少年調書流出、漏えいの鑑定医側「正当な目的」と無罪主張(2008年4月14日11時56分 読売新聞)
弁護側は「情報を提供したのは、少年に殺意がなかったことを示し、広(こう)汎(はん)性発達障害に対する社会の誤解を解くという正当な目的があった」と無罪を主張した。
弁護側は、漏えいの目的が正当としたうえで、「被告は学識経験のある鑑定人として鑑定を行った」として、行為が医師の業務に該当しないと主張した。
どちらの主張もあまり説得力があるとは思えませんので、供述調書の写しを見せたという事実に争いがないのであれば(争いようがなさそうですが)、この裁判はそんなに時間がかからないと思います。
被告人の罪状認否が次回に持ち越された理由がよくわかりませんが。
同罪で公判が開かれるのは、最高裁に記録が残る1978年以降では初めてで、ジャーナリストの情報源が刑事責任を問われるのは異例だ。
調書の写しを本来見せてはいけない人間に見せるということは、それほど珍しいことではなかったと思います。
検事当時に自分が担当していた事件の報道について、「こんな記事は調書を見ないと書けないはずなんだけどな。」と思ったことが何度かあります。
但し、確証はありませんでした。
今回の事件で特徴的なのは、鑑定人が調書自体を見せたことが本の内容自体(調書そのものの掲載)から明白だった、ということです。
つまり、確証が誰の目にも明らかになってしまったということです。
警察・検察としても手を着けないわけにはいかない状況です。
裁判所も検挙を望んだと推察されます。
言い方は悪いですが、著者と講談社側がもっと情報ソースをぼかしていれば違う結果になったかも知れません。
講談社が設置した調査委員会の報告書も読んだ上で考えますと、今回の事件が起訴に至った責任の95%は著者と講談社にあると思います。
その意味で、被告人は講談社側との関係では被害者です。
報告書を証拠にして民事で損害賠償請求したらどうなるか興味があります。
医師が勝つんじゃないでしょうか。
モトケンさんはお優しいですね。
私はどちらの主張も「まったく説得力がない」と思います(笑)。
仮に動機面で正当性を認めうるとしても、目的は手段を正当化しないですから。
講談社が設置した調査委員会の報告書も読んだ上で考えますと、私は今回の事件が起訴に至った責任の99.99%(ほぼ全て)は著者と講談社にあると思います。
最低限の常識だと思いますが、それがまったくできていなかった、またそれができていないことが何を招くのか講談社社内で理解している責任者がいなかったと言うのは、驚きを通り越して呆れ果てるばかりです。 私は、この訴訟は是非提起してもらいたいと思います。 取材者として、または報道機関として死守しなければならない最低限の原則を無視した結果が、単なる「信頼関係の破壊」には留まらないことをマスコミ人に徹底するための前例を、是非とも作っていただきたいと思います。また、仮令捜査当局が漏出元を特定し刑事訴追しているので実質的には虚しいポーズになるとしても、出版社も著者も、絶対に当該被告人がネタ元であることを認めてはいけないはずです。
私もこの裁判での有罪か無罪かという結果の予測に関しては、限りなく100%に近い確率で有罪でしょう。
この事実を覆すことは不可能だと思いますし、弁護側が何を反論しても調書の写真コピーが本に掲載されたのですから・・・。それにしてもアホというか無神経というか、講談社の責任の自覚の無さは呆れるばかりです。本来なら出版業から撤退しても然るべきだと思います。
モトケンさまの提案された講談社相手の損害賠償請求訴訟、私も是非提訴して貰いたいと思います。京都奈良の近さですからモトケンさんの事務所で代理人を引き受けませんか?
代理人はともかく、講談社の責任を徹底的に追求する意味でも、民事訴訟で懲罰的な超高額の賠償を裁判所が認めるべきです。あぁそうだ、裁判所も講談社には怒り心頭だから、講談社が倒産するくらいの金額を認める可能性はあるかも・・・。
素人の一言ですが、情報源の秘匿というのはジャーナリズムのイロハのイでしょう?
この一件のおかげで、真面目なジャーナリストの事件報道がやりにくくなったら、それこそ「Freedom Of Press」の危機ですね・・・。著者と講談社は「言論統制」へのきっかけを作ってしまった、ような気がします。
先ほど、テレビニュースで、弁護側の主張を聞きましたが、「精神鑑定は医師の業務ではない。だから、守秘義務違反には当たらない」という主張のようですが、精神鑑定は医師でなくてもできる業務なのでしょうか。
素人の疑問です。
>Feriさん
医師資格を持っていなければ鑑定人になれないとは言えないと思いますが、鑑定というのは専門家による意見を聞く手続ですから、精神状態の専門家として精神科医が鑑定人になる場合が多くなります。
医師以外の可能性としては、医師資格のない心理学者というのも考えられます。
本件の被告人について言えば、医師としての専門的知識と経験に基づいて鑑定を依頼されたと考えられますので、つまり、本件の鑑定は医師である被告人に依頼された、または被告人が医師だから依頼されたという関係だと考えられますので、弁護側の主張は詭弁に近いと思います。
弁護士なら誰でも言ってみたくなる主張ですが、採用される可能性は低いということです。
もっとわかりやすく言えば、本件の精神鑑定は、裁判所が精神科医である被告人に少年の精神科的観点からの診断を依頼したもの、と言っていいと思います。
そうであるならば、当然医師の業務になります。
内容がかぶり恐縮ですが、ご参考まで↓
司法精神鑑定に関する論説を紹介したページには、下記のように書かれておりました。
なお、臨床心理学者の方自身も、臨床心理学者は精神鑑定絡みの心理検査を行う(手伝う?)事もあるが、「精神疾患に関する知識は持っているが、それが専門ではない」と仰っておられますので、臨床心理学の専門家のみが鑑定(この場合は心理鑑定か)を行う事は珍しい事のように思われます。
最近話題になっていた裁判の弁護側の精神鑑定には、臨床心理士資格を持っておられる家庭裁判所調査官の方が行っておられたようですけれども…。
(余談ですが、精神科医であるか臨床心理学者であるかには限らず、その内容(有体にいえば、精神分析的な手法)が、同業者からの批判の対象となる事もあるようです。)
重複+脱線気味で、失礼致しました。
書き漏れましたが、No.6の「家庭裁判所調査官」は誤りで、「元・家庭裁判所調査官」が正となります。本旨に関係ない点で、度々失礼致しました。
この事件は、鑑定した医師が調書を見せたのは事実ですから、秘密漏洩罪は逃れようがないと思いますが、いきさつは医師が席を外した間に取材者がデジカメで撮影したというのですね。
その上、出版に当たって引用しないとの約束を無視して分かるような形で出版した、と医師側は主張しています。
これらが全て真実であっても、現行法では取材者側の行為を取り締まれないと思いますが、形としては典型的な「情報窃盗」ですよね。
情報窃盗罪は問題ありすぎで、作るべきではないと思いますが、こんな事件が起きると「情報窃盗罪が必要だ」という声が大きくなるかもしれません。
「法律が無いから刑事罰はない」というのでは民事訴訟を起こされても不思議はありませんし、まして取材者の倫理という点では落第としか言いようがないでしょう。
今日の日経夕刊にこの裁判について著者氏のコメントが掲載されていました。
私が気にとめたのは次の一文です。次の段落記事からの引用です。
<引用始> 今回の告訴は少年と父親の名前を使った法務省と法務省OBによる捏造で、起訴は無効とされるべきだ。<引用終>
私なりに解釈致しましたら、秘密漏示罪は親告罪であり今回の訴訟も少年及び父親による告訴を発端とするところ、告訴状が少年及び父親の名前で作成されているのは捏造であるから、今回の刑事訴訟手続きそのものが誤りであると言うお考えを披瀝されているように読み取りました。
告訴の捏造が事実であれば大変な事ですし、捏造が事実でなければ著者氏のこのコメントは加害者の関係者にとって非常に心外なものではないでしょうか。
私としましては告訴の捏造という行為はなく、告訴は少年及び父親の意思によるものと信じたいのですが、告訴の捏造を成功裏に行える等という事があり得るのでしょうか。
少々問題提起をしてみます。
まず、医師に関してです。医師の逮捕や起訴は、結果的には不当起訴だと考える事が可能です。
医師は医師なりに少年の事を真摯に考え、その上で調書を外部に見せたのですから、責めることは出来ないと思います。確かに、形式的には秘密漏えいにあたるのでしょうが、秘密を漏えいするデメリットと、外部に漏らしたことによるメリットを勘案した上で起訴するべきだったと言う事も言えるでしょう。
また、モトケンさんは
と仰いますが、これは医療訴訟でよく言われている「結果が悪かったら逮捕」と言う事とは違うのでしょうか。この医師も、たまたま著書や講談社の編集部に見せ、不幸にも書籍になってしまったから逮捕されてしまったのであり、結果論、事後論での逮捕という事に当たると思います。
また、鑑定医が起訴されたのは、単なる秘密漏えいだけではなく、講談社が出版した事を問題にしているのは明かです。報告書にあるとおり、この起訴は萎縮報道をまねくものであり、報道の自由に対する挑戦です。報道という専門的の高い職種への、公権力の介入は避けるべきです。
最後に、講談社の担当者、編集者や著者の個人責任を追及するのは避けるべきです。講談社という組織のエラーであり、システムのエラーで起こった不幸な事故だと考える事ができます。個人の責任を追及し、断罪する事は不毛であり、建設的な事とは言えません。担当者、編集者、著者の責任追求を前提とした調査では、刑事罰に繋がる可能性もあり、不十分な報告しか集まらないでしょう。
個人責任は不問とした上で、再発防止に取り組むというのがあるべき姿ではないでしょうか。
以上のような事は、私自身はまったく同意しませんし、納得しませんが、このような考え方も存在し得るとは思います。
No.8 酔うぞさん
著作権法である程度カバーできるとは思います。もっとも、このケースに関しては「調書は著作物なのか」と言う判断で、揉めるとは思いますが。
No.10 しまさま
たぶん、過失判断にあたってのレトロスペクティブな視点が不当であることとの対比を意識されてのことと思いますが、この立論はダメだろうと思います。
過失判断の場合、結果を知っているか知らないかで、「〜すべきであったか」 という評価の程度が大きく変わり、その結果、「注意義務違反」 か否かのあてはめを左右することがありえます。
一方、今回の場合、漏洩は故意行為であり、「漏洩したか否か」 という事実の認定も、そういう事前・事後の視点によって左右される余地はありません。
出版までされるかどうか、つまりここまで自らの漏洩の結果が大きな社会的影響を及ぼすかどうかを予見できなかったというのは、単に情状に関する事情にすぎません。
また、故意行為の場合には、組織人としての行動であっても、個人責任の追及を躊躇すべきではない、と考えます。
故意行為に関しては、行為者に対する刑事罰を含む厳しい制裁が、再発防止のため有益であり、「自分はそんな悪いことはしねーよ」 と思う他の同業者の不当な萎縮効果も生まないでしょう。
ということで、「しま仮説」 は法的には無理筋だと思います。
No.12 fuka_fukaさん
丁寧にありがとうございます。
私の意図としまして、一つは、過失と故意の境界線が、素人に取っては曖昧である事。つまり、本件を、医師の過失とは見なせないかという事。
もう一つは、過失と捉える事により、このケースを医療事故や飛行機事故と同列に置いて見たかったという事があります。
この件に関する刑事罰の適用には異論はありません。ただ、刑事罰に対して、反対するような立場で文章を書いてみたかったというのはあります。
非常におバカな質問かもしれませんが・・・親告罪がよく分かっていない・・・
「機密漏洩が誰の目にも明白でも、当事者が問題としなければ告訴とならない」という理解で良いでしょうか?
「機密漏洩が誰の目にも明白な場合、当事者の意思に関わらず公的機関(法務省等)意思による告訴を覚悟せよ」という事なのでしょうか?
「情報ソースをぼかしていれば、当事者が問題視し告訴しても告訴棄却の可能性がある」ということなのでしょうか?
ちょっと気になったんですけど、
これって、「犯罪(秘密漏示罪)がバレちゃったことについての損害を賠償しろ」っていう請求ですか?
なんか、変な感じがするのですが…。
No.14 カツビンさま
告訴
親告罪
というわけで「機密漏洩が誰の目にも明白でも、告訴権者が自らの意思で告訴をしなければ検察は起訴できない」ということになります。
答えになってますかね?(^^;)
>今回の告訴は少年と父親の名前を使った法務省と法務省OBによる捏造で、起訴は無効とされるべきだ。
草薙さんどうかしちゃったんじゃないですかね?少年はいま少年院ですからこれを人質にして告訴させた、という陰謀論?いやー、無茶な主張じゃないですかねぇ?たしかに彼女は元法務省職員らしいですからそれも含めて法務省はかなり怒っているのでしょうし、そのことは彼女も感じておられるのでしょうが・・・
まあ、彼女としては他に反論のしようもないのかもしれません
変だと思いましたが、
例えば、「弁護人が被告人の犯罪を守秘義務に反してバラしてしまった。それで被告人が弁護人を訴えた。」
というのと同じような事ですね…。
自己解決しました…。
>No.16 ろくろくびさん
ありがとうございます。
私も混乱していて曖昧な質問になってしまいました。すみません。
一応告訴、親告罪の概念は読んでいたのですが、本文の
の記述の解釈として、自らが裁判員になり守秘義務について想像した際に疑問が起きて混乱してしまいました。
「当事者が問題視してなくて告訴意思もないが、機密漏洩が誰の目にも明白な場合、告発を覚悟せいという示唆も入っているかも?」ということでした。
なので、あえて告訴、親告罪の定義を質問した(当事者に問題意識が無い場合も成り立つのか?)ということです。
また別解釈として
「情報ソースをぼかしていれば、誰が情報漏洩したか粗推定でき被害者が告訴しても、警察・検察は手をつけない、不起訴の可能性があるということなのでしょうか?」という問いになりました。
※前の文では控訴棄却
ジャーナリストを名乗っていても、ソースの個人情報の秘匿の必要性なんて全く考えていない人は確かに他にもいるようです。
取材を受ける場合は、注意が必要ですね。
基本的に著者の責任が大きいと思います。
この方がどんな仕事をしてきた方なのかぼくは存じ上げませんが、
調書をそのまま掲載して協力者に迷惑をかけるのは幼稚すぎる話です。
プロとして
最低限のレヴェルにすら達していないと云わざるを得ません。
そして、
調書を掲載すれば問題になるのに想像力が及ばなかったとするなら
講談社ともあろうものがあまりに拙劣であり、
危機管理能力が根本的に欠落しているとしか思えません。
(それ以前の問題かもしれませんが…)
ともかく幼稚な話です。
「表現の自由」を自ら放棄する無神経さには苦々しい限りです。
基本的に著者の責任が大きいと思います。
この方がどんな仕事をしてきた方なのかぼくは存じ上げませんが
調書をそのまま掲載して
取材協力者に迷惑をかけるというのは幼稚すぎる話です。
プロとして
最低限のレヴェルにすら達していないと云わざるを得ません。
そして、
調書を掲載すれば問題になると想像力が及ばなかったとするなら、
講談社ともあろうものがあまりに拙劣であり、
危機管理能力が根本的に欠落しているとしか思えません。
(それ以前の問題かもしれませんが…)
ともかく幼稚すぎる話です。
「表現の自由」を自ら放棄する如き無神経さは苦々しい限りです。
「供述調書漏出事件調査報告」エントリNo.20は、こちらのエントリに投稿していたつもりだったのですが、投稿場所を間違えました。
失礼しました。
マスコミやテレビの方達は「視聴率が上がるからやるのだ」「売れるからやるのだ」と仰る事がありますが、一面の真理かもしれません…。
でも、「民度にあったマスコミ」等と揶揄されないよう、こちらからもチェックします…(><)
アップロードが上手くいかず、結果としてWりました。
失礼しました。
いま講談社に期待することがあるとすれば、社内で唯一問題の本の内容について非難の声を上げたとされる週刊現代編集長の肝煎りで、草薙厚子氏ならびに講談社内部を糾弾する総力特集の記事を現代誌上で展開することくらいです。