東大大学院で修士課程の入試問題漏洩 准教授を解雇(asahi.com 2008年04月28日19時43分)
浦川准教授は「自分の研究室を希望する学生を入れたかった。申し訳なかった」と話しているという。
法科大学院の入試の観点で言えば、より優秀な学生に来て欲しいというのが切実な願いなんですが。
東大准教授を懲戒解雇、大学院入試でキーワード漏らす(2008年4月29日00時39分 読売新聞)
浦川准教授は入試約1か月前、「ラムサール条約」「京都議定書」といった入試問題のキーワードをメールで伝えていた。
自然環境学専攻の入試で、こんな基本的なキーワードを事前に教えてもらわないとまともに書けない学生なんぞ願い下げだ、とは思わなかったのでしょうか?
>自然環境学専攻の入試で、こんな基本的なキーワードを事前に教えてもらわないとまともに書けない
弁護でもなんでもないですが、単語が基礎的だからといってそこから出題される問題が易しいとは限らないと思います。
たとえば法科大学院の入試で「詐欺罪」というキーワードを教えてもらえば、範囲が限定されますけど、だからといって「詐欺罪とは何か400字で述べよ」という問題が出るわけではないでしょう。
試験を重視しすぎているという見方も出来ると思うのです。
試験範囲を厳密さとか、過去に出題された問題を出題してはいけない、といったことが重要視されているのですが、試験によって得られるのは何か?ということを考えると、これは出題者側の言い訳に過ぎないと思うのです。
試験の範囲を大幅に広げたり、まだ教えていないところを出題したりすると、出題者には文句が来るだろうし、その言い訳をしなければいけない。
例えば「確かに、教科書の先の方に書いてあるが、類推できるはずだ」といった論争に勝たねばならない。
そういう論争などを避けるために「試験範囲としたところに書いてある」とデジタル的な証拠提示に走っているのが、今の試験のやり方でしょう。
その結果、キーワードを漏らすことが重要な意味を持ってくる。
しかし、試験で求めることがキーワードを漏らすぐらいで左右されてしまう事の方がヘンなのではないだろうか?
キーワードを漏らしたぐらいでは、試験の結果に影響しないような出題を考える方が有効なのではないのか?