医師養成数、増加へ転換 医療危機受け厚労省方針(asahi.com 2008年6月18日22時16分)
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減少は、養成数抑制の方針を打ち出した82年の閣議決定のため。97年の閣議決定でも維持された。
閣議決定ですから、厚労省のみならず全ての省庁、政府全体が見通しを誤ったと言うことになりますが、問題はこの方針転換が一省庁である厚労省の主張だと言うことです。
閣議決定を覆すことが果たして可能なのでしょうか。個人的には、閣議決定を覆すためには、世論や国民の支持を得る必要があると思います。医師増員、及びそれに伴う予算増が、国民の支持を得るのであれば増員は可能でしょうが、得ないのであれば増員は不可能になると思います。
福田首相の了解は得られたという事ですね。失礼しました。
社会保障費抑制方針との関係については、「改革や効率化の努力はしていくが、それでも足りなければ新たな財源を用意しなければいけない」と述べた。
改革や効率化でなんとかなれば良いのでしょうが、新しい財源を用意する必要があるのでしょうね。
詳しくは「安心と希望の医療確保ビジョン」を。
参考までに。
道路財源を医師不足対策に…骨太の方針、歳出削減路線は堅持(読売 2008年6月18日(水)01:41)
「道路特定財源は医療・福祉に回す」と言っておけば反対もトーンダウンが期待できる。というような計算もあるような気がします。
No.3でリンクはり損ねて失礼しました。 下記で、ビジョン策定にいたるまでの議論の議事録がります。
ttp://www.mhlw.go.jp/shingi/other.html#isei
特に非医療職の人は一読の価値はあるかと思います。
道路特定財源に関しては、慶応大学の権丈先生の仰ることが、非医療従事者の私でも納得できる見解のように想います。
弊誌では5年で1兆円という額があれば、叫ばれている医療費や社会保障費に 優先して有効な使い道ができるのではと考え、「1兆円あれば〜できる」という 簡単な見立てを先生にしていただければと思っております。 返事は出さなかったけど、答えは瞬間的にできていた。 そのお金は教育や環境に回しておけばよし。 医療は5年で1兆円ではどうにもならない。 医療は社会保険料と租税の引き上げで毎年7兆円ほどの財源を確保する。 国民に社会保険料・租税の負担増を訴える正当な理由が医療には十分にある。
いやあ、医学部の定員を増やすのなんか、いくらもお金はかかりませんし、ほとぼりが冷めた頃に医師国家試験で一割合格率を下げれば問題なしです。財源上は。ええ。 合格点をいじるのに閣議決定など要りませんしね。
医師不足は専攻の問題や経営的な問題が大きく関係している訳で、定員をいくら増やそうと、その勤務体制や財政面の問題がカバー出来ない限りは都市で開業する内科・眼科医が増えるだけで患者のパイを取り合うだけで更にジリ貧になりそうな気がします。
やるなら自治医大の縛りを強化・僻地勤務医師への財政支援・小児科や産科の医療事故に伴う特別な保険制度等に重点を置いた方が現実に沿った改革になりそうな気が私はしますけどね。
>>No.8 迷い猫さん たぶん人権問題にはなるでしょうね(笑)。
ところでとぴずれですが、「期待権」という権利に当然伴う義務とはなんなんでしょうか。法理上は基本的人権にすら義務がともないますけど。て、いち雀の法律論ですが(笑)
朝日の紙面(オンライン版では見つかりませんでした)では、本記記事の脇に記名の解説記事があって、梗概「だから言わんこっちゃない、ずーっと現場からは指摘があっただろ」という内容だったのに、ちょっと複雑な気分になりました。
一般紙が、年がら年中同一テーマを報じ続けるってことはありえないんですが、それにしても「だから言っただろ」というような趣旨の記事を掲載できるほど(記名記事を著した記者個人の問題意識は別にして)社として一貫した報道を折々にして来たのかいなとの疑問が、どーしても湧いて来てしまうのであります。
まあ尤も、解説記事が言うように何から何まで後手に回ったのが事実としても、政府が方針転換したのは結構なことと思います。
で、何人増やすんですかね? 50人、100人でお茶を濁すのではないでしょうか?
エントリのタイトルに少々がっかりしております。 「見通しを誤ったということですね」というのは、やはり過去を振り返ってみる法律家の習性(マイナス思考)なのでしょうか。「ようやく改善の兆し」とか「スタートラインに立ったようです」というプラス思考のタイトルのほうが私には受け入れられやすい気がしました。何にしてもこれから良い方向に進む一歩となれば国民としては安堵いたします。
しかしまあ、これからですよね。
医学部定員増とは言っても、5%や10%程度では焼け石に水。 テキトーな制度設計で2、3年での即席医者大量生産にも問題があるかと思います。 そもそも医療費自体は増額になるのか?という根本問題も曖昧。
医学部に入ってから実戦力にカウントできる医者になる迄の年数を考えると、あまりじっくり考える余裕はなさそうですが、他方「やることはやりましたよ」とアリバイ的に利用されてしまっては、元も子もなし。世の中の多くの人は、いまだに「医者は貰いすぎ、人数倍にして給料半額にしろ」と、平気で主張していますからね・・・
私は必ずしも当時の官僚なり政治家なりが見通しを誤ったとは言えない部分もあると思います。実際、見通しというのは難しいものです。ましてや今のように医療訴訟が一般化するとは到底思わなかったでしょう。医療費を抑制したいという意図はある意味では正論とも言えます。 一番の問題は、では、現時点でどのようにすれば医療の質を上げられるかということです。
医師を増やすこと自体、私は賛成です。ただ、結論が出るのは最低でも10年後から後です。 医師が増えれば過誤は減るでしょう。余裕が出てくるわけですから二重チェックを増やすことで患者取り違えや左右取り違え、投薬量の間違え、誤投薬は確実に減ります。ただ、それは医療システムを今よりもシステマティックに行うというのが条件だと思います。また、救急などの充実も図ることが可能になります。 但し、現時点ではどうしようもありません。システムを変えていく以外方法は無いでしょう。残念ながら短期的に医療が良くなることはあり得ないと考えます。 そして医療者側だけでなく、患者側の意識改革も必要です。合併症を過誤としてとらえ、医療事故=医療ミスという誤った考えを一般の方々が改める必要があります。これは急務といっても良いでしょう。
一方で合併症などは未知数です。医学の進歩によって減らすこともできる分野もあるかもしれません。しかし、医学の進歩は新たな合併症の発見、増加ということにもつながるからです。私の言う合併症とは、例えば血管を損傷したとか、太った人の挿管失敗とか言うのも含みます。つまり、いわゆる偶発症は合併症として捉えるべきです。通常の医療レベルに達していれば過誤として捉えるべきではないでしょう。これを過誤として捉えれば医師のなり手がいなくなります。すなわち、医療の不確実性に伴うものは偶発症という考えです。
ここまでまとめれば自ずと見えてきますが、医師を増やしたからと言って必ずしも明らかな過誤を除いて、これが減るとは確約できないことを意味します。 但し、ソフトウェア的な面(インフォームドコンセントや医師のQOL)は改善されるでしょう。医師のQOLの向上は患者のQOLの向上につながります。
問題は医療費です。医療費は確実に増大します。開業医はともかく、多くの勤務医は正直言ってそれほど年収が多いわけではありません。中には無給だったり授業料を払って臨床に携わっている医師だっています。損害賠償保険だって値上げする可能性も十分あります。現にアメリカでは年収の半分は保険で持って行かれたりします(アメリカの医師は日本と比較にならないほど高給ですが、それでも大部分は手元に残らないわけです)。つまり、これ以上勤務医の給与を下げることは厳しい状況です。システム作りにもお金がかかります。医療機器も医療の進歩とともに導入しなければなりません。今後も医療費増は避けられないでしょう。
1982年当時の「医療費削減」という目標自体は、もし達成可能であれば、達成するに越したことはないものだったと思います。 でも、「医療費削減」という目標は果たして実現可能であったか・医師数削減は適当かどうか、という点で、人口構成の変化や医療の複雑高度化等、それを阻む要素があまりにも多く出現するであろうことは、当時でも充分に予測可能であっただろう、と思います。 訴訟増加等、あるいは当時予測困難であったかもしれない要素もあるとは思いますが、それが医療費増大や医師の負担増に、先に挙げた要素と比較して、相対的にさほど影響しているとは思えません。細かい点はさておき、全体としては、医療費増大・医師の負担増は充分に予測可能であった、と考えます。 このように、いくら政府主導で「医療費削減」の旗印のもと、無駄を省いて効率化を促進すべく大運動を展開しても、それを上回る支出増大が予測され、また、医師の負担が増加するだろう予測が立った筈なのに、むしろ医師養成数を抑制する方向に誘導したことについて、現状の評価としては「見通しを誤った」あるいは「故意に見通しを誤った風を装った」としか言えないのではないか、と考えます。 世の中に両立の難しい問題は多々あると思いますが、医療費圧縮と医療サービスの確保を天秤にかけて、前者を優先するという決断をした時点で、そのことについてきちんと説明責任を果たさなかったことは、やはり非難に値するのではないかと考えます。
刑事弁護も見通しがずれているとは思いますね。愚の骨頂が、富山弁護士回の清明です。 誤変換ではありませんよ。
閣議決定ですから、厚労省のみならず全ての省庁、政府全体が見通しを誤ったと言うことになりますが、問題はこの方針転換が一省庁である厚労省の主張だと言うことです。
閣議決定を覆すことが果たして可能なのでしょうか。個人的には、閣議決定を覆すためには、世論や国民の支持を得る必要があると思います。医師増員、及びそれに伴う予算増が、国民の支持を得るのであれば増員は可能でしょうが、得ないのであれば増員は不可能になると思います。
福田首相の了解は得られたという事ですね。失礼しました。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/154028/改革や効率化でなんとかなれば良いのでしょうが、新しい財源を用意する必要があるのでしょうね。
詳しくは「安心と希望の医療確保ビジョン」を。
参考までに。
道路財源を医師不足対策に…骨太の方針、歳出削減路線は堅持(読売 2008年6月18日(水)01:41)
「道路特定財源は医療・福祉に回す」と言っておけば反対もトーンダウンが期待できる。というような計算もあるような気がします。
No.3でリンクはり損ねて失礼しました。
下記で、ビジョン策定にいたるまでの議論の議事録がります。
ttp://www.mhlw.go.jp/shingi/other.html#isei
特に非医療職の人は一読の価値はあるかと思います。
道路特定財源に関しては、慶応大学の権丈先生の仰ることが、非医療従事者の私でも納得できる見解のように想います。
http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare154.pdfいやあ、医学部の定員を増やすのなんか、いくらもお金はかかりませんし、ほとぼりが冷めた頃に医師国家試験で一割合格率を下げれば問題なしです。財源上は。ええ。
合格点をいじるのに閣議決定など要りませんしね。
医師不足は専攻の問題や経営的な問題が大きく関係している訳で、定員をいくら増やそうと、その勤務体制や財政面の問題がカバー出来ない限りは都市で開業する内科・眼科医が増えるだけで患者のパイを取り合うだけで更にジリ貧になりそうな気がします。
やるなら自治医大の縛りを強化・僻地勤務医師への財政支援・小児科や産科の医療事故に伴う特別な保険制度等に重点を置いた方が現実に沿った改革になりそうな気が私はしますけどね。
>>No.8 迷い猫さん
たぶん人権問題にはなるでしょうね(笑)。
ところでとぴずれですが、「期待権」という権利に当然伴う義務とはなんなんでしょうか。法理上は基本的人権にすら義務がともないますけど。て、いち雀の法律論ですが(笑)
朝日の紙面(オンライン版では見つかりませんでした)では、本記記事の脇に記名の解説記事があって、梗概「だから言わんこっちゃない、ずーっと現場からは指摘があっただろ」という内容だったのに、ちょっと複雑な気分になりました。
一般紙が、年がら年中同一テーマを報じ続けるってことはありえないんですが、それにしても「だから言っただろ」というような趣旨の記事を掲載できるほど(記名記事を著した記者個人の問題意識は別にして)社として一貫した報道を折々にして来たのかいなとの疑問が、どーしても湧いて来てしまうのであります。
まあ尤も、解説記事が言うように何から何まで後手に回ったのが事実としても、政府が方針転換したのは結構なことと思います。
で、何人増やすんですかね? 50人、100人でお茶を濁すのではないでしょうか?
エントリのタイトルに少々がっかりしております。
「見通しを誤ったということですね」というのは、やはり過去を振り返ってみる法律家の習性(マイナス思考)なのでしょうか。「ようやく改善の兆し」とか「スタートラインに立ったようです」というプラス思考のタイトルのほうが私には受け入れられやすい気がしました。何にしてもこれから良い方向に進む一歩となれば国民としては安堵いたします。
しかしまあ、これからですよね。
医学部定員増とは言っても、5%や10%程度では焼け石に水。
テキトーな制度設計で2、3年での即席医者大量生産にも問題があるかと思います。
そもそも医療費自体は増額になるのか?という根本問題も曖昧。
医学部に入ってから実戦力にカウントできる医者になる迄の年数を考えると、あまりじっくり考える余裕はなさそうですが、他方「やることはやりましたよ」とアリバイ的に利用されてしまっては、元も子もなし。世の中の多くの人は、いまだに「医者は貰いすぎ、人数倍にして給料半額にしろ」と、平気で主張していますからね・・・
私は必ずしも当時の官僚なり政治家なりが見通しを誤ったとは言えない部分もあると思います。実際、見通しというのは難しいものです。ましてや今のように医療訴訟が一般化するとは到底思わなかったでしょう。医療費を抑制したいという意図はある意味では正論とも言えます。
一番の問題は、では、現時点でどのようにすれば医療の質を上げられるかということです。
医師を増やすこと自体、私は賛成です。ただ、結論が出るのは最低でも10年後から後です。
医師が増えれば過誤は減るでしょう。余裕が出てくるわけですから二重チェックを増やすことで患者取り違えや左右取り違え、投薬量の間違え、誤投薬は確実に減ります。ただ、それは医療システムを今よりもシステマティックに行うというのが条件だと思います。また、救急などの充実も図ることが可能になります。
但し、現時点ではどうしようもありません。システムを変えていく以外方法は無いでしょう。残念ながら短期的に医療が良くなることはあり得ないと考えます。
そして医療者側だけでなく、患者側の意識改革も必要です。合併症を過誤としてとらえ、医療事故=医療ミスという誤った考えを一般の方々が改める必要があります。これは急務といっても良いでしょう。
一方で合併症などは未知数です。医学の進歩によって減らすこともできる分野もあるかもしれません。しかし、医学の進歩は新たな合併症の発見、増加ということにもつながるからです。私の言う合併症とは、例えば血管を損傷したとか、太った人の挿管失敗とか言うのも含みます。つまり、いわゆる偶発症は合併症として捉えるべきです。通常の医療レベルに達していれば過誤として捉えるべきではないでしょう。これを過誤として捉えれば医師のなり手がいなくなります。すなわち、医療の不確実性に伴うものは偶発症という考えです。
ここまでまとめれば自ずと見えてきますが、医師を増やしたからと言って必ずしも明らかな過誤を除いて、これが減るとは確約できないことを意味します。
但し、ソフトウェア的な面(インフォームドコンセントや医師のQOL)は改善されるでしょう。医師のQOLの向上は患者のQOLの向上につながります。
問題は医療費です。医療費は確実に増大します。開業医はともかく、多くの勤務医は正直言ってそれほど年収が多いわけではありません。中には無給だったり授業料を払って臨床に携わっている医師だっています。損害賠償保険だって値上げする可能性も十分あります。現にアメリカでは年収の半分は保険で持って行かれたりします(アメリカの医師は日本と比較にならないほど高給ですが、それでも大部分は手元に残らないわけです)。つまり、これ以上勤務医の給与を下げることは厳しい状況です。システム作りにもお金がかかります。医療機器も医療の進歩とともに導入しなければなりません。今後も医療費増は避けられないでしょう。
1982年当時の「医療費削減」という目標自体は、もし達成可能であれば、達成するに越したことはないものだったと思います。
でも、「医療費削減」という目標は果たして実現可能であったか・医師数削減は適当かどうか、という点で、人口構成の変化や医療の複雑高度化等、それを阻む要素があまりにも多く出現するであろうことは、当時でも充分に予測可能であっただろう、と思います。
訴訟増加等、あるいは当時予測困難であったかもしれない要素もあるとは思いますが、それが医療費増大や医師の負担増に、先に挙げた要素と比較して、相対的にさほど影響しているとは思えません。細かい点はさておき、全体としては、医療費増大・医師の負担増は充分に予測可能であった、と考えます。
このように、いくら政府主導で「医療費削減」の旗印のもと、無駄を省いて効率化を促進すべく大運動を展開しても、それを上回る支出増大が予測され、また、医師の負担が増加するだろう予測が立った筈なのに、むしろ医師養成数を抑制する方向に誘導したことについて、現状の評価としては「見通しを誤った」あるいは「故意に見通しを誤った風を装った」としか言えないのではないか、と考えます。
世の中に両立の難しい問題は多々あると思いますが、医療費圧縮と医療サービスの確保を天秤にかけて、前者を優先するという決断をした時点で、そのことについてきちんと説明責任を果たさなかったことは、やはり非難に値するのではないかと考えます。
刑事弁護も見通しがずれているとは思いますね。愚の骨頂が、富山弁護士回の清明です。
誤変換ではありませんよ。