エントリ

 判決としては、既に予想というか予定されたとおりの内容ですが、検察は控訴するのでしょうか。
 もし、控訴するのであれば、これまで何度も指摘していますが、危険運転致死傷罪の改正を本気で考えるべきだと思います。
 本件が懲役25年の求刑に値するほど悪質な事案と見るのであれば、きちんと求刑に見合う判決を出しやすい法律にすべきです。

福岡3児死亡事故:地裁判決の骨子(毎日新聞 2008年1月8日 12時23分 (最終更新時間 1月8日 13時10分))

事故当時、被告は酒に酔っていたが、事故現場に至る運転操作などから「正常な運転が困難な状態」だったとは認められない。

 法律論抜きにこの判決の骨子を読みますと、ものすごく変な文章じゃないですかね、これは(記者の要約が正しいことが前提ですが)。

 判決は、読み方をちょっと変えますと、「酒によっていても正常な運転ができる」と言っています。
 「酒に酔っている」という状態と「正常な運転」とはどういう運転なのかということを、この裁判官に聞いてみたい気がします。

 検察には是非控訴してもらいたいと思います。
 高裁でも負けたら上告して、それでもだめなら、ほんとに真剣に法改正を考えてもらいたい。
 役立たずの法律を作るんじゃない、ということです。

 こっちの事件では高裁で逆転有罪が連発しているようですが。
 古紙持ち去り、逆転「有罪」次々 7人の無罪一転(asahi.com 2008年01月08日17時40分)

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コメント(287)

 うーん。。
 「酒を飲んでも、法的な意味での正常な運転が困難とは言えない」場合はあるってことでしょうね。
 そもそも同じ「飲酒運転」でも、その酔いの程度によって、(1)飲酒運転(2)酒気帯び運転の2パターンの分類があるわけですし。
 つまり危険度は場合によって異なるってことですよね。
 現実にも、アルコールの分解は個人差があるわけですし、そう考えると裁判官の言い分も理解できる気もします。
 危険運転致死傷罪は、運転の危険度で判断するものだと思いますし、今回のケースは仕方ないのかなと思います。
 まあ遺族の納得を得ることは到底できないと思いますけど。。

個人的には本罪だけではなく、交通関係の犯罪体系を見直すべきではないかと思います。

 役立たずの法律を作るんじゃない、ということです。

まったく同感です。
場外乱闘のほうでもチラと書きましたが、危険運転致死傷罪という概念が存在する現在、私は「酒を飲んで車を運転すること」は道交法で取り締まる交通違反行為ではなく、刑法で取り締まる犯罪行為として法律の構造にまでキッチリ手を入れ直すべきだと思っています。

その際には、酒やクスリやって運転する行為は、現状の危険運転致死傷罪から分離して独立の条文(未遂罪もしくは予備罪の規定あり)を設けるべきだとも。

でもって「危険運転〜」のほうには、携帯で通話しながら運転とか携帯メール打ちながら運転を新たに類型に加え、かつ原動機つきの乗り物に限らず軽車両も適用対象に拡大していただきたい。

モトケンさん、こんばんわ。
この手の事件の裁判ではできるだけマスコミに煽られず感情論をセーブするように自己抑制するよう心がけてるつもりではありますが・・・ でもやはり私も同様に

> 判決は、読み方をちょっと変えますと、「酒によっていても正常な運転ができる」と言っています。

という趣旨に受け取れてしまうのがものすごく引っかかってます。「ちょっとくらい飲酒して運転しても泥酔さえしてなければ、それが事故の主要因とはいえない」と裁判所がお墨付き与えたようなもんじゃないでしょうか? 飲酒事故の裁判ってそういうものなんでしょうか・・? 個人的には裁判所の判断を頭ごなしに非難する気はないのですが、これじゃ何のために飲酒運転を禁止してるのか分からないですよね。酒が抜けるまで逃げて時間稼ぎしたほうが得なわけだし。立法府も何をやってたんでしょうね・・

感情論を抜きにすればNo.1様の御説も理解できますし、「場外乱闘」の下馬評でも「危険運転致死傷罪」は遺族に阿た「悪法」という評価が多かったですね。
ただ、マスコミが報じるところの判決要旨が正しいとすれば、モトケン様のおっしゃるように「飲酒してもそれなりにばOK」
極論すれば
「泥酔しても事故さえ起こさなければOK」
と裁判長は結果論ですべてを判断したようにも思えます。

もし、それが法的に美しい姿なのであれば、事故を抑制するとされる各種規制(飲酒取り締まりも速度規制など)は一切不要ととも言えるのではないだろうか…とも思えてしまいました。
流石にこれは極論だと思いますが、裁判長がパッと見には不可解な理由をこじつけないとならないほどに「危険運転致死傷罪」は役に立たない法律ということなのでしょうか。

わたくし的にはこの裁判官の示した判決理由(報道)にほぼ異論なしでした。
裁判長は「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の原則をきちんと守っているように思えました。

ズバリ司法の怠慢としかいえないような判決では?

また、”3人殺して”おいて懲役7.5年では”殺された”子供たち”も成仏できますまい。

もちろん、「未必の故意」による殺人で立件できない検察も大概腰抜けだけど・・・

現代に必殺仕事人が存在するならば、間違いなく無報酬で今林を殺しに行くでしょうよ。

今林には死刑以外はありえません!!!

すみません。
誤:「飲酒してもそれなりにばOK」
正:「飲酒してもそれなりに運転できればOK」
後この判決で理解できなかったのは

時事通信報道文より引用

川口裁判長は危険運転致死傷罪の成否について、脇見運転だったとする今林被告の供述の信用性を認め「酒に酔った状態だったのは明らかだが、事故前に蛇行運転や居眠り、衝突事故などはなかった。水の持参を頼んだ言動などから、判断能力を失ってはいなかった」と認定。

の下りです。
これって
「証拠隠滅(自己の犯行の隠滅なので罪ではないが)するくらい正常な判断できてるからOK」
ということなのでしょうか?

判決文の全文が出ないと判断できないかもしれませんが、法曹の皆様のご意見・ご見解を賜りたく存じます。

No.10 電算屋さん

確かに全文読まなければわかりませんが

この記事だけだと
「証拠隠滅(自己の犯行の隠滅なので罪ではないが)するくらい事理弁別能力があるから(「正常」よりはこちらのほうが趣旨にあってるのではないかと)OK」
と言っているようにしか読めないですね。

皆様、明けましておめでとうございます。

私は No.1 名無しさんさん に一票です。

条文に 「飲酒運転で事故」=「危険運転致死傷罪」 と書いてなければ(あるいは条文から解釈できなければ)、 「飲酒運転で事故」⊃「危険運転致死傷罪」 となり、「酒に酔っていたが、事故現場に至る運転操作などから『正常な運転が困難な状態』だったとは認められない」ケースが、理論上は、存在すると思います。

>ズバリ司法の怠慢としかいえないような判決では?

いろんなブログを見て回りましたが、
怒りの矛先は、裁判所に向かっていますね。

なぜなんでしょうか?

裁判所は、立証された事実についてできうる限りの刑を言い渡しています。

危険運転致死傷罪が適用されなかったのは、
検察の立証不足および法律の不備が原因であって、
裁判所の問題ではないように思うのですが?

→ 電算屋さんのコメント
→ 「泥酔しても事故さえ起こさなければOK」
→ と裁判長は結果論ですべてを判断したようにも思えます。

 判決では、飲酒運転を認定した上で、その点についても処罰をしていると思います。

 飲酒をして交通事故を起こせば、すべて「危険運転致死傷」にあたるという法律であれば、簡単で良いのでしょうが、もともと、そのような法律ではないのでしょう?

>No.9 ぷり(駆け出し弁護士)様
表現の訂正ありがとうございました。
なるほど 事理弁別能力がある と表現するのですね。

どこかで判決文がアップされることを期待したいですが…。

>”3人殺して”おいて懲役7.5年では”殺された”子供たち”も成仏できますまい。

 520人殺しておいて誰一人起訴すらされなかった日航機墜落事故は?

>”3人殺して”おいて懲役7.5年では”殺された”子供たち”も成仏できますまい。

 520人殺しておいて誰一人起訴すらされなかった日航機墜落事故は?

自分から見て、今回の判決は釈然としないです。
やっぱり、飲んで事故ったらアウトな法律がないと、この違和感は解消しないような気がします。

No.13 電算屋さん

いや,正しいかどうかは(苦笑)
いずれにせよ,本件判例の評釈が楽しみです。

(なお,私は大筋では判決に納得しています)

危険運転致死傷罪は多発する悪質な飲酒運転を裁き、抑制につなげるものではないのか。ある程度正常な運転?(というより事故しなければいい)が出来ればOKなら、法がある意味ないんじゃないの。朝からこのニュースを耳にする度、腹が立つ。
コメントの中には「感情論抜きにして・・・」とかあるけど、何の罪もない将来のある子供達が命を落として、自分ならこんな判決許せるのかぁ?2年そこらで忘れられるのかぁ?
犯人の罪は2つ。まず、防ぐことが出来たはずの危険な飲酒運転で事故を起こしたこと。これが判決のいうとおり正常な運転が困難ではなかったとして、業務上過失致死傷罪だとして、判断能力を失っていなかったというのなら、2つ目は、判断能力を失っていなかったにも関わらず、海に車が落ちたことで、車中の人が死亡する確率が高いはずなのに、自分の身を守るために見殺しにした、殺人です。
こんなのがまかり通るなら、こんなこと言いたくないけど、私も人を殺したくなったら、あくまで脇見運転を言い張って、その人を轢いてみましょうかね。事故は飲酒じゃなくても起きてしまうことはある。ただ、その時どれだけその事故に対して逃げずに自分を罰せれる姿勢があるのかを
もっと裁かないといけないんじゃないのだろうか。

>私も人を殺したくなったら、あくまで脇見運転を言い張って、その人を轢いてみましょうかね。

それは、まちがいなく殺人罪が適用されるでしょう。

>私も人を殺したくなったら、あくまで脇見運転を言い張って、その人を轢いてみましょうかね。


http://response.jp/issue/2002/1106/article20642_1.html

こんなのもあります。
犯罪者天国ばんざ〜い!

報道では「救助活動以前に保身に走った」ような印象が見えますね。
現実は解りませんが。

その様な運転士の義務全てをも考慮した量刑が課せられるのが合理的ですが、量刑のステップに溝が有り、しかもハードルが高い為に大きな違和感を生じたのでしょう。

裁判所も起訴理由の変更を指示など苦労しているのは、判断が出来難かった訳で、やはり立法の問題ですかね。

やっぱり、そこに突っ込んでくるんですね。記事まで紹介して頂きありがとうございます。忠告は紳士に受けとめて、殺人はするつもりはありませんのでご心配なく。
ただ、私は逃げ得になるような法の逃げ道があって、被害者や家族を苦しめている様に感じられてならないだけです。

>私も人を殺したくなったら、あくまで脇見運転を言い張って、その人を轢いてみましょうかね。

殺意が立証されれば、殺人罪が適用されるだけでしょう。殺意が立証されなければ、殺人罪は適用されないでしょう。何れにせよ、裁判所は法律に則って判断するだけだと思います。問題をお感じになるなら立法府へどうぞ。

>>No.23No.23 通りすがり@茶番劇さん
まぁ「遺族のために何かしてやったぜ」という議員さんの自己満足にしか過ぎない使い物にならない法律が悪いということなのでしょうね(何でもかんでも厳罰化にしろと言ってるわけじゃありませんが)。

ただ裁判長さんもさんざん「飲酒していても正常な判断に基づく正常な運転で、事故後も判断能力も失っていなかった」と言っておきながら、なぜ「おこるべくして起きた事故」と結論付けたのでしょうか?
前半部だけ捉えるなら、今回の事故と飲酒は無関係であると裁判所は判断したように思えるのですが…。
どうもしっくりきません。前半の事実認定なら「一瞬の不注意が生んだ不幸な事故」と帰結し、量刑ももっと軽くなるような気がするのですが…。

No.11 どららさま

危険運転致死傷罪が適用されなかったのは、
検察の立証不足および法律の不備が原因であって、
裁判所の問題ではないように思うのですが?

事実認定(証拠の評価)だけでなく、法解釈という作業も、裁判所の重要な役割です。

批判が正当なものかどうかはともかくとして、裁判所を批判する意見は、(理屈上は)2つに分けられます。
・事実認定に対する批判
・法解釈、つまり認定した事実に対する法の当てはめに対する批判

危険運転致死傷罪(刑法208条の2)の構成要件は、「正常な運転が困難な状態」 とか 「進行を制御することが困難な高速度」 のような解釈に委ねられるあいまいな表現で規定されています。
検察が考える 「困難」 の水準であれば証拠上は十分であったとしても、裁判所がそれよりも高い水準の 「困難」 を要求していたとすれば、立証は十分であっても無罪という事態が生じます。

モトケン先生がエントリ本文で言われている 「役立たずの法律」 というのは、立法の経緯や他の法令との関係等によって絞られてくる本罪の構成要件の意味合い・読み方として、地裁判決の解釈がやむを得ないのだとすれば (まだ仮定の話)、それは裁判所は法の精神を守っただけであって非難されるべきでなく、本件の事故を通常の業過より重く罰しようとするならばもっと構成要件の規定の仕方を工夫する必要がある、というような趣旨かと思います。

 「今」同種の事件が起こったら懲役10年半が最高刑になるのですが、ネットに怒りを書き込んでいる人の大半はそれさえ意識していないようです。

 危険運転罪を作ってうまくいかないから自動車運転過失致死傷を作って、ずいぶんと場当たり的に法律を作っている感じがします。
 私には、自動車運転を軽く処罰するのは理解できても、重く処罰する根拠はいまだに理解できません。(過失犯全体の刑を上げるのは分かりますが)

心証をもって判決するのが日本の裁判官であるということを前提にしますと、この判決に示された裁判長の「心証」にほぼ異論はありません。
私個人的には被告人の過失に対して(故意が証明されないので過失と思います)ほぼ同じ「心証」を抱きましたことを付言したいです。

No.24 電算屋さん

>なぜ「おこるべくして起きた事故」と結論付けたのでしょうか?

「被害者の車を事故直前まで発見できなかったのは、脇見が原因」だからかと思ってたんですが...
飲酒運転が原因で「『おこるべくして起きた事故』と結論付け」ているのでしょうか? それなら私の認識の大間違いです。
申し訳ありません m(_ _)m

>>no.27ぼつでおk様
いつも場外乱闘でコメントを拝読させていただいております。
おっしゃるとおり「故意」ではないのでしょうから、「心証」はお説のとおりと存じます。
裁判官も通常の求められる責務(正常な判断ができる体調で、公序を乱さない運転を行うこと)を果たしていなかったと判断したので今回のような量刑になったのでしょう。
であるならば、繰り返しになりますが「飲酒していても正常な判断に基づく正常な運転で、事故後も判断能力も失っていなかった」と言っておきながら、なぜ「おこるべくして起きた事故」と結論付けたのでしょうか…。

もっとも「通常の求められる責務」が拡大解釈されてゆくと、すえ恐ろしい事態が想定されます。実際にそうなりつつある領域もありますよね…(スレ違いの話題ですが)。

〉〉No.28 通りすがり@茶番劇様
たしかに報道によると直接の事故原因は「わき見運転」と事実認定されたようです。
しかし一方で量刑判断は以下のように報じられております。
「飲酒での高速走行は危険極まりなく悪質で、今回のような重大事故を起こすべくして起こした。厳しい非難を免れず刑事責任は誠に重大。法定刑の上限をもって臨むのが相当」

…直接の事故原因が「わき見運転」しか事実認定できなかったとしら、どうして「飲酒での高速走行は危険極まりなく悪質で、今回のような重大事故を起こすべくして起こした。」なんて表現が出てくるのでしょうか…。

まぁマスコミがが「判決文」を捻じ曲げて報道している可能性も否定できない状況では全てがタラレバですが。


ぼくもこの件は立法の失敗だったと思いますが、法改正と、最高裁が飲酒運転はすべて「正常な運転が困難な状態」と言ってくれるのと、どちらを期待したらいいでしょう?

なお、一般の交通事故を含め、過失に重い刑罰を科すのには反対です。飲酒運転や、携帯をいじるなどの脇見運転に対して積極的に故意認定をすべきだと考えます。

No.29 電算屋さん、了解しました。

裁判官の苦渋の決断が滲み出ているのでしょうか?
何れにせよ、「判決文」が出ないと何ともいえませんね。

>>29 電算屋さん
コメントありがとうございます。

うまく説明できる自信は無いですがあえて今思いつくお答えとしては、「裁判は人間の原罪を裁く場所ではない」という感覚というか認識を、わたくし的には意識して強調したいと思ってコメント致しました。

あと、この事件の古い別エントリーにも書きました(今探せませんが)が、脇見運転と高速運転と酒気帯び運転の各因子(他にもありますがここでは仮にこの3つに絞ります)と、3人死亡結果との相当因果関係(のようなもの)が、それぞれ全体の中でどう定量されるのが適切かというのも、心証形成に与るところ大ではないかと思っています。

ご質問にお答えできてないかもしれませんが、いまはこれでご勘弁を(笑)

 通りすがりですが失礼します。法律関係に疎い一般人の散文ですがコメントさせていただきます。

 結局のところ、事故が起こったという事実がある以上、シラフでも飲酒していても、どんな交通事故にも少なからず「危険な運転行為」が存在することになると思いますが、業務上過失致死傷罪と危険運転致死傷罪の境界線を何によって線引きするかが実はかなりあいまいだと思います。

 危険運転致死傷罪の線引きを「故意」かどうかで引くとすると、信号無視や超過スピード、無免許うんぬんは、故意に危険な運転行為を行ったといえるでしょうが、アルコールで酩酊状態だったり、薬でラリった方々が危険な運転を行った場合、故意であったかどうか立証するのは難しいのでは・・・。未必の故意というのも、運転者が運転すると決断した時期が、すでに酩酊orラリった状態であった場合、故意といえるのでしょうか?

 かといって線引きを故意に関係なく、「事故が起きても不思議ではない危険な行為」かどうかで引いたとすると、信号無視や超過スピード等での運転は理由を言うまでもなくアウト、酩酊状態や薬物服用状態での運転は、「基本的な運転動作が不能なため危険な行為」でアウトでしょうが、今度は種々のグレーゾーンで頭から煙が出ることに・・・。
 ビール1杯でも飲めば、シラフの状態時よりは判断能力が低下するものの、運転動作が不能になるわけではない、これを危険な行為といえるのかどうか?ということで、もしこれを危険行為と定義すると、平均的な状態と比較して能力低下した状態を危険と定義することになります。そうなると、拡大解釈かもしれませんが、疲労や老いによる能力低下だって、アルコール・薬物のそれと並列で扱われるべきでしょうし、携帯電話をしながらの運転もここに分類されるべき項目になるはずです。

 その他にも「原因」で線を引くとか、いろいろあるのでしょうが、どれも個人的にしっくりこないのです。

 結論ですが、危険運転致死傷罪に該当する条件は、どれもニュアンスというか、漠然と危険だからという理由で選ばれていて、厳密に定義していくと別のカテゴリーに分類されるべきもののような気がします。それを欲張っていっしょくたにするから、定義がピンボケしてこんなことになるのではないでしょうか。
 「飲酒して運転すること」に対して罰則を強化したいなら、「故意」がうんぬん、「行為」がうんぬん等の解釈論が入り込めないように、「飲酒して運転すること」にターゲットを絞った法律が必要だと思います。
 ただ飲酒後9時間たった後に本人も気づいていなかったけれども二日酔いで酒気帯びだったとか、栄養剤とか、酒が原因ではない酒気帯びはどうなるんだとか、それはそれで頭煙ものの問題が待っているんでしょうが・・・。

酒飲んで運転し子供を3人まとめて殺したというのに
なんやかんや理由をつけて人殺しを擁護して妥当な刑だとか
ぬかしてる連中は直接遺族に同じこと言ってみたら?


No.26 風の精霊
>自動車運転を軽く処罰するのは理解できても、重く処罰する根拠はいまだに理解できません。

あなたみたいに車の運転行為を軽く考えている人が少なくないから
お酒を飲んで運転する人が後を絶たないんでしょう。
あなたみたいな意識の人にはなるべく運転してほしくないですね。

(重複投稿につき削除)

(重複投稿につき削除)

(重複投稿につき削除)

(重複投稿につき削除)

判決によれば、「『正常な運転が運転が困難な状態』とは、正常な運転ができない可能性がある状態でも足りず、現実に道路や交通の状況などに応じた運転操作が困難な心身の状態にあることを必要とする。」そうです。もともと相当悪質な危険運転行為を想定した法律のようですねぇ...

懲役7年半って、普通に考えたら長くないですか?

飲酒運転->事故->刑務所で7年半

これってアウトだと思うけど、危険運転致死傷罪25年が
適用されないと、あたかも飲酒運転が自由放免というような
書きぶりはどうかと。被告も30過ぎまで刑務所暮らしで
さらにその後の人間扱いされないであろう人生を考えると、
それなりの処罰を受けてると思うのは甘すぎるんでしょうか。

本判決は法律の厳格適用という意味では
法治国家として正しい判決では?

No.41 Kenさんの意見に同感です。

刑務所に収監されての期間は外界から遮断されているわけですから世間で何を騒がれても伝わらないでしょうが、再び社会に戻ったときの苦しみの方が何倍も辛いことのように感じます。
7年半の懲役はあくまでも刑事罰であり、これから民事面での苦しみを一生かけて償わなければならないことをもっと報道することで飲酒運転がどれほど被害者・当事者にとって人生に影響を与えるものなのかを感じさせるものであってほしいと思います。

今回の判決は感情的に見ると刑が軽すぎると感じるのかもしれませんが、司法の判断としては正しいものでしょう。

法律が如何こう、という前に日本の社会は「飲酒」ということに甘すぎる、と思います。「酒の上のことじゃないか」という一言で泣き寝入りさせられた人は多いのではないでしょうか? 路上や駅で大きな声を出したり、嘔吐したり、他人に絡んだり、少なくとも私は今までどれだけ不快な思いをしたことか。「セクハラ」が一般的になる以前は、嫌がる女性に抱きついても「酒の上・・・」で片付けられてました。つまり今回の事件も「彼には悪気はなく、単なる酒の上の出来事なんだから、遺族も我慢しなさい」ということのように思います。
社会が飲酒に対してタバコと同程度に厳しい目を向けるようになれば、「酒を飲んで車を運転すること自体」が「単なる違反」ではなく「重大な犯罪」になるのでは?
個人的には、「酒を飲んで車を運転した」ということだけで「未必の故意」的な犯意(つまり、酒を飲んだのだから事故を起こしても仕方がないや、というような半ば確信的な犯意ーこれは薬物を飲んで運転したり、暴走などの危険行為にも当てはまると思います)を感じるのですけど、これは過激な考え方なのでしょうか?
今回の判決、酒を飲んで車を運転した挙句に罪もない3人の人命を奪った行為に対する罰としては軽すぎるのではないか、と私は思います。あの3人は「運が悪かった」だけなのでしょうか?

(重複投稿につき削除)

No.41 Kenさんの意見に同感です。

刑務所に収監されての期間は外界から遮断されているわけですから世間で何を騒がれても伝わらないでしょうが、再び社会に戻ったときの苦しみの方が何倍も辛いことのように感じます。
7年半の懲役はあくまでも刑事罰であり、これから民事面での苦しみを一生かけて償わなければならないことをもっと報道することで飲酒運転がどれほど被害者・当事者にとって人生に影響を与えるものなのかを感じさせるものであってほしいと思います。

今回の判決は感情的に見ると刑が軽すぎると感じるのかもしれませんが、司法の判断としては正しいものでしょう。

(重複投稿につき削除)

甘すぎだよあんた
7年が長い?他の国の視点で見たら短いっての!
禁固100年とかある国だってあるのに

いいかい?人の命を奪った時点で、こいつが7年で出てこれること事態が異常なのよ!いくら初犯だったとしてもこれで7年で出れるなら
誰だって、酒飲んで、嫌いな奴をひき殺して、わき見運転ですと弁護士と口合わせすれば何とかなるといってるのと同じですよ

まあ、KENみたいな奴が大手を振って歩いてるから飲酒運転やそういうトラブルはなくならないんだなぁ

KENお前車の免許捨てろ、お前のような人間に車の運転は任せられない!免許が無いなら車に乗るな!お前のような殺人鬼擁護の人間に
殺されたら誰も浮かばれんわ!ま、俺の友達や家族や親戚がKENみたいな奴に殺されたら俺もKENみたいな奴は殺すがね

47のレスは飲酒運転擁護犯のKENに対するコメントです

>>通行人1さん

日本は今までの歴史上、酒を飲めば無礼講が許される文化だからねえ・・とはいうものの、それこそ江戸時代とかそこらだとお酒を飲めるのは盆、暮、正月だけで後はお酒は禁止と言う法があったからね

薀蓄はこのくらいにしてだ

いくらなんでもこれは甘すぎだろうというのは俺の持論!
理由は通行人1さんがおっしゃってたのと同意です
いっそ日本も禁酒令を出した方が良いんじゃないかな?
酒製造メーカーは売り上げが落ちるとかすごむけどさ
悪いのは加害者なんだから、文句言うのはそいつ等にいえよと思う

まあ、日本の法律は加害者は生きてるから人権があり殺された奴は死んだから人権はありませんだからなぁ・・・・被害者の遺族は加害者を殺してもありと言う位しないと、KENみたいなゴミがのさばるねえ

>>KEN&まあすけ

お前等、それ本気で思ってるのか?だとしたら真性の馬鹿だ
刑務所入った時点で1年だろうが100年だろうが変わらないのよ
50歩100歩の問題と言う奴だ
一生償うとか言う加害者もどうせ名前変えて別人に成り済まして被害総額もチャラにして逃げるんだと思うんだ
どうせ、今林の名前は全国にばれたからまず採用してくれるところは無いだろう
お前等二人の基本的な考え方は、極論で言うと

ごめんなさいと言えばなんでも許してもらえると言う発想だ!

じゃあ、お前等の家族を俺がひき殺して7年と言い渡されたらお前等は妥当と言えるのか?
そこをまずは詳しく説明お願いする!

今林なんて社会復帰しなくても良いよ、しても真っ当な仕事につけないのは火を見るより明らかだしね

明けましておめでとうございます。

お正月気分も醒めるような、判決でしたね。

飲酒運転で事故を起こせば、相手の救護活動を行わず、ひたすらアルコール検知の数値を引き下げる努力をすればいいんでしょうかね。

後々の飲酒運転者がマネしない事を望みたいですね。

事故で人命を奪った者に極刑の適用はないようですが、飲酒運転って確信犯なのに何でだろうね。ナイフで3人を次々殺せば極刑が濃厚だと思うけど、車は凶器になり得ないんでしょうか。

全ての死亡事故に極刑もありとは考えないけど、最近の尼崎の事故なんてのは極刑でも全然OKだと思うんだけどな。誰か反対するんでしょうかね。

しかし、死んだ3人の子供は可哀想だよね。せめて救護活動でもして何人か助けてれば、被告に対して減刑もって考えれるのだけど、逃げて保身の努力って・・・一生を償いの日々としてもらいたいもんだ。

検察には絶対、控訴・上告して求刑通りの判決を得て欲しい。ていうか、そうしなければいけない。今の刑法の危険運転致死傷罪の要件として4つあるが、全てが曖昧。被告自ら、故意でしたというはずがない。そもそも飲酒して、自動車を運転する自体で故意犯の成立を認めるべきだ。二度と運転免許を取得できなくしてもよいと思う。他人の命(人権)を奪っておいて、てめえの人権だけを主張するのは許せない。何より、一番怖いのは人間は”忘れる生き物”ということだ。今はこのように注目しているが、メディアが取り上げなくなれば、人の記憶からどんどん消えていく。このままでは、10年、20年後の今林は、のほほんと生活していると思う。やつはまだ23歳と思うと、余計許せない。

癸械機,△気

 私は、「他の過失致死と比べて」重く処罰することが理解できないだけです。だから致死全体を底上げするのが理解できてもそこだけ取り上げて重くするのが理解できないのです。
 過失の中には、爆発物の取り扱いを誤って100人死亡させることだってあります。交通事故ばかり類型的に損害がひどいとはいえないでしょう。
 危険物を扱うなら注意義務をがっちり守って相応の姿勢でというのは車に限りません。むしろ誰もが犯しがちな罪を軽くするほうがという発想のほうが普通ですし、実際自動車運転過失で軽傷の場合には他より刑を軽くしています。
 
 

>>No.26 風の精霊さん
>「今」同種の事件が起こったら懲役10年半が最高刑になるのですが、

救護義務違反(ひき逃げ)が10年以下になってますので、最高で15年じゃないでしょうか。
15年なら妥当と感じます。

>>No.54 青魚さん
>15年なら妥当と感じます。
を拝読して腑に落ちました。

やはり量刑は法律を学問として修めた人でないと。私のような素人には難しいと思います。
やはり私には裁判員は務まりそうにありません。陪審員ならできましょうが。て、トピずれコメントですみません。

これは自分のおろかさを露呈しました。
汗顔の至りと申し上げるほかありません。

この件はむしろ罪刑法定主義の悲劇かもしれないな・・・とも思えてきますね。

始めまして。
いろいろなところで同じような意見、議論が展開されていますね。
もともと、法律とは何だったのでしょう?って思ってしまいます
大昔は、集合体である村や集落のみんなで決めた約束事を破ったりタブーを犯した場合に与えるペナルティ、
それは、その集合体に在籍している大多数が納得出来るものでなければならなかったはずです。
(独裁的指導者が現れるまでは・・・)

これだけ量刑に対する(軽すぎるという)違和感が横行している、と言うことは
(圧倒的に「妥当」と言う意見より「軽い」と言う意見が多く見られます・・・よね?)
ネット上で参加している人たちだけで日本人の意識を決めてしまう怖さは有りますが、それを差し引いても直感的に「軽すぎる!」と言うことなのでしょう。
大多数が正義とは言いませんが、間違っていたとしても多数が納得しない法律、判決、は元々の法律に対する意義と異なってしまうのではないかな、と思います。
なので、やっぱり不当な判決なのかなと改めて思うところです。

個人的には、危険運転致死傷罪が施行されたときの認識として
 飲酒運転=危険運転
飲酒運転での致死障害=危険運転致死傷罪
だとばっかり思っていたので(←短絡的おバカ)
今回の判決には「え?なんで・・・?」って思っています

子を持つ親として「てめぇ、出てきたときには覚えてろよ!」です
でも実際に被害者になったとしたら・・・
「刑期なんかどうでもいいから、笑顔を返せっ!
 神様お願いだから、元通りにしてっ!」になっちゃうかなぁ

7年ちょっとで出てくるなら。
せめて、犯人がずーーーーーーっと社会的制裁を受けつつ
事故を忘れる事が無いよう死ぬほど苦しい思いをして
被害者と被害者の両親に償い続けてくれる事を祈ります。

長々と素人の駄文お許しください・・・

先ほどは「重複投稿」してしまい、すみませんでした。
過失か否か、という話になっているので、もう一度投稿致します。
私が言いたかったのは「酒を飲んで車を運転する」または「車を運転することがわかっているのに酒を飲む」という行為は過失ではなく故意なのではないでしょうか?、ということです。
実を言うと私も飲酒運転による玉突き衝突に巻き込まれて車が全損した経験を持っています。警察署で話を聞かれているときに「加害者」が部屋に入ってきました。彼が入ってきた途端、部屋中に広がる酒の臭い・・・。
警察官が読みかえしてくれた調書の最後に「寛大な処置(処分?)を・・・」という決まり文句(?)が入っていたので、私はこう書き換えてもらいました。「飲酒運転という人間としてあるまじき行為をした加害者には適正な処分をお願いします」

今回の事件は人を殺傷する明確な意図をもって運転した訳でもなく、寧ろ事故を起こす可能性など深く考えもせず(或いは危険な運転をしている自覚もないまま)に運転した結果だったと個人的には推測しております。でなければ運転しないだろうと。
それを思うとやはり故意ではなく過失に基づく罪(過失傷害の罪)に問うしか出来ないという考え方もあり得るのではないだろうとかと私は感じます。
もし上記のような私の考え方が法的には正しいものであれば、現状の法体系や刑事訴訟のあり方等も考えると、裁判所の判断としては止むを得ない部分もあったのではないだろうかと思います。
危険運転致死傷罪が過失傷害の罪の章ではなく傷害の罪の章に規定として置かれているという事実も、私にこの様な考え(誤った素人考えかも知れません)を想起させる要因の一つです。
訴訟原因の追加があの時期・経緯で行われたのも、裁判所としてギリギリの判断だったのだろうとも思います。問題があるとするなら立法権のほうではないだろうかとも感じております。

併せて自動車運転に起因する過失事故の刑罰の重さについての風の精霊さまのお考えに対しては、その通りだろうと私は思っています。
今回の一連の出来事が「刑事訴訟のあり方」等の問題にまで論点が波及するのではないかと、少し考えたりもしております。

今回の刑が甘すぎるとか、正義に反するとか言われている方々は、では今回の加害者を死刑に処せば満足するのでしょうか。さすがに死刑では重すぎるというなら、25年だったら満足なのでしょうか。しかし、そのときもし検察の求刑が仮に50年だったら(現行法はともかく)、やはりそれらの方々は刑が軽すぎると言うのでしょう。

結局、刑が軽いか重いかの意見については、何らかの判断指標を基準にしないと出てこないはずで、検察の求刑はその一つでしょうが、今回はそこから減らされたことだけがやたら強調されていて、これは報道のテクニックだなと思います。もし当初から検察が最初から「落として」業過で起訴していたら、求刑7年6月、判決そのままで、こういった報道のされ方もしなかったし、今のネット上の反応も無かったと思います。この点では、検察側の目論見の一部は予想以上の効果をもって達成されたといえるかもしれません。

過失犯に対して7年が短すぎるというのであれば、全ての過失犯の量刑相場を引き上げなくてはなりません。しかし過失犯は人間ならば起こす可能性があるものであり、望んでその結果を招いてしまったものではないことに注意すべきです。少なくとも、車を運転する人であれば、今回と同じような事故を起こす可能性がゼロではありません。報道されるかどうかの違いだけで、実際に複数死亡者の事故も沢山おきています。車とはそういうものです。誰でも起こす可能性があるが、社会的に有用だから維持しなければならない、そこでババクジをひいた者だけを強く非難することはできないという考え方があるはずです。

最近、本当に重くすればそれが正義という考え方がまかり通っているのが気になります。正義とは重くすべきかどうかを正しく判断することであるはずです。

すみません。
私は今回の判決は軽い、と考えています。
もちろん「死刑」が望ましい、とは考えていません。
(個人的には、酒を飲んで他人に迷惑をかける人たちとはあまり一緒にいたくないなぁ、とは思っていますが、彼らが死ねばいい、とは思いません。)
死刑が犯罪の抑止につながるという意見には推論的な根拠しかない、と聞いた事がありますから、今回の判決が仮に求刑通りだったとしても、飲酒運転の撲滅にはつながらないのかもしれません。バレなきゃ何をしてもいい、と思っている輩は多いようですから。
でも、不発弾処理をする人間が作業の直前に酒を飲んでたら問題だとは思いませんか?もし、酒のせいで手が震えて不発弾が爆発し、死者がでてもやっぱり過失致死なんでしょうか?
今回の事件でも、単なる「わき見」なら私もこんな気持ちにならなかったでしょう。やはり「酒を飲んで車を運転し、結果として3人も殺してしまった」というところに怒りを感じるのです。

危険運転致死傷罪の「故意」犯としての扱うのであれば、構成要件に「証拠隠滅」や「救護義務違反」の併合を入れて故意性を認定し、「危険運転致死傷罪」を適用できないものかなと思います。
※証拠隠滅などは、自己で危険運転を認識していたという証明なのではと思ってしまいます。
→証拠隠滅が「酒帯び」「酒酔い」運転にかかるとしても、取り締まる法の意味からも危険運転の故意性を認定できないのでしょうか?

現状困難であれば、法改正しかありませんね。

個人的には、事故後の証拠隠滅や救護義務違反行為が、心象を悪くしている印象を受けます。逃げ得は許しがたいですし、救える命もあった可能性もあるのです。

ただ、量刑については、私は何が妥当・適正だか判断できません。
※個人的に被害者となったことを想像すると、現状の法律範囲での最高量刑を求めると思います。
→ただ、これは当事者でないと分かりませんね。

以前、ニュースで見た限りでの情報の中で、【裁判所が危険運転致死罪の適用が困難である】かのような段取りを言ってきた時点から(法律用語でどういう言葉だったか忘れましたが)ものすごく気になっておりましたが、結果は予想どおりでした。
しかし、なんなんでしょうか?
飲酒運転して重大事故を起こしたら、人命救助をさて置いて、とりあえず自己保身を優先し、いったん逃げてからアルコール濃度を下がるのを待ち、それから潔く(?)出頭した方が絶対に有利である!という良い手本の判例に感じます。
判決文の一部しかニュースは取り上げていないかもしれませんが、裁判長の言っている事に今回は一番、矛盾や違和感を感じます。
飲酒した上で、スピードを出していた事は認定していて、それがどうして正常な運転は成し得ていた事になるの?
薬物使用・飲酒による運転=殺人行為に限りなく同等の位置付けとする法改正なりを真剣に考えていくべきだと思う。(刑事罰で、自動的に故意の認定をすべき)
ほとんどの場合、飲む前には、飲んでから帰りはどうして帰るかを解っているんではないでしょうか?解っていて飲酒してるんですから、と同時に、運、不運で考えてはいけないでしょうが、結果としての重大性も、犯してしまった本人が十分自覚し、反省し、一生をかけて償っていただきたい。
誤解を招く書き込み内容だったかもしれませんが、量刑に対してはどのあたりが妥当かどうか私にはよくわかりません。今林被告に対しても、例えば光市事件などのような殺人犯と同等の量刑判断をすべきだとも考えてはいません。
繰り返しになりますが、裁判長の言い様がどうにも今回は腑におちません。

 まず、酒呑んで運転すれば、事故を起こして車やものを壊すか、他人様にけがをさせるか、あるいは殺してしまうかもしれないぐらいのことは、親として子供に教えていこうと思いました。

 翻って医療について考えれば、手術も酔っ払い運転と同じようなものなのかも知れません。

 自分が手術をしていたとき、頭では合併症で患者さんが苦しみ、亡くなってしまう可能性のあることを常に理解していました。ただ、目の前の患者さんがそうなるとは思っていなかっただけです。

 この被告も、呑むなら乗るな、乗るなら呑むな、ぐらいは聞いたことがあったでしょうに、自分が人を殺してしまうかも知れないとは思っていなかったのではないでしょうか。

 現に手術した患者さんが亡くなってしまえば、一種の未必の故意による殺人であると言えるでしょう。危険運転致死傷罪は構成要件が著しく異なりますが、背景にある思想はこのような論理を内包しているように思います。患者さんがめでたく元気になって退院すれば、未遂に終わった、と言われるわけです。

 そこには患者さんの同意や外科医の善意が立ち入る隙はありません。

 今後、医療の刑事訴訟では、この種の法理での刑事告発が多発していくのかも知れません。

今回このように議論が沸騰するのは量刑に対してでありましょう。
私にとりましてはこのエントリーで判決容認派否認派いずれの立場でのご意見も肯かされるものばかりです。
裁判長も立派な裁きをなされたと思います。
ただ何となく釈然としなかったです。

で、
>>No.54 青魚さん
>救護義務違反(ひき逃げ)
を読んで、
この騒ぎになったのは、検察が危険運転致死傷罪で起訴したことがいささか不適切な判断だったのではないかという方向で、腑に落ちた気がしました。

そういえば事件の第一報の報道を聞いたとき、事故を起こした運転者が車をぶつけたこと自体よりも、救護活動をしようともしないで逃走を謀ったことに対して、被告人のすべての行為のうちで最も犯罪的な卑劣な考えに基く行いであると感じたものでした。

検察が危険運転致死傷罪でなくひき逃げの罪で起訴した
ほうが妥当だったのではないかと、ここまでのみなさんのコメントを拝読した今は思っています。

(No.55の自分のコメント中「腑に落ちた」の説明を試みましたが蛇足だったかもです)

No.60 ガーネットさん

満足できる量刑なんてないと思います。例え極刑でも亡くなった子供は戻ってはこないのですから。

被告が飲酒してなくて脇見での事故なら、飲酒の数値軽減工作に時間を使わず被害者を助ける行動が即座にできたかもしれません。保身に走った行動は極めて悪質であると考えます。

被害者を救護せずに逃げる行動は、被害者の生命の危機や2次3次の事故の誘発もあり得ます。被害者の安全を考えれば、危険な運転をする酩酊ドライバーと何ら変わらない愚かな行動だと思います。

飲酒運転した、死亡事故を起こした、そして逃げた。ドライバーとして人間として最低であります。道交法の最高刑をもって償う事が妥当だと思いました。

量刑を重くする事だけが正義とは思いませんが、最低のドライバーに最高の量刑を科す事が当然と思ってたのが間違いであったと、この裁判で分かりましたよ。

この事故に習って、飲酒運転者が被害者を置き去りにして保身に走る事がないように望むばかりです。


 またまた通りすがってしまいました^^;

 皆さんのコメントの焼きなおし&自分の前回コメントの焼き直しに過ぎないのかも知れませんが、皆さんのブログを拝見して素人なりに考えたことを整理してみました。

 シラフでの過失による事故よりも、飲酒しての過失によるもののほうが「ケシカラン」となるのは、感情的には全く異論はありません。でも、それを制度として具現化するには、「ケシカラン」理由に論理的な裏づけが必要になるはずです。
 皆さんのコメントを見ていると、飲酒運転による過失事故が、シラフの時のそれに比べて「ケシカラン」と皆さんが定義する理由は、「飲酒して運転すれば、シラフの時よりも過失を犯す危険性が高くなることを認識した上で自動車を運転した時点で、事故を起こすことに対して確信犯的な要素があって、その点においてシラフの過失事故に比べてケシカラン」ということだと理解しています。間違っていたら訂正していただきたいのですが、つまりこれが飲酒事故の「故意認定」をすべきってことですよね?で、故意を認定した上で、「故意で起こした事件は過失で起こした事件よりも刑が重いよ」という、たぶん大多数が否定しないコンセンサスにしたがって、過失致死傷と分離して考えようというのが、「危険運転致死傷罪」の趣旨(であるべき)なわけですよね?こう考えると「危険運転致死傷罪」の条件に信号無視や無謀運転、無免許運転等が同列で羅列されているのは、一応理解できます。

 で、素人考えで、上のような論理の流れでいくと、むしろ正体不明になって危険な運転をするよりも、酒気帯びのような「判断能力が正常に近い状態」での運転の方が、危険運転致死傷罪の適用範疇に分類すべきと考えてしまうのですが、種々の理由があるのでしょうが、今回の事案だけ見ていると、実際には前者が罪が重く、後者は軽くなることになりますよね?そうすると論理的な矛盾が生じるのではと思ってしまうのです。さらに付け加えるならば、事件を起こした際にスピードを出していたとか、安全運転をしていた、又は救護義務を怠った等々というのは、本筋の論点が故意にある以上、本来別筋の論理で、本筋の論理にそれほど大きな意味を持ち得ないし、別筋は別筋でその罪を計るべきでは?とも考えてしまうわけです。No.65で「ぼつでおk」さんがいってらっしゃるのは、今回本筋になった故意が云々論よりも、別筋の救護義務違反の方がむしろメインで糾弾すべき本筋にしたほうがしっくりきた、といってらっしゃるんだろうなと勝手に理解^^;

う〜む、正直なところ、どうもこれって思考を構築する上で不純物が混じっている感がするのです。アバウトな表現で申し訳ありませんが、本来別々の階層で筋道を構築していかなければならない要素が、一つの階層で構築されているせいで、混ざったり混同したりしている感があるのです。それが現実だと言われてしまうとそれまでなんですが・・・。

 ああ、また長くなってしまった。散文長文な上、通りすがりでの生意気な発言の数々失礼いたしました><
 最後に1点、書いている内容が我ながら被害者不在だぁ〜と自己嫌悪しながらこれを投稿したをご理解いただければと。

ブログ主のモトケンさんが、
>検察には是非控訴してもらいたいと思います。
>高裁でも負けたら上告して、それでもだめなら、
>ほんとに真剣に法改正を考えてもらいたい。
>役立たずの法律を作るんじゃない、ということです。

ここまで言っている理由を、声を荒げるだけでなく
考えてもらいたいですね。
悪法も法なりですから。
手続きを踏んだ上で、修正するか、新法立法に
動いてくださいという事で。

飲酒、薬、携帯、音楽ここら辺は事故を正当化する
理由にはならないと思う投稿者です。

本件被告は、飲酒運転およびスピード違反の常習犯。
その運転以前に、人間性に危険な部分があったと思う。
ただ、本件被告に限らず、今まで「たまたま」難を逃れた常習犯達が大勢居ることは事実。
本件の控訴審・上告審では、もう一度、危険運転致死傷罪の立法趣旨に立ち返って、判示して欲しい。

私にはぼつでおkさんの書き込みが一番しっくりきます。

自分を含め、周りの多くが飲酒運転をやめたのは、この事件がきっかけだったように思います。
なんやかんや言って、それまでは、つかまらなければいいぐらいの考えで、検問がない道路を選んで帰っていました。
この事件以降、ぱったりやめました。
おかげで、飲み会の数もずいぶん減りました。
気が向いたから今日は飲んで帰ろう というのも、自動車通勤なものでゼロになりました。
みなさんの周りもそうではないですか?

私はたまたま運が良かっただけで、自分がこのきっかけとなる事件の運転手だったということもありえたわけで、本当にぞっとします。

この判定が出たからといって、じゃあ、また飲酒運転をしよう と一旦辞めた人が再開するのはまれではないですか?

この事件の前にも、飲酒運転による事故は多々あったのですが、小さな子供が3人死んで親が2人とも生き残り、運転手が公務員で更にひき逃げするという、これ以上ないぐらいの事件があって、やっと、日本は変わっていくのですね。

この3人のお子さんは生きている時間は短かったですが、1億人が何十年も変えることができなかった日本の悪習を変えてくれたのだなあと感じます。日本人は忘れやすいですが、飲酒運転を憎む空気は忘れず、日本の風習になってほしいです。

刑の長さについては、自分がこの運転手だったら、別にどちらでもいいと思うに違いないです。どちらみち自分の今までの人生の続きはなくなり、償いだけで生きていくのだから。自殺したほうが楽だろうけど、それは周りに迷惑をかけるだけなので。

判決が妥当かどうかはともかく。
マスコミには、「逃げ得」とか言うのはやめてほしい。誤解してマネする人が出そう。

1.逃げて捕まり危険運転致死適用 → 最大30年。裁判官の心証悪い。
2.逃げて捕まり危険運転致死不適用 → 最大15年。心証悪い。
3.逃げ切る → 無罪
4.救助努力して捕まり危険運転致死適用 → 最大25年。心証よい。
5.救助努力して捕まり危険運転致死不適用 → 最大10年半。心証よい。

2と4を比べてる訳ですが、最大15年で裁判官の心証が悪いのと、最大25年で心証がよいのって、同じぐらいの判決になりそうな…。
逃げて危険運転致死が適用されない保証もないし、逃げ切れない限り得しないと思う。

私は普段から飲酒自体をしないので、飲酒運転に対しては多くの人よりも厳しい目で見てしまうと思います。従って被告人の行為については「けしからん!」と考えるのが前提ですが、今回の判決は法の解釈、適用において妥当だと思います。

本判決に対して「甘すぎる」との世論が形成されるのであれば、今後の立法に反映させるべき問題ではないでしょうか?

確かに結果の重大さは量刑上では大きな一要素だとは思いますが、「たった7年半?」というのは、結果の大きさに振り回されすぎた論調であるように感じます。

ご遺族の思いは計り知ることができませんが、法律的な議論をする上では、3人のお子さんが亡くなった事実は結果の一つとして冷静に捉えたいと思います。。

判決要旨によれば、事実経過は次のとおり認定されたようです。

被告人は、約8分間、湾曲した道路・狭い道路を走り、交差点の右左折も繰り返していた。事後原因は脇見で、事故直前に被害車両を発見し、ハンドルを右に切って衝突を回避しようとした後、反対車線に飛び出した自分の車を元の車線に戻した。

判決はこれを「被告人は状況に応じた運転操作を行っていた」と評価して、現実に道路や交通の状況などに応じた運転操作が困難な心身の状態にあったのではないとしています。ナンパすることで頭が一杯の若者が慣れた道を急いで酒気帯び運転していた際にボケッとして事故を起こした可能性が排除できないと判断したように読めます。

警察官が、現場で、飲酒検知結果以外の事情をも考慮した上で酒酔いではなく酒気帯びだと判断したことも重視されており、後から集めた証拠(鑑定)で血中濃度を認定することはできないとされています。

この判決が正しいとすれば、彼は、救助を投げ出してまで、全く必要もなければ効果もなかった罪証隠滅工作に必死になったがゆえに、世間から極限ともいうべき非難を浴びたことになります。私は、そのようなこともありうるように思いますので、仮に上級審でこの判断が維持され、彼を重刑に処することができないとしても、危険運転致死罪に意味がないとまでは思いません。もちろん、その場合、法定刑の上限をもってしても刑が軽きに失するという感覚はありますが、それは既に指摘されているとおり、自動車運転過失致死罪やひき逃げの罪等の法定刑の妥当性如何の問題と整理されるべきように思います。

殺人の場合、被害者の数によって量刑が左右されることがあります。
場合によっては死刑になるかどうかの分かれ目にさえなります。

業務上過失致死傷にも同じような考え方を導入できないものでしょうか。
人を車ではねて死なせた場合、一人当たり3年から5年の懲役とするとか。
まあ、上限を決める必要はあるでしょう(25年くらい?)
過失の程度が同じでも被害者の数が違えば量刑も違う。
これなら納得できるんですが

>一人当たり3年から5年

と言う具合に単純には出来ないのが経験上解ってきていて、個々の事情に照らして判断、となる訳で。

この事故の場合は、本来なら走っているべき位置に車が止まっていたという、酒が関わらずとも事故に成りやすい状況も有ったはず。

ただし個人の経験上は、酒に関しては故意と過失を明確に分けられないボーダーラインが極めて曖昧なのが現実だと思います。
それが、刑事・民事を通じて、最大にして最難問なのでは?

No.71 現役行政官さん
なるほど、ごもっともです

個人的な意見としては「逃げ損」にまでする必要があるような気がします。
たしかに危険運転致死傷罪の規定の仕方には問題はあるのでしょうが、もっと工夫して規定していたとしても被告人を危険運転致死傷罪に問えたのかは疑問があります。
結局この事件での一番の問題は「逃げたこと」にあるような気がします

>>70Campusさん
>自分を含め、周りの多くが飲酒運転をやめたのは、この事件がきっか>けだったように思います。

あんた最低だよ。
飲酒運転するような規範意識の欠けた人間に法律を論じる
資格は無いと思うけど、どうでしょうか。

>>70Campusさん
>自分を含め、周りの多くが飲酒運転をやめたのは、この事件がきっか>けだったように思います。

あんた最低だよ。
飲酒運転するような規範意識の欠けた人間に法律を論じる
資格は無いと思うけど、どうでしょうか。

匿名で過去の罪を告解した人を責めても誰も得をしないと思います

まして被害者を出していないタイプの罪であれば

# 現在進行形とか犯行予告だったらもちろん全く別論ですが

気になる点があるので、お節介ながらコメントします。
1 飲酒運転について
概念上は、飲酒運転(一般用語)>酒気帯び運転>酒酔い運転。
aビールの泡をちょいと吸うのも大量に飲むのも「飲酒」。
b酒気帯び運転は、呼気0.15mg/l(以前は0.25mg/l)以上のアルコール保有状態で運転。
c酒酔い運転は、構成要件上は数値基準はなく、酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいう)で運転。

つまり、道交法的には、0.1mg/lの数値でも「酒に酔った」状態なら「酒酔い運転」だが、逆に0.4mg/lでも「酒に酔った状態でない」なら酒気帯び運転。
それは、個体差があり、同じ量を飲んでも酔う人と酔わない人があるからです。

2 酒気帯び・酒酔い運転の立証
 酒気帯び運転は、呼気や血中のアルコール濃度つまり数値を立証が不可欠で、これがすべて。
 対して、酒酔い運転は、数値の立証は論理上不要で、アルコール保有と、蛇行運転や、呂律が回らない、正常歩行が出来ないなどの証拠があると立証しやすい。
 アルコール保有の客観立証のために呼気検査をするが、一方で、数値が酒の酔いの程度を認定する上で重要な証拠の一つになるので、濃度が高いほど立証しやすい(だから事実上は連動している)。

3 危険運転致死(ここでは便宜上アルコールに限定)
 危険運転→「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で」
 酒酔い運転→「酒に酔った状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいう)で運転」
 すると、違いは「困難な状態」と「できないおそれがある状態」になり、つまり、これをほぼ同義だと考えるか、より高いレベルのものと考えるかに帰着するかと思います(解釈の問題)。

 したがって、モトケンさんは、判決の「酒に酔っている状態」と「正常な運転が困難な状態」という表現と、その違いが本当にあるのかという点に疑問を呈していることに注意。
 決して、「飲酒して運転」なる表現は使っていない(この点、No.5・No.8その他の表現は不適かと・・・)。

4 本件では、ひき逃げは当然起訴しているはずです。>No.65
 裁判所が追加の訴因変更を命じたのは、業過と酒気帯び運転ですよね?(ひき逃げは起訴されていたから命じていない)。
 もちろん当時のひき逃げ運転の最高刑は懲役5年(改正後は懲役10年)。

この判決の量刑について、裁判官の判断基準や評価を論評する前に、危険運転致死傷罪の成立に必要な犯罪事実の立証に失敗した検察(警察の捜査)に失望を覚えます。

刑法第208条の2(危険運転致死傷)の適用には、まず正常な運転が困難であるほど酒に酔っていなければ要件を満たせず、その酒酔いの程度が酩酊常態で正常な運転が不可能であったことを検察が立証する必要があります。ところが最初に被告人の酒酔いの程度を捜査した警察が、この酩酊かどうかの立証に関わる次の捜査手順を守らなかった不手際があったようです。

(1)呼気検査用の風船は一息で膨らませて検査しなければならないところ、被告人は風船を膨らませる途中で息継ぎをして、二息に分けて膨らませた。そのため呼気検査でのアルコール濃度(検査結果は0.25ミリリットル)の証拠信頼性が低下した。そこを弁護人が上手く突いてきた印象がある。

(2)警察は酩酊かどうか確認するための直線歩行検査を行なわなかった。そのため検察は飲食店での飲酒量などの状況証拠や、再現実験でのアルコール濃度の推定値などから酩酊状態と立証しようとしたが、裁判官の容れるところとはならなかった。

被告人は逃走したため、事故発生から呼気検査までに相当の時間が経過したり、逃走中に事故後に大量の水を飲んだりというのは不利な要素には違いありません。ですが現場で初動捜査した警察官が風船での息継ぎしたのを確認しているのであれば、なぜもう一度やり直しさせなかったのか、またなぜ歩行検査などをしなかったのか。警察もあまりの大事故に冷静さを失っていたのでしょうか。

マスコミは裁判官と世間との処罰感情のズレを強調する前に、こうした捜査や立証の不手際にも注目して欲しいと思ってしまいます。

>>No.80 psq法曹さん
>もちろん当時のひき逃げ運転の最高刑は懲役5年(改正後は懲役10年)。

ご指摘ありがとうございます。事後法での裁判禁止が守られているのか気になっておりました。
おかげさまで裁判長の判決の確かさを再認識できました。

加えてやはり素人の裁判員に量刑は荷が重過ぎると改めて思いましたが。

>犯罪事実の立証に失敗した検察(警察の捜査)に失望を覚えます。

>
マスコミは裁判官と世間との処罰感情のズレを強調する前に、こうした捜査や立証の不手際にも注目して欲しいと思ってしまいます。

 初めて知りましたが、公務員同士なので、手加減があったのかとも勘ぐりたくなります。たしか、警視正だったか忘れましたが、警察署長クラス以下だったかの警察官は地方公務員だと聞いた覚えがあります。刑務官は全員が国家公務員とも。

 エントリ本体の内容ですが、個人的にモトケンさんの意外な一面を見た気がしました。
http://d.hatena.ne.jp/hirono_hideki/20080109/1199892221
に一部引用をさせていただきました。

 光市母子殺害事件の被告人より、弁護士さんの風当たりも強いというか、厳しいという気もするのですが、交通事故は、防ぐのも困難であり、現実的に身近に起こりうるから、無意識にも防衛本能が強くなるのでしょうか。
 強盗殺人でも25年の懲役というのは、珍しいほど重いように思えます。
 想像力の問題という気もします。他人事の度合いとも言えそうですし。

飲酒運転そのものを批判するコメントが多い一方で、日本の飲酒文化そのものに疑義を呈するものが少ないという事実に、(良くも悪くも)日本社会の独自性を感じます。

多くの方の様々な意見があり興味深く読ませていただきました。この事件に対する関心の高さを感じます。判決を著しく不当と考える方から法規に照らして妥当とする方、量刑に関しての様々な意見があり、マスコミのある意味一方的な報道に対してネットでの議論の意義を感じました。ただ少し残念なのは、(特に判決が妥当という意見に対して)著しく攻撃的に誹謗するコメント(あたかも飲酒運転容認派のような言い方や、殺すなどという言葉も)がある点です。概して法規の分析や今後の立法のあり方を論じている方が冷静なのに対し、超厳罰主義の方の中に乱暴な言葉で反対意見を封じ込めようとしているものがあります。本事件は様々な教訓や問題を提示した事件と思いますが、相互の意見を尊重し、マスコミには決してできない議論をしてもらいたいものです。裁判は原告側・被告側双方の利益のために行われる手続きですから、時には被告の立場からの意見があっても貴重な意見であり、それが民主主義というものでしょう。

3人殺して、懲役7年ですむなら逃げたほうが得だね。

捕まれば、どの道人生おしまいなんだから、逃げ切れる可能性にかけた方がいい。

裁判では証拠隠滅が評価されるわけだし・・・

北米暮らしの某さん

仰るとおりです。

少なくとも私の周辺では酒に対して甘い人が多いのが現状です。
お酒というのは、ある種社会の潤滑油的な部分があるのは認めます。気のあった者同士で愉快にやるのは結構です。でも、一旦公共の場所に出たら、他人に迷惑をかけない、というのは社会人としての最低のマナーだと思います。
大声でわめいたり歌ったり、ふらふら歩いたり、場所をわきまえない行動が「酒の上」ということで許される。そんな風潮が「飲酒運転(含:酒気帯び運転」に対する甘さにもつながっているのではないでしょうか?
一口でも酒を飲んだら車を運転しない、というのは当然として、自分がシラフの時のように行動できないような状態(つまり、まっすぐ歩けなかったり、酒臭い息をはいたり、気が大きくなって正常な判断ができなくなり周囲に迷惑をかけるような状態)になるまで酒を飲んで公共の場所に出る、というのは人間としてどうかな?と思ってしまいます。(自宅などプライベートで飲むのは本人の自由です。そこでの飲酒を論じるつもりはありません)。アメリカではかつて憲法で酒の製造販売が禁止されていたようですが、その気持ちはわかります。飲酒を禁じるイスラムのほうが進んでいるのかな?と思うこともあります。

No.88 通行人 追記です。(さっきハンドルネーム間違えました)

日本人には本格的な氷河期が来ず、酒を飲めない人が生き残ったため、酒に弱い遺伝子(?)を持った人が多い、と聞いたことがあります。
ヨーロッパの方では、氷河期の間に、酒に弱い人は淘汰(!)されてしまったので、白人は平均的に日本人よりお酒に強いらしい。
そのあたりも、欧米と日本の酒に関する考え方の違いに影響しているのかも知れませんね。(脱線ついでです、すみません)

過失の罪に対して結果の重大性のみで実刑にするのは問題と考えまます。過失の罪ならばすべて執行猶予はつけるべきですね。

私の周りの人たちも不当判決だといっており法曹には失望したそうです。その意味でこの判決は不当であり、民意と乖離しているとしか考えられません。

過失なんて民事でかたをつけるべきものなので早く被告人を保釈して被害者に金銭で償わせるべきですね。

最初にモトケンさんのエントリを拝見したときに「ずるい書き方してるな(笑)」と思ったんですが、わざと癖球投げてませんか?

法律論抜きにこの判決の骨子を読みますと、ものすごく変な文章じゃないですかね

の部分のことですが。
だって、判官が煩悶に身をよじりながら書いたようなあの拗けた判決文、法律論(危険運転致死傷罪に関して)を抜きにしては語りようがないじゃないですか。

まあ、概ね新聞報道も(読売新聞除く)法律の理解がないままに判決について不平不満をたれているような按配ですので、こういうヒネったお題の提起もゼミ討論的に興味深いのですが。

なおこの裁判報道については、春霞さんのBecause It Is Thereで、よく解説されていると思います。個人的には、必ずしも全面的に賛同できる記事ではありませんけども。

はじめて書き込みします。

No.80 で psq法曹さんが

 すると、違いは「困難な状態」と「できないおそれがある状態」になり、つまり、これをほぼ同義だと考えるか、より高いレベルのものと考えるかに帰着するかと思います(解釈の問題)。

とコメントされていますが、

道路交通法にある「正常な運転ができないおそれがある状態」と、刑法の危険運転致死傷罪にある「正常な運転が困難な状態」との意味について、法務省(刑事局長)は、少なくとも(危険運転致死傷罪の)立法時においては、その解釈として、「違う。困難の方がハードルが高い。」と明言しています。

衆議院法務委員会の質疑において、

ただいまのお尋ねにお答えする前に先ほどの点について若干補足的に申し上げますと、刑法上は道路交通法の各罪をそのまま持ってきているわけではございません。

と答弁しており、それに続いて、「どんな状況を認識すればこれに当たるのか、…、できたら具体的な事例を挙げて解釈の基準を示していただきたい」という質問に対し、
…、例えば酒酔い運転であるならば、その影響のためにどうも前方がよく注視できなくなっている、見えなくなっている、あるいはふらふら蛇行運転を時々するという状態になっているというような、要するに、酒酔い運転で車の運転がまともにできないような兆候をあらわしているいろいろな事実、これはいろいろあると思いますけれども、そういう事実を認識しているということでございます。

と答えています。

この基準に従えば、ドライバーの事故後の状態(事故直後に立っていることもできないというような状態であればともかく)よりは、むしろ、事故前の運転状況の方が問題とされることは明らかではないでしょうか。

裁判所が、立法時の提案者の解釈に拘束されることはないとは言え、それを参考にすることは当然あってしかるべきで、事故前の運転状況に言及して危険運転致死傷罪は適用できないという判断は、ごく自然なのではないでしょうか。

むしろ、問題なのは、上の基準を知らないはずがない地検が、事故前の運転状況等をきちんと把握したうえで、どのような証拠に基づいて危険運転致死傷罪が成立すると判断したのか、ということなのではないでしょうか。

No.92 やまももさん

あくまで報道と判決文の抜粋から見る限り

1 事故前の飲酒状況
2 事故直前の速度
あたりを根拠にしていたみたいです。

1についてどのように判断されたのかよくわかりませんが,2についてはあっさり否定されていますね。

>No.90 いつも拝見しています。さん

う〜ん。刑事裁判での量刑が不当に重いという意見はもちろんあってしかるべきと思いますが、私自身は判断できないでいますし、このコメント欄を見ても様々な意見があるので、「民意」と定義付けるまで至っていないような気がします。
反応の多さから「判決内容・要旨」「量刑」「法」などに疑問があるという意味では、ある程度の数はあると思いますけど。

>>No.91 惰眠さん
ご紹介の「春霞さんのBecause It Is There」読み入ってしまいました。詳しかったです。
今度こそ本当に「腑に落ち」ました。
同時に私自身の素人の哀しさもあらためてどすんと腹(腑)にコタエましたが。

やっぱり疑問に思うのですが・・・。

酒を飲んで車を運転するのは「過失」なんでしょうか?
だんだん「心神耗弱」の議論に似てきたような気がするのですけど。
やっぱり「最高裁での画期的な判断」を待つしかないのかなぁ。
私はやはり「飲酒」+「運転」というところに「故意」を感じるのですが、これは世間の常識からかけ離れた考え方なのでしょうか?

加害者は事故直後に逃げたり、水を飲んだり、身代わりを頼んだり、と、酒を飲んでいても「酒を飲んで運転することは悪いこと」と判断し、直前まで酒を飲んでいたことをごまかすためにいろんな方法を試すことができるぐらい知識があったのに、あえて酒を飲んで運転したと思われます。このあたりにも「故意」を感じてしまうのです。

No.92 やまももさん

>この基準に従えば、ドライバーの事故後の状態(事故直後に立っていることもできないというような状態であればともかく)よりは、むしろ、事故前の運転状況の方が問題とされることは明らかではないでしょうか。

上記コメントを見て考えさせられましたね。目撃者がいなければ、仮にフラフラと運転していても、事故の現場までは正常に運転していたと判断される恐れもあるのかなと。大きな事故を起こせば酔いから醒める人も結構いそうなんだけど、どうなんだろう。

車にタコメーターや蛇行センサーをつけて記憶させる装置が必要かもしれないね。事故時のドライブレコーダーもだけど。何れ標準装備になれば不可解な事故を想像ではなくある程度の精度で解決ができそうなんだけど。

飲酒運転致死傷罪とするです。

No.92 やまももさま

ドライバーの事故後の状態(引用者略)よりは、むしろ、事故前の運転状況の方が問題とされることは明らかではないでしょうか。

本罪だけの問題ではなく、実はどんな犯罪でも共通の問題だったりします。
たとえば殺人でも、故意の有無や精神状態は、「殺害行為当時」 にどうだったか、が問題なのです。

危険運転致死であれ殺人であれ、行為(事故)の瞬間における心理状態や酩酊具合を直接的に立証しようとしたら、あらかじめ世界の全てを録画保存しておくとか国民全員の脳に電極をさしてモニターするとかの必要があるということになってしまいます。

当然そんなことはできないので、本人の供述 (これも事後的な証拠にすぎません) や、その他事前・事後の客観的な証拠から、直接的な立証の対象である 「行為(事故)当時の状況」 を 「推認」 するしかないのです。

本件でも、検察は、「事故●時間前の飲酒状況」 や 「事故●分後の酩酊度合い」 の立証を最終目的にしていたわけではなく (それは立証手段にすぎない)、あくまで 「事故当時の酩酊度合い」 を立証の最終目標にしていた、ということです。

No.99 fuka_fukaさん

本件でも、検察は、(中略)あくまで 「事故当時の酩酊度合い」 を立証の最終目標にしていた、ということです。

とのことですが、

立法時の法務省の見解に従う限り、危険運転致死傷罪適用のためには、事故前に、

1. 運転がまともにできないような兆候をあらわしている事実が現にあった(単に「酔っていた」だけでは不十分)、
かつ、
2. ドライバーがその事実を認識していた

ことが必要であると思うのですが。

「事故当時の酩酊度合い」 を立証の最終目標にしていたのなら、2 どころか 1 すら満たしていないのではないでしょうか。

No.96 通行人1さま

問題意識としては正当と思います。私も基本的に同じ認識です。

が、形式論として、「死傷」 が問題になる罪であれば、故意犯の罪を問うためには、意識が 「人の死傷に向けられていた」 といえる必要があります。
それをどの程度まで抽象化することが許されるのか、という問題として認識すべきだろうと思います。

飲酒運転というだけでは、意識は 「酒を飲んだ後であること+運転すること」 にしか向けられていないわけです。
どのくらいの酔い具合でどの程度の無謀な運転であれば、「運転中に他のクルマや歩行者と激突してしまうかもしれないが、そんなの関係ねぇ」 という 「未必の故意」 として評価できるのか、ということです。

飲酒運転を擁護したくはありませんが、例えば会社の上司に「いいじゃないか」と言われればそれを拒否できない(拒否するのであればその会社で生きていけない)という土壌が日本に根強く残っていることも考えなくてはなりません。

それを根絶するための厳罰化は一般論としては成立するかもしれませんが、個別事件についての加害者の糾弾はまるでスケープゴートにしているかのように感じます。今回の加害者の彼にとにかく長く刑期を務めさせることが犯罪予防(飲酒運転予防)になるという考え方は、彼の人生は社会のために犠牲にしてもよいという発想であり、違和感があります。しかし、それでも簡単には日本社会から飲酒運転はなくならないでしょうね。ただ、危ないのは車の運転それ自体であって、飲酒運転でなくても重大事故は発生します。

新聞社の報道を見ていると、意図的に厳罰化の「流れ」にしようとしているというよりは、単純に危険運転致死傷罪の現行法上の構成要件を理解していないのかなと思うようになりました。論点としては(1)危険運転致死罪の不適用が妥当か、(2)業過ひき逃げ事件の最高量刑が妥当か、という点に分かれますが、(2)については既に一定の手当がされており、(1)については実際の証拠関係を見てみないと外部には正確には判断できないということになろうかと。「逃げ得」といった類の批判は本件はひき逃げによって刑が加重されており、その最高刑が課されていますので少し的はずれです。

No.100 やまももさま

1. 運転がまともにできないような兆候をあらわしている事実が現にあった(単に「酔っていた」だけでは不十分)、
「事故当時の酩酊度合い」 を立証の最終目標にしていたのなら、2 どころか 1 すら満たしていないのではないでしょうか。

それは、「検察は 1 の立証を目指したが、結果的に失敗した」 ということにすぎないのでは。

その 「兆候」 (ふらふら運転等) を直接立証することができなければ、つまり被告人のそういった供述や目撃証言がなかった場合であれば、本罪に問うことはできないとするのは不合理です。

本件でたとえば事故後に友人に電話をかけたがろれつが回っていなかったとか、血中アルコール濃度が0.75くらいあったとか、そういう事情があれば、運転中の 「兆候」 について直接の証拠が何もなくても、裁判官が 「そりゃ常識的に考えて運転当時ふらっふらだったに違いない」 という心証をとることは十分ありえます。

窃盗だったら、誰も盗んだところを見ていなくても、ある物がなくなった直後に、近くの場所でその物をもって歩いている人間がいて、その弁解が明らかに不合理だったりすると、窃盗犯人と認定されたりもするわけです。

間接事実+推認とかでググるとある程度イメージをもっていただけるかもしれませんが、かなり専門的になってきますので、もしご興味があれば程度で。

No.96 通行人1さん
>私はやはり「飲酒」+「運転」というところに「故意」を感じるのですが、これは世間の常識からかけ離れた考え方なのでしょうか?

世間の常識がどの位のものかよくわかりませんが、私も同感で、「飲酒」+「運転」で「故意」とすべきだと思います。(法改正が必要かなあ?)

No.82 ぼつでおkさん
>加えてやはり素人の裁判員に量刑は荷が重過ぎると改めて思いましたが。

素人と自認されておられる、ぼつでおkさん ですが、私から見れば遥かに博識で、知性と良識のあるコメントをされておられますので、私なんぞが、裁判員の立場になったら・・・・・・あーーーーーあーーーーーばかりです。
とはいえ、逃げてばかりもいられないと思いますので、できうる限り勉強していきたいと思います。

私にどうしても違和感があるのは、逃げて「証拠隠滅(効果はともかく)」する私から見たら正義に反する行為が「危険運転致死罪」を不適用とする際の「理由」になっていることがあります。
※「逃げる」行為より「証拠隠滅」しようとする行為の方に比重をかけてます。
※「逃げる」行為自身はひき逃げでの刑でよいと考えています。

「逃げ得」とは、逃げた後「証拠隠滅」する行為したら、「危険運転致死罪」を逃れられる可能性があるという事で位置づけています。
※もちろん、それだけで「逃れられる」とは思いませんが、この部分で誤解をする人の懸念はあります。

準「故意」犯として扱うのであれば、逆に「証拠隠滅」が「故意」の証明になっていなのかなという疑問もあります。

>No.96 通行人1さん

私も過失に区分するのはオカシイと思ってます。
が、法律の定めでは飲酒+車の運転での事故を「過失」として取り扱うことになっているので、この前提条件を否定するには立法措置が必要です。

ところで免許を要する業務というのは自動車運転に限ったものではないので、もし仮に飲酒+自動車運転による事故を故意犯として位置づけるならば、その他の免許制度全般との整合性を取ることが不可欠となると想像されます。
一部の法律だけ改正すれば済む話じゃなくなっちゃうんですよね。

或いは、余程強力な論拠に基づいて、自動車の運転にかかる飲酒だけは、医療行為だとか航空機の運行だとかボイラーの修理だとか高電圧の取り扱いなんかとは違って、とりわけ厳しく酒を飲んで業務を行うことを処罰されなくちゃいけないんだと言えるのであれば、他の免許には手を入れず、自動車運転に限って取り扱いを変えることも可能かもしれません。

なお私は「免許制度全般に関して見直しを図るべき論」者です。
確かに現行法の考え方のように、飲酒運転=100%事故ではないから〇故そのものは過失として扱い、△修硫畆困鯆名鏤に比べて高い確率で引き起こすと考えられる飲酒について追加ペナルティを上乗せする、としたほうが、法律の構造としては多分スッキリ明快なんだと思います。
しかし寧ろ私は逆に(疹鏤よりも高い確率で「過失」を生じかねない状況に立ち至ることを承知していたにも拘らず敢えて飲酒運転を行い(未必の故意の認定)、起こすべくして事故を起こした(犯罪事実の発生)としたいところです。

>No.101 fuka_fukaさん

fuka_fukaさんのコメントを読まずに私は104のコメントをしてしまいましたが、現行法ですと、
「飲酒」+「運転」で「故意」(或いは「未必の故意」)とすることは、不可能という理解でいいんでしょうか?

飲酒業務致死傷罪を創設するです。

No.107 Oさま

それだけだと、不可能です。

「飲酒」+「運転」 = 「故意」 を認めてしまうと、結構たいへんなことになります。

プロのドライバーでも回避不能なタイミングで飛び出した歩行者を轢いてしまったような場合でも、警察がやって来て、血中からごくわずかでもアルコールが検出されたら、その瞬間、故意犯として扱われることになってしまいます。

「飲酒+運転」 だけを要件とすると、明らかに不合理なケースまで射程に入ってきてしまうのです。

ゆえに、「被害者(の死傷)に向けた意識の程度」 を問題として設定することが不可欠、ということになります。
(No.106 惰眠さまも同趣旨のことを書かれていますね)

No.103 fuka_fukaさん

本件でたとえば事故後に友人に電話をかけたがろれつが回っていなかったとか、血中アルコール濃度が0.75くらいあったとか、そういう事情があれば、運転中の 「兆候」 について直接の証拠が何もなくても、裁判官が 「そりゃ常識的に考えて運転当時ふらっふらだったに違いない」という心証をとることは十分ありえます。

とのことですが、現実には、検察は、そのような証拠を持っていなかったのではないんですか。

つまり、危険運転致死傷罪での立件は、「結果的に失敗した」ではなく、手持ちの証拠では無理だと最初からわかっていたのではないかと。

私は、そのことを問題ではないかと書いているのですが。

なお、細かいことですが、上にある血中アルコール濃度は、呼気アルコール濃度のことではないでしょうか。単位を書かれていないので通常の単位を使うことにすると、血中だと 0.75 mg/ml 程度では、酒気帯びになっても酒酔いにあたるような状態にはならないと思います。(欧州では、少し前までは、酒気帯びの基準値が 0.8 mg/ml だったので、酒気帯びにもあたらなかった。)

明らかな飲酒で3人ぶっ殺して、懲役7年で再チャレンジできるんだったら、試しに一度逃げといた方が絶対お得でしょう。

今後、飲酒で事故をおこした場合は、まず逃げるというのがブームになりそうですね。

No.110 やまももさま

現実には、検察は、そのような証拠を持っていなかったのではないんですか。

舌足らずですみません。
私も、本件では事実関係はそうではなかったことを前提に、架空の話として書いたつもりでした。

危険運転致死傷罪での立件は、「結果的に失敗した」ではなく、手持ちの証拠では無理だと最初からわかっていたのではないかと。

それは結果論であり、後知恵バイアスがかかった見方ではないかなあと思ってしまいます。

本当に裁判所に蹴られることが 「最初から分かっていた」 のであれば、捜査した担当検事はともかく、上司の決裁が通らないはずです。

はじめのコメントを拝見して、「現に」 兆候があったという表現に引っ張られすぎているような印象をもってしまったので、立証の対象や証拠構造を整理したほうがROMの方に理解してもらいやすいかな、という意図からコメントさせていただきましたが、ともあれ、やまももさまの問題意識は理解できたように思います。


上にある血中アルコール濃度は、呼気アルコール濃度のことではないでしょうか。

これはご指摘のとおりです。失礼しました。

>No.109 fuka_fukaさん
ご例示いただいたケースに限っての検討となりますが、そのようなケースであっても私は、射程に含めることを不合理ではない、と考えます。(現在の法律の考え方とは不整合になるのは分かっていますが)
当事者甲を非難するポイントが、違うんです。
私の考え方は「酒を飲んだ上でハンドルを握ること」それ自体を犯罪として取り扱うというものですので、素面のプロドライバーであっても避け得なかったかどうか、ということは副次的な要素です。

No.113 惰眠さま

私も、飲酒して運転したらどんな事故であっても過失として扱うというのは不合理でないと思います。

No.109 の例は、故意犯としては無理があるでしょう、という趣旨です。

洋酒入り洋菓子食べる
口臭防止剤使用
うがい薬使用      等々 
   ↓
避けられない事故発生
   ↓
アルコール検出
   ↓
故意犯

さて合理的でしょうか?

「起こすべくして起こした」

これは、毎日.jpにおいて、判決(要旨)の量刑理由の一部と報道されているようです。私は法律家でも実務家でもありませんが、一般人の端くれとして、同じように思います。

確かに、この事件では、アルコールと事故の因果関係が今ひとつ明確ではありません。アルコール検知の不手際や有力な目撃証言の少なさに加え、現場は被告にとって走り慣れた道であることなどを考えると、今となっては、事件当時の被告の酒酔い程度を正確に窺い知る術はありません。また、時速約100kmで10秒以上、脇見運転をしたことの異常性も、アルコールとの直接の因果関係が不明なままです。
従って、刑208条の2前段でいくと、この判決も致し方ないのかも知れませんし、今の検察のやり方では、上級審でも勝ちの見込みは薄いと感じております。

しかし、私は、どうしても「起こすべくして起こした」との印象を払拭することができません。「起こるべくして起きた」のではなく、「起こすべくして起こした」と。
なぜなら、被告は、事件当時における交通法規の規範意識が著しく低く、運転に臨む姿勢に重大な欠陥があったと推測できるからです。
それは、速度違反5回(初回公判の検察側冒陳)、飲酒運転10回くらい(第7回公判被告人質問)、飲酒運転での同乗20回くらい(第2回公判の被告友人証言)を見れば、ほぼ明らかです。つまり、被告は、それまで、車の運転や交通法規を殊更「なめていた」のであって、これを処罰することこそ、最も基本的な交通ルールを無視した無謀な運転による悪質・重大な死傷事犯が後を絶たない状況を打破するという第208条の創設趣旨に適うものと信じて疑いません。

実際、被告本人が証言した飲酒運転について、その半分でも検挙されていれば、事故当時、被告は免許停止あるいは取消中の身だったことでしょう。とすれば、被告は、事故当時、免許は持っていても、それは実質的に無効だったというべきものです。

もちろん、刑208条の2は厳しい刑罰を規定するため、裁判所において厳格な運用が要求されますから、このような論旨が苦しいことは百も承知ですが、上記のように、被告はそれまでも飲酒運転を繰り返し、いつ事故を起こしてもおかしくない状況を自ら形成し、実質的に見ればその運転免許は本来剥奪されてしかるべきであったから、酒気帯び運転および速度超過違反、ならびに類推的に無免許運転を犯した上での死傷事故として、形208条の2後段の「その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行」を弾力的に適用する他、被告を危険運転致死傷罪に問うことはできないのではないでしょうか。

法律に疎い一般人の戯言となってしましましたが、この事件、単なる被告の不注意によって、一度に3人もの幼児が水死した不運な事故だったと片づけるには、理不尽な気がしてなりません。

洋酒入り洋菓子食べる、口臭防止剤使用、うがい薬使用 

飲酒

これが区別できないほど、法曹は稚拙なんだ。

茶々を入れるにしてもちゃんと読んでからにしてくださいね。
「飲酒」と言ってるんですよ。
アルコールが検出された、と言うのは飲酒を窺わせる要因の一つではありますが、所詮それだけに過ぎません。

ただ、折角ですんで敢えてお答えしますと、飲酒やアルコール分の多い食品を意図して経口摂取した場合は当然として、経皮吸収などのような形であっても酩酊感などを感ずるほどまでにアルコールの影響が出ていたのならば、その状態で運転をすることは非難に値するでしょう。

失礼、上記No118はNo.115に向けて書いたものです。

No.101 fuka_fukaさん
No.104 Oさん

ありがとうございます。

確かに「疑わしきは・・・」という考え方からしても、「飲酒(含:酒気帯び)運転」を「過失」にするのには別途の立法が必要なのかも知れませんね。つまり現在の法律では「故意」が立証できない限りは「過失」にせざるを得ない、だから飲酒(酒気帯び)運転行為自体を故意とし、その上で起こした事故の罰をもっと重くするということになるのでしょうか。(酔っ払って包丁を振り回し、見ず知らずの他人を殺した場合はどうなるのかなぁ?やっぱり「心神耗弱」ですか?脱線してすみません)

罪を憎んで人を憎まず、という言葉の難しさを改めて感じています。私は、酒を飲んだ彼が、タクシーなど他の交通手段も使うことができたはずなのに自分で車を運転し、事故を起こして、被害者の車が橋から落ちたのに助けようともせずに逃げ、さらに証拠を隠そうとしたり身代わりを頼んだという報道などを読んで、「なんて卑怯な人間だ」と思わずにはいられないだけなのかもしれません。でも、卑怯な行為だ、という怒りの感情だけで彼を裁くことはできませんよね。やはり法に従って裁くしかないのでしょう。
ただ、日垣隆さんの「そして殺人者は野に放たれる」を読んで以来、人を殺めた人間に対する私の見方が厳しくなっているのは確かです。

ところで免許の話の余談ですけど、ある航空会社の内規ではパイロットの乗務前12時間以内の飲酒を禁じているそうですね。乗務前のアルコール検査では問題はなかったけど、12時間以内の飲酒という事実が判明したため乗務停止などの処分を受けた、という記事を読んだ記憶があります。

>No.109 fuka_fukaさん

早速のご返答いただきましてありがとうございます。

No.115 なおなおさん のようなお考えは少々極端すぎるでしょうし、色々なケースもあるでしょうが、私としては、薬物使用、飲酒(明らかに常識として酒を飲んだ場合)をしたあとの運転行為(乗用車であろうと作業車であろうと)については、「故意」に近い認定をする方向が望ましいと思います。
No.108 YO!!さん の仰る「飲酒業務致死傷罪」というふうに、別個の立法を考えるべきなんでしょうか。

No.92ほか (長文ゆえ2分割)
もちろん仰るとおりですが、この衆議院法務委員会質疑の答弁はまだ曖昧です。
というのは、「しかし」以下の文章ゆえ。

○古田政府参考人 ただいまのお尋ねにお答えする前に先ほどの点について若干補足的に申し上げますと、刑法上は道路交通法の各罪をそのまま持ってきているわけではございません。しかし、そこに掲げられている行為は、道路交通法に当てはめてみますと、先ほど申し上げたようなものの中の非常に重い類型ということになるということで御理解をいただきたいと思います。(以下・・・略)


むしろ、参議院法務委員会のほうがよいかもしれませんね。

○佐々木知子君 (・・・冒頭略)「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」とございますけれども、これは道路交通法による酒酔い運転、「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」というのはどういうふうに違うんでしょうか。
○政府参考人(古田佑紀君) ここで「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」と申しますのは、これらの影響によりまして道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な状態、心身の状態をいうものであります。したがいまして、単に正常な運転ができない可能性があるというだけでは足りず、例えば酒酔いの影響によって前方の注視が困難になったり、ハンドル、ブレーキ等の操作等を意図したとおり行うことが困難になる、現実にそういう運転操作を行うことが困難な状態になっているということが必要だということでございます。
 一方、道路交通法上の酒酔い運転罪につきましては、これは御案内のとおり、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転した場合を処罰するものでございますが、これはアルコールの影響等により正常な運転を期待し得ないおそれが顕著な状態ということでございまして、その認定につきましては、飲酒によるアルコールの影響によって車両を正常に運転する必要な注意能力を欠くおそれがあると認められる状態にあれば足り、実際にその能力を欠いたり、あるいは失ったというふうな状態に至るまでのものではないと、そういうことでございまして、要するに、おそれの段階の話か、実際にそういう正常な運転ができない、あるいは困難な状態というところまで必要とするかという違いということでございます。
(つづく)

今回、橋の上で酒気帯び運転した車が突っ込んで橋から落下、3人の子供が死亡したのですけど、これがもし橋の上ではなく普通の公道で起こった場合はどうだったのでしょう?
勿論、事故に「たられば」はないのですが、その場合ですと3人の子供が死亡するような状況というのはちょっと私には想像がつきません。

No74でcancan様が「一人当たり3年から5年の懲役とするとか。」と述べておられますが、やはり今回の場合は死亡した人数のせいで7年6ヶ月という判決が短いと感じてしまう人が多いのではないかと思うのですけどどうなのでしょうか?

No.122のつづき
1 衆議院法務委員会の答弁で

「例えば酒酔い運転であるならば、その影響のためにどうも前方がよく注視できなくなっている、見えなくなっている、あるいはふらふら蛇行運転を時々するという状態になっているというような、要するに、酒酔い運転で車の運転がまともにできないような兆候をあらわしているいろいろな事実、(以下・・・略)」
と説明されていますが・・・

実は、この答弁の事実状態の部分は、実務では酒酔い運転でも同じような証拠を必要とし、それにより酒気帯び運転と区別していると思いますので、あまり危険運転(第1項の一文目)との差が分からないと感じています(個人的にですが)。

2 なお、事故前・事故時の運転状況が問題とされるのは当然であり(酒酔い運転でも同様です)、ただその証拠として事故前のもの(飲酒量や運転方法)もあれば、事故後のもの(アルコール濃度)もあるということになります。
 で、他のコメントにもありますが、検察も事故前の状況を各証拠から認定できると判断したが(それが更に絞り込んだ重いものと法解釈した上であっても)、裁判所はそう判断しなかった(証拠不十分)ということかと思います。

 また、裁判所は、一旦結審し、判決直前に訴因変更命令を出しています。つまり、結審時点で「検察の提出証拠では全然話にならない」という状態ではなく、検察側の構成も考えられる状態だったことを意味している。そうでなければ、結審前に、訴因変更命令を促していたと思うからです。要するに微妙な事案だったとも言えるわけです(この理屈付けは後出しですが)。

3 以下はその他のコメントに対するものです(気になったので)。
 「故意」とか「過失」とか言われていますが、危険運転致死傷の前提行為は故意行為であり、その結果、事故を起こして死傷させるという変則結果的加重犯です。
 「変則」というのは、その前提行為が「刑法典」に規定のない行為だからです。
 いわば、(胸を突く)暴行→(バランス崩して転倒・頭部強打で)傷害→それが原因で死亡は、傷害致死罪になり、暴行の故意しかなくても成立する。
 危険運転致死傷の場合は、このいわば「暴行」に当たる部分が、どういう行為か(その立証程度)というのが問題になっているわけです。
 事故を起こさなければ、酒酔い運転か酒気帯び運転という故意犯罪になる。
 言わずもがなでしたが、念のため。

>酒を飲んで車を運転するのは「過失」なんでしょうか?
だんだん「心神耗弱」の議論に似てきたような気がするのですけど。

 この事件というか問題は、事故の発生直後からマスコミも大々的に報じてきたはずですが、
「原因において自由な行為」
という法学上の用語を聞いたことも見たこともなく、常々不思議に感じていました。司法試験の勉強をしたことがある人なら、知らないはずもないはずですし。

ドライバーの「過失=追突」と「結果=3人死亡」の相当因果関係について
>>No.123 お静さん
とほぼ同じ気持ちです。
以前同じ事件についての古い別エントリー(今新年会帰りで探せませんけど)に書いた覚えがありますが、橋の欄干が片側2車線の高速走行道路の割には歩行者転落防止が可能な程度の強度しかない設計だったという報道を見聞した覚えがあるからです。

しかしながらそれを踏まえても今回の裁判長の判決を妥当であると思っています。
この判決には私の好きな「大岡裁き」の匂いを感じております。私のような法律素人にはまぐれ以外決して到達できないプロの仕事の匂いですね(笑)。

今見ると
>>No.124 psq法曹さん
のコメントが非常に明快な講義をしていただいてますね。
勉強になります。ありがとうございます。

No.60 ガーネットさん
ババクジをひいた者だけを強く非難することはできないという考え方があるはずです。

死刑でも重くないと思うが
酒を飲んで運転した時点でババクジひいたとは断じて言わん
加害者擁護の大好きな死刑反対論者?
3人殺して7年半、1人あたり2年半
ずいぶんと安い命だな
酒飲運転で死亡事故を起こしたら死刑にすれば
よほどの馬鹿以外は飲んだら乗らなくなるだろうよ


ちょっと厳密には確認を取っていないのですが、判決では100キロで走向し、よそ見をして追突としているのですよね?

そして、No.126 ぼつでおkさん は
    橋の欄干が片側2車線の高速走行道路の割には
    歩行者転落防止が可能な程度の強度しかない設計
    だったという報道・・・・・

と書かれていて、なんか自動車専用道で100キロぐらいで走っても(法的はだめでも)あまり問題無い道路であるかのように議論が進んでいるように見えます。

だから「酒酔いは・・・」にだけ話が向かっているのではないか?と思うのですが、事故現場の海の中道大橋はこんなことろですよ。

http://uminonakamichi.empire-mansion.com/slowlife/access.html

の下の方の写真です。

片道一車線、分離帯無し、歩道とのガードレール無し。
要するに、普通の県道クラスの一般道に掛かっている橋並みです。

ここを100キロで走るというのが、かなり危険なのではないか?
というのは判決ではどう判断されているのでしょうか?

飲酒、スピード違反の常習者が、いつか事故をおこすなんて常識じゃないの?

本人が認識してなければ、過失ですむんだ。へぇ〜

No.128 酔うぞさん


被告はこの道を通勤経路として利用し通り慣れており、終電が終わる前にナンパをしたいと思っていた被告が、午後10時48分という夜間に、車を時速80―100キロに加速させたからといって、それが異常な運転であったとまでは言えない。

です。
「異常な」の解釈にかかわってくる部分であると思いますが

個人的にはこの部分についてどのように立証がなされたのか興味があります。

すいません。誰か教えてください。

橋から海に車ごと落ちたのにもかかわらず逃走したということから、「車ごと海に落ちたのでそのままほっておくと死ぬかもしれない」ことは十分想像できたであろうから(それこそ心身が正常な運転ができないことはないのだから、判断力もあるだろう。)、殺人の未必の故意があったと考えることはできないのでしょうか。漠然と無理なんじゃないかと思うのですが、根拠付けができません・・・。

 飲酒とかさっぴいても法廷速度の倍の速度で脇見運転10秒ってのは相当な危険運転。 危険でないと思うなら目隠しした状態で100キロで10秒走ってみたらいい。 素面なら先ず出来ない事。

 危険運転致死傷罪は飲酒だけで決まるわけではないので、控訴すれば適用される可能性は結構あると思う。

No.125 廣野秀樹さん
ありがとうございます。
やっぱりこういう考え方があったのですね。
私は司法試験の勉強なんかしたことがなかったので知りませんでした。
「原因において自由な行為」
例えば車を運転することを予定しながら飲酒により泥酔し、そのまま自動車を運転して事故を起こした場合、業務上過失致死傷罪ないし危険運転致死傷罪が成立し、心神喪失(心神耗弱)状態であったにも拘らず完全な責任が問われる。

私の個人的な考え方ですが、「心神喪失・心神耗弱だから罪を軽減する」という考えにも賛成できません。凶悪な殺人犯などの「死刑を回避するためだけ」に使われているような印象をもっているからです。やはり、「犯罪」(今回の事故もあえて犯罪と呼びます)はその結果(つまり、酒を飲んで車を運転し罪もない3人の子供を殺した、という結果)によって裁かれるべきだと思います。
それとも、車が川に落ちなかったら、3人が救命胴衣をつけていたら、彼らは助かっていたはずだから、今回はまことに不運だったけど結果の重大さは関係ない、ということなのでしょうか?(とげのある言い方かも知れません。すみません)

救助云々、との意見がちらほら見受けられますが、現場は、No.128 酔うぞさん提示のHPではそうは見えませんが、実際は高い橋で、海面までかなりあり、生身で飛び込んだら多分死ぬるでしょう。つまり、装備なしの素人では救助はムリです。仮に、助けたくても。

と、ここまで書いて、「逃げたりせず一刻も早く通報」ってのも「救助」の範疇かなあ、と自己ツッコミ。

>No.128 酔うぞさん
>No.130 ぷり(駆け出し弁護士)さん
判決中の、その速度に関する言及を目にしたとき、私が思ったのは「ああ、この裁判官は実際の交通のことが分かってるな」ということです。
実地検証していないとすると私知利用にあたるような気もするんですが、現実問題としてあれだけの見通しのいい直線道路で交通量も少ないとなれば、車でぶっ飛ばすドライバーは希ではないでしょう。
(神奈川の宮ヶ瀬湖にかかる「虹の大橋」が似たようなロケーションですが、100キロ以上ですっ飛んでくドライバーは決して希ではない)

片側一車線の狭い道路をわき見100キロでぶっ飛ばすバカなんていねぇよ

本件に関連する報道で(そして報道を受けて憤っている人たちのコメントで)非常に気になっていることが一つあります。
それは「水をがぶ飲みしたので呼気中のアルコール濃度が0.25まで下がっていた」と、どうも疑いなく信じているのではないかと言うこと。
検証、したんでしょうか。
実際に下がるんでしょうか。

もし本当に下がる(アルコールの影響からいち早く脱することが出来る)のであれば、例えば正月にあいさつ回りの先でお屠蘇をたしなんでも、運転する前に水を大量に飲めば(違反になるならないではなく)事故の危険から遠ざかることが可能になります。これは、ある意味福音です。

しかし、実際には効果がないならどうでしょう。
実際にはアルコールの強い影響下にあるにも拘らず「水分を大量に取ったから大丈夫」と誤った認識で車を運転してしまう『善意』の違反者の発生を誘発することになりはしないでしょうか。

被告人の卑劣さに憤ったり、報復感情の期待値を大きく下回った判決を嘆くのも好き好きですが、それがために誤った知識を(結果的にではあっても)広めてしまい、それを信じたアホウが飲酒運転で事故でも起こした日にゃ、目も当てられません。

将来起こるかもしれないその『事故』の被疑者が「水を大量に飲んだので大丈夫だと思った」と本件裁判に関する報道で得た『知識』に基づいての行動だったと供述したとしたら、今のような報道をしているマスコミは、世間様に対して責任取れるんでしょうかね。

多人数が死亡するような悲惨な事故がおきてから、またぞろ「世間の誤解!飲酒後水を飲んでも無駄!!」みたいな注意喚起特集を組んでも手遅れと思うんですけどね。

死ぬほど飲めば、尿や汗として出せるだろ。

時速100劼函12秒間の脇見で真っ直ぐ走れるのか、などと論議されているようですが…。

現場の道路の写真を見た印象や、自分の運転経験からすると、驚くようなアリエナイこととは思えません。私は地方暮らしですので、あのような広い直線道路で、しかも通行量の夜間であれば、それなりのスピードで走ります。当地のバイパスなどでは、日中でも車の流れそのものが80匐瓩て始もあります。パトカーですら70劼縫船腑奪伐鴫鵑襦▲リギリ法定速度60/hの1割オーバーと言えるスピードで流していますし、夜間なら長距離トラックなど皆が80劵ーバーが常態です。

こういう地方都市で暮らしていると、本件の事故現場の道路状況で、しかも交通量が少ない夜間であれば、惰眠さまも投稿されてますが100/hは珍しこととか、トンデモナイ高速だとは思いません。

また現場の道路は最近出来たばかりのようで、路面のアスファルトも荒れていないようです。こういう道路ならハンドルから手を放して運転しても、今の車はフラつきません。車の足回りは自律的に直進するように作られていますから、手に力を入れてハンドルを握っていると、かえって直進性を保てずフラついてしまいます。

脇見運転の12秒間は、ハンドルに「ただ手を置いている」に近い状態と想像できますが、この「ただ手を置いている」状態の方が、真っ直ぐ走ろうとハンドルを「シッカリと握っている」状態より車は真っ直ぐに走ります。

惰眠さまと同じく、裁判官はこうした運転経験が豊富で、そうした自分の運転感覚が、判決理由の文章表現に滲み出ているのではないかという印象をうけました。

↑と、こういうレベルで無邪気に信じちゃう程度の人がいるから、マスコミ報道なんぞまで心配しなくちゃいかんのですよ。

惰眠さま、割り込んでしまい、申し訳ありあません。
No.140の↑は、私宛じゃないですよね、為念。

法務業の末席さん、すみません。
無思慮に上矢印なんか使ったもんで、あらぬ書き込みになっちゃいました。
138のチャチャ入れ小僧に対するコメントとご理解ください。

なお「わき見」の話ですが、文字通り横を向いて運転していたというような限定的な行動のみを意味しているわけではない筈です。
本来ドライバーが運転に当たって、注意して見なければならないものを見ていないなら、たとえ顔が前を向いて視線も進行方向だったとしても「わき見」の用語で括られるはずです。
前方の道端にかがんでいた老人を見落としてフェンダーで引っ掛けちゃったとか遠景の富士山に目が行って、直前の車が踏んだブレーキに気づかなかったとか。

飲酒運転をして重大事故を発生させた被告人に憤るのは当然のことですし、私も心情的に許せないと思います。しかし、被告人や今回の裁判長を汚い下劣な言葉で罵るのは本末転倒であり、正義のフリをした鬱憤晴らしでしかないと思います。そういうのは、被害者へのシンパシーよりもむしろ、「誰かを叩く」ことで他人と同調化することで動いているように見えます。怖いのはネット上でそれが多数派のように見えてしまうことです。今回の動きはなんだか光市弁護団叩きのときの動きによく似ているように感じられました。

そういう義憤に駆られているように一見見える人達に聞きたいのは、あなたは自分で今回の判決文を読んだことがあるのか、ということです。ここの掲示板ですらも、多分判決文も読まないで、思いこみの事実認定を頭の中で勝手にしている人が刺激的な言葉で挑発している、そんな印象を受けます。無駄コメント失礼しました。

まぁ、そうムキになるなよ(笑

汗かきゃ分解されるってのは、小学生レベルの話なんだから(^u^)pu

アルコールは代謝・分解されないと・・・・
これには個人差はあってもある一定の時間が必要かと思われますが。

No.142 惰眠さま、矢印の件はもちろん了解です。

そう「脇見」なんですよね、表現上気になるのは。「脇見」の文字だけ追っていくと、顔が横を向いているように思えちゃいます。ボケェ〜と運転していた、いわゆる「前方不注意」と表現してくれれば、あまり違和感は無いのですが。

No.142 惰眠さん

本件では「わき見」については横を向いていたという認定がなされていたような記憶があります。

まぁ、正義にも色々ある訳ですが。

現場の橋がどのようなものか、実際に見て、走ってみなければ分かりませんが、一般的に、橋を走行する場合、平地に比べて高度な注意が必要であることはドライバーにとって常識。橋での走行ミスは、自車も含めて、落下という致命的な事故を常に孕んでいる。

再び海面で息をしようとした時、立ち泳ぎしながら2人を抱きかかえていた夫が沈みかけていた。紘彬ちゃんを救出するか、力尽きようとする夫の手助けに向かうか、「恐ろしく、悲しい選択だった」
YOMIURI ONLINE
「なぜ見捨て去った」初めて出廷の父、悲憤の訴え (07.09.04)より
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news-spe/insyu/709/in_07090401.htm

逆に、現場の橋は、見晴らしの良い直線であり、走行の難易度は然程でないというならば、なぜそんな簡単な道で事故を起こしたのか。それは非常に簡単です。つまり、被告は橋ならではの重大な事故の可能性を微塵も心にとめないまま、速度を出しやすい道でためらいなくアクセルを踏んだ上、その速度では考えられない時間だけ漫然と脇見をしたために、被害者の車に追突・落下させた。

約50km/hもの速度超過はナンパ遂行、10秒以上の脇見は自分の癖という、理由で。そこに、酒気帯びというドラが乗って、しかも、ひき逃げと証拠隠滅という裏ドラ付き。

このバカ正直な被告の証言に基づいて、量刑が決定されたのであれば、それは一定の評価に値するでしょう。

しかし、被告がせめて速度超過と脇見の何れか一方をしなければ、今回の衝突を回避できた可能性を考えると、やはり、「速度超過+脇見」は「危険運転」と答えるしかなく、そんな車が一本道で自分の後ろを走っていると思うと、普通なら怖いと思うでしょう。

速度超過だけなら事故らない人も多い。
景色のいい道は脇見をするためにあるようなものと言える。
飲酒だけでは事故を起こさないかも知れない。

しかし、それらが複合的に起こったときは、大事故に繋がる。
悲惨な事故というのは、常にそういうもの。

いくらなんでも、ちょろちょろ脇見してた程度で、見晴らしの良い道路で止まってる車に衝突したりしないだろ〜

はじめまして。時速100kmで12秒だと距離にして300m以上も前方を見ていないことになりますが…。
意識的に(そうとう気を付けて)同じことをやろうとしても、自分なら恐怖感から途中で前方確認してしまいます。
飲酒によってこの恐怖感や判断力が麻痺していたのでは?脇見はあくまでも結果で、やはり飲酒が誘因ではないのでしょうか。それとも被告は飲酒していなくてもあまり恐怖感はないのかな。

はじめまして。時速100kmで12秒だと距離にして300m以上も前方を見ていないことになりますが…。
意識的に(そうとう気を付けて)同じことをやろうとしても、自分なら恐怖感から途中で前方確認してしまいます。
飲酒によってこの恐怖感や判断力が麻痺していたのでは?脇見はあくまでも結果で、やはり飲酒が誘因ではないのでしょうか。それとも被告は飲酒していなくてもあまり恐怖感はないのかな。

現場の橋がどのようなものか、実際に見て、走ってみなければ分かりませんが、一般的に、橋を走行する場合、平地に比べて高度な注意が必要であることはドライバーにとって常識。橋での走行ミスは、自車も含めて、落下という致命的な事故を常に孕んでいる。

再び海面で息をしようとした時、立ち泳ぎしながら2人を抱きかかえていた夫が沈みかけていた。紘彬ちゃんを救出するか、力尽きようとする夫の手助けに向かうか、「恐ろしく、悲しい選択だった」
YOMIURI ONLINE
「なぜ見捨て去った」初めて出廷の父、悲憤の訴え (07.09.04)より
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news-spe/insyu/709/in_07090401.htm

逆に、現場の橋は、見晴らしの良い直線であり、走行の難易度は然程でないというならば、なぜそんな簡単な道で事故を起こしたのか。それは非常に簡単です。つまり、被告は橋ならではの重大な事故の可能性を微塵も心にとめないまま、速度を出しやすい道でためらいなくアクセルを踏んだ上、その速度では考えられない時間だけ漫然と脇見をしたために、被害者の車に追突・落下させた。

約50km/hもの速度超過はナンパ遂行、10秒以上の脇見は自分の癖という、理由で。そこに、酒気帯びというドラが乗って、しかも、ひき逃げと証拠隠滅という裏ドラ付き。

このバカ正直な被告の証言に基づいて、量刑が決定されたのであれば、それは一定の評価に値するでしょう。

しかし、被告がせめて速度超過と脇見の何れか一方をしなければ、今回の衝突を回避できた可能性を考えると、やはり、「速度超過+脇見」は「危険運転」と答えるしかなく、そんな車が一本道で自分の後ろを走っていると思うと、普通なら怖いと思うでしょう。

速度超過だけなら事故らない人も多い。
景色のいい道は脇見をするためにあるようなものと言える。
飲酒だけでは事故を起こさないかも知れない。

しかし、それらが複合的に起こったときは、大事故に繋がる。

>No.145 子育て中女医さん
問題なのは、その程度の知識さえもない「お馬鹿さん」が、残念ながら世間には実在しているってことなんです。
そういう馬鹿が、一連のマスコミ報道を見て「あの被告人の飲酒量でも水分を大量摂取すれば1時間しないで酒気帯びレベルまで下がるんだ〜。だったら、今オレが飲んだくらいの酒量なら綺麗サッパリ検知できなくなるんじゃね?」とか思って酒気帯び運転する可能性がある。

汗かけばいいとか小便すりゃ排泄されるとか、そういう勘違いで酒酔い運転をやらかして検挙されたなんて話は相当昔からあるんですけど、今度の事例はそういうベタ記事レベルの報道じゃなくて全国的にも注目度が高かったですから、誤情報の影響度は多少深刻すぎるくらいに捉えてもオーバーじゃないように思います。

っていうか、記者連中はアホかと思うのですよ。

想像すると、交通量も少ない速度の出やすい直線道路ですから、遠くの景色を眺めつつ少し考え事をしながら飛ばしていたら、ふっと気が付いたら目の前に前の車があったという位の状況でしょう。でも12秒は少し長すぎるような気がしますね。

一つ注意して欲しいのは、これは被告人の調書上の供述ですので(そもそも被告人にしか分からないこと)、それが事実でない可能性もあるということです。12秒完全に脇見というのは、少し誇張されてしまったような気がしないではありません。

もちろん飲酒の影響は少なからずあったと想像します。

No.150 携帯ROMさん

わき見をしたことに飲酒の影響はあったかもしれませんが,そのわき見自体が異常な運転ではない(ので危険運転致死ではない)
というのが裁判所の認定です(これについては本判決で一番議論がある部分ではないかと思いますが)。

まぁ,私も12秒間前を見ずに運転する勇気はありませんが・・・

No.150 携帯ROMさん、こんにちは。

田舎の幹線道路を夜中に観察してみてください。信号無視は当たり前。マンガ読みながら、足で運転してるトラックドライバーまでいますよ、珍しくありません。私なんか携帯を一瞬だけ見るのも怖いくらいなのに...

>No.128 酔うぞさん

確かにあの道を時速100km/hで走行するのは危険と感じます。他の方がおっしゃるように片側複数車線の道路で制限速度をはるかに上回る速度で走る車がいますが、その場合でも100km/hで追い抜かれたり、すれ違ったりすると車に乗っていても恐ろしく感じることがあります。
まして片側1車線で対向車も来るような道で時速100km/hは大きな問題です。少しでもなにかあればすぐ事故につながること、その際の危険性は通常なら誰でもわかります。ましてわき見を長時間していたというのは飲酒を関係なしで考えても、十分危険運転とみなすことができるのではないだろうかと感じてしまいます。

加害者の今回の走行スピードを問題視されない方は一昔前の飲酒運転もそんなに飲んでいなければ問題ないと考えていた人々と同じではないでしょうか。今まで常識と思っていても今回のような(起こるべくして起こった)事故を知り、考えを改めるなら問題ないと思いますが、裁判官は常識をわかっているという発言に至るのは考え直される方が良いと思います。

飲酒、著しいスピード違反、長時間のよそ見、これは誰が考えても危険運転でしょ(あとこれに過去のおびただしい違反暦=問題運転の常習性、救護義務違反、証拠隠滅等、加害者の人間性にはあきれてしまいますが)。検察は飲酒だけでなく他の面でもっと危険運転を主張すべきだったのでしょうね。

飲酒運転の場合、それまでの運転に問題がなければ泥酔でもないし危険運転にもならないという理論はありかもしれませんが、著しいスピード違反中の長時間のわき見による事故なら、その瞬間に事故がおきるので、それまでの走行に大きな問題がなくても危険運転と認定できるのではないのでしょうか。
ホント検察はこのあたりどういう主張を行っていたのでしょう。

>No.147 ぷり(駆け出し弁護士)さん
ご指摘ありがとうございます。私も引用文でならば、それを目にしました。

判決文そのもので当該部分を読んでいないのであれなんですが、わき見の間は全く進行方向に対する注意はゼロという認定なんでしょうか。
それとも、顔は横を向いていても視線だけチラチラと横目に進行方向を伺う程度のことはしてたと読む余地の残る認定の仕方なんでしょうか。

12秒間に渡って(それが正しいとすると)完全なわき見が継続したと言うのは、正直ムリ筋の話に感じます。
どちらかと言えば「居眠り(マイクロスリープ)」と考えたほうが蓋然性が高いと思うのですが、裁判では「居眠り」の立証が出来なかったので代わりに「わき見」を認定したということなんじゃないでしょうか。

>>No.128 酔うぞさん
>片道一車線、分離帯無し、歩道とのガードレール無し。
>要するに、普通の県道クラスの一般道に掛かっている橋並みです。

ご指摘の通りです。うろ覚えで>>126を書いてしまいました。
皆様の議論を混乱させてしまいまして大変申し訳ございません。

>>126では、最近の建築であるあの橋の設計が、最近の自動車の高性能化にともなう自動車事故形態を計算に入れて、橋からの車の転落を防ぐ安全設計の側柵の強度基準をどの程度に考えていたのだろうかという疑念を書いたものでした。
不正確なことを前提として書いてしまいましたこと、重ねてお詫び申し上げます。

>No.157 ダグ・ロスさん
我々が「危険だ」と感じる運転と、法律が処罰対象として定義している「危険運転」は別物です。
極端な話、法律上の定義に従えばミハエル・シューマッハ運転の日産GT-Rが一般道を時速180キロ程度で走行して事故を起こしたとしても、危険運転致死傷罪を適用できない可能性(業務上過失致死傷に留まる可能性)があります。彼には、そういう速度で自動車を自在に制御する技能が備わっているからです。

No.158 惰眠さん

判決全文を見ていないのでなんともいえませんが,要旨を見る限り
認定は前を「ほとんどあるいは全く」向いていなかったものではないでしょうか。

個人的に12秒であればありえるとは思いますが・・・・・
このわき見については弁護側も争っていなかった記憶があります

>No.157 ダグ・ロスさま

先に地方の幹線道路の実態として、法定速度オーバーの実情を投稿しましたが、速度オーバーは危険ですし、違反者はこれを厳しく処罰するべきと思っています。ただし、この「違反」とか「処罰」はあくまでも道路交通法での「違反」であり「処罰」ですので、制限速度を何キロオーバーしたらコレコレの罰則というように、速度数値という外形的な要素だけで処罰できます。

ところが刑法の危険運転致死傷罪では、速度については「制御する技能を有しないで」運転したら処罰という規定ですので、何キロ以上だったら危険運転致死傷罪を適用とすることはできません。運転能力が人それぞれ違いますので、危険運転致死傷罪での「危険」の判断基準と、各人の「危ない」と思う感覚と同一ではありません。

こうした法律上を適用するに必要な要件は全国民に一律ですが、日常生活での感覚は一人一人に違いがあるので、同一の俎板に載せての議論は出来ません。私の投稿には、こうした基準の違いを含んでいるつもりですので、ご理解下さい。

あら、惰眠さんが同じことを書いてますね。

こうした法律上を適用するに必要な要件は全国民に一律ですが、日常生活での感覚は一人一人に違いがあるので、同一の俎板に載せての議論は出来ません。

弁護士法上の懲戒事由である 「品位」 の解釈について顕在化しましたね、まさに。

ぷり(駆け出し弁護士)さま、その他この裁判に詳しい方

本事件の裁判について、私より裁判資料等を沢山読まれているようなので、次のことについてご存じでしたら教えて下さい。

呼気検査の風船吹きを息継ぎして膨らませた為に、呼気検査のアルコール濃度数値の信頼性が低下したり、直線歩行の検査をしていなかったり、警察の事故直後の現場での捜査に手抜かりがあったと聞いています。特に直線歩行検査などの酩酊度を判断する証拠が乏しいのは、危険運転致死傷罪の適用についての裁判官の心証形成に大きな影響があったように思います。

「現場検証の際に被告人はフラフラしていた」とか、「取調べの受け答えでも呂律が怪しかった」などの証言があれば、直線歩行検査の代わりに酩酊の度合いを立証できたのではないかと思っています。もちろん検察もこうした事故直後に被告人に接した警察官の証言を集めたと思うのですが、こうした警察官の証言は無かったのでしょうか? それともあったけれども裁判官は容れなかったのでしょうか? 

ムキになってる惰眠さんってかわいい。

公道で180キロを制御できる技能なんて誰ももってないよ。(^u^)pu

>No.137 惰眠さん

>被告人の卑劣さに憤ったり、報復感情の期待値を大きく下回った判決を嘆くのも好き好きですが、それがために誤った知識を(結果的にではあっても)広めてしまい

判決要旨の
「携帯電話で友人に身代わりを頼むなど、相応の判断能力を失っていなかったことをうかがわせる言動にも出ている」

から、「誤った知識に基いて効果はなくとも」証拠隠滅を図る行為をできたら「相応の判断能力を失っていなかった」と「危険運転致死傷罪」は成立しない可能性ありと見えていまうのもダメですか?
※今回のように他の罪を問われること前提

>それは「水をがぶ飲みしたので呼気中のアルコール濃度が0.25まで下がっていた」と、どうも疑いなく信じているのではないかと言うこと。

コメント欄見ても、「水を飲んで・・・」を信じている人は極少数に見えますが・・・
殆どの人が逃げて証拠隠滅を図る卑劣な行為に憤慨しているように見えます。

>No.160 惰眠さん
>No.162 法務業の末席さん

>ところが刑法の危険運転致死傷罪では、速度については「制御する技能を有しないで」運転したら処罰という規定ですので、何キロ以上だったら危険運転致死傷罪を適用とすることはできません。運転能力が人それぞれ違いますので、危険運転致死傷罪での「危険」の判断基準と、各人の「危ない」と思う感覚と同一ではありません。

おっしゃっている概念はある程度わかっています。まあ危険運転致死傷罪がザル法なのが一番の問題なのでしょうが、長時間の脇見運転中は「制御する技能を有しないで」運転していることになりませんか。しかもそれに著しいスピード違反が加わっているのですから、そんな運転中にとっさの事態で車の制御ができる人はいないと思います。ミハエル・シューマッハであってもです。「制御する技能」とは通常の運転さえできればいいのですか?通常の運転中には急な事態はつきものです。渋滞で前車が止まった。動物や人が飛び出してきた。橋の上であれば突風が吹きハンドルをとられた。など不測の事態はいつでも生じる可能性があります。このなかで何百メートルも高速で脇見しながら車を「制御する技能」を言うのではないのでしょうか?

もし対向車が何台かに1台こんな状態で走ってくることが事前にわかっていたらまともに運転できません。交差点に赤信号で突っ込んでくる車が何台かに1台いる交差点を通過することと危険度はほとんど変わらないのではないでしょうか。

少なくとも合わせ技一本となってしかるべきケースです。それができないというなら本当に法律をもっと運用可能なものに替えるしかないですよね。

車を橋から突き落とすような大事故をおこして、意識レベルが上がらない人なんているの?常識で考えて・・・

No.164 法務業の末席さん

私もあくまで新聞上の判決要旨を見ているだけですが・・・・

検察側はこれらの捜査ミスを認めた上で、飲酒量や飲食店従業員らが目撃した言動のほか、追突直前まで前方の車に気付かない異常な運転だったことを主張、さらに飲酒の状況を再現した実験で「酩酊(めいてい)状態だった」との立証を展開した。
(東京新聞の1月8日付記事)

検察は出してないみたいですね。
たぶん不利になるかあまり意味がないかで出せなかったのでしょう。

ハンドルきって回避行動を取ったつうけどさぁ〜脇見がたまたま12秒だったからだろ、それが13秒だったら・・・回避行動がとれたのは単なる偶然じゃねぇの

>No.166 カツビンさん
仰ることは分かります。
ただ、判決要旨で示されたそれぞれの事実関係は、すべて「被告人は正常な運転が困難なほど酔っていた」とする検察主張に対して、それを裏付けるか否定するかの傍証として積み上げられているディテールだということは念頭においておく必要があると思います。

つまり、裁判所は単に証拠隠滅を企図する行動があったという一つの事実が存在することをもって同罪の成立を否定しているのではなく、柔道の合わせ技一本みたいにして結論を出しているということです。

逆を言えば、ろれつも回らず真っ直ぐ立っていることもできないような被疑者が証拠隠滅を誰かに依頼するような「合理的」行動をとったとしても、その他の事実を総合的に見てクロければ「正常な運転が困難」だったと認定できるわけです。

なお、水飲み云々の話は、特にこのモトケンさんのブログに寄せられたコメントに対しての話ではなく、色々な個別のブログやSNSを見ての感想です。

>No.123 お静さま
>No.126 ぼつでおk先生
私は、この事故に関しては、もし現場が普通の道路上であったり当時の橋の柵の強度が十分なものであったとしても、死傷者を伴う重大な結果になったことは間違いないと考えています。
衝突時に車が大破しなかったのは、2当の車両が1当の車両よりも車格が上(古いタイプのRV車で車体強度、重量ともにかなりあります)であったからで、2当の車両(国産大型セダン)を考慮すれば、普通車であればそのまま大破してもおかしくはありません。
そのような大型の車両に衝突でかなりの加速がついている状態であれば、橋の柵が丈夫であったとしても、落下を阻止できたどうかは疑問ですし、壁などであれば車両前部が損傷し、今度は御両親が死傷した可能性も高いでしょう。
この事故の場合、いくら仮定を重ねても「もしあの時酒を飲んでハンドルを握らなければ」以外に、状況が好転する可能性は低いと考えられます。
あと現場道路に関しては、地元の人間はあの道路ではあまり飛ばしません。
あの路線は昼夜問わず速度取締が厳しいので、あの道路を「通り慣れた者」ならば、かなり警戒して運転するのが常です。
事実2当の車は(子供が乗っているとはいえ)法定速度以下で進行しています。
また、道路の見通しに関しては、「見通しのよい」というレベルではなく、直線かつ多数の街灯のお陰で、夜間であっても1キロ以上先を進行している車両を認識することができるくらいです。
これらは「正常な運転をしている人間」であればすぐに分かることなのですから、被告人の運転に異常な点が見られるのは間違いないと考えられるのですが…

>No.167 ダグ・ロスさま

>それができないというなら本当に法律をもっと運用可能なものに替えるしかないですよね。

この最後の部分は、全くもって仰る通りであり、同意です。

ただ私は、現在の道路交通法と刑法第208条の2(危険運転致死傷罪を規定条文)との関係は、適用の「使い勝手」の面から批評されるべきと思っていますが、裁判所の判決を個人個人の「感覚」を基準に批評するべきでないと思っています。


>No.169 ぷり(駆け出し弁護士)さま

早速のご返事、ありがとうございます。ヤッパリという感想です。

どうも本事件は福岡の中心部に近いロケーションのためか、マスコミの事故取材の動きも早く、被害者の車をダイバーが捜索している最中からすでにTV中継が始まったりして、現場では大変な混乱と昂奮が入り交じった状態だった印象があります。

そうした喧噪状態の中にあって、手順を踏んで行なわれるべき警察の初動捜査から冷静さが失われ、危険運転致死傷罪適用まで見通した証拠固めが、結果としてないがしろになったことを残念に思います。

検察は控訴するでしょうが、「酩酊して正常な運転が困難な状態」であったことの立証に、再度苦労するのでしょうね。

>No.171 惰眠さん

判決要旨で「行為」そのものではなく、その時の「言動」に掛かっていることは理解してます。
ただ「水を飲んで・・」より、こちらの誤解のほうが多いのではないかと思っていための意見です。
※私自身、最近まで誤解していたので・・・

>なお、水飲み云々の話は、特にこのモトケンさんのブログに寄せられたコメントに対しての話ではなく、色々な個別のブログやSNSを見ての感想です。

了解しました。早とちりでした。申し訳ありません。

>No.167 ダグ・ロスさん
例示いただいた具体例は、基本的にすべて業務上「過失」の範疇に収まるケースです。
先にも書いたとおり、刑法208条の2が処罰対象として定義する「危険運転」は、我々が通常感じる「そんな運転をしたら危険だろう!」と言うものとは別個です。

先日もご紹介した春霞さんのBecause It's Thereに、大変分かり易い続きの解説があるので、同法がどのような運転行為を処罰対象として取り扱っているか、本件がなぜ同法の適用外なのか確認する意味からも、お読みになることをお薦めします。

飲酒で大事故をおこしたら
     ↓
まずは、逃げる(危険運転になるより、逃げたほうが得)
     ↓
徹底的に証拠隠滅をはかる(裁判ではかなり有利になる)
     ↓
落ち着いたところで、逃げ切れるかよく考える
     ↓
あきらめて出頭する場合は、酔いを醒ましてから行く
     ↓
反省したふりをして、弁護士にまかせる。間違っても自分から酔ってましたなどと自白してはいけない。
     ↓
金持ちなら、3人ぶっ殺していても、懲役7.5年でまた元の生活にもどれる。

No.135 惰眠さん

    現実問題としてあれだけの見通しのいい直線道路で
    交通量も少ないとなれば、車でぶっ飛ばすドライバーは
    希ではないでしょう。

交通量の少なさ加減の問題ですよね。
海の中道大橋は橋の向こう側まで車がないことがあるほど空いている道なのか?
といったことよって、100キロで走る者がいても不思議ではないとなるのか
100キロで走るとは論外だ、となるのかは変わるだろうと思うのです。

    被告はこの道を通勤経路として利用し通り慣れており、
    終電が終わる前にナンパをしたいと思っていた被告が、
    午後10時48分という夜間に、
    車を時速80―100キロに加速させたからといって、
    それが異常な運転であったとまでは言えない。

この部分を読んでもどういうことなのか分からないのは、条件が書いていないからです
「通行する車がマレであるから」とでもいうのなら分かるけど、異常な運転に当たるのかどうかは「このような条件であるから」ということでないと、判断のしようがないですよね。

わたしは100キロで走っても異常ではない、とするための条件は

    その時に対向車が皆無である
    そのは時の、平均車間距離が300メートル以上である

といったところぐらいですかね。
分離帯が無い道で対向車がある時に100キロ以上で走るというのでは、異常な運転に当たると思います。

100キロぐらいで走っている時には100メートルぐらい前方に以上があった場合に振るブレーキでやっと回避できるぐらいでしょうから、車間距離は300メートルぐらいが確保されていることが必要でしょう。

走行中の車に激突すること自体が相当ヘンでもあるのですけどね。

見通しの良い道路で、(ナンパする為に?)時速100キロで12秒脇見したら事故おこしてしまった。

これが稀ではないのね・・・へぇ〜

>No.177 酔うぞさん
この判決文に出てくる「異常な運転」と言うのは、被告人が危険運転致死傷罪の構成要件にあたる「正常な運転が困難な状態」にあることを強く推認させる運転行動だったかどうかの検討ですよね。
大雑把に「酒さえ飲んでなければ、他にどんな理由があったとしても、そんな運転は断じてしない」と言うような。

感熱紙さんがご指摘になっていることなんですが、問題の橋の辺りでは昼夜問わず頻繁に速度違反の取締りが行われているそうです。
だとすれば確かに「だから通り馴れたドライバーは(警戒して)速度を上げない」のでしょうが、逆に見れば、そこで速度違反の取締りを昼夜問わずやらねばならない(取締りの効果がある)というのは、それだけその道で速度違反をするドライバーがいる(事故当時の被告人に限った特異な行動ではない)ということでもあります。

事故現場の橋で(超過の度合いの問題はありますが)速度違反をすること自体を、飲酒の影響によって生じた異常な運転とイコールで結びつけるのは無理が出てきます。

また、どなたがが上のほうで指摘してらっしゃいますが、被告人が常習的に速度超過を繰り返し、過去に何度も検挙されている悪質ドライバーであるという事実が(事実とするならば)あり、かつ過去の違反時には必ずしも飲酒していなかったとすると「本件事件当時の速度超過は、飲酒によって正常な運転が困難になっていたため引き起こされたものである」と一対一対応で言うことができなくなってしまいます。飲んでなくても平気でスピード違反するのが被告人なんですから。

つまり、この被告人が事故現場で大幅なスピード違反をしていたことは、ただそれだけでは飲酒によって正常な運転ができなくなっていたことを裏付ける証拠にはなり得ないということです。

念為で付言しておきますが、これはスピード違反をして構うとか構わないという話ではなく、その事実が飲酒に関わる危険運転致死傷罪の成立を証明する材料になるかどうかに限った話です。

見通しの良い道で車を見落とす。

100キロのスピードで脇見する。

これが異常じゃねぇの

ちなみに、速度違反の取り締まりは、50キロ60キロでもごろごろ捕まえるからね。取り締まりやってるからって一概に100キロだすのが当たり前の道だともいえないでしょうな。

>No.172 法務業の末席さん
>No.175 惰眠さん

まとめてのご返答お許し下さい。
ところで「制御する技能を有しない」状態とはどういう認識なのでしょう?
さきほどもコメントしましたが、可能性ある事態に対応できることが車の運転を制御できる状態ではないでしょうか。たまたまの余所見ならまだしも長時間の余所見で著しいスピード超過のため、夜間でも遠くまで見通せる道路で普通に走っていた車にものすごい衝撃で衝突したのですよね。

「制御する技能」についてはモトケンさんがエントリの冒頭でおっしゃっている

>「酒に酔っている」という状態と「正常な運転」とはどういう運転なのかということを、この裁判官に聞いてみたい気がします。

と同様に裁判官にきてみたいものです。突き詰めば同じところを聞くことになるでしょうし。

著しいスピード超過だけで危険運転致傷罪にならないのは理解しておりますが、それに長時間の余所見が加わればご紹介サイトでみた危険運転致死傷罪のうちの制御困難運転致死傷罪に該当する可能性はあるのではないでしょうか。検討することは十分に価値があるように思えますが、いかがでしょう。

また
>裁判所の判決を個人個人の「感覚」を基準に批評するべきでないと思っています。
とのことですが、解釈次第で適応範囲が大きく変わる危険運転致致死傷罪ですから証拠から裁判官が(一般人よりは客観的とは思いますが自らの)「感覚」で最終判断し結論を出すのですから、批判が個人個人の「感覚」を基に行われるのはある面では仕方ないところがあるのではないでしょうか。このサイトのなかでも少なくない人が「感覚」的に大きな問題があるととらえていますし。危険運転致傷罪の不備な点に基づき批評を行っていることをご理解下さい。
今回の裁判官がけしからんとは思いませんが、より多くの人が納得するには上級審でさらなる審議が必要であると感じます。

わたしは100km/hのスピードで12秒間余所見(前方不注意)というのは「正常な運転が困難な状態」になっていると思います。飲酒の有無関係なく危険運転に該当するのではないでしょうか。飲酒の影響がなければ何かあれば事故を回避できないことは認識しているはずであり御困難運転致死傷罪(飲酒の影響が原因ならこのときは飲酒運転が遠因となるので酩酊運転致死傷罪)という検察主張もありだったのでは。

>No.182 ダグ・ロスさん
「制御する技能を有しない」は、春霞さんの分類で言うところの「未熟運転致死傷罪」に該当しますね。
法律の文言があまりにも抽象的で精度が甘すぎるため確信を持ってこういう類型だと言い辛い憾みはあるのですが、概ね若葉マークやペーパードライバー、免許年齢に達しない若年者が、身の程知らずな運転をして死傷事故を発生させたようなケースを想定していると思われます。

危険運転致死傷罪の「制御」云々に関わる類型は、ドライバーが己の技量のキャパを、敢えて超えるような運転をして人様に怪我をさせたり死なせたりした場合に持ち出される故意犯の一種なので、事故原因がわき見や居眠り(=過失)である限りは適用できません。
刑法と言うのは基本的に、どういう結果を招いたかを処断するものではなくて、どういう行為を(やめようと思えばやめられる違法行為を、わざわざ敢えて)行ったのかを処断するものだからです。

ただ、事故に至る可能性を承知しながら、度胸だめしだか何だかであえて進行方向を見ずに運転するようなふざけたケースがあったとするなら、それは過失ではない筈です。(あくまで、それを立証できるならばとの条件がつきますが)

>ダグ・ロスさん
>惰眠さん
>法務業の末席さん
>ぷり(駆け出し弁護士) さん

NO.157以降の皆様のコメントの応酬を拝見して大変参考になり、今回のような事故に対して現行法の中では、いろいろ限界のあることがわかりました。が、ダグ・ロスさんがお考えのような部分でも更に突っ込んでいただけるよう、検察側は是非、控訴すべきだと思います。

>No.183 ダグ・ロスさん
残念ながら無理だと思います。
法律が求めている条件は、あくまでも「正常な運転が困難な状態」であって、「遠因」ではない(類推解釈を禁ずる憲法条文にも抵触する)からです。過失はどこまで行っても過失であり、過失は幾つ積み重なっても過失です。故意にはなりません。

また端的に言って、それで危険運転致死傷罪が成立するとしてしまうと、今度は業務上過失致死傷罪(現行法では「自動車運転過失致死傷罪」)との区分ができなくなってしまいます。

酔ってバットを人通りの多い道でブンブン振り回して通りがかりの人の頭をかちわった場合、練習中の過失ということになるのか?

ダグ・ロスさま

私がPCの前から離れていて、レスが遅れました。惰眠さまが対応して頂いたようですが、私の考えは危険運転致死傷罪がそもそも「使い勝手の悪い法律」であり、法律としては一種の欠陥品だという認識です。これは惰眠さまとも同じスタンスかと思います。

なぜ危険運転致傷罪を規定した刑法第208条の2を「欠陥法律」と思うかですが、まず以下に条文の第1項をそのまま引用し、その上で論を進めたいと思います。

(危険運転致死傷) 刑法第二百八条の二  アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。

私がまずオカシイと思った部分は、中段の懲役刑の長さを規定した部分です。条文の規定から事故により人を負傷させた場合と、死亡させた場合は次のとおり量刑が違います。
負傷の場合:懲役刑、上限が15年、下限は1月(刑法第12条の規定による)
死亡の場合:懲役刑、上限は20年(刑法第12条の規定による)、下限は1年
※括弧書きは、208条の2に書かれていないことを、刑について定めた刑法の他の条文での規定で補った部分です。

運転者の行為(アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ)を行なっても、事故の被害者の負傷死亡の程度により罪刑が違います。一見合理的のように思えますが、同じ事故を起こしても、被害者の生命が助かるか否かについては、運転者の行為だけで決まるわけではありません。そのことについて考えてみると、次のようになります。

衝突した相手の自動車が安全性の高い大型高級車だったのか、それともエアバッグもない古い年式の軽トラックだったかで、被害者の身体的ダメージには相当大きな差が出ます。ダメージに差があれば被害者の生存の可能性にも違いが生じるはずです。また、救急車の現場到着が交通渋滞などの事情により遅れたり、あるいは病院の救命救急医療体制が整っている地域での事故なのか、医療スタッフが少ない深夜の事故なのかでも違って来る可能性があります。このように生命が助かるかどうかは、同じ危険運転行為での事故であっても結果として違いが生じます。にもかかわらず量刑には差があります。使う言葉の表現としては不謹慎かもしれませんが、一種のラッキー&アンラッキーという要素が存在するのです。刑罰が運しだいと言うのは法律として困ったことで、欠陥と言っても過言では無いと思います。

もちろん、こうした運転者の行為以外の要素を排除して、公平な刑罰を決定するのが裁判所の役目です。ですが法廷に提出された証拠の中から、こうした運転者の行為以外の要素を厳密かつ正確に排除することは、経験を積んだ裁判官にとっても困難な作業です。排除は不可能とは言いませんが、裁判官の判断に幾ばくかの影響はあると思います。その結果、被害者が死んだら刑期が3〜5年増えることになりかねず、「結果が悪ければ刑罰が重い」ということに繋がる可能性があります。

さらに悪いことに、この危険運転致死傷罪は来年から始まる裁判員制度の対象となります。プロ裁判官でさえ困難な「運転者の行為以外の要素を排除する作業」を、一般市民の裁判員が行わなければなりません。この危険運転致死傷罪の条文があまりにファジーなために、裁判員制度が始まると「結果が悪いから刑罰が重い」という判決が多数出るのではないかと危惧します。もしかしたら、この裁判を審理した福岡地裁の川口宰護裁判長は、こうした将来の裁判員制度での審理への影響まで考えて、危険運転致死傷罪を適用しない判決を下したのではないかとも想像したくなります。もちろん検察が酒酔いの酩酊の立証が不十分、というのが裁判長の適用回避の理由で間違いないと思っていますが…。

私は先に、危険運転致死傷罪での「危険」の判断基準と、各人の「危ない」と思う感覚と同一ではなく、こうした法律を適用するに必要な要件は全国民に一律ですが、日常生活での感覚は一人一人に違いがあるので、同一の俎板に載せての議論は出来ない、という趣旨の投稿をしております。まさにこの危険運転致死傷罪は、裁判員制度のもとでは一人一人に違いがある「感覚」によって判決が左右される可能性があります。これが「欠陥法律」だと私が思う最大の理由です。

No.188
>刑罰が運しだいと言うのは法律として困ったことで、欠陥と言っても過言では無いと思います。

これをもって欠陥というのは解(げ)せません。
刑法の他の処罰をもって説明します。

1 過失傷害(刑法209条)は罰金30万円以下で、過失致死(刑法210条)は罰金50万円です。

2 強盗致死傷(刑法240条)は、「強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。 」となっています。
 そして、これは負傷や死について故意の場合(強盗傷人・強盗殺人)も、死傷について故意がない場合(強盗致傷・強盗致死)も含まれますので、この限りで、結果によって法定刑が違うことになります。

3 さらに、同じ程度の暴行を加えても、
 (1) 怪我をしなかったら暴行罪で懲役2年以下(刑法208条)
 (2) 相手がバランスを崩して倒れて後頭部に怪我を負ったら傷害罪で懲役15年以下(刑法204条):つまり暴行の結果的加重犯
 (3) 更に(2)の怪我で死亡したら傷害致死罪で懲役3年以上20年以下(刑法205条):暴行・傷害の結果的加重犯

つまり、同じ行為でも、生じた結果によって法定刑が違うことは当然の前提としており(少なくとも「おかしくはない」)、これをもって「欠陥」という指摘は当を得ません。

>>No.189 psq法曹さん

無知ゆえの質問なんですが(笑)、これがいわゆる大陸系刑法なのですか?

>No.145 子育て中女医さん
>No.153 惰眠さん
少々誤解があるようですが、ヒトのエタノール代謝能は極めて限定的で、通常、酩酊状態における主なクリアランスは尿中排泄です。なので、急性アル中が運び込まれると電解質の輸液と利尿剤で対処するわけです。ただ、今回の場合、排泄はあまり関係なく、エタノールの溶質を増やす効果は確かにあったと思います。エタノールの分布容積を良く知りませんが、10Lとすると1Lの水分を摂取すれば血中濃度はほぼ1割低くなるので今回のように0.25mg/Lギリギリの場合、実に効果的な手段だった、ということになるでしょう。

>>191
素人の調べですが、エタノールの分布容積は、0.53〜0.6L/kgだそうです。
よって、体重が60キロと仮定すると30Lはありそうです。
ただ、水の量は私は2Lと聞きましたが。

また、0.25mg/Lは呼気濃度であって血中濃度ではありません。
(呼気濃度だと酒気帯び扱い、血中濃度だと泥酔状態になります)

>No.190 ぼつでおkさん

横から失礼します。
確かに定義は「大陸系刑法」ですが
「結果的加重犯」は「英米法」の概念です。

大陸系=成文法
英米法=判例法

上記が一般的な解釈です。
なので、結果的加重犯はまさに判例法の世界です。
何故かは、下記リンクでも参照してください。(暴行致傷の話です)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%B4%E8%A1%8C

ここからは、話は変わりますが
ここでも、それなりに話になってすが
果たして日本に裁判員制度が根付くかと言うと
かなり疑問な人間です。

その間空いた稼動を誰が埋めるんでしょうか?
中小企業に対する手当ては誰がしてくれるんでしょうか?
大企業は意地でもやってくれますが
日本は大企業だけで動くわけでもないので。

理論上、繁忙期の農家のおっさんも
法廷に連れて行きかねない制度なんですよね。

刑事罰でももってしょっ引かない限り
相当に厳しいでしょうね。
でも、そんな制度どこに意味があるんでしょうか?

(自分的には、国家転覆主義者が人民のリスクをあおろうとしているとしか見えません。)

No.192 七誌さん
>ただ、水の量は私は2Lと聞きましたが。

エッ? よく出る人のおしっこの量と違いますか?

頓珍漢なことを言いました。水分摂取量のはなしでしたね。スイマセン

No.179 惰眠さん

誠に難しい事なのだなと色々な方のご意見を読んでいます。
ちょっと気になるのは判決を論じているのだから当然とも言えますが、シロクロつまりデジタル的な議論よりも程度問題(アナログ的)な議論が重要ではないのか?と感じています。

惰眠さんさんコメントのこの部分

    感熱紙さんがご指摘になっていることなんですが、
    問題の橋の辺りでは昼夜問わず頻繁に速度違反の取締りが
    行われているそうです。
    だとすれば確かに「だから通り馴れたドライバーは
    (警戒して)速度を上げない」のでしょうが、逆に見れば、
    そこで速度違反の取締りを昼夜問わずやらねばならない
    (取締りの効果がある)というのは、それだけその道で
    速度違反をするドライバーがいる
    (事故当時の被告人に限った特異な行動ではない)
    ということでもあります。

これはその通りだと思いますが、問題は速度がどのくらいが違反の多くの通行車の常習的な状況だったのか?になっていくでしょう。

判決は「100キロ程度では異常ではない」としていると読めますが、当然のことして「じゃあ何キロなら異常と言えるのか」となります。
違反車が多いからでは説明不足であって、場所は事件現場に限定されているわけだから、その場所での「平均的な違反車の速度と比較して」という程度問題にするべきでしょう。

良く分からないのですが、危険運転致死傷罪には

    その進行を制御することが困難な高速度で、
    又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、
    よって人を死傷させた者も、同様とする。

ですが、これを「ある程度の時間、コントロール不可能な状態」と考えるのか、凍結路など状況の変化も含めて「コントロール不可能な高速度」と考えるのかによって評価が変わってしまうようにも思えます。

つまりはここにも「程度問題」が出てきそうで、今回の議論でなんかモヤモヤしているのはどういう程度をどういう判決とするべきなのか、を事件の評価も含めて整理していないから、なのではないでしょうか?

No.190、No.193
1 行為と結果という二つの要素で刑の重さが変わる・・・これはごく普通の感覚と思っていますが。
 致傷の場合よりも致死の方が重いのは「行為」からみておかしいと感じるのがNo.188の意見。
 では、致死が生じるような行為をした(傷害にとどまったとしても)のだから致死の重い刑が基本なのだが、たまたま軽い致傷の結果になったので、「結果」から見て軽くしていると考えることもできますね。

2 日本の刑法は、法定刑が幅広く、裁判官に大きな裁量を認めています。
 諸外国の例で言えば、むしろ、同じ行為でも、一定の結果が生じて初めて犯罪となり、その結果が大きいほど法定刑が重く規定されているように感じます。
 例えば、価値5000円未満の窃盗は犯罪ではなく行政罰にし、5000円以上は被害額に応じて刑が重くなるとか、傷害の結果にしても同じような発想です。
 一発平手打ちしただけで暴行=犯罪として扱うというのは(実は訴えがあって初めて扱うのですが)、驚かれることがあります(笑)

3 結果的加重犯は、英米法・大陸法とか、成文法・不文法とは関係ないと思いますが。
 御指摘のリンク先を見ても、単に日本の判例・解釈が書かれているだけで、これは普通の条文解釈の範疇になります。
 もしかして、日本で判例で認められた解釈=判例法=英米法と直結して考えているのだとしたら、それは違います。
 判例法とは、英米法体系における概念であり、日本では単なる判例(法がくっつかない)という表現になります。ちょいと専門的ですので、この程度にとどめておきます。
 もし私が間違っていたら教えてくださるとありがたいところです。

横レス失礼します。

 危険運転致死傷罪については、現行法の解釈、盲点、不備に論議がされています。
 「社会感情」として何故適用されないの?
ということでしょうか。
 法解釈で、現証拠内では、適用は不可であるため福岡地方裁判所は訴因追加変更を求めた。
となります。
 さて、検察側は、控訴する方針と伝えられています。

>「裁判官の裁量」次のケースは・・・

「愛知の4人死亡事故」産経ニュース

では、一審では、「業務上過失致傷罪」適用の懲役6年判決。
名古屋高等裁判所では、『危険運転致死傷罪』を適用して、懲役18年判決。
弁護側は、上告検討。

これで、最高裁で判例が出され、適用範囲が特定できるのかな。
しかし、それ前に「笊法」改正が急がれます。

地裁レベルでは、「裁判員制度」を意識しているように思います。
(※危険運転致死傷罪のケースに裁判員の参加予定はされていないと思いますが)
高裁では、裁判員は入りませんのでより厳格になる・・・
「官主導?」無きにしも非ず。「弁護士」さん、力量の発揮どころです。

今のところ、新しい法律の盲点の争いでしょうか!!

No.131
コメントが多すぎて、探すのに苦労しました(笑)
1 こちらを参照して見てください。↓
http://law-web.cc.sophia.ac.jp/LawReview/contents/4903_04/4903=04hayashi.htm
論点は似ていますが、共犯が絡んでいるのでちょいと違います。

2 いわゆる先行行為と不作為犯・作為義務という論点で、どういう先行行為がある場合で、その人でしか助けられない状況(排他的支配)が備わって、初めて作為義務が発生します。
 典型例としては、事故を起こして病院に連れて行くため自分の車に乗せたが(この時点で他者は助けられなくなる)、怖くなって死亡しても良いと考え放置した(不作為)、というような場合は殺人になると思います。

3 逃げたことや、罪証隠滅を批難する感情は分かるのですが、刑法は「人間はそんなに強くない」「そういうことをするのも無理はない(刑罰を科すほど批難できない)」という前提に立っています。

 事故不申告や救護義務違反は、その行為をしても犯人と名乗り出ることは必要とされていないので、道路交通法上の観点(交通の秩序維持:放置すると混乱状況が続くため)から義務や刑罰を認めているのだろうと思います。

皆さんのご意見を読んでいて、私は「やはり、法を改正するしかないのかなぁ」と思っています。

私は裁判官を非難するつもりはありません。でも被告を許せない、という気持ちはあります。
飲酒運転の常習者で、事件後現場から逃げようとしたり、(仮にそれが誤った知識であったとしても)アルコール検査の結果をごまかす目的で水を飲んだり、自分が罪を逃れるために身代わりを頼もうとしたり、と「飲酒運転は悪いこと」という認識を持っていたにもかかわらず飲酒運転をした。結果として3人の死者が出た。

飲酒と酒気帯びの境界がどういう経緯で定められたか知りませんが、線引きをすることにも疑問を持っています。今回の件では、直後にアルコール検査をしなかった県警の不手際も指摘されていますしね。
アルコールや運転操作に影響が出る薬を体内に入れた時点から一定時間以内の運転を禁じる、ぐらいにしないとだめなのでしょうね。裁判官の「心証」で刑が決まる、というのにも疑問を持っています。どの裁判官に当たるかで判決が大きく変わる可能性があるわけでしょう?で、結果「甘すぎる」だの「量刑が不当だ」だの・・・。裁判官も被告も気の毒です。

いみじくも昨日のNHKニュースで福岡の飲酒運転の5人に1人は再犯だ、と報じていました(正確な法律用語ではないかもしれませんが)。
東名で2人殺され、福岡で3人殺され、全国でもっと多くの人が「飲酒運転」の犠牲になっていることを思えば、やはりアルコール(つまり酒だけではなく、酒を使った料理やお菓子も含む)や一部の薬物服用後(例えば)12時間以内の運転・操縦を禁止する法の制定が必要なのかも知れません。自動車の運転免許を持っている人間に、車を運転することは他者(同乗者や歩行者や周囲の車に乗っている人々)の命を預かる行為、であるという認識をしっかりと持ってもらうためにも。
もっとも私はたった今この瞬間から日本が「禁酒国」になっても生きていく自信があるからこう言えるのかも知れませんが(^_^)

PS.昨日NHKの「びっくり法律旅行社」で知りましたが、サンフランシスコでは酒を飲んだ人間が運転席に座っただけで法律違反になるるそうですね(つまり路肩に駐車している車の運転席に座っただけで、ってことだそうです)。やっぱり法律とはこれぐらい明確であって欲しいものです。

>>No.201 通行人1さん
>もっとも私はたった今この瞬間から日本が「禁酒国」になっても生きていく
>自信があるからこう言えるのかも知れませんが(^_^)

私のほうは酒も運転も同じくらい大好きですがどっちか選べといわれれば、酒が禁止される「禁酒国」で生き延びる自信よりは、自動車の私有を禁止される「禁マイカー国」で生き延びていく自信のほうが多くあります(笑)。

直接には危険運転致死傷罪とは関係しませんが(でも,下記のそれにより私の中でかなり印象が違ってきます),

最初の報道を聞いた時から,引っ掛かっているのですが,まだはっきりしません。
被害車両は,走っていたのですか,止まっていたのですか。どうして今でもはっきりしないのでしょう(どっかのバスじゃないのに)。

私は,被告の車両の壊れ具合から被害車両は止まっていた疑惑を,捨てきれないのです。
あの壊れ方は,50km/hで走行するクルマに,80km/hのクルマが追突した壊れ方じゃないですよ。

No.202 ぼつでおkさん

ありがとうございます。

私は某政令指定都市の真ん中に住んでおり、(バブルのころは中央駅からタクシーに乗ろうとしても近すぎて乗車拒否されることもありました)駐車場代が馬鹿高いのと、バス・電車の駅が近いのと、運動不足の解消、という理由でマイカーを手放して5年になります。会社の車は今でも運転していますが、おかげで100kgを超えていた体重が80kg台まで減ってきました(笑)
欲を言えば、私鉄より高いJRや市営交通機関の料金がもう少し安くなって、もう少し遅い時間まで動いてくれていたら・・・ってとこでしょうか?日本で「飲酒運転」が減らない理由のひとつに公共交通機関網の整備が十分でない、ということがあるかもしれませんね。

危険運転致死傷罪適用のハードルは故意よりはむしろ
事実認定(危険な運転かどうか)なのでしょうか?

ならば、一般常識に反する裁判官の判断は責められて
当然だと思いますし、このような判決が行われるから
裁判員が必要ということになったのでしょう。

ちなみに、危険運転致死は裁判員裁判の対象のようです。
http://www.saibanin.courts.go.jp/introduction/event.html

>No.205 ほし様
調べていただいて、ありがとうございます。

「裁判員制度」の対象ということは、
 地裁レベルでは「より緻密な立証責任」を検察官に課していると思います。
 裁判官による「事実調査」もあると聞きますが、「裁判員制度の地裁」では、それをすることが難しい。

>>>より緻密性を求めた、判決意図が伺わせられます。

 警察、検察に緻密な立証を求めていますが、
相当の警察関係者、救助隊や野次馬のなか、証拠保全はとても困難を要求されます。

 「実態に合った法制度」を創っていただけることを立法府「国会」に切に願いたい。

>No.203 hattyさん

私もそう思います。
皆さん、法適用の方に論点がいっていますが、事実認定の方は確かなのでしょうか?
どれだけの相対速度だと、加害者の車があれだけ大破し、被害者の車がそれでもなお橋の欄干を打ち破って海に落ち込むものなのでしょうか?
弁護士の言うことも、一概に詭弁と言い切れないように思います。
実証検分すべきですね。


まあ、本当の被害者である子供たちには全く非はないのですが。

>No.203 hattyさん

被害車両は,走っていたのですか,止まっていたのですか。

私もニュースを聞いた当初には、同様の疑問を抱いていました。

No.91 惰眠さんがご紹介下さった春霞さんの「Because It Is Theret」というサイトに載せられていた判決要旨(西日本新聞 九州ネットの記事)によると、走行中だったようです。
同情報によると、被告人は事故直前に前方を走行していた被害者の方の多目的レジャー車(RV)に気付き、急ブレーキをかけて衝突を回避しようとしたが、RVの右後部に衝突したとの事です。

>>No.207 fundさん
>事実認定の方は確かなのでしょうか?

それがもっとも重要ということに同感です。

ただ現実には時間的空間的制約の下、裁判までに100%の捜査はあり得ないということも受け入れなければならないでしょう。
人は自分の見たいものを見る、意識においても肉体においても制約された生き物ですから。
また、原罪でない罪は常に相対的なものでもありましょう。

そして裁判というさらに制約された場での今回の判決については、裁判長は捜査や認定の制約を承知したうえで、法廷に出された証拠と起訴された罪を十分に公正な目で検討した結果、現時点での司法ならではの裁量を発揮なさった判決だったと、私には思えてなりません。

しかし検察がわ被告人側双方とも事実認定については不満があるようですから、いずれかが控訴すればさらに事実認定の面では解明が進むことも期待できるように思います。

>No.133 通行人1さん

 レスを確認しました。ありがとうございます。

 ところで、ちらほらと自動車専用道路のことが話題になっているのを読みました。
 私自身この事件について、あまり詳しいことは知らないのですが、自動車専用道路であったこともこの度初めて知りました。
 私自身、16年以上前になりますが、トラックの長距離運転手をしていて、福岡にもよく行っていました。特に多かったのが、長浜の魚市場です。海岸線の自動車専用道路ということで、察しがつくのですが、その辺の高架の高さは、全国的にも際立って珍しいぐらいで、まるでジェットコースターのようであるという特別な印象がありました。道幅も広くはなかったと思います。
 もう16年以上前のことで、あるいは新しくできた別の道路なのかもしれませんが、あのような空を飛ぶような道路で長い時間脇見ができたというのもすごいような気がします。
 いつも利用していたインターの名前も思い出せませんが、須崎埠頭あたりからで、箱崎インターまで自動車専用道路を走り、東福岡インターから九州自動車道に乗っていました。
 また、その自動車道路の別の印象でしたが、見た目はまあまあな安作りで、耐震構造などに不安を感じる新築マンションを連想していました。

No.210の補足

 よく考えてみると私が乗っていたのは、見晴らしのよい10トンの大型とラックでした。乗用車とはかなり違いがあったかもしれません。

この危険運転致死傷罪という法律は、一般的に思われていた、飲酒運転全般の厳罰化ということではなく、飲酒運転の中でも、泥酔運転と呼べるような物に限って、厳罰化した法律だったという理解でいいんでしょうか?

飲酒運転がだめだという啓蒙を目的とした場合、飲酒運転全般の厳罰化という誤解は、役に立ったともかんがえられますが・・・。

>No.208 死刑囚さん

判決要旨の紹介ありがとうございました。

>RVの右後部に衝突したとの事です。

確か被告の車両の左側は,Aピラーまで逝っていましたね。
当時写真を見た時は,よくこれで逃げようとした(動いた)もんだと思いました。

>急ブレーキをかけて衝突を回避しようとしたが

ぶつかる前に,急ブレーキをかけているのですね。
80km/h〜100km/hで走行していて,そこから急ブレーキをかけ減速しつつ追突し,被告の車両をあそこまで壊す相対速度を,是非,交通事故鑑定人に調べてもらいたいです。

30km/hの相対速度で追突した場合と高速道路で渋滞中最後尾に突っ込んだ車両の壊れ方は同じような壊れ方になっちゃうのでしょうか。

No.212 noahさん

    第二百八条の二  (危険運転致死傷)
    アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態
    で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は
    十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の
    有期懲役に処する。
    その進行を制御することが困難な高速度で、
    又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、
    よって人を死傷させた者も、同様とする。

    2  人又は車の通行を妨害する目的で、
    走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に
    著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で
    自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。
    赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、
    かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、
    よって人を死傷させた者も、同様とする。


です。

No.214 酔うぞさん

条文掲示ありがとうございます。

確かに「正常な運転が困難な状態」って曖昧ですね。
裁判官の苦悩がわかります。
飲酒に限ってもお酒に強い人と弱い人では、同じ量のお酒を飲んでも「酔い方(?)」が違うでしょうしね。

で、(脱線します。すみません)「又はそのその進行を制御する技能を有しない」というのは「へたくそ」ってことなのでしょうか?
もしそうなら「免許」を与えた側にも責任があるように思います。実技試験なども厳しくして欲しいものです。普通自動車運転免許を与える、というのは、法律に定める普通自動車を公道上で運転してもいいですよ、ってことでしょう?
昔、飛行機が滑走路上で事故を起こしたとき(平たく言えば)「パイロットがもうちょっと上手かったら事故にはならなかっただろうケド、彼は免許を持っておりパイロットとして平均的な技量は持っていたのだからそれ以上の技量を持っていなかったという理由で罰することはできない」という判決が出た、という話を読んだことがあります(確か柳田邦男さんの「マッハの恐怖」だったと思います)。一度免許を出しておきながら「あんたへたくそやから重大事故起こしてん」って矛盾するような気がするんですけど・・・・。

議論中ですがここで「事故場所、事故車両」を復習します。

 ブログ「湘南のJOHN LENNON」

      「2006年8月26日」写真より

 福岡市東区奈多の「海の中道大橋」(750メートル)中央付近。

「グーグルマップ」で探す。↓

 http://maps.google.co.jp/?promo=JP-HA

 参照検索→ 福岡市東区奈多1302−53 

 「海の中道大橋」はとても見通しの良い直線大橋。 
 午後10時48分前後。50Km前後で走行していた被害車両に、80Km超で走っていた加害車両が「12秒の脇見」運転でブレーキを踏んで、追突した車とは思えません。
 夜景でも見てたのかな? 
 
・・・復習おわり。では、では。

No.215
基本は、無免許運転でしょうね、その中でも技術がない場合に限っているのでは。
免許があっても下手な人(何十年もペーパードライバー)の場合もあるでしょうけど。

航空機操縦と自動車運転では違うし、後者は更新がユルユルなのは私でも知っている(ペーパードライバーは運転しないから違反がなくゴールド免許になる)。

No.217 psq法曹さん

ありがとうございます。

「無免許」って書いといてくれたらいいのに、なんて素人としては思ってしまいます。
「お前の運転がへたやから・・・」って言われたら「そのへたくそに免許を出したのは誰や!」って言いたくなりますよ。(もしかしたら全てのドライバーに適用できるよう、こんな表現にしたのでしょうか?) (^_^;

No.218
無免許でも運転上手が大勢いますから・・・
逆に免許があっても運転下手もいる。
要するに、道交法をそのまま持ってきたのではない、危険な行為に限ったということで、こういう表現になったのでしょう。

psq法曹さま
連休で出掛けており、レスが遅くなりました。

188で私が「欠陥」という表現を使ったのは、不適切でした。反省しております。仰る通り、日本の刑法が行為と結果で刑に軽重の差を設けているのは承知しております。決して結果だけで刑の重さが決まるのではなく、裁判官は行為も非常に重視して判決しており、結果だけに比例して罰が重くなるのではないこともまた事実です。この点、No.189、198のでのご指摘には、特に異論を返すつもりはありません。

ただ私個人としては、刑事罰は結果より行為を重視すべきであり、犯人自らが結果を左右することが出来ない「運・不運」の要素は、刑の軽重の基準からは徹底して排除されるべき、と考えをもっております。こうした持論が、188投稿に繋がったとご理解ください。

私は刑法を含め、法学を系統だてて学んだことがないまま法務業の端くれに居ります。その為に自己の法律的素養の乏しさを補ってくれる、このブログでの法曹の方々からのご意見は大変ありがたく感じております。今後もご意見を頂ければ幸いです。

>>No.217 psq法曹さん
>ペーパードライバーは運転しないから違反がなくゴールド免許になる)。

まさに真理のお言葉(笑)。

No.215 -- No.217

危険運転致死傷罪というのは、傷害致死と同じで、危険運転が原因で致死傷が結果という因果関係を想定しているものなので、違反を繰り返して免許取消になった悪質ドライバーが無免許で危険運転をしその結果致死傷事故を起こしたときは、

遵法意識なし→違反繰り返しで取消→遵法意識なし→無免許運転
遵法意識なし→危険運転→致死傷事故

という2つの独立な(?)因果関係があるのであって、
無免許運転→○→…→危険運転→致死傷事故

という因果関係はあり得ない(→の向きが重要で、無免許運転は結果であって原因ではない)から、「無免許運転を包括的に危険運転とみなすことはできない。」ということだと思います。

悪質なドライバーを危険運転致死傷罪から免責するようになっていて、何だかな〜ですが。

今回の被告人にもあてはまるような気がします。

No.71 現役行政官さん

 一番最初に大バカをやったので少し調べたのですが、救助した上で危険運転致死が適用された場合、最高懲役は25年なんでしょうか。

 酒酔い運転など、危険運転の要素となった道交法違反は吸収されるという法務省の解釈のようですので、もしそうなら懲役20年が最高刑になると思われるのですが。

 趣旨は全く賛同いたします。

No.223
横から失礼します。

それ(最高刑20年)が正解ですね。
場外乱闘「やはり危険運転致死傷罪は無理でしたか」のNo.16も参照(見られる環境にあるならですが)。

>最高刑20年

逃げた場合との差が5年なんですが、その辺りが納得できない人は多いような気がします。

車を使った殺人や傷害も有りうることからすると
「逃走を図った犯人に対し自動車事故として暴行や殺人よりも軽い刑罰を適用していて妥当か?」
との考え方には、素人感覚的にはかなり納得できるものが有ります。

刑法の仕組みとしては如何な物なんでしょう?

3人の死亡者について検死が行われたはずですが、死因はそれぞれなんだったのでしょうか。

No.225
1 車を使った殺人や傷害(の故意)立証ができるなら、殺人罪・傷害(致死)罪が適用すればよいことです。
 傷害致死罪は懲役3年以上20年以下、ちなみに危険運転致死は懲役1年以上20年以下。

2 
>「逃走を図った犯人に対し自動車事故として暴行や殺人よりも軽い刑罰を適用していて妥当か?」

これは私には意味不明です。
暴行は懲役2年以下ですし、暴行から生じた最も重い結果は傷害致死になりますが、これとても懲役20年以下です。
危険運転致死を傷害致死と同じ法定刑にするという意味なら分かります。

殺人よりも軽い・・・というのは殺意がないからでしょうし、こういう運転行為は殺意があるのと一緒だというのなら(そういう事実認定ができるなら)、殺人罪を適用すればよいわけです。

逃走を図る行為をもっと重くしろという意味だとすると、もう限界かと思います、私は。

No.200 psq法曹さん

皆さんにスルーされたかなとちょっとかなしかったのですが、レスいただきありがとうございます!

教えていただいたURLにて勉強してきます!

No.226の続きです。

と申しますのは、3人の子供達の死因がいずれも水死であって、追突に起因する致命的な脳挫傷や内臓損傷がみられなかったとすれば、水中転落後の速やかな救助活動が成功すれば死亡を避け得た可能性があった。だが事故に遭い水中に転落したが幸い軽傷だった両親が子供を助けようと必死の救助活動にもがいている時、ぶつけた運転者は落ちた車のほうを見ようともせず救助活動に参加しようともしなかった。両親がその行為を人として憎んでも余りある許しがたい無責任さと考えたのは人情の当然でしょう。

すなわち死因が水死であればこの事故の構図は、危険運転致死傷罪制定のきっかけとなったあの東名高速飲酒運転トラック追突炎上事故と酷似しています。

あの事故も燃える車から息のある我が子を助け出そうとする両親の姿を目にしながら、追突したトラックの運転手はみずからなんの消火活動も救護活動も起こさなかったと記憶しています。泥酔していたからとはいえ運転席に座っていたからそうとは知らず普通の人ならなにか助けてくれるはずと思っていた運転手から、その非人道的無責任行為(救助放棄行為)を受けたことに対する憎しみが、法改正までさせるほどの強烈な処罰感情に直結したのもこれまた人情の当然でありましょう。

今回全くといっていいほど同じ構図の事故に対して危険運転致死傷罪が適用できなかったというのは、やはり役立たずの法律を思慮無く作ってしまったという結論になるような気がします。

No.229の続きです。最後の一文が眠気で唐突でしたのですこし追加。

「思慮無く」というのは、人情に流れてあの東名事故を十分法的に解明することなく安易に厳罰化目的の法を作ったことを遺憾に思う、という意味で書きました。
そして作ったのは道交法を運用する警察庁が主体であろうと予想しています。

>No.230 ぼつでおkさま

「思慮無く」というのは、人情に流れてあの東名事故を十分法的に解明することなく安易に厳罰化目的の法を作ったことを遺憾に思う、という意味で書きました。

同意!


「正常な運転が困難」と「故意」の組合せ、あるいは「進行を制御することが困難」と「故意」の組合せが要件だが、「道交法違反」と「業務上過失」との違いが明確でないように感じる。これが一つめ。

二つめとしては、道交法違反の枠内での厳罰化(酒酔いやひき逃げの罰則強化)をせずに危険運転致死傷罪を作った結果、「逃げた方が得」という風潮が生まれた。このギャップを埋めようと昨年道交法を改正したが、この事故は不幸にもそのギャップの期間に発生してしまった。

さらに三つめとして、厳罰化の流れの根底に「被害者感情」への配慮があり、最近はこの危険運転致死傷罪に限らず、犯罪の「行為」や「結果」の要素より「被害者感情」が重視される量刑基準が、刑事裁判の流れを支配しつつあるように感じられ、個人的には憂慮している。

この3点は、危険運転致死傷罪の立法にあたって、拙速による検討不足がもたらした問題だと私は思う。またマスコミの厳罰化キャンペーンも、この検討不足のまま拙速立法の流れをプッシュしたのではないだろうか。

だから、ひき逃げは恨むべきものだ!!
でいいような気がします。

実は、「日本」の飲酒運転基準は「英米」に比べても
格段に厳しいものです。
実は、飲酒運転を恨んで余りある
北欧並みに厳しいものです。

だとしたら、法律からはじめるのでなく
車と言うハード基盤のほうを固めるほうが先だと思いますが。

現実に、「アルコロック」一つも私は見たことがありません。
でも、基準は欧米並みです。

そう遠くない日に、養命酒一杯で逮捕される日が来ると思うと
かなり日本の治安はすごいレベルにきてるような気がします。
(下支えはありません。すべて自分の責任です。
 警察はちゃんと言い切ってくれます)

だから、ひき逃げは恨むべきものだ!!
でいいような気がします。

実は、「日本」の飲酒運転基準は「英米」に比べても
格段に厳しいものです。
実は、飲酒運転を恨んで余りある
北欧並みに厳しいものです。

だとしたら、法律からはじめるのでなく
車と言うハード基盤のほうを固めるほうが先だと思いますが。

現実に、「アルコロック」一つも私は見たことがありません。
でも、基準は北欧並みです。

そう遠くない日に、養命酒一杯で逮捕される日が来ると思うと
かなり日本の治安はすごいレベルにきてるような気がします。
(下支えはありません。すべて自分の責任です。
 警察はちゃんと言い切ってくれます)

No.230 ぼつでおkさん
No.231 法務業の末席さん

この議論にまったくの素人として参加させていただき、途中で脱線して皆さんにご迷惑をおかけしましたが、やっと頭の中が整理できました。

マスコミの厳罰化キャンペーンも、この検討不足のまま拙速立法の流れをプッシュしたのではないだろうか。

もしかしたら、私も洗脳(?)されて「魔女狩り」に参加していたのかもしれません。この事件で「法の欠陥」を多くの人が認識したのなら、冷静に「どうすればいいか」を議論して欲しいなぁ、と思います。お酒も車も「使い方一つ」ですものね。

No.230 ぼつでおkさん

そして作ったのは道交法を運用する警察庁が主体であろうと予想しています。

これは、まったく逆だと思います。

道交法改正のパブリックコメントから、警察庁が道交法のなかに加重罰則規定をおこうとしたところ、法務省がマッタをかけ、刑法のなかに入れたというものだったと思いますが。

逆に,
RV車が50km/hで走行していた場合,被告の車両をあそこまでダメージを与える相対速度が100km/hであることが物理的に立証されるなら,被告の車両は,150km/hで走行していたことになります。追突する前に急ブレーキをかけて回避していることを考慮すると,170km/h〜180km/hで走行していたこととなり,危険運転致死傷罪の『その進行を制御することが困難な高速度』に当てはまりませんか。

>>No.231 法務業の末席さん
に同感であります。特に、
>二つめ・・ギャップを埋めようと昨年道交法を改正した
のであれば、危険運転致死傷罪の存在意義はすでになくなったように思います。
この判決や
>>No.227 psq法曹さん
>もう限界かと思います、私は。
のコメントにみられるように、
司法も法曹(psq法曹さんのような高度の専門家)も現実に使い方がわからず使用できないような刑法は、道具の用を為さぬなら危険物として廃棄されるほうが安全でしょう。

そのうえで、
>>No.232 どうだろうさん
の結果重罪に対する厳罰化法改定よりも、行為軽罪部分をいまより少し重罰化して取り締まり運用の厳格化をはかる、に同感です。
broken-window理論の正しい実践ですね(笑)。
同じことをここで多くのみなさんもお書きだと思います。
>>No.201 通行人1さん のP.S.もそうですよね。酒好きですがまったく同感です。

僕は、中学時代に轢き逃げにあった
同期の女の子を見たことあります。
六ヶ月の複雑骨折でした。

彼女に対する「犯人は捕まらなかった」と言う話も
パンチパーマの先生から聞いた人間です。

だとしたら、「逃げるな!!」だけでいいと思います。
「法は逃げおおせる奴に甘くないぞ!!」と言うのが
法の役割なのではないでしょうか?

自分は、轢き逃げが十年と言うのは良くわかります。

>>No.238 どうだろうさん
>自分は、轢き逃げが十年と言うのは良くわかります。

同感です。

>No.213 hattyさん

>ぶつかる前に,急ブレーキをかけているのですね。

当該記事の「判決要旨」では、「事故状況」についてそのように書かれていますね。

ただ、加害車両が急ブレーキをかけたのかどうかについて、検察側、被告人側がそれぞれどのような主張をしていたのか、また、それについて法廷で争われていたのかについては分りませんでした。

判決要旨の「事故状況」の箇所には続けて下記のように書かれていましたので、少なくとも被告人の供述と一致しているのだろうとは思いますけれども…。

被告は「海の中道大橋」の直線道路に入った辺りから、右側の景色を眺める感じで脇見を始め、前を振り向くと突然目の前にRVが現れたと供述し、十分信用できる。

裁判を傍聴していればもう少し詳しい情報が得られるのでしょうね。


>80km/h〜100km/hで走行していて,そこから急ブレーキをかけ減速しつつ追突し,被告の車両をあそこまで壊す相対速度を,是非,交通事故鑑定人に調べてもらいたいです。

そうですね。
事故直前の加害車両のスピードについて法廷で争われていたのかどうかについて、私は存じ上げませんが、気になる点です。

どれ位の相対速度で衝突すれば、当該被害車両のように破壊される可能性があるのかについて私には全く知識がないのですが、(もし未だ為されていないならば、)実証的な検証や分析が行われたら良いと思います。

まずは、No.209 ぼつでおkさんの下記コメントの通りになることを期待しています。

しかし検察がわ被告人側双方とも事実認定については不満があるようですから、いずれかが控訴すればさらに事実認定の面では解明が進むことも期待できるように思います。

追記:
被害車両が走行中だったのか、停車していたのかについて、法廷で争われたのかどうかに関しても分りませんが。
(また、被告人側が判決の事実認定や、判決で認められた事故状況について不満があるとすれば、どの部分なのかについても分りませんが…。)

個人的には、もし被告人が、その供述通り、事故直前までわき見運転をしていたのであれば、前方の車(被害車両)が走行していたのか停車していたのかも分らないだろうと思いますので、この件に関しては被告人が主張できる事はない筈だと思っています。

何度もすみませんが、訂正です。
No.241
×被告人が主張できる事はない筈だと思っています。
○被告人が「事実」を述べる事はできない筈だと思っています。
もしくは、
○被告人自身が主張できる事はない筈だと思っています。

No.237、238、239
>司法も法曹(psq法曹さんのような高度の専門家)も現実に使い方がわからず使用できないような刑法は、・・・

誉めらてているのか、けなされているのか分かりませんな(笑)
一応使い方や防御の仕方は分かっているつもりですが・・・(笑笑)

>・・・取り締まり運用の厳格化をはかる、・・・
「割れ窓」理論なんかより、18世紀にベッカリーアが同趣旨のことを言っています。法定刑を重くするよりも着実に検挙処罰することが犯罪予防になる・・・と。
(法律の世界は人間社会のものだけに進歩がありませんなぁ。)
もっとも、それをほぼ完璧にやると警察国家風になりますけどネ。

psq法曹さん にはいつも教えて戴いて、感謝しきりですm(_ _)m
危険運転〜の適用が難しさが良く解り、片や世間では事故や事件への感情的な反応が過敏になっている、とも思います。

法定刑を重くするよりも着実に検挙処罰することが犯罪予防になる・・・と。

個人的に思うだけですが、報道などでは検挙率の低下が言わることが増えたと記憶しています。
検挙と処罰の確実性に翳りを感じている人は厳罰化への主張に走るかも

>No.143 ガーネットさん
>被告人や今回の裁判長を汚い下劣な言葉で罵るのは本末転倒で>あり、正義のフリをした鬱憤晴らしでしかないと思います。
>光市弁護団叩きのときの動きによく似ているように

全部読んだけど
ガーネットさんが
加害者側を擁護するのが好きな人種ということがよくわかりました。
身内を事故で亡くしたときの加害者側の弁護士みたいなことばかり
言ってますから。

>>No.243 psq法曹さん

モトケン先生のブログに書き込んでくださる法曹のかたは皆さん教養もご見識も第一級の専門家のかたばかりと常々尊敬申し上げております。
わたくしも非法曹の他の皆様と同様懇切なるご指導ご鞭撻に常に感謝申し上げる者です。
けなしたりなど毛頭いたしませんですよ、あれはウラのない本心です(笑)。

私は率直に言って、この件については「刑が軽いな」という感想を持っています。
ただ、それを強く主張するという段階でもありません。何故なら、事実関係・法適用の問題・厳罰化による弊害について、リアルに想定できていないからです。今、このエントリ他で学ばせてもらっています。


そして、ここからが言いたい所ですが、 No.143 ガーネットさんの意見に同意します。
使い古された言葉ですが、巷の多くの人間が「無知の知」について再確認しなければいけないように思います。すなわち、自分が何について知っていて、何について知らないのか、また「何故、自分がそれについて許せないと思っているのか」を知っているのか。果たして自分の思考の立脚点をきちんと内省できているのか。

ガーネットさんのような方を見ると安心し、また心強く思います。

>>247
ガーネットさんも判決文を全文見ているわけでは無いと思われますが、その点はいかがでしょうか?

No.248 七誌さん

「ガーネットさんも判決文を全文見ているわけでは無い」

これは、お〜い紅茶さん に聞くよりもまず、ガーネットさんに聞くことが先だと考えます。判決文を全文見ているか、見てないのか?を。

ぐら虫さんがレスしている所を、速攻で答えてしまって恐縮ですが・・・


>No.248 七誌さんへ

七誌さんのNo.248コメントには、二つのロジックが潜むと思われます。
一つは、知識対象を「全て」に置き換えたこと。二つ目は、行為者の言動と切り離したこと。

どのような知識も「全て」を求められたら、無限に追求が続くことになります。
故に、あらゆる知識はある時点で妥協している部分的なものです。したがって、主張を構成する際には、その結論を導き出す要件が揃っているかが検証されれば良いのであり、それ以上を求めるならばあらゆる主張を不完全なものとして切り捨てる方向にしか働きません。

ですから問題は、ガーネットさんの主張に比して、事実や論理が足りているのかということになるかと思います。

私は、今回の判決を汚い下劣な言葉で罵ってもいない、強く批判してもいないガーネットさんが判決全文について知っている必要はないと考えます。


なお、これ以降はエントリ趣旨からずれるメタ議論に移行していくと思われますので、続けたければ小会議(その2)へ、お願いします。

>No.197 酔うぞさん

連休中PCから離れてましたものでコメントを頂いたのに遅くなり申し訳ありません。

こと福岡の事件に限って言うと、検察側は主として飲酒によって被告人が正常な運転のできる状態になかったことを理由として危険運転致死傷罪の成立を主張しているようですので、そうだとすると時速80乃至100キロの猛スピードを出したことは「飲酒の影響で正常な判断ができなかったことの一つの現れ」という位置づけをしていると考えられます。
このロジックの組み立てでは、毎時100キロの速度が被告人の運転技量と照らして「制御困難」なレベルであったかどうかは問いませんから、ある意味立証のハードルは低い。

しかしこれに対して裁判所は「終電の時間までにナンパに行きたいと考えた被告が道を急いでいた」という、飲酒の影響とは関係のない理由に基づいて被告人が猛スピードを出していたと説明することに不合理はないとしています。つまり飲酒による危険運転致死傷罪成立の根拠には当たらないと退けているわけです。(裁判所は「100キロ毎時の走行そのものが異常か異常でないか」と言う判断をしているわけではない)

では、改めて100キロ毎時の運転そのものを危険運転致死傷罪の構成要件として扱おうとするとどうなるかですが、単にその道でそんなスピードを出すのが非常識であるというだけでは足りません。100キロで走行したことで、被告人の運転技量では車が制御困難に陥っていたことを立証しなくてはいけない。
「速度超過のうえ前方不注視で先行車両に追突した」(つまり業務上過失致死傷罪)以上の出来事であることを、証拠に基づき明らかにしなければなりません。それは、殆んど不可能な立証じゃないでしょうか。

端的に言って、法律の条文にある制御不能な高速度を出した場合というのは、首都高湾岸線を二百何十キロで走り回る所謂ルーレット族だとか山坂道を百何十キロ出して駆け回るローリング族、その真似事をする連中が起こす事故をイメージしている(しすぎている)と思われます。

私も、No.188の法務業の末席さんと同様、この条文には問題が多いと感じていますが、それは自動車事故が本来的には過失(自殺や殺人を貴としているのでもない限り、通常は事故を起こしたいと思ったり起こしても構わないと思ってハンドルを握るドライバーはいない)によって生じるものだとの原則に抵触しないようにしつつ、限定的な類型に対してはより重い罰を科そうとしたために生じたいびつさに原因があると思っています。
その「限定的な類型」を明確にイメージしすぎているために、構成要件が中途半端に抽象的(≒曖昧)で、かつ条件が厳しいのではないかと。

車を文字通り凶器として用いて人を殺傷する事件があります。アーケードの中や駅の構内をトラックで走りぬける等の事件です。
これとおなじ認識を持った運転を道路上でしているかどうかを、外的証拠から証明することは不可能ではないでしょうか。
危険運転致死傷罪は罪刑法定主義の埒外の空集合的法律で、刑法から排除すべきものだと思います。

すなわちこの法律を基に現実の事件である人の運転の罪を論ずることはできないと思います。

No.247 お〜い紅茶さん、ありがとうございます。

私も、No.251 惰眠さんの「いびつさ」のご指摘は誠に重要であると思います。法体系上、危険運転致死傷罪があくまで故意犯であることを維持するため、一定の危険性を備えた行為に対する故意を要求しなければなりません。しかし、「飲酒運転」それ自体は必ず事故が発生するという程危険な行為ではありません(もしそうであれば、現在も飲酒運転が横行している状況では日本全国事故だらけになります)。なので、「事故を起こす蓋然性が極めて高い危険運転」に行為を限定して故意犯であることを維持しているのです。

これは確かに法定刑を引き上げるという目的が先に来ているという事情が影響しています。業過致死傷の法定刑だけ上げればよかったのかもしれませんが、例えばそれを懲役20年以下の刑としてしまうと、多くの故意犯より重くなってしまい、刑の不均衡が生じてしまいます。なので、故意犯にして重くしたというわけです。過失犯を重くというのは、それでもいいといえばいいのかもしれませんが、現代刑法の根本的考え方を覆しかねないことになってしまいます。では、全ての故意犯を重くせよという厳罰主義に走りがちですが、それですべての問題が解決するほど社会は単純ではありません。

今回の事件は、事実認定は外野には分からないことも多いですが、量刑は議論できると思います。殺人罪の刑が平均12年とすると、結果が重大とはいえ、それより重いのはやはり不均衡な気がします。なぜなら、「こいつを殺す」と思って実際に殺したというのと、何も考えずにただ飲酒・脇見運転をしていて事故を起こしたというのでは、どちらがより非難に値するかというと、やはり前者だと思うからです。

No.250 お〜い紅茶さん
No.253 ガーネットさん

私の方が僭越で申しわけありません。
私としては「判決文を全文見ている」が気になってNo.250で お〜い紅茶さんも書いていますが、「どのような知識も「全て」を求められたら、無限に追求が続くこと」になると判断しました。
そしてその「論理」(判決文を全文見る)を適応するとこのブログで書けること、書ける人が限定される可能性があると考えました。

本来は、上のようなことを直接書けば良かったのですが、七誌さん が私に聞いているわけではないので二人の名前を借りてNo.249 を書いたのですが、だいぶことば足らずだったので、すいませんでした。


>>No.248 七誌さん

もし何か返答があれば、小会議(その2)でお願いします。

素人のたわごとですが、危険運転致死傷罪の範囲を広げて(量刑の範囲も)、交通規則に違反しておきた事故を全て入れればよいように思います。せっかく運転事故のためのみにある法律なんだから、もはや業務上過失致死罪に遠慮せず(厳罰にするかどうかはおくにしても)気合を入れて作りこんでほしいです(^^;

 法廷速度の倍の速度で脇見を12秒する運転が危険でないなら自分でやってみれば良いと思うよ。 目隠しして高速道路で12秒運転出来るかをね。 普通の精神状態ならまず出来ないから・・ まぁ〜レーサーとかなら知らないけどね(笑)

 因みに100キロで12秒脇見をするってことは330メートル以上を目隠しで運転するって事。 それが過失ってレベルかと聞かれたら俺は過失でないと思うね。 1・2秒の脇見とかの過失とは意味が違うよ。

>>No.255 とさん
>気合を入れて作りこんでほしいです(^^;

私もそうして欲しい。警察庁と法務省の思慮が足りないがためこの危険運転致死傷罪が名のみの空法空令になったことを思うと、道交法も改正されたことだし問題の大きい法律はこの際気合を入れて削除して作り直せばよいと思いますが(笑)。

意図的に目をつぶったり脇を見ながら100km/hで12秒間走ればそれは疑う余地もなく危険運転です。
しかし、この事件における12秒間脇見をしていたというのは、気付かずにぶつかった→少なくとも12秒以上は前方を注視していなかったという結果からの推測なので、その例えは正確ではありませんね。

世間一般で言う危険”な”運転ではありますが、同じ危険”な”運転でも
危険性を十分認識していながら敢えて危険な運転を行ったか、危険性を十分認識せずに危険な運転を行ったかによって故意か過失か区別されてしまうのではないでしょうか。

まぁ、本人の意識だけを問題にしてしまうと、わざと事故を起こそうとしているか、スリルを楽しもうとしていたのでもないかぎり、危険性を十分認識しているような危険な運転をすることは考えにくいかもしれませんが。

>No.255 とさま
>No.257 ぼつでおkさま

作り直しは歓迎しますが、あまり「厳罰化」に気合いを入れ過ぎて欲しくないですね。

私自身はゴールド免許ですが、郊外のバイパスでは法定速度を超えた車の流れに合わせて運転してますし、数秒間の脇見運転や、少々考え事しながらの注意力散漫で、ヒヤッとしたことは日常茶飯事です。18歳で免許を取ってから30有余年で事故と言えるのは、車対車でお互いのンパーをツブす程度で済んだ物損だったり、バックで電柱にガシャコンとやった自損事故だったりで、ありがたいことに人身の経験はありません。

ですがこれは全て運が良かっただけで、チョットしたことで自分も大事故の当事者だった、という冷や汗ものの経験は沢山あります。自分のゴールド免許は単に「運」が良かっただけだと思っていますし、交通事故には120%完璧な安全運転を心がけていても避けられない、言うなれば「運」の要素がかなりの部分あると思っています。

被害者が全治1ヵ月の入院という事故を起こしたとき、法定速度を30%超過のスピード違反だったので実刑判決、などという厳罰化は実現して欲しくありません。もし仮にそんな厳罰の時代が到来したら、私は免許を返上して歩きます。

>No.257 ぼつでおkさん
うーん・・・確かに世間一般がその言葉からイメージする「危険運転」と、条文が処罰対象として定義している「危険運転」の間にかなり大きな隔たりがあることは事実でしょうが「名のみの空法空令」と言うのは見方が厳しすぎませんかね。実際に同条の適用例も少なからずあるわけですし。

なお、私は飲酒運転者が引き起こす事故を過失扱いすることには異論がありますが、No.255 とさんが仰るような形での拡大には賛成できません。
誰もが、意図せずに引き起こす可能性のあるミス(=過失)を何でもかんでも犯罪扱いしてしまうということは、やや誇張して言うと「車を運転すること=犯罪の準備行為」と見なさざるを得なくなることでもあるからです。これは不合理です。

同じように他人の身体生命に直接的な損害を与えうる免許業務として、医療行為に当てはめて考えると、この不合理さは多分もっと際立ちます。
患者が健康を取り戻すことを企図して行う医療行為を、仮にその過程で何らかのミスがあり傷つけたり死亡させた場合には一律「犯罪」として処罰するとなると、そもそもの位置づけとして医療行為自体が犯罪性を内包した一種の準備行為であるということになってしまう。
そのロジックに従えば「医療従事者は全て犯罪者予備軍」と言うことです。こんなおかしな話はないでしょう。

 こういう、悲惨な被害を受けた犠牲者がいる事例のトピックでは、得てして「そういうお前の家族が同じ以外にあってもそういうことが言えるのか」というような情緒的な反応をする人が見受けられます。心情的には分からないでもないけれども、それならばと逆に問いたいのです。
 あなたの大切な家族や親しい友人・恋人が、ついウッカリの過失で事故を起こして誰かを死傷させてしまった場合、その肉親や友人に向かって『お前のやったことは過失(うっかりミス)なんかじゃない、意図的な殺人と同じだ』と罵倒できるのか。
 『3人も殺したんだからお前も3回死ね』と突き放せるのか。友達や家族が裁かれている業過致死傷事件の法廷に情状証人として出廷して『この友人(または自分の親兄弟)に有期懲役刑なんて生ぬるいので死刑にしてくれ』と言うのか。
 自分の友人や肉親の「ミス」を、こういう風に糾弾する人物って、人間的にどんなもんなんでしょう。

 だから(「だから」で繋ぐと接続詞の使い方として変ですが)裁判など法律に基づき物事を判断する局面では、情緒や感情はできるだけ排除せにゃならんのです。

>No.259 法務業の末席 様

私も同じく30年近くざっと40万kmぐらい運転し、物損加害1回、追突被害2回、人身なし、という幸運に恵まれたドライバー生活を送っています。昔、交通事故で亡くなった職場の先輩のお通夜・お葬式で会社側のお世話役として車で動いていたとき、エライ人たちからは一様に「お前は免許取りたてやから、運転するな」と言われましたが、社長車運転手の人だけが「あすはわが身やで、お互い気ィつけよな」と仰ったのを思い出します。

でも、少なくとも飲酒(や麻薬を服用しての)運転の厳罰化は必要だと思います。風邪薬や頭痛薬については議論が必要だとは思いますが(別スレのバス事故にも絡みますので)、千里の道も一歩から、です。
もう一つ言えば「運転手からアルコール検知→エンジンかからず」の飲酒運転防止装置の搭載を義務付けすることも必要でしょうね。
(とは言っても、違法改造するような修理工場が装置を取り外したり、インターネットで「飲酒運転防止装置を無効にする方法」が流れたりするのかも知れませんが)

>No.261 通行人1さま

>「あすはわが身やで、お互い気ィつけよな」
交通事故の当事者となる不幸は、この一言で全てが語られていると思います。

ホント日々車を運転していると、「あすはわが身」と思うことの連続です。交通違反や事故を起こした者の「厳罰化」だけが突出すると、他の犯罪と刑罰のバランスを欠いたり、惰眠さんが言われるように「車の運転=犯罪予備行為」という、非現実な事態になりかねません。

いにしえの中国、漢の高祖(劉邦)が秦を倒したとき、秦の行き過ぎた法治主義により逆に国内統治が混乱し、民が疲弊している現実を目の当たりにして、李斯が廃し、殺人・傷害・盗みの三罪のみ定めた「法三章」に改めた故事が思い出されます。

秦の丞相李斯の法は韓非の法治主義を実践して定めた複雑な法制で、罪の種類は多いが法令の解釈は不明確で恣意的であり、ある条件下では人間誰でもそうせざるを得ないような行いまで厳しい罰則を課していました。しかも親族への連座制もあって、無辜の民が苦しんだ法制でした。

この秦時代の李斯の法は、曖昧な法は無効という明確性の原則の考え方や、解釈が不明確であると恣意的運用となり易く、法としては良くない事例として、現在では法学の場で良く例に使われます。

危険運転致死傷罪の刑法第208条の2や道路交通法の厳罰化も、行きすぎると21世紀の李斯の法となりかねず、「一般人の感覚」を刑罰の基準とする厳罰化を推し進めると、法による抑止力の効果より混乱という弊害が大きくなる可能性が高いと考えています。

抑止力ということであれば仰るとおり、法による厳罰化よりハード面での抑止機構の搭載の方が憂苦でしょう。「アルコール検知ロック」や「スピードリミッタ」あるいは「車間距離の自動検知警報」等々、技術的にすでに出来上がっていて、コストさえ負担すればすぐにも実車搭載できるようですね。あとそれらを無力化するウラ技に対する罰則は厳罰化賛成です。

上記投稿のタイプミス訂正です。

上から9行目
>民が疲弊している現実を目の当たりにして、李斯が廃し、殺人・傷害・盗みの…
→「李斯が廃し、」は消し忘れです

下から4行目
>法による厳罰化よりハード面での抑止機構の搭載の方が憂苦でしょう。
→「憂苦」は「有効」のタイプミスです

>No.259 法務業の末席さん

私も厳罰化で過失がなくなるとは考えていません。科料が大部分を占めるようなものでも良いと思います。ただ、業務上過失致死と違い、実情に合わせて細かくいじれるのではないかと思います。

余談ですが、北海道では冬になると交通事故死が減ります。たかがスピード違反とは侮れないと思います。私は過激派なので、緊急車両を除き、全ての車に60キロリミッターを義務付けてモーダルシフトしてしまえばよいと思っています(^^)

ハードウェア面で出来ることはたくさんあるでしょう。
この事故の間接的ではあるが、被害を大きくした理由に前車が後方を全く見ていなかったのではないのか?と思っています。

一説では30キロ程度で走向していたという情報も流れていたと思いますが、追突されて欄干を10メートル壊して海に転落していますから、一種の暴走状態でしょう。

これが、追突警報装置があれば死者が出なかった可能性は高いと考えます。

わたしは、渋滞停車中の橋の上の一本道で推定70キロから急ブレーキ状態で追突されて全損になった経験がありますが、急ブレーキ音でバックミラーを確認して、身構えた瞬間に当たりました。

結果的に身体はほぼ無傷で一回医者に行っただけでした。

あ、そう言えば「急ブレーキを掛けて回避しようとしたが追突」のようですが、どうなのかな?前車は全くの無防備状態で突っ込まれように感じますね。

というわけで、後方からの追突に警報を出す装置はバックモニター用のカメラにソフトウェアを加えればすぐにも実現しそうです。

全く別の話ですが、少年サッカーチームのマイクロバスから小学生が転落した事件で「なんで走行中の車のドアをロック外して開けることが出来るのだ?」と疑問が出てきました。
(問題の事故はロックされてませんでしたが)

走行中の車のドアを開くことが出来るメリットは全く無いですよ。
車速感応型のドアロックは広く普及していますが、基本的な考え方が「人がドアロックすることの自動化」なんですね。

だから「走行中にもドアを開くことが出来る自由を担保している」とでも言うべきなのでしょうが、こんなの考え方を切り替えても問題ないと思います。

そんなわけで、ハードウェアとしての自動車には「古くからの慣習」のようなところが多々あります。

検察が控訴しましたね。
見通しのいい直線道路で直前まで被害車両を発見できなかったことをもって「正常な運転が困難な状態」とする立論のようです。・・・苦しいなあ。そのくらい、居眠りやわき見でも起こるもんなあ。

>No.266 惰眠 さま

見通しのいい直線道路で直前まで被害車両を発見できなかったことをもって「正常な運転が困難な状態」とする立論のようです。・・・苦しいなあ。

同感!

飲酒酩酊の立証に失敗した時点で、控訴審は検察にとって厳しいものになると思っていました。今さらながら、現場での呼気検査や、酩酊度の証拠収集に手抜かりのあった捜査が残念です。警察官も裁判での危険運転致死傷罪の適用要件が、これほど厳しいものと十分に理解していおらず、「酒気帯び」と「飲酒により正常な運転が困難」とはすぐお隣ではなく、1000劼睥イ譴秦瓦別の概念だとは思ってもいなかったから、酒気が検出されたからOKと気軽に構えた結果でしょうか。

飲酒での運転能力低下について新たな証拠が出せないと、控訴審も大して審議に時日が掛らずに判決となるような気がします。

>>No.266 惰眠 さん

>見通しのいい直線道路で直前まで被害車両を発見できなかったことを
>もって「正常な運転が困難な状態」とする立論のようです。・・・苦しいなあ。

のコメント中ふと「被害車両」を「前方交差点内の大型バス」と置き換えてみますと、高知白バイ隊員死亡事故の運転状況が連想されました。トピずれですみません。

>No.264 とさん

>緊急車両を除き、全ての車に60キロリミッターを義務付けてモーダルシフトしてしまえばよいと思っています(^^)

一般道なら良いかもしれませんが、高速道路のときはどーします?
ゲート通過したときに感知して100キロまで出せるようにする・・・みたいな?

被告人側も量刑不当を理由として控訴したそうです。

再三ご紹介している春霞さんのブログでも既に

業務上過失致死傷罪の適用を前提とした場合、今林氏は、「愚かな行為をとり申し訳ない。できることを怠ることなく償っていきたい」と謝罪し、保釈後は、亡くなった3児のため朝夕に読経を続けているというのですから、真摯に反省の態度を示していると判断可能です。

そうすると、量刑につき、業過致死傷と道交法違反の併合罪では最高刑(事件当時)である懲役7年6月としたことは、3人を死亡させた点と被害者感情に配慮したとはいえ、懲役7年6月という量刑は不当に重過ぎるといえます。控訴審では5年以下の懲役になる可能性すらあります。
との指摘がありますが、感情の問題を別にすれば必然的な展開と言うべきなのでしょう。

もっとも、裁判における「理」と、世間一般の「感情」は時として水と油だったりしますので、トータルで考えたときにこの被告人側の控訴が当人にとって利益になるのか、ちょっと微妙な気がします。
法理の問題として見るならば、春霞さんが指摘したように、控訴はする「べき」なのですが・・・。

春霞さんのブログは全面的に賛同する気にはとういてなれないのですが、裁判所が認めた事実が確定するならば本件は懲役2から3年下手したら執行猶予付き というところが妥当なのでしょうね。
・酒気帯びは軽微(泥酔ではない)
・酒気帯びであったとが通行に支障はない(それほど運転技能も卓越している)。
・事故原因は単なるわき見
・事故後、水を求めるなど(アルコール濃度を下げる効果があったかどうかは別として)状況判断は極めて正常。

この事実認定で、業務上過失致死の最高刑が下っては「なんでも最高刑になりうる」可能性もありますね。
事実認定だけ見れば、よくある不運な事故とも見れます。
※この事故が起きた時点では「ひき逃げ:救護義務違反」はそんなに重たい罪ではないですし、橋から車が落ちてしまったのでは手の施しようがない…というのも事実なのでしょう。

しかし…飲酒が(正体不明に泥酔している状態ならともかくも)運転技能に影響を与えないものならば、なぜ道路交通法で飲酒運転を禁じているのでしょうか?
本判決は飲酒運転自体は交通に何ら脅威を及ぼさないと言っているように思えます。

もっとも私はお酒が好きですが、すぐに眠たくなってしまいますので(お酒を飲んで)運転するつもりはありませんし、飲酒運転したこともありません。

被告側も控訴しましたね。
被害者側が居眠り運転していた、との事ですが、そう主張される根拠は?
すみません、裁判の記録を全て読んでないのでよくわかりません。
お教えいただければ幸いです。

この事故では業務上過失致傷は認めても業務上過失致死は認めがたいと思われます(>>No.229でたてた仮説が正しいとすればですが)。裁判長が量刑上救護義務違反を最も重大視したのもその辺りを勘案してのことではなかろうかと想像しております。

1 春霞さんって学者・研究者さんですかね?
 あるいは「人権派」弁護士?(まあ、勝手な憶測にすぎませんが)

2 幼児が3人死亡している事件で、酒気帯び運転・轢き逃げが加われば、現在の量刑事情からすれば5年以下ってことはないと思いますよ。
 昔は法定刑(処断刑)の上限を言い渡すことは殆どなかったものの、最近では珍しくはない。

3 事故後の反省を考慮しても、ちょっとだけ差し引くことはあるでしょうが、5年以下になるには示談が成立し、遺族が嘆願書を出した場合じゃないでしょうかね。
 もちろん執行猶予は有り得ない。

4 「可能性すらある」ということですが、論理上の可能生はどこにでもあるわけで、それが「高い」とは言っていない。
 おそらく熱くなっている社会への警告の意味で書いているだけで、御本人も5年以下になるとは思っていないでしょう。

あ、すみません。
>>No.273は「業務上過失」ではなく「危険運転」致死傷のつもりでした。お詫びして訂正いたします。

>>No.275続きです
道交法上車の運転は資格を免許されて行なう業務です。運転業務のうちには事故に遭遇した場合人命第一に救護活動を行なうことも義務として含まれていたと思います。
その意味で飲酒による酩酊度がどうであれ、事故が生じた当時いったん逃走を図り車が動かないとわかると直ちに友人に身代わりを頼むなど状況を認識する能力は十分であったのに、相手の生命身体の被害状況を全く思いやることなく証拠事実を捏造してまでも自分の保身を第一にはかる行為が認められたことは、被告人本人にとっても事故の被害者にとっても社会にとっても非常に残念なことでした。
この救護義務放棄行為は単純な道交法業務上過失とは言えず、放棄することに故意が認められるから傷害や傷害致死の刑法違反相当の処罰であるべきのように思います。

て、色々無い知恵絞って四苦八苦書いてますが、こんなことなら裁判長が最初から判決文をもっと説明的に書いてくれたらよかったのになーと今ふと思ったりなんかして(笑)。

あ・・・270の記事ではブロッククオートし間違えました。
閉じた後の「そうすると〜すらあります。」のセンテンスも引用です。失礼しました。

>No.274 psq法曹さん
氏のブログで対話したときに抱いた個人的な感想ですが、学者肌の人だなぁと言う印象は持っております。原理・原則をきちんと踏まえ、理詰めで語っておいでになるあたり、ちょっとばかり大学卒業後研究者の道を歩んでいるゼミ仲間(頑固な奴だった・・・)と往時にやり取りした応酬を思い出しましたが、それもあって抱いた印象だと自己分析してます。

 問題のステージをきちんと切り分けて――福岡の判決に関しては法の文言の読み込みと判決内容の理論的検討にとどめ、安易に「べき」論や「立法論」に足を踏み出さないストイックさには頭が下がります。
私にゃそれができない(笑)。

 これを実務レベルで「現実的に」考察すると、psq法曹さんがおっしゃるようなことになるのだろうと思います。

いつも思うんだが、惰眠ってアホだよな

では、ちょいと調子に乗って実務家のくだらない発想(の一部)を御紹介します(笑)

1 この事件が1審判決どおりに認定され、事情も変わらないとして、懲役7年半より下がる発想というのは、次のようなもの。

(1) 法定刑(処断刑)の上限刑は、同じ罪名でこれ以上悪質な事件は想定できないという場合に科されるべきだと考える場合。
 逆に言えば、今後もっと酷い事件があったら同じ刑(7年半)しか科せないのはおかしいでしょっ、という発想です。
 要するに、後々のためにも無闇に上限刑を科すなというものです。

(2) この事件と全く同じ事件が起きたとして、自動車に乗っていた全員(定員一杯でもよい)が死亡することが考えられるので、本件より悪質な場合というのは容易に考えられる。
 したがって、本件では上限刑を科すべきではない、と考える。

(3) 昔の発想が残っている控訴審の裁判官に当たる。

2 そういう発想はおかしいとは思いますが(酷い事件を考えればいくらでもあるため)、無いわけではなく、(1)〜(3)の条件が重なれば、懲役5年〜7年になるでしょう(それでも5年を下らないと思います)。
 もちろん、このような発想をしたとしても、判決文でこのような理由を書くわけはなく、「被告人の反省の情が著しい」という理由を付けて下げるのです。

3 春霞さんが「不当に重い」という表現をしていたと思いますが、控訴審が刑を下げた場合、結論的には仰るとおりになると思います。
 しかし、その背景にある事情・発想は、(1)〜(3)のようなものではないかと考える次第です。

4 量刑というのは「この刑でなければならない」という絶対的数値として決まるのではなく、許容範囲内ならよいという幅のあるものですので、念のため。

先読みしすぎました(笑) 

> No.279 psq法曹さん
ありがとうございます。
1980年代の最終盤から90年代の初めにかけて私が大学で習ったのは、1−(1)や(2)のようなことだったように記憶してます。その時の教授、確かヤメケンじゃなかったかなあ・・・なんてことも思い出しました。

昔は法定刑(処断刑)の上限を言い渡すことは殆どなかったものの、最近では珍しくはない。
私の場合、その「昔」の相場感覚が染み付いているせいでしょうか、満額回答と聞くと「うわっ重っっ」と感じることが多いです。 言ってみりゃ「おまえさん公判でアレコレ弁解したし、情状を訴える証人も出してきたけど、そんなの関係ねーから。全部無駄だったね」みたいなもんじゃないですか。 法の定める期間の長短は別にして、やっぱり「重い」「厳しい」判決だってことじゃないのかなあ。

すいません。ちょっとした相談です。
今年の3月29日に交通事故にあいました。
私と母親が乗っていた車が青信号になって交差点に進入したときに信号無視をした車が突っ込んできて車に追突(前方)して逃げました。車は動いたのでそのまま私は助手席に乗ったまま110番通報しながら追っかけて(1km程度)逃げていきました。
その後、私は病院に運ばれて母親は現場に戻り警察の実況見分を受け、そのまま私も母親も帰宅しました。
その後、警察から連絡が入り犯人を捕まえたそうですが本人は帰ってから酒を飲んだといいはったそうなので私は本人に連絡して酒を飲んで運転していたことを白状させ、次の日に鹿児島から親が来て飲酒を認めていました。
その後、警察は数ヶ月間調べるのに時間がかかる、今別件で忙しいなど色々と言い訳をしていました。
やっと私たちの病院も終わり(完治していませんが)、警察にどうなったのか?尋ねたら今さら警察が着てくれと言われました。保険屋からは事故証明があがってないので保険は払えない。と言われた挙句の警察の対応でした。
近日警察に行きますがどういう対応をしたらよいのでしょうか?
半年間ほっとかれて私たちの心は心外の気持ちでいっぱいです。この様な警察の対応。許してよいのでしょうか?
対応警察署は行橋署です。なにかアドバイスあればよろしくお願いします。

>No.282 sim さん
 このブログ趣旨として、法律相談の性質でないことはご存じと思います。

 そこで、あえて僭越ながら答えさせて頂きます。
1.まず、自身の加入されている自動車損害保険会社に相談をしてみる。自陪・任意保険立て替えのケースあり。(飲酒運転の場合、加害者の損害保険会社(免責条項等)が支払いを拒むケースも多いです。)
2.その結果に応じて、行政機関(市・県)が行っている法律相談窓口(要予約)へ内容を克明に記録し、すぐに相談できるように対応しましょう。できれば、法律相談時に管轄の警察署事故係の連絡先を持参し、その場で事故証明書の交渉して頂きましよう。多少早くなるでしょう。
3.現実的に事故証明が数か月かかるのはまれです。加害者の主張が相違している可能性があります。
 実況見分には立ち会われましたか。実況見分がされてない以上、事故証明書はでません。
 
 以上の記録、状況を書面に克明に記録し、訴訟の準備をされた方が、良いかと思います。
 しかし、加害者に資力があるかが門題です。

 刑事上の責任を追及することは難しいと思います。せめて、行政処分(免許取り消し等)程度でしょう。

 詳しくはヘルプ>法務業の末席さま
 

No.283に追記。
 

その後、警察から連絡が入り犯人を捕まえたそうですが本人は帰ってから酒を飲んだといいはったそうなので私は本人に連絡して酒を飲んで運転していたことを白状させ、次の日に鹿児島から親が来て飲酒を認めていました。

 ということですので、実況見分の内容で揉めているのでしょう。

2.その結果に応じて、行政機関(市・県)が行っている法律相談窓口(要予約)へ内容を克明に記録し、すぐに相談できるように対応しましょう。できれば、法律相談時に管轄の警察署事故係の連絡先を持参し、その場で事故証明書の交渉して頂きましよう。多少早くなるでしょう。

 の方法をしてから、警察署にいきましょう。
 この事故は「人身事故」です。
 訴訟も準備しています、と一言付け加えましょう。
 

>>詳しくはヘルプ>法務業の末席さま
ということですので、福田 出 さまの補足をいくつか。

(1)事故証明書ですが、請求先は警察署ではありません。
 各都道府県の自動車安全運転センターに、郵便局から請求します。
 (発行手数料は1通600円+送金手数料70円)

(2)事故証明書には、事故の原因、過失の有無や双方の過失割合、
 損害の程度などは一切記載されません。

(3)何処で、何時、誰と誰が関係して、それぞれの加入保険会社は何処か、
 そして事故形態(人対車輌、車輌相互等)などを証明するに過ぎません。

(4)いわゆる過失割合というのは、この事故証明を元に保険金を支払う
 保険会社が判定します。(示談の時は相互の話し合いで決める)
 この判定をする保険会社社員を査定員とかアジャスターと呼びます。
 そして判定基準が通称青本(保険会社)と赤本(弁護士会)です。

(5)加害者が逃亡(ひき逃げ)しようが、飲酒が原因であるのかどうか、
 警察が刑事責任の捜査中であっても、事故証明書は発行されます。

(6)282の投稿者は、被害者から加害者への賠償請求についても
 警察が関与してくれると勘違いしているように感じます。
 加害者への行政処分(反則金や反則点数による免許停止など)と
 刑事処分(道交法違反や業務上過失致死罪などでの送検と起訴)等には
 被害者に一通りの説明はしますが、どのような処分内容とするかは
 捜査当局(警察と検察)の専権事項です。

(7)被害者として刑事処分などの報復感情に拘るより、
 民事上の損害賠償を急ぐ方が最優先事項です。
 自賠責に関しては被害者側からの請求も出来ますが、
 何にせよ事故証明書が無いとどうにもなりません。
 郵便局から自動車安全運転センターに事故証明書を請求することです。
 事故証明書には加害者の住所氏名電話番号、自賠責保険の会社名と番号が
 記載されていますので、その自賠責の保険会社に請求できます。
 相談先は、日弁連の交通事故相談センター(全国152ヶ所)が一番です。

>No.285 法務業の末席さま
ご教授ありがとうございますm(_ _)m

>No.282 sim さま
 私の記憶では、事故証明書請求様式(郵便振替用紙)は警察署または交番で配布を受けることができます。
 なお、事故の時には警察官から事故証明書の交付方法の説明がある筈ですが?(実況見分後、2週間程度待ってから請求してください、と)
注:郵便局の配布している用紙は、振込先、記載内容等が表示されていません。(自動車安全運転センターがとっても嫌がります)
No.282 sim さまの

 保険屋からは事故証明があがってないので保険は払えない。

という説明は、(加害者側保険会社、ご自身の保険会社によりますが)
 一般的に損害保険会社は、事故証明書請求様式(郵便振替用紙)の予備を保管しています。
1.加害者側損害保険会社場合は、
 請求したが、警察署事故担当の書類が上がっていないため、事故証明書の配布を受けられない状態。または、支払の検討中(飲酒等)のため、それを言い訳にして保留している。
2.ご自身の損害保険会社の場合は、
 請求したが、警察署事故担当の書類が上がっていないため、事故証明書の配布を受けられない状態と考えられます。
3.「あなたが取り寄せてください」という説明をされないケース。

 半年間放置ということであれば、損害保険会社に頼るのなんですので、ご自身で、警察署事故の処理状況再確認と事故証明書請求様式(郵便振替要旨)の交付を受け、郵便局で振込み取り寄せ損害保険会社に提出することをお勧めします。

 行政の法律相談窓口(弁護士対応)でも法務業の末席さまのご教授の日弁連の交通事故相談センター(全国152ヶ所)を紹介されることがあるようです。
注:リンクできるようになっています。

 

No.286の追記

 自動車安全運転センターへの事故証明書請求方法は、3種類あります。
1.郵便局で郵便振替用紙で申請
 (様式は、警察署・交番・駐在所・損害保険会社・農業協同組合等に備え付けてあります。) 
2.自動車安全運転センターで直接請求
(都道府県の自動車安全運転センター事務所に:センター所在地
3.インターネットを使って請求
http://www.jsdc.or.jp/center/location/index.html
(注意事項をよくお読みください)

 事故証明書は交通事故の加害者側も請求できるので、sim さまの責任ではないように思います。(相手の損害保険会社は既に入手している可能性があります)

No.286正誤
一部において
正:郵便振替用紙
誤:郵便振替要旨

謹んでお詫び申し上げます。

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