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再鑑定申請を却下 渋谷の妹殺害・切断 5月12日結審(asahi.com 2008年04月21日21時22分 ウェブ魚拓

 公判では、武藤被告の犯行当時の責任能力が争点となっている。弁護側が申請した「遺体を切断した当時は責任能力がなく、殺害時も自分の行動を制御する能力が減退していた」とする鑑定結果に対し、検察側はこの日の公判で、「信用できない」として再鑑定を請求したが、秋葉裁判長はこれも却下した。

 どんな判決になるかまだわかりませんが、審理経過の備忘録です。

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コメント(14)

裁判長がキレたようです。
こちらに抜粋を書きましたが、サンケイ新聞の記事に法廷の様子が詳しく出ています。

http://youzo.cocolog-nifty.com/data/2008/04/post_5f8d.html

検察は17年求刑、弁護側は無罪主張ですか。
しかし心神耗弱や喪失の認定を諒解可能性だけにしぼって云々するのって、妥当なんでしょうかねえ。
無論、刑事司法は医事ではないので、医学的判断と独立して刑事責任能力を判断するのは構わないと思うんですが些か座りの悪さを感じます。

いきなり人を殺す可能性があり、人を殺しても無罪になる人たちが、普通に一人で町を歩いているかと思うと、あまり気味が良いものではないです。無罪でもいいのですが、少なくとも人を殺さない状態になってから一般社会に戻ってきて欲しいです。

いきなり人を殺す可能性があり、人を殺しても無罪になる人たちが、普通に一人で町を歩いているかと思うと、あまり気味が良いものではないです。無罪でもいいのですが、少なくとも人を殺さない状態になってから一般社会に戻ってきて欲しいです。

どこぞの駅のホームから人をいきなり突き落としたガキとか、死刑になりたいとか言って通り魔やった若造とか、妻の姉への逆恨みから幼い子供もろとも殺害したオッサンとか、有罪になるとしてもそういうのが普通に一人で街中を歩いているかと思うとあまり気味が良いものではないですね。
有期刑でもいいですが、少なくとも人を殺さない状態になってから一般社会に戻ってきて欲しいです。

刑法39条関連事件のサイトです。

http://yabusaka.moo.jp/keihou.htm

本当に病気なら治療により対処も可能なのでしょうが、そういった兆候も見せずに、いきなり殺人を犯すような人間が歩いているのは怖いものです。そういう人間に、矯正プログラムを行ってどれだけの効果があるものでしょうか。本当に人を殺さないようになってから出して欲しいものです。

心神薄弱者や心神耗弱者が、保護を必要とする弱い人のことなら反発は あまり無いでしょう。

ところが犯罪記録では犯人は凶暴であって、極端な場合は、犯行当時は凶悪性(又はその人格)が前面に出ただけ、との解釈すら可能です。

それならば、罰を軽減する事に合理性は無くなり、罰を与えた上でそれの上位に治療措置を据える必要が有ることになり。

治療によって、懲役などの隔離処置が不要となれば釈放、が筋なのでは?
その犯人が再犯を犯せば、釈放を許した者の責任も問われそうでは有りますが。

意思無能力者の問題は、理非弁別能力の減退ないしは欠如により引き起こした行為が、自損になるのか他害になるのか、それをしでかすまでは吉凶占いようがないところにもあるかと思います。
刑事罰は(その効果がゼロとは言いませんが)「世間が溜飲を下げるためのもの」ではなく「反省して真人間に更生しろ」であるので、理非弁別が出来ない状態の人間に(あるいは「自分は、本当にそんなことをやってしまったのか・・・・・??」という状態の人間に)刑事罰を課して更生させるという目的を達成する効果があるかどうかと言えば、かなり否定的に考えるよりないのではないでしょうか。

惰眠さんの仰るように、
犯罪者自身の人権保護・この場合は更正が可能とみなし、それを実現させる手段としては、刑罰は意味がないですね。

しかし、司法の原点が社会秩序の維持に有る、とする考えに到れば。

私の聞き及ぶ範囲の精神医学の発達状況から、意思無能力者判別の精度を類推すれば。
更正の可能性は、雲を掴むような希望的観測を土台にしている様に見えます。

刑事司法を、精度の確立しない理論を元に構成する事は不合理だと思います。

No.8 惰眠さま

おっしゃることはもっともだと思います。

心神耗弱者の起こした殺人の中でも、この事件ほど残虐な殺し方は珍しいと思いました。また、加害者はアスペルガー症候群ということですが、自閉症と正常人の間ということなので、それほど珍しい病気ではないように思います。

この事件が無罪になるなら、切れやすく、忘れやすく、不可解なほど残虐で、人を殺したことを何とも思わない人は無罪になるのかなあ と思い、裁判所が無罪とするならそれはしょうがないけれど、せめて、人を殺さないようになってから出してほしい という希望を書きました。

No.9 MultiSyncさま
>司法の原点が社会秩序の維持に有る、とする考えに到れば。

あまりこれを強調すると「魔女狩り」になってしまうのかなと思い、書くのを控えました。が、どうにかならないのかなという気持ちは同じです。
5年ほどまえ、知り合いが歩いているところ精神障害者の方に後ろから刺されました。大事にはいたりませんでしたが、もし、死んでいても「運が悪かった」で済まされてしまうのでしょうね。

自分や自分の家族は大丈夫という保障もありません。

あまりこれを強調すると「魔女狩り」になってしまうのかなと思い
白状しますと、危うくそこまで踏み込んで書くところでした。 と白状してしまったのでこの際書いてしまいますが、これは少年法関係の、確か警察庁の文書で明らかになった『大問題』――『虞犯少年の可能性がある少年』への対処――にも関わるのですけれども、極論してしまうと「リスクがあるなら全部隔離してしまえばいいじゃないか」というのも、一つの方法論としてはありうると思います。認められる、認められないは別として。そういう社会が、果たして健全なものなのかどうかと言う議論を別にするならば。

 しかし、不思議な裁判でした。昨夜も今朝も最終弁論の公判の報道を一度も目にすることが出来ませんでした。
 公判があったことを知ったのも偶然のようなもので、仕事が終わってちょうど車に乗り込みエンジンを掛けたところ、ラジオで流れていたのです。途中からだったので、求刑の年数も確認しておらず、あとでネットで調べて17年だったと知りました。
 予想より軽めの求刑でした。20年ぐらいかな、と予想していました。猟奇的な犯行で社会的影響も大きいと考えたからです。
 窃盗罪における親族間の特例というものがあるぐらいですから、ある程度割り引かれそうだともみていました。両親が厳罰を望んでいないことも知っていました。
 しかしなぜテレビは報道しなかったのでしょう。したところもあるかもしれませんが、チャンネルを切り替えながら探し回って、一件も見つからなかったぐらいです。
 弁護人は、「検察の作り上げた物語で、調書は作文」と猛反論を展開したそうです。
 マスコミが検察権力を慮ったとも考えにくいところですが、まったく不可解です。
 まあ、被告の写真を見た感じも、能面のように表情が乏しく、確かに精神的病気という印象も受けますが、病気になったのも原因があるはずで、事件との関連性もあるはずです。
 特に受験生をもった親御さんや、医師、弁護士など跡継ぎに難関の資格試験がともなう方々には、とりわけ関心の高い事件とも思われたのですが。
 それに、検察が鑑定結果は、まったく信用できないと、頭から否定していました。学術的な意味合いも大きいと思われるのですが、准教授のブログの話題の方が大きな関心事なのかもしれません。

 そういえば、平成5年ころでしょうか。大学の教授だったかの夫妻が、家庭内暴力の息子を殺し、殺人罪に問われ、裁判官が似たような経験、立場から法廷で涙を流したという事件がありました。
 記憶も定かでありませんが、一審は執行猶予だったかもしれません。
 新聞紙でも、「仮面の家庭」というようなタイトルで連載記事が出て、プライバシーに踏み込んだ具体的な事情が書いてありました。
 彼女との初性交渉に失敗して、おかしくなったとか。あのころは、大学の権威やステータスも確固たる基盤であったと思います。
 先日も医師が夫婦喧嘩の仲裁に入った警察官の拳銃を奪い発砲したという事件がありましたが、さほど大きな問題にはならなかったみたいです。
 落合弁護士がブログで示唆していましたが、数年後のは、本当にホームレスの弁護士というのも出てくるのかもしれません。
 移動式屋台のようなワゴン車に、法律書とか詰め込んで、ノートパソコンと携帯電話を駆使、機動戦士みたいに機動的で、そういうのもいいのかもしれません。法律に抵触する可能性はありそうですが。
 まあ、いろいろと世の中の移り行きというものを感じます。

先日、仕事の関係で保護観察所の社会復帰調整官の方とお会いしました。重大な他害行為を行った精神障害者が、医療観察法による入院治療プログラムを終えて、通院プログラムへ移行するケースについてです。入院プログラムの中に「犯した罪を理解させ、悔悟の念を持たせる」というものもあるようですが、病気のためなかなか難しいのが現実のようです。他方、悔悟の念を持つと自殺念慮が強くなるということもあり、やはり一般の犯罪者とは全て別に考えなければならない問題なのかなと思います。
ただ、個人的には「こいつは罪から逃げるために心神喪失を演じているんじゃないか?」と思うような事件もあり、つい脊髄反射しそうになります。

>No.11 窓際さん

お知り合いの方は、大事に至らず何よりでした。精神障害者の方と接する機会も多いのですが、そのような事件を起すような人は極めて希なのだと思います。むしろ、最近の事件を見ていると、一般人が突然何かをしてきそうな思いで、怖くなります。嫌な世の中になってきたものです。

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