エントリ

司法解剖の遺体写真、イラストやCGも活用(毎日新聞 2008年5月21日 2時30分(最終更新 5月21日 2時30分))

 遺体や傷の写真は裁判員にショックを与える恐れもあることから、写真の代わりにイラストを鑑定書に添付したり、鑑定医が法廷で証言する際にCGを使う案が浮上。学会内には、傷ができていく過程を連続イラストで表すアイデアを提案する学者もおり、裁判員が目で見て分かる説明方法が検討されている。

 「遺体や傷の写真は裁判員にショックを与える恐れ」はたしかにあるでしょうね。
 鑑定書の元になる司法解剖に何度も立ち会ってますが、私だって、検事としての仕事だと考えなかったらそうそう平常心ではいられないかも知れません。
 立ち会った司法修習生の中で、途中で気を失うのもいました。
 
 日本法医学会と最高検が決めたとのことですが、イラストやCGは誰が作成するんでしょう?
 イラストやCGの再現性や正確性をめぐって余計な争点が生じるおそれもあります。

 私としては、責任感で原本を見てほしいとは思いますが、遺体の状況によっては表現をはばかられるものもありますので、オブラートにくるむのもやむを得ないのでしょうね。

 また、学会は今年3月から、裁判員が参考にできる法医学用語集の作成を開始。鑑定書に登場しやすい「死斑」(重力の作用で血液が下がることによって遺体の表面にできる変色)▽「絞頸(こうけい)」(ひも状のものを首にめぐらせ、手などで絞めて圧迫し、窒息させる)といった用語を分かりやすく解説する作業を進めている。

 これは大事なことですね。
 刑法などの法律用語についても同じような取り組みがあったと思いますが、どうなってるんでしょう?

| コメント(19) | トラックバック(0) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.yabelab.net/mt4/mt-tb.cgi/4335

コメント(19)

もう20年以上も前のことですが、私の専攻していた学部学科では、専門課程の「法医学」がちょっとした人気講座でした。
講義に用いられる専門書に、無修正の死体写真が多数掲載されていたからです。非常に不謹慎な話ですが。

しかしいずれにせよ、こういう方針を見ると「だったら素人の刑事裁判参画なんかやめちまえよ」と思えてなりません。
他人の人生を運命付ける重い重い仕事だというのに、ナマの現実を直視することをさせず、バーチャルで代用することで足りると考えるその根性が不愉快です。

裁判員席の脇にゲロ袋備え付けてでも、実物を前に討議するんでなくちゃダメですよ。ゴッコ遊びじゃないんだから。ゲームの「逆転裁判」なんかとは違うんだから。

>>No.1 惰眠さん
同感です。
他方で、裁判員名簿もやはりつくったほうがよいと思います。

私も、「逆転裁判」じゃないんだから。。。と思いました。

ただ、
私、はずかしながら、検察修習中の法医学の先生の(フルカラー写真いっぱいの)講義、途中退出しました。体調、気分の差にもよるんでしょうけど、脂汗出てきて、動悸が速くなってしまって。
解剖の立会のときは大丈夫だったんですけどねぇ。

やっぱり、そもそもそこまでの重い負担を国民の皆さんにやってもらうってのが、無理なんじゃ。。。

運転免許更新の講習(受けるのはアレなドライバーですが笑)でも事故車両の血のりべっとりの悲惨な写真を見せられます。それを見て安全運転しようという性根が入るわけです。あれがCGやイラストなら何の教育的効果もないでしょうから、費用対効果から講習やる意味さえ問われましょう。これは行政の費用対効果の評価ですけど。

最高裁がこんな「対策?」の発表を何の反対意見も対案も出さずに唯々諾々と「黙示の合意」よろしく追認してるのを見てると、最高裁ってほんとに最終司法なのかそれとも行政の下部組織なのかいかにも不分明(笑)て感じですね。

ご遺体の写真をそのままシロウトに見せることに謙抑的になる理由が、処罰感情を過剰に強化するなど裁判員の冷静な判断を妨げる虞があるからだというのなら、まだ議論の余地のある話だと思うんですけどねえ・・・。実際、写真見て被害者がどんな目に合わされたか知ったら、裁判員の処罰感情は相当増幅されるでしょうし。

傍聴席から起訴状の朗読や被告人質問を耳で聞いているだけでも、怒りと不快感とで胃の腑が裏返るような感じになってくる事件だってありますから。

でも、そういう生の、現実の、ファクトに接して下す判断だから、法的処分に正当性が与えられるんとちゃいますかねえ。文学的に(笑)言うと。

>>No.5 惰眠さん
そういう感情を理性で抑えるだけの自制心を備えた人でなければ、なかなか審理を進めることはむずかしいんじゃないでしょうか。無作為抽出という裁判員選任方法はその点に関してなんら対策のとりようが無い選任法だと思います。

今回の件だけではないのですが、実施に向けて1年を切っているにも関わらず、詳細のツメが甘いような気がします。

このまま実施すると、後期高齢者医療制度のように、問題点が続出する(混乱必至)と思うのですが、政府はこれで大丈夫だと思っているのでしょうか。

無残な現場写真を見る。耐え難い苦痛を感じる方も多いでしょう。(小生はその辺は鈍感なのか平気です。もっとも自分から見たい、と思うこともありません。)
(昨日もNHKニュースでやってましたが)ただ「死刑」判決にかかわるのだけは勘弁して欲しいな、と思っています。
無差別的に無関係の人間を何人も殺した、というような(自分の心の中で)善悪がはっきりしているケースならまだしも、被告が被害者を殺すに至った動機に「うんうんわかるヨ、その思い。さぞつらかっただろうネ」って共感しちゃったらどうしようもなくなるでしょうね。(そんな事件も多いのでしょう?) もちろん一方で被害者(の遺族)の思いに同情することもあるでしょうし、新聞でイラストを見るのではなく、実際に生きている被告の姿を見るわけでしょう。
その人の「死刑」が執行されたなんてニュースを読んだら、つらいだろうなぁ。
トピずれ 失礼しました。「写真」の話に戻ってください。

レアなドライバーですが、次回の免許更新時に血のべっとりの悲惨な写真を見なければならないんですね…orz
何も知らずに見せられるよりは、事前に心の準備ができるので、よかったです…。

血はまだ大丈夫だと思うのですが、刃物の先端や刃物を連想する傷口を冷静に見られる自信はありませんね…。

裁判員の心的負担を減らす為だけの安易なバーチャル裁判の提案は、予測していたシナリオでした。
当たって欲しくなかったし、当たっても嬉しくない予測でした。

裁判員が事実認定と量刑判断の両方に参加する参審制の提案をした松尾浩也氏も、重大な刑事事件から裁判員制度を施行する事は提案していなかったそうです。出来上がったのを見たら、そうなっていたと。

対象事件を、民事事件、行政事件に変更すれば、裁判員の心のケアの問題については一挙解決し、国民の出頭確保もしやすくなる気がします。
また、民事事件のほうが国民の感覚が活かしやすいかもしれませんし、国選弁護人確保の問題もないでしょう。行政事件の判決のほうも国民の理解や納得(国民の基盤確保)を強く必要とするのではないかと思います。

イラストはCGなどの二次証拠は、弁護人が不同意にしたら使用できないですよね?(刑訴法の文献等を調べていないので、やや自信ないですが)
弁護人が同意しなかったら、「裁判員が遺体写真を見なければならない事態を招いた」などと非難されてしまうのかもしれません(何ともやり切れませんね)。

判断のために、「それ」を見る必要があるのであれば、代替証拠で済ませられるような話ではない、とは思います。
でも、自分の身内が裁判員になったら、やはりそのようなことはさせたくないのが人情ですし、何とも悩ましいですね・・・・・

>No.6 ぼつでおk(医)さん
いや、市民感覚を刑事裁判に持ち込むという制度趣旨に鑑みれば、何の落ち度もないのに残虐な殺され方をした被害者の無残な遺体の写真を見て激昂し、なにが何でも被告人を極刑に処さねば日本国の正義は地に堕ちるというような意見が幅を利かせるほうが(幅を利かせるならば、ですが)合目的的なんじゃないでしょうか。

ですので、バーチャルでお茶を濁そうという発想は、制度趣旨の観点からしても本当はおかしいはずなんですよ。

>>No.11 惰眠さん
そうですね。まあ生々しいものに接したショックは一時的な船酔いみたいなもので長続きしないですから、それで昂ぶった処罰感情も最初のショックに耐える体力さえあれば審理を続けるうちに理性を取り戻すでしょうから、自制心に関してはNo.6ほど心配する現実的必要性はなかったですね。
同じように考えるとCGやイラストで代替する必要もないでしょう。現実的にコストを考えても。

No.12 ぼつでおk(医)さま
>そうですね。まあ生々しいものに接したショックは一時的な船酔いみたいなもので長続きしないですから、それで昂ぶった処罰感情も最初のショックに耐える体力さえあれば審理を続けるうちに理性を取り戻すでしょうから、自制心に関してはNo.6ほど心配する現実的必要性はなかったですね。
同じように考えるとCGやイラストで代替する必要もないでしょう。現実的にコストを考えても。

被害者の遺族でも状況確認をしただけで、10年以上経ってなお、なかなか理性を取り戻すまでには至ることができずにおります。まして利害関係のない第三者としての裁判員各位には、お気の毒としか言いようがないです。
この制度にかかわる行政職各位は、なんともはや、無策にしか見えません。あえて非難はしませんが。

うーん、良し悪しの判断は棚上げしますが、無残な亡骸の写真を見せることは、強烈な処罰感情を裁判員の心に深く植えつける効果があるんじゃないかと私なんかは思っておるわけですが・・・。

人間の尊厳性を根こそぎ奪い去られた被害者の姿が脳裏に浮かんで、『遺族は、あんな状態の遺体と対面させられたんだ』なんて思ったら、私は『犯人』を(敢えて『被告人』とはいいません)同じような目に遭わせてやりたいと感じるでしょうし、その欲求を押さえられる自信がありません。

この対策(イラスト・CG等)については、世論調査のようなものをもししたとしたらと考えると、かなり意見が分かれそうな気がします。
私としては、そのような御気使いには敬意を持ちつつ、ありのままでいいんじゃないのかな、と思っていますので、No.12 ぼつでおk(医)様には同意できるところではありますが、方や惰眠様も仰るように厳罰感情を煽り立ててしまうことになる懸念もあります。裁判員制度に対する考え方の中で人によっては、そこまでの精神的負担は御免被りたいと思っていらっしゃる方もまた多数存在するような気もします。
(普通の人にしてみれば一生の中で裁判員に選ばれる回数が、そう何回も頻繁にある訳ではないと思うので、「無残な状況に慣れてね」というもんでもないと思いますし・・)

「一般の常識で判断」させるのが裁判員制度の趣旨の一つだというなら、事実をオブラートに包んだりせず、なるべくありのままを見せて「一般の常識で判断」させるべきかと思うんですが…。

昂ぶった処罰感情が事実誤認に向かうのは論外なので裁判長にがんばってもらうとして、その感情が量刑に反映される分には、趣旨の通りに思えます。
(そのこと自体の是非は微妙ですけど…)

>強烈な処罰感情を裁判員の心に深く植えつける効果があるんじゃないか

確かにそうなんでしょうけど、それ以上の単なる不快感、嫌悪感が先立ってしまい被告への処罰の軽重度合いを冷静に判断する能力が鈍ってしまうような気がします。

写真を見た瞬間
「こんなにひどい事を!畜生!この犯人め〜」ではなく
「なにこの写真・・・(+_+)思考停止ピー」
ってなってしまいそうです。

>>No.17 DJニャンタロウさん
>単なる不快感、嫌悪感が先立ってしまい被告への処罰の軽重度合いを冷静に判断する能力が鈍ってしまうような気がします。>

法律というか刑法の処罰規定の由来を勉強していない法律素人の裁判員なら、誰しもその心理状態・精神状態に陥ると思います。そこへ裁判官が自分の量刑を示せば、その当否を考えるだけの刑法罰の素養がないですから、殆どの者が藁をも掴むようにそれに乗っかるでしょう。集団心理による免罪感も働くでしょうし。

やはり裁判員と裁判官の合議による判決量刑というものは、司法としての品質が最低ラインにも到達できないだろうと予想してしまいます、私としては(笑)。

そしてこれは本来写真であろうがCGであろうが変わりなく陥る司法行為の落とし穴でしょう。そうであればなおいっそうCG化するのにかかるコストが全くの無駄金に帰するのも理の当然ではないでしょうか(笑)。そんなところをいじくっても事態は何も改善するどころかもっと悪化して・・・おあとがよろすいやうで(笑)。

探してるんですが、ソースが見つからないので確実な話ではありませんが、CGやイラストについて検察側はすでに専門家の手配をしているというような記事を見た覚えがあります。

コメントする

太字 イタリック アンダーライン ハイパーリンク 引用

このエントリのコメント

債務整理キャッシング