タイトルは「柳美里の件」ですが、批判対象は週刊誌などのマスメディア、さらには権威一般です。
少なくとも、新聞記者にせよ週刊誌記者にせよテレビ記者にせよ、その取材方法から対応まで、取材対象から逆に監視され公開されることは覚悟しておいた方がよい。
個人の情報発信力はまだまだマスメディアに及ばないと思いますが、一矢を報いる程度の力はあるように思います。
もちろん、相手と場合によっては一矢を報いると100万本くらい返って来る可能性がありますが、腹を決めればマスメディアだって全くの無傷というわけにはいかないと思いますので、インターネットの発信力は一つのチェックアンドバランスの機能を果たすようになってきているのかも知れません。
そして、このような発信力は単なる権威(中身のない権威)を崩壊させる力も持ち得るようです。
そのような監視され公開されるリスクは、今まで相手にメディアがなくて泣き寝入りを強いてきたあらゆる職業(専門家とか教師とか)にいえることでもある。
もちろん、弁護士、検事、裁判官にもいえることですね。
同感です。
「取材の可視化」はメディアのあり方を改善するためにあるていど以上の効果はあると思います。
太田編集長は、
と述べているようですが、「逆取材されただけ」と思うべきでしょう。
同意します。さらにいえば、ネット・ブログの情報発信力が高くなればなるほど、現在のマスコミが受けているのと同じように、社会からの圧力が高まると思います。
ブログに対する法規制、倫理委員会の設立、ブログの内容に対するルール・モラルの議論、ブログ叩き、ブログ主に対する名誉毀損訴訟etc.が日常的になってくるでしょう。
マスコミは社会的責任を担っており、私はマスコミが社会的責任を負っていないのではないかと批判することがあります。同じことがブログにも言え、ブログ主は情報発信力にしたがって社会的責任を担っており、社会からその社会的責任を負っていないことを批判される日が、やがて来るのかもしれません。
インターネットの普及は個人の意見を強め、一般人からの監視機能が強くなったという話ですね。
ただ、今回の件も職業ではなく一個人にも当てはまる話だと思いますが、クレーマーや名誉毀損みたいな話も出てくるわけで、道具の発達はいつも功罪ありますね。
で、何でも使う人のモラルが問われるということは古今東西変わらないというところですか・・・
エントリのタイトルと内容にギャップを感じましたが、なるほどという気がしてきました。
「窮鼠、猫を噛む」という言葉を思い浮かべましたが、リンク先の情報を読んだところ、猛女という印象で、日本にもやはりこいう人がいるのかと感じました。
検察官の取調べ状況を録音して、反撃に使った例も出ていますが、情報機器、情報通信の発達は、確かにこの先も世の中を変えていくのかもしれません。
諸刃の剣ということもありそうです。
こちらのブログでも度々取り上げられている志布志冤罪事件でも、マスコミ関係者が取材対象の人に、台本のようなメモを渡し、そのまま読み上げるように指示したと、以前どこかのブログで見た覚えがあります。もう2年近く前かもしれません。
いろいろ参考になる問題です。
>>No.2 しまさん
の論点着想力の鋭さと豊富さにはつねづね敬服しておる私ですが、ブログ主がマスコミと同等の社会的責任を有するようになるというご予想についてはいささか賛同いたしかねております。
私としてはネット上の意見とは、現実には二条川原の落書や鳥獣戯画のごとき同時代には作者不詳のようなバーチャルな存在どまりであろうし、現実社会に対して蜂起するというような首尾一貫した論理的整合性のある思想体系がネット上で構築されることなど起こらない混沌なままの存在であり続けるだろうと予想しているからです。
十人いれば気は十色、みたいな(笑)。
こんばんわ
>>No.5 ぼつでおk(医)さんへ
匿名が前提ならそうでしょうけど、実名のプログの場合、かなり影響があると思いますよ。
マスコミを介さずに発言できると言う利点があるので、マスコミに変に加工されたくない場合の発言方法として定着していくのでは?
ただしリスクとして発言が文書として残ると言う事を考慮しなくてはなりませんが。
条件付でモトケンさんの考えには同感です。
ご紹介の記事にあったような(ストーカーかどうかは兎も角として)馬鹿な取材者がさらし者にされ淘汰されていくのは当然と考えますし、早くそうなってもらいたいと願うものですが、私は少なくとも猫も杓子もが情報発信者たりうる現状において、ネット媒体によるチェック&バランス論をそのまま受け入れることはできません。
玉石混交と言うのならば、余りにも程度の低い「石」が多すぎます。
例えば直近では「TVやらせ猿」騒動なるものが持ち上がりました。
火元となったブログの『告発』は、残念ながら根拠も説得力も非常に乏しい「マスコミ批判」だったのですが、それにワッと飛びつく人がどうも少なくなかったようです。
飛びついて、最初のブログに書かれていることの信頼性についてはなんら検討をせず、ただマスコミの悪口を書き立てられればそれで満足という按配でした。でかい声で騒ぎ立てればそこに正義が宿るとでも言わんばかりの幼稚さ加減には辟易します。(これは、既存マスメディアがやってきたことでもありますが、同じことを反対側からやっているだけなどと言うのは、ガキの理屈です)
あとから「どうやら自分は踊らされたのかもしれない」と軌道修正している個人ブロガーも見かけましたが、こうした事例も踏まえて現状のネット媒体を俯瞰すると、これにチェック&バランスの一翼を担ってもらうことを期待するのは時期尚早に思えます。