扇動」や「誤った懲戒請求」な
どで、「弁護士さんの活動」を「邪魔してはいけない」と
いう意味です。

 私は再三、橋下弁護士を批判するコメントをしています。
ただし、橋下先生が「弁護士」であり、「弁護士」として
発言されていることにより批判を集中させていたことは、
事実ですが。

>昼寝様

横からすみません

79の意見では
1、人間の本能は悲惨な状況を想像することを回避する傾向がある。
2、毎日そんなことを想像するのは不健全だ。
3、今回の刑事弁護の問題は殺人であり悲惨な状況を想像せざるを得ない。
4、だから「被告人」及び「被害者」の立場になって想像する必要性を感じない。
となっていると思います。(違っていたらすみません)
私はこの文脈だと4の「だから」は3の「不健全だ」にかかるような気がしていたのですが、昼寝様の言い分ですと4の「だから」は1にかかっており3自体が不必要だったと言うことでしょうか?

No.85 人として(某会議室とは別人) さん

すでに十字砲火ですから、横からも何も。。(笑)

1、その通りです。
2、先にも書きましたが、無駄な一文でした。意味無しとし
  てください。

3、につきましては、再度、ご説明いたします。

 私は、刑事弁護の現状と問題について考えるにあたって
は、また発言するに際し「自らが「被告」や「遺族」になった場合を考えて見て
ください。」という論調には、「1、」の理由をもって、
有る意味、無理な要求でしょ?と思っています。
 その裏返しで、「自分がそうなった場合を考えたら」で
はじめられる意見には、逆に重みを感じないと言っています。

 ですから、当事者意識が持ちにくい問題ですから、ここは
専門家である弁護士さんにぜひ頑張ってもらいたい。
 すくなくとも我々はその弁護士さんの活動を邪魔したり、
非難したりすることはするべきではない(出来ない)。
 批判するとしたら、その努力が足りないのでは?という
疑問に限定されるという考えです。

4、もともと想像するのは難しい問題ですから、発言するに
 際して、自分が「被告人」及び「被害者」になった場合を
 想像することが、「必ずしも」必要だとは思わない。

 (「必ずしも」を足しました。)

努力しているのですが、なかなかうまく書けません。
これは根本的な「能力」「文章力」の問題かもしれません。

>No.84 昼寝 さん

自主謹慎でしたか・・・諒解しました。

 刑事弁護の制度をより良くしようとしている「弁護士さん の行動」を我々は素人ながら、また当事者意識が持ちにくい 立場ではありますが、「懲戒扇動」や「誤った懲戒請求」な どで、「弁護士さんの活動」を「邪魔してはいけない」と いう意味です。

ここで仰っておられる、我々が「邪魔してはいけない」「弁護士さんの活動」とは、橋下弁護士の活動のことでしょうか?

橋下弁護士が、刑事弁護の制度改善を目的にして懲戒請求を呼びかけたのだと思われているのですね。
仮にそうだとしても、私の意見はこの時から概ね変わっていません。

懲戒制度については、その投稿をした当時よりも更に調べています。
それでも、仮に橋下弁護士が「刑事弁護制度の在り方に一石を投じる」という目的から行ったのだとしても、「やり方が間違っていたこと」「その間違いにより世間の誤解を助長したこと」「世間の憲法無理解に弁護士としてお墨付きを与えたような形になっていること」は、依然として否定せざるを得ません。

生徒に憲法や民主主義の精神を理解してもらおうと、文字通り命を削って教えていた教師もいるのです。

それを思うと尚更、誤解を解こうとしないばかりか、「『数の論理』で無理を通せば、道理(憲法の精神、民主主義の精神)も引っ込む」という趣旨の発言を続ける橋下弁護士の言動を、認めることは出来ません。

懲戒制度の問題以上に、世間の憲法無理解にお墨つきを与えたような橋下弁護士の言動は問題です。

ただ、昼寝さんを無理に説得するつもりはありません。
昼寝さんは海外在住とのことですので、本件に限らず「過剰な権利意識」や「過剰なバッシング」といった「日本のマスメディアを通じて報じられる昨今の『世間』の風潮」をご存知ないのかもしれませんから。

バッシングの対象は移り気です。
柳沢大臣、安倍元首相、朝青龍、沢尻エリカ、光市弁護団、亀田親子…気の済むまで叩く、中には言葉尻だけを捕まえて、報道を鵜呑みにして、気の済むまで叩く。
これが昨今の『世間』の感覚です。
私はこれが本当の「世間の感覚」だとは信じていませんが。

散漫になり、すみません。
このような考えもあるという事だけ、頭の隅にでも置いて頂ければ幸いです。

>昼寝様

了解いたしました。
ただ一言、
私は「被害者遺族」や「加害者」となることを想像できないのは、昼寝様の考え方によるもので(その考え方を否定はしません)、想像する事により、この問題に真剣に取り組んでいる方もおられ、その真剣さを否定は出来ないと思っています。

No.87 死刑囚 さん

>ここで仰っておられる、我々が「邪魔してはいけない」「弁護士さんの活動」とは、橋下弁護士の活動のことでしょうか?

>橋下弁護士が、刑事弁護の制度改善を目的にして懲戒請求を呼びかけたのだと思われているのですね

<<完全な誤解です。>>

 橋下先生は、「弁護士」なのに「正しい刑事弁護」をして
いる「弁護士の活動」の邪魔をしている。

という認識です。
この認識は最初から、まったく変わっていません。
そこから、「はやく橋下先生の間違った言動を止めてください」それは「弁護士会の責任では?」と言う問題提起を
続けてきています。

 ただし、私は今枝弁護士の言動も批判してますが、最初の
時点から、「正しい刑事弁護活動」との認識は変わりません。
「被害者遺族に対する配慮」と「弁護士のイメージダウン」
に対する批判であり、「刑事弁護上の主張」そのものに対して
の批判ではありません。

 誤解からの私へのご意見かと思いますが、その上で、「誰か橋下先生は刑事弁護の発展のために懲戒扇動を行ったと考えている人に対しては」死刑囚さんのご意見はまさにその通りだと思いますし、十分な説得力あるご意見だと思います。

No.88 人として(某会議室とは別人) さん

>想像する事により、この問題に真剣に取り組んでいる方もおられ、その真剣さを否定は出来ないと思っています。

かなり広い意味で「世論やweb上での論調が形成される要素」としての否定的意見
ですから、決して現実的に真剣に取り組んでおられる方に
対する疑念や批判ではないことを申し上げておきます。

重要な、ご指摘をありがとうございました。

No.76 昼寝 さんへ

なんか、もう、どうしたもんかいな、な心境です。

まず、私の文の例は、「想像すること」は基本的には自由と言っているので、「私もそう思います」と書こうが、思いません、と書こうが、自由なのです。(しかし、今は、やりとり全体の流れがあるので、例として出すのは、少しまずい文だった、と思います)
元々、あの文は、昼寝さんが、「「意見」は言えと言われてから「考える」ものではない」と言ったので、それなら、今までに散々書いた文から、引用をすれば、という意味で、私が例を示しただけです。だから、「あくまで例です」と、断っています。批判や反論には、なにか必死に答えるのに、意見は?と、問はれると、「言われてから考える」ものではない」と逃げるのは、なんなんでしょうね。
初めの「たとえ話」も意見を書いてもらうためにだったのに、また、何かよく解らない理由で逃げています。これまで、批判や反論には、必死で対応してるのに。意見は?にも必死で対応してもらいたいです。

「「店主」たりえるのはブログ主さんおひとりです」と言っている、少し前の文では、勝手に「会議の主催者」になり、「迎合精神」では?なんて書くのは、なんなんでしょう。よく、わかりません。

ここから、すこし、書き方がきつくなりますが、ご了承ください。それと、多くの「忠告虫」が。

「迎合精神」

まず、初めに言いますが、私は、「迎合精神」を批判しているわけでは、ありません。しかし、昼寝さんが「迎合精神」と書いたことは批判させてもらいます。前の文No.107では、感想としましたが。
それは、私(人の方が正解?)は何かしらに「迎合」しながら、生きてきましたし、今も、詳しくは書きませんが、何かしらに「迎合」しながら生きています。(これは、見方によりますが)
このブログでも、細かくは自己分析していませんが、「迎合」はあると自分自身で考えます。
それでも、昼寝さんが「迎合精神」と書いたことを批判するのは、まず、自ら(昼寝さん)の「迎合精神」を明らかにしてから、「迎合精神」と他の人に向けて書くべきだと考えるからです。「誰に?」「何に?」に対してなのかを。まず、自らの「迎合精神」を自らに問わずに、他人の「迎合精神」を批判的に書くのは、間違っています。
同じように、「素人が野次馬精神」と書くとき、素人(昼寝さん)の野次馬精神を自らに問うべきです。その言い訳に、「私を含む小市民」なんていう、橋下用語の「世間」と同じようなことばを使うのは、はずかしいので、止めましよう。まず、何かを書くときに「自己に問う」ことをしなければ、書く文のすべてが「他人事」です。それと、前に書いたことと、一定の整合性がなければ、他の人に「信用」されません。そのために「小会議室」にいることを自覚すべきです。反射的に対応せずに、少し考えてから書くことを希望します。つっこむ所が満載の文は、読むのもしんどいので、気をつけましよう。昼寝さんの書いた文に対応すると”10倍返し”のような文になってしまいます。この文も書いていて、どうしたもんかいな、な気持ちです。では。

>No.91 ぐら虫 さん

最初に書いておきますが、ぐら虫さんが私に「提案」された
「顧客満足度の向上を踏まえた「意見」を書いて見ては?
 引用でも良いので。」に対して、私が「はいわかりました。やって見ます」と応えると思いますか?カチン!ときた
と想像出来ないとしたら(出来る方と拝察していましたが)
「どうしたもんかいな」とこちらが言いたいです。

 この前提をもとにすれば、少しだけ反論します。
ただし、全然前後の文脈と関係なく抜き出した「単語の比較」をもって、「整合性」と「信用」を論じている部分に
つきましては、開いた口が塞がりませんので、「逃げた」
と言われても構いませんから割愛させて頂きます。

> 意見は?と、問はれると、「言われてから考える」ものではない」と逃げるのは、なんなんでしょうね

 私が、意見を発するのに、「あなたのつけた前提条件」に
あわせる必要性を全く感じない。
 つまり、私が発した意見は、わたしが考えてから発した
ものであり、わざわざあなたのいうフィルターに合わせた
意見を探し出す作業(考える)はそもそも何の必要性がありますか?

>迎合精神、野次馬精神

 ぐら虫さんの発言の趣旨は、「誰に言ったかしらないが、
また、それもはっきりしてほしいが、まず自分に当てはめて
それを明らかにしてから発言、引用せよ」
 ということですね。

 自己批判から発言をスタートさせることが必要な場合と
そうでない場合があります。
 また、自分にあてはまるとは限りませんが、その度に
「私は違いますが」と断りを入れる発言は逆に見苦しい。

 例をあげたほうが良いなら、挙げますが、まず自分で
考えて見てください。

>他の人に「信用」されません。そのために「小会議室」にいることを自覚すべきです

 ぐら虫さん。知らないうちに、誰にも相手にされない?
昼寝に優越感を持ち、「大きなお世話」を自分の親切心の向上
に向けてしまっていませんか?
 (そう取れる文章になっていますよ)

 ご自分が、スカされたことに気がつかないで、10倍も
返したらそりゃ疲れるでしょう。お察しいたします。

 不覚にもブログ主さんに文句を言ってしまったあとなので、多少、文章きつくなります。ごめんなさい。では。
 

>昼寝さん
実になんと言うか…
あなた、自分でこう言いましたよね?

毎日、そんなことを想像する努力をしていたら、健全な生活がおくれません。
ひきこもりますよ。

『この様な反論が』まったく論点が読めていない、という指摘なのに何故それ以降の話だけを出しているのですか?
それとも、上の文章はあなたが書いた物ではなかったんですか?
まあ、取り消すと言っているのでこれ以上は言及しませんが、
空気の前に、文脈を流れを読むべきかと思います。
あなたにそっくりお返しします。
相手の文章だけでなく、自分の文章すらもう一度ちゃんと読み直さねばならないようですよ、あなたは。
しかし、ここで限定された刑事弁護の問題を語るにおいては、「自分が殺人など重大事件の被告になったとき」、「自分が被害者家族になったとき」を必死に想像せよとは言えないし、
何故言えないのですか?
今回の様な問題について話をするのに、少しでもその様な努力を求めることが間違っているとは到底思えません。
(やってはみたけど巧くいかなかった、のは仕方ない)
上記の人間の回避本能からもそんな無理な努力は必要性を感じません。
本能だから、その努力はしなくて良いのですか?
じゃあ、本能より強く肉体を制約する生理現象…ぶっちゃけ「排泄」は、催したらいつでもして良いのですか?
「重要な会議だから、トイレ行きたいけどちょっと我慢」
このように、本能や生理現象を社会規範などで調節して生きているのが人間だと思うんですが…本能だから努力しなくて良い、というご意見は初めて伺いました。
無責任な客観論の羅列をお望みでしょうか?
少しでも自分以外の立場を想定しという努力すらしない上辺だけの言葉こそ、無責任な客観論に他なりませんね。

人として(某会議室とは別人)さん

4点シートベルトにしてヘルメット着用にしたら、エアーバッグが不要になって眼鏡の危険性はなくなるのでは?(ちょっと非現実的な気がしますが)


F1レーサー並ですねえ。今では6点シートベルトという話も出てますねえ。あ、F1か他のカーレースか忘れましたが。
でも、4点シートベルトは案外現実的かも知れません。

余談ですが、日本は後部座席のシートベルトも義務化になるんじゃなかったですか?後部座席は2点シートベルト?3点?


相対速度的には50Km程度で向こうは小柄なおばあさんだったのですが、シートベルトの耐久加重はどの程度なんでしょうか?

凄いですねえ。相手側が全損で、しかも「シートベルトが千切れていました」とは。
シートベルトの繊維の方向性によって、耐久力が違うのかも知れません。

「帯の単純引っ張り強度は30kN程度」という記述をWikipediaから発見。
">シートベルト

30kN、つまり3邸それが千切れたというのは想像以上の力が作用したんでしょうかねえ?

>No.93 おいちゃん さん

>実になんと言うか…
あなた、自分でこう言いましたよね?

この時点で、流れ嫁!と言いたいが我慢して。。。

>毎日、そんなことを想像する努力をしていたら、健全な生活がおくれません。
ひきこもりますよ。

この一文は無用な一文であったと認めていますが、まだ言うなら「この一文が私の反論のなかで一番に指摘しなければ
ならない「論点」」ですか?とお伺いしたい。
「そんなことを〜したら〜全部〜になってしまう」という表現は、
誇張を含みますが、強調につかう補完的かつ一般的な
表現です。
これだけを抽出して「論点」が違うとは、理解できません
ね。

no.86の私のコメントで言いたいことは終わっています
が、さすがに、

>本能だから努力しなくて良い、というご意見は初めて伺いました

とくれば、悲しいがあなたの文章読解力を疑わざるを得ま
せん。
だれが、社会一般的なことを言いました?
排泄本能と被害回避思考本能をなんでもかんでも一緒に
論じるとはおいちゃんさんらしくない。

この「限定」された刑事事件の「被告」または「遺族」に
なることと断りを入れています。

なを、空気を読む=論点を理解するは、間違いとは言っていません。議論(異なる意見)の是非は空気とは関係ない。
と言っておりますので、揚げ足の再発を防ぐため再度、書いておきます。

その上で、「毎日...」と論点(空気)のご指摘が、
私には理解できませんと申し上げている。

私が、その一文を無駄な一文でしたと認めれば、理解して
頂きやすくなるかと思いましたが、いつまでもこだわられる
ところが、残念です。

No.92 昼寝 さん

まず、初めにいいますが、昼寝さんの何かしらの「批判精神」は好きな方です。それは今も変わりません。しかし、もうすこし、考えて「反論」すべきでしょう。そして、批判にも反論すべきです。

「意見」が書けなければ(書きたくなければ)、断ればすむことです。普通に、No.73 禅さんのコメントようなのを期待していました。

「意見を探し出す作業(考える)はそもそも何の必要性がありますか?」

私が、考えてたのは、昼寝 さんと(私を含めた他の人が)何が同意できて、何が同意できないのか、を探す意味で必要だと、思っていました。まず、自ら(昼寝さん)の意志で「小会議室」に来たとはいえ、なぜ、そうなったかは考えましたか?

>迎合精神、野次馬精神

何かしらの批判を相手にするときは、その批判を自分に当てはめるのは最低限のことです。だから、迎合精神、野次馬精神も、まず、自らの「迎合精神、野次馬精神」を問えと。
それは、自らの意見の「説得力」をますためです。「人に何かをしろ!」といって本人がしないのは、「説得力」として、最低です。橋下氏のように。

「例をあげたほうが良いなら」

まず、例をあげてください。

「ぐら虫さん。知らないうちに、誰にも相手にされない?昼寝に優越感を持ち、「大きなお世話を自分の親切心の向上に向けてしまっていませんか?」

元々、「掲示板」書いた「責任」に対して忠実であろうしたのが、昼寝さんに「大きなお世話」と思われるところは、反省です。「匿名者」として最低限のことは、書いたことへの責任です。
だから、批判されて、間違ってると考えれば、すぐに訂正します。昼寝さんも、私が答えれなくなるような、直接的な批判をお願いします。批判も、まだまだ甘い。

レス遅くなりました。
最初はレスどうしようかな、と思ってましたがちょっと気が向いたので(蛇足です(^^;;)

> No.61 昼寝 さん
> 有る程度の「掲示板化」を許容、または意図されているよう
> に思います。

そう、ある程度、です。
どこまでが許容か、という明確な基準は無いですけど。


> 多数に向けて発信すると「一般化して発言している」
> との定句批判を受けるブログなんですよ。

誰がそんなことを言っているのか確認していませんが私ならそんな反論はほっときます。
もし自分が馬鹿げた反論を受けたと感じ、それに答えなくてもここを見ている方はそれでどうこう思うことは無い、と信用していますから。
反論したした人以外が判ってそうなら全く問題ないと考えますので。


> それを意識すると、客観的な意見しか述べられなくなり
> ます

もしそうなら客観的な意見のみ述べればいいのでは?
私は主観的に書いてもうまく書けば他の人に共感できる文章は可能だと思いますが、
> 主観で意見を述べると、読み手の考え方によって「暴論」
> にもなりえます。
こうなると言う事でしょうから。
ちなみに私も無理です(^^;;


>#コメントは特定の人へ向けるのではなく、それを読む多数の人へ向けて書くことを意識する必要があると思います。

最初は書き方が少し悪かったかな、と思いましたがNo.63 Lega さんが判ってくださったようなので特定の人以外の多数の人にはわかったのではないかと思いますので少し安心しました(^^


#ところでこのBlogって

・「意見」を述べよとの投稿姿勢が推奨
・「誰に向かって言っているんだ!はっきりしろ!」というのがこのブログの主流
・多数に向けて発信すると「一般化して発言している」との定句批判を受ける

というのが一般的だと他の人は感じてるんですかね?
私は全くそんな風には思っていません。
一般的なの?主流なの?

>No.61 昼寝 さん

>私が再三、他の方に指摘されているように、「誰に向かって言っているんだ!はっきりしろ!」というのがこのブログの主流であり、多数に向けて発信すると「一般化して発言している」との定句批判を受けるブログなんですよ。

 亀レスですが、読んでる人が誤解するといけないので一言いいますけど

>「誰に向かって言っているんだ!はっきりしろ!」

というのは、批判的意見を述べる場合のことです。
 あなたが誰の何を批判しているのかわからない書き方で批判的意見を書いたからこのような注文をつけたのです。
 相手を特定しないと反論もできません。

>多数に向けて発信すると「一般化して発言している」との定句批判を受けるブログ

 これは言いがかりですね。
 「私はこう思う。」という意見を述べるときは、当然読者全体に対しての意見になるのであって、そのような場合に「一般化して発言している」という批判は加えられてないはずです。

 「一般化して発言している」というのは、発言の対象の問題ではなくて、発言の内容の問題として一般化すべきでない場合に一般化しているので批判されているのです。

No.97 mastacos さんへ

もう、「中立」はやめたので、今は、全面的に賛成です。

>>#コメントは特定の人へ向けるのではなく、それを読む多数の人へ向けて書くことを意識する必要があると思います。
 
これに私は、特定の人へ向けながらも、それを読む多数の人へ向けて書くことを意識する必要があるも加えたいと、考えています。なかなか、難しいですが。

「一般的なの?主流なの?」は、言ってる本人しかわかりません。何を言っているのかも。 
「?」です。

>禅様
30KNですか・・・・
そのときの相手の方は内出血だけですんでいたようですが(^^;)

後部座席のシートベルト義務化は初耳です。
私も現在海外勤務中なので情報に疎くなってるようです。
たしか今の車は後部座席も3点シートベルトが主流じゃなかったですか?
さらに聞いた話ばかりで申し訳ないのですが、現在4点シートベルトは公道では認められていないらしいです、
これが本当ならなぜなんでしょうね。

>No.95 昼寝 さん
「無用な一文である」と認めているなら、モトケン先生の指摘に対して「無用でした、すみません」で答えれば良かっただけだと思うんですが。
それを「お前が文脈嫁」という言葉で返しているから、「口では無用と言いながら、自分が出したその文章を正当化している」様に見えたので言わせてもらっただけです。

私自身はどうでも良い一文なので、これ以上の議論はなしで結構です。

さて、本能と排泄の件ですが…
あなたはどうもイメージでお話をされている様に見受けられるので、少し専門的なお話になります。
どれだけ深刻な議題であろうと、あなたの言っている「回避本能」に当たる心理反応は、「一般的な」心理作用「の一つ」に過ぎません。
それに比べて「排泄」は身体的な生理現象、つまり「遥かに強力な衝動」に当たります。
私はそれを例に挙げ「この様に、あなたの言う反応より遥かに強力な反応まで全て調節しながら人間は生きているんですよ」と申し上げているんです。

例外としてその様な「回避」を容認できるのは、トラウマや恐怖症などの「病的な心理反応のある方」に対してのみであり、健康な方は、こと重大な議論になればなるほど「対象となる者の立場を想像する努力」は須くなされるべきです。

人として(某会議室とは別人)さん


そのときの相手の方は内出血だけですんでいたようですが(^^;)

僥倖かも知れませんねえ。シートベルトが吸収したんでしょうか。

後部座席のシートベルト義務化は初耳です。

【道路交通法改正案07】後部シートベルトの着用義務化

どうやら来年6月には実施されるようですが、高速道路での運転時だけのようです。
ぼくが住んでいる国は、後部座席のシートベルトは義務づけられていて、違反すると、運転手に罰金と減点です。


たしか今の車は後部座席も3点シートベルトが主流じゃなかったですか?

どうもそうみたいですねえ。いろいろ見てみると後部座席中央席は2点シートベルトが多いようです。


さらに聞いた話ばかりで申し訳ないのですが、現在4点シートベルトは公道では認められていないらしいです、

え?そうなんですか?
という事で、ネットを探ってみました。やはり認められてないみたいですねえ。

「バックをする時、助手席に手をかけて上体をひねって後方の確認をしますが、4点式ではそれが出来ないし、体を完全にシートに固定すると、周囲の状況確認に支障が出るというのが理由らしいです。」

という事みたいです。なるほど〜。

>No.84 昼寝 さん

遅レスになりました。
結婚式に出ていたのですが、何度行ってもいいものですね〜。ラブラブで、完全にあてられましたが(^^)
新郎新婦は何度もアイコンタクトをして微笑んでいました。
それにしても、仕草や眼差しは言葉以上に気持ちを伝える時もありますね。
その点、ネット上の会話は難しい所もありますね。

ところで、私のNo.87は「完全な誤解」でしたか。
No.87はその私の「誤解」を前提にしたものでしたので、それでは、大変失礼致しました。
誤解と分って嬉しいです。

>禅様

>「バックをする時、助手席に手をかけて上体をひねって後方の確認をしますが、4点式ではそれが出来ないし、体を完全にシートに固定すると、周囲の状況確認に支障が出るというのが理由らしいです。」

納得しました。・・・・が、
となると、眼鏡の危険性の話は振り出しに戻ってしまいました。(笑
やはり私としてはヘルメット推奨ですが、いかがでしょう?

No.103ではお酒が抜け切れていませんでしたが、追記になります…。

過分な褒め言葉を頂いたようですが、「誰か橋下先生は刑事弁護の発展のために懲戒扇動を行ったと考えている人に対しては」必ずしもNo.87のような話が説得力を持つとは思っていませんでした。

憲法を理解せず、民主主義は「数の論理」に過ぎないと考えている人には、No.87はあまり説得力を持たないだろうと考えるからです。( ">大会議室を見ると、橋下弁護士に同調される方達の中には、憲法の精神にあまり重きを置いていない人がいらっしゃるようですから。)

でも、昼寝さんには、ある程度ご理解頂けるものと思い書きました。昼寝さんが懲戒請求呼びかけに反対されていらっしゃったのは承知していましたので。(「昼寝さんは、橋下弁護士は刑事弁護のあり方に一石を投じたと考え、その姿勢については評価できると考えていらっしゃるのだろう」という誤解はしていましたが。)

以上追記でした。
まとまり悪い文章になってすみません。ではでは・・・。

No.97 mastacos さん

>というのが一般的だと他の人は感じてるんですかね?
私は全くそんな風には思っていません。
一般的なの?主流なの?

私はそう感じている。そうでは無いと感じる方はもちろん
発言される、されないに関わらずいらっしゃる。

それだけのことだと思いますが。

No.101 おいちゃん さん

>私自身はどうでも良い一文なので、これ以上の議論はなしで結構です。

これはいったいどういうことでしょう?
あなたは、こう言いましたよね?

>>昼寝さん
実になんと言うか…
あなた、自分でこう言いましたよね?

>『この様な反論が』まったく論点が読めていない、という指摘なのに

どうでも良い一文(私は認めている)に対して、「論点が
読めてない」と理解不能な指摘をしておいて、「私が、なぜ
この一文が一番にかつ、「論点を読めていないと」指摘しなければならないのか?とお伺いし
ている」のに「どうでも良い一文」に帰結ですか?

自分自身で蒸し返した以上、ちゃんと「逃げずに」説明して頂かなくて
は、私への批判に説得力がなくなりますよ。

>どれだけ深刻な議題であろうと、あなたの言っている「回避本能」に当たる心理反応は、「一般的な」心理作用「の一つ」に過ぎません。
それに比べて「排泄」は身体的な生理現象、つまり「遥かに強力な衝動」に当たります。
私はそれを例に挙げ「この様に、あなたの言う反応より遥かに強力な反応まで全て調節しながら人間は生きているんですよ」と申し上げているんです。

専門的という言葉の響きでごまかしているとしか思えま
せんね。「トイレを我慢してでも人間は生きているのだ
から」「自分が被害者になることぐらい想像出来なければ
生きてはいけない。被害回避思考などたんなる気持ちの
問題だ」ということですか?

私は、このような悲惨な刑事裁判の「被告」「被害者遺族」
に「限定」した場合、「自分をその立場に置くことを想像しろ
といわれても難しい」と言っている。
「実際の「被告」や「被害者遺族」の立場に立って発言する
ことも非常に難しい」
だから、私は、軽々しく「自分が被告になった場合」とか、
「自分の家族が殺された場合」などとは発言できない。
少なくとも、「自分が」「そういう発言をした場合」には、真剣に
発言していても、どこか他人事という意識がある。

「野次馬精神」「迎合精神」があるのは、私「昼寝」一人
であるかもしれませんね。


ただし皆さんが、全員がそうだとは思わない。それぞれの立場に
よって考える真剣さは違うと思いますから。

 おいちゃんさんが、社会一般まで広げられてますので、
広げて反論しますと、「トイレに行きたい」という欲求
は、ほぼ全員が持っています。排泄本能は、動物にも
ありますが、知能レベルがあがるほど、その排泄行動に
ルールが伴ってきます。
 ルールでその欲求を抑制している訳です。

 被害回避本能を、単なる思考として心理的なものである
ことには同意も可能ですが、「議論」を行うにあたり、
克服しなければならない課題(もしくはルール)とは思えません。

 ましてや、克服できない人(克服しなくても良い)は
病的疾患のある人だけなど「暴論」としか思えない。


No.78 おいちゃん さんへ

すいません。遅レスになります。送るタイミングを見失っていました。昨日の原文のままなので、やや、容赦なしです。

あの文(「想像すること」)は、それまでの(何回かの)やりとり全体の流れがあるので、例として出すのは、少しまずい文だった、と思います。

しかし、昼寝 さんが引用した、私の文の

「ましてや、「加害者や被害者が――」は論理と感情をこえた所にあり、想像することさえ、まったくできません。」の所は、

「加害者や被害者が両方とも身内であれば」の所であり、この場合、殺した方が悪であり、殺された方が善と一概にいえなくなる可能性があり、他の身内にもそうなった「責任」がある時は、誰が本当に悪いのか、全くわからなくなる可能性があるという意味で、「論理と感情をこえた所にあり、想像することさえ、まったくできません。」と、いっています。

また、自分が加害者遺族の方のとき、「想像すること」は、「しにくく」なるといっているだけで、「まったくできません」とは、言っていません。

結局、自分で勝手に「解釈」して、誰かが「反応」するのを待っている、”蟻地獄のような文”
と、勝手に「解釈」します。

これまでも、ある弁護士が、「愚民論」を言っていると勝手な解釈で、いって、”蟻地獄”にひきこみ、別のところでは、これも、ある弁護士の文を(この時は)勝手に解釈ではなく、「邪推」で”蟻地獄”を作り、多くの人を巻き込むのに、”成功”しました。
自分の「意見」は、持たないが”参加”(蟻地獄作り)はしたいだけ、かもしれません。
今も、その状態?

>No.96 ぐら虫 さん

反論を用意しているときに、おいちゃんさんへのレスを読み
ましたので、内容を変更です。

ようは、「昼寝分析論」をぶっているだけですが、

 しかし、ご安心ください。
このような醜い文章をお書きになられても、数名の方から
「賛同」のコメントが寄せられることは間違いありません。
 
 これが、あなたのいう「顧客満足度の高い」文章である
なら。

 今回は、ちょっと頑張って書きましたね(笑

追記

横からになってしまいますが、一応、反論をしときます。

no.96に関しては、まったく自分自身には当てはめないで、
「昼寝批判のために準備した論理」ということがわかり
ましたので、スルーにします。

>これまでも、ある弁護士が、「愚民論」を言っていると勝手な解釈で、いって、”蟻地獄”にひきこみ

 自ら「愚民論」を言っているとおっしゃっていますが。。
私は、その愚民論の使い方がおかしい。と指摘している。
この方は、間違いはすぐに認められるので、別に今ごろ
「蟻地獄」なんて蒸し返す方がいる方が不思議ですね。
(このブログ外の議論含む)

>別のところでは、これも、ある弁護士の文を(この時は)勝手に解釈ではなく、「邪推」で”

 わざわざ「邪推されても仕方ないですよ」と述べてから、
それはおかしいでしょ?どうなんですか?とお伺いして
いる。

 なぜ、邪推されたかに対しても、多くの弁護士さんが、
論理的に私の指摘に回答(批判ではない)して頂きましたので、私は議論を打ち切っていますよ。
 その後、広がりをみせたのは、他の方の疑問からです。

ちなみに、両方の「蟻地獄」?ですが、私は孤軍奮闘して
いた訳でもなく、罵りあいも起きていませんが?

 結局、ぐら虫さんは何を理由に、私を批判しているのですか?
「あなた」という観点からの「顧客満足度」ですか?
「ブログ主」さんの観点からの「代弁」ですか?

 ぐら虫さん。どうなんでしょうね?「皆が」ではなく、
「あなたは」とお伺いしています。

No.110 昼寝 さんへ

またまた、蟻地獄のような文を書いて。
もう、「反応」する人は、いないでしょう。
私は今日は、これだけ。明日は?「うーん」です。
「ショボーン(^&^)/」としないでください。

今は、「昼寝分析論」ではなく、「昼寝蟻地獄論」を書くために、不覚にも捕まった人にインタビューを考えています。


>No.68 じじい さんへ

「閉店ガラガラ」 ますだおかだ(C)

>No.107 昼寝 さん
あなたは、私の批判の内容がまったく分かっていないんですね。

私はその「『一文』の内容に対して」反論したのではありません
自分で書いた「無用な」一文に対して、相手から「ズレている」と指摘があったにも関わらず、「無用だったと謝るでもなく、指摘を受け入れるでもなく、さも相手が間違えているかの様に反論する、あなたの態度」を批判しているだけです。
にも関わらず、あなたはまた「その『一文』の内容の正当性」などを述べようとするから、「私にはその文章自体はどうでも良い、あなたが無用だと認めるのならこれ以上の議論はない、ただあのモトケン先生への返答はいかがなものか、と指摘しただけです」と申し上げているんですが。

また、「その文章を指して論点が読めていないと指摘された」ことがいたくご不満の様ですが、そんなことを事細かに説明されなければ理解出来ないことを恥じなさい。

あなたはNo.78の私のコメントに対して、
「仕事の上では、最悪の事態を想定し、万が一に備えることはある」
「生活の上では、保険などの例はある」
「しかし、回避本能に触れるような想像を毎日していては真っ当な生活は出来ない」
「私の言うことはただの一般論に過ぎない」

という反論を最初に述べ、然る後に今回のケースに話題を移し、「上記の様な理由からその様な想像をせよと無理な努力はさせられない」という文章構成で書いたんですよ。

だから、

こういう反論の仕方をするからまともな議論にならないのです。
と指摘されるのが当然です。

自分の文章がどういう構成になっているか、自分で分かってないんですか?

自分が被害者になることぐらい想像出来なければ?生きてはいけない。
誰が「生きてはいけない」などと言いました? 私は「その様な議題を議論する場合には」としっかり述べていますがね。 こういう反論の仕方を(ry

とは言え、それくらい常に想像する努力をする方が「望ましい」ことは確かでしょう。「防犯」の一つの原動力でもありますから。

それから「被害を回避する」ことと、「被害にあった人の心情や立場を想像することを回避する」は全く違います。
勉強が足りな過ぎます。

>No.107 昼寝 さん

「自分をその立場に置くことを想像しろといわれても難しい」
実際の「被告」や「被害者遺族」の立場に立って発言することも非常に難しい
私も「簡単だ」などと言った覚えはありませんし、「絶対正確にその立場になれ」と言った覚えもありません。
「自分が想像しうる範囲のところまでを必死に想像し、且つ想定外の様々な因子がそこにあるということを抽象的に想定する」ことは出来ます。
「なったことのない立場であっても懸命に想像する」という努力を感じない文章の方が、よほど真剣に考えている様には見えない

と申し上げています。
「できる、できない」ではありません。
「やろうとするか、しないか」の問題です。

少なくとも、「自分が」「そういう発言をした場合」には、真剣に発言していても、どこか他人事という意識がある。
そうですか。私は逆だと思いますので。
「議論」を行うにあたり、克服しなければならない課題(もしくはルール)とは思えません。
そうですか。それは完全に見解の平行線ということでこれ以上の議論は無駄ですね。 議論の対象となっている人たちが、現在どの様な立場で、どの様に苦しんでいるかを全く想像しなくて良い議論…さぞかし「客観的な」机上の空論ばかりが行き交うことでしょう。
ましてや、克服できない人(克服しなくても良い)は病的疾患のある人だけなど「暴論」としか思えない。
努力をした上で克服できないのは仕方ない、と何度も申し上げています。

お、シートベルトの話ですか。

後席の義務化は、乗員が事故時に車外放出されると非常に高い確率で致命的な受傷に至ることから導入することになったようです。
車外放出されると危険なのは一般道でも同じことなんですがねえ。

No.74 人として(某会議室とは別人) さんの経験なさったケースでベルトが千切れていたと言うのは、正しく装着されていなかった(または、正しく着座していなかった)からじゃないかなあ。
たわませていたり、椅子に浅く腰掛けていると本来の機能が発揮できませんし、たわんだベルトがピンと張ったときに、余計な衝撃が発生しますから・・・。

あと、私は4点式とか6点式フル・ハーネスのELRではない拘束具同然のシートベルトがあれば、ハンドル側のエアバッグは原則不要(側面は別)だと思ってます。
要は、椅子から浮いて人体が動くのがいけないので、車体にガッチリ固定されたシートに括りつけてしまえばいいわけです。

いま4点式がNGなのは、ベルトの基点を車体側に設ける際、後部の乗客スペースを潰さなくてはならず(メーカー純正ではない後付品しかないので、そういう取り付け方しかできない)、そうすると車検証記載の乗車定員も変更しないといけないからだったと記憶してます。
メーカーがELR3点式にしているのは、フルハーネスの拘束具型ベルトだとドライバーの動きの自由度を害するからです。

でも、法規で着用を義務付けるのもいいですが、正しい使い方っちゅーもんも広報しないとアカンのちゃうかなーって思います。

No.111 ぐら虫 さん

>今は、「昼寝分析論」ではなく、「昼寝蟻地獄論」を書くために、不覚にも捕まった人にインタビューを考えています。

 これは、私も興味があります。ぜひお願いします。
インタビューされる方も困るでしょうが、ぜひ匿名でも
良いのでたくさん集めてください。

と、一応、煽りますが、

 なを、いくら「小会議室」とはいえ、ぐら虫さんの
コメントはこのブログには適さないと思っています。
 状況によっては、別の掲示板に誘導させて頂きます。

 こういう輩には、慣れていますので主戦場にて引き続き
お相手つかまつります。

わたしも今日はこれまで。では、また。

>No.112 おいちゃん さん

>、「無用だったと謝るでもなく、指摘を受け入れるでもなく、さも相手が間違えているかの様に反論する、あなたの態度」を批判しているだけです。

「態度」だけを批判しているのですか?
では、論点は「私の態度」ということでしょうか?

 そんな論点だったのですか。

> また、「その文章を指して論点が読めていないと指摘された」ことがいたくご不満の様ですが、そんなことを事細かに説明されなければ理解出来ないことを恥じなさい。

 ようは、簡単にいうと、「態度が悪い」との指摘以外に
も何かあるように「はぐらかされ」ても理解できません。
ちゃんと説明してください。指摘したのはあなたですから。
 
 「態度が悪い」だけなら、そう明言して頂かないと。

 

No.113 おいちゃん さん

 まあ、そうですね。

 少なくとも、私の発言には「他人事」という意識があり
ますから、おいちゃんさんの発言より重みは少ないと思い
ます。
 但し「是非」は別ですが、おいちゃんさんの方が「是」
である可能性も強くなりますね。

 その意味では、私も「野次馬精神」でのコメントが多い
ですから、このブログでの発言者としてはどうかなという
思いもあって、「意識的に投下した発言」に対する反応から、
もう別のエントリに書く資格はないなとここで退場準備中です。

 誰にも相手にされなくなってヒッソリとと思っていたの
ですが。。。。。

>No.116 昼寝 さん

そんな論点だったのですか。
反論自体のズレにももちろん言及はしていますが、それ以上に私が
「無用な一文である」と認めているなら、モトケン先生の指摘に対して「無用でした、すみません」で答えれば良かっただけ
それを「お前が文脈嫁」という言葉で返している
「口では無用と言いながら、自分が出したその文章を正当化している」様に見えた
とはっきり非難しているのに、分からなかったんですね。残念です。
まあ、態度というのも多少の語弊はありますがね。正確に言えば「やり方」なんでしょうが。

ちゃんと説明してください。
「態度が悪い」だけなら、そう明言して
「その様な反論の仕方は態度が悪い上に、間違っている」 はい、明言しました。また、あなたの反論自体のズレに関しても、No.112の
あなたはNo.78の私のコメントに対して、
以降で、全部説明してあげていますが、不十分なのでしょうか?

■人として(某会議室とは別人)さん


となると、眼鏡の危険性の話は振り出しに戻ってしまいました。(笑
やはり私としてはヘルメット推奨ですが、いかがでしょう?

そうでしたそうでした(゜д゜;)
買い物に行って、何を買うか忘れていた状態になってました。

ヘルメットの装着率は低くなりそうですが、どうでしょう。
法制化してしまえば、そんな事も言っていられませんね。

モーター・レースではヘルメット着用になっていますから、安全性から考えると妙案かも知れません。ただ髪形が…。


■惰眠さん


車外放出されると危険なのは一般道でも同じことなんですがねえ。

そうなんですよねえ。高速道路より一般道の方が事故の確率が高そうなんですが。


正しく装着されていなかった(または、正しく着座していなかった)からじゃないかなあ。

おお、確かに。一番考えられる理由かも知れません。


あと、私は4点式とか6点式フル・ハーネスのELRではない拘束具同然のシートベルトがあれば、ハンドル側のエアバッグは原則不要(側面は別)だと思ってます。

ぼくに分からない単語が出たので、資料用メモとして、貼り付けておきます。

【フルハーネスシートベルト】…一般の車に装備されているシートベルトは2点式または3点式シートベルト。レーシングカーなどに採用されているシートベルトは、4点式・5点式・6点式のシートベルトがある。これらを総称してフルハーネスシートベルトと呼ぶ。これらは支持点が4〜6箇所あるシートベルトで、拘束能力は極めて優れている。

【ELR】…エマージェンシー・ロッキング・リトラクター。衝突時や急制動時に、巻取り装置を自動的にロックさせる衝撃感知装置の付いたシートベルトで、通常は自由にベルトを引き出すことが出来る。


要は、椅子から浮いて人体が動くのがいけないので、車体にガッチリ固定されたシートに括りつけてしまえばいいわけです。

なるほど、一体化させる訳ですね。運転の場合の自由度はどうなんでしょうね。


でも、法規で着用を義務付けるのもいいですが、正しい使い方っちゅーもんも広報しないとアカンのちゃうかなーって思います。

そうそう。全く同感です。これを一般的に普及させていただきたいですね。

>No.119 禅 さん

運転の場合の自由度はどうなんでしょうね。

運転に必要な動作に限って言えば、運転席に正しい着座姿勢で搭乗した状態で基本的に全てこなせるよう自動車は設計されている筈なので、原則的に問題はないはずです。
ただ、合流のときに体を捻って斜め後ろを見ようとするときや、まったく見通しのきかない路地から鼻先を出すときに身を乗り出すような場面では困ったことになりますね。

あと、運転以外のナニガシかを車内でいたそうという場面とかで。

>No.118 おいちゃん さん

 no.86で終わっている問題(無駄な一文と明確に認めた)を、わざわざno.96で「蒸し返した」のは
おいちゃんさんなんだけど、

 私は、「無用な一文でした」と言った時点で「ごめんなさい」という意味も含んでいましたが、「蒸し返され」た
ことに気を悪くし、また無駄な議論をやってしまいました。

 「態度=表現法」が悪いとの明確な指摘を頂きましたの
で、私もそう思っていますから、これまでです。
 
 被害回避思考は、別途回答させて頂いた通りです。

 毎度、毎度、おいちゃんさんには、ごお手数をおかけしますね。

>昼寝さん
所詮、全ての人間が全く同じ価値観になることはありません。
すれ違っても、相容れなくても、
論点が明確で、且つきっちり分けて話が出来、互いの話の落としどころがわかる人との話は(途中エキサイトしても)無駄でもないし手数でもありませんw


>惰眠様
>合流のときに体を捻って斜め後ろを見ようとするときや、まったく見通しのきかない路地から鼻先を出すときに身を乗り出すような場面では困ったことになりますね。

視界の問題でしたら、最近は後方確認カメラ装備していることも多いので左右の死角もカメラで補助できれば問題解決しそうです。

>運転以外のナニガシかを車内でいたそうという場面とかで。

いかがわしい妄想が頭をよぎりました。
下品ですみません(^^;

No.123 人として(某会議室とは別人) さん

私はあまり電気仕掛けは好きじゃないんですが、まぁそれも解決策ではありますね。
ちなみに、いかがわしい振る舞いの障害になるのはシートベルトよりもシートの形状そのもののほうではないかと(笑)

■人として(某会議室とは別人)さん

視界の問題でしたら、最近は後方確認カメラ装備していることも多いので左右の死角もカメラで補助できれば問題解決しそうです。

こうなると運転というより、操縦っぽいですね。メガネの損傷も気にする必要がなさそうです。


■惰眠さん

ちなみに、いかがわしい振る舞いの障害になるのはシートベルトよりもシートの形状そのもののほうではないかと(笑)

ホンダのフィットは、フルフラットになるそうではないですか(≧∇≦)

一般にはほとんど報じられていないようですが、刑事司法と医療というここのブログのテーマに深く関わる案件なので、ここにリンクを載せておきます。


日本の監獄事情 : 徳島刑務所医務課長の受刑者虐待を『週刊現代』がスクープ


「本日発売の『週刊現代』11月17日号に徳島刑務所医務課長・松岡裕人医師の受刑者虐待を暴く記事が掲載された。これは筆者の西岡研介氏(「テロリストに乗っ取られたJR東日本」の筆者)が入手した、徳島刑務所の80人の被害受刑者の実名入りの告発書を基に、独自の取材を行ったものである。」


だそうです。

追記。

「一般にはほとんど報じられていないようですが」、と思ったら、ヤメ記者弁護士さんのブログで取り上げていましたね。


徳島刑務所で大弾圧が起きているのではないか?〜CPRからの連絡に回答なしとの情報あり


日本の刑務所で大規模暴動など、従来極めて希だっただけに、日本の行刑のあり方が根本的に問われる状況になっているのかもしれません。

No.115 昼寝 さんへ

「小会議室」を読み返しました。

私としては、No.107 昼寝 さんのコメント「「野次馬精神」「迎合精神」があるのは、私「昼寝」一人であるかもしれませんね。」の文をもって、この件での、私と昼寝さんとのやりとりを終了させたいと思います。どうでしょうか。
読み返しても、書き方として”まずい”所が多くあり、失礼な文になっているのは、反省です。不快な気持ちになるのは、当然かな、と思います。すいませんでした。

何度もいいますが、昼寝さんの何かしらの「批判精神」は好きな方です。まだ、いまでも変わりません。しかし、もっと「批判の論理」を磨かなければ、「説得力」がましません。批判や反論に正面からもっと答える必要があると思います。まず、批判をするその前にもっと「自己批判」です。
(半分は自分(ぐら虫)に言っています)

何かしらのやりとりにムダなものはないと、考えているので、相手をしてくれたのは、ありがたく思います。相手にされないとなにも始まりません。では、また。

>No.128 ぐら虫 さん

こちらこそ、いろいろ申しわけない。
バーチャルな世界ですが、気を遣われると反抗したくなる
性格なので、よく人を怒らせます(苦笑

あと、自己批判については、「口に出す」必要はないと
思いますが、常に念頭に置くことには異論はありません。
鍛錬します。

では、また、別の話題で、但し「昼寝蟻地獄論」は勘弁
願いたい。
かなり、古い「商品」ですし、賞味期限切れです(笑

横レス失礼します。
 シートベルトですが、自動車販売の営業だったので一言。

No.114 惰眠 さん
>4点式とか6点式フル・ハーネスのELRではない拘束具同然のシートベルトがあれば、ハンドル側のエアバッグは原則不要(側面は別)だと思ってます。

こちらはあまりおすすめ出来ないとメーカーの方から聞いた覚えがあります。確かに拘束力という点では優れているが、衝突時の胸部・頚部にかかる衝撃という点でからすると採用できないとのことでした。(うる覚えです)
 
>正しい使い方っちゅーもんも広報しないとアカンのちゃうかなーって思います。

につきましては大賛成です。一応私は納車時に説明してたんですけど正しい使い方をするには正しい着座位置が必要な訳で・・これってお客様にとって意外と窮屈だったりするんです。


No.114 惰眠 さん
すいません。車外放出時の危険の話でしたね。

禅 さん
人として(某会議室とは別人)さん
めがねに関してはヘルメットしか思いつきません。
ちなみに6点式シートベルト・ヘルメット着用・ヘルメットとシートをつなぐベルト有(ほとんどF1のコクピット同様)であればかなり安全ではありますがどうでしょう(^^;
これだと助手席の安全性もたかいかも(本来の安全性とは別の意味で・・・)

>No.130 パパは寝不足 さん

情報ありがとうございます。

でも、公道を走る一般車両より高い速度で事故る恐れがあるレース車両は、フルハーネスを義務付けてるんですよね・・・。
肩まで椅子に固定してあると、乗員の動きが腰を支点にした動きじゃなく首を支点にした動きになるから、頚椎にかかる負担が増大するという説明は納得なんですが・・・。

運転姿勢は本当に重要なんですけどねー。
やや乱暴なことを言うと、着座程度のこともきちんとできないような輩が、いっちょ前に車の運転なんかするな!なんて思わないこともないです。
私は腰痛持ちだということもあって、いわゆる「正しい運転姿勢」でないと却って体に堪えます(笑)。

No.130 パパは寝不足 さん
No.132 惰眠 さん

運転姿勢についてですが、私は運転姿勢が悪くなる諸悪の根源(いいすぎか^^;)はオートマにあると思っています。

マニュアル車であれば両足ともペダルを踏めないといけないし左手もシフト操作をしないといけないので必然的にある程度正しい運転姿勢になりますが、オートマですと左足が自由になりますから斜めに座ったり左手も自由だから助手席に手を伸ばしてごにょごにょしたり・・・なんてことをしてしまうわけです。

だからオートマ車の存在がいけないと思っています。(単に自分がアクセルとブレーキ踏み間違えてぶつけたトラウマが残ってるだけという噂もありますが^^;)

パパは寝不足さん、私も元自動車販売営業です^^元同業者がいてちょっとうれしいです。

No.132 惰眠 さん
>公道を走る一般車両より高い速度で事故る恐れがあるレース車両は、フルハーネスを義務付けてるんですよね・・・。

そうなんですよね。私もそこは何で?と質問したのですが軽くスルーされました^^;(メーカーとっては都合がわるかったのかな)
現在はF1レースのTV中継をみていますとヘルメットとシート(別の部分だったかも)をつないでヘルメットを前・左右に大きく動かないようにしていた気がします。
私の記憶の話ばかりですいません。
腰痛持ちでしたか。実は私もなのでお気持ちよく分かります。いわゆる「正しい運転姿勢」。これ大事です。もちろん腰痛持ちでなくても。でないとブレーキの性能もフルに発揮できない場合もありますし。(ABSが利くまでブレーキをすばやく踏み込む事が出来ない)

No.133 Lega さん
あら。元同業者ですか。私もうれしく思います。
確かにMT車とAT車では姿勢にかなり違いはありますからね。でも今現在、新車でMTの普通車ってかなり少ないですからね。私はMT好きですよ。自分で操ってるって感じがなんとも・・

■パパは寝不足さん


めがねに関してはヘルメットしか思いつきません。

やはり、安全性を考えると、人として(某会議室とは別人)さんのヘルメット案が良さそうですねえ。
でも、実行段階になった時、定着率が心配ですねえ。

■Legaさん

私は運転姿勢が悪くなる諸悪の根源(いいすぎか^^;)はオートマにあると思っています。

いやあ、同感ですねえ。余談ですが、ぼくは姿勢より運動能力の低下を懸念して、オートマでも市街地走行なら左足でブレーキを踏むようにしています。

大した影響はないでしょうから、おまじないみたいなものですが。

昨日、知り合いから聞いた話です。

この知り合いというのは、内科4年目の医師です。
この医師の患者さんの話なんですが、ペースメーカーをつけており、呼吸は人工呼吸器……。反射はすべて「なし」(脳神経・四肢ともに)。

死亡判定をつけるのにどうしたらよいか、悩んだ、と話していました。

ぼくの都合で、これ以上お話を聞いていないのですが、「あり得る話だなあ」と思いました。

実際は、どうするんでしょうね。どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、お教え下さい。

>No.129 昼寝 さんへ

わかりました。「○○論」は、もう言いません。
もともと、No.68 じじいさんに答えるのがメインの文なんであまり考えずに反射的に書いてしまいました。すいませんでした。


「大会議室」へのひとりごと

検索を使って、過去ログ読んでいますが、一年半程、前の”ある人”は”善意の人”でした。
「大会議室」で鍛えられて、あんな風になった?読み間違いで、若干の勘違いをしていました。
「これほど加害者に優しく、被害者に鞭を打つ日本」「加害者にこれほどの権利を与えるのは日本国憲法違反」この辺が「論理」へのキーワードでは、ないでしょうか。
「大会議室」に、住んでいるような人なんで、”防衛”のために頑張っている感覚なんでしょう。

もう一人は、他のスレッドで、「あなたの論理はすべて崩壊」とか言っていたり、「すべてを疑う」「唯我独尊」なんていっているので、まぁ、どうしょうもないです。

眼鏡の問題に関しては、私は眼鏡レンズの材質などの方面かアプローチするほうが、実現性も高く合理的だろうと思います。
シートベルト程度ですら使用を厭う人たちが少なくないんですから、メットに至っては・・・(笑)。

 最近、というかネットでしか見ていないのでどれ位の
騒がれ様なのか実感はありませんが、例の香川の行方不明
事件について、(今枝先生のブログに取り上げられていまし
た)ちょっと考えて見ました。

 今枝先生は、行方不明のお子さんの父親に、はやく弁護士
さんがつくべきと申されております。
 これは、このお父さんの「人権が侵害される」という見地
からのご発言かと拝察しました。
 しかも、「弁護士会が派遣」とありましたので、この様な
活動が冤罪防止に繋がるのだなあと、私としてはめずらしく
 弁護士さんの活動に敬意を表したくなりました。

 しかし、すでに劇場型の匂いプンプンですから、下手に
マスコミに出たがる弁護士さんが派遣されると、事件の
真相が明らかになるにつれ、またまた弁護士批判が起きる
可能性もあるかと思いますので、派遣する弁護士さんの
タイプ?も弁護士会は吟味されたほうが良いかと思います。

 他人事のような書き方がが直りませんが、ご容赦を。


 

向こうはもう、話題が変わりましたので、続きをこちらに。

芸能人のオフィシャルブログは最近のネット社会やブロガー
の急速な増加の時代においては、大変重要なプロモーション
の一環であり、そのタレント(商品)のイメージ形成にも
かかせません。
つまり、実名ではなく、芸名というある種の匿名であり、バーチャル
性も加味して読まなければなりません。

その意味で、オフィシャルブログの「管理」は「商品品質
管理」「商品付加価値」の管理でもあるわけで、今回は
所属事務所の管理責任も大きいという意味で、彼女には
同情いたします。

〔飛び込み出産の現状〕より

じじいさんのようなご指摘は当然あるだろうと思っていましたし、以前モトケン先生御自身も政治の話はきな臭くなる旨のことも仰っておりましたので、NO21の私の書き込みは相当の勇気を要しました。

>国の「防衛」がどうなろうが、どーでもいいということでしょうか。
私は、両者はA・Bのいずれかを選ぶものではなく、全く別の問題として考えるべきかと思うんですけどね。

まず、「防衛」がどーでもいいとは思っておりません。あまり詳しく自身の自衛隊に対する主張をここでは指し控えますが、NO23机さん、NO24でもさん、と同じような感覚も私も感じていたことは確かです。
国の財政、予算というものを大雑把に眺めて見たとき、これはあくまで私の主観ですが、福祉(特に子育てを含む、医療やさまざまな施設等)と教育にもっと予算を掛けていただきたい、すべての予算を十分議論・精査し、その上で福祉・教育をより充実させる為に、消費税等を含めた増税が必要不可欠であれば、私はそれを享受することもやぶさかではありません。
今はかなり核家族が当たり前のような時代となってしまい、妊婦の方もまた産後以降の子育てに入った奥様方も、そういった中であらゆる負担を強いられ、プレッシャーが更に増大して行き、相当のストレスも溜まっていると思います。(昔は大家族で、そういうストレスが上手く分散化できた部分もあると思います)
他のエントリでもありましたが、国の援助を増やすことを闇雲に行っていても、「甘やかし」を助長することにも繋がりかねないという懸念もあるでしょうが、現状の中では福祉・教育に対してはまだまだやりようがある、ような気がしてならないのですが、甘ったれでしょうか。
あっ当然、子を授かった親として父親である私も仕事以外の時は積極的に子育てや家事をやっているつもりですが(?)・・・。

>No.141 昼寝 さん

 こういう意見は本来のエントリで書いていただきたいと思います。

 まっとうで傾聴に値する意見です。

>No.142 O さん

軍事予算(わが国で言えば「防衛予算」)というのは、いわば家計における掛け捨て保険への支出みたいなものだということができると思います。

『まさか』に備えての支出だけども、果たしてその『まさか』が来るのかこないのか、来ちゃったときに足りるのか足りないのかは、平時のいまは分からない。でも、備えをしないわけにもいかない。
一方で、家計の総額には上限があるわけだから、野放図に高額の保険をかけるのも無理。
と言うか、女房が出産するとか子供が進学するとか、家族の誰かが病気になったとかで物入りがあるなら、場合によっては掛け捨ての保険は解約してでも原資をひねり出さないわけには行かないこともあるわけで、要は優先順位とバランスの問題になるわけですね。

尤もこの「掛け捨て保険」は、年度ごとの使いきりが基本の国家予算には珍しく、後年度負担分と言う月賦販売の支払もあるので、おいそれと「解約」するわけにもいかんのですが。

ところどころのエントリに登場する「ワイドショーの姿勢」
について書きます。

古くは、ロス疑惑、トリカブト、フィリピンパブ経営者保険
金殺人疑惑、オウム、ワイドショーに取り上げられた事件は
枚挙に暇がありません。
それらの結末からすると、
私は思うのですが、ワイドショーの製作スタッフはかなり
入念な調査を行っているなという印象があります。
少なくとも、我々よりかは「この人が犯人だ」という強い
確証があると思われます。

また、それぞれ疑惑を向けられた人を、一般報道番組で
インタビューした場合には、インタビューアーは努めて
疑惑を否定させ、有る意味、疑いはないのかも?という
姿勢で放送します。
万が一の場合の「言い訳」作りのように思えます。


そして、いつの間にか「結果」がやはりワイドショーと
同じであれば、一般的な世論は何もなかったようにワイド
ショーの批判はせず、被疑者に対する怒りのみになる。
ワイドショー制作スタッフも「結果」が出たあとには、
「批判にさらされることは無い」という前提があるのだろう。

弁護士さんが、「人権擁護の観点から」ワイドショーを
批判するのは先にも書きましたが全く持って筋が通って
います。

結局、
我々みたいな単なる視聴者は、どんな気持ちを持って誰に
「意見」「批判の目」を向けた意見を言えば良いのでしょう?
おいちゃんさんには努力が足りん!と怒られそうですが、
今回も、疑惑の目を向けられたお父さんの気持ちや立場
を想像出来ません。
私も、実は。。と感じているせいかもしれません。

No.144 惰眠さん
「駄々っ子O」へわざわざお手を煩わせてしまい恐縮です。

>後年度負担分と言う月賦販売の支払もあるので、おいそれと「解約」するわけにもいかんのですが。

こんな予算の組み方もあるということもまったく知らない者でした。中途半端に社会問題に関心があっても、いろいろな諸問題に対し極めて知識・勉強不足が身にしみて、お恥ずかしい限りです。しかし、最近の某氏の問題を鑑みると、防衛省大丈夫?しっかりやってくてるかなという思いに駆られたりもします。(証人喚問での部下に対する涙は信じたいですが)
ただ、「解約」という極端なところまでは、考えたことはございませんし、いろんな意味で諸外国(特にアメリカ)との外交上の問題にも密接に係わってくることでしょうら・・・う〜ん・・・いろいろ安直にはいかないもんだとは思っております。
突き詰めれば、良き政治家を国会に送りだすということを真剣に考え、未来を託して行くしかありませんね。
一丁前に失礼致しました。

モトケン先生

お手数をおかけしました。

O様
>まず、「防衛」がどーでもいいとは思っておりません。

了解いたしました。お手数をおかけしすみませんでした。

>まず、「防衛」がどーでもいいとは思っておりません。あまり詳しく自身の自衛隊に対する主張をここでは指し控えますが、NO23机さん、NO24でもさん、と同じような感覚も私も感じていたことは確かです。

私は、福祉の代わりに防衛費を確保せよとは全く考えておりません。要は、ある施策の予算確保のため、全く異なる施策を何ら精査することなく、金がないならあっちを削ればいいじゃん的な発想で議論するのがどうなのかと思うのです。(特に自衛隊出身なので「防衛費」にひっかかったのもあるんですが。)

福祉だって無条件で拡げていくことが必要か議論することも重要だと思います。乳幼児医療費助成も育児支援になる一方、困ったらとりあえず病院、夜中でも、ということで医療を疲弊させる一因にもなります。老人医療制度も、病院の集会所化や医療の無駄遣いの原因にもなっています。

出産費用の軽減も飛び込み出産を減らす可能性もありますが、実際には子育ては出産後の方が費用的にも労力的にも圧倒的に大変であり、検診料程度で出産を躊躇する、また検診料が惜しくて胎児を危険に晒すような人間に子育てができるか、不幸な子どもを増やすのではないかという疑念もあります。

そうした全てのメリット、デメリットを精査して施策は考えていくものだと思います。その過程で施策のスクラップ&ビルドや財源は考慮する必要があり、Aを削ってBと言う安易なものではありません。(必要に応じて総枠で削ることも結構あったりしますが)

福祉も補助金などをはじめムダのない分野ではありません(むしろムダは多い)ので、無条件で福祉を増やす前にそうした精査をして不要なものは削ると言う作業も必要です。

当然、そうしたことは政治家(どこかの○○主義を標榜されているとこは別にして)や役人が考えるものですが、できれば頭の片隅にでも置いていただければと思います。

で、皆さんご指摘の防衛関係費も、10年ほど前から微増、微減を繰り返し水準的には少し減っている状態です。(H9:4.94兆円、H19:4.80兆円 米軍対策等も含む)先進国の中では、かなり低いレベルかと思います。ちなみに社会保障関係費はH9:14.57兆円、H19:21.14兆円です。その他に自治体負担分もあります。高齢化の影響も在りますが、特に社会保障費が減らされ、国民の暮らしが酷くなっているとは思えないのですが。

連投すみません。

でも様

>今の防衛政策は防衛産業を維持すること、防衛症を存在させることが目的であり、国土の防衛をするということからは大きくかけ離れている。
>防衛費こそ、有効に使えていない最大の資金としか思えない。防衛を否定するわけではない、しかし、目的がずれてるとしか思えない。


防衛産業の維持っつーても、国内の防衛産業を育成することは国策としては当然ある選択だと思います。自分とこの防衛の最高機密を他国が握っており、それを自由にコントロールされてしまうのは、国防には決して良い状態ではありません。手の内を全部知られている上、その国がNOといえば、供給されなくなるわけですから。現に、ステルス技術は、日本のスパイ対策や情報管理の甘さから、米側が供給を止めています。また、戦争状態になると、メンテナンスに来てくれなくなったり、どの国も自国分の供給が優先されるので、輸入しようにも後回しにされ、弾薬切れで降参なんて可能性も大いにあります。緊急時には膨大な額を吹っかけられる恐れもあります。

ちなみに国産品が高価な理由の一つに、日本では兵器の海外輸出が事実上できないこともあります。共同開発はアメリカとしかできませんし、輸出は、共産圏は不可能ですし、それ以外も国が事実上認めません。市場が自衛隊相手だけですので、非常に狭く、少量であり、開発コストも考えると価格は必然的に高くならざるを得ません。普通でいえば成り立たない商売ですから。他国の企業は海外輸出が可能な分、国内企業より遥かに優位に立っています。

重要部品を輸入に頼ったり(各国とも兵器産業の技術移転には慎重である。当然ですが。)、国産品は高価だったりしますが、重要部品の開発も技術力がなければ無理ですし、防衛産業は一日にしてならずですので、国防のためには、国内の防衛産業の育成は決してムダではないと思います。そこに賄賂などが絡めば論外ですが。

他官庁も同様でしょうが、自分たちの利益しか考えない腐った幹部がムダの根源であることは間違いありません。彼らは、最前線に立つ隊員の命を切り売りして、ゴルフの腕前を上げ、私腹を肥やす奸賊です。

ただ、奸賊の私物化で国防施策自体がムダというのは、余りにも偏った極論だと思います。福祉にも数々の不正や癒着はありますが、それと福祉施策の要否が別のように。

ちなみに、自衛隊(軍隊)も技能第一の職場ですので、一度潰してしまえば元に戻すには何十年もかかります。徴兵制も多くの優秀な職業軍人がいてこそ可能になります。危機発生時に慌ててつくろうとしても、敵に瞬殺されるだけの烏合の衆にしかなりません。米軍に頼ればいいと言う意見もあるかもしれませんが、攻められた国自身が守ろうとしないのに、誰が命を張ってその国を守りますか?

でも様が国防をどれだけ勉強され、防衛省や自衛隊についてどれだけ深遠な知識をお持ちなのかは分りません。もしかしたら私などより遥かに詳しい方で、私が無知なだけなのかもしれません。

しかし、防衛産業についてのご自身の悪イメージや一部防衛省職員の不正をもって、それが国防政策の全てであるかのように語られるのは、一人の元隊員としてかなり不快です。

長文になりすみません。

うう苦しい。。
国防と防衛政策について、コメントしたくてウズウズしてい
ますが、私がいる国はネット検閲が非常に厳しいので、
アク禁になるのが心配で書けない、ショボーン!

 他の掲示板では、
「せんかんやまと」を漢字で書くともうアクセスできなく
なってしまった。

No.147 じじいさん
ご教授、ありがとうございました。

>検診料程度で出産を躊躇する、また検診料が惜しくて胎児を危険に晒すような人間に子育てができるか、不幸な子どもを増やすのではないかという疑念もあります。

確かに、そう思います。予算の中で何処へお金を掛けたら良いかの優先順位も大切ですね。

>ゴルフの腕前を上げ、私腹を肥やす奸賊です。

どんな世界にも、不心得者はどうしても出て来てしまいますが、「税金」を取り扱っている方々には、より襟を正した気持ちですべての方が職務にあたっていただきたいです。
(そんな方々のほうが圧倒的に多いとは思っています。)

>頭の片隅にでも置いていただければと思います。

了解いたしました。

>No.151 偽昼寝 さん

ドメインもダミーにしていたつもりでしたが、誤って
打ってしまったようです。申し訳ない。

 しかし、なぜ、非公開、ダミー化のアドレスにエラー
メールが送信されるのかわかりません。

 モトケンさん、教えてください。

>No.151 偽昼寝 さん

ドメインもダミーにしていたつもりでしたが、誤って
打ってしまったようです。申し訳ない。

 しかし、なぜ、非公開、ダミー化のアドレスにエラー
メールが送信されるのかわかりません。

 モトケンさん、教えてください。

エラーメール確認の件は本日中に対処します。

防衛省の守屋前事務次官の事件に関連して「身分なき共犯」について。

逮捕された前事務次官夫人は、被疑事実を全面的に否認してるやに伝えられています。
贈収賄被疑事件ですから、職務権限を持たない「妻」を収賄側の当事者とするのは、相当に高い立証のハードルがあるのではないかと思いますが……特捜はこのまま被疑事実を維持して公判請求まで持っていけるんでしょうか?
夫の仕事相手に対し、夫の身分を楯にして「おねだり」するのは非常に下品で唾棄すべき振舞いですが、かと言ってそれを直ちに犯罪とできるのか、私は疑問の余地があると感じます。

「妻宛を装っているが、実質的には前事務次官本人への賄賂」と言う絵図が成り立つなら話は簡単だと思うのですが、どうも本件はそうじゃなさそうですし・・・。

>「妻宛を装っているが、実質的には前事務次官本人への賄賂」と言う絵図

むしろこの件は、

前事務次官と妻を一体としてとらえ、どっちに利益供与しても賄賂になる

という感じで絵図を書くものとおも
そしたら、身分が無くても共同正犯ととらえられます。

前事務次官と妻を一体としてとらえ、どっちに利益供与しても賄賂になる

という感じで絵図を書くものとおも
そしたら、身分が無くても共同正犯ととらえられます。

なるほど。ご教示ありがとうございます。
そうすると、地検特捜部としては守屋夫妻がいわば「一心同体」であったことを立証する必要があるわけですよね?
その場合はいわゆる「内助の功」とか「おしどり夫婦」とか、「夫唱婦随」とか「恐妻家」・・・はちょっと違うけど、一般には仲の良い夫婦としてプラス評価になるファクターが尽く、被疑者夫妻にとっては不利に働くんでしょうね・・・。

No.280 ぐら虫 さんへ

>まず、ゲン さんは、自分の書いている文の矛盾に気がつかなければ。「陰口エントリみたいでいい気持ちがしません」という、誰に対してなにか?どのコメントなのか?もわからない、陰口を書いていることを。ゲン さんが言う「私(ぐら虫)の陰口」と同じ事を書いています。

本当に分からないのですか?誰のコメントだったのかも相手方は分かってコメントまで頂いてますが。ぐら虫さんの「陰口」とは異質だと思ってますが。その人が常駐してる所でコメントを指していても名前を出さない限りは「陰口」と考えるあなたと理解してよろしいですか?

比喩を辞書で引かす意味はなんでしょうか?比喩表現ならばその人のいない所で「ゾンビ」と書いても問題なしって事でよろしいですか?で、それに反応すればする程「ゾンビ」だったと証明した事になるんですか?

意味が分かりません。反論なんかするなよ、ただの比喩じゃないか、そんなに拘るのって自分が「ゾンビ」と証明してるようなもんだよって事ですね。俺はそんな感覚は持ち合わせておりませんので話が交わる事はありえません。


>前のにも書きましたが、質問ではありません。まず、ゲンさんがp氏の文を時系列に並べて読み、おかしいと考えれば(p氏に)質問し、おかしいと考えなければ、そのままでも。

俺の行動はあなたの想像とは違いますし、上記の事を単純には考えていません。質問ではないにしろ「どう考えます?」と言いましたよね。それは俺に大会議室で質問するかスルーするかを意味するのですか?

俺は俺の感覚でそれぞれのコメントを見ています。異議があろうと無かろうとコメントするかは分かりませんので。あなたの思っている行動を取ったとしても、おかしいと考えてる又は考えていないという言葉はそっくり当てはまる事はありません。

以上、納得して黙っておく事ができなかったので此処に書かせて頂きました。

No.157 ゲン さんへ
著作権問題が解決したので、解禁です。

私は、人によりますが、やさしく書いて解って貰おうなんて、思う気持ちはありません。他人の文(昨日書いた自分の文さえ)も批判的に読み、批判できる点を探します。それは、(他人の文の場合)何かしらの同意出来る点を探すためです。批判することでしか、同意できることを、見つけられないと考えます。しかし、それは、「考え方」を批判しているだけです。逆に相手からの批判も同じように歓迎です。それと、知識のないこと、調べて(考えて)いないことは、ほとんど書きません。だから、素人の自覚として、(あまり知らない)法律のことは、ほとんど書いていません。(法律関係のブログなのに)すこし、書き方がきつくなりますが、ご了承ください。

「本当に分からないのですか?誰のコメントだったのかも相手方は分かってコメントまで頂いてますが。」

文の意味が読み取り難く推測して書きますが、私は、まず、「その「陰口」の中に私(ぐら虫)も含まれているんですかね?」と、聞いています。ゲンさんは、私(ぐら虫)に「私(ゲンさん)はゾンビですか?」と聞きましたか?聞いてくれば、違うと説明します。これまでのやりとりの文を読んでください。このやりとり(ゲンさんと私)で、最初に「ゾンビ」と書いたのは、ゲンさんですよ。それも、「”ゾンビ”のような状態」という、比喩(譬喩、ひゆ)の文を勝手にゾンビと曲解してです。
何度も書きますが、「ゾンビ」(本当は「”ゾンビ”のような状態」という、比喩(譬喩、ひゆ)の文)と思わなければ、気にする必要はありません。なぜ、ゲンさんは、(ゲンさんとは)違うと説明している「ゾンビ」にこだわるのですか?

「その人が常駐してる所でコメントを指していても名前を出さない限りは「陰口」と考えるあなたと理解してよろしいですか?」

これも、文の意味が読み取り難く推測して書きますが、「陰口」(文では「」なし)と最初に書いたのは、ゲンさんですよ。私はゲンさんのいう意味で「陰口」と使っています。私の文自体は「「陰口」とは、考えていません。ゲンさんの文を取り上げて批判していますか?そんなに気になるのなら、(p、f、D氏の)変わりに反論すればいいだけです。私は、法は知らな損さんの変わりに(法は知らな損さんの事かどうか解らないにもかかわらず)質問し、反論しましたよ。ゲンさんはどうですか?ついでに、前の質問への返答でもいいです。

「比喩を辞書で引かす意味はなんでしょうか?」

比喩の意味が解らなければ、そうしてもらうしかありません。
前に例まで出しました。「雇われガンマンなのか聖職者なのか」も比喩(譬喩、ひゆ)です。弁護士を「雇われガンマンなのか聖職者なのか」に喩えているわけです。これ以上説明のしようがありません。これに本当の弁護士がオレは「雇われガンマン」と違うと言っても、比喩(譬喩、ひゆ)です、というしかありません。日本語の問題です。

「意味が分かりません。反論なんかするなよ、ただの比喩じゃないか、そんなに拘るのって自分が「ゾンビ」と証明してるようなもんだよって事ですね。俺はそんな感覚は持ち合わせておりませんので話が交わる事はありえません」

また、文意がよく解りませんが、私が、(ゲンさんとは)違うと説明している”比喩の文”に「反論なんか」なんかできません、反論自体も意味をなしません。”比喩の文”には”比喩の文”か、質問くらいです。初めに、「私(ゲンさん)はゾンビですか?」と聞いてくれば良かったのです。自分がそう((ゾンビと)思わなければ、無視するだけです。何度も書いています。
これ以下の文もよく文意がよく解りませんが、「質問するかスルーするか」かは、スキにすればいいと言うことです。何度も書いています。

もう少し、時間をかけて論理的に書いてください。読むのが大変です。一回目の時と同じです。
例をあげれば、この「相手方」「誰のコメント」「その人」て誰なんですか?
次も同じようだと、質問ばかりになりますよ。では、また。

「ひとりごと」
あれから、著作権に関して少し調べましたが、あの文は「」がなかったくらいで、著作権違反ではないと考えます。※の人の勘違いです。      
俗に言う「棚上げ理論」が流行っているんですかね。本は読んだことないですが、「甘えの構造」が転がっています。


No.154−156
妻も起訴するために逮捕勾留したとお思いですか?
私は不起訴になるだろうと思っています。
贈収賄は犯罪白書の統計を見ても起訴率は高くありません(むしろ低い)。

学者は立証が難しいからと分析したりしますが、実務家からみると、贈収賄の場合には周辺関与人物も根こそぎ共犯で逮捕して、その中から真に処罰すべき者を選んで起訴するため、起訴率が低いと分析します。

この妻の場合も、役者を揃えて裏付けを容易にするために身柄を拘束し、同時に元次官への接待贈収賄の金額を大きくするための手法だとも考えられます。

つまり、妻は認めれば認めるほど不起訴の可能性が高くなり、否認すれば否認するほど、起訴の確率が高くなるのではないかと思います。

当たるも八卦、当たらぬも八卦ですが。

最近の大会議室
No.270 m さん

>どういう部分でしょうか。参考にお伺いしたいです。

・弁護士が世間知らずであるという認識
・弁護士会の自浄能力への危惧
・弁護士も積極的に説明すべきという主張
・弁護士による被害者に対する配慮の必要性

等が共感できます。

No.274 ぐら虫 さん

>「橋下煽動問題」での立場と考え

立場
橋下弁護士を積極的に擁護する気はない

考え
消極的に擁護するのは

懲戒請求したのは個々の請求者が、元からあった弁護団への不満を自己の判断で送ったのだろう

なぜなら

橋下弁護士の発言は、懲戒請求するような不満を持っていない者に、請求を惹起させるほどの説得力はなかったと評価する

からと、いくつか共感できる部分(上記)があるからです。

>光市事件での立場と考え

立場
弁護団批判派

考え
・公判ドタキャンは懲戒されるべき。
・それに賛同する弁護士達は批判されるべき。
・その他弁護団の主張に共感できる部分がない。

>「世間」=「私が思う世間」という考え自体をはやめた方がいいと考えます。

まぁ、この部分は論点とは関係ないので、「考えをやめろとは、大きなお世話」といった感がありますが、一応答えておきます。

「考え」ではなく「表現方法」です。

誤解されていたようなので、No.269 で意味を説明したつもりでしたが、ネット上では当たり前だと思っていたので、ちょっと省略してしまいました。もうちょっと詳しく書くならば

いちいち「私が思う世間」と書かなくても、私のコメントにおける表現なんだから「世間」=「私が思う世間」は自明でしょ

ということです。
当然橋下弁護士が、ネット上で単に「世間」と表現しても「=橋下氏が思う世間」というのは自明でしょう。

>その「世間」の中には私は入っていません。

故にこれは当たり前です。

>その「世間」=「橋下氏が思う世間」です。

故にこれは違います。私の言う「世間」=「私が思う世間」であり、「橋下氏が思う世間」とは、必ずしも一致しません。

>相手を批判する時や反論する時に

批判も反論もしていません。大会議室の状況を評価し、弁護士はこのような役割を求められているだろうと主張しているだけです。

>No.160 英王室御用達紅茶 さん

おあげ頂いた4つの点について一般論としては誰もが肯首するのではないでしょうか(1点目は弁護士に限った話ではないでしょうけど)。問題は、その「程度」ですね。

抽象的な質問になってご迷惑をおかけしましたが、英王室御用達紅茶さんは懲戒制度が正常に機能していないとお考えだと分かりましたので、私の用は済みました。

懲戒請求制度を視聴者に「選択させた」点において橋本弁護士には非があると考えます。刑事弁護の正しい理解を促すのが本来弁護士である橋本氏の役割だったろうと考えるからです。

ご回答頂きありがとうございました。

No.160 英王室御用達紅茶 さんへ

回答ありがとうございます。「橋下弁護士の方がマシだと思ってますよ」に反射的に書いてしまったので、文章的に拙かったと、思います。すいません。

「光市事件での立場と考え」

わかりました。この件に関して私は、何かを言う立場にないので、何も言うことはありません。

「橋下煽動問題」での立場と考え

わかりました。何かを書こうと思いましたが、「いくつか共感できる部分」と上も答えも「共感」ということなので、反論するすべがありません。反論しょうとも思いませんが。

その「世間」=「橋下氏が思う世間」と「英王室御用達紅茶さんの思う世間」すごい親和性がありそうです。

その中に誰がいるかもわからない「世間」という「曖昧な概念」は使わない方がいいと、いうことです。「表現方法」ならどうぞです。

「弁護士はこのような役割」だけを問題にするのではなく、「司法制度」、そのものを考える必要があると、素人ながらに思います。

私も英王室御用達紅茶さんへは、質問も反論もしません。これからは、「表現方法」と「共感」を使わせて貰います。どうにでも使えますからね。回答はありがとうございました。

No.158 ぐら虫 さんへ

>私は、人によりますが、やさしく書いて解って貰おうなんて、思う気持ちはありません。

それは一向に構いませんが、今までこれ程理解できないコメントを見た事がないのです。


>「本当に分からないのですか?誰のコメントだったのかも相手方は分かってコメントまで頂いてますが。」

これを推測しなければならないという事は、「相手方」が誰かも分からず、その方が俺にコメントした事も知らなかったという事なんですね。どこまで丁寧に説明すれば良いのか困惑してしまいます。注:「相手方」とはあなたが推測でしか解らなかった法は知らな損さんです。


>の意味が読み取り難く推測して書きますが、私は、まず、「その「陰口」の中に私(ぐら虫)も含まれているんですかね?」と、聞いています。

俺は、その問いに「もちろん入ってます」と書きましたが。

-------------------------------------------------------
>>No.223 法は知らな損 さんへ

さすがに、「大会議室」のそのスレッドでは、難しいというか、むり。
それも、自分勝手な「毒ガロン」ならぬ、「独我論」に対抗する武器はありません。

「○○は自分の矛盾がわかりません。矛盾はないと思っています」はこれに変えて、
「私は”ゾンビ”なのかわかりません。”ゾンビ”ではないと思っています」
もう十分ゾンビです。それは、ゾンビに噛まれたからです。と返すしかありません。
あの泣き言には、逆に笑ってしまいました。
-------------------------------------------------------

あなたの書かれたコメントです。笑ってあげたり遊んでやったりといった会話がこれ以下のコメントへ続きますが。この流れを見て陰口エントリみたいと言いましたよね。

俺に「ゾンビ」と言ったかどうかなんて問題になるのですか?初めにゾンビを持ち出したのはあなたです。あなたと俺との会話で「ゾンビ」を先に出したのが俺だとしてそれが何になるというのです?

曲解はあなたが上記で大会議室での他人のコメントを、面白おかしくゾンビ話にもっていった事なんじゃないですか?実際コメントの最後にご丁寧に笑っておられますから。


>それも、「”ゾンビ”のような状態」という、比喩(譬喩、ひゆ)の文を勝手にゾンビと曲解してです。

公の場でコメントとして残すには例えが悪いんじゃないですかね。比喩を持ち出して言い訳にしてるとしか思えません。ゾンビ=生ける屍です。コメント欄に残すには素晴らしい比喩表現とは言えませんね。侮辱するには最高の比喩表現だと思いますが。良心があるなら例え比喩でも良いものにすればと思いますね。


>何度も書きますが、「ゾンビ」(本当は「”ゾンビ”のような状態」という、比喩(譬喩、ひゆ)の文)と思わなければ、気にする必要はありません。なぜ、ゲンさんは、(ゲンさんとは)違うと説明している「ゾンビ」にこだわるのですか?

俺のことを言ってるとかそんな話じゃないんですけど。あなた達のようなコメントの流れを「陰口エントリみたい」と言ってるんですがね。

第三者だから口出すなって事なんでしょうけど、第三者から見れば「陰口エントリ」に見えましたので。陰口と自分で思わなければあなたも気にする必要はないんじゃないですか。


>これも、文の意味が読み取り難く推測して書きますが、「陰口」(文では「」なし)と最初に書いたのは、ゲンさんですよ。私はゲンさんのいう意味で「陰口」と使っています。私の文自体は「「陰口」とは、考えていません。ゲンさんの文を取り上げて批判していますか?そんなに気になるのなら、(p、f、D氏の)変わりに反論すればいいだけです。私は、法は知らな損さんの変わりに(法は知らな損さんの事かどうか解らないにもかかわらず)質問し、反論しましたよ。

何言ってるのか分かりませんね。あなたは俺のいう意味の「陰口」を理解できていません。俺が用いた「法は知らな損さん」のコメントの一部は、その場に常駐してる「法は知らな損さん」のものですし、俺はその場にコメントしてますので。そのコメントを俺が大会議室にでも書けば「陰口」と言われても納得しますがね。


もうコメントは結構です。あなたは人には明白に相手の事を書けとおっしゃるが、あなたも頭文字など使わず明白に書けば宜しいかと思いますがね。ゾンビと書かれた本人がやってきて抗議すれば謝るような事は書かないのが大人だと思ってましたが違うんですね。以後、そのような方が存在する事を心の片隅に留めておきます。


No.163 ゲン さんへ

初めにどのように書いていこうかと考えて、一度やさしく書いて失敗してるので、今度は、きつく(徹底した否定)でいきました。
しかし、こうなることは、予測していました。やさしく書いても、何かしらの自分の考えの根幹を否定されるようになると、いつも、逃げているように感じられます。具体例として、私(ぐら虫)に対してです。

これで、最後なるというのは、残念です。これから、一回目No.224のやりとりの問題に入って行こうかと、思っていましたが、「もうコメントは結構です」ということなので、終了です。
そうなると、質問もできないので、文への批判は止めておきます。
勝手に、あそこに(最近の大会議室)に書きながら、「大会議室」を微力に”制御”することを考えて書いていただけです。それを不快に思われたのなら、申し訳ありません。やや、ネタばらしになりました。それは、「最近の大会議室」で初めの方に書いた文No.204 で引用したすちゅわーですさんの文に対して、何かをしようと思い、それでも「大会議室」には、直接書きたくなかったので、このような方法をとりました。No.204 で私が引用したすちゅわーですさんの文は読みましたか?10回くらい読んでください。
ゲンさんは、私(ぐら虫)が書いた「陰口」には、反応しましたが、「大会議室」で、すちゅわーですさんが、多くの人から、”批判”(それも批判にならない批判)や中傷文を書かれていたとき、ゲンさんはそれを諫める発言をしましたか?ここでの私に対する反応のように。それ(諫めること)を全くしていないから、前の文の批判になったのです。「ゾンビ」対する反応も”間接証明”です。

>>「殺人を犯さなくても極刑妥当なんて風潮が起こる事」

「これは極端かもしれませんが、あり得ないとは思っていません。犯罪被害者の救済を不満足のまま放置すれば、その憎しみは犯罪者や量刑に反映される恐れはあると思います。」と、

別の所で書いていた、「一人殺しても、死刑が妥当」という考えの根幹(論理)について考えたかっただけです。2ヶ月以上、いろいろな人をやりとりしていたようですが、全く考えが変わっていないようなので、残念に思います。では、ありがとうございました。

No.163 ゲン さんへ

申し訳ないですが私はこの小会議室には参加したことがありませんので、今、気づきました。ここで書かれたことは「陰口エントリみたいでいい気持ちがしません。」と私が書いたらどのように返事いただけますか?
それはご自身の発言と矛盾していないのでしょうか?

No.164 ぐら虫 さんへ

>何かしらの自分の考えの根幹を否定されるようになると、いつも、逃げているように感じられます。具体例として、私(ぐら虫)に対してです。

逃げると言うより、ごめん被りたいな、という気持ちだと思います。


>勝手に、あそこに(最近の大会議室)に書きながら、「大会議室」を微力に”制御”することを考えて書いていただけです。それを不快に思われたのなら、申し訳ありません。やや、ネタばらしになりました。

あなたが何を考えているのか分かりません。ネタばらしって何ですかね?別の場所で書いてる「実験」ですか?益々訳が分からないお人だと思います。

204は大会議室で読んでいます。ちゃんと解りやすいコメントでしたね。


>すちゅわーですさんが、多くの人から、”批判”(それも批判にならない批判)や中傷文を書かれていたとき、ゲンさんはそれを諫める発言をしましたか?ここでの私に対する反応のように。それ(諫めること)を全くしていないから、前の文の批判になったのです。「ゾンビ」対する反応も”間接証明”です。

大会議室ではどちら側にも言ってないと思いますが。コメントが反映される保障もなくそれよりも返答に割く時間が多いので。こちらではどちら側にも言い過ぎみたいな事は言いましたけどね。

あなたはあちらに行って助けようともせず、こちらで陰口言ってただけじゃないですか?

間接証明ってなんですか?また自分の世界に篭って何かを企んでるのでしょうか?


>「これは極端かもしれませんが、あり得ないとは思っていません。犯罪被害者の救済を不満足のまま放置すれば、その憎しみは犯罪者や量刑に反映される恐れはあると思います。」と、

別の所で書いていた、「一人殺しても、死刑が妥当」という考えの根幹(論理)について考えたかっただけです。2ヶ月以上、いろいろな人をやりとりしていたようですが、全く考えが変わっていないようなので、残念に思います。では、ありがとうございました。


初めからそう言えばどうなんです?次から次へと理由のような訳が分からない事ばかり言って、こういうの後だしジャンケンっていうんじゃないでしょうかね。

俺の考えはその通り。変わる事があるとすれば被害者と犯人の命の重さに違いがある事が証明された時です。その話はまた別の問題だと思いますがね。陰口から随分と広がってますね。

では、お付き合い面倒かけました。

No.165 法は知らな損 さんへ

返事はですね、揚げ足取りは止めて下さいですね。

あなたは此処のブログの常連さんでしょ?見た事も無かったんですね。あるんですよこういう所が。各エントリで不毛なコメントの応酬が続けば此処に来ると良いのです。覚えておきましょうね。

しかし随分とくだらない事する人なんですね。俺が矛盾してるとお考えならどうぞそう思って下さい。

>No.167 ゲン さんへ

>返事はですね、揚げ足取りは止めて下さいですね。

あなたから揚げ足取りという言葉が出てくるのが理解できませんね。

>あなたは此処のブログの常連さんでしょ?見た事も無かったんですね。

常連というほどでもないし、私は懲戒請求関連しか見てませんね。

>しかし随分とくだらない事する人なんですね。俺が矛盾してるとお考えならどうぞそう思って下さい。

陰口と批判している人が私の陰口をしておいて、それを問いただして上記のコメントなら、あなたは今後議論するに値しない人だとみなすだけです。あしからず。

No.168 法は知らな損 さんへ

>陰口と批判している人が私の陰口をしておいて

抽象的な物言いを好まない御仁がいらっしゃるので、あなたのお名前を出したまでですが。

あなたが参加していたエントリでの出来事を御仁に解り易く説明した事が陰口なんですね。あなたも以後気をつけられるがよろしい。

あなたは俺の此処でのコメントが「陰口」と認められると言ったのですから。

遊んでやってると陰で言われる方に本気で向き合ってもらってるなんて思ってませんから。今後も適当にあしらってくれればそれで構いませんよ。

>No.169 ゲン さんへ

>あなたは俺の此処でのコメントが「陰口」と認められると言ったのですから。

私は向こうでは「陰口」のつもりはなかったのですが、あなたが最初に持ち出した「陰口」の基準に合わせただけです。

>遊んでやってると陰で言われる方に本気で向き合ってもらってるなんて思ってませんから。

彼が論戦を逃げたことを意味しますから、それでいいんじゃないでしょうか。
申し訳ありませんが論理的にあまりに低レベルなのでこれで最後にします。

No.312 法は知らな損 さんへ

またまた、私が、迷惑かけたみたいで、すいません。返事はなしで。

No.166 ゲン さんへ

最後の時は、なるべく疑問形を消してくだされば、良かったです。最後の三行で「大会議室」を読んでいた時の疑問が解けました。ありがとうございます。

私が言うのも何ですが、なんか後味悪いな。

>No.172 昼寝 さんへ

>私が言うのも何ですが、なんか後味悪いな。

それは私に対してでしょうか?私は相手の論調に合わせるところがありますので、お気を悪くなさったらご容赦ください。

>No.173 法は知らな損 さん

>それは私に対してでしょうか?

いえ、一連の流れに対してです。
「もう少し聞きたかったな」という気持ちと、無理に平らに
することもありませんが、一応、議論の終わり方としては、
少々、後味の悪さを感じてしまいました。
 別の英国ご用達さんとすちゅわーですさんの会話にも
感じていましたので、そちらも含んでの感想です。

 逆に、気を悪くされたなら申し訳ないです。
余分な一言が抜けないですわ。

No.174 昼寝さんへ

>逆に、気を悪くされたなら申し訳ないです。

いえいえ、第三者の感想を聞きたかっただけですので、気になさらないで下さい。

訂正

英国ご用達さん ×
英王室御用達紅茶 さん 〇

名前での間違いは大変失礼かとお詫び申し上げます。

補足

「後味悪い議論の終わり方」
あくまでも、私が嫌いなだけですが、「議論に値しない」
「低レベルの話」といった捨て台詞のことです。

 これは、相手にする前からほぼ判ることですから、最初
からスルーが寛容かと思います。
 相手にしてから言うのは、ちょっと好きではないです。
 
 スルーされる頻度が高い、私がそう申しております。

No.176 昼寝 さんへ

>これは、相手にする前からほぼ判ることですから、最初からスルーが寛容かと思います。相手にしてから言うのは、ちょっと好きではないです。

念のため申し添えますが、私は最初、真面目に相手をしていました。「最近の大会議室」の254、290そして312をお読みいただければ流れが分かります。私は本当に今日初めてここに来たのです。そして今日判断したのですから。。

No.172 昼寝 さんへ

また、中途半端なことを書いて。だけど、昼寝さんの言いたい気持ちもわかります。それは、私自身がそう(中途半端な気持ち)だからです。やや、判断を間違った可能性が。相手が拒否しているやりとりを続ける”意味”があるのか、わたしは、無いと考えます。批判した先に何も見えないやりとりはしたくは、ありません。すちゅわーですさんもそう判断?したと、考えます。
英王室御用達紅茶さんは、「別の問題」(表現方法)がありそうです。
一連の流れの「責任」は私にあるので、私の名前を書けば良かったと思うのですが、それだと別の「問題」が生じる可能性も。

「私が言うのも何ですが、なんか後味悪いな」

こんなことを昼寝 さんが書くと、なかなか、反論しにくい。

「スルーされる頻度が高い、私がそう申しております」

このことばは、”反則”に近い。「肉を切らせて骨を断つ」じゃなく、いきなり、「骨を断」ってます。

No.175 法は知らな損 さんへ

昼寝 さんは、主に私に言いたかったのだと、思います。
昼寝 さんのあのような、「書き方」は”昼寝スタイル”というか、あんな感じなんで。
だけど、昼寝さんとやりとりした、私が思うには、基本的には、「逃げない、根性のある人」だと考えます。私としては、「逃げない人」は好きなので。
若干、「書き方」に難があって誤解を生みやすい。現に産んでいる。何かしらの「反対意見」を持つ人です。「世間」からみれば、「橋下問題」でこのブログで書く人の多くは「世間」に対して「反対意見」を持つ人だと、考えます。

>「有ること」の証明は「無いこと」の証明より簡単です。

ここに書きます。「法的根拠としては」逆の場合もあるんですね。調べて見ます。「一般的には」「一般論として」を入れるべきでした。

余談として、ここでは、日本語を使わずにPLAY、プレイする、フランス語、ラテン語で表現した方がいいようです。いわばの意味の「」や””(ひげかっこ)や比喩さえも使うのは難しいようです。


またへんな虫が湧いてるな(くわばらくわばら)

>No.178 ぐら虫 さんへ

>昼寝 さんのあのような、「書き方」は”昼寝スタイル”というか、あんな感じなんで。

みたいですね。昨日知りました。私は比較的新参者ですので。

>「法的根拠としては」逆の場合もあるんですね。

法的根拠に限らず、あくまでケースバイケースではないでしょうか?
一例として「宇宙人はいる」「宇宙人はいない」で論戦するなら、私は「いない」方を選択します。「いる」を100%証明するのは不可能だと思っていますから。どんな「いる」という推論を出されても全て否定できますからね。

>No.180 法は知らな損 さん

本題、趣旨からまったくはずれることを承知で、「宇宙人」
がいるいないの話をひっぱることご容赦ください。

知識人A 「宇宙人がいることの証明は簡単だ」

大衆   「えー証拠があるのですか?うおー」

知識人A 「貴方を含めてここに60億人の宇宙人が居るじ
      ゃないですか」

大衆   「なるほど、なるほど」

専門家B 「ちょっとまてAさん。あなたのいう宇宙人の
      定義は?」

知識人A 「宇宙に住む、知能レベルが高い生物ですよ。」

専門家B 「昔から専門家の間では、宇宙人は地球外生物
      と定義されている。あなたの証明はその定義
      に反するものだから意味を成しません」

知識人A 「じゃあ、いないという証明を専門家として
      してくださいよ」

大衆   「そうだ、そうだ」

専門家B 「・・・・・」

という流れの議論が、大会議室の底辺でループしているよう
な気がします。

>ぐら虫さん

 >一連の流れの「責任」は私にあるので、私の名前を書けば良かったと思うのですが、それだと別の「問題」が生じる可能性も。

 是非は別ですが、ゲンさんが1対2で奮戦されておりまし
たので、(英国王さんも)判官びいきで「観戦」しており
ました。
 その意味で、孤軍奮闘されたゲンさん、英国王さんへ
試合後のエールの意味で書きました。

 だから、法は知らな損さんも、ぐら虫さんも批判する
つもりがありませんでしたので、名指しをしていません。

 あくまでも論点の是非は別ですよ。では。

No.180 法は知らな損 さんへ

「「有ること」の証明は「無いこと」の証明より簡単です。何かしらの有ることを一つだせば、いいだけです。逆に、「無いこと」の証明は、難しく、一つの有ることで否定されてしまいます」

この文自体がすこし、拙かったと考えます。証明に「」が必要でした。

学生の時に、こんなことを考えながら寝ていた時があったので思い出して、書いてしましました。余計に眠れませんが。あそこでの「仙人」がいる、いないの話からです。上の文メインは下の二行です。

「一例として「宇宙人はいる」「宇宙人はいない」で論戦するなら」「100%証明する」

これは、私も「宇宙人はいない」方を取りますが、もし、「宇宙人はいる」を選んだとしても、負けそうになったら、「宇宙人とはなにか?」「地球人も宇宙人ではないのか?」という、”ちゃぶ台返し”を使います。あと、適当に、月に行った人は、「宇宙人」ではないのか?と、月で改造されたかもしれない?という「隠謀論」に逃げます。

昔に考えて、寝れなかった記憶しかないので、間違っているかもしれせんが、やや、哲学的な問題で、「無いこと」は「無いこと」でもって「証明」できない。無いのだから。「有ること」を否定することでしか、「無いこと」は「証明」できない。これは、「ことばの問題」に関係しているのかなと。「ことば」は増えこそすれ、「減る」ことはない。これは、「寝れませんわ」。今はすぐ寝てます。来ましたね。

No.181 昼寝 さんへ

あぁ、反則。書き直さずにそのまま送ります。

誰の続きでいいので、昼寝 さんが私に書いてもらえたら。
最近は、微妙に反論しにくい文を書いているので。
論点の是非も。

No.182 ぐら虫 さんへ

>「宇宙人はいる」を選んだとしても、負けそうになったら、「宇宙人とはなにか?」「地球人も宇宙人ではないのか?」という、”ちゃぶ台返し”を使います。

そうですね。「地球外知的生命体」という条件を付けなれければなりませんでした。

>学生の時に、こんなことを考えながら寝ていた時があったので思い出して・・・

私も学生の頃(もう20年近く前です。)嵌っていたのです。
ただネットでは「スルー」が最強とも思えてきました。
もっとも、相手は「負けて逃げた」ことを意味しますから、いいと思ってます。

>No.182 ぐら虫 さん

「「有ること」の証明は「無いこと」の証明より簡単です。何かしらの有ることを一つだせば、いいだけです。逆に、「無いこと」の証明は、難しく、一つの有ることで否定されてしまいます」

この議論に「宇宙人」を例にあげること自体がすでにおかし
いというか無理があるように思います。
 私が先に書いたNO.181もそれを承知であえて強引に
前置きして書いたものです。

 なぜおかしいというか無理があるかというと、「証明」
しても、何人にも「現時点での検証」が不可能な事例であり、誰の
話も「説」が付随します。

 「いない」という「説」を唱えても、「宇宙」の定義さえ
まだまだ「想像」の域をでない「現時点」では、限定付で
しか言えないと思う。

「現在、人類が検証可能な範囲においては宇宙人はいない」

 しかし、可能性の面からいくと、この宇宙に太陽系と
類似した天体が存在し、地球と似たような環境が存在する
可能性はあると思うし、私自身は「将来的に、さらなる
科学の進歩により宇宙人が発見される可能性は高いと
思うが、今は、いる可能性が高いとしか言えない」という
「説」を唱える立場になります。

 なを、この話に「神」や「哲学」を持ち出すのは反則としておきます(笑

>論点の是非も。

 例えば、「陰口」など議論と言うより「言い合い」の
なかの一語であり、「論点とはいわない」と言う事です。
 「論争の結論」の是非を言っているのではなく、「論点
にすること」そのものの是非を私は言っています。
 ですから、流れ一連に対してと申し上げている。


 
 

No.184 昼寝 さんへ

>この議論に「宇宙人」を例にあげること自体がすでにおかし
いというか無理があるように思います。

すみません。私が言い出したことです。
あくまで「証明論法」での選択する側の例を出しただけで、これを真面目に議論する気など勿論ないです。

>「現在、人類が検証可能な範囲においては宇宙人はいない」

それが結論ですから論法においては絶対に負けないという、あくまで「例え」の話です。

>論点の是非も。

相手が論点にしたので、その論調に合わせたに過ぎません。

>No.185 法は知らな損 さん

お手数をおかけし、すいません。了解です。


 少し遅れてくるかもしれないぐら虫さんのために「宇宙人」
ひっぱったのですが(笑

>No.182 ぐら虫 さんへ

追加です。

>哲学的な問題で、「無いこと」は「無いこと」でもって「証明」できない。無いのだから。「有ること」を否定することでしか、「無いこと」は「証明」できない。

哲学としてはそうなのですが「法」を「成文法(制定法)」という観点でとらえると「無いこと」を選択すればいいということです。そもそも条文(規定)自体が「無い」のですから。
出かけますので、続きは後ほどにしますね。

No.187 法は知らな損 さんへ

「「法」を「成文法(制定法)」という観点でとらえると「無いこと」を選択すればいいということですそもそも条文(規定)自体が「無い」のですから」

確かに、「無いこと」は、「無い」ですね。

上の文とは、関係ないですが、なかなか、「法律関係の話」となると頭の働きが鈍くなって、頭の中で上手く繋がっていきません。学生時代に一般教養としての「法学」は習いましたが、試験前以外は、出席しませんでした。
少し前に調べたら、家に本が数多くあるのですが、法律関係となると十数冊以下くらいです。それも、昔の岩波新書数冊と、裁判関係の本が数冊です。その内、読んだような気がするのは、岩波新書では、『比較のなかの日本憲法』と『八海裁判』(中公新書)くらいです。あと、大学の図書館で「犯罪報道と人権」に関して少し、調べた程度で、その時は、『法学セミナー』を少し読んでいました。10年以上前のかすかな記憶に残る話です。

「独り言」

少し前に見た、向こう(このブログではない)での『誰だろ』の文は、なめてますね。「私の先入観」て。私からはやりたくないので、私の文を読んだなら、何か…よ。
だけど、なんか岩のイメージなんで、武器は、刀というより、ダイナマイト?
やれば、今までの(否定だけ)最低の文になる可能性が、とその先の真っ暗闇。まぁ、向こうしだいです。ちなみにこの文も「私の先入観」です。くわばら、くわばら。

>No.188 ぐら虫 さんへ

私は哲学というより数学から証明論法に嵌ったクチです。
面白い数理論がいろいろあるのですが、残念ながら不特定多数の方が読んでいるこの掲示板では書けないことをお詫びしておきます。

>「法律関係の話」となると・・・

私は実務中心です。そして、税法は複雑怪奇で解釈の余地オンパレード、かつ、税額という解がはっきりしているので「例え」に用いるに適当だなと思ってます。
ただ、向こうで書いても伝わるか?ですので極力控えてます。

最近、すちゅわーですさんもコツをつかんできたように思えます。

>読む人によって適当に解釈してください。

とりあえず、微力ながら、負担軽減?のために載せました、本当はあの2倍以上の文です。適当に、引用文と下の文を同じ9行にしました。微妙な著作権対策?(本当は下の2行も引用なので対策になっていません)
せっかく、見てくれているようなので、ちょこちょこ書きたいと、思います。本人からの批判は歓迎です。「大会議室」のあの文を書かなければ、本来は、スルーの予定だったのですが。
いつも適当に、65%を上限に書いています。自分勝手な批判指数?(他の人から見れば、超々辛口ですかね?)だから、やりとりすれば、するほどに残っていって、後出しジャンケン的になります。その点は、ご了承してください。

上の文とは、あまり関係ない話ですが、私も「掲示板」で「大会議室」と同じような話題(議論の進め方)を延々とやりました。書いてするやりとりは、初めてだったので、いろいろな手法をためしながらです。また、暇な時に見てください。
やりとり自体は、ほとんど参考には、ならないですが。その中で、たまに助けてくれる「おいちゃん」(最近は書いていませんが)という人の文章(論理構成力も)は、上手いので、読む価値があると、思います。私も参考にしています。

「独り言」

まず、基本的に、「独り言」の所や「アホなこと」(上の文初め所など)を書いているな(事実書いている)と、判断される場合、返答をしてもらわない方が気が楽なので、無視を希望します。私と同じと思われると、相手に対する「説得力」が半減します。この文自体もその可能性を含みますが。申し訳なく、思います。(迷惑も含めて)

>No.190 ぐら虫 さん

ご希望通りスルーが最適とは存じますが、「おいちゃん」さ
んの件のみ激しく同意。

 私も独り言を。。。

 もう、橋下先生扇動事件に関しては書かないでおこうと決
めました。したがって大会議室に関しても。
 他の場所ではHNが違いますが、もうやめです。

 当事者同士がうまく納めようとしているかも?しれない
状況で、外野の議論はなんとなく..ですわ。

 光市事件の最終弁論、判決はまた別ですが。


「陰口」騒動でお騒がせしました事、お詫びしますね。

大会議室から当人まで来られた事は、俺の至らなさだったと思っております。申し訳ございません。

「陰口」みたいと言われた、お二人に対する俺の「陰口」は余計な一言だったかもしれませんね。揉めようと思ってした事ではありませんが、結果荒れた事は俺の責任だと思っております。申し訳ないです。


昼寝さんのエールは嬉しかったです。

ありがとうございました。

前に書いた文の補足です。
「横浜弁護士会は馬鹿なのか(橋下ブログから)」のNo.305からの引用。

「まず、「譬え(たとえ)」と「例(れい」)のこと『美人』を花で説明するときは譬え(たとえ)を使い、『美人』を有名女優で説明するときは、「例(れい」を使います。と偉そうに書いていますが私もたまに混同します。
『美人』―薔薇のような美人、ランのような美人、「民さんは野菊のような人だ」?
『美人』―黒木瞳のような、松嶋菜々子のような、泉ピン子のような?

少し、前にやりとりで比喩の説明の所で、引用しようと考えましたが、文が多くなるので、省略しました。半分冗談も入っているので。(中途半端に終わったことも)
譬え(たとえ)は比喩(譬喩、ひゆ)の中に含まれる修辞技法(レトリック)です。(隠喩(いんゆ)暗喩(あんゆ))

譬え(たとえ)は、直接は言うのが難し時、または、具体的に書きにくい時に、何かに譬えて説明する時や何かに詳しい人が詳しくない人に説明する時に有効な手法です。しかし、譬え(たとえ)の定義を考えるのは、ことば遊びとしては、面白いですが、やや(だいぶ)具体性に欠けます。
上の文で考えるなら、「薔薇のような美人」の「薔薇のような」の定義を考えるのは、難しいことだと、考えます。

私は相手の文を読むとき、まず、することは、相手の文の核心以外を除くことから始めます。それは、何が言いたいのか掴むためです。有名な偉人のことばや古典からの引用は、極力、除きます。それと、上記の比喩(譬喩、ひゆ)も説明や質問などの場合を除いて、無視します。(批判や反論の時は特に)

No.191 昼寝 さんへ

いや、昼寝 さんはどんどん書いて来てください。

「「おいちゃん」さんの件のみ激しく同意」

確かに前のやりとり(おいちゃんと)での最後の方はそんな感じでした。私も、(それを)もちろん読んでいたので、極端な文に走って、違いを明確にしょうとしたのですが、最後の方は、やり過ぎでした。大会議室にも書いているのですか?今度、調べて見ます。当てたら何かを。
上のNo.305には、昔に書いた昼寝 さんへの批判が含まれれているので、続きをするのも面白いかなと。2回くらい限定で。ゲーム的にするだけですが。半分冗談。

「独り言」

なかなか、大会議室が更新されませんね。早く、なにか書いてきてくれないかな。議論ずきなら。

No.193 ぐら虫 さん

最近、プログ主さんがエントリーされる話題でも閑古鳥が
なく場合があることに気が付きました(遅いが)。
 でも、結構、味があるんですよね。

 もし、私と遊んで頂けるなら、そちらでどうですか?
「熱帯魚」に限らず、比喩の話は出来ますよ。
 (どうも、橋下先生扇動絡むと話しにくい。私がもう飽きて
しまったのかもしれません。)
 エントリの趣旨からはずれたら、お約束の小会議室で
続きをということで(笑

今日は、これまで、では。

>ぐら虫さん

 じゃあ、こちらで。文章の解説などいりませんよ。
また、解説がしたいなら別ですか。

>「非論理的でもOK」=何でもアリ。

>喩えて言うなら、総合格闘技の”バーリトゥード”(何でもアリ)でも「目潰し」「噛みつき」などがダメなように「邪推や噂話」は「目潰し」「噛みつき」にあたります。
試合でいうなら、出場停止、もしくは永久追放行為?です。以後、気をつけましよう。

何度読んでも、「批判」にしか読めませんが?罰則まで書いてあるし(苦笑)
また、ゆーたさんの発言自体に対する比喩ではなく、一般論と
して書かれていますが、
ゆーたさんが、「邪推や噂話はだめなの?」に対して、
結論として書かれているよう読むことも出来ます。

それに対して、私はエントリの趣旨からしたら、ぐら虫さん
おかしいよと申し上げている。

 なを、なぜ「第3者」が「邪推」と言うなというと、当事者に
とっては「図星」「かも」しれないことを、「それは邪推
だ」と「第3者が」いうのはおかしいと言っている。
それこそ根拠があれば別ですが。
ゆーたさんの文章の流れで、「邪推」と思われる部分に
関しての話です。

正確には、ぐら虫さんは、「いやあの人はそうは考えていな
いと思う」という「推論」でのみ「反論」すべき立場の「第3者」です。

私は、ゆーたさんに「質問」も「反論」もありません。
彼の「感じたこと」、「思っていること」をエントリの
趣旨通りに書かれているだけで、別にふつーの投稿です
から。

なを、お得意の喩えも今回はかなり不味いですね。
喩えるべきではない、喩えをしています。

追記

 あのエントリを変な流れにしたのは、今枝先生と、
ぐら虫さんです。それに乗っかった私です。

理由

 今枝先生は、個人の感想を述べるエントリで個人の感想に
異議を唱え、議論に持ち込んだ。

 ぐら虫さんは、横から現れ、全くエントリの趣旨と関係
ないことを書いた。

 昼寝は、ぐら虫さんに乗っかってあげた。

あのエントリ、読み返しましたが、皆さん、ほぼ完全に
趣旨を守られて投稿されていました。(すごい統制!)
ゆーたさんもです。

 反省しましょう。では。

No.196 昼寝 さんへ

ゆーたんさんに対しての文は書き方として、少し拙かったと考えています。エントリー趣旨からはずれるのも解っていました。しかし「邪推や噂話はだめなの?」「ここは別に裁判所ではないのでOKでしょう」に反応して書いてしまいました。「邪推や噂話」では、何を書いてもいいことになってしまい、全く理由のないことも書けてしもうからです。私からは、初めての人には、ほとんど書かないのですが。この辺は性分です。
なんか、いろいろ書こうと思いましたが、どうでもよくなりました。これが、ゆーたんさんに対してなら、書く意味がありますが、昼寝さんに対して書く意味があるのか?いろいろ、昨日の文に対しても書いていましたが、消しました。反応、ありがとうございます。では。

No.197 ぐら虫 さん

>なんか、いろいろ書こうと思いましたが、どうでもよくなりました。これが、ゆーたんさんに対してなら、書く意味がありますが、昼寝さんに対して書く意味があるのか?

私は、てっきりno.194の私のコメントに対して、ぐら虫さん
が昼寝を誘ってくれたのかと思い、書きました。
「喩え」や「例」については、辞書で意味を調べるのも良いですが、その対象や状況により適切な場合と不適切
な場合があり、意見を言う場合の大切な要素です。
この喩えによって説得力が0になる場合もあります。

今回のぐら虫さんの喩えは最悪でしたね。

ただ、この話はもっと続けたかったですが、「どうでもいい
」という最高クラスの捨て台詞を言われてはどうしょうも
ないですね。では。

日頃、ぼくは何も考えてなくて、こういう人間が証言台に立ってしまうと、めちゃくちゃになりそうです。ま、そんな例え話を一つ。コントだと思って下さい。

「先週の土曜日に何をしてましたか?」という質問をされた事にしましょう。
ぼくが当日やりたかったことは、 ̄撚茲鮓に行く、∪車、クリーニングをとってくるの3点。まあ、平和な日常、平和な休日です。

ぼくは、朝の時点では、先に洗車してから映画に出かけ、その帰りにクリーニングを取ってくればいいと思った。ところが窓から上を見上げると空模様が怪しくなったように思ったので、洗車は明日に伸ばし、今日はとりあえず映画に行こうと思った。

映画を見るために駅に向かっていくうちに、「今日は土曜だから映画館も混んでるかもしれないな」と思い至ったら、なんだかウンザリしてきてしまったので、だから、結局行かなかった。パチンコをやって時間をつぶして、そこら辺の定食屋で晩御飯を食べて家に帰って、TVを見て寝たとします。クリーニング屋に行くのも忘れてしまった。

まあ、よくある話です。で、これを合理的に問い詰めてみます。ぼくは裁判所で、検事から質問を受けていたとしましょう。

「待って下さい。では、その日曜日の午前中は、洗車しなかったんですか?」
「はい、しませんでした」
「それは、何故ですか?」
「ええと、雨が降りそうだなあ、と思ったもんですから」
「日曜日のあなたが住んでいる地域の天候は晴れ。降水確率も0という気象台の記録がありますが」
「いや、その日は、日が翳って来て、雲行きが怪しくなるように思ったんです」
「しかし、雨は降ってませんでしたよね?」
「はい。降ってなかったです」
「すぐにも、雨が降りそうな気配でしたか?」
「いえ、そう言われると、そうでもないような…」
「では、駅前の映画館まで行って、その後、考えが変わって、本屋に行った時の天候は?」
「うーん、晴れてたような気がします」
「では、最初の予定通り、洗車が出来た訳ですね。何でしなかったんですか?」
「ええと、あまり洗車の事は考えてませんでした」
「おかしいですよねえ。出かける直前までは、洗車しようと思っていたんでしょ?何か気が変わるような事情が、その時にあったんですか?」
「いえ、別にありません。でも、駅前の映画館に行ったら、人が結構並んでいて、嫌だなあと考え直し、隣の本屋の看板を見たら、そう言えば、『ホームレス中学生』を読みたかった事を思い出して、それで本屋に入ってしまいました」
「洗車の事は、微塵も思い出さなかったんですか?」
「はい、全然思い出しませんでした。」
「へー、家を出る時まで、真剣に予定を立てて、洗車して、映画をみようと決心までしていた事が、何で急に変心したりするんですか?」
「ええと、何で急にと言われても、洗車くらいなら、また来週でも出来るだろうし、映画も同じように来週でもいいかなと…」
「なるほど。では、『ホームレス中学生』の方が、洗車や映画より、遙かに、重大な問題だと思った訳ですね?」
「そんな事は、一言も言ってません」
「読書が本業ですか?」
「とんでもないです。ただの趣味です」
「それでは、読書は、それほど生産的な事とは言えませんね。洗車する方が、生産的だとは思いませんか?思っていたからこそ、午前中は、洗車を計画していたんですよね?」
「そうなんですけど、その時は、考えていませんでした。」
「『ホームレス中学生』は、買ったんですね」
「いえ、思ったより高かったので、何も買ってません」

「分かりました。では、質問を変えましょう。彼女へのメールは、どうしました?」
「あ、忘れてました」
「全く思い出さなかったんですか?」
「いや、ラーメン屋に入る前は、覚えていたんですが、待っている間に、TVを見てたら、つい忘れてしまいました」
「メールは、午後7時までにして欲しいと彼女に言われていませんでしたか?」
「はい。そう言われていましたけど、まあ、少しくらい過ぎてもいいだろうと思いました」
「そんなに重大なTV番組でしたか?7時の刻限を忘れるほどの」
「いや、普通のお笑い番組でしたし、7時を少し過ぎても平気かなと思ってました」
「その根拠は?」
「え?根拠ですか?」
「根拠はないけど、彼女は大丈夫だろうと、勝手に相手の気持ちを憶測して、ラーメン屋に入り、TVを見て笑っていたという事ですね」
「憶測した訳じゃないんですが…」
「はー、憶測じゃないんですか?では、そう断定した根拠が言えるんですね?」
「いえ、ただ何となく、そう思っただけなので…」
「何となくですか。思考を停止したという事ですか?まあ、いいです。結局、ラーメン屋を出た後も、メールは送信していませんよね。どうしてですか?」
「ラーメン屋が混んでいて、注文した物も遅くなったので、店を出るのも遅くなっちゃったんです。だから、時計を見たら、7:30を回っていたし、面倒くさくなって、それじゃ、メールは明日にしようと」
「ちょっと待って下さいよ。さっきは、『つい忘れてしまいました』と言ってましたね。今度は、『面倒くさくなって』ですか?どちらが、本当の事ですか?嘘を言ってるんですか?」
「いやあ、別に嘘という訳じゃないです。ただ、約束の時間も過ぎたし、たかだかメールだと思ったので」
「そう思ったのは、ラーメン屋を出てからですか、それとも食べている時ですか?」
「うーん、どっちとも言えないです」
「覚えてないんですか?」
「はい…、あまり……」
「変ですね。あまりよく覚えていないのに、『メールは明日にしようと』と、さっき、はっきりと答えていますよね」
「あ、はい…」

「では、元に戻りますが、結局、その日は、洗車しなかったんですか?」
「あ、はい。しませんでした」
「ラーメン屋を出た後は、何処かに行きましたか?」
「いえ、真っ直ぐ家に帰りました」
「おかしいじゃないですか。ラーメン屋を出て、真っ直ぐ家に戻ったんなら、すぐにでも洗車に行けますよね。朝から洗車しようと思っていたなら、帰ってからでも出来たんじゃないですか?」
「はー、まあ、そうなんですけど…」
「当初の目的の洗車も出来てないし、彼女へのメールも、実行出来ていませんね。話を伺っていると、本屋に行って、ラーメンを食べて帰っただけですね。どうして、洗車もメールも出来なかったんですか?」
「どうしてと言われても…」

「証人(禅)の説明を聞けば、それがいかに支離滅裂であるか多言を要しないであろう。証人は、最初、映画、洗車、クリーニングの3つの用事を口にしつつも、結局、何ひとつ実行していないのである。

証人がその日に行った事は、パチンコをやって定食を食べただけである。映画についても土曜日が混むというのは、何も駅まで歩いていって初めて思い当たるようなことでもなく、最初から予想されたことである。洗車についても、又クリーニングについても、いくらでも実行する機会はありながら、証人は漫然とこれを見逃している。

クリーニング屋に至っては、「忘れた」「面倒だった」という二つの相矛盾する理由を続けざまに述べるという状態で、捜査官の質問に誠実に答えようという姿勢すら微塵も窺えない。

仮に証人の供述が全て真実だとすれば、証人の日々の生活態度がいかに無計画でその場限りのものかが浮き彫りにされる。そして証人の供述がなにかを隠蔽するための虚偽だとすれば、これまた無計画で稚拙な嘘と言わざるを得ない。

いずれにせよ、終始一貫窺われるのは、証人の行き当たりばったりな、無計画で自堕落な人格、ならびに生活態度であり、このような人物の証言は到底信用することは出来ないのである」

げげっ!!「出来ないである!」とまで言い切られちゃうかも知れません(゜д゜;)
平和の日常だったはずなのに。ま、実際の検察官や警察は、こんなにレベルは低くないでしょうけど(≧∇≦)


くだらね。読んで損した。


くだらね。読んで損した。

No.202 . さん
そうですか?私は禅さんのコント好きですよ^^
多少無理があるとしても、このような印象操作は起こりうることなのかもしれないと・・・

コントに横レス入れるのも何なのですが・・・

>いずれにせよ、終始一貫窺われるのは、証人の行き当たりばったりな、無計画で自堕落な人格、ならびに生活態度でありこのような人物・・・出来ないのである。

結局、計画性のある事件は起こせない人っていうことで

「いずれにせよ、終始一貫窺われるのは、証人の行き当たりばったりな、無計画で自堕落な人格、ならびに生活態度であり、このような人物が計画的な犯行なぞ出来ないのである。」

私の勝手な印象操作です。あくまでコントです。

No.205 法は知らな損 さんへ

新しく更新された文が、パンチがないというか、つっこみ所が少ないというか、残念です。一人を除いて。どう表現するのまよいますが、”彼岸”見える悟りの境地で、ひとり禅問答をしているようなもの。ますます解りませんが。
少し前から、やっているのが、どのような文を書く人が、橋下氏に賛同するのか?です。”橋下語的”な物を多用するのと、”底の抜けた文”を書くというのが、今の所の傾向ですが、まだ、少しずつサンプルを集めている状態です。

No.201 禅 さんへ

私もおもしろかったですよ。

今度は、”踏み絵”を踏ます警察官なんかを。いや、コントにならない?

旬は過ぎましたが、以前私が大会議室で削除されたネタ(かなり修正しましたが。。)であり、こちらでも削除容認で投稿するあくまでコントです。
削除容認ですが、「言論の自由」により、読まれた方に対してはこの投稿の正当性を主張します。

これは「契約自由(当事者間では自由に契約内容を取り決めることができる)の原則」を題材に私の空想による仮想裁判のお話です。

法律評論家のW氏はある日、古本屋に入り、今では幻となった本を見つけました。
タイトルは「科学としての法律学完全版」で30年以上も前に出版され、その中でも完全版は世界に数えるほどしかないまさしく幻の本です。

店主にいくらかと尋ねると「幻の本だから500万円ですね。」W氏は喜んで購入しました。しかし数ヶ月後ネットオークションで同じ本が5千円で出品されていたことから事件が起こります。

W氏は店主に500万円は高すぎる、オークションでは5千円だったので何とかならないかと相談しますが店主は「Wさんがその値段に納得して買ったはず。いくらで売るかは私の自由です。」と取り合ってくれません。そして民事裁判になりました。

原告側W氏は「いくら幻の本だからといって500万円も値をつけなくても・・明らかに高すぎる。」
店主側は「しかし、あの本は世界に数冊しかないプレミアが付いているものだし、本人が納得して購入なされているし、契約自由の原則によれば何ら違法性はない!」
まさに両者泥沼状態に陥ってしまいました。

「W氏はなぜ500万円もする本を買ったのですか?その本には何て書いてあるのですか?」という報道関係者の質問に、W氏はこう答えました。
「この本には、日本国憲法第31条が刑法だけではなく全ての法律を拘束する最高法規であると、つまり民事にも無罪推定の原則を適用できると読み取れる内容になっています。しかも、法の原則を抽象化してもOKとも書かれているのです。」

「民事に無罪推定の原則?そんな法的根拠はないはずでは?」と指摘を受けてもW氏は続けました。
「この本によれば法律には書くべきことが書かれていなくても導けるのです。全ての根拠は裁判官のパーソナリティの内面、その良心にあるという事であり、それが法的根拠にもです。つまり裁判官は法律に拘束されずに判決を出してもいいのです。ですからこの本の法律論に基づけば私はこの裁判に勝てます。」
「裁判官が法に拘束されずに判決を下すなぞあり得ない。それに民事に無罪推定の原則が適用されるならW氏の敗訴は確定だろう。」マスコミはW氏敗訴一色でした。

しかしW氏は「私は自分の矛盾が分かりません。矛盾はないと思っています。教えてください。本心からです。」と、報道関係者に問い続けました。

同情されると余計悲しいよな。

「半分独り言」

だいぶ、分かり易くて面白かったです。だけど、それが、その人に通じるかは、難しい問題です。普通は一・二回聞けばわかるのですが。自分で調べても。
「本」を中心に考えれば、頭の中に空想の現象として「本」が存在している限り、自分の文も「本」の解釈を通して書かれ、相手の文も「本」を通して解釈し理解されます。その人の頭の中の「本」を消すのは、他人には、大変です。仮にその「本」を消すことが出来ても、あらたな「本」的なものを生み出します。それは、空想の現象だからです。自分で調べろて。「充分検証する」ことが、「自分の矛盾」もわからない人にできるのか?いや、できない。それに「他者の主張」には、「聞く耳を持つ」だけです。自分で調べる方向に向けるだけ。

上の文(No.206) で書いたサンプルの一つ。

「私の考え方の基本は、即断はしない。安易に結論を出さない。証拠を充分に検討する。
つまり、他者の主張とその根拠(理由)を充分検証する、聞く耳を持つということです」

「本当の独り言」

fさんに関してあそこで、相手している人が、勘違いするのは、ある一定の法律知識がある人の場合、「善意の解釈」で自分(法律知識がある人)の知識で相手の文を補ってしまう傾向があるのかなと。
「事実前提」なんてあまりなくて、ほとんどが、空想の現象の産物?でしょう。法律知識のない私には、ほとんど理解不能です。

「>しかも実際問題として、弁護側に偏ってはいても、これほど時系列が整理された本は他に見当たらず、公平に事実らしき物を組み立てるためには、この本は必要不可欠であり、真実をに少しでも近付こうとすれば、その隙間や偏りを色々なサイトその他の状態で穴埋め、取捨選択するしか方法はないと思います」

上の文はHさんの。Hさんの真っ当な意見に対して、fさんの返答は以下。

「⇒そうまでおっしゃるほど、信じておられるのですか?」

これもサンプルです。自らの「空想の現象の産物」は無自覚に信じている裏返しです。

※本とは、「『光市裁判 なぜテレビは死刑を求めるのか』のこと。

Legさん、法は知らな損さん、ぐら虫さん、ありがとうございます。

人間の行動なんて、上手く説明の出来ない事の一つや二つはやってるでしょうねえ。
上のコントの話で言うと、

・よく見れば晴天なんだけど、ちらりと空を一瞥した印象で、天候が悪いかのように錯覚してしまう。
・実際に駅まで歩き、映画について意識が集中した時になって、ひょっとしたら混むかも知れない、という事が思い起こされる。
・パチンコなんかは衝動的にやりたくなったりするもので、それと洗車という面倒な作業とが重なった場合、賭博的衝動性が勝ってしまう。
・クリーニングを取りに行けばいいのは重々承知しつつ、つい目先の空腹を満たすことを優先してしまう。

こういった事はいずれも日常よくある話ですし、理解は十分可能だと思います。普段、何となくやっている事を改まって理由を聞きかれると、うまく答えられず、矛盾してしまう事も、よくあります。

という訳で、ぼくが書いたような事があったら、普通の捜査官なら、これだけで怪しいとは思わないでしょうねえ。「とりあえず、定食屋で裏付け捜査でもしとくか」くらいのもんでしょう。

人間の普段の行動というのは、大体行き当たりばったりで、そんなに合理性が貫徹しているものではないことを言いたかったんですね。理詰めの追求をしようと思えば、どんな時にでも出来るのかも知れません。

「理詰めの追求」って、裁判なんかでも、警察検察の調書を攻撃する時、使ったりするんでしょう。理詰めで、「おかしいじゃないか。変じゃないか」と追求し、窮地に追い込み、自然というか、真実の弁解を封印しておいて、捜査当局の思惑を押し付け、そして調書をとる誘導尋問、捜査という事なんでしょう。

別に、「理詰めの追求」は、捜査に限らず、国会答弁や夫婦喧嘩、このブログまで広範囲に渡って使われていますからねえ。

う〜 なんだそれ・・・いい加減、勘弁してくれよ

コイツ恥ずかしくないのか?

「掲示板」の「議論」の総括のようなもの。前に書いたのを手直し。

あまり、こんなこと(議論の総括)をしている人は、いないので少し、やって見ます。どのような意図でこの文を書いたか?の説明です。元は、ある人が最後に「まとめを書いたら」から、考えました。まず、今まで、WEB上でやりとりをしたことがほとんどなかったので、やり方を考える上で始めました。相手の了解を得ていないので、曖昧になります、そして、私からの視点ということです。相手の文(No.424 )の引用。

「私が議論を見ていて感じたのは「相手の意見が正しいという前提に立った議論ができていない」という事です。誰しも自分の意見は正しいと思って意見するわけですから、例えそれが間違った意見であったとしても、それが正しいという立場で考えなければ相手の発言の意図が掴めないでしょう

この上の文を読んで自己「絶対主義」(私の解釈)でありながら、「相手の意見が正しい」という前提に立つ人に興味を持って、私は、(No.453 )「あくまで、私の場合ですが、わたしは、自分の意見が「正しい」と思っていて意見しているわけでは、ありません」という、微妙な「価値相対主義」に立って論を張っています。

微妙な「価値相対主義」という、やや卑怯な立場に立っているので、気が引けて相手の文も引用せずに(No.453 )、書いています。「絶対主義」と「価値相対主義」は、同じような物です。
「絶対主義」とは、何かしらの絶対的に正しいこと(もの)があるという立場。
「価値相対主義」とは、何かしらの絶対的に正しいこと(もの)がない、というのを絶対視している立場です。だから、同じです。

あまり考えずに読むと「反対意見」のようであり、基本的には、同じ立場で始まります。
No.665 を書く辺りから、このやりとりでの方針がやや、決まりかけました。それは、「相手の意見が正しいという前提」に立つ人から、相手(ぐら虫)が批判(質問も含む)されるという役回りです。だから、No.665では、「私の場合は、もっと、批判してもらいたくて説明しています」と言い、「今日の私によって、昨日の文(No.501)を批判してみれば、自分の文なんでことばが汚くなりますが」と、自分の文の批判のやり方まで加えました。しかし、この「前提」は強固で批判のようなものをされるのは、まだ、だいぶ先です。次のNo.669 では、曖昧な質問(適当に考えた)と「どんな批判でも、逆に質問でも。強い批判であればあるほど」とひつこく加えました。それでも、やさしい返答が。いい人です。しかし、次のNo.686は反則文です。状況を変えようとした。半分はあきらめ?

余談として上とは関係のない話ですが、No.720 (私の文)からの引用です。
∈源的批判論(名前は適当)

∩膿佑「専門家」を批判する場合、これが中心になると思います。「専門家」の存在そのものや行為を批判するやつです。
上の文にいま、加えるとすれば、「そもそも論」を内包させたやり方で、「そもそも行為とは?」問う形になります。「ドタキャンとは?」という風に。「議論」のゲーム的にありかなと、思いますが、私が最も関心があるのは、「ドタキャン」でいうなら、なぜ「ドタキャン」を話題にするのか?という「意図」の方です。
「大会議室」で弁護団を批判する人は、それによって何かしら「橋下氏の方がマシ」と信じたいのでしょう。「タダ単に、ハ・シモトシが好きだからー!」チャン・ドンゴン風?

No.211 禅 さんへ

まぁ、「行間を読め」ですね。

「大会議室」「隠れ橋下派」「踏み絵」でコントを。いや、生臭いからなしでもいいです。

う、うじ虫がわいてる・・・

光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ
弁護団広報ページ

2007.12.7 原告側から準備書面5を裁判所に提出・被告橋下弁護士に直送しました
2007.12.5 被告橋下弁護士から被告準備書面(4)が提出・直送されました
2007.12.5 原告側から準備書面4を裁判所に提出・被告橋下弁護士に直送しました


「原告側準備書面5」

喩え好きの私としては、分かり易かったです。あの橋下ブログでは、使い放題でしょう。
ブログの更新と被告準備書面(4)が楽しみです。

No.215
 「喩え」というのは、医師と看護婦のやつですか?
 この例は、間接性犯や実行行為のところで、何十年も前(それこそ戦前?)から刑法の教科書に出ている例です。

 考えてみれば、因果関係断絶における「病院の火事」の例とか病院の喩えを使うのが多く、医療関係者が読んだら怒るかもと老婆心ながら思った次第です(笑)。

NO.216
訂正
 間接性犯→間接正犯
 看護婦→看護師(もちろん以前の教科書では看護婦でしたが)

 あ〜恥ずかし。

No.216 psq法曹 さんへ

いや、「刑法の教科書に出ている」ですか。私は、法律関係の本などは、あまり読んでいないので知りませんでした。ただ、「論法」としては、よくある例だと思いました。
さすがに、ここでの引用は、少しまずい?かなと思ってしませんでした。解禁ということで。

あの例を初めにもってきたのは、懲戒請求者(応援者を含む)に向けたメッセージを含まれているのかなと感じました。読みやすくやさしい文で書いているので。
懲戒請求者(看護師)が医者(橋下氏)に騙されて?毒入り注射(懲戒請求)したということを、
懲戒請求者に知らせている例え。

   「大会議室」もう名前をだしますが、「Halさん の心中をお察しする文」

2007/12/05 (Wed) 01:52 ※本とは、「『光市裁判 なぜテレビは死刑を求めるのか』

「ファブヨンさん」自分は、読んでないので、当然ですがその本をベースにしてません。また、Halさんはその本を真剣に信じられてるのですね。

2007/12/08 (Sat) 17:51
Halさん>→全て信じている訳はありません。と言うより、信じる、信じない、の問題ではありません。ドタキャン騒動の当事者が、どのような意見を述べているか知らないで議論しても所詮自閉的空理空論、批判しても的を外すだけだと思いますが?例えば、映画や音楽を評論する、もしくは批判するとして、ファブヨンさんは実物を見ることも、聴く事もせず、つまらない、くだらないと批判するのでしょうか?しかしそのような評論・批判は、実物を知る人間には奇異に見えると思いませんか?

ファブヨンさん⇒なるほど、確かに映画や音楽を見もせず聞きもせず、論評するのはおかしな話ですね。自分も、読んでない本の評価はしないようにしてます。そもそも裁判やドタキャンに対して安田弁護士が意見を主張するのは自由ですしね。

 常識的に考えて、批判する相手の意見を無視して、批判ができるのか?何を論拠に批判をしているか?これだけ、橋下氏を批判している私でも、いやいや、ながら80ページ以上の答弁書を読み、悪酔いしながら、何度も橋下ブログを読んでます。最低限、別の所に書かれていた『年報・死刑廃止2006』や『「生きる」という権利』(安田好弘著・講談社)くらいも読んで「ドタキャン」を批判すべきでしょう。
せっかく「ドタキャン」に関心を持ち、考えているのなら、自分自身(ファブヨンさん)が安田弁護士の立場、視点にたつなら、どうするのか?を、より深く考えるべきだと考えます。「デモ行進でも、何でも良いのです。別の選択肢でも審理をゲリラ的に止める方法はいくらでもあります」などと、書かずに。
もし、私が、橋下氏の立場で考えるなら、弁護士として生きるのなら、刑事弁護を中心にし、そして何かしらの「弁護士の説明責任」を果たさなければ、言っていること、書いていることとの整合性がとれません。さもなくば、弁護士を辞めて、タレント一本で行くしかないでしょう。

Halさんは、こんな人と一月半に渡って「議論のようなもの」してきました。心中をお察しするしかありません。私(ぐら虫)もかけることばも見あたりません。こんな所にも、「自分の矛盾が解らない人」がいました。ごうろうさんです。

>psq法曹 さん

返信する機会を逸してしまっておりましたが、最近の大会議室エントリの No.412 CID 110508のコメントにて、刑訴法第278条の2の件ご指摘有り難うございました。

2 No.406 たしかドタキャンがあったので、次の期日にはこの在廷命令を出したら出てきたという事実関係だったという記憶です。
私が確認した限りでも下記の通りで、ご記憶の通りの経緯でした。

2007年3月7日(火)安田弁護士ら、公判期日延期の申立て
2007年3月8日(水)最高裁、申立てを却下
2007年3月13日(月) 安田弁護士ら、最高裁に欠席届提出
2007年3月14日(火)最高裁第1回公判 次回期日を4月18日と指定
2007年3月15日(水)最高裁 安田弁護士らに刑訴法278条の2に基づいた出頭在廷命令
2007年4月18日(火)安田弁護士ら 公判に出頭

その前に在廷命令を出しておけば良かっただろうという趣旨だと思いますが、裁判所もそこまで疑っていなかったのでしょう。
仰る通りの趣旨でした。 ただ、裁判所はドタキャンを見込んで出頭在廷命令を出すべきだったという意味合いは特になく、英王室御用達紅茶さんに刑訴法278条の2を紹介することが主目的でした。 (No.346等のように、公判ドタキャンを抑止することができる制度が懲戒処分以外にあるのかという話になっていたため。)
3 そしてこの刑訴法上の処置請求と、弁護士法上の懲戒請求(申立て)は別物で、前者で否定の結論が出ても、改めて後者の懲戒請求できると思っていますが、違ったかな? (手元に資料がないので、調べてみますが)
裁判所が、当該弁護士の所属する弁護士会か日弁連へ、出頭命令に応じなかった弁護人に対して適切な処置を行うよう命じても、処置が行われるとは限らず、また、処置がなされるとしても「懲戒」とは別の形である、そして、処置が行われなかった場合は、改めて懲戒請求もできるはずだ、という事でしょうか…。 私も調べてみます。 ご指摘ありがとうございましたm(_ _)m

>(ただいま謹慎中) さん

最近の大会議室エントリにて返信させて頂く機会を逸してしまいましたが、当該エントリのNo.411No.428のコメントも参考にさせて頂きます。
有り難うございましたm(_ _)m

昨日東京高裁で逆転有罪の判決が出た、マンションでのビラ配り「事件」についてモトケンさん、記事を書いてくれないかなあ。
報道で見る限り、私ゃ「この裁判官、アタマオカシイやろ」としか思えへんのですがね・・・

報道では大分省かれていることがありますからねえ。

実際この被告人は共有ポストではなくドアポストにビラを投函しています。

自分の身に置き換えたら、訳の判らない人が共有地内部をうろちょろしているのはこのご時勢恐くて嫌ですね。
しかも住民に注意されて逆切れ説教をかましているようですから、身柄確保されて警察に通報が行くのも当然かな。
逮捕された後は完全黙秘ですから拘置期間が長くなるのも仕方ないでしょう。

個人的には地裁判事の頭の方が心配です。

そっすかね?

集合ポストのないマンションで、オープンスペースの廊下を通ってビラ配りすること程度を問題視する(警察を呼んで逮捕勾留を求め、かつ警察・検察サイドにおいては公判請求する)のは行き過ぎとしか思えんのですがね。

逆ギレ説教云々にしても、私ゃ現場に居合わせたわけじゃないんで、どういうやり取りの挙句に、そういう事態になったのか(売り言葉に買い言葉とも言いますし)分かりませんので、その一局面をもって被告人が直ちに責められるべき事情とも思えませんし。

その通報をした住人が常軌を逸した人物なのかもしれないですしね。
高々ビラ配りしてたに過ぎない人物に対し警察を呼ぶなんてあたりが、私としちゃ常軌を逸した人物と判定するのに十分かな。

「不安だよねー、コワイよねー」みたいな具合に安易に不信感をあおっては、そこに付けこんで原理原則が曲げられるのも仕方ないみたいな話のもってき方をする悪徳セールスまがいのやり口は、私は大嫌いですね。

この事件ですが、集合ポストがあり、ビラ配布お断り&マンション敷地内への無断立ち入お断りの掲示がされている。(管理組合の理事会決定)
そんなマンションの共有部分に無断で立ち入った挙句、住民とトラブルになっって住居侵入でとっ捕まったものです。

都内では日中マンションへの空き巣盗が結構あります。(うちのマンションも数件やられてセキュリティが目一杯上がりましたよ)
不審者が廊下をうろうろしているのには敏感になると思いますが。

私は本件被告のような行動、主張こそが表現の自由を侵害する最大の敵だと思いますがね。
その場で謝ってしまえば、或いは警察で身元動機を供述していればこんな大事にならなかっただろうに…
不法侵入を思想弾圧に摩り替えようとした挙句、こんな判決を引き出した馬鹿さ加減にはもう何とも。

支援者のページに判決骨子がありますので貼っておきます。
http://homepage2.nifty.com/katusika/bira/2hanketu.htm

共産党系の主張にありがちなパターンですねえ、コレは。
一々大げさに憲法上の権利云々まで広げないと話ができねーのかよ、みたいな。
と言うか、包括的・抽象的規定である最上位概念を無理繰り引っ張ってきて、個別具体の手順を定めた下位法規をネグろうとする、悪しき常套手段ですな。
まあその辺はアホだと思いますけど、それでも逮捕・起訴&有罪判決は行き過ぎと思いますね。
「その場で謝ってしまえば、或いは警察で身元動機を供述していればこんな大事にならなかった」程度のことでしかないんですから。
そのマンションのほかの居住者からも、行き過ぎだって感想が出てるって新聞記事もありましたし。蝶を車裂きにするというか、角を矯めて牛を殺すというか。

>ちょとだけさん、こんにちは。 横レスで恐縮ですが・・・


惰眠さんの投稿を受けて、初めてこの問題を知りました。

そして疑問に思ったのですが、不審者って何ですかね?
通報した人は通報する時点で、相手がどういう目的で、どのようなタイプの人間(ピンクチラシを配っていたのか、政治ビラを配っていたのか、もしくは窃盗目的の下見等)だったのか、分かっていたのではないのですか? でなければ、逆切れ説教でモメて通報という事実と矛盾すると思います。

今回の判決は、あらゆる政治団体・宗教団体、果てはコミュニティサークルに至るまで適用される結構な判決だと思いますね。もちろん、皮肉を込めてね。

マンションの住人が、マンションルールをよく知らずに、自分の参加しているコミュニティサークルのお知らせを知人に配る事を頼んだ場合に、そのサークルの活動を気に食わないと思っている住人が通報すれば、その知人は逮捕・拘留されるという事でしょ。

過度に形式的に問題を還元しているけど、要は「日共さんの活動を気に食わないと思っている住人が、注意したらキレられたので、通報した」って事じゃないんですかね。

>No.227 お〜い紅茶さん すみません。私も横レスです。

多分に「日共さんの活動を気に食わない」という感情はあったと思いますが、これを許容したら「実は各家庭の状況をビラを配りながら調査・物色している人=不審者」も容認していましますから、「逆切れ」されたら相手が誰(宗教関係者、政治関係者、サークル)であれ私でも通報するかもしれません。
→素直に謝ったら、単純にマンションルールを知らなかったと考え通報などしません。
→「逆切れ」されたら不審者として、「他の意図」を疑いたくなります。

よって、私だったら不審者かどうかを判断するのは、「謝罪する」か「逆切れ」するかになると思います。
※「謝罪したのに是正しない人」も別バージョンで「不審者」になるます。

ちなみに私自身数度空き巣(マンンション)やられてますが、水道局の検針のふりをして各家庭の不在を調査していたと警察の方から聞きました。
そして空き巣に入られるのは、「十分注意していない私が悪いのだ」なんて意見を過去に複数の人から言われてます。どうしてもそのような人に過敏に反応します。

No.226 惰眠さん
ちょっとだけと名乗りつつ長くなってしまいました。

確かに公判有罪までは行き過ぎと思いますが、起訴された以上裁判所を責める訳にはいかないでしょうね。
明白な住居侵入ですから、拘置期間で相殺出来る刑というのは無罪とするよりは妥当な落としどころに思います。

ですので警察、検察段階で違う処分が出来たか考えるべきだと思います。
容疑が明白であるが黙秘のため動機や背景が見えていないという状況で、
検事に起訴以外の処分が選択できるのかがポイントですかね。
ビラ配りだけなら集合ポストに入れてもほぼ同様の効果でしょうから、
何故内部に立ち入る必要があったのかが見えないと判断出来なかったのかもしれません。
この辺は実務経験のあるモトケンさんのご意見を伺いたいところです。

警察については現行犯逮捕が成立していると思しき場合に、
立件しないという事が許されるかどうかじゃないでしょうか。

No.227 お〜い紅茶さん
こちらこそなんかこんがらがってしまったので、ご意見いただけると頭の整理が進んで助かります。


不審者の件ですが、純粋なビラ配り目的であれば態々内部に入り込む理由が判らないのですよ。
通報した住民が「日共さん」に不快感を持っていたであろうことは想像できますけど、
「より多くの有権者に知って貰いたいはずの政治アッピールを」
「効果が殆ど変わらずより容易で短時間で済む手段があるにも関わらず」
「わざわざ内部に入り込んで戸別配布する」
時点で本当に政治ビラ配布が目的なのかその場で判断出来るか微妙でしょう。

そのうえ謝罪もしなければ共有部分からも出て行かないとあらば、
通報されるのも十分有り得るのではないでしょうか。


ですので提示いただいたサークルの例についても、
集合ポストへの投函で済む事をそれ以上の手間隙かけて内部でやる以上、
不審者扱いされるのは仕方無いのではありませんか?
もっとも理由を説明すれば大抵は依頼した住民と知人への注意で終わるでしょうし、
警察に事情を聞かれたとしても謝罪&事情説明があれば逮捕、拘留まで行かないと思いますが。


判決の影響については是非「日共さん」に言ってやってください。
こんな判例が出来るのは、どう考えてもこの被告の一連の行動の結果ですから。

>カツビンさんへ

私も、カツビンさん指摘の「じゃあ、無制限に知らない人間の侵入を許すの?」という趣旨の疑問は、ひっかかっています。どなたかの教示が必要なところです。

しかし、今回の場合は「不審者」のままで通報されたのですかね? そして、未だに被告人は裁判が進んでも不審者のままで、通報者は態度を変えずにいるんですかね? という疑念が残ります。

記事を知ってから、ググって辿り着いたページですが、http://homepage2.nifty.com/katusika-bira/E13.htmというページにある事実経過を見ると、大分印象が変ってきます。
おそらく、支援者のページだと思いますので、真実を知る二人の内の一方である被告人の主張だと思いますので、通報者の証言同様、検証が必要だとは思いますが。

カツビンさんは、不審者との疑念が晴れれば通報しない良識的な人だと思いますが、ちょっとだけさんがNo.225 で紹介された判決骨子を読むと、通報されたら、謝ろうが疑念が晴れようが逮捕・拘留されるように見えます。

そして、これが判例として効力を発揮すると、ある特定の政治団体・宗教団体、コミュニティサークル等の活動を気に食わないと思う人間は、うかつにお知らせを配った事をもってして通報し、相手を逮捕・拘留できる事になるのではないでしょうか。その状況を憂いています。

>No.232 お〜い紅茶さん

すみません。事件の内容を良く知らないで書いていました。どうしても不審者に見える可能性が高い事件に過敏に反応してしまったようです。
あらためてご紹介のHPにある「判決骨子」を読みました。確かに「判決骨子」だけ見ると、通報時のやりとりを記述していないので、通報までの経緯は問題とならないで、いきなり逮捕・拘留もできることになる可能性あるような気がしますね。その状況を憂いることは理解できます。

私としては、「通報までの経緯」で「丁寧にマンションのルールを説明し、行動を是正を促したにもかかわらず、是正しようとしない人を不審者または不法侵入者として認識してしまうのは、極自然は反応である」みたいな記述があれば私も納得感が高まるのですが・・・
※骨子しか見ていないので、どこかに記述されているかもしれませんが・・

支援者HPの言い分では、説明も無しに有無を言わさず通報されたように見えます。
通報者側の言い分および事実はどうなのか聞いてみたいですね。
結局私自身の判決評価は、「不審者との疑念が晴らす努力を双方で行っていたか」によって変わるかなと思います。

>No.231 ちょっとだけさんへ

こちらの方こそ、ちょっとだけさんの意見でいろいろと考えさせられて、感謝しています。

まず、この問題ですが、どのような事実経過を判断材料として採用するかによって、だいぶ印象が違ってくると思います。
「注意したらキレられた」の部分は、ちょっとだけさん提示の「逆切れ説教」から連想した私の想像ですが、支援者ページの事実経過を見ると、キレてもいないみたいです。あと、警察の家宅捜索などの迅速な対応も気になるところです。

次に、事実経過は別として、紹介された判決骨子を素人読みすると、判決骨子の6に何やら書いてありますが、集合ポストであった場合や一部のマンション住人が支持した場合でも通報されたらアウトな様に見えます。専門家の方の意見が聞きたいところです。

そして、このような判決を招いてしまった「結果責任」ですが、これを被告人の側にのみ帰するのは、どうかと思います。
マンションへのビラ配りに対して激甚に反応して通報した人が、「マンションへのビラ配りを規制する判例」を作った事に対しては第一に責任を負っているように思えるからです。ただし、これは通報者に対して、私が疑念を持っている事が多分に影響している結果だと思いますが。

「迷惑だ、出て行け」と言う言葉には従えても、「お前は犯罪者だ」「ビラ配りは犯罪でしたと認めろ」という言葉には従えない。それなら私にも理解できます。

被告は23日間拘留されることになっても「ビラ配りが犯罪行為である」ことを認めなかったプライドの高い人ですし、被告の心を守るためには裁判で負けても最後まで戦うしかないんじゃないでしょうか。

否認事件は何だって限度いっぱいまで拘留する警察の取調べを問題にしたいですね。

 しかし、佐世保のような事件が起こると、住居内に不審者がいたら
通報したくなるなあ。
声をかけてズドンでは洒落にならない。
アカと公安絡みだけで注目された事件とは、本質的に違うが、生活の
安全のため、身を守るため、警察は「不審者がいる」との通報には
迅速に対応して頂きたい。
 法律や思想以前の身近な問題。

昼寝さんのコメント
【アカと公安絡みだけで注目された事件〜】

あいかわらずの他人事な挑発的表現ですが、それは置いといて。
公安が絡んでるの? だとしたら、そのまんまですね。

昨日偶然、犯罪みかん論のエントリが上にあがってきて、目にする事ができたのに運命を感じますが、これがこの「犯罪」の本質だって事ですね。

つまり、不審者の問題やマンションルールの問題や住民の権利の問題や集合ポストをスルーした責任の問題に分解して分析しても、判決の意義を調べる分には有効でも、「事件」の本質は余計に見えなくなるだけ。

この「事件」は、通報者の不自然さを含めて関係者をまるごと見た方が、一目瞭然。

No.235 お〜い紅茶さん

>この「事件」は、通報者の不自然さを含めて関係者をまるごと見た方が、一目瞭然

昼寝はそう思います。
あくまでも例えばですが、幼稚園のバザーのお知らせを配っても同じ
ように逮捕、家宅捜索、起訴となったのだろうか?
そのような事態は考えにくい。
ならば、原因は配ったチラシの内容、もしくは配った人物にあると見る
ほうが本質がわかりやすい。

もうひとつ、別の重大な意味で、無差別殺人が起きるような可能性
もあるわけで、不審者の通報を「過剰反応」というような風潮にして
はいけないと思う。
その意味合いで判決を分析するのは意味がありそうにも思う。

こちらの読売の記事によると、前防衛次官の妻は不起訴のようですね。No.159 psq法曹さんの読みが当たったようですね。

(ところで、こちらのブログで多くの方のご意見を拝見するようになってから、様々なニュースを、以前より少しは多角的に観ることが出来るようになった気がします。)

(No.237に自己レスですが)
上記記事をよく見れば「処分保留のまま釈放」でしたので、「不起訴のようだ」と書いたのは語弊がありました。
(これから起訴される可能性もない訳ではないので…)
大変失礼致しました…(恥〃。

読みが当たってひと安心。
内心は冷や冷やものでしたが・・・(汗)

No.238
不起訴の「ようだ」だからいいのだと思います。
実務上、このままの事実関係だと起訴されることはまずないですから。

「まあ、知事に立候補なんてすると「過去の弁護士としての活動」や
敗訴事例、はたまた「余計な主張」とかもひっぱりだされて批判され
るのもやむをえないか。有名税だな」

と橋下先生はここを読みながら考えているのかもしれないと、勝手に
想像してしまった。
ただ、それだけのことですが。

匿名でも名誉毀損に当たる場合あり。損害賠償の対象になる場合も
あり。芸能人ブログ発言もう過去のことか。。。

非法曹の身としては、他人事ですがそんな感じかな。

>No.239 psq法曹さん
>不起訴の「ようだ」だからいいのだと思います。

ほっ(^^:
セーフでしたか。

(No.240 昼寝さん、はさんじゃってすみません。)

* * * * *

以下は、特にどなた宛という訳でもないですが、「裁判員模擬裁判のばらつき」エントリのNo.40に書いた通り、裁判員制度について、どのような議論を経て制度設計に至ったのか、ぼちぼちですが調べています。
裁判員制度の概要をざっと確認した時に、とりあえず直ぐ、「裁判員制度の対象となる事件は、法定刑の重い重大犯罪とすべきである」となっている点に疑問を感じました。直ちに否定している訳ではありませんが、肯定的な理由やメリット等を拝見しても今ひとつ納得出来ていません。今からでも可能ならば、改めて議論させて欲しいという思いがあります。
まだ引き続き調べていく予定ですが、また取上げてもらえたらいいな…。
(裁判員制度施行は、もう目の前という気がするので、悠長にもしていられないかもしれませんが^^;)

すいません。昼寝です。。。。。
一回だけダブハンしました。

死刑囚さん。どうぞお続けください。

「光市弁護団と死刑廃止論」エントリから。 
 
>とくめいちゃんさん
>大阪レッドさん
>関西人さん

ロー生さんは一般論として被害者の心情に思いを寄せること自体がダメだと言ってるわけじゃないと思います。
「刑事訴訟」の目的は、基本的に真実をまず明らかにすること、その際被告人への不当な人権侵害を防止すること、の二つだって言うことなんです。
その基本、大前提の上で、どれだけ被害者の心情に十分配慮するかってことが大事なんですってことだと思います。

動機や、犯行の状況や、生い立ち等の「真実」もとても大事なんです。
殺したこと自体は明らかだった事件でも、よくよく事情を考慮すると、執行猶予をつけざるを得なかったなんてことだってある。
また往々にして糾問するだけの機関だけだと、どうしたって「オマエがやったんだろ!」と追い詰めるだけの手続になってしまう。
マスコミの報道だけを見れば「どう考えたってコイツがやったに違いない」と思えるような事件でも、実は冤罪だったってことが実際ある。
ついこないだも、富山県の連続少女暴行事件で、事実とまったく異なるストーリーを警察がでっちあげた事件がありました。
犯人とされた人が服役して出所した後、偶然真犯人が現れて初めて明るみに出たんです。
捜査機関ってのは往々にしてこういうことをするし、マスコミも思い込みで扇情的な報道をすることがよくあるんです。

こんな事態はよっぽど被害者を傷つけると思いますよね。
だから大事なのは、徹底してできる限りの真実をまず明らかにする。
そのためには、弾劾する立場の人と、擁護する立場の人が互いに意見を主張しあい、それを中立公正公平な第三者が判断するというシステムがまず前提として大事になってくる。
確かに、被害者にとって加害者(と思われる)人を擁護する言葉を聞くと傷つけられることもあるだろうけど、大局的にはやはり真相しっかりとを明らかにすることが被害者保護の前提になるんですね。

この、
「被告人に不当な罪が着せられないよう注意しながら、可能な限り真実をまず明らかにする」
という大前提を踏まえたうえで、被害者保護をどうするかがはじめて議論になるんです。

光市の事件を頭から除いて考えてみてください。あくまで一般論で、考えてください。世の中にはいろんな人がいるってことを念頭において考えてみてください。

被害者が刑事裁判の一方当事者として参加したとして、
もし被害者側が報復感情から真実と異なる思い込みをしていたら?
被害者が感情的になるのを見て、被告人が真実と異なる供述をしてしまったら?
あるいは不当な意図によって被告人を陥れようとしていたら?
様々な事件で様々な事情があることを念頭において、制度は設計されないといけません。
ロー生さんのおっしゃるように、「仇討ち」「復讐」のための犯罪被害者が参加する裁判、あるいは捜査機関のみの一方的な裁判は、とてつもなく沢山の冤罪を生み出してきた歴史があります。
中世以降、やってもいないのに犯罪者に仕立て上げられた人はそれこそおびただしい数なんです。
こうしたことを十分に考慮に入れて、バランスよく、なるべく弊害がないように、しかも被害者が可能な限り癒される制度を考えないといけないところが難しいのです。


>☆さん
 
20年ぐらい前は、犯罪被害者のことなんかTVはまったく取り上げたりしなかった状況があって、それこそそのことに一生懸命取り組んでいたのはまあ被害者と一部の弁護士ぐらいでした。
しかし近年は逆に、TVでは被害者への感情移入が先行して、刑事手続の基本的な原則をも掘り崩してしまえという論調が目立つようになった。
そのせいで、TV視聴者も現行手続の大事な原則を知らないまま、許せん、吊るしてしまえと考えてしまう。
だから、被害者の問題とは別に、刑事手続の原則は大事なんですよ、という立場から法曹の方は発言しているわけなんです。
決して被害者のことをないがしろにしろと言ってるわけじゃない。
刑事訴訟の大事な原則の上にプラスして、被害者保護をどう実現するかの議論が大切だって主張なわけです。


少し古いかもしれませんが、刑事政策の吉岡教授の論文がネット上にありました。
http://www.users.kudpc.kyoto-u.ac.jp/~b50999/vcjs.html
ぜひ参照してみてください。
「4、刑事システムの目的と課題」の部分などが議論に関わるところかと思います。

ブギーマンさん(薬屋の企画屋さんから改名?)の次は、サンドイッチマンさんでしたか…(^^)
もっとも、「サンドイッチマン」さんの方は、冗談ですね。

「光市弁護団と死刑廃止論」エントリのNo.122 ☆さんが、被害者側の感情を鑑みて、「改正が必要な部分も大いにあるんではないですか。」というご意見をお持ちのようだったので、具体的にお話を聞いてみたくなり小会議室へ誘導させて頂きましたが、まだいらっしゃっていないようですね…。
(刑事裁判における被害者側の感情への配慮というお話には関心がありました。
ただ、刑事裁判は光市事件にだけ適用されるものではないので、光市事件をテーマにしたエントリで話すのは少し相応しくないのではないかと思い、こちらへ誘導させて頂いた次第です。)

素人としては、刑罰の正当性や目的とは何なのかと思う所があります。
・公益を損ねたことに対する制裁
・同様の犯罪行為の抑止
・被害者の代理報復
・被害者への償い
などでしょうか…?(まだよく調べていません。)

私には、加害者が刑罰を受けることが「被害の償い」になるとは思えないのですよね…。
人を殺したら、刑罰では(たとえ死刑であっても)、償えないのではないかという思いがあるからです。
「人を殺したら、たとえ過失だろうが、反省していようが、命を持って償え。」というご意見の人もいるかもしれませんが、このような意見に感覚的に違和感を覚えるのは、上記のような思いがあるからかもしれません。加害者が死んだって、亡くなった被害者は帰ってきません。

学生時代の仲間から、高校時代にやった悪行として、とんでもない告白を聞いたことがあります。「仲間と一緒に、夏の海辺で遅くまでたむろしていた女の子をナンパし、睡眠薬を飲ませて眠っている間に皆でとんでもない事をしてしまった」という内容でした。
彼は悔いており、自分を許すことが出来ずにいるようでした。
この哀れな人は自分を許すことができず、好きな女性と一緒になって幸せに暮らすことなど、無意識に選べないだろう、とその時思いました。実際にそれから10年以上経った今も独身です。そして破滅型の人生を送っているように見えます。
殺人事件において被害者側が「まずは、加害者に罪に気づかせたい、それが適わないのであれば何万回でも殺してやりたい」と思うのも、自然な感情かもしれません。
なにが被害者やその家族達にとって一番の償いとなるのか、私には判りません。でも、もし自分が被害者側ならば、少なくとも加害者には罪を悔いて欲しいと思います。そして取り返しのつかない事をしてしまった事を後悔することで、苦しんで欲しいと思います。

自分が何をやってしまったのか、よく判らないまま、絞首台に上って命を落とす。これでは、被害者側が感じた苦しみには、到底及ばないのではないでしょうか…。
愛情を知った時に、はじめて他者の命の大事さを痛感するのではないかと思います。
光市事件の件については、もし、今枝弁護士が加害者の元少年の心の中に入り、人間的な何かを生じさせる事があったのだとすれば、加害者が本当の意味で苦しみを覚え始めるのは、これからではないかと思います。

ところで、裁判員制度の導入後は、市井の人間にとっても刑事裁判が以前よりは身近な問題になるのですよね。検察側にも、弁護側にも双方に頑張って主張してもらわないと、裁判員として判断を下すときに苦しむだろうと思います。冤罪で人を死刑にしたくはありません。
冤罪でなくても、裁判員として死刑判決を下した場合は、そのことを一生忘れないと思います。

法曹家の方達の中で裁判員制度推進派の人がいるとすれば、国民が裁判に参加するようになったら、そう簡単には死刑を出せないだろうという読みをお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
でも、果たしてそうだろうか?という疑問があります。気に入らない相手を、自分の目の前から存在ごと消し去りたいという欲求を、簡単に口に出しているような人もいらっしゃいます。口だけだったら良いのですが・・・。

どのような改正を行えば、今以上に被害者側の感情も配慮しながらも、今よりも冤罪の起こることがないような刑事裁判が実現できるのか…何か良い方法はないものだろうかと私も思います。

散漫になってすみません。
ただ、☆さんと色々話してみたくなり、思いつくままに書いてしまいました…。

>ロー生さんは一般論として被害者の心情に思いを寄せること自体がダメだと言ってるわけじゃないと思います。

私もそうです。これから先に絶対冤罪が起こらないという保障があるのなら、私は「被告人を吊るせ」という主張を否定しきれません。
個人的には被告人は残虐な殺人犯で反省もしておらず、死刑相当だと思っています。

しかし被害者への同情や被告人への怒りと、裁判の仕組みを理解するよう言う事は全く無関係です。

私が大阪レッド様を批判したのは、

>理解を得ようとするならば、凡民を高度な位置に持って来ようとせずに、知識あるある主張者が、底辺にまで下りてきて理解を得よ。

この部分が「凡民は理解しようとしなくてもよい、理解されないのは法を知る者の責任だ」というふうに読めたので、「その姿勢は愚かしい」と言いました。間違いならばどういう意味かご説明ください。

>そもそも残虐行為をした者は誰なのかを棚上げして、悪魔を守る行為に走ってるおぞましさには、人間性の腐敗を感じる。

たとえ悪魔でも、弁護を受ける権利があります。裁判はある意味「悪魔だ」ということを証明する過程とも言えると思います。結局「悪魔だ」と認定されたなら悪魔にふさわしい判決が下されます。

大阪レッド様は「自分が殺人をしたらどうなろうと文句は言えない」とおっしゃいます。それ自体はいさぎいいことで賞賛に値しますが、大阪レッド様がどう思おうと弁護人はつきます。

私が殺人を犯すことがないとは言えません、しかし理由無く殺人を犯すことはしないつもりです。その理由は正しく理解された上で裁かれたいだけです。それを代弁できるのは私の立場になってくれる弁護人だけですので、正当な弁護は受けたいと発言しました。「事情は分かったが、それでも死刑がふさわしい」となったら私に返す言葉はありません。

無用な減刑を望んでいるわけではありません。また、冤罪で捕まる場合もありえます。その時も法廷上で私の味方になってくれるのは弁護人だけです。

だから弁護を受ける権利を否定するように読めた

>そもそも残虐行為をした者は誰なのかを棚上げして、悪魔を守る行為に走ってるおぞましさには、人間性の腐敗を感じる。

にも批判の言葉を加えました。

エントリ違いになるので、小会議室で返答させていただきました。

刑法の機能は
・法律によって保護される利益を保護をし、そのことによって社会秩序を維持する
・国家が刑罰権を行使できる範囲を一定に制限して、人権をまもる
・法律上許されない行為を国民一般に対して明示する
・個人個人に対して、犯罪をするなと命令する


刑罰の機能は
・法律によって保護される利益を侵害した犯人に非難を加え、苦痛を科すことで社会の公憤を慰撫し、被害者の報復感情を満足させる
・刑罰の威嚇作用によって一般人に対し心理的に働きかけ、犯罪抑止を図る
・犯罪を犯した者に対して、やってはいけないことだと教え、矯正して再犯を防止する
(大谷實先生・刑法総論)

だそうです。


「命を侵害した以上は、命をもって償え」は、マグナ・カルタの目には目をですね。
単純で共感しやすいですが、大谷先生によれば、やはり家長や氏族の長、王権が刑罰権を一方的に握っていた未開時代の野蛮な刑罰だとされています。
歴史的には様々に刑罰の目的や正当性についての理論が変遷してきたようですが、現代においては、単純に被害者感情や一般人の公憤の慰撫という観点だけではなく、国家による恣意的な運用の排除、犯罪予防と社会法秩序維持、どう犯罪者を矯正して社会に再インストールするか、等の様々な要素を考慮しなければならなくなってるようです。
難しい・・・。

訂正:
マグナカルタ→ハムラピ法典

>No.244 死刑囚さんへ

>ただ、☆さんと色々話してみたくなり、思いつくままに書いてしまいました…。

私も☆さんの主張を伺いたくなったので、レス出しときました。
後出しで死刑囚さんには恐縮ですが、ご了承願います。

>No.248 法は知らな損さん

私が了承するとかしないとかの問題ではないと思いますが、わざわざ、ご丁寧にどうもです。
(☆さんのコメントで、法は知らな損さんが関心を持たれた部分を確認致しましたが、私はその部分はスルーしました。)
もちろん、ご自由になさって下さいね…。

>No.246 プロ喫煙者さん
刑罰の機能等について、参考になりました。
ご紹介有り難うございます。

No.248 法は知らな損さん へ

勝手に”ブログ主”的発言ですが、「小会議室」に誘導するよりも「光市弁護団と死刑廃止論」でそのまま継続して(可能ならばの話です)、やりとりする方がいいのでは、と思います。
相手(ここに初めて書く人)もそのエントリーに対して関心があって(見つけて)書いてきたのですし、前のエントリー(2007年9月28日)なのでエントリーから少しくらいずれても問題はないと考えます。
ある程度のやりとりをした段階で、大きくエントリーから外れていると判断した時に誘導する方が(相手も)移行しやすいと思います。
それは、ここに初めて書く人(名前で判断)の場合、いきなり「小会議室」に誘導されても「自分の意見」に絶対的な自信のある人は別にして、批判されることが予想される所(小会議室)に書くのは躊躇する可能性があります。
批判されることを織り込んで書いてきている文でなさそうなので、そもそも「法律とは?」の段階の気もします。その人の書くハードルを下げる意味でもそのままのエントリーでする方がいいのではと考えます。
私自身がそもそも「法律とは?」を考えている段階なんでその人にはえらそうには言えませんが。
読み返すとお前は「ブログ主か?」と言われそうです。

>批判されることが予想される所(小会議室)

はうっ。ここって批判部屋だったんですか…?(TT)
とりあえず、「管理人が特にテーマを決めない会議室です。」を、額面通り受け取らせて頂いてました(^^;

* * *
以下独り言です。
☆さんの素直な心情吐露を批判しようという気にはなれませんでした。

進化心理学や発達心理学において「共感」は人間に備わった適応的なメカニズムと考えられています。
また、進化心理学的アプローチにより、人類の歴史において、人間社会にサンクションを根付かせる際に適応的なメカ二ズムとして「非協力者に対する怒りやすさ」という心理傾向が実装されている可能性も示唆されています。

上記のような話にもし関心がありましたら、下記がお勧めです。

「サンクションの進化」帝京社会学第18号 大浦 宏邦著(PDFファイル)

「人間行動に潜むジレンマ―自分勝手はやめられない? 」(DOJIN選書 13)大浦 宏邦著 …初学者向けのようですが、進化ゲーム理論における秩序形成問題に関する成果の情報がカバーされているように思います。(当り前でしょうが、しっかり参考文献も載せられているのでお勧めです。

上記考えに立てば、おそらく、人間の「裏切り者探知モジュール」の精度よりもずっと、司法の判断は慎重なのでしょう。被害者に共感し、「『裏切り者』とみなした被告人を弁護する弁護人をも『裏切り者』とみなして、弁護人にまで怒りを向ける心理傾向が生じるのは、「人間的」と言わざるを得ないように思います。(ただし、弁護人への怒りが正当だと言っている訳ではありません。)

しかし、進化ゲーム理論を基にした秩序形成問題の研究において、「オーバー・サンクション」の問題はまだ手付かずで、未解決であると聞きます。研究が進み、何らかの知見が得られることを期待します。


>人間社会にサンクションを根付かせる際に適応的なメカ二ズムとして「非協力者に対する怒りやすさ」という心理傾向が実装されている可能性

上記の部分に語弊がありました。

「人間社会にサンクションが根付くことが、社会の個々の構成員の適応度を上げる場合に、サンクションが根付くことを促す「非協力者に対する怒りやすさ」という心理傾向が適応的なメカニズムとして集団内に広まった可能性」と言うべきだったかもしれません…。
厳密にはこれでも間違っているかもしれませんが、詳細は上掲の参考PDFや書籍をご確認頂ければ幸いですm(_ _)m

独り言で、連投すみません。もう一つ語弊のある記述がありましたので、訂正です。

×「人間的」と言わざるを得ないように思います
○ある意味「人間的」と言わざるを得ないように思います

さらに補足。
刑事弁護人の職責を理解することも、ある意味「人間的」だと思います。やはり教育や学習の問題になるだろうと思います。

また、追い出されてしまった ショボーン。。。

>No.251 死刑囚さん

>はうっ。ここって批判部屋だったんですか…?(TT)

私にとっては、謹慎部屋ですw


No.251 死刑囚さん へ

「批判されることが予想される所」

この部分は、だいぶことば足らずでした。すいません。「小会議室」は元々、エントリーと関係のない話を議論する場として作られました。自分勝手な解釈ですが。(場外乱闘の前段階として)
それは、掲示板No.781No.782 No.784 もちろん「管理人が特にテーマを決めない会議室です。」に上の部分も内包されています。
上の部分は、なぜ小会議室があるかの理由みたいなものです。場外乱闘があるにもかかわらず。これも勝手な解釈です。

なぜ、「批判されることが予想される」かというと相手(☆さん)が批判的な文を書いてきているので、こちらが普通に返答(質問)しても相手は批判されているように感じるのでないか、と考えたからです。こちらがどれだけ批判する気持ちがなかったとしても。ましてや、「小会議室」に行きましょうとなると別室に連れて行かれて批判される感覚をもつかも知れないと思います。初めて書いてくる人の感覚ではとくに。
「小会議室」をNo.1から読むと(初めての人は)書くのを躊躇するかも知れません。私もその責任の一端です。大部分?それで、前の文の「書くハードルを下げる意味でもそのままのエントリーでする方がいい」に繋がります。

>「小会議室」をNo.1から読むと(初めての人は)書くのを躊躇するかも知れません。私もその責任の一端です。大部分?

昼寝に関係するコメントが大部分でありますから、責任の大部分は昼寝という
論理も可能かと思われますw

どうだろうさんへ

「議論の帰結を踏まえない」新規投稿者が現れた場合、議論を続ける
方々の対処は以下のふたつだと思う。

ゝ掴世両況がわかりやすい、エントリ、もしくは良くまとめられた投稿
に誘導して、それからの発言を即す。

▲好襦爾靴董議論に値しないことを表現し、再度、自ら過去の流れを
 把握してから発言されることを暗に願う。

多くの方が、youさんに対して,諒法を取られました。
私は、△諒法もあるという考えを表明しました。

私は、疲弊や徒労よりも排除が嫌いです。また、上記を行わずして、
改行がどうのこうのと意見に関係ない批判を加えたあなたを「そりゃ
いいすぎだ」と批判したわけです。あなたにだけ向かって発言して
おります。

言われなくても常識として「過去の議論の帰結」位読んでから書け!
とういう正論には「私もそう思う」と言っておきます。
ただし、石を積み上げる子供の目的は、親の供養という善行であり、
「善行」に対しては、もう少しだけ寛大な方が多くの意見が集まるか
なと思います。

何度も言いますが、丁寧に相手をして頂いて、ありがたく思って
います。
この小会議室をロムして頂ければ、あなたのいう通り昼寝は周囲の
疲弊を呼ぶ投稿者であることも正解だと思います。

最近は、賽の河原以外で、議論や情報交換を楽しませて頂こうと、
この「モトケン様のブログ」にしつこくお邪魔させて頂いております。

失礼な表現がございましたら、平にお詫び申し上げます。

>No.255 ぐら虫さん

そのような見方もできそうですね。
そういえば、私自身が一度、ブログ主さまから警告を受けた「死刑囚」であるために、エントリのテーマから逸れたコメントのやり取りを続けてしまうかもしれないことに、不安を抱き易いのかもしれません。
そのせいで、皆さんよりも直ぐ「小会議室」に行きたがる傾向があるのかも(^^;ゞ


>昼寝さん
小会議室の常連さんですね(^^;
私もここが居心地いいので、お邪魔させて頂いていますw

No.256 昼寝さん へ

一度しか書きませんが、なるべく、私の名前、文の引用は控えて貰いたいです。私からあまり書かないですが、関係する文に答える(ようとする)ので。何回も「小会議室」で昼寝さんに書いたような文は書きたくないからです。「何々論」なんていやでしょう?

「責任の大部分は昼寝」

「小会議室」が出来たこと自体にも関係しています。
系譜でいうと○○人さん→○○すがり100さん→ 昼寝さんです。
「小会議室」の設立は昼寝さんの”善行”(あくまで私に、死刑囚さん ?とっての)です。

繰り返しますが、書いたことは守りましょう。そうでなければ訂正すべきです。
No.191 昼寝さん | 2007年12月 4日 09:48
「もう、橋下先生扇動事件に関しては書かないでおこうと決めました」

No.194 昼寝さん | 2007年12月 4日 19:20 「小会議室」
(どうも、橋下先生扇動絡むと話しにくい。私がもう飽きてしまったのかもしれません。)

それと、「橋下弁護士の懲戒請求350人」No.78 昼寝さん の文
「すなわち、懲戒扇動問題(橋下問題)を語る場所が賽の河原。問題が問題だけに、弁護士さんが鬼の形相で石を積むことは理解していますよw」

二ヶ月以上このブログで書いていて、こんな他人事の視点と(懲戒扇動問題を)笑い事とする考えとしか思えない文を書いているのは、残念を通り越してことばが見あたりません。弁護士でもない私が「扇動問題」を批判していることなんか想像もできないでしょう。(橋下氏を含めて)
結局、昼寝さんは、No.317 の文での弁護士に対する私怨をここで解消しているだけです。

>No.257 昼寝さん

>「議論の帰結を踏まえない」新規投稿者が現れた場合、
>議論を続ける方々の対処は以下のふたつだと思う。

>ゝ掴世両況がわかりやすい、
>エントリ、もしくは良くまとめられた投稿に誘導して、
>それからの発言を即す。

>▲好襦爾靴董議論に値しないことを表現し、
>再度、自ら過去の流れを
>把握してから発言されることを暗に願う。

あ、自分は Ν△匹辰舛砲眩箸靴覆ぢ弍でした。
あなたのたとえで言うところの

「議論の帰結を踏まえろ」と厳しく指摘する。

と言うところです。でも、これは当然のことです。
新規投稿者だかなんだかしらないけど、
前提を全く把握せずに人を思い切り攻撃する文章なんですから。
しかもそれは今まで散々議論してきた内容です。

それで一からやり直しを他人に強いると言うのは論外です。

>私は、疲弊や徒労よりも排除が嫌いです。

よく言えたものですね。朝日新聞に対して、
排除的批判を加えているのはどこのどいつだと言う感じです。

>また、上記を行わずして、
>改行がどうのこうのと意見に関係ない批判を加えたあなたを「そりゃ
>いいすぎだ」と批判したわけです。あなたにだけ向かって発言して
>おります。

意見云々以前の問題として
あの改行は論外です。読みにくくて仕方がない。
で、ああいうお方に限って、揚げ足を取ってくるものですので。

>ただし、石を積み上げる子供の目的は、
>親の供養という善行であり、
>「善行」に対しては、もう少しだけ寛大な方が多くの意見が集まるか
なと思います。

現時点では、「寛大な方」の「多くの意見」は
全く集まっていませんね。
だって、あなたは鬼でしかないんですから。
よく「石を積み上げている子供」などと言えたものだと言う感じです。

それから言ったことは守ったほうがいいですよ。
「橋下先生扇動事件」への発言はやめていただいたほうが
周りも疲弊しなくてすみますし。

>No.260 どうだろうさん

>それから言ったことは守ったほうがいいですよ。
「橋下先生扇動事件」への発言はやめていただいたほうが
周りも疲弊しなくてすみますし。

では、そういうことで。ご指摘、ありがとうございました。確かにこの
状況では賽の河原の石積みが続きますが、頑張ってください。
嫌味とかではないです。丁寧に返していただける方とのやりとりは、
少なくとも私には有益でありました。疲弊させたことは再度お詫び
申し上げます。

>No.259 ぐら虫さん

賽の河原の石積みか。。では、これは今後一切書いたことを守る約束
で書きましょう。

くだらん輩にここまで決め付けを書かれてまで、楽しむブログでもなさ
そうなので、この書き込みを最後と致します。

>No.250 ぐら虫さんへ

>批判されることが予想される所(小会議室)に書くのは躊躇する可能性があります。

私もNo.251死刑囚さんにあるように批判するのが前提ではなく、もう少し☆さんの心情を伺ってみたかったのです。
実は、橋下弁護士懲戒請求350人のスレッドでのyouさんへの多くの方の投稿を見ていて、むしろ小会議室で2人で(あるいは死刑囚さんを含めて3人で)(さらに付け加えればひっそりと)やりたかったという気持ちがありました。
死刑囚さんも同じかな〜と思ったりもして一言248を入れたのです。

向こうで最初からそこまでは書かずに言葉足らずだったし、本人がいらっしゃる気配もなく、No.255のご指摘もごもっともです。

私はぐら虫さんを(勝手にですが)「盟友」と思っています。
最近では大会議室で的確なご指摘をしている暗闇の虎さんにも一目置いております。
その一方で、Fさんみたいに明らかに意見の相違する相手とも議論(?)してみたいところがあるのです。

>No.262 法は知らな損さん

>死刑囚さんも同じかな〜と思ったりもして一言248を入れたのです。

そうだったのですか(^^)

youさんのコメントについては、懲戒制度等に関する誤認に基づく批判の方が前面に出ているように思いましたので、あまりお話を聞いてみたいとは思わず、とりあえずポイント指摘に留まりましたが…。

でも、☆さんのコメントは、主に「被害者側の感情への配慮」を問題にされていらっしゃると受け取りましたので、法は知らな損さんの仰るように、ひっそりと話してみたかったという気持ちがありました。
(同じお気持ちの方のご参加でしたら、かえって有り難かったです。)

>向こうで最初からそこまでは書かずに言葉足らずだったし、本人がいらっしゃる気配もなく、No.255のご指摘もごもっともです。
この点も同意です。
私もあちらのエントリでは言葉足らずだったかもしれません。
ただ、「じゃあ、どうしたら良いというのか?」と聞いた時に、少しも批判的な気持ちが含まれていなかったとは、言えなかったかもしれません。
もっとも批判というより、「被害者側にのみ立って闇雲に批判するのは、ジレンマを感じていないという事だろうと思い、無邪気にも思え、ある意味羨ましい」という気持ちもあったような気がします。

以下は、法は知らな損さん宛てではなく、☆さん及び☆さんと同意見の方達へのコメントになりますが、第三者の立場から、被害者側に共感し本当に気の毒に思うならば、「具体的にどのような改正を望むのか、光市裁判以外にも適用される刑事裁判の在り方全体の利害を勘案した上で最適と思われる制度とはどのようなものか?」を議論したらよいのではないでしょうか…?
私たちが主権者なのですから、私たちの問題でもあるのだろうと思います。
弁護士は法を熟知しているだろう点で法的強者だと思いますが、法の奴隷にも思えます(言葉は悪いですが…)。
法的に無理な主張をされたら、弁護士としては「法的に」正しい答えを返さざるを得ないのではないでしょうか?だからといって、弁護士が常に「法的に」だけ考えている訳ではないのでは?

>ぐら虫さん
>昼寝さん
僭越ですが、クリスマス・イブ・イブでの争い事(?)は、流されてはいかがでしょうかね…。

No.262 法は知らな損さん へ

「批判するのが前提ではなく」

二人がそういう気持ちというのは、私には分かりますが、相手にそれが伝わるかは難しい問題だと考えます。
初めての人が批判的な文を書くときは、何かしらの”警戒”はするはずです。しかし、☆さんの文は無防備でつっこむ所が満載なので全く批判されることを想定していない文章になっています。それも弁護士ブログに「人間性失うなら法律知らない方がいい」なんて書いてきてるので、一回こっきりなのかなと思います。
もし、その人とやりとりをしょうと考えるなら、「法律なんていらない」という視点に立って、極端ですが「私も人間性を失うなら法律なんていらない」くらいの賛同のコメントが必要かもしれません。
まずは寄り添うくらいの発想の転換がいるように考えます。(相手が過去レス見ていない前提ですが)
相手に、何かしらの次の文を書いてきてもらうために。

「ひっそりとやりたかった」

私もひっそり(気持ち的に)と一対一が基本です。「掲示板」でのやりとりは本当にひっそりでした。youさんの文は全方位攻撃型だったので、あんな風になったと考えます。私からはあまり書かないですが、思わず書いてしまいました。釣られた?
☆さんの場合は、一点(法律)攻撃文なのですが、あまりに無防備なので批判するは、どうかなという気持ちにさせます。
☆さんよりも上の三人に対して何か書こうと考えました文が荒れるので控えました。特に中途半端な関西弁?の文には、「ニセ者ちゃうんか」文(関西弁風)を書きましたが、だいぶ問題ありと判断しお蔵入りです。
半分真面目に半分冗談ですが、なにかひっそり記号(★)みたいものを作って、文の最後に(★)がある間は、はじめにレスした人優先、横レス禁止にするというのは、どうでしょうか?状況に左右される面が多いのでなかなか難しい問題だと思います。(相手次第の所も)

私と「盟友」だと信用(説得力)が落ちるので気持ちだけでいいです。真面目に書くと論文調になってしまうので、くだけた表現に変えています。それと、批判する時に相手の退路を断ってしまう傾向があるので、その辺は反省です。(何回も書くのは大変なのと、人によりけりですが)

「Fさんみたいに明らかに意見」

もう一人だけの”防衛隊員”なんで頑張っていると思います。早く認めた方が楽なのに「見ざる、聞かざる」です。ある一面では”評価”しています。あれだけ多くの人からつっこまれることは、なかなかないでしょう。
本人も「ここの読者はそんなに自分ごときのことを気にしてるのでしょうか?」なんでオレにばっかりくるのを疑問に思っています。
私の「最近の大会議室」の文もFさんと架空にやりとりしているみたいなものなので、私がFさんになって私の文を批判してもいいくらいです。
あと、P氏、(2007/12/23 (Sun) 15:44)の文は自作自演です。スルー希望。(P氏も)では、また。

>No.263 死刑囚さん

前にも一度、No.206で同じように捨てゼリフを吐いて退場のようなことをしましたが、またすぐに戻って来ていました。今度は分かりませんが。最後の二行が堪えたのでしょう。別の所で「論理と整合性」を磨いて戻ってくればいいのではないでしょうか?まぁ最低10回以上自分の書いた文を読み返すべき。何回も同じことか書かなければいけない人には容赦なしです。
とりあえず、掲示板No.781の「責任」からは解放です?やれやれ。(独り言)

>No.264 ぐら虫さん

>捨てゼリフを吐いて退場のようなことをしましたが、すぐに戻って来ていました。

ギクッ。私も一度そんなことを…(汗。
それはともかく、昼寝さんのコメントは、当初の頃はともかく、最近は弁護士さんへの私怨うんぬんというのは無かったのではないかなぁ…と個人的には感じていました。
昼寝さんの場合、弁護士会や弁護団側に立つと、職業柄コンプライアンスの観点から、弁護士会や弁護団を批判される方達をより一層丁重に持てなすべしという御意見になってしまうのではないかと。(このような意見が、個人ブログのコメント欄で適しているのかという疑問はともかく、「弁護士会や弁護団側に立ったから」そうなってしまうのだろうと、その分割り引いて受け取っていました。)
食品の偽装表示の件などに関する昼寝さんのコメントは興味深く拝見していましたので、ちょっと残念です。
まぁ、気が向いたらまた戻って来られることでしょう…(と出戻り組の私なので思います)。

* * *
本件とは関係ありませんが、知らぬ間にいなくなっておられた47氏も、また戻って来られたらいいなぁ…。

No.263 死刑囚さんへ

こちらこそ、ご丁寧にどうもです。
私は大会議室に出没しており、こちらでは橋下弁護士関連の一部だけしか読んでなく、なぜそのHNにしてるのか??だったので過去の投稿を少し読ませていただきました。足跡帳も今日見つけました。
そんなにヒドイ投稿してるとは思えなかった(見落としているかな?)し「法教育が不足している」というご意見は(私のHNに賭けて)全く同意です。今後ともよろしくお願い致します。

No.264 ぐら虫さんへ

>相手にそれが伝わるかは難しい問題だと考えます。

確かに難しいですね。私もまだまだ工夫と反省が必要です。

>相手の退路を断ってしまう傾向

休日とはいえ更新後の投稿は例の1件だけでしたね。
そして一人を断ってしまえば零人になってしまうんですよねえ。

No.265 死刑囚さん

「最近は弁護士さんへの」

「小会議室」でのおいちゃんからの”注意”で少し変わった?のですが、書いたことを守らない(訂正)しないというのは、ほとんど変わりませんでした。
私の場合、これまで書いた文(昨日書いた文さえ)を訂正したくなるので、(現実的には出来ませんが)この辺の感覚の相違は大きく感じます。誰かに批判されて間違っていると考えれば訂正し、そうでなければ反論するだけです。

「職業柄コンプライアンス」を重視する人が、捨てゼリフを何度も吐くというのがもう少し結びつかないのと何度も多くの人に面白くもないのに(笑)と書くのかも”謎”です。批判している相手に使うのはどうか?と考えます。
それと、私の名前を書けばいいのに、「くだらん輩」と全体を括る表現を使い、私の何倍も書いている昼寝さんが「楽しむブログでもなさそう」というのも良くわかりません。しかし、「くだらん輩」「楽しむブログでもなさそう」なんてことばを書かれたのは、
私の責任なのでモトケンさんやここのブログで書いている人、見ている人には申し訳なく思い、反省しています。すいませんでした。

No.267 法は知らな損さん

「一人を断ってしまえば零人になってしまうんですよねえ」

これを言われるとなかなか辛いものがあるのですが、現に一人を断っているので。少しだけ、ほんの少しだけの言い訳をいわせてもらえれば、私からはほとんど書いていないのと、強く批判したのは、ゲンさん、昼寝さん、大会議室組くらいです。
なぜ書いた(書いている)か、という理由も私なりですがあります。しかし、私が書いた、書いていることによって何かしらのハードルを上げているというのは、感じています(新しく書く人の)
それは、何度も「論理や整合性」などと書いているので、この辺りを批判されるかも知れないと感じる人はいるのでは、と考えます。
それで、私は何度も「私からはほとんど書かない」と言っています。(書いたことは守っているのですが)この辺のバランスが上手く行っていない?
議論する(議論だけでなく)うえで「論理や整合性」なんて当たり前のことだと思っていましたが、そう言うわけではなさそうなのと、表現方法に関して私と他の人との尺度(認識)の違いを感じます。
私の場合、表現方法より、質問に的確に答えているか、批判に対して反論しているかを重視するので、(表現方法には)あまりこだわりません。
ここのブログでコメントを書くまでは、ほとんど(コメントを)書いたことがなかったので、(ブログを見ることさえあまりなかった)書きながら考えている所もあります。今でも(今まで)書いた文を読み返しますが、ほとんど書き直したいくらいです。

>No.268 ぐら虫さんへ

>これを言われるとなかなか辛いものがあるのですが

いや、私こそ申し訳ない、お気になさらないで下さい。
昨日、言葉足らずで工夫が必要と反省したばかりなのに再びです。
少しだけ言い訳をさせてもらえばストレートに表現していないからです。
あれはぐら虫さんにではなく、(私が言うのもなんですが)向こうも議論が錯綜していた頃と違い、ここに少し似てきたように感じて「一人だけの防衛隊員」に対する、自戒のコメントです。

私は昼寝さんとはあまり議論をしたこともないし、これは誰かということではなく、あくまで私の勝手な判断基準です。

まず自分に落ち度があって相手に迷惑をかけた場合「責任を取る」姿勢を見せない人はアウトです。
自分の落ち度を自覚できない人も当然アウトです。
例えその時は悪気がなかっとしても、相手がいるのですから後からでも「謝罪と反省」をきちんと表明できない人もアウトです。
そして自分の落ち度を指摘されたとき謝罪も反省もせず「戦う姿勢」を見せた人はもう完全にアウトです!

あっ、いつの間にかH弁護士のことになってました。
まあ、私がH弁護士を批判する最大の理由です。
管理人さんの意向をふまえてそろそろ彼の批判は控えるようにします。

謝罪も反省もせず「戦う姿勢」

是が「自分の過ちへの批判に対する反発」でなくて。
「在日や同和に対する毅然とした態度」だったなら評価出来るが。

でもそれで、潰れない胆は有るのかな?

>No.268 ぐら虫さん

「捨てゼリフ」や「(笑)と書くこと」、「懲戒扇動問題に関してもう書かないとの発言を守らない」等の言動が、批判の真の理由だったのでしょうか…?
No.268が「最近は弁護士さんへの私怨うんぬんというのは無かったのではないかなぁ…」という私の感想に対するお返事だとしても、上記言動が「弁護士への私怨の解消」だと導き出す過程が分らず、話が噛み合っていないようにも思います。

私は、昼寝さんが懲戒請求騒動の件を「笑い事とする考えとしか思えない文」を書いていると感じた事はありませんでした。

「世間の刑事弁護への無理解(誤解)」が深刻である程、「懲戒請求者及びその肯定者」への説明は、「賽の河原の石積み」(徒労)の如き様相を呈します。

「賽の河原の石積みに付き合う程暇でない」というご意見がありましたが、「世間の刑事弁護への無理解(誤解)」に対して説明を試みる事は、暇人が行えば良いという程度のものだったという意味でしょうか?(「世間の刑事弁護への無理解(誤解)」が深刻ではないと判断しているということ?)それとも、深刻な問題だとは思うが、もう説明を繰り返したくないという意思の表れでしょうかね?
いずれにせよ、そのような見解に昼寝さんが異論を唱えたこと(最近昼寝さんが批判された言動)からは、懲戒請求騒動の件を「笑い事とする考え」は読み取れません。

もともと、「懲戒請求者及び懲戒請求扇動肯定者」を擁護しない市井の人間から見れば、今回の件は、「弁護士同士の争い事である」という見方も当初からありました。
実際に、私もその点を指摘された事が何度かあります。
暗に「懲戒請求問題に批判的な立場から首を突っ込む人間は、弁護士同士の争い事に振り回されている点では、懲戒請求者と同じように愚かしい」という意味の指摘だろうと思われます。
同様の点を、47氏からも「物事には裏面がある」という親切なアドバイスとして指摘された事もありましたが、「それは承知の上で、個人的に、弁護士さん達とは違ったポイントで懲戒請求騒動を問題視している事」をお話した所、理解を示して下さったように思います(多分ですが)。

弁護士さんにとって、特に重要な批判ポイントは「世間の刑事弁護への無理解(誤解)」(ひいては刑事弁護という仕事への影響)の件だろうと思います。
しかし、弁護士でない私にとっては、刑事弁護には公益を守る意味もあるとはいえ、刑事被告人にならない限りは直接的な利害関係もないという点で、上記ポイントについては他人事といえば、他人事です。

「懲戒請求扇動の肯定者」が現れても、弁護士さん達がスルーする中、弁護士でない自分が対応する場合は、そんな自分自身を自嘲気味に眺めている「もう一人の私」がいるのを意識することがあります。そんな折に、昼寝さんが他人事のスタンスで、末尾に「w」をつけて多少皮肉交じりにコメントをつけても、気になりませんでした。

弁護士さん達とは批判のポイントの比重が異なるスタンスからコメントしているつもりでも、無意識に、弁護士さん達の意見を代弁しそうになる時もありますしね。
昼寝さんは集団極性化と呼ばれる現象を解消する為に、トリックスターの役割を取って来られたと思うので、皮肉めい表現も、たまに整合性のない事を言うのも、私にとっては容認の範疇でした。トリックスターとは元々そういう性質を持った存在ですから。
なお、47氏も物事の裏と表を考え、全体としてのバランスを取る為に整合性のない発言をして批判されてしまいましたが、それは必要な役割だと思います。
昼寝さんまで居なくなったら、今度は私か他の誰かが、自然にその役割を担うことになるかもしれません。

もっとも今後も懲戒請求騒動の件で議論(?)が続けばの話ですが。
このブログを以前から利用されていた方達の中には、懲戒請求騒動の話題は食傷気味だというご意見もあるようです。世間の誤解が解けようが解けまいが、バッサリ斬り捨てる議論の鮮やかさを見ることを望む方もいらっしゃるかもしれません。
それが良いかどうかは判りませんが、暇人と呼ばれ、食傷気味な眼差しを受けてまで、頑張って続ける事でもないという思いの方がまた強まって来ました(−−; まぁ、他所では続けるでしょうけれども。
そうとは気づかぬうちに、自ら、弁護士さん同士の争いの「駒」になってしまうのは、懲戒請求者だけで十分でしょう。と最後の一文はすでにトリックスター的な発言になってしまったので、以上とさせて頂きます。

>No.266 法は知らな損さん

>「法教育が不足している」というご意見は(私のHNに賭けて)全く同意です。今後ともよろしくお願い致します。

すぐ上の方(No.271)では皮肉めいた事を書いていますが、今後も法教育の不足から来ると思われる「刑事弁護への無理解(誤解)」に対する説明は必要だと考えています。

言い遅れましたが、粘り強く丁寧にご説明を続ける姿勢を保っていらっしゃるのは、本当に素晴らしいと思っています。
それは、ぐら虫さんにも思っていたことです。(昼寝さんへの対応の件についてだけ、意見が異なりますが。
懲戒請求騒動の件について、色々書いたり、テレビ番組に投書したりしている点で、「他人事」のようには感じていないのは同様ですが、非法曹の市井の人間が他人事の視点を持っていること」を批判するような衝動は感じないだけです。)

ご意見は大変参考になりますので、こちらこそ、今後とも宜しくお願い致しますm(_ _)m

No.271 死刑囚さん

下の部分(No.265)をもっと早く書くべきでした。お手数書けてしまい申し訳ありません。

No.265 死刑囚さんへ

死刑囚さんの名前と文の一部を借りて昼寝さんに向けた文になっているので、申し訳なく思います。すいません。
死刑囚さんに返答を求めている訳ではないので、気にしないでください。独り言として書くべきでした。

No.269 法は知らな損さん

「私は昼寝さんとはあまり議論」

私と昼寝さんは何度か議論しています。それと、昼寝さんの文を結構、読んでいるので、(昼寝さんがやりとりした相手の文も)もしかしたら、昼寝さん以上に書いた内容を知っているのかもしれません。だから、だいたいどんなことを書くかも予想できます。
これは、別の所でも書きましたが、「なんで書いているのか」「何が言いたいのか」「何に答えて、何に答えてないのか」を考えながら読んでいるからです(だいぶ大変なのですが)本を読むときの習わしから来ています。
個人的に昼寝さんに関して好き、嫌いの感情はないのですが、(これはH弁護士に関してもです)何度か書いていますが、「書いていることを実行しない」「間違いを訂正しない」から批判しているだけです。(H弁護士は”得”になれば適当に釈明します)
一般的に考える場合、「匿名」だと考えも変えやすい(名前に縛られない)のと訂正しやすいので何に固執しているのか、(昼寝さんが)いろいろな人とのやりとりでの疑問です。

「一人だけの防衛隊員」

Hさんの(2007/12/22(Sat)05:25)(2007/12/22(Sat)05:31)の文で私はもう、Fさんに関して内容的に書くことはないなぁ、と思うのですが、自説(何を根拠にしているのかよくわからない)に固執する人をどう突き動かすのかは、難しいことだと考えます。
ましてやWEB上のやりとりで可能かどうかはわかりませんが、表面上は取り繕うことができるので、私としては、強い反発、沈黙の中にその人の考えの本質のようなものがあると考えます。そのため(本質を知るため)にいろんな”手法”をやっています。

「独り言」

このままでは、”私怨”(私が言っているだけの)で書いていたことになってしまうので、何かしらのことは、書くべきだと考えます。私としては、下の部分より上の部分が気に障ったと思うので、だいぶ書きすぎたことは、反省です。

>死刑囚さんへ、横レスで恐縮ですが・・・


死刑囚さんが紹介された「集団極性化」「トリックスター」の理論について興味を持ち、また疑問を持ちましたのでコメントさせて下さい。
なお、これは昼寝さんを批判するものでも、死刑囚さんを排除しようとするものでもなく、純粋に理論的疑問なので、誤解なきようお願いします。


結論から言いますと、「集団極性化を解消するためのトリックスターの役割」とは、時と場所そして強度という程度論に還元されて、許容されるべき問題ではないかという事です。
この事は、死刑囚さんもNo.271で【容認の範疇】という言葉を使っているので同様かも知れませんが、その直後に【トリックスターとは元々そういう性質を持った存在ですから】とトリックスターである事自体を肯定理由に挙げているので、再度提起させていただきました。

集団は全体でない時点で、ある特徴や目的によってカテゴライズされた存在です。したがって、強度の差こそあれ、極性はどのような集団にも存在します。また、どのような純化された集団においても、集団は複数で構成されている時点で、個体間に差異を必ず生じます。故に、「集団極性化」の判定は恣意的であり、「極性化の解消」も恣意性を免れず、自動的に肯定されるべき目的ではない。

次に、トリックスターとは自立した概念ではなく対抗した概念であるという事です。ある秩序に対して、特異な存在として評価され、主流派に対して反主流もしくは傍流という位置付けです。したがって、トリックスターとしての効果が高く、秩序を上回れば、トリックスターが主流となり、トリックスター的意義を失うと共に、振り回される事により秩序が崩壊し、集団が機能しなくなる可能性があります。また、対抗した概念であるが故に、元になる集団の範囲を変える事により、トリックスターの存在は変る事になり、特定の人物をトリックスターとして規定し、それを根拠に肯定することも間違いになります。


これだけだと分からないと思うので、以下喩えを用います。極論も含みます。

ある村から雇われて、強盗団を追っているガンマンの集団がいるとします。
このガンマンの集団の中に、銃規制論者はトリックスターとして許容されるべきか。そして、強盗団から襲撃されている時に、トリックスターが仲間のガンベルトから弾を抜くなどのお遊びをするのは許されるのか。
また、村に銃規制論者がいる事は、多様な意見の持ち様として評価はされど実害はないかもしれないが、ガンマンの集団に銃規制論者がいたら、そもそも話し合いで出発すらできなくはならないか。

次に、懲戒請求支持者が多数の場合には、星の数ほどあるブログの中でモトケンブログは特異であり、トリックスターの位置を占める事になります。したがって、モトケンブログの極性を薄める事は、全体の論調に対して近づける事になり、全体から見ればトリックスターの役割を失わせる事にならないか。
また、モトケンブログの論調が特異であるならば、このブログでトリックスターの位置を占めていると思われる人間が、実は全体の主流派意見を代弁し、全体のトリックスターたるこのブログの主流派の意見を攻撃している事にならないか。


長くなりましたが、以上が私の疑問点です。

No.271 死刑囚さん

「批判の真の理由」

これは難しい質問です。直接は書きにくいので、一般的な意味で書きます。何かしらの絶対的な批判理由があって批判しているわけではなく、個別の批判理由の”集合体”です。
それは、本人との直接のやりとりや他の人とのやりとりを読んで出てきたモノです。もちろん、その中には間違いや推測、憶測なども含まれているので、相手にぶつけて批判させるのが、私の「真の理由」です。

「話が噛み合っていないようにも思います」

これは上にも書きましたが、直接、死刑囚さんに書いているわけではないので、申し訳ありません。 長文まで書いていただいて。長文返しになってしまいました。

「賽の河原の石積みに付き合う程暇でない」というご意見」

この意見に私はすべて同意しているわけでなく、それなら、「橋下弁護士の懲戒請求350人」(No.35 No.47)のような文は書きません。しかし、昼寝さんに同意というか、いまいち何を書いているのかわかりません。
それは、他にもありますが、「小会議室」 No.257で「私は、△諒法もあるという考えを表明しました」この△諒法は、書いてある文に関係なく「スルーしろ」と言っているだけです。どうしょうもない文は、言われなくてもみんなやっています。(この部分は死刑囚さんに言っていません)
他の部分で昼寝さんの変わりに死刑囚さんが答えるのは難しいと思うのでやめておきます。それと、また批判になってしまうので。

「懲戒請求問題に批判的な立場」「懲戒請求扇動の肯定者」が現れても、弁護士さん達がスルーする」

私自身は、懲戒請求問題に批判的立場も擁護的立場もとっていません。それは、どういう人がしたのかという個別的な部分もあると考えます。それよりも(懲戒請求問題を)調べたり、考えたりしていないことがもっとも大きな理由です。
「橋下煽動問題」(メディアも含めた)として捉えているので、橋下氏を擁護する人及び橋下的考えの人には、批判的にならざる逐えません。

私は、自分の擁護は自分ではしにくいと考えるので、他の人(弁護士も含めて)が批判されている時に、関わりのある人だけですが変わりに反論したり、その人(批判する人)を批判したこともあります。是々非々で考えれば、自嘲気味に考える必要はないのではと思います。

「弁護士さん達の意見を代弁」「トリックスター」

元々、何かしらの代弁をしていると考えれば、自分の意見が代弁になるのは必然だろうと考えます。(代弁でない意見はない)どういう視点で見るかによって変わる問題です。

私もこのブログで初めに書くとき、トリックスター的に「橋下擁護論者」として参加しようと考えましたが、橋下自身の擁護力が弱いのと(私が)法律に詳しくないので、書いても5回くらいしかもたないので止めました。あと、弁護士の行為やそもそも弁護士とは?となるとだいぶ頑張れそうですが、無意味なのと他でヤレという面もあるの保留しました。

一般的な話ですが、トリックスターは永遠にできるものではなく、最後はあまりいいことがなかった気がします。結果として良かったというとがわかる。
私自身がトリックスター的な所もあるので、トリックスターを強力に批判するトリックスター的役割でしょうか?何かしらの組織なら「集団極性化」という問題も起こるかも知れませんが、私自身がいつまで(このブログで)書く(書いているの)かというのもあるので、「集団極性化」は難しい(流動的だから)と考えます。しかし、ある一面で集団は極性化すると言えます。
トリックスターを担うなら狡知にたけた批判を封じるような卑怯な文を書く人物―これは私ですかね?(独り言です)
昼寝さんの場合、トリックスターというより、ハーメルンの笛吹き男的でした。これは、私も勝てません。

>No.274 お〜い紅茶さん

>なお、これは昼寝さんを批判するものでも、死刑囚さんを排除しようとするものでもなく、純粋に理論的疑問なので、誤解なきようお願いし

了解です(^^)

結論から言いますと、「集団極性化を解消するためのトリックスターの役割」とは、時と場所そして強度という程度論に還元されて、許容されるべき問題ではないかという事です。

概ね同意ですが、「強度」とは何を指しているのか、分りませんでした。
トリックスターの特徴とは、下記等の通りです。
(1)破壊性と反道徳性
(2)その行為が無意識に行われていること。(善悪の判断以前の状態で行われている事。)
(3)笑いがあること

(1)が大きな特徴と考えられています。気ままにふるまって、その行動からよい結果が生れる場合もありますが、悪い結果が生れれることもあります。
破壊性には古い秩序を壊し、新しい創造をもたらすという肯定的な一面があります。
しかし、まったく馬鹿馬鹿しく無意味になったり、混沌とさせてしまう事もあります。
トリックスターの行為が悪い結果を生むこともあるので、その結果を予測し、評価して、その行為を許容するかどうかを判断するべきだ、という意味であれば同意です。

この事は、死刑囚さんもNo.271で【容認の範疇】という言葉を使っているので同様かも知れませんが、その直後に【トリックスターとは元々そういう性質を持った存在ですから】とトリックスターである事自体を肯定理由に挙げているので、再度提起させていただきました。

「トリックスターである事自体を肯定理由に挙げている」という文章の意味は、よく掴めませんでした。

とりあえず、トリックスターである事自体を評価の対象にはしていません。
【トリックスターとは元々そういう性質を持った存在ですから】という一文は、「トリックスター」の一連の主張の間には、一貫性を求めても詮無い、という事を言ったものですが、「整合性のない言動」について積極的に賛同をしている訳でもありません。
「整合性のない言動」は、トリックスターの副産物であり、主な産物(言動の結果)の評価抜きに、単体で評価することは出来ないと考えています。

トリックスター的な言動の結果の評価は、個々の結果の内容次第で変わります。

トリックスターの言動により良い結果が期待できるのは、「硬直した状態があり、それが打破されるべきと考えられる場合」や、「集団極性化にストップをかけることが必要な場合」等々、何か変化を期待する時でしょう。
「破壊と創造」「死と再生」が求められているのは、「刑事弁護」単体というより、「刑事弁護と世間の感覚の乖離」という関係性なのだろうと思います。裁判員制度を目前とした現在にこのような事件が起こるというのは、共時性を感じさせます。
※共時性とは因果性に対峙する概念です。(ユング心理学にはあまり偏りたくはありませんが、非常に示唆的だと思うこともあります。偏りすぎるとトンデモになりますので自戒(−−;)

論点は、(i)言動が投下された「時と場所」(シチュエーション)に対する評価、(ii)言動の結果(予測)に対する評価 等になるだろうと思います。(なお、iとiiは相互に関連しますね。)

(i)と、(ii)に関連して少なくとも私が昼寝さんのコメントを見て感じたこと等については、具体的にNo.271の「世間の刑事弁護への無理解(誤解)」が深刻である…中略…弁護士さん達の意見を代弁しそうになる時もありますしね。」で書いた通りです。この辺り散漫になっていますので、もう少し整理して書くべきだったと思いますが、書き直すと長くなるので、とりあえず止めておきます。

なお、喩え話の件については、 (i)に関連しますね。
その喩え話には、色々疑問や感想、別の喩え話などを書いていましたが、長くなりましたので割愛させて頂きました。

以上、回答になっていると良いのですが…。

>No.275 ぐら虫さん

お返事ありがとうございます。

小会議室No.257等のコメントは、ぐら虫さんに向かって発言したわけではないと昼寝さんは仰っています。
「橋下弁護士の懲戒請求350人」エントリでの昼寝さんの発言が私宛でもないと承知していたので、気になりませんでした。
ただ、集団ダイナミクスの観点から、「集団凝集性が高まっているかもしれないな…と感じた時には、少し気をつけるようにしていましたので、タイミング的には良いと思いました。(細かい内容の是非はともかく。)

集団凝集性が高まることは必ずしも悪い意味ばかりではありませんが、もしも「二ヶ月以上このブログで書いていても、懲戒請求騒動の件を他人事の視点と眺めている」ということを主な理由として退場を求めるのであれば、集団圧力になりそうですので、杞憂ではなかった事になります。
(集団ダイナミクスについて:http://www.oak.dti.ne.jp/~xkana/psycho/social/social_14/index.html#inf_norm)
もっとも、何か他の理由があるのかもしれないと思い、「批判の真の理由」等という質問をさせて頂いた次第でした。

代弁の件に関しては、代弁だから直ちにいけないという風に考えている訳ではありませんでした。
自分が腹の底から納得していない部分については、安易に同調することはないように、自戒しています。
でも、自嘲気味でばかりいるのは疲れるので、適度に肩の力抜いてやっていこうと思います(^^)
相談に乗って頂いたような形になってしまいましたが、有り難うございます。

昼寝さんの場合、トリックスターというより、ハーメルンの笛吹き男的でした。これは、私も勝てません。
もしかすると、ハーメルンの笛吹き男的というのは、シャドウ(影)の方に近いかもしれませんね。 比喩的にですが、物事には必ず光と影があり、互いの存在なくして存在できないと言われています。光が強い程、出来る影も濃くなるものです。 たとえば、「アンパンマンのシャドウはバイキンマン」で、「キリストのシャドウは、悪魔」です。(そういえば、「ハーメルンの笛吹き男」は悪魔であったという解釈もあるようですね。)

ただ、昼寝さんのコメントには、ハーメルンの笛吹き男のような動員力はないと思います。
「橋下弁護士の懲戒請求350人」エントリでも、メタ議論をしているだけで、具体的な橋下擁護派の論陣も主張も展開していらっしゃいません。
そもそも昼寝さんは、橋下弁護士擁護派の考えを持っているとは考えられませんので、やっぱりトリックスターの方が近いように思っています。これについて無理に見解の一致を求めていませんので、この辺りでやめておきますね…。

それは、本人との直接のやりとりや他の人とのやりとりを読んで出てきたモノです。もちろん、その中には間違いや推測、憶測なども含まれているので、相手にぶつけて批判させるのが、私の「真の理由」です。
なるほどです。退場を求めるのではなく、昼寝さんのお話をもう少し聞いてみようという事ですね。 そうであれば、昼寝さんの言動について、本人以外の私がこれ以上昼寝さん論を展開する必要もありませんし、今度こそ、本件については以上とさせて頂きますね。別の件では、また、よろしくお願い致しますm(_ _)m

なお、コメントの内容全体が、コメント相手のみに向けられた物ではないことは、ままあることだと思います。全然気にしていませんでしたので、どうぞお気にならさないで下さい。

追記:
・余談ですが、私がトリックスターの役割をあまり担いたくないと思うのも、仰る通りのリスクがあるからでした。

・ぐら虫さんが橋下弁護士を擁護したらどうなるか、少し拝見したかったかもしれません。(←もっとも、ただの興味本意です。もし不謹慎な発言になっておりましたら、すみません。)

>死刑囚さんへ

こちらの質問に丁寧にレスして戴き、ありがとうございます。
率直な感想と致しまして、いわゆる「線引き問題」に引っ掛かってきている印象を受けますので、一旦、筆を置かせて下さい。
宜しくお願いします。

No.277 死刑囚さん へ

どうも、返事ありがとうございます。

「小会議室No.257等のコメントは、ぐら虫さんに向かって発言したわけではない」

もちろん、それは分かっています。詳しくは書きませんがそれ以外、「排除が嫌いです」「私もそう思う」との自分書いた文との整合性です。

「集団凝集性が高まっているかもしれない」

この辺りに認識が私と 死刑囚さんとでは、だいぶ違うのかなと思います。私としては、多くの人が匿名で(人の)流動性があるブログが極化するというのがイメージできません。誰でも書き込めて検閲されることもないので。
「大会議室」などで賛成意見ばかりが集まり、不活性化するのは分かりますが。しかし、自分としてもだいぶ調べる必要がありそうです。

「懲戒請求騒動の件を他人事」「主な理由として退場を求める」

「他人事」に関しては、あの文だけでなく全体からの判断なので、前にも一度、同じような批判をしました。私自身は退場を求めて、というかただ単に批判しているだけなので。
とはいえ、だいぶ書きすぎたのは失敗でした。あとからも書いているので。反発心なんかを考えたのですが、私なら、相手の文を読んで同じやり方で批判するのですが、そんな風にはならなかったので、この辺の判断は甘かったです。
あと、「批判の真の理由」に含まれますが、「橋下先生扇動事件」に関して「なんで書いているのか」「何が言いたいのか」よくわからなかった点にあります。本人以上に本人の文を読んでいるかもしれない私にしてももう一つ掴めなかったことです。

「安易に同調する」

安易に同調する必要はないと考えます。私の場合、私からはあまり書かないので、勝手に同調し、勝手に批判しています。(頭の中だけですが)
”難解文”の場合、どこまで同意できて、同意できないか分からないので、とりあえず批判(質問)します。相手の言っていることが一貫していない場合は、その点を指摘(批判、質問)して、同意出来ることを探します。

「ハーメルンの笛吹き男」

これは別の所で、だいぶ前にですが「ハーメルンの笛吹き弁護士」として批判したのを思い出して書いただけなので、「ハーメルンの笛吹き男」自体にはあまり(ほとんどに近い?)詳しくありません。
昼寝さんの「笛吹き能力」に関しては、「愚民論」「熱帯魚」「迎合精神」などと小会議室の始めの所を読むと非常に高いと考えます。何人かの”先人”はいましたが、能力は高い方です。一番?

「トリックスター」

トリックスターにムリになる必要はないと考えますが、なるとすれば、自説に固執しない。適当に書く。すぐに謝る。あと、何を書かれても気にしないなどがいると思います。しかし、一番重要なのは、トリックスターであることがバレないことなので、宣言してしまうとトリックスター性がなくなってしまうので難しいです。弁護士会の”トリックスター”は橋下氏ですかね。

「橋下弁護士を擁護」

これは、橋下氏批判に反論すれば擁護する形になります。頭の中ではしていますが上手はいきません。それとブログなどから橋下擁護論を組むとなると書いていることが一貫していないので、論が成り立ちません。(すぐに反論されるので)
なんとか組めてもその擁護論を橋下氏が喜ぶかは難しい問題です。(まず、喜びません)別に所にも書きましたが、本人が懲戒請求したり、「これから刑事弁護を中心にする」でもいえば擁護しやすいのですが。それと「煽動」に関しても台本(打ち合わせ)があったといえば、テレビ局に半分、責任を押し付けるられる?のと、単なるバラエティー番組なので”電波芸人”しか出ていなくて問題にするような番組でもないといえば擁護しやすいです。あくまで言えばの話です。私としては、早く擁護したいのですが、もっとガンバレ、橋下さん。ブログの更新も。
それより、まぁ、早くテレビで謝罪したほうが分かり易いです。


>No.278 お〜い紅茶さん

トリックスター云々の辺りはもともと科学ではありませんので、「線引き問題」に引っ掛かることもありません。

(トリックスター云々はユング心理学の概念、集団凝集性や集団極性化、集団ダイナミズム等は社会心理学の知見です。)

では〜。


>No.279 ぐら虫さん

>弁護士会の”トリックスター”は橋下氏ですかね。

これは、そうかもしれませんね…。

>これは、橋下氏批判に反論すれば擁護する形になります。頭の中ではしていますが上手はいきません。

道理で、擁護するお姿が想像ができなかった訳です(^^;

ではでは。

いつの間にか私も小会議室の常連になってます。

>No.270 MultiSyncさん

>是が「自分の過ちへの批判に対する反発」でなくて。

なるほど、「批判に対する反発」ですか。
反発という言葉は書いていた時の私の思考過程の中では思い浮かびませんでした。

以下は私の拙い文章に対する反省文というか「独り言」です。
あの投稿で「何を書きたいのか?」の結論(≒キーワード)は「戦う姿勢」でした。
当事者にとってみれば橋下弁護士の「発言」が大問題なのでしょうが、第三者である私にとってはもともとは数あるニュースのうちのひとつでしかありませんでした。
当初は弁護団にも批判的でしたし、番組すらも直接観ていません。
しかし、訴えれらた際その記者会見で橋下弁護士の「争います!」と戦う姿勢を見てしまったことが私の琴線に触れました。
・・・・・・・・・
批判になってしまうので割愛します。
「琴線に触れた」が私が大会議室で書いている理由です。

話を戻します。もともとは話の流れからここに投稿してくる人達の中で私が議論を避けたいなーと思う判断基準を思いつくままに並べています。
あえてこだわった言葉といえば「悪気がない」でしょうか。
確かに、自戒と彼への批判が混在しているため中途半端な文章になっています。

>No.274 お〜い紅茶さん

遅レスですが、少し感想を。ある人が言っていた「こんなところに私がいる」と思うような文だったので。しかし、その文のように的確に表現したり、まとめる能力は私にはないので、勝手に同意して、勝手に納得しただけです。
あまり書くと「線引き問題」に引っかかるのであまり書きませんが、「恣意的な判定」を誰が誰をどのような視点からするか?が問題かなと思います。だいぶ意味不明ですが。では、また。返事はナシで。


> No.280 死刑囚さん

批判するというわけではないのですが、少し気になったので、その部分は「トリックスター云々の辺りはもともと科学ではありません」のところです。トリックスター云々が科学であるか、ないかは私には分かりませんが、トリックスターを「科学する」(仮説を立て検証して実証する)ことはできると考えます。もちろんそれを今するわけではないですが。(できない)No.274の文を読んで勝手に「科学する」文だと解釈しました。
私が相手の文をよく読むのも「仮説」(批判する点)を立てるためです。そして、「仮説」を相手にぶつけて「検証」(反論)させることによって
「実証」(批判する点の正誤)できるという考え方です。
「科学とは何か?」を恣意的に解釈した文です。

「感情論」でH氏を擁護するなら、テレビなどに出て、有名になって目立ってしまったために、弁護士会から「冷たい扱い」を受け、他の弁護士から、批判や中傷を受けるとする考え方です。これと似たような考えは他にもありますが、まぁ、2回くらい書けば終わりです。
では、また。

>ぐら虫さん

お〜い紅茶さんと私の間のやり取りに関して、ちょっと見過ごせないなぁと感じる文章がありましたので、横レスさせて頂きます。

あまり書くと「線引き問題」に引っかかるのであまり書きませんが、「恣意的な判定」を誰が誰をどのような視点からするか?が問題かなと思います。だいぶ意味不明ですが。では、また。返事はナシで。

何をどのように書くと、線引き問題に引っ掛かるというのでしょうか?
そもそも、社会心理学やユング心理学が、科学が非科学か(「線引き問題」)という話はしていなかった筈です。


1.No.274のお〜い紅茶さんのコメントは、死刑囚が「トリックスターである事自体を(昼寝さんのコメントの)肯定理由に挙げている」という事実誤認を前提としたものでした。

2.そのため、No.274に対する私からの回答(No.276)も社会心理学やユング心理学に関する理論的議論にはなりませんでした。

3.しかし、No.276の説明に対するお〜い紅茶さんの率直な感想(No.278)は、「(科学か非科学かという)『線引き問題』に引っ掛かってくるので、一旦筆を置く」というものでした。
話が噛み合っていないように思いましたが、それ以上追及はしませんでした。
ただ、腑に落ちず、違和感は感じていました。

4.そこへ、再び、ぐら虫さんから、「線引き問題」にひっかかるという発言が繰り返されました。違和感は更に増しました。

No.274のコメントは冒頭で純粋に理論的疑問だと仰っておられたのですが、実際には理論的な疑問はなく、理論的な議論もしていません。
それが、「線引き問題になる」というコメントで締めくくられるというのは、どういうことでしょうか?

批判するというわけではないのですが、少し気になったので、その部分は「トリックスター云々の辺りはもともと科学ではありません」のところです。(中略)トリックスターを「科学する」(仮説を立て検証して実証する)ことはできると考えます。もちろんそれを今するわけではないですが。(できない)

正直、話が噛み合っていないだけのようですので、批判されたと思うこともありませんでした。

「トリックスター云々の辺りはもともと科学ではありません」というコメントは、アンカーの通りNo.278(いわゆる「線引き問題」に引っ掛かってきている印象を受けます)に宛てたものです。

もともと科学の体裁を装ったりしてはいないのだから、「科学か非科学か?」という線引き問題にひっかかることもないでしょう。(そして、「疑似科学」という謗りを受けるようなこともないでしょう。)
実証的な検証の対象と成り得るか否かという話とは、別です。
(蛇足ですが、トリックスターを実証的な検証の対象とするのは、現時点では不可能でしょう。トリックスターの前提にある「集合的無意識」という概念自体が操作的な概念ではなく、実証的な研究の対象となる段階にはないと思いますので。)

No.274の文を読んで勝手に「科学する」文だと解釈しました。 私が相手の文をよく読むのも「仮説」(批判する点)を立てるためです。そして、「仮説」を相手にぶつけて「検証」(反論)させることによって「実証」(批判する点の正誤)できるという考え方です。

上記を科学と呼べば、「相手の文から何か批判できる点がないか重箱の隅をつつくように読んで、相手のコメントのパーツから批判できそうな解釈を仕立て、相手にぶつけること」も「科学的手続き」に含まれてしまいそうですね。そのようなやり方をした場合は、相手のコメントの趣旨からドンドン外れた応酬がつづくことでしょう…(汗。
(ぐら虫さんがそのような事をしていると言っている訳ではありません。念の為。)

No.283で「実際には理論的な疑問はなく」と言った件について。

特定の人物をトリックスターとして規定し、それを根拠に肯定することも間違いになります。(No.274)
ユング心理学にはそのような解釈はありませんし、その事はお〜い紅茶さん自身もそう述べていらっしゃいますので、上記は理論的疑問であった訳ではないでしょう。 単純に「死刑囚は、トリックスターである事自体を(昼寝さんのコメントの)肯定理由に挙げているという前提で、死刑囚の考えは間違いだ」という批判だったのはないかと思われます。
また、どのような純化された集団においても、集団は複数で構成されている時点で、個体間に差異を必ず生じます。故に、「集団極性化」の判定は恣意的であり、「極性化の解消」も恣意性を免れず、自動的に肯定されるべき目的ではない。(No.274)

上記は、各人がある状況を同理論で定義された「集団極性化」であると判定することの妥当性の問題であり、集団ダイナミクスにつての理論的疑問ではありません。

率直な感想と致しまして、いわゆる「線引き問題」に引っ掛かってきている印象を受けますので、一旦、筆を置かせて下さい。(No.278)

上記についても、率直に言えば、「(死刑囚が)トリックスターである事自体を(昼寝さんのコメントの)肯定理由に挙げている」といった誤解は解けたのかどうか、という点についてだけは、せめてお返事を頂きたかったです…。
お〜い紅茶さんの疑問の趣旨も、私の回答の趣旨も、どちらも社会心理学やユング心理学が科学か非科学かという話ではなかったにも関わらず、そのような感想しか頂けなかったことに疑問を覚えました…。

「筆を置きます」と書いていらっしゃる相手にコメントするのは憚られたので控えましたが、ぐら虫さんのコメントがダメ押しになって、見過ごせなくなってしまいました…。

>No.282 ぐら虫さんへ

私の言いたかった事が、伝わってよかったです。No.282コメントで私と死刑囚さん宛に書かれている文が、私のNo.274・No.278コメントで言いたかった内容です。

つまり、「集団極性化」「トリックスター」の概念は、【「恣意的な判定」を誰が誰をどのような視点からするか?が問題】であり、故に「集団極性化を解消するためのトリックスターの役割」という理論は、【勝手に「科学する」文】であり、現段階において【仮説】に過ぎない。しがって、【「検証」(反論)させることによって、「実証」(批判する点の正誤)】されなければ正しいものとは言えない、という事です。


>No.283 死刑囚さんへ

一旦、筆を置かざるを得なかったのも、上記のように当初の予測よりも、より根本的な部分において死刑囚さんと話し合わなければいけない必要を感じたからです。

少なくとも、ぐら虫さんが正確に指摘内容を汲み取ったという時点で、私の指摘が「私個人の事実誤認」に還元されないように思われます。もちろん、私とぐら虫さんの二人が間違っている可能性もあります。

今、あれこれ考えている最中ですので、申し訳ありませんが、お待ち下さい。


(投稿時点で、No.285コメントを発見)

>死刑囚さんへ

今、ざーっと読んだだけですが、死刑囚さんが持ち出された集団ダイナミズムその他の理論をこちらが知らず、死刑囚さんが持ち出された言葉のみをもとに分析し、故に正確な定義付けや理論背景が分からず→勝手な理論ではないか、となっている可能性があるかもしれません。
いくつか紹介願います。

>死刑囚さんへ

すでに、集団ダイナミズムについて紹介されてましたね。
読み飛ばしていました。今から読みます。読んでから反論します。

ホントに申し訳ありません。m(_ _)m

>No.286 お〜い紅茶さん

話がずっと噛み合っていないように思います。
何か難しく考え過ぎていらっしゃるように思います…。

「(死刑囚が)トリックスターである事自体を(昼寝さんのコメントの)肯定理由に挙げている」といった誤解は解けたのかどうか、という点についてだけは、せめてお返事を頂きたかったです…。(No.285 死刑囚さん )

まず、上記の質問にはご回答頂けませんでしょうか?
もし今も誤解されたままなのでしょうか?
(これを前提にされていると、今後も話は噛み合わないままになるのですが…。)

故に「集団極性化を解消するためのトリックスターの役割」という理論(No.286 お〜い紅茶さん )

それは「理論」ではありません。

No.276で申し上げたとおり、お〜い紅茶さんの論点は下記にあるのではないでしょうか?(社会心理学やユング心理学の理論とは、関係のない部分)

論点は、(i)言動が投下された「時と場所」(シチュエーション)に対する評価、(ii)言動の結果(予測)に対する評価 等になるだろうと思います。(なお、iとiiは相互に関連しますね。)
昼寝さんは集団極性化と呼ばれる現象を解消する為に、トリックスターの役割を取って来られたと思うので、皮肉めい表現も、たまに整合性のない事を言うのも、私にとっては容認の範疇でした。(No.271 死刑囚さん)

改めて、上記記述などを確認しても、どのような思考過程を経たら「『集団極性化を解消するためのトリックスターの役割』という理論を死刑囚が提唱している」という判断に至るのかが、判りません。

もしかして「理論」と仰る時、内容的には「論理」のことを仰っているのでしょうか?

>死刑囚さんへ


【「(死刑囚が)トリックスターである事自体を(昼寝さんのコメントの)肯定理由に挙げている」といった誤解は解けたのかどうか、という点についてだけは、せめてお返事を頂きたかったです…。】(No.285 死刑囚さん )

ハイっ!! もちろん、解けています!! 返事が遅れてしまい、たびたびレスさせてしまって申し訳ありません。(今まで外に出ていて、また出なければなりません)
最初っから、私の勘違いでした。No.277に紹介されたページを見てすぐに気付きました。
夜にまとめてレスします。


>ぐら虫さんへ

私の勘違いを元にした「説得力」のある文章で巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。

No.284 死刑囚さん
No.286 お〜い紅茶さん

返事ありがとうございます。基本的に相手にあわせた文を書こうと努力します。誰に対しても同じような文を書くわけではないので、その辺は理解してもらえたら、ありがたいです。
なぜNo.282の文を書いたかと言うと、 お〜い紅茶さんのNo.274に対する解釈(認識)が私と死刑囚さんとでは、だいぶ違うと感じたからです。
私の文(No.279)での「集団凝集性が高まっているかもしれない」の部分でも思いました。

No.284「相手の文から何か批判できる点がないか重箱の隅をつつくように読んで、相手のコメントのパーツから批判できそうな解釈を仕立て、
相手にぶつけること」

このやり方はよく使っています。しかし、それをするのは、何が言いたいのか(何を批判しているのか)、よくわかない人限定です。返答によって相手の言いたいことがハッキリするからです。(しない時もありますが)

そして、同じ手法を使う場合、相手は私の文を重箱の隅をつつくように読む必要があるので、私の文を読ませる効果もあります。変な批判をする人に限って相手の文を適当にしか読みません。徹底して読む場合は、反射的に書けないので、書く文を考えさせる効果もあります。
お〜い紅茶さんのNo.274の文なんかだと批判することはほとんどないので、より具体的な具体例を付け足したいくらいですが、それは(生臭文?になるので)できません。

「線引き問題」

あくまで私の解釈なのですが、「線引き問題」=「恣意的な判定」を誰が誰をどのような視点からするか?と思いました。別の意味合いもありそうですが、その辺りは、触れなくてもいいのでは、と考えます。
ここまで書いていて、お〜い紅茶さんも「線引き問題」=「恣意的な判定」と書いている(No.286)ので同じ認識なのかなと思いました。

「トリックスター云々の辺りはもともと科学ではありません」

前提として、「科学とは何か?」というのがあると考えるので「私の解釈」としています。
これを本当にするわけではないですが、「トリックスター」をこのブログ限定、このブログから抽出して考えればいいと思ったです。(科学的手法で)
「トリックスター」という概念や定義も自分(達)で考えればいいという判断です。このブログ限定だから。誰かが考えた定義や概念をそのまま当てはめるのではなく、(適当に借用しますが)「理論」も作ればいいという考えです。(科学的でないとしているので)
私も少しだけ定義のようなもの作っています。「自説に固執しない。適当に書く。すぐに謝る。あと、何を書かれても気にしないなどがいると思います。しかし、一番重要なのは、トリックスターであることがバレないことなので、宣言してしまうとトリックスター性がなくなってしまう」
「理論」の部分を考えたその一つが、No.274の文だと考えます。同じような文を私が書くとより具体的な具体例の”生臭文”なるので(お〜い紅茶さんのように)上手くは書けません

「トリックスター」という概念や定義も自分(達)で考えればいいという判断です。このブログ限定だから。誰かが考えた定義や概念をそのまま当てはめるのではなく、(適当に借用しますが)「理論」も作ればいいという考えです。(科学的でないとしているので)

私は「非科学的な理論」が、必ずしも「価値のない理論」や「論理性整合性のない理論」になる訳ではない、と考えています。
ゆえに、独自の物に作り変えて話そうとは思いません。

「線引き問題」=「恣意的な判定」というのも、あまり多くは使われていない解釈だと思います。

今後は、ぐら虫さんのコメントを解釈する時には、一つ一つの用語に独自にどのような解釈を与えているか確認しなければならくなりそうです。

「しかし、一番重要なのは、トリックスターであることがバレないことなので、宣言してしまうとトリックスター性がなくなってしまう」
昼寝さんがどこまで意識してトリックスター的な役割を取ろうと考えていたかどうかは疑問です。 私が昼寝さんの言動にトリックスター性を感じたという事と、昼寝さんがトリックスター的投稿を意識的に行っていたかどうかという事は別でしょう。 (個人的には、昼寝さんには、今後は光市懲戒請求騒動の件でトリックスター的言動の方ではなく、他の話題に関するコメントの方を期待しています。そのために、あえてトリックスター性を指摘することで、昼寝さんに対し「リスクのある、トリックスター的役割」を(無意識に)担わされないように意識した方が無難であろう、と云う事を伝えていた側面もあります。)

No.292 死刑囚さん

「私は「非科学的な理論」が、必ずしも「価値のない理論」や「論理性整合性のない理論」になる訳ではない、と考えています」

この部分は同じ考えです。「ゆえに、独自の物に作り変えて話そうとは思いません」ここが違うのかなと、感じます。
「トリックスター」自体が定まった概念や定義ではあまりないと考えます。いろいろな解釈が可能なので。(定まった概念や定義とは?を抜いて考えます)
例として使いますが、昼寝さん=トリックスターと考えること自体が「独自の物」になる可能性があると思います。しかし、私は「独自の物」を肯定する立場なのでそれでいいと考えます。

「「線引き問題」=「恣意的な判定」というのも、あまり多くは使われていない解釈だと思います」

今の所、私とお〜い紅茶さんだけなので二人?だけで共有している解釈です。検証が必要ですが、具体例が書きにくいのでどうかな?と思います。やりにくいという意味です。

「一つ一つの用語に独自にどのような解釈」

さすがに「一つ一つの用語に独自」の解釈はムリなので、(そんなことができればすごいですが)大部分は普通に解釈しています。
今まで多くの人とやりとりしましたが、普通にやりとりしています。一部の例外はありますが。それに「勝手な解釈」を使うときは、はじめに「勝手な解釈」と断って使います。前提を変える時や勝手な前提を使う時と同じです。

「しかし、一番重要なのは、トリックスターであることがバレないことなので、宣言してしまうとトリックスター性がなくなってしまう」

これは、死刑囚さんのNo.277「私がトリックスターの役割をあまり担いたくないと思うのも、仰る通りのリスクがあるからでした」に対応する文で強く止める意味で書きました。
返答されることのない文は、橋下氏関係と「最近の大会議室」で十分なのでもう書きませんが、死刑囚さんが”リスク”を承知で書いていることには敬意を表します。なかなか難しいことだと思うので。では、また。

>No.293 ぐら虫さん

返答されることのない文は、橋下氏関係と「最近の大会議室」で十分なのでもう書きませんが、死刑囚さんが”リスク”を承知で書いていることには敬意を表します。なかなか難しいことだと思うので。

トリックスターの役割を担わされたくないと言っておりました通り、この小会議室での一連の私の投稿は、意図的にトリックスター的投稿をしたものではありません。
無意識にトリックスター的役割を担わされることもないよう気をつけてもいます。

ぐら虫さんが仰るように「”リスク”を承知で(トリックスター的なコメントを)書いている」ということはございません。

ぐら虫さんが仰るトリックスター性とは下記のようなものでしたので、ぐら虫さんは私の一連の投稿に、そのような特徴があると仰っているものと受け止めざるを得ません。

「自説に固執しない。適当に書く。すぐに謝る。あと、何を書かれても気にしないなどがいると思います。しかし、一番重要なのは、トリックスターであることがバレないことなので、宣言してしまうとトリックスター性がなくなってしまう」(No.291 ぐら虫さんのコメント)

もっとも、ぐら虫さんは、私の投稿のどの辺りに、上記のような特徴があったのかを明示してはいらっしゃいませんので、「決め付け」にすぎないように思えます。

メタ議論(どのように議論するのがよいのか)については、「掲示板」エントリNo.678 Souさんのコメントに共感しています。
そのため、お話相手の方と私の間に結論の一致が見られなくても、それ以上追及しない事はあります。

それでは。

>ぐら虫さんへ

追記:

例として使いますが、昼寝さん=トリックスターと考えること自体が「独自の物」になる可能性があると思います。しかし、私は「独自の物」を肯定する立場なのでそれでいいと考えます

その例の場合は、私ならば、「理論的疑問」にはせず、一定のトリックスターの定義に従って、「昼寝さん=トリックスターと考えること」(すなわち死刑囚の評価」の方)を問題にするべきだと思いますがね。

誤解(※)が解けた後には、この評価の問題を論点として、(相手が望むならば)意見を交換するつもりでした。

具体的には、No.276で下記の通り述べた部分についてです。

論点は、(i)言動が投下された「時と場所」(シチュエーション)に対する評価、(ii)言動の結果(予測)に対する評価 等になるだろうと思います。(なお、iとiiは相互に関連しますね。)(No.276 死刑囚のコメント)

(※誤解:「(死刑囚が)トリックスターである事自体を(昼寝さんのコメントの)肯定理由に挙げている」といった誤解のこと。)

評価の問題の部分については、具体的にNo.271の「世間の刑事弁護への無理解(誤解)」が深刻である…中略…弁護士さん達の意見を代弁しそうになる時もありますしね。」で書いた通りですが、改めて意見を交換しても良いと思っておりました。

なんとなく残念な終わり方になりましたが、それでは。

No.294 死刑囚さん

だいぶ誤解を与えた文だったようで申し訳なく思います。反省です。もう少し考えて書けばよかったです。

「返答されることのない文」は、昼寝さんからという意味です。「死刑囚さんが”リスク”を承知で書いていること」の所は、昼寝さんを強く批判している私に昼寝さんを擁護する形になっていることを言っています。(私に対して)小うるさそうなイメージを持っていると思って書きました。

「自説に固執しない。適当に書く。すぐに謝る。あと、何を書かれても気にしないなどがいると思います」

この部分は、死刑囚さんに対して書いているわけではなく、トリックスターはこんな要素がいるという意味です。死刑囚さんよりも私に含まれていることが多いくらいです。
死刑囚さんの文を読んで批判する気持ちは、あまり(ほとんど)起きていません。(それに申し訳ないですが、まだ、死刑囚さんの文を徹底しては読んでいません)ここでの昼寝さんに関することを除けばです。しかし、それは 死刑囚さんに直接は関係ないので申し訳なく思います。

「メタ議論(どのように議論するのがよいのか)については、「掲示板」エントリNo.678 Souさんのコメント」

このコメントに私も全体としては納得しますが、方法論としてどうなのか、というのがあります。個別にやってみるしか、具体的なことは分からないとする考えです。私としては「結論の一致」よりもどこまで一致出来て、どう違うのかが重要です。

「「昼寝さん=トリックスターと考えること」(すなわち死刑囚の評価」の方)を問題にするべきだと思いますがね」

私としては、昼寝さんを絡めて死刑囚さんを批判したくない(すべきでない)と考えます。部分的にしてしまっていますが。
前の文(No.291)で書いた認識が少し違うくらいと今のところは考えています。
では、また。

「ハーメルンの笛吹き男」は、正直うれしく思いましたし的確な表現だ
と思います。ありがとう。

それから、トリックスターは意識していました。うまくいきませんでした
けどw 

楽しくロムさせて頂きました。

みなさん、良いお年を!

>No.290 お〜い紅茶さん

誤解は解けたようで良かったです。
No.271のコメントで、「集団極性化」の文字に、集団極性化について書かれたサイトのリンクを貼っていたのですが、リンクの貼り方を失敗していました…。
早めにサイトを紹介させて頂いていたら良かったのですね。


>No.296 ぐら虫さん
誤解を基に「決め付け」などと言ってしまっていたようです。
こちらこそ、申し訳ございませんでしたm(_ _)m

なお、批判をして下さって結構だったのですが…。(今回、「死刑囚が評価した内容」については反論が来る事を予想していましたが、人格攻撃をされるような方達はこちらにはいらっしゃらないだろうという安心感はありましたので。)

ご配慮頂きながら、丁寧にご回答下さり有り難うございました。
それではまた。

>No.297 サンドイッチマンさん(今後も改名されたのかな?)

意図的でしたか…!
トリックスターになる事をお勧めする訳ではありませんが、トリックスターになりきれなかったのは、No.256のコメント等で「笑い」が取れなかった(?)辺りが原因かもしれませんね。(もっとも私はNo.256のコメントに和みましたが…。)

「ハーメルンの笛吹き男ほど動員力がない」と言ったのは、光市事件に関するコメントに限定したものでした。
「メタ議論」の件に関しては、(私は笛の音色について行くことはありませんでしたが、)動員力は小さくなかったと思います…。

それでは、良いお年を。

>死刑囚さんへ


まず始めに、死刑囚さんに重ね重ね、お詫びを申し上げなければなりません。
私の勘違いから始まって、多大な労力を費やさせてしまった事、また事実誤認に基づく失礼なレスをつけてしまった事をお詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした。m(_ _)m
以下、事実誤認の説明を。


まず、最初にNo.271 死刑囚さんのコメント
【昼寝さんは集団極性化と呼ばれる現象を解消する為に、トリックスターの役割を取って来られたと思うので、皮肉めい表現も、たまに整合性のない事を言うのも、私にとっては容認の範疇でした。トリックスターとは元々そういう性質を持った存在ですから。】

まず、集団極性化のリンクが切れている事もあって、ウィキペディアで検索し、100.0%合致するサイバーカスケードを参照しました。ここで、集団極性化は「忌避されるべき純化した状態」と解釈しました。また、この時点で集団ダイナミクスから提起されている事を全く知らないので、唯一理論として提起されているユングの元型論を補完する要素として捉えました。したがって、全ての文章を同一平面によって語られているものと捉え、「忌避されるべき純化した状態の解消」と「トリックスターの役割」と「そういう性質を持った存在の容認」として、がっちり結び付けてしまいました。集団ダイナミズムを知っていれば、そんな間違いは絶対になかったと思います。

私の方で、死刑囚さんが「トリックスター」を中心に全ての論を組み立てていると思い込んでいたために、まったく話がかみ合っていませんでした。No.276の的確な論点(i)(ii)についても、本当はそうは思っていないのにこちらに話をあわせてくれているのだと全く逆に考えていました。
元型論を元型論として説明してくれているものに対して、完全に上記思い込みがあり、集団における特定意見の排除基準というような具体的場面設定の論拠を全て神話的解釈で乗り切ろうとしてるのかと思い、また私が勘違いした死刑囚さんの主張は様々な点で恣意性を持つものであり、さらに共時性云々と出てきたことから、死刑囚さんはたまたま心理学はユングで接点があるだけで、本体は神秘主義思想で「そのうち、カバラによるととか、Golden Dawnはとか、魔術体系で反駁されると困るな〜」という事を本気で思ってしまい、【いわゆる「線引き問題」に引っ掛かってきている印象】として躊躇してしまいました。

ですから「線引き問題」云々は、概念に恣意性がありチェックが必要であるという事で直接的に提起していますが、背景には「そのような魔術体系は、具体的論証の場面にはチョット・・・」という思いがありました。

最初の誤解から、完全に「集団極性化を解消するためのトリックスターの役割」を死刑囚さんが主張していると思い込んでいるので、死刑囚さんからの「事実誤認」との指摘も、あまりピンときませんでした。
最初に、「あれ?」と思ったのは、No.285コメントで【上記は、各人がある状況を同理論で定義された「集団極性化」であると判定することの妥当性の問題であり、集団ダイナミクスにつての理論的疑問ではありません。】とした一言でした。ここからは、もう雪崩を打つように自分の過ちが明らかになって・・・

死刑囚さんには、大変ご迷惑をおかけしました。 


P.S.
ぐら虫さん、巻き込んじゃってごめんなさい。

>No.299 お〜い紅茶さん

なるほど、なるほどです。
どのようにして誤解されてしまったのだろうと疑問に思っていたのですが、目から鱗が落ちるような感じです。

丁寧にご説明下さり感謝します。
私のリンク貼り間違いや説明のしかたに工夫すべき点が大いにあったのだと気づくことが出来ました。
こちらの方こそ、多大な労力を使わせてしまって申し訳ありません。
それから、有り難うございます。

誤解を解く機会を与えて下さった、ぐら虫さんにも感謝致します。

* * *

実は、「日本人の美学?」エントリのNo.35No.36辺りでも、「そちらの方向を追求することは差し控えたいので」というコメントを頂き、何やら誤解を受けているかもしれないと思っていた所でした。
もしかしたら、そのコメントを下さった方も小会議室をご覧になっており、「死刑囚は神秘主義思想を持論としている人間だ」と誤解されてしまったのかもしれません…(^^;
身から出た錆ですね…。

今回の件は良い教訓になりそうです。
本当に、有り難うございました。

No.297 (微妙に違う)M-1王者さん(昼寝さん)

なんかやられたという感じです。「熱帯魚」「迎合精神」「トリックスター論」とまた一つ増えました。「トリックスター論」のすごいところは、本人が笛も吹かずに踊らされことです。やられました。
勝手なことを言いますが、また、書いてくればいいと思います。もう批判はしませんよ?では、また。年明けにでも。

>No.298 死刑囚さん

こちらの書き方が拙かったので、申しわけなかったです。
「死刑囚が評価した内容」これは難しい問題です。M-1王者さんだけでなく、私も含めた相手をした人がいるからです。その辺の視点から見るとどうか?というのがあります。極端に抽象化して別の所でなら可能性が?では、また。

>No.299 お〜い紅茶さん

勝手読みして、話をぶり返してすいませんでした。では、また。

>No.281 法は知らな損さん

もう、そんなに詳しくは読んでませんが、あの人の”ウナギ文”を捕まえるは大変でしょう。頭を捕まえて釘を打つ必要があります。
頭にあたる所が、(読んでいただけませんか?)「自分の中ではまだホットな話題」「時間を置いてから読んでみます」かなと。本当の頭を冷ます必要が。では、では。

「独り言」

(質問)あなたの好きな歴史上の人物は誰ですか。また、どのような点を見習いたいですか。

「歴史上名が残っている人物は皆すごい。」誰やねん。ゲッベルス?

>No.281 法は知らな損に自己レスというか「独り言」です。

>批判になってしまうので割愛します。
「琴線に触れた」が私が大会議室で書いている理由です。

「琴線に触れる」の意味は「心の琴線に触れる」であり「心の奥にこめられている真情や感動」だそうです。
その意味からすると「批判したくなった」を「琴線に触れた」という表現に置き換えるのは日本語としては決して正しくはありません。
言い訳をさせてもらえば、私は自分も含めて人の感情を100%正確に表現できる文章や言葉はないと思っています。
どんなに有名な詩や感嘆詞であってもです。
思いつくところであえて100%に近い言葉といえば「絶句」でしょうか。
ですからどんな文章であっても議論の余地はあると考えます。
あっ、前にそんなこと言ってた人がいましたね。
意味はまるで違いますよ。念のため。。

私がここで喩えている「琴線に触れた」は「琴の糸に触れれば音が鳴るという意味であり、また、心の底から感動して共鳴するという状態。」を指しています。
音(音色)は云うまでもなく波形であり、その性質として2種類の近い周波数の音を重ねると「うなり(トレモロ)」と呼ばれる現象となります。
うなり(トレモロ)が人に心地よく感じるためにはある一定の条件が必要です。
今のところ私は必然的に協和性を阻害する要素に干渉しています。
これ以上は難しくて私には書けません。スルーを希望します。

>No.301 ぐら虫さんへ

お三人(四人?)のやりとりにはついていけなかったのでROMにしましたが興味深かったです。
No.291の「すぐに謝る。」は私もですので少し笑えました。
「何を書かれても気にしない。」はPさんですね。
”ウナギ文”を書く人はHさんには失礼な態度と受け取りました。
では、よいお年を。

 コメント数が300を超えましたので
 
 小会議室(その2)

 と作りました。

 今後の投稿は(その2)へお願いします。

>>No.191 昼寝さん

あった、あった倉庫にしまってあったんだww

自己レス、自賛レスではありますが、あまりに予想通りの今枝さん
劇場がおかしくて。。。。。

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