最高検、取調べ全過程の録音・録画は拒否 日弁連反発(asahi.com 2008年03月22日03時14分 ウェブ魚拓)
検証によると170件の録画で撮影を担当した検事のアンケートで、全過程を撮影すべきだという意見はゼロ。「容疑者の供述の矛盾を厳しく問えず、十分な追及ができなくなる」「雑談や笑いもある取り調べを公開し、被害者や遺族が目の当たりにしたら、捜査機関に極度の不信感、嫌悪感を抱くかもしれない」などの意見が多かった。
元検としましては、こういう意見が出るだろうなと理解できる意見ですが、
「容疑者の供述の矛盾を厳しく問えず、十分な追及ができなくなる」というのはあまり説得力がないと思います。
このような意見を述べた検事が何を考えているのか明確ではありませんが、厳しく問うシーンが裁判員から見ると任意性を疑われる恐れを心配したのでしょうか?
しかし、供述の矛盾は誰が見ても矛盾なのですから、そこを厳しく問うのは当然でしょう。
本音は別のところにありそうです。
取調べ技術の未熟さが露呈するのを恐れているように思われます。
「雑談や笑いもある取り調べを公開し、被害者や遺族が目の当たりにしたら、捜査機関に極度の不信感、嫌悪感を抱くかもしれない」のほうははるかに本音に近いですね。
「雑談や笑いもある取り調べ」というのは日常的にあります。
調書にならない本音もポロポロでます。
紹介された意見では、捜査機関に対する不信感などが生じることを恐れていますが、場合によっては被疑者がポロリと漏らした本音が思いっきり被疑者に不利に働く場合もあります。
可視化に関する議論は、録画されたもの全てが少なくとも裁判関係者(被告人、弁護人、裁判官、裁判員)に公開されることが前提になっており、場合によっては傍聴人にも公開されることが想定されているようです。
しかし、以前も述べましたが、全面録画をするのであれば、公開対象場面と公開対象関係者を限定することが検討されるべきではないかと思います。
録画は、被告人にとっても有利なことばかりではないのですから。
場合によっては、被告人以外の関係者に重大な不利益を及ぼす場合も考えられます。
「全過程を撮影すべきだという意見はゼロ」という事実が、検察官の人権感覚欠如を何より雄弁に物語っています。
憲法や刑事訴訟法の理念では、何より人権保障が第一で、人権保障がまっとうされることを前提に真実を追求すべしというのが大原則です。真実の解明よりも、適正な手続が優先されるのです。これは基本中の基本であり、まともな法律家であれば異論の挟みようがない常識です(この辺りのことは今枝先生のブログでも分かりやすく解説されていますので是非ご一読を)。
ところが検察庁は、「事実の追及を阻害する」という理由で取り調べ録画に反対しております。あえて法律家の常識を無視した暴言で、恥知らずとしか言いようがなく、情けない限りです。しかも、彼らのいう「事実」というのは、実体的真実ではなく、その被告人が犯人であるという捜査機関にとって都合のよいストーリーのことを指すのは、あまたある不当起訴・不当控訴の例を見れば明らかです。
憲法及び刑事訴訟法の理念を大切にするという、法律家ならば当然の人権感覚を有する修習生は任官を拒否されるという実態がありますが、その結果、このような検察官が量産されたということです。
本文にコメントを追記しました。
>倶利伽羅(弁護士)さん
>「全過程を撮影すべきだという意見はゼロ」という事実が、検察官の人権感覚欠如を何より雄弁に物語っています。
私も、録画されたものが全て公開されるという前提なら、反対です。
それは、公開されたらどういうことが起こりうるかということを考えるからであり、人権感覚欠如と言われると心外であります。
>憲法や刑事訴訟法の理念では、何より人権保障が第一で、人権保障がまっとうされることを前提に真実を追求すべしというのが大原則です。真実の解明よりも、適正な手続が優先されるのです。
ここまで明確に優先順位をつける考えの弁護士は必ずしも多数派ではないと思っているのですが
アンケート結果でもありますか?
>まともな法律家であれば異論の挟みようがない常識です
と言い切れるかどうかも自信がありません。
今の裁判実務は、違法収集証拠の証拠能力に関する判例に示されているように、真実発見と人権保障のバランスをとっていると見るのが自然だと思います。
>ところが検察庁は、「事実の追及を阻害する」という理由で取り調べ録画に反対しております。あえて法律家の常識を無視した暴言で、恥知らずとしか言いようがなく、情けない限りです。しかも、彼らのいう「事実」というのは、実体的真実ではなく、その被告人が犯人であるという捜査機関にとって都合のよいストーリーのことを指すのは、あまたある不当起訴・不当控訴の例を見れば明らかです。
どう反論しましょうかね(^^;
>憲法及び刑事訴訟法の理念を大切にするという、法律家ならば当然の人権感覚を有する修習生は任官を拒否されるという実態がありますが、
具体的にはどのような実態でしょう?
「公開対象場面と公開対象関係者を限定」が前提に無いと検事としても賛成できないでしょうね。
被告人関係者のプライベート情報や所属組織の秘密情報などはどうするのしょうか?
私は感熱紙(刑)さんが以前仰っていた方法が良いかなぁと思ってます。
>No.1 倶利伽羅(弁護士)さん
素人の私から見たら「現状の全過程撮影は、不可能・困難か重大な瑕疵が潜んでいるのだろう」と解釈しますが・・・
一方で被告人への色眼鏡を憂慮し、一方では検事に対して十把一絡げに「人権感覚欠如」と言うところに矛盾を感じさせますね。説得力を感じさせません。
> No.4 カツビンさん
同意を頂き光栄です。
私は、録画の目的を「取調べの任意性の確保」が主であると考えていますので、取調べを録画するのであれば公判において疑義を醸す事が少ない(であろう)全課程録画が有効であると思いますが、記録することと開示することは全く別問題であり、両者は明確に分離して考える必要があると思います。
少なくとも傍聴人が録画記録を視聴する必要は全くありませんし、弁護人についても視聴の必要性は薄いと思われるので、録画記録については裁判官(裁判員)への開示のみで十分機能すると言えます。
> No.1 倶利伽羅(弁護士)さん
「自分の考えだけが正義」説は議論の対象にならないので面白味に欠けますね。
少なくとも、貴方の御意見を拝見した限りでは、「貴方のいう「事実」というのは、実体的真実ではなく、その被告人が無罪であり冤罪被害者であるという弁護側にとって都合のよいストーリーのことを指すのは、貴方の発言を見れば明らか」ですね。
まあ弁護士を名乗られる方が、そのような御意見を持たれることには何の異論もないのですが、それはあくまでも「(ごく一部の)弁護士の立場としての意見」でしかなく、絶対の正義などではないことは御理解いただきたいと思います。
> No.1 倶利伽羅(弁護士)さん
オルグやアジテーションというのは、もっと尤もらしく説得力のある言葉を使ってやるもんですよ。
タテカン演説なんか、いまやサクラ以外は、よっぽど初心な学生さんでもない限り足止めて聞いてくれないでしょ?
・全部録画しておいて、被告人自身と弁護人に公判前に開示。
・録画記録を検討して公判で任意性を争うか、証拠として提出するかを被告人と弁護人の判断に委ねる。
公判で録画記録が公開されて取り調べ内容が傍聴人などに知られることの弊害については、これで大部分手当てできるのではないでしょうか。
録画記録が被告人の有利不利いずれにも働くことはわかりますが、被告人側にその判断材料すら与えられないのはどうかと思います。
違法な取調べの有無を見分けるには全録画しかないんですよね。それこそ部分的にしか録画しないのならば、録画してない部分について弁護士から突っ込まれるのが目に見えてる筈なんだけどね。
私も感熱紙さんと同様、公開されるべき相手は裁判官(刑を判断する者)に限定するべきと考えます。全録画を見て検察及び弁護側それぞれの主張と大きく食い違えば、判断する側にも材料になりますし。
でも弁護士の方達はそれで納得できるのでしょうか?余りにも不当に思える(弁護士から見て)量刑だった場合、全録画の開示を求める事が当たり前とも思えるし。全録画記録というアイテムを被告の為に使おうと思って進言したのに、自身が見る事を否定されて納得できるものなのか疑問に思う。
まぁ私の考えは、刑の判断を迫られた時には取り調べ及び接見、どちらの可視化も望みたいのですが。被告は、罰する側への対応と救おうとする側への対応が心境的に同じとは思えませんので。問題がある事は前の議論で教えてもらったので、あくまで理想なんですけど・・・
>No.5 感熱紙(刑)さん
こちらこそいつも警察、検事側の貴重な意見・情報を拝見して参考にさせていただいてます。
私も記録は密室での強制、拷問、脅迫の抑止という事で開示は別の話しと考えています。
ただ、全録画の「コスト・リソース・タイム」的な問題は無いのでしょうか。
「全て」とは任意捜査時の供述等は含まれるのでしょうか。
まだまだ良く分からない事が多いです。
> No.9 カツビンさん
>ただ、全録画の「コスト・リソース・タイム」的な問題は無いのでしょうか。
1事件で20日間(2勾留満期)の期間、毎日平均5〜6時間程度の取調べを行った場合、全過程を記録するのであれば、録画記録は100時間前後となり、再逮捕等が繰り返されるのであれば、記録時間は更に長大なものになります。
そうなると記録の精査には裁判官が膨大な労力を費やす必要が出てきますので、結局は争点となっている該当部分のみを抽出したり、調書作成時だけをダイジェスト的に視聴したりする程度になってしまう可能性は高いと思います。
そうなると全過程記録の意味があるのかという意見も出てくるでしょうね。
>「全て」とは任意捜査時の供述等は含まれるのでしょうか。
逮捕後の取調べをすべて記録しても「任意捜査時に自白を強要された」と主張する者が現れるでしょうし、任意取調べの記録を行っても「任意同行時に暴行を受けた」と言い出す者がいなくなるとも思えません。
極論を言えば「捜査着手時からのすべての記録を録画する」のが最も良い解決方法と言えるのでしょうが、まあ不可能です。
結局取調べを可視化しても、それが被告側に有利にならないと分かれば、また他の部分に注文を付けられる可能性は高いと思います。
次なる目標は「弁護人の立会なしでの取調べの禁止」かな?
>No.10 感熱紙(刑)さん
返信ありがとうございます。
う〜ん。かなりコスト・タイム的に困難をともないますね。
その長い取締りを撮影・編集・管理するのも大変でしょうし、媒体やビデオカメラ等の支給もかなりになりますね。交番にも置くのでしょうか。
「??警察署24時」なんていうTV番組で、パトカー内の任意取締りや自転車での職質を見かけますが、あれにビデオカメラ持ってたら大変ですよね。
余談ですがあのような番組では、怪しいと警官が感じたら「自白を強要」しているように見える場面がよくあります。
⇒私は事件スピード解決には、ある程度必要だと思ってますが・・
予断を持たない一般人や弁護側から見ると自白強要とされてしまう取締りが実際多いのではないかと感じています。それにより捜査全体の影響(阿るあまり解決スピード・量が落ちる等)を心配しているのが本音ではないかと感じているのですが・・・
自らの冤罪も怖いですが、事件解決の量やスピードが落ちることによる社会的影響を心配します。
>極論を言えば「捜査着手時からのすべての記録を録画する」のが最も良い解決方法と言えるのでしょうが、まあ不可能です。
現状では「全て」とは逮捕後の署内取締り室からが範囲と考えれば良いということなんでしょうね。
>次なる目標は「弁護人の立会なしでの取調べの禁止」かな?
さすがに開始するなとは言えないとは思いますが、弁護士の取調べ場面での立会いを可能とすることは要求すると思います。
全部記録したところで、管理や時間面でのデメリットはないのでは?
画質にこだわらなければ1日分の取り調べをDVD1枚にすることは容易ですから、物理的な管理の問題はないでしょう。
時間面についても取り調べ状況に争いがある範囲で録画記録を検討することにすれば、特に問題はないのでは?極端な話争いがなければ全く見る必要もなくなりますし。
後で取り調べ状況が検証可能になるような資料を残しておくということが大事なのですから。
録画を否定するのであれば、不同意調書の伝聞例外を全てなくしてもらうぐらいの改正をしてもいいんじゃないかと思ったりします。暴論かも知れませんが。
>>No.12 きゃんたさん
>1日分の取り調べをDVD1枚にすることは容易
ブルーレイとかHDDとか新しい技術のやつですか?
確かに最近のDVDの進歩を思えば日本なら出来そうですね。
>>No.13 ぼつでおk(医)さん
現行のDVD規格でも画質を落とせば1枚に6時間の録画も可能なので、感熱紙(刑)さんのいう「1日の取り調べ5〜6時間」ならおさまるかな、と。
BDなら1枚に18時間とか入るみたいなので、それなら全然問題なしですね。
物理的管理という点では既に技術的に問題ないレベルまで来てますね。
これは裁判員制度対象の事件のみと考えればよろしいのでしょうか?
捜査段階で裁判員制度対象の事件と皆判断できるのならば、ある程度対象数は抑えられると思いますが・・・
※全ての刑事事件対象にしてたら技術的な部分では補えないと考えています。
ただ、個人的に一番冤罪を着せられる可能性が高い「痴漢」は対象外なんですよね。なんかしっくりしません。
また、別件逮捕の取り締まりで、他の重大事件を自白したらどうするのでしょうか。
「全て」とはどのような事件を対象に、どこから撮影するかの定義が私にはまだ良く分かりません。
No.3 モトケンさん
まさか「人権保障と真実追求の優先順位」について管理人氏から異論が呈されるとは思いませんでした。検察官御出身という点に結び付けたくはないのですが、かなりバイアスのかかった危険な御発言ではありませんか。
皆さんには、今枝先生のブログ、2008年2月6日(水)分をご一読されることを願います。真実の解明よりも、適正な手続が優先されていることが重要であり、これが法学会における支配的見解です。
http://beauty.geocities.yahoo.co.jp/gl/imajin28490/view/200802
No.5 感熱紙(刑)さん
録画記録について、弁護人についても視聴の必要性は薄いというのは一体どういう了見なのでしょう。弁護人が見なくて、誰が任意性の点を判断できるのですか。裁判官や裁判員だけが見て、適切な判断がなされるという保障は全くないのですが。
貴方の言うところによれば、刑事裁判の証拠は弁護人が見る必要がなく、裁判官が見て判断すればいいということになりそうですね。でも実際はそうでないです。その理由は、警察学校で学ばれましたよね。
世の中に異論はつき物ですが、弁護人が記録を見る必要が薄いというのは、異論を超えて「暴論」であると言わせて頂きます。
>No.17 倶利伽羅(弁護士)さん
なぜ「暴論」なんでしょうか?感熱紙(刑)さんの意見に同意している者としてお聞きしたいです。
普通に見て裁判官、裁判員が判断することが自然です。裁判官だと任意性が判断できないのですか?
それとも弁護人が「判断」するんですか?それって制度からはみだしてませんか?
貴方の言い方だと、裁判官、裁判員は信用できないから弁護人が「判決」するなんて意見にも見えてしまいます。
※これこそ「暴論」じゃないですか?
また、なぜ弁護人が見ることで、「被告人に偏った見方」されることを憂慮しちゃいけないんでしょうか?
なんでのかんでも「供述の信憑性・信頼性」を争点にされ、裁判を長期化されたらたまらんという意見や捜査に本来必要な取り締まりテクニックを使用しにくくなり事件解決スピードが落ちること等を憂慮することはいけないことでしょうか。
⇒貴方の言い方だと「弁護人により適切な判断がなされるという保障は全くない」ですよね
私の意見は「録画記録は密室での強制、拷問、脅迫の抑止に使用し、裁判での証拠としての開示はしない」という前提にあります。
が、「裁判での証拠物」として弁護人も当然参照可能とするという意見や、供述の信憑性に対して嫌疑がある場合、申請のより弁護人まで
開示可能とするという話しならば分からないわけでもありません。
しかし議論をするためのマナーっつうもんがあるでしょうが。
>No.16 倶利伽羅(弁護士)さん
「人権保障と真実追求の優先順位」が問題になる典型的な場面は違法収集証拠の証拠能力の問題だと思いますが、私は最高裁が示したバランス感覚はとてもいい線をいっていると思っています。
私には、最高裁判例が「真実の解明よりも、適正な手続が優先されている」と言っているようには読めません。
この判例はそんなに「法学会」で批判されているんですか?
それとも私の判例の読み方が間違っていると?
なお、検察官請求証拠を弁護人が見ることができないというのは、当事者主義に相容れないという意味で暴論でしょうね。
ただし、私としては裁判員に対する開示については問題視しています。
同様に、弁護人の謄写ないし複製の当否についても問題があると思います。
全部録画を前提にしますと、外部に漏れた場合の弊害が深刻かつ重大な場合が想定されますので。
通底するスタンスとして、弁護人はいかにして、被告人を袖の下にかばいこむか、という風に読めました。
なんか「人権保障と真実追求の優先順位」の議論についてボタンの掛け違いがあるような気がしたりしなかったり…。
私は「適正手続保障」は「真実発見」よりも優位にはあるが常に優先されるわけではない(軽微な適正手続違反は真実発見に劣位する)のだと思っていたのですがどうでしょう?
モトケンさんの御意見は見方によっては「適正手続保障」と「真実発見」は同列に論じるべきだ、と言う見解にも(「優先順位をつけられない」という表現が)見えるのですがどうなのでしょう?
一方、倶利伽羅(弁護士)さんは
とおっしゃっていますが取り調べ録画に反対することは適正手続保障の要請に反するのでしょうか?適正手続保障は「刑罰を科す手続の法定とその手続の中身の適正+α(略)」を要請しているものと認識していますが取り調べ録画は現在法定されていません。また、手続の中身の適正の要請に反するのならば今までずっと違憲状態であったということなのでしょうか。
私は検察の主張が適正手続の保障の要請と矛盾するとは思えません。
たしかに「事実の追及を阻害する」という理由で取り調べ録画に反対することが被告の人権保障を後退させることは事実でしょうがこれすらも許されないということでしょうか?
仮に現在の日本国において逮捕・勾留手続が法定されていないとして、逮捕・勾留手続を法制化しよう、という意見を検察が言った場合、たしかに逮捕・勾留によって人身の自由を後退させる(=人権保障を後退させる)ことになりますが、検察が「事実の追求を促進する」と主張することは人権感覚の欠如?
私には倶利伽羅(弁護士)さんの主張は、人権保障は常に真実発見に優越するという主張に見えます。
取調べに限らず、法廷でも録画してほしいものだ。
そもそも法廷もテレビで放映してもよいと思う。
>>No.22 YO!!さん
裁判員席を絶対に映さないという条件か、映ることが避けられない場合もあるのなら初めから陪審員制度に変更するという条件付でNo.22 YO!!さんに賛成。
というか『人権』の叩き売りもここに極まれりですね。
何でもかんでも『人権』『人権』と切り札切ってればそれで言い分が通るとでも勘違いしてるんじゃないですかね。
こうやって『人権』の大安売りをする人たちがいるから、この言葉が手垢にまみれて安っぽく響くようになるんだと思いますよ。
抗生物質の世界でもペニシリンもメチシリンも、切り札として「濫用」した結果次々と耐性菌が生まれてきて、いまや最後の砦のバンコマイシンに対する耐性を獲得した菌株まで登場しているようですが「人権」なる「抽象概念」も同じ按配ですよ。
「人権感覚の欠如」だの「反動的」だのと、30年前ならまだそれなりに効果があったかもしれないような古臭いキャンペーン用語にしがみついて思考が停止しちゃってるのかも知れんですが、VRSAにペニシリンで立ち向かおうとするくらい滑稽に見えますわ。
否、それ以前に、きちんと臨床症状の確認もしないまま何でもかんでも「切り札」を切ろうとするがごとき、論理性のカケラもない粗雑で大雑把な対応だと言わざるを得ないでしょう。
言論をはじめとする市民的自由を減殺し抑制しようとする側の手練手管は日々進歩し、ますます巧妙かつ効果的に運用されているのに比べて、所謂『人権擁護』を旗印にする側のアウトオブデートぶり、時代錯誤ぶり、無策ぶりには落胆を禁じえません。
特に、惰眠さま宛にということではないですが、他のエントリーでも拝見しておりまして、惰眠さまのコメントにはかなり共感できるところが多く、倶利伽羅(弁護士)さまの仰ることには、すごぐ一方通行のような印象を受けます。ここら辺の違和感はその都度、モトケン先生が反論も含め整理していただいているので、自分の中でも筋が通るように納得できているのですが、
人それぞれに主義・主張はさまざまであることはいいのですが、特に裁判のような場面においては、もっと柔軟性のある、思考、論理で法曹に携わる先生方には係わっていただきたいものだな〜と、思ったりしてはいけませんでしょうか?(完全に自分の事は棚に上げて、専門の先生方に失礼かもしれませんが)
単純なド素人考えで感熱紙(刑)さまには恐縮ですが、私もNO5でのコメントには賛同できます。
倶利伽羅(弁護士)さんの登場のお陰で、コメント欄が活発化していますね。
一応私は取調べ可視化について「取調べの録画記録は公判における有罪立証の証拠として使用するべきではない」という前提条件を置いて述べさせていただいています。
理由としては、膨大な録画記録の精査は公判検事に無用な負担を与える虞があること、隠語が飛び交い時系列が前後する被疑者と取調官の会話は公判廷に無用の混乱を招き、その解釈を巡って結局公判が長期化する可能性があること、取り調べでの会話がすべて証拠として取り扱われることで、被疑者、取調官双方で「供述の落とし所」を模索することができなくなること等が挙げられます。
また、情報流出の可能性の増大や、組織犯罪捜査等での被疑者からの情報提供が絶望的になること等も理由の一つです。
まあそういうわけで、私は取調べの録画については、その目的を取調べの任意性の担保にのみ限定するべきと考えているわけですが、
被告人が「取調べに任意性がなかった」と主張するのに、弁護人が録画記録を見て「任意性はあった」と判断したらその主張を取り下げさせるのですか?
結局被告人が取調べの任意性について争う姿勢を見せるならば、弁護人としては録画記録を見ようが見まいが「捜査側の取調べは任意性を欠いている」と主張するしかないわけで、逆に争うつもりがないのであれば、そもそも録画記録を見る必要などありません。
倶利伽羅(弁護士)さんは裁判官の判断については、「その内容が弁護側の主張に沿ったものでない限り信用できない」というお考えのようですが、被告人の代弁者である弁護人の判断が、裁判官の判断よりも適切であると保証できる理由についてお聞かせ願いたいものです。
あとどうでもいい話ですが
私は弁護士が公判証拠を見る必要がないなんて一言も言っていませんし、言ってもいないことを「警察学校で学ばれましたよね」なんて揶揄される謂われは全くありませんねぇ。
惰眠さんの受け売りになってしまいますが、ディベートの基本もできていない倶利伽羅(弁護士)さんの御意見を拝見していると、もしかしたら被疑者がよく愚痴る「偉そうな事ばっかり言うくせに肝心な時に役に立たない弁護士」なる存在は実在するのかも知れないなぁ、と愚考してしまいますね。
No.23 ぼつでおk(医)さん
ニュースではよく裁判の始まる前に裁判席に座る裁判官の姿を見ます。聞くところによると裁判員席は裁判官の隣と思いますし、初めての裁判員の裁判であればニュース性もあって、必ず裁判員の姿も映しだされるのではないかと。
裁判員の中にはテレビに映って喜ぶ人がいるかも。携帯で友達に電話かけて、今、俺テレビに映っているよ、録画しておいてねとか。。。
>>No.27 YO!!さん
裁判員は権力を持たない私人ですから裁判官や検察官のように個人として防衛力を持ちません(家族への社会的侵襲等にたいして)。それなのに裁判官と同等の役割である判決量刑を行なうわけですから、肖像や個人情報を不用意にメディアにさらすと誰からどんな危害をくわえられるかも予測不能なほど危険が大きいと思われます。
陪審員みたいに評決だけで量刑は裁判官責任というのであればそういう危険は避けられると思いますが。
恐らくですが、制度が実施される折には司法記者会を通じて加盟各社と裁判所が協議し、裁判員の映像については個人が識別できないように「配慮」する旨の合意が為されるものと想像します。
顔モザイクだとか、ぼかし、または裁判員着席をカメラ撮影終了後にする・・・のはマスコミがうんと言わないか・・・などなど。
尤も、裁判所の仕切りなどお構い無しに廷内撮影をする写真週刊誌etc.に対しては「別の措置」を講じないとダメでしょうけれども。
またぞろ最高裁や最高検の「住基ネットは法律で守られているからデータ漏れの危険はない」式の世間知らずな条文追加のみで済まされる悪ー寒ー(笑)。
No.26 感熱紙(刑)さん
任意性を担保するものためということであれば、いざ、任意性が争点になった場合裁判所に提出する証拠として使えなければ意味がないでしょう。
>被告人が「取調べに任意性がなかった」と主張するのに、弁護人が録画記録を見て「任意性はあった」と判断したらその主張を取り下げさせるのですか?
素人である被告人はそう思わなくても、プロである弁護人が見て任意性に問題がある取り調べが行われているというのであれば、弁護人が独自に任意性を争うことを否定する必要はないと思います。
そのために弁護人がついているわけですから。
感熱紙(刑)さんの仰りたいのは、その次のセンテンス
だと思うんですが・・・
検察側が、あるいは弁護側が任意性の有無についてそれぞれ主張を展開しても、最終的にどちらに軍配を上げるのかは裁判所ですし、みせようが見せまいが被告人が「任意性はない!」と言えば自動的に弁護人の弁論はその線に沿ったものになるでしょうから、その観点からすれば確かに、録画記録を弁護人に閲覧させる『意味はない』と言いうると思います。
ただ・・・ここは取り調べ当局と一般社会(弁護人も含む)の認識に、恐らくギャップがあると思うのですが、一体どういう種類・程度・言動の取調べが、被疑者の供述の任意性に疑念を抱かざるを得なくなる分水嶺かの判断が随分違うように想像され、そうであるとすると、取調べ当局側が「従前問題なしとされてきた手法に対して言いがかりをつけられたくない」または「取調べの手練手管・ノウハウを外部流出させたくない」などとして公開に消極的になるのも、まぁ判る気がします。
逆を言えば、被告人弁護側からすれば「映像記録を見たところ斯様な『人権侵害』否『人権蹂躙』の取調べが常態化しておる!」とアピールする材料を(それが事実、容認し得ないほどの人権侵害・蹂躙であるか否かの評価に関わらずスローガンとしては)手に入れられる可能性が出てくるわけですから、供述の任意性の確認という『口実』を突破口に、別の戦いを選択できるとの期待を抱くのも、これまた分かる気がします。
いずれにしましても感熱紙(刑)さんのコメントは、倶利伽羅さんのコメントの範囲で、その論拠を否定する限りにおけるものと解したほうが、議論が拡散せずに済むように思います。
No.26 感熱紙(刑)さん
弁護人が調書の任意性を争う際、単に「任意性なし」と主張する場合もなくはないのですが、その程度の主張では一蹴されるのがオチです。担当捜査官を証人請求しても採用されず、被告人質問で聴取の経緯を簡単に確認して、任意性を認めて調書採用、となることでしょう。
より具体的に、「○月○日の取調べのうち、捜査官Aによる○○という言動が問題である」などと主張しないと、裁判体もマトモには取り上げないはずです。
そして、被告人自身、複数回、長時間にわたる取調べのうちのどこに問題があったのか、正確に記憶していない場合も多いでしょうし、そもそも「任意性」の意味を弁護人と共有できていない場合も多いと思われます(被疑者は仕方ない程度の取調べだと思っていても、弁護人からすれば任意性なしとの主張をし得る場合もあるし、その反対もある)。
したがって、弁護人が被疑者と接見し、調書の任意性が問題となる可能性があると判断した場合、弁護人が録画記録を確認して、任意性に関する主張をするか否かを判断したり、主張をする場合に、その具体化を図るというのは、是非とも必要なことだろうと思われます。謄写・複製はともかく、閲覧を弁護人に認めないわけにはいかないだろうと考えます。
なお、弁護人に記録を閲覧させた場合の弊害、危険性については、概ね同意見です(これを無邪気に否定する弁護士もいるようですが。)。