2008年5月26日

長崎市長銃撃殺害事件判決報道の見出し

傍聴券求め1134人=「遺族が望む判決を」−長崎市長射殺判決公判

 これは時事通信配信のヤフーニュースの見出しです。
 判決主文はまもなく報道されると思いますが、私がこのニュース反応したのは「遺族が望む判決を」という見出しについてです。

 この見出しは、刑事裁判は遺族の応報感情(報復感情)をみたすためにある、という認識が前提になっているように思われます。
 この裁判の情状の核心部分が遺族の感情とは別のところにあるにもかかわらずです。

 何も考えていない見出しだと思います。
 

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コメント

確かに、遺族は被告に極刑を求める陳述をしたと報道されていますが、その遺族ではなく、いわゆる市民の一人の意見をもって「見出し」にするということに、マスコミの怖さを感じます。
取材した記者、この記事の掲載を認めたデスクら関係者は、殺人に対して日本人全てが報復感情が強く、極刑を望んでいる。だからそれを代弁してやっているんだという驕りようのようなものを感じます。

別スレの話題ではありませんが、裁判は「仇討ち」なのでしょうね、この見出しをつけた方々にとっては。

これは主としてYahooニュースの構成の問題であろうと感じます。
念のため、配信元の時事通信社のニュースサイトを確認したのですが、時事としては、この記事は雑感サイド原稿の位置づけで加盟各社に流している感じです。

つまり裁判本線の取材原稿は原稿としてあった上で「一方、傍聴に訪れた長崎市民は」という、いわば「添え物」にあたるのがこの記事だということです。

本来この記事は一本立ちできない、雰囲気だけを伝える原稿なのですが、yahooのニュースサイトの「紙面」の並びだと、これが一本立ちしてしまう。
時事の配信で紙面を作る、ペーパーベースの地方紙では、まず記事見出しには裁判本線の原稿を持ってきて、この記事のような原稿は小見出しでベタに近い扱いになるはずです。

尤も、実際に見出し引用されたのと同趣旨の発言をした傍聴者がいたのだとしても、この事件裁判の着眼点は「死刑にするか、しないか」ではないはずなので、この見出しを取った記者(おそらくライター本人ではなくデスクの人でしょう)の認識は、相当ずれていると思わずにはいられないのでありますが。

見出しって明らかに扇情的効果がありますね。電突の「煽り」認定は難しいけど、「見出し」が煽り効果を狙っているのは本来の存在意義から見ても当然ですけど(笑)。新聞社の「主観」がもっとも端的に現れるところでもあります。社説以上に(笑)。

言論の自由や政治的な問題が取り沙汰されるなら理解できますが、この事件で遺族の処罰感情を真っ先に挙げる感性は、一般人としても驚きです。
この見出しをつけた記者の感性に、一体何が起こっているのでしょうか。
やはり、光市事件や被害者参加制度、裁判員制度に対する、趣旨を取り違えた理解を想像せずにはいられません。

こうした現象は当面続くのではないでしょうか。

検察庁や日弁連は、愉快なキャラクター達の家族設定を考える時間と予算を、ネットを含めたマスコミへの啓蒙対策に費やすべきに思えます。

今までROMでしたが、初コメントです。

ご存じのように死刑判決がでましたが、ニュースのコメント欄等に「要人が殺されたから一人でも死刑なんだろ。一般人が一人殺されても死刑にしろよ。」といった要旨のコメントを多々見つけ、愕然としています。

「民主主義を根底から揺るがす犯行」という言葉(報道が判決文から引用したと思われる)の意味を、どう捉えているのでしょうか。

正直頭痛が痛いです。w

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