エントリ

 今日のニュースを見て、池田小事件からもう7年たったのか、と思っていたところに飛び込んできたのが秋葉原の通り魔連続殺傷事件のニュース。
 
 白昼に25歳男が凶行、秋葉原で18人に切りつけ6人死亡(ヤフーニュース 6月8日16時45分配信 読売新聞)

 現時点で6人の死亡が確認されているが、もう一人重体の被害者がいるという報道もある。

 犯行の事実関係は明白なので、あとは例によって責任能力だけが問題になると思われますが、理屈抜きでこの犯人に社会の中に居場所はないと思います。

追記
 死者が7人になったようです。
 やりきれません。

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実は現場に居合わせました。録画用のDVDを買い出しに来ていたのです。

パトカーがものすごい勢いで歩行者天国を突進していったので、何事かと思って近づくと、5、6人の被害者が点々と横たわって心臓マッサージを受けていました。まだ救急車が二台くらいしか到着しておらず、
救急隊員だけでなく通行人も救命活動に参加していました。

現場では事態がさっぱり分からず、最初は交通事故かと思っていたのですが、「犯人が逃げた」という声を聞いて通り魔事件と知りました。

交差点角のソフマップ前から見ていたのですが、手を切られたらしい人が目の前に座り込み、数メートル先では血だらけの人たちが心臓マッサージを受けていました(轢かれたのか服がボロボロの人もいました)。全く身動きせず、人だかりからはみだした足は真っ白で、血の筋が路上を伸びてくるのを見て、ようやくただ事ではないという実感がわいてきました。

その後、続々と警察車両と救急車両が到着し、規制線が張られました。地下鉄サリン事件でも見られた大型の救急車(ボディが広がって診療室になるタイプ)まで駆けつけていました。しかし、全く動かせない状態だったのか、どの人もなかなか搬送されませんでした。

昼下がりのアキバとあって、交差点はあっという間に野次馬で一杯になりました。場所柄か、カメラ小僧が結構いたようで、携帯だけでなく大きな一眼レフで撮影している野次馬も沢山いました。私自身もそういう写真を撮るには絶好のポジションにいたのですが、決定的瞬間を撮って周囲に見せびらかそうという気には全くなりませんでした。実は、数日前の歌舞伎座近くでの火災にも居合わせたのですが、その時も写真を撮る気は起きませんでした。そんな自分に少しホッとしています。

人の人生が無造作に断ち切られる現場を目の当たりにして、考え込んでしまいました。こんな風に、家族との別れもできず、仕事の引継ぎもできず、放送中のアニメやドラマの最終回も見られず(おそらくそういう趣味を持った被害者もいたでしょう)、突然人生を終わらされる事態が本当にあるのだと、あらためて実感しました。

妻は私の無事に安堵しながら、「世の中が嫌になったのなら、どうして一人で死なないのだ」と憤慨しています。この事件で秋葉原の歩行者天国はなくなってしまうかもしれません。こういう輩が世の中の安全地帯を少しづつ侵食していって、日本を寒々とした国に変えていくのでしょうか。

みみみ様、ご無事で何より。

>「世の中が嫌になったのなら、どうして一人で死なないのだ」と憤慨しています。

世の中が嫌になると同時に、「俺がこんな辛い思いをするのも、社会のせいだ!」といった八つ当たり的な憤りがあったんじゃないかなあ。誰も見向きもしない俺の人生、最後に社会にリベンジして、華々しく目立ってやろうみたいな。

 被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げると共に、不幸にしてお亡くなりになった方々とそのご家族にお悔やみ申し上げます。

 また、現場で被害者の救命と犯人逮捕に当たられた皆様に、同じように道端に倒れていたかも知れない者として、国民の末席から御礼を申し上げます。

 たとえ結果に至らなかったとしても、お力添え頂いたという事実はかけがいのないものと思います。

 中でもその最中に負傷された警察官をはじめとした皆様方には、何と申し上げたものか、言葉もありません。一日も早いご本復をお祈り申し上げます。

どうも報道規制が入っているのか、次々と記事が書き換えられているようですが、犯人は派遣社員で、静岡という場所から考えてトヨタ系に勤めていたのではないかという話があります。
2ちゃんねる情報ですが

96 名前: ウミガメ(大分県)[] 投稿日:2008/06/08(日) 21:43:48.43 ID:spwhVfUA0
942 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/06/08(日) 20:56:38 ID:R+NWCTf70
犯人は日研に向かってトラックを暴走させたと予測されるぞ

http://shotworks.yahoo.co.jp/dept/C000009008.html
日研総業

部署名 キャスティング事業部 秋葉原本部
住所 東京都千代田区神田松永町17 アサヒKビル7F
電話番号 03-5207-7744
FAX番号 03-5207-7747
沿線1 山手線
最寄り駅 秋葉原駅
所要時間 徒歩3分


もし、「生活に疲れた」という言葉の裏に、派遣労働の実態が隠れているとしたら、何ともやりきれない、格差社会の仇花のような気がします。

こんばんわ

 今度も死刑、刑法39条が論議にあがってくるわけで、
 弁護士会がいくら、国連で死刑廃止をうったえているといっても現状では、死刑廃止は無理だろうなと思ってしまいます。

 モトケンさんへ
 今回も、死刑と刑法39条が論議にあがりそうでしたら、個別案件でコメントを作ってくれないでしょうか?
 議題が重なるとかなり見にくくなりますので
 (又は、前回の議論のコメントを再度あげてもらうのもいいかと思います。)

>社会の中に居場所はない

という人が、このようなことをやったのではないでしょうか。他にも似たような事件は起こっていますし、今後も起こるのかもしれません。
 起こってしまった結果は取り返しがつきませんが、今後も同様な事件が起こるかもしれず、居場所をなくすだけでは、同種事件の未然防止にも解決にならない気がします。

>No.6 廣野秀樹さん

>という人が、このようなことをやったのではないでしょうか。

 この犯人についての私の意見は

 今回の事件を起こしたが故に社会に居場所を失った。

 ということです。

 「居場所」という言葉の意味ないしレベルが全く違います。
 

この手の犯罪は「死刑の存在だけでは防げない
と言う意味では・・・

無差別テロに対して死刑の執行が許されないのはバランスが悪いですが、それとは別の視点も必要かと。

>No.8 MultiSyncさん

 一般予防を問題にしているのではありません。
 特別予防つまりこの犯人の処遇つまりこのような事件を起こしてしまった人間の今後の処遇を問題にしています。

 というか、エントリ本文は素朴な感情論なんですが。

>モトケンせんせい

感情的にはもちろん同意です、というかむしろ「獄門晒し首」?と(^^;

>「居場所」という言葉の意味ないしレベルが全く違います。

 今日の「たかじんの委員会」でも、それらしい問題をやっていました。落合弁護士も、社会が抱える病的一面のようなことをコメントしていました。
 テレビでも社会の病理とか言っていましたし、そう感じる人は、少なくないように思えます。

 受け取り方も人それぞれでしょうが、拠り所や、居場所があれば、犯人もここまでやらなかったように思えます。

 個人的なことは持ち出しませんが、先に進めることが出来ず、自分でもどうしてこうなっているのかと、繰り返し考える時間が長引くばかりです。自分自身にも問題のあることは、大幅に割り引いた上で。

>「世の中が嫌になったのなら、どうして一人で死なないのだ」と憤慨しています。

私も同じことを思いました。

報道によれば、この被疑者は、警察官から拳銃を向けられて、ナイフを捨てたそうですね。
自分の命はやはり惜しかったのでしょうか?だったら何故…という疑問もあります。

cocoroさんの「もう、死刑の重さを理解できない人たちがいるのが現実です。」という言葉を思い出しました。

死刑の存在は、このような凶行に及ぶ人にとっては抑止効果が無かったのでしょうか…。

「心の進化」(岩波書店)収録の「戦後日本の殺人動向」(長谷川寿一・真理子著)では、

先の生活を保障されていると、現在リスクを冒すと、将来を失う可能性が大きくなる。失うものが大きいと認知する人は、同じ葛藤状況下でも、リスク(とりわけ人間関係にかかわるリスク)は冒さない。若い男性による殺人の急減は、将来を見通す期待予期のレンジが長くなったことと関連しているのだろう。

と述べ、その傍証として、シカゴの77コミュニティーで殺人率と期待余命(寿命)の相関を調べたWilson & Dely (1997)の研究を下記のように紹介しています。
殺人率は、期待余命の短いコミュニティーほど高かった。殺人率は生きる見込みのない小さい明日なき社会で高く、長寿社会で低くなっている。

これは、「将来に希望を抱けない人は殺人を犯しやすい」という意味ではなく、「将来に希望を抱けない人は、刑罰の抑止力が効きにくい傾向にある」という意味だろうと思われます。

* * *

詳細の情報が入れば入る程、あまりに痛ましく恐ろしい事件で、驚いております…。
痛ましくもお亡くなられた方々とそのご家族に、お悔やみ申し上げます。
また、負傷した方達が一日も早く回復されることを願っております。
現場に居合わせた方達も、さぞ恐ろしい思いをされた事でしょうね…。
このような恐ろしい事件は2度と起こって欲しくはありません。

>自分の命はやはり惜しかったのでしょうか?

 その場で銃殺されてしまえば終わりですし、なにか伝えたい、理解されたい、言っておきたいことがあったのかもしれません。
 心神喪失状態であれば、別かも知れませんが、普通であれば、死刑は免れないとその場で理解できていたのではないでしょうか。
 犯人を擁護するつもりはありませんが、そんな気もしました。テレビの写真でみたところ、ごく普通の大人しそうな人に見えました。それゆえに、問題の根深いのかもしれないと感じました。

 感情的に反応する向きが強いのかも知れませんが、起こしてしまったこと、起こってしまったことは、どうにも取り返しがつかないはずです。
 完全に精神の異常が認められない限り、死刑は免れそうにありませんが、本人に納得のいける判決を与えることが出来れば、それが一般予防を含め最善の解決になるような気がします。

職場に近く、社員ともども出向くことの多い場所で
このような事件が起きたことに少なからずショックを受けております。
犠牲になられた方々には心からご冥福を申し上げます。

同時に、場所柄から明日以降のマスコミ報道が
徒に面白おかしい方向に流れて行くのではないかという重大な懸念を抱いております。
被害者、加害者はもとより、事件にまったくかかわりのない第三者を
興味本位で煽るような報道は厳に謹んでいただきたいと願うばかりです。

7人の尊い命を亡くされた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます
生活に疲れた
そんな理由で無関係の人を殺傷するものなのか理解に苦しみます
生活に疲れた人間、世の中ごまんといます
4日ほど前に、実は、我が家の長男の恋人の18歳の女の子が、「殺して!帰る場所がない!」と多量の薬を飲んで、舌を噛もうとして大暴れしました
制止に、大人7人がかりで、さるぐつわをしたり、押さえ込んだりで、大変な騒ぎになりました
幼い時に、お父様を病気で亡くされ、数年前に重度の鬱病でお母様も亡くされ、今現在はお兄様と暮らしてる子です
錯乱状態で、「お母さんに会いたい!」と泣き叫んでいました
私は「○○ちゃん、死んでもお母さんに会えないの!どこに行っても、もうお母さんには会えないんだよ」きついようですが、そう叫んでしまいました
それと、「居場所は、これから自分でいくらでも作れるんだよ」って・・・
70を過ぎたお年寄りの方が、家がない、居場所がないって叫ぶなら、理解できるのですが、今確実に、若い年代の子が、
「自分ほど不幸な人間はいない」という考えが増えてる気がします
そして、自分の不幸は他人のせいだと思う子も増えている気がします
成長過程で、小さなトラブルに、あまりにも親が過干渉しすぎて、自分で対処する能力に欠けているため、何か壁にぶつかった時に、自暴自棄になったり、攻撃的になっているのではないでしょうか
ちょっと、お題から逸れてしまってごめんなさい
素朴な疑問なのですが、もしも・・・もしも、こういうケースで被害者の方が、一名だった場合は、やはり死刑までにはならないのでしょうか?
私個人といたしましては、たとえ亡くなられた方が一名でも、こんな理不尽な理由で殺傷する人間を生かすための居場所は、与えたくありません・・・。

>No.13 廣野秀樹さん

> その場で銃殺されてしまえば終わりですし、なにか伝えたい、理解されたい、言っておきたいことがあったのかもしれません。

成る程です…。
そのような可能性も、説得力があるように思いました。

被疑者の静止画像(写真?)をテレビで見ましたが、私にも、ごく普通の大人しそうな人に見えました。
一体、何故このような凶行に及んでしまったのでしょうかね…。

凄惨で痛ましい事件が起こってしまい報道を見聞する事さえ辛く感じる所がありますが、今後の情報を待ちたいと思います。

>No.15 3児の母さん
>それと、「居場所は、これから自分でいくらでも作れるんだよ」って・・・

そうですね…。
自分で自分の居場所を作るよう努力することが大事ですよね。
また、そういう希望を持てるような社会にするにはどうしたらいいのかな…と自問自答もしています。

>No.4 時見鳥さん

犯人は日研に向かってトラックを暴走させたと予測されるぞ

静岡から秋葉にたどり着くまでに人の多い所はいくらでもあります。

なんで、わざわざ静岡から秋葉なのか・・・? を考えると、容疑者と結びつく何かがあると考えた方が自然だと思います。

記事からの情報ですが・・・
出身は青森、居住地は静岡、派遣社員で派遣会社が○○○○
車はレンタカー(ナビを搭載している可能性が高い)
凶器のナイフは事前に用意しており、薬物反応は無し

あくまで私も想像でですが、そのまま直進し、約300m先の昭和通りで左折すれば、すぐにそのビルはあります。現場とそこが、あまりにも近すぎるので、その可能性が高いと思いました。

ホコテンでなく、普通に通行可能であったり・・・ 
今回のようにタクシーに追突していなくて、車が動くようであれば・・・
そこに向かっていたかもしれないと思いました。

ただ、日曜なので事業本部に人がいたのかどうかは分かりませんが、なんか・・・ナビの目標をそこにしていたような気がします。

たらればはありませんが・・・ もしホコテンにさえなっていなければ、と考えると・・・ 今回被害に遭われた方々が余計に気の毒で、なんともやりきれない気持ちになります。

7名(車ではねた人も含み)の命を奪い、10名に重軽傷を負わせたのですから、言うまでもなく罪責は相当重いです。

私見ですが、心神喪失・心身耗弱状態には見えませんでしたので、酌量減軽したとしても極刑以外の刑が選択される可能性はゼロだと思います。

まだ起訴もされていませんが、後は裁判で刑が確定し、その時が来るまで刑事施設の中で暮らし続ける日々になるだけで、もう社会での居場所は無いと思います。

容疑者には、自分のことを棚上げにして、社会のせいにするのではなく、(認めてもらえない内は自分の努力が足りないと考え)自分が周囲から認めてもらえるようになるまで努力し続けてもらいたかったと思いました(結局のところ人生を良くするのも悪くするのも、その人次第ですから・・・)。

被害に遭われ亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
そして、負傷された方々が1日でも早く心身ともに回復されることを心から願います。

日本型自爆テロと思いました。

また、悲惨な事件が起きましたね。被害者、関係者の方々の無念さは想像を絶するものと思います。

他人を殺そうと考えてる人から逃れる術は無いのかもしれない。実に理不尽だけどそれが現実だと受け止めるしかない。

アメリカのような銃社会を肯定はしないけど、自分の身を守れる一つの手段が認められてるんだなと思います。日本では武器携行が認められていませんので、武器を持った犯罪者には無力なんでしょうね。

犯罪の瞬間に武器を持った警察官が居合わせる事は稀だと思います。それまでは自分で身を守るしかない・・・といっても本気で殺そうと向かってくる相手に素手ではね。

結局逃げるしかないって事なんでしょうかね。そんな犯罪者に遭遇しないように願うばかりです。

宅間守もそうだったし、この間の土浦の通り魔事件もそうだったが、この世に死刑になりたくて無差別殺人を犯すものがいるわけです。海外にも銃殺されたくて、銃乱射事件を起こしたものがいました。
死刑制度をいくら充実(?)させても、この種の事件は防げないでしょうね。

閑話休題
秋葉原というのは私にとっては独特の感慨のある街です。ラジオ少年であった私は、すくない小遣いをためて通ったものでした。もはやそんな店も片隅に追いやられてしまいました。(感慨にふけっている場合ではないと罵声が飛んできそう)

この手の事件が起きると、テレビではコメンテーターや元捜査関係者などが「社会が生み出した」とか「社会にも責任がある」などと言いますが、いまいちピンときません。社会で暮らす一員としては、子どもをまともな大人になって欲しいと思って育て、仕事で地域に貢献し、納税して国に貢献していると自負しています。そして、誰もが犯罪のない平和な国を求めていると思っています。
結局行き着くところは、73歳の母親が言った「死にたいなら勝手に一人で死ねばいいのに」という言葉に頷くしかありません。
抑止力としての死刑の存続と併せ、警察官の増員が必要だと改めて
思います。

実は昨日東京に行っておりました。
いつもなら秋葉原にも行くのですが、昨日は祭りが近い日本橋界隈をウロウロし、早めに大阪に戻ろうと思ったので、凶行の時間には羽田で飛行機を待っておました。で、伊丹空港のテレビで事件を知って大変驚きました。
池田小事件のときは阪神高速道路の空港線(大阪市内から池田市方面に向かう道路)をパトカーや覆面パトカーが何台も走っていくのを見て大事件が起きたことを知りました。その後、詳細がわかってくると、犠牲者の年齢や人数に愕然とし、自分が(小学校の隣の)附属中学の出身であり、怪我をされた先生が甥っ子の担任をされたこともある方だったので、ひどく落ち込みました。甥っ子の方はもっとショックを受けていました。
そんなわけで、昨日のニュースも非常に身近に感じてしまい、落ち込んでいます。
池田小の犯人も今回の犯人も、自己破滅型って言うんですか、人を殺すことは悪いことだと認識し、「こうすれば人を殺せる」という計画を立て、「死刑」目的とか自己顕示目的、ある種「道連れ」を求めるための犯行を実行した、という風に見えます。ですから、どうして独りで死かったんだ!!(あるいは死なかったんだ)とか、何故生まれてきたんだ!という怒りの気持ちしかわいてこないのです。少なくとも彼らは刃物や車を「凶器」と認識し、それを使って人を殺めたのですから刑法第39条が適用されるべきではないと思っています。
池田小の犯人の場合、(裁判記録をちゃんと読んでいませんので正確ではないでしょうけど)、世の中に対する身勝手な「鬱憤や逆恨み」をはらすために自分より弱いものを狙った、と言う風に私は理解しています。で、死刑を望んで死刑になった。
こういう場合、本人は「本望」なんでしょうけど、割り切れないものを感じます。彼には死刑より「終身刑」の方が重い刑だったのではないかな?と思うこともあります。もっとも今の刑法では「死刑」しか選択できなかったとは思いますけど。
理由もなく突然いのちを奪われた方々、怪我をされた方々、その周囲の方々にはなんと申し上げて良いのか、言葉もありません。

事務方の星様       
一人にあてるものではありませんが、

もし犯人だけが悪いのであれば、この犯人を排除すれば終わりの筈です。というか、宅間守の死刑執行で終わってなければいけません。

この犯人だけが特別なのであって、この事件は単なるイレギュラーである。
そんな切断操作を宅間守から始めてもう10年以上たちます。
この事件もやはり単なる特例として処理するのですか?

犯人を特例扱いし、事件をイレギュラー扱いして社会そのものは承認するというのであれば、次の犯人、次の事件を承認する事に繋がります。当然ながら、次の犠牲者が出ることをも承認する事になります。

我々は自動車社会を承認しています。自動車の存在を承認し、自動車事故を承認し、自動車事故による死者の発生も承認しています。
このような無差別殺人を生み出す社会を、同じように承認しますか?

私は九州在住なのですが、昨日はたまたま上京しており、しかもアキバにいました。
…まだ血が固まってませんでした。東京っちゃおそろしかとこばい!

たぶん、想像ですが、
「社会」と「自分」を相対化して
「自分」の窮状の原因を「社会」に求めたとき、
「社会」即ち「自分」以外の全てが「敵」となったんだと思います。
最初は恐らく、派遣の会社がターゲットだったんだと思いますが
不意に頓挫した(タクシーへの追突)。
「復讐者」になりきっていた(「復讐者」たる自分に酔っていた)ので
われに返る不安から、「復讐者」であることを完遂しようとした。
しかし怪我や疲労から「酔い」が覚めた。
写真で見た虚脱した表情からそんなことを感じました。

いわゆる、劣化バーサーカーといった感じでしょうか。

内にこもった「復讐」の感情って屈折して取り扱いづらいんですが、結構簡単に覚めたりすることが多いんですけどね。

>No.19 ゲンさん
むかーし愛読(?)していた月刊GUNの「自衛する市民たち」と言う連載からの受け売りですが、かの合衆国でも実包を発射可能な状態で装填したまま民間人が銃を携行することは(州ごとに温度差はあるようですが)許されてない筈ですよ。
ホーム・ディフェンス(自宅への侵入者からの防御)についても、それなりに要件が定められているようですし。

ちなみに、これはテレビの受け売りですが(笑)、護身術を教えている教室でまず生徒に叩き込むのは「応戦しようとするな、逃げることをまず第一に考えろ」だそうです。

>No.23 ponさん

そんな無差別殺人や自動車事故を承認するつもりなどありません。それは個人であれ、社会であれ、集団であれ、何であれです。

私がピンとこないといったのは、私のような一般人には、社会のどこに責任があって、社会がどうすれば防げたのかということが分からないということです。格差社会、ネット社会、核家族化、地域の崩壊など、原因は諸説あるようですが、浅学非才の素人ゆえ分かりません。
そうなると私の母親のいう「死にたかったら一人で死ねばいいのに」は「人様に迷惑かけるな」という意味で、そういった教えを受け、そう思っている人間としては、「社会が・・・」と言われても分からないということで、承認するうんぬんの話しではありません。そういった、素朴(単純)な考えのため、自分の子ども達へは人様へ迷惑をかけるなということを教えること、そして警察を増やすことぐらいしか思いつかないということです。

No.19 ゲンさん
被害者にならないための武器は、同時に加害者にとっての凶器にもなります。アメリカ人はその視点をあえて無視している傾向があります。護身用の銃器を解禁すれば、銃による犯罪(今回のような無差別殺人も)が激増することは確実です。
備える必要があるのは対抗する武力ではなく、とっさに逃げられる判断力ではなかろうかと思います。逃げることは決して恥ではない。勇気を出して立ち向かって返り討ちにあえば、マスコミは美談と称えるでしょうが残された家族には何の慰めにもならないでしょう。

No.26 惰眠さん
切った張ったに慣れた元軍人とかマーシャルアーツの達人とかでない限り、あるいは大事な家族が襲われかけているといった事態でない限り、素人が積極的に鎮圧しようとすべきではないでしょうね。ネットでは逃げ惑った人々を「根性なし」と嘲る輩もいるようですが、想像力の欠落したアホとしか言いようがありません。

No.26 惰眠さん

>発射可能な状態で装填したまま民間人が銃を携行

そうだったんですか!銃社会と言われるアメリカでも厳しい、というか慎重に扱えって事なんですね。

私は逃げ足には自信があるんですが、子供やカミさんと一緒の時を狙われれば私が刺されてる間に逃げてもらうしか方法が無いってのも悲しい現実ですね。

どうにかしたいのに、どうにも出来ないというもどかしさが拭えないです。

No.28 みみみさん

確かに武器を奪われたら・・・話になりませんもんね。そこがネックで私も銃を持たせろと!声を大にして言えないのです。

銃解禁になれば、今回の犯人も銃の所持を認められる場合もあった訳で、そうだとすればもっと大勢の方が犠牲になったかもしれませんね。

幼少の頃から洗脳でもいいから、人を殺す事がないような人間に育てるプログラムを実行でもしない限り、いや、そんな事しても人を殺す人間は無くならないのかもしれないですね。

逃げる事を子供には教えたいです。

報道によると、この犯人は地元の良い中学校から屈指の進学高校へ進んだようですね。しかしそこから大学ではなく(東京ではなく)静岡県内の自動車専門学校へ進学し、(いろいろと噂のある)派遣会社社員としてトヨタグループの自動車工場勤務というのが気になります。

中学校までは学年トップレベルの成績で自信にあふれていたのに、優等生ばかりの高校では「目立たない生徒」(高校の副主任だった教諭証言)に落ちてしまった。「東京へ出れば何とかなる」と思っていたのに駄目だった。大手企業の正社員にもなれなかった。こんなはずじゃない、自分はエリートなんだ。ここに自分の居場所はないけれど、みっともなくて地元にも帰れない。優秀な自分にふさわしい扱いをするどころか、クビにしようなんて許せない・・・

犯人の心情を想像してみると、こんなところでしょうか。
(土曜日に秋葉原に出かけ、行き帰りの電車の中で筑波昭の「津山三十人殺し」を読んでいたということに嫌な偶然を感じています。なお、派遣社員や工場勤務の方を貶める意図はまったくありません。不快に思われた方にはお詫びします)

一言だけご注意!

銃で狙われたら伏せることです。
下手に走って逃げようとしたら撃たれます。
エジプトで起きたハトシェプスト女王葬祭殿事件(ルクソール事件)の教訓です。

板ズレになりますがどうしても一言だけ。

あのニュースを見ていて私がブチ切れたのは犯人よりもむしろカメラに受かってピースサインをしたりふざけたりしていた連中です。
物事の判別のできない子供ならともかく、いい年の若者が、です。

現場に居合わせた人々の中には被害者の救護に当たっていた人も少なくないと思いますが、その一方で血溜まりの横で笑って記念撮影している若者も少なくありませんでした。

そんな若者と刃物を振り回した若者。
彼らの心に潜む闇みたいな部分を垣間見た気がします。

No.33 DJニャンタロウさま

仰るとおりです。
人の痛みがわからない人間が増えてきたように思います。
もしかしたら、カメラを見たら条件反射でそういう行動しか取れないようになっているのかも知れませんね。自分で物事の善悪の判断、TPOの判断ができないのでしょう。哀れです。

昨日の日曜日は風邪で寝込んでいたのですが、もし風邪を引いていなかったら、DVD-Rドライブを買いに秋葉原に行こうかなと思っていました。
もし秋葉原に行くとしたら、子ども(4歳)を連れている可能性が高く、そんなときに現場に居合わせてしまったらと思うとぞっとします。おそらく、一瞬のことでしょうから被害に遭われた方も、何が何だか分からないうちに・・・・・・、だったのでしょう。

私は、第一報を受けての記事に真っ先に冥福を祈る、快癒を祈ると書きました。
みみみ様はじめ、直接負傷なさらなかった方々も、多かれ少なかれ無事に事件から立ち直ることができることをお祈りいたします。

しかし、亡くなられた人の冥福を祈るよりも、負傷された方の快癒を祈るよりも先に彼の心理状態をしたり顔で論評したり、彼を死刑にしろと騒いでいる人たちもいました。
申し訳ないけど、彼らの神経を理解したくないな、と思います。

私はナイーブすぎるのかもしれませんが、ナマの現場を見てしまったせいか、BGMとテロップとコメントでデコレートされたテレビの報道を見る気が全く起きません。事実関係を一通り確認した後はマスコミ情報に対する興味が完全に失せました。
今日になって、被害者の生前エピソード&加害者の卒業文集の定番コースが始まり、マスコミへの嫌悪感が更に強まっています。世の凶悪事件は加害者も被害者も背景も全部異なっているはずなのに、ニュースやワイドショーを経由するとどんな事件も「同じ盛り付け、同じ味」になっている気がしてなりません。
おそらく、こういう重大事件を報道するときの「時系列順マニュアル」なんかがあるのでしょうね。

No.30 ゲンさん
あまりにも陳腐な言葉で使いたくないのですが、「命の重さ」をきちんと教育するしかないのでしょうね。とてつもない遠回りですが、それが真の防犯対策なのでしょう。洗脳で無理強いすればどこかにひずみが生じます。できれば、子供たちが自分で理解して身につけられるような教育を望みます。

No.33 DJニャンタロウさん
私の後ろにいた人物が、別の街で待ち合わせしているらしき相手と携帯で話していたのですが、「警察のバカ野郎のせいで駅に行けない」と捜査や野次馬の整理で忙殺されている警官たちを悪し様にののしっていました。思わず怒鳴りつけそうになりました。
他にも、立派なカメラを抱えたカメラ小僧たちが被害者を張り切って撮りまくっていました。あの他者への共感の薄さは一体どこから来ているのでしょうか。いわゆる識者が言うところのアニメやマンガのせいではないと思いたいですが。

>しかし、亡くなられた人の冥福を祈るよりも、負傷された方の快癒を祈るよりも先に彼の心理状態をしたり顔で論評したり、彼を死刑にしろと騒いでいる人たちもいました。
>申し訳ないけど、彼らの神経を理解したくないな、と思います。

別に貴殿に理解して欲しいとは思いませんが、ここに追悼の言葉を書いたから被害者のことを心配していて、書かなかったから心配していないという判断はいささか早計ではないかと思います。

ここに被害に遭われた方、ご遺族の方がいらっしゃれば、もちろん追悼の言葉を述べたり、ご快癒をお祈りするのが第一だと思いますが、基本は各々が自分の心の中でお祈りすればそれで良いことだと思います。

もちろん、ここでそうした言葉を述べられるのは、それはそれで尊いことだと思いますが。

夕方のニュースでは犯罪心理学者の作田明氏が各社のVTR取材に応じて色々話をしていましたが・・・その中で犯人が中学だったかの卒業文集に寄せたひとことコメント「ワタシはアナタの人形じゃない 赤い目の少女」云々、おや?と思いました。
なにやら鹿爪らしく「分析」を述べておいででしたが、あのー、これって90年代に一世を風靡した有名アニメの台詞じゃないんですかね?
そりゃまあ、わざわざその言葉を選んで文集に寄せた「心理」については何がしか語りうるモノがあるのかも知れませんが・・・

ここのコメントは想像力が豊富な方々で一杯の様ですが、
放置プレイですか?>ブログ主様

>No.17 参考さん | 2008年6月 9日 05:00 | CID 154667
>容疑者には、自分のことを棚上げにして、社会のせいにするのではなく、(認めてもらえない内は自分の努力が足りないと考え)自分が周囲から認めてもらえるようになるまで努力し続けてもらいたかったと思いました(結局のところ人生を良くするのも悪くするのも、その人次第ですから・・・)。

「絶望は死に至る病である」
「人は努力が報われると信じられる時希望を持ち、報われないと感じると絶望する」
前者は有名なキルケゴールの言葉です。
若年者の絶望感、閉塞感は、おそらく中高年層が想像できないほど大きくなっているのでしょう。一ヶ月後の職がわからないのに人生設計などできるかという状況の人が少なくない。

>No.21 事務方の星さん | 2008年6月 9日 11:58 | CID 154738
非常に厳しいことなんですが、「誰だって嫌なものは見たくない」のです。自分の幸福がより下位の者を踏みつけているから成り立つなんて思いたくないのです。
孤独者にとって、家族がいる、拠り所があるというだけで勝利者なのです。彼の場合、職を失えば同時に住むところまで失ってしまうのですから。

問題は、人は誰しも刹那的に破壊衝動や殺人衝動に駆られ物にあたることはあってもしばらくすれば頭が冷えてくるものです。この事件も、静岡から秋葉原に至るまでの道中、普通ならばこんな大それたことは止めておこうとためらいが起こるはずです。
犯人の抱えていた絶望感、虚無感、恨み、復讐心が余程大きかったのではないか、それはほとんど冷静に狂っていたとでも言えるのではないでしょうか。

>No.39 惰眠さん | 2008年6月 9日 22:05 | CID 154844
>「ワタシはアナタの人形じゃない 赤い目の少女」云々、おや?と思いました。

アホですねえ…。
学者センセイとやらはググるということを知らないんでしょうか。

 「社会の責任」という言い方は、徒に責任転嫁している気がして私も(とりあえず感情としても)受け付けませんし、直感的にも「それは違う」と感じます。
しかし、「社会がどのようであったならば、このような行動が減るのか」という点には関心はあります。
この関心は、「加害者」に対する同情や感傷とは必ずしも関係しません。

 仮に「社会の耳目を集めたいから(そして自分の社会への不満を多くの人間に知って欲しいから?)」という理由で犯行に及んでいるのであれば、報道や世間等で大きく取上げられれば、「加害者」の希望を叶える事になってしまうのでしょう。
 また、別の事件のように「死刑になりたかったから」(仮に本心だとして)という理由で犯行に及んでいる場合は、死刑判決自体が、「加害者」の希望に沿う事になってしまいます。

 上記のような「加害者」の発想があるとしたら、感情としては、非常に身勝手で自己中心的であると思い嫌悪感を禁じ得ません。

 私が「社会問題」としての観点から事件を眺める事を述べる時、ROMしている方にとっては「事件の被害者を悼むより先に、被疑者を理解しようとするのか」とか「犯行に及ぶ事で社会の耳目を集めたい人間が、事件を『社会問題』と捉える意見を見て、同様の事件を起こす事を引き起こすのではないか」と感じる人がおられるかもしれませんし、そのように感じる方にとっては私の発言は軽率に思えるのかもしれません。
 
 勿論私にとってはそのような意図はありませんでしたが、そのような意図に取る人間がいる以上、上記の影響(同様の犯行に及ぶ可能性等)がある事に、もっと気をつけるべきだったかもしれません。

自然主義の誤謬:ありのままが善という思い込み。この思い込みにより、自然の法則は、単に自然の秩序としてではなく、倫理的に拘束力のある原則」と受け取られる(「在る」から「在るべき」へのすりかえに保証が与えられる)。

 犯行を社会問題として捉えて発言する時(問題が道徳や倫理に絡む時)は、自然主義の誤謬に気をつけるべきでした。以降自粛、謹慎致します。

No.42訂正
× 犯行を社会問題として捉えて発言する時(問題が道徳や倫理に絡む時)は、自然主義の誤謬に気をつけるべきでした。

○ 犯行を社会問題として捉えて発言する時(問題が道徳や倫理に絡む時)は、不特定多数のROM者に(世間に)自然主義の誤謬があるかもしれない事に、もっと気を配るべきでした。

他にも、立派なカメラを抱えたカメラ小僧たちが被害者を張り切って撮りまくっていました。あの他者への共感の薄さは一体どこから来ているのでしょうか。いわゆる識者が言うところのアニメやマンガのせいではないと思いたいですが。
他のスレッドで少し書いたけど,私は,一般市民のマスコミ化だと思います。 だって,マスコミは同じようなことをしています。それを私たちは知っています。

秋葉原通り魔事件 献花台を取り囲むマスコミ
 http://blog.livedoor.jp/geek/archives/50671810.html

>あの他者への共感の薄さは一体どこから来ているのでしょうか。
アカの他人の命なんて、アフリカのどっかの国の難民の命と同様、平等に価値なんかありません。ちなみに私も携帯で写真撮りまくりましたが別に罪悪感も羞恥心も感じません。

 風の精霊 さん、こんにちは。

 大量殺人の犯人の心理なんて、断片的な情報で語っても仕方がないとは思います。

 しかしながら、あれこれを考え、議論することは必要です。今日にも同じような事件が起こるかも知れないのです。防げるものであれば防ぎたいというのが人情であろうと思います。

 たとえば自分が考えたこととしては、仙台の事件の時も思ったのですが、歩行者天国のような人混みと車両の隔離はマニュアル化して、より突破困難に厳重化する必要があるように思います。

…できるはずです。人手で可動容易で、しかし車両で突破困難な装備も開発可能と思います。

 また、ダガーのような両刃ナイフは、日本刀と同じく殺傷を目的として永い年月かけて形作られてきた武器以外の何ものでもありません。武器としての美しさはありますが、刺身包丁や多用途のサバイバルナイフとは違います。

 主目的が戦場に於ける殺傷である刃物は、やはり効果が絶大です。刃渡りに拘泥せず、法による規制を検討する必要があるように思います。

 以上2点は最低限検討すべきと思います。

 救急医療側としては、やはり心肺停止状態の患者が大量に発生したときの対応能力の不足をどう考えるかという問題が深刻です。

 日本では医師でも看護師でも、外傷外科の人材育成が極めて不足しています。さらに外科医については若手の新規参入も減少しています。今回は残念ながらトリアージによって救命可能な生命を確実に助けるべき、という状況にあったと考えます。

 しかしながら、現場で延々と心マが続けられるという状況は、首都としてはよく考えなければならないのではないでしょうか。

 内科的な対応が主とになった地下鉄サリン事件であれほどの対応能力を見せた日本の救急隊と病院組織が、ケタ違いに小規模な今回の事例では、外傷外科的な対応が主となったことで、やはり余力の少なさが浮き彫りになったように思います。

 近隣の三井記念や、外傷外科のメッカである日本医大や大友教授の東京医科歯科大学に搬送されるのは当然としても、新宿は遠すぎます。

「社会が悪い」という言い方は不正確で、「社会も悪い」です。
当然「犯人も悪い」のです。
このような重大事件に対して社会も犯人も相応の責任を負いますが、責任のレベルとしては全く別次元です。片方が片方に転換できるものではありません。
例えば、会社員が犯罪を犯した場合を考えてみて下さい。
その会社員がどんなに異常な人間で、どんなに残虐な犯行を犯し、即ち彼の責任がどんなに重かったとしても、会社の責任がそれによって相殺されたりはしません。

亡くなられた方への哀悼や負傷者の快癒への祈りが、ことさら書かなくても当然の前提として存在する方がいることは理解しているつもりです。というより、個々の誰かを名指しする意図はありませんでした。
きちんと問題があるととらえ、再発防止策やおこってしまった場合の被害食い止めを考えているのであれば、その善意や問題意識は尊いものだと思います。

ただし、犯人に関して言えば今はまだ警察が身辺を取り調べている段階です。精神鑑定が視野に入ってくる事件ですから、そのあたりもいろいろ調査されるでしょう。
その段階で、推測の域を出ない見解をべらべらと誰もの目につくところで語る、しかもその結論として刑罰まで語ってしまう。そういう人たちは、大体再発防止策も語らないし、語ったとしてもドラえもん的な現実性のないものばかりです。まじめに論じる気がないじゃないんじゃないか、とさえ思います。


報道の方も気がかりです。あと1年発生が遅かったら、この事件も裁判員裁判ですが、今の集中的な報道でまともな裁判ができるのかどうかも気になります。

確かに、「社会も悪い」のでしょう。
どうすれば「社会がよくなる」のか、
具体的にわからないのが残念でなりません。

確かに、「社会も悪い」のでしょう。
どうすれば「社会がよくなる」のか、
具体的にわからないのが残念でなりません。

>他者への共感力

最近光市事件の過去ログを読み返しているのですが、弁護団を非難する人々(HNに一般○○とつけるのを好む類の人)がこういうことをやっています。

被告人を叩く際には遺族に肩入れをする。
弁護人を叩く際には被告人に肩入れする(ようにみせかける)。
弁護人に説教を垂れたくなったら弁護人の肩を持つ。

私はこういうやり方は良しとはしません。
いかに共感力をもって関係者に肩入れできるとしても、私を含め多くの人間は直接的には部外者です。
この"部外者"という立ち位置こそが、少なくとも私にとっては本来的なものであり、この位置に立っての発言こそが、私にとっては本質的なものです。
これを抜きにして事件の関係者に肩入れしたコメントだけを繰り返しても、それは月9ドラマを見て感動に咽び泣くが同様の行為です。

>遺族へのお悔やみ

私は上の通りの立場なので、そもそもお悔やみを述べたりはしません。
目の前に遺族がいる状況では儀礼としてお悔やみを述べることはあるかもしれませんが、ここではそのような方は確認できません。

この状況でお悔やみを述べたとして、読者に対して「自分は共感力のある人間である」「自分は人間として純粋である」ということをアピールする以外の意味はないでしょう。

そもそも私は「犯罪被害者の遺族に対しては無条件で頭を垂れなければいけない」のような制約から逃れたいから、匿名掲示板で匿名のHNで有限責任のコメントをつけてるんです。

無差別殺人という「反社会的な」犯罪を、「若者の置かれた境遇」に一般化してしまうのはどうかな?と思ってしまいます。
確かに派遣社員の置かれた境遇はひどいものですが(私も派遣を経験したことがあります)、多くの「派遣社員」は「愚痴」をこぼしながらも必死にがんばっています。
この事件と「非正規雇用の待遇」は分けて考えるべきでしょう。事件が起きたから「派遣の実態」を論議するのは本末転倒ではないでしょうか?
理由はどうであれ、「彼」は「彼」に危害を加えたわけでもない人々を殺し、傷つけたのです。その罪を論議すべきだと思いますが・・・・。
ついでに言えば、この事件については、私はどうしても被害者に肩入れしてしまいます。自分も「無差別殺人」の被害者になったかも知れないし、これからも被害者になる可能性があるからです。

上で"匿名掲示板"という表現を使いましたが、"匿名コメントが許されるブログ"に訂正します。

あきひろ 様

私だってどうやったら社会が良くなるのかなんて分かりません。
ですが、社会が悪くないと思っているうちは絶対に社会は良くなりません。

サカキバラの事件から約10年、この犯人もあの犯人と同世代なんですね。

そういえば、赤木智弘さんが、私たちの望むものは戦争であると言っていました。実際にそういう世の中になってきた感じがします。

#岡林信康もそんな歌を歌っていたなあ

「社会が悪い」

この様な、希望を持てない青年(凶行に走るかは別にして)を産み出し続ける社会は改善されるべき。

しかし、この犯人のいう「社会が悪い」というのは自分と社会との関係における相対的な話であって、簡単に言ってしまえば「イジケ」、「ひがみ」、「やっかみ」みたいなもので、とうてい容認できる話では無い。

人は「自分は正しい」と考える人と、「自分は駄目だ」と考える人の2タイプの人が居て、心が病んでくると前者は外に向けての攻撃性を表し、後者は自傷に走るのだとか。

こういうところで積極的に発言されている皆様の多くも、心が病めば(あくまで病めばですよ)前者かな?

かくいう僕も前者かな?

>風の精霊様

その段階で、推測の域を出ない見解をべらべらと誰もの目につくところで語る、しかもその結論として刑罰まで語ってしまう。そういう人たちは、大体再発防止策も語らないし、語ったとしてもドラえもん的な現実性のないものばかりです。まじめに論じる気がないじゃないんじゃないか、とさえ思います。

さ、さすがに厳しいお言葉で…心に刺さりました。
謹慎しつつもROMしておりましたが、更に重ねてのご批判を拝見し、血の気が引きました…(^^;

風の精霊さんにとっては進化心理学も進化ゲーム理論も「ドラえもん的に現実性のないもの」なのでしょうが、私は、何時かはこのような理論から何がしか役立つモノが出来るかもしれないと私は信じております。(まだ始まったばかりですからね。)

決して不真面目な気持ちで書いていた訳ではないことだけは申し上げたく、投稿させて頂きました。

しかし、「モノを言うなら、具体的に役に立つ理論(案)を作ってから発言しろ」という意味ならば解かります。

たしかに、ここには私と関心を共有できる人は殆どいない事に気づき始めておりました。場違いの投稿を繰り返してしまっておりましたようですが、これまで容認頂いていた事を感謝致します。
風の精霊さまからハッキリと申し上げて頂き、ふんぎりがつきました(^^)(ある意味良かったです。)

それでは、謹慎ではなく、自分の意志でそろそろお暇させて頂きますね。
今まで有り難うございましたm(_ _)m

>>No.57 死刑囚さん
ご本人の意思をどうこう言うつもりは毛頭ございませんが、ぼつでおk¥10万(笑)としてはアンチ裁判員制度派の強力な同志を失うのは痛いっす。

>死刑囚さん

 気にすることは、全然ないと思いますよ。

>しかし、「社会がどのようであったならば、このような行動が減るのか」という点には関心はあります。

 問題意識としてこれ以上はないぐらいに正鵠を射ているはずですし、自信を持っていただきたいですね。

>No.53 通行人1さん | 2008年6月10日 13:03 | CID 154987
>無差別殺人という「反社会的な」犯罪を、「若者の置かれた境遇」に一般化してしまうのはどうかな?と思ってしまいます。
>確かに派遣社員の置かれた境遇はひどいものですが(私も派遣を経験したことがあります)、多くの「派遣社員」は「愚痴」をこぼしながらも必死にがんばっています。

私はこういう「俺もがんばっている、お前もがんばれ」という考え方は好きでは有りません。なぜなら究極的には、アフリカの貧民はもっと悲惨だががんばっていると、下を見ればきりが無い話になるからです。

彼の犯罪は当然彼自身のものです。
ですが、これはあくまで仮定ですが、彼は派遣社員を続けることに耐えられなかった、様々な形でストレスを溜め込んでいたでしょうし、彼の性格やプライドが境遇を受け入れることを妨げていたかもしれません。では、彼には派遣社員以外の道があったのだろうかと考えた時、ああ、ダメだなあと思うのです。
彼に必要だったのは、派遣をやめても他に道は幾らでもあると諭してくれる理解者と協力者だったのでしょう。が、友人や仲間を作りにくい派遣労働であれば、手詰まりです、なにもできません。
参考までに
http://59.106.108.77/repon/20080523/p1

ところで、例によってマスコミは「アニメオタク、ゲームオタクの犯罪だ」と類型化したがっているようです。
大スポンサーのトヨタ様を批判できないからって何とも露骨な、と思ってしまいます。

5年前なら「キレやすかった」ことだけをネタに、「あいつはアスペだ」「アスペ=犯罪予備軍だ」という報道一色になっただろうと思うと、感無量です。

思うに、犯行直後から犯人の動画他が公開されたことが大きかったんでしょうね。一般人が見て「普通の」人に見えるもの。「あいつは俺たちとは違って○○だから犯人になったんだ」「○○を殲滅しよう」の○○の部分を埋めるのにマスコミは随分苦労しているように思えます。一応「オタク」が現在の○○なんでしょうか。

それにしても、トヨタの名前も、関東自工の名前も、あっさりマスコミから消えましたねえ。どんな圧力がかかったのか。絶対トヨタ車だけは買わない。

No.60 時見鳥さま

遅レスすみません。
仰ることよくわかります。
確かに「舌足らず」な文章でした。
私が言いたかったのは、事件が起きたから「非正規雇用の問題」を取り上げるのではなく、「非正規雇用」が働く人間の人権を踏みにじるような雇用形態だから、それはそれで議論し是正していく必要がある、ということ、不満はあっても「食べるために仕方なく派遣を選んだ」のに「派遣という働き方を選んだ不真面目な奴」という世間の目を何とかしたい(実際に私は正社員の面接を受けたときにこれに近いことを言われました)、ということだったのです。
幸にも正社員の働き口が見つかり、私の「派遣生活」は終わりましたが、「彼」の焦りや不安はわかるような気がします。
もちろん「派遣」を希望して「派遣」をしている人もいます。でも、私は希望して「派遣」を選んだのではなく、それゆえ非常に惨めな気持ちで働いておりました。

>No.62 通行人1さん | 2008年6月11日 20:32 | CID 155317
おっしゃることは良く分かります。ただ、どうしても気になる部分でしたので。

私はこの事件を、容疑者本人や両親の責任に帰すべきではないと思っています。
なぜならそうしてしまった時、社会にとって容疑者は単に不良品だったということになり、両親は不良品の製造者、そして被害者は不運にも不良品を引いた人でしかなくなるためです。

2ちゃんねるでもブログ界隈でも、彼を弱い人間だ、甘ったれだと言う意見が多いです。
ですが、そういう弱い人間はどうしても現れてくるでしょう。そして、弱い人間が暴発し血の雨を降らせた時、我々はそれを許容できるのでしょうか。
前述の「容疑者不良品論」はまさにそういうことです。我々は弱い人間を救わない、その代償として彼によって殺されたとしても当然のリスクとして許容しなければならない。なぜなら不良品をゼロにすることは絶対に出来ないのだから。

どんなに社会が悪くて、どんなに派遣が虐げられた職種で、そのせいで犯人の人生が価値の見いだせない夢の無いものであったとしても、実際に起こした凶行に走るにはだ〜〜〜いぶギャップがあるというか、とうてい直結できないと思います。

ネット上で犯人の心理状態に理解を示す書き込みも見受けられますが、単に頭の中でわかるわかると理解するのと実際にやっちゃうとこにも大きなギャップがあると思います。

その大きなギャップの間にあるモノは何か・・・それは結局は犯人のおかしな思考回路というか、歪んだ自己顕示欲というか、上記の方の言葉を借りるなら「不良品だった」というところに行き着くのでは・・・

犯人の素地が出来上がる過程でのご両親の役割は大きかったことは事実でしょう。しかしだからといって、ご両親に責任を問う理由には全くならないと思います。同じ論法で、派遣会社や勤務先工場も原因の一端ではあった、しかしそれらの責任を問うわけにはいかないでしょう。

原因の大部分、そして責任の全ては犯人自身が問われるべきです。

派遣とか社会とかトヨタとか、まぁ色々問題あるのかもしれませんが、今回の件に絡めてどうこうってのはちょっとしっくりこないと思いまフ。

マクロの視点とミクロの視点を分ける必要性を感じます。

ミクロで見れば、身勝手な動機での無差別大量殺戮なんて、本人の責任を厳しく問うのは当然。
(本件被疑者の背景に理解を示す見解も、それを理由に刑事責任の減軽を求める趣旨ではないでしょう)

一方、マクロの視点では、不満や将来への絶望が構造的に蓄積されている層があれば、統計的にいって、凶悪犯罪に走る者が出るパーセンテージに影響が生じるのは不可避と思われ。
トヨタやキヤノンを筆頭に大企業において顕在化して久しい正規/非正規社員の格差を放置しておくのは、マクロの社会防衛の視点では問題といえるでしょう。
(この事件の責任は本人のみが負うべきだという見解も、格差縮小の努力をする必要はないという趣旨ではないでしょう)

それぞれ両立する問題だと思います。

 「不良品の規格」からも問題外に外れていると思います。八百屋に行って「不良品野菜」として手足付き深海魚を出されたような不気味さを感じます。

 いろいろな条件が重なった結果、日本企業は本業以外での社会貢献から手を引きつつあります。

 かつては手厚い福利厚生と企業内の教育システムと年功序列人事で構成員の生活を守り、社会保険料を折半して負担し、地域社会にも様々な貢献をしてきましたが、特に大企業を中心にそういうものを毛嫌いする経営者の割合がこの10年で急増しました。

 現在、人員は大切な財産から借り物で固定費から変動費へ、社会保険料負担や課税からは業界団体を通じて強硬に反対し、地域に要求するものは固定資産税の減免や事業用地の提供、その他様々な優遇策というのが日本企業の姿です。

 企業に何かを求める時代は終わりました。

 國や地方自治体も財政悪化から国民の新たなニーズに応えることを止めつつあります。

 政府部門から離れた公共の確立が必要なのではないでしょうか。また、道は他にないように思います。

こういうエントリを見ると、「ああ、モトケンブログは医療関係者が本当に多いんだな」と思います。

医療に携わると、「不良品」を沢山みます。この犯人のように25歳まで生きたのは「生き物」としては大変な良品で、本人には何の責任もないのに重い障害を持って生まれてきたり、生まれる前に死んでしまったりする例だって多いんですよ。医学は「八百屋で深海魚」的不良品をなんとか生かそう、一日でも長く生きてもらえるようにしようと努力してきたのです。

ですから、そういう命を簡単に奪ってしまう殺人者も企業も医療関係者は許さないでしょう。同時に、命あるものを「不良品」扱いすることにも抵抗します。

もうひとつ、医学の一分野に予防医学や公衆衛生学があります。対象をマスとして捉えて、全体として疾病を減らす方策を探る学問です。その方法論を用いれば、正確な機序は判らなくても、特定の疾患を減らすための対策をとることは可能です。例えば慢性呼吸器疾患や肺癌を減らすために喫煙を規制するなどといった方法です。

さて、煙草は規制することができますが、この加藤のような人物が生まれてくることを規制することはできません。その種の政策が今回の事件と比べても、比較にならない程の悲劇を生むことを、世界中の医療関係者は骨身に沁みて学びました。さまざまな人種や民族や家系や遺伝素因をもった人々がいることは良いことなのだという合意の上で、さあどうするか、ということを考えるべきだというのが20世紀に医学が学んだことです。

加藤は社会的に「既に死んでいる」ので、社会に直接害悪を及ぼすことはもはやありません。切除された癌組織のようなものです。ではどうするとこの手の犯罪を<減らせる>のかを考えてみようというのは医療関係者にとってはごく普通の発想です。

#司法関係者も似ているのかもしれません。

「みんなが独自に自分の身を守る」方針が機能しないのは某超大国をみれば明らかですね。

もちろん、犯人に同情はしないし、厳しい罰を望みますが、一方で、果たしてこういう人格を生んできた背景は何か、と言うことを考える必要があると思います。
私が思うに、加藤容疑者はうつ病を合併した人格障害と考えられるのではないでしょうか。つまり、今のようなストレスばかりの社会の構造が原因の一つとなっている可能性がある。そしてうつ病が自殺を増やすのと同じように、何らの精神疾患が殺人を犯す可能性がある。
実証方法として、まずレトロスペクティブに見ると社会が荒廃しているからこういう人格を生み出す危険があるという研究を行うべきではないかと。これをさらに正確に証明する方法としてプロスペクティブ研究がありますが、プロスペクティブに研究することは倫理上不可能です。つまり、むろん科学的に完全に実証しているわけではないのでいくら手を尽くしても加藤容疑者のような人格の持ち主は生まれてくる可能性はあります。でも少なくする可能性はあるのではないでしょうか?

犯人の素地が出来上がった背景、犯人が凶行に及んだ環境は、本人の産まれ持った資質、親の教育方針、人生の岐路での様々な選択、派遣のつらさ、もてない寂しさ・・・挙げればきりがないファクターが絡んでいることでしょう。まぁ一言でいうと奇跡の賜です。唯一無二のものです。残念ながら、「何が原因」「何を改善すればこういう事件が無くなる」ということを見出すのは不可能でしょう。

派遣の問題、社会の問題、トヨタの問題(?)は全く別の問題ではないでしょうか。派遣社員に精神疾患や自殺者が多発するとか、トヨタで大規模デモが起こるとかであるなら改善に取り組む動機としては充分に理解できるのですが、この事件をきっかけに考えようっつったってちょっと説得力に欠けると思います。

いっそ資本主義を捨てて、共産主義に移行でもすればこういう類の犯罪者は減るのかも知れませんねぇ。みんなで徐々に貧しくなるでしょうけど・・・

> ど素人さん
そういう考えもあるでしょう。もちろん先に考えたように完全に加藤容疑者のような人格が生まれてこない方法なんてあるはずもありません。
でも私はある程度可能だと考えています。それは精神医学的なプロセスからです。
自殺だっていろんなファクターを含んでいます。完全に防止するのは無理でしょう。しかし、うつ病として診断され、治療が進めば自殺の確率は減ります。それまでの過程、つまり精神科へ行くように啓蒙活動を行うことも今後は重要になってくるでしょう。
で、今回の事件、加藤容疑者の経歴を見るとうつ病や人格障害を思わせる言動があります。うつ病は責任を自分に向けます。そして自分の命を絶ちます。でもそれが自分ではなく、他人に向けたらどうなるでしょう。
医学はこうした仮定のプロセスが重要です。最初からあきらめるのではなく、いろんな要素を考えることが必要だと思います。それが研究(この場合は無差別殺人を減らすこと)の第一歩だと思います。
よく人格障害は治らないと言いますが、これとて研究が進めば治る可能性だってあると思います。遠い夢かもしれませんが・・・。

>yamaさん

おっしゃっていることは、「こういう人を産み出さない」ではなく、事前に犯人のような人物を察知して「治療あるいは管理」をするということですよね?それなら私も可能だと思います。

派遣や今の社会の問題についても私はそのままでいいなんてちっとも思ってませんよ。それは別個の問題として改善されるべき点が山ほどあると思ってます。

皆がそれぞれの身の丈にあった良い夢を持てる社会になると良いですね。

>No.72 ど素人さん

>おっしゃっていることは、「こういう人を産み出さない」ではなく、事前に犯人のような人物を察知して「治療あるいは管理」をするということですよね?それなら私も可能だと思います。

 事前に犯人のような人物を察知して「治療あるいは管理」をする

 ですか?

 これは恐ろしく微妙かつ深刻な問題を孕んでます。
 特に「管理」という言葉を使うと、

 誰が、どのような人に対して、どう管理するのか?
 そしてそのようなことが許されるか?
 
 が直ちに問題になります。

 「科捜研の女」というドラマ番組で、よく似た犯行動機の事件がありました。ドラマの方は、たしか大学院を卒業していたようですが、不遇をかこち、鬱憤をつのらせ、社会に対して復讐を企てたようです。

 あちこち見ているわけでないので、自分の知る範囲でになりますが、あのドラマのことに触れた反応はないようです。観ていた人も時間帯的にかなり多いはずなのに。この事件の2週間ほど前だったと思います。
 騒ぎ立てて、第二の事件が起こることを危惧した暗黙、共通の認識なのかと、少々勘ぐることもあります。
 ほとぼりのさめない段階では、警戒も強いと判断され、抑止効もありそうですが、うやむやに済ませた方が、あとあとさらに大きな事件の発生にもつながりかねないと、個人的には危惧します。
 最近あまり聞かなくなった言葉ですが、そういうのを「事なかれ主義」というのでしょう。
 ここで一気に膿を出しておいた方が、社会全体にとってよさそうな気がします。

「幸せ」「満足」って何なのでしょう?
彼女がいたら?お金持ちならば?有名大学は入れたら?有名企業の正社員ならば?出世できたら?有名になれたら?

彼の供述情報等に接し考えさせられます。
私は現状、制度等の問題より、世に蔓延る「勝ち組、負け組」の価値観に対して非常に問題を感じます。何か現代「ささやかな幸せ」「ささやかな満足」を否定・排除している風潮があるんじゃないかと。そしてそれは、世でいう勝ち組がその価値観を広め植えつけている感じがします。

現段階での情報で彼の境遇や状況をみても「絶対値」としてはそれほど劣悪な環境にはないように感じました。ただ彼は満足ではなかったことも事実なんですよね。それだけ幸せと感じられるボーダーが高かったのということですよね。

彼の「価値観」の形成には、「社会・風潮・世間」の影響が大きいでしょう。
皆がそれぞれ身の丈にあった(誤解を招くか?)幸せを感じられ、それを大いに認める社会があれば、閉塞感が緩和できるんではないでしょうか。
→価値観を変えていく方法は、幾つかありそうです。

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正直、この事件報道に当初接したとき「この甘ったれが!ふざけるな!」という感情でした。また派遣など格差や制度、ナイフの問題が語られてるのも違和感ありました。(なので投稿控えてました。)
が、今は他の掲示板などで犯人に同調する意見を多くみるにつけ、非常に危機感を持ってます。

 本当の精神病の人なども見てきましたが、理解を超えて病んでいる人はいくらでもいそうです。以前、日本には300万人を超える精神病者か精神科の患者がいると報道でみました。
 いずれにせよ、現実とフィクションの壁をぶち破ってしまったような事件で、一線を超えてしまった、という感があります。
 とりわけ、一見して人格破綻者や異常者には見えない人のやったことなので、重大犯罪のこれまでとは、異質さを感じます。

 そういえば、今日ラジオで、金沢市内で硫化水素自殺があったと報道されていましたが、テレビのニュースでは、自分の見た限りやってませんでした。なにか隠されているようで、こういうのも少々不気味です。

 精神疾患一般と本件を関連付けるまたは関連があるかのように読める投稿については、慎重にお願いします。
 場合によっては予告なく削除します。

No.73 モトケンさん

ちょっと言葉が強すぎましたでしょうか。

私のイメージとしては、例えば定期検診の中に精神科の項目を付け加え、精神疾患の早期発見、早期治療。そして凶行に走る恐れがある程の精神疾患者は入院させるといったところです。(現在でもご家族の同意があれば入院させれるのかな?)

この発言はNo.71 yamaさんの発言を受けてのものです(私がNo.71 yamaさんの発言を正確に解釈してなかったらすみません)。精神疾患と殺人事件との結びつきは色んなところでしばしば論じられておりますが、その点に関してもまだまだ調査、議論の余地がある課題です。個人的には、精神疾患によって他者への攻撃性が増したとしても、今回の様な凶行に走るケースはごくごく希なのでないかと思います。

しかし希とは言っても起きてしまうととても悲惨なことになります。そういうことを未然に防げる、より安全な社会を構築するためには、凶悪犯になりうる因子を持った人を特定し、何らかの策を施すこともひとつの手だとは思います(「因子」が精神疾患かどうかはわかりませんが)。

単なるロジックと一蹴されるかもしれませんが・・・100%管理すれば100%安全は確保されるように思います。逆に全く管理機能のない社会は100%の自由かもしれませんが色んな人も同様に自由ですので様々な混乱、犯罪を含むことになるのではないでしょうか。「自由、人権」と「管理、安全」は表裏一体の様に思えます。日本社会が何だか物騒で危険な社会であるのなら、「管理」の力を強めることも致し方ないのかなと思います。

 私は作業着の問題が気になりますね。会社の関係者が口裏を合わせれば、なんとでもなりそうですし、足の引っ張り合いなんかもあるいはあったのかもしれません。
 追い詰められた人間ほど、影響も受けやすいとも思います。

ど素人さんの言っていることはつまり
精神科医は目に見えない人の心の問題を的確に判断出来る。
犯罪者予備軍とのレッテル貼って人権侵害していい。
思想の自由さえ許さず更生させる。
そういうことでしょ。

そんな社会が本当にお望みか?

「ある因子を持っているだけで、凶悪犯罪を起こす危険率が、その因子を持っていない人の何倍にもなる」という有名なものがあります。

それはY染色体です。

100%の管理をそれほど期待するなら、まず男性全員にICタグ打って行動を監視しましょうよ。できれば男性人口を減らせばもっと効果的です。精神疾患の患者さんを座敷牢に入れたり、断種したりすることよりもはるかにはるかに効果的ですよ。

危険人物を100%管理するためには絶対必要で、しかも効果抜群、さらに保因者かどうかの判定もほとんど確実にできます。さあ、ど素人さん、隗より始めてください。でも、あなたが望んでいるのはそういう世界ですか?

 以前、「下半身に人格はない」という言葉がありました。ゆえに、自由に対する制約も大きくなるのも知れません。過剰反応を含め。

>No.75 カツビンさん
>私は現状、制度等の問題より、世に蔓延る「勝ち組、負け組」の価値観に対して非常に問題を感じます。何か現代「ささやかな幸せ」「ささやかな満足」を否定・排除している風潮があるんじゃないかと。そしてそれは、世でいう勝ち組がその価値観を広め植えつけている感じがします。

僕は「勝ち組、負け組」の価値観と「ささやかな幸せ」「ささやかな満足」が加害者の心理では相反するものであったのではないように思います。擁護・同調する気持ちはないですが、「ささやかな幸せ」「ささやかな満足」こそ求めていたのではないかと思います。

>No.83 普通の人さん

う〜んと・・・

「ささやかな幸せ」「ささやかな満足」こそ求めていたのではないかと思います。

そうとは思いますが、私は劣等感の「形成」に繋がっているという意見なのですが・・・

No.80 マツクラさん
No.81 猫又大魔王さん

そんな曲解して極論振りかざして反対されるなんて・・・何かカンに障りましたか?

私が言いたいのは、猫又大魔王さんの言葉を借りるなら、不良品を産み出すメカニズムを絶つことは不可能である。それなら不良品を素早く見つけて対処するしかないなということですよ(対処するなら)。

というか、そもそも私個人の基本的な意見は、今回の事件の原因とか背景とか分析しても全く意味無いと思ってます。今はどれが不良品か確実に見つける方法は無いですからね。しかし数名の方が書かれているような、事件を何らかの今後の教訓として活かし、こういう犯罪の起きない安全な社会を構築しようという視点に立てば、上述のような管理を強めるのも一つの手だと述べたのです。

マツクラさんや猫又大魔王さんは、何らかの対処をするなら何をしたらいいと思います?

>No.84 カツビンさん
「勝ち組、負け組」の価値観に関してはおっしゃるように環境からだと思います。「ささやかな幸せ」「ささやかな満足」は否定・排除されているとはあまり思わないのです。「ささやかな幸せ」「ささやかな満足」の挫折は小さな要因で、やはりその価値観を大元にする怒りではないかと思います。また、その対象は勝ち組に対するよりも環境に対してだと思います。だとすれば社会に対してということにもなります。当事件に対する僕自身の危機感はそこが引っかかっているのかもしれません。実感としては「勝ち組、負け組」の価値観は少し古い価値観と感じます。しかし、未だその価値観を引きずる者に支配されなくてはならない環境であれば結構な数の人間があり得る状況でもあります。

>No.75 カツビンさん
>が、今は他の掲示板などで犯人に同調する意見を多くみるにつけ、非常に危機感を持ってます。
この危機感とはどういうものでしょうか?少しわからないので。

今の世の中の基準では不良品でも、
別の世の中の基準では良品かも知れない。
その使い方では不具合起きるけど、
この使い方なら問題なく使えるのに。

……で、どれが不良品でどれが良品か、誰がいつどうやって見分けるんですっけ。
使い方間違えたら良品だって不具合起こしますけども、使い方のチェックはどうしましょ?

No.87 jackさん

>今の世の中の基準では不良品でも、
>別の世の中の基準では良品かも知れない。

あの日の秋葉原が戦場なら賞賛されるという意味ですか?


>使い方間違えたら良品だって不具合起こしますけども、使い方のチェックはどうしましょ?

使い方間違えたくらいで無差別殺人起こす良品ですか・・・


>どれが不良品でどれが良品か、誰がいつどうやって見分けるんですっけ。

今まで試された例はないですからね。何が効果的か何て誰にも分かりはしませんよ。先ずは試行錯誤。犯罪を減らしたい、もっと安全な社会にしたいって考えるなら、色々試してみる価値はある。多少面倒が増えるとか、多少窮屈な社会なるとか、まぁデメリットもあるでしょう。でもそれで犯罪が減るならおやすいご用。犯罪が減るのならある程度は我慢してくれる人が大半じゃないかな。

>No.87 jackさん

そう言えば、昔、チャップリンが「殺人狂時代」で
「一人殺したら殺人者だが、百万人殺したら英雄だ」
って言いましたね。

「世の中の基準」と言うのは、
時代によって変わり、
時代によって糾弾され
ひょっとしたら後世で批判されることもあるのかもしれない。
それが世の中でしょう。

ただ、はっきりしている事実は
「日本国東京都千代田区外神田の秋葉原電気街の交差点で2008/6/8の午後0時30分すぎ、男が通行人をトラックではねた後、ナイフで刺す無差別殺傷事件がおき、男性6人と女性1人が犠牲となった。」
と言うことです。
http://www.asahi.com/national/update/0608/TKY200806080127.html

ここはくれぐれも置き去りにしないようにお願いいたします。

犯罪を犯してないのに「犯罪を可能性がある」なんてレッテル貼って対処しようとするのは失礼極まりないし、危険でもある。

つまり魔女狩りしましょって事でしょ? 怖いぞ。

意外と理解できない人は多いのか。
以前も少年審判の遺族の傍聴のエントリで、「遺族が審議の妨害をする可能性があるから傍聴席に入れるな」みたいな主張があって私は批判したんだけどな、結局これも同じ理屈なんだけど、あの時は孤立無援だったさ(笑)
世間には危険思想の持ち主がまだまだいるらしい。
不良品なのかな?

ど素人様

私は、jack様の意図を忖度する立場には無いですが、人間には完成品という概念や基準が無いし、少しのきっかけでも変わりやすい。

統一的な基準もなく、一概に誰それを良品・不良品という区分はできないし、無意味であるとおっしゃりたいのでは?

どうでもいい話ですが、
>あの日の秋葉原が戦場なら賞賛されるという意味ですか?

戦場でも、指揮官の言うことを聞かず、勝手にバーサーカーになっちゃってる兵士は、部隊を危険に晒すだけなので、賞賛はされません。ガンダムやランボー、コマンドーじゃあるまいし、現実社会では一人の兵士の戦果ってのはたかが知れてます。

戦場では敵に気づかれないというのは大きな要素な訳で、それなのに大声を出して暴れられたら敵に気づかれて全部台無しでしょ(^^;

おはようございます。

No.90 マツクラさんへ

 今回の件と、遺族の傍聴の件では必要度(メリット)、代替案、人権の抑圧度でかなり差があるので同一にするのはちょっと無理かと。
 遺族の傍聴の件では直接傍聴のメリットが代替案(カメラごしの傍聴等)にくらべてほとんど無いか、デメリットの方が多いのではということだったはずです。
 今回の場合、まだ犯罪を起こしていないわけで、犯罪を起こしていない時点で拘束が可能なのか、また、そもそも犯罪を起こすかどうかをどのように判別するのかと言う問題があり具体的に考えればかなり無理があることがわかります。
 

宅間守と宮崎勤と大久保清と川俣軍司と今回の犯人は「大量殺人者」という括りでは一つのカテゴリーに納まります。しかし、彼らが「大量殺人を犯した要因」という観点では同一のカテゴリーに納めることなど全く不可能です。もし、大量殺人を防ぐために「不良品」を未然に囲い込み要因を矯正するのであれば、「宅間守予備軍」「宮崎勤予備軍」「大久保清予備軍」・・・と際限なくカテゴリーを設定して、そのどれかに該当する者を片っ端から捕らえて矯正していかねばなりません。

こうした施策の果てに現れるのは、治安維持を至上命題とする警察国家に他なりません。

宮崎勤事件のときにレポーターがコミケを取材して
「ここに10万人の宮崎勤がいます」と言い放ったことを思い出します。

異常者の排除というのは集団をhomogenizeすることに他なりません。
集団のhomogenaizeというのはいいことではありません。
一方異常者の犯罪というのは到底許されるものではありません。
この方程式の解は存在しないように思えます。

もしかすると0.1%の異常者の犯罪は、残りの99.9%を正常にしておくために起こされるのかもしれません。(まったく根拠はありません。)

>No.86 普通の人さん

>大元にする怒りではないかと思います

事件至る動機(怒り)の一部はそうでしょうね。但し繰り返しになりますが、私は「劣等感」を持つにあたった原因の意見を述べてます。つまりもっと事件より前の人格形成の段階について述べているということです。

現段階の情報で私の勝手な解釈で単純化すると
1.劣等感:人格形成段階
2.孤独感:犯行起因
3.憤怒:犯行の直接動機
で、それぞれの段階で社会問題を孕んでいると考えてます。

>社会に対してということにもなります。

親も制度も風潮も環境も社会と括れるはずです。私が危機感持つのもその部分です。

>「勝ち組、負け組」の価値観は少し古い価値観

普通の人さん世代の価値観は実際どうなのでしょうか。教えていただけませんか。(多分私は10歳以上上(40歳手前)なので、年代により価値観がかなり相違しているかもしれません)

>この危機感とはどういうものでしょうか?少しわからないので。

正直いって、犯人に同調する人って理解できなかったんですよ。女子短大生殺人事件(兄が妹を殺した事件)の時も同じように感じてました。ただこれだけ同調する人が多いということは、それだけ鬱積された人達が多い事実を示していることなんで、理解できないでは済まないという危機感です。

ちなみに私はバブル世代(最後期)で、就職に困った人が少ないということもあり、実感として理解しにくい面があるのかもしれません。

No.94 Beartankさんのコメントで、四半世紀前の雑誌記事の一節がふと甦ってきました。

榎野彦と言う筆名(とまで書きゃ雑誌が何かも判ろうかと言うもんですが)のライターが花小金井という筆名の別のライターと対話をしている形式の記事の中で、アニメマニア(当時は「オタク」という言葉がまだ人口に膾炙していなかった)を評して「○チガイ率が極度に高い」と、いまだったら大騒ぎになるようなことを書いてました。

梗概「フツーの街中でキ○ガイがいたとしても百人に1人千人に1人くらいの確立だろう、しかしコミックマーケットなんか行ってみろ、あのうち半分はキチ○イだぞ」「コミケで石を投げればキチガ○に当る」ってな按配。アニメを看板にしている雑誌で、よくぞ言い切った(笑)。

当時誰もなんら騒ぎ立てた気配がないのは、雑誌の性格や読者の質もあったのでしょうが、当時の「アニメファン」の『ああいうマニアにはなりたくないよねー』的な感覚と、榎野彦が「暴言」で指摘したことが大体一致していたためでしょう。

あとはまぁ、今みたいにネット媒体がなかったことも大きな要素なんでしょうね。今だったら瀬尾ブログ騒動同様のことになって掲載誌は廃刊だっただろうなぁ・・・。

惰眠さん、そ、それは「ア○ト」という雑誌では〜。

初めてお声をかけますのに、突然ですいません。
花小金井さんで、思わず反応してしまいまして(大汗

皆様、横レス、失礼いたしました。撤収したします。

>No.98 たまさん
私が読者だった頃の名前はアルファベット三文字でしたけど、その雑誌です(笑)
T編集長が販売不振の責任を取って退社するとともに購読やめちゃいましたので、休刊したことも長いこと知りませんでした。

>No.95 うらぶれ内科さん

不良品の排除による均一化といえばナチスドイツですね。
ユダヤ人のみならず、浮浪者や同性愛者・心身障害者といったマイノリティーも収容所送りや断種処置で迫害されたことはよく知られています。世が世なら、特定の趣味を嗜好するオタクたちの強制収容・思想矯正が行なわれるのかもしれません。

おっしゃる通り、異常者の犯罪をゼロにすることは不可能でしょう。0.1%のはみ出しものを除去した後は、その上にいた0.1%が繰り下がって犯罪を犯すだけだと思います。仮に異常者の完全排除に成功したとしても、その社会に未来はありません。一見緑豊かでも杉の木しか生えていない「死の山」みたいなものです。

ど素人さん、「100%管理すれば100%安全は確保される」などとヒムラーが読んだら大喜びしそうなことを書いおいて、少し批判されると自分の説を説明しようとも強化しようともせず「曲解だ極論だ」て泣きつくんですか。こりゃ貴方も加藤の同類だ。

この手の犯罪を確実に防ぎ、同時に人間のありようを守る方法が判っていればもう採用されていますって。

特効薬はありません。手許に凶器がなければ死者は半減していたのですから、まず、ダガーナイフを規制するのは良い案でしょう。代え難い実用性があるならともかく。労働環境の改善(カイゼンは禁止)だって必要でしょう。

#恐怖心と罰で縛るだけの日勤教育・奴隷労働が300余人の命を奪った福知山線事故は早くも忘れられたのでしょうか。

正直言って、飲み屋で愚痴をこぼせる同僚や、たまにデートしてくれるガールフレンドが一人でもいれば、加藤はここまで大それたことをやらなかっただろうという気がします。もっと言えば、都会等にでず、お岩木山の麓の林檎畑にでも入って、自分の手で作物を育てていれば、「良品」として平凡な一生を終えられたんじゃないかとも思いますよ。

#田舎でのんびり農業をやれる時代じゃないことは良く知っています。
#でも、私もいつかは帰農するんだ…

 折しも個人的に身近なところで、共通点のあるような考えさせられる出来事がありました。
 お昼休みに、話を聞いたのですが、昨年の3月か4月ころまで一緒に仕事をし、その後、とんと消息の知れなかった人が、亡くなったというのです。
 スナックでの伝聞だったらしく詳しいことは分からないということでしたが、車の中で死んでいるのが発見されたそうです。
 突然死である可能性もありますが、自殺である可能性も高いと思われます。
 その人も、事実上私が首にしたようなもので、恨みを持たれていても仕方がないとか、報復もありえないではないと考えていました。
 もともと自分より先に現場で働いていた自分とは別の派遣会社の人でした。当初は主のような存在で、自分も叱りつけられたりすることがあったのですが、仕事のやり方があまりにも能率が悪く、かなりの皺寄せというか負担も受けていたのです。
 自分も我慢の限界を超え、ぶちきれてしまい。
 「お前に見たいな、はんかくさいやつ(バカのような意味)と一緒に仕事、しとれるか。
 お前と一緒に仕事やっとったら、みんな嫌になってやめてゆくか、病院行きになるか、どちかや」
などといったのです。
 計画的で効率がよく、協調性のある仕事をするように説得もしたのですが、年長者に対する言葉遣いや態度にも度を過ぎた問題があったのかもしれません。
 しかし、事実上、私がその現場を離れていたとき、その人と一緒に仕事をしていた人が、無理を重ねて仕事をしていたところ腕を痛め、医者に全治6ヶ月を診断され、長い間仕事を休んでいました。
 その頃には既に復帰していたと思いますが、医者に腕の細かい神経がずたずたに寸断されている、と言われたそうです。
 仕事には力以上にコツが必要なのですが、保身のためもあったのか、きちんと仕事のやりかたを教えることもありませんでした。本人自身、わからないままやっていたのかもしれませんが。
 なんでも地元の優秀高校から、東京の4年生の大学に行き、卒業したとも聞いていました。
 ほかにも、その人と一緒に仕事をしていて、手が火傷と血豆だらけになったという話を聞いています。
 その人に代わり、私が事実上その現場のリーダーのようになり現在に至っているのですが、そのような負傷者を出したことはないものの、指導が厳しすぎるというイメージは定着していたようです。
 上司の人たちも私に事実上一任し、耐えきれずやめていく人がいても何もいわなかったのですが、その前任者の人がやめたときは、「お前と一緒に仕事を出来る人間なんてどこにもおらんぞ」などと厳しいことを言われました。
 しかし私とて生身の人間です。コツを掴んで仕事に慣れてもらわないことには、負担も大きく、いつも体のあちこちが痛くて、体が壊れないことを考えないわけにはいかなかったのです。
 その人は、一応現場を任されていただけあって、そこそこ出来たのですが、別の人と一緒に仕事をするようになると事態はさらに厳しいものになりました。
 さらに磨きをかけ、二人分の仕事も一人でこなせるようになり、自分自身に余裕を作ったことで、他者に厳しくすることも少なくなり、やってきました。しかし、そこには人の甘えや依存も含まれていると思います。なかにはパニック状態になり、錯乱、暴走状態に陥る人もいました。
 コンベアがどんどん仕事を運んでくるので、それに合わせてやるほかないのです。
 これも特殊な例かもしれませんが、自分は平成11年の段階で、金沢市で一番大きな、建設建築関係の派遣の仕事をしていて、その頃でも、仕事ぶりに高い評価を受け、稼働していました。そこでは一流の会社をリストラになったような人やいろいろな人がいましたが、仕事ぶりを見ていても子供のような人がいました。
 私は自分自身の物差しで、自分を低く評価していたので、それだけ格差も大きく、性急で説明の足りない指導で、よくない影響も与えてしまったのかもしれないと自省することがあります。
 しかし、労働力の質の低下や指導力の低下も大きすぎるのではと考えることもあります。
 これは頑張りだけの問題ではなく、実際、慌てふためいてやっとやる仕事を、自分がやれば、片腕だけで慌てず出来ることもあります。それだけ自分のやる仕事には自分なりの研究をし、取り組んできました。

 とりわけ若者に対しては、時間をかけて習熟させるという必要がありそうですが、仕事内容自体を理解せず結果のみを求めるような企業側の姿勢も問題がありそうな気がします。自分の経験の範囲で、サンプルも少ないとは思いますが。
 とにかく必死で頑張る人の切実で切羽詰まった状態も、じかに接してきましたし、自分自身もそうでした。
 テレビなどを見ていても、過酷な労働条件というのは、ざらにありそうです。
 長文になってしまいましたが、参考にして頂ければ幸いです。

 

精神疾患や人格障害が犯罪に結びつくとは限らない。

しかし、凶悪犯罪者のほとんどが何らかの精神疾患・人格障害を抱えている。
(ホントのところどうなのか知らないのですが・・・)

それならば、極端に言うと、国民を一斉に診断して、さっさと治療してしまえば、少なくとも精神疾患・人格障害に起因する凶悪犯罪は減らせると思うのですが。

精神疾患も他の病気と同じように捉えれば、それはさっさと治療した方がみんなのためになるでしょう。

私は専門家ではないので以下の意見に確固たる自信は無いのですが、精神疾患・人格障害は明らかに病気で、個性や思想なんて幅をはるかに超えた異常な精神・人格を形成していると聞きます。犯罪に結びつくか否かは別にしても、早期発見・治療を行うことは悪いことではないと思うのですが。自殺も減らせるかもしれませんし。

No.101 猫又大魔王さん

「100%管理すれば100%安全は確保される」

ロジックとして間違ってますか?
しかしそれでみんなが幸せになるなんて誰も言ってないですよ。

管理と自由や権利のバランスが大事なのでしょう。

世の中が荒れてきたのなら、管理の力を強めることも致し方なかろうということです。

カンに障るキーワードがあったのかもしれませんが、その一説だけに食いついて曲解されても困りますね。

あのー、ここは2ちゃんじゃないことを認識されてますよね。

>>しかし、凶悪犯罪者のほとんどが何らかの精神疾患・人格障害を
>>抱えている。(ホントのところどうなのか知らないのですが・・・)

ときて、

>>私は専門家ではないので以下の意見に確固たる自信は無いのですが、
>>精神疾患・人格障害は明らかに病気で、個性や思想なんて幅を
>>はるかに超えた異常な精神・人格を形成していると聞きます。

ときますか。

これは酷い。まず貴方から「管理」されるべきですね。モトケンさん、この一連の投稿のIPを調べた方がいいのではありませんか。

じゃあちょっと聞きましょう。

日本の年間自殺者は1990年代の終わりに突然1万人増えました。約2.5万から3.5万人にです。これが「気違いが増えたから」だとおっしゃる勇気がありますか。変な薬物を含んだ彗星が日本にだけ降り注ぎでもしたんですかねえ。

>No.103 ど素人さん

 削除しようかどうしようか、ちょっと迷ってます。

>しかし、凶悪犯罪者のほとんどが何らかの精神疾患・人格障害を抱えている。
(ホントのところどうなのか知らないのですが・・・)

 ホントのところどうなのか知らないのであれば書くべき内容ではありません。

>さっさと治療

 できれば誰も苦労しません。

 あなたは、精神障害者がどれだけ偏見の目で見られているか考えたことがありますか。
 
 悪意はないとお見受けしますが、悪意がなければ許されるとは限りません。
 自分の発言が偏見を助長するものでないかどうかをもっとお考えください。

>No.106 モトケンさん

精神障害者が偏見の目で見られているからと言ってタブー化してしまって良いのでしょうか?そちらの方がむしろ差別的だと私は思います。私は、精神障害者が誰にでも起こりうると思うからこそこういう旨の発言をしたまでです。

しかしここは別に公共の場ではないので、お気に召さないのならどうぞ削除してください。

No.101 猫又大魔王さん

「100%管理すれば100%安全は確保される」

ロジックとして間違ってますか?
しかしそれでみんなが幸せになるなんて誰も言ってないですよ。

管理と自由や権利のバランスが大事なのでしょう。

世の中が荒れてきたのなら、管理の力を強めることも致し方なかろうということです。

カンに障るキーワードがあったのかもしれませんが、その一説だけに食いついて曲解されても困りますね。

>>「100%管理すれば100%安全は確保される」

素朴に解釈すれば単なる同語反復です。ロジックにすらなっていない。

まあ、ワタクシ猫又めは(ハンドルが示すように)モトケンブログの招き猫程度には「心の理論」を備えているつもりですから、言わんとしているシニフィエは判るつもりです。

で、皆さんが言っているのは、その100%安全な社会は、決して幸福な社会でも、人間が生きられる社会でもないという事実です(これは20世紀に実証されたと言っていいでしょう。ですから「事実」だと書きますよ)。キーワードはいくつも出てきていますから。ここから先は自分で考えてくださいな。

しかし、「××を規制しろ」「○○を管理しろ」「△△逝ってよし」と安易に言えちゃう人って、自分がその××・○○・△△に該当する(ようになる)かも知れないということを考えてみることすらないのかなあ。

>No.105 猫又大魔王さん

自殺者の多くは鬱状態にあるとされてます。

No.71あたりからざっくり削除してもいいんじゃないですかね。
読んでて不愉快。
ログとして残す価値もないし、個人を集団で攻撃しているみたいな構図も嫌だし。

 そういえばずっと前、ある本で読みました。どんな本であったかは記憶にありません。
 大虐殺が行われたアウシュビッツ収容所では、精神病者の数というか比率が少なかったそうです。人は本当に追い詰められると、気が狂う余裕もなくなるようなことが書いてあったと思います。
 また、同じナチス政権下では、精神病者は治療などせず、すぐに殺していたそうです。無駄、無価値という方針だったそうです。
 これは刑法の専門書に書いてあった気がします。なんかドイツ人の刑法学者の名前もたくさん出ていました。
 ナチスに大きな影響を与えたと言われるのがニーチェであり、たしか死後、ずっと後に戦争犯罪人として裁判にかけられていたかもしれません。
 ニーチェの妹が故人の思想哲学をねじ曲げ、それをナチスが利用したのが、現在はほぼ定説になっているみたいですが、詳しいことはしりません。
 いずれにせよ、人類史において、ナチス時代の反動というのは、色濃く反映されているようです。
 ナチス時代の刑法は、予防刑法とか主観主義刑罰論とも密接な関わりがあるはずです。

精神疾患に対して偏見を持つ人は確かにいるが、それはいけないと思っている人たちもちゃんといるんだ、というメッセージ程度にはなるかもしれません>残した場合

 作戦名は「夜と霧作戦」。ナチスドイツが精神障害者と身体障害者を問答無用と虐殺した「作戦」。今でもぞっとします。障害を持つ方は福祉の手厚い保護を受ける権利があり、けっして偏見の差別にあってはならないのが、現代福祉社会の当然の常識(のはず)です。障害を持つ身σ(^_^)だと痛感しますよ。

ニーチェはお美しいキリスト教世界に対し裸一貫褌一枚で孤軍奮闘した馬鹿(と書いて勇者と読む)というのが私なんかのロマンチックな印象なんです。あれを世の中の実権を握っている強者が利用するとまあ、あんなことになってしまうわけでしてねえ。

スレ違いでアレですが、小倉さんとモトケンブログ常連さんとの認識の違いの一つにこれもあるのかな。小倉さんは医療関係者はなんだかんだといっても強者なんだ、患者は弱者なんだと思っておられるのでしょうし、モトケンブログの医療関係者には、自分や自分の仲間が強者とは思えない。

#弱者の間で分割統治されているだけにも見えますけど…

沢山書きすぎました。リアル猫と遊ぶ時間ですので失礼します。

>No.107 ど素人さん
せっかくですのでご指摘いたしますが、立論が入り口から間違ってるんです。

しかし、凶悪犯罪者のほとんどが何らかの精神疾患・人格障害を抱えている。

これのことですけどね。
入り口で間違った(ありていに言うと、偏見丸出しの誤情報をベースにした)まま、タブーだなんだというのは、まったく見当違いなんです。

ネット上に、駆け出し時代の日記も含め、膨大な量の記事を残している風野春樹さんと言う(SF者の)精神科ドクターがいます。私家版・精神医学用語辞典なんてのも読みやすいですが、基礎的な知識とか感覚を仕入れるには好適の資料です。一度、時間を作ってお読みになることをお勧めします。

事件以来メディアでは、犯人の携帯サイトへの書き込みや、卒業アルバムなど、本人が触れられたくないような過去がほじくり返されています。少し行き過ぎではないかという思いもあるのですが、恥ずかしい過去を全て晒されて、こんなみっともない目に遭うと考えると、抑止効果にもなるのかな、とも思ったりします。

英雄や殉教者になりたがっている人を思いとどまらせるには、破廉恥な罪を着せて道化として晒し者にするのが効果的だ、というのは何の本で読んだのだったかな。

>しかし、凶悪犯罪者のほとんどが何らかの精神疾患・人格障害を抱えている。

十数年くらい前のことですが、確か幼児殺害の宮崎被告が精神鑑定をされた時(確か鑑定医はうちの大学教授)、同級生の精神科医(当時医師数年目)から聞いたのですが、凶悪犯罪者のいくらかは境界性人格障害を持っていること、しかし、鑑定で責任能力がなかったとなれば、無罪になる。それでは社会が納得しないから、「良識」のある精神科医は人格障害はあるが責任能力もあったという鑑定を出すということを聞きました。当時は意識もせずに聞き流していたのですが、最近の医療過誤訴訟における鑑定医の問題や死刑制度などの議論の中でふと思い出しました。小生らの内科医も猟銃使用許可のための診断書などを書くこともあるのですが、(精神科医などによると)その時点の診断で良いと言われています。実際には診断時と犯罪時の判断力や責任能力は違うからです。むしろ医学では犯罪時の精神状態まで鑑定することには限界があるからでしょう。
訴訟(司法)と鑑定医との間の暗黙の「あうん」の呼吸があるようにも思えるのです。
ここまで書くと、要するに人が人を「診断する」あるいは「裁く」には限界があるという結論になってしまうのですが、少なくとも社会と司法と医学の中でバランスをとって解決しなければならない問題だと思うのです。(それは医療過誤訴訟も同じだと思います。)

ど素人さんは若い方で、素直でよい方のように見受けます。
他のみなさんの発言は、そんな若人にやや厳しすぎる気が。

私も若い頃はど素人さんのように考えたこともあったかもしれません。
でも、齢を重ねるにつれ、世の中、人の心の難しさというものを知り、

>事前に犯人のような人物を察知して「治療あるいは管理」をする

というような試みは決してうまくいかないと思うに至りました。
ど素人さん、今後もいろいろ自分の頭で考え続けてください。
齢を重ねるとこういう考えに至る人が多いことも心の片隅に置いて。

>No.119 現役行政官さん

ど素人は若輩者でかつ理系脳であるため、どうしても合理的に、システマティックに考えがちです。そういう考え方は、端的に述べてしまうと弱者や少数派切り捨ての様に写ってしまうようで、こちらにいらっしゃる弁護士さんをはじめ人権とか権利とかに敏感な方々から集中砲火を浴びております・・・

>No.116 惰眠さん

統計って母集団を変えれば大きくも小さくも見積もれるので、イデオロギーに支配されがちなので気をつけましょう。

殺人や放火等の凶悪犯罪に限定すれば、精神疾患・人格障害の割合は高くなっていることは事実です。さらに精神疾患者でも病院で治療が為されている者の犯罪率が極めて低い事を考慮すると、精神疾患・人格障害で治療されていない者の犯罪率ってかなり高くなります(あくまで犯罪者の中に精神疾患・人格障害者の占める割合です)。

そう考えると、ここからは予想ですが、今回のような無差別殺人なんて凶行に走る者はかなりの確立でなんらかの精神疾患、人格障害を持っていることは想像に難くないのではないでしょうか。

差別ももちろん大きな問題です。しかし、だからといって精神疾患・人格障害と凶悪犯罪の結びつきについて記したり、論じたりすることまで禁じるのは駄目っしょ。

>No.118 uchitamaさん

精神疾患や人格障害は内科で言ってみれば糖尿病等の一生付き合っていく病気の類だと認識してます。根治することは難しいが、多くは薬の投与やカウンセリングでコントロール出来るものだと聞きました。それならば、事が起こる前にどうにか出来るものではないかと常々思うわけですね。

>No.120 ど素人さん

 犯罪と精神疾患または人格障害との関係をタブー視しているのではありません。
 個別ケースにおいては常に問題になり得ます。
 問題になり得ると言っているだけですけどね。

 私が問題にしているのは偏見です。
 ヤフー辞書で「偏見」の意味を引いてみました。

かたよった見方・考え方。ある集団や個人に対して、客観的な根拠なしにいだかれる非好意的な先入観や判断。

 あなたは、どれだけの客観的な根拠をもって語っていますか?

 ベテランのような刑務官の言葉を思い出します。
 「人間なんて、紙一重や」

鬱状態から他傷に到るような事象ばかりに意識が向けば、ど素人さんの意見に近いものは出て来ますね。

そころが管理社会へ繋がるとなれば、管理の技術的困難さも有る上、更に差別・抑圧と言う大きな問題を招く。
ど素人さん自身それを意識してか、管理を積極支持しては居ないような雰囲気もあり。

しかし発言が「管理社会」へ行く方向を持つもので、反対意見が多いのはそれを危惧する人が多い訳です。

発言の意識は僅かでも、それが重大な問題に繋がる危険を感じている、このあたりは人生経験かなあ。

>No.120 ど素人さん

どうしても合理的に、システマティックに考えがちです。

今までの発言はシステマティックではありませんよ。
(私も理系でかつシステムエンジニアです)
必ず出てくる要素(問題)を考慮にいれないのは「論」として成り立ちません。
→世の中の事象は対立軸だけでは語れません。多次元を構成してます。

また「公理」「証明された事象・客観的根拠」ではなく、自己の推論を元に積み上げ結果を出すことはありません。

現役行政官さんが、かなり重要なアドバイス(というか温かいお言葉)をいただいているので、もうちょっと考えてみませんか?

きちんとした統計を確認したわけではないのですが、統合失調症などでも、それ以外の群と比較して、犯罪の発生率は低いということをたびたび聞いたことがあります。
アスペルガーなどでも同様です。
精神障害等があるからといって、犯罪者予備軍のように言うのはこれらで苦しんでいる人たちに失礼でしょう。

確かに、マスコミのトピックになるような凄惨・凶悪で異常な犯罪の場合には、しばしば、精神障害等が関与していることが多い印象はありますが、これらはむしろ例外的であり、犯罪一般に拡張して良いものとも思われません。

犯罪性向があるとはっきり言われているのは反社会性人格障害だけのように私は記憶しているのですが。

しかし、これは、思いっきり、社会規範的な価値観が入った症例群です。そして何度も繰り返して犯罪を犯す傾向がありますので、再犯の問題とパラレルに考えていけばいいような気もします。

うつ病など、誰にでもなる可能性はあるのです。みんな「管理対象」としたらいいのでしょうか。

>No.121 モトケンさん

>あなたは、どれだけの客観的な根拠をもって語っていますか?
別のとこで話題になっている一次資料とやらは持ち合わせておりませんが・・・

ごく親しい人物に精神科関係者がいて色々話は聞く。身内に患った者が居るので色々調べたことがある。くらいですかね。

ちなみに精神疾患者に対して非好意的ではないですよ。

犯罪のリスク因子としてはっきりしているのは貧困です。

貧困者は、犯罪予備群として、監視の対象にすべき、ということでしょうかね。

それよりも、極度の貧困者を生み出さないような社会を目指すべきであり、現代の資本主義社会は、競争原理は残しつつも、その目標に向けて努力していると思うのですが。

>No.120 ど素人さん
イデオロギーも何も、犯罪白書でも精神医学界の調査資料でもいいんですけど、調べてみりゃ分りますが、精神障害者の犯罪率ってむしろ健常者より低いんですよ。
そういう、入り口の部分で、実態と異なる空想(あるいは貴方の願望)を前提にして「凶悪犯罪者には――」みたいなことを書き込まれても、お話になりません。

>No.126 ど素人さん

 あなたが偏見を持っているかどうかではなくて、あなたのカキコによってあなた以外の人の偏見が助長されないだろうかという問題意識をもう少し持ってもらいたいということです。

>精神疾患や人格障害は内科で言ってみれば糖尿病等の一生付き合っていく病気の類だと認識してます。根治することは難しいが、多くは薬の投与やカウンセリングでコントロール出来るものだと聞きました。それならば、事が起こる前にどうにか出来るものではないかと常々思うわけですね。

逆に精神科に通院中の患者さんが殺人(確か通り魔だったか)を犯したという事件もあったかと思います。それが健常人と比較して有意に多いかは分かりませんが。しかし、予知することも出来ないわけです。同様に、多くの精神科医が、診断書作成(猟銃使用許可などの診断書作成)などで頭を悩ませているのです。

精神鑑定がこれまで効力を発揮してきたのは、後出しじゃんけんであること、被告側が医療に関して素人であること、相手が凶悪な殺人犯なら社会が極刑を望んでいること、それらを含めた上で精神科の鑑定医が空気を読めたことだと思います。
それとは対照的に福島県の大野病院の訴訟のように鑑定医の教授が専門外(専門は婦人科腫瘍)、被告側が医療者で専門性もある、社会自体も裁判そのものを疑問視しているという状況で、鑑定医の教授が場の空気を読めなかったということが問題だと思います。
トピックから少しずれていますが医学、診断学の曖昧さとそれを根拠にした裁判の問題点などがあるかと思いました。

>No.128 惰眠さん
それは色んな犯罪を含んだ場合の話ですよね。殺人や放火に限定すれば増えるはずです。今回の様な無差別殺人に限定した場合はどうでしょうか?私は資料を持ち合わせて無いので、もしご存じなら是非お教え下さい。あと、No.118 uchitamaさんがおっしゃったてる世間に遠慮した鑑定結果ってのがどの程度こういった統計に影響しているか気になるところですね。

私が精神疾患、人格障害と書いたため全部を意味しているように捉えられたかも知れませんが、スチュワーデスさんもご指摘の通り精神疾患、人格障害の中にも犯罪に繋がりそうなもの、繋がりやすいものがあるので、私の意味するところはそのなかでも犯罪に繋がりやすいものということです。ここは言葉足らずでした。スイマセン。重度の鬱なんてどう考えても犯罪起こす様には感じられないですからね。もうこの点についても病名と犯罪まで細分化された資料でもあればはっきりするのでしょうけど。

>No.127 すちゅわーですさん
貧困で増える犯罪はまた違った類の犯罪ではないでしょうか?

 犯罪白書の執筆に関わり、医療観察法の基礎データの収集や分析にも関与した検事研究官に聞きましたが、精神疾患を有する人の犯罪率は、健常者の半分以下だそうです。精神疾患で犯罪を敢行して神心喪失となった方のほとんどが、自己判断断薬がほとんどで、統計上の有位差も相関関係も科学的に認められたそうです。
 そこで医療観察法では裁判による強制的治療という制度が設けられるようになったそうです(伝聞ですが)。

>>No.131 ど素人さん

>それは色んな犯罪を含んだ場合の話ですよね。殺人や放火に限定すれば増えるはずです。今回の様な無差別殺人に限定した場合はどうでしょうか?私は資料を持ち合わせて無いので、もしご存じなら是非お教え下さい。

横レスしますが、このようなあなたの姿勢が問題です。
精神障害等でどれだけ多くの人が辛い思いをしているか。そのような方々を犯罪者の予備軍呼ばわり、レッテル貼りをして、さらにどれだけ苦しめるのか、あなたには想像できないのですか?
そうだとしたら、あなたのような人を監視すべきだと心から思いますよ。

レッテル貼りをするようなことを言うのなら、それを言う人が、きちんと科学的根拠を示しながら言うべきです。立証責任はあなたにありますよ。そんなことをしておきながら、「教えてちょ」というのは如何なものでしょう。

日刊ゲンダイによると、過去刺殺を起こした青年らは中学時代の卒業文集にはその兆候が現れているらしい。成人になってからの‘貧困’より個人の‘個性’に要因があるのかもしれないとの結論。ポイントは‘違和感’で、こんなこと書くかあ・・と思われることを平気で記載しているとのこと。所詮夕刊紙で信憑性は低いですが、個人(性格)に要因があるのも事実ではないでしょうか。

みなさん、釣られすぎです(^^;)
たかじん委員会の某スレッドみたいになってますよ。

これ以上、何の罪も犯していない人間を精神に障害があるという一点を以て社会から隔離せよ、などといい放つお方のお相手をする必要はないのではないでしょうか?

>ど素人さんへ、
このスレッドの書き込みを持って、精神科医に鑑定してもらってみてはどうですか?
ご希望どおり、2、3日入院させてもらえるかもしれません。

>No.133 すちゅわーですさん

あなたの価値観からすれば私の発言ごときでレッテル貼りなのでしょう。
あなたの価値観からすれば私は差別者のレッテルを貼られるのでしょう。

モトケンさんの価値観でそう判断されたら即消されますのでご心配なく。

あの、別に私は精神障害者を差別したいわけではないので誤解無いように。あくまで今回のような無差別殺人のような犯罪を減らすにはどうしたらいだろうと考えてるだけですよ。統計的なデータで世に出てるものはざくっとしたもので、それを元に皆さんは「関係ない」って言い切ってますけど、もっと細かく精査して、やっぱり何らかの傾向があるとなれば手だって打てるじゃないですかね。

そう言う考え方は駄目ですかね?

差別とかナイーブな問題を内包することはよく分かりますが、上手いシステムを構築できれば大事な人を突然意味も無く惨殺される悲惨な事件が防げるかも知れないんですよ?

>>No.134 日章旗さん

>個人(性格)に要因があるのも事実ではないでしょうか。

それはもちろん、個人の性格が犯罪と関連性があることを否定する人はほとんどいないでしょう。

問題は、「精神疾患等」で括ってしまうことです。そのようなカテゴライズには科学的根拠がないばかりか、いたずらに人の心を傷つけることになってしまうことです。

みなさん、釣られすぎです(^^;)
たかじん委員会の某スレッドみたいになってますよ。

これ以上、何の罪も犯していない人間を精神に障害があるという一点を以て社会から隔離せよ、などといい放つお方のお相手をする必要はないのではないでしょうか?

>ど素人さんへ、
このスレッドの書き込みを持って、精神科医に鑑定してもらってみてはどうですか?
ご希望どおり、2、3日入院させてもらえるかもしれません。

ど素人さん

そう言う考え方は駄目ですかね?

根拠無しに「関係有る」と言ってますから×です。

>>No.136 ど素人さん

>あの、別に私は精神障害者を差別したいわけではないので誤解無いように。あくまで今回のような無差別殺人のような犯罪を減らすにはどうしたらいだろうと考えてるだけですよ。

それはわかっています。しかし、その無神経さ、無邪気さが、マッドサイエンティストのような感じで看過できません。それが人を傷つけるのです。あなたはそういうことにもっと配慮しなければいけません。

>No.118 uchitamaさんがおっしゃったてる世間に遠慮した鑑定結果ってのがどの程度こういった統計に影響しているか気になるところですね。

言い訳するようですが、ひとりの友人の精神科医から聞いた話なので、一般化することは困難であると思います。しかしながら、近年の医療過誤訴訟におけるトンデモ鑑定医(分娩時の事故であるのに専門外の婦人科腫瘍の先生が鑑定するような例)を見るにつけ、精神鑑定そのものも疑うべきだと思うのです。また、現在あるいは過去の精神状態と犯行時の精神状態が違うのは間違いない(予測も困難)と思います。

>事前に犯人のような人物を察知して「治療あるいは管理」をする

最近、下町で開業して感じた悲しいことは、向精神薬、睡眠薬を服用している若者が多いことです。彼らが犯罪抑止のために投薬されているわけではありませんが、この状態を続けると若くして廃人になってしまうのではないかと危惧してしまいます。精神科に限らず治療は両刃の剣です。健常な人を廃人にするリスクもついてきます。起こるか起こらないか分からないたった1回の衝動を抑えるために。

>No.138 noahさん

人を釣りと罵る釣りですか?

恐ろしい国語力すね・・・

弱者に優しいフリしてあなたこそ立派な差別者ですよ。

>No.96 カツビンさん
>1.劣等感:人格形成段階
というのは否定できません。理解できます。
しかし、人格形成段階とは限らず、日常的に劣等感を感じるような環境にあったかもしれなく、僕はそちらも疑うのです。

>普通の人さん世代の価値観は実際どうなのでしょうか。教えていただけませんか。
おっしゃる危機感に関してはなるほどと思います。僕の危機感も近く同意できます。少しほっとしました。

僕の世代の価値観に関してを書くには結構無理があるので、僕の感じるあくまで主観で実感を書きます。あまり参考にはならないかもしれません。年代により価値観がかなり相違しているとは思います。カツビン様の世代はまさにこの世代の上司の世代だろうと思いますが、いわゆるバブル世代とは特に乖離した価値観をもっているのではないかと思います。特に、バブル世代の失敗から被害を受けたと思っている者も多く、バブル世代を反面教師に捉えているのも感じるときがあります。バブル期頃から今も不況が続き、実被害として親がリストラや廃業でなんらかの影響があった者も多いと感じます。「勝ち組、負け組」の価値観は実際否定している者が多く、たぶんこの価値観はバブル世代と加害者や僕の世代との間の世代の頃に流行った感じですがその間の世代はバブルの余韻でまだ結構楽しんでいたように思います。この世代では誰しも負け組の要素はあることを理解し現実の些細なことを大切にする者の方が多いように思います。普通ですが他の世代より若くして達観しているところがある。上の世代では若い頃否定していた者が多いように思う家族愛を若い頃から結構大切にしている者が多いと思います。不憫なのか良いことなのか。これらは単純に経済の悪化で切実になっているのが要因な気がします。例え完全に勝ち組のような者でも実際はどの企業もコスト削減を断行している最中なので仕事量は多くなってるし、人員削減から分割されていた責任も集中し増しています。先輩全然PC触れないしねとか。また、経済が疲弊しているのと、伸びているのはITに関しての部分が多く、実際遊びにいくところは減ってるよという感じかもです。だから秋葉原なのは納得がいくところではあります。情報は多様化しているのですが。特に地方は尚更厳しい。飲酒運転の厳罰化で地方じゃ酒を呑みかわすことも減り(仕方ないことですが)煙草もダメな風潮で、確かに正しいことが進んでいるのかもしれませんが少しガス抜きをさせてやるようなことも考えないといけないのではないかと思うところがあります。

また、雇用の状況は他の世代が思っているよりかなり酷いという実感です。特に地方は。女性は男性より酷い。かなり派遣と契約が多く、また派遣や契約だけで働くのではなく正社員と同じ場所で同じ仕事をし給料は差があるということがほとんどではないかと思います。この状況ならカツビン様は耐えれますか?月13万程で。もっとも、この世代に限ったことではありませんが。ちなみに良く聞くのは派遣から契約の昇格は実際企業からしてみれば出費が低くなって出来のいい子を確保できるのでするんだけどそこから正社員はほぼない道のりというのを良く聞きます。こう思ってる時点で企業も契約企業も特に信用していないというのも悲しい現実です。信用もできない仕事なんで終わったらさっさと帰って好きなことをしようという感じだと思いますがそこで孤独に陥るかどうかは人によるとは思います。ただ、会社の先輩と親密に遊ぶとかは多いとは言えないでしょうね。雇用形態がそうなってないので。あんまり良い青春とは言えない。「勝ち組、負け組」の価値観とは必ずしも一致するとは言えませんが現実として雇用形態の差は金銭面や保障面の他にもあるということです。

上記から加害者は人格形成段階とは限らず、日常的に劣等感を感じるような環境にあったのではないか?と想像する部分ではあります。
それとやはり地方は気になるところでもあります。

結構悲観的に陥る者も多いぞ。これは。大半が自殺を選択するだろうが、社会に対しての犯行が増えるのであればテロではなく暴動に近く、放置・圧迫・規制することでは解決にならない気がするので危ないぞ。と直感的に思った事件です。

あまり参考になりそうにはないです。散文になってしまい申し訳ありません。

>No.143 普通の人さん

まず、評論家でもない方に、その世代の価値観なんて難題を押し付けてしまったことをお詫びします。でも普通の人さん及び周囲の状況が伝わってきて参考になりました。ありがとうございます。
今時間が無いので具体的な返事は後日になりますが、数点追加の質問をさせてください。

>かなり派遣と契約が多く、また派遣や契約だけで働くのではなく正社員と同じ場所で同じ仕事をし

この記述の意味をもう少し噛み砕いていただけないでしょうか。

>雇用形態がそうなってないので。あんまり良い青春とは言えない。

雇用形態(正社員、派遣)の相違がカベになっているという意味でしょうか?

後、劣等感を感じるのは主に「同世代」ですか「別の世代」に対してですか?

※かなりスレ違いなので、次回からは場外乱闘でやったほうがいいかもしれません。

ここまでの対話の流れをぶちきることになって恐縮ですが、社会学者の宮台真司が「地震報道で飛んだ」幻の新聞寄稿をアップしてました。
私の考え方も宮台説と基本的に同じです。

No.145 惰眠様
ご紹介、ありがとうございます。

>成績よりも友達がいないことを心配しない大人たちのダメさに問題を感じる。ネットの影響だのPCゲームの影響だのという議論は笑止だ。

特に上記のところは肯けます。まさしく「友達」は金銭では得る事のできない財産です。
私もどれだけ支えになっていたか、今では疎遠となっている友達でも、一生の支えに繋がってきていることは間違いないです。

マスコミは未だ「身勝手な犯行」としつこく繰り返しています。犯行を個人の問題に矮小化したがっているのでしょうね。ですが、犯罪に身勝手でないものなどありうるのでしょうか。
飢えて死にそうな人がパンを盗んでも、盗まれた人からすれば「身勝手で」、犯罪を犯すくらいなら飢えて死ね、と言う事だって出来るのですから。

私がこの秋葉原通り魔事件を見て思うのは、結局日本において剣はペンより強かったという単純な事実が証明されたという悲しみでした。
雨宮処凛女史が「生きさせろ」と訴え赤木智弘氏が「希望は戦争、でも弱者をそこまで追い込ませないで欲しい」と主張しても何も変わらなかったのが、加藤容疑者の刃でコロッと変わってしまった。あの事件以降、派遣社員への正社員の態度が明らかに変わったという証言が多くあります。
「俺たちを部品扱いしてたら刺しちゃうぞ」という威嚇がどれほど効果的だったか、逆に言論の力がいかに弱かったか。
加藤容疑者の行為は無差別殺人ですが、例えば恨みを持つ会社のビルに自動車を突入させてしまえば出入り口を2,3人の警備員で固めようと何の意味もありませんし、ダガーは危険だから規制せよと言ったところで彼はたまたまダガーを使っただけで、出刃や牛刀でも大して違いません。

犯罪を最後に止める楔はコミュニティです。自分を必要としてくれる人がいる、自分を気にかけてくれる人がいる、こういった思いが犯罪への行動を止めてくれる。
ですが、企業が労働者として若者を吸い上げた結果、若者は地域コミュニティを失い、派遣労働は職場コミュニティを解体し、葬式仏教は宗教コミュニティを無実化させた結果、人に残されたのは家族コミュニティと恋愛コミュニティのみとなりました。
加藤容疑者は家族と上手く行っておらず家族コミュニティも失っていましたから、恋愛を手に入れられなかった彼にとって、もはや「失うものは何も無い」。
多くの人は絶望下において自殺を選びますが、彼は別の選択をしただけに過ぎないのです。彼は他の人よりちょっと自制心の堰が低かっただけ。
彼を必要としてくれる人がいれば事件は防げたはずです。

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