「週刊ダイヤモンド」記事に真実性なし、音楽著作権協会が勝訴(2008年2月13日21時25分 読売新聞)
惰眠さんのリクエストによるエントリです。
モトケンさん、お手を煩わせ済みません。
本件訴訟、まだ判決文の全文が公開されていない憾みがあるのですが、週刊ダイヤモンドの記事に対しては(少なくとも原告のステートメントを見る限り)コテンパンです。完全否定です。真実性が担保されないのに、悪意で書いていると、そういう判断です。
さて。音楽著作権協会(JASRAC)に対しては、ネット媒体で書かれていることを見ると、過半は正しい事実認識さえできていない言いがかりレベルのもののようですが、そうであったとしても相当に「敵視」されている。 だから、そうしたバイアスを取り除いて思考をめぐらせるのは、なかなか困難を伴うのかもしれませんが、より一般的に「報道による名誉毀損」に関するケースとして取り扱った場合、ダイヤモンドの記事はどうだったのか興味があります。
私としては、本件に関してはどちらかと言うとJASRACの肩を持ちたいところです。・・・というか、JASRACに噛み付いて、一体何の得があるのよ、と思ったりして。
ダイヤモンド社の話「判決は到底承服できない。控訴する方向で検討したい」
私の偏見かもしれませんが、この手の訴訟でマスコミが負けた時の「到底承服できない」というコメントはポーズにしか感じられません。
>No.2 けんさん 「お前の所の記事は事実無根だ」と裁判所に言われたからと、素直に承服しちゃったら、報道メディアとしては流石にマズいでしょう。 イエローペーパーなら兎も角、それなりにクオリティーペーパーだと言う自負のある会社ならば、その取材内容が根拠あるものと考えるからこそ記事を掲載するのでしょうから。
この裁判、ちょっと困ったなと思うのは、ダイヤモンド側が記事内容の正当性をきちんと示せなかったことが主要因だろうとは思うのですけれども、一般化して考えたときに「自組織にとって不都合な記事を掲載された場合、その媒体がニュースソースを特に秘する必要に迫られるような内部告発が思料されるならば、ともかく法廷に持ち込んじまえ」というマインドを醸成しやしないかな、と言う点です。
私は、自分自身がアマチュアとして音楽を演奏する立場なので声を大にして言いますが、JASRACのやっていることには承伏できないことが多々あります。それは、必ずしも今回の裁判結果が妥当か否かとは別の問題ですが。(問題の記事はネット上で見たことがあるのですが、今確認したら既に削除されていました)
で、何が問題かというと、一言で言えばJASRACが守っているのは音楽家の利益ではなく、音楽業界(レコード会社や音楽出版社など)の利益に過ぎないように思えることです。音楽業界の利益を守ってもいいのですが、そのために音楽文化の発展の芽を潰して目先の利権を守っているように、私には見えます。
たとえば、街の小さな音楽喫茶やライブハウスから、高額の著作権使用料を取り立てる例はよく耳にします。私は過去に何度もそういうお店で演奏させていただいたことがあります。例えノーギャラ、ノーチャージであっても、お店の営業の中で演奏すれば、著作権料を払わなければならないという理屈になっています。そうしたら、演奏なんかさせない方がお店にとっては得、ということになってしまうでしょう。 CD-RやMDの私的録音補償金に対しても言いたいことはいっぱいあります。
実は問題はJASRACだけではなくて、たとえば著作権保護を錦の御旗に掲げて「コピーワンス」なんて不便なシステムを作りだしたテレビ業界(6月にダビング10に移行するそうですけれど)などにも同種の問題を感じるのです。
「報道による名誉毀損」に関するケースとして取り扱った場合、ダイヤモンドの記事はどうだったのか興味があります。
一般化して考えたときに「自組織にとって不都合な記事を掲載された場合、その媒体がニュースソースを特に秘する必要に迫られるような内部告発が思料されるならば、ともかく法廷に持ち込んじまえ」というマインドを醸成しやしないかな、と言う点です。
なるほど、そのような問題意識もお持ちだったのですね。興味深い話題です。
確かに、バイアスの掛かった報道ばかりであるように感じる時、忌々しく思います。 (偏向報道によって被害に遭われた方は、忌々しい所の話ではないだろうと思います。)
懲戒請求騒動の時もマスコミ全般の報道姿勢に甚だしく疑問を抱き、某番組に対しては憤りも覚え、マスコミ内で自浄作用を働かせることが出来ないならば、何らかの外部からの規制も致し方ないのかもしれないと考えた事がありました。(まだ、某番組に対してBPOが動く前の話です。)
でも、言論の規制は、慎重に検討すべき事柄ですよね…。
それに、「弁護人は何を説明すべきなのか?」エントリのNo.19やNo.21のSouさんのコメントなどを拝見して、基本的な対策としては、報道を受け取る視聴者側(自分を含め)の教育が大切なのだろうと考えるようになりました。 また、大淀事件(妊婦たらい回しと報道された事件)について、こちらのブログ(特にこちらのブログを通じて行き着いた惰眠さんのブログ)を拝見するまで、報道に偏向があった可能性にすら気づいていなかった事を思い知らされ、視聴者としての自分自身の問題を認識もしましたし…orz
視聴者(読者)が変われば、法による規制という諸刃の剣となる危険性もある方法を使わずに、偏向報道をもっと自制するようにプレッシャーをかける事が出来るかもしれません。 視聴者が変われば、将来記者になるかもしれない人間も変わるかもしれません。
(まぁ、偏向報道の対策として、視聴者側が変わることだけに期待をかけるのも甘いだろう…とは我ながら思ってますが^^;)
* * *
話題の燃料投下に失敗したような気がしますorzスイマセン とりあえず、私も判決文を読んでみたくなりました。
* * * 余談: 自分の経験から「枚挙による帰納」という推論を行ってしまう事からは逃れ難いだろうという点からは、バイアスを完全に排除することは出来ないだろうと思っています。でも、バイアスを自覚しようとしたり取り除こうとしたりする事で、出来るだけバイアスを垂れ流さないようにブレーキをかけようと試みる事は出来そうですよね。
>No.3 惰眠さん 世間の受け取り方としては、ダイヤモンドの正当な記事に対して、JASRACがイチャモンを付けるため、また、JASRACに対する批判を許さないために訴訟を起こしたと言う見方がされているように思います。
また「司法もJASRACに味方した」とか「裁判官でさえJASRACに屈した」と言うように、ネット上で言われているのも事実なのですよね。
割りばし判決の裁判官と同じ方なのですが、落差が激しいようには思いました。まあ、ネット上には脊髄反射的なJASRAC批判者が多いのも確かですから、気にするには及ばないかも知れませんが。
>No.4 inti-solさん
で、何が問題かというと、一言で言えばJASRACが守っているのは音楽家の利益ではなく、音楽業界(レコード会社や音楽出版社など)の利益に過ぎないように思えることです。
レコード会社と音楽出版社は立場が違うので、分けた方がいいと思います。レコード会社は著作隣接権者であり、一方、音楽出版社は著作権者でありJASRACのメンバーです。音楽出版社は作曲家や作詞家と立場が同じであり、JASRACは音楽出版社の利益を守る必要があります。
街の小さな音楽喫茶やライブハウスから、高額の著作権使用料を取り立てる例はよく耳にします
JASRAC訴訟で有名なのは、新潟のジャズ喫茶スワンですね。JASRACがスワンに要求していた金額は年間55万円です。絶対値で考えれば、決して高くないと思いますが、いかがでしょうか。
>>No.6 しまさん >割りばし判決の裁判官と同じ方
おおっそうだんですか?(さぶ) そりゃぜひ判決文が読みたくなりました(笑)。 ちなみに私はこの権(笑)に関してはNo.4 inti-solさんのシンパといえます(笑)
> JASRACがスワンに要求していた金額は年間55万円です。絶対値で考えれば、決して高くないと思いますが、いかがでしょうか。
ものすごく高いと思います。 問題となったお店の3月のライブスケジュールがあります。 http://www4.ocn.ne.jp/~swan/live03.htm 月に14回やっているようです。お店の広さが分かりませんが、100人も200人も入る店とは思えません。また、広さがどれだけあろうと、現実的にアマチュア・またはセミプロが毎月演奏していて、そんなに人が集められるものではありません。自慢にもなりませんが、私は客席が無人で演奏したこともあります(一度しか経験ないですけど)。平均で観客が50人も行ったら驚異的ですが、仮に50人で月14回だと延べ700人です。700人から55万円とすれば、1人あたり785円となります。 このお店がライブチャージを取っているのかどうかは知りません。(ライブチャージタダでも、営業の一環としてのライブなら著作権使用料は取られる)が、取っているとしてもアマチュアあるいはセミプロクラスなら、せいぜい1000円くらいまででしょう。そのなかから785円を取るというのがどういうことか、私にはとうてい納得できる話ではありません。 逆に言うと、そんな金額を取られるのなら、チャージは安価には設定できない、ということにもなります。
> 音楽出版社は作曲家や作詞家と立場が同じであり、、JASRACは音楽出版社の利益を守る必要があります。
JASRACが音楽出版社の利益を守るのは構わないのですが、そのために音楽文化の芽を潰しているのではないか、と感じられるところに問題があります。 たとえば、私だってオリジナル曲の1曲2曲は作ったことがあります。 それを、「記念カキコ」ならぬJASRACへの記念登録ができるかと言えば、できません。JASRACは会員しか楽曲の登録はできません。会員の資格は、著作権使用料収入が30万円以上だったか(やや記憶が不正確ですが)要するに四捨五入していうとJASRACの売り上げに貢献した音楽家でないと会員にはなれません。それ例外は音楽出版社と契約して、それを通じて登録するしかない。そしてもちろん、私ごときが遊びで作った曲など音楽出版社が相手にするはずもなく、従って私の作った曲がJASRACの保護の対象になることはない、という寸法です。もちろん、実際には私は自作曲をJASRACに登録したいとはまったく思っていないのですけれど、かくのごとくJASRACは強者(音楽出版社や売れっ子音楽家)の権利だけを守る団体であって、アマチュアやセミプロも含んだ全ての音楽家の権利を守る団体ではない、ということです。
すみません、「そのために音楽文化の芽を潰しているのではないか、と感じられるところに問題があります。」と書いておきながら、その後に挙げた具体例はそれとは別の話になってしまいました。
それからもう一つ付け加えると、現在は音楽出版社の多く(全てではないが)はレコード会社の系列であり、大手レーベルからCDを出せば、そのレコード会社系列の音楽出版社を通じて楽曲の登録をするのが当たり前、という構図になっているようです。その意味で「レコード会社と音楽出版社は立場が違う」という実態ではないと思われます。
ああ、こういう話題になると小倉弁護士が来そうですね。それはともかく。
逆に言うと、そんな金額を取られるのなら、チャージは安価には設定できない、ということにもなります。
文化としての音楽が根付いているのであれば、高額なチャージでも、お客さんは訪れると思っているのですが。
JASRACは強者(音楽出版社や売れっ子音楽家)の権利だけを守る団体であって、アマチュアやセミプロも含んだ全ての音楽家の権利を守る団体ではない、ということです。
JASRACはプロがプロ相手に交渉する団体だとは思っています。
問題なのは、アマチュアやセミプロの主張を代弁する団体がないことですよね。それはJASRACの問題でしょうか。それとも、団体を作ろうとしないアマチュアやセミプロの自らの問題でしょうか。
レコードがエジソンによって発明されて以来のコマーシャリズムが本質的に内包する問題だと思います。 エジソンの国アメリカでも議論が続いており、我が国でも過渡期的判決しか書けそうにないような気がしてきました。
>No.3 惰眠さん
「お前の所の記事は事実無根だ」と裁判所に言われたからと、素直に承服しちゃったら、報道メディアとしては流石にマズいでしょう。
それはそういうことだと私も思うのですが、空々しいというかなんというか。。。と感じるんですよね。 まあ、このダイヤモンド社の場合はどうなのかわかりませんけど。
下段でおっしゃられていることは、一理以上のものはあると思います。 一方で個人的には、そういうことにならないようにマスコミ自身が、もっと報道の精度を高めなければならない気もします。
No.12 しまさん 文化としての音楽が根付いていても、高額なチャージで日干しにされれば、枯れてしまうと思いますが。
また、アマチュアやセミプロの団体がないのは、作ろうとしないのではなく、作れないのだと思います。 企業に対して物を言うには、団体にならざるをえないのですが、 第一自分が音楽続けるかどうかもわからないのに、手間暇かかる団体なんて構成できませんよ。
自主制作CGアニメの分野においては、DoGAという私的団体(ほとんど個人営業)が、手弁当である程度の主張をしているようです。 テレビ等におけるアニメ使用、コンテストなどについて一方的な「誓約書」で著作権の行使を制限されていたのに対して、要望を入れたりしていました。 こういうボランティアをしてくれる方に頼るしかない(しかもどれだけありがたいことをしてもらっているか理解できていない人がほとんど)のが現状です。
モトケン先生のエントリコメント >惰眠さんのリクエストによるエントリです。
を見ててハット気付きました。 こりゃチェッカーズの「涙のリクエスト」のだじゃれジャマイカ。 ナミダとダミン、よく似とるしw
でもきっと著作権には触れないはず、ですよね(爆)。
> 文化としての音楽が根付いているのであれば、高額なチャージでも、お客さんは訪れると思っているのですが。
文化としての音楽が根付いているか否かと、チャージが高額であって良いか否かは別の問題だろうと思います。そして、文化としての音楽を根付かせるために、音楽を生で聴くには高額なチャージが必ず必要という状況が有益であるようにも、私には思えません。
> JASRACはプロがプロ相手に交渉する団体だとは思っています。
そのとおりですね。そして、それ自体は構わないのですが、その「プロの団体」どあるJASRACがアマやセミプロの音楽活動にも干渉する結果になっているところに問題があります。 「アマチュアやセミプロの主張を代弁する団体がないこと」はJASRACの責任ではありません。けれども、アマチュアやセミプロの音楽の楽しみに制約をかけることはJASRACの責任ではないかなと思います。
>inti-solさん
新潟のジャズ喫茶スワンの55万円は、ライブ演奏の著作権料ではなく、日頃店内に流しているLPやCDに対しての賦課だったと記憶していますが、違いましたでしょうか。
毎日12時間、年350日として年間4200時間ですから、LP両面で5000枚強でしょうか。するとLP1枚かけるごとに100円、1曲10円〜20円という単価になります。2年ほど前に報道された時に、請求額の根拠としてこんな解説があったと記憶しているのですが・・・。
もし違っていたらゴメンナサイ。
JASRACの業務に関しては、もともとの設立趣旨からして音楽著作物に付随する(付随するって表現が妥当かは考え物ですが)財産権に関して、その権利者=音楽出版社≒レコード会社の利益を守ることが本旨ですので、『他人の財物』である楽曲や歌詞を利用する組織・企業・個人があれば、その対価をキッチリかっちり遺漏なく徴収するのが筋だと思います。 自己アピールで下手に(偽善的に?)文化的側面を謳ったりするからいけないんじゃないでしょうか。
inti-solさんの考え方もよく分かるのですが、「音楽」が「商品価値」を併せ持ちカネを産む「財物」である以上、言い方は悪くなりますが、セミプロやアマチュアが既存楽曲を演奏することは、状況によっては「他人のふんどしで相撲を取る」、一種のフリーライド状態を作り出していると見做すことも不可能ではないと思います。 そうすると、これは著作権者である音楽出版社やレコード会社にとっては財産権の侵害に他ならないわけですので、その権利保全業務を委託されている組織としては看過できないのが当然でしょう。
そういう点で私はJASRACの業務そのものは非難にあたらないと解しますので、ダイヤモンドの取材の「深さ」と「確かさ」について考えたいなーと思った次第です。 無論、JASRACの業務について、私と違う考え方があるのは百も承知ですし、そうした立場からダイヤモンドの報道をどう見たかなども伺えたらとも思います。
ダイヤモンド社は「判決」を受けて当該記事のオンライン掲載、削除したんですね。裁判所の「決定」をシカトしたどっかのホテルとは大違い(笑)。
JASRACの問題点は、席数で課金を決めることです。 売り上げとは関係ないのでライブハウスの経営が不可能です。
もうひとつの問題は、収納されたお金の配分が極めて不透明で、本来の権利者に渡っていることが説明できないことです。
> No.20 デクスターさん いずれも問題ではないと思われます。
楽曲使用の料金は、出資金などのように事業の収益に対して出資比率に応じて配分するような性質のものではないからです。 仮にそのような計算を行うとなると、視聴率の高いスポンサーからの収益が多いテレビ番組で使用する場合には莫大な料金が発生し、視聴率が低迷している番組は寡少な料金となるなど、料金体系の公平性・安定性が著しく損なわれます。
もう一点については、「本来の権利者」とはどのような立場を想定していますか?作詞・作曲者は必ずしも(と言うよりも多くの場合において)「本来の権利者」ではありません。 そも、もし本当に「収納されたお金の配分が極めて不透明で、本来の権利者に渡っていることが説明できない」のであれば、まさにその「本来の権利者」が黙っている筈がないとはお考えにならないのでしょうか。
>No.21 惰眠さん
横レス失礼します。あまり詳しくありませんが、ちょっと違和感あったので・・・
使用料について「出資(配当金)相当と同等ではない」になると、影響度・収益相違があろうと全て一律にしないと問題となるような気がします。 客が0のスナックでも、不特定多数が聞くTV、ラジオでも全く同じ使用料にしないといけなくなります。 本当のところ、JASRACがブランケット契約を推奨しているのは、1曲毎の確認できないため、取りはぐれない為の「最大影響量(席数・床面積など)」をベースにした料金体系 なのだと思います。その料金体系が「実状にあっていない」のが問題だと思います。
また、ブランケット契約の場合、何の曲を何回演奏・流したか確認できないため、「誰も」どこに還元するべきか分からないと思います。 だから「本来の権利者」は誰であろうと、その取り分について意見を言う根拠がないことが問題だと考えます。
>21
テレビやコンサートは使用曲でチャージすればよいわけで、ライブハウスの席数のチャージはナンセンスです。この料金が原因で倒産しそうなテレビ局聞いたことがないです。席数課金が公平ならテレビの台数でチャージしますか?ビジネスモデルが違うので、それぞれ仕組みを別にすべきです。草の根の演奏活動をつぶすような課金は避けるべきと言っているのです。
収入元と支払い先を公開しているんですか? していなければ文句のいいようがないですが。 監査も受けてるんですか?役員報酬も非公開ですね。不透明ですね。
>No.22 カツビンさん 私は逆に、違和感を感じないんですよ。 というのは、JASRACの包括契約の概括的な構造が、ちょうどレストランのバイキングになぞらえられるな、と思うからです。 和洋中華エスニック、デザートに飲み物、どれでも好きなのを好きなだけ飲食してくださって結構ですよ、その代わり皆さん一律これだけの料金を頂戴しますよ、というスタイルですね。 あるいは、携帯電話通話料のパッケージ契約も、似たシステムかもしれません。 この構造にしておけば、個別に使用された楽曲の内訳に関係なく一括パック料金を回収して、権利委託をしている会員に対し、規定の配分比率に従って分配すればよいのですから。
つまるところ、何の曲を何回、どの程度の秒数使用したか(昔のイントロクイズのように数秒しか使わないケースもあれば、フルコーラス聞かせるケースもあるでしょう)を厳密に管理できなくとも、権利委託をしている会員から不平不満が噴出しない程度には公平な料金の収受ができる上手いシステムだなぁと思います。
配分比率をどのようにして決めているか、外部からは確かに分かりませんけれども、それは受益当事者それぞれが納得していればいいことで、横合から口を差し挟むようなことではないと思います。 仮に、JASRACに委託している権利者が「もっと俺の所に厚く配分しろ!」などと騒ぎ出したとしても、それは権利者同士の内紛に過ぎないと言うのが私の判断です。
>No.23 デクスターさん コンサートはともかく、テレビやラジオについて「使用曲でチャージ」は全く非現実的です。 バラエティー番組でワンフレーズ、ニュース番組で1小節、と言う流し方をした場合も課金対象なんですから、それこそ正確に把握できるわけがありません。 仮に把握できたとしても、その事務処理にかかる間接費用が料金に転嫁されることを考えれば、むしろ楽曲を使用する側のデメリットにしかなりません。
それと、放送使用に関する料金の算出根拠ですが、テレビ局やラジオ局を納得させられる「何か」があるとすれば、まさにその県域免許における受信可能所帯数であろうと想像されます。だとすれば、ライブハウスや歌声喫茶のようなものと、違いはないと考えられます。 実際にそうなのかどうかは知りませんが、放送局だって利潤追求する企業なんですから、無根拠な課金には反発するでしょうし、値切れるものなら値切るでしょう。 それでも(不承不承か納得づくかも分かりませんけど)支払を粛々と行っていると言うことは、それなりに反駁しがたいリクツが備わっているからだと考えるべきと思います。
>収入元と支払い先を公開しているんですか? 「収入元と支払先」がどういう意味なのかいまひとつ不明確ですが、いずれにせよ外部への公開は必要がないことだと思います。著作権管理を委託した権利者が納得していれば十分です。
>監査も受けてるんですか? 社団法人ですので、常識的に監査を受けていないなどと言うことはありえません。 >役員報酬も非公開ですね。不透明ですね。 私の勤めている民間企業も、役員報酬なんか公開してませんよ。総額で幾らが役員全体に支払われているかは調べれば分かりますが、そこまでです。そしてそれを「不透明」などとは言いません。大概の法人がそうなんじゃないでしょうか。 また仮に内部ガバナンスが不明朗だとしても、それは社団法人としての「倫理」において批難されるべきことに過ぎず、その業の正当性とは別の議論です。
デクスターさんはJASRACがお嫌いのようですが、問題として取り上げ、解決を求めるべきポイントを見誤っておられるように感じます。 私はJASRACとの利害関係当事者じゃないんで同法人を庇い立てしたりその言い分を代弁したりしてやる義理はないんですが、的外れな批判をしても何等の益も前進もありません。 JASRACからリアクションが引き出せたとしても、精々ダイヤモンド社のように「訴えてやる!」どまりではないでしょうか。
横レス失礼します。
もし本当に「収納されたお金の配分が極めて不透明で、本来の権利者に渡っていることが説明できない」のであれば、まさにその「本来の権利者」が黙っている筈がないとはお考えにならないのでしょうか。
この点に関しては、当該記事でもありましたが、「本来の権利者」の一員である作詞家作曲家の声を代弁する「改革派グループ」というのがあるようです。 日本作詞作曲家協会「J-scat」のトップページに永六輔会長によるステートメントが表明されてあります。もはや「黙っている筈がない」という状況なのだと思います。
ただしこれはJASRAC内における「作詞作曲家連合」VS「天下り官僚」という対立の構図のようにも受け取れるため、デクスターさんのJASRACそのものへのご批判を、必ずしも担保するものではないのかな、とも思います(^^)
町村教授のブログにエントリがありますね。 ダイヤモンドの件ではありませんが。 http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2008/02/jasrac_df44.html
典型的な、組織運営を巡る会員間の内紛ですね。組織内で発言力を持つ叩き上げの現場出身者と、監督官庁から降りてきた人たちの軋轢が臨界を(部分的に)越えたってトコでしょうか。
日本カーブザイヤーが運営の公正さや透明性を巡って分裂し(自動車業界からの便宜供与を巡る不公平感、と言う説もありますが)、RJCが設立された経緯を彷彿とさせます。
私的には「勝手にやっとれ」です。
>No.24 惰眠さん
というのは、JASRACの包括契約の概括的な構造が、ちょうどレストランのバイキングになぞらえられるな、と思うからです。
※1:ハウス側が希望を言う場合ありますが、最終的には バンド自体が決めます。
なので、まだバンド側に払わせるほうが納得できます。 →その際、負荷かからないようにな料金設定が望ましい
また、ライブハウスとなるとロック系が多いですが、実態JASRACに登録している曲を演奏するかというあまり多くないような気がします。 ※私の知っている範囲のライブハウス
このような実態と離れた課金には疑問があります。ただ、ライブハウスでもJASRAC登録曲を使用する可能性はあると思うので包括契約自体否定しませんが、「可能性」に払うわりに金額が高いという意識はあります。
あるいは、携帯電話通話料のパッケージ契約も、似たシステムかもしれません。
仮に、JASRACに委託している権利者が「もっと俺の所に厚く配分しろ!」などと騒ぎ出したとしても、それは権利者同士の内紛に過ぎないと言うのが私の判断です。
→権利者がレコード会社等であっても、その利益から演奏者・作詞者、作曲者を手厚く保護するのであれば納得できます。 →本来と相違の権利者が潤うのは納得いかない。
この本論は裁判結果の冷静な論評(記事の精度、マスコミの態度、証明性等)だと思いますが、この裁判結果を見てJASRACの行為全てが「批判にあたらない」という訳でもないと思います。 ※もし議論ズレを嫌うならば、あまりJASRAC自体を擁護するのは止めたほうが良いような・・・不満ある人沢山居ますから・・・
法務業の末席さん
> 新潟のジャズ喫茶スワンの55万円は、ライブ演奏の著作権料ではなく、日頃店内に流しているLPやCDに対しての賦課だったと記憶していますが、違いましたでしょうか。
なるほど、そうだとするとLPやCDを聞くのにチャージがいるはずがない、そこから著作権料を55万円も取ることになります。いわゆる「喫茶店」の営業規模から考えるとすこぶる高額ではないでしょうか。
> 惰眠さん
> 「音楽」が「商品価値」を併せ持ちカネを産む「財物」である以上、言い方は悪くなりますが、セミプロやアマチュアが既存楽曲を演奏することは、状況によっては「他人のふんどしで相撲を取る」、一種のフリーライド状態を作り出していると見做すことも不可能ではないと思います。 > そうすると、これは著作権者である音楽出版社やレコード会社にとっては財産権の侵害に他ならないわけですので
いや、正直言って、私は正当な権利者(作者)に対して、正当な額の著作権使用料を払うのは仕方がないと思っています。(値段が妥当なのか、ということは別にしてですが) 問題は、その金額が高すぎるのではということと、カツビンさんが既に指摘しているように、包括契約という実際に演奏した曲が何であるかを一切把握しない契約をJASRACが推奨している、ということです。
個人的な事情の話になりますが、私が演奏している曲は、ボリビア5割、アルゼンチン3割、チリ・ペルーその他2割、つまり日本の曲は1曲もありません。 従って、演奏した曲目を明らかにしない限り、包括契約で支払ってしまったら、本来の作者にはびた一文たりとも著作権使用料が配分されないと思われます。JASRACは外国の著作権管理団体と提携しているので、曲目を明らかにすれば、さすがに本来の著作権者に使用料が行くでしょうけれど。 しかも、かなりの曲は伝承曲、あるいは作者が著作権登録をしていないため、本来著作権使用料が発生しません。(以前、ある喫茶店で演奏したところ、後で喫茶店にJASRACから著作権使用料の請求が行ったそうですが、1曲ごとの計算を強硬に主張して押し通したところ、15曲前後演奏したうち、著作権使用料が発生したのは6曲だけだったそうです) 従って、本来の作者に配分されない、訳の分からないお金は払いたくない、というのが偽らざる本音です。
著作権使用料の支払い義務はお店が負うものであって演奏者が負うわけではありませんけれど、ライブハウスとして営業しているところはともかく、一般の喫茶店にお願いして演奏させてもらうような場合は、そんなことでお店に迷惑をかけるわけにも行きません。
> 放送局だって利潤追求する企業なんですから、無根拠な課金には反発するでしょうし、値切れるものなら値切るでしょう。
JASRACは放送局の利益代弁機関でもあります。放送局も音楽出版社をもっているからです。テレビドラマの主題歌などは、それによってテレビ局にも利益をもたらします。
> もう一点については、「本来の権利者」とはどのような立場を想定していますか?作詞・作曲者は必ずしも(と言うよりも多くの場合において)「本来の権利者」ではありません。
少なくともJASRAC自身の説明によると「国内の作詞者(Author)、作曲者(Composer)、音楽出版者(Publisher)などの権利者から著作権の管理委託を受けるとともに〜」となっており、作詞・作曲者も本来の権利者と認識されているようですよ。 だけど、もしも本当に音楽の本来の権利者とはレコード会社や音楽出版社であって、作詞・作曲者は本来の権利者ではないのだ、ということになったら、私は著作権などというものは「くず」だと声をあげたくなります。(法律家のブログでそんなことは書きたくないですけれど) 私が思うに、そうやって音楽が「文化」ではなく「商売の道具」としての側面ばかりが強調されるようになればなるほど、音楽文化も、ひいては商売としての音楽も衰退していくことになるのではないかと私は危惧します。
それから、これは音楽の演奏者という特殊な立場からの、ある種の暴言として聞いていただきたいのですが
> セミプロやアマチュアが既存楽曲を演奏することは、状況によっては「他人のふんどしで相撲を取る」(以下略)
同じ著作物といっても、音楽というのは文章や絵画とはちょっと違う側面があると思うのです。強いて言えば戯曲や脚本も似た側面がありますけれど、文章や絵画はそれ自体が著作物としての完成品ですが、音楽の場合、作詞家や作曲家が作ったもの(歌詞と楽譜)は音楽の設計図であって音楽そのものではありません。 誰かが演奏したり歌ったりして、初めて音楽としての完成品になります。どんな素晴らしい曲でも、演奏されなければ何の意味もありません。そしてそれができるのは演奏者であり歌手です。作曲者にとって曲を作るのが大変なのと同様に、ときにはそれ以上に(人に聞いてもらうに足るレベルで)演奏するのも大変です。今はMIDIを駆使すれば、曲を作るのはコンピューターのなかった時代よりははるかに簡単になりましたが、DTMではない楽器を使って音楽を演奏する難易度はいつの時代も変わりありません。 それにもかかわらず、著作権は作詞家作曲家(それ以上に音楽出版社やレコード会社)のものであって、演奏者や歌手には何の権利もない。まあプロの演奏者や歌手がそれで良いと思っているのであればアマチュアの私が口を挟む問題でもないかも知れませんが、いささか割り切れないものは感じます。
それから、例え1小節でも使えば使用料の支払い義務が生じる、ということは知識としては知っていますが、これもすごい話だと思います。 文字の世界で考えてみれば、どんな人気小説家のベストセラー小説だろうと、大新聞の注目記事だろうと、それを一部引用することで著作権使用料支払い義務などというものは発生しません。 だって、考えてみてください。もじ文字の世界でJASRAC並の著作権管理をやったらどういうことになりますか? たとえばこのブログでも、モトケンさんも他の投稿者も新聞サイトの記事を引用していますよね。そのたびに「著作権使用料」ということになって、何新聞の何月何日の記事と調べ上げることは困難だから、包括契約で著作権使用料、このくらいのアクセス数のサイトなら月にいくら、なんてことになったら、どうでしょう。それを異論なく受け入れられる人は少ないと思います。仮にそんなことを強行して、ネット上のありとあらゆるサイトから著作権使用料を取り立てた場合、ホームページやブログや掲示板といったネット文化が盛り上がるか衰退するかと言ったら、確実に衰退すると思います。 何で音楽だけ、こんな凄いことがまかり通るんだろうか。やはりJASRACの政治力なのでしょうか。
No.30 inti-solさま
それを一部引用することで著作権使用料支払い義務などというものは発生しません。
それは、「引用」 だからです。 著作権法32条によって、無断利用が正当化されますので、「許諾を得るために必要な対価」 が発生しなくなるわけです。
音楽の場合、文章よりも 「引用」 と認められる範囲は類型的に狭くなるだろうと思います。 「報道、批評、研究」 等のためには、対象を一部紹介することが必要かつ適切な場合が多いので、このような扱いが認められているわけですが、音楽や写真の場合、文章と比較するとどうしても 「鑑賞」 の側面が強くなります。
JASRACが請求してきた場合に、「いや、ここでの使用は 『引用』 に該当するから権利侵害は発生していない」 と主張することは自由です。
が、「引用」 その他の著作権法上の 「著作権の制限」 に該当しない限り、一部の利用であっても著作権侵害は成立します。 (厳密に言えば、その「一部」だけでも著作物性が認められることが前提ですが)
なので、その対価として高いか安いかは議論・批判の対象にはなっても、「一部利用だから支払義務が発生するのはおかしい」 という批判は不適当です。
金額が高すぎる
と言うのであれば、著作権等管理事業法に基づいて、JASRACと交渉することが出来るはずですが
それにもかかわらず、著作権は作詞家作曲家(それ以上に音楽出版社やレコード会社)のものであって、演奏者や歌手には何の権利もない。
レコード会社は著作隣接権を持っていますが、著作権を持っておりませんし(譲渡された場合は別)、歌手や演奏者は著作隣接権を持っておりますよ。生しませんね。引用の範囲を超えれば別ですが。
>No.29 inti-solさん
詳しくは分からないのですが
2005年10月15日(金) 第50巻 第12277号 レコ協・クプラは現行の倍額主張し暗礁か 地上波料率に開き・未払いBS分歩み寄りも 民放連・JASRAC、使用料交渉依然難航
まあ、交渉というのは難航するものではないでしょうか。
No.25 koさん
ただしこれはJASRAC内における「作詞作曲家連合」VS「天下り官僚」という対立の構図のようにも受け取れるため
その図式は違うと思います。現在、JASRAC内部には天下り理事、天下り評議員は一人も存在しない状況です。天下り官僚が主導権を取れる状況ではないのです。
作詞作曲家の中で、守旧派と改革派に分かれて派閥争いをしており、一枚岩にまとまっていないと言う印象を受けます。そして、現在の所、守旧派が政治力を持っているのかなと言う印象を受けます。
>No.28 カツビンさん まずレストランバイキングの「たとえ」ですが、私が意図したのは「レストラン=JASRAC」、「供される料理=管理楽曲」で、演奏者、消費者はその料理を食する来客です。
さてライブハウスに料金請求が行くことの可否についてですが、ライブハウスは実演家を招聘して演奏させ、その演奏めあてに集まった客から料金を徴収する営利事業ですから、小屋(≒興行主)のほうに請求が行くことは別におかしくないでしょう。 あえて言えば、実演家と小屋の側の取り決めで、楽曲使用料をどちらが負担するか(ギャランティーから相当分を引くとかで)取り決めをすることは可能かと思います。
従量制もないと片手落ちに見えます。様々な営業形態があるなかで、それぞれが選択できないのは問題があると考えます。
ただし、これは料金設定の問題とも関連するのですが、著作権の管理委託を受けているに過ぎないJASRACは、独断で料金設定を値下げすることはできない――委託している権利者すべてから「収入減になってもOK」との同意を取り付けなければならない筈です。 そういう意味では「税吏」に過ぎぬJASRACをこの点で非難してもせんないのではないでしょうか。
>No.29 inti-solさん おっしゃることは大変よく分ります。と言うか、「音楽」をどのように位置づけるかと言う点では、まったく同感です。
ただし、権利関係については若干異議があります。 JASRACの説明もよろしくないのですが、彼らが書き並べた権利者は、ひとつの楽曲に対して同時並列的に存在するわけでは――特に著名なレコードレーベルから出た楽曲の場合――ありません。 おそらく一番多いのは、著作権は音楽出版社に委譲されていて、アーティスト本人は権利を持っていないケースでしょう。
例の「JASRAC伝説」に出てくる大槻ケンヂ氏のケースも、おきたとされることが事実であるならば、大槻氏は「作者」ではあっても「著作権者(ライツホルダー)」ではなかったものと思われます。 つまり、楽曲を発表したときに契約していたレーベルに著作権が委譲されるのが、音楽業界のごく標準的な契約形態だということですので、大槻氏は「自分には著作権がないにもかかわらず」「本来の権利者」であるレーベルに「無断で」、その著作物を利用したことになります。
そしてJASRACは、正当な権利者(ライツホルダー)であるレーベルとの管理契約に基づき、レーベルに楽曲(歌詞)の使用料金を配分すべく、大槻氏から徴収した、ということです。 そうすると、大槻氏にJASRACから振込みがなされないのは当然です。お金がいくのは、ライツホルダーのところですので。 彼がこの件について配当を受けられるのは、レーベルと氏との間で二次使用に関するギャランティーの配分がきちんと契約で定められていた場合に、その約定に従ったレートの金額と言うことになります。
何年か前、マイケル・ジャクソンがビートルズの楽曲すべての著作権を買い取り、その著作権者(ライツホルダー)になったことがニュースになりましたが、これは「ビートルズを尊敬する演奏者が、その楽曲を演奏すると、その楽曲使用料は(基本的に)マイケル・ジャクソンの懐に入る」ということです。 原作者への配当に関する契約条項が特別にない限りは、ポールやジョン(の遺族)、リンゴやジョージ(の遺族)へは、1セントも行かないでしょう。
この構造を支えるのは「監視代行業」、「料金徴収代行業」に過ぎないJASRACではありません。 作者から著作権を譲り受けたレーベルなどや、手放さず自分で持ったままの作曲家・作詞家です。 是非はともかく、それが権利ビジネスです。
>No.29 inti-solさん
高いかどうかは人それぞれの感覚ですので、私には何とも言いようがありません。
ただ私は資格を取る前に小売りサービス業の世界におりましたが、勤務していた店で実際にJASRACから警告書を受け取った経験があります。その店は音楽とは縁がない単なる物販店でしたが、終日店内放送でCDを流していました。そのCD再生が「小売店として営業に利する目的」であるから著作権を侵害する行為になる、という警告文書でした。
この警告文を受けて間もなく、新聞でジャズ喫茶スワンの記事(数年前から著作権使用料の支払で紛糾して交渉中という内容でした)を読みましたので、強く印象に残っています。LP演奏の1曲当たり10数円というのは、その記事に解説されていたように記憶しています。
今回ご紹介されたスワンのHPを見ると、膨大なジャズのLPやCDの演奏がウリの喫茶店のようです。店内でのLP再生は営利目的であるのは明白ですから、当然JASRACは使用料を請求していると思います。年間55万円は、表と裏で約45分のLP演奏時間からすると、先に私が試算したようにLP1枚が約100円となりますし、1日当たり1500円ですから「すこぶる高額」とは思えません。月に何回かのライブだけで55万円徴収ではないと思えます。
私には惰眠さんの立てたエントリ主旨には、これ以上深入り出来る知識も見識もありませんので、門外漢はこれぐらいで退散させて頂きます。
>>No.35 惰眠さん すっすごい。キッキモイだけの私(笑)など足元にも寄れませぬ。 ほんとにスゴス。
さすがモトケン先生に「ダミンのリクエスト」しただけのことはありますね(笑)。ただただソンケーのまなざし、でつ。
しまさん
> と言うのであれば、著作権等管理事業法に基づいて、JASRACと交渉することが出来るはずですが
そうですね。しかし一個人対JASRACでは対等の交渉は困難でしょう。もっとも、先の投稿で書いた喫茶店での演奏の時は、演奏を依頼してきた方がいろいろな状況を心得ていて、包括契約を迫るJASRACに対して1曲ごとの著作権料支払いを断固として主張して、押し切ったようですけれど。 私は趣味で音楽を楽しむ立場なので、JASRACと戦うことにエネルギーを費やすのは、あまり気が進みません。
惰眠さん
私の知る限り、音楽出版社と作曲者の利益配分は4(出版社)対6(作曲者)から5対5くらいが一般的だそうです。 大槻ケンヂ氏のケースの場合でも、従って利益配分が0ということはないはずです。ただ、その利益を飲み込んでしまったのがJASRACなのか音楽出版社なのかまでは分かりませんけれど。 もしイギリスや米国でも日本と同様のシステムであれば、音楽出版社が著作権をマイケル・ジャクソンに譲渡したとしても、引き続き作曲者(あるいはその遺族)に対して一定の割合の利益配分という契約がなされている可能性が極めて高いと思います。もちろん、音楽出版社を通さず、ビートルズのメンバー当人が著作権を持っていたなら、著作権の「販売代金」は直接彼らの懐に入ったはずでしょうし。 ただ、ここまで書いたところで一応JASRACの作品データ検索で調べてみました。 イエロー・サブマリン http://www2.jasrac.or.jp/eJwid/main.jsp?trxID=F20101&WORKS_CD=0Y020604&subSessionID=001&subSession=start
イエスタディ http://www2.jasrac.or.jp/eJwid/main.jsp?trxID=F20101&WORKS_CD=0Y003807&subSessionID=001&subSession=start
いずれもビートルズのメンバーが直接著作権を保持しているようですよ。
>No.35 惰眠さん
私も、営利で行っているのでライブハウスに請求行くのはしかたないとは思っています。 ただ、実態から感じるのは「実演者の請求するほうが納得感ある」というだけです。
実演家と小屋の側の取り決めで、楽曲使用料をどちらが負担するか(ギャランティーから相当分を引くとかで)取り決めをすることは可能かと思います。
著作権の管理委託を受けているに過ぎないJASRACは、独断で料金設定を値下げすることはできない――委託している権利者すべてから「収入減になってもOK」との同意を取り付けなければならない筈です。 そういう意味では「税吏」に過ぎぬJASRACをこの点で非難してもせんないのではないでしょうか
管理委託の場合「独断で料金設定を値下げすることはできない」のでしょうか?委託者に対し「収入減」についての同意取るのは困難だと思いますが、必ずしも徴収方法・料金設定変更(値下げ)は「収入減」に結びつく話しではないと思います。 「皆がある程度納得できる」徴収方法と料金のほうが、より広く徴収でき収入拡大や信用も得られる可能性もあると思います。 ※料金設定や徴収方法も委託者承認いるのでしょうか?
仮にも著作権について管理委託されている「公益法人」ですから、不当な料金設定や徴収方法を責められても仕方ないと考えます。
>No.38 inti-solさん 情報ありがとうございます。 なるほど、ビートルズは権利を全部委譲してたわけじゃないんですね。 さすが権利意識がしっかりしている(?)。 M.ジャクソンのCome Togetherなんか虫唾が走る(笑)くちなので、ちょっと安心しました。
「大槻氏事例」で補足すると、音著から入金があるのはレコードレーベル、レコードレーベルが作者との間で作品の二次利用についても取り決めがあった場合、その定めに従ってレーベルから作者に分け前が回ってくる形態です。利益配分がゼロでなくても、音著から直接作者への入金はありません。配分金はレコード会社から来るのです。 あれが実話だとしたら、大槻氏は自分がレーベルと交わした契約の内容について、余りにも無邪気だと考えざるを得ません。
>No.39 カツビンさん コメントNo.36で法務業の末席さんがお書きになっている計算を前提にすると、私は「単価そのものは高額ではない」と思います。 ブランケット契約と言う、一種の抱き合わせ販売ばかりをしようとするところが最大の問題だと思います。同じブランケットを用いるにしても、携帯みたいにもう少し細かいパッケージを工夫するとか、小口利用者に対しては従量制や「ばら売り」を検討してもいいのではないか、とも思います。 時々、音著ともめにもめた挙句「ばら売り」契約を勝ち取った人の武勇伝などもネット上で見かけますので、やってできない契約形態ではない筈ですし。
ただ音著は、楽曲管理を委任してきた著作権者の権利保護を最大の務めとする公益法人ですので――刑事事件の弁護人が、被告人の利益を最大優先しなくちゃいけないのとちょっと似てますね――権利者の同意を取り付けずに、その利益を減殺するようなことはするべきではないですし、また事実上できないと思います。
実演家と権利者、管理代行者、利用者の四者が同じテーブルに着きそれぞれがそれなりに妥協できる落としどころを見つける協議ができる場があればいいのでしょうが・・・難しいでしょうね。 たしか数年前にタレントや俳優の業界団体と、その商業利用をする事務所団体、放送事業者などが過去作品のネット配信展開について権利確保や利益配分を話し合ったものの、延々議論を重ねてようやく半歩前進できただけ、なんてニュースもあったくらいですから。
・・・うーん、週刊ダイヤモンドの記事ですが、こうしてみると、世間の怨嗟に乗っかった「売らんかな」だったような気もしますね。実際、当該記事を掲載した号は通常よりだいぶ多く売れたそうですし。
>No.40 惰眠さん
仰るとおり、「著作権者の権利保護」をしているので、徴収する業務自体を批判するつもりはありません。 だた、一方で公的一面(著作権思想の普及や音楽文化振興など)を標榜しているにも関わらず、零細店などを標的として、営業に支障をきたすような実態に合わない料金で、全体市場規模を縮小させるやり方は、公的債権回収業者として「どうなのだろう?」という事です。 「振興」し「広く長く」徴収することが、債権回収業者として高い能力を持っているという思いが根底にあります。 これが、民間債権業者で多重債務者を対象に取れるだけ取るような話であれば理解できますが。(公益法人にもありますが)
また、突然遡及請求してくる(真偽は分かりません)やり方等、反発のほうが強く、「著作権思想の普及」という意味でも疑問です。
後「単価そのものは高額ではない」という話も、その店の「売上」「収益」「音楽を流すことによる売上・収益に関する貢献度」によると思います。絶対値が少ないほど原価に占める割合が大きくなるので、個人の感想というより、その店の売上規模により評価が変わると思います。
個人経営の店が協議するにしても、各地区の寄り合いみたいな組合では、「テーブル」に着くことさえできないような気がします。結果、嫌気が差して撤退する店、新規参入なしなど市場
・・・うーん、週刊ダイヤモンドの記事ですが、こうしてみると、世間の怨嗟に乗っかった「売らんかな」だったような気もしますね。
この判決も、JASRACの勝ち誇った文章しか見てないので、どこまでがイイカゲンだったのか、判決要旨全文を早く見てみたいです。 判決の「謝罪広告なし」や「賠償額大幅減」などJASRACの前面勝訴にも見えないので・・
訂正追記です。
×:結果、嫌気が差して撤退する店、新規参入なしなど市場 ○:結果、嫌気が差して撤退、新規参入なしなどで縮小していく気がします。
×:前面勝訴 ○:全面勝訴
判決の「謝罪広告なし」や「賠償額大幅減」など
謝罪広告も同様ですね。余程の悪質性がない限り、この種の要求は認められないと思います。記事取り消しの文章を、ダイヤモンド誌面に掲載させる程度が一般的だと思います。
いずれにせよ、こういった訴訟の本来の狙いは、賠償金をせしめることではなく、掲載された記事の信頼性を公的機関(裁判所の認定)によって否定することの筈ですから、原告側としては記事内容が全否定さえされれば、全面的な勝利と言って差し支えないかと。
その店の「売上」「収益」「音楽を流すことによる売上・収益に関する貢献度」によると思います。絶対値が少ないほど原価に占める割合が大きくなるので、個人の感想というより、その店の売上規模により評価が変わると思います。
なお、私は音楽著作権協会が掲げる「著作権思想の普及や音楽文化振興など」は、精々、彼らに業務を委託しているライツホルダー側から見た「他人の権利物を使ったのならちゃんとそのお金を払いなさい」を言い換えただけと受け止めていますので、これらの文言を巡って音著を批判してもすれ違いにしかならないように思います。
ところで「零細店狙い撃ち」「なにがなんでもブランケット契約」「実態の確認できない過去分まで粗雑な計算でどっさり課金」等々の、典型的批判の内容が事実であるとすると、私には「JASRACは執拗で熱心」なのではなく「非常に面倒くさがりでめちゃくちゃ怠慢」なんじゃないかと思えてきます。
営業費用と回収料金の見合いの問題もあるでしょうが「一々細かい計算やチェックなんかしてらンねーよ、いいから纏めて払えよ、それで黙っててやるからよ」っていう意識が透けて見える気がするんです。大義名分は自分らの側にありますしね。本気でガチンコの折衝を仕掛けてくる楽曲使用者に対しては、結構折れているような印象もありますので尚更です。 『お客様から代金を頂戴する』タイプの、つまり営利法人企業にはまずありえないメンタリティーですが、利潤追求などしない公益社団法人だと、こういう思考の傾向があっても不思議ではない気がします。
>No.43 惰眠さん
掲載された記事の信頼性を公的機関(裁判所の認定)によって否定することの筈ですから、原告側としては記事内容が全否定さえされれば、全面的な勝利と言って差し支えないかと。
一応私はJASRAC批判側の意見で書いていますが、本当の所JASRAC批判する程の原体験がないので、真実を知りたい欲求が強いのです。 ※これだけ批判があがっているのでだから、何かしらの問題があるのでは?という立場
「稼ぎが少ないのは店の問題なんだから、楽曲使用料金に責任転嫁しないで営業努力しろ」
効果が無いので殆ど「著作権者の経済的利益を侵害していない」とも取れますよね。使用料って「著作権者の経済的利益の保障(変動分)」と「純粋な著作物の利用許諾料(固定分)」の2つの要素があるのかなと思っているので、もっと安くても良いような気がするのです。 まぁ、この部分も私の勝手な解釈でしかありませんが・・・
音著を批判してもすれ違いにしかならないように思います。
つまり営利法人企業にはまずありえないメンタリティーですが
流れを読まずにすみませんが、感想だけ書かせて下さい。
音楽業界の著作権についてよく知らなかったのですが、このエントリがきっかけで少し調べてみましたので。 音楽とは無縁ではありませんでしたが基本的にクラシックだったので、これまでこの問題には無頓着でした…(^^;
調べていく中で、音楽著作権を管理する組織が、長年日本で唯一JASRACしかなかった(過去形)ことが問題だったのではないかと感じました。
とりわけ問題があるように感じたのは、自分の著作物に関してJASRACが徴収している著作権使用料がどれ位あるのか、JASRACに委託している著作者本人(受益当事者)にも明らかにされていないという指摘がなされている点でした。(下記の通り)
いろんなことをデータ化していることは分るが、肝腎の入金データがコンピュータ化されていない。だから分配の紙を見ても、入金のあった結果 の金額が書かれているだけで、その曲を一体、いつ、誰が、どのように使ったのかが全く分らない。放送使用で入金があっても、何の番組でいつ放送されたのかも分らない。 (引用元:ttp://www.archi-music.com/tamaki/copyright.html#6/27/03(h抜き))
上記指摘の問題に対応するためには、既に本エントリでも何度か指摘されているように、特に著作物の包括利用許諾に関する使用料についてJASRACが適切な管理業務を行っているのかどうかを、確認/評価できる有効な手段が欲しい所であろうと思います。
音楽好きの人ならば、JASRACが適切な管理業務を行っていると納得が行けば、(たとえば、JASRACによって演奏利用料として自分達から徴収された金額が、特に作曲家や作詞家などの「受益者当事者としての著作者」にも納得の行く形で入金されていることが分れば)、ここまでの疑念や不満を感じることはなかったのではないかと思いました。
週刊ダイヤモンドがどのような記事を書いたか知らず、当該判決文も読んでいませんので、その是非は分りませんけどね。念為。
* * * 今では、JASRAC以外の管理団体もあるようですね。 2001年の「著作権等管理事業法」の施行により、権利者は、JASRACだけではなく複数の選択肢が得られるようになり、インディペンデント・レコード製作事業者協会(IRIA)も設立されたようです。 権利者にとっては良い事尽くめのようですが、利用者と管理団体(管理事業者)にとっては良い面も悪い面も生じているようです。 (参考:「著作権等管理事業法施行後の状況について」)
ちなみに、各団体の管理手数料(実施料率)対比表はこちら↓ ttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/014/03110601/002/002.htm(h抜き)
(続く)
> 「稼ぎが少ないのは店の問題なんだから、楽曲使用料金に責任転嫁しないで営業努力しろ」と斬って捨てられてしまうと思います。あるいは「払えるだけの稼ぎがないなら、分不相応に高額な演出を使わなければいい」と反論する余地があります。
もしもJASRACがこんなことを言ったとしたら、、音楽は文化ではない、金儲けが100%だと宣言しているようなものではないでしょうか。そうすると、「音楽ビジネスのために文化としての音楽を殺す存在がJASRACだ」ということになってしまいそうです。
包括契約の問題は、実は私的録音録画補償金の問題にも通じているように思います。CD-RやMDにどの曲が複製されたかなど一切お構いなく、どころか他者の著作権を侵害するような録音録画に使われているかどうかも一切考慮することなく一律にお金を取っているわけです。しかも、それがどう分配されているのかはよく分からない。
これもまた無茶苦茶な話だと私は思います。しかも、著作権の侵害がなければ補償金は返金すると言いながら、返金に要する経費は申請者の負担。申請書の郵送に80円かかって、返ってくる補償額が5円とか10円では、誰もそんな申請をしない、ということに寄りかかった制度ではないのかと思ってしまいます。 今に、某懲戒請求と似たパターンが出てくるかも知れませんよ。制度の破綻を狙って、次々と補償金の返還請求を起こす運動が。
ただ、問題の本質は、必ずしもJASRACだけにあるわけではないのだと思います。 たとえば、「消費者」不在で売る側の論理だけを貫いた典型例として、CCCDの問題がありました。音質が劣化しても知りません、再生できなくてもCDプレーヤーが壊れても、返品にも補償にも応じません、という「売る側の都合至上主義」の発案はレコード会社によるもので、JASRACはそれを追認はしたでしょうが旗振り役だったわけではないでしょう。 たまたま目立つところにいるのがJASRACだからJASRACばかりが批判を受けるので、問題は音楽業界の構造全体にある気がします。
(続き)
でも、調べた範疇内では、とりあえず私的録音・録画補償金制度などに関しては疑問が残ります。
CDやDVDなどデジタル方式のコピー機能がついた機器を購入する時、その価格に「私的録音補償金」という著作物使用料が予め含まれています。 そして、指定管理団体であるSarahが、私的録音補償金を受ける権利を行使して、補償金を権利者に分配することになっていますが、その分配方法は、著作権者に対しては、JASRACを通じて分配されることになっているそうです。
Sarahのホームページ上では、「JASRACに管理を委託していない著作者で、具体的に指摘録音補償金の分配を受けたい方」はどうなるのかは明記されておらず、JSARACのホームページ(TOP)を見るように誘導されています。
(社)日本音楽著作権協会に管理を委託されていない著作者の方々で、具体的に私的録音補償金の分配を受けたい方は こちら まで。引用元:ttp://www.sarah.or.jp/(h抜き)
しかし、誘導先のJSARACのホームページで、デジタル方式コピー機の私的録音補償金に関して、JASRACに管理を委託していない著作者への配分がどうなるかについて書かれた箇所を私はまだ見つけられずにいます。(もっと探せば、どこかに記載あるのかもしれませんが。)
なお、Sarahが受領した補償金の一部は、著作権制度に関する思想普及や著作物の創作の振興といった権利者全体のためになるような事業(共通目的事業)に用いられます。 引用元:ttp://www.jasrac.or.jp/info/private/(h抜き)
と書かれているのは見つけましたが。
いずれにせよ、JASRACに管理を委託していない著作者が私的録音補償金の分配を受けるのは、少なくとも簡単そうには見えません。むしろ大変そうだなぁと思います…。
結局、この件に関しては、「著作権等管理事業法」施行後で音楽著作物の管理団体が増えていたとしても、JASRACが圧倒的優位にあるのではないでしょうか?
また、私的録音補償金に関しては、上記のように分配方法についてだけではなく、徴収方法についても疑問があります。
私的録音補償金は、CDやDVDなどデジタル方式のコピー機能がついた機器の購入者であっても、機器を再生だけに使用したり、自然の音を録音/録画したり(著作権物のコピーは行わない)するだけならば、支払う必要のないものです。
そのため、著作権法第104条2項では、著作物の私的録音以外に利用したことを証明して「私的録音補償金」の返還を請求することが出来るそうです。
但し、初の返還額は、たったの8円だったそうで、返還手続きの方が高く、赤字になったようですw
申請者はDVD-Rの5枚パックを千数百円程度で購入しており、1枚あたりの補償金は1.87円。4枚合計で8円を、7月に銀行振り込みで返還する。 (引用元:IT Media News 2005/06/22 の記事、ttp://www.itmedia.co.jp/news/articles/0506/22/news088.html(h抜き))
赤字になる位ならば返還を求めない方が、多いんじゃないでしょうかね?(^^;
こうして集められた「私的録音補償金」のうち、分配や返還が請求されず宙に浮いた分は、どこを潤すのでしょうか。 塵も積もれば山となるとも言いますし…。
「請求しないからいいんだ」という事になるのかもしれませんが、本件については何だか釈然としません。
「法を知らないと損をする」というのは成る程と思っているのですが、本件の場合は、「デジタルコピー機購入者で著作物の私的録音をしていない者」や、「JASRACに管理を委託をしていない著作者」が、法を調べた後も「どうやったら損をせずに済むのか」が、よく分からないので釈然としないのかもしれません。 まぁ、私の調べ方が足りないのかもしれませんけれどもね(^^;
No.46 inti-solさま
「稼ぎが少ないのは店の問題なんだから、楽曲使用料金に責任転嫁しないで営業努力しろ」と斬って捨てられてしまうと思います。あるいは「払えるだけの稼ぎがないなら、分不相応に高額な演出を使わなければいい」と反論する余地があります。 もしもJASRACがこんなことを言ったとしたら、、音楽は文化ではない、金儲けが100%だと宣言しているようなものではないでしょうか。
「稼ぎが少ないのは店の問題なんだから、楽曲使用料金に責任転嫁しないで営業努力しろ」と斬って捨てられてしまうと思います。あるいは「払えるだけの稼ぎがないなら、分不相応に高額な演出を使わなければいい」と反論する余地があります。
哲学というかバランスのとれる重心をどのへんとみなすかの問題では。
いいコンテンツはみんなに共有されてこそ豊かな文化の形成に寄与する と いいコンテンツを生み出すクリエイターに正当な対価が支払われることこそが(略
とのバランス。
>No.46 inti-solさん
あえて挑発的な表現をしますと、 だったら「文化」をお題目に掲げれば無銭飲食してもいいのか?万引きしてもいいのか? と逆に言われることにもなります。 「金はない。だが俺は腹が減った。代金?そんな高い値段つけるお前が悪い。だから、食うけど払わない。こっちは生き死にの問題だ」 それは通用しないでしょう。
あまり「文化」を錦の御旗にしないほうがいいと思いますよ。
>No.49 惰眠さん
文化を錦の御旗にしているのはJASRACを始めとする権利者側も同じです。もっとも、権利者と利用者、双方が文化に重きをおいているのは不思議な気もします。
モトケンさん、お手を煩わせ済みません。
本件訴訟、まだ判決文の全文が公開されていない憾みがあるのですが、週刊ダイヤモンドの記事に対しては(少なくとも原告のステートメントを見る限り)コテンパンです。完全否定です。真実性が担保されないのに、悪意で書いていると、そういう判断です。
さて。音楽著作権協会(JASRAC)に対しては、ネット媒体で書かれていることを見ると、過半は正しい事実認識さえできていない言いがかりレベルのもののようですが、そうであったとしても相当に「敵視」されている。
だから、そうしたバイアスを取り除いて思考をめぐらせるのは、なかなか困難を伴うのかもしれませんが、より一般的に「報道による名誉毀損」に関するケースとして取り扱った場合、ダイヤモンドの記事はどうだったのか興味があります。
私としては、本件に関してはどちらかと言うとJASRACの肩を持ちたいところです。・・・というか、JASRACに噛み付いて、一体何の得があるのよ、と思ったりして。
私の偏見かもしれませんが、この手の訴訟でマスコミが負けた時の「到底承服できない」というコメントはポーズにしか感じられません。
>No.2 けんさん
「お前の所の記事は事実無根だ」と裁判所に言われたからと、素直に承服しちゃったら、報道メディアとしては流石にマズいでしょう。
イエローペーパーなら兎も角、それなりにクオリティーペーパーだと言う自負のある会社ならば、その取材内容が根拠あるものと考えるからこそ記事を掲載するのでしょうから。
この裁判、ちょっと困ったなと思うのは、ダイヤモンド側が記事内容の正当性をきちんと示せなかったことが主要因だろうとは思うのですけれども、一般化して考えたときに「自組織にとって不都合な記事を掲載された場合、その媒体がニュースソースを特に秘する必要に迫られるような内部告発が思料されるならば、ともかく法廷に持ち込んじまえ」というマインドを醸成しやしないかな、と言う点です。
私は、自分自身がアマチュアとして音楽を演奏する立場なので声を大にして言いますが、JASRACのやっていることには承伏できないことが多々あります。それは、必ずしも今回の裁判結果が妥当か否かとは別の問題ですが。(問題の記事はネット上で見たことがあるのですが、今確認したら既に削除されていました)
で、何が問題かというと、一言で言えばJASRACが守っているのは音楽家の利益ではなく、音楽業界(レコード会社や音楽出版社など)の利益に過ぎないように思えることです。音楽業界の利益を守ってもいいのですが、そのために音楽文化の発展の芽を潰して目先の利権を守っているように、私には見えます。
たとえば、街の小さな音楽喫茶やライブハウスから、高額の著作権使用料を取り立てる例はよく耳にします。私は過去に何度もそういうお店で演奏させていただいたことがあります。例えノーギャラ、ノーチャージであっても、お店の営業の中で演奏すれば、著作権料を払わなければならないという理屈になっています。そうしたら、演奏なんかさせない方がお店にとっては得、ということになってしまうでしょう。
CD-RやMDの私的録音補償金に対しても言いたいことはいっぱいあります。
実は問題はJASRACだけではなくて、たとえば著作権保護を錦の御旗に掲げて「コピーワンス」なんて不便なシステムを作りだしたテレビ業界(6月にダビング10に移行するそうですけれど)などにも同種の問題を感じるのです。
なるほど、そのような問題意識もお持ちだったのですね。興味深い話題です。
確かに、バイアスの掛かった報道ばかりであるように感じる時、忌々しく思います。
(偏向報道によって被害に遭われた方は、忌々しい所の話ではないだろうと思います。)
懲戒請求騒動の時もマスコミ全般の報道姿勢に甚だしく疑問を抱き、某番組に対しては憤りも覚え、マスコミ内で自浄作用を働かせることが出来ないならば、何らかの外部からの規制も致し方ないのかもしれないと考えた事がありました。(まだ、某番組に対してBPOが動く前の話です。)
でも、言論の規制は、慎重に検討すべき事柄ですよね…。
それに、「弁護人は何を説明すべきなのか?」エントリのNo.19やNo.21のSouさんのコメントなどを拝見して、基本的な対策としては、報道を受け取る視聴者側(自分を含め)の教育が大切なのだろうと考えるようになりました。
また、大淀事件(妊婦たらい回しと報道された事件)について、こちらのブログ(特にこちらのブログを通じて行き着いた惰眠さんのブログ)を拝見するまで、報道に偏向があった可能性にすら気づいていなかった事を思い知らされ、視聴者としての自分自身の問題を認識もしましたし…orz
視聴者(読者)が変われば、法による規制という諸刃の剣となる危険性もある方法を使わずに、偏向報道をもっと自制するようにプレッシャーをかける事が出来るかもしれません。
視聴者が変われば、将来記者になるかもしれない人間も変わるかもしれません。
(まぁ、偏向報道の対策として、視聴者側が変わることだけに期待をかけるのも甘いだろう…とは我ながら思ってますが^^;)
* * *
話題の燃料投下に失敗したような気がしますorzスイマセン
とりあえず、私も判決文を読んでみたくなりました。
* * *
余談:
自分の経験から「枚挙による帰納」という推論を行ってしまう事からは逃れ難いだろうという点からは、バイアスを完全に排除することは出来ないだろうと思っています。でも、バイアスを自覚しようとしたり取り除こうとしたりする事で、出来るだけバイアスを垂れ流さないようにブレーキをかけようと試みる事は出来そうですよね。
>No.3 惰眠さん
世間の受け取り方としては、ダイヤモンドの正当な記事に対して、JASRACがイチャモンを付けるため、また、JASRACに対する批判を許さないために訴訟を起こしたと言う見方がされているように思います。
また「司法もJASRACに味方した」とか「裁判官でさえJASRACに屈した」と言うように、ネット上で言われているのも事実なのですよね。
割りばし判決の裁判官と同じ方なのですが、落差が激しいようには思いました。まあ、ネット上には脊髄反射的なJASRAC批判者が多いのも確かですから、気にするには及ばないかも知れませんが。
>No.4 inti-solさん
レコード会社と音楽出版社は立場が違うので、分けた方がいいと思います。レコード会社は著作隣接権者であり、一方、音楽出版社は著作権者でありJASRACのメンバーです。音楽出版社は作曲家や作詞家と立場が同じであり、JASRACは音楽出版社の利益を守る必要があります。
JASRAC訴訟で有名なのは、新潟のジャズ喫茶スワンですね。JASRACがスワンに要求していた金額は年間55万円です。絶対値で考えれば、決して高くないと思いますが、いかがでしょうか。
>>No.6 しまさん
>割りばし判決の裁判官と同じ方
おおっそうだんですか?(さぶ)
そりゃぜひ判決文が読みたくなりました(笑)。
ちなみに私はこの権(笑)に関してはNo.4 inti-solさんのシンパといえます(笑)
> JASRACがスワンに要求していた金額は年間55万円です。絶対値で考えれば、決して高くないと思いますが、いかがでしょうか。
ものすごく高いと思います。
問題となったお店の3月のライブスケジュールがあります。
http://www4.ocn.ne.jp/~swan/live03.htm
月に14回やっているようです。お店の広さが分かりませんが、100人も200人も入る店とは思えません。また、広さがどれだけあろうと、現実的にアマチュア・またはセミプロが毎月演奏していて、そんなに人が集められるものではありません。自慢にもなりませんが、私は客席が無人で演奏したこともあります(一度しか経験ないですけど)。平均で観客が50人も行ったら驚異的ですが、仮に50人で月14回だと延べ700人です。700人から55万円とすれば、1人あたり785円となります。
このお店がライブチャージを取っているのかどうかは知りません。(ライブチャージタダでも、営業の一環としてのライブなら著作権使用料は取られる)が、取っているとしてもアマチュアあるいはセミプロクラスなら、せいぜい1000円くらいまででしょう。そのなかから785円を取るというのがどういうことか、私にはとうてい納得できる話ではありません。
逆に言うと、そんな金額を取られるのなら、チャージは安価には設定できない、ということにもなります。
> 音楽出版社は作曲家や作詞家と立場が同じであり、、JASRACは音楽出版社の利益を守る必要があります。
JASRACが音楽出版社の利益を守るのは構わないのですが、そのために音楽文化の芽を潰しているのではないか、と感じられるところに問題があります。
たとえば、私だってオリジナル曲の1曲2曲は作ったことがあります。
それを、「記念カキコ」ならぬJASRACへの記念登録ができるかと言えば、できません。JASRACは会員しか楽曲の登録はできません。会員の資格は、著作権使用料収入が30万円以上だったか(やや記憶が不正確ですが)要するに四捨五入していうとJASRACの売り上げに貢献した音楽家でないと会員にはなれません。それ例外は音楽出版社と契約して、それを通じて登録するしかない。そしてもちろん、私ごときが遊びで作った曲など音楽出版社が相手にするはずもなく、従って私の作った曲がJASRACの保護の対象になることはない、という寸法です。もちろん、実際には私は自作曲をJASRACに登録したいとはまったく思っていないのですけれど、かくのごとくJASRACは強者(音楽出版社や売れっ子音楽家)の権利だけを守る団体であって、アマチュアやセミプロも含んだ全ての音楽家の権利を守る団体ではない、ということです。
すみません、「そのために音楽文化の芽を潰しているのではないか、と感じられるところに問題があります。」と書いておきながら、その後に挙げた具体例はそれとは別の話になってしまいました。
それからもう一つ付け加えると、現在は音楽出版社の多く(全てではないが)はレコード会社の系列であり、大手レーベルからCDを出せば、そのレコード会社系列の音楽出版社を通じて楽曲の登録をするのが当たり前、という構図になっているようです。その意味で「レコード会社と音楽出版社は立場が違う」という実態ではないと思われます。
ああ、こういう話題になると小倉弁護士が来そうですね。それはともかく。
文化としての音楽が根付いているのであれば、高額なチャージでも、お客さんは訪れると思っているのですが。
JASRACはプロがプロ相手に交渉する団体だとは思っています。
問題なのは、アマチュアやセミプロの主張を代弁する団体がないことですよね。それはJASRACの問題でしょうか。それとも、団体を作ろうとしないアマチュアやセミプロの自らの問題でしょうか。
レコードがエジソンによって発明されて以来のコマーシャリズムが本質的に内包する問題だと思います。
エジソンの国アメリカでも議論が続いており、我が国でも過渡期的判決しか書けそうにないような気がしてきました。
>No.3 惰眠さん
それはそういうことだと私も思うのですが、空々しいというかなんというか。。。と感じるんですよね。
まあ、このダイヤモンド社の場合はどうなのかわかりませんけど。
下段でおっしゃられていることは、一理以上のものはあると思います。
一方で個人的には、そういうことにならないようにマスコミ自身が、もっと報道の精度を高めなければならない気もします。
No.12 しまさん
文化としての音楽が根付いていても、高額なチャージで日干しにされれば、枯れてしまうと思いますが。
また、アマチュアやセミプロの団体がないのは、作ろうとしないのではなく、作れないのだと思います。
企業に対して物を言うには、団体にならざるをえないのですが、
第一自分が音楽続けるかどうかもわからないのに、手間暇かかる団体なんて構成できませんよ。
自主制作CGアニメの分野においては、DoGAという私的団体(ほとんど個人営業)が、手弁当である程度の主張をしているようです。
テレビ等におけるアニメ使用、コンテストなどについて一方的な「誓約書」で著作権の行使を制限されていたのに対して、要望を入れたりしていました。
こういうボランティアをしてくれる方に頼るしかない(しかもどれだけありがたいことをしてもらっているか理解できていない人がほとんど)のが現状です。
モトケン先生のエントリコメント
>惰眠さんのリクエストによるエントリです。
を見ててハット気付きました。
こりゃチェッカーズの「涙のリクエスト」のだじゃれジャマイカ。
ナミダとダミン、よく似とるしw
でもきっと著作権には触れないはず、ですよね(爆)。
> 文化としての音楽が根付いているのであれば、高額なチャージでも、お客さんは訪れると思っているのですが。
文化としての音楽が根付いているか否かと、チャージが高額であって良いか否かは別の問題だろうと思います。そして、文化としての音楽を根付かせるために、音楽を生で聴くには高額なチャージが必ず必要という状況が有益であるようにも、私には思えません。
> JASRACはプロがプロ相手に交渉する団体だとは思っています。
そのとおりですね。そして、それ自体は構わないのですが、その「プロの団体」どあるJASRACがアマやセミプロの音楽活動にも干渉する結果になっているところに問題があります。
「アマチュアやセミプロの主張を代弁する団体がないこと」はJASRACの責任ではありません。けれども、アマチュアやセミプロの音楽の楽しみに制約をかけることはJASRACの責任ではないかなと思います。
>inti-solさん
新潟のジャズ喫茶スワンの55万円は、ライブ演奏の著作権料ではなく、日頃店内に流しているLPやCDに対しての賦課だったと記憶していますが、違いましたでしょうか。
毎日12時間、年350日として年間4200時間ですから、LP両面で5000枚強でしょうか。するとLP1枚かけるごとに100円、1曲10円〜20円という単価になります。2年ほど前に報道された時に、請求額の根拠としてこんな解説があったと記憶しているのですが・・・。
もし違っていたらゴメンナサイ。
JASRACの業務に関しては、もともとの設立趣旨からして音楽著作物に付随する(付随するって表現が妥当かは考え物ですが)財産権に関して、その権利者=音楽出版社≒レコード会社の利益を守ることが本旨ですので、『他人の財物』である楽曲や歌詞を利用する組織・企業・個人があれば、その対価をキッチリかっちり遺漏なく徴収するのが筋だと思います。
自己アピールで下手に(偽善的に?)文化的側面を謳ったりするからいけないんじゃないでしょうか。
inti-solさんの考え方もよく分かるのですが、「音楽」が「商品価値」を併せ持ちカネを産む「財物」である以上、言い方は悪くなりますが、セミプロやアマチュアが既存楽曲を演奏することは、状況によっては「他人のふんどしで相撲を取る」、一種のフリーライド状態を作り出していると見做すことも不可能ではないと思います。
そうすると、これは著作権者である音楽出版社やレコード会社にとっては財産権の侵害に他ならないわけですので、その権利保全業務を委託されている組織としては看過できないのが当然でしょう。
そういう点で私はJASRACの業務そのものは非難にあたらないと解しますので、ダイヤモンドの取材の「深さ」と「確かさ」について考えたいなーと思った次第です。
無論、JASRACの業務について、私と違う考え方があるのは百も承知ですし、そうした立場からダイヤモンドの報道をどう見たかなども伺えたらとも思います。
ダイヤモンド社は「判決」を受けて当該記事のオンライン掲載、削除したんですね。裁判所の「決定」をシカトしたどっかのホテルとは大違い(笑)。
JASRACの問題点は、席数で課金を決めることです。
売り上げとは関係ないのでライブハウスの経営が不可能です。
もうひとつの問題は、収納されたお金の配分が極めて不透明で、本来の権利者に渡っていることが説明できないことです。
> No.20 デクスターさん
いずれも問題ではないと思われます。
楽曲使用の料金は、出資金などのように事業の収益に対して出資比率に応じて配分するような性質のものではないからです。
仮にそのような計算を行うとなると、視聴率の高いスポンサーからの収益が多いテレビ番組で使用する場合には莫大な料金が発生し、視聴率が低迷している番組は寡少な料金となるなど、料金体系の公平性・安定性が著しく損なわれます。
もう一点については、「本来の権利者」とはどのような立場を想定していますか?作詞・作曲者は必ずしも(と言うよりも多くの場合において)「本来の権利者」ではありません。
そも、もし本当に「収納されたお金の配分が極めて不透明で、本来の権利者に渡っていることが説明できない」のであれば、まさにその「本来の権利者」が黙っている筈がないとはお考えにならないのでしょうか。
>No.21 惰眠さん
横レス失礼します。あまり詳しくありませんが、ちょっと違和感あったので・・・
使用料について「出資(配当金)相当と同等ではない」になると、影響度・収益相違があろうと全て一律にしないと問題となるような気がします。
客が0のスナックでも、不特定多数が聞くTV、ラジオでも全く同じ使用料にしないといけなくなります。
本当のところ、JASRACがブランケット契約を推奨しているのは、1曲毎の確認できないため、取りはぐれない為の「最大影響量(席数・床面積など)」をベースにした料金体系
なのだと思います。その料金体系が「実状にあっていない」のが問題だと思います。
また、ブランケット契約の場合、何の曲を何回演奏・流したか確認できないため、「誰も」どこに還元するべきか分からないと思います。
だから「本来の権利者」は誰であろうと、その取り分について意見を言う根拠がないことが問題だと考えます。
>21
テレビやコンサートは使用曲でチャージすればよいわけで、ライブハウスの席数のチャージはナンセンスです。この料金が原因で倒産しそうなテレビ局聞いたことがないです。席数課金が公平ならテレビの台数でチャージしますか?ビジネスモデルが違うので、それぞれ仕組みを別にすべきです。草の根の演奏活動をつぶすような課金は避けるべきと言っているのです。
収入元と支払い先を公開しているんですか?
していなければ文句のいいようがないですが。
監査も受けてるんですか?役員報酬も非公開ですね。不透明ですね。
>No.22 カツビンさん
私は逆に、違和感を感じないんですよ。
というのは、JASRACの包括契約の概括的な構造が、ちょうどレストランのバイキングになぞらえられるな、と思うからです。
和洋中華エスニック、デザートに飲み物、どれでも好きなのを好きなだけ飲食してくださって結構ですよ、その代わり皆さん一律これだけの料金を頂戴しますよ、というスタイルですね。
あるいは、携帯電話通話料のパッケージ契約も、似たシステムかもしれません。
この構造にしておけば、個別に使用された楽曲の内訳に関係なく一括パック料金を回収して、権利委託をしている会員に対し、規定の配分比率に従って分配すればよいのですから。
つまるところ、何の曲を何回、どの程度の秒数使用したか(昔のイントロクイズのように数秒しか使わないケースもあれば、フルコーラス聞かせるケースもあるでしょう)を厳密に管理できなくとも、権利委託をしている会員から不平不満が噴出しない程度には公平な料金の収受ができる上手いシステムだなぁと思います。
配分比率をどのようにして決めているか、外部からは確かに分かりませんけれども、それは受益当事者それぞれが納得していればいいことで、横合から口を差し挟むようなことではないと思います。
仮に、JASRACに委託している権利者が「もっと俺の所に厚く配分しろ!」などと騒ぎ出したとしても、それは権利者同士の内紛に過ぎないと言うのが私の判断です。
>No.23 デクスターさん
コンサートはともかく、テレビやラジオについて「使用曲でチャージ」は全く非現実的です。
バラエティー番組でワンフレーズ、ニュース番組で1小節、と言う流し方をした場合も課金対象なんですから、それこそ正確に把握できるわけがありません。
仮に把握できたとしても、その事務処理にかかる間接費用が料金に転嫁されることを考えれば、むしろ楽曲を使用する側のデメリットにしかなりません。
それと、放送使用に関する料金の算出根拠ですが、テレビ局やラジオ局を納得させられる「何か」があるとすれば、まさにその県域免許における受信可能所帯数であろうと想像されます。だとすれば、ライブハウスや歌声喫茶のようなものと、違いはないと考えられます。
実際にそうなのかどうかは知りませんが、放送局だって利潤追求する企業なんですから、無根拠な課金には反発するでしょうし、値切れるものなら値切るでしょう。
それでも(不承不承か納得づくかも分かりませんけど)支払を粛々と行っていると言うことは、それなりに反駁しがたいリクツが備わっているからだと考えるべきと思います。
>収入元と支払い先を公開しているんですか?
「収入元と支払先」がどういう意味なのかいまひとつ不明確ですが、いずれにせよ外部への公開は必要がないことだと思います。著作権管理を委託した権利者が納得していれば十分です。
>監査も受けてるんですか?
社団法人ですので、常識的に監査を受けていないなどと言うことはありえません。
>役員報酬も非公開ですね。不透明ですね。
私の勤めている民間企業も、役員報酬なんか公開してませんよ。総額で幾らが役員全体に支払われているかは調べれば分かりますが、そこまでです。そしてそれを「不透明」などとは言いません。大概の法人がそうなんじゃないでしょうか。
また仮に内部ガバナンスが不明朗だとしても、それは社団法人としての「倫理」において批難されるべきことに過ぎず、その業の正当性とは別の議論です。
デクスターさんはJASRACがお嫌いのようですが、問題として取り上げ、解決を求めるべきポイントを見誤っておられるように感じます。
私はJASRACとの利害関係当事者じゃないんで同法人を庇い立てしたりその言い分を代弁したりしてやる義理はないんですが、的外れな批判をしても何等の益も前進もありません。
JASRACからリアクションが引き出せたとしても、精々ダイヤモンド社のように「訴えてやる!」どまりではないでしょうか。
横レス失礼します。
>No.21 惰眠さん
この点に関しては、当該記事でもありましたが、「本来の権利者」の一員である作詞家作曲家の声を代弁する「改革派グループ」というのがあるようです。
日本作詞作曲家協会「J-scat」のトップページに永六輔会長によるステートメントが表明されてあります。もはや「黙っている筈がない」という状況なのだと思います。
ただしこれはJASRAC内における「作詞作曲家連合」VS「天下り官僚」という対立の構図のようにも受け取れるため、デクスターさんのJASRACそのものへのご批判を、必ずしも担保するものではないのかな、とも思います(^^)
町村教授のブログにエントリがありますね。
ダイヤモンドの件ではありませんが。
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2008/02/jasrac_df44.html
典型的な、組織運営を巡る会員間の内紛ですね。組織内で発言力を持つ叩き上げの現場出身者と、監督官庁から降りてきた人たちの軋轢が臨界を(部分的に)越えたってトコでしょうか。
日本カーブザイヤーが運営の公正さや透明性を巡って分裂し(自動車業界からの便宜供与を巡る不公平感、と言う説もありますが)、RJCが設立された経緯を彷彿とさせます。
私的には「勝手にやっとれ」です。
>No.24 惰眠さん
私も以前バンド活動行っていてライブハウスを何回か使用してました。 演奏曲をの決定は基本的にはバンドなので※1、実態としては公共のホールとある意味同じだと思いますし、例えであるバイキングは売る方が料理を用意しますが、ライブハウスでは「どのような料理」を揃えるかは事前には知りえないので同様な扱いには違和感があります。※1:ハウス側が希望を言う場合ありますが、最終的には
バンド自体が決めます。
なので、まだバンド側に払わせるほうが納得できます。
→その際、負荷かからないようにな料金設定が望ましい
また、ライブハウスとなるとロック系が多いですが、実態JASRACに登録している曲を演奏するかというあまり多くないような気がします。
※私の知っている範囲のライブハウス
このような実態と離れた課金には疑問があります。ただ、ライブハウスでもJASRAC登録曲を使用する可能性はあると思うので包括契約自体否定しませんが、「可能性」に払うわりに金額が高いという意識はあります。
であれば、従量制もないと片手落ちに見えます。様々な営業形態があるなかで、それぞれが選択できないのは問題があると考えます。 コピーを行うバンドにとって、楽曲の演奏者・作詞者・作曲者等をリスペクトしている場合が多いので、金を取られるならば、せめてその権利者にちゃんと還元したいという思いに共感します。(本論とは関係ありませんが・・)→権利者がレコード会社等であっても、その利益から演奏者・作詞者、作曲者を手厚く保護するのであれば納得できます。
→本来と相違の権利者が潤うのは納得いかない。
この本論は裁判結果の冷静な論評(記事の精度、マスコミの態度、証明性等)だと思いますが、この裁判結果を見てJASRACの行為全てが「批判にあたらない」という訳でもないと思います。
※もし議論ズレを嫌うならば、あまりJASRAC自体を擁護するのは止めたほうが良いような・・・不満ある人沢山居ますから・・・
法務業の末席さん
> 新潟のジャズ喫茶スワンの55万円は、ライブ演奏の著作権料ではなく、日頃店内に流しているLPやCDに対しての賦課だったと記憶していますが、違いましたでしょうか。
なるほど、そうだとするとLPやCDを聞くのにチャージがいるはずがない、そこから著作権料を55万円も取ることになります。いわゆる「喫茶店」の営業規模から考えるとすこぶる高額ではないでしょうか。
> 惰眠さん
> 「音楽」が「商品価値」を併せ持ちカネを産む「財物」である以上、言い方は悪くなりますが、セミプロやアマチュアが既存楽曲を演奏することは、状況によっては「他人のふんどしで相撲を取る」、一種のフリーライド状態を作り出していると見做すことも不可能ではないと思います。
> そうすると、これは著作権者である音楽出版社やレコード会社にとっては財産権の侵害に他ならないわけですので
いや、正直言って、私は正当な権利者(作者)に対して、正当な額の著作権使用料を払うのは仕方がないと思っています。(値段が妥当なのか、ということは別にしてですが)
問題は、その金額が高すぎるのではということと、カツビンさんが既に指摘しているように、包括契約という実際に演奏した曲が何であるかを一切把握しない契約をJASRACが推奨している、ということです。
個人的な事情の話になりますが、私が演奏している曲は、ボリビア5割、アルゼンチン3割、チリ・ペルーその他2割、つまり日本の曲は1曲もありません。
従って、演奏した曲目を明らかにしない限り、包括契約で支払ってしまったら、本来の作者にはびた一文たりとも著作権使用料が配分されないと思われます。JASRACは外国の著作権管理団体と提携しているので、曲目を明らかにすれば、さすがに本来の著作権者に使用料が行くでしょうけれど。
しかも、かなりの曲は伝承曲、あるいは作者が著作権登録をしていないため、本来著作権使用料が発生しません。(以前、ある喫茶店で演奏したところ、後で喫茶店にJASRACから著作権使用料の請求が行ったそうですが、1曲ごとの計算を強硬に主張して押し通したところ、15曲前後演奏したうち、著作権使用料が発生したのは6曲だけだったそうです)
従って、本来の作者に配分されない、訳の分からないお金は払いたくない、というのが偽らざる本音です。
著作権使用料の支払い義務はお店が負うものであって演奏者が負うわけではありませんけれど、ライブハウスとして営業しているところはともかく、一般の喫茶店にお願いして演奏させてもらうような場合は、そんなことでお店に迷惑をかけるわけにも行きません。
> 放送局だって利潤追求する企業なんですから、無根拠な課金には反発するでしょうし、値切れるものなら値切るでしょう。
JASRACは放送局の利益代弁機関でもあります。放送局も音楽出版社をもっているからです。テレビドラマの主題歌などは、それによってテレビ局にも利益をもたらします。
> もう一点については、「本来の権利者」とはどのような立場を想定していますか?作詞・作曲者は必ずしも(と言うよりも多くの場合において)「本来の権利者」ではありません。
少なくともJASRAC自身の説明によると「国内の作詞者(Author)、作曲者(Composer)、音楽出版者(Publisher)などの権利者から著作権の管理委託を受けるとともに〜」となっており、作詞・作曲者も本来の権利者と認識されているようですよ。
だけど、もしも本当に音楽の本来の権利者とはレコード会社や音楽出版社であって、作詞・作曲者は本来の権利者ではないのだ、ということになったら、私は著作権などというものは「くず」だと声をあげたくなります。(法律家のブログでそんなことは書きたくないですけれど)
私が思うに、そうやって音楽が「文化」ではなく「商売の道具」としての側面ばかりが強調されるようになればなるほど、音楽文化も、ひいては商売としての音楽も衰退していくことになるのではないかと私は危惧します。
それから、これは音楽の演奏者という特殊な立場からの、ある種の暴言として聞いていただきたいのですが
> セミプロやアマチュアが既存楽曲を演奏することは、状況によっては「他人のふんどしで相撲を取る」(以下略)
同じ著作物といっても、音楽というのは文章や絵画とはちょっと違う側面があると思うのです。強いて言えば戯曲や脚本も似た側面がありますけれど、文章や絵画はそれ自体が著作物としての完成品ですが、音楽の場合、作詞家や作曲家が作ったもの(歌詞と楽譜)は音楽の設計図であって音楽そのものではありません。
誰かが演奏したり歌ったりして、初めて音楽としての完成品になります。どんな素晴らしい曲でも、演奏されなければ何の意味もありません。そしてそれができるのは演奏者であり歌手です。作曲者にとって曲を作るのが大変なのと同様に、ときにはそれ以上に(人に聞いてもらうに足るレベルで)演奏するのも大変です。今はMIDIを駆使すれば、曲を作るのはコンピューターのなかった時代よりははるかに簡単になりましたが、DTMではない楽器を使って音楽を演奏する難易度はいつの時代も変わりありません。
それにもかかわらず、著作権は作詞家作曲家(それ以上に音楽出版社やレコード会社)のものであって、演奏者や歌手には何の権利もない。まあプロの演奏者や歌手がそれで良いと思っているのであればアマチュアの私が口を挟む問題でもないかも知れませんが、いささか割り切れないものは感じます。
それから、例え1小節でも使えば使用料の支払い義務が生じる、ということは知識としては知っていますが、これもすごい話だと思います。
文字の世界で考えてみれば、どんな人気小説家のベストセラー小説だろうと、大新聞の注目記事だろうと、それを一部引用することで著作権使用料支払い義務などというものは発生しません。
だって、考えてみてください。もじ文字の世界でJASRAC並の著作権管理をやったらどういうことになりますか?
たとえばこのブログでも、モトケンさんも他の投稿者も新聞サイトの記事を引用していますよね。そのたびに「著作権使用料」ということになって、何新聞の何月何日の記事と調べ上げることは困難だから、包括契約で著作権使用料、このくらいのアクセス数のサイトなら月にいくら、なんてことになったら、どうでしょう。それを異論なく受け入れられる人は少ないと思います。仮にそんなことを強行して、ネット上のありとあらゆるサイトから著作権使用料を取り立てた場合、ホームページやブログや掲示板といったネット文化が盛り上がるか衰退するかと言ったら、確実に衰退すると思います。
何で音楽だけ、こんな凄いことがまかり通るんだろうか。やはりJASRACの政治力なのでしょうか。
No.30 inti-solさま
それは、「引用」 だからです。
著作権法32条によって、無断利用が正当化されますので、「許諾を得るために必要な対価」 が発生しなくなるわけです。
音楽の場合、文章よりも 「引用」 と認められる範囲は類型的に狭くなるだろうと思います。
「報道、批評、研究」 等のためには、対象を一部紹介することが必要かつ適切な場合が多いので、このような扱いが認められているわけですが、音楽や写真の場合、文章と比較するとどうしても 「鑑賞」 の側面が強くなります。
JASRACが請求してきた場合に、「いや、ここでの使用は 『引用』 に該当するから権利侵害は発生していない」 と主張することは自由です。
が、「引用」 その他の著作権法上の 「著作権の制限」 に該当しない限り、一部の利用であっても著作権侵害は成立します。
(厳密に言えば、その「一部」だけでも著作物性が認められることが前提ですが)
なので、その対価として高いか安いかは議論・批判の対象にはなっても、「一部利用だから支払義務が発生するのはおかしい」 という批判は不適当です。
と言うのであれば、著作権等管理事業法に基づいて、JASRACと交渉することが出来るはずですが
レコード会社は著作隣接権を持っていますが、著作権を持っておりませんし(譲渡された場合は別)、歌手や演奏者は著作隣接権を持っておりますよ。生しませんね。引用の範囲を超えれば別ですが。
>No.29 inti-solさん
詳しくは分からないのですが
http://www.godotsushin.com/backnumber_nikkan/2005/2005_10.htmlまあ、交渉というのは難航するものではないでしょうか。
No.25 koさん
その図式は違うと思います。現在、JASRAC内部には天下り理事、天下り評議員は一人も存在しない状況です。天下り官僚が主導権を取れる状況ではないのです。
作詞作曲家の中で、守旧派と改革派に分かれて派閥争いをしており、一枚岩にまとまっていないと言う印象を受けます。そして、現在の所、守旧派が政治力を持っているのかなと言う印象を受けます。
>No.28 カツビンさん
まずレストランバイキングの「たとえ」ですが、私が意図したのは「レストラン=JASRAC」、「供される料理=管理楽曲」で、演奏者、消費者はその料理を食する来客です。
さてライブハウスに料金請求が行くことの可否についてですが、ライブハウスは実演家を招聘して演奏させ、その演奏めあてに集まった客から料金を徴収する営利事業ですから、小屋(≒興行主)のほうに請求が行くことは別におかしくないでしょう。
これは同感です。その営業手法として何でもかんでも包括契約を締結しようとするやり方は、批判を浴びても然るべきかと考えます。あえて言えば、実演家と小屋の側の取り決めで、楽曲使用料をどちらが負担するか(ギャランティーから相当分を引くとかで)取り決めをすることは可能かと思います。
ただし、これは料金設定の問題とも関連するのですが、著作権の管理委託を受けているに過ぎないJASRACは、独断で料金設定を値下げすることはできない――委託している権利者すべてから「収入減になってもOK」との同意を取り付けなければならない筈です。
そういう意味では「税吏」に過ぎぬJASRACをこの点で非難してもせんないのではないでしょうか。
>No.29 inti-solさん
おっしゃることは大変よく分ります。と言うか、「音楽」をどのように位置づけるかと言う点では、まったく同感です。
ただし、権利関係については若干異議があります。
JASRACの説明もよろしくないのですが、彼らが書き並べた権利者は、ひとつの楽曲に対して同時並列的に存在するわけでは――特に著名なレコードレーベルから出た楽曲の場合――ありません。
おそらく一番多いのは、著作権は音楽出版社に委譲されていて、アーティスト本人は権利を持っていないケースでしょう。
例の「JASRAC伝説」に出てくる大槻ケンヂ氏のケースも、おきたとされることが事実であるならば、大槻氏は「作者」ではあっても「著作権者(ライツホルダー)」ではなかったものと思われます。
つまり、楽曲を発表したときに契約していたレーベルに著作権が委譲されるのが、音楽業界のごく標準的な契約形態だということですので、大槻氏は「自分には著作権がないにもかかわらず」「本来の権利者」であるレーベルに「無断で」、その著作物を利用したことになります。
そしてJASRACは、正当な権利者(ライツホルダー)であるレーベルとの管理契約に基づき、レーベルに楽曲(歌詞)の使用料金を配分すべく、大槻氏から徴収した、ということです。
そうすると、大槻氏にJASRACから振込みがなされないのは当然です。お金がいくのは、ライツホルダーのところですので。
彼がこの件について配当を受けられるのは、レーベルと氏との間で二次使用に関するギャランティーの配分がきちんと契約で定められていた場合に、その約定に従ったレートの金額と言うことになります。
何年か前、マイケル・ジャクソンがビートルズの楽曲すべての著作権を買い取り、その著作権者(ライツホルダー)になったことがニュースになりましたが、これは「ビートルズを尊敬する演奏者が、その楽曲を演奏すると、その楽曲使用料は(基本的に)マイケル・ジャクソンの懐に入る」ということです。
原作者への配当に関する契約条項が特別にない限りは、ポールやジョン(の遺族)、リンゴやジョージ(の遺族)へは、1セントも行かないでしょう。
この構造を支えるのは「監視代行業」、「料金徴収代行業」に過ぎないJASRACではありません。
作者から著作権を譲り受けたレーベルなどや、手放さず自分で持ったままの作曲家・作詞家です。
是非はともかく、それが権利ビジネスです。
>No.29 inti-solさん
高いかどうかは人それぞれの感覚ですので、私には何とも言いようがありません。
ただ私は資格を取る前に小売りサービス業の世界におりましたが、勤務していた店で実際にJASRACから警告書を受け取った経験があります。その店は音楽とは縁がない単なる物販店でしたが、終日店内放送でCDを流していました。そのCD再生が「小売店として営業に利する目的」であるから著作権を侵害する行為になる、という警告文書でした。
この警告文を受けて間もなく、新聞でジャズ喫茶スワンの記事(数年前から著作権使用料の支払で紛糾して交渉中という内容でした)を読みましたので、強く印象に残っています。LP演奏の1曲当たり10数円というのは、その記事に解説されていたように記憶しています。
今回ご紹介されたスワンのHPを見ると、膨大なジャズのLPやCDの演奏がウリの喫茶店のようです。店内でのLP再生は営利目的であるのは明白ですから、当然JASRACは使用料を請求していると思います。年間55万円は、表と裏で約45分のLP演奏時間からすると、先に私が試算したようにLP1枚が約100円となりますし、1日当たり1500円ですから「すこぶる高額」とは思えません。月に何回かのライブだけで55万円徴収ではないと思えます。
私には惰眠さんの立てたエントリ主旨には、これ以上深入り出来る知識も見識もありませんので、門外漢はこれぐらいで退散させて頂きます。
>>No.35 惰眠さん
すっすごい。キッキモイだけの私(笑)など足元にも寄れませぬ。
ほんとにスゴス。
さすがモトケン先生に「ダミンのリクエスト」しただけのことはありますね(笑)。ただただソンケーのまなざし、でつ。
しまさん
> と言うのであれば、著作権等管理事業法に基づいて、JASRACと交渉することが出来るはずですが
そうですね。しかし一個人対JASRACでは対等の交渉は困難でしょう。もっとも、先の投稿で書いた喫茶店での演奏の時は、演奏を依頼してきた方がいろいろな状況を心得ていて、包括契約を迫るJASRACに対して1曲ごとの著作権料支払いを断固として主張して、押し切ったようですけれど。
私は趣味で音楽を楽しむ立場なので、JASRACと戦うことにエネルギーを費やすのは、あまり気が進みません。
惰眠さん
私の知る限り、音楽出版社と作曲者の利益配分は4(出版社)対6(作曲者)から5対5くらいが一般的だそうです。
大槻ケンヂ氏のケースの場合でも、従って利益配分が0ということはないはずです。ただ、その利益を飲み込んでしまったのがJASRACなのか音楽出版社なのかまでは分かりませんけれど。
もしイギリスや米国でも日本と同様のシステムであれば、音楽出版社が著作権をマイケル・ジャクソンに譲渡したとしても、引き続き作曲者(あるいはその遺族)に対して一定の割合の利益配分という契約がなされている可能性が極めて高いと思います。もちろん、音楽出版社を通さず、ビートルズのメンバー当人が著作権を持っていたなら、著作権の「販売代金」は直接彼らの懐に入ったはずでしょうし。
ただ、ここまで書いたところで一応JASRACの作品データ検索で調べてみました。
イエロー・サブマリン
http://www2.jasrac.or.jp/eJwid/main.jsp?trxID=F20101&WORKS_CD=0Y020604&subSessionID=001&subSession=start
イエスタディ
http://www2.jasrac.or.jp/eJwid/main.jsp?trxID=F20101&WORKS_CD=0Y003807&subSessionID=001&subSession=start
いずれもビートルズのメンバーが直接著作権を保持しているようですよ。
>No.35 惰眠さん
私も、営利で行っているのでライブハウスに請求行くのはしかたないとは思っています。
この仕組は私も考えました。ただ、従量制であることが前提です。ただ、実態から感じるのは「実演者の請求するほうが納得感ある」というだけです。
管理委託の場合「独断で料金設定を値下げすることはできない」のでしょうか?委託者に対し「収入減」についての同意取るのは困難だと思いますが、必ずしも徴収方法・料金設定変更(値下げ)は「収入減」に結びつく話しではないと思います。
「皆がある程度納得できる」徴収方法と料金のほうが、より広く徴収でき収入拡大や信用も得られる可能性もあると思います。
※料金設定や徴収方法も委託者承認いるのでしょうか?
仮にも著作権について管理委託されている「公益法人」ですから、不当な料金設定や徴収方法を責められても仕方ないと考えます。
>No.38 inti-solさん
情報ありがとうございます。
なるほど、ビートルズは権利を全部委譲してたわけじゃないんですね。
さすが権利意識がしっかりしている(?)。
M.ジャクソンのCome Togetherなんか虫唾が走る(笑)くちなので、ちょっと安心しました。
「大槻氏事例」で補足すると、音著から入金があるのはレコードレーベル、レコードレーベルが作者との間で作品の二次利用についても取り決めがあった場合、その定めに従ってレーベルから作者に分け前が回ってくる形態です。利益配分がゼロでなくても、音著から直接作者への入金はありません。配分金はレコード会社から来るのです。
あれが実話だとしたら、大槻氏は自分がレーベルと交わした契約の内容について、余りにも無邪気だと考えざるを得ません。
>No.39 カツビンさん
コメントNo.36で法務業の末席さんがお書きになっている計算を前提にすると、私は「単価そのものは高額ではない」と思います。
ブランケット契約と言う、一種の抱き合わせ販売ばかりをしようとするところが最大の問題だと思います。同じブランケットを用いるにしても、携帯みたいにもう少し細かいパッケージを工夫するとか、小口利用者に対しては従量制や「ばら売り」を検討してもいいのではないか、とも思います。
時々、音著ともめにもめた挙句「ばら売り」契約を勝ち取った人の武勇伝などもネット上で見かけますので、やってできない契約形態ではない筈ですし。
ただ音著は、楽曲管理を委任してきた著作権者の権利保護を最大の務めとする公益法人ですので――刑事事件の弁護人が、被告人の利益を最大優先しなくちゃいけないのとちょっと似てますね――権利者の同意を取り付けずに、その利益を減殺するようなことはするべきではないですし、また事実上できないと思います。
実演家と権利者、管理代行者、利用者の四者が同じテーブルに着きそれぞれがそれなりに妥協できる落としどころを見つける協議ができる場があればいいのでしょうが・・・難しいでしょうね。
たしか数年前にタレントや俳優の業界団体と、その商業利用をする事務所団体、放送事業者などが過去作品のネット配信展開について権利確保や利益配分を話し合ったものの、延々議論を重ねてようやく半歩前進できただけ、なんてニュースもあったくらいですから。
・・・うーん、週刊ダイヤモンドの記事ですが、こうしてみると、世間の怨嗟に乗っかった「売らんかな」だったような気もしますね。実際、当該記事を掲載した号は通常よりだいぶ多く売れたそうですし。
>No.40 惰眠さん
仰るとおり、「著作権者の権利保護」をしているので、徴収する業務自体を批判するつもりはありません。
だた、一方で公的一面(著作権思想の普及や音楽文化振興など)を標榜しているにも関わらず、零細店などを標的として、営業に支障をきたすような実態に合わない料金で、全体市場規模を縮小させるやり方は、公的債権回収業者として「どうなのだろう?」という事です。
「振興」し「広く長く」徴収することが、債権回収業者として高い能力を持っているという思いが根底にあります。
これが、民間債権業者で多重債務者を対象に取れるだけ取るような話であれば理解できますが。(公益法人にもありますが)
また、突然遡及請求してくる(真偽は分かりません)やり方等、反発のほうが強く、「著作権思想の普及」という意味でも疑問です。
後「単価そのものは高額ではない」という話も、その店の「売上」「収益」「音楽を流すことによる売上・収益に関する貢献度」によると思います。絶対値が少ないほど原価に占める割合が大きくなるので、個人の感想というより、その店の売上規模により評価が変わると思います。
個人経営の店が協議するにしても、各地区の寄り合いみたいな組合では、「テーブル」に着くことさえできないような気がします。結果、嫌気が差して撤退する店、新規参入なしなど市場
その通りだと思います。売る為には「読者」の心情に沿った話題になるのは当然だと思います。ただ、イイカゲンな記事を書くことで、結果的には逆効果のような気がしますが・・・この判決も、JASRACの勝ち誇った文章しか見てないので、どこまでがイイカゲンだったのか、判決要旨全文を早く見てみたいです。
判決の「謝罪広告なし」や「賠償額大幅減」などJASRACの前面勝訴にも見えないので・・
訂正追記です。
×:結果、嫌気が差して撤退する店、新規参入なしなど市場
○:結果、嫌気が差して撤退、新規参入なしなどで縮小していく気がします。
×:前面勝訴
○:全面勝訴
謝罪広告も同様ですね。余程の悪質性がない限り、この種の要求は認められないと思います。記事取り消しの文章を、ダイヤモンド誌面に掲載させる程度が一般的だと思います。
いずれにせよ、こういった訴訟の本来の狙いは、賠償金をせしめることではなく、掲載された記事の信頼性を公的機関(裁判所の認定)によって否定することの筈ですから、原告側としては記事内容が全否定さえされれば、全面的な勝利と言って差し支えないかと。
情において同感ですが、不同意です。 「稼ぎが少ないのは店の問題なんだから、楽曲使用料金に責任転嫁しないで営業努力しろ」と斬って捨てられてしまうと思います。 あるいは「払えるだけの稼ぎがないなら、分不相応に高額な演出を使わなければいい」と反論する余地があります。なお、私は音楽著作権協会が掲げる「著作権思想の普及や音楽文化振興など」は、精々、彼らに業務を委託しているライツホルダー側から見た「他人の権利物を使ったのならちゃんとそのお金を払いなさい」を言い換えただけと受け止めていますので、これらの文言を巡って音著を批判してもすれ違いにしかならないように思います。
ところで「零細店狙い撃ち」「なにがなんでもブランケット契約」「実態の確認できない過去分まで粗雑な計算でどっさり課金」等々の、典型的批判の内容が事実であるとすると、私には「JASRACは執拗で熱心」なのではなく「非常に面倒くさがりでめちゃくちゃ怠慢」なんじゃないかと思えてきます。
営業費用と回収料金の見合いの問題もあるでしょうが「一々細かい計算やチェックなんかしてらンねーよ、いいから纏めて払えよ、それで黙っててやるからよ」っていう意識が透けて見える気がするんです。大義名分は自分らの側にありますしね。本気でガチンコの折衝を仕掛けてくる楽曲使用者に対しては、結構折れているような印象もありますので尚更です。
『お客様から代金を頂戴する』タイプの、つまり営利法人企業にはまずありえないメンタリティーですが、利潤追求などしない公益社団法人だと、こういう思考の傾向があっても不思議ではない気がします。
>No.43 惰眠さん
記事の総体としては全面敗訴かもしれませんね。ただ記事を分解した際、「どの部分が嘘」「どの部分が真実であることの証明がない」「どの部分が事実」なのかを知りたいです。一応私はJASRAC批判側の意見で書いていますが、本当の所JASRAC批判する程の原体験がないので、真実を知りたい欲求が強いのです。
※これだけ批判があがっているのでだから、何かしらの問題があるのでは?という立場
効果が無いので殆ど「著作権者の経済的利益を侵害していない」とも取れますよね。使用料って「著作権者の経済的利益の保障(変動分)」と「純粋な著作物の利用許諾料(固定分)」の2つの要素があるのかなと思っているので、もっと安くても良いような気がするのです。
その通りだと思いますが、日本の音楽活動(文化活動)に対してJASRACの影響度が高いので、どうしても不満のぶつけ口になる心情は分かります。が、すれ違いにはなるでしょうね。 この辺りが、感情的な意見を増幅しているんだと思います。もうちょっとやり方考えたほうが余計な波風立てないで済むような気がします。 自ら「余計な波風」立ててる印象があります。まぁ、この部分も私の勝手な解釈でしかありませんが・・・
流れを読まずにすみませんが、感想だけ書かせて下さい。
音楽業界の著作権についてよく知らなかったのですが、このエントリがきっかけで少し調べてみましたので。
音楽とは無縁ではありませんでしたが基本的にクラシックだったので、これまでこの問題には無頓着でした…(^^;
調べていく中で、音楽著作権を管理する組織が、長年日本で唯一JASRACしかなかった(過去形)ことが問題だったのではないかと感じました。
とりわけ問題があるように感じたのは、自分の著作物に関してJASRACが徴収している著作権使用料がどれ位あるのか、JASRACに委託している著作者本人(受益当事者)にも明らかにされていないという指摘がなされている点でした。(下記の通り)
上記指摘の問題に対応するためには、既に本エントリでも何度か指摘されているように、特に著作物の包括利用許諾に関する使用料についてJASRACが適切な管理業務を行っているのかどうかを、確認/評価できる有効な手段が欲しい所であろうと思います。
音楽好きの人ならば、JASRACが適切な管理業務を行っていると納得が行けば、(たとえば、JASRACによって演奏利用料として自分達から徴収された金額が、特に作曲家や作詞家などの「受益者当事者としての著作者」にも納得の行く形で入金されていることが分れば)、ここまでの疑念や不満を感じることはなかったのではないかと思いました。
週刊ダイヤモンドがどのような記事を書いたか知らず、当該判決文も読んでいませんので、その是非は分りませんけどね。念為。
* * *
今では、JASRAC以外の管理団体もあるようですね。
2001年の「著作権等管理事業法」の施行により、権利者は、JASRACだけではなく複数の選択肢が得られるようになり、インディペンデント・レコード製作事業者協会(IRIA)も設立されたようです。
権利者にとっては良い事尽くめのようですが、利用者と管理団体(管理事業者)にとっては良い面も悪い面も生じているようです。
(参考:「著作権等管理事業法施行後の状況について」)
ちなみに、各団体の管理手数料(実施料率)対比表はこちら↓
ttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/014/03110601/002/002.htm(h抜き)
(続く)
惰眠さん
> 「稼ぎが少ないのは店の問題なんだから、楽曲使用料金に責任転嫁しないで営業努力しろ」と斬って捨てられてしまうと思います。あるいは「払えるだけの稼ぎがないなら、分不相応に高額な演出を使わなければいい」と反論する余地があります。
もしもJASRACがこんなことを言ったとしたら、、音楽は文化ではない、金儲けが100%だと宣言しているようなものではないでしょうか。そうすると、「音楽ビジネスのために文化としての音楽を殺す存在がJASRACだ」ということになってしまいそうです。
包括契約の問題は、実は私的録音録画補償金の問題にも通じているように思います。CD-RやMDにどの曲が複製されたかなど一切お構いなく、どころか他者の著作権を侵害するような録音録画に使われているかどうかも一切考慮することなく一律にお金を取っているわけです。しかも、それがどう分配されているのかはよく分からない。
これもまた無茶苦茶な話だと私は思います。しかも、著作権の侵害がなければ補償金は返金すると言いながら、返金に要する経費は申請者の負担。申請書の郵送に80円かかって、返ってくる補償額が5円とか10円では、誰もそんな申請をしない、ということに寄りかかった制度ではないのかと思ってしまいます。
今に、某懲戒請求と似たパターンが出てくるかも知れませんよ。制度の破綻を狙って、次々と補償金の返還請求を起こす運動が。
ただ、問題の本質は、必ずしもJASRACだけにあるわけではないのだと思います。
たとえば、「消費者」不在で売る側の論理だけを貫いた典型例として、CCCDの問題がありました。音質が劣化しても知りません、再生できなくてもCDプレーヤーが壊れても、返品にも補償にも応じません、という「売る側の都合至上主義」の発案はレコード会社によるもので、JASRACはそれを追認はしたでしょうが旗振り役だったわけではないでしょう。
たまたま目立つところにいるのがJASRACだからJASRACばかりが批判を受けるので、問題は音楽業界の構造全体にある気がします。
(続き)
でも、調べた範疇内では、とりあえず私的録音・録画補償金制度などに関しては疑問が残ります。
CDやDVDなどデジタル方式のコピー機能がついた機器を購入する時、その価格に「私的録音補償金」という著作物使用料が予め含まれています。
そして、指定管理団体であるSarahが、私的録音補償金を受ける権利を行使して、補償金を権利者に分配することになっていますが、その分配方法は、著作権者に対しては、JASRACを通じて分配されることになっているそうです。
Sarahのホームページ上では、「JASRACに管理を委託していない著作者で、具体的に指摘録音補償金の分配を受けたい方」はどうなるのかは明記されておらず、JSARACのホームページ(TOP)を見るように誘導されています。
しかし、誘導先のJSARACのホームページで、デジタル方式コピー機の私的録音補償金に関して、JASRACに管理を委託していない著作者への配分がどうなるかについて書かれた箇所を私はまだ見つけられずにいます。(もっと探せば、どこかに記載あるのかもしれませんが。)
と書かれているのは見つけましたが。
いずれにせよ、JASRACに管理を委託していない著作者が私的録音補償金の分配を受けるのは、少なくとも簡単そうには見えません。むしろ大変そうだなぁと思います…。
結局、この件に関しては、「著作権等管理事業法」施行後で音楽著作物の管理団体が増えていたとしても、JASRACが圧倒的優位にあるのではないでしょうか?
* * *
また、私的録音補償金に関しては、上記のように分配方法についてだけではなく、徴収方法についても疑問があります。
私的録音補償金は、CDやDVDなどデジタル方式のコピー機能がついた機器の購入者であっても、機器を再生だけに使用したり、自然の音を録音/録画したり(著作権物のコピーは行わない)するだけならば、支払う必要のないものです。
そのため、著作権法第104条2項では、著作物の私的録音以外に利用したことを証明して「私的録音補償金」の返還を請求することが出来るそうです。
但し、初の返還額は、たったの8円だったそうで、返還手続きの方が高く、赤字になったようですw
赤字になる位ならば返還を求めない方が、多いんじゃないでしょうかね?(^^;
* * *
こうして集められた「私的録音補償金」のうち、分配や返還が請求されず宙に浮いた分は、どこを潤すのでしょうか。
塵も積もれば山となるとも言いますし…。
「請求しないからいいんだ」という事になるのかもしれませんが、本件については何だか釈然としません。
「法を知らないと損をする」というのは成る程と思っているのですが、本件の場合は、「デジタルコピー機購入者で著作物の私的録音をしていない者」や、「JASRACに管理を委託をしていない著作者」が、法を調べた後も「どうやったら損をせずに済むのか」が、よく分からないので釈然としないのかもしれません。
まぁ、私の調べ方が足りないのかもしれませんけれどもね(^^;
No.46 inti-solさま
哲学というかバランスのとれる重心をどのへんとみなすかの問題では。
いいコンテンツはみんなに共有されてこそ豊かな文化の形成に寄与する
と
いいコンテンツを生み出すクリエイターに正当な対価が支払われることこそが(略
とのバランス。
>No.46 inti-solさん
あえて挑発的な表現をしますと、
だったら「文化」をお題目に掲げれば無銭飲食してもいいのか?万引きしてもいいのか?
と逆に言われることにもなります。
「金はない。だが俺は腹が減った。代金?そんな高い値段つけるお前が悪い。だから、食うけど払わない。こっちは生き死にの問題だ」
それは通用しないでしょう。
あまり「文化」を錦の御旗にしないほうがいいと思いますよ。
>No.49 惰眠さん
文化を錦の御旗にしているのはJASRACを始めとする権利者側も同じです。もっとも、権利者と利用者、双方が文化に重きをおいているのは不思議な気もします。