エントリ

日中合作の「靖国」、映画館が相次ぎ上映中止に(2008年3月31日21時28分 読売新聞)

今月12日から公開を予定していた日中合作のドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」が、東京と大阪の映画館5館すべてで上映中止となった。
最初に助成を問題視し、試写会に参加した自民党の稲田朋美・衆議院議員は「我々が問題にしたのは助成の妥当性であり、映画の上映の是非を問題にしたことは一度もない。いかなる内容の映画であれ、それを政治家が批判し、上映をやめさせるようなことが許されてはならない。私たちの行動が表現の自由に対する制限でないことを明らかにするためにも、上映を中止していただきたくない」との談話を出した。

 詭弁でしょうね。
 助成の妥当性を問題にするのであれば、事前に試写を求める必要もない。
 助成の妥当性を問題にする前提として映画の内容を問題にしているのは明らか。
 弁護士のくせに、つまり憲法を学んでいるはずなのに、表現の自由のデリケートさに対する配慮が全くない。

東京での「靖国」上映中止に 「近隣に迷惑の恐れ」(産経ニュース)

 上映を中止した銀座シネパトス(東京都中央区)を運営するヒューマックスシネマは「近隣の商業施設に迷惑を掛ける恐れがあるため」と説明している。

 ここにもプリンスホテルの論理の援用が見て取れます。

 無神経の極みの国会議員と公の意識皆無の経営者(いずれも極めて控えめな表現)にはとても腹立たしい思いをしております。

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コメント(123)

私たちの行動が表現の自由に対する制限でないことを明らかにするためにも、上映を中止していただきたくない」
どういう論理なんでしょうね?
公の意識皆無の経営者
これはちょっと酷かな、と思います。すでに一部の映画館には抗議活動(苦笑)があったそうですし、別に裁判所を無視してもいませんしね。

>No.1 ろくろくびさん

 「公の意識皆無の経営者」というのは、プリンスホテルの上層部の意味でした(^^;

 映画館の経営者も同列ではあるのですが、私も「ちょっと酷かな」という気がします。
 でも、一館くらい根性のある映画館があってもよかったのに、とは思います。

了解しました(^^)
たしかに根性がほしかったですねぇ

最近

1 チベットに肩入れし、反中国政府の姿勢を明らかにしているリチャードギア氏とのCM出演契約を日産自動車が解除

2 大阪の学校で君が代斉唱の際に1人を残して全員着席した卒業式

という事例がありました。
 プリンスホテルの契約解除事件や稲田弁護士の「靖国」へのクレームなど「右から」の攻撃が勢いを増している時期に、このような断固たる対応をとることができる企業や教師がいることに安堵感を覚えます。

 右翼などの抗議をものともせず、チベットに肩入れしているギア氏の不利益も勘案したうえで断固として、チベットに契約を解除(ドタキャンとも言われていますが)し、生徒に君が代を歌わせなかった教師など、市民や生徒の自由を守り、憲法の平和主義の下、アジア人民との連携をはかり、日本に真の自由と平和をもたらすためにも、このような弁護士の方々のブログは重要だと思っております。

若干エントリ違いにもなりますが、
 刑事裁判に被害者が存在しないという刑事訴訟法の構造を理解しない、言い換えれば、そのことを前提としている現行の「刑事司法、刑事弁護」に対する無理解や、
 そのような刑事訴訟においてすら当事者としての存在を認められていない被害者の存在をもって不可侵の権利である憲法上の基本的人権である被疑者・被告人の権利を制限すべきという憲法に対する無理解(確か「すちゅわーです」さんもそのようなこと言っていたかと思います)を光市の事件に対する弁護団に対するバッシングに対しても断固として立ち向かう必要があると思います。

このような、市民の権利を守り、アジアとの共存をもとめ、「特定アジア」というような下品な言葉でアジアの声を中韓朝三国のみの声であるかのようにことさら矮小化するようなをもたらすような声に断固として対抗することが必要だと思います。

このような貴ブログのような存在は、(市民の権利を守るべき弁護士が権力側に立つというような弁護士の風上にも置けない)稲田議員橋本知事、
あるいは、『なぜ被害者より加害者を助けるのか』のような被疑者の権利保護という憲法の理念に逆行し、現行の刑事司法に真っ向から異議を唱え、権力側の統制を強めるような存在に対抗して、市民の自由や権利確保のためにはこのような法曹の方々の存在は非常に心強く思ったため、コメントさせていただきました。

なお、
このようなサイトとして若手弁護士などが立ち上げた「NPJ」(http://www.news-pj.net/)というサイトもありますので、弁護士の方々には、権力と対峙して市民の権利を守るために活躍していただきたいと思います。


チベットはアジアではありませんか。大きく矛盾していることに気がつきなさい。
社会ファシズム中国に媚びる者は平和主義者ではありません。

社会ファシズムsocial-fascism (198-9)
http://web.sc.itc.keio.ac.jp/~funatoka/pavlov/social-facism.html

>社会主義を表面に標榜しながら、実際にはファシズムの運動、その支配に加担した一部の社会民主主義者の主張やその行動についていう。

平和主義を表面に標榜しながら、実際にはチベット侵略というファシズムの運動、その支配に加担した一部の媚中、似非平和主義者の主張やその行動についていう。

1972年の『天使の恍惚』の時は東宝系の映画館が全部上映を中止した中で当時の「新宿アートシアター」のみが上映を敢行したんでしたよね。葛井欣士郎は偉かった。(もっとも製作費500万は自分が出していたという事情もあったんだろうけど。)
目の前の交差点で爆弾が破裂して人ひとりの足がふっとんでいても上映したんだから。

新たに上映を名乗り出た名古屋の映画館というのはたぶん「シネマスコーレ」でしょうね。
もし決まったら名古屋まで見に行きます。
東京では「ユーロスペース」か「テアトル新宿」あたりが名乗りを上げないかな?

ごめんなさい。新聞読んだら、名古屋は「シネマテーク」で上映するんですね。「シネマスコーレ」は勘違いでした。
申し訳ありません。
しかし、「シネパトス」を経営している「ヒューマックス」は確か華僑系の資本だから、客云々の前に自分の会社や社員が攻撃を受けることを恐れたのかも知れませんね。ちょっとかわいそうな気もします。嶋中事件とか思い出すと。
SPOはあんなもんでしょうが。もともとDVDを売るための映画館経営なんだろうし。
しかし『太陽』の上映には文句もつけず、『靖国』にはいやがらせをするこの国の今の保守とか右翼の感覚が私のような年寄りにはよくわからん。
ちなみに稲田朋美は『沖縄ノート』の発禁を求める集団自決問題訴訟原告弁護団の一員でもあるわけで。

見てみたいですが、首都圏在住としては名古屋はハードル高いですね。都内で自主上映会やってくれないかなぁ。

>No.4 西村さん

私は中国のチベット弾圧や公務員教師の国歌斉唱問題を憂慮してます。自らの事なら兎も角「生徒に君が代を歌わせなかった教師」など以ての外と感じます。

私は「右翼」でしょうか?

私も「生徒に君が代を歌わせなかった教師」が、「市民や生徒の自由を守」っているとは到底思えませんね。
上映中止が問題とされる最大のポイントは「右翼の圧力に屈した」という部分ではなく「言論の自由が脅かされた」点です。「左翼の圧力に屈した」場合も「外国の圧力に屈した」場合でも問題です。

「エントリ違い」の部分にも言いたい事はありますがやめておきます

>No.4

釣り人に見えますがどうでしょうか。
4月1日だし。

産経のイザ の阿比留記者のブログでこの問題を議論しているのですが。
有村という議員が、「この映画で重要な役割りをになっている刀鍛冶が、出演を承知していない。」
等々、もっぱら肖像権の無断使用の問題でこの映画を批難しているようです。
マイケル・ムーア監督などの作品でも肖像権の許諾をいちいちとっているとは思えないのですが、ドキュメンタリーにおいて、肖像権の扱いは法的にどうなっているのでしょうか?

被写体の肖像権は、報道取材での街頭雑感でも問題になることがあるようです。
テレビ取材の場合「通常の注意をもってすれば、明らかにカメラマンと分かる人物が撮影を行っている場合、その撮影範囲に入ることを敢えて忌避しないかぎりは、被写体となることについて暗黙の了解があった」と見做しているようです。
まして、インタビューや密着取材などを応諾していたとしたならば、その使い方に関して特段の申し入れ等を行わなかったり、取材の申し込みに際して行われた撮影意図の説明と明らかに異なる完成フィルムになったなどの事情がない限り、出演は承諾されたものと判断するのが当然のように思います。

>被写体の肖像権

 論点ずらしかと…

>取材の申し込みに際して行われた撮影意図の説明と明らかに異なる完成フィルムになったなどの事情がない限り、出演は承諾されたものと判断するのが当然のように思います。

そうか、有村議員は「撮影意図の説明が嘘だったし、刀鍛冶本人に完成フィルムも見せていないからけしからん」という主張みたいですが、モトケンさんの言われる通り、事実上の「事前検閲」という大罪の前には矮小な論点ですね。

現在のグローバルスタンダードでは、民主主義の成熟度を計るひとつの目安は、体制批判や反体制の主張表現に対する体制側の寛容度にあると考えられていると思います。

反体制の主張には、体制の顔色を伺う企業等をスポンサーとして期待することはできませんから、体制側から助成をするのはむしろ望まれることであって、そうすることによって外国から成熟した民主主義国家であると評価されることになると思います。

逆に反体制側の表現を助成するのはけしからんという主張は、日本は民主主義国家ではないぞと主張しているも同じで、日本という国を貶める行為でしかないと思うのですが、そういう考えは持てないんでしょうね。

今でも世界には、反体制の行動をした人間は何故か中毒死したり行方不明になってしまうという国もあるようですが、その国が他国からどういう目で見られているのかわかってんですかね。

有村議員は「撮影意図の説明が嘘だったし、刀鍛冶本人に完成フィルムも見せていないからけしからん」という主張みたいですが
それは刀鍛冶本人が言うならともかく、余人が横合からワイのワイの騒ぎ立てることじゃないですね。当事者間で解決すればいいだけのことです。 解決できなければ、損賠とかお蔵入りとかいうことになるわけですが、いずれにせよ文化庁発のお金が既に使われている映画である以上、お役所や国会議員がやるべきことは、助成が無駄にならぬように、当事者間の紛争が解決して権利関係がクリアになり円満な上映が可能な環境を整えるための側面支援でありましょう(笑)。

有村にしろ稲田にしろ、拠出された助成金をドブに捨てさせるような活動に血道を上げるのは、国民の血税の大切さを弁えぬ言語道断の愚行であると断じざるを得ません(アジ演説風味)。

No.14 惰眠さま

テレビ取材の場合「通常の注意をもってすれば、明らかにカメラマンと分かる人物が撮影を行っている場合、その撮影範囲に入ることを敢えて忌避しないかぎりは、被写体となることについて暗黙の了解があった」と見做しているようです。

なるほど、私も以前 夏休みにヨーロッパアルプスで登山列車に乗るところをNHKに撮影され、その映像が秋にドキュメンタリー番組の中で放送されました。いろんな人から電話を貰い、テレビの影響力を思い知ったのですが、その数年後、アルプスで日本人観光客の事故がおきたときにも「映像資料」としてそのときの映像がニュースで使用され「また、ヨーロッパいったんか!」と非難半分の電話を貰い、あせった記憶があります・・・。ちなみに、そのときは「グッズ」などもくれませんでした(^^;

肖像権・・・ですか。ここまで来ると「ヤーさんの言いがかり」ですね。個人情報保護で守られるのは「税金から給料を貰っている公人」ばかり・・・。いよいよ「民主主義の危機」ですね。

<映画「靖国」>上映取りやめを文科相が危惧

こういう方もいらっしゃるんですね。ホンの少しですが安心しました(^^)。

No.13 natunohi69さん

 ご紹介のブログをざっと読みましたが、「類は友を呼ぶ」という感じですね。
 ここはここでそうなんですけど(^^;

 印象を一言で述べれば、「近視眼的」または「視野狭窄」です。
 新聞記者がよくあれだけ言論の自由の問題に対して鈍感でいられるものだと感心しました。
 「ご都合主義」というのも外れていないと思います。

 ちなみに、有村治子議員というのは、「神政連 国会議員懇談会 副幹事長」という肩書きをお持ちですね。

>No.12 honさま

なんとなく、私もそんな気がしていました。
(今朝、No.4のコメントを拝見した時の咄嗟の印象ですが。)

>No.20 通行人1さま
私も少しほっとしました。

そもそも文化庁が宗教を題材にした映画に助成したことが問題だと思いますけどね。

イエスが人間だったという映画が騒ぎを起したり、”悪魔の詩”が騒動を起したりするのだから、もうちょっと宗教に対する距離感を考えないとね、行政は。

ちなみに私は靖国には行ったこともないし、興味も無いですが。
それでもこの映画に助成したことは”マズイ”と思いますね。

>No.23 関東御成敗式目さん

 助成についてはいろいろ意見があるかも知れませんが、だからといって事前抑制はもっとマズイ。

4は釣ですねえ。

話題としては「言論の自由」「民主主義の成熟度」の主張は立派なんですが。

それ以前に、助成するなら公平にやって欲しい。
資金不足であえいでいる新人監督は大勢居るとか、それなのに、不誠実な審査で不適切な助成なんかするんじゃないよ。

私は釣られたわけですね(泣)
エサがあまりに香ばしかったんで・・・

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当然、事前制御には何かしらの思惑があるに決まっている。
助成云々は公開されてから議論してもいいはずだし・・・

私は「余程」のモノ(宗教団体の広報映画等)でない限り、助成対象になっていいと思います。
が、これって助成申請総数から助成対象外になる割合ってどれくらいなのでしょう?
基本的なことがわかっていない・・・

>No.23 関東御成敗式目さん

私も「大人として」”マズイ”判断と思います。君子危うきに近寄らずであるべきでしょう。
政治とはもっと大人の分別が必要だと思います。いまの日本国はなべて幼稚に過ぎますね。

>私は釣られたわけですね(泣)

いえ、カツビンさんが先に仰って下さっていなければ、私がレスをつけている所でした。
(携帯から書いて投稿しようとした直前に、既にNo.10が投稿されているのに気づいて、取りやめましたから。)

さしずめまた「周辺の○○にに迷惑を掛ける恐れがあるため助成金の対象から外します」ですか?

「周辺の〜」と言うような言い方を持ち出す時は、主に自分ですよね。「クラスの皆が嫌がっているからやめろ」とか。

>No.13 natunohi69さんはじめほかの皆様。はじめまして

 社会ファシズムという耳慣れない単語を目にしましたので、便乗です。

プリンスホテルの契約解除や「靖国」の上映問題など、いわゆる「右」からの圧力には自由権の侵害と敏感に反応するのに、チベット問題に絡む日産自動車の契約解除事例や卒業式での「君が代」斉唱問題のようにいわゆる「左」からの圧力については無視、無反応を決め込むような団体や個人は、積極的ではないにせよ、消極的に社会ファシズムsocial-fascismへ加担しているということになるのでしょうか。

そうすれば、いわゆる人権平和団体の殆どは社会ファシズムへの加担者であり、真の人権平和団体の資格がありそうなのは(「あり」と判定しているわけではありません。「一次審査」を通過した段階)いわゆる「ネット右翼」という恐ろしい結論にもなりかねないのですがその辺はどうなのでしょうか。

 また、裁判所の判断に従うか否かの問題に関連した素朴な疑問ですが、光市の事件のドタキャン事件のように、弁護士は自己に不利な裁判所の決定には従わなくても良いが、プリンスホテルは裁判所の決定にはしたがわなければならないということについても私(素人)にも分かるよう説明していただけないでしょうか。

 素人には分からないだろうから説明しないというのも一つの見識だと思いますが、裁判員制度の開始を控え、その点もしっかり素人に説明することも、橋下弁護士の懲戒煽動事件で、多くの弁護士が嘆くこととなった一般国民の刑事司法、刑事弁護への誤解を解くためには必要なことではないと思うのですが、モトケンさんも含め本ブログの参加者の皆様はいかが御思いでしょうか。

>No.28 死刑囚さん

ありがとうございます。ちょっとだけホッとしました(笑)

−−−−−−−−−−

私は、「政治もの」「宗教もの」であろうと「興行的に難しい」ものこそ助成が必要なんだろうと思います。
芸術、文化は未来になるとどう評価されるか分かりませんから・・・
→過去にその当時全く評価されなかったものが後日評価される事例は沢山ある。(もちろん逆もあり)
よって、その時代の映したものを残すのは重要だと思います。
それがその時代の与党思想や世間の空気と合わなくても・・・

右と左の二極化で話すこと自体に無理を感じます・・・。
ついていけない私がいる。

No.32はNo.31を拝見する前に投稿しておりました。

>No.31 カツビンさま

>よって、その時代の映したものを残すのは重要だと思います。

ふむふむ。そのような切り口からだと、私も観たくなって来ました。
(よく研いである包丁も怖いという先端恐怖症気味なもので、日本刀が出るというこの映画、当初は全然観たいとは思ってませんでしたが(^^;)

>No.30 kahnさん

 このブログでは政治問題は、全然取り上げないというわけではありませんが、あまり取り上げません。

 プリンスホテルの契約解除や「靖国」の上映問題を取り上げたのは、表現の自由に対する実質的制約になるという憲法問題として無視できないと考えたからです。

 このブログで取り上げるテーマは私なりの独断的判断によるものであり、思ったことを全て取り上げるということはしていないのです。 
 そのような私のスタンスをどう考えるかは、私のブログを読んでくださる読者の皆さん次第です。
 一つ二つのエントリを読んだ程度で判断してほしくないな、とは思っておりますが。

 ただし、読者の皆さんが自由に議論できる場所は提供しています。
 小会議室がそれです。

 なお、このブログの常連さんの多数は、私を含めて光市の事件のドタキャン事件について、裁判所の決定には従わなくても良いと考えていないと思います。

 ただし、それがどの程度のどんなペナルティに値するかについてはかなり温度差があると思います。
 この問題は、安田弁護士らが弁護人に就任した経緯をはっきりさせないとなかなか答がでません。

>No.24 モトケンさん

助成についてはいろいろ意見があるかも知れませんが、だからといって事前抑制はもっとマズイ。

これは、映画人の事を指しておられますか?
別のものを扱いましたが、伊丹さんという人はある種命がけで映画をやっていましたね。

その状況が是か非かは別にして、現実問題としては、宗教を扱う(特に特定の宗教を批判する内容)なら、世界中殆どの場所で、命がけにならざるを得ないと思いますね。
「信仰とは命がけ」という人は世界中に沢山いますからね。

いわば相手の”心を殺す”わけだから、当然命がけにならざるを得ない。
命を掛けても表現したいことなら、上映すればいいし、
その覚悟が無いなら、上映を取りやめるしかない。
日本だけでなく、世界中で起こりえることですね。


ふふふ・・・。おいらも釣られちった。
>カツビンさま
(・∀・)人(・∀・)ナカーマ

No.4 西村さまへのレスを見ても分かるようにこのブログの皆様は結構絶妙のバランス感覚を持っている方ばかりだと思います。ただNo.32 死刑囚さまのおっしゃるように右と左の二極化で話すこと自体まあ、あれですね。

No.35 関東御成敗式目さん

「映画を作った人」は命がけでやってるでしょう。「小屋にかける人」の肝が据わっていなかったわけで。

>特に特定の宗教を批判する内容
内容を見ずにこういう前提でコメントされるのはいかがなものかと思います。今のところ、試写会を見た議員たちも、圧力をかけた当の議員を除いて「特定のイデオロギーを押し付けているとは感じなかった」と感想を述べていますし。

問題は映画館がビビッたことよりも、政治家が映画関係者をビビらせたことを当然と思っている点です。単なる議論提起なら、なぜ劇場で観てからにしなかったのか? なぜ公開前にチェックしようとしたのか。そこにどういう意図があったのかを考えることが肝心です。

「国会議員が公開前に作品を見せろとせまる」

議員たちが、その行為が映画製作者・配給者にもたらす効果を計算していないはずがない。計算していなかったなら、その自覚のなさは度し難い。

>日本だけでなく、世界中で起こりえることですね。
公開後に騒動が起こるのはかまわないのです。それは言論封殺ではなく、むしろ自由な言論が保障されている現れです。しかし、今回の件は明らかに違います。もし、この映画が靖国をはっきり賛美している内容だったら、議員は「安心した。これなら国民に見せても何の問題もない」と言って公開を後押ししたと思いますよ。

>No.37 みみみさん

誤解を与えたようですので若干補足を。

内容を見ずにこういう前提でコメントされるのはいかがなものかと思います。

別にこの映画のことを断定的にそう評価しているわけではありませんよ。括弧の中は、”もしそうならば”という仮定の話です。

「国会議員が公開前に作品を見せろとせまる」

それが事実ならちょっと問題だとは思いますよ。
税金の使いみちをチェックするのは国会議員の重要な仕事だし、国益を重視するのも国会議員としては当然の事ですが、検閲紛いの事をやった(或いは要求した)なら問題ですね。
もっと別の方法があったと思いますね。
議員は否定しているようですが、事実はどうなんでしょう。

まあ、いずれにせよ助成を受けている以上、何らかの事前のチェックは受けているのでしょうが。
本件については、そのチェックのガイドラインが甘い(無神経・無頓着)としか、言い様が無いですね。

もし、この映画が靖国をはっきり賛美している内容だったら、議員は「安心した。これなら国民に見せても何の問題もない」と言って公開を後押ししたと思いますよ。

今のガイドラインなら、逆にこういう事もありえるでしょうね。
まあ、"神風”の映画とかは興行的に成功するから、助成等必要ないのでしょうが。


No.37 みみみ様

もし、この映画が靖国をはっきり賛美している内容だったら、議員は「安心した。これなら国民に見せても何の問題もない」と言って公開を後押ししたと思いますよ。

それはそれで、また別の方向の議員からクレームが来そうな気もしますが^^;

>No.37 みみみさん

公開後に騒動が起こるのはかまわないのです。
それは言論封殺ではなく、むしろ自由な言論が保障されている現れです。

昔、30年くらい前「氷雪の門」という映画が、上映中止に追い込まれた事があるそうです。
(当時、わたしは中学生くらいなので伝聞によるものです。事実誤認があればご指摘下さい)

その時は、全然こんなこと(上映中止にされたこと)は話題に上らなかったそうなので、こうやって話題になるだけ言論の自由は進んでいるという事では。
(あくまで30年前(右傾化する前)との比較ですが)

>No.40 関東御成敗式目さん

「氷雪の門」は上映中止になっていたのですか?
調べてみると確かに「上映直前に中止に追い込まれた」という記述がほとんどですが、私、これ映画館で観たことあるんですよ。
制作時(1974年)だったかどうかは記憶が定かではないのですが…。でもそのくらい前だったと思います。
普通の街の映画館だったと思うのですが、気概のある映画館が上映に踏み切ったということなんでしょうか。
本筋と関係ない話ですみません。

> No.26 カツビンさん

が、これって助成申請総数から助成対象外になる割合ってどれくらいなのでしょう?

芸術文化振興基金のサイトを見るとわかりますよ。
助成対象活動の決定について

H18年度・記録映画の場合、応募16件のうち4件が助成対象になっています。
評価要素として、
「活動が社会的に開かれたものであること」
「活動内容が当該団体等の過去の実績等から推測して実現可能であること」
「助成の緊要度が高い活動であること」
などがあります。(「芸術文化振興基金審査方法等」)
これから推察するに、
社会性なさすぎ、とか
映画製作実績のないニワカ団体とか
企業・宗教団体・政治団体等がスポンサーになってくれる映画
なんかは助成に適さないということでしょう。
(なお、政治的に中立、という条件はありませんでした)

>No.21 モトケンさん
 >印象を一言で述べれば、「近視眼的」または「視野狭窄」です。
 新聞記者がよくあれだけ言論の自由の問題に対して鈍感でいられるものだと感心しました。

まっとうなご意見をありがとうございます。あそこで、アウェイ状態でひとり闘っていると、気が変になってきますので、そういうご意見をいただくとほっといたします。
しかし、阿比留記者自身の、「死亡事故の死亡者写真を、遺家族や周辺の許可なく友人の卒業アルバムから接写して掲載したことがある」旨の発言を引き出しました。自分だって肖像権(死者にそれがあるとすれば、の話ですが)より、報道の自由を優先させるケースがあるわけです。
マイケル・ムーアのアポなし取材による映画(例えば「ボーリング・フォー・コロンバイン」)はどうなんだと聞いたら「わからないのでアメリカの事情に詳しい人間に聞いて答える」とのことでした。
どんな答えが返ってくるのかしら。


>No.30 kahnさん

はじめまして。皆様ということなので少し返答を。

個人のブログに何を求めるか?というのがあると思います。
あくまで一般論ですが、全てのことに関心を持つことはできないので(物理的にムリ)何かに反応し、何かに無反応なのかは仕方のないことではと考えます。(これは誰でもです)
反応のあり方も肯定的に取り上げるのか、否定的に取り上げるかによって何らかの立場を「選択」していることになると思います。

>私(素人)にも分かるよう説明していただけないでしょうか。
>素人には分からないだろうから説明しないというのも一つの見識だと思います

私も素人ですが偉そうですいません。説明を求める前に、自ら過去のエントリーなどを調べて、何を説明してもらいたいのか明確にすべきだろうと考えます。

誰が、「弁護士は自己に不利な裁判所の決定には従わなくても良いが、プリンスホテルは裁判所の決定にはしたがわなければならない」と言っていたのか?などです。

>一般国民の刑事司法、刑事弁護への誤解を解くためには必要

誤解を解くことは大切なことですが、誤解をしないために冷静に物事を見ることと自ら調らべる努力をすべきでしょう。説明されても納得しない人はしないですから。また、偉そうですいません。
では、また。

>No.40〜41

70年代のことを多少知る者として、「氷雪の門」という映画の背景事情などを少し。

この映画は、配給会社「東宝」系列の映画館での上映が取りやめになったので、市中の商業映画館で全国的かつ全面的に上映が出来なくなったのではありせん。東宝系映画館が左翼的思想運動との関わりを嫌ったという側面があると思います。

その背景として、映画会社「東宝」では戦後の歴史に残る大規模な労働争議(通称「東宝争議」昭和22年頃がピーク)が勃発し、「東宝」では映画製作が出来なくなった歴史を知っておく必要があります。この東宝争議による「映画芸術協会」や「新東宝」などの組合活動派の分離独立、そして昭和36年の「新東宝」の倒産など、東宝での労働争議の影響は日本の映画界に長く続きました。その間全国の東宝系映画館はフィルム配給が途絶したりして経営上大きなダメージを受けました。そのために東宝系映画館のオーナーには、労働運動や左翼的政治活動で混乱するのはコリゴリだ、というムードがあったようです。

こうした東宝系映画館の歴史的事情の中、終戦時に樺太に進駐してきたソ連軍の行為を題材とした映画「氷雪の門」は、親ソ連の傾向を持つ左翼的思想家が問題視し、70年安保闘争後の左翼運動グループの主導権問題も絡んで、労働運動家や学生運動家が大きく取り上げる事態となりました。そうした中、先に解説したように左翼的運動に距離を置く東宝系映画館が配給や上映を中止した、と聞いています。

ただし、これは東宝系列としてのフィルム配給の中止であって、独立系の映画館や、東宝系であっても別ルートから配給を受けて上映した映画館もあります。azureさまがご覧になったのはこうした映画館でしょう。

今回の「靖国 YASUKUNI」上映中止問題とは、騒動を大きくしている思想背景が多少違いますので、興味のある方はWikiやIT空間をググルなどして、各自の責任でお調べ下さい。

トピズレの投稿ですので、このコメントへのレスはご容赦下さい。

>No.43 natunohi69さん

「死亡事故の死亡者写真を、遺家族や周辺の許可なく友人の卒業アルバムから接写して掲載したことがある」旨の発言を引き出しました。

刑事事件被疑者のガンクビ写真でも、肖像権者である被写体本人の了解を得たケースなど、皆無のはずです。報道目的使用の場合には、通常著作権や肖像権の主張は阻却されますが、果たしてその理屈が卒業文集の記載内容の引用・紹介や卒業アルバム(被写体のみならず、撮影者や編者にも著作権・隣接権が生ずる筈)にも援用できるものなのか、かなりグレーのように思われます。

また「町の声」や「関係者の話」「親族の談話」などでも、逐一掲載許可を取っているのか、万一被取材者からクレームが出た場合にどのように対処しているのか等を突き詰めた場合には、新聞・テレビともに薮をつついて蛇を出すような結末が待ち構えているのではないでしょうか。

それなりに経験を積んだ記者であれば、被写体(被取材者)の出演の了承云々のトラブルの問題に踏み込むと、火の子がわが身にかかってくることになるといち早く気づいて、そちら方面には踏み込まないように注意するんじゃないのかなー、そこに気が行かないで他人をなじることに夢中になっちゃうなんてスキルが足んないなー、と感じた次第です。

ここまで露骨に暴力をちらつかせて言論を封じようという連中も少なかったかと思います。
稲田議員が名を連ねる「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」のHPから、今回の棄却を受けての乱暴なフレーズをいくつか、抜き書きしました。

いろいろな点で紳士的に対応しすぎた事が皆、裏目に出たので、支援する会としてはその点の反省もあります。

いったい、裁判所や被告側に何をするつもりでしょう?恫喝宣言ですね。

今回、まともな審理を避けて、逃げた深見裁判長は深く後悔する事になるでしょう。

まるでヤクザか内ゲバ中のセクトの捨てゼリフのようです。
抜き書きだと、印象操作と言われそうなのでお急ぎで無い方はぜひくだんのHPをご覧ください。

今回の一件に関して、新聞各紙の社説は、「言論の自由が脅かされている」という論調ですが、危機感をもっているのならば、自社系列のテレビ局で放送しようとは、お考えにならないのでしょうかね。
いかがなものでしょうか。

面白過ぎますねー稲田センセイ。
多分、国会の委員会質問で晒し者にされますよ。
共産党とか社民党あたりの食いつきはよさそうですし。
法務委員会とかで取り上げて、国家公安委員長とか法務大臣答弁を求めたら、結構な騒動になるかも。
政局ぶくみの国会運営になってますから、問責同義を出す構えとか、野党的には新たな攻め口を労せずして得た感じですね。

>No.36 ろくろくびさん

皆さんよいバランス感覚をお持ちですよね。落ち着きます。
某巨大掲示板等は見ていて辛い部分もあります。
※だけど見てしまう^^;

>No.42 kirikoさん

ありがとうございます。思っていたほど対象は多くないですね。
外れた映画と作成会社がなんだったのか分かりませんが、「靖国」が助成対象か議論にはなりそうです。

読売新聞 4月2日付 編集手帳より

◆憲法で表現の自由が保障されたいまも、嫌がらせの衣をまとった検閲は生きているらしい。東京と大阪の映画館5館が、予定していた上映を中止した。靖国神社がテーマの日中合作「靖国 YASUKUNI」である◆ある映画館は街宣車の抗議行動を受け、圧力めいた電話も続いたという。来月からは全国の13館が上映を予定している。映画館は少しの勇気を、世間は表現の自由が脅かされることに少しの気がかりを、警察は少し強めに監視の目配りを――各人が“少し”を持ち寄るのみである

とのことで、上映を取りやめた映画館には実際に抗議行動や脅迫めいた電話もあったようです。
 また、来月からは上映館も増えるようです。そちらにも圧力がかかることが懸念されますが…

東京新聞 2008年4月2日 朝刊 記事より

札幌、名古屋、京都など今後、上映を予定している他の映画館

これらの都市では上映予定の映画館(計13館?)があるようだ。引用した東京新聞記事の中で、支配人が映画「靖国」の全国上映委員会代表としてコメントしている「名古屋市の映画館シネマスコーレ」は、上映するのではなかろうか?

でも名古屋じゃ私の所から遠いなぁ・・・。

もし、名古屋シネマテークが手を引いて、「シネマスコーレ」が、『靖国』の上映をするのなら、60近い老体に鞭打って黒ヘルを被り、鉄パイプをしょって上映の防衛に駆けつけます。
これは私の愛する日本が滅んで代わりにミニ北朝鮮のような国家ができるかどうかの瀬戸際の勝負です。
山上のてっちゃんが共同プロデユーサーを務め、若ちゃんとこが上映しようという映画だもの。命の一つ二つ落としたって惜しくない。

natunohi69さま
某所のコメント拝見させていただきました。

阿比留瑠比 さん の「東京国立近代美術館フィルムセンター 」…。これはよく知らなかったのですが。
には、驚きを覚えますが。 私も、東京国立近代美術館フィルムセンター  で上映すればよろしいかと。サンケイプラザですか良いところですね。

例のコメントはご回答は。
まず、家族の感情については、どうしても写真掲載はしてほしくないという人がいれば、それは別途写真を入手していたとしても、当然考慮しただろうと思います。ただ、そういう例はあまり聞いたことがありません。肖像権の件については、肖像権や個人情報が大きなテーマとして重視されるようになったのは割と近年の話で、私が顔写真集めを経験した十数年前には、一般人についてはあまり言われることはありませんでした。また、どういう判例があるのかは知りませんが、何かの事件・事故を報じる報道目的の場合、写真掲載=肖像権の侵害とストレートに結びつくものでもない場合もあるでしょう。

こちらは、法曹界の方に。

 尚、日本刀分類で、渡来した製鉄、鋳・鍛造技術を習得して造えた奈良時代の剣以後の物とかが何故に日本刀ではないのでしょうね、草薙の剣も否定する事に成りますし。日本刀=和鉄・玉鋼・折返し鍛錬・心鉄構造のみなんでしょうかね。

ソウルでも上映が有る様なのですが、お誘いがありまして。行くべきか?。 コミュニケーションの第一歩は、御互いの違いに(を)学ぶと有りますし。

OMIZO様、お気使いありがとうございます。
とりあえずシネマスコーレ宛てに激励と連帯のメールを入れておきました。
OMIZO様もよろしければどうぞ。
ソウルですか、行きたいけれど鉄パイプは持って行けそうにないですね。
あ、必要ないか。
日本刀については正直、私はよくわかってません。
今夕の朝日でも、「刀」とだけ書いてあったような。

No.53 natunohi69さま

黒ヘルを被り、鉄パイプをしょって上映の防衛に駆けつけます。

「防衛」 と逆のことをしに来たと誤解されそうです( ̄∇ ̄;)

>尚、日本刀分類で、渡来した製鉄、鋳・鍛造技術を習得して造えた奈良時代の剣以後の物とかが何故に日本刀ではないのでしょうね、草薙の剣も否定する事に成りますし。日本刀=和鉄・玉鋼・折返し鍛錬・心鉄構造のみなんでしょうかね。

私は全くの素人ですが、普通に考えれば、「“日本”刀」なるカテゴリーは、「刀」の中の、ある特殊なものを指すと考えるのが普通でしょう。

単に「和鉄・玉鋼・折返し鍛錬・心鉄構造」の刀のカテゴリーを「日本刀」と表現しただけで。昔の日本人は「日本刀」などとは当然呼ばなかったでしょう。中国人などの外国人が、日本独自の技術として発展していった、自分たちが通常使う「刀」とは似て非なる、特殊な材料、製法による特殊な構造の「刀」を、「日本刀」と表現しただけでしょう。

「渡来した製鉄、鋳・鍛造技術を習得して造えた奈良時代の剣以後の物」は、多分、そうした人からすれば、特殊な刀というよりは自分たちの知る「刀」に近いものですので、「日本刀」という呼び名は与えられなかったのではないですか。

私たち日本人からすれば、いずれも「刀」ですし、そもそも神器である天叢雲剣と、後の武士の持った戦闘用の刀は、全く別のものといってもいいでしょう。別に後世の外国人から見た「日本刀」のカテゴリーに、神器「天叢雲剣」が入らなかったからといって、神器の権威に些かの影響もないですし、否定されたなどとは考える必要すらないと思います。

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No.111 モトケンさん | 2008年2月 4日 23:57 | CID 115960  (Top)
>No.107 (ただいま謹慎中)さん
 程度の問題じゃなくて質の問題も絡むんですよ。
 特に訴訟手続の問題は、はっきり言ってかなり勉強しないとなかなか理解できないところがあります。
 ですから、ドタキャン問題(これは訴訟手続の問題)を持ち出すと議論が混乱する恐れがあります。
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とあることから、てっきり、自己に不利な裁判所の決定に従わず、ドタキャンすることが一般的に許される場合があるという認識にあると思っていましたので。そして、それを理解することが一般人には難しいので説明しないということだと解釈しました。

(ドタキャン事件については、「訴訟遅延行為」という特殊な例なので、一般的に許されるドタキャンの例とは異なり許されないという見解は理解しましたが。)

もっともnatunohi69さん流の言い方をすれば

>モトケン弁護士が名を連ねている弁護士会の弁護士であるすちゅわーですさんは
>ドタキャンは許されるという見解に立ち、弁護士会もドタキャン事件に関する
>懲戒請求を棄却したことで問題がないという弁護士会の認識を示した

という言い方も可能ですが、そこまでの印象操作はしたくありません。

 稲田弁護士のように本人がなんと言おうと、それまでのその人の行為、経歴などからその行為が何かと詮索されることは仕方のないことかもしれません。

安田弁護士が、弁護人としての活動を死刑廃止活動に利用した
橋本弁護士に懲戒請求を出した人が知事選に一種の落選運動として利用する

と批判されたこともありましたし。

いずれにせよ、私の投稿が何か触れてはいけないものに触れてしまったようですので、このブログの空気を読めるようにします。

文化庁は知らずにか、それともワザワザか北京の息が掛かったと思しき組織が支持する映画を応援?
そして「文化庁協力」などと営業に利用された。

共同製作として書かれているのは、このチャンイーさんの会社と、北京電芸学院、青年電影なんとか、なんとか、北京なんとか有限公司ということでこれ全部これチャイニーズですよね。これが日本映画なんでしょうかねえ。〜  〜申請代表者、このチャンイー代表取締の名前そのものが、本名が変わっているんです。そしていつの間にか、製作総指揮者、ちょううんき(長雲暉)と読むんでしょうかね

文化庁は貧しいの本の映画人で無く、政治的バックのあるものに補助金を出した。
「表現の自由」の最大の敵は中国共産党
を、考慮するなら。

それを咎めるために、マスコミ公開の直後に対応する事が効果的だったのなら。一般公開前で表現の自由で文句が有ろうとも日本の庶民にはプラスが多くなるし。

結局は、映画の出来次第で判断したいなあ、もちろん「中共政府推薦映画」としてですが。

No.57 じじい  様

ありがとうございます。

少し複雑な書き方で、誤解を招いてはいけませんので、ご説明いたします。

阿比留瑠比氏のブログにて、映画「靖国」上映中止と参院内閣委での有村議員の質問  にて、有村議員が

有村氏:つまり思想的には大きな信念を持っておられる方が、入っていらっしゃったということで、その影響を与えたという疑念を払拭するにはあたっていない、そんなお答えだと私は認識しています。

そしてこの「靖国」のパンフレットにも書かれていますけれども、「そして、知られざる事実がある。靖国神社のご神体は日本刀であり、平成8年から敗戦までの12年間、靖国神社の境内において靖国刀が鋳造されていた」というふうに書かれていますけども、これは事実誤謬でございます。しられざる事実があるといって、靖国神社のご神体は日本刀であるというふうに主張されていますが、この認識事態が誤謬なんです。事実誤認でございます。これは私自身が靖国神社の広報に問い合わせています。神社で大切にされていらっしゃる神剣、神の剣は、一般的に世に言う日本刀、片刃で、ワンエッジですね、片刃で反りのある日本刀とは形状も異なっておりまして、このご神体は日本刀ではありません。この誤謬を知られざる事実として、ドキュメンタリーとして豪語されること自体が大変に遺憾なことでございます。

 もちろん、中国の監督が外国語である日本語で基礎事実を理解するのは難しいのかもしれませんが、このご神体について靖国神社に事実確認や問い合わせも一切されずにこの事実誤認をドキュメント称し、広く喧伝されていること自体が欺瞞だと思いますが、やはり文化的考証などの前線に立たれるはずの文化庁ではないんですか。この点コメント下さい。

と御座いまして、有村氏言うところの『片刃で反りのある日本刀とは形状も異なっておりまして、このご神体は日本刀ではありません。』 御神体の神の剣とは、五世紀頃から出土される剣形状の物を言われているとも思われるのですが。

日本で古より作られし、刀、剣、槍類には、金属成分、鍛造技術、製鉄技術、形状など異なる物が御座いますが、

この形状の剣も技術の習得により製作された物であれば、日本刀と呼んでもさしつかえ無いのでは。と私は思うのですが。

少し追伸
靖国刀
明治以後の軍用刀はサーベル式の物が採用されておりましたが、江戸期の日本刀の復活を望む様な需要が有り。(江戸期の作刀方法しか文献、技術が継承されていなかった様な?)
昭和8年、民間篤志家の資金を元に、日本刀の復活と将校用軍刀の需要に応える為、刀剣界と陸軍が協力して靖国神社境内に「日本刀鍛錬会」が設立された。靖国鑪が再開され、良質の日本刀を作刀し、陸軍将校に供給され、
 軍の受命に依り、鍛錬会刀匠名の初字には靖国の「靖」の名が与えられた。
 当時は「九段刀」とも呼ばれ、終戦迄、約8,000振り余りの日本刀が作刀されたようです。

 靖国刀以外にも軍刀需要により、作刀場所が有る様で御座いますが。

omizo様、レスありがとうございます。

>日本で古より作られし、刀、剣、槍類には、金属成分、鍛造技術、製鉄技術、形状など異なる物が御座いますが、この形状の剣も技術の習得により製作された物であれば、日本刀と呼んでもさしつかえ無いのでは。と私は思うのですが。

申し訳ありませんが、私はomizo様のお考えには賛同できません。
特に統計を取ったわけではないですが、普通の日本人なら、「日本刀」といわれて頭に浮かぶのは、時代劇に出てくる「アレ」でしょう。

私のこれまでのささやかな人生経験を思い返しましても、時代劇に出てくるような「アレ」でなく、神器のような形状の剣をさして「日本刀」と呼ばれた方に出会ったのは、omizo様が初めてでございます。

歴史の専門家ではないので確たることは申せませんが、広義では日本でできた刀剣槍類はひとくくりで「日本刀」と呼べないこともないでしょうが、どう考えても一般的ではないような気がします。

ましてや、中国人監督が、この言葉の意味をそこまで押さえた上で、あえて「日本刀」という呼称を一般的な狭義の意味ではなく、広義の意味合いとして使用したとは、さすがに思えませんし、そうした細かい学術議論を映画の上にのっけても観客が付いていけずに困るだけでしょうから。

靖国神社の神官関係者を除けば、御神体の太刀を実際に目にした方はいらっしゃらないでしょうから、神社側に問い合わせるなどしていないとすれば、この監督の頭の中では御神体は靖国刀と同様の日本刀と理解していたと思う方が自然です。私も、ご紹介いただいたやり取りを見るまで、普通の日本刀だと思ってましたもん。

太刀の形状等は承知の上で、意図して広義の「日本刀」という言葉を使用し、続いて軍刀の話を持ち出したとすれば、靖国≒軍国主義の喧伝という政治的意図の疑いさえ出てきます。

私は、むしろ、靖国の御神体は刀と聞いた→だとすれば時代劇に出てくる一般的な日本刀のようなものだろう→靖国では終戦まで日本刀の軍刀を作っていたらしい→それは御神体にちなんだものなのではないか的な浅い発想ではないかと思うのですが。

なお、私は、議員の特定の映画に対する事前検閲や補助金への圧力を肯定する意図はありませんし、この話はどうみてもトピズレのようですので、この辺で。

公然と、脅迫活動をブログに上げているバカがいるのに、警察は動けないのでしょうか?
h ttp://plaza.rakuten.co.jp/seimeisugita/diary/200804020001/

じじい 様

 刀剣類分類に関しまして、個々のお考えが御座いますので、了解いたしま

あ、すみません。上記のサイトアドレス最初の h と t の間、わざとあけてありますので、ご覧になる時は御注意ください。
しかし、これは威力業務妨害にならないのかな。

ごめんなさい、くどいけれど再々度投稿します。
不必要なものは削除いただいて結構です。
ttp://plaza.rakuten.co.jp/seimeisugita/diary/200804020001/

の頭にhをつけてご覧ください。

危惧していたんですが、とうとう海外でも報道 (Telegraph, UK)されるようになりました。

Japan's cinemas shy away from war film
By Julian Ryall in Tokyo
Last Updated: 1:45am BST 03/04/2008

Japanese nationalists have forced plans to screen a film examining the country's wartime excesses to be abandoned after a campaign of intimidation that included blockading cinemas.

A new documentary film, Yasukuni, was due to open at cinemas in Tokyo and Osaka on April 12.

The film, by the Chinese director Li Ying who lives in Japan, is about the Tokyo shrine that honours the nation's war dead, and examines Japan's imperial ambitions in the early decades of the last century.

Japanese politicians and commentators attacked the decision by cinema managers, who were targeted by ultra-nationalist protesters who parked vans covered in nationalistic slogans outside the cinemas and broadcast military anthems over loudspeakers.
(中略)
Tomomi Inada, of the ruling Liberal Democratic Party, said that she believed the film's "ideological message" had been to portray Yasukuni as a tool to mobilise the Japanese people for a war of aggression, a position that is "entirely different to my way of thinking," she said.

Mrs Inada criticised the decision to cancel the public screenings as "regrettable" however, adding that street campaigns should not stand in the way of freedom of expression.

"There is no reason whatsoever for cinemas to refrain from showing the film," she said.

名前を挙げられた議員さんは、「英国の新聞でも名前を挙げられるような世界的な政治家になりました。」と喜んでいるでしょうね。

筋金入りの「右翼」である鈴木邦男氏は、この映画の試写を見て絶賛、パンフレットにも推薦文を寄せられたそうですね。
ある意味、映画「靖国YASUKUNI」は、筋の通った正統派の右翼と、右翼のフリをした程度の低い全体主義者を識別するリトマス紙のような役割を果たすかもしれません。

個人的には、GyaoでもYoutubeでもニコニコ動画でもいいので、Webで配信してもらえると、とてもありがたいかなあ。ついでにAmazonとかでDVD販売も。

これだけネット上で話題になっていれば、無料配信の広告料でも制作費分くらいは稼げそうなんですけど。

 アルピニストである野口健がチベット族の反乱に加担して北京オリンピックのボイコットも考えるべきとの発言をして、支援者が離れていっているというような週刊誌の記事がありました。中国人民の平和と安定を撹乱する行為に対する当然の報いです。アルピニスト野口は死んだも同然です。中国政府はダライラマや欧米のマスコミの洗脳に毒された野口を平和の峰である中国の山に上らせることはないでしょう。

 野口は、アジア人民の声を無視し、宗教指導者の皮を被った分離独立主義者のダライラマに煽動されたチベット族を支援することで、中国人民の平和と安定を壊し、平和の祭典であるオリンピックを無理やり政治問題化して欧米大資本、マスコミの手先に成り下がったのです。
 その一方、日本を代表する大資本にもかかわらず、ダライラマに煽動された分離独立のチベット過激派を支援するリチャードギアとの縁を切って、平和と安定を求めるアジア人民の声なき声を救い上げた日産自動車とは正反対です。

 このような、ダライラマやそれに加担する野口、欧米マスコミの世界平和に反する行為が欧米マスコミのプロパンダによる賞賛の声が相次ぎなされている中、中国人監督が作成した日本の軍国主義を告発し、アジアの平和と安定を願う映画を封殺しようとする動きに断固として反対の声を上げ続けることは、世界平和のために必要なことだと思います。
 そして、弁護士であるのにもかかわらず橋下をはじめとする権力側の圧力に抗して、アジア人民の血にまみれた君が代を生徒に斉唱させなかった教師たちの運動はまさに、橋下という権力の手先による内心の自由への侵害に対して戦う民主主義の理念を体現したものであり、それを左からの圧力という言葉で貶めるようなことを決して許してはなりません。

 弁護士の方々は、共産党や社民党と並んでアジア人民の連帯する我々地球市民に対する最強の支援者団体である日弁連の一員です。権力と戦うのが宿命である弁護士の本分に反し、権力者の手先に成り下がった稲田や橋下といった弁護士の風上にも置けない連中の策動に圧殺されようとしている映画監督や学校教師たちを徹頭徹尾支援するためにも声を上げ続けることが必要です。

 権力に対抗してこそ人民の人権が守られるとの弁護士の本分を忘れ、権力の側に立った稲田や橋下のような存在に徹頭徹尾反対の声を上げ続けることこそ、市民の人権を守る弁護士の方々の進む道だと信じております。そして、そのことが、自民党をはじめとする権力の策動により、橋下に苦渋をなめさせられた、まさに人権派弁護士の鏡である梅田弁護士のように、真に人民の平和と人権を守るためには必要だと考えております。

 そのためにも、拉致被害者や刑事裁判において当事者としての権利がなんら与えられず、せいぜい証拠に過ぎない犯罪被害者の人権を旗印に人権の侵害をもくろむ権力側の策謀に乗せられてはならないのです。私利私益のために権力の手先に成り下がった犯罪被害者や拉致被害者たちにも、権力と対峙することによってこそ彼らの人権が守られるということを知らしめなければなりません。
 ドタキャンは裁判所という権力に対抗するための弁護士にとって必要不可欠かつ不可侵の権利のはずです。それを権力の後ろ盾を得ることによって何でもできると思い上がった本村によって、権力と戦いわれわれ人民の権利擁護にそれこそ命をかけて戦ってきた安田弁護士が懲戒請求されるという事態は、治安維持法や特高警察による思想弾圧の時代を思い起こさせます。
 このことについても、反対の声を今にもまして上げていく必要があります。

 チベット支持者を切り捨てた日産自動車、君が代斉唱を生徒にさせなかった学校教師、チベット支持を打ち出した野口健の事例を積極的に、ブログのエントリに取り上げなくても、その反対の事例である日教組との契約を破棄したプリンスホテルの暴挙や稲田の検閲行為を積極的に取り上げることによって、我々地球市民の側面支援をしていただいていることに感謝します。
貴ブログは、さすが、われわれアジア人民の味方である弁護士の方が主宰しているブログだと感心しております。これからも、アジア人民のために共産党や社会党にも増して、弁護士の方々の支援が必要です。

>カツビンさん
>私は「右翼」でしょうか?

はい、それも極右です。
日本ファシズムの支配に対して立ち上がったアジア人民の血と汗と涙の結晶である現在の国境線や天皇制を賛美する君が代を否定の上に成り立っている戦後民主主義を否定するあなたは、世界平和のために構築されたベルサイユ体制を否定し、世界を再び総力戦の惨禍に陥れたヒトラーやナチスと同類です。

( ・∀・)ノシ∩へぇ〜へぇ〜

釣りって言うか竹下元首相に対する褒め殺しみたいなやつかも

赤旗から見れば、日経新聞も極右になるんでしょうし、産経なんかもう右過ぎて見えないとこに・・・(^^)

東スポはどっちだ!

あらあら、1968年頃に一世を風靡した、ノンセクトラジカル黒ヘル全共闘(注1)時代を思い出したじゃない。あの頃より言葉遣いや文章表現(注2)は少し進歩したみたい。けど、40年経っても未だに右と左ですか、チットも変らないのですね・・・。

注1:natunohi69さまのことを意図しているのではありません。
注2:「人民同胞をぉ 抑圧するぅ 日帝反動のぉ 弾圧をぉ 断固ぉ 跳ね返しぃっ・・・」

嗚呼、レトロだねぇ。

エヘヘヘ・・・極右認定されちった(^o^)
貴方面白すぎです。笑いの神ですか?

No.72 じじい様>

赤旗から見れば、日経新聞も極右になるんでしょうし、産経なんかもう右過ぎて見えないとこに・・・(^^) 東スポはどっちだ!

まぁ、赤旗の読者からすれば、右の方々が歪んだ愛情をそそがれている(そうとしか思えない)朝日新聞ですら、ブル新(=ブルジョア向け新聞)ですから。
あと、東スポは、斜め上ではないかと愚考します。

> No.74 カツビンさん
左翼端から見れば、垂直尾翼も右翼ですよ〜。
もちろん右翼端から見れば、胴体部分は中共の手先です。
natunohi69さんが憂慮されている街宣(自己陶酔)右翼のやり口や>No.70の言動を見ていると、思想の左右を問わず、極端な論に走る人の視野の狭さは、ある意味特殊能力ですよ。
トピずれになりますが、ダライラマ14世が中国からの分離独立を望んでるなんて与太話を信じてるなんて、>No.70は真性○カなんですかね?
それとも大和の主錨クラスの超巨大釣り針?

NO.53の「60近い老体に鞭打って黒ヘルを被り、鉄パイプをしょって上映の防衛に駆けつけます。」というのは、半分冗談、半分本気で書いたのですが、私も映画界と全く縁がないわけではないので、その後水面下で調べたところ残念ながら100%冗談ですませられるとは言いきれない現状のようです。
映画館の支配人、経営者を含めこの映画にたずさわる人々は本当に生命や財産の危険を真剣に考えています。
ブログの趣旨とは違うかも知れませんが「第七芸術劇場」はじめ各映画館や関係者へ激励のメールなど送っていただければ幸いです。
まあ、万一の時は鉄パイプはよして、塩ビか角材にしておきますが。別に皆様をお誘いはしませんのでご安心ください。

反対勢力を批判する際に、わざと相手陣営の主張を曲解し、もしくは下卑た自分の思想レベルに引き寄せてしか主張を捉えることができずに、自分の脳内で作り上げたレベルの低い「相手主張」を反駁する輩がいるものです。

西村さんの主張は、その手の人たちが作り上げたチャチな左翼観に似ています。

もし、そのような主張を本気でなされているとしたら、○○派とか○○党、その反対勢力というパワーゲーム的側面のみから雑に物事を見るのではなく、「誰が、何を守るために、何と闘っているのか」について、精緻に分析するべきです。

謀略、実際とは違う看板を掲げる勢力、手先としての役割を果たす人間が世の中に存在することは否定しませんが、批判の対象となる当該行為や勢力が、まさにそれにあたるとの説明がなされなければ、その規定を基にした批判は単なるレッテル貼りであり、事態の解明を放棄した「陰謀脳」でしかありません。

表現の自由および知る権利、権力の抑圧で問題の基礎になっているのは個の自律性・独立ではないでしょうか。仮に独立を望んでいるとしたら、チベットの独立が何故いけないのか、私にはよく分かりません。


注:西村さんの立場は、「極」ではありません。ノンセクトラジカルにしろセクトにしろ、誰かを批判する際に(No.70で西村さんが行っているようなチベット過激派というような)「過激派」というレッテル貼りを基にした批判はしません。なぜなら、「極」の人間にとっては、自分の経験や論理によって「正しい」と思い、選び取った思想が、対外的に見て「極」なだけで、「過激派」というレッテル貼りは不当だからです。

>No.78 お〜い紅茶さん

もともとある種の極論を書いて、それを批判させる目的でしょう。
単語を他のに入れ替え、否定を肯定(又は、逆)にすれば反対の極論もできあがりそうです。
自分に対する極端な反対意見が本人の言いたいこと?


>No.71 ろくろくび@おさかなさん

同じようなことをNo.4の文を読んで思いました。
”釣り”&”誉め殺し”だろうと。

さて、一つ「思考実験」です。

この映画を撮影した監督が「日本在住のアメリカ人」で、珍獣紹介番組のように「日本の変わった風俗」に見える演出を施していた場合。
または「日本在住の英国人」が監督で、スピッティング・イメージのようにニヒルな笑いネタとして扱っていた場合。
あるいは「日本在住のイタリア人」が、出演した刀匠を巡る男女の愛の物語として描写した場合。
もしくは「日本在住のフランス人」の手による、思索的実験的哲学的な難解極まる演出が施された映画であった場合。
でなければまるきり同じ内容の映画を一水会代表鈴木邦夫氏監督で撮影した場合。

さて、稲田氏や有田氏のごときお歴々は「反日的」などという恥ずかしい台詞を口にして「公開前に見せろ」とか「考証が正しくない」「助成金を出すのは間違っている」というプロパガンダをやったであろうか?

まぁ、やらんでしょうね(笑)
よーするに、彼らは「中国」が嫌いなんですよ。尻馬に乗ってる連中も。
色々小理屈こねてるけど。
アンチ中国的あるいはアンチ韓国的なアピール行動さえ取れるなら、後は野となれ山桜ってな程度の思考でしかないと思いますよ。

natunohi69 様

 大阪の十三の第七藝術劇場は上映を決定しています。 商店街の皆さんのおかげです(商店街出資)。  ただ、席数が96席しか無いので。見た帰りには、商店街でのお買い物をお忘れなく。

5月10日〜16日
 
 natunohi69 様 お越しのさいは、黒ヘル、テツバイプ又は塩ビパイプ、角材は無用。

 やはりソウルで見るべきかなと。 サンダンバラも食べたし。

No.71 ろくろくび@おさかなさんに、私も一票〜。

私の心象風景では、No.4&No.70のコメントをされている方は、「痛い左を装っている人」でした。いわゆる「左」の主張を貶めるのが目的かと。


よーするに、彼らは「中国」が嫌いなんですよ。尻馬に乗ってる連中も。
色々小理屈こねてるけど。
アンチ中国的あるいはアンチ韓国的なアピール行動さえ取れるなら、後は野となれ山桜ってな程度の思考でしかないと思いますよ。(No.80 惰眠さまのコメント)

同感です。
「坊主憎けりゃ袈裟までにくい」ってことで、袈裟まで弾圧しかねない勢いを感じます。(ちょっと違う気もしますが)
そういう人達って、中華料理も韓国料理も嫌ってるのでしょうか。
個人的には中華料理は大好きです♪焼肉もビビンバも美味しいなぁ〜。(脱線すみません。)

OMIZO様、御招待ありがとうございます。大阪まで行って『靖国』見ます。ついでに吉本へ行って漫才も見ます。
サンダンバラって、どうして私の容姿をご存じなんでしょう。
ソウルって、上映はどこが主催するんですか。

今『靖国』などを上映しているフランクフルトの「日本映画祭」は日本映画の地元ファンたちがはじめて、現地の大学と、日本領事館が援助してやっているんですね。
で、彼らドイツ人の事務局員たちが対抗心を燃やしているのが中国映画ファンだというのがおかしい。
きっと、『靖国』を上映して、「ほらこんなに日本人は自国について客観的な映画を作れるんだ」とか言ってるんでしょうね。

さて阿比留記者様は、本日10時47分、実は「肖像権」に詳しくないことを認め、tomikyu08氏に「肖像権」に詳しい人を探すよう依頼いたしました。

さあ、tomikyu08氏も大変だろうなあ。どうするんだろう?

海の向こうでもイスラム教を批判する映画の上映を巡って騒動になっているようです。この状況では日本では到底上映されることはないですね。

訂正です。

七藝術劇場 靖国上映
5月10日〜16日 10:20 〜 12:30  5月17日〜23日 上映時間要問合せ

natunohi69さま

 ソウルは、日本映画インデーィズ特集レイトショーで、3月に上映が有った様です。 主催はご当地の方です。 TVでも、李纓氏へのインタビューが放映された様です。 上映はご当地の方が主体です。


阿比留瑠比氏の「肖像権」の件は、やはり法曹界の方のご意見を ご教授いただきません事には。

 李纓氏は鈴木邦男氏も見とめる論客の様ですし。
相手が、数千人居ようと、一人で論議に出向く人だとの事です。

>No.76 感熱紙(刑)さん

フフフ・・・当然超巨大釣り針ですよ。
私はお仲間?に見られたようです。

「地球市民」等香り高いエサを使っているんですが、「過激派」等疑似餌が混じっているんですよね。

この後、なぜ中国や君が代反対教師を批判しないんだ?たいなコメントが出るかもしれませんです。

まぁどちらにしても面白い人です。春ですな〜。

阿比留記者のブログ、さっとですが読みました。
有村議員に質問されている文化庁担当者がお気の毒だと思いました。
反日プロパガンダ映画だ思っている有村議員に「なぜこんなのに助成したのか?ちゃんと答えろ」と言われても…。
「うちの娘は超美少女」と思っている親に「なぜうちの娘が美少女コンテストに落選したのか?ちゃんと答えろ」と責められている事務局長みたいなもので。

助成の可否を決める運営委員は、みな長年映画関係の仕事をしてきた方たちのようです。思想信条は知りませんが、全員(多数)が特定政治団体の関係者というのでないなら、運営委員の人選がおかしいわけではないと思います。
ずっと映画に携わってきた人たちと、映画には素人の「政治家」(しかも靖国、南京事件の政治運動の当事者でもある)と、どちらに映画の助成可否評価をしてほしいか。
私だったら前者ですね。
政治家(除く:医師)に健康診断されたくないし、政治家(除く:弁護士)が裁判長の裁判は受けたくありません。

癸沓機)年下っ端プログラマ様、レスありがとうございます。

朝日新聞は、新聞どころか記者がブルジョアですから(^^)

>あと、東スポは、斜め上ではないかと愚考します。

桃色は、赤色に近いですし、浮世離れしてるところも、プロレス好き(片方は永田町プロレス専門ですが)なところも・・・意外と近いとこに浮かんでたりして(^^;

>じじい@今夜は金目鯛

事故レスです。
今夜は、サバの塩焼きでした。

皆さんが指摘されているように、西村さんは完全に釣りですね。
私も釣られました。(^_^;)

「左」を装っているにも関わらず、全く「左」ではない政治主張のおかしさに目が行ってしまいましたが、それ以外の部分、No.4コメントの刑事弁護に関する主張を見ると、かなりおかしいじゃないですか。

あえて被害者を持ち出し対比させ、被告人の権利がいかにも恵まれ不可侵であるかのように主張するやり方とか。(No.70コメントにおいても、弁護士が自らの権利を不可侵とし、被害者遺族を貶める主張がことさら繰り返される。)

それから、本人の文章構成能力の無さなのかと思い、割り引いて読んでいましたが、No.4コメントはセンテンスのつなげ方がかなりおかしいですよね。まるで、翻訳ソフトでも使ったか、どこからか持ってきた他人のセンテンスをコピペして継ぎはぎしたみたいに。(No.70では改善されているが、「拉致被害者や刑事裁判において」など意味不明なつなげ方はある)

しかし、No.70コメントを読み返してみると、「チベット問題」だとか「中国人が作成した軍国主義告発映画」だとか「弁護士は社共とつるんでいて日弁連が最強の庇護者」だとか「権力と闘うのが弁護士の本分」だとか「犯罪被害者に権利はない」だとか「拉致被害者の問題」だとか「ドタキャン問題」だとか「被害者遺族を貶める発言」だとか「チベット支持者を切り捨てたことを側面支援している」だとか「弁護士は(日本人ではなく)アジア人の味方である」だとか「国境線の問題」だとか、「左」ではない人間が「左」にとって不利になると考えられる論点がてんこ盛りじゃないですか。無理矢理ごちゃ混ぜにした挙句に。

もう、釣られない。。。

はじめてコメントします。

情眠さん

>テレビ取材の場合「通常の注意をもってすれば、明らかにカメラマンと分かる人物が撮影を行っている場合、その撮影範囲に入ることを敢えて忌避しないかぎりは、被写体となることについて暗黙の了解があった」と見做しているようです。

ただの背景として画面に撮影されるならそうでしょう。しかし今回の映画は公人でない人物が出演者として氏名を公開され映画に出るという問題ですので、この例を挙げるのは明らかに適切ではありません。

さてモトケンさんもここの投稿者も勘違いしているようですが、今回の問題は芸術文化振興基金助成金の交付が適正だったかどうかという問題に過ぎません。助成を申請しなければ何も問題がなかったのではないでしょうか?

多くの国において、鎖は鉄ではなくお札で作られています。

YO!!さん

>多くの国において、鎖は鉄ではなくお札で作られています。

自己資金で映画を作れば何の問題もない話ではありませんか?国の金で映画作ろうとしているから問題なのです。

>自己資金で映画を作れば何の問題もない話ではありませんか?国の金で映画作ろうとしているから問題なのです。
助成金制度がある以上、それを使うのは自由でしょう。審査も通っているわけですし、今のところ問題があるとは思いません。

>疑惑の人民公社さん

>今回の問題は芸術文化振興基金助成金の交付が適正だったかどうかという問題に過ぎません。

 そういう問題もあるけど、ここで問題にしているのはそれとは別に、国会議員が一般上映開始前にチャチャをいれることに問題はないか、ということです。

 助成が適正かどうかとか稲田議員や有村議員の突っ込みは正当なものか揚げ足取りに過ぎないかなどは映画を見てみないとわからないでしょ。
 国会議員の入れたチャチャによって又はそれを原因の一つとして上映中止になったということであれば、憲法違反レベルの大問題ですよ。


>国の金で映画作ろうとしているから問題なのです。

 助成を一切廃止するというのも一つの考え方だと思いますが、今あるものを廃止するならばそれなりの根拠と議論が必要だと思います。
 その議論の材料を一部の国会議員が見ただけの状態で議論するのは民主的じゃないと思いますよ。
 議員の意見が正しいのか正しくないのか国民が判断することができませんから。

>No.93 疑惑の人民公社さん

>自己資金で映画を作れば何の問題もない話ではありませんか?国の金で映画作ろうとしているから問題なのです。

そうです。国の金でつくるということはとりもなおさず国の鎖に縛られて作るということです。

出資者を募って作れば、それは出資者の鎖に縛られて作らざるを得ません。

国の金は国民の税金で、それを分配する権限は国会にある。
よって、映画を見て、助成に問題があれば国会議員が文科省を質すのに問題はない。ただそれだけしかできないように思える。事前差し止めを認める立法も違憲の可能性があるため困難かと思われる。

T2Tさん

>助成金制度がある以上、それを使うのは自由でしょう。審査も通っているわけですし、今のところ問題があるとは思いません。

論理のすり替えをなさっていますね。国の金を助成として受けるということはそれなりの手続きが必要となるとともに、映画の中身についても口を挟まれるのは当然です。

モトケンさん

>そういう問題もあるけど、ここで問題にしているのはそれとは別に、国会議員が一般上映開始前にチャチャをいれることに問題はないか、ということです。

問題などありません。交付された助成金が不適切であるならば、送球に返還させるのが当然です。時間が経過すれば助成金が返還不能となる危険性も高まりますからね。
問題は助成金のシステムそのものにあるとい点でしょう。企画書により助成金が内定し、助成金を交付するために適切な映画かどうかという完成試写会はただ見るだけでその結果を審査員が意見交換する場すらないということについてはどう思いますか?

>助成が適正かどうかとか稲田議員や有村議員の突っ込みは正当なものか揚げ足取りに過ぎないかなどは映画を見てみないとわからないでしょ。

見てみないとわからないから試写が行われたわけですが、これをチャチャというのは矛盾していませんか?

>助成を一切廃止するというのも一つの考え方だと思いますが、今あるものを廃止するならばそれなりの根拠と議論が必要だと思います。

助成を申請したのは制作者ですよ。私はその助成が適切かどうかについてだけ話しています。助成金そのものの廃止へと議論を摩り替えないでいただきたいですね。

助成金の申請は多数寄せられており、その中で「厳選」した結果「靖国」が選ばれたわけです。この助成金の条件については「日本映画」という条件もあります。その「日本映画」の条件は日本の国内法により設立された法人という意味であるとも示されていますが、この映画の制作側はほとんど外国人であり、単に日本の国内法によって設立しただけの法人なわけです。申請が「靖国」だけでその適否だけを判断するような状況ならともかく、多数の申請の中から助成に適した映画を選ぶという状況の中で日本映画ではないとも言える「靖国」に助成を出すことが決まるのはおかしいのではありませんか?当然形式的な「日本映画」条件だけでなく、その実情にまで審査は尽くされるべきであると思います。

モトケンさん、これはビラ事件と同じく表現の自由の問題ではありませんよ。

>論理のすり替えをなさっていますね。国の金を助成として受けるということはそれなりの手続きが必要となるとともに、映画の中身についても口を挟まれるのは当然です。
審査以外に、他にどのような手続きが必要なのでしょうか。また、国会議員が公開前に口を挟むのを当然のこととして甘受すべきとお考えですか。

T2Tさん

>審査以外に、他にどのような手続きが必要なのでしょうか。また、国会議員が公開前に口を挟むのを当然のこととして甘受すべきとお考えですか。

審査に問題があるなら、国会議員が国費である助成金の使い道をチェックするのは当然です。チェックするからには早ければ早いほどいいだけのことではありませんか?

>No.97 疑惑の人民公社さん

 私のコメントを再掲します

>>国会議員の入れたチャチャによって又はそれを原因の一つとして上映中止になったということであれば、憲法違反レベルの大問題ですよ。


>見てみないとわからないから試写が行われたわけですが、これをチャチャというのは矛盾していませんか?

 説明不足でしたかね。
 私の言う「見る」の主語は「国民」です。
 稲田議員らの言動が国民の「見る」機会を結果的にしろ制約することになったとすれば、稲田議員らにはしっかり反省してもらう必要があると思います。
 上映中止を意図していたならば、辞職していただく必要があります。


>助成を申請したのは制作者ですよ。私はその助成が適切かどうかについてだけ話しています。

 私は、主として稲田議員らの言動が表現の自由なかんずく事前抑制との観点で不適切でなかったかについて話しています。


>モトケンさん、これはビラ事件と同じく表現の自由の問題ではありませんよ。

 表現の自由の問題でもあります。


 ところで

>交付された助成金が不適切であるならば、送球に返還させるのが当然です。

 これについては一般論として異議があるわけではありません。
 但し、本件については明確な意見を述べるだけの情報をもっておりません。

No.97 疑惑の人民公社様
私は基本的に「金は出すが口は出さない」というのが民主主義国家のあり方だと思っております。
助成金の申請手段や使途(役人がよくやるマッサージチェアとかグリーンピアとか天下り先の増設とかは、公金の目的外使用でしょうね)に問題があれば早急に返還させる必要がありますが、映画を作るための助成金で作った映画の内容が気に食わないから、といって助成金を返せ、というのは民主主義の大原則「言論・表現の自由」を侵すものです。まさしく「社会主義を標榜する全体主義国家」でよくある話になってしまいます。
自分の気に食わない意見でも、相手が表現する権利を認める、それができないなら、「民主主義の看板」を下ろすべきです。
以下は私の好きな話です。
確かロンドンのスピーカーズ・コーナーで、ある男が口汚く警察を罵っていた。車で通りかかったアメリカ人が、エンジンをかけたまま「警察罵倒」を聞いていた。
そこに現れたのが制服を着たお巡りさん。アメリカ人はお巡りさんが「警察罵倒」にどう反応するか、ある種の期待を持って見ていたら、お巡りさんが自分の方にやってきて「申し訳ないですが、あの紳士のお話が皆さんによく聞こえるようにエンジンを止めてください。お願いします」
暴力的な手段(含:音量)を使わないかぎり、「言論の自由」は守られる。わが国もそのようにあってほしいものです。

モトケンさん

>説明不足でしたかね。
 私の言う「見る」の主語は「国民」です。
 稲田議員らの言動が国民の「見る」機会を結果的にしろ制約することになったとすれば、稲田議員らにはしっかり反省してもらう必要があると思います。
 上映中止を意図していたならば、辞職していただく必要があります。

上映中止を意図していないことは両議員とも言っていますね。
国会議員は国民の代表として最終チェックが形骸化した助成金の交付基準をチェックするだけのことです。それとも両議員が上映中止を意図していたという論拠でもあるのですか?

>私は、主として稲田議員らの言動が表現の自由なかんずく事前抑制との観点で不適切でなかったかについて話しています。

国の金を助成金として貰うことを決めた以上それにともなう様々な手間や不利益は甘受するのは当然のことです。それが嫌なら助成金を申請しなければいいだけのことですから。

通行人1さん

>私は基本的に「金は出すが口は出さない」というのが民主主義国家のあり方だと思っております。

表現の自由を守るのとその内の一部に国費で助成金を出すことは異なりますよ。ちなみに検索していましたらモトケンさんを批判する内容のブログを見つけました。たぶんこの批判が通行人1さんへの反論になるでしょうね。

「表現の自由と上映の自由」(凪論)
http://blog.livedoor.jp/patriotism_japan/archives/51268577.html

>例えば道路特定財源で道路についてのミュージカルの制作費用を負担していたことがマスコミなどで取り上げられ、国会でも議論されているが、これも「表現の自由への萎縮」であったり、「表現の自由のデリケート」な側面があるから配慮すべきであるとでも言いたいのであろうか?

>No.99 疑惑の人民公社さん
>審査に問題があるなら、国会議員が国費である助成金の使い道をチェックするのは当然です。チェックするからには早ければ早いほどいいだけのことではありませんか?
チェックするからには早ければ早いほどいいとは考えません。国費の使い道のチェックの重要性は認めますが、そのやり方も考えるべきことがあるはずです。事前公開のようなものをすれば、どのような波及効果があるかなど。

No.101 通行人
一部補正します。
もちろん、議論に議論を重ねて「その税金の使い方はおかしい」と言うことになれば、助成金の返還を求めるのもやむを得ません。
ただ、「やすくに」→「反日映画」→「助成金返金・いかなる手段を使っても上映禁止させてみせる(*)」とか、「日本の国の良い宣伝になる映画にしか助成金を出しません」というスタンスには、私は賛成できません。
もう一つ言えば、「助成金の使い方がおかしい」というなら「助成金を出した側の責任の方が重い」と思いますし、「映画だけ」を声高に批判するのもおかしいと思います。
(*)議員が事前に特別な試写を求めるのも、「ヤーさん」が懐の「チャカ」をのぞかせながら「あの映画上映するの・・・フーン。(ニヤッ)」というのも、とりようによってはすごい圧力でしょうネ。

>No.91.93.97.99 疑惑の人民公社様
お初にお目に掛かります。

映画「靖国YASUKUNI」関連エントリーは、

『上映中止』3月31日

『捨てる神あれば・・・(^^)』4月4日

『上映中止問題に関する江川紹子さんの見解』4月6日

『かなり危機感を感じてしまいました。』4月10日

4つあります。

 どれも見られてのスタンスかは判りませんが、
いや、上映中止だけですか。

1 どう見てもその年度の審査基準は満たしていた。
2 後日、文化庁に映画のDVDが提出されている。

 根本は、某週刊誌による記事が基で騒ぎだしたのですよね。

 稲田議員も有村議員も国会議員という「権力」を使って、事前試写を要求したんですよね。

 4つのエントリーでもいろいろな意見があるように、見なければ判らないものです。

 主権者である「国民」が決めればいいことです。

 次期、衆議院選挙でわかります。

では、最近のエントリーへ

『かなり危機感を感じてしまいました。』4月10日

どうぞ。

T2Tさん

>チェックするからには早ければ早いほどいいとは考えません。国費の使い道のチェックの重要性は認めますが、そのやり方も考えるべきことがあるはずです。事前公開のようなものをすれば、どのような波及効果があるかなど。

助成金交付要綱見て発言されています?最初から完成試写会は行うことは決まっているのですよ。今回は制作者側と一部のマスコミが表現の自由と飛躍した論理で情報操作したものであると疑っています。そもそも映画館にどのような脅迫や抗議が寄せられたのか、その脅迫は抗議はどのようなものだったのか、そして映画館が上映をしなかった理由は何だったのかについて意図的に隠されているとは思いませんか?

モトケン先生申し訳ありません。容量オーバーでした。
簡略します。
>No.91.93.97.99 疑惑の人民公社様
お初にお目に掛かります。
映画「靖国YASUKUNI」関連エントリーは、

『上映中止』3月31日
『捨てる神あれば・・・(^^)』4月4日
『上映中止問題に関する江川紹子さんの見解』4月6日
『かなり危機感を感じてしまいました。』4月10日
4つあります。

 どれも見られてのスタンスかは判りませんが、
いや、上映中止だけですか。

1 どう見てもその年度の審査基準は満たしていた。
2 後日、文化庁に映画のDVDが提出されている。

 根本は、某週刊誌による記事が基で騒ぎだしたのですよね。
 稲田議員も有村議員も国会議員という「権力」を使って、事前試写を要求したんですよね。

 4つのエントリーでもいろいろな意見があるように、見なければ判らないものです。

 主権者である「国民」が決めればいいことです。
 次期、衆議院選挙でわかります。

では、最近のエントリーへ
『かなり危機感を感じてしまいました。』4月10日
どうぞ。

モトケンさん

コメントの公開が留保されています。

cocoroさん、疑惑の人民公社さん

リンクが多かったので保留されたようです。
公開措置をとりました。

cocoroさん

>1 どう見てもその年度の審査基準は満たしていた。
2 後日、文化庁に映画のDVDが提出されている。

申請したのが「靖国」だけで助成金の予算もたっぷり残っているという状況ではないことをすでに話していますが、ご理解いただいていないのでしょうか?外国人がほとんどの、日本の国内法に準拠して設立された法人が作った「日本映画」で、日本映画を助成するという助成金の趣旨から限りなくはずれた映画が「靖国」です。多数の申請の中から助成する映画を決めるという場合には形式面だけでなく、助成金の趣旨に基づいた映画かどうかは考慮されるべき問題と考えます。審査基準はそもそも助成のための目的によって定められたものですから、その目的にしたがって形式的には「日本映画」であるが、実質的には日本映画とは言えないという結論は早々に出るのではありませんか?

言っておきますが、映画の内容を問題にしているわけではありませんよ。申請において明らかになった映画の制作主体と助成金の趣旨との適合性を問題にしているのです。

 今回の稲田議員の問題は二つに分ける必要がある。助成金審査について文化庁に問いただした点、そして試写会を要求した点である。まず、助成金審査については特に私は問題視しない。
 問題は事前に試写会を要求することにある。事前に「伝統と創造の会」等、国会議員約50名による試写の要求があれば、その意図はともかく要求を受けた配給会社が圧力を感じるのは当然である。また、国から助成金を受けている者への萎縮的効果も生じる。ひいては「靖国」という映画そのもののみならず日本の言論に対する萎縮的効果が生じかねない。
 助成金を受けている組織は日本に数多ある。そのもっとも代表的なものは政党である。また、宗教団体、大学、NGOにも支払われている。「国の金を助成として受けるということはそれなりの手続きが必要となるとともに、映画の中身についても口を挟まれるのは当然です」?とんでもない!あくまで問題となるのは手続面のみである。当然、言論に介入されたくなければ国に頼るな、というのは助成金の趣旨に反する。
 「言論に対する萎縮的効果」と「助成金支出の妥当性」の問題は確かにどちらも重要である。しかし前者は憲法上の権利の問題であり、後者は政策の問題であるから前者のほうが優位な権利である。のみならず、公開後であっても「助成金支出の妥当性」の審査は十分可能である。助成金が返還不能となる危険性が高まることは言論への萎縮的効果よりも劣位にある金銭面の問題に過ぎない。
 完成試写会はただ見るだけでその結果を審査員が意見交換する場すらないと言う点について改善が必要であることは同意する。もっともこの点を論じるのに試写会実施は不要である。「日本映画」という点についても同様である。(ただし、この問題は後出しじゃんけんではないか?、という疑問がある。週刊誌の報道から、当初映画の客観性についてしか議員団は問題としていなかったのに客観性について問題があまりない、という意見が多くなってきてから言い出した、という印象は否めない)

>No.110 疑惑の人民公社様
え、この時期に。

>No.111 ろくろくび様
ご賛同します。

極力簡略します。

>No.104 疑惑の人民公社さん
その完成試写会と国会議員の方々が見られたものは違うものと考えています。私もメディアリテラシーには気をつけているつもりですが。

そもそも表現の自由などに対する考え方が違うので、疑惑の人民公社さんのようには私は考えられないのでしょう。
No.101 通行人1さんの民主主義国家のあり方には同意できるのですが、疑惑の人民公社さんはどうでしょうか。
あの方々が助成金がとかいっているのも方便で、あの映画がよっぽど嫌いなんだろうなというのが正直な気持ちです。助成金を問題にするのなら他のやり方があるだろうし、国費の使い方というのなら他のもっと大きな所に切り込んでくれ、と思ってしまうのです。
私が彼女たちの真意をくみ取れていないのなら、残念ですね。

>No.102 疑惑の人民公社さん

 他人を批判するのであれば、まず相手の意見を理解する必要がありますよ。

 私が問題にしているのは「事前抑制」です。
 「事前」の抑制です。
 映画で言えば「一般公開前」の時点の問題です。
 公開後に助成の適否を議論することはまったく問題にしていません。

 あなたも「凪論」のブログ主もそこが理解できていないとともに、私とは事前抑制の問題の重大性の認識が決定的に違ってますね。

 ところで、「凪論」のブログ主は

例えば「元検弁護士のつぶやき」主宰者は、ブログで述べしかできない私と異なり、映画館に上映すべきではないと抗議した者のうち、脅迫罪の構成要件を満たすと思われるものの刑事告発に協力したり、自らの所属する弁護士会の弁護士会館でその映画の上映を行うべく活動するなど自らの職能に応じた手段があるわけである。

 こんなことを言っていますが、弁護士というものを理解してませんね。
 私と同等の能力を持つ弁護士に依頼すれば、私ができることは「凪論」のブログ主にもできます。
 私以上の能力を持つ弁護士に依頼すれば、私ができること以上のことが「凪論」のブログ主にもできます。
 なお、私は誰かからの依頼なしにはブログで述べること以上のことをする気はありません。

 本件における私の立場(事件との関係)は、「凪論」のブログ主とまったく同じです。
 意見は違いますけどね。

 ついでに指摘しておきますが、一つの事件について、一つの原因、一つの問題点しか見えないのでは、事件の本質を見誤りますし、的確な意見を述べることもできないと思います。

No.102 疑惑の人民公社様

>例えば道路特定財源で道路についてのミュージカルの制作費用を負担していたことがマスコミなどで取り上げられ、国会でも議論されているが、これも「表現の自由への萎縮」であったり、「表現の自由のデリケート」な側面があるから配慮すべきであるとでも言いたいのであろ
うか?

私なら「公金の目的外使用」を問題にするでしょうね。つまり「道路建設・維持のための財源」を広報活動に使うのは問題だ、ということです。ミュージカルを作りたければ一般財源で作ればいい。道路「に関係ある」費用と道路「を作る」費用は違う、と私は思います。「特定財源」も税金なのだから使用目的が明確かつ厳密であるべきです。国交省が好きに使って良いお金ではないと思います。

No.115 通行人1追記
「道路ミュージカル」の内容が気に食わない、と言っているわけではありません。「本を買います」といっておいて「ゲームを買った」のが問題じゃないですか、と申し上げているつもりです。「買った本の内容が気に食わないから小遣いを返せ!」というのとは違うと思っております。悪しからず。

助成金が問題だから内容を確認したい、というなら何も自分たちの仲間の議員だけの試写会など必要ないわけです。公開後に金を払って見ればいいし、どうしても公開前にというなら、マスコミ向けに開かれている一般的な試写会などで見てもいい。それを特定の国会議員だけを対象にした試写会を開けと要求すること自体、映画に対する威圧的な効果を帯びています。

民族派5派が『靖国』試写へ。ということだそうです。

http://blogs.yahoo.co.jp/tamamori_jimukyoku/6342166.html

映画「靖国YASUKUNI」試写会のご案内 確かに一部団体が上映予定映画館に対して抗議活動を行いましたが、それをもって右翼全体が上映を潰したという見解は事実と大きくずれており、実際、多くの人はまだ映画そのものを観ていないのが現状です。「表現の自由の危機」という報道も目立ちますが、表現・言論活動は映画芸術だけに限らず、政治/思想団体、活動家などすべての人にとって重要なものであることは明らかです。  そこで、このたび様々な立場の団体/活動家/思想家に向けての「靖国YASUKUNI」試写会を、配給会社の協力を得て開催する運びとなりました。

いやー、真の右翼ってのはこうでなきゃ。敵ながらあっぱれです。
見なきゃはじまらない、という当たり前のことを、呼びかけています。
って、木村三浩のところか。途中で腰砕けになるなよ。頼むぜ。

こちらで盛り上がっているのに釣られて又お邪魔します。

議員をやくざと並べて揶揄したり、見なきゃ解らないのに映画の試写要求が圧力だと受け取るのは「見られたら拙い事が有るのか?」と成り双方が痛そうですが。
コレくらいやらないと文化庁が反省しないとは思います。

ところで、出来た映画と言うのは世界中何処でも見る事は可能になります。
映画の事前抑制は製作前にやる(中止させる)事が効果的なので、今騒いでいる状況とは違うような?

我々は上映妨害をしていない。基本的に「見なきゃはじまらない」「表現の自由が大事だ」ということで、ロフトプラスワンでの試写会を決行する「民族派」は私が独自に調べたところだと、「魂守の会」「同血社」「一水会」「正気塾」「防共新聞社」のようですが、不正確な情報です。どなたか、正確な情報もっていらっしゃいますでしょうか?

>No.119 MultiSyncさん

>ところで、出来た映画と言うのは世界中何処でも見る事は可能になります。
>映画の事前抑制は製作前にやる(中止させる)事が効果的なので、今騒いでいる状況とは違うような?

 常連さんですので敢えて言いますが
 こういう意見は好きじゃないです。
 はっきり言って、ごまかしみたいです。

> ところで、出来た映画と言うのは世界中何処でも見る事は可能になります。

公開またはDVD販売またはテレビ放送が行われない限り、世界中どこでも見ることはできません。商業映画ですから、制作費を回収し、儲けを出さなければなりません。無償でYouTubeにでもアップすれば良い、というわけには行きません。

>No.121 モトケンさん

アチラのトピで「事前抑制」を検閲議論の代替語として扱っている事を知りました、それに照らせば119は頓珍漢でした。

>No.122 inti-solさん

実際に外国で紹介されている様子なので封じ込める事は難しい、の意味で。
価値が有りインパクトも強いなら誰かが取り上げる、と予想しています。

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