エントリ

靖国映画「事前試写を」 自民議員が要求、全議員対象に(asahi.com 2008年03月09日03時24分 ウェブ魚拓

 公開前ですし、私は国会議員でもなく試写を要求してもいませんので内容面に関するコメントはできませんが

 稲田議員は「表現の自由や上映を制限する意図はまったくない。でも、助成金の支払われ方がおかしいと取り上げられている問題を議員として検証することはできる」。

 検証した結果、稲田議員がおかしいと感じたらどうするつもりだったんでしょう。

  どう思っていたにせよ、何にも考えていなかったにせよ、どうにも表現の自由に対するデリカシーを欠く行動としか思えません。

それならば封切り前に自分たちのために試写会を開けと要求するのではなく,封切り後に映画館で見れば済んだ話ではないかという気がします。(la_causette

 私もそう思います。

 まあ、製作者側としてはいい宣伝になったのかも知れませんが、

 李監督は「『反日』と決めつけるのは狭い反応。賛否を超えた表現をしたつもりで、作品をもとに議論すべきだ」と話す。

 ここは大事だと思います。
 「作品をもとに」つまり映画は見てから自分の頭で評価すべきでしょう。
 それができる人ばかりなら、国会議員が事前に試写会を要求しようが、それに基づいてどんな発言をしようが関係ないと思いますが、その点についてはあまり楽観的ではありません。

 稲田議員としても、「見てから判断しようと考えていた」とおっしゃるかもしれませんが、ご自身が権力の行使者であるということを忘れちゃいませんかね。

続報エントリ
稲田先生の試写会

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コメント(56)

下品な表現を敢えて使いますが、こういう、程度の低い馬鹿が国会議員をやってるなんて世も末ですね。

 でも彼女も一応司法試験に受かってるんですよね・・・。

>No.2 ひらのさん
橋下さんも受かってますよ(笑)。

一応付言しておきますと、私はその単語を、あまり「お勉強系」ファンクションについては使わないようにしてます。
そういうケースには、もっと具体的な別の言い回しがありますので(笑)。

私、とある名誉毀損裁判の支援団体に入っているので、稲田朋美大先生とは少々因縁が(ってほどではありまくせんけれどね、私は被告側支援者であちらは原告側代理人)

弁護士としての能力は・・・・・・・・ちょっと首を傾げますね。(でも、あの弁護士グループの中ではまだしも能力のある人であることは確か)

昔、昭和天皇ご不例のとき戦争中の話題を持ち出した英国の大衆紙の記者に「国外退去を求めてはどうか?」と言った大臣がいましたね。二十年たっても「内容によって言論の自由の尺度が変わる政治家」がいるのは悲しいことです。
10年ほど前の「アメリカン・プレジデント」という映画のラスト近くでマイケル・ダグラス扮するアメリカ大統領がこんな台詞を言います。
「あなたは言論の自由が欲しいですか。なら相手があなたの気に食わないことを言う権利を認めなければならない、抗議のために国旗を燃やす権利をも認めなければならない、そうすることによってあなたは立ち上がって「わが国が自由の国であるという歌」を歌えるのだ。」
細かいところまで覚えていませんが、映画を見たとき、この台詞にはしびれました。

>No.3 惰眠さん

いえ、最初は「彼女が受かった頃の司法試験には憲法がなかったのだろうか?」と皮肉を書こうと思ったのですが、書き込む直前にああいう穏当な表現に改めました(笑)。

決して惰眠さんの言うことを否定するために司法試験を持ち出したわけではありませんのでご容赦を。

進歩的文化人諸氏に対し「突っ込んでください」と言わんばかりの稲田議員の今回の行動は白痴と言われてもいたしかたないと思われますが、この手の映画の作成費用を国費で賄うことはいかがなものでしょうか。
「日本政府は今回の映画に制作費を出している。したがってこの映画の内容は日本政府も真実と認めている。よって謝罪と賠償を…」って流れになっても不思議ではないでしょう。

無論、フィルタは審査段階(補助金の申請段階)でなされるべきであり、完成後にとやかく難癖をつけるべきでないことは言うまでもないものですが。

文化庁の重鎮に寺脇が居座っているので無理ないかもしれませんが、多少国益を考えた金の使い方をしてもらいたいものです(相手に口実を与えるような金の使い方をするべきではない と いう意味です)。

このような少なからず問題を提起されるような映画に日本国民の税金が文化庁から芸術文化振興基金を経由して助成金という名目で750万円が出ていたことは問題で、納税者の一人として疑問に思います。助成金を支出する基準が判りませんが、稲田議員および勉強会の議員に十分国会において議論して国民に知らしめて欲しいものです。
李纓監督は1963年生まれで江沢民の反日教育が始まった頃は30歳を越えているし、26歳頃に日本に来た彼の経歴から彼には悪意はなく自分が感じたこと表現したいことを映画にしたことは間違いなく彼を責める気は私には全くありません。
映画製作に税金が使われているから問題になっているのです。税金の使われ方が適正であったかどうか調査するのは国会議員の責務であり、稲田議員の活動をとやかく言う方の気持ちが判りません。
国民の税金の使われ方というキーワードが抜けた話のように思います。

私は、この映画をまだ見ていないので、作品の中身についてはコメントのしようがありません。ただ、稲田大先生もまた、試写を要求ということは、この映画をまだ見ていないということです。
まだ公開前の映画ですから、「少なからず問題を提起されるような映画」という評も、実際に見た上での評価ではないでしょう。
助成金を支払うことが問題なのかどうかは、中身を見てみないことには分からないのではないでしょうか。
映画製作に税金が使われること自体が問題だというなら、過去毎年十数本ずつの映画に助成金が出ているということ自体を問題にしないといけませんね。(私自身は、芸術分野に公費からの助成を行うことは是とする考えですけれど)

>No.9 inti-solさん
<作品の中身について>
当然私も映画を見ていません。でも、助成金を申請する際には、製作しようとする映画の内容、監督、スタッフリスト、台本などを提出して審査を受けるのではないかと思うのですが

<映画製作に税金が使われること自体が問題>
私の言葉足らずから誤解を招いたようです。申し訳ありません。私は映画製作に助成金を支出することに反対はしておりません。むしろ大いに賛成です。
ただ、少なくない国民が疑問に思っている作品に助成金を支出することが適当だったかどうか疑問に思っているだけです。
国民の税金が入っていない作品に事前試写を要求したならば、私も表現の自由を問題にして稲田議員を非難していたことでしょう。

No.8 komyさん
税金の使われ方をチェックすべきという点については同意します。
ただ、稲田議員が批判される理由は作品の公表前に実質的な圧力をかけたからです。税金の使われ方のチェックは公表後で十分です。
にもかかわらず公表前に試写を要求した理由はなにか?税金の使われ方のチェックが本当の目的ではなかったのではないか?が疑われるからこそ批判を受けているのでしょう。

>No.7 電算屋さん
>「日本政府は今回の映画に制作費を出している。したがってこの映画の内容は日本政府も真実と認めている。よって謝罪と賠償を…」って流れになっても不思議ではないでしょう。
>No.8 komyさん
>このような少なからず問題を提起されるような映画に日本国民の税金が文化庁から芸術文化振興基金を経由して助成金という名目で750万円が出ていたことは問題で、

お2人とも、なぜ「これは反日的映画である」という前提に立って発言されているのか、どうにも理解しがたいです。既に試写会でご覧になったのですか? 
あるいは、「政治的に賛否が分かれるような題材を扱った映画に対して助成金を出すべきでない」というニュアンスなのかもしれませんが、ならばどのような内容の映画に助成金を出すべきだとお考えですか?

>終戦記念日の境内の様々な光景をナレーションなしで映し続ける。
という内容なら、電算屋さん仰る所の「したがってこの映画の内容は<中略>よって謝罪と賠償を…」は、全く要らぬ心配でしょう。また、上記のような内容「だからこそ」助成金が出されたのでしょうし(→靖国を一方的に批判するような内容なら、そもそも助成金が下りなかったのでは?)。

>税金の使われ方が適正であったかどうか調査するのは国会議員の責務であり、
だとすれば尚更、「検閲」と受け取られかねない形で申し入れを行うべきではなかったと思います。

>電算屋さん
>謝罪と賠償を…」って流れになっても不思議ではないでしょう。
考えすぎでは?

>komyさん
>少なくない国民が疑問に思っている作品
まだ上映されて無い映画の
どこに疑問を持ってるのかよくわかりませんが
万人にウケル表現以外は助成金は出すなってことでしょうか?

靖国神社を題材として映画を作るとなると、右翼的か反日かどちらかになるだろうと予想されてしまうのは、さほど不自然ではないのではないでしょうか。靖国神社自体が極めて偏向した存在であるわけですから。

またこの記事の中でも

「靖国」は、李監督が97年から撮影を開始。一般の戦没遺族のほか、軍服を着て自らの歴史観を絶叫する若者や星条旗を掲げて小泉元首相の参拝を支持する米国人など、終戦記念日の境内の様々な光景をナレーションなしで映し続ける。先月のベルリン国際映画祭などにも正式招待された。アルゴの宣伝担当者は「イデオロギーや政治色はない」と話すが、南京事件の写真で一部で論争になっているものも登場することなどから、マスコミ向けの試写を見た神社新報や週刊誌が昨年12月以降、「客観性を欠く」「反日映画」と報道。文化庁が指導する独立行政法人が管理する芸術文化振興基金から06年度に助成金750万円が出ていたことも問題視した。同基金は政府出資と民間寄付を原資とし、運用益で文化支援している。

とあるわけですから、少なくともマスコミ向け試写を見た上で反日映画だという評価が、既に一部から出ているのも事実です。ただし、そのように報道しているのが「神社新報や週刊誌」であるので、その評価が公正なものかどうかは疑問がありますけどね。おそらく、見る人の立場によって評価にはかなり差が出てしまうと思います。

靖国神社を全面肯定も全面否定もせず、完全に中立な立場の映画を作ることが可能だったとしても、全面肯定しない限りは、靖国神社側から見たら反日映画とされてしまうかも。

そういう意味では、「伝統と創造の会」「平和靖国議連」がどのような評価を出すかは、ある程度予想できてしまうような気がします…

単純な疑問なんですが
稲田朋美代議士は子供を生んで育てたことがあるのでしょうか?

>No.7 電算屋さん

相変わらずですね
「進歩的文化人諸氏」と言うレッテルを貼って
やはり人生を楽しめるものでしょうか?

「芸術文化振興基金」の応募資格は次のようになっています。

当基金の助成を受けるにあたっては、応募する団体・個人及び活動が以下の点に該当する必要があります。

1. 芸術・文化に係る活動を行う団体または個人であること。
2. 応募する活動の主催者であること。
3. 特定の企業名等を活動名に付ける、いわゆる『冠公演』でないこと。
4. 慈善事業への寄附を目的として行われる活動でないこと。
5. 宗教的、政治的な宣伝意図を有する活動でないこと。
6. 文化庁の補助金や請負費等が支出される活動でないこと。

(「芸術文化振興基金 Q&A」

今回の映画を問題だとする理由は5. だと思うのですが。
「異論がある」「意見が分かれている」問題が含まれていることが「政治的な宣伝意図を有する」に該当するでしょうか。

稲田さんの担っている役割は「保守派の鉄砲玉」、または「保守派の街宣車」みたいなものかなと(なので私としては悲哀を感じてしまったり)。「世間一般的」な感覚ではなんだそれ?と思われようとも、ターゲット(今回の件では芸術文化振興基金や似たような仕事をしている人たち)を萎縮させ実質的な効果を発揮することを目的としているのではと。


ただ、稲田さん周辺の方々の感覚はけっこう凄まじいので、ガチで素でベタな可能性もありますが。稲田さんの同志もこんな方のようですし。


図書館に所蔵資料の訂正を求める戸井田とおる議員
http://d.hatena.ne.jp/good2nd/20070314/1173835217


「反日」と「税金の使い道」については下のような話もありました。古森義久さんの場合は国会議員じゃないですし一応保守派の重鎮ですから稲田さんというより蓑田胸喜でしょうか。


エグイ文章を見つけた。
http://mudaimudai.exblog.jp/4057150/

これヤバくない?
http://mudaimudai.exblog.jp/4207773/


上では「反日=日本の政府与党や多数派の考え方に反する」みたいにしてますが、下では「日本の政府与党や多数派の考え方に反する=愛国」になるんでしょうね、この系統の方々からすれば。


ようするに「わたしが嫌なもの=反日」ってことなんでしょうけど。私からすれば、稲田さんや古森さんこそ「反日」なんですが、恥ずかしいので「反日」とかベタには言わないです。


ちなみに、沖縄での事件に関して「被害者の落ち度」論を素早く展開した花岡信昭さんの役割も似たようなかんじでしょうか。

端的に言って、中身について「国勢調査」なんて言い出すあたりが稲田代議士の馬鹿さ加減を雄弁に物語ってますな。
適正支出を云々するのなら、例えば助成金をン千万単位で受け取っておきながら実際の支出はン百万円規模で差額がどこに消えたか分かんないって言うような不明朗会計を質す程度が精々で、そんなもなぁ収支報告あたりを精査すりゃ済む話。

常々思うんだけど、この稲田とか見たいな人士のメンタリティーって、この日本なんかよりも共産党一党独裁国とか朝鮮労働党独裁国のほうがぴったりフィットするんじゃないですかね。
おおよそ、通常の民主主義国家にとって彼女のような思考は「人民の敵」にしかならんのだけど、きっと自覚ないんだろうなあ。

 そもそも映画や演劇というのは、制作者の自己主張が色濃く反映されるのは当然のことであって、作者の主義主張の表現物に他ならない。そうした「主義主張の表現物」に、国家権力が直接に資金などを支援するという行為は、国家推薦の芸術作品を認定することであり、日本国憲法の「言論、出版、表現の自由」に抵触することにつながる、という論が成り立つ。

 そうした憲法理念に抵触する行為とならないように、助成金支給は文化庁などが直接行なうのではなく、芸術文化活動のサポートを目的とた適当な民間団体の運営を助成するという形で、公費助成金を当該芸術支援活動の民間団体に支出している。公費支出はその「芸術支援活動の民間団体」に対するものであり、映画製作者に直接公費が支出されている訳ではない、という理屈である。その上でどの映画制作の企画プランに助成を行なうのかについては、芸術支援活動の民間団体の「判断基準」により行なわれている、というシステムになっているはずだ。

 こうした助成システムは公権力の直接的関与を形式的に否定するだけの「建前」であって、実質は国家機関の文化庁自らがが公費をもって芸術活動を助成しているに等しい、このように評すことも可能であろう。ただ「芸術文化振興基金」の存在は文化庁のダミーであり、実質は文化庁の公費助成と言い切ってしまうと、憲法の「言論の自由」を文化庁が冒していることになってしまい、芸術振興を目的とした個別芸術作品への公費助成は問題があることになる。

 このように突き詰めていくと、「芸術文化振興基金」が助成対象としてどの映画を選んだかについて、国会がチェックすべきだという今回の稲田議員の主張は、芸術作品の国家機関による推薦(お墨付き付与)を行うべきだという論につながる。こうした「芸術の国家選別・国家推薦を行うべき」という同議員の考え方は、憲法21条の理解が私とは全く異なるからこそ成り立つのであろう。

 公費をもって芸術振興を行いたい、されど個別作品に国家機関が直接公費を支給すると憲法違反になってしまう。そのジレンマから生まれた必要悪とも言えるシステムが「芸術支援活動の民間団体」=「芸術文化振興基金」の介在であろう。公費による芸術文化の振興を是とするならば、こうした形式的な建前的システムについても容認しなければならないのではなかろうか。

 ただし、「芸術支援活動の民間団体」の活動目的や基準が適当かどうかはチェックすべきではあるが、それは当該団体の活動を事後的にチェックすればよい。公費を支出する先としてふさわしくない民間団体であれば、次年度からその団体に向けての公費支出を取りやめれば宜しい。助成対象となった個別作品の一つ一つのシーンに至るまで国会や文化庁自らが行なうことは、まさしく憲法21条2項の「検閲」に該当するので行なうべきではない。私自身はこのように考えている。

ご教授いただければ幸いです。

氏が仰っておられる、国政調査権は、憲法62条・議員の国政調査権と成ると思われるのですが、これらの執行は両院に有りますので、氏は衆議院に属しておられますので、該当の委員会は、文部科学委員会と思われるのですが、氏は、委員ではないようです、法務委員会委員に成られておられます。 衆議院及び委員会での国政調査権の権限行使は、決議がないと出来なかったと思われるのですが。 衆議院もしくは、委員会での決議があったので御座いましょうか。 個々の国会議員が行える事ではないと思われます。 

氏の調査権は 「予備的調査」(予備的調査制度)に当たると思われるのですが。
1 予備的調査の概要
「予備的調査」とは、衆議院の委員会が行う審査又は調査のために、委員会がいわゆる下調査として衆議院調査局長又は衆議院法制局長(以下「調査局長等」という。)に調査を命じて行わせるものである。
(1) 予備的調査の命令
イ 40人以上の議員が、委員会が予備的調査の命令を発することを要請する予備的調査要請書を議長に提出し、当該要請書の送付を受けた委員会が予備的調査を命ずる場合(衆議院規則第56条の3)。

この場合、当該要請の内容が国民の基本的人権を不当に侵害するおそれがあると認めるとき、又は刑事訴追を受けている事件に関するものであるときを除き、要請書の送付を受けた委員会は、理事会の協議により委員会の議決を経ないで予備的調査命令を発することとする運用がこれまで行われている。

 予備的調査の手続きも、衆議院調査局長又は衆議院法制局長に調査を命じて行わせるものですから、 氏が仰っておられる、国政調査権に関して、国政調査権及び予備的調査上の手続きに問題は御座いませんのでしょうか。

費を支出する先としてふさわしくない民間団体であれば

それに対処する手続きが働かないなかで稲田議員の発言になったのでは?
文化庁の尻を叩くのが先決なのに、何で議員ばかり責めるかなあ?

>No.21 omizoさま

憲法62条の国政調査権は国会という「機関」に与えられた権利ですが、一人一人の国会議員「個人」には、国会法第74条による国政調査の権利、すなわち質問主意書という武器を与えらています。この質問主意書の制度を「議員個人に与えられた国政調査権」と言う場合もあり、稲田議員の文化庁に大して発した文書もこの質問主意書であろうと推察できます。

この質問主意書は、議員個人が所属する院(衆院・参院)の議長を通して内閣に対して提出することができ、内閣・官庁に対する報告や記録提出要求を行なう手段として使われます。議員から質問主意書が提出された場合、内閣(所轄省庁)は7日以内に議長を経てその議員宛に文書で回答を行なわなければなりません。なお質問主意書提出には議長の承認が必要ですが、承認は実質的には事務的なものといえ、質問主意書の形式が整っていれば議長は受理して内閣に伝達します。

この国会法第74条に基づく質問主意書の権利は、全ての委員会に議員を送り込めない弱小ミニ政党や、大政党所属でも一匹狼的なスタンドプレーが得意な議員にとって非常に有効な武器となります。民主党の菅直人氏がまだ社民連というミニ政党から衆議院議員になったばかりの頃、丸山ワクチン問題などに絡めてこの質問主意書を多用し、「市民派議員」としての足場固めに成功したのは良く知られています。最近では自民党を離れた鈴木宗男氏も、この質問主意書制度を多く活用する議員として有名です。

No.23 法務業の末席さん
細かい点ですが憲法62条の国政調査権は「国会」ではなく「議院」の権限です

>No.22 MultiSyncさん
なんでって、そりゃ国政調査権を口実に公開前の映画を見せろだなんてバカなことを言い出したからに決まってるでしょ。

>No.22 MultiSyncさま

>文化庁の尻を叩くのが先決

文化庁が公費を支出する先として、「芸術文化振興基金」という芸術支援活動の民間団体の活動目的や基準が適当かどうかについてチェックすべし、これが先の私の投稿主旨です。ですので文化庁の尻を叩く先が「芸術文化振興基金」に向いているのであれば、私は問題だとは思いません。

ところが稲田議員の主張する公費支出に絡んで尻を叩く先は、芸術文化振興基金の活動目的や基準の適否をチェックするにとどまらず、同協会から助成を受けた映画そのものに向いているように報道からは感じられます。さらにはそのチェックの為には映画の全編を見る必要があるとのことですが、これは映画のワンカットごとについてチェックする必要があると考えておられるように感じ取れます。

こうした同議員の主張は「国政調査権」に名を借りた「検閲」にあたるのではないか、という疑問を感じております。また司法試験に合格されて弁護士として活動されてきた同議員が、「言論の自由と検閲」という憲法の理念についても、国民の多数意見とは異なった解釈と理解をされているように思えます。

稲田議員が、文化庁と当該映画との間に芸術文化振興基金という団体が介在していることをことさら無視し、税金から政策資金を援助するからには内閣の一員である文化庁、すなわち日本の国家が映画のワンカット毎に直接指揮監督を及ぼすべき、と言われるなら憲法の理念に照らしてはなはだ問題があると考えます。

>No.24 ろくろくびさま

ご指摘ありがとうございます。
皆様、私の投稿での「国会」を「議院」と読み替えていただけると嬉しいです。

> No.26 法務業の末席さま
>No.22 MultiSyncさま

今回の稲田議員の行動は氏が好ましくないと判断している団体に格好の口実を与えることになるこそすれ、氏の目的を果たすことにはならないと考えております。
今のところマスコミの食いつきは悪いようですが(国土交通省をはじめおいしいネタがたくさんあるからでしょうか…)、本当に突っ込みどころ満載な行動だったと思います。

「文化庁」または「芸術文化振興基金」の活動にメスを入れる方がはるかに効果的だったと思います。
一旦金を出して出来上がったものに後出しじゃんけんで文句を言うのは筋違いですし、どー考えても「検閲」以外の何物でもないので、相手に錦の御旗を与えてしまうことになります。

ただし、一連の稲田議員が憲法21条の理解が乏しく議員にふさわしくないとしても、その思想を糾弾すべきであり、安易に氏の生い立ちや家族構成をダシにして中傷するのはいかがなものかと思われます。これはお二人方へのコメントではございませんが。

公開前の映画を見せろだなんてバカなことを

マスコミには進んで見せて居ますよね。

金を取れないから見せたくない、てことはないですね、それとも、議員だから見せたくないのでしょうか?

「その数十人の議員に映画公開を差止める権限が有りそれを怖れているのか?」の方向に思考すれば、更に不可思議なことに成ります。

付き詰めると「問題が有る」と言う声が上がっても議員は何もしてはいけない、という主張に見えてきたりする。

>No.29 MultiSyncさん

結果的に全国会議員対象の試写会をやるそうですし、
だれもみせたくないなどと言っていないと思いますよ。

議員としてのルートを使って公開前の映画を見せろという行為自体が
やはりバカと言わざるを得ません。


>No.23 法務業の末席 さま

ありがとうございます。

質問主意書 でございますね。

 書面により返答を求め、書面にて回答 の様でございます。 違いでございました訂正お願いいたします。

 氏は、直電された様なニュアンスの報道がされておりましたもので。 

 氏が問題が有るとするなら、民衆主義は手続きですので、手続き上問題ないのなら、なんら問題視はいたしてはおりませんが。

 衆議院の国政調査権の発令なり予備的調査を持って調査していただければ、調査権を行使出来るとも思われるのですが。 芸術文化振興基金の15年度以後の全ての調査も可能ですし。 専門委員会員の審査方について、証人喚問も可能ですし。 

尚、交付金750万円の内20%は、民間からの出えん金も含まれておりますが。

  私も、国政調査権の名を借りた、検閲と疑りたく成るような事柄に感じます。

検閲

税金を投入した対象物なら、出資者として監視するほうが当然です。
「上映するな」と言う検閲なら問題ありですが、意味が違うでしょう。

文化に口を出さないなどと言う建前自体が胡散臭いものです。

前年には、あからさまに日本人蔑視の韓国人礼賛映画(鉄道関係です)に補助金だしてましたから、反省しないほうが馬鹿なのでは。

>No.29 MultiSyncさん
ネタですか?それとも本当に問題点を理解できるだけの頭がないんですか?
私はネタの相手をするほど暇じゃないし、頭の悪い人に付き合うほど根気強くもありません。

>惰眠さん
主張は「国会議員は、一般公開より先に映画を見てはいけない」ですよね。
馬鹿と言ってまで非難したい気持ちにはちょっと興味が有るんですが、別の角度を紹介しただけで、無理に付き合っていただく必要も有りません、そのような見方を粉砕したいなら御勝手に。

Multisyncさんへ

念のためお伝えいたしますが、
記事によると
議員は「マスコミ向け試写会の日程を伝えたが、議員側の都合がつかない」と断わっています。

国政調査権を振りかざしてでも、見たい映画ならば、
都合をつけていけばよかったのに、と思います。

>No.20 23 法務業の末席さん
勉強になります。有難うございました。

国会議員が芸術文化振興基金助成金交付要綱に従い適切にに運用されているか疑問に思い、公開前に試写を要求したことまでは容認できます。
試写を見た後の稲田議員達の言動の是非は別です。もう少しすれば私達にも映画の詳しい情報が入ってくるでしょうから、そのとき判断したいと思います。

>No.31 omizoさま
>書面により返答を求め、書面にて回答

原則論としてはその通り、文書の遣り取りなんですが、ビミョーな部分もありまして・・・。

え〜、実は私自身も、仕事(社労士)として厚労省内部の事務処理規程や法令の運用ルールなどの内部文書を手に入れたいときに、懇意の国会議員に依頼して「質問主意書」を書いてもらい、必要な内部文書を入手するということをお願いしたことがあります。

私個人が情報公開の手続で請求する手段もありますが、この「議員個人の国政調査権」を利用すると短期間(議員と省庁の間では7日以内、私が議員に依頼してから概ね半月以内)に、普通ではなかなか見せて貰えない省庁の内部文書が、担当課長名の回答書という説明文(実際に書くのは若手官僚ですが)を添付した上で手に入ります。古い通達や内簡を入手したいときに便利な方法だからです。

ただし私が懇意にしている議員は、単に内部文書のコピーだけ入手できれば良く、所轄省庁の説明が不用の場合には「質問主意書」を書いて議長へ提出(実際には議長に面会して手渡しするのではなく、議院の事務方へ提出です)する面倒を省き、面識のある課長または課長補佐クラスに直接電話で文書コピーを依頼する場合もあるようです。

本来こうした議員の電話要請に省庁官僚は従う義務はありませんが、議員の方は心得たもので次のようにヤンワリとプレッシャーを掛けて電話交渉するようです。(以下の議員のセリフには、私の脚色が入ってます)

「あ〜、○○議員だけど、コレコレの文書コピーが欲しいから頼むよ」
「えっ、部内限りの文書だからダメ? じゃいいよ、質問主意書を議長に出すから。主意書がオタクの方に回れば回答書の作成という仕事も増えて大変でしょ?」
「え〜っ、それでもイヤ? それなら来週の国会○○委員会でボクに質問の持ち時間があるから、そのときにオタクの大臣を呼びつけて徹底的に吊し上げるけど、そうなるとアンタ方もっと大変だよ」
大抵は1行目のセリフの段階で承諾の返事があるようですが・・・。

ここから先は私の勝手な想像ですが、今回稲田議員はこうした電話による直交渉を文化庁相手に行なったように感じます。しかも同議員のプレッシャーのかけ方が上記のセリフに比して格段にキツイ言葉と態度であり、文化庁の官僚も「泣く子と地頭には勝てない」とばかりに試写会の手配をさせられたのではないかと想像します。

>No.36 komyさま

国会議員が芸術文化振興基金助成金交付要綱に従い適切にに運用されているか疑問に思い、公開前に試写を要求したことまでは容認できます。

う〜ん、私は稲田氏に限らず、国会議員が芸術文化振興基金の助成金交付が、適正に運用されているか検証するために助成金を受けた映画を見る、という行為そのものは否定しませんが・・・。

ですが、なぜ文化庁に試写の会場やフィルムを借り出しを手配させるという無理をさせてまで、この映画だけは公開前に見なければいけないのでしょうか?

稲田議員が本当に公費支出の実態を検証するのが目的なら、当該協会が助成した全ての映画に加えて、助成申請を却下した映画(企画段階でボツになったものもあるでしょう)も全て目を通して比較し、当該協会の助成金支給の実態を検証すべきでしょう。

この映画だけは公開前に見なければならないと主張される裏には、試写を見た結果稲田議員が不適切な映画と判断したときは、同議員は次に何を主張するおつもりなのでしょうか?
まさか映画の公開差し止めを言い出すのではないでしょうね。

 * * *

以下はkomyさま宛てではなく、私の単なる独り言です。

このエントリは、ここまで噛み砕いて解説しなければならないテーマなんだろうか・・・?

「裁判所に匹敵する権限を持たせた委員会から、表現の自由への脅威をどう排除するのか」(稲田朋美衆院議員)など異論が相次いだ。

人権擁護法案関連の記事です。
稲田議員は、表現の自由の保障について
重大な関心を抱いておられるようですね。

>No.34 MultiSyncさん

主張は「国会議員は、一般公開より先に映画を見てはいけない」ですよね。

は?????
本当に理解できてないんですか。驚きました。

> No.38 法務業の末席さん

稲田議員が本当に公費支出の実態を検証するのが目的なら、当該協会が助成した全ての映画に加えて、助成申請を却下した映画(企画段階でボツになったものもあるでしょう)も全て目を通して比較し、当該協会の助成金支給の実態を検証すべきでしょう。

映画だけではないですよ。
芸術文化振興基金が助成するのは、舞台(音楽・演劇・舞踏)・地域文化・伝統芸能・美術・文化財 と多岐に渡っています。
2007年度の補助金採択件数は829件(応募:1,545件)でした。
「やはり公開前に議員が見ないと検証できない。審査員による審査ではダメだ」という話になったら、全部見るおつもりでしょうか。

映画はフィルム(DVD)貸し出しで済みますが、実演だったらどうするんでしょう。公演日前に演者・スタッフを集合させて「さあ、やんなさい」ですかね(それで余計にかかる費用は誰が出すのかと)。

※上記の件数は芸術文化振興基金サイトより

 お初にお目にかかります。
 少し前からこちらのブログをROMさせていただいていたのですが、今回の件については少々疑問点がありましたので、ご教示いただければ幸いです。

 賛成派・反対派(というわけでもないのでしょうが)いずれの方も「税金の使途を監視するのは当然」であるから、「内容についても一定のチェックが入るべき」というご意見がスタンダードに述べられています。

ただ、これについて疑問があるわけです。
「税金の使途を監視」するのは当然かと思いますが、あくまでそれは「助成金が確かに映画製作に使われ」「その使われ方も映画の撮影として常識的なものであるか。横領やそれに類するような不正行為がないか」という経費監査的な観点で行われるべきで、作品の「内容」に関連した監視が行われるべきではないのではないでしょうか。

確かに某隣国は外国人アーティストの公演での騒動にみるように、文化すら自国の宣伝に利用して当然であり、それに反する言論は認めないという姿勢が明白です。しかしながら、作品の思想内容を問題にし、「国民の多くが疑問」などとあいまいな基準をもって助成の支給不支給を決めるような態度は、たとえその態様が上映制限のようにダイレクトなものでなく、つつましやかなものであったとしても、民主国家であり言論の自由が保障されたはずの自国を、自らその高邁な理想を否定してむきだしの利害にのみ敏感な「気品のない国家」に貶める行為ではないのでしょうか。

たとえ国家の利害に対立する主張であったとしても、その主張は認められるべきですし、そこに芸術的価値があるのであれば、他の(利害対立の無い)内容の映画と同様に助成は受けられてしかるべきだと思います。「国民の大多数が疑問に思う」内容の映画であるならば、「つくる会教科書」のように反論する立場から別途映画を製作する人々が多数出現してしかるべきですし、それであれば国民的議論が深まりこそすれ、国にとって不都合な結果が現出するとも思えません。反論する立場の映画も要件を満たせば当然に助成は得られることでしょう。

そもそも、助成しない基準に「政治的宣伝」などという文言が入っていること自体が驚きでした。個人的にはここには「専ら」という言葉が入るべきではないかと思うのですが、この点についてはいかがなものでしょうか。

初めての書き込みで、しかも法律的なバックグラウンドもないまま書いていますので内容に齟齬があるやもしれませんが、私の素直な疑問として書かせていただきました。

まぁ普通にみて、「反日映画だろう」との偏見が先にあり、「公開差し止め」までいかなくとも、「事実認定と相違する点」を公表または糾弾することにより、この映画の反日利用を軽減させる、世間に反日映画、誤った映画だと認識させる意図を感じますよね。

更に「世論」を武器に「芸術文化振興基金の助成金交付云々・・」の適用条件引き上げ(政治的思想[特に反日]活動に対するボーダーの引き上げ)や実質的「検閲」の扉を開けたいという思惑を感じます。

もちろん見る前から偏見をベースに「表現の自由」を侵すに等しい行為は批判されるべき話と思います。

ただ、この稲田議員は「意図的に批判される発言」を行い、注目させ世論を導き、裏の目的を達成させようとする高度?な政治的手法を用いている可能性はありますね。

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話は変わりますが、助成条件の

5. 宗教的、政治的な宣伝意図を有する活動でないこと。

に対して、どこににボーダーを置くのかが問題と考えています。

今回の件のように「靖国」という右翼、反日双方で象徴的なものを扱う段階で、イデオロギーがどうしても存在してしまうので、中立・公平なんて不可能でしょう。
極端なこと言うと全ての作品について、大小ありますがイデオロギーを完全排除することは困難だと考えています。

なので「宣伝意図」をどのように解釈し明確化するかがポイントかと考えています。

ここのエントリーコメントでは国会議員に裁量権があるのを認めた上で、裁量を揮う立場の者は裁量権を揮うに中ってはもっとマナーある行動を自ら国民に率先垂範して示すべきだろうと、モトケン先生はおっしゃっておられると思います。別エントリーのプリンスホテルのマナーが一流か三流かというような問題とよく似てますね(笑)。
皆さんの議論もその大意にそってなされていると私は理解して拝見してました。

No.42 たにーさんのご意見の内容そのものには同感する者ですが、同じ内容のご意見をすでに多くの人が書き込んでおられるように思いましたよ(笑)。

>ぼつでおk さま
>同じ内容のご意見をすでに多くの人が書き込んでおられるように思いましたよ(笑)。

これはお恥ずかしい。であれば私の読解力不足のようですね。
なにぶん仕事中に周囲の目を盗んで読んでいるものでご容赦していただいて(汗)、帰ってからじっくりと拝見させていただこうと思います。

>No.42 たにーさん
少なくとも私に関する限り、問題の代議士を「馬鹿扱い」するのは、まさに仰るとおりの立脚点によるものです。
「内容」を問題にするような国家主義的、全体主義的なことを「国政調査」の口実でやるような国会議員は、民主主義国家には全く不必要――と言うよりも害悪でしかないということです。

なお

5. 宗教的、政治的な宣伝意図を有する活動でないこと。
についてですが、例えば「宗教的」のところに「国家神道」を代入してみると分かりやすいかと思うのですけれど、ひっくり返してみると、体制側のプロパガンダ色がついたようなもの――いわば国薦芸術、ですか(笑)――を「国の文化事業の一環として支援すること」から除外することや、政教分離原則への抵触を回避する機能が期待されていると読むことができると思います。

稲田議員が会長を務める「伝統と創造の会」と同党議員でつくる「平和靖国議連」とが合同で試写会を開き、試写後に同庁職員と意見交換する予定だったという。

彼女らの所属している勉強会の名前から考えると、映画に対する助成金を一般論として問題にしているわけではなく、靖国神社を扱った映画だから、彼女らの政治的姿勢を示すためには、口を出さないわけにはいかなかったのではないかと思います。

これがキリスト教を扱った映画であったとしても、同様に助成金の条件に引っかかる可能性がありますが、おそらくその場合は彼女らが試写会を要求することは無かったのではないでしょうか。

試写会の要求には深い意味はなく、単なる政治的アピールだと思います。

>無印粗品さん

映画に対する助成金を一般論として問題にしているわけではなく、靖国神社を扱った映画だから

それは間違いないでしょう。
この代議士の理屈は「国の金を『靖国を批判するような反日宣伝映画』の制作に出すなんて許せないぃぃぃぃー!」でしょうから。
ただ、それを表立って口にしちゃうと「国政調査」のお題目が成り立たなくなるので、一般論っぽい口実を持ち出してるだけでしょうね。

試写会の要求には深い意味はなく、単なる政治的アピールだと思います。
これは違うと思いますよ。 「試写後に同庁職員と意見交換する予定」だったのでしょう? 意見交換・・・(笑)。 過去には同じような「事前試写」と「意見交換」の結果、某公共放送の教養番組を総尺数の9%も短縮再編集させることに成功した実例が存在しますから、稲田代議士がそれと同様の効果を期待したと考えても不思議ではないのではないでしょうか。

いずれにせよモトケンさんご紹介のla_causette

一般に,その国や社会のネガティブな面を表現する作品にどれだけ寛容でいられるかがその国や社会の文化の高さを示す指標として用いられる昨今,与党第一党の国会議員がこのような行動に出ること自体,日本の評判を貶めることに繋がっていくわけで,そういう意味では,このような行動こそが「反日的」だったりするわけですが,稲田議員にそういうことを理解していただくにはあと何年かかることでしょうか。
とありますように「いい加減、恥を知りなさい」と言うところでしょうか。

自分の批判根拠を鋭角的に探り出すために、条件を組み替えてみると。


今回の件が靖国神社が主張するいわゆる「靖国史観」を表現する映画だった場合に、「左巻き」の議員が「国の主張と受け取られかねず、おかしな点がある」として、自分たちへの事前試写を求め、意見交換の場を要求した場合に、どのような見解を有するか。

事前試写を要求することへの他意が入り込みにくい場合として、助成金を出された「動物かわいい!」映画に対して、自分たちへの事前試写を求め、意見交換の場を要求した場合に、どのような見解を有するか。

官庁が作成したPR映画であった場合はどうか。


他にもいろんなパターンがあると思いますが、ここまでで考えると。

人によって評価が分かれやすい映画に対してである。
国会議員の特権を用いている。
自分たちへの事前試写と意見交換の場を要求したことは、事前に自分たちの意見を反映させようとした意図を拭いきれない。
助成金を受けたとはいえ私企業の作品に対してである。

といった点が、自分の中でひっかかってきます。


税金の使われ方としては、賛否両論あるかもしれませんが、作品の判断は自分の頭でしたいので、事前に政治家にウロチョロして欲しくないですね。

>惰眠さん

 なるほど、そのような効果を期待していると考える方が自然に思えますね。

 試写会でこの映画に問題があるという判断が出た場合は、果たしてどうなるのでしょうか。助成金の返還を要求することはおそらく出来ないでしょう。映画制作者が虚偽の申請をして、資金を横領したり飲食費に使った、などというけしからんケースなら返還要求が出来るだろうが、今回の映画制作者には何の咎もありません。責めを受けるとしたら、助成金を出すことが適切かどうかの判断をした文科省の役人になるのではないでしょうか。

 今回のケースで、このような映画にはクレームが付く可能性が高い、という印象を与えることが出来たら、事なかれ主義の官僚が、グレーゾーンの映画に助成金を出すのをためらうようになるという可能性は多分にあると思います。

 問われているのは、この映画に助成金を出したことが適切であったかどうかであるため、この映画に対してはこれ以上何も出来ないでしょう。しかし、今後の助成金の判断に対して圧力をかけることには、既に成功してしまったかもしれません。

今後の助成金の判断に対して圧力をかけることには、既に成功してしまったかもしれません。
その懸念はあります。 しかし、例の公共放送事例でもそうでしたが、このように「圧力」が表沙汰になった以上、同じことを繰り返すのは(通常程度の「恥」の認識があるならば)できないでしょうし、彼女らが意図したほどの「効果」は出ない可能性もあろうかと思います。

またこうした議員活動(笑)のあとで助成金の申請が却下された場合、「左巻き」の人たちの常套手段である「却下理由の開示請求」や、法的手段に訴えて「事なかれどころか却って一層大騒動にする」虞も否定できないわけで、どちらかと言えば淡々と前例踏襲を続けるのが、役所にとっても一番楽なんじゃないかな、なんて思ったりもします。

・・・と言うような先々起こりうる事への見通しも含めて、やっぱり稲田代議士は程度の低い馬鹿だな、と(笑)最初のコメントに回帰します。

すいません。私が使った「左巻き」という言葉ですが、惰眠さんにもヒットしたらしく、コメントで使われていたので、ちょっと今、辞書で調べてみたのですが、けっこうヤバイ意味があるんですね。

右翼的な政治主張を持つ人たちが使っていた用語を、あえて使ってみたのですが、私が使った意味は、「リベラル」「左っぽい」という意味においてのみです。大変申し訳ありませんでした。m(_ _)m

トピックとは関係ない話、失礼致しました。

去年の暮れに千鳥が淵と靖国神社に行きました。
靖国は「A級戦犯」問題に翻弄されてきたところですが、問題になった遊就館で戦没者の遺影(従軍看護婦さんも含む)やご遺族が奉納された花嫁人形を見ていたら泣きそうになりました。
あそこにいらっしゃる人たちは紛れもなく「国家」の犠牲になった人たちです。
もちろん無謀な戦争を止めることができなかった(戦争に突き進んでいった?)「戦争指導者」が一緒に祀られていること、戦場が限定されていた戦争の形態が、第一次大戦から大きく変わって「総力戦」になり、「銃後」の人たちも「お国のため」に戦争に参加していたのに、空襲などで亡くなった多くの犠牲者が祀られていないことに疑問は感じますが、あそこもやはり慰霊の場所です。そして私には「初詣は靖国神社へ」というちょうちんを出している「普通の」神社のようにも見えました。
最大の誤りは「靖国」を支持する人も批判する人もあそこを政治問題にしてしまったことでしょう。確かに「日の丸・君が代は歴史に汚されている」と主張する人たちには「靖国」の存在すら許せない、と思えるのかも知れません。しかし、あそこに祀られることで「無残な戦死」を遂げた人々の霊が慰められる、と信じる人がいることも事実です。
ともあれ、「靖国」を「称える意見」も「批判する意見」も平等に扱う、ということが言論の自由を認める民主主義国家の正しいあり方ではないでしょうか? そして結果として民主主義国家を作るために亡くなった多くの戦争犠牲者に報いることになるのではないでしょうか?

 続報エントリを書きました。

 稲田先生の試写会

今回の一件とは直接関係ありませんが、私も芸術文化振興基金等の補助金で、なんとか上演している音楽会やオペラ等を知っています。

ただ、財政的な支援を得ると、必ず、今回のような問題が発生します。個人的には、間接的であっても国からの補助金は撤廃し、制作側が寄付等で資金を調達する方法にした方が健全だと考えています。

そのためには、今まで以上に寄付行為による税制上の優遇措置も必要かと思います。

映画の話題から、ちょっと、ずれてしまうのですが。

この稲田議員が自身のホームページであげている「尊敬する人」という欄には、唯一人「西郷隆盛」とあるのです。

この議員にとって、戊辰戦争や西南戦争の敗者たちが「靖国」から排除されている理由が、どう理解されているのか、不思議でなりません。

単に無知なのか?それとも深遠な考察があるのか?どちらでしょう。

ブログタイムズ

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