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風俗店女性殺害男に懲役6年 「取り調べで暴行」認定(産経ニュース 2008.3.24 19:59 ウェブ魚拓

 情報は必ずしも十分ではありませんが、報道に基づく限り納得できない判決です。

 並木裁判長は「被告は犯行時に過度の飲酒による心神耗弱状態にあった」とした

 「覚せい剤で心神喪失無罪判決」でも述べましたが、自らの意思で飲んだ酒を原因とする無罪や減刑は認めるべきではないと思います。
 この判決(少なくともこの判決報道)は、酔っ払った上での犯行は大目に見てもらえるという強いメッセージを与えることになります。
 特に飲酒は、覚せい剤と違って合法であり、その意味で抑制力が効いていませんので悪影響は覚せい剤無罪判決より深刻だと言えます。
 最近、裁判所の心神喪失や心神耗弱の認定が甘くなりすぎてはいないでしょうか。


 納得できない点がもう一点あります。

 公判では、府警の取調官に暴行を受けたとする黒木被告自筆の「被疑者ノート」が証拠採用され、供述調書の一部の採用が却下された。判決理由で並木裁判長は、取調官の暴行を認定し、「精神的、肉体的に苦痛を被ったことは量刑上考慮すべきだ」と指摘した。

 取調べにおける暴行は絶対許されるべきではありませんが、それは刑事訴訟上は供述証拠の証拠能力として問題にすべきであり、被告人が受けた「精神的、肉体的苦痛」は損害賠償(国賠)の問題として解決すべきであって、量刑に反映されるべきではないと思います。

 取調べ時の暴行を量刑に反映させた場合、それによって「精神的、肉体的苦痛」が慰謝されたと見るのでしょうか?
 慰謝されたと見るならば、別途国家賠償請求が起こされた場合、量刑に影響した範囲で損害賠償額を減じる認定が可能なのでしょうか?
 被害感情、遺族感情に対する考慮はどうなっているのだろうか?
 刑罰による法回復機能との整合性はどうなるのだろう?
 などなどと疑問がいくらでも出てきます。

 私としても、考えがまとまっているわけではありませんが、直感的におかしい判決と感じます。

 検察は控訴すると思いますので、上級審の判断が待たれます。

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コメント(26)

要するにデリヘル嬢を自分の部屋で刺し殺した、というケースなわけですよね。

被害者が抵抗・逃走しにくい密室におびき寄せての犯行、かつ(被害者と面識がないという点で)通り魔的でもあり、相当悪質と評価されるべき態様ではないかと思うのですが、懲役6年って、、、という印象はやはり否めません。

取調べにおける暴行は (略) 損害賠償(国賠)の問題として解決すべきであって、量刑に反映されるべきではないと思います。

まったく同感です。

といいますか、報道が正しいとすれば、この裁判官がそういうごく当たり前と思っていた感覚を共有していなかったことになります。
軽い恐怖を覚えます。

このエントリーの元記事が正しいなら・・・
並木裁判長は、取調官の暴行と刑罰を混同。

彼は論理的・合理的思考の出来ない人物、と認定されて、
「下級審でも裁判官の査定や罷免が必要」の声が上がりそう。

私も、取調官による暴行は、国家賠償や取調官への刑事処罰によって解決されるべきであり、量刑に反映させるのは如何かと思いますので、結論においてモトケンさんに賛成ですが。

ただ、それを量刑に斟酌する余地があるのではないか、というのは以前からそれなりに議論されている問題であり、その辺りのことは原田國男判事の「量刑判断の実際」でも詳しく紹介されています。

ですので、突拍子もない判決が突然出てきた、というのとはちょっと違うと思います。それなりの論拠、考えに基づき、異論は承知の上で示された判決だろうと想像致します。

勉強させていただいております。

>No.3 (ただいま謹慎中)さん

がご指摘のとおり、取調等の違法を量刑上被告人に有利に反映させる考え方はあり、「犯行後の状況」として量刑理由にするそうです。
前に逮捕時の暴行を主張する被告人にあたったときにいろいろ調べまして、いくつかの下級審判例もあるそうで(大阪地判H18.9.20・判時1955-172等)、弁論で引用しました。根拠は「捜査機関の不正義との衡平」「被告人の苦痛の鎮静化」「国家賠償が現実的ではない」といったことになります。
実刑で何年も刑務所に行き、弁護士を頼む資力もない被告人にとって国家賠償訴訟の提起は現実的ではないと思いますし、違法収集証拠にしても多少の違法では証拠排除されない以上、減刑事由として違法捜査を抑制するという考え方もあり得るかと思います。

被害者はどうするんだと言われたらそれもそうですし、少なくとも伝統的な刑罰理論や刑訴理論からはおかしいとも言えますが。弁護人としては職責上迷うことなく主張しました。
判決では一顧だにされませんでしたが。
-------
懲役6年はずいぶんと低い印象、というのは同意します。
ひどい話とも思います。

基本的に裁判官の事実判断には一定以上の信頼を置いてはいますが、これはちょっと首肯し難いですね。
「暴行」が認定された際の供述調書が、被告側が「覚えていない」と主張する犯行直前の状況を記載した調書であるらしいので、この証拠能力を否定したことも心神喪失との認定の一因なんでしょうね。
ただ、この「取調官の暴行」について裁判官はどのような証拠に基づいて事実認定を行ったのでしょうか。
証拠としては「(誰が撮影したのか不明ですが)負傷した被疑者の顔写真」を添付した「被疑者ノート」があることが分かっていますが、まさかそれだけで「手拳で顔面を10回以上殴られた」なんて主張を認めたのでしょうか・・・
もし事実なら、「暴行」なんて生易しいものではなく、取調官を「特別公務員暴行凌虐罪」で処罰することも視野に入れる必要があるほどの重大な不適切事案です。
しかしこの判決報道を見る限りでは、そこまでの厳正な事実認定を行ったようには見えず、はっきり言って、単に被告人の刑を軽減させるための口実として取って付けただけのようにも感じられます。

個人的には量刑考慮支持なんですが、それをひとまず脇に置いても、裁判員制度の下で、違法捜査の存在を考慮するのはおかしいというような解釈論を維持できるのでしょうか?(この件も施行されれば裁判員事件です)

量刑でも考慮してはいけないんだ、と裁判員をいちいち諭すのでしょうか?

これは想像なのですが、証拠能力の問題とするだけだと、警察が違法捜査を反省しないからなんじゃないですかね。他の証拠で罰することが十分できる場合がほとんどでしょうから。調書が証拠排除されたところで痛くも痒くもない。
だけど、量刑に影響するとなればヤバイとも思うのではないでしょうか?

違法捜査を量刑要素に考慮するという実例及び論考まであるというのは知りませんでした。不勉強でした。

しかし、素朴な正義感情からは受け入れ難い理屈ですね。


No.6 風の精霊さま

裁判員制度の下で、違法捜査の存在を考慮するのはおかしいというような解釈論を維持できるのでしょうか?

この点は、No.4 honさまも指摘されているとおり、「被害者はどうするんだ」 という問題が生じます。
被害者や遺族からすれば、警察に落ち度があったことを理由に、被告人が娑婆に出るのが早まることを受け入れられるはずがなかろうと思います。

また、考慮されるのは、「違法捜査の存在」 ではないと思います。
考慮されるのは、被告人自身の行為です。
暴行や脅迫を伴った取り調べで初めて得られた供述ということであれば、任意性を否定し、またその自白から得られた物証があれば違法収集証拠排除法則で、証拠能力を否定するのがスジだと思います。


No.7 ワナビーさま

証拠能力の問題とするだけだと、警察が違法捜査を反省しないからなんじゃないですかね。

「証拠能力の否定」 という結果を警察が反省材料としないということはない、と期待したいところです。

警察が、
「こんな証拠は使えないんだよ。出直してこい」 と公に宣言されようとも、「いーじゃん、有罪の結論は変わらねんだし」 くらいにしか受け止めないほどの恥知らずではなく、
「同じ手法で捜査していれば、他に決定的な証拠がある事件でない限り被疑者を有罪にできない」 という射程を意識できないほど馬鹿でもない、
と信じたいです。

と煽るような表現の後でなんですが、判決で自白調書や物証の証拠能力が否定された場合、警察が受けるインパクトってどのくらいのものなんでしょうか。
 >警察の中の方 (あえて名指しは避けて、といっても事実上常連ではおひとりですが^^;)

*****

国賠が現実的でないという問題点はそのとおりだと思うんですが、やはり被害者・遺族の処罰感情という点からは、量刑での考慮は筋違いだという感が否めません。

付帯私訴に類似した発想で、被告人・弁護人から申立があった場合に、刑事手続の中で、違法捜査についての国家賠償を判断してもらうという制度があってもいいんではないでしょうか。

No.8 fuka_fukaさん

証拠能力を否定すれば、当たり前ですが有罪だと本来分かっている人を「全面的に解き放つ」ということが必要になる場合もあります。
オールオアナッシングになるのが証拠能力の問題で、もっと緩やかなのが量刑考慮になるでしょう。

証拠能力の否定自体が、そもそも遺族や被害者を無視する契機を持っているのに、量刑上の考慮ばかりが遺族や被害者無視だ、といわれるのは根拠がないと思います。
量刑上考慮したってどうにも彼の罪が重すぎて、死刑はやむをえないというような立論だって取れるわけですし。

No.9 風の精霊さま

証拠能力の否定 → 無罪 に直結する事例は非常に限られます。

その証拠が立証上不可欠であるにもかかわらず、その収集に際して証明力のレベルにとどまらずに証拠能力まで否定されるほどの違法捜査があったのであれば、無罪という結論もやむを得ないと思います。

が、違法捜査があったことを量刑で考慮するとなると、かなり無限定になることが懸念されます。
No.8 では説明不足でしたが、被害者・遺族に対して説得力をもつのは、上記のような、証拠能力を否定された証拠以外にまったくまともな証拠がない、というような場合ではないかと。

このあたりは価値観の問題になり、どちらが正しいという話ではないと思いますが、私見の補足として。

証拠能力否定なら遺族や被害者は納得して、量刑なら不満なんでしょうか?
被害者の血液のついたナイフは例え違法捜査で見つかっても被害者の血液のついたナイフですよ。

それに、違法捜査が量刑考慮されるとはいっても所詮は一資料です。考慮しないことももちろん可能ですし、減刑してもちょぴっとというのもあります。
被告人の行為以外にも様々な事項が幅広く考慮されている現状で一エッセンスに過ぎない違法捜査ばかり無限定なのでしょうか。

量刑考慮説もバラ色理論ではないのは認めますが。

No.11 風の精霊さま

例え違法捜査で見つかっても被害者の血液のついたナイフ

はい。ですので、最高裁も、「令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるような場合」 というかなり厳格な要件のもとにのみ、証拠能力を否定するという見解を採用しています。

被害者の血のついたナイフであれば、たとえば、被疑者を逮捕もする前に、令状なしで被疑者の自宅に捜査官が潜入して家捜しし、発見押収して、そのナイフを根拠に被疑者を取り調べて自白させた、ような場合には証拠能力は否定される可能性が高いでしょう。
逆に言うと、そのような極端な違法でもない限り、なかなか証拠能力が否定されるところまでは行きません。

被告人の行為以外にも様々な事項が幅広く考慮されている現状で一エッセンスに過ぎない違法捜査ばかり無限定なのでしょうか。

「無限定」 というのは、そもそもが前提が違うからです。

被告人の情状として通常挙げられる諸事情は、どれも、「被告人の刑事責任の重さ」 に関連するものですが、違法捜査があったか否かは、被告人に属する事情ではありません。
捜査機関の落ち度のせいで、その分罪が軽くなれば、捜査機関の失点になるわけですが、スジが違うものを天秤に乗せると、反対側の秤(被害者側)が不当に割を食うわけです。

で、ご指摘のとおり、違法収集証拠について証拠能力を否定すれば、(他に証拠がなければ無罪になる場合には) 被害者側が割を食うという点では同じですが、その場合には、反対側の秤には、「司法の廉潔性」 という大きいものが乗っかってくるという構図だと理解してます。

その 「司法の廉潔性」 というのも程度問題なわけですが、要するに、
「スジが違うものをもってしてでも覆さないといけないほどの緊急事態(時間的な意味ではなく)であれば、被害者の無念や一般社会の安心感を差し置いても、裁判所は “汚れた手段” を使うことができなくなる」
という説明が可能かと考えています。

捜査方法や証拠能力など難しいことが論じられていますが、自分で酒飲んで酔っ払って、欲求を満たすために女性を呼んで殺した。それで「覚えてません。」、「違法な取調べで自白しました。」で減刑されるのであれば、今後犯罪者はみな同じことをするでしょう。万が一、私が今後そのような立場になったとしたら、例え証拠があっても、「知らぬ存ぜぬ覚えてませぬ」で通します。

こんなことが認められるようでは、被害者は浮かばれません。全くの素人としての素直な感想です。

>No.12 fuka_fukaさん
>逆に言うと、そのような極端な違法でもない限り、なかなか証拠能力が否定されるところまでは行きません。

最初に量刑に反映させる発想を聞いたときはfuka_fukaさんと同じくかなり違和感がありましたが、いろいろ考えるとおかしくないように思うようになりました。

どちらかというと弁護人視点になってしまいますが、令状主義没却まではいかないにせよ違法行為があったのに結果のどこにも反映されないというのも不公平な感じはしています。
ご提案の付帯私訴的なものがあればよいなとは思いますが、とりあえず現状では国賠提起が難しい以上、「捜査でひどいめにあった」ということを量刑で割り引いてもそうおかしくないように思います。

こう言うとMultiSyncさんの言われる「暴行と刑罰を混同」に近いのかもしれませんが。 しかし例えば「社会的制裁を受けている」という情状は被告人に有利になるわけで、これとそんなに違うかなとも。
もしかしたら被告人に現実の苦痛を与える類の違法捜査かどうかでも違うかもしれないですね。

ところで、モトケンさんのコメントについて
>慰謝されたと見るならば、別途国家賠償請求が起こされた場合、量刑に影響した範囲で損害賠償額を減じる認定が可能なのでしょうか?

私も自分の担当事件の際に国賠ではどうなるのだろうと考えたことがあり、理論的には一定の被害回復があったものとして減額されるべきと考えました。どの程度量刑に影響したのかの金額化は難しそうですが。

ちなみに私の担当事件の判決は、故意の暴行の認定まではいかなかったものの、被告人の傷害が警察官の行為に起因する可能性があるというところまではいきまして、しかしながら「いずれにしても令状主義を没却するものではない」でおしまいでした。

>「いずれにしても令状主義を没却するものではない」でおしまいでした。

自己レスです。
書き方が悪かったのですが、この事件では違法収集証拠排除→証拠なし無罪という争い方をしており、予備的な情状の主張として、違法を量刑で考慮すべきという弁論をしました。
上記判示は違法収集証拠排除の主張に関するものです。量刑理由では違法捜査云々は全く出てきませんでした。

法曹の方々のご意見を覗っていまして、量刑判断に対して両極の考え方が双方ともに、なるほどな〜と頷ける部分があり、大変興味深かったです。しかし、素人の私にとって、そもそもどんな事犯だっけと振り返ってみますと、飲酒による凶行だったんですよね。覚せい剤の件についても思っていたんですが、交通事故と同じ感覚で最近は裁判をやっているのかな?とちょっと穿った考えを持ってしまいます。(違うと言う事は理解しようと思ってますが・・)

>モトケン先生の
>この判決(少なくともこの判決報道)は、酔っ払った上での犯行は大目に見てもらえるという強いメッセージを与えることになります。

非常に同感です。

fuka_fukaさん

判例が要件を絞ったとしても、別に量刑の考慮に一定程度の要件をはめることはいけないことではありません。
別に違法捜査があったからネコも杓子も、というわけではなく、証拠排除でなくとも一定の要件をはめること自体は何にもおかしくないと思いますが。あなたの理論だと、証拠能力を「最初に」認めた判例は何なんだ、ネコも杓子も排除するのか、排除しすぎを招かないかという批判がそのまま妥当することになりませんか?

 なにより、裁判員に量刑判断させるのに、量刑において「およそ考慮ダメ」というような解釈は維持しきれないと思います。
 被害者を考えて量刑考慮しないのも、違法捜査の抑止問題や苦痛を考慮するのも、裁判員なら当然ある話です。これらをいちいちダメ、ということは無茶、というか裁判員に量刑判断させることの否定です。


ちなみに、個人的には実現可能な刑罰権が縮減する、と解釈していますので国賠との二重救済という問題にはならないと考えています。
ただし、この見解は証拠排除との併用がどうか、という問題が残っています。また、私の師匠はかえって証拠排除がされなくなるのではという指摘もしていました。

モトケンさんの最初の指摘

過度の飲酒による心神耗弱状態

これを認めたらアラブの「ハッシシで勢い付けて暗殺レッツゴー!」なアサシン団おK!ですねえ、皆さん同意の御様子。

もう一つの

精神的、肉体的に苦痛〜量刑上考慮する
については、
一定程度の要件をはめること
コレの具体的に意味する事が感覚で理解はできないのですが。

被疑者の拘留日数を刑期に算入する、ことと同じ意味の範囲でなら辻褄は合いそうな気がします。
ただ、その算入も、される場合とされない場合が有るとか?

この程度のネット記事で、いろいろ判断するのは難しいですが、これって傷害致死にでも出来るケースではないかという気がします。

傷害致死で懲役6年と殺人で懲役6年では意味が変わってきますよね。大体、こういう無計画な殺人て、殺意の認定が難しくないですか?難しいからこそ取調官の暴行があったのかなあ。

だから、検察側の言い分は認めて殺人にしたけど、違法捜査の分と相殺して減刑したという感じでしょうか。ただの印象ですけど。って、12行の記事では何も分からないので、想像だらけですが。

しかし、そんな事より、「懲役6年(求刑・懲役15年)」って、fuka_fukaさんやhonさんが指摘されてるように、軽いですねえ。罪状に対してという事ではなく、求刑に対してという意味ですが。

検察官の社会で、求刑の1/2以下の判決が出るって大変なんじゃないですか?控訴審議会で無事に会議が済むんでしょうか。

そもそも下手をすると傷害致死になってしまうかも知れない事件に、検察側の求刑15年というのは、どうなんでしょう?敢えてやった、という感じはしますけど。

取調官の暴行を認定し、「精神的、肉体的に苦痛を被ったことは量刑上考慮すべきだ」と指摘した。

うーん…、記者の下手な要約みたいですね。実際にはもっとちゃんとした表現なんだろうと思います。人が人を殺すんですから、状況、心情などを書いていくと、本一冊は書き上がるでしょうねえ。これだけの記事では法律論も展開させづらいのでは?と思ってしまいます。

No.18 MultiSyncさん
>被疑者の拘留日数を刑期に算入する、ことと同じ意味の範囲でなら辻褄は合いそうな気がします。

私も拘留日数の応用かと思いました。暴行を日数に換算する基準があるのかどうか不明ですが。

もし判決が100叩きの刑だったら、95叩きくらいに負けてやってもよいのかもしれませんね。

> No.8 fuka_fuka先生
>あえて名指しは避けて、といっても事実上常連ではおひとりですが^^;
実は元職の大先輩もおられる筈なんですが・・・
>判決で自白調書や物証の証拠能力が否定された場合、警察が受けるインパクトってどのくらいのものなんでしょうか。
否定された理由などによって異なりますから一概には言えないのですが、「現場の状況から最善の方法として行われた措置」や「直接の自白が得られない状況で選択された苦慮の策」など積極的捜査が否定された場合、今後同種の状況においては消極的手法を取らざるを得なくなるという点で、マイナス面が大きいと考えられます。
よくある例としては、「白昼道路上で奇声を上げる暴力団風の男に対しポケットに隠している物を見せるように長時間説得するもこれに応じず、突然逃走しようとしたため制圧して無断で上着のポケットに手を入れ隠していた覚せい剤を発見し、覚せい剤所持で現逮した」事案などで、裁判官から証拠品の押収手続きが「令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でない」として無罪となるような場合が挙げられます。
先般の北九州放火殺人事件も似たような面がありますが、あれは同業者から見てもかなりの変則的捜査だと感じられるので、裁判官の証拠能力否定の判断そのものについては概ね理解できる物であると思います。
ちなみに本件については、証拠能力を否定された犯行直前の状況を記憶している旨の被疑者調書の一部が「内容は真実であるが取調官の暴行により得られた違法収集証拠」なのか、「取調官が暴行を加えて虚偽の内容に署名させた捏造証拠」なのか報道だけでは分かりかねます。
前者であるなら「心神喪失」の認定ができないはずですし、後者であるなら行為の認識ができていない時点で「殺人」は成立しないのではないかと思います。

>fuka_fukaさん
>「証拠能力の否定」 という結果を警察が反省材料
>としないということはない、と期待したいところです。
(失礼ながら略させていただきました)
>「同じ手法で捜査していれば、他に決定的な証拠が
>ある事件でない限り被疑者を有罪にできない」 
>という射程を意識できないほど馬鹿でもない、と信じたい
>です。

どうなんでしょう?かの裁判官は同じような違法捜査を繰り返す警察にキレたのではないかと妄想する次第です。

>No.22 ワナビーさん

切れるなら検察に対してではないでしょうか?
よくまあこんな違法捜査で起訴できたなと。。。本来はそれを見抜いて、しっかりとした捜査させないとならないのでは。何のために警察を指揮する権限を与えているのやら。

>>No.23 YO!!さん
底抜けに同感。

>無印粗品さん
>100叩きの刑だったら、95叩きくらいに

吹きました、けれどひょっとして叩き刑の復活はアイデアかも。

>No.23 No.24
判決が、違法捜査が酷いので咎めたものなら、記事とは逆の評価、
実際のところは全く想像も出来なくなってしまいました。

亀レスになってしまいましたが。。。

No.14 honさま

令状主義没却まではいかないにせよ違法行為があったのに結果のどこにも反映されないというのも不公平な感じはしています。

例えば「社会的制裁を受けている」という情状は被告人に有利になるわけで、これとそんなに違うかなとも。

「被告人にとって可哀想な事情」 であれば広く判断要素としては取り入れて、あとは全体の総合考慮に委ねる、という発想でしょうか。

しかし、社会的制裁であれば、被告人にとっての特別予防効果を担保するものといえても、取調官の暴行・脅迫となると、それをもって 「悪いことすると取調官に酷い目に遭うから、再犯はしないでおこう」 というのも。それを正面から肯定してしまうと、まさに 「刑罰との混同」 といわざるを得ないのではないかと危惧してしまいます。

また、社会的制裁との違いとして、その「制裁」自体が違法か否かという点は大きいのかな、と。違法行為であれば、その違反した法令に基づくサンクションが課されることによって法秩序は回復するという建前でしょうから。
やはり、正面から量刑要素として認めてしまうのはスジが違うなあという印象が否めません。
(honさまはそのあたりはご認識の上で至った結論とは思いますが、ROM向けです)


No.17 風の精霊さま

どの程度法律や判例の知識の共有があるのか見えておらず、言わずもがなの説明や失礼な言い回しなどあったのでしたらすみません。

判例が要件を絞ったとしても、別に量刑の考慮に一定程度の要件をはめることはいけないことではありません。 別に違法捜査があったからネコも杓子も、というわけではなく、証拠排除でなくとも一定の要件をはめること自体は何にもおかしくないと思いますが。

うーん、私の基本的な考えは、「被告人自身の刑事責任の重さに関係する事情のみが量刑判断のベースとされるべき」 というものですが、その点には同意されているのか、そのレベルからして反対なのかが、お書きの文章からは読み取れないので、どうお返事したものか、と考え込んでしまっていました。

私の整理では、本人の刑事責任の軽減と評価できるのは、社会的制裁を受けたことまでで、(取調官の暴行のような)個人的な制裁を受けただけでは、量刑の天秤に乗せる資格がないのでは、と。
取調官の暴行を量刑要素として天秤に乗せることを正面から認めてしまうと、「自らの犯行からの “風桶” で被告人本人に起こった不幸な事情一般」 を考慮することになってしまい、「被害者を殺害後に死体を隠匿する際、沢から落ちて重傷を負った」 とか 「共犯者間で分け前をめぐって乱闘になり骨折した」 みたいなものまで、被告人に有利な事情として量刑上考慮するのと質的に同じではないかと思えるのです。

# 風の精霊さまが↑の例などを量刑上考慮せよという見解ではないでしょうし、そういうのを排除するような基準を設定できるというご意見になるのかもしれませんが、「質的に同じ」 と考えるか否かがまず大きな分かれ目になると思います。


あなたの理論だと、証拠能力を「最初に」認めた判例は何なんだ、ネコも杓子も排除するのか、排除しすぎを招かないかという批判がそのまま妥当することになりませんか?

もし、違法収集証拠を排除した最初(初期)の事例が、排除するか否かの基準をはっきり示していなかったのなら、批判すると思います。
現在は最高裁の基準が確立しているので、「ネコも杓子も」 な事態にはなっていないと認識していますが。


なにより、裁判員に量刑判断させるのに、量刑において「およそ考慮ダメ」というような解釈は維持しきれないと思います。

それはそうだと思います。
(そもそも、「裁判員に対しておよそダメとすべき」 と明確に述べたつもりではなかったので、その点は一応弁明を)

が、量刑とは、「被告人がかわいそうか否か」 の程度を決めるのではなく、「被告人の罪の重さ」 を決めるものだという点は、正しく裁判員に認識される必要があると思いますし、その同一線上に、「被告人の受けた苦痛・不利益一般を量刑事情とするのは筋違いであり、そのうち 『罪の重さ』 に関連する事情のみを検討するのだ」 という説明が来ることになるのではないか、と考えています。
その原則論を踏まえてなお、取調官の暴行のような事情を被告人に有利に評価するのであれば、それはやむを得ないことでしょう。


No.21 感熱紙(刑)さま

勝手な呼び出しにもかかわらず丁寧にありがとうございましたm(_ _)m
(&遅いお礼ですみません)

先般の北九州放火殺人事件も似たような面がありますが、あれは同業者から見てもかなりの変則的捜査だと感じられるので、裁判官の証拠能力否定の判断そのものについては概ね理解できる物であると思います。

裁判所が「令状主義の精神を没却」と認める場合であっても、警察自身も 「違法性が高い」 と認める捜査であれば、現場への影響も限定的、ということでしょうか。

一方で、職質中(逮捕前)の衣服内捜索による覚せい剤発見押収などは、形式的かつレトロスペクティブな評価をすれば 「令状主義の潜脱(重大かどうかはともかく)」 といわざるを得ないでしょうけど、明らかにらりるれろな不審者相手の押し問答〜揉み合いのような状況で多少の行きすぎがあっても、それで無罪になったらたまらん、というのが現場を預かる警官の方の実感であろうな、という想像はできます。

そういう意味で、

現場の状況から最善の方法として行われた措置」や「直接の自白が得られない状況で選択された苦慮の策」など積極的捜査が否定された場合、今後同種の状況においては消極的手法を取らざるを得なくなる

というのは、まさに萎縮医療の問題と同様の構図のように見受けられます。
Judgment Based Investigation というのは、JBMとは違って、そもそも自然科学ではなく法のルールの下にある以上、当たり前な概念かもしれませんが(^^;

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