エントリ

「ごくせんは不良を讃えるな」 和田秀樹さんがコラムで異論(J-CASTニュース ウェブ魚拓

 水戸黄門の影響を考えていたらこんなニュースが目にとまりました。

 

| コメント(80) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

コメント(80)

意見には一理あるとして、じゃあどうするのが良いと言いたいんでしょう。

ドラマは須く「やっぱり勉強できないとダメだよね」という内容を盛り込んで、勉強が出来て思いやりがあって裏表のない様な生徒を登場させるべきだ、ということでしょうか。

ドラマとしてはちっとも面白そうには思えませんが…

両論併記した面白い記事ですた。かなり深い取材をしてよくまとめたいい文章だと思いました。

ちなみに古い水戸黄門シリーズは見ましたが「ごくせん」は見たことがないので個人的にはコメントありませんが(笑)。

両論併記した面白い記事ですた。かなり深い取材をしてよくまとめたいい文章だと思いました。

ちなみに古い水戸黄門シリーズは見ましたが「ごくせん」は見たことがないので個人的にはコメントありませんが(笑)。

むしろ日テレの番組製作能力のほうが問題では?
開局55周年記念番組が‘焼き直し’じゃ・・・。
昔日テレが同じくドラマでの開局記念番組であった西遊記は力を番組だった。
他局が真似てヒットするぐらいよく出来ていた。

両論併記した面白い記事ですた。かなり深い取材をしてよくまとめたいい文章だと思いました。

ちなみに古い水戸黄門シリーズは見ましたが「ごくせん」は見たことがないので個人的にはコメントありませんが(笑)。

すんません。エラー表示が続いて出たのでそのつどホームの表示に反映されてないのを確認しながら再送信してたんですが、どっか途中で引っかかって溜まってたのがまとめて表示されたようです。モトケン先生お手数おかけして申し訳ございませんがこれと前の2つあわせて削除いただければしあわせです。(陳謝)

私もぼつでおk(医)様と同じで、「水戸黄門」は知っててファンですが「ごくせん」は見たことありませんので、その番組評価はできませんが、記事から判断すれば、和田秀樹さんよりの考え方に近いです。
何事にも一生懸命取り組んでいる子供を周りの人たちがしっかりと評価してあげることが大事ではないでしょうか。

No.1 無印粗品さん

私はドラゴン桜(漫画もドラマも)結構好きですよ。

しかし、和田秀樹さんが根拠としている進学校の犯罪発生率が低いからというのはどうにもいただけません。高校野球の球児が犯罪率が低いのと同じでしょう。受験勉強が人格形成にどんな影響を及ぼすのかなんてその後の追跡調査をして見なければ分かりません。受験偏差値が高ければその後の犯罪率は本当に低いんですか?秀才の最たるものである高級官僚は犯罪を犯したことがなかったんですか?
しかしごくせんて昔流でいうとくさいドラマだなぁ。でも漫画としてみるとなかなか面白いです。
そうだ今日はこれから放送だ。

>No.8 ブギーマンさん

私もドラゴン桜はドラマの方は見ませんでしたが、漫画の方は楽しんで読みました。あれもごくせんとは違った意味で面白いですね。でも、ごくせんで不良が活躍して秀才学校の生徒の方が不良より性格がねじ曲がっているように描かれる演出があったからといって、それに問題があるとも思えないのです。

優等生が活躍するドラマもあれば、不良が活躍するドラマもあるのが当然で、たまたまごくせんの人気があって注目を集めただけ。まぁ、秀才学校を舞台にしたごくせんの続編とかがあっても、それはそれで面白いのかもしれませんが。

ドラえもんではのび太の成績はいつまでたっても良くなりません。普段はパッとしないのび太も映画版では大活躍します。それを見た勉強できない子が『人間性がしっかりしていればいい』と勉強しないことを正当化してしまうから、のび太を活躍させずに出木杉君が良い場面を全部持って行ってしまう方が正しい、とは思えません(笑

また、学力低下がみられる時代でもあるかもしれないけど、その一方で子供たちの人間性もおかしくなっている時代でもあるような気がします。「勉強が出来なくても人間性がしっかりしていればいい」という作品ばかりになってしまっても問題ですが、勉強だけが全てじゃないよという人間性重視の作品もあっても良いのではないでしょうか。ごくせんだけがドラマでも無いですよね。

製作者の認識を想像すると。

「秀才や優等生を主人公にしたハッピーエンドのドラマ
⇒多くの人は感情移入出来ない⇒視聴率が全く稼げない」

では無いか?

(視聴者が)自分と同等か、やや劣りそうな主人公がハッピーエンド、だと自分も幸せになれる(気がする)。

という、考えには納得できるので、商売上合理的。

しかしそれではモラルやモチベーションの低下を招きそう、困ったもんです(・・;

No.10 無印粗品さん

ごめんなさい。深い意味はないです。
単に「やっぱり勉強できないとダメだよね」というテーマをうまく扱ったものの実例としてあげて見ただけで、無印粗品さんの意見を否定するつもりは全くありません。

私は「やっぱり勉強できないとダメだよね」とは思いませんが、「なにか秀でてないとダメだよね」とは思います。勉強なら国語算数理科社会どれか得意であれば良いと思いますし、全部ダメならスポーツでも芸術でも芸能でも料理でも裁縫でも工芸でも・・・。
人間性が秀でててもいいんですが、それをどう社会の発展に役立てるかというのが難しいんですよね。
人間性に秀でてる人は政治家にでもなってもらいましょうか?

J-CASTの記事を読む限りで一番変に思ったのは、不良を称えるTV番組を放送する→それが子供の行動に影響を与えて勉強しなくなる、という部分に誰もツッコんでない点なのですが。

No.12 ブギーマンさん

いえいえ、おそらく私のNo.1の

ドラマとしてはちっとも面白そうには思えませんが…

のところに対してのコメントだと思いますので、それについては勉強重視だからといってドラマとして面白くないわけではない、という例として挙げて頂いたのだと思っています。そしてそのご指摘はその通りだと思います。

私もNo.8へのレスとしておきながら、その実自説をつらつらと述べているだけであるのに、ブギーマンさんに強く反論しているような形になってしまい、申し訳ありません。

一芸に秀でるというのは良いですね。私は職人の成長物語などで、一つの道を究めることで人間形成にもなる、というような話は大好きです。

モトケンさんが言いかけたのが謎ですが、ごくせんの悪影響よりは、水戸黄門の悪影響の方が大きいと思います。

「お上に悪党を叩ききってもらう」番組だからです。今で言えば、政府の力を借りて、自分が不満に思っていること、自分ではどうにもならないことを、何とかしてもらう物語だからです。

のび太はドラえもんの力に頼り切っていると言う批判は聞きますが、村人は水戸黄門の力に頼り切っていると言う批判はあまり聞きません。

そういえばドラマでも現実でも不良の方が女の子にはもてていたような気がする。
たまには勉強ばかりしている優等生がモテモテでもう困っちゃうとかいうドラマを見てすかっとしたいなり。

>No.15 しまさん

村人は水戸黄門の力に頼り切っていると言う批判はあまり聞きません

それが多くの人の”本音”だからではないですか?
国民主権は”タテマエ”にすぎず、本音はお上への甘えと忠誠っていうのが。

少し話はそれますが、元々、日本は律令から日本国憲法まで、基本制度や基本法は外国から持ち込んだ思想で、対外的な”タテマエ”に過ぎないですからね。
本音の部分は”それよりももっと優先して遵守すべき規範(ナチュラルロー・ナチュラルオーダー)がある”ってところかな。
そうした部分が、欧米との人権感覚や、遵法意識の違いになっているのでは。


 水戸黄門とか忠臣蔵なんていうのは、日本人のメンタリティにすごく影響を与えているんじゃないかと思います。

 で、どんな影響かというと、外国から輸入された現在の法体系から見ると、あんまりいい影響じゃないみたいです(^^;

 殺人者は当然死刑だ、というのも水戸黄門の影響じゃないかと思ってるんですが。

 法治主義に対置するのが、徳治主義と聞いたことがありますが、水戸黄門というのは日本におけるその代表格のような存在だとかねてから思っていました。
 水戸黄門と言えば、私などはすぐに松下電器を思い出してしまいます。最近はみたことないですが、多分今も同じスポンサーのCMと思われます。
 それと黄門役のおじいさんも、初代の人が未だに決定的なイメージになっています。それも小学生の低学年の頃にみたもので、もう30年以上前になりそうです。

東野英治郎ファンとしてそろそろ一言言いたくなりました(笑)。
水戸黄門のいいところは他の時代劇のように悪人を切り殺すシーンが殆どないところです。助さんも格さんも峰打ちで「懲らしめる」(笑)だけですもんね。と、お気に入りのまず一点め(笑)。

No.18 モトケン先生

かなりグサッときました。
あと、必殺仕事人なんかも今の法体系にあまりいい影響をもたらしていないような・・・。

水戸黄門が悪代官の悪事を白日の下に曝くやり方は刑事コロンボの捜査方法と同じ手法です。(笑)
ちょうど黒澤監督の七人の侍が欧米映画に影響を与えた構図とよく似ていますね。第二点め(笑)。

ロビンフッドってどうなんだろうか。権力者側ではないが。

水戸黄門は裁判はしていない(そもそもその権限はない)。藩侯に申し付けておくということで、裁きを下すのは藩侯であり。

暴れん坊将軍は、成敗といって部下に斬らせているが、だから暴れん坊といわれるわけで理屈はなる(将軍だから処断権はあるのだろうが?)。もっとも劇中では正当防衛といえるが。

>No.22 ぼつでおk(医)さん

別に嫌がらせをする意志はありませんが、色んな見方があるって紹介で。
水戸黄門と七人の侍に関してこんなのがあります。

http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/peace/crimefornote.html#Anchor455369

まあ、ある意味、「赤旗」(共産主義=官僚絶対主義・お上が偉い!)が水戸黄門を絶賛するのは自然な流れかなっと。

モトケンさま

>で、どんな影響かというと、外国から輸入された現在の法体系から見ると、あんまりいい影響じゃないみたいです(^^;

そのリカバリーとして法廷ドラマがあるのかもしれませんが、土曜ワイドなんかでやってるドラマは、そのことごとくが「被告人は無実で真犯人が別にいた!」のパターンばかりで度し難いです。
弁護士が主役の時は、検察官が傲慢か間抜けのどちらかとして描かれ、珍しく検事が主役のドラマでは、弁護人は自らの地位と名誉に執着する無罪請負人として描かれることが多い。
まあ、そうでないとドラマが成立しないのでしょうけど。

エントリーのテーマに戻って。
「ごくせん」の前のシリーズを少し見ていましたが、不良役の俳優たちのリアリティのなさと演技の下手さ、そしてクライマックスの格闘のチャチさに愛想が尽きて視聴をやめました。演技と殺陣がちゃんとしている分、水戸黄門の方がずっとましです。

テレビドラマに過度の啓蒙効果を求めるのはどうかと思いますが、この手のドラマできちんと描いて欲しい要素があるとすれば、次の2点ですかね。

1.秀才だろうが不良だろうが、ゲスはゲスだし、いい奴はいい奴
2.不良が真人間になりたければ、それまでの所業を清算しなければならない

暴走族や不良同士の友情や信義をクローズアップしたドラマは数多ありますが、彼らの仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌はあくまでも仲間内だけのものです。抗争相手に拉致された仲間を命がけで救おうとする同じ人間が、見知らぬオヤジ相手なら金目当てに襲って再起不能にすることも厭わないものなのです。
元ヤンキーのタレントが、「むかしはヤンチャしたもんだ」などと得意顔で語っているのを見るのはあまり愉快ではありません。おそらく彼らは、自分がカツアゲした相手や暴行した相手に謝罪などしていないでしょう。

おなじ不良もので、「ROOKIES」の方は見ています。不良たちの演技が手堅いこと(その代わり老けてるけど)と、彼らが更正する過程でそれまでの行為の様々な「報い」を受け、それに耐える姿がちゃんと描かれているからです。

最近マンガが原作のドラマが多いのは、マンガじみた演技しかできない若手俳優が多いこと、マンガチックな脚本とリアリティのない演出しかできない製作陣の才能の枯渇も背景の一つとしてあるのではないか、などと思っています。
今、スカパーで昔の大河ドラマのを見ていますが、当時まだ20代だった渡辺謙や中井貴一の存在感には圧倒させられっぱなしです。

>No.18 モトケンさん

水戸黄門とか忠臣蔵なんていうのは、日本人のメンタリティにすごく影響を与えているんじゃないかと思います。

まあ、見方によっては確かにそうですが同列に扱うのは如何なものかと。
忠臣蔵が日本人のメンタリティに影響を与えたのは江戸時代からであり、水戸黄門は戦後の事ですからね。


忠臣蔵→日本人のメンタリティに影響を与えた
水戸黄門→日本人のメンタリティを映し出しただけ

って見方も出来ると思います。

>>No.24 関東御成敗式目さん
いろんな見方があるのは同感です(笑)。わたし自身は水戸黄門のここが大好き!を並べているだけですから、いちファンのタワゴトと思ってくだされば幸せです(笑)。

>殺人者は当然死刑だ、というのも水戸黄門の影響じゃないかと思ってるんですが。

そりゃ遠山の金さんの方じゃないですかね(^^;
裁判官たる奉行が直々に犯罪組織に潜入捜査してくるので、私知使い放題。しかも、お沙汰の内容は、遠島や寄せ場送りよりも、圧倒的に市中引き回しの上磔とか、打ち首獄門という極刑が主流ですし。

火盗改め方・長谷川平蔵の場合は、現場で切り捨てちゃったりしてますけど(^^;

殺人者は当然死刑だ、というのも水戸黄門の影響じゃないかと思ってるんですが。

私もこれは謎です。
水戸黄門ってそんなドラマでした?
(最近変わったのかな?)

 子供の頃に「水戸黄門」をはじめて観終わった時の感想は、水戸黄門ファンの方にはすみませんが、「そりゃ、ご老公様はいいよね…」でした。
 「強いお供」がいますし、知れば皆がひれ伏すような「高い地位とその証拠(紋所)」も持っています。

目的は崇高かもしれませんが、ピンチになったら
1.「控えおろう この紋所が目に入らぬか
  ここにおわす お方をどなたと心得る。
  前の副将軍水戸光圀公であらせられるぞ」
 (権威を出す

→一旦は悪党ひれ伏す

→しかし、悪行を突き止められて「ええい、やってしまえ」と再びピンチになると・・・

2.助さん、格さん達が応戦 
 (部下達の腕力でねじ伏せる

ですから。
強いお供も権威もないフツーの人には、ご老公さまの真似は出来そうもありません。

 幼少時から「究極のピンチの状態で、人は善を貫けるか」という事が気になっていたので(トラウマ?になっていたので)、「黄門さまみたいに、強いお供や地位があったらいいけどね…」と、子供心に思ってました。
 つまらん事言ってすみません。
 いつもこんなつまらない見方をしている訳ではなく、娯楽として気楽に楽しんでいる時もあります。 当時の優しそうなご老公様の雰囲気は特に好きでしたしね。

>No.19 廣野秀樹さん

法治主義に対置するのが、徳治主義と聞いたことがありますが、水戸黄門というのは日本におけるその代表格のような存在だとかねてから思っていました。

大岡越前(大岡政談)もそうかもしれませんね。
法治主義って、日本人に馴染まないんですね。

 厳しいお沙汰があるものと心得よ!
ってな感じだったような気がします。
 たしかに首尾一貫、勧善懲悪なので、区別が極端にはっきりしすぎているかもしれません。

>法治主義って、日本人に馴染まないんですね。

つうより、日本の施政側が馴染めないのでは?

 流れ読まずに投稿…忠臣蔵の話が出ていたので。。。 

 「武士道」(新渡戸稲造)でも、「自殺及び復仇の制度」の章で忠臣蔵のモデルとなった四十七士について述べられているのですが、

復讐はただ目上の者もしくは恩人のために企てられる場合においてのみ正当であるとされた。己れ自身もしくは妻子に加えられたる損害は、これを忍びかつ赦すべきであった。

とあります。

 家庭のことは奥さんの内助の功に任せて(ある意味家庭は顧みないで)、旦那さんは組織への忠誠を誓って献身的に働くという、日本高度成長期のサラリーマン家庭の典型的夫婦のメンタリティのルーツを見るような気はします。
 しかし、復讐については「目上の者もしくは恩人のため」のみだけ正当とされるので、「(誰を殺害した場合でも)殺人者には死を」のルーツではない気がしています。

>No.30 死刑囚さん

強いお供も権威もないフツーの人には、ご老公さまの真似は出来そうもありません。

 幼少時から「究極のピンチの状態で、人は善を貫けるか」という事が気になっていたので

随分、深い話ですね。
最近、電車やバスで犯罪にあっている人を誰も助けない、というのがよくニュースになる世情ですからね。

加害者の人権ばかり擁護され、被害者や犯罪被害に合う可能性のある人たちの安全・人権が蔑ろにされいる事が影響して、誰も身を犠牲にしてまで正義を貫こうと思わないのか、或いは、戦後教育に問題があるかの、ちょっと深すぎて難しいですね。

>復讐はただ目上の者もしくは恩人のために企てられる場合においてのみ正当であるとされた。己れ自身もしくは妻子に加えられたる損害は、これを忍びかつ赦すべきであった。

これは儒教思想が背景にあって、忠(主君への忠誠)孝(親や先祖への孝養)の精神を尊いものとし、仇討ちは忠孝の精神を貫徹する手段としてのみ正当化され得るというものではなかったかと思います。

つまり江戸時代においても、単なる私怨、報復感情による仇討ちは、社会として容認していなかったということではないかと。

で、報復感情の場合は、中村主水さんの出番となると(^^)

No.34 死刑囚さん

しかし、復讐については「目上の者もしくは恩人のため」のみだけ正当とされるので、「(誰を殺害した場合でも)殺人者には死を」のルーツではない気がしています。

そういう意味ではなく、”法”よりも別の規範を優先する、という”日本人のメンタリティに影響を与えた”という事だと思います。

吉良は別に浅野を殺したわけではなく、大石も裁きには不満はないっと主張していますしね。
それでも吉良を殺した事を、主君の無念(つまり死んだ者の思い)を果すという事で正当化してしまっているわけで。
被害者の思いを汲め、そのためには法を軽視しても良い、という思想が完成しているという見方もできるわけです。

まあ、忠臣蔵は、それ以外にも多くの面で”日本人のメンタリティに影響を与えた”と思っています。

>No.31 関東御成敗式目さん

 レスありがとうございます。

 ところで、私が引き合いに出した法治主義は、紀元前の中国のものです。簡単に言えば、韓非子が理論家で、実践したのが始皇帝といえそうです。

 一方の徳治主義は、儒学的な思想です。儒教ともいいますが、宗教なのか政治学なのか、やや複雑ですが、もともと古代からの民間的な習慣や信仰、価値観を体系的にまとめたのが孔子と言われているようですが、その後、孟子が出て、意味づけに変化を加えました。
 すなわち、徳のある人物が天意を受け、支配者になる、というようなもので、易姓革命と言われているはずです。
 理屈の上では、勝てば官軍で正当化されるのですが、実質は下克上のようなもので、力のある人間の権力の簒奪を正当化するような理屈です。故に、丶語句の歴史は、戦乱が絶えなかったとも言われています。

 また、孟子の考えは性善説であり、論敵ともされる旬子が性悪説であり、韓非子のような法家も、この旬子の流れをくむようです。

 私はあまり詳しくないし、ずいぶん前に読んだ本ばかりなので、記憶もはっきりしないのですが、中国では焚書坑儒という弾圧も歴史的に度々ありましたが、孔子、孟子、朱子の三人が、儒学の代表格のはずです。
 朱子学は江戸幕府のイデオロギーとして尊重され、特にその傾向が強かったのが、水戸藩のはずです。このようにもともと水戸黄門こと徳川光圀は、儒教の影響の強い人物のはずです。
 他に、日本人で初めてラーメンを食べたとか、大日本史を編纂し、漫遊はしていない、というのも有名はお話です。

 朱子ですが、これもみじかなところで、「少年老いやすく、学成り難し」という言葉があります。天文学もやっていたそうです。
 「飽食暖衣禽獣に近し」とも言っていたそうですから、推して知るべしですね。私などは、ついつい「戸塚ヨットスクール」のことを連想してしまいます。

 日本の刑法は、基本的に明治時代に作られたものに修正を加えているはずですが、けっこう儒学の影響を受けていると思います。尊属殺人は数年前に撤廃されましたが。

>No.35 関東御成敗式目さん

 重たい話してしまい、すみません(汗。
 トドメ?に読書感想文の参考図書として小学校3年生頃「アンネの日記」を読んでしまいましたので、一層トラウマになりましたが、最近は、そんな事ばっかりは考えていません(^^)
 ある時、「自己を犠牲にしても相手を助けられるか」等と考えて恐れるより、まずは「win-win」を目指した方がいいかもしれないと気づき、だいぶ楽になりました。

>最近、電車やバスで犯罪にあっている人を誰も助けない、というのがよくニュースになる世情ですからね。

 ドキ…。
 最近ではなく、もう20年位前の中学生の頃のことですが、降車駅に到着する頃、出口のドアの隅で、どうも痴漢に遭っているらしきOLさん位の女性がいたんですが、はっきりと痴漢かどうかも分からず、自分も駅を降りなければならないので、とりあえずその女性と痴漢らしき怪しい男性の間を通って邪魔して降車しました。
 その日は、実は自分も別の電車で痴漢にあって「コンチクショー」と振り払った後だったので、「お姉さんもしっかり頑張ってください!」と励ますつもりでその女性の顔を見たのですが、なんと泣きそうな顔をしていたのでした。
 私に助けを求めているんだと思い、ひょっとしたら一人の痴漢ではなく数人で囲まれていたのかもしれないとも思った時には、後の祭りでドアが閉まってしまいました。彼女の手をつかんで一緒に降車するとかしていれば良かったと激しく後悔した事があります。
 「それでも僕はやってない」みたいに痴漢の冤罪もあるようなので、その点も気をつけなければならないですけどね…。

 逆に助けられた事はありますが、街で肩がぶつかったと中年の男性から絡まれた時に、サラリーマンの人が横から「なんですか、あなたは?」と割って入り、追い払って下さった事がありました。
 私は知らなかったのですが、勤務先の同じビルに入っている別の会社の方だったそうでして、たまたまその人が通りがかって助けてもらい、本当に助かりました。お礼を言うと「お安い御用ですよ。」と仰って下さいまして、人の情けが身に染みました…。

 まだ私は全然ダメなんですが、人助けは、無理せず出来る所からやっていけたらいいな…と思ってます…。

>No.36 じじいさん

つまり江戸時代においても、単なる私怨、報復感情による仇討ちは、社会として容認していなかったということではないかと。

武士の世界では、当初はそうかもしれません。
儒教(当時は朱子学)にそえば。
林大学の主張が退けられ、荻生徂徠の主張が入れられたわけですから。

しかし、”赤穂事件”が”忠臣蔵”に変貌する過程で、町人(一般市民)の間では、価値観・思想の変換がなされたのではないかと思います。

Wikipediaを読むと、武士にとっての仇討ちは、法制化されており、私怨・私闘とは意味合いが違っているように解釈できます。

江戸幕府によって法制化されるに至ってその形式が完成された。範囲は父母や兄等尊属の親族が殺害された場合に限られ、卑属に対するものは基本的に認められない。又中世の血族意識から起こった風俗であるので、主君のように血縁関係の無い者について行われることは少なかった。

武士身分の場合は主君の免状を受け、他国へわたる場合には奉行所への届出が必要で、町奉行所の敵討帳に記載され、謄本を受け取る。無許可の敵討の例もあったが、現地の役人が調査し、敵討であると認められなければ殺人として罪せられた。又、敵討をした相手に対して復讐をする重敵討は禁止されていた。


http://ja.wikipedia.org/wiki/敵討


>No.41 関東御成敗式目さん


「赤穂事件」から約50年後の寛延元年(1748年)に、大坂竹本座で、この事件を題材にした人形浄瑠璃(文楽)として「仮名手本忠臣蔵」が初演された。この浄瑠璃が人気をよんだため、すぐに歌舞伎にもなり大当たりをとった。

http://shinshomap.info/theme/chushingura_g.html

赤穂浪士の討ち入りが、忠臣蔵に変わるまでの50年間に何が変化したのか、探ってみるのも面白そうですね。素人ながら考えてみますと、武士というものが崩れつつあったのかも知れません。支配者から、庶民が消費する物になったと言うことなのでしょうか。

>No.36 じじいさん

成る程。儒教思想ですね。
そういえば、当該引用文章の直前に「老子は怨みに報いるに徳をもってすと教えた。―しかし正義〔直〕をもって怨みに奉ずべき事を教えたる孔子の声の方が遥かに大であった。―しかしながら復習はただ目上の者もしくは恩人のために企てられる場合においてのみ政党である・・・」とありました。

>で、報復感情の場合は、中村主水さんの出番となると(^^)

なるほど、なるほど。
江戸時代でも、忠孝の精神を貫徹する目的ではなく、正当化されないような報復感情による仇討ちは、あくまで「裏の仕事」となる訳ですね。

ちなみに、主水さん、渋くてステキですよね。子供心にも、母と嫁の間の板ばさみの昼行灯な姿と、仕事中のギャップがステキでした。


* * *

>No.38 関東御成敗式目さん

>吉良は別に浅野を殺したわけではなく、大石も裁きには不満はないっと主張していますしね。

 そうか、そうでしたね。
 うろ覚えでしたが、浅野は、吉良から松の廊下で侮辱されたので、吉良に斬りかかった事を咎められ、切腹になったのでしたっけね…。
 そして、大石は、主君である浅野の忠義のために吉良を敵討ちしたので、後に死罪となったが、その裁きには不満がないと主張していたということですね。

 四十七士の仇討ちの件をどう受け取るのか整理しきれていなかったのですが、成る程です。
(忠義のためといっても、何でも赦される訳ではなかったという事ですね。)

 関東御成敗式目さんのコメントを裏付けるように、そういえば下記のような文章もありました。

しかしながら常識は武士道に対し倫理的衡平裁判所の一種として敵討の制度を与え、普通法に従っては裁判せられざるごとき事件をここに出訴するをえしめた。四十七士の主君は死罪に定められた。彼は控訴すべき上級裁判所をもたなかった。彼の忠義なる家来たちは、当時存在した唯一の最高裁判所たる敵討に訴えた。しかして彼らは普通法によって罪に定められた。 ―併し民衆の本能は別個の判決を下した、これがため彼らの名は泉岳寺なる彼らの墓と共に今日に至るまで色みどりにまた香ばしく保存されている。(「武士道」新渡戸稲造著)

 四十七士も、民衆も、”法”よりも別の規範を優先する、という”メンタリティを持っていたということですね。そして「忠臣蔵」として語り継がれ、後の日本人のメンタリティにも影響を与えているかもしれないという事ですね。

(自習状態の復唱みたいになり、失礼しました。有り難うございます。)

No.43に訂正があります。

× しかしながら復習はただ目上の者もしくは恩人のために企てられる場合においてのみ政党である・・・

○ しかしながら復讐はただ目上の者もしくは恩人のために企てられる場合においてのみ正当である・・・」


間違えすぎました。失礼しました…。

 江戸時代と言えば、お上に対する直訴は、命と引換だったそうですね。
 今の時代に、お上に相当するのは、検察や裁判所のようですが…。

 そういえば、平成13年頃でしょうか、月曜日夜8時の水戸黄門が、中断になり、「こちら第三社会部」という番組をやっていました。
 水戸黄門の現代版のようでもあり、ご老公はいなかったと思いますが、新聞社の社員が弱者救済の世直しをしていたみたいです。
 当時私は、チャンネルの選択権がなかったので、水戸黄門も観てましたが、それ以来観てない気がします。


>しかし、”赤穂事件”が”忠臣蔵”に変貌する過程で、町人(一般市民)の間では、価値観・思想の変換がなされたのではないかと思います。

基本的に仇討ちは武士の制度ですから、概ね部外者である町人は、ある意味野次馬的に見ることができたのだと思います。また、基本的な忠孝の概念は、幕府が一生懸命キャンペーンしてましたから、町人もある程度理解してたでしょうし。

忠臣蔵そのものは、あくまでも実際の事件を題材にしたフィクションですから、当時の観客(町人)が望むように味付けしただけかと思います。赤穂事件は、当事者の真意や実際の状況は別にして、信念のために艱難辛苦を乗り越えて最後に思いを遂げ、潔く散るという感動的なドラマにしやすい題材ですから。

>死刑囚さま
はじめまして。
私も流れを読まずに書き込みます。
近世において、敵討(復讐)とは、行方不明となった殺人犯人の捜索と処罰を、権力側が遺族に委ねたものということができます。したがって、原則として、殺人犯人が出奔していない場合は公儀による処罰が優先されました。
また、敵討と認定されるためには、その原因となった殺人事件の詳細が明らかにされる必要がありました(原因となる殺人が正当防衛や無礼討ちであった場合は、敵討と認められませんでした)。
なお、敵討はおおむね「孝」にもとづくもの(父母や兄といった目上の親族の敵を討ったもの)が多く(約9割)、次に目下の親族(弟や甥など)の敵を討ったものであり、「忠」にもとづくもの(主人の敵討)はほとんどなかったようです。(平手鏗二郎『敵討』歳月社など)

さて、近世期において、幕藩権力は、人命にかかわる紛争を解決するにあたり、加害者の責任能力や、主観的意図と結果との因果関係、正当防衛の認定、故意・過失(軽過失・重過失)など、今の刑事裁判にも匹敵するような法判断をおこなっていました。また、これらの法判断枠組は、外国からの輸入物ではなく、地域社会に生起したさまざまな紛争の解決が先例として蓄積された結果であることがわかっています(平松義郎『近世刑事訴訟法の研究』創文社など)。
少しばかり日本法制史をかじった身からすれば、すくなくとも近世期には我が国の紛争処理手続が法治主義的性格を有していた(しかも自生的に獲得していた)ことが明らかになっているにもかかわらず、なぜ「我が国に法治主義がなじまない」といった言説が唱え続けられるのか、常々不思議に思っています(また、過去の我が国の法文化を語るのに、なぜか芝居や小説、テレビドラマばかりがひきあいに出され、例えば公事方御定書の制定過程などをふまえて語られているのを見たことがないのも不思議に思っています)。

すみません、しつこくて(笑)
水戸黄門ドラマの好きなとこですが、じーんせいらくありゃくもあるさーの主題歌がすごく好きです。第三点め(笑)。
仏の顔もなんとやらと申しますのでこのへんでやめときます。

おととし、水戸黄門のキャラを使って、法教育の教材を作成してみました。(アメリカの教材の焼き直しなのですが。)

八兵衛がうっかり。→黄門様が、問題提起して考えさせる。
→八兵衛納得。
みたいな流れで、配分的正義、匡正的正義、手続的正義の順に勉強する。といったものです。

手続的正義のところで、黄門様が、八兵衛から「ご隠居だって、全然手続的正義をまもってないじゃないかっ!」という反撃をうけ、たじたじになるという話でした(笑)。

>No.47 an_accusedさん

 はじめまして。
 過去ログでは色々なコメントを拝見しており参考にさせて頂いておりました。

 コメント有り難うございます。

 私は日本法制史については殆ど知らず、ほぼ「白紙」に近い状態ですので、大変参考になります。

>なぜ「我が国に法治主義がなじまない」といった言説が唱え続けられるのか、常々不思議に思っています

 その件と関係があるかどうかは分かりませんが、高校時代の担任教師の方が(在野の?)憲法研究者だったのですが、高校教師になる前に大学で研究されていた内容が学会で異端研究とみなされ、大学の席をなくされて、高校教師となったと聞いております。
 彼の研究テーマは、「憲法の精神はアメリカから押し付けられたものではなく、日本で古来から醸成されたものであった」という事だったようでした。その頃は中江兆民なども研究されていたようです。
 ご本人から詳しい話を聞けたら良かったのですが、すでにお亡くなりになられており、上記は告別式で一緒に研究していた大学院生から聞いた話と、授業中聞いた断片的な情報をつなぎ合わせたものですので、うろ覚えの部分もあり、正確ではないかもしれませんが…。 

>敵討は(中略)「忠」にもとづくもの(主人の敵討)はほとんどなかったようです。

 この点、これまで知らずにいました。
 (No.42 しまさんが紹介された「又中世の血族意識から起こった風俗であるので、主君のように血縁関係の無い者について行われることは少なかった。」とある点も同様の件ですね、きっと。)
 大変勉強になります。

>すくなくとも近世期には我が国の紛争処理手続が法治主義的性格を有していた(しかも自生的に獲得していた)ことが明らか

 この件と、No.43で「武士道」(新渡戸稲造著)から引用した文章と併せて考えれば、もしかしたら、江戸時代には法治はあったが、「控訴すべき(上級)裁判所」、「最高裁判所」に該当するものはなかった。(No.45 廣野秀樹さんが仰っていた「江戸時代と言えば、お上に対する直訴は、命と引換だったそうですね。」とも関連があるかも…?)
 つまり法治はあったが、「公権力から私人を守る」為の上位法(憲法)が少なくとも明文化されていなかった(また、違憲審査の機関もなかった)という事でしょうかね…?

 そして、ひょっとしたら、現在の憲法のような「上位法」は、江戸時代に【明文法】としては制定はされていなくても、該当する【精神】はあった…という可能性がない訳ではないかもしれません。(実は、私自身は、日本国憲法の精神が古来日本から醸成してきたものだとは思わず、夏目漱石のいうように「接木」されたもので「皮相上滑り」になっているのではないかと思って来ました。その為、とくに自分から調べる事もせずに来たのですが…。ただ、可能性がない訳ではない、とは思っています。)

追記:
No.50に語弊のある書き方があったかもしれないので、追記です。すみません。

>夏目漱石のいうように「接木」されたもので「皮相上滑り」になっているのではないかと思って来ました。(No.50)

 上記文章は、夏目漱石自身が日本国憲法の精神に対して直接「接木」とか「皮相上滑り」と話したということではありませんでした。(日本国憲法が制定されたのは、夏目漱石が亡くなった後ですので、物理的に言えませんし…汗。)

 夏目漱石が、明治時代に日本が「西洋思想」を導入し、日本が近代化した件について、「接木」とか「皮相上滑り」「日本の現代の開化は外発的」とした見解は、日本国憲法の精神についても言えるのではないかと思っていた、という意味で書いておりました。
 (参考:「夏目漱石 私の個人主義ほか」(中公クラシックス)) 

 失礼しましたm(_ _)m

何度も申し訳ありませんが、No.50にもう一つ訂正がありました。

×「公権力から私人を守る」為の上位法(憲法)

○「公権力から個人を守る」為の上位法(憲法)

大変失礼しました。

>なお、敵討はおおむね「孝」にもとづくもの(父母や兄といった目上の親族の敵を討ったもの)が多く(約9割)、次に目下の親族(弟や甥など)の敵を討ったものであり、「忠」にもとづくもの(主人の敵討)はほとんどなかったようです。(平手鏗二郎『敵討』歳月社など)

an_accused様、ご無沙汰しております。本当は平手先生の本を買ってくればいいのですが、ご存知でしたら教えてください(^^;

基本的に主家が潰れるケースの多くは、幕府による措置など体制内の問題でしょうし、殺害されたというようなケースでは、無礼討ちなど当時では正当なものを除けば、殺害者も罰せられるでしょうから、実際には孝による敵討ちに奉公人がお供をするような場合(孝の中にカウントされるのではと思いますが)くらいしか思い浮かびません。赤穂事件も、幕命による自害であり、かつ徒党を組むなど敵討ちのルールとしては外れたレアケースかと思います。

しかし、目下の親族の場合、原則的に当時の法規では敵討ちは認められていなかったと思うのですが、お示しの統計はルールに則った敵討ち以外のケース、いわゆる復讐も含むものなのか。それとも単なる復讐は入れず、鍵屋の辻で有名な渡辺数馬、荒木又右衛門による敵討ちのケースのように、目下の親族であるが、主(池田氏)の遺命でもあるというような判断が難しいケースが含まれているということなのか。さらには、目下であっても認められる場合(つまり忠孝に関係なく血族であればよい的な)がそれなりにあったということでしょうか。

図書館を回ればよいのだとは重々承知しておりますが、もしよろしければで結構ですのでご教授賜りますれば幸いです。

No.33 ぼつでおk(医)さん

つうより、日本の施政側が馴染めないのでは?

この時代、意外と施政側の方が、法治主義かなと思います。
北条泰時は、律令(当時の基本法)が民衆にとっては、ケモノの罠、のようになっていると手紙に書き、そういう事態を改めるために、御成敗式目を作ったとしています。
つまり、慣習法や判例を主体に法を構成し、分かり易い文で書き、一般市民にも読めて・理解できて納得できる法を目指したそうです。
この流れは江戸時代でも大きな差はなく、鎌倉以降の施政者の側は、それなりに法治主義だと思います。

そして、大石は、主君である浅野の忠義のために吉良を敵討ちしたので、後に死罪となったが、その裁きには不満がないと主張していたということですね。

そういう意味ではなく、大石が討ち入りに際に掲げた、「口上書」の事です。
すみません、誤解を与える書き方をしてしまって。
つまり、浅野の切腹・お家断絶という処置には不満は無い(至極当然)と、大石は言明したという意味です。

また、当時の常識では大石の討ち入りは、”かたき討ち”には該当していません。(”かたき討ち”であれば罪にはならない)
荻生徂徠は、大石らの行為に対して、主君の邪志を引き継いだものでかたき討ちではない、とし、情を以って法を曲げれば、法が権威を失い、引いては社会が乱れる、と主張してそれが受け入れられ、全員死罪になっています。(つまりは法治主義が貫かれた)

ちなみに林大学頭の主張の方は、孔子の主張(罪を憎まず)に近いものを感じます。

しかし、この荻生徂徠の主張に公儀(施政者の側)は納得しましたが、民衆は不満を持ったのではないかと思います。

これに不満があるから、忠臣蔵ができたのだと推察します。
つまり義挙ではない、という当時の主流の判断は後世にあまり影響は与えず、
義挙であるという主張が後世に影響を大きく与えた、民衆は法よりも情が優先ではないか、という推察です。

モトケンさんのおっしゃる、

で、どんな影響かというと、外国から輸入された現在の法体系から見ると、あんまりいい影響じゃないみたいです(^^;
も結局そういう事かと。

ここは今に通じる、法律家・施政者と民衆の”法治主義をめぐる”対立の根源が垣間見える気がします。

>No.55 関東御成敗式目さん

 ちょうどROMしていた所でした。

>すみません、誤解を与える書き方をしてしまって。

 とんでもないです。こちらが勝手に勘違いしただけですので…。
ご説明有り難うございます。

 つまり大石は主君である浅野に対する量刑(切腹・お家断絶)を正当と認めていたという事ですね。
 
 それにも関わらず、吉良を討ったのは、私怨からの復讐(敵討ちではない)と大石自身が認めていたという事なのですね…。

 たしかに「民衆は法よりも情が優先ではないか」と推察ができますが、大石はじめ四十七士も民衆と同様に「情を優先した」という
事でしょうかね…。

 しかし、ここでちょっと疑問が生れているのですが(モトケン先生の問題提起からは脱線するかもしれませんが、寄り道をご容赦下さい)、現在では「法治主義」と「法の支配」の違いが指摘される事がありますように、

(1)大石や民衆は「法の正しさ」を問題にすることはなかったのだろうか?

(2)また、もし(1)のような問題意識があったならば、それは「情に過ぎない」のか?

という点です。

 とりあえず、「法治主義」+「法の支配」でネット検索したところ出てきた最初のurlですが…↓

「法の支配」と法治主義との異同

今シリーズは見ていませんが、前シリーズの「ごくせん」は1話残らず見ました。
(二男が見ていたので始めは仕方なく)
見ていく内、仲間さんの舌足らずの「あたしの可愛い生徒に手を出すんじゃない!」のキメ台詞に結構嵌まってました。

このドラマから「勉強しなくても良いと若者が受け取りかねない」と考える人が居たとはハッキリ言って驚きです。
(ウ〜ン、本当に人は様々ですねw)
「人は見た目じゃ判らない。人の評価は成績“だけ”じゃない」が大きなテーマでしょうに。
近年僅かな情報だけで人に対する「食わず嫌い」を表明する人が増えているような気がします。
祖父が良く言っていた「人には添うてみよ」をドラマは訴えていると感じましたが、「勉強しなくても」なんて受け取るとすれば余程の天邪鬼ではないかと。
ちなみに横に居る二男にも聞いてみましたが、「ふーん、世の中広いな」だそうですw。

「水戸黄門」は上から目線だから余り好みではありません。
盗っ人にも色々なのが居るよの「鬼平犯科帳」が大好きです。

「水戸黄門」考えようによっては怖いドラマですよね。「良心・良識を持ったお上の人」が「たまたま」通りかかったから「善良な市民」が「悪代官の魔の手」から逃れることができる。もし「水戸黄門」が通りかからなかったら・・・・。(昔、ホイチョイTVでしたっけ?水戸黄門が「もう少し様子を見ましょう」というと確実に事態が悪化する、って書いていたのは。)
私はこの手のドラマが苦手です。考えようによっては「覆面パトカー・秘密警察を容認している」みたいに思えるからです。
「努力した人間、苦労した人間が必ず救われる」のはドラマの中だけで、現実の世界はそう甘くありません。むしろ報われないことが多いと思うのですけど、「勝ち組−負け組」の話になると「勝ち組は努力した人、負け組は努力しなかった人」という決めつけをする人が多くて困ります。竹中元大臣もそんなことを仰ってましたが、そういう人が経済の舵取りをしたのもこの国の運の悪さかな?と思います。これもまた、現実には水戸黄門のように「良心・良識を持った人」は「お上」にはいない、という典型的な例だと思います。
ついでに言えば、「忠臣蔵」はテロ容認ドラマみたいに思えるときがあります。とはいっても、クライマックスの「討ち入り」はつい見てしまうのですけど(^^; 

 念のために補足ですが、No.56は、とくに四十七士の行動を擁護したり正当化したいが為の投稿ではなく、赤穂事件の起こった時代に、「公権力から個人を守るための憲法」や「控訴できる裁判所」、「量刑を決めた法について違憲ではないか問えるような機関」等があれば、四十七士はテロとも言えるような討ち入りをしたのかな?と思ったもので…。
 
 よく考えると、忠臣蔵は見ようによっては、日本国憲法の存在や、現在の司法制度の有り難味を感じられるドラマにも思えてきたのでした。
 (もっとも、忠臣蔵からそこまで考える人はおらず、単に「法より情だよね」というメッセージを受け取ってしまう人のほうが多いのかもしれないとは思いますけれども…。)

No.58の追記です。
「忠臣蔵」は大石以下「実行犯」が「切腹」したから「お話」としては完結したのでしょうね。
「再就職」して晩節を汚す人がいたりすると、「無責任な外野」が批判したりして、あそこまで「美しい」話にはならなかったでしょう。
「忠臣蔵」の影響といえば、「桜田門外の変」の時の浪士たちが当日集まったときや、真珠湾攻撃の機動部隊がヒトカップ湾に集結したときに「討ち入り前の蕎麦屋の二階」の話が出ていた、という話を読んだ記憶があります。ここ一番!って時には「討ち入り」の高揚感みたいなものが「よみがえって」来るようですね。あのお話は日本人の「民族の記憶」にきっちり刷り込まれちゃったのでしょう。イギリス人の友人に「民族の記憶」の話をしたら、アングロサクソンにとっての「アーサー王と円卓の騎士」みたいなもんだな、なんて言ってました。

つまり、浅野の切腹・お家断絶という処置には不満は無い(至極当然)と、大石は言明したという意味です。

この辺りも単なる仇討ちとは異なる様相を示すため、いろいろ創作の意欲を沸き立てられるところでは無いかと思います。

浅野の切腹・お家断絶という処置に不満があることによる仇討ちである、とまで言ってしまうと、幕府に真っ向から反逆することになり、浅野の親族や赤穂の遺臣、四十七士の家族にまで罰が及ぶ可能性があるため、それを避けるための言い訳ではないかとも思われます。また、内匠頭の弟である浅野大学を擁したお家再興の運動をしていたという背景もあるので、それを狙ったデモンストレーションとしての仇討ちではなかったのか、というような話もあります。本音の所はどうだったのでしょうね。

 江戸時代のことにずいぶん関心が高そうで、少々意外に思っていますが、まさにそれが日本人のメンタリティのルーツなのもしれません。

 ところで封建時代の江戸の昔は、たぶんに孔孟の影響を受けていたものと推察されます。
 以前、たまたま本で読んだのですが、孔子は公道に灰をばらまいた行為で、手首を切断される処罰を是としたそうです。
 現代の道路事情では、想像も及ばないことですが、舗装のなかった時代、道路に灰をまくと失明し盲になる人が多かったそうです。
 そこで、灰を公道に捨てる行為は容易に自重出来るのに、あえてそのようなことを行ったので、手首を切断されても致し方ない、という考えだそうです。

 江戸時代に日本に伝わっていたのかどうか分かりませんが、次のような生き方、物の見方、考え方もあるようです。こちらは、現代に通じる部分が少なくないかもしれません。

【解説】第一の説話は長編だが、孔子と悪逆・非道の盗賊・盗跖との対決が面白い。世俗主義の孔子が悪人・盗跖に完膚なくやり込められる。第三章の無足と知和の対話は、欲望主義と抑制主義の対決で、現代人にも通じる。

http://www4.tokai.or.jp/kyuguan/17_33souji.html

つまり、浅野の切腹・お家断絶という処置には不満は無い(至極当然)と、大石は言明したという意味です。

これは当然そう考えていた事でしょう。理由は兎も角、殿中で刃傷沙汰を起こした張本人には間違いがなかった訳ですから。
問題は吉良方にお咎めがなかった事でしょう。
浅野に処罰が下されるのは仕方がないが、だったら「喧嘩両成敗」(当時の慣習法)に法って吉良にも何らかの処罰が下るべし
が浪士たちの言い分
↑が「忠臣蔵」をもて囃す庶民の見方だったと思います。
吉良への仇討ちは片手落ちお裁きに対するクレーム→反国家権力の象徴として町方に大いに支持されたのではないでしょうか。

歌舞伎の演目で当局を非難するかのような内容は「差し止め」処分を受けますが、片手落ちお裁きで法を捻じ曲げたのは外ならぬ幕府の
方なので分が悪かったと思われます。

裁判官ストーカー容疑のニュースを見ていると、不良より性格がねじ曲がった秀才が出てきても不自然ではないと思えてきてしまいます。

もちろんあんなのはごく一部の例外ではありますが。

余談ですが

NHKで最近「忠臣蔵」をやったとき「片手落ち」といわず「片落ち」と言ってましたね。ハンディを持った方への配慮とは思いますが、そんな日本語は江戸時代にあったのかしら・・・(^^;

 忠臣蔵については、仇討ちは言い訳だという考え方が当時からあったようです。佐嘉鍋島の葉隠に、揶揄を交えながらもその辺りの評価を描いた一節があります。

 武士は戦士であって、強いことが要求されます。

 同僚を殺されたり、大将頸を取られたら、相手のそれを取り返さない限りその集団には「弱い」という評価が定着することになります。だから武士には、打ち返しと称して喧嘩の相手側に殴り込むことが要求されたのです。

 その辺りの事情は、やはり葉隠に鳥取藩池田光仲公御家中の事跡を例示して描かれています。

『葉隠』の武士道: 誤解された「死狂ひ」の思想p113

>No.42 しまさん

赤穂浪士の討ち入りが、忠臣蔵に変わるまでの50年間に何が変化したのか、探ってみるのも面白そうですね。

歌舞伎のサイトにそのあたりの詳しい解説が載っていました。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/geinohsi18.htm

”文化的・宗教的にそういう見方もあるのか”、と勉強になりました。

電凸って何?どういう意味?

>No.56 死刑囚さん

現在では「法治主義」と「法の支配」の違いが指摘される事がありますように、
とりあえず、「法治主義」+「法の支配」でネット検索したところ出てきた最初のurlですが…↓

ご紹介、頂いたサイトでは「法の支配」の”法”が「日本国憲法」になっていますね。
「法の支配」の”法”を日本人にとっての、ナチュラルロー・ナチュラルオーダーとするのか、「日本国憲法」とするのかで随分と違うのではないかと思います。

民主党代表の小沢一郎氏のサイトに「日本国憲法」が日本人にとっての、ナチュラルロー・ナチュラルオーダーに相応しくない理由がつらつらと書かれています。

http://www.ozawa-ichiro.jp/policy/04.htm

まあ、全面的に賛同するものではありませんが、「法の支配」の”法”は、読みやすく・理解しやすく・納得しやすいものである方が良い、とは思います。

それから大石は”情”ではなく、”法”を意識していたと思います。
(逆に情は殆どなかったかも)
大石なりの”法の正しさ”を訴えたかったのだと思います。
漠然とした考えでしたが、歌舞伎のサイトの解説を見て、少し納得できました。
民衆の側はほとんどウェットだったと思います。

討ち入りの原因、殿中松の廊下の事件での処分の差は
浅野側:殿中で刀を抜いた、無抵抗の者に斬りかかった加害者、しかも何で斬りかかったか「私怨」とのみ答え原因が不明。
殿中で刀を抜いた時点でフォロー不可能。
吉良側:斬りかかられた被害者、刀を抜かず無抵抗で逃げた、何故斬りかかられたか心当たりがないと表明。
傷付き身の危険を感じながらも殿中で刀を抜かず御上の法を重んじた、忠義である、と判断。

つまりこの事件は庶民や浪士達が考えた「喧嘩」ではなく「一方的な傷害」。
だから喧嘩両成敗は成り立たず、処分の差は発生しました。

ご紹介、頂いたサイトでは「法の支配」の”法”が「日本国憲法」になっていますね。 「法の支配」の”法”を日本人にとっての、ナチュラルロー・ナチュラルオーダーとするのか、「日本国憲法」とするのかで随分と違うのではないかと思います。

 文中の『「法の支配」の”法”を日本人にとっての、ナチュラルロー・ナチュラルオーダーとする』という節の意味が分からず、ちょっと悩んでおりました…。

(ひょっとしたら、「法の支配」を考える際【Natural Law(自然法)】の方を重視するのか、それとも(自然法と対置される)【法実証主義】の方を重視するのか?というお話をされているのだろうかとも考えましたが、その場合であっても「日本人にとっての、ナチュラルロー・ナチュラルオーダー」という部分がやはり分かりませんでしたので…。)

 とりあえず、ナチュラルロー(Natural Law)と言えば、自然法のこと、つまりは、西洋思想、とくにJohn Lockeの「人間は自然の状態において生来の自由をもっている」という考え方を基盤としたものですよね。(この辺りの話については、ざっと検索した所、このようなページもありました。なお、今ここで「改憲」に関する議論をするつもりはありません。念為。)
 日本人にとっても、日本人ではない人にとっても、自然法(Natural Law)とは上述の考え方のことだと私は思っています。

 もしかしたら、「ナチュラルロー・ナチュラルオーダー」という言葉の意味が、ずれているのかもしれませんね…?
 
(余談ですが、私の高校時代の教師は、「人間は自然の状態において生来の自由をもっている」とか「すべての人間が生まれながらにして固有の、奪うことのできない権利をもつ」という考えは、古来の日本でも醸成されていたのではないか、その萌芽が見られるのではないか、という関心を持っておられたのでした。)

* * *

民主党代表の小沢一郎氏のサイトに「日本国憲法」が日本人にとっての、ナチュラルロー・ナチュラルオーダーに相応しくない理由がつらつらと書かれています。
   上記文中の『「日本国憲法」が日本人にとっての、ナチュラルロー・ナチュラルオーダーに相応しくない』という節も、上記と同様の理由で、よく分かりませんでした。

 ご紹介の小沢氏のサイトは未だよく読んでいませんが、とりあえず、小沢氏は特に「日本国憲法が自然法として相応しくない」と考えているようにも見えませんが…。

 あらかじめ知ってほしいのは、憲法解釈のときに時代背景などを理由づけの根拠にするのは禁じ手であることだ。法解釈には立法者の意思を持ち込まず、あくまでも条文に従って解釈すべきだと断っておく。例えば、憲法制定時の経緯からすると、アメリカ占領軍は、当初は日本に二度と戦力を持たせないようにしようと考えていた。日本人は鬼畜米英を唱える狂信的な民族であると思っていたのである。この方針は米ソの冷戦構造がはっきりしてくると変わっていくのだが、このような歴史的経緯を憲法解釈に持ち込むべきではないことは、法律解釈のイロハである。  この前文には日本国憲法の基本原則が書かれている。平和主義の原則。基本的人権の尊重の原則。国民主権の原則。さらに付け加えて強調したいのは、国際協調主義の原則が謳われていることだ。この四原則を変える必要はないと、私は考えている。

P.S.
散漫になり、すみません。
歌舞伎のサイトの解説は、これから読んでみたいと思ってます。

 No.71は、No.69 関東御成敗式目さん宛でした。

 また、No.71に下記の訂正があります。失礼致しました。

× とりあえず、小沢氏は特に「日本国憲法が自然法として相応しくない」と考えているようにも見えませんが…。

○ ご紹介の小沢氏のサイトは未だよく読んでいませんが、とりあえず、当該サイト内の下記引用の文章等を見ると、小沢氏は特に「日本国憲法が自然法として相応しくない」と考えているようにも見えませんが…。

* * *

 今ふと思い付いたのですが、ひょっとしたら、No.69の「日本人にとっての、ナチュラルロー・ナチュラルオーダー」とは、「日本人が普遍的な原理だと思っている法」という意味で使われているのでしょうか?

 仮にそうだとすると、No.69の当該文章(2件)のようになります。

1.

ご紹介、頂いたサイトでは「法の支配」の”法”が「日本国憲法」になっていますね。「法の支配」の”法”を日本人が普遍的な原理だと思っている法とするのか、「日本国憲法」とするのかで随分と違うのではないかと思います。

2.

民主党代表の小沢一郎氏のサイトに「日本国憲法」が日本人が普遍的な原理だと思っている法に相応しくない理由がつらつらと書かれています。

 もし上述の意味のコメントならば・・・

 とりあえず、私は今こちらのエントリで(日本国憲法の)「改憲」の議論にまで踏み込むつもりはありません…。(念の為)
 
 小沢一郎氏の当該サイトには、「日本国憲法の基本原則は変える必要がない」と書かれているので、当該サイトに「日本国憲法が日本人が普遍的な原理だと思っている法として相応しくない」と書かれている訳ではない、と思います。

 (勘違いだったらすみません。読解力なくて申し訳ないです…汗。寝不足気味なのでご容赦を…。)

吉良の人たちには迷惑な話(上野介はよい殿様だったようですね)でしょうけど、「赤穂浪士」の話は(日本では)エバーグリーンですね。
いろんな解釈が成り立つけど、浅野内匠頭がなぜ刃傷に及んだか、(吉良に対して「遺恨」があったらしいけど)本当の所はわからない。事件から300年たっても、いろんな人がいろんな説を唱える。だから、テレビなどでドラマ化されるたびについつい見ちゃうんでしょうね。
ただ、大石は「殿の仇討ち」を主張する浪士をまとめて、吉良に討ち入ったのは事実で、行政訴訟も起こせない当時としては仕方なかったのかもしれませんが、やはり「違法行為」だと思います。
私の見たドラマでは公弁法親王が浪士の処分に困り果てた綱吉に対し「おみ様をそこまで苦しめたのだから、大石とやらも以て瞑すべしではないか」というシーンがありましたが、他の浪士はともかく、大石の目的は「仇討ち」より、(よく言われるように)「ろくに取り調べもせずに、一方だけを断罪した幕府の処分に対する異議申し立て」というところにあったのではないか、と思います。そして、今日の我々に超一級のエンターティンメントを残してくれた。これに関しては脱帽するしかありません。

>No.72 死刑囚さん

言葉の定義で解り難くなっても齟齬が出やすいので、死刑囚さんの使っている用語をそのまま使いますと、

(1)大石や民衆は「法の正しさ」を問題にすることはなかったのだろうか?

という死刑囚さんの疑問に対する、私の見解は、”法”が仮に、”日本人が普遍的な原理だと思っている法”であるならば、”赤穂事件”を”忠臣蔵”に発展させた民衆は「法の正しさ」を問題にしたのだろう、と考えます。

そうすると、このトピの主題「テレビの影響ありやなしや」、

水戸黄門とか忠臣蔵なんていうのは、日本人のメンタリティにすごく影響を与えているんじゃないかと思います。

に対する解は、
”影響があるというよりも、むしろ「日本人が普遍的な原理だと思っている法」を映し出しているのであり、故に自然と多くの日本人が「忠臣蔵」を支持しているのでしょう”
という事になるのではないでしょうか。

となれば、モトケンさんの、

で、どんな影響かというと、外国から輸入された現在の法体系から見ると、あんまりいい影響じゃないみたいです(^^;

という見方が正しいとすると、”外国から輸入された現在の法体系”と「日本人が普遍的な原理だと思っている法」は相容れない部分があるという結論になりそうです。

自分と関係のないところの「仇討ち話」はエンターテイメントとして確かに面白く感じ、責任のない大衆は「やんや」と持ち上げます。
だからと言ってそれが
”日本人が普遍的な原理だと思っている法”であるか?と問えば少し違うのではないかと感じます。

大分前になりますが、図書館で忠臣蔵関係の本を探している時に仇討ちに関する本(確か新書本)に、仇討ち本懐を遂げられるケースは非常に少なく、挫折したり、国に帰参出来ず死ぬ者も多かったが、見事本懐を遂げ帰参出来たから万々歳だったかというとそうでもなかったらしい事が残された文献から明らかになっていると記されていました。仇を討った後ホッとするのは一時で、その後苦悩したり、気鬱を患う者も結構居たという事でした。これはよくよく考えれば尤もな事で、自分にとっては憎い仇ではあるが、仇の家族からすれば大事な者である事は誰も否定出来ない事から、(例え法の担保があっても)人の命を奪ってしまった事からくる自然な発露だと思われます。
なので「人権」という言葉自体は無くても、命を奪った当事者となれば「人権」を重く受け止めざる得ないのが、「普遍的な原理」だと考えます。
但し、この「重く」の部分は多分に個々人の資質、環境や人への関わり合い方で違ってくるのではないかとも思いますが。

終身刑の議論のエントリー No.64 において、仇討ちを遺族に実行して貰うべく、死刑執行のボタンを遺族が押すように制度化出来ないものだろうか?と述べましたが、私の頭の中には以上のような考えが頭にあり、いざ制度化に向かえば、死刑制度が「エンターテイメントとしての仇討ち話」ではなく、嫌が上にも自らに関係するかもしれない「人権問題」と認識されるのではないかと考えたからです。

「死者への鎮魂」と「こそあど」

自分と関係のないところの

ひとつ重要なキーワードが出てきました。
加害者に厳罰を求める人の意見は概ね二通りあると思います。

(1)「特別予防」を中心とした「一般予防」「応報感情」など、”外国から輸入された現在の法体系”が想定している視点からのもの

(2)あかの他人なのに、時としてまるで被害者そのものや被害者遺族のような立場で意見を主張するもの

とくに、(2)が問題で、こういう人たちの主張を読み解く鍵が、「死者への鎮魂」と「こそあど」ではないかと推察しています。

多神教の日本人は、一般的に自然や死者に対して畏怖の念を持っていて、時として”神”として祀ると言われています。また、無念の思いを残して亡くなった人は”浮かばれない”という思想ももっています。
一方で、”外国から輸入された現在の法体系”は死者は殆ど、モノ扱いです。最近出来た個人情報保護法も原則的に死者は保護しません。

これに不満を持つ人は、「被害者の人権が軽視」されていると主張します。彼らにとっては”浮かばれない”人の魂をどうするか(成仏できるようにするか)が、最重要課題です。

もうひとつのキーワードは”こそあど”ではないかと思います。
欧米人が日本語を修得する際に、壁になることの一つに”そ”と”あ”の区別がつかない、というのがあるそうです。

厳刑を求める人は、あかの他人なのに、時としてまるで被害者そのものや被害者遺族のような立場で意見を主張します。
そういう人たちにとって、感覚的に被害者は”同じ善良な市民”で、「こそあど」の”そ”であって、「他人事」でも「自分と関係の無いこと」でも無いのではないか、と推察しています。
これに対して「そういう主張は被害者遺族など当事者だけができるのだ」という返しでは、議論がかみあいません。

また、そういう人は恐らく、凶悪犯罪を犯すような人は「こそあど」の”あ”と見ているから、その死に関して、畏怖の念は感じない(だから厳刑を主張できる)のではないか、と推察しています。

以上、裁判員制度の導入を価値あるものにするにはどうすれば良いか、を考えていた時に思った事です。
裁判を法曹界の人間だけに任せていては、いびつなものになると思いますので、なんとか裁判員制度導入は成功させる必要があると思います。

>No.74 関東御成敗式目さん

 遅くなりましたが、コメントありがとうございます。

(1) その可能性もあると思っていました。

(2) 別の可能性としては、それ以前に、日本人は、その内容を問わず、そもそも「普遍的な原理」なるものが存在すると思っているのだろうか…?という疑問を持っていました。

 国としては、なにかと「折衷」が多いように思いますが、聖徳太子の頃から、神道と仏教も並存して来たようです。(もっとも、明治時代の廃仏毀釈運動等もありましたが。)
 「普遍的な唯一つの宗教」を持たないことで、逆に現代まで神道を残すことが出来たのではないかな…という気がしていたので、法理についても同様ではないかと類推していました。
 
 そのため、強いて、日本人にとって「普遍的な原理」というか「昔から変わらない傾向」があるとすれば、ある意味一旦は多様な思想を許容する(よく言えば)寛容さ(悪く言えば無節操さ)であり、多元性なのかもしれないと思っていました。

 もしそうならば、日本人には「普遍的な原理だと思っている法」なるものはなかったのかもしれないなぁ…という可能性も漠然と考えていました。ただ、思いつきで詳しい根拠はありません(^^;

(3) そして、No.75 大学生の母さんのコメントの可能性もない訳ではない(No.50にも書いた通り)と思っています。

 まぁ、私は知識が不足しすぎており、よく分からないのですが、もしも詳しい方いらっしゃいましたら場外乱闘場などで情報等、ご教示頂ければ幸いです。
 それから、タイミングを逸したコメントになってしまいましたが、すみません。 (適当にスルーして頂いて結構です…。)

>じじいさま
 こちらこそご無沙汰いたしております。また、返答が大変に遅れて申し訳ありません。
 さて、お尋ねの件ですが、「まれにではあるが、目上の者による目下の者のための敵討が公的に認められたケースがあった」ということです。
 平出前掲における例としては、生坂藩士浅野安左衛門が従兄弟に殺害された弟の敵を討った事例(享保九(1724)年)、岡山藩士田中源兵衛の若党河合助左衛門が、弟を殺した犯人を斬り殺した事例(元文五(1740)年)などがあります(両事例とも敵討ちと認められ、敵を討った本人に対する処罰はあなかったようです)。
>死刑囚さま
 応答が大変に遅くなり申し訳ありません。
 お見込みのとおり(また、お取り上げのサイトにて解説されておりますとおり)、法治主義はあったが法の支配はなかった、ということだと思います。
 
 なお、久しぶりに投稿させていただいたものの、業務繁多のため、以前のように適時に応答することができませんでした。重ねてお詫びいたします。
(今後も適時の応答が難しいことを予め申し上げておきます)

 既にコメントいたしましたとおり、近世期においては慣習法や判例に基づいて様々に法が整備され、運用されておりました。
 また、公儀が常に「法治主義」であり在地の民衆が常に情のみに基づいて行動していたのかといえば決してそのようなことはなく、紛争が公儀に認知され紛争処理手続が開始された後、吟味下げによって在地の調停に委ねること(「内済」)がしばしばありましたし、また当然のことながら在地の側から公儀に対し紛争を公的に処理するよう求めることも数限りなくありました。
 まあ、申し上げたことは当たり前のことで、我が国の国家法が常に輸入品・建て前であり、民衆の行動原理が常に情・本音であり、両者が常に対立関係にあった、というような単純な図式で我が国の法文化は表現できない、ということです。
 こちらに投稿なさっておられます方にはいらっしゃらないことはわかっておりますが、こちらのエントリーやコメント欄をさらりと流し読みされた方々の中に、「我が国の国家法=輸入品・建て前←対立→我が国の民衆の行動原理=情報・本音」という過度に単純化された図式を信じ、その図式を自らの法軽視の姿勢の正当化根拠にしてしまう方がいらっしゃるようなことがあっては、その方にとって不幸なことなので、蛇足と承知しながら、我が国の伝統を愛する保守的日本人の一人としてコメントで補足させていただいた次第です。
 では、失礼します。

>>No.83 an_accusedさん
>やらかしてしまいました。。。

爆笑しますた(笑)
500エラーでしょうか?私もこないだ派手にやらかしましたが(爆)。

>No.78 an_accusedさん

コメントありがとうございます。
大変参考になりました。

 こちらに投稿なさっておられます方にはいらっしゃらないことはわかっておりますが、こちらのエントリーやコメント欄をさらりと流し読みされた方々の中に、「我が国の国家法=輸入品・建て前←対立→我が国の民衆の行動原理=情報・本音」という過度に単純化された図式を信じ、その図式を自らの法軽視の姿勢の正当化根拠にしてしまう方がいらっしゃるようなことがあっては、その方にとって不幸なことなので、蛇足と承知しながら、我が国の伝統を愛する保守的日本人の一人としてコメントで補足させていただいた次第です。

 上記も、漠然とは思っていたが、上手く表現出来るようにまでは至らなかった問題意識と重なっていました。
 どうも有り難うございます。

 私も、我が国の伝統を愛しています。だから弓道やお茶もやっていましたし、着物等は着るのも見るのも好きです。白州正子さんのエッセイを読んでからは能にも関心が出て来ました。武家社会だけではなく庶民にも広まっていたと言われている御成敗式目については、それを制定した中心人物と言われている北条泰時に多大なる影響を与えたと言われる明恵上人のことを知った時も、感銘を受けました。
 それでいながら特に矛盾や抵抗を感じることなく、リベラルな見解にも頷く所がありますし、今度はロールズの著作を攻略してみたい気分にもなっています。

 本エントリとは直接関係はしませんが、(本ブログでは殆ど見ませんが、別所で)ネット上で散見されるような単純な右/左という物の見方や単純な図式で現実の事象を読み解こうとしても、混乱や誤解を招くことになるのではないかと感じています。

 そして気づけばやはり、私のコメントが、エントリの趣旨にどう引き寄せられるのか分からなくなって来ましたが(汗)、ご容赦を。(すみません。)

法律相談へ

ブログタイムズ

このエントリのコメント