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成田空港闘争:保釈中逃亡の被告、29年ぶりに出頭し収監(毎日新聞 2008年6月5日 23時36分(最終更新 6月6日 10時40分))
成田闘争、保釈中逃亡の男出頭=約29年ぶり判決へ−千葉(時事ドットコム)

 求刑懲役1年6月で逃亡生活29年ですか(ため息)

 なぜ逃げたんでしょう?
 なぜもっと早く出頭しなかったんでしょう?
 彼は今自分の人生をどう思っているのでしょう?

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コメント(5)

 彼も、自分の人生が社会の人々に、どのように思われているのだろうと、考えているかもしれないですね。

 刑事司法に関わりを持った自分の場合も、振り返れば16年という歳月は、長いようでもあり、短いようでもあります。

東峰十字路事件で起訴されたうちの一人かと思いましたが、その前の闘争なんですね、7月と言うことは。
まぁ、俗に言う「過激派」の活動家でしょうから、求刑がどのくらいだろうとも「官憲の手を逃れ」て「闘争」を継続するのが彼の「正義」だったのではなかろうかと想像します。

齢69になって出頭しようと言う気持ちになった心情の変遷に、ちょっと好奇心が刺激されました。・・・単にもう生活できなかっただけとか、そんなことなのかも知れないですが。

タイトルを見た瞬間惰眠さん同様、「権力に屈服」するのがイヤだったのかな、と思いましたが記事を見るとどうも怖かったのは組織のよう・・・。

人生の終わりもそろそろ見えてくる中で一度若き日の過ちの"清算"をしてみたかったんでしょうか。

>No.2 惰眠さま

齢69になって出頭しようと言う気持ちになった心情の変遷に、ちょっと好奇心が刺激されました。・・・単にもう生活できなかっただけとか、そんなことなのかも知れないですが。
氏名を偽って隠れて暮らすということは、住民登録が出来ませんので国民健康保険証の交付を受けることが出来ません。また生活保護の申請も出来ません。私も仕事(社会保険労務士)を通して何人かそうした逃亡者(私が経験するのは借金での「夜逃げ」ばかりですが)を見ていると、65歳とか70歳という働けなくなる年齢になったらこの人達はどうするのだろうか、といつも思ってしまいます。

齢70に近い老人となれば医療や社会保険制度の利用を自ら拒否して、名を隠して生活することが難しい年齢でしょう。例え刑務所暮らしを1年半することになるとしても、出所後は社会保障の恩恵を受けられる「人生の平穏」を夢みたのではないでしょうか。

ただ私は、彼が逃走していたのは「闘争」を継続するためとは思えません。毎日新聞の記事にある「組織とかかわりを持ちたくなかった」というのはある意味本音でしょう。中核派の活動家としての刑事訴追であれば弁護士も国選ではなく、中核派系シンパの弁護士が私選で付きますし、支援者の拘置所への差入れや裁判の傍聴などによって、中核派組織との関わりは好むと好まざるとに関わらずついて回ります。それが嫌だったのではないかと想像します。

先月、産経NSNでの【さらば革命的世代】という特集記事を興味深く読みました。その中でも元日大全共闘委員長の秋田明大氏や外食チェーン店の社長をとなった活動家など、左翼系闘争との決別を果たしたその後の人生が紹介されていました。今回の逃亡者のニュースからも、自ら出頭した被告人のそうした過去への決別と総括の気持ちが読み取れました。

私自身は東大紛争が終わった直後、成田三里塚闘争が盛り上がる直前の丁度谷間の世代ですが、過去のほろ苦い人生の一コマを封殺したい心理は自分にもあります。

起訴がされなければ、犯行から29年たつことでとっくに公訴時効になっています。
起訴されて判決が確定していて逃げて29年たてば、刑の時効(刑法32条)が成立しています。

起訴されてその間に逃げ、審理を全くしなかった場合は何もなし、というのは、不均衡のにおいを感じないではありません。別に放免するのがいいと思っているわけではありませんが。

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