エントリ

 珍しく現職裁判官の方が足跡を残されてました。
 ブログもお持ちのようなので覗いてまいりました。

 最近のエントリの中で目を引いたのが以下のエントリです。

 上告審による量刑破棄事例(curiousjudgeの日記)

 刑事裁判の高裁判決に対して、最高裁が量刑不当を理由として破棄した判例の分析を紹介したエントリですが、

 最高裁が破棄して自判つまり最高裁自ら量刑を決めて決着させた事件は、いずれも高裁判決より軽い量刑を言い渡したものでした。
 ある意味当然のことで、高裁の判断より軽い判決が相当であると言っておきながらもう一度高裁で審理をやり直せというのは、その間、被告人は依然として被告人という不利益な地位にいさせ続けるということになるわけですが、それでは量刑を軽くする意味がほとんど失われてしまい矛盾と言ってもいいからです。

 これに対して、破棄差戻し、つまり高裁に対してもう一度審理をやり直せと命じた判決4件のうち3件は、高裁の無期懲役の量刑は軽すぎるという判断を示したものでした。
 これは、軽くすべきという場合には自判すべきであるというのと同程度に当然であるとは言えませんが、無期懲役の量刑を軽すぎるということは死刑相当ということになりますから、基本的に法律審である最高裁としては(語弊はあるかも知れませんが、普段事実審理をしないので事実審理が苦手な最高裁としては)、今一度高裁に事実関係の確認とともに量刑判断の見直しを命じることは、極めて自然な流れであり、ことは人の命にかかわるわけで慎重審理という観点からも当然の話であろうと思います。

 これが最近の問題でどういうところに関係してくるかといいますと、光市事件で安田・足立両弁護士が最高裁弁論をドタキャンした理由の一つである、欠席しないと弁護の機会が失われるという理由の説得力の深刻さがどれほどあったのかな、というところに関係してきます。
 高裁の無期懲役を破棄して死刑を自判されたら確かにそれで終わり(後は再審だけ)ということになりますが、破棄差戻ならもう2ラウンド(差戻審、2回目の上告審)あることになります。そして、九分九厘は破棄差戻しが予想されたわけです。
 しかし、1厘の可能性でも自判の可能性があるとなると、ドタキャンの評価が難しくなってくるわけです。

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コメント(17)

「九分九厘は破棄差戻しが予想されたわけです」というのは本当なんですか。あなたは、2審の無期懲役の判決に対して、検察が死刑が相当だとして上告し、最高裁から弁論を開くという通知があったということを聞いたときに、「九分九厘は破棄差戻し」と予想していたのですか。「18才を1ヶ月程度超えていただけだから、無期懲役が相当とする時事がないか否か、もう一度審理すべきだ」として、差し戻すということを予想していたのですか。
 最高裁が原審に差し戻すのは、何らかの事実審理の必要がある場合に限られると思います。光市の事件でも、なんら事実審理の必要がなければ、当然、最高裁が自判して死刑判決を言い渡しはずです。
 最高裁が、刑を軽くするときは、自判し、重くするときは差し戻すというのは、何の根拠もない思い込みに過ぎないと思います。まして、そのような軽薄な思い込みで、死刑判決が予想される事件について、弁護人自身が十分な内容と考えていない弁論をするということは、弁護人の任務に反すると思います。

死刑を求める検事控訴事案で、控訴審が何らの事実調べを行わずに破棄自判して死刑を言渡すことは、実際上はおよそ考え難いといってよいと思います。
そして、光市の事件の弁論の時点までに結論の出ていた、死刑を求める検事上告事案は、5件が上告棄却、2件が破棄差戻しという状況でしたから、3件目の破棄事案も差戻しになるだろうというのが大方の見方であったことも確かだと思います。
ただ、判例上、少なくとも控訴審では何らの事実調べを行わずに刑を重く変更しても差し支えないとされていますので、検事上告事案で刑を重く変更する自判をすることが法律論として許されないとまでは言い難いように思います。となると、弁護人としては、判決宣告期日に「原判決及び一審判決を破棄する。被告人を死刑に処する。」と告げられる可能性のあることは当然想定すべきではないでしょうか。そのように想定した上でどのような弁護活動をなすべきかは別論ですが。

「1厘の可能性でも自判の可能性があるなら」も、その通りだと思います。

一方で、ドタキャンがなかったなら、私なんか、光市事件のことを知らなかったかも知れません。

にしては、期日延長が慣例で認められるはずと思い込んだ弁護人もイタイな。

No.1の方は上のブログを読んでいないのでしょうか?

「光市の事件の弁論の時点までに結論の出ていた、死刑を求める検事上告事案」で、最高裁が「破棄差戻し」にしたのは、僅か「2件」にすぎません。前の2件が「破棄自判」ではなく、「破棄差し戻し」だったから、3件目も、9分9厘「破棄差し戻し」になるはずだ、というのは乱暴だと思います。
 被告人自身が「2度あることは3度ある」ということで、「どのみち破棄差し戻しだから」と高をくくって、最高裁での防御活動をいい加減にするのは構わないと思いますが、弁護人が「2度あることは3度ある」ということで、「どのみち破棄差し戻しだから」と高をくくって、最高裁で不十分な弁論をするのは、任務違反になると思います。

 では、ドタキャンをしなかったら懲戒事由にあたったということでしょうか?

指定されていた弁論期日までに作成できる範囲で弁論要旨を作成して、弁論をすれば、懲戒事由にはならないと思います。
 ドタキャンをしてまで、被告人に充分な防御を尽くさせるのが弁護人の任務と考えるか否かは、職業的な倫理観の問題と思います。
 ドタキャンをしてまで、被告人に充分な防御を尽くさせる必要ないという考え方もありうるとは思います(私は、違いますが)。

ご紹介いただきありがとうございます。
確かに、「理論的には自判もあり得た」ということは忘れてはならないでしょうね。
それにしても、あの3件の最高裁判決が、他に酌量すべき事情がなければ、科すべき刑は死刑しかあり得ない、とはっきり言っていることの重み、ということを感じます。
(裁判員裁判への影響はどうでしょう?)

この破棄差し戻し件数は後に冤罪となった事件は
カウントされてないんでしょうか?

すみません、蛇足かもしれませんが若干補足します。
上告審で新たな事実の取調べを行うことは、その例が絶無ではないものの、絶無に限りなく近いほどに少ないのが実情です。したがって、上告審が破棄判決を下すということは、書面審査だけで、原審の判断を覆すということを意味すると考えてよいと思います。
そして、無期懲役刑を死刑に変更する、というきわめて重大な判断を行う際には、実務的には、書面審査だけではなくて、改めて被告人の言い分を聞く、あるいは、被告人に有利な事情の立証の機会を与える、つまり、新たな事実調べを行うのが通例です。
「通例」というのは、多数の控訴審での事例と、少数の上告審での事例のほぼ全てがそのように行われているということです。
しかし、理論的には、控訴審が書面審査だけで刑を不利益に変更することが禁じられているわけではないので、おそらく、そのこと自体は、上告審にもあてはまるものと思います。無期懲役刑を死刑に変更するという不利益があまりにも重大であることに鑑みて、実務上の慣行として、このような取扱いがなされていると理解すべきでしょう。
そうすると、光市の事件についても、量刑不当での破棄がなされるのであれば、差戻判決が言い渡される可能性がきわめて高い、と予想するのは、当然のことだと思います。ただ、前記のような「慣例」がいつまで維持されるか、確たる保証があるわけではないので、弁護人としては、上告審での死刑判決の言渡しの持つ意味がこの上なく重大であることに鑑みて、被告人にとって最悪の事態を考えた上で行動すべきである、ということになると思います。そのように考えた上で、どう行動すべきかは、また別問題ですが。

ドタキャンしても、安田弁護士不在のまま結審もあり得るようです。

ネットでの情報ですが、当日検察官は以下のように主張したとの話です。
「以上のことから、弁護人の欠席は審理を可及的に遅らせるものであって、それは被告人の責めに帰すべきものであります。
 また、本件は必要的弁護事件でありますが、弁護人が正当な理由がなく欠席したものであって、憲法に定められた迅速な裁判と、国民の付託を受けた裁判所の威信を総合的に勘案した上で、刑事訴訟法282条、同286条を類推適用し、刑事訴訟法289条の例外が適用されるべきであります。従って、弁護人不在のまま、検察官の弁論のみを行い、結審するべきであると思料いたします」

ちなみに、第289条は、
1 死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮にあたる事件を審理する場合には、弁護人がなければ開廷することはできない。
2  弁護人がなければ開廷することができない場合において、弁護人が出頭しないとき若しくは在廷しなくなつたとき、又は弁護人がないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない。
3  弁護人がなければ開廷することができない場合において、弁護人が出頭しないおそれがあるときは、裁判所は、職権で弁護人を付することができる。

検察官の主張はかなり過激のように思えますが、法的には裁判所は職権で安田弁護士以外の弁護士をつけて開廷できたようです。

>No.12 YO!!さん

検察官の主張は、おそらく、刑訴法286条の2(第一審において、被告人が正当な理由なく出頭を拒絶する場合には、被告人欠席のまま公判期日を行うことができる)、あるいは刑訴法341条(第一審において、被告人が許可を受けず退廷したときは、被告人の陳述を聴かず判決することができる)について、「被告人」を「弁護人」と読み替えるような類推解釈を許容した上、本件にこれを用いるべき、というものだと思います。

この解釈は、刑訴法278条の2が、検察官・弁護人が正当な理由なく出頭しない場合には、裁判所が出頭在廷命令を発することができるとした上で、過料・損害賠償・措置請求など、その実効性を担保する制度を設けていることと整合せず、無理があると思います。

No.12 YO!!さま

法的には裁判所は職権で安田弁護士以外の弁護士をつけて開廷できたようです。

刑訴法289条3項について誤解を招きそうですので、少し補足を。
「安田弁護士らが欠席した期日」 に、裁判所が別の国選弁護人を選任して開廷するのは、事実上は不可能です。
国選弁護人の選任手続はそんなに迅速にできるものではありません。


No.13 まげさま

最高裁は、286条の2・341条の類推適用ではなく、289条の内在的制約という構成を採用したと評されているようです。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=25625&hanreiKbn=01

No.14 fuka_fukaさん

ご指摘の判例は、被告人が弁護人に対してありえない攻撃を繰り返したため、弁護人が被告人の弁護のために出頭したくてもできなかった、だから、被告人は、必要的弁護の恩恵を受けられなくてもしょうがない、というものですので、光市の事件とはかなり事案を異にするように思います。

検察官が、なにがしかの条文を類推適用することを主張した、というお話が出ていることも考え併せると、やはりそれは、286条の2や341条の適用を求めるものだったのではないかな、と思いますが、いかがでしょうか。

No.12 YO!!さん

検察官の見解に対する論評というより、刑訴法289条3項による弁護人選任の可能性のご指摘だったのですね。その点、読み落としてしまって理解できていませんでした。

国選弁護人の選任自体は、事案によっては、迅速に行われることもありますが、この件については、事案自体きわめて重大で、それだけでも引き受け手を探すのが大変です。まして、既に私選弁護人が選任されているという状況のもとで、弁護のためというより、弁論を早急に開くためという目的で、国選弁護人に就任することを引き受ける弁護士は、どんなに探しても見つからないはずです。その点は、fuka_fukaさんのご指摘のとおりですが、「法的には可能」とおっしゃるYO!!さんのご指摘もそのとおりだと思います。

fuka_fuka様、まげ様

レスありがとうございます。

いろいろと勉強になりました。

期日の日に弁護士を差し替えるというのは事実上不可能でしょうね。裁判所も無理してやることもないし。

安田弁護士が、延期申請が却下された時点で期日の欠席を連絡せず、前日に連絡してきたのは、やはり弁護人が差し替えられる可能性を憂慮したもののように思えますね。

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