エントリ

 今枝弁護士が出演してました。
 また泣いてましたが、
 内容的には、事件が確定していないのに、弁護人であった当時の心証を漏らしたりしていて、弁護士としてはかなり問題があるんじゃないか、少なくとも現弁護団としては相当不快なものだんたんじゃないかと思います。

 今枝さんは、弁護士バッジにあまりこだわりを持っていないんじゃないかとさえ思えます。

 しかし、被告人のことを心から思いやっていることは感じられました。

 守秘義務などの弁護士倫理を基準にすると今枝弁護士が批判されるべきだという意見が多そうですが

 被告人のための弁護のあり方という観点で見ますと、弁護団を批判する材料には事欠きません。

 今枝ブログから引用しますと

 僕が思うのは、「弁護団は、裁判官の心を完全に見誤った。」こと

という指摘はまさに正鵠を射ていると思います。


追記
 現弁護団とはスタンスの違う同業者としての批判はありますが、現弁護団の皆さんが献身的に弁護したという事実を否定するつもりはありません。
 「たかじんのそこまで言って委員会|大会議室」の「光市母子殺害事件差し戻し審に死刑判決」スレッドでのせっせっせさんの2008/04/27 (Sun) 00:23のコメントは、一読の価値があると思います。

| コメント(234) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

コメント(234)

今枝さんはもともと涙もろい方らしいですけど、「委員会」でも泣いたらしいですしちょっと精神的に参ってしまっているのでは、と心配になります。
>今枝さんは、弁護士バッジにあまりこだわりを持っていないんじゃないかとさえ思えます。
婉曲的な表現に見えますが(^^;、正直言って私も危うさを感じずにはいられません(←婉曲的表現)
今枝さんのブログが更新されて少年と接見したみたいなのですが、少年の発言が紹介されています。今枝さんは良かれと思って公開したのでしょう(少年の希望もおそらくあるのでしょう)が、アレは絶対少年の利益にならないと個人的に思います(理由は今は言いませんが)。

 私も婉曲的表現を多用してしまう話題ですが、報道に表れた情報に基づいてコメントしますと、判決を聞き終わった被告人の様子を見た裁判官は、自分たちの事実認定にさらに自信を深めたのではないかな、と思っています。

 途中で袂を分かってしまった安田弁護団と今枝弁護士ですが、どちらの弁護方針に従ったとしても、事実関係の主張の骨子が変わらなければ結論に差が出たかどうかわかりませんが、被告人にとってみれば、どちらが被告人のことをより深く理解していたか、理解しようとしていたかが一番大事なことなのではないだろうかと思います。

 もはや司法判断における利益不利益は重要な問題ではないかも知れません。被告人にとってですが。

 今枝先生の気持ちはよく理解できます。
 今の今枝先生の姿は私には人として当然に通ってくるべき道であると感じます。悩みという点においてですが。
 特に司法関係者がこの過程を経ないのはいささか問題があるのではとも思います。医療関係者もです。
 そういう意味で、今枝先生には共感を覚えます。
 
 ひとつ気になるのは、なぜ、被告人の発言をもって強く弁護団を批判しないのか。詳しいことは当然わからないので、これ以上は述べませんが、できるはずです。
 いかなる刑事弁護が良いかは今までさまざま議論されているように混迷しています。だからこそ、今枝先生がお考えになる弁護というものをもって強く批判されることも当然あっても良いと思うのですが、どうでしょうか。
 あくまで、程度としてもっと強く批判してもよいのではないか、という程度ですが。

>No.3 とおりすがりですさん

>ひとつ気になるのは、なぜ、被告人の発言をもって強く弁護団を批判しないのか。

 弁護団が依然として弁護団だからだと思います。
 今、被告人を守ることができるのは、または守るべき職責を負っているのは、やはり今の弁護団です。

> 弁護団が依然として弁護団だからだと思います。
 今、被告人を守ることができるのは、または守るべき職責を負っているのは、やはり今の弁護団です。

 率直なところ、まったくもって、理解に苦しみます。これが今枝弁護士も求める、一般的な感覚とも思えます。

あーあーあー。今度は求釈明書を出したことのお詫びを掲載してますよ。

僕は今、弁護士としての職業倫理と、人間としての良心とのかねあい、両立について、考え、悩んでいます。

ですか。
後者が前者を上回り、前者の倫理規範に従った行動が取れないならば。ああ、これ以上は明言しませんが、私は、そういう、プロフェッショナリズムを踏みつけにし泥を塗るような態度をとる人は許容できない。
同じく懲戒請求扇動の被害に遭い、正当な戦いを継続している人たちに後足で砂をかけるような真似をする人物を、到底許す気にはなれない。

いかなる弁解をこねくり回そうとも、それがどのような悩みに基づくものであろうとも、今枝氏は刑事弁護の仕組みを遍く世間に知ってもらう努力全てに対する『敵』と見做さざるを得ません。
光市事件弁護団に一時身を置いていたことをあわせると、やっていること言っていることは、最悪最低です。

今枝氏がメディアに出て色んな反響があるようですね。弁護団擁護の立場ではない私ですが、今枝氏のブログやメディアでのコメントを利用しての弁護団批判は止めようと思います。

今枝氏にその意図もないでしょうし、そういう方向に向く事を一番危惧してらっしゃるだろうから・・・批判派の一人として冷静に受け止めています。

今枝氏が刑事弁護人として、どの程度のものかを私は判断できる立場ではありませんが、被告の事を親身になって弁護した一人だと思います。被告が憎くとも、今枝氏の言葉なら聞いてみようかと思わせる弁護人の一人であると、今は思ってます。

ブログ主のモトケンさんもその一人であり、私が此処に参加したのも多くのコメントに共感(というより目から鱗がいっぱいあった)できる部分があったからです。もし、モトケンさんの冷静かつ的確な判断と今枝氏の被告に対する親身さが交わった弁護方針であったならば、判決は違うものだったかもしれないと思うのは私だけでしょうかね・・・

私も見ていました。本を読んでいた私には「泣き」も含めて予想通りでしたが、前提知識ない人から見ると「大のオトナが泣いている状況」は激しく「はぁ?」で他のコメンテーターも戸惑いながら発言していた感じがします。
→泣く子?には勝てない、口を封じる戦法にも見える(Byカミさん)

勿論私は今枝弁護士の非常に純粋でかつ繊細な性格を把握しているので被告人を真摯に想うことからでた発言と思いますが、このような発言をすることが全体的にみてよい方向に繋がっているとは到底思えません。

誰か今枝弁護士の周りに諌める人はいないのでしょうか。あと弁護団が今枝弁護士を野放しにしている意味も分かりません。この状況であれば誰か「今枝弁護士対応担当」がいるべきだと思います。

--------------
今枝弁護士は本当にこのような判決を予想しなかったのか疑問もあります。当ブログでも弁護内容の批評はかなり厳しいものだったと思います。一般的な判断力ある人には今回の弁護はかなり危険なカケであり、世間から奇異にみえる当然のことを今枝弁護士は「この時点」で初めて実感したのでしょうか。
→判決で全面否定されないと実感できないとは・・・それほど世間とかけ離れてる?

しかも自分だけなら分かるが、弁護団に対してブログ公開、マスコミ上で反省を促す行為はとても褒められたものではない。現在でも被告人を守る立場は「弁護団」なのですから。自分が弁護団に解任された意味を今枝弁護士は噛み締める必要があると考えます。
→弁護団に言っている場合ではない
→弁護団からの情報をブログ、マスコミに垂れ流す人に誰が情報を流すでしょうか
現状で刑事弁護を破壊する可能性が高いのは今枝弁護士のような気がしてます。

--------------
「弁護団は、裁判官の心を完全に見誤った。」はその通りだと想いますが、現実にこのような方達が刑事弁護している(または他にいない)状況を国民はもっと憂慮すべきかもしれません。やはり刑事弁護(特に重大事件)の不当な批判浴びる事を踏まえた手当て・報酬の改訂(国選弁護)や私選でも手当の助成などを真剣に考えなければならないかもしれません。

--------------
実際のところ今枝弁護士の今回の変節、混乱の理由は、「弁護内容を全面的に否定された」ことより「量刑として死刑を選択された」ことが大きいのではないかと考えています。目の前の人間(被告人)の「死」を死刑という刑罰で実感したことで、被害者(遺族)の峻烈な感情の一端を覗くことになったためでしょう。私は以前今枝弁護士ブログで「被害者(遺族)と理解しあえる」という主張は「楽観主義」として批判しました。峻烈極まるだろう感情を私含めて第3者が本当に実感できることは不可能である。可能とするのは烏滸がましい話としかいいようがない。今枝弁護士が被害者遺族の感情を推量しえていない事が今回の件で証明されてしまったような気がします。

また、プロの弁護士であってもこのように動揺するのに、素人である裁判員はもっと動揺(それ以上の心のキズ含む)することが一つの事例として示されてしまったような気がします。自分自身覚悟あればと考えてきましたが、ちょっと修正が必要だと感じます。

--------------
私はメールで今枝弁護士に「被告人に弁護団に内緒で接見してみたら」と提案してました。キレた状態の精神を落ち着かせるためのひとつの方法としてです。
ただ接見と被告人の言動を公表するとは思いませんでした。一体どこに持っていこうとしているのか、大局的な見通しがないまま、感情に赴くまま垂れ流しているとしか思えません。

--------------
私はこの番組見るまで今枝弁護士を心配してました。メールでも色々意見を送りました。しかし今は非常に不愉快なものを感じます。
私みたいに改心?したものからするとハシゴ外された思いもありますし、スジ通すのであれば懲戒請求訴訟の代理人弁護士や賛同したものに十分な説明をお願いしたいです。(現状ではとても説明になっていない)

人として純粋であることは好ましいですし憎めないですが、プロの弁護士としてはどうであろうか?感情の垂れ流しは素人でお腹いっぱいです。
今枝弁護士は刑事弁護人には、感情の起伏が激しく繊細すぎるのではないかと思ってます。(私には湾曲表現できません)
ただこの繊細・純粋な性格は、被害者救済のための活動向きではないかと期待してます。
※政治家は繊細・純粋すぎて不向きだと想います。橋下弁護士側の不確定な情報を鵜呑みにするくらいですから・・・

乱文失礼しました。

橋下先生に対する懲戒請求扇動に関する民事訴訟の原告は一人で
はありませんが、多くの方が今枝先生対橋下先生という印象を持って
おられると思う。

求釈明書に関しても、送られて来た人に対しては、「懲戒請求をしたの
は自己責任」「こんな釈明書にビビル位なら最初から懲戒請求なんて
するな」「この釈明書の内容、文体?普通の文章であり、非礼なことな
んて何もない」と今枝先生を擁護していた方の「それはないだろう」と
いう声がいろいろなところに散見されますが、「そんなの最初から。。」
みたいな気分です。

私は、今枝先生のブログ位しか見ていませんが、あまりに判りやすい
今枝先生のファンになりました。
間違っていたと思ったらすぐ変える。
私も見習わなければなりません。

惰眠さん>>

他のスレでも質問はしたのですが、良い刑事弁護とはいったいどのようなものでしょう?
今枝先生の行動に是非の議論は当然あると思いますが、きっと(流れからして)、ここのブログについて覗いているであろう今枝先生にも伝わるように、刑事弁護についての一定の見解を示した上でご批判なされてみてはいかがでしょうか?

私には刑事弁護にとって、今枝先生の行為がかなわず悪となるというようには感じませんので、なぜだめなのかを教えていただければ幸いです。

まあ、この際なので書きます。
正直なところ今枝さんの言う遺族感情や国民世論に配慮した弁護というものの具体像がつかみきれません。弁護団が世間の声に耳を傾けて具体的どうせよとおっしゃっているのでしょうか?
なんか「情状面を中心に」とか「安田は欠席について謝罪しろ」とか「もっとマスコミに露出せよ」と言う主張の焼き直しのようにも見えますし、そうでないようにも見えます。

 被告人の思い、要望を、ご遺族や社会に伝えることを妨げてしまったことの結果としてのこの度の判決内容を、残念に思います。
ここら辺がヒントなんでしょうか?正直最近の今枝さんの情報発信は被告人の不利益になるようなものばかりに思えますけど。
被告人が、判決後の弁護団記者会見で最も言ってほしかったのが「本村さん、弥生さん、夕夏ちゃんへの謝罪」ではなく「裁判官への謝罪」であった、と批判されるような内容の公開が、被告人の思いを遺族に伝える弁護方法なんですかね?「被告人の供述に対してもっと深く突っ込むべきだったかもしれない」というなら「それが最も言ってほしいことなの?」と言う突っ込みはあってしかるべきだと思いますが。しかも論理的には宅間守元死刑囚みたいに上告を取り下げることではじめて少年が本心からそう思っていることを示すことができることになる気がします。

----------------
ところで今枝さんを擁護してきた方たちはなぜ擁護してきたのでしょうか。ネット上では特に「刑事弁護に対する無理解に対して今枝さんを孤立させてはならない。少しでも今枝さんの力になりたい」と考えてあえて戦場に飛び込んだ人って多いんじゃないでしょうか。モトケンさんが当初弁護方針に対して否定的であったにもかかわらず擁護に回ったのも「刑事弁護への無理解を何とかしたい」と言う気持ちだけではなく「今枝さんだけを戦わせるわけには行かない」との気持ちがあったのではないか、と思います。
そうした人たちに対して何の手当てもせずに、一人だけ戦場から撤退してしまっては、戦場に取り残された人たちに対してあまりに不誠実であるような気がします。「訴えを取り下げるケジメ」として委員会に出て、求釈明書を送った人に謝罪して、それだけ?その前に言及すべき相手がいたのでは?これで人としての良心などといっても説得力に欠けます。

今枝弁護士がここを見ているでしょうということで一言。多くの人が指摘されていることと重なることが多いですが、しかし、ちっぽけなことではありますが、大会議室で発言を重ねた立場から言わせていただきます。

今枝氏のブログやマスコミ発言を見ていると、今は、氏自身、大きな感情のうねりの中、混迷の極みにいるように思えます。この数ヶ月に経験されたこと、そして今回の判決。弁護士といえども、生身の人間ですから、今のような状態になったことは私も十分に理解できます。人としてどうあるべきか、弁護士としてどうあるべきか。その都度、立ち止まり、悩み、そしてまた進んでいく。法律家というのはその繰り返しの中で生きていくものでしょう。

しかし、プロである矜持は、最後まで捨てて欲しくありません。泣くのなら、誰も見ていない場所で泣けばいい。それができないなら、友のいる場所で泣けばいい。しかし、このような感情のうねりを、混乱の極みにある状態を、不特定多数の人が見る場所で、自らコントロールできない状況で垂れ流すことは言語道断です。

公の場所では、あくまでも専門家としての理性を失ってしまっては駄目です。出来ないのなら、出てはいけません。
法律の専門家として、何が許され、何が許されないのか、白黒はっきりつけるべきことは付ける。橋下氏への訴訟を取り下げると宣言したことは、私を大きく失望させるものでした。橋下氏への訴訟は取り下げる方が、それは世論受けはするでしょう。でもそういうものなのですか。

今枝弁護士が今やっていることは、支持してきた人たちを裏切り続ける行為です。ご自身の中で、そうではない、判って欲しいという気持ちがあるのでしょうが、そのご自身が混乱している状態でしょう。

今回の判決だって、当初から予想されたもの。判決理由が想定を超える部分があったのかも知れませんが、そんなこと、弁護士をやっていれば経験することです(あまりこのような経験が多すぎるのも考え物ですが)。そのようなことでショックを受けることは、私ももちろん経験してきていますし、他の殆どの弁護士も同様でしょう。被告人の命に関する判決だったことにより、そのショックが並外れて大きいものであったことはわかります。しかし、それにしても、最後までプロでいて欲しかったです。

マスコミにとっては、このような感情の垂れ流しは格好のネタでしょう。視聴者にとっても難しい法律の理屈よりは、はるかにわかりやすい。専門家としてふと見せた感情が、視聴者にどのように映るのか、こういうと少し嫌らしい感じもしますが、それを理性でコントロールしながら示すのなら、まだわかります。しかし、現在の今枝弁護士は、もう、そのコントロールを失ってしまっているように思えます。

今は表に出ず、ゆっくりと考えていくべき時期だと思います。

>No.10 とおりすがりですさん

私には刑事弁護にとって、今枝先生の行為がかなわず悪となるというようには感じませんので、なぜだめなのかを教えていただければ幸いです。
横からですが・・・刑事弁護に対する影響の一例を示します。 (良い刑事弁護については私は分かりませんが・・)

機ツ┣請求取消
・今回「取消」したことで、「弁護内容が到底納得できないものであれば、第3者でも懲戒請求できる」というメッセージを間接的に認めたようになる。
→表面上しか把握しない殆どの人は「取下」という結果で判断することでしょう
・橋下弁護士を「恩人」とすることで、全面的に降伏したイメージを植え付け、更にまだ訴訟を維持する人が「まるで世間の空気を読めないバ○」みたいに思われ、残された人にとって迷惑どころじゃない重荷を持たせた。

供ナ杆鄰弔悗旅概弔藩徊勝淵屮蹈阿任糧信)
・今回の判決は「被告人が嘘ついている」という供述の信憑性を全否定しているわけです。
・バイアスかかった目で見る人には「弁護人」がそのように仕向けた、または湾曲したというようにも見えます。
・そして「弁護団への抗議と要望」の記述で更に安田弁護士に対する疑惑の念を増幅させる結果となっている。
→弁護団にしてみれば迷惑以外なにものでもない
→自らの保身、名誉回復しか考えていない

掘ダ楔時の話を公開
・被告人が納得しているという談話は、判決のお墨付きを与えることにしかならない。
・それが「被告人の利益」として結びついているのか?
・弁護人でもない弁護士が「勝手に公開する」ことが弁護士倫理(守秘義務)として許され賞賛されるのであれば、「弁護人接見の可視化」の方向に進むことが考えられる。
・現状において「弁護人接見の可視化」が、正当な司法制度として必要であろうか?

本来自分だけが納得し収めればよい話を騒ぎ立てたため、「弁護団」「懲戒請求の代理弁護人」含めた刑事弁護する弁護士全体や賛同者に迷惑をかけ、一般には誤ったメッセージを送り、被告人の利益になっているかも分からない状態です。

感情に赴くまま発言・行動するより「じっと耐える」ことも「責任」の取り方のひとつだと思っています。

>No.10 とおりすがりですさん
「良い」刑事弁護、と言う考え方は、私はしていません。
刑事司法の仕組みが要請する被告人弁護の職務に合致するか逸脱しているか、との視点でものを言っているつもりです。

そして被告人に寄り添う弁護人弁護士に求められるのは、それがもしかしたら口からでまかせであるかもしれなくても、被告人の言い分に乗る、その言い分が正しいとの前提でことにあたること、なのではないでしょうか。
「被告人の言い分が正しい」との前提条件を自分で信じられないから両親と職業倫理の間で軋轢が生ずるんじゃないでしょうか。

さて、そういう概念論は兎も角として、私が何で一連の今枝氏の行動を非難するか、ですが。
懲戒請求騒動にかかわる「被害者」弁護士側の法的手続きに則ったカウンター・アクションは、それ自体が刑事弁護の仕組みを勝手にオレサマ解釈したまま攻撃を続けている「世間」に対する応戦であり、一種の弁明です。
その当事者の一人が、被害を受けたという事実、刑事弁護に関する無理解に基づいた攻撃が今も続いているという事実に目をつぶり、一度上がった法的闘争のリングから勝手に下りたことは、ある意味「オレサマ解釈」の「正当性」を容認したことに他なりません。

私は、今枝氏をはじめ被告人弁護団を擁護したことはありません。「被告人弁護」と言う刑事司法手続き上欠かすことのできないプロセス、またはロール(役割)へのアタックに対しては『それはちゃいますでー』と言わしてもらってましたが。

ですので、「貴様はオレを怒らせた、理由はそれで十分だ!」と言うような程度の連中に塩を送るも同然の言動をした今枝氏は、多くの人に刑事司法における弁護人の役割を正しく理解して欲しいと願う立場からは、最早「敵」と認識するよりありません。

みなさん厳しいが、今枝先生は自分の起こしたアクションが良心に
照らして間違いだと気がついた。
だから誰になんと言われても自分が正しいと思う道を行く。もちろん
迷惑をかけた人には謝罪もする。

職業倫理上で同業の方がお怒りなのは理解出来ますが、人間として
見た場合に有る意味立派だと思います。

それこそ、刑事弁護へ致命的な打撃を与える存在であれば、今度こ
そ弁護士さん同士の中で解決すればよいこと。
市民を巻き込むような形を繰り返さない。

我々法曹外の人間は今枝先生の事は、懲戒扇動問題、弁護団批判に限定して話題に
し、刑事弁護のあり方、裁判員制度の問題からは切り分けて考えて行けばよいと思う。

カツビンさん>>
お答えいただきありがとうございます。
何点か指摘、お尋ねさせてください
(杆酘睛討到底納得できないものであれば、第3者でも懲戒請求できるというメッセージを間接的に認めたようになる。
橋下弁護士を「恩人」とすることで、全面的に降伏したイメージを植え付け、更にまだ訴訟を維持する人が「まるで世間の空気を読めないバ○」みたいに思われ、残された人にとって迷惑どころじゃない重荷を持たせた。

この点についてですが、民事訴訟における取り下げは自由です。前段の懸念については請求を維持している方により達成可能でしょう。判決はいずれ出るのですから。
そして、特に気になるのは後段です。
はたして、今枝先生は橋下さん(先生ではないので)に対して争いを維持する義務があるのでしょうか?特に、取り下げや橋下さんへの共感について他の訴訟を維持している方に配慮しなければならないことでしょうか?
経緯が光市事件の弁護活動に端を発しているものである以上、今枝先生に橋下さんの言動に共感した部分があった(感じた)として、視点が変わり、取り下げることは何らおかしいものではないと思ってしまうのですが。刑事弁護とは普遍の視点が存在する分野なのでしょうか?

◆Ε丱ぅ▲垢かった目で見る人には「弁護人」がそのように仕向けた、または湾曲したというようにも見えます。
そして「弁護団への抗議と要望」の記述で更に安田弁護士に対する疑惑の念を増幅させる結果となっている。

そうでしょうか?前段については、今枝先生は明確にそれを否定する発言を各所でなされていると思うのですが。
後段については、裁判所や検察に対する批判もあるように、弁護団に対する批判をあってしかるべきと考えます。今枝先生の場合、弁護方針に食い違いがあったことは明らかにされていますし、かかる点から疑念を発してもよいのではないでしょうか?
当然反対側の主張(弁護団の弁護方針)については、弁護団自ら記者会見でも述べていますから一方的な主張ではないと思います。

H鏐霓佑納得しているという談話は、判決のお墨付きを与えることにしかならない。
・それが「被告人の利益」として結びついているのか?

ここは微妙なところです。判決にお墨付きという表現が果たしてよいのかは置いても、今枝先生は被告人の人格に対する偏見、批判をできるだけ解消しようとしているのではないでしょうか?特に、判決からすれば、被告人の不反省(言葉足らずですが)が少なからず影響していることがうかがわれ、弁護方針が誤りであった可能性が高い(これも言葉足らずですが)ため、それを償うように行動しているように私には思えます。
あと、接見可視化は飛躍だと思います。

ぁ屬犬辰搬僂┐襦廚海箸癲崟嫻ぁ廚亮茲衒のひとつだと思っています。
これについては、そういうことも当然あるのだと思います。ただ、それだけではない方法もあっても良いように思う次第です。

サンデージャポンを観ましたが、TBSの「おもろい新キャラをゲットしたぜ!」という気持ちがひしひしと伝わってくる内容でした。そして、エンディングでサンジャポファミリーに混じって笑っていた今枝弁護士の姿には言語に絶する切なさを感じました。

私の言いたいことはあらかた皆さんが先に代弁してくださったので、長々とは申しません。まあ、ただ一言申し上げるなら「今まで本当にお疲れ様でした。どうか口を閉じてゆっくり休んでください」というところでしょうか。
私は懲戒請求騒動に関する議論を通じて、「是は是、非は非」というスタンスの重要さを知りました。そして、様々な問題を切り分けて論じる姿勢を身につけることができました。この自己改革にあたっては、今枝弁護士の存在はモトケンブログに劣らぬ大きなものがありました。この点では今枝弁護士に感謝しています。今まで本当にありがとうございました。

話は変わりますが。
映画の「スターウォーズ・サーガ」(特にエピソード1〜3)をご覧になった方にはお分かりいただけると思うのですが、私の目には今枝弁護士がアナキン・スカイウォーカー、橋下弁護士がパルパティーンに重なって見えてしかたがありません。

>No.16 とおりすがりですさん
横レスですが。
〆枝氏個人に関する限りは、それで彼の気は済むかもしれません。
しかし本件訴訟は、彼個人に関わる一訴訟では留まらぬ問題を孕んでいます。
彼個人に訴訟から下りる権利はありますが、刑事司法の一翼を担う弁護人たる弁護士としては、この「敵前逃亡」は許されるべきではありません。まして不法行為の動機について被害者たる当事者が「理解できる」と言うなどもってのほかです。
戦線に残る他の訴訟当事者に及ぼす負の影響についての配慮が、今枝氏にはあまりにも足りません。

突っ張りとおさねばならぬ説を曲げて「敵に膝を屈した」人物の『土下座弁護』に、どれほどの説得力があるのか甚だ疑問です。
これも、そういう言動をすることで今枝氏個人の気は済むかもしれませんが、状況をマクロから見たときにはマイナス要素のほうがはるかに大きいとしか思えません。

J杆鄂佑箸靴討里里蠅魃曚┐討い襪箸靴思えません。身元引受人としても疑問です。そして彼は今、そのいずれでもない筈ですよね。
今枝氏は「オレサマ正義感」に自己陶酔してるだけとちゃいますかね。

ぢ召諒法を模索するのはありでしょうが、いまやっている「刑事司法制度」にかかわる利敵行為を是認する理由にはなりません。

なお蛇足ながら付言しますと、私は別に今枝氏の人間性や感情の是非を云々するつもりはありません。ただし、内心の動機がどうであれ、表に表れる言動に関してはその限りではありません。

>No.16 とおりすがりですさん

この点についてですが、民事訴訟における取り下げは自由です。前段の懸念については請求を維持している方により達成可能でしょう。

達成困難なんじゃないでしょうか。だって原告のひとりが抜けるんですよ。代理人が訴訟を維持する理由が非常曖昧になります。
→モチベーションも低下する
現実的には原告には弁護団の足立弁護士が含まれてますから訴訟は継続すると思いますが、仮に勝訴であっても世間は「空気読めない」人たちが嫌がらせで行っているなんて見方も出てきます。目的効果が半減どころか「無」に近くなると考えます。

取り下げや橋下さんへの共感について他の訴訟を維持している方に配慮しなければならないことでしょうか?

当然だと思います。懲戒請求扇動ページや自分のブログで素人含めた世間に「理解を求めていた」事実があります。
そこまでして理解を求めていたのに、自分はコロっと変節されたんじゃ一体なんだったのかということになります。非常に誠意を欠いた行為といえます。
取り下げるんであれば、その人達が納得できる説明が必要です。今のところその説明はありません。であれば最初から理解なんか求めるんじゃない!ということです。

刑事弁護とは普遍の視点が存在する分野なのでしょうか?

という事は先に私が挙げた「弁護内容が到底納得できないものであれば、第3者でも懲戒請求できる」というのは「とおりすがりですさん」からみて当然のことなのでしょうか?

そうでしょうか?前段については、今枝先生は明確にそれを否定する発言を各所でなされていると思うのですが。

今枝弁護士ブログから引用

僕は、弁護団の弁護活動は被告人の利益(なにが被告人の利益だったかという問題は別論として)のための正当な弁護活動だったと信じていますが、この発言を聞くと感情的に正直疑問を抱かざるを得ません。

以上の記述はどうしたって、弁護団に疑惑を抱かせるものだと思いますが?
全ての言い訳を無にする効果あります。

それを償うように行動しているように私には思えます。

弁護人でもない被告人自ら解雇した弁護士が「守秘義務」の範囲を超えて発言・公表することはとても「責任」ある行為とは思えません。まず、被告人から弁護人を受任するべきでしょう。その上で公表すべきであると考えます。

※自らが良かれと思って行動した結果が本当に目的に合致しているのか?弁護士であればそこの計算がないのはとんでもないことだと感じます。感情に赴くまま行動するのであれば「素人」と同じです。

>>No.17 みみみさん

>映画の「スターウォーズ・サーガ」(特にエピソード1〜3)をご覧になった方にはお分かりいただけると思うのですが、私の目には今枝弁護士がアナキン・スカイウォーカー、橋下弁護士がパルパティーンに重なって見えてしかたがありません。

同感です。橋下氏が今枝弁護士にブログで呼びかけ続けていた時から、このような印象を受けていましたが、それが現実のものになってしまうとは・・・。

メディアに出続けると、いつの間にか「世間第一主義」になってしまう。今枝弁護士は、橋下氏と同じ轍を歩みつつあるように思えてなりません。

>私は別に今枝氏の人間性や感情の是非を云々するつもりはありません。ただし、内心の動機がどうであれ、表に表れる言動に関してはその限りではありません。

そこら辺が肝心なところですよね。惰眠様もかなりお優しいと思います。敢えて厳しい論調で「刑事弁護」を憂いておられる事が理解できます。私なんか、今枝弁護士が弁護人を解任されてからの言動に憤りを感じ、本を出版(読んでませんが)されてからからは「はあ?」という感じになってしまい、さらに最近の言動で「はあ?、はあ?」です。
モトケン先生が敢えて今枝弁護士のことをエントリにしたので、久しぶりに今枝弁護士のブログを拝見しましたが、見るんじゃなかったと後悔してます。No.11 ろくろくび様もご指摘の部分も目に留まってしまいました)
一時でも弁護人として裁判の当事者になった弁護士の方として、せめて刑が確定し、ほとぼりが冷めるまでは

>どうか口を閉じてゆっくり休んでください。

です。

民事の取り下げって、相手方が答弁書を提出した後は相手方の同意がないと取り下げられないのではないのかな。つまり、橋下弁護士の同意がないと。それとも共同で訴えている場合は勝手に抜けられるの?

今枝氏は、ブログなどをはじめた当初から、橋下氏への心情的な共感については縷々語ってきています。加えて直情径行が目立つことから、いずれはこんなような事になるんじゃないかと思っていました。悪人じゃないだけに始末が悪いですね。


最近も、弁護団から接触を断たれていることなどをもって、「僕は傷つきました」と書いていましたが、幼稚さに呆れました。今は立場が違うということもわかっていない。第一、世間になんでもかんでもベラベラしゃべらずにはいられない男に、近寄るわけにいかないでしょうに。


無定見に遺族や世間に引きずり回される今の日本の刑事司法を象徴しているとも言えますが、最低限、今や自分が一番この裁判をショー化していることぐらいは、気づいて欲しいところですね。

「けしからん!訴えてやる!」という当事者が取り下げると言っている
訳で、それを外野がとやかく言って何になるのだろう?
「敵」とかいっている方もいらっしゃいますが、当事者が裁判を維持しな
いことに批判を加えるのが正しい司法制度のあり方なのかなあ。

これでは当事者同士の和解交渉も何も無く、それこそ裁判を勝訴あり
きで拘束したいという処罰感情以外の何者でもない。
こういう方々が裁判員制度になじめるのだろうか........

>>No.24 昼寝さん
>こういう方々が裁判員制度になじめるのだろうか

横から失礼します。
誰もこういう裁判員制度になじめないと思います。

>No.24 昼寝さん
あなたの相手はしてあげません。

No.24 昼寝さん

和解とは「双方が」歩み寄って合意に至るものです。
今枝弁護士が橋下弁護士に歩み寄ったところは誰が見てもわかるんですが、逆の方はどこにも見当たりません。私の辞書では、こういうのは「和解」ではなく「調略」と呼びます。

もともと今枝弁護士は、懲戒請求扇動が不法行為であると白黒つけたいがために訴訟に持ち込んだはずです。でないと刑事弁護に大変な禍根を残すという危機感があったはずです。原告側が本当に求めていたのは取るに足らない賠償金ではなかったはずです。
それほどの覚悟をしたはずの当人が「今でも違法行為だと思っているけど、訴訟は取り下げる」というロジックが通用すると思っているところに皆あっけに取られているのですよ。だったら、最初から訴訟などに持ち込まず、安田弁護士のように反論意見にとどめておけばよかったのです。激烈な議論を提起した社会問題の、一方の側の旗頭に近い存在になった人物が、これほどパーソナルな感情でこれほど重大な方向転換を行ったことに納得できないんですよ。

私は、今枝弁護士がいろいろ述べているのは全部口実で、つまるところ弁護団一味と席を同じうするのが嫌になっただけなんじゃないか、とすら邪推しています。

被告人から「雇われている(いた)」立場であるという視点が全く欠如していることの怖さを感じます。

下世話な話ですが,
もし,被告人が暴力団幹部の子供で,然るべき弁護士費用を負担していたならば,事件を受任した(しかも後日解任された)弁護士は,こんなにぺらぺら内部事情をリークしたでしょうか?

世間から犯罪を犯したということで糾弾されている被告人を,たった一人(本件では21人でしたっけ)の味方として,法律の専門家が弁護する,それにはパターナリズムだけでは危険だと思います。

被告人に「雇われている(いた)」立場であるとの視点が欠けている点に怖さを感じます。

下世話な話ですが,
もし,被告人が暴力団幹部の子弟で,然るべき弁護士費用が支払われていたとすれば,事件を受任した(しかもその後解任された)弁護士が被告人の情報をぺらぺらとリークするでしょうか?

犯罪を犯したと世間から糾弾されている被告人を,たった一人の(本件では違うけれど)弁護人が護る。それには,パターナリズムだけでは,危険だと思います。

No.28 In Cold Bloodさんの書き込みを拝見してて、アッと思いました。
今枝氏の行動、まるで草薙厚子に調書を「横流し」することになった鑑定医にそっくりです。
被告人元少年に対する世間の「誤解」を解きたいという「正義感」に由来して、普通に考えれば職業的に容認されうる限度を越えた行動に出てしまう・・・。
今枝氏の不幸は、彼には草薙厚子に相当する「共犯者」がいないってことかな。そのせいで「被害者」になることができない。

 昨日の「たかじんのそこまで言って委員会」と同委員会のHPの「辛抱たまらん!もっと言っても委員会」を見て、愕然としました。
 
 まるで橋下弁護士が乗り移ったかのように「世間の理解を求める必要」を連発され、「その努力が足りなかった」とおっしゃっています。橋下弁護士の「説明責任論」も肯定されかねない勢いです。

 弁論終結の際に「胸を張れる弁護だった」とおっしゃって涙されていたのは、何だったのでしょうか。
 
 これでは、それこそ、弁護人は、「世間の風」に敏感になり「世間の風」にしたがって弁護しなければならないでしょう。
 
 もっとも「たかじんのそこまで言って委員会」の「世間」というのが、日本人(関西人だけでなく)の「圧倒的多数」だとは思いませんが。
 

某所での今枝さんの投稿(無断転載スマソ)

しばらく、冷静に、暴れないようにします。
弁護団とも、話し合ってみたいと思います。
橋下弁護士裁判も、話し合いをし、橋下弁護士に一定の反省態度を示していただき、こちらの失礼も真摯に詫び、取り下げたいと思っています。
ちょっとネット上を調べてみましたが惨憺たる有様です。裁判に負けるから取り下げたとか、被告人の発言を弁護団が作ったのを知っているから弁護団を反省させるために取り下げたとか・・・

>No.30 惰眠 さま

今枝弁護士の正義感が、調書流出事件での鑑定医の正義感とイコールであるとの論、まったくもって納得の同感です。

スジの通っていない「独り善がりの正義感」を心の片隅で燻らせているだけならまだしも、ブログや著作の出版、さらにはテレビ出演などで世間に垂れ流すことは困りますし、ハッキリ申上げて迷惑です。現在の今枝弁護士の行動は混乱を増すだけで、何の益も見い出すことはできません。

精神的肉体的な疲労と、予想を超えた判決文や安田弁護団からの批判による精神的ショック、これらが重なり合っての不安定な精神状況が落ち着くまで、何処かに雲隠れしてひっそりと口をつぐんでいて欲しい。

>どうか口を閉じてゆっくり休んでください。
今枝弁護士に贈る言葉は、私もこれしかありません。

僕は今枝弁護士の行動には感銘を受けます。一弁護士としての枠ではなく一個人・私人としても筋を通そうという行動は非常に正義感を感じます。法曹のプロではないので率直にそう感じます。それで良い気がしますが、大変なのは大変なんだろうなぁと危惧もします。なんとか今枝弁護士の行動によって「弁護士」という相対の評価を少し好転させられたのではないかと思っています。橋下弁護士が腹をくくった、くくらざるをえなかったことが思い起こされます。プロのお仲間は思いやるのであれば直接開示されたメールに意見を送ると思いますので、ここにコメント投稿される意図は明らかな公然でのバッシング・間接的な攻撃・敵視の誘発を目的にされているのだろうかと思います。やはり一縷の望みのようにも思ってしまいます。ブログの更新も楽しみにしています。

No.14 惰眠さん
>そして被告人に寄り添う弁護人弁護士に求められるのは、それがもしかしたら口からでまかせであるかもしれなくても、被告人の言い分に乗る、その言い分が正しいとの前提でことにあたること、なのではないでしょうか。
>「被告人の言い分が正しい」との前提条件を自分で信じられないから両親と職業倫理の間で軋轢が生ずるんじゃないでしょうか。

 私が勉強させていただいた刑事弁護人の勤めとは、独立した1個人として客観的に「被告人の主張」を検討し、被告人の利益を最大にする弁護方法を考え実行することであって、「被告人の言い分が正しいとする前提条件」はないと思います。
 他人の罪を被ろうとして「自ら犯罪をしたという虚偽の主張をする被告人」の言い分を正しいとしてしまったら、弁護人の利益は守れません。
 前提条件が間違っています。

>No.32 ろくろくびさん
ヤレヤレやっぱりねって感じです。
直情径行型の情緒過多な熱血漢がもてはやされるのはフィクションの世界だけじゃないんですかねぇ。
取り返しの付かないことしでかして何もかも手遅れになってから反省するって言うパターン、そろそろ終わりにして欲しいなあ。というか、もう全部手遅れになってる感が物凄くありますけども。

今枝先生を批判されてる方が沢山いらっしゃいますが、理念とかモチベーションまで押しつけては気の毒ですよ。何だか怠くなったから取り下げる、依頼が全然来なくなったから取り下げる、でも別に良いと思います。

世の中、理念だけで生きていける人もいれば、理念半分の人もいれば、単に仕事として弁護士してる人もいる。司法の場で、たとえ表向きだけでも、きちんと仕事をしてれば誰にも迷惑掛けないし問題ないと思います。支持者の方ががっかりされる気持ちも分かりますが、「昨日の味方は今日の敵」ってのもどうかと・・・

「許せる」ようになるというのは人間としての大きな進歩です。

色々ゴタゴタを繰り返しながら、人も社会も成長するものです。今枝先生も司法制度もだんだん良い方へ向かっていけばいいですね!

モトケン様

>No.6 惰眠さん | 2008年4月28日 13:52 | CID 146263
>今枝氏は刑事弁護の仕組みを遍く世間に知ってもらう努力全てに対する『敵』と見做さざるを得ません。

とありますが、抽象的な表現が多い文章で僕にはわかりにくいので質問をさせてください。刑事弁護への理解を求めるエントリーをいくつか書かれているモトケン様はどうお考えでしょうか?『敵』になるのでしょうか?

>No.35 論理的思考さん
言葉尻の問題ではなく文意を理解してください。私は単語の組み合わせゲームをしたいわけではありませんので。

敢えて言葉尻ゲームに乗るとすれば「自分の罪を免れようとして『わーたーしーはやってない、潔白だー』と虚偽の主張をする被告人」の言い分を正しいとしてしなかったら、弁護人の利益は守れません。とお返しいたしましょう。
 論点と反論の仕方が間違っています。

>No.37 いじめちゃだめですよさん

今枝先生を批判されてる方が沢山いらっしゃいますが、理念とかモチベーションまで押しつけては気の毒ですよ。何だか怠くなったから取り下げる、依頼が全然来なくなったから取り下げる、でも別に良いと思います。
訴訟を取り下げる、今までの主張を取り下げる。私も今枝弁護士がこうした判断をなさり、実際に取下げをされることについては、一言も批判じみたことを申上げるつもりはありません。

ただ今枝弁護士にお願いというか、守って欲しいことが一つ。それは「黙って行なって欲しい」ということです。

取下げる言い訳や弁明、謝罪の言葉を今急いで公表しても誰も素直に受け取らないでしょう。やれ変節だ、自己保身だ、豹変だ、裏切りだ・・・。決して賞賛してくれるとは思えないし、今枝氏の心の底が正しく世間に伝わることも無いでしょう。もたらされるのは、ただただ「混乱」あるのみだと思います。

どうか口を閉じてゆっくり休んでください。
故に私にはこれしか贈る言葉が見つからないのです。

法廷での沈黙は負けですが、世間を相手にするときは「沈黙は金」です。(今枝様、私は昨年からこのように申上げております)

No.39 惰眠さん
>敢えて言葉尻ゲームに乗るとすれば「自分の罪を免れようとして『わーたーしーはやってない、潔白だー』と虚偽の主張をする被告人」の言い分を正しいとしてしなかったら、弁護人の利益は守れません。とお返しいたしましょう。

被告人の主張が、弁護人から見て物理的証拠に反して客観的に「虚偽」と思えるような内容であったなら、裁判官からも「虚偽」を思われる可能性が高いわけですから、その主張をそのまま採用して弁護すると「被告人の利益」は守れません。

惰眠さんがおっしゃっているのは、「被告人の主張」をそのまま弁護活動に採用しなければ、被告人から訴えられて、「弁護人の利益」が守れない、ということなのですか?弁護人の保身をすることが刑事弁護だと?

 今枝弁護士が「世間の理解を求める必要」を強調していることについて批判が述べられています。

 たしかに「辛抱たまらん!もっと言っても委員会」を見るとそういう感じがします。
 風邪で熱っぽい頭で流し見しただけですので、勘違いがあるかも知れませんが、世間の理解を求めるということの意味には二つあるように思われます。

 一つは、分かりやすく言うと世間に迎合した主張をするということ。
 この観点では、荒唐無稽な主張をすることは世間の理解を得られる所以ではないことなります。

 ただし別の観点もあります。
 被告人が主張する以上はどんな荒唐無稽な主張をすることも弁護人として当然のことであるが、なぜ被告人がそのような主張をするのかについて、世間の理解が得られるように最大限の努力することです。

 今枝弁護士はどちらの意味を言いたいのでしょうか?

私の立場は「まあ、取り下げんのは自由なんだけどケジメきっちりつけてからにして欲しい。立つ鳥跡を濁さず」ってことなんですが、こうして見ると色々な意見がありますねぇ。

No.35 論理的思考さん
>他人の罪を被ろうとして「自ら犯罪をしたという虚偽の主張をする被告人」の言い分
これまた難問を・・・(^^;)
http://hi.in.ewoman.co.jp/winwin/98ks/14.html
参考までに。

>No.41 論理的思考さん

いちいち言葉尻の挑発に乗らないで、いい加減、文意を読み取ってくれませんか?
まあ挑発しといて言う台詞じゃないですけども。

例えば地下鉄サリン事件における松本被告人の弁護でも念頭において考えてみてください。
間接証拠や関係者証言その他諸々が『被告人は黒である』と力説してやまない中で、それでも被告人が否認を貫くケースはあるわけですよ。
もしかしたら筋弛緩剤事件なんかも、このケースに含めていいのでしょうけども。
そういうときに弁護人は、被告人をは明らかに真っ黒だと思いながら、真っ黒な奴の利益のために「良心」にそむいて法廷で戦うんですかって話ですよ。

あらゆる情勢が被告人有罪を指し示していても、本人が「違う、そうじゃない」という限りは、その言に信を置くしかないんじゃないかって言ってるんです。
その裁判の中で「やっぱ、コイツうそ言ってるよな、黒だよな」と思い始めちゃったら良心と職業倫理の間に軋轢が生じるでしょ、弁護する限りにおいては「被告人は白だ、白なんだ」という前提に疑いが生じたらやってらんないでしょって話をしてるんです。

今枝氏が職業倫理と人としての良心の両立がどうたらなんて泣き言を書いてるから、アンタそれは「もう被告人のことを信じられない」って内心思ってるってことじゃないのかよと、そう言ってるんですよ。

お分かりいただけましたでしょーか?

>No.42 モトケンさん
>一つは、分かりやすく言うと世間に迎合した主張をするということ。
 この観点では、荒唐無稽な主張をすることは世間の理解を得られる所以ではないこと
なります。

>ただし別の観点もあります。
 被告人が主張する以上はどんな荒唐無稽な主張をすることも弁護人として当然のことであるが、なぜ被告人がそのような主張をするのかについて、世間の理解が得られるように最大限の努力することです。

「世間の理解」ではなく、証拠に基づく「裁判官の理解」ではないでしょうか。
 判決要旨(詳しい方)を読みましたが、裁判官が鑑定結果などに抱いた疑問点のいくつかはもっともだと思いました。
 弁護団はこういう裁判官が抱くであろう疑問点を、(2人の鑑定人の意見を鵜呑みにすることなく)鑑定人や被告人にぶつけて吟味したのでしょうか。

 弁護団が責められるすれば、こういう「知」の部分であり、「情」の部分ではないと思います。

 弁護士は「情」は内に秘めて「知」で闘うべきであると思います。


>「被告人は白だ、白なんだ」という前提に疑いが生じたらやってらんないでしょって話をしてるんです。

 時節柄、財政難の折、時間と労力、税金の無駄でもあるし、今後通用しなくなるということではないでしょうか。
 今枝弁護士は、広島高裁の判決に真摯に向き合って考えたように思います。
 そもそも差し戻した最高裁の提起した問題性を無視して突っ走ったのが、弁護団の姿勢のように思えますし、結果としても全否定で一蹴されたわけで、なんでも委員会の放送でも、今枝弁護士がそんなことを述べていたと思います。
 検察の最終弁論に記者会見も開かず、具体的なまともな反論も示さずに、高裁の判決を批判するのもいかがなものかと。
 刑事弁護の理解どころか、さらに一般市民を惑わしているように思えます。
 昨夜の行列法律相談では、痴漢冤罪に巻き込まれたら、逃げるのが最善方策のような回答を4人中2人の弁護士がしていましたが、問題解決として、似たようなレベルにも思えます。
 ちなみにあのレギュラーの女の弁護士さんが元検察官とは初めて知り、意外でした。
 たかじんでは、なぜ、今枝弁護士の経歴に裁判所職員を出しながら、検察官を出さなかったのかも気になりましたし、今枝さんが退席したあとの、司会者の「味をしめて」発言も気になりました。
 弁護士さんもずいぶん舐められたというか、地に落ちたもので、さらに拍車がかかりそうです。違った真意があるのかとも考えましたが、よくあんな腹のなかの言葉を口にしたものです。
 叱咤激励なのかもしれませんが、苦労人としての。

>No.45 M.T.さん

>「世間の理解」ではなく、証拠に基づく「裁判官の理解」ではないでしょうか。

 証拠に基づく「裁判官の理解」は当然の前提であり今枝弁護士も明確に批判しています。

 「世間の理解」とは対ど素人理解のことです。
 これは優れて技術的な問題と考えています。


>弁護団はこういう裁判官が抱くであろう疑問点を、(2人の鑑定人の意見を鵜呑みにすることなく)鑑定人や被告人にぶつけて吟味したのでしょうか。

 ああ、どんどん弁護団批判の深みにはまっていくようです。
 言っちゃいましょうか。
 一言でいえば、弁護団は泥舟に乗ってしまった、と考えています。

>No.47 モトケンさん
>一言でいえば、弁護団は泥舟に乗ってしまった、と考えています。

 もしそうなら、専門家である法医鑑定人も一緒に泥舟に乗っていたことになります。
 そういう場合、素人の弁護士を責められるでしょうか。
 (これは医療過誤の場合も同じですが・・・)

>もしそうなら、専門家である法医鑑定人も一緒に泥舟に乗っていたことになります。

 いえ、法医鑑定が泥舟だったという意味です。
 鑑定人らが被告人の弁解の解釈を誤った可能性を感じています。

沈みかかった泥舟から、鼠が一匹逃げ出した。

>M.T.さん
お久しぶりです、いつもブログを拝見させていただいています。
>弁護団が責められるすれば、こういう「知」の部分であり、「情」の部分ではないと思います。
>弁護士は「情」は内に秘めて「知」で闘うべきであると思います。
全くもって同感です。
本件弁護団の弁護戦術については色々思うところがあるのですが、一つ思ったのが、本件弁護団のやり方は、日頃弁護側が非難を浴びせている自白に頼りすぎる捜査機関の立証に非常に似通っている面があるということです。
つまり、被告人の主張だけに固執する余りその主張に沿うような鑑定結果や証拠の解釈だけを抽出して立証を試みたため、全体として他の証拠との整合性を著しく欠き、非常に信用性が低いものとなってしまった。
特に鑑定結果などは、被告人の主張に沿うか否かよりも、「現実にその結果が発生し得るか」「その結果は他の客観証拠と合致するのか」を重視すべきだと思うのです。
本件の「スリーパーホールドの時にできたボタンの跡である」と大々的に主張した鑑定結果が「実はボタンのサイズとは全然違いました」などはその典型的なものでしょう。

判決要旨(詳しい方)を読みましたが、裁判官が鑑定結果などに抱いた疑問点のいくつかはもっともだと思いました。弁護団はこういう裁判官が抱くであろう疑問点を、(2人の鑑定人の意見を鵜呑みにすることなく)鑑定人や被告人にぶつけて吟味したのでしょうか。(No.45 M.T.さん)


あの陣容で吟味してないとは考えにくいですが、仮に疑問はもっともだとしても、素人の裁判官の疑問だけでもって、2人の経験ある鑑定人の見解を共に「合理的な疑い」の余地なく否定していることにはならない訳ですから、そこが実際の法廷でどう審理されたのかが非常に気になるところですね。

>No.34 普通の人さん
>プロのお仲間は思いやるのであれば直接開示されたメールに意見を送ると思いますので、ここにコメント投稿される意図は明らかな公然でのバッシング・間接的な攻撃・敵視の誘発を目的にされているのだろうかと思います。

私もまったく同感です。あっ、ちなみに私も普通の人です。

>No.53 寅さん
ありがとうございます。普通の人は一応HNなんです。ROM中心ですが、たま〜に書き込んでます。よろしくお願いします。

攻撃されてもまぁいいかぁと思うので、もうひとつ補足しておきます。
「それは卑怯な行為ではないだろうかとも思います。」

他ブログの節をなぞるなら
『今枝弁護士に対して言いたいことがあるのなら、今枝弁護士に言えばいいことだ。』

ここのコメントで賛同者集めようとしなくても。プロなんでしょ。

今枝弁護士萎縮しないでブログ更新されましたね。安堵しました。

カツビンさん、惰眠さん>>返答遅くなりました。

おっしゃている意味はなんとなくわからないでもありません。ただ、no24の昼寝さんがおっしゃることも共感を覚えるところがあります。
一つだけ、刑事弁護というのは、確かに困難であることは間違いありません。しかし、裁判とは人が裁くものです。そして、その「人」とはただ裁判官個人という意味でとらえることは妥当ではないと考えます。法が社会倫理規範(異説ありますが)を体系化したものである以上、社会一般の感情を離れて存在はしえないと思うのです。(もっとも、犯人と犯罪の同一性という面においてはとことんすることには異論はありません。)それを踏まえたうえでの行動もまた刑事弁護の一つとして、被告人の利益となると考えることができるとも思えます。

モトケンさんのおっしゃる泥舟という表現は端的でわかりやすく感じます。
今枝先生は泥舟を逃げ出したねずみではなく、泥舟をどうにかして泥舟かないように見せようともがいているように映ります。異説あるでしょうが。

>No.54 普通の人さん
>他ブログの節をなぞるなら
『今枝弁護士に対して言いたいことがあるのなら、今枝弁護士に言えばいいことだ。』

ここのコメントで賛同者集めようとしなくても。プロなんでしょ。

 世間(あまりこの言葉を使いたくないですが)に、「弁護人って、ああも被告人や弁護団会議の内輪のことをペラペラしゃべるものか」「やっぱり弁護士も世間に迎合するんだ」と思われたくないですね。

 あるいは、「今枝弁護士もこういっている。やっぱり世間の声に耳を傾けない弁護団の方がおかしいんだ。」と思われたくないですね。

 今枝弁護士は、「戦略」と言われていますが(誰に対しての戦略でしょう?)、戦略には全然なっていないと思います。

 私は、今枝弁護士というよりも、読者に向けて書かせて頂きました。


>No.51 感熱紙(刑)さん
(・∀・)ソレダ!!

>No.53 寅さん、No.54 普通の人さん
 個人的なことを書けば、何度かメールを送ろうとしたけど送れませんでした。理由は自分なりには理解しているのですが、まあ個人的な理由です。
 ここに書いている理由はNo.56 M.T.さんのおっしゃる理由もありますけど公然でのバッシングの意図は私は否定しません。
 「今枝さんは弁護団に直接言えばいい」と言う批判もあがっていてある意味どっちもどっちともいえますが、今枝さんが公に発信した以上それに対する公からの批判もあってしかるべきと考えます。当然そうした批判に対する普通の人さんたちの批判も甘受します。橋下さんや弁護団への批判は公然とやるが今枝さんへの批判はこっそりやる、と言うのでは、あまり健全な状況ともいえませんし。
 ただ、まあ今枝さんは「ちゃんと考えてやっている」とおっしゃっているのでそれをもう信じるしかありません。「分かる人にはわかる」と言われては「分からない」私としてはどうしようもありませんし。とはいえ、今後も是々非々で行かせていただきますけど。

No.56 M.T.さん

 おはようございます。
私は、こちらのブログやM.T.さんのブログの読者です。

 私は、上記の「今枝弁護士もこういっている。やっぱり世間の声に耳を傾けない弁護団の方がおかしいんだ。」
という点の方を、ヨリ強く懸念しています。
 わたくしはテレビをほとんど全く見ないのですが、
インターネット上の「辛坊たまらん」は見てみました。
その“勝手な番組理解”なのですが、
今枝弁護士のお相手の方は、「やっと今枝さんもこちらの言いたいことを理解してくれたか。」
と感じているように思いました。
もし仮にその通りだとすれば、事態(影響)はやはり深刻だと見るべきかもしれません。
 また、私の誤解があるかもしれませんが、上記No.9(昼寝さん)のような受け止め方も気になります。

 今枝さんのブログによれば、緻密な戦略があるとのことですが、
「それら戦略の具体的内容や意図」が、明らかにされていないと思います。(従って、今のところ、彼の戦略が奏功しているか否か、検証できないと思います。)
 今枝さんは、現状をどう分析され、いかなる意図をお持ちなのか?
これが、いま、わたくしが抱いている大きな疑問です。

判決よりずっと前に「弁護団は本気で被告を救おうとしているのだろうか?もし弁護団が死刑廃止主義者でなかったなら別の途を選択したのではないか?」という書き込みがありました。キャンペーンに利用しているという事ではありません。むしろ廃止主義を公言している故に、原理主義的、原則主義的な弁護方法に過剰に振れてしまっているのではないか?と言う意味にわたしは解釈しました。
今枝さんの「なぜ僕は…」に弁護団が法医学という泥舟に傾注して行き、その中で今枝さんが解任される過程が書かれています。
刑事弁護が世の中の理解を求める必要がないとしても、その主張が世の中の理解を得られるのかは、自ら厳しく精査するべきでしょう。今枝さんにとって元少年の弁護が、彼の荒唐無稽発言と世の中の良識を何とか繋ぎ止める目に見えない糸を探し出す事だとしたなら、やはり弁護団の(元少年と世の中の)コミュニケーションを軽視した弁護手法は被告への誠実義務を果たしていないと映るのではないでしょうか?
もともと幼い元少年が18歳10月で拘束されて7年間、無期懲役が妥当とされていた中で自身の成長を止め、または通常の少年なら得られたはずの成長の機会を奪われた後の荒唐無稽発言なら尚更です。
判決前に死刑を予測または妥当としながら、刑事弁護の原則に則ってのみ現弁護団を擁護し、橋元さんの主張に一切耳を傾けなかった方たちは、実は今枝さんにとって一番近くにいる敵ではなかったのか?と「なぜ僕は…」を読んで思いました。今枝さんの発言が今の刑事弁護にどう影響するのか、プロの刑事弁護士として適切なのかは私には判りませんが、普通の人Zとして応援したいです。

No.58 a.x.さん

 上のNo.59 普通の人Zさん のコメントを読むと、まさに私とa.x.さん の危惧が現実化しつつあると思います。

 まだ裁判の途中で弁護団の弁護活動は続いているのです。
 
 今枝弁護士には、はやく目を覚まして頂きたい。

>No.55 とおりすがりですさん
「法が社会倫理規範(異説ありますが)を体系化したものである以上、社会一般の感情を離れて存在はしえないと思うのです」
これは、社会制度を大きく俯瞰したマクロの視点から言えばそのとおりです。
しかしながら、刑事裁判という個別の事象は、そんな上位概念を引き合いに出すようなものではありません。現実問題として、被告人の罪を指摘するのは「社会一般」ではなく検察官ですし、またこれを弁護するのも「社会一般」ではなく弁護士、そして裁きを定める実務者は裁判官です。すべて、実務者同士の作業です。

社会一般の意思を離れることができないということは間違いではないのですが、しかしそのロジックは「日本の政治は国民主権の下にあるのだから、外務省は日米地位協定の見直しを求める国民の声に素直に従うべきだ」だとか「北朝鮮に即時強硬な制裁を科すべきだ」などのように「国家機関の仕組み」や「然るべき手続き」を無視しています。

さらに言えば「社会一般の意思」は多数決で見つけられるものではない・・・と言ったのはルソーだったかな?まあ、声が大きいほうに舵を切るのが正しいわけではないのだということも忘れてはいけないと思います。

情(情状の情ではなく情緒の情です)と知(理性といってもいいかと思います)がごっちゃになった論告と弁護は許されるというかもともとそういうものだと思いますが、裁判官の判断は情を排して行われなければならないと思います。
すなわち裁判にあっては、裁判官こそが「情」を内に秘めて「理」で判断すべき存在であらねばならないと考えます。

日本の裁判官は情で判断しているとしか思えない人が最近多すぎる印象です。この判決トレンドのままで裁判員に判決量刑を指導するというのでは、情への誘導が行われる危険が高い。つまり現行裁判制度で一番大きな問題である裁判官の情緒不安定の問題が裁判員制度では影響を全く排除できない。これを排除するためには裁判官から独立した陪審員評議を行って、裁判官情緒の暴走の足を縛るというプロセスが必要なのではないでしょうか?
もともと陪審員制はそういう庶民の司法感覚で裁判所の暴走を防ごうとして考え出された制度だったと思いますし。

裁判員制度をここのような議論の前提に置くと、議論全体が、「船頭多くして船(泥舟でもいいですが)山に登る」という結果になるような希ガスです。

惰眠さん>>
しかしそのロジックは「日本の政治は国民主権の下にあるのだから、外務省は日米地位協定の見直しを求める国民の声に素直に従うべきだ」だとか「北朝鮮に即時強硬な制裁を科すべきだ」などのように「国家機関の仕組み」や「然るべき手続き」を無視しています。

これは、少し乖離したお話だと思います。
犯罪も人が行うものであること、そして、犯罪とは一般に人が行うもっとも社会規範から離れた行為であることは言うにも及ばないことでしょう(但し行政犯を除く)。とすれば、同列には論じ得ないものと考えられます(全く異なるお話だと思います)。
問題は、いかにその社会規範から外れた行為を社会意識の中で更正させていくかに尽きるものと思われます。そのコンセンサスを作るうえで、社会(多数派と言った方が適切でしょうか?)の理解は不可欠であると思うのです。
極端に判断が社会意識からぶれるということは通常想定できません(当然あえて想像しようと思えば可能ですが、それはおそらく現代においては特殊な事例といえるものでありましょう)。
そして、良い刑事弁護とはのスレでモトケンさんがおっしゃる3の面が中心となり、それと、弁護人が考える社会規範からみた適切な弁護方法との調和がそのようなコンセンサスを形成していく一助となるものと考えます。
少し長くなりましたが、以上が私の考えです。

とおりすがりですさんと惰眠さんのやりとりを見ていると双方言い得て妙ですね。
これを聞いてどちらが正しいと結論をださなければいけないとするとなかなかむずかしいです。仮にこちらの言い分に共感を得たのでこちらの意見が正しいと判断したとしてレスしたとします。しかし正しくないと判断した方の新たな言い分を聞くとなるほどなぁと自分の判断が瞬く間にブレるときがあります。結論を出したレスを削除したくなるかもしれません。

裁判員制度とは参加したものは相当徹底した調査、精査と冷静な判断とが求められるんでしょうがそんな時間や資料などは与えられるのでしょうか?ましてや量刑にまで着手するとなると判決後の後悔など精神的にものすごい負担になるだろうと予想できますが・・・。

日本がかつて陪審員制度を採用して失敗したとどこかで見た気がするのですがなぜ陪審員制度ではなく量刑まで判断する裁判員制度を取り入れることになったのですか?

さて、現在の社会意識が正しいものか、また、偏向報道によって作り上げられたものではないか、検証する必要はないでしょうか?正しい正しくないの判断は難しいことかもしれません。価値観は多様ですから。しかし、バイアスを取り払って、雰囲気ではなく理性的に検証することは不可能ではないと思います。

 横槍ですが、自然犯と行刑犯のことみたいです。前者は殺人や窃盗など古今東西をとわず犯罪とされるようなものなのに対し、後者は、行政目的を達成するための刑罰みたいです。例えば、廃棄物処理法とか。

 そこで思い出したのですが、「タヌキ、ムジナ」事件と「ムササビ、モマ」事件という判例がありました。一方は有罪で、一方は無罪という結果なのですが、いずれも同じ狩猟法違反の対象動物のことを指しており、判断の難しさや認識の程度が有罪無罪の分かれ目になったそうです。
 法律家や司法試験の勉強をした人ならば、大抵ご存知のことだと思いますが。

 サンジャポは、今枝弁護士の出演自体を知らなかったのでみていませんが、「たかじん委員会」はみました。
 「見誤った」とか「想像力の欠如」とか、裁判を通じてよく耳や目にしますが、不合理とか不整合とか言われて、プロが善管(善良な管理者としての注意)義務とか問われないものでしょうか。
 差戻をした最高裁の指針をまるっきり無視し、被告人に不利益をもたらしたように思えるのですが。
 傀儡師(かいらいし)、つまり操り人形として被告人を道具のように利用した疑念も広く国民に与えた訳でしょう。
 それに対して、古色蒼然とした理論を盾に、同業者の側からも封じ込めの追い風が巻き起こった訳ですが(批判や反論をすれば、それこそ無理解、矯正不能の欠格者の烙印を与えられる感じで(つまはじきもセット?))、一般的な感覚として、「たかじん」を見た感じ、ものすごい軽蔑感や嫌悪感が漂い伝わってきた気がしました。

 また、情が通うというのも相応の理由がありそうです。未熟な人間と言うのか、極端に悪い面といい面が混在同居する人間というのもそれほど珍しいこととは思えず。子供というのは本来、そういうところがありそうに思えます。
 昔の倫理価値観に従えば、「飽食暖衣禽獣に近し(朱子)」と言ったぐらいですから、そのような厳しい教育で人間として成長させることが出来る、という考えもありそうですが。
 元少年に対し、死刑というのも改めて過酷な処置だと考えました。本当に、過ちに向き合わせ、救いの道がなかったものかと。余りに凄惨な事件でもあり、天秤が死刑に傾いたのも十分理解できますが、大人として専門禍としての弁護団のあり方や責任が問われないというのは、納得及び承服しがたいところがあります。
 一応子を持つ親の身としても(17年近く会えないでいます。)。到底許し難いですね。
 安田弁護士は検察が共謀罪(共謀共同正犯)の嚆矢として、一緒に、法曹界から葬り去って欲しいと思っています。大きな渦を巻き込みながら。

 ちなみに、私は二人の子供に言ったことがあります。「それが人の道ってなもんや! わかったか!」。「うぉおおお!!!」と大きな声を上げて激しく同意していました。
 どんな会話や内容であったか前後のことは覚えていないのですが、その場面が意外で、とても印象深く残っています。

 刑事弁護についても抜き差しならぬ関係で、長い間向き合ってきましたが、腑に落ちない点が多々あります。もともとそういうものなのかもしれませんが。
 占いと似た程度に、当てにもならず、役にも立たないものなのでしょうか。
 今枝弁護士に沈黙を強いて、やり過ごせる、やり過ごすべき問題とも思えませんが。

 以前、ある会社の社長の噂でしたが、とある宗教に傾倒し、自分や家族の利益のみを求めて、多額のお布施をしていると聞きました。自己満足なのかもしれませんが、それが求められる弁護士像なのかもしれません。崩れ落ち朽ちかけた偶像崇拝にも思えますが。
 この辺にも裁判員制度の意義、新たな時代の幕開けの舞台裏が透けて見えるような気がします。
 真に弁護士の資質、能力が問われる時代が訪れそうですが、相応な準備が整っているとは思えず、はなから破綻させてやろうという、意志のみがほのかに垣間見えます。


 今枝弁護士に対しては、一定の理解も示しているようにも感じられましたが。

>No.56 M.T.さん

レスありがとうございました。

>私は、今枝弁護士というよりも、読者に向けて書かせて頂きました。

ご自分の発言との矛盾を過度に指摘する必要は僕にはありませんが、今枝弁護士も視聴者に向けて番組内で発言されたのでしょうから理由には不十分ですよね。勿論批判する以上は批判は感受していただきたいと思います。矛盾が悪いとは思いませんが。矛盾しているという批判です。

「戦略」とは、戦いにおいてのはかりごとを意味しますね。戦いとは特定かもしくは不特定多数を一般的にはさすと思います。つまりは「敵」ですよね。「敵」が何者かを名言されていない以上、
>戦略には全然なっていない
とは言えないと思います。しかし、はかりごととは秘密裏に進めることであって、『はかりごとをたくらんでいる』ということをばらしてしまうということは戦略には全然なってない。少なくとも恨みをかっているとか心当たりのある人物や集団は警戒し、行動に注視するでしょうね。「敵」はお前だ!と言っても、やっぱりオレか!とか、意外にオレか!とか。やっぱりだった時は相手に戦いの準備をできる期間をあたえてしまう。意外にの時は心の準備とかを多少。ので、戦略としての戦略の効果は半減かそれ以下です。たくらむ必要もないし、たくらんでるとは言えない。やっぱりオレか!こんなこともあろうかと思って仲間に終止お前のことを監視させていたのだぁ〜とかなってしまうし。つまり不意打ちとかはできなくなってしまう可能性が高い。だとしてこのことも想像の上であれば、つまりこの「戦略」はダミーの可能性もある思います。他の可能性としては単なるミスかな...言葉選びのミスもある。ダミーというのは『はかりごとをたくらんでいる』ということをばらすというのが本当の戦略ですね。相手に警戒させ準備をする時間をわざと与えている。この目的は不明です。ここまで進んでみないと。正面突破に相当の自身がありことを大きくし公衆の面前でコテンパンにやっつけた方が利益がある場合とか、自身があるかないかは別としてつまり宣戦布告・正々堂々の姿勢を示すとか、実際「敵」が味方に埋もれていて明確でない場合に「敵」か味方かをはっきりさせるとか、味方を増やすとか、もしくは騒動を目的とした愉快犯とか。他にもあると思いますが今思いつくのはこんな感じです。

しかし、本当の敵は自分自身だ!という反則もあります。愉快犯かな...。

>No.57 ろくろくびさん
>ここに書いている理由はNo.56 M.T.さんのおっしゃる理由もありますけど公然でのバッシングの意図は私は否定しません。

僕は批判することに対して批判はありません。結構だと思います。中途半端は見苦しく思ってしまいがちな方です。これも良くないと思いますが。敵視の誘発は中でも眉をひそめてしまいますが、良いのか悪いのか、卑怯な行為ではないか?自分も考え中です。中途半端です...。

これまでROM専でしたが初めて投稿します。

基本的なことですみません。
現在議論されておりますが、今枝ブログの『戦略』について、私にはその真意が全く推測すらつきません。以下の点、皆さんのお考えをお聞きできればと思います。

“酬荼紊妨犠年に接見したことについて、金曜日収録の『たかじん〜』では言及せずに日曜日生放送の『サンジャポ』で明らかにした理由。(その時期選択の理由。)

橋元弁護士への告訴を取り下げると明言しつつ、その手続きはまだ行わない理由。

(どうでもよいですが)ご自身の著書にサインを求められ、サインをしている今枝弁護士の姿を見て、一番悲しむのは誰なのか?悲しむ人がいるのなら、なぜサインを断らないのか?

できるだけ、好意的に推測しようと思ってはいるのですが、正直言って最近の今枝ブログの内容は理解しかねます。
TVで泣くかもしれないことも精査済みなのでしょうか?少なくとも、サンジャポで泣いたことについては、ご自身『大失態』と言われておりますよね。大失態を犯してしまうかもしれないことも含めて考察を重ねておられるの?大失態はあくまで大失態であると思うのですが。

よく解りません。

はりーさん

今枝弁護士がブログでいろいろいってますが、それは後付でどうとでもいえるものですよね。反応が出揃ったところで「本当はこう思っていたんです」とかいわれても。「辛坊たまらんもっと言っても委員会」での今枝弁護士はどうみても辛坊氏の手玉に取られ、彼らの欲しい言葉を言っているように思いましたが、それも戦略だといわれても。そもそもそういうことを「今」言うべきなのかなと思います。今枝氏の「戦略」というのがマクガフィンみたいに思えてきてしまいます。
ちなみにサインについては氏のブログに以下のような記述がありました。

彼や、彼女らは、僕がそれで喜んでいると本気で思っているようです。

サインは別に著者が喜ぶと思って頼むのではなく、単に自分のためというか、記念というか、そういう意味合いで求める場合がほとんどではないでしょうか。少なくとも私は著者を喜ばせようと思って求めたことはありません。そういうところからも「独りよがり」感が漂ってきますね氏の文章には。

>No.63 とおりすがりですさん
ご返信遅くなりました。その趣旨であれば、私にも異論はありません。
一時期、国民主権国家の「民意」なのだから弁護の手法(或いは裁判結果も何もかも)は、「世間の声」に逆らってはならない的なコメントが少なからず見受けられたもので、それらと混同してしまいました。申し訳ありません。

ただ、一つこれも合わせて考えないといけないよなぁと思うのは、例えば刑期を終え(更生を果たし、と言い換えたいところですが必ずしもそうとはいえないのが困ったところです)社会に復帰した「前科もの」を、今度は社会の側が受け入れられるか、受け止められるか、ということが問題になるのではないでしょうか。
社会に戻って経済基盤、生活基盤が安定的に築ければいいのですが、それは社会の側の懐深さによるところがたいへんに大きいはずです。「前科者なんか雇えない」「部屋を貸すなんてマッピラご免」「信用ならない」云々と、問答無用で排除されてしまったら、場合によっては再び犯罪に手を染めざるを得なくなることもあるのではないかと。
まぁ私はこの点についてはNiMBYに限りなく近いわけで、あまり大層なことは言えませんけども、こういう私のような気持ちを抱いている人間を「改心」させられるだけの制度的保障とか、メンタル・トレーニング(まぁ言ってみりゃ社会教育ですかね)なんかも、無策でいていいことじゃあないと思います。

やろうとすれば必ずや予算措置が必要なわけで、その財源手当をどうしよう、優先順位をどうするのよって話には絶対になるのでしょうけども。

河合さん

今の時点、この『「戦略を練っているのだ」ということを開示した戦略(?)』は、確かにマクガフィン以上のものではないでしょうね。
それを推測すること自体、あまり意味がないのかもしれません。ただただ今枝弁護士のこれからの発言・行動をウォッチングすることだけでしょうかね。

私たちのこのような反応も想定内のこと?
そう考えるとこの件に関しての議論自体が不毛というか、常に疑心暗鬼に駆られて『もういいや』って感覚になっちゃいます。
外部からの議論を不毛なものにさせるための戦略か?

本当によく解りません。

No.68 はりーさん
私の今の理解はこんな感じですかね。
,錣りません。
ただ、今枝さんの意図は「誤解されている真の被告人像」を本村さんや社会に理解してもらいたい。そして自分の言葉に耳を傾けてもらうためには、訴えの取り下げ等によって、バイアスを排除する必要がある、と考えた、と個人的には推測しています。
「橋下さんには懲戒扇動は間違っていた、と言うことははっきりと、明言してもらってから取り下げたい。敗訴しただけでは世間は理解しないだろう」、と考えた。
Cでしょう?本村さん?被告人?
今枝さんに好意を持って本を買い、サインを求めた人が、あのように嘲られるようなことを書かれて、どう感じるかは想像できますが、私は想像力がないので一番悲しむ人が誰かは分かりません。

はりーさん

どうも今枝弁護士は良くも悪くもヒロイズム的な部分が多々みうけられる人物だと思います。大衆の中へあえて「溶け込む」ことによって、「世論誘導」をはかろうという「獅子身中の虫」作戦というか、あえて誤解を恐れずに弁護団批判をすることによって世論の目を自分に集中させ、粛々と上告対策をとってもらうためなのか、あえて火中の栗を拾いに行っているというのか…まあいずれにしても、「俺がやらねば誰がやる」という使命感(=ヒロイズム)にのっとってるのは間違いないでしょうね。
泣いた赤鬼じゃないですが、本当に戦略なら黙ってやれよ、というわけで、新しいエントリー「人間の想像力の限界」もなんだか妙に「お前らには高邁な俺の考えがわからねえだろ」みたいな印象を受けてしまい、偽悪的を狙っているんでしょうが、単なるヤな奴という風に読めてしまいました。

たぶん(3)については、被告人と本村さんというのが正解だろうと勝手に思いますが、そうはいっても、前述の通り、個人的には「作者を喜ばせようと思って」サインを求めているであろうという推測自体に疑問符が付くと私は思うので、そんなことをかかれると結局のところ、被告人も本村さんもサインを求めた人もみながみな傷つくだけではないかと。

流れを読まずに書きますが・・・
今枝弁護士のブログみて不愉快な気持ちです。
(昨日みてなくてよかった。休日を嫌な気分で過すところだった)

「如何に自分が熟慮したか」「どれだけ努力したか」等言い訳はズラズラと並べていますが、結局何も「理由について語っていない」のは同じです。
→本来ならばこんな事書く必要なんてありません。
→自らが愚弄されたような気持ちで「言い訳」を書いたのでしょう。

で、結局意図を想像できないのは「バカ」としているだけですね。

別に、媚びたり、取り入ろうという考えではないし、分かる人には分かるであろう、誤解する人は所詮その人の尺度の問題と、思っています。
わかり始めている人の多くは、多くの人に理解されないような不幸を背負っている人、宗教者(のごく一部)、まわりの人から孤立している人、病人、本当にすごい人、などのようです。

それぞれの職業上の立場があり、それぞれ努力しているなんて事は当たり前のことであり、まるで「悟りを開いた」如き言い方は正直ヘドが出そうです。
職業上の努力と行為・結果について分けて評価できていない気がします。

今枝弁護士への批判は元の弁護人としての職責上ではなく、それを超えた行為に対して行っているのです。(その戦略も範囲に入ります)

それを自分の意見を理解しない人は、「幸せな人」であり「すごくない人(バカと同義か?)」と逆レッテルを貼る。全く真理を理解しているとは思えない。
逆に批判している人に対して「想像力が不足」しているのでしょう。

今枝弁護士は「当事者のプレッシャーは想像を絶する(メールで確認)」そうですが、根本的に認識違いがあると思う。今枝弁護士は「自ら判断、決定した行為による批判」です。端的にいうと「自ら招いた」結果です。
自らではどうしよもない批判や重荷、障害を受けてしまった人と根本的に違うと私は言いたい。

今枝弁護士を信じる人は裏切られます。その事を覚悟したほうがよいでしょう。
→私は今までの経緯上、弁護士として今枝弁護士を信じる事はできません。(性情を否定しているのではない)
→このような意見でるのも戦略のうちでしょう><

>普通の人さん

私はメール等でも今枝弁護士に直接抗議していますが、まず、一介のサラリーマンの言うことは響かないことは明白でかつこのような批判が出ることも予測していたらしいので公に批判してます。
(彼曰く戦略のうちでしょう・・・・本当かよ!)
→今彼が言おうとしている事は、当ブログでも散々言い尽くされたことであり、何をいまさらです。

>No.55 とおりすがりですさん

私は散々その部分を考慮して発言しろという意見を言ってきました。
それを現段階で改心し、結局のところ弁護団を窮地に立たせることにしかなっていない現在の行為を批判してます。

今枝弁護士への批判が続いていますね。
「理解を求める」という表現を今枝弁護士が用いていた事を以って、彼への批判の理由にされている方もおられるようですが、これは少し違うかな?という気がします。
「理解を求める」というのは何も自分に加担しろという意味ではなく、下世話な言い方をすれば「少なくとも敵対者にはなってくれるな」との意味だと思います。ですから、彼の謂わんとする処から一歩進んで加担したのであれば、それはあくまでも加担した者が積極的に選択したものであり、その結果自らが求めたものと違ってきたとしても、その責を「理解を求める」と発した者に転嫁するのは、私からすると「ウ〜ン、ちょっと違うような」です。

今枝弁護士が提訴を取り下げた真意が何処にあるのか?は結局のところ他人には判りません。
ただ1つ知っておいて頂きたいのは、弁護士は個人経営者だという事です。これは我が家が過去2度ほどお世話になった弁護士の謂わば冗談めかした口癖でもあるのですが、弁護士というのはボランティア稼業ではなく口を養っていく為のものでもあるという事を念頭におくべきだと考えます。
中坊氏は著作の中で「駆け出しの弁護士が世間が注目する裁判で負けたとなれば、これからの生活に大きく影響が出る・・・と考えて」(正確な文言ではありませんが大方の主旨はこのようなもの)と回顧録で述べています。この言葉は中坊氏が弁護士と大成した後だから公に出来た言葉なのではないでしょうか?
「負けの公算が大きくなった」これが提訴取り下げの1つの要因だとしたら誰も「それでも尚」とは言えないのではないですか?
敢えて「それでも」を主張をするなら、今枝氏の今後の生活をも一緒に背負う位でないと意味ないと思いますが。

>No.75 大学生の母さん

「理解を求める」事に対して批判している人は私には見えません。
「理解を求める」事を「」にしていることが批判の対象になっているんだと思いますが・・・

2ちゃんねる見ても「マトモな感覚ならば安田弁護士のみたいなキ○ガイではやっていけなかったんだろう」みたいな意見が多いです。
裏でやればよいことでしょう。これが仮に弁護団が方針転換しても「それみたことか」「今更遅い。改心?したなんて圧力に屈しただけで本心ではない」などマトモに評価してくれないでしょう。

今枝氏の今後の生活をも一緒に背負う位でないと意味ないと思いますが。

何故でしょうか?元々懲戒請求訴訟ページや自らのブログで世間に理解を求めておいて、理由定かではなく訴訟を取り下げる行為を「その人の生活」を背負わないと批判できないとは?
最初から秘密裏に訴訟を進めていればよかったんじゃないですか?

公になっている事実に対して、その理由を問う事や批判が何故そこまでの話なのか理解できません。それでは全ての批判は、批判対象の「生活を背負う」事が必要ですね。(貴方も同様でしょう)
※批判の批判は当然あるものだと思います。

No.75 大学生の母さん

「理解を求める」という表現を今枝弁護士が用いていた事を以って、彼への批判の理由にされている方もおられるようですが、・・・

これは具体的に今枝弁護士のどのような発言部分でしょうか?
少なくとも最近の今枝弁護士のブログでの発言は、

しかし、ほとんどすべてのみなさんは、僕が今、なんのために行動しているのか、分かっていません。

というスタンスであって、理解を求めているようには感じられません。

 最近の今枝辯護士の“変節”は、簡単に言うと「大衆慰撫」
「刑事辯護理解の為の懐柔」みたいなもんじゃないかと
思っていました。自分が人身御供になることでの。
 でも最新のトピックを見て何だかなと思いました。

 「自分の考えが別の高いところにある」ってことを書く必要が
あったんでしょうかね。

 「他人が思ってるより冷静」って書いてますけど、それなら「今枝を
切らないと君は死刑になるって安田が吹き込んだからクビになった」
みたいなエントリーも冷静に書いたのか、冷静だったなら何で後で
消したのか、みたいな批判もでてきます。

 書籍にしても、blogにしても、読んだ人の感想が全てなんであって、
誤読も含めて「表現活動」でしょう。(誤読に対する責任はともかく。)
文藝作品ならともかく、論説について「お前は誤読している」というなら
どこをどう誤読してるか指摘すればいい気がするんですが……。


 「お前が理解してないところで俺はちゃんと考えてるから大丈夫」みたいな
意見表明が、果たしてその権謀術数に必要だったのかなあ、と。

惰眠さん>>社会に戻って経済基盤、生活基盤が安定的に築ければいいのですが、それは社会の側の懐深さによるところがたいへんに大きいはずです。

まさにそのとおりだと思います。
被害者と被告人の乖離が少しでも近くなれば(現在における当事者主義の改革とでもいいましょうか)かかる基盤の構築は多少なりとも前に進むのかもしれません。
この視点から今枝先生の行動を見ると全く意味不明、無意味、悪とはいえないとも感じられます。すでに、本件という事象から大きなところに目標を持っていっているものと感じられます。

もう一つ、社会基盤として、その対象として1番手を付けやすいのはどこでしょうかね?(すれ違いかもしれません)
私は、個人的には受け入れる側としては、司法関係、マスコミ関係、教育関係がその対象として近いものであるかもしれないと考えています(言いっぱなしですので。スルーしてもらって結構です。)。

>No.77 はりーさん

なるほど。「理解を求める」はそちらの方ですね。
敵対者を増やしたくなければ、ちゃんとした説明を願いたいです。

>ミ ´Å`彡さん

そうなんですよね。

>「お前が理解してないところで俺はちゃんと考えてるから大丈夫」みたいな

私もこういう風に彼が記述するのを読むと単に不遜だなという感想以外もてませんでした。ネタばらしはいつでもできるのであって、別段「全てが終わった後」でも問題はないはずです。妙なほのめかしだけでは、嫌な気になる人も多いと思うんですがねえ。

>No.76 カツビン様
>>「理解を求める」という表現を今枝弁護士が用いていた事を以って、彼への批判の理由にされている
>「理解を求める」事に対して批判している人は私には見えません。

何やら議論が噛み合っていないような。。。。
私の言い方も悪かったですが、私が言いたかった事は「理解を求める」事に対して批判するのは違うよ・・・ではなく、今枝氏が懲戒請求者を提訴した事を支持し、当ブログにおいても今枝弁護士を擁護・応援するコメントを残し→謂わば参戦した方が、「取り残され残念」と感想を述べるのは良いとしても、だからと言ってそれを理由に(当事者・他に係わらず)彼を批判するのは「違うんじゃないの?」・・・という事です。

2ちゃんねる見ても「マトモな感覚ならば安田弁護士のみたいなキ○ガイではやっていけなかったんだろう」みたいな意見が多いです。

弁護士なら誰でも避けて通りたいような事件を弁護され、立派な方だと思いますが。
国選弁護人制度は引き受け手(契約弁護士)の弁護士がいて初めて成り立つ制度で引き受けてくれる弁護士がいなければ、いつまで経っても公判に入れない事をも理解出来ないような者が、このような馬鹿な事を「2ちゃんねる」に書き込むのでしょう。

何故でしょうか?元々懲戒請求訴訟ページや自らのブログで世間に理解を求めておいて、理由定かではなく訴訟を取り下げる行為を「その人の生活」を背負わないと批判できないとは?

今枝弁護士はきちんと彼なりの理由をブログ内で述べていた筈ですが。人を批判する事に正当性を持たせるには、それなりの理由が必要になる筈です。批判される行為が「生きる為」ならば、「人が生活していく」を否定するには、それに上回る理由を付けなれば、それは単なる悪口で終わってしまいます。これは懲戒請求者に対し、理由を求める事にも通じる話でもあると思います。

>大学生の母さん

「負けの公算が大きくなった」これが提訴取り下げの1つの要因だとしたら誰も「それでも尚」とは言えないのではないですか?

文脈上、大学生の母さんはどうも今枝弁護士が提訴を取り下げるという発言をしたことを、経済的な理由と負けの公算が大きいことであるとしているようですが、私としてはなにを前提にそのような「断定」とも取れることをおっしゃられるのかわかりません。個人的には「負けの公算が大きい」とは思えない、というのもありますが。
前提条件としてあげていらっしゃるのが「個人的な推測」でしかない以上、そこをもって「今枝弁護士批判」への批判としても、それは論として自立するのはいささか難しいように思えますがいかがでしょうか。

>No.83 河合様

文脈上、大学生の母さんはどうも今枝弁護士が提訴を取り下げるという発言をしたことを、経済的な理由と負けの公算が大きいことであるとしているようですが、私としてはなにを前提にそのような「断定」とも取れることをおっしゃられるのかわかりません。

私は断定などしておりません。
No.75において
>>今枝弁護士が提訴を取り下げた真意が何処にあるのか?は結局のところ他人には判りません。<<
と述べています。

他の方も含めて逆に伺いますが、もし今枝弁護士が今回の取り下げの理由を
「今回の件を理由にクライアントが次々に逃げて行った。弁護士としての生活を成り立たせる為に仕方なく提訴を取り下げた」とコメントをしたとしたら、それでも批判する方はいらっしゃいますか?
人は誰でも好きな職業につき、自分の望む生活を求める権利を持っています。それを否定する権利は我々にはない・・・という事が言いたかったのですが。

大学生の母さん

いえですから

他の方も含めて逆に伺いますが、もし今枝弁護士が今回の取り下げの理由を 「今回の件を理由にクライアントが次々に逃げて行った。弁護士としての生活を成り立たせる為に仕方なく提訴を取り下げた」とコメントをしたとしたら、それでも批判する方はいらっしゃいますか?

この部分が既に大学生の母さんの推測に過ぎないわけですよね?推測や憶測に過ぎないこと(それも確固たるなにか根拠、例えば今枝弁護士の周辺の方がそう話していたとか)を前提に「どうする」といわれても、それはこたえようがない、としか言いようがありません。そういうことを察しろというのならば、そういうエントリーは今枝弁護士のブログにはにおわされてもいませんし。氏は「戦略上」と称しており、「戦略」と「経済状況」とに一致をみることは正直難があるといわざるをえません。それこそ勝手に他人の懐事情を考えること自体、失礼ながら私なぞは今枝弁護士への礼節を欠く行為ではないか、とすら考えます。

>No.82 大学生の母さん

No.80で取り違いを説明したつもりでしたが・・・・

(当事者・他に係わらず)彼を批判するのは「違うんじゃないの?」
その「行為」を支持していた人がその行為を放棄したことに対して批判するのはごく普通の事だと思いますが?

※その「人物」を支持していたわけではない

いつまで経っても公判に入れない事をも理解出来ないような者が、このような馬鹿な事
これまでの今枝弁護士の発言で更に「際立った」ということでしょう。
「人が生活していく」

この一連の行動が今枝弁護士の経済的理由によるものと解釈してますか?私は違うと思ってます。

---------私の解釈------
あのような判決が出てしまった後では法律審である最高裁で覆すことは困難である。
であれば、被害者遺族の心を懐柔し意見陳述(あるいは公に発表)してもらうのが被告人を救い、被害者遺族の心を救うことになる。
※懲戒請求訴訟も同様
であれば今枝弁護士が「同僚」達の批判を一手に引き受け、世間に居る知識の浅い人達含め賛同を得、その上で弁護団が方針転換することで「被告人の本心」を公表することが戦術上有効と考えた。
→イキナリ方針転換するのは正に「懲戒請求」モノと考え、世間の声に押されやっと理解したことにしたい。
-----------------------

私は一応ここまで解釈して批判を展開してます。
(合致しているか判りませんが・・・)

>No.82 大学生の母さん
恐らく私などもご指摘の範疇に含まれると感じましたので、私の考え方を申し上げておきます。

そもそも論になるのですが、私は当初から「今枝氏個人」を応援してはいません。かつ、裁判所に原告主張が退けられる可能性も考慮に入れれば、公訴提起することが良かったのかどうかについても懐疑的でした。
彼の訴訟が「刑事弁護システムに向けられた不当な攻撃に反撃し、業務の正当性を法律的に確認する」意味合いを持っていたから、その論理構造を支持していただけのことです。

しかし、公訴を提起してしまった以上は、勝ってもらわなくては困るのです。
なぜと言うに、この問題は、取り立てて裁判に詳しいわけでも法律判断の論理構造にも詳しいわけでもない『刑事弁護に対する理解を欠いたまま攻撃をし続ける人たち』へのアピールの意味合いがあるからです。
そういう人たちにとって原告が敗訴すること、または原告が訴訟を取り下げることがどのような意味合いをもつのか。「やっぱり橋下先生の言うことが正しいじゃないか」という『理解』を後押しすることにしかならないのではないか。

つまり、そういう間違った『理解』が広まり補強されることを押しとどめるため多くの人が論陣張っている中にあって、「局地戦」ではあっても一つの具体的事例、あるいは象徴であった対「橋下扇動」戦線を放棄し、のみならずあろうことか「誤解に基づく攻撃をしている側の言い分にも一定の理がある」などと不戦敗宣言を出した今枝氏の言動は凡そ容認し得ないのです。

『取り残された』から文句を言っているとお感じなのでしたら、違います。元々彼個人の応援団ではありませんので。「同じ敵」に向き合っていた人物が戦闘継続中に『敵全逃亡』し『利敵行為』を行ったから非難しているのです。
公訴提起したこと自体にそもそも疑問符がつくというのに、それを途中で投げ出すことが「裁判や法律に特に詳しくない普通の人」の目にどう映るか、あまりにも考えがなさ過ぎです。

まあ、訴訟当事者ではなくなったのでテレビ出演のハードルは下がったでしょうね。

>No.85 河合様

この部分が既に大学生の母さんの推測に過ぎないわけですよね?

今までの批判コメントも結局のところ、憶測の上に成り立っていると思いますが。
人がある行動を起こした真の理由は本人にしか判らず、時としてその本人にさえ判らない事もあります。
しかし、クライアント云々は安田弁護士の公演記録や元オウムの弁護士だった遠藤弁護士、北村弁護士の話を聞くにつけ「このような事は良くある話」であり、今村弁護士がそのような状況におかれた事は可能性としては充分あると思っています。

それこそ勝手に他人の懐事情を考えること自体、失礼ながら私なぞは今枝弁護士への礼節を欠く行為ではないか、とすら考えます。

今枝弁護士に限らず、刑事事件を担当する弁護士全般に言えることだと思いますが。「自らが弁護士として望む生活」と懐具合が必ずしもリンクするとは限らず、クライアントが減る=収入が減るではなく、クライアントが減る≒収入が減るではないかと。
また刑事事件を担当する弁護士の懐具合を議論してはいけないのであれば、国選弁護人に対する報酬についても議論出来ない事になります。

余談ですが、今枝弁護士への批判ご意見の多さを拝見しますと、福島大野病院裁判で検察側鑑定医産婦人科教授の鑑定を多くの他科医師が批判している構図によく似ているような気がしました。

もう少し観察してみませんか?
「言うは易く行うは難し」とは言いえたもので、刑事弁護もまさにその渦中にあるものと認識しています。
今枝先生の行動は本当に易しの行動であるのか、難しの行動であるのか、その目指されるところが人というものの本心に(塊である社会といってもいいかもしれません)あるとすれば、極めて多大な困難が待っていることでしょう。
ここでの、さまざまな議論はその一端を垣間見れる絶好の場ともいえます。私自身、いろいろと勉強になる思いです。
今枝先生はさまざまな場所で何かを掴み、それを試そうとしているとも思えます。私としては、今枝先生の行動に対するここの議論に現れている心情意見等が今枝先生のみならず私たちにとってもひとつの貴重な経験であると思います。

もっと、感情を吐露してぶつかっていくことも大事であると思いました。

今までの批判コメントも結局のところ、憶測の上に成り立っていると思いますが。 人がある行動を起こした真の理由は本人にしか判らず、時としてその本人にさえ判らない事もあります。

例えば同じ「憶測」の上に成り立っているとはいっても、今枝弁護士のブログ上の「言葉」「表現」を根拠にしているのと、大学生の母さんのように「こういったものであるかもしれない」という根拠のない「憶測」(少なくとも現時点では他の弁護士さんがこうだという言わば一般論が根拠で、明確に「今枝弁護士が経済的に困窮している」ないし「仕事が減っている」ということについての根拠は提示いただいておりません)では依拠するところがまったく違うと思います。

時としてその本人にさえ判らない事もあります。

でしたら「経済的な理由かもしれない」などと根拠ない憶測をかかれるのはおやめになったほうがいいと思います。第一、「仕事が減ったかもしれない」などというのは、今枝弁護士に対して失礼です。

>No.86 カツビン様

その「行為」を支持していた人がその行為を放棄したことに対して批判するのはごく普通の事だと思いますが?

どうしてですか?
批判出来るのは批判されるだけの理由がなければおかしいですよね?
「放棄」と仰いますが、訴訟取り下げも原告に与えられた権利の一部だと思いますが。
「提訴したら必ず法廷に持ち込まなければならない」などいう決まりは日本にはありません。提訴を示談交渉の一手段として用いる場合もあります。先に昼寝様がご提示下さってますが。

>No.87 惰眠様

しかし、公訴を提起してしまった以上は、勝ってもらわなくては困るのです。

それはあくまで惰眠様 の思いであって、他人の行動を縛る何をもって惰眠様はそう仰られるのでしょうか?
私は今回懲戒請求を出した者に対する提訴を仕掛けた事に拠って、
懲戒請求をすれば
1.弁護士会から色々突っ込まれる
2.時として弁護士から提訴される公算が大きい
これを世間に充分知らしめる結果になり、目的は達したのではないかと思います。
我が家は過去2度ほど弁護士さんにお世話になりましたが、一般人が提訴をするにしても受けるにしても、それだけで多大なエネルギーを使うもので、一般人には出来れば避けて通りたいものです。これより後は気軽に懲戒請求を出す者は減少すると思います。逆にある覚悟を持って臨む事は、制度として存在している以上決して悪い事だとも思いません。

>No.91 河合様

第一、「仕事が減ったかもしれない」などというのは、今枝弁護士に対して失礼です。

事実仕事が減っていないのに減ったと断言する事は確かに失礼でしょうが、可能性があると言っているだけで、何故失礼になるのかが理解出来ません。
河合様が経済的な事を斟酌する事が失礼と感じておられ、それを支持する方が多いのであれば、それは「金がない事は恥」との観念に立っておられるからではありませんか?
ならば、それを多くの人が公にしない事にも思いが至る筈なのですが。。。

 なんか、今枝仁弁護士に踊らされている、スレですね。

 今枝ブルグも意味深の記述を残し、反応、意見をリサーチしているように思えてなりません。

 擁護派が本当の擁護派か、批判派がどのような批判をするのか・・・。

 たしか、このブログも常時、チェックされているようですし。
 どこで覚えちゃったんでしょう(笑)。

>No.92 大学生の母さん

他人の行動を縛る何をもって惰眠様はそう仰られるのでしょうか?

何を以ってかと言えば、その職制・立場にある人物が起こした行動が『世間』に与える影響、ですね。判例も形成しますし。
当該職が社会に対して負っている責任、と言い換えてもいいかもしれません。今枝氏が橋下懲戒請求騒動の当事者の一人でなかったならば「どうぞご自由に」ですが。

同一の行動を取ったとしても、その人物の社会的ポジションによって、行動の意味合いの重さは異なりますから。
例えば酒気帯び運転に対する非難の度合いでも、それをやったのが二十歳そこそこの大学生なのと、現職警察官なのとでは、或いは議員や行政職員なのとでは、社会的影響度が大きく異なるようなものです。

No.92“大学生の母さん”さん

 私の誤解があるかもしれませんが、投稿します。
「懲戒請求扇動問題」訴訟の有する意義は、単に原告個人の利害得失を超えたところにあります。
 弁護士の方が原告代理人に就任するに当たって、
「原告のためにではなく、刑事弁護制度を守るために引き受けるのだ。」
と説明なさっていた、と少なくとも私は仄聞しております。

今枝氏は色々と戦略を練ってるみたいですね。

確かに世論を敵に回す事が良策とは思わないけど、なぜ世論がそうなのかをもっと考えた方が良いような気もしますね。

メディアに影響された人がいない訳ではないでしょうが、やはり2人殺された事そのものに対して極刑にすべきだろ?という感情があると思うのです。ましてや赤ちゃんまで殺したのですから。

一、二審でいくら土下座弁護しても無期刑では納得出来なかったのではないでしょうかね。土下座する相手が違うでしょ!ってのもあるんですよね。被害者や被害者遺族に対して被告と一緒に土下座というかこれ以上ない程の誠意で接するべきだと思うのです。

本村氏に対し誠意ある態度がもっとあれば、ここまでバッシングは無かったのではと思います。私はその世論の中の一人ではありますが被害者遺族に対する誠意があり、ある程度の成果があれば世論は極端な方向にはいかないと考えてます。救うべきは第一に被害者の関係者であり、被害者関係者に対する誠意や反省などが不誠実と見なされれば世論は動くのだと思います。

世論の理解を得る事は重要でしょうが、反発くらってから考えていては後手後手になるだけです。被害者遺族は何を求め、何を知りたいのかを見極め、世論を気にするのではなく、被害者遺族と被告の間に立った刑事弁護ならばと思うのですが・・・

今枝氏の戦略がどのようなものかはまだ分かりませんが、刑事弁護の発展になれば言う事はありませんけどね。

>No.95 惰眠様

当該職が社会に対して負っている責任、と言い換えてもいいかもしれません。今枝氏が橋下懲戒請求騒動の当事者の一人でなかったならば「どうぞご自由に」ですが。

そのような責任は何時発生したのでしょうか?
今枝氏は自らに降りかかった火の粉を払うが為に懲戒請求をした者を提訴したに過ぎません。
勿論、理由の1つに惰眠様が提示された『刑事弁護に対する理解を欠いたまま攻撃をし続ける人たち』へのアピールもあったでしょう。
「もう、これで充分だろう」と判断する権利は彼のみが行使出来るもので、その判断を縛るような責任が発生したとは私には到底思えません。

例え裁判が進み勝訴したところで、『刑事弁護に対する理解を欠いたまま攻撃をし続ける人たち』がゼロになる事はないでしょう。
何故かと言えば、この手の多くの人は事件の概要さえ知らず批判を続けている者たちが多いからです。私が掲示板でやりとりした時には短い時間に4〜5人が元少年が事件当時18歳以上であった事さえ知らなかったのですよ。この手の人たちには例え裁判で勝訴しても「判決を下した判事が左寄りだった」チャンチャンで終わります。

No.90 とおりすがりですさん

「様子を見ては」というお言葉から、ある程度継続的にここで議論される意思があるとお見受けしました。
もし、通りすがりでなく今後もこのブログで議論に参加されるおつもりでしたら、識別の容易な独自ハンドルを設定することをお勧めします。「改名する」と一言表明すれば済みますのでご検討ください。

懲戒請求騒動かまびすしかった頃、「名無し」とか「通りすがり」とか「一般人」といった捨てハンの煽りが急増して議論が混乱したことがあり、腰を据えた議論を望むモトケンさんが「アイデンティティの希薄なハンドル」を自粛するよう要望したことがあったのです。

No.97 ゲンさん

弁護側から世論への配慮は必須だとは思いませんが、今後は必要に迫られる場合があるでしょう(特に有名事件においては)。特に本村氏のように「声の大きな遺族」が存在する場合には、カウンターパートとしての広報対策は不可欠になるでしょう。そして被害者と遺族への配慮は(被告人の利益を損ねない範囲で)もちろん必要です。これらの点で今回の弁護団はドがつく下手だったと言わざるをえません。その上に、今までの裁判での配慮不足に対する反動が一気に揺り戻しとなって弁護団を襲ったのだと思います。

ただ、メディアの存在に関しては一言申し上げたい。
世間では、BPOの指摘に対して「俺たちはメディアに踊らされるような馬鹿じゃねえ!」という反発がままあるようです。しかし、BPOが本当に指摘したかったのは、メディアが世論を煽ったというよりは、メディアの報じ方に多面性と深さが欠落していた点ではないかと思います。
放送法に明記されている通り、メディアは争点がある問題についてはできるだけ多くの視点から検証し報じなければなりません。しかし、今回の裁判に関しては各局とも「本村氏の視点」を唯一のものと見なし、被告人の視点・弁護団の視点・検察の視点・裁判所の視点などから多角的に冷静に検証することを怠ったということです。
本村氏の立ち位置が最も視聴者ウケが良いので無理からぬことではあるのですが、本村氏に感情移入して「被告人に死を!」「弁護団に懲罰を!」と叫ぶだけなら茶の間の素人にもできます。メディアが本当になすべきは、本村氏が判決後の記者会見で語った通り「なぜこのような事件が起こったのか」「このような事件を二度と起こさないためにはどうすればいいのか」などについても深く考えることだったのではないでしょうか。少なくともこの二点は、被告人と弁護団をバッシングするだけでは絶対に見えてきません。そして、この二点は判決文においても充分に考察されているとは言えません。私は死刑判決に異論はありませんが、その点は残念だと思っています。

No.90 とおりすがりですさん

「様子を見ては」というお言葉から、ある程度継続的にここで議論される意思があるとお見受けしました。
もし、通りすがりでなく今後もこのブログで議論に参加されるおつもりでしたら、識別の容易な独自ハンドルを設定することをお勧めします。「改名する」と一言表明すれば済みますのでご検討ください。

懲戒請求騒動かまびすしかった頃、「名無し」とか「通りすがり」とか「一般人」といった捨てハンの煽りが急増して議論が混乱したことがあり、腰を据えた議論を望むモトケンさんが「アイデンティティの希薄なハンドル」を自粛するよう要望したことがあったのです。

No.97 ゲンさん

弁護側から世論への配慮は必須だとは思いませんが、今後は必要に迫られる場合があるでしょう(特に有名事件においては)。特に本村氏のように「声の大きな遺族」が存在する場合には、カウンターパートとしての広報対策は不可欠になるでしょう。そして被害者と遺族への配慮は(被告人の利益を損ねない範囲で)もちろん必要です。これらの点で今回の弁護団はドがつく下手だったと言わざるをえません。その上に、今までの裁判での配慮不足に対する反動が一気に揺り戻しとなって弁護団を襲ったのだと思います。

ただ、メディアの存在に関しては一言申し上げたい。
世間では、BPOの指摘に対して「俺たちはメディアに踊らされるような馬鹿じゃねえ!」という反発がままあるようです。しかし、BPOが本当に指摘したかったのは、メディアが世論を煽ったというよりは、メディアの報じ方に多面性と深さが欠落していた点ではないかと思います。
放送法に明記されている通り、メディアは争点がある問題についてはできるだけ多くの視点から検証し報じなければなりません。しかし、今回の裁判に関しては各局とも「本村氏の視点」を唯一のものと見なし、被告人の視点・弁護団の視点・検察の視点・裁判所の視点などから多角的に冷静に検証することを怠ったということです。
本村氏の立ち位置が最も視聴者ウケが良いので無理からぬことではあるのですが、本村氏に感情移入して「被告人に死を!」「弁護団に懲罰を!」と叫ぶだけなら茶の間の素人にもできます。メディアが本当になすべきは、本村氏が判決後の記者会見で語った通り「なぜこのような事件が起こったのか」「このような事件を二度と起こさないためにはどうすればいいのか」などについても深く考えることだったのではないでしょうか。少なくともこの二点は、被告人と弁護団をバッシングするだけでは絶対に見えてきません。そして、この二点は判決文においても充分に考察されているとは言えません。私は死刑判決に異論はありませんが、その点は残念だと思っています。

>No.98 大学生の母さん

そのような責任は何時発生

その社会的ポジションを得たときから、です。人間、社会的存在である以上は、そのポジションに応じて何らかの責任が生じます。
今枝氏は自らに降りかかった火の粉を払うが為に懲戒請求をした者を提訴したに過ぎなかった(個人的な出来事)との仮定を是としても、そのことは社会的効果(公的な意味づけ)を発生させないわけには行きません。だからこそ「社会的地位」とか「社会的責任」と言うことが取りざたされるのです。

不謹慎な喩えですが、こういうケースを考えてみてください。
DPRKの拉致問題で、直接利害関係のない人も含めてDPRKに対する行動が様々行われています。さて、こうした中で仮に、拉致被害者の家族の一人が「拉致した側にも一定の理由があることが理解できた」などと公言し、「被害は個人的なことに留まるから」として拉致被害者返還運動から撤退します、政府に提出した要望書も撤回します、なんてことをした場合、どうでしょうか。
運動全体に与える影響、DPRKを利することの危険性、そういう視点から当然非難が浴びせられることになるとは思いませんか。

いったん行動を起こしてしまった以上は、降りるに降りられない事態を招くことだってありうるのです。

例え裁判が進み勝訴したところで、『刑事弁護に対する理解を欠いたまま攻撃をし続ける人たち』がゼロになる事はないでしょう。
もちろんその通りです。 でも、その極論は意味がありません。「たとえ犯罪者に有罪判決を下し続けたとしても、犯罪そのものがゼロになることはない」からといって、犯罪者を検挙すること、それらを起訴し有罪判決を下すことをやめてしまっていい・・・とはならないのと同じことです。 ましてや警察当局の当事者が「取り締まっても効果ないから、俺、もう取り締まりやめるわ」なんてことを公言するなんてことは、あってはならないんじゃないでしょうか。

前にもどこかに書きましたが、私は別に今枝氏の人格や人間性を云々してるわけじゃありません。そんなものには興味もない、としたほうが適切でしょうか。まあ、思うところがないというわけではないですが、それ自体は私の氏に対するスタンスとは直接関係ないことですので・・・。

>No.98 大学生の母さん

 負けると橋下弁護士の扇動発言が正当化されるという点が問題なんですよ。

 他の原告は訴訟を維持するでしょうからうやむやになることはないと思いますが、今枝弁護士の取り下げが結果的であったとしても他の原告らに不利に働くことになれば、その一点において批判は免れないと思います。

 橋下弁護士が扇動発言において強調した世間の目と今枝弁護士が今考えなければならないと思っている世間の目はかなり違うもののように思われます。

 そうだとすると、私としても今枝弁護士には慎重かつ正確な発言を望みます。

みみみさん>>
これは大変失礼しました。
ついつい、結果的に継続的に現れることになってしまい、かといって、変えることもできずといった状況でした。申し訳ありません。

では、改名させていただきます。
どんなネームにしようか悩みますが、そうですねぇ、「kou」又は「たけ」で・・・・「たけ」にします。
以後、「たけ」でよろしくお願いします。

>No.98 大学生の母様
>そのような責任は何時発生したのでしょうか?
今枝氏は自らに降りかかった火の粉を払うが為に懲戒請求をした者を提訴したに過ぎません。

私なんぞが述べるのはおこがましいのですが・・・。
弁護士の先生方の使命として、基本的人権の擁護とか、社会正義の実現とかが確かあるんですよね、ですから弁護士免許を有する段階で、弁護士の先生方はそういった社会全体を見つめていく責務というか、使命が発生していると思うんですが・・・。
ですから、そういったところも踏まえて今枝弁護士が取ろうとしている姿勢は、語弊があるかもしれませんが、個人勝手すぎやしませんか?というふうにもなると思うんですが。
体調を崩されたとか、客観的にそれじゃー無理ないですね、という場合ならともかく。

No.101 惰眠様
NO104で惰眠様をさいおいて、横レスして申し訳ありませんでした。
私の駄文は忘れてください。

>No.101 惰眠様

交通違反者の例えといい、刑法犯の例えといい、「法を遵守しなかった」という批判されて当然との一般社会通念と
今回の今枝氏の提訴取り下げを一緒にする事事態に無理があります。
「社会的地位」とか「社会的責任」とかはある種の契約が存在してのみ発生するものと考えます。
そして、もし批判出来る者がいるとすれば、それはその契約者当事者ではないでしょうか?
繰り返しますが、人は自らが望む生活の為に行動する権利を有します。「批判するのは勝手でしょ」と言われれば確かにそうかも知れませんが、それこそ惰眠様のこのような行動は「注目される裁判の弁護士になれば火の粉を払う為の訴訟もままならない」に繋がるのではありませんか?
惰眠様の目指す社会はそれで宜しいのですか?

>No.102 モトケン様

負けると橋下弁護士の扇動発言が正当化されるという点が問題なんですよ。

これは解せませんです。
橋下弁護士の扇動発言が正当化されるのではなく、懲戒請求者の行動と橋下弁護士の発言には因果関係がなかった・・・事が証明されるに過ぎないと思います。
(でも常識的に考えて、そうはならず橋下弁護士にはかなり不利だと思います)

他の原告らに不利に働くことになれば、その一点において批判は免れないと思います。

「不利に働いた」をどのように立証するのでしょうか?

>No.106 大学生の母さん

 因果関係がないか扇動行為自体の違法性がないかは判決理由中の判断になります。
 しかし世間は、主文つまり結論だけ見ます。

>「不利に働いた」をどのように立証するのでしょうか?

 残った原告に対する判決の理由中で推測可能な場合が考えられます。
 原告が敗訴すれば、「不利に働いた」疑いが生じます。

 なお、今枝弁護士に損害賠償等の法的責任を問うという問題ではありませんから、立証される必要は必ずしもありません。
 立証されなくても批判の根拠にはなり得ます。
 敗訴しなくても敗訴の危険が増大したというだけで批判の根拠になりますよ。

 今回の訴訟は、個人的な銭金の問題じゃないというのが、私や多くの常連さんの共通認識です。
 今枝弁護士の提訴の動機・目的もそうだったはずです。
 
 橋下扇動発言には二つの要素があります。
 一つは、弁護団が世間の目というものをまったく無視しているということ
 二つ目、それに基づいて懲戒請求を扇動したということです。

 今枝弁護士は前者については理解を示しています。
 私もその点については共感するところがあります。

 しかし、だからといって後者つまり批判の域を超えて懲戒請求を扇動したことを正当化することはできません。
 後者の部分こそが刑事弁護全体に対する萎縮効果をもたらす恐れがあるからです。

>No.107 モトケン様
「大衆が言うから 」「疑いがあるから」
これを批判の正当性の理由とするならば、2ちゃんねるで元少年の弁護団を非難する者と何処に違いがあるのですか?

>No.106 大学生の母さん

今回の今枝氏の提訴取り下げを一緒にする事事態に無理があります。

反論なさるのであれば「無理があります」ではなく、何故無理があるのかを語ってください。
 なお、例え話で例示している部分「以外」を持ち出して「だから該当しない」というのは反論にならないことを念のために申し添えておきます。今回の例で言えば「例えに出しているのは刑法犯だが今枝氏のケースは民事の損賠だ」とか、そんなのは『例え話』への反論じゃありません。
 比喩の内部において、図式が破綻していることを指摘すること、または比喩されている事象と比喩の対称性の破れを指摘することが、こうした場合において「反論」として意味を成します。

社会的地位やそこから派生する社会的責任は、契約などなくても、単にその地位にあるということを以って望むと望まざるとに関わらず発生してしまうものです。倫理上の責任だとか同義上の責任、或いは政治責任なんて風に呼ばれるものは、ここに属するものです。
人は己の望む生活のために行動する権利をもちろん有していますが、それは社会に対する責任を放棄しても構わないというものではありません。立場立場によって、自由度は変化します。
私は寧ろ、社会的に影響力を及ぼしうる立場にいるような方が、勝手気ままに社会的責任を放棄してしまえるような世の中のあり方こそ余程おっかないと思いますけども。

いや、本人が放棄するのは止められませんよ、もちろん。
下痢が止まらないだか党内の求心力がなくなっただかで、いきなり政権を放り出しちゃった前内閣総理大臣もいるくらいですから。
しかし、そのような行動は「非難に値する」のです。公益性の高いポジションに身を置く人ほど、本人の意向に関わりなく、有形無形の責任が生じてしまうのです。

・・・ところで非常に素朴な疑問なのですが、何故そんなに今枝弁護士の行動が非難されていることがお気に召さないのでしょうか。

>No.108 大学生の母さん

 ここの常連さんと「2ちゃんねるで元少年の弁護団を非難する者」たちとは、刑事弁護というものに対する理解と懲戒扇動発言の影響についての認識が決定的に違います。

>大学生の母さん

一連の投稿をみて思ったのは、「懲戒請求訴訟ページの資料」「今枝弁護士のブログ」を通読したことないのではないだろうか?ということです。
※読んでいたら失礼しました

擁護するにしても「的を射た」話でないと逆効果だと感じます。

>No.109 惰眠様

反論なさるのであれば「無理があります」ではなく、何故無理があるのかを語ってください。

非難に値する正当性が見つからないから・・・です。
理由は以下に述べます。

社会的地位やそこから派生する社会的責任は、契約などなくても、単にその地位にあるということを以って望むと望まざるとに関わらず発生してしまうものです。倫理上の責任だとか同義上の責任、或いは政治責任なんて風に呼ばれるものは、ここに属するものです。

私が申し上げているのは、このような社会的地位がある者の行動を他の者が縛るだけのものがあるのか?
と云う事です。(何度も申し上げていますよね)
縛るものが存在するのに敢えてそれに逆らったならば、確かに今村弁護士は非難されるに値する人であろうかと思います。
縛るものの代表的なものが法律であり、契約です。
しかし、そのようなものは端から存在しませんし、百歩譲ってあるとすれば、惰眠様やモトケン様の「出来れば提訴を取り下げて欲しくなかったという思い」だけです。

懲戒請求という制度がある以上、弁護の仕方において懲戒請求を出してくる者は止められませんし、それなりの理由があれば出しても当然良いと思います。まさか、それさえ否定される訳ではありませんよね?過去の懲戒請求に拠り懲戒された例を見れば「大衆に迎合しなかったからだ」なんていう理由が通った事などないでしょう。
何時の世にもお調子者で尻馬に乗りたがる者は居ますし、これからも出て来るでしょう。だからといって、それを今村弁護士が訴訟を取り下げたせいだ・・・とでもしたいのですか?

最後に何か誤解があるようですが、私はハッキリ言って今村弁護士のようなタイプは逆に苦手ですw

>No.110 モトケン様
正当性のない理由をもって非難を繰り返す姿は、常連以外の者から見ると大して変わりません。
何故と言えばNo.106 で申した通り
自らに降りかかった火の粉の払い方もモトケン様やここの常連さんの顔色を覗いながらになるのではありませんか?
刑事事件の弁護士を萎縮させるという点においては五十歩百歩だと思います。
ましてやモトケン様は2ちゃんねるで書き込みを行っているような一般人ではなく同業者です。
(惰眠様に対する私のレスに返信している事でモトケン様の立ち居地が推察出来ます)

>No.111 カツビン様
私なりに読んでいるつもりですが。

擁護するにしても「的を射た」話でないと逆効果だと感じます。

今枝弁護士個人を擁護しているつもりは更々ありません。
しいて言えば、ここの一部の人の言動に対し残念に思っている・・・と申し上げた方が適切だと思います。

>「出来れば提訴を取り下げて欲しくなかったという思い」
違います。「思い」の問題じゃありません。
提訴を取り下げたことによって発生するエフェクトが「刑事裁判への無理解」を補強し拡大しかねないから今枝氏の言動を難詰しているのです。
重ねて言いますが、今枝氏他が当該損賠訴訟を起こしたこと自体も、その敗訴の可能性が決して低くないことから、私はそもそも懐疑的でした。やるべきかどうか大いに疑問のある訴訟を始め、のみならず十分な説得力のないままに一方的に「不戦敗」の白旗を揚げるのは、最低最悪の帰趨です。

それから、何度も申し上げている通り、契約や法律「だけ」がその人の行動を制約するものではありません。それらは単に代表格であるというに過ぎません。
むしろ、そのような具体的強制力を持った制約よりも、立場や職制などの社会的ポジションに由来して、いちいち立法などを待つまでもなく「当然に」作用する制約のほうが、世の中には多いのではないでしょうか。
改めて申し上げますが、社会的責任を果たさず放擲することは、他者から当然に非難を浴びる行為です。「法律が禁止してないんだからなにやってもいい」と言うリクツは通りません。

何度も申し上げている通り「政治責任」「同義上の責任」「倫理的な責任」が問われることが如何に多いか考えてみれば、自ずと明らかであるはずです。それとも、法的責任に問われなければどんなことをやってもOKだとでも仰りたいのでしょうか。

繰り返しになりますが、橋下懲戒請求扇動騒動は、今枝氏個人に損害を与えたというローカルでミクロな問題に留まらない、刑事司法の仕組みそのものに対する、敢えて言えば「破壊活動」です。被告人弁護側主張の内容が納得いかないことを理由にした懲戒請求「そのものが」不法行為なんです。
今枝氏個人の損害なんかは、敢えて言えば知ったことじゃありませんが、刑事司法制度、とりわけ被告人弁護にかかわる制度への「破壊活動」が容認し得ないから、或いは論陣を張り、或いは裁判を提起して、ここまでことが進んで来ているのです。

この図式は、先に例え話として持ち出した「北朝鮮による日本人拉致問題」のケースと同じなんです。
こうした「闘争」の中で、シンボリックなポジションを占める当事者本人が自分都合で不戦敗宣言したことが、どれほど重大な「損害」を――敢えて「損害」と言いますが――及ぼすか、想像もできないですか?
それは個々人の自由な判断だから、誰に対する責任もないのですか?いつでも自由に戦線離脱して構わないんですか?とんでもない。
舞台に立ったときから、まさにそのことによって「責任」が生じます。

どうも、この辺の非常に基本的なことをご理解にならぬままに、色々述べ立てられているのではないかと感じられてなりません。

>No.113 大学生の母さん

 このブログでは、この話はかなり以前から続いている話なのです。

 それを読んでいる人と読んでない人とは議論がかみ合わなかったりずれるのは仕方がありません。
 あらためて説明する時間はありませんので、お暇があれば
 光市母子殺害事件カテゴリのエントリ
を読んでもらえればある程度わかると思います。

>No.113 大学生の母さん

御意見は「今枝弁護士の行動が、司法制度に悪影響を及ぼす心配を、するべきで無い」とお見受けしました。

であるなら、それは一般の人がそう思うのに不思議は無いと思います、私も大して問題視していません。

しかし、司法制度を担う一員として、それを充実させようと腐心している人には、本来仲間な人が足を引っ張る様子に見えるはず。

その人たちが、彼を批判したくなるのも自然だと思います。

No.112 大学生の母さま

縛るものが存在するのに敢えてそれに逆らったならば、確かに今村弁護士は非難されるに値する人であろうかと思います。
縛るものの代表的なものが法律であり、契約です。

んー…
法律や契約の拘束力は法的なものです。法的責任を果たしていない場合は強制力が行使される可能性もあります。
一方今回の非難は社会的責任や道義的責任を追及するものです。この場合は強制力はありませんが問題にはなります。
ちょっと議論がかみ合っていないように見えるんですが大学生の母さまは
ー匆馘責任・道義的責任がある場合にこれを批判することをよしとするか
∈枝さんに社会的責任・道義的責任があるか。
以上の2点をはっきりしていただくとかみ合うかもしれません。

>No.113 大学生の母さん

もし読んでいるであれば、「どこをどうみれば」経済的な理由との憶測がでてくるんでしょうか?
それこそ今枝弁護士が悲しむと思いますよ。

正直後付けですけど
「大々的に批判を展開している人がよい結果を見たり、理論を理解して御見それした!と平伏したほうが、効果倍増」
だと思いますよ。(最初から賛同しているより)

常連さん達は「是は是」「非は非」ですから。

その上で全く的が外れた擁護に近い意見は逆効果だといってます。
(擁護ではないことは一応理解しました)

モトケン先生、いつも楽しく拝見しております。ありがとうございます。
初めて投稿させていただきます。

>No.98 大学生の母さん様

今枝氏は自らに降りかかった火の粉を払うが為に懲戒請求をした者を提訴したに過ぎません。

今枝氏は、橋下弁護士を被告として提訴していますが、懲戒請求した人を訴えてはいません。求釈明書を送ったことはありますが。基本的なところを誤解されているようでしたので、一言。

>No.114 惰眠様

改めて申し上げますが、社会的責任を果たさず放擲することは、他者から当然に非難を浴びる行為です。「法律が禁止してないんだからなにやってもいい」と言うリクツは通りません。

繰り返しになりますが、橋下懲戒請求扇動騒動は、今枝氏個人に損害を与えたというローカルでミクロな問題に留まらない、刑事司法の仕組みそのものに対する、敢えて言えば「破壊活動」です。被告人弁護側主張の内容が納得いかないことを理由にした懲戒請求「そのものが」不法行為なんです。

だからどんな「社会的責任」なんですか?
惰眠様に言わせると結婚した女性は必ず子どもを産まなければならず
(産めるのならば)少子化は予測出来る事であり、このままでは社会的影響が多いからこれに従うべきで、それに従わなければ非難されて然るべき・・・ですか?
日本人は多かれ少なかれ日本の社会を担っている訳で、日本の社会に仇(言い方が適切ではないかも知れませんが、人口減少が日本にとり決して良い事ではない事は多くの学者が指摘しています)を成す者は「不法行為」者ですか?
ご自分で仰っている事理解されてますか?

一体誰が弁護士が火の粉を振り払う時は、これこれ、しかじかでなければならない・・・・なんていうものを決めたのでしょうか?
あるなら教えて下さい。
第一、扇動したのは橋下弁護士で、今枝弁護士じゃありません。
(橋下弁護士がこのサイトで非難されている事は重々存じています)
何故彼のした事の尻拭いを今枝氏がしなければならないんです?
ましてや人間は超能力者じゃありません。裁判の判決がどう転ぶかなんて誰にも判りません。そんな未来に向けての不確定な要素で人を非難しても良いとでも仰りたいのでしょうか?
弁護士が法の専門家だから裁判判決の予想が100%付くなら、こんな楽なことはありません。
で、ご自分の今の行動についての指摘にはスルーですか?

大学生の母様 はじめまして、
私が受けた感想ですが、羨ましいです。

「よい刑事弁護とはエントリー」の
>No.17 大学生の母さん | 2008年4月29日 18:51
>モトケンさん、みなさん、はじめまして“大学生の母”と申します。
>私は法律には疎く、極々普通のおばさんですので、お手柔らかにお願いしますm(_ _)m

 で今まで参加された、どなたよりも皆さんが詳しく説明されていると思います。

モトケンさんはエントリーを立ち上げたら後は、ROM専門です(*^o^*)。し、他の常連の皆さんは手厳しいですよ。
これだけコメント頂けるなんて、
常連の私としては、大学生の母様がとても羨ましいです。

P.S.皆様、アクセスが集中しているようですね。気長にお願いします。

とおりすがりです改めたけです。

惰眠さん、大学生の母さん>>

少し議論を整理してみませんか?ろくろくびさんの指摘はもっともだと思いますので。

ひとつ、批判があるということは何ら悪いことではないと思います。それは行動に対するひとつの反応であり、喜ぶべき現象といっても過言ではないでしょう(但し、あまりに喜びすぎるのは?ですが。例えるなら、失恋において、好きの本当の反対は嫌いではなく無関心であること・・に似ているでしょうか。不謹慎ですね)。今枝先生も反応を推し量っているものと考えられます。
もっとも、大学生の母さんの意見は批判に対する一方の意見として、そのように感じている方もいるということを知る上では重要であるとも思います。行動倫理という点で批判されている(と思おうのですが・・)今枝先生に対し、その批判がおかしいという意見自体は全く的外れと言ってしまうには少し抵抗を感じます。

もうひとつ、惰眠さんのおっしゃる、「刑事裁判への無理解」を補強し拡大しかねない、というのは多少語弊があるように感じます。おそらく、以前惰眠さんとやりとりした内容による(立場の違いから)ものと思われます。刑事裁判の正しい理解をどの「点」でとらえるかによる違いであり(以前議論しましたので、繰り返しませんが)、大学生の母さんの意見も傾聴に値すると感じます。あえていうのであれば、刑事裁判とは、社会からかけ離れて存在するものではない、と考えているとだけいっておきます。

>No.120 大学生の母さん

だからどんな「社会的責任」なんですか?

法律の専門家として、および不当な懲戒請求を受けた当事者として、さらには自ら進んで「扇動」を行ったとされる弁護士に対する訴訟を提起してしまった張本人として、不正確な理解のために危険に晒されている「刑事裁判制度における刑事弁護のありようの正当性」を擁護する責任です。

それと、なにを感情的になっておいでなのか存じませんが、女性の出産がどうとかのような関係のない話を持ち出して論点を拡散させないでください。

橋下懲戒請求騒動が、なにゆえ「今枝氏に限らず」多くの法曹や、法律関係の知識を持つ人たちから問題視され対立論陣が展開されることになったのか、そもそもの原点を正しく理解してください。
これ以上何度も同じことを繰り返して書くのもくどいので、あとは過去の私の書き込みを精読してください。そもそものスタートラインが理解できていない方に、これ以上別の言葉を重ねる労を私は厭います

>No.110 モトケンさん

>ここの常連さんと「2ちゃんねるで元少年の弁護団を非難する者」たちとは、刑事弁護というものに対する理解と懲戒扇動発言の影響についての認識が決定的に違います。

匿名で人の批判をしている点では2ちゃんねると大して変わりがないと思うのですが・・・。
少なくても今枝弁護士は、自分の名前を明かして発信しています。
その人の批判をするなら、せめて自分の身分くらい明かしてはどうでしょうか?匿名で書かれても、何か説得力がないんですが。(私の理解力が無いのかもしれません)

もし、自分の名前で公に今枝弁護士の批判をしている人がいれば、教えて下さい。その方には謝罪します。

私は今枝弁護士の擁護派ではありませんが、何か気分が悪いです。

>No.120 大学生の母さん

>だからどんな「社会的責任」なんですか?

 橋下弁護士の弁護士としての社会的責任です。
 弁護士として健全な刑事弁護制度を守らなければいけないという責任です。
 橋下弁護士には自覚がないかも知れませんが、弁護士である私は、弁護士全てにそのような責任があると思っています。

>何故彼のした事の尻拭いを今枝氏がしなければならないんです?

 最初はなかったと思いますが、提訴したという自らの行為によって、その結果に対する責任が生じます。
 提訴した以上は負けるわけにはいかないという責任です。

>ましてや人間は超能力者じゃありません。裁判の判決がどう転ぶかなんて誰にも判りません。

 そのとおりです。
 ですから私は提訴当時は提訴に賛成ではなかったのです。
 でも提訴しちゃった以上は勝って貰わなければいけないという目で見ていました。

>そんな未来に向けての不確定な要素で人を非難しても良いとでも仰りたいのでしょうか?

 この裁判に限り、今枝先生ら原告が、確実な勝訴の見込みなしに提訴して負けたら非難に値します。

スレ違いになりまねませんので、あまりいいませんが、

惰眠さん>>橋下懲戒請求騒動が、なにゆえ「今枝氏に限らず」多くの法曹や、法律関係の知識を持つ人たちから問題視され対立論陣が展開されることになったのか、そもそもの原点を正しく理解してください。

については、おそらく、今枝先生も「なぜ」そのような扇動に多くの人が乗ったのか、という点を重視しているものと思われます。
したがって、その点を重視すれば大学生の母さんのご意見も的外れともいい難いと私は思うのです。

あまり感情的にならずに、議論を整理して、位置づけを正しく持てば惰眠さんのおっしゃることも、大学生の母さんがおっしゃることもわかるのだと思います。

横やり失礼しました。

>No.124 寅さん

私は今枝弁護士に本名と身分を明かしてます。メールでもやりとりしてます。
今枝弁護士が私に名誉毀損で訴えることは直にでも可能です。

また足跡帳を見ていないのですか?

今枝氏は、懲戒請求を煽った橋下氏に対して訴えを起こし、
ブログ等で発言することによって、刑事弁護の限界と懲戒請求の
限界という「公共の問題」を提起し、その問題を話し合う
「公共の場」を作り出しました。

誰にでも政治に参加する権利が認められている社会においては、
制度的な公的ポストに就いている人物でなくとも、公共の問題を提起し、
提起し続ける者として社会的に認知されれば、当該公共の問題に
ついて発言する権限を与えられることがあります。
無論、ここでいう権限とは法的・制度的な意味での権限ではなく、
他の人がその発言に耳を傾けるという程度のものでしかありませんが、
耳を傾ける公衆に対し発言を続けることによってそのような政治的役割を
引き受けた者は、その役割がアドホックなものであったとしても、当該公共の
問題について役割責任・責務責任を負うことになります。
そして、一旦役割責任・責務責任を負った以上、その責任を勝手に
放棄することは許されません。

今枝氏は、橋下氏を訴え、発言を続けることによって、刑事弁護の限界と
懲戒請求の限界という公共の問題について、まさに上記の意味での役割責任・責務
責任を負ったのです。
しかるに彼は、その責任を全うすることなく、放り出そうとしています。
そして、そのことによって、公衆が、当該公共の問題について歪んだ結論を
導き出そうとしているように私には見えます。

今枝氏が非難されるのは当然ではないでしょうか?

傍目から失礼します。

No.120 大学生の母さん

>で、ご自分の今の行動についての指摘にはスルーですか?

と、まさに大学生の母さんが非難したのと同様、今枝弁護士も自分の言ったこと、行ったことへの責任を取らずに逃げる行為は非難に値するじゃないか、という話に思えますが…?

(彼の最新エントリでの釈明は「想像しろ」ですし…)

>No.123 惰眠様

法律の専門家として、および不当な懲戒請求を受けた当事者として、さらには自ら進んで「扇動」を行ったとされる弁護士に対する訴訟を提起してしまった張本人として、不正確な理解のために危険に晒されている「刑事裁判制度における刑事弁護のありようの正当性」を擁護する責任です。

一体「責任が存在する」と決めたのは誰ですか?
少なくとも私には「責任が存在する」などとは少しも感じられません。
彼は逆に橋下弁護士の扇動発言の被害者だった人でしょう。
彼は懲戒請求者に釈明書を求めるなどして「刑事弁護のありようの正当性」を遠まわしながら擁護していたと思いますが?

何故 惰眠様が思い描く方法でないと駄目なのでしょうか?
風が吹けば桶屋が儲かる式の未来は惰眠様が思い描く未来であって、少なくとも私の知り合いの「法に携わる者」は(前述の弁護士ではない)違う見解を示しています。
確かに、これからも無理解に拠る懲戒請求者は出て来るでしょうが、
その責めは一人の人間に負わせるようなものではなく、国民全体で背負うもの。これから政府に働きかけ地域におけるワークショップや、義務教育の総合学習の時間を利用し、裁判への理解を深めるように働きかける事に拠り、回避するべきものだと言っています。
「裁判員制度」の導入が良い口実になります。

それと、なにを感情的になっておいでなのか存じませんが、女性の出産がどうとかのような関係のない話を持ち出して論点を拡散させないでください。

別に感情的になどなっていません。法の専門家にも色々な方がいらっしゃるものだと少し驚いているだけです。
少なくとも私の知ってる弁護士は自分の発言がどう利用されるかを常に考えて発言しているのではないか?と思われる位慎重な方です。

それと全く関係がない訳ではないですよね。
上の文章はどんなものにも応用出来るという事に気が付くべきです。
これを女性の問題に置き換える事も出来ると言っています。

「日本の女性として、および少子化という現在の日本の社会状況の中で生まれた女性として、少子化という危険に晒されている社会状況からの脱出から努力することへの正当性」

橋下懲戒請求騒動が、なにゆえ「今枝氏に限らず」多くの法曹や、法律関係の知識を持つ人たちから問題視され対立論陣が展開されることになったのか、そもそもの原点を正しく理解してください。

知っていますよ。
だから「法律の専門家として」火の粉が降り掛かって来た時には、惰眠様がお好きなように提訴するなり、なんなりなされば良い事でしょう。
自分の思い通りに行動しないからと非難するのは傲慢ではないですか?

>No.129 Yacht様
>放棄することは許されません。

少なくとも日本の法は許していますが?
もし許さないとなると訴訟を取り下げるという制度も存在にしない、または、その社会的責任において精査される結果として取り下げを認めるとしなければおかしいですよね?

惰眠さんは、法律の専門家では無いはずですが?

大学生の母さんが「非難しすぎ」と指摘している感じの意見の多くは・・・

少なくとも私の知ってる弁護士は自分の発言がどう利用されるかを常に考えて発言しているのではないか?と思われる位慎重な方です。

当に、お知り合いの弁護士さんの様な態度をデフォルトと見做して期待している意見、に見えるんですが。
そうすると意見の隔たりは何処に有るかが解り難いことに。

>No.130 大学生の母さん
どうも思い違いをなさっているようなので先に一点だけ申し上げておきますが、私は法律家じゃありません。大学である程度専門教育は受けましたし、実際の裁判に接する機会もありましたけれども、現職は会社勤めの事務屋です。

さて、改めてもう一度申し上げます。そもそも論に遡って正しい理解をしてから出直してください。

一体「責任が存在する」と決めたのは誰ですか?

などと、出発点の理解がぜーんぜんできていない人に、これ以上かける言葉はありません。
社会的責任は誰かが「決める」物ではなく必然的に生じるものです。

なお、私が今枝氏に非難の言葉を浴びせる理由は、氏が私の思い描く方法で動いているか否かはありません。個人的な感情の問題ではまったくありません。根本的に視点がずれています。
ずれた視点であれこれ言われたことについては、反駁する意義さえ見出すことができません。

これを女性の問題に置き換える事も出来ると言っています。
残念ですが、それは私の書いた文章の意味を正しく理解できていないための「勘違い」です。

再度申し上げます。これ以上何度も同じことを繰り返して書くのもくどいので、あとは過去の私の書き込みを精読してください。そもそものスタートラインが理解できていない方に、これ以上別の言葉を重ねてまで説明する労を私は厭います

>No.126 たけですさん
今枝氏の行動の理由について、一点推測していることはありますが、仮にそれが当たっていたとすると、彼の無邪気さ、ナイーブさ、近視眼さ、マスコミの「怖さ」への認識の甘さを指摘しなければならなくなるのではないかと懸念しています。端的に言うと、BPO意見書の指摘を受けたテレビ各局の「アリバイ」要員として体よく扱われる可能性です。
当たっていなければいいんだけどなー、と正直思っております。

>No.132 MultiSync様

惰眠さんは、法律の専門家では無いはずですが?

これは失礼、惰眠様に対する以下の発言は取り消しをさせて頂きます。ご不快になられたのなら謝罪します。
>>少なくとも私の知ってる弁護士は自分の発言がどう利用されるかを常に考えて発言しているのではないか?と思われる位慎重な方です。<<

>No.133 惰眠様

社会的責任は誰かが「決める」物ではなく必然的に生じるものです。

わざとボケてますか?
私が誰が決めたのですか?と聞いたのは、必然的に生じた責任を負った者が惰眠様の思い描く責任の取り方を遂行しなければならず、それを途中で放棄してはいけない・・・と誰が決めたのか?ですが。

No.135 大学生の母さん 様

横レスを失礼致します。
1点だけ。

>一体「責任が存在する」と決めたのは誰ですか?
>少なくとも私には「責任が存在する」などとは少しも感じられません。

という記述であれば、通常は「責任の有無」の決定者が誰なのか、という問いかけになると思います。

>>No.135 大学生の母さん
横から失礼。
>それを途中で放棄してはいけない・・・と誰が決めたのか?ですが。

それは昔からの伝統的なケンカの掟です。

 今回の今枝弁護士の言動は、同氏と共に一般市民に対して刑事弁護への理解を説いて来た方達から見ると「裏切り」に見えるかもしれません。
 しかし、いま「刑事弁護の在り方」自体が揺れているのではないでしょうかね…?
 否応なしに、刑事裁判や司法の在り方が変わる過渡期にあるのではないかと思いますが、今回の今枝弁護士の言動は、そのような時流に合わせようとした言動である、と見ることも可能なように思います。

 以前にも、橋下問題関係議論続行エントリ(その2)のNo.135No.151で書いたように、橋下弁護士の仰る「市民への説明責任」等は、元日弁連会長が法曹制度検討会で懲戒制度設計などの際のご発言を踏襲したものに見えました。

 司法制度改革の裁判員制度の目的についても、「裁判官の感覚が国民一般の感覚から乖離している事を是正するためのもの」というような趣旨の事が言われているようですが、本制度の検討会ではハッキリと「審議会意見書は、現在の裁判がうまくいっていないという前提に立って裁判員制度の導入を提案しているわけではない」という発言がなされています。

裁判員制度・刑事検討会(第24回) 議事録

○四宮委員 私は、日本の裁判官は十分1人でもやれると思うし、2人でもやれると思っておりますので、そこは少しこの議論の不思議なところなんです。仮に今の3人のままということになると、それで今の裁判はうまくいっているのだという方々の御意見を前提にすると、じゃ、国民は一体何で入るんですか、我々は呼ばれて、不出頭に罰則までつけられて、なぜ、我々は行かなければいけないんだ、ということになるのではないかと思うんですね。

○井上座長 四宮委員、そこまでおっしゃるのなら、私も一言申し上げざるを得ないのですけれども、審議会意見書は、現在の裁判がうまくいっていないという前提に立って裁判員制度の導入を提案しているわけではないのですよ。

○四宮委員 もちろんです。私もそれはずっと今までの議論を……。

○井上座長 ですから、そこに疑問を呈されるということになりますと、意見書の前提とは違ってくるので、敢えて申し上げたのです。

○四宮委員 それはそういう意味で申し上げたのではありません。今やっていることを前提に、私もそれがまずいから裁判員制度を意見書が提案したのではないということは、第1ラウンドでも第2ラウンドでも申し上げていますので、全く同じ基盤に立っております。

○井上座長 そこのところは踏み外さないでいただきたいのです、議論としても。

 「裁判官の感覚が国民一般の感覚から乖離している事を是正するためのもの」という見解は、制度設計の意図とは外れていても、建前上そういう事になっていた方が国民の出頭を確保しやすいのかもしれません。その意味では、国民一般に対して本制度の周知が進まない方が、出頭を確保しやすいのではないかと思います。
 また、制度の意図はともかく、施行後、結果としてどうなるかは分かりません。

 裁判員制度についても弁護士会の懲戒制度についても、(過渡期だから仕方ないのかどうかは知りませんが、)ダブル・スタンダードがあるので、「いま何が被告人の利益になるのか」「なにが正しい刑事弁護なのか」「刑事弁護人として正しい言動は何か」も揺れているのではないでしょうか。
 その中で、今枝弁護士は試行錯誤しながら新しく見出した「時流の読み」があったのかもしれません。

 非法曹の私としてはこれらに関するダブルスタンダードのうち、いずれが本音でいずれが建前なのかがよく分かりませんし、当初の意図した所はともかく、結果としてどういう状況に流れていくのかは、一定の精度をもった予測が難しいように思います。ぶっちゃけ「出たとこ勝負」という感じではないかと思われます(汗)。
 このような状況下で、今回の今枝弁護士の言動は(いくら検討を加えたといっても)博打にも見えます。 でも、(被告人にとっては)絶望的な判決文の前では被告人に失うものはもうあまり無いかもしれないでしょうから、敢えて踏み切られたのかもしれないと感じています。
 という事で、個人的には、特に積極的な支持もしませんが、批判しようという気にもなれませんでした。

 司法制度改革を標榜すると、このような混乱は起こるべくして起こっているという気がしてなりません。

責任の根源的根拠については、エマニュエル・レヴィナスが、
以下のように言っているようですね。

「他者に対して有責であれ、というこの命令は私が選ぶべき
一つの選択として出現するのでも、私が従うべき一つの道徳
的戒律として出現するのでもない。それは私の自由に先んじて
〈存在すること〉の彼方にある。それは起源の起源、あらゆる
根拠の根拠である。」(エマニュエル・レヴィナス&フランソワ・ポワリエ
「暴力と聖性−レヴィナスは語る」34頁)

それはともかく、今回問題となっている「責任」は、人がある立場・地位・
役割を占めることによって発生する何らかの責務としての「責務責任」
であり、H・L・Aハートのいう「役割責任」であって、特定の個人に対する
責任ではなく、社会に対する責任という意味では社会的責任でもあるでしょう。

先ほども述べましたとおり、今枝氏は、誰に頼まれたわけでもないのに、
橋下氏を訴え、刑事弁護の限界と懲戒請求の限界を公共の問題
として提起し、その問題を話し合う場を作り出しました。
そして、それにより、今枝氏は当該公共の問題に関する「対話」を進めて
いく責任を負ったのです。

責任といえば法的な意味での責任しか思い浮かばない人には理解できないかな?

> 橋下弁護士の弁護士としての社会的責任です。
 弁護士として健全な刑事弁護制度を守らなければいけないという責任です。
 橋下弁護士には自覚がないかも知れませんが、弁護士である私は、弁護士全てにそのような責任があると思っています。

 真逆なようですが、橋下弁護士ご自身も、そのような思いで、言動に踏みきられたように思います。
 要は内容の程度の問題であって、理解や許容範囲の程度を越えたから、懲戒請求に踏み切る人も出たのでしょう。
 また、今枝弁護士は差戻控訴審の判決の内容が、予想を超えて余りにも厳しかったことから、原点に立ち返り、軌道修正を行ったのではないでしょうか。
 私も「大学生の母親」さんには共感を覚えますね。
 変節とか裏切りとか、それこそ感情論であって、ブレーキのついていない車で、玉砕まで突っ走れ、と言っているような気がします。
 同じ殺人罪でも内容によって処罰に大きな開きがあるのと同様、ある程度の理解は出来ますが、その程度をはるかに逸脱しているということでしょう。

 今枝弁護士は、「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志をしらんや」ってな感じで、冷徹に俯瞰していることでしょう。

>たくさんの情報が集まってきました。分析は楽しいです。
 やはり、だいたい想定していた通りでした。

>No.136 きゃしい様

でも一連の流れの中で私が「惰眠さまの思い描く」 と何度も言ってますよね?
No.112 において既に私は他人の行動を縛る【だけ】の何があるのか?と問うています。
それに対し惰眠様は「責任だ」と答えられました。
責任とは当事者が感じるものであって、契約もしていない赤の他人が
「お前には責任があるんだから○○しろ」と行動を縛る事など出来ない筈です。ましてや「不法行為」?

この「不法行為」が本当なのかどうか
是非とも法の専門家たるモトケンさんのお返事が頂きたいですね。
一端、集団訴訟を起こし、ブログで発信してきた者が途中で降りたら「不法行為」に当たるのかどうかを。

No.136 きゃしいさん、No.137 ぼつでおk(医)さん

ここはROMに徹するのがマナーかと・・・
というか、このブログでも有数の論客を相手にしてるかたに横レスをいれられると対応するのが大変だと思います。

私も横から失礼します

No.135 大学生の母さん
>それを途中で放棄してはいけない・・・と誰が決めたのか?ですが。


法律に規定があるかないか、という意味では「誰も決めていない」になるのでしょうね。

惰眠さんも含めて皆さんがおっしゃりたいのはそういうことではなく、「社会的に成熟した『大人』が社会に向けてメッセージを発信するにあたっては無責任に途中で降りないというのがの暗黙のルール・マナーではないか」、ということではないかと思います。

私は今枝弁護士の刑事弁護に対する考え方、姿勢には賛同するところも多いのですが、ここ数日間における、同氏の意見発信の方法論においては社会的に成熟しきれていない「子供」であるように思えてなりません。

No.135 大学生の母さま

必然的に生じた責任を負った者が惰眠様の思い描く責任の取り方を遂行しなければならず、それを途中で放棄してはいけない・・・と誰が決めたのか?

惰眠さまはNo.133で「私が今枝氏に非難の言葉を浴びせる理由は、氏が私の思い描く方法で動いているか否かはありません」とおっしゃっていますし、「放棄してはいけない」ではなく「放棄したことを批判することは問題ない」とおっしゃっているはずです。
たいした違いはないじゃないか、と思われるかもしれませんが、「遂行しなければならない」「放棄してはいけない」では法的責任の問題になってしまいます。おっしゃるように、訴えの取り下げは今枝さんの自由であり、これを法的に縛ることは許されません。惰眠さんの主張は「遂行するか否か、放棄するか否かの決断には介入できないけれども、取り下げが新聞記事となるほど社会的関心を集めた訴訟である以上、決断についてこれを批判することは問題ない」という社会的責任の問題であると理解しています。
我々もネット上で言論の自由と言う法的権利を享受してはいますが、不適切な発言をすればその責任を問われます。

No.131でも

>No.129 Yacht様
>放棄することは許されません
少なくとも日本の法は許していますが?

とされていますがNo.129 Yacht様 のコメントは
今枝弁護士も自分の言ったこと、行ったことへの責任を取らずに逃げる行為は非難に値するじゃないか、という話に思えますが…?
とされており、「放棄することは許されません」という法的問題を指摘しておられるのではなく、「非難に値する」という社会的責任を問題にしておられる、と考えられます。
法的責任と社会的責任は切り分けて考えないと議論がかみ合わなくなる恐れがあります。

「社会的責任に対する批判であっても、批判されると萎縮して法的権利を行使できなくなる」というお考えなのかもしれませんが、ちょっとネット上で批判されるくらいで萎縮するなら最初から権利を行使すべきではないでしょう。脅迫電話とか銃弾を送りつける、と言うような逸脱した行為ならともかく、論評・批判というものは公への情報発信であれば覚悟しなければならないものですし、そういう社会でなければならない、とも思います。
ちなみに私は道義的責任を一番問題あり、と考えているのですが、まあ、これは余談です。

No.142 ブギーマンさん
入れ違いで拝見いたしました。確かにその通りですね、失礼致しました。

みんな日本語でヨロ。

>>No.142 ブギーマンさん
んー、私はケンカ好きですから十人十色のケンカの流儀があっていいと思うけど、ケンカには見物の野次馬(私みたいなw)のレフリーがつきもので、野次馬の傍目下馬評的には途中で降りたほうが負けやんけって昔から相場が決まっとります(笑)。
それに負けっぷりにも昔から良し悪しあって、諺にも「敗軍の将兵を語らず」ってのもありますしね。つまり、ケンカの歴史的側面を書いただけなんです。

追記

一端、集団訴訟を起こし、ブログで発信してきた者が途中で降りたら「不法行為」に当たるのかどうかを。

勘違いされておられるように思えるのですが惰眠さまが「不法行為」と言ったのは
被告人弁護側主張の内容が納得いかないことを理由にした懲戒請求「そのものが」不法行為なんです。
まして不法行為の動機について被害者たる当事者が「理解できる」と言うなどもってのほかです。
であって今枝さんの行為を不法行為といっていないはずです。惰眠さんが不法行為と指摘しておられるのは、「一般人の懲戒請求」と「橋下さんの懲戒扇動」です。

No.142 ブギーマンさま
私もそろそろひとまず撤退しまつ・・・

>No.127 カツビンさん

レスありがとうございます。

でも、私が聞きたいのは

自分の名前で公に今枝弁護士の批判をしている人がいれば、教えて下さい。」

なんですけど・・・。

直接メールする事は賞賛しても、非難する気はありません。

知っているかもしれませんが・・・
このブログのコメント欄みたら・・・

一番悲しいのは、あなたにさえ、おそらく、僕を図る物差しを自分の尺度にされていることです。 偉そうなことを言われたとか、人格を否定されたとか、そういう受け取り方をされず、理由や背 景をいろいろ考える人だと思い、あえて厳しめに書かせていただきました。

だそうです。

>No.149 寅さん

なぜ公での名前が必要なんです?第3者が知ってどうするんです?
→そもそもネット上の名前をどうやって本名と判断するのか?
→個人の特定であれば当ブログのコテハンで十分ですしね

誹謗・中傷や脅迫でもない理論に基いた批判をすることが問題になるんですか?
(そもそも何故今枝弁護士批判のみ拘られるのか分かりません。)

最低でもイザという時に今枝弁護士が知る手段があれば問題ないことだと思いますが?

ちなみにここの批判記述も今枝弁護士はご存知ですよ。
もし、許容できないコメントがあったら自ら忠告を与えるでしょう。

>No.144 ろくろくび様
>勘違いされておられるように思えるのですが惰眠さまが「不法行為」と言ったのは

スミマセン、読み違えましたね。
興奮してなどいないと言いながら、やはり何処かで興奮していたのでしょう。歳を重ねているのにお恥ずかしい限りです。
惰眠様、重ねてお詫び申し上げます。
また、モトケン様には質問に関してはNo.141 の質問は無視して下さいますように;^_^A

それは兎も角、橋下弁護士の被告人弁護側主張の内容が納得いかないことを理由にした懲戒請求「そのものが」不法行為であるか否かはまだ結果は出ていない筈ですが?
懲戒請求者は「オレさまの望むような弁護をしなかった、だから弁護士辞めろ!」
惰眠様は「オレさまの望むような法廷戦術に出なかった、だから寄って集って批判もOK!」
「オレさま」的発想なのは私から見ると同じです。

>>No.152 大学生の母さん

>「オレさま」的発想なのは私から見ると同じです。

とのことですが、この発言自体が自分自身のものさしで
他者の発言を批判しているとしか言いようがないです。

結局、最終的には個人の価値観にしたがって表現する以上、
「オレさま」基準なのは当たり前で、その意見に社会的な評価としての
客観性がどの程度認めらるか、という点に、意見の評価が
収束するのではないでしょうか。

今枝先生に対する批判的言説で言えば
〃沙弁護全般という個人を越えた多数人の利害を伴う
アドバルーンを掲げた以上、その多数人からの
期待や批判を自ら背負ったとひょうかされること
△海了件当事者に対する態度に関する
道義的批判、
の2点に要約されると思います。

その点を批判するかどうかは、各人の価値観でしょうが、
社会的に見てもそうずれているとは
思われません。

No.147 ぼつでおk(医)さん

単に大学生の母さんさんが対応しきれなくなると、本論の惰眠さんとの議論がややこしくなりそうだと思っただけです。
野次馬の1人として(笑)

野次馬の傍目下馬評的には途中で降りたほうが負けやんけって昔から相場が決まっとります(笑)。
傍目的にはそうなんですが、今枝弁護士は「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らん」と申しておりますな(笑)

 落ち着いて来たのでコメントします。
ガツピン様、横レス申し訳ありません。
>>No.149 寅様
 実名での批判の件、以前別エントリーで記述しましたが、某業界で有名な方と同姓同名です。
 昔、HPを設けていた時に検索サイトでヒットし、お互いに相談の上、閉鎖したという苦い経験がありました。
 
 ペンネームとしても、HNとして行うのも同じです。
 私もHNと実名を今枝先生のメールには表示させております。なお、このブログではなく、以前今枝ブログで投稿させていただいたHNを使っております。
 以上の点で、少なからず、2ちゃんと同レベルと見られるのは、私も疑問に思います。

 SNSにおいてもアバター(分身)を利用し、プロフィールhはすべて記載しません。
 「寅」様とのご芳名ですので、そこまではご希望でないと存じます。
 話題がずれました、皆様申し訳ありません。
 今枝先生への意見はこちらには公開しません。

今枝弁護士、かなり精神的に打撃をうけ、お疲れな感じがします。今は今枝先生の精神状態的には批判や意見を集める時期でないのではなないかと私は思います。(精神的に不安定な様子だと意見も集まりにくいと思います。)
近い存在の方がいましたら、完全静養を提案すべき時期なのではないかと思います。すいません。心配になってしまって書き込んでしまいました。

勝手な想像ですが、判決を受けて今枝氏個人に対して膨大な罵倒メール、電話が届いたのでしょう。

変節の理由も、氏のブログでのやけに高慢な態度も、それで説明がつきます。

高慢な態度は膨大な罵倒に対する防御メカニズムの働きであり、
変節の理由は、ここの言い方で言えば「刑事事件に理解を求める立場」に居続けることに耐えられなくなったからです。

いずれにしても氏は弁護団の立ち位置には戻れません。このブログの立ち位置にも戻れません。氏が立つことのできる居場所はもはや一つだけです。

客観的に見れば、結局氏は世論の圧力によって自分の守っていた立ち位置を放棄したのであり、単なる逃亡です。

氏がいかに高度な戦略を持っていても、いかに多くの情報を持っていたとしてもこの評価は変わらないと思います。

 今枝さんの究極目標は「市民の刑事辯護への理解」と「より良い刑事辯護制度の実現」でしょうから、そこから逆算すると「訴訟取り下げ」「求釈明書の謝罪」「『光市事件』という表記から『光市母子殺害事件』に変わったこと」などは、ワイドショーのコメンテイター的な位置に自らを置くことで啓蒙を実現しようということなのかな、と睨んでおります。

 「司法vs大衆」みたいな構図が社会に良い結果を齊らすなんてことは絶対にありえないわけで、今回の対橋下訴訟にしても求釈明書にしても(司法的なスジはともかく)取り下げるほうが、結果的には刑事辯護理解の方向に話を進めやすくなるという判断によるものなのではないでしょうか。(と私は解釈していますが、「ほとんどすべてのみなさんは、僕が今、なんのために行動しているのか、分かっていません。」とのことなので違ったらゴメンナサイ)

 啓蒙活動というのは広い意味で「政治」なわけですから、「相手が喧嘩腰だからこっちも喧嘩腰でいい」という態度で良い結果が得られるものでもない。政治は結果がすべてなわけで、「理解を得るためなら相手が悪くても土下座する」ということだってありうると思います。土下座してるうちに相手がどんどん図に乗ることが次に問題になるとしても。

No.158 ミ ´Å`彡さん

その推測はアリ、だとは思います。

ただ、土下座している今枝弁護士に向かって「まあまあ頭を上げて。僕も言い過ぎたよ。ごめんね」と言ってくれた人が今のところ全然いない、というのが厄介ですね。このタイミングで土下座することが、世間の目(あるいは番組の目)には単なる「無条件降伏」としか映っていないような気がします。
そこらへんについて私たちは「言わんこっちゃない!」と批判しているわけですが。今枝弁護士がここから大逆転を果たしてくれるなら結構なのですが。

>No.159 みみみさん

>ただ、土下座している今枝弁護士に向かって「まあまあ頭を上げて。
>僕も言い過ぎたよ。ごめんね」と言ってくれた人が今のところ全然いない、
>というのが厄介ですね。

 最近2ちゃんなどでよく見られる「まともな人間なら安田とは一緒にやってられんよな」的な感想(誤解を含んだ見解だとは思いますが)を得ることができれば、今枝さん的には現時点では御の字なのではないかと。

 「今枝仁は“司法の理屈ばっかり振り回して社会正義を蔑ろにする”辯護士ではない」というイメージを築くことが第一の戦略なのではないでしょうかねえ。
 同じ台詞でも、「庶民派」な人が言うのと、安田辯護士みたいな人が言うのでは浸透の度合も違うでしょうし。(下手すると真逆の効果をもたらすことだってあります。)

 今枝さんにしても昨日今日でいきなり世間の完全な理解(私もそんなものはしてませんが)を得られるなんて思ってないでしょうし、「ほらみろ誰も理解してない。今枝の作戦はダメだ」と結論づけるのも、ちょっと急ぎすぎなのではと思います。


 ただ個人的には、その結果「啓蒙」がどれだけ成功するかについては、些か疑問に思ったりもします。「対立」するよりはマシでしょうが。

>No.121 cocoroさん様

昨日は余裕がなく、お返事出来ず申し訳ありませんでした。
お心遣いありがとうございます。

>No.137 ぼつでおk(医)様

それは昔からの伝統的なケンカの掟です。

歴史の本を読めばそんな掟が日本にあったなどとは思えません。
戦国時代の国と国の戦争は「ケンカ」の代表的なものですが、日本はどちらかと言えば途中で「チャン、チャン」とする方が多かったように思います。「ケンカをとことんやる」は日本人のアイデンティティからすると
逆に受け入り難いものなのではないかと私は実体験から感じています。特に身内同士の争いともなれば余計です。

>No.153 山辺のカフカ様

>「オレさま」的発想なのは私から見ると同じです。

とのことですが、この発言自体が自分自身のものさしで
他者の発言を批判しているとしか言いようがないです。

確かに“自分自身のものさしで測っている”という意味においては同じです。ですが、これはここでさんざんご本人である惰眠様とやりあった後での判断です。一方通行のブログを読んでの憶測、未来の不確定要素による批判じゃありません。
惰眠様の>出発点の理解がぜーんぜんできていない人に<などという人を小馬鹿にしたような表現を直接向けられましたが、それを平然と遣り過ごすだけの大きな懐は残念ながら私は持ち合わせておりません。
なのである意味「嫌味」でもあります。

>>No.161 大学生の母さん
日本に限らず衆人環視の中で行なわれるケンカにはおのずとルールが生まれてくるし(例えば急所攻撃は汚いやり方だから反則とかw)、勝ち負けの判定もその場の全員納得しやすい逃げたり倒れたりしたら負けとかいう形で決着しておさまるものです。
衆人環視の中でケンカを始めたら、当人同士には相手に勝つためにやっていいことと悪いことが、衆人を含めたケンカ場のコンセンサスとして自然発生的に形成されます。そして当事者はそれぞれこのような野次馬の期待にも応える戦い方をしながら相手に勝つことを要求されることになります。これが衆人環視の中のケンカの掟というものです。

裁判に相手をこういうケンカ場に引っ張り出したほうが、判決前に降りるのは自由ですが、降りたら兵を語らずで黙っておけば誰も何も言わないでしょう。途中で降りていろいろケンカについて兵法を語ったりするから、雉もいやいや広告もとい鴻鵠も鳴かずば撃たれまいに、というところなのじゃないでしょうか、野次馬的には。

No.162 ぼつでおk(医)さん

逃げるが勝ちというのもありますぜ。

>>No.163 うらぶれ内科さん
うぇへへへ、それ私の一番の得意技でがす(笑)

大学生の母さん

当初のあなたのご主張は、以下の内容だったかと思われます。

>No.82
>参戦した方が、「取り残され残念」と感想を述べるのは良いとしても、
>だからと言ってそれを理由に(当事者・他に係わらず)彼を批判するのは
>「違うんじゃないの?」・・・という事

このご発言は、今枝氏を非難している方々の一部の行動原理を「取り残されて残念だからである」とあなたが主観的に推察し、定義づけた上でのご主張と見受けられます。

このご発言に対し、惰眠さんやその他の方が
「取り残されたからではなく、アレとかコレとかの理由だ」
と、理由を述べられました。

これは、初期段階においてあなたが推察した「批評者の批評理由」は違っているのだ、という指摘・釈明でした。

これに対し、あなたは「そんな理由でも、やはり不当である」と主張をされました。
また、それは不当な押し付けに過ぎないとも主張されていました。
以後、その理由が正当か否かについて、時に嫌味を交えて延々と議論されていたのだと思います。


さて、直近のご発言ですが、

>No.161
>一方通行のブログを読んでの憶測、未来の不確定要素による批判

こちらと過去のご発言から、現時点でのあなたのご主張は

--------------------
1.今枝氏に訴訟継続の公的責務はない。
2.訴訟取り下げ理由は既に明かされているが、一方で詳細は第三者には窺い知れるものではない。
3.訴訟取り下げ行為が社会に与える影響は軽微、或いは不確定であり、確定的に類推できるものではない。

以上3点により、今枝氏は批評されるべきではない。
--------------------

と解釈しました。

これを一般化すると、
--------------------
1.人は、法の定める以上の公的責務を負わない
2.ある行動の真意は、第三者にとって、常に憶測に過ぎない
3.ある行動によってもたらされる未来は不確定であり、確定的に類推できるものではない。

以上3点により、結果が確定的に予測できるまで、おおむね全ての適法行動は批評されるべきではない。
--------------------

となるかと思いますが、これでよろしいのでしょうか?

今枝弁護士のブログを今見たら、例の「情報を分析中…云々」の4月30日午前8時3分に投稿されていた最後の記事が削除されています。

この2日間に彼の周囲で何があったのでしょうか?

>No.162 ぼつでおk(医)様

途中で降りていろいろケンカについて兵法を語ったりするから、雉もいやいや広告もとい鴻鵠も鳴かずば撃たれまいに、というところなのじゃないでしょうか、野次馬的には。

ぼつでおk(医)様は今までの人生は多分、本当に良い子で、成人してからも優秀で人に迷惑などかけてこられなかったのだろうなぁ・・・と今までの書き込みを読みながら推量をしています。
「自分で蒔いた種だから仕方ない」このセリフは多分「種を蒔いた事がない人」だから言えるんだと思います。でも人は好き好んでトラブルの種を蒔いたりするのではありません。(その人なりに)止むに止まれず蒔いてしまうものなのです。
トラブルの種を蒔いた経験を持つのに「自分で蒔いた種だから仕方ない」を言う人に対しては人間的な優しさが感じられません。
(ぼつでおk(医)様がそうだと言っている訳ではありません)

懲戒請求についてTVで橋下弁護士がコメントし、騒動が起きたのですが、あれが弁護士ではなく、高校も中退したポッと出のアイドルが同じ事を言ったとしたら(現実には有り得ませんがw)懲戒請求を出す人間が果たしていたかどうか。
何が言いたいかと言えば、人が行動を起こす時には「動機」と「後押し」がセットの場合が多いという事です。そして権威者や専門家のコメントはその「後押し」に足る充分なものと言えます。
日本人は得てして高学歴者や頭の良い(が証明されている)人の言葉を無条件で受け入れる傾向があります。特に私のように専門知識のない者の多くは。ここでのモトケン様や他の法の専門家のコメントは「○○さんも批判してた」と批判メールや無言電話を送る者の「後押し」になった可能性は充分あると思っています。2ちゃんねるに頻繁にリンクされている事ですし。

○○すれば○○になるだろう・・・・未来を推定するのは難しいですが、私はするのであれば、他人の行動が招く未来ではなく、自らの行動が招く未来を推定した方が世の中の為に良いのではないかと思います。

>No.165 Yacht様

1.人は、法の定める以上の公的責務を負わない

2.ある行動の真意は、第三者にとって、常に憶測に過ぎない

3.ある行動によってもたらされる未来は不確定であり、確定的に類推できるものではない。

以上3点により、結果が確定的に予測できるまで、おおむね全ての適法行動は批評されるべきではない。

おまとめ下さりありがとうございます。その通りです。
但し、上の3箇条は「社会に実在する人物に対しては」です。
No.167 のコメントも読んで頂ければ幸いです。

拉致家族の例を惰眠様が出されておられましたが、私は途中から他の拉致家族と歩みを同じにしない方が出てもそれはそれで仕方のない事で批判されるべき事ではないと思います。
家族が拉致されれば家族として出来る限りの事をしようと思います。
でもそれは最小限の幸せを希求したいが為です。
何が自分にとり幸せか?は個々が判断すべきもので他人がすべきものではありません。一緒に闘う事から離脱した方が平穏に幸福な時が過ごせると、ご本人が判断されたのならば、「お疲れさまでした。どうぞお健やかに」と言ってあげるのが筋なのではないかと思うのです。
歩みを共にしてきた方たちが「そりゃーないよ」と言うのであれば、まだ判りますが、関係のない第三者が批判するのは絶対にあってはならない事だと私は思っています。
このような事が罷り通ると集団訴訟提訴を躊躇する元になります。

直接関係ありませんが・・・
今月号の雑誌「Will」に本村さんの手記が載ってます。
やはり被害者遺族の感情は峻烈で他者では想像できないものだろうということだけは分かりました。
※そして弁護内容のみ吟味していると何時の間にか被害者遺族感情を忘れがちになっている自分にも気づきました。

立ち読みですが、それでも所々で泣きそうになりました。

また、その後の記事が例のシンポジウム内容で弁護団が笑いながら説明しているものなので、そのコントラストを強調させる内容になってます。

>>No.167 大学生の母さん
私のホンネを申し上げましょう。つっても誰も聞きたくもないでしょうが(笑)。

私は橋下氏と今枝氏は非常によく似た人たちであると思います(血液型性格占いの占い師みたいなこういう書き方は本来したくないんですが、いま適当な表現を思いつかないからご勘弁ください)。
ともに職業弁護士である前に一人の人間としての判断を大事にしたい旨公言しておられますし。

ゆえに今度の裁判(懲戒請求責任を問う)での橋下氏と今枝氏の対決は、さながらよく似すぎた者同士の近親憎悪のように私には感じられていましたので、情緒の先行した彼らの言い合いも含めて、犬も食わない痴話喧嘩という意味を裏に籠めた「ケンカ」という表現を用いました。

今枝弁護士が光事件の差し戻し判決後に自分の懲戒請求被害賠償裁判を降りた心境も、橋下氏と自分との類似点に気付いたゆえとすればわりとすんなり納得です。彼の目には知事という政治家になった橋下氏が鴻鵠の翼を得た者のように映ったのでしょう。
であれば素直にそう言って裁判を降りれば、今枝氏にもいまより人気(素直な人柄というものは好感度(笑)が高いですからね)が集まって、橋下氏と同じ転身の道がいまより広く開けたんじゃないでしょうかね。

まあ惜しむらくは、今枝氏の今回の変節ぶり程度では、君子豹変の豹変度のレベルには到底届かなかったな、というのが、この件に関する私のホンネです。

最初から最後まで駄弁でスレ汚しすみません。
(実はこれこそが私の秘技第三十七計野次馬の逃げ足です爆)

No.169 カツビンさん

情の上では、本当に弁護団を許しがたいと思う部分もあるんですよ。実際、イラストの記者会見をやった頃のエントリーで、モトケンさんに「これほど鈍感でないと刑事弁護人は務まらんのか」と食ってかかったくらいですから。
ただ、ここに出入りするようになって「理」の部分を身につけてしまった以上、問題を切り分けて考えないわけにはいかないんですよね。
私も実際に被害者遺族になったら理性なんか吹っ飛んでしまうでしょう。だからこそ、外野として冷静に語れる今のうちに論じるべきことを論じておきたいと思っています。委員会の大会議室に書き込むときも、あそこはどうしても情に流されがちなので、あえて「理」のパートを担当するように心がけています。

いや本当に、色んな意味で弁護団は罪深いと思っていますよ、本音の部分では。制度としての刑事弁護については徹底的に擁護するつもりですけどね。

今枝さんのやっていることは
結局「背中から鉄砲を仕掛ける行為」でしかなかったんですよね。

これは、味方だと思っけど
報道に元の味方の不満は暴露(週刊ポスト)。
23人の弁護士団は立つ瀬のかけらも無い。
結局、ますます刑事弁護の不理解を高める。

獅子身中の虫ほど厄介なものは無いのが
この世の常です。

でも、結局、敵には「無条件降伏」。
僕には、今、一体彼が何をやりたいのかさっぱりわかりません。

敵は「安田」なのでしょうか?
「橋下」なのでしょうか?

彼自身自分のしたいことが何なのかを
真剣に考えるときだと思います。
このままでは、弁護団は浮かばれません。

「どうでもいいや」と思ってくれたなら
黙って見るのも大人の考えと思います。

 ぼそっとつぶやいてみますが

 元々安田弁護士の弁護方針に批判的だった私としましては(過去にいろいろ書いているので今更違うとはいえません)、弁護方針の違いで袂をわかった今枝弁護士の思いはなんとなく分かる気がします。

 たぶん今枝弁護士の頭の中には、熊本典道元裁判官のことがあるのではないでしょうか。

>No.173 モトケンさん

「ため(力の貯め・人の為)」がないです。
時間はどんどん流れていきますが
そこを待てなかったことは批判せざるを得なく思います。

モトケン先生、確かこの元裁判官の熊本氏ですね。

【袴田事件支援団体の集会「無罪の心証」と元裁判官】

 静岡県で1966年、みそ会社専務一家4人が殺害された「袴田事件」で、袴田巌死刑囚(71)(再審請求中)に対する1審・静岡地裁の死刑判決にかかわった元裁判官の熊本典道氏(69)が9日、東京都内で開かれた支援団体の集会に参加し、「自分は無罪の心証だったが、裁判長ともう1人の裁判官を説得できず、2対1の多数決で死刑判決を出してしまった」と明かした。  熊本氏が、「評議の内容」を公の場で話したのは初めてで、再審支援に協力する意向も示した。  裁判官が、判決に至るまでの議論の内容など評議の中身を明かすのは裁判所法に違反するが、熊本氏は「高裁や最高裁が間違いに気づいてくれることを願っていたが、かなわなかった。人の命を救うための緊急避難的な措置」と話した。  また、死刑制度については、「元々、反対だった」とし、「死刑を言い渡す場合は、最低でも裁判官3人による全員一致の意見にすべきだ」とも語った。 (2007年3月9日23時35分 読売新聞)

今枝先生は、どうでしょう。いろいろ混乱していると思います。


橋下さんも今枝さんも若くて血気盛んなお年頃ですし、ロートルな私から見れば鴻鵠たらんとして脱皮できるナイーブな人達がうらやましくもあります。ぼそ・・・

今枝弁護士に対して、大変厳しいことを言います。

私が大会議室で頑張ったのは、今枝弁護士が健全な刑事司法を守ろうと奮闘していたように思えたから。だから非力な私でも多少でも力になればという思いからでした。

でも、今は考え直さなければならないと思っています。

今枝弁護士がこれまでやってきたこと。

理解する鍵は自己正当化です。

一見、刑事弁護の理解のため、被告人のため、という体裁を取っていることは多いけれども、結局は、自己の正当化。

本当に被告人のためを思うのなら、弁護団から解任された時、弁護団の批判を公の場所でやるようなことは控えるべき。弁護団が自分と被告人を切り離そうとしている、などとブログで訴える必要がどこにあったのでしょうか。自己保身としか思えません。

確かに、安田弁護士は、職人的に刑事弁護人たろうとする余り、世論に無頓着過ぎるところがあり、それによって刑事司法に危うさを生じさせているところはあります。これを論難している今枝弁護士の主張は正論だとは思いますが、それは公の場所で行うべきことではありません。そっと、弁護団に話をすればいいことです。自分は「わかっている」と世論に訴えることで、自己保身を計っていた部分はないのでしょうか。

事件が継続中の現時点で、本を出版するのも同様。

自分の弁護方針を取っていれば、あれほどまでの判決を受けることはなかったのではないかとテレビでほのめかすのも同様。

橋下弁護士に対する訴訟取り下げに至っては・・・。

安田、足立弁護士の最高裁欠席には是非それぞれの議論があります。しかし、少なくとも自己保身で行ったものではありません。自己犠牲です。被告人の利益を守るための。それが避けることができたのか、できなかったのか、両論あるでしょうが、私は、自己犠牲の精神に対して、プロ意識、潔さを感じます。

今枝弁護士には、そこまでの覚悟はあったのでしょうか。

すちゅわーですさん>>本当に被告人のためを思うのなら、弁護団から解任された時、弁護団の批判を公の場所でやるようなことは控えるべき。

おそらく、そこの考え方が人により異なるのでしょうね。私は、「べき」にすぎず、目指すべきところがはっきりと定めてあれば、やり方は問わないものと考えます。

真似して、鍵は「被告人のため」は多義である、とさせていただきます。

身をあえて渦中に置くというのも、プロ意識、潔さを感じるといってもいいと思います。

>>No.178 たけですさん

>身をあえて渦中に置くというのも、プロ意識、潔さを感じるといってもいいと思います。

抽象的にそのように言われればそうでしょう。
しかし、彼がテレビで発言した一言一句、ブログで発した一語一句。
そこに自己正当化と重ならない要素というのがあったでしょうか。
そして、自己正当化でしか説明できない要素というのをどうお考えですか。
もともとすでに渦中にあった立場。それをどう正当化できるのか、という場合に、テレビに出るなどの行為に対して、私はプロ意識、潔さは感じません。

よく近代軍隊で教えることがあります。

「自分の身を守ってから、初めて他人様の身は守れる」

これは、様々な議論があるでしょうが
私は真理と考えています。

一番疑問なのは、ここです。
今枝弁護士は、本当に、今、自分の身を守っているでしょうか?

安田も橋下もいいから自分の身だけは
自分を守るのがいやなら
自分の家族だけは真剣に守ってほしいし
そのために打算家になれと言いたく思います。

>>No.180 どうだろうさん

仰るとおり、最終的には人間の行動原理というのは、自分を中心にしています。
それが短絡的なものか、それとも、自分自身の永遠の尊厳に繋がるものを確保するためのものか否か、そこで、違いが出てきます。

例えば、今、この身を捧げても、後世の人によって評価されれば良いと思って自己犠牲の精神で行動するのか、今日、明日の食事のことを考えて行動するのか。

弁護士が、西洋で医師、牧師と並んで聖職とされてきたのは、前者の精神で行わなければならないと言われてきたからです。

すちゅわーですさん>>そこに自己正当化と重ならない要素というのがあったでしょうか。
そして、自己正当化でしか説明できない要素というのをどうお考えですか。
もともとすでに渦中にあった立場・・・。

自己正当化してますか??批判は自己正当化でしょうか?自己正当化ではなく、後悔に近いものに感じます。
しゅちゅわーですさんは、どのような点を自己正当化としているのでしょうか?
あと、もともと渦中にあったとしても、今は渦中にいなくてよいはずだ、と述べたのですが。
もしかしたら私が意味を取り違えているかもしれませんので、お尋ねしますが、もともと渦中にあった人がその場(本件では弁護団でしょう)から離れた上で、批判、反省、後悔等を公にするということは、渦中に未だ身を置く覚悟をもった上ということではないのでしょうか?

すみません。少し言葉足らずだったと思います。

批判が自己正当化につながるのは、自己の主張を基礎付けるという点ではありえます。
しかし、本件で批判により今枝先生にプラスになるものはあるでしょうか?
それが私には見出せないので、個人の自己正当化のためにやっているのではないのではないかと思っているのです。

>>No.182 たけですさん

>しゅちゅわーですさんは、どのような点を自己正当化としているのでしょうか?

自己正当化でしか説明できないもの。それはNo.177で書いています。

>あと、もともと渦中にあったとしても、今は渦中にいなくてよいはずだ、と述べたのですが。

判決が出た直後、今枝弁護士はテレビにたくさん出ていましたが、自分と弁護団の違いを印象づけようとしているように思えました。弁護団と同一視される限り、彼は渦中に居続けることになります。

弁護団を公に批判することは、彼が行うべきことではありません。少なくとも事件継続中は。
行う必要もありません。批判は第三者が行えばいいでしょう。それに対して、真に彼が刑事弁護人の職務に忠実であろうとするのなら、擁護できる部分を擁護すればいいだけのことです。それ以外はノーコメントで通せばいいはずです。

もう遅いので今日は寝ます。

>No.181 すちゅわーですさん

ありがとうございます。
ここから先は私の拙さが言わせるものとして
勘弁してくれたらありがたいです。

実は、僕は今枝弁護士の心理はよくわかります。
ちょっと自分の成功の果ての正義感で参加したら
とてつもなく難しい弁護で、しかも統制を気にしている。

でも、どんな仕事をやるにしても
チームの仕事で統制の無い仕事は本当に無いんです。

まして、20人クラスのチームを組むならです。
でも、その中でも、ある程度の職責を持っていた人間なら
やらなければならない仕事はどうしてもでてきます。

それが、正に懲戒請求対応だったのではないでしょうか?

そこを交渉できるか?
交渉できないなら、喧嘩するかになります。
(自分は勧めない人間ですが)

でも、最後のあれはありません。どんなに喧嘩しても。
みんなの立つ瀬をぶち壊しです。

>>No.183 たけですさん

>しかし、本件で批判により今枝先生にプラスになるものはあるでしょうか?

世論の支持を受けることが出来、自分に向けられたバッシングは回避できます。

今枝先生に回避しなければならないようなバッシングはありましたっけ?弁護団に対しては痛烈にありましたが・・・。

しゅちゅわーですさんの意見もわからないわけではないので(自己正当化は未だに少しわかりませんが)、これくらいにしておきます。

おやすみなさい。

>No.187 たけですさん

>今枝先生に回避しなければならないようなバッシングはありましたっけ?弁護団に対しては痛烈にありましたが・・・。

「弁護団に対しては痛烈」にあったからこそ、一生懸命「今枝先生」派切り離そうとしてるんじゃないですか?

ところで、「しゅちゅわーですさん」ではなく「すちゅわーですさん」です。

そこは、私情を置くべきところですよ。

 進化生物学的な見方をすれば、自己犠牲や利他主義などの理想主義もまた利己的であるという公式が導かれています…。
(その公式を導いたジョージ・プライスという理論生物学者は、自分の発見にショックを受け、自殺しています。)

 悩ましいのは私たちの行動が根本的に利己的だということではなく、私たちの理想もまた利己的だという考えです。(私たちが感情的に利己的だという意味ではない。)

 安田弁護士を始めとする弁護団の自己犠牲的な弁護方針は、(結果として)被告人の利得(進化ゲーム理論的意味での「利得」)を上げる事は出来なかったので、結果として利他的な行動(※)にはなりませんでした。
(※利他的な行動:自己の利得(適応度)を下げて、他者の利得を上げる行為のこと。)
 そこで、今枝弁護士は別の戦略を実行に移したのではないでしょうかね…。(その戦略が成功するかどうかは、もっと後にならないと分からない事だろうと思いますが…。)

申し訳ありません。名前は完全に勘違いしていました。決して私情ではありません。
以後気をつけます。

見方はいろいろですね。
確かに、言われれば切り離そうとしているとも見えないことはないですね。そう短絡にしたわけではないと思いますが。

>No.187 たけですさん

>今枝先生に回避しなければならないようなバッシングはありましたっけ?弁護団に対しては痛烈にありましたが・・・。

「弁護団に対しては痛烈」にあったからこそ、一生懸命「今枝先生」は切り離そうとしてるんじゃないですか?

ところで、「しゅちゅわーですさん」ではなく「すちゅわーですさん」です。

 今枝さんのblogにもある「刑事辯護への理解のために」啓蒙が必要な人というのは、ここに居るような諸先生方ではないわけでしょう。(むしろ今枝さんが学ぶ必要すらある気さえする:p)

 そういう意味で、今枝さんの目は刑事司法制度に無理解な「世間」に向いてるのであって、今回の行動が法曹関係者にどう思われようとも、それを表向きには気にしないんじゃないかと推測してみるテスト。叩かれるのもある程度承知の上のことでしょうし。(でも「気にしい」なところがある気もするので、変に強がったりして事態をこじらせそうな豫感はしますけども。)

 今枝さんのことを深く存じているわけではないですが、解任された腹いせと自己の立場の合理化のために、安田辯護団を生贄にして自分が正義を気取ろうなんて人じゃないように思いますよ。そんな計算ができる人なら、もうちょっと今までの色々はスマートに事が運んでるんじゃないでしょうか。

>みんなの立つ瀬をぶち壊しです。

 まさに、ぶち壊されるべきものなのでしょう。
 弁護団の態度は、自己正当化のために、世間レベルをさ見下げているように思われますし、そもそもが支離滅裂で収拾もつかなくなるような弁護活動を、思い上がりと、思いつきで行った結果ではないでしょうか。
 なんとか取り繕うと、悪あがきをしているように思えてなりません。裁判所自体が被告人を操縦した可能性を示唆しているぐらいですから、蓋然性もそれなりに高いと思われます。
 論点を拡散し、関心と注意を他に向け、時間稼ぎで本質的な問題を風化させたい意図が感じられなくはありません。
 安田弁護士自身の裁判では2千人を超える同業者(弁護士)が味方についた(なぜか報道も小さいです)そうですが、一蓮托生な利益を守るため似たような目的でネット上を席巻、跋扈しているのでは、と勘ぐりたくもなります。
 好都合な既得権を守るための、呪詛調伏がはびこっている、と思えるぐらいです。

あれは、本質的に負け覚悟のゼロサムゲームですから。
だからあの弁護は難しいんでしょうね。

結局、「無期」か「死刑」かで
最高裁は「死刑」前提の差し戻しでしょう。
(死刑相当の最高裁差し戻しで、
 無期以下になったことはいままでありません。)

それでも、お金になるなら別だけど
「お金」の代わりに「世間の恨み※」を買うことができます。

※モトケンさんの弁護批判もおまけについています。
 でも、誰がやっても勝つのは極めて厳しいです。

だから、今枝弁護士もきっと何かどこかに神様が見えた位な勢いで
橋下弁護士の立場を認めることにならざるを得なかったのでしょう。

>No.192 ミ ´Å`彡さん

>今枝さんの目は刑事司法制度に無理解な「世間」に向いてる

だからこわいと思います。
いくらおだてられても、最後つぶれるのは自分です。
「世間」はそんなに思いやりにあふれては決してありませんから。
結局、今の今枝さんは
「鳥無き里の蝙蝠」になってるような気がします。

私は「黙る」という知恵を身につけてほしいところです。

>No.193 廣野秀樹さん

>みんなの立つ瀬をぶち壊しです。

後ろから鉄砲を仕掛ける奴を
何があっても自分は認めることができません。

 このまま死刑判決が、最高裁の「論旨は理由がない」三行半決定書で確定すれば、事件の犠牲からの教訓は何も国民社会にもたらさなかったことになりそうです。
 得たものは、死刑による威嚇効果ぐらいでしょうか。弁護団の目的とも、逆方向のようですが。
 まったく、役立たずの醜態を晒し、無能ぶりをさらけだしたようなものです。

 安田弁護士は、その昔、新宿バス放火事件の弁護を担当したはずですが、このときは死刑を回避することに成功したはずです。
 その事件で弁護側は、放火に使ったポリタンクのガソリンについて、「お土産として買った」と主張していたはずです。当時はそれで通用したのでしょうか。
 また、確かその被告人も山口県の出身者だったと思います。

私も、今枝弁護士が、ご自分を正当化しようとしてるふうには、受け取れないです
ただ、そのように感じた方もいらっしゃるんだ・・・と、ちょっと驚きました
人間誰しも、いくつになっても、未熟ですし、少しのミスも許さず、相手に完璧さを求めることは、少し厳しすぎるかなって・・・感じました
誰が正論で、誰が正解と、答えのあるものではないので、色んな方のお考えやご意見、とても勉強になります
私も含めて、多くの人間は自分の考えに固執しがちですが、これからは、少しだけでも他人の意見に寛容になって、「ひょっとしたら、私の考え違ってたかも・・・」と、
素直になれる部分は持ち続けて、豊かな日々を送りたいと思いました
そういう部分、今回少し今枝弁護士に感じられて、応援したくなりましたよ

 一方、弁護側は1審の約1200人を大きく上回る約2100人の弁護団を結成。1審同様に「事件は捜査当局が作り上げたもの」などと無罪主張していた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080423-00000932-san-soci

 よく考えてみると日本の弁護士が2万人として、その10分の1が、安田弁護士を支持していることになりそうです。事案はことなりますが。

 ちょっと調べてみて、検察が上告していたこともわかりました。
 良い刑事弁護という問題以前に、なんか異常事態みたいです。そのうち、今枝弁護士が検察におもねり、寝返ったなどという話も出てくるのかもしれません。
 まあ、検察の最終弁論に対して、記者会見も行わず、判決が出てから裁判所をなじっているぐらいですから、当事者主義という刑事弁護の本質をわきまえているのかも疑問です。
 弁護士商売にとって、安田弁護士は都合の良いご本尊なのかもしれませんが。そういう気持ちを市民に抱かせている事自体が、弁護士界にとっても問題なのだと思います。

検察側は「判例に照らせば共謀共同正犯が成立し、ほう助犯の適用は誤り」などと判例違反を主張するとみられる。
 刑事弁護にとって、大きな意味を持つ最高裁の判断が出そうです。

 私は、刑事弁護によって大きな利害得失を受けたという立場からも、熟考し忌憚のない指摘や意見を述べています。

>No.197 3児の母さん

あの事案の刑事弁護なんてものは
万人を敵に回す覚悟が無ければ決して成り立たないものです。

極めて難しい(別の言い方をしたらとことんうざったい)
弁護を引き受けた時点でそれは覚悟の上で無ければ
成らなかったと考えます。

でも、今枝弁護士の目指すものが現在は本当にわからないのです。
さっぱり自分の軸が見えないのです。

別の言い方をします。

もし、万が一自分が犯罪に巻き込まれたとして
依頼できる弁護士が
「今枝弁護士」と「安田弁護士」と「橋下弁護士(大阪府知事)」しか
いなかったとします。
あなたは誰を選びますか?

もし自分なら、この選択肢の中では
「今枝弁護士」は最後になります。
軸のない人に自分の運命をゆだねるほど
怖いことはありませんから。

>No.198 廣野秀樹さん

いつもは、あなたの投稿はスルーしていましたが、最近投稿し出した方もいらっしゃるでしょうから
今回だけ指摘させていただきます。

良い刑事弁護という問題以前に、なんか異常事態みたいです。そのうち、今枝弁護士が検察におもねり、寝返ったなどという話も出てくるのかもしれません。

特定の弁護士の名誉を損ねかねない発言は慎んだほうが良いのではないでしょうか。
実名で書くようなことではありません。


私は、刑事弁護によって大きな利害得失を受けたという立場からも、熟考し忌憚のない指摘や意見を述べています。

あなたの事件の実態がどうであったかは知る由もありませんし、知りたくもありません。

しかし、あなたが利害損失を受けたとするなら、それは「刑事弁護」ではなくあなたに関係した弁護士(達?)によるものではないですか?そういうのは早急な一般化というものです。

そもそも投稿内容自体が全くのトピずれです。誤爆でしょうか?

なお、以後あなたから返答をいただいてもレスは返しませんので悪しからず。

非常に高度な議論に口を挟んで申し訳ないのですが。

根本的な動機は単に「原告席で弁護団の人々と肩を並べるのが嫌になっただけ」で、あとの戦略とかは全部後付け、という可能性はありませんかね?

仮に今枝弁護士に高尚な理念に基づく行動だとしても、一連の不遜な態度は一体何なのか分かりません。本来もっと謙虚な態度で世間の意見を募ることで弁護団にも態度で示すことになると思うし、また今枝弁護士をちゃんとウォッチしてきた人間に対して反撥心を起こすのみだと思うのです。

これを戦略なんて言葉でお茶濁してますが、どうやっても混乱から来る自己正当化にみえます。

私は結局似た者通しの橋下弁護士にリスペクト受けて、いくら不遜であろうと世論を味方につけ結果的に勝つことで全てが正当化できると考えているのが基本にあるが、手法を則そうとして、比較して繊細な今枝弁護士は苦悩の中で極端な心情のブレ・混乱により、書くべきところ・内容の判断を失っているような気がします。(不遜態度のみ鼻がつき、本来味方になるはずだった人も排除していっている)

情において今枝弁護士の行動も分かる気がするし、この行動により良い結果が出ることを祈りますが、正直繊細すぎること含め危なっかしいし、今枝弁護士が意図しない「危ない結果」が出てしまうことも予想されます。大変危険なカケとも言えます。
その結果が出る前にリスクヘッジ、起動修正、対応フォローなどが冷静な人達の務めかもしれません。(まぁ、そこまで行う義理が誰にどこまであるのかという問題はあるが・・・)

批判もその一環だと思います。

>根本的な動機は単に「原告席で弁護団の人々と肩を並べるのが嫌になっただけ」

 今枝弁護士は、自ら弁護団を退いたのではなく、(2007年10月に)解任されたのでしたよね…。

 私も、No.158 ミ ´Å`彡さんと同様の印象を持っています。

 今枝弁護士ご自身も他の方達も「変節」と仰っておられますが、以前からの言動を拝見しておりますと、急に思いついて行動に移したとは思われない箇所が幾つかありますが、たとえば下記のような点です。

1.まず、昨年12月に橋下弁護士の府知事選出馬のニュースが持ち上がった頃、「橋下弁護士の懲戒請求呼びかけ(扇動)に応じた市民達の意思を民意と捉えている」と受け取れる記事を書いていらっしゃった事があります。

 昨年の9月から「それは民意ではない」という事を一般市民の一人として主張し続けて来た私は、はしごを下ろされた気がして、徒労感を覚えました。(「今枝仁弁護士のコメントの転載(さらに追加あり)」エントリNo.342で書きましたように。)
 しかし、私の周囲の人間やネット上での議論を通じて、最近では私も「民意と呼ぶべきものだったのかもしれない」と思い直していました。(それに伴い、裁判員制度に対する危惧を更に深める事になりました。)

2.今枝ブログの2007年11月15日の記事に、橋下弁護士との対談が流れた事が書かれていた際「(橋下弁護士から)武士の情け(をかけてもらった)」という風に読める箇所がありました。

 それに違和感を覚えて、最近の今枝ブログNo.181を書いたことがあります。
 その際に、可能性として当時は下記3つを考えていました。
(1)今枝弁護士は疲れており、気弱になっている。
(2)今度は橋下弁護士もバッシングを受けているので、今枝弁護士は橋下弁護士に同情している部分がある。
(3)示談を検討している。

(1)の可能性に対しては、「今枝弁護士は、『弱者、劣者、敗者』ではないし、橋下弁護士の方が年配(先輩)だからといって、遠慮しすぎる事はない」という意味を込めて、「武士道」に書かれている「武士の情け」の話を引用しました。
(2)はバッシングを受けた当事者にしか分からない感覚であり、優しい今枝弁護士ならばあり得ることかもしれないと思いました。
(3)の可能性もあると思っていたので、「所詮は“外野”の独り言ですので、捨て置いて下さって結構です。」と書き、念のため返答は求めないことを述べておきました。

 その直後に、【弁護士今枝仁の「だからあなたも息抜いて」】という、もう一つのブログの方に、「2007-11-18 平成18年年頭あいさつ 武士道」という記事が掲載されておりました。下記はその一部です↓

 そうしてみると,35歳の私が,弁護士の世界で,「まだ若手だから」「未熟だから」として,遠慮したり,遜ったりするのも,単なる甘えのようにも思えます。年齢的には,「自分が中心になって引っ張っていく」というぐらいの自覚と気構えを持っていてもおかしくありません。
 かく言う私ですから,ときには理想のために暴走して周囲にご迷惑をかけてしまうかもしれません。不遜な言動で失礼をするかもしれません。そうかと言って「切腹」で解決するわけにもいきません。そういえば,私の生まれは,長州藩で外国船攘夷を断行した下関砲台があった,下関市です。しかし,下関での長州の敗戦の挫折経験は,薩長同盟に結びつき,維新への転機になりました。ですから,私が暴走気味のときや,失礼をなした際には,「斬り捨て御免」ではなく,「武士の情け」で,温かく長い目でご指導等お願いします。

 今思えば、この新年度のご挨拶を掲載して『「斬り捨て御免」ではなく「武士の情け」で,温かく長い目でご指導をお願い』している相手は、橋下弁護士ではなく、弁護団の皆さんや、今枝弁護士を擁護されていた同業者の多くの方々等に向けられたものだったのかもしれません。

 深読みかもしれませんが、主に上記2点の今枝弁護士の記事の意図が掴めず以前から気に掛かっていたのが、今回の言動とを合わせると腑に落ちる気がしています。
 「すべてが綿密に計算された通り」という訳ではないでしょうが、大筋としての方向性は以前から示されていたように思います。

* * *

 昨年10月に、今枝ブログ雑感エントリのNo.161やNo.121にも書きましたように、(説明を聞いてもらう為の前段階としての)「人となり作戦」には、リスクもあると思っています。
 また、上掲エントリNo.187は、実は今枝弁護士宛てというより、ROM者向けに書いたものでした。 ご本人がそれを実行されるのはリスクがあると思います。

 だから、「安田弁護士が講演」エントリNo.22にも書きました通り、今枝弁護士の一連の言動が「チョット心配…」なのでした。

 またなんか韜晦したエントリー書いてますね。前の消した奴とどう違うんだろう。

 なんだろう。上告審で今枝さんが一人で辯護するみたいなことを考えてて、その為の事前工作とかぐらいしか思いつきません。

 いずれにせよ、「刑事辯護理解という最終目標のために、『裏切り者の名を受けてすべてを捨てて戦う男』」になったってなら、ここの常連諸氏が反発しようとも大いに応援したいと思うんですが、勝手に誤解して勝手に支援して後で「裏切られた」って騒ぐのもみっともないので、以後今枝さんの肩を持つのは控えることにします。

 瑣末な点ですが、No.203に訂正がございます。今枝ブログ雑感エントリNo.121ではなく、No.272でした。失礼致しました。

* * *

 心配されるのも道理ですし(私も心配…)、自己正当化と受け取られるのも道理だと思います。

 至近目的は自己正当化であっても、究極目的はNo.158 ミ ´Å`彡さんの仰るように、「市民の刑事弁護への理解」と「より良い刑事弁護制度の実現」なのではないでしょうかね…。
 勿論これはあくまで私の印象に過ぎませんので、これまでと致します。

 くどくなってしまい、失礼致しましたm(_ _)m

>No.200 nobuさん

 お土産にさせていただきます。
 私は実名を公開して情報公開し、意見を述べています。そのあたりをよく考えてください。

>No.203 死刑囚さん

些細な部分ですが、みみみさんは「原告」の記述から、懲戒請求訴訟の原告として弁護団の一員である足立弁護士等と席を並べるのが嫌になったので取り下げたのでは?という話だと思いますが・・・

これを理解した上で、弁護団の方が先に解任したのだから、とやかく言われる筋合いはないのでは?という趣旨を言っておられるのでしたら私の先走りです。失礼しました。

>No.207

 「原告席」と書かれているので、No.201の「根本的な動機」とは、「橋下弁護士への訴訟を取り下げることにした」動機のことですね。
その点、私の誤読でした。失礼致しましたm(_ _)m

* * *

改めて・・・。

>単に「原告席で弁護団の人々と肩を並べるのが嫌になっただけ」で、あとの戦略とかは全部後付け、という可能性はありませんかね?

 個人的印象では、それは無いんじゃないか、と思いますけどね…。

 現行のような形の裁判員制度が施行される予定になければ、今回の今枝弁護士の言動に対して、理解をしようという気は少しも生じなかったかもしれませんけれども。(読みが当たっているかどうかも分かりませんが。)
 たとえば、もし今後、裁判員制度が導入された重大刑事事件の裁判に、弁護団の方達(たとえば安田弁護士)が弁護人として弁論を行った場合、裁判員の多くは、その弁護人に対して何らかの偏見や予断を抱かずに済む人達ばかりでしょうか…。それが心配です。

(私個人は、光市裁判について色々情報を得る中で、以前よりも安田弁護士の言動に対しては一定の理解(?)を示すようになっているのですが。以前、光市裁判における安田弁護士のことを、カラマーゾフの兄弟の「大審問官」に出て来る大審問官になぞらえた事もありましたように…。)

No.203 死刑囚様

死刑囚様の今枝弁護士に対する言動の分析もある面で大変参考にさせていただきました。
そんな中でちょっと厄介なことだなと感じたのは(死刑囚様の感じた事が的を得ていたとして)、
>「橋下弁護士の懲戒請求呼びかけ(扇動)に応じた市民達の意思を民意と捉えている」と受け取れる記事を書いていらっしゃった事があります。

の部分なのですが、
私はこちらのブログで(特に光市事件が中心)刑事弁護について大変勉強させていただき、概ね私なりに理解出来てきたつもりです。
上記引用部で今枝氏が「民意」と感じたんであれば、より一層の危機感を抱き(刑事弁護に対し)その意思をなぜもっと解り易く貫き通せないのかなと思います。 ミ ´Å`彡様がご指摘されたように、>刑事弁護理解が最終目標>という捉え方ができるとすれば尚更ですし。
私から見れば今枝氏の言動は高みからの思わせぶりのようにも感じます。それを敢えてしているとすれば、ある意味自己犠牲とみることができるかもしれませんが、しかし私には大衆に迎合するかのごとき、自己保身につながるように見えてしかたありません。
大衆を相手に(法曹関係以外の)、被告人を或いは刑事弁護をもっと理解してもらおうという高尚なお考えがまだあるんであれば、もっと解り易い言動をするべきなのではないでしょうか。(私はまだ、一番良いのは、黙る事、だと思っていますが)
今枝弁護士の言動は、色々な流れを確認しながら、なんかフラフラと性根の見えないものに感じます。
さらに、知識があり、分別も理解できる方々ばかりであればいいのですが、情報媒体はTVや新聞くらいしか見ていない日常生活に追われるばかりの法曹とは全くかけ離れた普通の生活者から見れば、より一層、刑事弁護への理解なるものは遥か遠くなって行く危惧さえ感じています。(これで、裁判員制度が開始されていったら・・・)

全体を通し死刑囚様に愚痴こぼししているわけではございませんので。

一応現段階で「不遜」とかとりあえず取り除いて私が考えた「目的」です。全く違うかもです・・(逃げ腰(^^;)

今枝弁護士は何を目指しているのか?

機ナ杆郢凌Χ藩念の再構築
(杆酳針決定にあたり、被告人だけなく被害者側に救いがあることを考慮するべき
→被告人、被害者側共にWinWinの可能性を追求せよ
→端的にいうと世論と融合した弁護内容にすべき
→事実関係ばかりでは、素人が混ざる裁判員制度も始まり勝てない
∪は世鮖箸辰討任睫榲達成を目指すべき
→法廷外も戦術の一部として活用するべき
→これも裁判員制度を睨んでいる
J杆鄂佑任覆ても一度関わり自ら責任を取れる覚悟あるならば被告人のためにつくすべき
→これによって弁護士の高い理念を世間は認めてくれる
ぜ虍覽遡海あっても弁護内容・評議を積極的に公開するべき
→法廷は本来公開されているもので、積極的に自ら可視化し自らの正当性を示すべき
 
供ナ杆郢凌Χ藩念の範囲内
(杆酘睛討寮眛昔倭すために世論の意見を考慮するべき
→内部では分からない客観的説得力を認識する上で世間の意見を参考にし場合により修正すべき
∧杆郢里凌責を十分世間に認知させるべき
→職責を果たすだけでは世間の理解は得られない
→その為には先ず彼等の言い分を理解しなければならない(懐柔策に活用)
8斉亜態度、行為による不当な批判を避けるため、世間にどうみられるか客観性に基づく行動を意識せよ
→傲慢・頑固では世間から乖離するだけ
※これ以外にもあるかもしれません。

どちらも共通なのが、「世間の意見を考慮しろ」であり、そして「被害者側視点(現段階では世間の感情と大部分合致する)を考慮しろ」ということなのだと思います。

私は特に「供櫚 廖岫供櫚◆廚任△蝓△修靴討修糧展で将来的に「機櫚 廚鯡椹悗靴討い襪任呂覆いと考えています。

※流石に「弁護内容が不謹慎と感じさせるのであれば第3者も懲戒請求可能とする」「懲戒請求に数の論理を取り入れる」なんて事はないと思いますが・・・  

--------------------------

そして上記の目的を達成する上で世論をどう捉えているかになりますが・・・
「刑事弁護を理解の有無」「弁護内容把握の有無」「弁護士理念、被害者感情どちらに重きを置くか」等の要素を組み合わせた多次元的な世間の意見の中で、それぞれの施策において「どの座標に居る人達をターゲット」にしているのかが問題になってくるのでしょう。

追記です。
更にその具体的実績として、上告審で結果を出すための下準備でしょうか。
※上告審のほうが間近な目的だとは思いますが・・・
※上告審では「弁護人」としてなのか「弁護人外」としてなのかが問題となってきますね

>No.204 ミ ´Å`彡様
同意です。
何故「自己の正当化」が批判の対象になるのか理解出来ません。
注目を浴びる裁判ならば大勢の人の関心を呼び、昨日の書き込みではないけれど「オレさま目線」で批判する者は多いでしょう。
それに対して批判された側が何故「オレさま目線」で対抗してはいけないんでしょうか?

弁護士の「誠心誠意弁護に尽くします」は他の弁護活動を放棄する事とイコールでもないし、ある意味の営業活動を止めなければならない事とイコールでもないでしょう。
今村弁護士のサイトを訪れる人間全てが「光市事件」だけが目的で訪れている訳でもありますまい。皆さんはご自分が依頼した弁護士が他にどんな事件を担当して、どんな弁護をしているのか気になりませんか?私はとても気になりましたよ。当時はネットなどなかったですから、素人が調べようもなかったですが。
一般の弁護士は「太陽に吠えろ!」の刑事とは違います。1つの事件が終わるまでずっーーーとその案件だけに捕われている訳ではないですし、今枝弁護士も「光市事件」の為だけに生きているのではないと思います。

>No.212 大学生の母さん

「全ての人は法の範囲で自由だから批判は・・・」「人は弱いもので、その人の苦悩等は他人では推し量れない。だから誰も批判する権利を有さない・・」「人が食うための糧の模索を他人が批判することは・・・」等意見は理解できます。
ただ批判している人の意図をもっと汲み取ってもらいたいものです。

ところで、大学生の母さんは一連の行為を「光市事件」とは全く関係ないとの認識ですか?

質問です。上のほうにもありましたが、
いまの今枝さんの言動を見ていると、
「上告審で今枝さんが一人で弁護するつもりだろうな」
としか思えないのですが、
もしも今枝さんが被告人を説得して
「現弁護団20人を解任する」と言わせれば
それで自動的に今枝さんが選任されることになるの
でしょうか?
裁判制度に詳しくないので、どなたかご教示ください。
よろしくお願いいたします。

>No.211 カツビンさん

 あくまで推論ですので、私の独り言として聞いてください。

 私は、被告は嘘をついていないし、弁護団も捏造していないと思っています。

 ただ、被告の記憶が書き換えられてしまっていたために、Y弁護士に話した被告の新供述が、他の証拠との整合性がとれない形になったと思います(記憶が書き換えられているので合わないのが当たり前なんですが・・・)。どちらかと言うと、被告にとってみたら事実であり、嘘ではなく、真実でもないという感じになります。

 人間は、自分の人生が変わってしまうような大きな事が起きると、それさえ無ければ今の自分の状態は無かったのだからと、無意識にそのことを何とか忘れるべく蓋をしようとする場合があります。

 頭では思い出したくないのに、つい思い出してしまうという状態が続くために、本来はこうであったのが、こうであればいいと思うようになり、こうであればいいと思ったことを続けていると、そのこうであればいいと思ったことが実際にあったこととして書き換えられてしまうことがあります。

 実際にあった時の記憶が奥の方に押し込められて、自分でこうであれば良かったと思う記憶が真実の記憶をオブラートに包んで、手前に陣取ってしまう形です。

 この書き換えられた記憶でも2人を死に至らしめた行為として認識していますから、同様に思い出したくない記憶になります。ですのですぐに思い出せるような位置にあるわけでなく、(真実の記憶よりは手前ですが)奥の方になっています。

 この被告の場合は、起訴されてから、前回の上告の口頭弁論前までの長い期間ずっと自分を否定され続けていました。当初は確かに手紙等で稚拙さがありましたが、徐々に死刑の可能性が強くなっていき、相当な恐怖(ストレス)が襲うようになったのは容易に推測できます。だんだん悔悟の気持ちが強くなっていくのですが、その都度思い出してしまうので、無意識でそうなってしまったように思います。

 脳の記憶のメカニズムやストレスが脳に与える影響などを調べられると分かると思いますが、通常の脳内での営みです。

 上告の口頭弁論前に被告がY弁護士に話した際の状況、被害者遺族にまず謝罪・贖罪したいということを教誨師に話したこと、私が判決前にテレビで見たインタビューでの被告が話した内容などから、後悔、悔悟、反省の気持ちがあると、こういうことが起こる場合もあるので、もしかしたら、そうじゃないのかな?ということを感じました。

 私は、直接被告に会って話したわけではないので、あくまで推測ですが・・・

 被告と接する機会が多かったI弁護士は、少なくともどの弁護士よりも被告のことを分かっていると思いますから、ハードランディングになるかもしれないのを承知で動いているように思います。ただ、相当ハードなストレスが降りかかっていると思いますので、蓄積してしまわないように、うまくストレス解消をしながら乗り切ってもらいたいと願うのみです。

>No.213 カツビン様

>ところで、大学生の母さんは一連の行為を「光市事件」とは全く関係ないとの認識ですか?

ご質問の意味が理解出来ません。
一連の行為には今枝弁護士が光市の事件についてコメントしている以上、本人でもない私が「全く関係ない」などと言える訳もありません。
私の言いたい事は人は機械のように、この行動は100%○○の為だけ、この行動は50%は○○の為で残り50%は○○の為・・・などと自己分析しながら行動を起こしている訳ではないでしょう?と申し上げています。そんな事が可能ならば犯罪だって今よりずっと少なくなるのではありませんか?私は精神分析の専門家ではありませんが、人はその置かれている状況で無意識の内にでも自己防衛をするものではないのかな?と思うのです。

そういった意味で公判中の弁護士の不適切な行動への批判は充分に容認出来ますが(公判中の弁護士は計算ずくで、その事件のみの為行動する事が要求される)それ以外の場での行動まで、公判中と同様にみなすのは、それこそ弁護士という職業についての世間の誤まった認識を助長するのではないかと危惧します。

大学生の母さん

他人の行動をあれこれと邪推して、非難を浴びせるな!

そんなお気持ちではないかと拝察いたしました。
その感性には、僭越ながら私も共感するところがございます。
まして、No.168で例に出されていた拉致被害家族ともなれば、生半可な気持ちで非難できるものではございません。

ただ…

>No.168
>その通りです。

だとするならば、大学生の母さんは『批評行為は不当であると批評している』事になり、論理的には自縄自縛です。
また、批評という名の「表現の自由」を否定するご発言かとお見受けします。

もちろん、そんな意図で仰られていたわけではないと思います。

批評行為は不当、つまり道理に合わないのではなく、いみじくもミ ´Å`彡さんが仰られた通り、時に「かっこ悪い」のではないでしょうか。
或いは、優しくない、美しくない、潔くない。
そう映る場合があるのではないでしょうか。
それは、一定の人間にとっての思想信条に基づく価値観に反している。
そういうお話ではないでしょうか。

価値観の相違は、夫婦のそれと同様、どちらが一方のみが絶対的に正しく、一方に価値があれば他方は無価値である、という問題ではないことはご承知かと思います。
価値観が相違している場合、その調整は、時には同様の価値観を持つ人間の過小で判断(=多数決)され、時には互いにとっての最大利益をもたらす答えは何か、議論を経た上で調整されるのではないでしょうか。


そしてこちらでは、その議論の過程の一つとして今枝氏の真意の推理が行われ、氏の行為が社会に与える影響を予測し、導き出した結果が社会にとって負であると判断なさった方々が結果から逆算し、氏の行動を批判なさっていたのだと思います。
かっこ悪いからといって、黙っていられない理由があり、発言なさっているのだと思います。

それをかっこ悪いと指摘することはできても、行為自体不当であるというご主張は、それこそ不当ではないでしょうか。

批評されるべきは批評行為そのものではなく、批評者の予測過程における論理矛盾、考慮すべき要件の不足、或いはその判断結果と一定事実との不整合性ではないでしょうか。
でなければ、相違する価値観が永遠にすれ違う、或いはぶつかり合うばかりかと存じます。

余談ですが、私個人は、今回・今後の今枝氏の行動が与える社会的影響は軽微であると予測しています。
良くも悪くも、マスコミにとっての光市事件の賞味期限が特段に長いと判断できる材料が、特に見当たりませんので…。

>No.216 大学生の母さん

私の意図は、貴方の意見では今枝弁護士の一連の行為は、自らは述べてもいない「経済的理由」に主体を置いているように見えるので、

光市の事件についてコメントしている以上、本人でもない私が「全く関係ない」などと言える訳もありません。

を引き出すものです。つまり私は自ら述べている部分を主体に意見を発していることを示すためです。
自ら経済的困窮を述べてないのに、人の懐具合を詮索する行為は下衆のかんぐりに近いと感じます。

関連するとしたらブログで「自らの信用問題」に言及していて経済的な話にはなりますが、現状の困窮ではなく、将来への布石と感じます。
ただ信用回復に努めるのは理解できますが、「公開」して弁護団に対する疑惑・偏見を助長させる行為が弁護士としての倫理に当てはまっているのか疑問だということです。

そしてここまで進んでいる民事の原告取り下げが「経済的な理由」とどうリンクするのか理解できない部分です。

それ以外の場での行動まで、公判中と同様にみなすのは、それこそ弁護士という職業についての世間の誤まった認識を助長するのではないかと危惧します。

何も言わなければ、最低限公開しなければ何も問題にはならない。しかし、弁護人ではない守秘義務を有する弁護士が、公判後でも内情を公開したり、「弁護団」を非難したり、被告人の発言情報を公開したりすることのほうが「誤まった認識を助長」するんじゃないでしょうか?
※公判後は守秘義務違反には問われないなんて誤認

 ここでは今何が議論されているのでしょう?

さあ?今枝さんのことじゃないですか。

>No.217 Yachtさん

今枝弁護士自ら

答えを示して、誤解を解いたり、理解を得たりするのは簡単です。
その前に、もし真剣に考えたい人は、もう1度、僕のブログを、そのときの状況を思い浮かべながら、読み直してください。

しているのを邪推というのですか?

「かっこ悪い」のではないでしょうか。或いは、優しくない、美しくない、潔くない。そう映る場合があるのではないでしょうか。

私の場合この「かっこ悪い」は「自ら真意」を明らかにしていないのに関わらず、自分の推測で「勝手に期待」し真意がその推測と違う場合に「裏切られた」とすることだと考えますが・・・
真意を明らかにし他者に理解を求めた事項を翻すことに対することを「裏切られた」とするのとは根本的に相違していると思います。

>モトケンさん

私のコメントから議論ズレ起こしています。以後自重します。

No.221 カツビンさん

>邪推というのですか?

一般的な事柄としての意見を述べようとしたため、一般論に転換してしまいました。
モトケンさんにもお詫び申し上げます。

No.217後段の通り、こちらでは議論の過程の一つとして今枝氏の真意の推察が行われているのだと認識していますので、カツビンさん他大半の方々の推論が邪推とは思っておりません。
ましてご指摘の通り、ご本人が推奨しています。

ただ、推論が不当であると感じる立場に立った場合、そのように受け取る心情もあろうということを極端に表現するために用いた言葉だったのですが、極端に過ぎました。
ご不快にさせたのでしたらお詫び申し上げます。


後段ご指摘の部分も、No.204 ミ ´Å`彡さんのご発言を引き合いに出した上での文脈ですので、
>勝手に誤解して勝手に支援して後で「裏切られた」って騒ぐ
という場合、それは一般的に「『時に』かっこ悪い」こともあろう、という趣旨で書きました。

お騒がせしたことを、重ねてお詫び申し上げます。

>No.217 Yacht様

私は一般的な行為そのものを批判しているのであって実在の個人を批判してはいません。そこの処をお間違いなきように。
尚ネットのHNは実在する個人ではなく、バーチャルな者です。
No.216の前に1つコメントを書いたのですが、リンクを貼ったせいか、ブログ主さんのお預かりになってしまいました。
リンク先は文部科学省です。
大分トビずれになっている投稿なので、確かに削除されいも仕方のないものだったかもしれませんが、内容は「いじめ」 に関連し、私たち大人は次世代に良き手本を示さなければならないのではないか?としたものです。

>No.218 カツビン様
私は経済的な面だけではない、と前にハッキリと否定した筈ですが?
弁護士として生活することだとは申しました。当然その中の要素の中に経済的な面も含まれますが。

何も言わなければ、最低限公開しなければ何も問題にはならない。しかし、弁護人ではない守秘義務を有する弁護士が、公判後でも内情を公開したり、「弁護団」を非難したり、被告人の発言情報を公開したりすることのほうが「誤まった認識を助長」するんじゃないでしょうか?

弁護団を非難されている弁護士は今枝弁護士だけでなく、このブログ主のモトケン様もそうですが、何故モトケン様は許されて、今枝弁護士の非難は許されないのですか?
「守秘義務に違反している」を主張したければ、まずは今枝氏のどのコメントが守秘されるべきものなのか?を提示しなければ論は成立しないと考えますが。
「今枝弁護士は弁護士法の守秘の義務に違反している」
そう言い切って宜しいので?
下手をすると毀損に当たるのではありませんか?

公判後は守秘義務違反には問われないなんて誤認

この誤認の主語は私でしょうか?
だとしたら、完全にカツビン様の誤読だと思います。

大学生の母さん

このエントリーは一応、今枝弁護士の言動の賛否を論じる場所、という流れになっているんですよ。であれば、「賛否を論じること自体の是非」を問うのはやはりトピずれと言わざるをえません。ここでは「批判も含めて」論じることが前提となっているのですから。

一般的な行為としての「誰かの言動を批判すること」の是非を論じるのであれば、場外乱闘にスレッドを立てて話を続けてはいかがですか?

正直、議論のための議論に陥っているように思えてなりません。

もうこれ以上やっていても迷惑かけるので最後にしたいのですが・・・・

>No.222 Yachtさん

こちらこそ変な気を使わせてしまいました。申し訳ありませんでした。
全体の意見そのものには、「社会的影響は軽微」以外は粗異論ないので、不快に感じたわけではありません。
一応ROM者向けに「自分の正当性」をアピールしたいことからのコメントです。

>No.223 大学生の母さん

私は経済的な面だけではない、と前にハッキリと否定した筈ですが?

そうですか。それは失礼しました。

何故モトケン様は許されて、今枝弁護士の非難は許されないのですか?

今枝弁護士は元弁護人だからです。
一般に知りえる情報で批判することは誰でも自由です。更にその批判内容について私も納得いくものだからです。
※自由でもその発言に責任は伴いますがね

まずは今枝氏のどのコメントが守秘されるべきものなのか?を提示しなければ論は成立しないと考えますが。

沢山あります。自著の本での弁護団内でのやりとりや元少年の生育状況を説明する過程、サンジャポの被告人接見時の元少年意見などです。

「今枝弁護士は弁護士法の守秘の義務に違反している」そう言い切って宜しいので?

でどこで言い切りました?違反している可能性は示唆しましたがね。違反の判断はかなり難しいものだと思います。
ただ何も公開しなければ「その可能性」もゼロだということです。

下手をすると毀損に当たるのではありませんか?

そう思うのならば、今枝弁護士に報告したら如何ですか?
自ら書いたものに対する責任は取りますよ。
ただ私は誹謗・中傷しているつもりはありませんし、そのような脅しのような意見で他者の意見に圧力かけることはかなり不愉快です。

この誤認の主語は私でしょうか?

違います。刑事弁護を理解していない人達を主語にしてます。

>No.225 カツビン様
>>「今枝弁護士は弁護士法の守秘の義務に違反している」そう言い切って宜しいので?

>沢山あります。自著の本での弁護団内でのやりとりや元少年の生育状況を説明する過程、サンジャポの被告人接見時の元少年意見などです。

「守秘されるべきもの」の明示が抜けていますが。

>でどこで言い切りました?違反している可能性は示唆しましたがね。

ならば不確定要素で批判をしている事になりますね。
弁護士の職責に理解を示す人が「推定無罪」を知らない訳はないと思ったのは私の買い被りだったようです。

>ただ私は誹謗・中傷しているつもりはありませんし、

いじめた側も皆そう言うんですよね。
「ただ教室の中の空気を良くしたかった」または「本人の為になると思った」・・・って。で、これは本当にそう思っていたんでしょう。
だからこそ「いじめ」の解決は難しいとも言えるんですが。。。。

>そのような脅しのような意見で他者の意見に圧力かけることはかなり不愉快です。

>ただ何も公開しなければ「その可能性」もゼロだということです。

↑の言葉が我が身に返ってきてますね。

モトケン様
みみみ様のご指摘はその通りですか?
モトケン様は「今枝弁護士の言動の賛否を論じる」エントリーをされたのですか?
私には弁護団の弁護についてのエントリーに読めるんですが。。。。

このエントリーは一応、今枝弁護士の言動の賛否を論じる場所、という流れになっているんですよ。

トビずれた事へのご批判は受けます。

 まあ、このブログの場合、コメント欄の議論がエントリの趣旨からどんどんずれていくのは全然珍しくないので、少々のトピずれは大した問題じゃないんですけど(ブログ主自身がトピずれかどうかよく分からない^^;)、みみみさんが指摘したように、なんとなく議論のための議論に陥っているような気がしたものですから。。。

>226 大学生の母さん

これ以上の続きは「場外乱闘」で行いましょう。
一応返信を書いておきました。

はじめまして。
多くの方のコメントを読ませていただき
大変考えることが多く、なかなか簡潔には言い表せないのですが
感想としては

結局司法にとって一般人(法のシロウト)は蚊帳の外

が正直なところでした。
だからこその裁判員制度なのかもしれませんが…。

レス汚し失礼いたしました。

ロッキード事件に関わった訳だが、
後年、こう言っている。
”田中角栄の様な人物に関わって、
時間を浪費したことが悔やまれる。”

今現在、このスレで取上げられている人物について。
知っている人は、以前から彼の脆さを感じていた筈だ。
今は馬脚を現してしまった訳だが。
こうなることは、半ば予想されていたことであり、
何故に、今、これだけの下らない論議が交わされるのか。

時間は大切に使うべきでしょう。
他にも議論すべきことは山のようにある。

やはりクライアントに影響するような批判は避けるべきなんじゃないでしょうかね〜。今枝弁護士だけという意味でなく、一般論として。
今枝弁護士が抱えている他の案件にも係わりかねないのじゃないですかね?

いみじくもこのブログ主さんが「少年事件のむずかしさ」のエントリーのコメントで思わず吐露してますよね。

>弁護士の方がずっと給料がいいから、無理しなくてもいいのに。

いや、そういうわけでもない。
弁護士は水商売だから、金につまると危ない。


>No.177 すちゅわーですさん
基本的に同感です。
5月2日付のエントリーを見て、呆れて溜め息が出ました。
『「なにを考えているんだろう」と疑問を持』っている人が増えてるのではないと思うんですけどねぇ・・・違うイントネーションで「なにを考えてんだッ!!」と怒り、今枝弁護士は浅慮で短絡的だと感じてる人は増えたと思いますが。
そういう目で見られるのが彼の自尊心をいたく傷つけるのでしょうかねぇ。

「説明して誤解を解くのは簡単」とか嘯いているけども『説明して誤解を解くのが簡単』なら、橋下弁護士による懲戒請求騒動なんか、それこそ簡単に解消していただろうに。

テレビ局の番組プロデューサーに『くすぐり』言われてすっかりその気になっとるんちゃいまっかね?
視聴者の感情に訴えてハートを掴むっちゅーのは、それも「被告人をとにかく厳しく処罰しろ」と思ってる視聴者の心を捉えて、コッチガワに引き戻す材料を提示するなんて芸当は、パートタイム出演の弁護士コメンテーターの手には余るってコトくらいは冷静に分析できてるんでしょーかねえ。
「味をしめやがって」でしたっけ?たかじん氏の捨て台詞。その意味を噛み締めるべきじゃないのかなあ。

>>No.232 惰眠さん

今枝弁護士には、テレビで述べる一言一言、ブログで書く一字一句が、世論に大変大きな影響を与えるという責任を今一度自覚していただきたいです。

刑事司法の理解を得るために行ってきたはずの取り組み。今枝弁護士によれば、現在も、慎重に考えて行っているとのことですが、少なくとも現状では、世間の刑事司法の理解に混乱を来す要因を作ってしまっているように思います。

どう収拾を付けられるのかわかりませんが、こうなってしまった以上は、結果論が全てになります。

良い結果をもたらすことが出来るよう淡い期待をするしかありません。

その為には、独善に陥らず、周囲の人の意見をよく聞き、時には「沈黙は金」であることを思い起こして、ベストを尽くされることを望みます。

>No.233 すちゅわーですさん
なんだか往復書簡めいてまいりましたが(笑)。

今枝弁護士には、テレビで述べる一言一言、ブログで書く一字一句が、世論に大変大きな影響を与えるという責任

影響には、好影響と悪影響の二つがありますよね。
ですが、私は、今枝氏の立ち位置は、特にテレビ番組で発言する場合の立ち位置からは、その「影響」すら発生させることができない(ご自身の満足が得られるかどうかは別として)可能性が少なからずあると思っています。
媒体の特性を考えれば、一定の情緒的な反応(ハレーション)を引き起こすことはあるでしょうが、影響(インフルエンス)を及ぼすところまで行くかどうか。
とりわけ、一連の騒動で橋下氏の初期の(彼もさんざん迷走しましたので)発言に強い共感を示した視聴者層は、今更今枝氏の発言をテレビで見聞した所で「けっ『負け犬』がなに言ってやがんだ」でオシマイ、訴えの中身はこれっぽっちも届かない(効果ゼロ)で、単にテレビ局が「こっち側の見解もちゃんと報じましたよ」と体よくアリバイ作りをする為に使われてオシマイというのが関の山と思っています。

大会議室で奮戦なさっていたすちゅわーですさんならよくお分かりと思いますが、媒体に乗っけて言葉を発して見せたところで、これが言葉を向けた対象者に到達して浸透しなければ、ひとっつも意味がない。
ケータイかちかちいじってる学生相手に講義で熱弁ふるっても虚しいのと同じようなもんでしょう。それでも『演壇に上がることに意義がある』と思っているのならば、今枝氏は余りに世間しr・・・筆が滑りました。これ以上は自重します。

法律相談へ

ブログタイムズ

このエントリのコメント