今日のニュースを見て、池田小事件からもう7年たったのか、と思っていたところに飛び込んできたのが秋葉原の通り魔連続殺傷事件のニュース。
白昼に25歳男が凶行、秋葉原で18人に切りつけ6人死亡(ヤフーニュース 6月8日16時45分配信 読売新聞)
現時点で6人の死亡が確認されているが、もう一人重体の被害者がいるという報道もある。
犯行の事実関係は明白なので、あとは例によって責任能力だけが問題になると思われますが、理屈抜きでこの犯人に社会の中に居場所はないと思います。
追記
死者が7人になったようです。
やりきれません。
実は現場に居合わせました。録画用のDVDを買い出しに来ていたのです。
パトカーがものすごい勢いで歩行者天国を突進していったので、何事かと思って近づくと、5、6人の被害者が点々と横たわって心臓マッサージを受けていました。まだ救急車が二台くらいしか到着しておらず、
救急隊員だけでなく通行人も救命活動に参加していました。
現場では事態がさっぱり分からず、最初は交通事故かと思っていたのですが、「犯人が逃げた」という声を聞いて通り魔事件と知りました。
交差点角のソフマップ前から見ていたのですが、手を切られたらしい人が目の前に座り込み、数メートル先では血だらけの人たちが心臓マッサージを受けていました(轢かれたのか服がボロボロの人もいました)。全く身動きせず、人だかりからはみだした足は真っ白で、血の筋が路上を伸びてくるのを見て、ようやくただ事ではないという実感がわいてきました。
その後、続々と警察車両と救急車両が到着し、規制線が張られました。地下鉄サリン事件でも見られた大型の救急車(ボディが広がって診療室になるタイプ)まで駆けつけていました。しかし、全く動かせない状態だったのか、どの人もなかなか搬送されませんでした。
昼下がりのアキバとあって、交差点はあっという間に野次馬で一杯になりました。場所柄か、カメラ小僧が結構いたようで、携帯だけでなく大きな一眼レフで撮影している野次馬も沢山いました。私自身もそういう写真を撮るには絶好のポジションにいたのですが、決定的瞬間を撮って周囲に見せびらかそうという気には全くなりませんでした。実は、数日前の歌舞伎座近くでの火災にも居合わせたのですが、その時も写真を撮る気は起きませんでした。そんな自分に少しホッとしています。
人の人生が無造作に断ち切られる現場を目の当たりにして、考え込んでしまいました。こんな風に、家族との別れもできず、仕事の引継ぎもできず、放送中のアニメやドラマの最終回も見られず(おそらくそういう趣味を持った被害者もいたでしょう)、突然人生を終わらされる事態が本当にあるのだと、あらためて実感しました。
妻は私の無事に安堵しながら、「世の中が嫌になったのなら、どうして一人で死なないのだ」と憤慨しています。この事件で秋葉原の歩行者天国はなくなってしまうかもしれません。こういう輩が世の中の安全地帯を少しづつ侵食していって、日本を寒々とした国に変えていくのでしょうか。
みみみ様、ご無事で何より。
>「世の中が嫌になったのなら、どうして一人で死なないのだ」と憤慨しています。
世の中が嫌になると同時に、「俺がこんな辛い思いをするのも、社会のせいだ!」といった八つ当たり的な憤りがあったんじゃないかなあ。誰も見向きもしない俺の人生、最後に社会にリベンジして、華々しく目立ってやろうみたいな。
被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げると共に、不幸にしてお亡くなりになった方々とそのご家族にお悔やみ申し上げます。
また、現場で被害者の救命と犯人逮捕に当たられた皆様に、同じように道端に倒れていたかも知れない者として、国民の末席から御礼を申し上げます。
たとえ結果に至らなかったとしても、お力添え頂いたという事実はかけがいのないものと思います。
中でもその最中に負傷された警察官をはじめとした皆様方には、何と申し上げたものか、言葉もありません。一日も早いご本復をお祈り申し上げます。
どうも報道規制が入っているのか、次々と記事が書き換えられているようですが、犯人は派遣社員で、静岡という場所から考えてトヨタ系に勤めていたのではないかという話があります。
2ちゃんねる情報ですが
96 名前: ウミガメ(大分県)[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:43:48.43 ID:spwhVfUA0
942 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:56:38 ID:R+NWCTf70
犯人は日研に向かってトラックを暴走させたと予測されるぞ
http://shotworks.yahoo.co.jp/dept/C000009008.html
日研総業
部署名 キャスティング事業部 秋葉原本部
住所 東京都千代田区神田松永町17 アサヒKビル7F
電話番号 03-5207-7744
FAX番号 03-5207-7747
沿線1 山手線
最寄り駅 秋葉原駅
所要時間 徒歩3分
もし、「生活に疲れた」という言葉の裏に、派遣労働の実態が隠れているとしたら、何ともやりきれない、格差社会の仇花のような気がします。
こんばんわ
今度も死刑、刑法39条が論議にあがってくるわけで、
弁護士会がいくら、国連で死刑廃止をうったえているといっても現状では、死刑廃止は無理だろうなと思ってしまいます。
モトケンさんへ
今回も、死刑と刑法39条が論議にあがりそうでしたら、個別案件でコメントを作ってくれないでしょうか?
議題が重なるとかなり見にくくなりますので
(又は、前回の議論のコメントを再度あげてもらうのもいいかと思います。)
>社会の中に居場所はない
という人が、このようなことをやったのではないでしょうか。他にも似たような事件は起こっていますし、今後も起こるのかもしれません。
起こってしまった結果は取り返しがつきませんが、今後も同様な事件が起こるかもしれず、居場所をなくすだけでは、同種事件の未然防止にも解決にならない気がします。
>No.6 廣野秀樹さん
>という人が、このようなことをやったのではないでしょうか。
この犯人についての私の意見は
今回の事件を起こしたが故に社会に居場所を失った。
ということです。
「居場所」という言葉の意味ないしレベルが全く違います。
この手の犯罪は「死刑の存在だけでは防げない」
と言う意味では・・・
無差別テロに対して死刑の執行が許されないのはバランスが悪いですが、それとは別の視点も必要かと。
>No.8 MultiSyncさん
一般予防を問題にしているのではありません。
特別予防つまりこの犯人の処遇つまりこのような事件を起こしてしまった人間の今後の処遇を問題にしています。
というか、エントリ本文は素朴な感情論なんですが。
>モトケンせんせい
感情的にはもちろん同意です、というかむしろ「獄門晒し首」?と(^^;
>「居場所」という言葉の意味ないしレベルが全く違います。
今日の「たかじんの委員会」でも、それらしい問題をやっていました。落合弁護士も、社会が抱える病的一面のようなことをコメントしていました。
テレビでも社会の病理とか言っていましたし、そう感じる人は、少なくないように思えます。
受け取り方も人それぞれでしょうが、拠り所や、居場所があれば、犯人もここまでやらなかったように思えます。
個人的なことは持ち出しませんが、先に進めることが出来ず、自分でもどうしてこうなっているのかと、繰り返し考える時間が長引くばかりです。自分自身にも問題のあることは、大幅に割り引いた上で。
>「世の中が嫌になったのなら、どうして一人で死なないのだ」と憤慨しています。
私も同じことを思いました。
報道によれば、この被疑者は、警察官から拳銃を向けられて、ナイフを捨てたそうですね。
自分の命はやはり惜しかったのでしょうか?だったら何故…という疑問もあります。
cocoroさんの「もう、死刑の重さを理解できない人たちがいるのが現実です。」という言葉を思い出しました。
死刑の存在は、このような凶行に及ぶ人にとっては抑止効果が無かったのでしょうか…。
「心の進化」(岩波書店)収録の「戦後日本の殺人動向」(長谷川寿一・真理子著)では、
と述べ、その傍証として、シカゴの77コミュニティーで殺人率と期待余命(寿命)の相関を調べたWilson & Dely (1997)の研究を下記のように紹介しています。
これは、「将来に希望を抱けない人は殺人を犯しやすい」という意味ではなく、「将来に希望を抱けない人は、刑罰の抑止力が効きにくい傾向にある」という意味だろうと思われます。
* * *
詳細の情報が入れば入る程、あまりに痛ましく恐ろしい事件で、驚いております…。
痛ましくもお亡くなられた方々とそのご家族に、お悔やみ申し上げます。
また、負傷した方達が一日も早く回復されることを願っております。
現場に居合わせた方達も、さぞ恐ろしい思いをされた事でしょうね…。
このような恐ろしい事件は2度と起こって欲しくはありません。
>自分の命はやはり惜しかったのでしょうか?
その場で銃殺されてしまえば終わりですし、なにか伝えたい、理解されたい、言っておきたいことがあったのかもしれません。
心神喪失状態であれば、別かも知れませんが、普通であれば、死刑は免れないとその場で理解できていたのではないでしょうか。
犯人を擁護するつもりはありませんが、そんな気もしました。テレビの写真でみたところ、ごく普通の大人しそうな人に見えました。それゆえに、問題の根深いのかもしれないと感じました。
感情的に反応する向きが強いのかも知れませんが、起こしてしまったこと、起こってしまったことは、どうにも取り返しがつかないはずです。
完全に精神の異常が認められない限り、死刑は免れそうにありませんが、本人に納得のいける判決を与えることが出来れば、それが一般予防を含め最善の解決になるような気がします。
職場に近く、社員ともども出向くことの多い場所で
このような事件が起きたことに少なからずショックを受けております。
犠牲になられた方々には心からご冥福を申し上げます。
同時に、場所柄から明日以降のマスコミ報道が
徒に面白おかしい方向に流れて行くのではないかという重大な懸念を抱いております。
被害者、加害者はもとより、事件にまったくかかわりのない第三者を
興味本位で煽るような報道は厳に謹んでいただきたいと願うばかりです。
7人の尊い命を亡くされた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます
生活に疲れた
そんな理由で無関係の人を殺傷するものなのか理解に苦しみます
生活に疲れた人間、世の中ごまんといます
4日ほど前に、実は、我が家の長男の恋人の18歳の女の子が、「殺して!帰る場所がない!」と多量の薬を飲んで、舌を噛もうとして大暴れしました
制止に、大人7人がかりで、さるぐつわをしたり、押さえ込んだりで、大変な騒ぎになりました
幼い時に、お父様を病気で亡くされ、数年前に重度の鬱病でお母様も亡くされ、今現在はお兄様と暮らしてる子です
錯乱状態で、「お母さんに会いたい!」と泣き叫んでいました
私は「○○ちゃん、死んでもお母さんに会えないの!どこに行っても、もうお母さんには会えないんだよ」きついようですが、そう叫んでしまいました
それと、「居場所は、これから自分でいくらでも作れるんだよ」って・・・
70を過ぎたお年寄りの方が、家がない、居場所がないって叫ぶなら、理解できるのですが、今確実に、若い年代の子が、
「自分ほど不幸な人間はいない」という考えが増えてる気がします
そして、自分の不幸は他人のせいだと思う子も増えている気がします
成長過程で、小さなトラブルに、あまりにも親が過干渉しすぎて、自分で対処する能力に欠けているため、何か壁にぶつかった時に、自暴自棄になったり、攻撃的になっているのではないでしょうか
ちょっと、お題から逸れてしまってごめんなさい
素朴な疑問なのですが、もしも・・・もしも、こういうケースで被害者の方が、一名だった場合は、やはり死刑までにはならないのでしょうか?
私個人といたしましては、たとえ亡くなられた方が一名でも、こんな理不尽な理由で殺傷する人間を生かすための居場所は、与えたくありません・・・。
>No.13 廣野秀樹さん
> その場で銃殺されてしまえば終わりですし、なにか伝えたい、理解されたい、言っておきたいことがあったのかもしれません。
成る程です…。
そのような可能性も、説得力があるように思いました。
被疑者の静止画像(写真?)をテレビで見ましたが、私にも、ごく普通の大人しそうな人に見えました。
一体、何故このような凶行に及んでしまったのでしょうかね…。
凄惨で痛ましい事件が起こってしまい報道を見聞する事さえ辛く感じる所がありますが、今後の情報を待ちたいと思います。
>No.15 3児の母さん
>それと、「居場所は、これから自分でいくらでも作れるんだよ」って・・・
そうですね…。
自分で自分の居場所を作るよう努力することが大事ですよね。
また、そういう希望を持てるような社会にするにはどうしたらいいのかな…と自問自答もしています。
>No.4 時見鳥さん
静岡から秋葉にたどり着くまでに人の多い所はいくらでもあります。
なんで、わざわざ静岡から秋葉なのか・・・? を考えると、容疑者と結びつく何かがあると考えた方が自然だと思います。
記事からの情報ですが・・・
出身は青森、居住地は静岡、派遣社員で派遣会社が○○○○
車はレンタカー(ナビを搭載している可能性が高い)
凶器のナイフは事前に用意しており、薬物反応は無し
あくまで私も想像でですが、そのまま直進し、約300m先の昭和通りで左折すれば、すぐにそのビルはあります。現場とそこが、あまりにも近すぎるので、その可能性が高いと思いました。
ホコテンでなく、普通に通行可能であったり・・・
今回のようにタクシーに追突していなくて、車が動くようであれば・・・
そこに向かっていたかもしれないと思いました。
ただ、日曜なので事業本部に人がいたのかどうかは分かりませんが、なんか・・・ナビの目標をそこにしていたような気がします。
たらればはありませんが・・・ もしホコテンにさえなっていなければ、と考えると・・・ 今回被害に遭われた方々が余計に気の毒で、なんともやりきれない気持ちになります。
7名(車ではねた人も含み)の命を奪い、10名に重軽傷を負わせたのですから、言うまでもなく罪責は相当重いです。
私見ですが、心神喪失・心身耗弱状態には見えませんでしたので、酌量減軽したとしても極刑以外の刑が選択される可能性はゼロだと思います。
まだ起訴もされていませんが、後は裁判で刑が確定し、その時が来るまで刑事施設の中で暮らし続ける日々になるだけで、もう社会での居場所は無いと思います。
容疑者には、自分のことを棚上げにして、社会のせいにするのではなく、(認めてもらえない内は自分の努力が足りないと考え)自分が周囲から認めてもらえるようになるまで努力し続けてもらいたかったと思いました(結局のところ人生を良くするのも悪くするのも、その人次第ですから・・・)。
被害に遭われ亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
そして、負傷された方々が1日でも早く心身ともに回復されることを心から願います。
日本型自爆テロと思いました。
また、悲惨な事件が起きましたね。被害者、関係者の方々の無念さは想像を絶するものと思います。
他人を殺そうと考えてる人から逃れる術は無いのかもしれない。実に理不尽だけどそれが現実だと受け止めるしかない。
アメリカのような銃社会を肯定はしないけど、自分の身を守れる一つの手段が認められてるんだなと思います。日本では武器携行が認められていませんので、武器を持った犯罪者には無力なんでしょうね。
犯罪の瞬間に武器を持った警察官が居合わせる事は稀だと思います。それまでは自分で身を守るしかない・・・といっても本気で殺そうと向かってくる相手に素手ではね。
結局逃げるしかないって事なんでしょうかね。そんな犯罪者に遭遇しないように願うばかりです。
宅間守もそうだったし、この間の土浦の通り魔事件もそうだったが、この世に死刑になりたくて無差別殺人を犯すものがいるわけです。海外にも銃殺されたくて、銃乱射事件を起こしたものがいました。
死刑制度をいくら充実(?)させても、この種の事件は防げないでしょうね。
閑話休題
秋葉原というのは私にとっては独特の感慨のある街です。ラジオ少年であった私は、すくない小遣いをためて通ったものでした。もはやそんな店も片隅に追いやられてしまいました。(感慨にふけっている場合ではないと罵声が飛んできそう)
この手の事件が起きると、テレビではコメンテーターや元捜査関係者などが「社会が生み出した」とか「社会にも責任がある」などと言いますが、いまいちピンときません。社会で暮らす一員としては、子どもをまともな大人になって欲しいと思って育て、仕事で地域に貢献し、納税して国に貢献していると自負しています。そして、誰もが犯罪のない平和な国を求めていると思っています。
結局行き着くところは、73歳の母親が言った「死にたいなら勝手に一人で死ねばいいのに」という言葉に頷くしかありません。
抑止力としての死刑の存続と併せ、警察官の増員が必要だと改めて
思います。
実は昨日東京に行っておりました。
いつもなら秋葉原にも行くのですが、昨日は祭りが近い日本橋界隈をウロウロし、早めに大阪に戻ろうと思ったので、凶行の時間には羽田で飛行機を待っておました。で、伊丹空港のテレビで事件を知って大変驚きました。
池田小事件のときは阪神高速道路の空港線(大阪市内から池田市方面に向かう道路)をパトカーや覆面パトカーが何台も走っていくのを見て大事件が起きたことを知りました。その後、詳細がわかってくると、犠牲者の年齢や人数に愕然とし、自分が(小学校の隣の)附属中学の出身であり、怪我をされた先生が甥っ子の担任をされたこともある方だったので、ひどく落ち込みました。甥っ子の方はもっとショックを受けていました。
そんなわけで、昨日のニュースも非常に身近に感じてしまい、落ち込んでいます。
池田小の犯人も今回の犯人も、自己破滅型って言うんですか、人を殺すことは悪いことだと認識し、「こうすれば人を殺せる」という計画を立て、「死刑」目的とか自己顕示目的、ある種「道連れ」を求めるための犯行を実行した、という風に見えます。ですから、どうして独りで死なかったんだ!!(あるいは死ねなかったんだ)とか、何故生まれてきたんだ!という怒りの気持ちしかわいてこないのです。少なくとも彼らは刃物や車を「凶器」と認識し、それを使って人を殺めたのですから刑法第39条が適用されるべきではないと思っています。
池田小の犯人の場合、(裁判記録をちゃんと読んでいませんので正確ではないでしょうけど)、世の中に対する身勝手な「鬱憤や逆恨み」をはらすために自分より弱いものを狙った、と言う風に私は理解しています。で、死刑を望んで死刑になった。
こういう場合、本人は「本望」なんでしょうけど、割り切れないものを感じます。彼には死刑より「終身刑」の方が重い刑だったのではないかな?と思うこともあります。もっとも今の刑法では「死刑」しか選択できなかったとは思いますけど。
理由もなく突然いのちを奪われた方々、怪我をされた方々、その周囲の方々にはなんと申し上げて良いのか、言葉もありません。
事務方の星様
一人にあてるものではありませんが、
もし犯人だけが悪いのであれば、この犯人を排除すれば終わりの筈です。というか、宅間守の死刑執行で終わってなければいけません。
この犯人だけが特別なのであって、この事件は単なるイレギュラーである。
そんな切断操作を宅間守から始めてもう10年以上たちます。
この事件もやはり単なる特例として処理するのですか?
犯人を特例扱いし、事件をイレギュラー扱いして社会そのものは承認するというのであれば、次の犯人、次の事件を承認する事に繋がります。当然ながら、次の犠牲者が出ることをも承認する事になります。
我々は自動車社会を承認しています。自動車の存在を承認し、自動車事故を承認し、自動車事故による死者の発生も承認しています。
このような無差別殺人を生み出す社会を、同じように承認しますか?
私は九州在住なのですが、昨日はたまたま上京しており、しかもアキバにいました。
…まだ血が固まってませんでした。東京っちゃおそろしかとこばい!
たぶん、想像ですが、
「社会」と「自分」を相対化して
「自分」の窮状の原因を「社会」に求めたとき、
「社会」即ち「自分」以外の全てが「敵」となったんだと思います。
最初は恐らく、派遣の会社がターゲットだったんだと思いますが
不意に頓挫した(タクシーへの追突)。
「復讐者」になりきっていた(「復讐者」たる自分に酔っていた)ので
われに返る不安から、「復讐者」であることを完遂しようとした。
しかし怪我や疲労から「酔い」が覚めた。
写真で見た虚脱した表情からそんなことを感じました。
いわゆる、劣化バーサーカーといった感じでしょうか。
内にこもった「復讐」の感情って屈折して取り扱いづらいんですが、結構簡単に覚めたりすることが多いんですけどね。
>No.19 ゲンさん
むかーし愛読(?)していた月刊GUNの「自衛する市民たち」と言う連載からの受け売りですが、かの合衆国でも実包を発射可能な状態で装填したまま民間人が銃を携行することは(州ごとに温度差はあるようですが)許されてない筈ですよ。
ホーム・ディフェンス(自宅への侵入者からの防御)についても、それなりに要件が定められているようですし。
ちなみに、これはテレビの受け売りですが(笑)、護身術を教えている教室でまず生徒に叩き込むのは「応戦しようとするな、逃げることをまず第一に考えろ」だそうです。
>No.23 ponさん
そんな無差別殺人や自動車事故を承認するつもりなどありません。それは個人であれ、社会であれ、集団であれ、何であれです。
私がピンとこないといったのは、私のような一般人には、社会のどこに責任があって、社会がどうすれば防げたのかということが分からないということです。格差社会、ネット社会、核家族化、地域の崩壊など、原因は諸説あるようですが、浅学非才の素人ゆえ分かりません。
そうなると私の母親のいう「死にたかったら一人で死ねばいいのに」は「人様に迷惑かけるな」という意味で、そういった教えを受け、そう思っている人間としては、「社会が・・・」と言われても分からないということで、承認するうんぬんの話しではありません。そういった、素朴(単純)な考えのため、自分の子ども達へは人様へ迷惑をかけるなということを教えること、そして警察を増やすことぐらいしか思いつかないということです。
No.19 ゲンさん
被害者にならないための武器は、同時に加害者にとっての凶器にもなります。アメリカ人はその視点をあえて無視している傾向があります。護身用の銃器を解禁すれば、銃による犯罪(今回のような無差別殺人も)が激増することは確実です。
備える必要があるのは対抗する武力ではなく、とっさに逃げられる判断力ではなかろうかと思います。逃げることは決して恥ではない。勇気を出して立ち向かって返り討ちにあえば、マスコミは美談と称えるでしょうが残された家族には何の慰めにもならないでしょう。
No.26 惰眠さん
切った張ったに慣れた元軍人とかマーシャルアーツの達人とかでない限り、あるいは大事な家族が襲われかけているといった事態でない限り、素人が積極的に鎮圧しようとすべきではないでしょうね。ネットでは逃げ惑った人々を「根性なし」と嘲る輩もいるようですが、想像力の欠落したアホとしか言いようがありません。
No.26 惰眠さん
>発射可能な状態で装填したまま民間人が銃を携行
そうだったんですか!銃社会と言われるアメリカでも厳しい、というか慎重に扱えって事なんですね。
私は逃げ足には自信があるんですが、子供やカミさんと一緒の時を狙われれば私が刺されてる間に逃げてもらうしか方法が無いってのも悲しい現実ですね。
どうにかしたいのに、どうにも出来ないというもどかしさが拭えないです。
No.28 みみみさん
確かに武器を奪われたら・・・話になりませんもんね。そこがネックで私も銃を持たせろと!声を大にして言えないのです。
銃解禁になれば、今回の犯人も銃の所持を認められる場合もあった訳で、そうだとすればもっと大勢の方が犠牲になったかもしれませんね。
幼少の頃から洗脳でもいいから、人を殺す事がないような人間に育てるプログラムを実行でもしない限り、いや、そんな事しても人を殺す人間は無くならないのかもしれないですね。
逃げる事を子供には教えたいです。
報道によると、この犯人は地元の良い中学校から屈指の進学高校へ進んだようですね。しかしそこから大学ではなく(東京ではなく)静岡県内の自動車専門学校へ進学し、(いろいろと噂のある)派遣会社社員としてトヨタグループの自動車工場勤務というのが気になります。
中学校までは学年トップレベルの成績で自信にあふれていたのに、優等生ばかりの高校では「目立たない生徒」(高校の副主任だった教諭証言)に落ちてしまった。「東京へ出れば何とかなる」と思っていたのに駄目だった。大手企業の正社員にもなれなかった。こんなはずじゃない、自分はエリートなんだ。ここに自分の居場所はないけれど、みっともなくて地元にも帰れない。優秀な自分にふさわしい扱いをするどころか、クビにしようなんて許せない・・・
犯人の心情を想像してみると、こんなところでしょうか。
(土曜日に秋葉原に出かけ、行き帰りの電車の中で筑波昭の「津山三十人殺し」を読んでいたということに嫌な偶然を感じています。なお、派遣社員や工場勤務の方を貶める意図はまったくありません。不快に思われた方にはお詫びします)
一言だけご注意!
銃で狙われたら伏せることです。
下手に走って逃げようとしたら撃たれます。
エジプトで起きたハトシェプスト女王葬祭殿事件(ルクソール事件)の教訓です。
板ズレになりますがどうしても一言だけ。
あのニュースを見ていて私がブチ切れたのは犯人よりもむしろカメラに受かってピースサインをしたりふざけたりしていた連中です。
物事の判別のできない子供ならともかく、いい年の若者が、です。
現場に居合わせた人々の中には被害者の救護に当たっていた人も少なくないと思いますが、その一方で血溜まりの横で笑って記念撮影している若者も少なくありませんでした。
そんな若者と刃物を振り回した若者。
彼らの心に潜む闇みたいな部分を垣間見た気がします。
No.33 DJニャンタロウさま
仰るとおりです。
人の痛みがわからない人間が増えてきたように思います。
もしかしたら、カメラを見たら条件反射でそういう行動しか取れないようになっているのかも知れませんね。自分で物事の善悪の判断、TPOの判断ができないのでしょう。哀れです。
昨日の日曜日は風邪で寝込んでいたのですが、もし風邪を引いていなかったら、DVD-Rドライブを買いに秋葉原に行こうかなと思っていました。
もし秋葉原に行くとしたら、子ども(4歳)を連れている可能性が高く、そんなときに現場に居合わせてしまったらと思うとぞっとします。おそらく、一瞬のことでしょうから被害に遭われた方も、何が何だか分からないうちに・・・・・・、だったのでしょう。
私は、第一報を受けての記事に真っ先に冥福を祈る、快癒を祈ると書きました。
みみみ様はじめ、直接負傷なさらなかった方々も、多かれ少なかれ無事に事件から立ち直ることができることをお祈りいたします。
しかし、亡くなられた人の冥福を祈るよりも、負傷された方の快癒を祈るよりも先に彼の心理状態をしたり顔で論評したり、彼を死刑にしろと騒いでいる人たちもいました。
申し訳ないけど、彼らの神経を理解したくないな、と思います。
私はナイーブすぎるのかもしれませんが、ナマの現場を見てしまったせいか、BGMとテロップとコメントでデコレートされたテレビの報道を見る気が全く起きません。事実関係を一通り確認した後はマスコミ情報に対する興味が完全に失せました。
今日になって、被害者の生前エピソード&加害者の卒業文集の定番コースが始まり、マスコミへの嫌悪感が更に強まっています。世の凶悪事件は加害者も被害者も背景も全部異なっているはずなのに、ニュースやワイドショーを経由するとどんな事件も「同じ盛り付け、同じ味」になっている気がしてなりません。
おそらく、こういう重大事件を報道するときの「時系列順マニュアル」なんかがあるのでしょうね。
No.30 ゲンさん
あまりにも陳腐な言葉で使いたくないのですが、「命の重さ」をきちんと教育するしかないのでしょうね。とてつもない遠回りですが、それが真の防犯対策なのでしょう。洗脳で無理強いすればどこかにひずみが生じます。できれば、子供たちが自分で理解して身につけられるような教育を望みます。
No.33 DJニャンタロウさん
私の後ろにいた人物が、別の街で待ち合わせしているらしき相手と携帯で話していたのですが、「警察のバカ野郎のせいで駅に行けない」と捜査や野次馬の整理で忙殺されている警官たちを悪し様にののしっていました。思わず怒鳴りつけそうになりました。
他にも、立派なカメラを抱えたカメラ小僧たちが被害者を張り切って撮りまくっていました。あの他者への共感の薄さは一体どこから来ているのでしょうか。いわゆる識者が言うところのアニメやマンガのせいではないと思いたいですが。
>しかし、亡くなられた人の冥福を祈るよりも、負傷された方の快癒を祈るよりも先に彼の心理状態をしたり顔で論評したり、彼を死刑にしろと騒いでいる人たちもいました。
>申し訳ないけど、彼らの神経を理解したくないな、と思います。
別に貴殿に理解して欲しいとは思いませんが、ここに追悼の言葉を書いたから被害者のことを心配していて、書かなかったから心配していないという判断はいささか早計ではないかと思います。
ここに被害に遭われた方、ご遺族の方がいらっしゃれば、もちろん追悼の言葉を述べたり、ご快癒をお祈りするのが第一だと思いますが、基本は各々が自分の心の中でお祈りすればそれで良いことだと思います。
もちろん、ここでそうした言葉を述べられるのは、それはそれで尊いことだと思いますが。
夕方のニュースでは犯罪心理学者の作田明氏が各社のVTR取材に応じて色々話をしていましたが・・・その中で犯人が中学だったかの卒業文集に寄せたひとことコメント「ワタシはアナタの人形じゃない 赤い目の少女」云々、おや?と思いました。
なにやら鹿爪らしく「分析」を述べておいででしたが、あのー、これって90年代に一世を風靡した有名アニメの台詞じゃないんですかね?
そりゃまあ、わざわざその言葉を選んで文集に寄せた「心理」については何がしか語りうるモノがあるのかも知れませんが・・・
ここのコメントは想像力が豊富な方々で一杯の様ですが、
放置プレイですか?>ブログ主様
>No.17 参考さん | 2008年6月 9日 05:00 | CID 154667
>容疑者には、自分のことを棚上げにして、社会のせいにするのではなく、(認めてもらえない内は自分の努力が足りないと考え)自分が周囲から認めてもらえるようになるまで努力し続けてもらいたかったと思いました(結局のところ人生を良くするのも悪くするのも、その人次第ですから・・・)。
「絶望は死に至る病である」
「人は努力が報われると信じられる時希望を持ち、報われないと感じると絶望する」
前者は有名なキルケゴールの言葉です。
若年者の絶望感、閉塞感は、おそらく中高年層が想像できないほど大きくなっているのでしょう。一ヶ月後の職がわからないのに人生設計などできるかという状況の人が少なくない。
>No.21 事務方の星さん | 2008年6月 9日 11:58 | CID 154738
非常に厳しいことなんですが、「誰だって嫌なものは見たくない」のです。自分の幸福がより下位の者を踏みつけているから成り立つなんて思いたくないのです。
孤独者にとって、家族がいる、拠り所があるというだけで勝利者なのです。彼の場合、職を失えば同時に住むところまで失ってしまうのですから。
問題は、人は誰しも刹那的に破壊衝動や殺人衝動に駆られ物にあたることはあってもしばらくすれば頭が冷えてくるものです。この事件も、静岡から秋葉原に至るまでの道中、普通ならばこんな大それたことは止めておこうとためらいが起こるはずです。
犯人の抱えていた絶望感、虚無感、恨み、復讐心が余程大きかったのではないか、それはほとんど冷静に狂っていたとでも言えるのではないでしょうか。
>No.39 惰眠さん | 2008年6月 9日 22:05 | CID 154844
>「ワタシはアナタの人形じゃない 赤い目の少女」云々、おや?と思いました。
アホですねえ…。
学者センセイとやらはググるということを知らないんでしょうか。
「社会の責任」という言い方は、徒に責任転嫁している気がして私も(とりあえず感情としても)受け付けませんし、直感的にも「それは違う」と感じます。
しかし、「社会がどのようであったならば、このような行動が減るのか」という点には関心はあります。
この関心は、「加害者」に対する同情や感傷とは必ずしも関係しません。
仮に「社会の耳目を集めたいから(そして自分の社会への不満を多くの人間に知って欲しいから?)」という理由で犯行に及んでいるのであれば、報道や世間等で大きく取上げられれば、「加害者」の希望を叶える事になってしまうのでしょう。
また、別の事件のように「死刑になりたかったから」(仮に本心だとして)という理由で犯行に及んでいる場合は、死刑判決自体が、「加害者」の希望に沿う事になってしまいます。
上記のような「加害者」の発想があるとしたら、感情としては、非常に身勝手で自己中心的であると思い嫌悪感を禁じ得ません。
私が「社会問題」としての観点から事件を眺める事を述べる時、ROMしている方にとっては「事件の被害者を悼むより先に、被疑者を理解しようとするのか」とか「犯行に及ぶ事で社会の耳目を集めたい人間が、事件を『社会問題』と捉える意見を見て、同様の事件を起こす事を引き起こすのではないか」と感じる人がおられるかもしれませんし、そのように感じる方にとっては私の発言は軽率に思えるのかもしれません。
勿論私にとってはそのような意図はありませんでしたが、そのような意図に取る人間がいる以上、上記の影響(同様の犯行に及ぶ可能性等)がある事に、もっと気をつけるべきだったかもしれません。
犯行を社会問題として捉えて発言する時(問題が道徳や倫理に絡む時)は、自然主義の誤謬に気をつけるべきでした。以降自粛、謹慎致します。
No.42訂正
× 犯行を社会問題として捉えて発言する時(問題が道徳や倫理に絡む時)は、自然主義の誤謬に気をつけるべきでした。
○ 犯行を社会問題として捉えて発言する時(問題が道徳や倫理に絡む時)は、不特定多数のROM者に(世間に)自然主義の誤謬があるかもしれない事に、もっと気を配るべきでした。
秋葉原通り魔事件 献花台を取り囲むマスコミ
http://blog.livedoor.jp/geek/archives/50671810.html
>あの他者への共感の薄さは一体どこから来ているのでしょうか。
アカの他人の命なんて、アフリカのどっかの国の難民の命と同様、平等に価値なんかありません。ちなみに私も携帯で写真撮りまくりましたが別に罪悪感も羞恥心も感じません。
風の精霊 さん、こんにちは。
大量殺人の犯人の心理なんて、断片的な情報で語っても仕方がないとは思います。
しかしながら、あれこれを考え、議論することは必要です。今日にも同じような事件が起こるかも知れないのです。防げるものであれば防ぎたいというのが人情であろうと思います。
たとえば自分が考えたこととしては、仙台の事件の時も思ったのですが、歩行者天国のような人混みと車両の隔離はマニュアル化して、より突破困難に厳重化する必要があるように思います。
…できるはずです。人手で可動容易で、しかし車両で突破困難な装備も開発可能と思います。
また、ダガーのような両刃ナイフは、日本刀と同じく殺傷を目的として永い年月かけて形作られてきた武器以外の何ものでもありません。武器としての美しさはありますが、刺身包丁や多用途のサバイバルナイフとは違います。
主目的が戦場に於ける殺傷である刃物は、やはり効果が絶大です。刃渡りに拘泥せず、法による規制を検討する必要があるように思います。
以上2点は最低限検討すべきと思います。
救急医療側としては、やはり心肺停止状態の患者が大量に発生したときの対応能力の不足をどう考えるかという問題が深刻です。
日本では医師でも看護師でも、外傷外科の人材育成が極めて不足しています。さらに外科医については若手の新規参入も減少しています。今回は残念ながらトリアージによって救命可能な生命を確実に助けるべき、という状況にあったと考えます。
しかしながら、現場で延々と心マが続けられるという状況は、首都としてはよく考えなければならないのではないでしょうか。
内科的な対応が主とになった地下鉄サリン事件であれほどの対応能力を見せた日本の救急隊と病院組織が、ケタ違いに小規模な今回の事例では、外傷外科的な対応が主となったことで、やはり余力の少なさが浮き彫りになったように思います。
近隣の三井記念や、外傷外科のメッカである日本医大や大友教授の東京医科歯科大学に搬送されるのは当然としても、新宿は遠すぎます。
「社会が悪い」という言い方は不正確で、「社会も悪い」です。
当然「犯人も悪い」のです。
このような重大事件に対して社会も犯人も相応の責任を負いますが、責任のレベルとしては全く別次元です。片方が片方に転換できるものではありません。
例えば、会社員が犯罪を犯した場合を考えてみて下さい。
その会社員がどんなに異常な人間で、どんなに残虐な犯行を犯し、即ち彼の責任がどんなに重かったとしても、会社の責任がそれによって相殺されたりはしません。
亡くなられた方への哀悼や負傷者の快癒への祈りが、ことさら書かなくても当然の前提として存在する方がいることは理解しているつもりです。というより、個々の誰かを名指しする意図はありませんでした。
きちんと問題があるととらえ、再発防止策やおこってしまった場合の被害食い止めを考えているのであれば、その善意や問題意識は尊いものだと思います。
ただし、犯人に関して言えば今はまだ警察が身辺を取り調べている段階です。精神鑑定が視野に入ってくる事件ですから、そのあたりもいろいろ調査されるでしょう。
その段階で、推測の域を出ない見解をべらべらと誰もの目につくところで語る、しかもその結論として刑罰まで語ってしまう。そういう人たちは、大体再発防止策も語らないし、語ったとしてもドラえもん的な現実性のないものばかりです。まじめに論じる気がないじゃないんじゃないか、とさえ思います。
報道の方も気がかりです。あと1年発生が遅かったら、この事件も裁判員裁判ですが、今の集中的な報道でまともな裁判ができるのかどうかも気になります。
確かに、「社会も悪い」のでしょう。
どうすれば「社会がよくなる」のか、
具体的にわからないのが残念でなりません。
確かに、「社会も悪い」のでしょう。
どうすれば「社会がよくなる」のか、
具体的にわからないのが残念でなりません。
>他者への共感力
最近光市事件の過去ログを読み返しているのですが、弁護団を非難する人々(HNに一般○○とつけるのを好む類の人)がこういうことをやっています。
被告人を叩く際には遺族に肩入れをする。
弁護人を叩く際には被告人に肩入れする(ようにみせかける)。
弁護人に説教を垂れたくなったら弁護人の肩を持つ。
私はこういうやり方は良しとはしません。
いかに共感力をもって関係者に肩入れできるとしても、私を含め多くの人間は直接的には部外者です。
この"部外者"という立ち位置こそが、少なくとも私にとっては本来的なものであり、この位置に立っての発言こそが、私にとっては本質的なものです。
これを抜きにして事件の関係者に肩入れしたコメントだけを繰り返しても、それは月9ドラマを見て感動に咽び泣くが同様の行為です。
>遺族へのお悔やみ
私は上の通りの立場なので、そもそもお悔やみを述べたりはしません。
目の前に遺族がいる状況では儀礼としてお悔やみを述べることはあるかもしれませんが、ここではそのような方は確認できません。
この状況でお悔やみを述べたとして、読者に対して「自分は共感力のある人間である」「自分は人間として純粋である」ということをアピールする以外の意味はないでしょう。
そもそも私は「犯罪被害者の遺族に対しては無条件で頭を垂れなければいけない」のような制約から逃れたいから、匿名掲示板で匿名のHNで有限責任のコメントをつけてるんです。
無差別殺人という「反社会的な」犯罪を、「若者の置かれた境遇」に一般化してしまうのはどうかな?と思ってしまいます。
確かに派遣社員の置かれた境遇はひどいものですが(私も派遣を経験したことがあります)、多くの「派遣社員」は「愚痴」をこぼしながらも必死にがんばっています。
この事件と「非正規雇用の待遇」は分けて考えるべきでしょう。事件が起きたから「派遣の実態」を論議するのは本末転倒ではないでしょうか?
理由はどうであれ、「彼」は「彼」に危害を加えたわけでもない人々を殺し、傷つけたのです。その罪を論議すべきだと思いますが・・・・。
ついでに言えば、この事件については、私はどうしても被害者に肩入れしてしまいます。自分も「無差別殺人」の被害者になったかも知れないし、これからも被害者になる可能性があるからです。
上で"匿名掲示板"という表現を使いましたが、"匿名コメントが許されるブログ"に訂正します。
あきひろ 様
私だってどうやったら社会が良くなるのかなんて分かりません。
ですが、社会が悪くないと思っているうちは絶対に社会は良くなりません。
サカキバラの事件から約10年、この犯人もあの犯人と同世代なんですね。
そういえば、赤木智弘さんが、私たちの望むものは戦争であると言っていました。実際にそういう世の中になってきた感じがします。
#岡林信康もそんな歌を歌っていたなあ
「社会が悪い」
この様な、希望を持てない青年(凶行に走るかは別にして)を産み出し続ける社会は改善されるべき。
しかし、この犯人のいう「社会が悪い」というのは自分と社会との関係における相対的な話であって、簡単に言ってしまえば「イジケ」、「ひがみ」、「やっかみ」みたいなもので、とうてい容認できる話では無い。
人は「自分は正しい」と考える人と、「自分は駄目だ」と考える人の2タイプの人が居て、心が病んでくると前者は外に向けての攻撃性を表し、後者は自傷に走るのだとか。
こういうところで積極的に発言されている皆様の多くも、心が病めば(あくまで病めばですよ)前者かな?
かくいう僕も前者かな?
>風の精霊様
さ、さすがに厳しいお言葉で…心に刺さりました。
謹慎しつつもROMしておりましたが、更に重ねてのご批判を拝見し、血の気が引きました…(^^;
風の精霊さんにとっては進化心理学も進化ゲーム理論も「ドラえもん的に現実性のないもの」なのでしょうが、私は、何時かはこのような理論から何がしか役立つモノが出来るかもしれないと私は信じております。(まだ始まったばかりですからね。)
決して不真面目な気持ちで書いていた訳ではないことだけは申し上げたく、投稿させて頂きました。
しかし、「モノを言うなら、具体的に役に立つ理論(案)を作ってから発言しろ」という意味ならば解かります。
たしかに、ここには私と関心を共有できる人は殆どいない事に気づき始めておりました。場違いの投稿を繰り返してしまっておりましたようですが、これまで容認頂いていた事を感謝致します。
風の精霊さまからハッキリと申し上げて頂き、ふんぎりがつきました(^^)(ある意味良かったです。)
それでは、謹慎ではなく、自分の意志でそろそろお暇させて頂きますね。
今まで有り難うございましたm(_ _)m
>>No.57 死刑囚さん
ご本人の意思をどうこう言うつもりは毛頭ございませんが、ぼつでおk¥10万(笑)としてはアンチ裁判員制度派の強力な同志を失うのは痛いっす。