エントリ

仮釈放中に交際女性絞殺、死刑確定へ 最高裁が上告棄却(asahi.com 2007年11月30日20時12分)

 一、二審判決によると、宇井被告は岡山市内の自宅で女性を殺害し、遺体を市内の竹やぶに捨てた。第二小法廷は「女性2人の殺人などで無期懲役刑となり、20年近く服役したのに仮釈放されて約1年9カ月で類似の犯行に及んだ。犯罪性は根強く、死刑はやむを得ない」と述べた。

 前刑の事件の内容がくわしくわからないのですが、なぜ前刑で死刑にならなかったのか、と考える人は多いと思います。

 こういう事件というか、こういう人間が現実に存在するということを考えますと、死刑廃止論に賛成することができません。

 責任を取れとは言いませんが、前回の裁判で死刑を回避した裁判官(たぶん求刑は死刑だったと思いますので)は、今回の被害者のことを考えて欲しいと思います。
 結果論と言えば結果論かも知れませんが、それだけ裁判官の職責は重いと言うべきです。

 それにつけても、裁判員裁判で死刑求刑事件を担当することになった裁判員の皆さんの苦悩が思いやられます。

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コメント(21)

 考えさせられますね・・・

刑務所の矯正教育の失敗。
または、
社会が受け容れてくれなかったのかもしれません。

 ワーキングプアの日本社会に、居場所を見付ける事は、並大抵の努力では、生きていけない。ということでしょうか。

 再犯率60%という現在社会で、「刑務所の中の方が、居心地がいい」と考えて、しまうのでしょうか。

有名女優の子息が、3回目の逮捕。
 この犯罪は「自分、幻覚、そして誘惑(悪魔の囁き)」との闘い。一般の人はそれに生活苦。

 やっぱり優先するのは、死刑廃止ではなく「終身刑」の設立しかないのでしようか。

 コメントが、まとまりません。駄文ですみません。

本件弁護人の被告の情状に関する主張は、
>「事件を深く反省し、後悔している。根っからの悪人ではなく、更生の可能性は十分ある」
だそうです。

光市事件のような事実関係に対する主張でなく、無期刑を受けながら、出所後短期間で再び3人目の殺人を犯した被告の人格に関する主張が、この程度と言うのは、弁護士の先生方には申し訳ないが、少し弁護人自身の人格を疑います。この弁護士にどうしたらこの被告を更生させることができるのか聞いてみたい気がします。

やはり終身刑の一刻も早い導入が望まれると思います。死刑制度については元々は賛成だったのですが、警察も検察も裁判官も所詮はただの人間だということを徐々に学び、最近はあまり賛成できなくなってきました。

なお、更生の可能性については、基本的にほとんどの人間は更生などできないということを前提にすべきだと思います。現在の制度はどうも性善説によりすぎているかなあと。

特に懲役刑については、「危険性の高い人間を一般社会から隔離すること」を最大の目的にし、「更生させること」や「罰すること」は二の次で良いのではないでしょうか。

No.3
終身刑について、フランスではこんな意見もありますので、参考までに。↓
http://www.news.janjan.jp/world/0702/0702049395/1.php

しかし裁判員に死刑を判断させるのであれば、裁判官職の存在意義はまったくないでしょう。
最高裁は自らの公職の権威と俸給をすべて失うことになると思います。
もし裁判員制度開始後もそれを守りたいのであれば、裁判員には量刑させず陪審評決権しか与えないとする以外ないと思いますが。

>No.2 じじい さん
 そう言わざるを得ないのでしょう・・・。吉岡(宅間)守なんかもそうですが、こういう死刑必至の事件の弁護人は内心虚しくないのでしょうか。

>No.3 田中大介さん
 いずれ社会に戻ってくる有期懲役囚の場合更生ということを考えざるを得ないと思います。

 なお無期懲役と終身刑は異なる刑のように思われていますが実はほぼ同じです。(参考URL)

更生の可能性がないから死刑を選択せざるを得ない、というのと、再犯の可能性があるから死刑、というのとでは大きく違いますね。

刑務所の矯正教育の問題なのか、社会の受け容れ体制の問題なのか。具体的に検証して欲しいところです。

それとも「生来的犯罪者」というものが本当にあるんでしょうか。あったとして、そうでない人とどうやって正しく区別ができるんでしょうか。

どう考えたら良いか分かりません。

今回のケースでは、再犯の可能性がある人を仮釈放したのが問題だと思います。
終身刑の導入よりも無期懲役を細分化するほうが適切ではないでしょうか。

例えば、「無期懲役(15年は仮釈放なし)」あるいは、
「無期懲役(仮釈放なし)」などと。
そのほうが裁判員としても無期懲役を選択しやすいです。

No.5
フランスは死刑廃止前(1975年以前?)でも参審制で市民が刑の判断(死刑含む)にも関与していたはずですが、裁判官職の存在意義を問われたことは聞いたことはなく、独自の御主張としてお聞きしておきます。

>NO.7mさんありがとうございます。

>刑務所の矯正教育の問題なのか、社会の受け容れ体制の問題なのか。具体的に検証して欲しいところです。

 そこが、私が自己のコメントに自己矛盾してしまった要因でしょうか。
 前歴者に調査するわけにもいきませんし、刑務官にあっても、諸問題が起きている現状では、本当のことは話してくれないと思います。

 また、現実に再犯をする人の中に、「社会の冷たさに」耐えかねて、「刑務所に戻りたい」と思っている人がいることは否定できません。

 覚せい剤中毒犯、窃盗犯の場合は、どこかに早く捕まえて欲しいと願うものもいると聞きます。「自己コントロールできない」と嘆いています。

 現在の日本社会の中に、仮釈放、釈放として放り出され、保護司がすべて面倒みれない現状で、生活していけるのか。

 有効求人倍率が、0.2ポイント減と昨日、報道されていました。非正規労働者ための法案が先送りされ、生活保護基準の見直し、厚労省の検討会の報告書に「保護基準は高い」とされ、一般の生活者にとっても厳しいのに、まして、更生を誓って出所してきても、心が折れる。等々。(注:統計に基づいたものでなく、申し訳ありません。)

 無期懲役、終身刑との言葉の理解。言語によって、ニアンスが、違ってしまいます。
 アメリカのように、有期懲役150年とか、GPSを使った再犯防止システム。プロファイリングの駆使。というのも検討課題でしょう。

 職務を離れれば、正直「法務大臣も死刑執行書に自分が署名したくない」「刑務官が、死刑執行をしたくない」「裁判官も死刑は判決したくない」のが本音だと思います。

 くしくも「11月25日〜12月1日」は、「犯罪被害者週間」です。
 ただ、被害者、被害者遺族にとって、加害者が目の前にいて欲しくない・・・。            駄文デス。


>No.10 cocoro様

私のコメント、cocoro様に対する批判と受け止められてしまったでしょうか。決してそんなつもりはありません。どちらかというと今回は、「結果論」とお断りになった上でのことですが、モトケン先生のエントリーコメントが納得いかなかったので、実はモトケン先生に対してやや批判的に書いたものです。

更生できる人にはできる限り更生させてあげたい。そのためにできる社会的整備を考えたい。犯罪被害にあったことのない私の甘い考えなのかも知れませんが。

連投申し訳ありません。蛇足ながら

>それだけ裁判官の職責は重いと言うべきです。

 それにつけても、裁判員裁判で死刑求刑事件を担当することになった裁判員の皆さんの苦悩が思いやられます。

には、激しく同意いたします(汗

>No.11 m様
 いえいえ、私への批判とは受けとめていません。恐縮です。
 No.1の私のコメントに自己矛盾していることは、十分理解しています。

 モトケン先生のエントリでの投げかけは、現法制度おいて、永続的に起こる課題だと感じています。

 どこの国のどの法制度が、一番最良なのか?
 私の終身刑の提言は、日本おける無期懲役の現状に鑑みて、終身刑という「新設」の投げかけです。
 「日本人の終身刑」意識の違いをNo.4 psq法曹様、No.6 ひらの様のコメントで指摘していただきましたが、
「終身刑」については、日本の現法制度にないから、新たに国会で議論し、「日本に合った終身刑」を新設してはと思ったしだいです。
(ex.一生涯刑務所で過ごし、刑務作業、場合によっては介護の一端を担う。刑務所に特別養護老人ホームの併設し、高齢化社会における社会貢献。恩赦・特赦における減刑、免刑等)

 死刑廃止以前の提言、と捉えていただければ幸いです。
 

>場合によっては介護の一端を担う。
終身刑くらうような奴に介護されるのってヤダなあ…。絶対こっそり虐待されると思うww。
まあ汚れ物の処理とか、直接被介護者に触れない業務のみやらせば済むことですが。

でも個人的には「シルミド」方式キボンヌ。

エントリ本文での、モトケンさんの下記の言葉、いろいろと考えさせられました。

結果論と言えば結果論かも知れませんが、それだけ裁判官の職責は重いと言うべきです。

これを「裁判官の職責は重く、当然に過去無期懲役の判決を下した裁判官の責任は追及されねばならない」と読み解くか、それとも「裁判官の職責は重く、現在裁判官職にある者はこの事例を将来の戒めとして、その職責を自覚しなければならない」とでは全然違った議論になってしまいます。

前者は時間軸の上では現在から過去の方向を見てその責任を現在時点で追求する考え方ですし、後者は時間軸の上では現在に立つ者が将来を見据えて過去を省みる立場です。どちらかというと前者は日本的思考法であり、後者はアングロサクソン的思考法であると分類されることが多いようで、とかく日本人は〜式の議論に展開することもまた多いようです。

もちろんモトケンさんは、後者のお考えでエントリ本文を書かれたことと承知しています。しかし医療過誤訴訟のエントリなどでの「結果が悪ければ過失の有無に関係無くそれだけで賠償(刑事)責任がある」とする「業務上過失は結果責任論」が根強かったことに思いを致すと、過去の事績に対する結果の議論というのは、投稿者も心して論じなければならないと考えてしまいました。

>psq法曹さん

興味深いニュースのご紹介、ありがとうございます。

>10人の無期懲役囚が「火にじわじわと焼かれるより直ちに殺された方がまし」との公開状を提出した。

とのことですが、もしサルコジ氏あたりが死刑制度を復活させたとして、そのときに彼らは同じことを言えるのか個人的には疑問です。

>強盗の罪で約20年収監され、出所したクロード・ルカスは、「死刑は民主主義の恥だが、それをただ終身刑に置き換えるのも良くない。終身刑は拷問だ。刑期は20年以下とすべきだ。それを超えては、誰も新たな人生を再開できない」と語っている。

に至っては、自業自得としか思えませんし。


>ひらのさん

ミーガン法のような、出所後も事実上社会から隔離し続ける方法も選択肢の1つとしてありうると思います。もちろん個人的にはミーガン法が市民の安全に寄与しているとは思えませんが。

「終身刑」についてですが、冤罪などが発覚した場合を除いては、恩赦を適用することが制度上不可能な制度を想定していたのですが、それは難しいのでしょうか?

20年も服役していれば
もう二度と入りたくないと思うような地獄のような環境でなければ
再犯は防げないのではないのでしょうか?

あと、更生というが
医学心理学哲学宗教などを総動員して
どんな人でも罪を悔い二度と犯罪を行わないようにできる
カリキュラムを作れないものでしょうか

>モトケンさん
>前回の裁判で死刑を回避した裁判官(たぶん求刑は死刑だったと思いますので)は、今回の被害者のことを考えて欲しいと思います。

前の事件での求刑は無期懲役です。

更生プログラムについては、2年前の日本行動分析学界にてこちらのサイトに纏められているように、色々議論されていたようです。
また、同サイトでは下記の通り、こちらでも指摘されている社会の受け容れと再犯の関連についても示唆されているようです。

出所後5年以上再犯の無い者について調査したところ、その理由は、家族関係の充実(結婚、子育てなど)、転職はあっても何らかの定職を継続していること、などにあった。社会内処遇の充実は重要。

(なお、同サイトで議題に挙げられているスキナー「罰なき社会」についてはこちら(PDF)です。)

死刑制度の是非については、勉強不足という事もあり判断を留保していますが、どのような更生システムや出所後のフォローがどの程度有効か、たとえ有効な物であっても、どれ位コストがかかるのか、コストを負担できるのか、等といった議論抜きでは、今ある死刑制度を廃止すべきとは言えません。

みなさん、はじめまして。
40代工場労働者のものです。
長いことROMでしたが、初めて書かせていただきます。
私自身は死刑廃止論者なのですが、
残酷な事件毎に感情としては
「許せん!こんな奴は死刑にしろ」と感じてる部分もあり
自分自身の中では揺れ動き、苦悩をおぼえます。
しかし、死刑は廃止して終身刑(仮釈放無しの)を設置すべきが持論です。

犯罪者の更正システムは
山本譲治さんの『累犯障害者』などを読むと、
刑務所はただただ犯罪者を隔離する場所としてしか
機能してないように思われます。
あ!この話をふくらますとスレ違いになってきますね。

場違い、トンチンカンな発言かもとオドオドしておりますが
今後とも、よろしくお願いしますm(_ _)m

ひろろ様

はじめまして。
ひろろ様がおっしゃるとおり,わが国において刑務所も含めた更生のシステムがいまいち機能していないことは本件の遠因の一つであると思います。

ないわけではないが,キャパに限界があることと結局のところ一部の献身的な方のボランティア精神に依存していることが大きな問題であると思います。

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