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患者さんや患者のご家族の心情は解らなくもないですが、このような感覚の方々が「医療崩壊」ということをよく把握してないんだろうな〜と、ご紹介の記事を読んでて思いました。
医療を享受する我々側が、もっと医療現場の過酷さを理解しなければ、たかだか待合時間が長いくらいでクダをまいてるなよ(順番だって変わる場合もあるし)と言いたいし、別エントリで皆様が議論されているように、どんどん自分の首を絞めてっちゃうし(医療崩壊はそんなレベルの話ではないとは思いますが)、しかし、そんなところで医療現場の方々に心身を疲弊させてはいけない、細かい事かもしれませんが、もっと治療に専念できる環境を我々側だって考えなければいけない。

どんな理由があれ、暴力は故意なのだからいけないと思います。医療従事者だろうが患者だろうが。どんどん逮捕しましょう。そして有罪にしましょう。

医師たるもの、赤ひげ精神で接しなければなりませんね。こんな感じで↓

「きさまこういう地口を知っているか」と去定は云った、「医者と喧嘩をしてして逃げるやつが云うんだ、あの医者にかかると命が危ない、──きさまたちもよく考えるほうがいい、おれは命は取らないが、それでも手足の二本や三本、へし折るくらいのことはやりかねないぞ」
 裸の男、たぶんこの中のあにき分だろうか、ふふんとせせら笑いをしながら、みくびったようすで去定のほうへ近よった。
 「じじい」と彼は問いかけた、「てめえ本当にやる気なのか」
 「よしたほうがいい」と去定が云った、「断っておくがよしたほうがいいぞ」
男は突然、去定にとびかかった。
登はあっけにとられ、口をあいたまま茫然と立っていた。裸の男がとびかかるのははっきり見たが、あとは六人の躯がも縺れあい、とびちがうので、誰が誰とも見分けがつかなかった。そのあいまに、骨の折れるぶきみな音や、相打つ肉、拳の音などと共に、男たちの怒号と悲鳴が聞え、だが、呼吸にして十五六ほどの僅かな時が経つと、男たちの四人は地面にのびてしまい、去定が一人を組伏せていた。のびている男たちは苦痛の呻きをもらし、一人は泣きながら、右の足をつかんで
身もだえをしていた。
 「さあ云え」と去定は組伏せた男──それはあにき分とみえる裸の若者だったが、その男の首を片手で責めながら云った、
「誰に頼まれてした、誰だ、云え、云わぬとこのまま絞めおとすぞ」
 男はぜいぜいと喉を鳴らし、首を左右に振りながら云った、「ごあんさまです」
「誰だと、はっきり云え」
「御徒町の」と男は喘ぎながら云った、「──井田の若先生です」(中略)
「少しやりすぎたようだな、うん」手当てをしながら、去定はしきりに独り言を云った、「もう少しかげんをすればよかった、うん、
こいつはひどい、こんな乱暴はよくない医者ともある者がこういうことをしてはいけない」

>No.3 10年前にドロッポしました。さん

えーっと、確かに周五郎の『赤ひげ診療譚』の一節ですが、たしか「中略」の部分で去定センセイは無職の青年5人に、怪我の治療を受けに養生所に来い、なんなら就職の斡旋もしてやると言葉をかけている場面ですので・・・。

どちらかと言えば、金満の患者の往診に出て、さんざっぱらおどかした挙句、高額の「お布施」を搾り取った場面(ただし去定の述懐)のほうが適切なんじゃないかって気もするのですがいかがでしょう。
あと、井田の若先生(岡場所の置屋と組んで、お女郎から「搾取」してる医者)の立場にも、彼は理解を示すんですよね。

いずれにせよ世間が思い描く「赤ひげ」のイメージと、山周が描いた実際の(と言うのも変ですが)赤ひげとには、些かズレがありますね。つーか、赤ひげ赤ひげ言う連中、ほとんど周五郎の小説、読んでないんじゃないの?って思います。特に新聞記者(笑)。

・・・あ、ごめんなさい。「患者の暴力」関係のトピックでしたね。失礼しました。

だとするとこの他にも「臭いから開けておけ」ってのもあったなぁ。入院患者の母親に向かって、貴様の性根の腐った臭いで吐きそうだ、とか言い放つ話。

惰眠さん、
>あと、井田の若先生(岡場所の置屋と組んで、お女郎から「搾取」してる医者)の立場にも、彼は理解を示すんですよね。

『才能なくして医者になってしまった者も生きていかねばならんからなあ(大意)』みたいな。
『医者の足を医者仲間が引っ張るという歪んだ構図に、まともな医者が徹底抗戦しない』
というところまで現代に通じてて、とても'67年ごろの作品とは思えませんねw。
>つーか、赤ひげ赤ひげ言う連中、ほとんど周五郎の小説、読んでないんじゃないの?って思います。特に新聞記者(笑)。

他でも書きましたが友人(非医師)のコメント。

本書を読んだ上でなお『お医者様はみんな赤ひげ先生のようでないといけませんねえ』なんてな方向の感想を抱くのは、他人の苦労などなんとも思わない無神経者か、他人の苦労を嬉々として眺めていられるサディストだ。
作品中で赤ひげもエリート君も本当に必死でがんばってるのが眼に入らんのかと。
自腹きって患者の治療に当たるなんてそりゃ立派に違いないが、あてにされるほうはたまらんだろう。

…まあ実は、私未読なんですがw。親父によると、「周五郎で面白いのはコレだけ。」言い過ぎだ親父。
つーこって、

>たしか「中略」の部分で去定センセイは無職の青年5人に、怪我の治療を受けに養生所に来い、なんなら就職の斡旋もしてやると言葉をかけている場面ですので・・・。

知りませんでしたw。これまた友人のコメント。

『高い理想と技術と鋼の精神を兼ね備え、喧嘩も強い聖人君子という究極生物』のみに可能な仕事、それが『赤ひげ先生』

>No.6 10年前にドロッポしました。さん

というところまで現代に通じてて、とても'67年ごろの作品とは思えませんねw

確かこのエピソードでは、チンピラに囲まれる前段に所轄官庁から予算の削減を申し渡されて、診療内容の簡素化(往診の禁止や早期退院の促進など)を命じられてるんです。で、現場責任者として激しく反発するんだけど、受け入れてもらえないんですね。これも現代的でしょう?

『高い理想と技術と鋼の精神を兼ね備え、喧嘩も強い聖人君子という究極生物』のみに可能な仕事、それが『赤ひげ先生』
周五郎が映画化に当たって、そういう人物造型にだけはしてくれるなと強く注文をつけた「間違ったイメージ」が定着しちゃってますよね・・・。 まあ、もともと医「学」は修めたが医「療」の経験薄い主人公が、はじめ「赤ひげ」に激しく反発したものの徐々に新出去定に惹かれ敬意を抱いていくお話ですので、保田登に寄り添わされた読者の視線も、おのずとそういう方向性を持ってしまうとは思うのですが・・・。個人的にはそういう去定像は「違うぞ」と異を唱えたいところであります(笑)。

あと、大して分量のある小説ではありませんし、一話完結の短いエピソードを複数積み上げたものですので、10年前にドロッポしました。さんも是非一度お読みください。いち周五郎ファンとしてのお勧めです(笑)。

親父によると、「周五郎で面白いのはコレだけ。」言い過ぎだ親父。
はい、失礼ながら言い過ぎだと思います(笑)。 短編の「霜柱」とか「釣忍」、「橋の下」、「夜の蝶」なんか私は大好きです。映画にもなった「町奉行日記(どら平太)」や「日々平安(椿三十郎!)」も、元の小説のほうがいいと思いますし・・・。

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