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教室の子どものけが、先生の過失責任認めず 最高裁(asahi.com 2008年04月18日17時20分)

 判決によると、02年5月、千葉市内の市立小学校の3年生の教室の後方で、男児がほこりを払うためにベストを振り回したところ、女児の右目にファスナーが当たった。女児はけがを負ったが、担任は当時、教壇近くの自席で4、5人の児童らと話していて事故に気づかなかった。

 二審・東京高裁判決は「担任は、教室全体の観察を怠った過失がある」として、千葉市に約86万円の支払いを命じた。しかし、第二小法廷はこれを破棄。「担任は他の児童から忘れ物の申告などを受けており、ベストを振り回した男児は日常的に特に注意が必要な児童でもなかった」と述べ、危険を予測できなかったと結論づけた。

 例によって事実関係の詳細は不明ですが、言葉を選ばずに言いますと、法律馬鹿の高裁判断を最高裁が是正した、という感じなんですが。
 ちなみに地裁はどう判断したんでしょう?
 主要なニュースサイトでは不明でした。

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コメント(10)

>原告と男児の親との間の訴訟では、約86万円の支払いが確定している。

怪我の程度がどれほどのものなのかよく解らないですが、こちらは男児の親の責任として当たり前とは思いますが、こんな所(教師)へも訴訟を起こすことが私には理解できません。教師がどんどん萎縮していきます。モンスターなんとかに近い感覚じゃないんですかね?
何でもかんでも第三者に責任を押し付けようとする風潮に歯止めは・・
今回の最高裁の判決が歯止めにはなると思いますが、そこに至るまでの関係者各位の労力を考えると、教師への訴訟自体が不毛だったように思えるのですが・・・。

Oさまと同じ懸念を抱きます。

この教師や学校側が訴訟対応のために費やした労力と時間は、その時その時の担任児童達の教育のために費やされるべきだったものでしょう。

提訴自体が不法行為とまでいうのは被害児童ないしその父兄に酷かもしれませんが、このような訴訟(とあえて断定)に巻き込まれた側の肉体的・精神的疲弊は察するに余りあります。

日本には弁護士が足りなくて、まだまだ泣き寝入りを強いられている人がたくさんいる!
だから、弁護士を増やさねば!

司法改革の成果が、徐々にではあるが、現れ始めている気がします。

ちょっと気になるんですが、

「担任は他の児童から忘れ物の申告などを受けており、ベストを振り回した男児は日常的に特に注意が必要な児童でもなかった」と述べ、

ということですから、もし、担任が教卓でちょっとボーとしていたとか、その男児が特に注意が必要な児童であったとかするならば、担任は責任を問われるということなんでしょうか。

少なくとも新聞記事からはそうとも読めて、教師に対する萎縮効果たっぷりだと思うのですが。

裁判所HPでこの判決を知りました。破棄自判なんですね。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=36296&hanreiKbn=01
一方で同じ第二小法廷は、元外科医の有罪を確定させる判決をつい最近出したんですよね…orz
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080417/trl0804171629006-n1.htm

最高裁サイトに判決が掲載されています(全文はPDFなので、リンク元)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=36296&hanreiKbn=01

事実関係はやっぱりよくわからないんですが、判決の趣旨は「担任教諭が児童の行動を逐一管理することはできないし、その必要もない」ということではないでしょうか?

>男児がほこりを払うためにベストを振り回したところ、女児の右目にファスナーが当たった。女児はけがを負ったが、担任は当時、教壇近くの自席で4、5人の児童らと話していて事故に気づかなかった。
>教室全体の観察を怠った過失がある

よく分からないのですが、原告にしろ高裁にしろ、「担任にどうしろ、どうすべきだった」、というつもりなんでしょうか?
観察していようがいまいが、「ほこりを払うためにベストを振り回す」のを予測して未然に防ぐのはかなり困難だと思いますが。(例え、それがナイフであっても、振り回しているのを見て止めるのはできても、未然に防ぐのは・・・)
「教室で喧嘩などをしているのを止めなかった」とかであれば、過失ともいえそうですが。

高裁の裁判官の方は、実際にご自分がその場面にいたとしたら、多分何か有効な手が打てたとお考えなのでしょうから、それを知りたい気もしますが。

彼らの言うところの理想の教師の働きぶりを横から観察してみたい気もしますが…実在するんでしょうか?

そういえばここから更に発展して
「昔の教師は40人も50人もの生徒を見ていたのにこんな事件はなかった、今の教師は能力が低い」
とか言い出す人達がいました。
聞いた途端呆れが先に出た私は異常なんでしょうか?

>法律馬鹿の高裁判断を最高裁が是正した、という感じなんですが。

ここ、高裁が、具体的に「担任にどうしろ、どうすべきだった」、というつもりだったかが気になるのは、素人目に「過失」のとらえかたが問題なように感じるからです。

大雑把に「本来=標準的な技能を有した仮想的な存在 であれば、するべき行為を怠った(あるいは、そのするべき行為に対して誤った行為をおこなった)」ことが「過失」ととらえられるのであろう、と思われるのですが、その部分がトレースできないと、一見「高裁では、結果が悪かったから、「過失」があったと判断しているのではないか?」との疑問が浮かんでしまうのですが。

「法律馬鹿」=法律に忠実に解釈されたということでしょうから、何かあるのでしょうが。

>法律馬鹿の高裁判断を最高裁が是正した、という感じなんですが。

ここ、高裁が、具体的に「担任にどうしろ、どうすべきだった」、というつもりだったかが気になるのは、素人目に「過失」のとらえかたが問題なように感じるからです。

大雑把に「本来=標準的な技能を有した仮想的な存在 であれば、するべき行為を怠った(あるいは、そのするべき行為に対して誤った行為をおこなった)」ことが「過失」ととらえられるのであろう、と思われるのですが、その部分がトレースできないと、一見「高裁では、結果が悪かったから、「過失」があったと判断しているのではないか?」との疑問が浮かんでしまうのですが。

「法律馬鹿」=法律に忠実に解釈されたということでしょうから、何かあるのでしょうが。

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