エントリ

授業で何度も屋上使用、危険な天窓気づかず…小6転落死(2008年6月19日03時07分 読売新聞)

 学校施設に必要な設計上の基準などは、文科省の施設整備指針で、「細部に至るまで子供の多様な行動に対し、十分な安全性を確保するべき」と定められている。しかし、今回、事故のあった天窓については「夏の温度上昇、地震時での破損、落下などについて、留意して計画することが重要」としているが、上に乗るなどの行為の危険性については言及していなかった。

 東京都内の大手プラスチック素材メーカーによると、ドーム型天窓は、人が上に乗ることは想定されておらず、「子どもの体重でも支えられない。学校ならば屋上を立ち入り禁止にしたうえ、柵を設置すべき」と指摘する。メーカーによると、ドーム型天窓は、電気代の節約になるうえ、柔らかい光が室内の雰囲気づくりにも役立つことから、1980年代から校舎や体育館用として用いられるようになったという。それに伴って児童・生徒の転落事故も起き始め、直近の10年間で少なくとも6件にのぼっている。

 ところが、公立の小中学校の場合、施設で事故が発生しても学校の管理責任は市区町村教委にあるため、国に報告する義務はなく、文科省もこれらの情報を把握していなかった。都教委でも「事故が多発しているとの認識はなかった」(指導部)という。同省施設企画課は「天窓は子供が上にのることを想定していないが、子供が利用する場所にある場合は周りに柵を設けるべきだった」としている。

続報
 天窓転落死事故の再発防止…文科省、施設整備指針見直しへ(2008年6月20日11時25分 読売新聞)

 渡海文科相は「子供の行動は予測できず、現実に事故が起こった。より具体的にわかりやすく記述するよう早急に検討したい」と述べた。

 今までの無為無策の責任を回避しようとすればこう言うしかないのでしょうが、子供の行動は予測できたしすべきだったと思います。
 危険に対して鈍感すぎるように思われます。

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以前のプール事故といい 今回の転落死といいい 小さな子が亡くなるのは これから先の楽しい人生が 奪われてしまったわけで とて... 続きを読む

コメント(58)

東京都内の大手プラスチック素材メーカーによると、ドーム型天窓は、人が上に乗ることは想定されておらず、「子どもの体重でも支えられない。学校ならば屋上を立ち入り禁止にしたうえ、柵を設置すべき」と指摘する。
一般ユーザーはどんな使い方をするかわからないから、プロ用のものより注意が必要です。メーカーも想像力が欠如していたように思います。
ところが、公立の小中学校の場合、施設で事故が発生しても学校の管理責任は市区町村教委にあるため、国に報告する義務はなく、文科省もこれらの情報を把握していなかった。都教委でも「事故が多発しているとの認識はなかった」(指導部)という。

今回は死者も出た、と言うことで大きく報道されましたけど、メディアは事故が多発していることを報道しなかった、という痛みは感じているのでしょうか?想像力が欠如していたのは、メーカー・役所だけではなかったように思います。
消費者庁には、このような痛ましい事故も減らしていただくための積極的な役割を担っていただきたいと思います。

慶応義塾で高校生が同じ事故を起こしたことがある。KY「危険予知」ではなくて実例がある。戦争体験を語り継ぐよりも、修学旅行での客室間の窓を渡ろうとしたり、いろいろな転落事故があることを語り継ぐのが教師の役目でしょう。通り魔のモンスターは予防できなくても、事故は減らすことが出来る。

たら・ればの感覚ですが、当事者の方々にしてみれば、悔やんでも悔やみきれないような事故だなと、昨日から感じてました。
屋上という所は危険な所だという教えがあっても、子供というのは好奇心旺盛で、教師の方が引率していても目を離せばどんな行動を起こすかわからないものです。
ましてや、危険表示・柵等がなければ、うっかりどころか、おもしろ半分で故意に乗っかってしまったかもしれません。

>大手プラスチック素材メーカーによると、ドーム型天窓は、人が上に乗ることは想定されておらず、「子どもの体重でも支えられない。学校ならば屋上を立ち入り禁止にしたうえ、柵を設置すべき」と指摘する。

のような指摘があるのであれば、なぜ「危険表示・柵等の義務付け」が今までなされる事が無かったのかが不思議でなりません。
(例え、過去に事故があろうが、無かろうが)

続報きました
小6転落死、天窓すべてに足跡…児童ら以前から遊んでいた?

建設関係ですが、この天窓って丈夫なので静かにくらい乗る分には壊れません。
経年劣化・飛び跳ねた、のが原因しょうか。

学校側も、乗っても大丈夫と思ってたかも。
だって、危ないなら設計段階から柵があるはずと思いますもんね・・・

>小6転落死、天窓すべてに足跡…児童ら以前から遊んでいた?
じゃ、これは校長先生が業務上過失致死かな。
俺がテレビのニュースで見たのは、子供が遊べるような屋上ではなく、雑然とした感じの屋上で、最初から立ち入り禁止を前提として作られた屋上、って感じでした。

区教委によると、学校の建物は建築基準法に基づく点検が3年に1度義務づけられている。2006年の点検で同校の天窓もチェックされたが、ひびや傷などの異常は見つからなかったという。

この定期点検は目視だけだったようですが、

同署幹部によると、校舎の屋上には、ドーム形の覆いがある天窓が5か所に設置されており、現場検証の結果、中村君が転落した天窓以外の4か所から、児童のものとみられる複数の足跡が確認されたという。

ひびや傷などは無かったとしても、足跡には気付かなかったのだろうか。

いずれにせよ、関係者全てに「子供が乗ったらアクリルカバーが破損して落下事故が発生する可能性がある」という危険性がほとんど認識されていなかったのだと考えられます。

ゲソ痕、普通の目視で確認できるものだったんでしょうか。
亡くなった子供は可哀想だけれども、これで誰かの過失責任を問うのは、なんか釈然としません。屋上は原則、立ち入りできないこと前提で運営されてたようですし。

敢えて言えば、普段立ち入りをしない場所に入るにあたって、担任教諭が事前に児童への注意喚起をしなかったこと(しても聞かない子は聞かないけど)、もっと敢えて言えば児童全体に目配りしていなかった(教諭の体は一つしかないんだけど)ことが、業務上過失を構成することになるのかなあ。

>No.7 惰眠さん
目視検査では、ひびや割れがなければOK出ると思います。

で、責任がどこにあるかと考えると、
・設計者
・施工者
・メーカー
・学校関係者
・教育委員会
・自治体
・文科省(国)
・本人
のどこが何割か、とか・・・

どうなんでしょう。

モトケンさま

ここは煽り煽られOKのエントリーですか?
タイトルは釣り餌っぽいなとは思いましたが。
正直、こんな空気のエントリーばかりになるのは気が重いです。
最近もあったように、この手の相手に対しては場外に返事書いてチョンにしていただきたいところです。

>No.8 欄外さん

目視検査では、ひびや割れがなければOK出ると思います。

ですよねえ・・・上に乗って飛び跳ねることを想定したパーツじゃないんですから。
どうしても「責任」を誰かに負わせねばならないとするならば、担任と、屋上を授業で使用することを認めた学校長が標的になるのかなぁ。
まあ、結果からの逆算になりますが、管理責任は免れ得ないとは思うんですけどね。

足跡に気付かなかったのか?は、事件後だから言えることですね。事件の前の点検では、点検項目でもないのだから、特に足跡に注意して見ることもなかっただろうし、気付いたとしても特に問題意識を持たなかったのでしょう。(特に対策が取られていなかったことからの推測ですが。)

今後はこの事件を風化させないためにも、なんらかのチェックシステムを残しておきたいところです。現時点で、同様の天窓がある施設では何らかの対策を取るだろうと思いますが、それだけでは10年後、20年後にこの事件を忘れた頃に再発しないとも限りません。

さて、おそらく学校に対して損害賠償の民事訴訟が起こされるのではないかと思いますが、刑事訴訟はありうるのでしょうか?生徒が教師の指示で天窓カバーに乗った(→教師)とか、メーカーが乗っても大丈夫と保証していたが、強度表示に偽りがあった(→メーカー)などであれば刑事責任を問われても仕方ないと思いますが、今回の場合はそこまで責任を問われるような状況でもないようですし、どうなんでしょうかね。

この間子供の授業参観に行ってきたのですが、30人近くの子供たちを、一人の先生がプールで水泳指導を行っているのを見て暗澹たる気持ちになりました。学校としては水泳指導員の臨時職員も雇っているようですし、授業の補助としてのPTAボランティアも募集しているようですが、その日は姿が見えず・・・。このいう状況下で今回のような事故が起きたとき、その犠牲者が自分の子であったときどういう態度を取るのだろうとふと考えてしまいます。すべての子に目を行き届かせるという物理的に不可能なことを押し付けて、それを何の対策もせず黙認していていいのだろうかと。
 通行人1さんとおなじく、やはりこの問題は刑事責任を問うべき問題ではないと思います。こういう機器を製造したメーカー、施設を設計した設計士、それを許可した自治体、そこで授業を行っている教職員の方々、そしてそこに預けている親たちすべてが、この事故を再発させないためにどう協力できるかを話し合うべきですし、マスコミもそういう報道の仕方を身につけて欲しいと思います。
 

・無邪気に振る舞った子供が1人死んでいる、その子供には落ち度はない
とするなら、
危険な屋上で授業をすることを認めた人に責任があると思う。
・この担任の先生が独断で屋上で授業をしたならこの先生
・校長がそれを認めていたなら校長先生
が業務上過失致死で捕まると思う。

>No.9 みみみさん

>ここは煽り煽られOKのエントリーですか?

 いいえ、違います。

 不適切なコメントとそれに応じたコメントを非公開にしました。


>あっくんさん

 あなたの投稿姿勢は、このブログの正常な議論を妨げています。
 これは警告です。

>・無邪気に振る舞った子供が1人死んでいる、その子
>供には落ち度はないとするなら、

この仮定がすでに間違っていますね.
万事がこういう発想だから社会が壊れていく(いる?).

6年生が,この程度の危険を考えないのは,本人の落ち度でしょうし,両親も当然小さい頃から「危ないこと」を教えておくべきだったのです.こんなところに乗ったのは本人にも「当然」落ち度があります.
何でも他人のせいに使用とする発想がおかしいのです.

 問題は予見可能性でしょう。
 学校関係者には、天窓アクリル板や下部ガラス板が、小学生のいたずらや体重で割れて破壊され子供が落下することを
   客観的に一般的予見可能性があったか
   主観的に個別具体的に予見可能であったか
という点だと思います。
 メーカや施工者設計者には、屋上で子供がはねる危険性を予見できたか、そのときの上記相当の強度を計算したかどうか(予見可能性と回避可能性)。
 ちなみに、私の知っている国大附属中学では35年くらい前に同様の事故が発生し、中学生が死亡しています。そのときの教訓(事故先例)が生かされなかったと思うと返す返すも残念です。
 もちろん、安全工学上の「フールポリシー(馬鹿よけ)」対策がとられていればよかったと思いますが。

 キメイラさんがおっしゃられるように事故の先例があり、これが生かされていなかったということであれば、こういう事故やそれに対する対策のデータが共有できていなかったということでしょうか?学校などの公共施設を作るさいに施工主、設計者、運用者、利用者などが実際に共有できるデータベースはあるのでしょうか。
 

>No.14 モトケンさん
それは失礼。

>No.16 キメイラさん
>   客観的に一般的予見可能性があったか
>   主観的に個別具体的に予見可能であったか
こういう考え方があるんですね。 新鮮に感じます。

> ちなみに、私の知っている国大附属中学では35年くらい前に同様の事故
その件で逮捕者は出なかったのですか?
 

私の小学校の担任の先生は、戦争から帰ってきた方でした。片足のひざから下が無く、太ももに弾の跡が残っている方でした。オルガンの伴奏はいつもドミソだけでした(^^;
少々のことには目をつぶって下さいましたが、危ないことをしたり、ずるいことをしたり、嘘をついたら、こっぴどく叱られました。ウチの親も、友人の親も、「あの先生に叱られたのなら、叱られたお前が悪い」という感じでした。
今はどうなのか知りませんが、私が小学生の頃は(ナイフは禁止になっていましたが)彫刻刀を使った授業があり、自分で自分の指を傷つけても「へたくそ!」と怒られ、「こうやって使うんや!」と、後から覆いかぶさるようにして手を持って教えていただきました。しかし、イチビリな奴が彫刻刀を人に向けたとき、即座にビンタが飛びました。でも、その子の親も「叱ってくださってありがとうございます」というような時代でした。
組替えの時には「あの先生怖いからイヤヤ、女の先生がエエわ」なんて思っていましたが、今にして思えば、私は幸せな小学校生活を送ることができた、と思っています。

>>19
そのビンタで鼓膜が破れなくてよかったですね。

No.20 ROMさま

そりゃ、プロですもん。
怒りの感情の赴くままに暴力をふるう、なんてことはしません。
昔の先生は(というか、私の先生は)ちゃんと計算してビンタしていましたよ ヽ(`0(●~*

 教育者のビンタはホッペを直撃します。
 耳やこめかみは絶対に避けます。
 昔はこうやって正しいビンタを教えたのですが。
 時代は変わって鼓膜が痛い・・・・耳が痛いビンタが増えました。_| ̄|○

普段は鍵が掛かっていて、屋上に上がれなかったわけですから、この辺りが一つの手がかりになると思います。

鍵を掛けていたと言うことは、屋上に人が上がる事態は想定してなかったと言うことになるのではないでしょうか。

 日頃メディア・リイテラシーがどうのこうのというコメントがあったかと思います。この記事では「複数の足跡」があったとしか書いていないのではないですか。足跡の場所も向きも分かっていません。足跡が両足のものか片足かも分かっていませんよね。
 もしかしたら、気取って写真を撮られるポーズのように、あるいはこわごわと片足を置いてみただけかもしれませんよね。それなのに、みんなが飛び跳ねて遊んだということを前提にして話しているのが理解に苦しみます。
 それから、あっくん(「くん」だから「さん」は不要と思います)の件ですが、みなさん完全スルーしたらいかがでしょう。正直言いましてROM専にとっても最近のコメントを読むのが苦痛であります。
 昔、法律をかじった者としては、刑法の業務上過失罪の「危険業務」に当たるかが疑問なのですが、法律家のみなさんいかがでしょうか。
 医師と比較するなら、入院見舞に来た子供がベッドにのぼって飛び跳ねて遊び、空きベッドでストッパーを外していたため、バランスを崩して転落して頭を打って死亡した、というのがよく、その場合、国民は誰も医師や病院を責めたりしないでしょう(除くモンスターなんとか)。比較するならそういう比較をしましょうね>あっくん
 皆さん申し訳ありません絡んでしまいました。以後完全スルーをお勧めします。

No.24 道草さん

その場合、国民は誰も医師や病院を責めたりしないでしょう(除くモンスターなんとか)

ちょっと懐疑的です……

トピズレ失礼。

No.22 キメイラさん
>時代は変わって鼓膜が痛い・・・・耳が痛いビンタが増えました。

昨今のビンタを目撃したことがないので想像ですが、
昔の子供はビンタが飛んできても避けなかった。
今の子供はビンタが飛んでくると反対方向に顔をそむける。
それで耳直撃。
いや、なんとなく、そんな事情もあるかなと。

No.24 道草さん
たぶん、これに乗って飛び跳ねた子はあまりいないと思います、憶測ですが。

原則、使用しない屋上であっても手摺や柵はあるでしょうから、乗ることを想定していない天窓に柵なり、防護網がなかったのが不思議です。

人の体重程度では割れない強度なんでしょうけど、予期しない行動をとる小学校では、もっと慎重な検討が必要だったのでしょう。
過去に多くの似た事故があったことを生かせなかったのが残念です。

No.24 道草さま

それなのに、みんなが飛び跳ねて遊んだということを前提にして話しているのが理解に苦しみます。

複数ある天窓すべてに足跡がついていたというのが事実ならば、「ほかには誰も飛び跳ねて遊んでいた児童はいなかった」 という前提を置く方が常識に反すると思いますが。。。

それに、「みんな」 が飛び跳ねていたという前提を置いているコメントって、ありましたか?
私はどのコメントを指しているか特定できませんでした。

刑法の業務上過失罪の「危険業務」に当たるか

判例上、刑法211条にいう「業務」は、
「社会生活上の地位に基づき反復継続して行う事務で、かつ他人の生命身体に危害を加えるおそれのあるもの」
とされています。
(「危険業務」という表現は耳慣れなかったので、念のため)

最高裁昭和60年10月21日決定

この最高裁決定によれば、

裁判要旨
二 刑法二一一条にいう業務には、人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれる。

とされており、教員が児童・生徒を引率する仕事などもこの射程内にあるとして、「業務」に含まれると解する見解が一般的と思われます。


なお、本件についての私見は、
・担任教員も校長も他の誰にも、刑事責任は問うべきではない
・死亡した児童の遺族に対しては、(一定の過失相殺のうえで) 不法行為または工作物責任の責任を認めるべき余地は考えられる
です。

法律素人の技術者です。
今回の事故の場合,天窓のメーカ,あるいは「天窓を屋上の簡単に乗れる場所に設置する設計を行った者」がPL法でいうところの「指示・警告上の欠陥」で責任を問われることはないのでしょうか。

人が乗ることを想定していない設計であれば,「乗るな危険」という目立つ表示か,取扱説明書に「人が乗れないような場所に設置するか,そうでない場合は柵や危険標識の設置が必要」と明記されていなければならないように思うのですが,如何でしょうか(私が知らないだけで取説にはその旨記載されているのかもしれませんが)。

自分が設計する製品に関して指示・警告の欠陥が問われないよう常に気を遣わされているので,気になります。

ドーム型トップライトは、もともと折鉄板で出来た大規模工場の屋根で使用し、今でも良く使います。

メーカーにすれば、人が寄りつくなど有り得ない場所でこそ主に使用される製品で、出荷時に注意の表示までされていれば責任の問える道理は有りません。

一方、ほとんどの学校で屋上は供用スペースでは有りません、今回もそのようなので、そこへ生徒を誘導した学校管理者には。
危険への予見可能性の意味で落ち度が有ります。

しかし、行政には民事責任が有るものの、その学校管理者個人に対して、事故の事例やトップライトの性能・危険性が周知されていないとすれば。
たぶん起訴猶予、最大限責任を被せても執行猶予まででしょう。
(そうでなければ全国で吸い込み事故プールの管理者は皆前科者です)

事故事例を集積し周知していない事が不幸です。

トピズレですが・・・
大野病院事件の場合は、「予見可能性を最善に活かさなかった関係者に、いきなり手錠を掛けてぶち込んだ」事例ですね。

>No.30 MultiSyncさん
>(そうでなければ全国で吸い込み事故プールの管理者は皆前科者です)

ほう、これはびっくり。
吸い込み事故プールの管理者は皆前科者になってると思ってました。
じゃ、交通事故だけ業務上過失致死を厳しく適用するのかな?

つか、交通事故で人をひき殺した場合、業務上過失致死にならないことってあるんですか?

>いずれにせよ、関係者全てに「子供が乗ったらアクリルカバーが破損して落下事故が発生する可能性がある」という危険性がほとんど認識されていなかったのだと考えられます。

今回の問題の肝はそこにあるのではないでしょうか?
「学校内の危険性の高い施設・箇所に対して、適切な表示・通知(管理)をするべきであったのは誰だ?」ということで。
(今回のケースのような危険箇所を対策・注意・表示も無しで放置しておいたのであれば、それは「責任」を問われるべきと私は感じますし、下で書きますが、その危険性の認識は困難とは思いません。)

 屋上へ鍵をかけるのは、屋上が通常使用する場所でない以上ありうるケースだと思います。(鍵がかかっている=危険性がある、とは限りません)
 屋上であれば周囲への落下の危険性はあるのは当然推定できるでしょうが、他に大きな危険性があるのであればその危険性は明確になっている(しておく)必要がある。
 今回、少なくとも「屋上に「天窓」があること」は下から「天窓」が見えるのですから共通認識になっている。

 後知恵といわれるかもしれませんが、「それは人が乗っても大丈夫なものなのか?」という疑問と確認・対応はそれほど困難なものとは思いません。
 「子供」という大人の想定以上の行動をとる対象に対して、学校内の施設・箇所の安全性を確保しようとするのであれば想定の範囲内であると思います。(疑問点はそれをするべきなのは誰なんだ?ってことですが)
 
 「「天窓」に落下の危険性があること」が曖昧であったこと、が事故の主要因でしょう。ある程度、危険性が認識されていれば、
・屋上への扉に「天窓」の危険性を表示
・「天窓」周辺に柵を設ける
・「天窓」の危険性を生徒・教師に明らかにする
など、対策はいくらでもあるでしょうから。

>区教委によると、学校の建物は建築基準法に基づく点検が3年に1度義務づけられている。2006年の点検で同校の天窓もチェックされたが、ひびや傷などの異常は見つからなかったという。

少なくとも、そういう観点での「点検」はされていた。
「危険性」が曖昧であったため、そちらへの対応をとれていなかっただけで。

小6転落死、区が設計時に「3階屋上に児童入らず」と説明(日経)

別の天窓にも児童の足跡 杉並の小学男児転落死事故(朝日)

同校に1986年、事故があったものを含む天窓を納入したプラスチック製品製造会社「菱晃」(東京都中央区)によると、天窓は1平方メートルあたり七百数十キロの荷重に耐えられるが、70キロの重りを高さ30センチから落とすと割れるという。同社は「人が乗ることは想定していない。十数年前からは周囲へのさく設置などをお願いしている」と話した。

新築当初は、「危険だ」と認識していたかもしれませんが、時とともに忘れられていったのでしょうか。
「危険!乗るな!」ってシールだけでもあったらなー、と思います。

今日の日経朝刊記事に拠れば、小学校校舎の建築設計時に、「屋上には児童が立ち入らないから柵などの防護設備は不要」とする指示が、工事発注者の杉並区より設計業者に為されていたという情報があります。

こうした発注者側の指示が本当であれば、設計業者の過失責任を問うのはかなり難しいのでは?

それとPL法での賠償責任ですが、製造物責任法(PL法)第5条1項に「引渡した時から十年を経過したとき」という除斥機関の定めがありますので、校舎の完成が1986年という22年前という事実からも、設計施工業者の責任追及は難しいかと思います。

結局のところ、杉並区並びに小学校の安全管理責任ということになりそうですが、業過罪として徒に個人の責任追及に走るのは、再発防止の効果という観点から私は賛成できません。

 過失は、法的にも難しい分野ですが、過失と危険への認識との関係は大きく分けて2種類あります。
(1) 認識なき過失
(2) 認識ある過失
です。
 危険認識を欠くからといって過失がないわけではありません。認識を欠くこと自体が過失という場合があるからです。つまり、客観的に予見可能であったのに不注意で予見しなかったのが典型例だと思います。

 また、客観的予見可能性があっても予見義務が免除されて(違法性阻却事由の過失構成要件への昇華)、過失がないから不可罰(免責や非犯罪化にあらず)ということもあります。
 その典型例が「信頼の原則」です。自動車運転手は相手方が適法な運転行為を行うものと信頼して注意すればよいという考え方です。つまり、常に暴走行為を前提に注意義務を科されると自動車は常時徐行するしかないからです(許された危険に淵源を有するという分析もあります)。

転落死の小6男児、天窓で3回ジャンプしていたことが判明…天窓すべてに複数児童の足跡が(痛いニュース(ノ∀`))

中村君が3回、落ちた天窓の上でジャンプをしていたとの
目撃証言があることも判明。

という記載があったのですが、本文中のリンク先の記事にはジャンプしていたという記載は無く、ソースは不明。Google検索をしてみると、この2ちゃんねるの書き込みをソースにしたブログばかりが引っかかる。

ようやく以下の記事が見つかる。

別の天窓にも児童の足跡(@niftyニュース:2008年6月19日(木)10時57分配信 共同通信)

中村君が3回、落ちた天窓の上でジャンプをしていたとの目撃証言があることも判明。

結果としてはニュース記事が見つかりましたが、ソースも確認せずに2ちゃんねる等の記事を丸呑みにしてしまい、それがネット上で伝聞されているうちに既定の事実として扱われている状況には危うさを感じます。
ネットに限らず、噂話というのは昔からそう言うものだったのかもしれませんけどね。

No.37に少し訂正です。

中村君は天窓の上で跳びはねていたことも判明。

についてはリンク先の読売の記事に記載があります。
ただ、タイトルにもなって強調されている「3回」についてはどちらの記事にも記載がありませんでした。

>No.37 無印粗品さん
痛いニュース(ノ∀`)の2ch元スレ 投稿日:2008/06/19(木) 17:21:48
日刊スポーツの記事  [2008年6月19日19時53分]
共同通信の記事 2008年6月19日(木)10時57分配信
千葉日報の記事 2008年06月19日14時15分
(引用記事と同じと思われます。共同通信が配信か)

日刊スポーツが差し替えたと思われます。

 安全工学のテーゼに「起こり得る事故は必ず起こる」というのがあります。実際に子供が飛び跳ねるようなことがあってもなくても、それをイマジネーションで予想して対策を立てて欲しかったと思います。
 立入禁止措置は、往々に立入禁止地区で子供や大人が遊んでいる最中に事故が起きることは広く知られており、安全工学の目で見れば、「盗むな」という看板を立てかけて戸締りをしない民家のようなものです。
 また、人の目視による監視は、監視対象者が11人までが限度で、それを超えると見落としによる事故発生率が急激に上昇します。
 あとは安全率と費用対効果の問題が残ります。安全だからと言って、まさか2トンの装備と50人のシェルパを従えて箱根山に登山する人はいないからです。

トピズレですが、男の子の事故だなぁと思いました。
女の子は絶対に「天窓の上でジャンプ」なんかしないだろうと。
身近な観察例に基づく個人的な印象なので、だからなんだと
いわれればそれまでなんですが。

 先例あと追い報道が出てます。
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20080620ddlk10040095000c.html

>No.39 欄外さん

なるほど、第一報で共同通信発の記事を載せた後、自社取材による記事に差し替えたようですね。

私の早とちりだったようです。

No.35 法務業の末席さま

結局のところ、杉並区並びに小学校の安全管理責任ということになりそうですが、業過罪として徒に個人の責任追及に走るのは、再発防止の効果という観点から私は賛成できません。

私も同じ思いです。
ご両親の悲しみはいかばかりか、とは思いますが、授業で生徒を屋上に上げてしまった先生もまた、非常につらい思いをされていると思います。

第1報を目にしたときに、立ち入り禁止措置により立ち入る機会が限定されているとはいえ、例えば補修業者が使うような容易には開閉できないような整備用ハッチのような形式の扉でなく、普通に階段を上れば到達できるような設備を伴って小学校の校舎の屋上から吹き抜けの採光用天窓を設置する事が問題なのでは?と思ったりもしました。つまるところ、設計段階から関与した業者や教育委員会はどう考えていたのだろうと不思議に思ったのです。

今朝の日経朝刊を読んで、竣工当時は別として時の経過と共に、つまり教職員の異動と共に、2階屋上と3階屋上の設計段階における思想の相違が上手く伝承されなかったんだろうなと思いました。設計時の安全対策上は予想される使途も踏まえて2階屋上と3階屋上が相違する構造なのに、2階屋上も3階屋上も同じ屋上という事になっていってしまったのだろうなという感想を持ちます。
とは言いながら、小学校の校舎に天井から吹き抜けの採光用天窓が必要なのか?そして屋上に容易に上がれるような構造にしておく事に積極的な意味があるのか?その辺りの部分が疑問として残ります。後者については屋上をプールなどに利用する等の意図を持って的確に設計されていれば話は別でしょうが。

どこまで市民権を得ている学説なのかは存じませんが、「高所不感症」或いは「高所非恐怖症」等という概念も一部で提唱されている状況において、当該児童が誤れば命の危険が生じ得る高所にいるという平時と異なる注意力を要求される局面である事に対する認識がどれほどあったのかも解りませんし。

とは言いながら、当該の担任教師に刑事責任を問うことには慎重であって欲しいと思いますし、個人的には刑事事件にする必要はないのでは無いかと感じてもおります。不幸な事故であることに間違いは無いのですが、複合的要因に起因しており特定の人物に責を問うても根本的には解決しない問題のような気が致します。
だからといって、担任教師個人に対してではなく当該自治体の教育行政組織全体に対して、民事上の責任が皆無とは思いません。ただ、もう6年生ですし、状況によっては過失相殺の余地があるのではないか?とも思います。

>小学校の校舎に天井から吹き抜けの採光用天窓が必要なのか?そして屋上に容易に上がれるような構造にしておく事に積極的な意味があるのか?

省エネ効果がある為、このような建築物が増えてきているとは思いますが(まして、公共施設ですし)、小学校は7歳児〜12歳児まで幅広く学ぶ舎であり、大人には想像しがたい奇想天外な行動をするという発想が最大限組み入れての構造を取るべきであったのにな〜と、(報道記事によれば、いくら生徒は屋上へ立ち入らないからというような説明があったにせよ)悔やまれます。

>もう6年生ですし、状況によっては過失相殺の余地があるのではないか?とも思います。

個人的には、まだちょっと酷かなと少々感じます。(全てではありませんが)
私が当人だったらと想像してみますと(私のようなおじんでは、もう童心は想像できないかも・・)、柵も無く、危険表示もなかったら、乗っても大丈夫だろうと勝手に判断して乗ったところ、丈夫そうな為、飛び跳ねたと、容易に想像できちゃいましたが、私は異常かなあ。
No.45 thx-1138様の分析にはいつも勉強させていただいておりますので、もしお気に障りましたら、お許し下さい。

この事例の場合ですが、算数の授業でなぜ屋上にあがる必要があったか。ということが問題になったりするのでしょうか?
親としての立場から、なんで算数の授業中に子供が死んでしまうのかと、当然考えると思うのですが。

No.46 ゼロ+O 様

> 省エネ効果がある為、このような建築物が増えてきているとは思いますが

ああ、なるほど!そこまで頭が回ってませんでした。目から鱗が落ちた気分で、コメント投稿した甲斐があったというものです。ご助言ありがとうございました。
先のコメントでも少し触れましたが、そうであれば尚更のこと天窓の設置は別として、屋上に至る道筋が通常の階段ではなく、脚立とかの補助を得ないと最初の一歩が届かない梯子のような構造に設計してあって、通常容易には屋上に立ち入れないような構造になっていれば問題なかっただろうにという事を感じます。あっでも緊急事態の時は屋上に逃げやすい構造の方がいいのかも、う〜ん難しいです。

> 私が当人だったらと想像してみますと

私が12歳の頃の自分を思い出そうと努力してみましたら、確かに酷かもしれないですね(汗)。斑模様のように大人に近づいていく部分と童心の部分が混在している年代ですし。外見上大人びて見える小学生高学年の方もそれなりにおられる昨今故に、その年代の方達に日頃間近に接する機会の少ない私は、勝手なイメージで実態より大人に考えているのかもしれません。
ちなみに高所が苦手で万事に小心者な私なら、屋上にそのような物体があっても底が抜けたらどうしようと思って怖くて近寄らなかったと思います。でも地上でそのような物体を見かけたら、確かにおもしろ半分で遊んでみたい衝動に駆られて色々ちょっかいを出してしまいそうな、その頃の私だったと思います。(恥)「どれだけ硬いか試してみよう」みたいな感じだろうな、たぶん。
やや脱線気味な登校ご容赦ください。

No.48 thx-1138様
レスありがとうございます。

>ああ、なるほど!そこまで頭が回ってませんでした。

いや、私も初めは、なんでそんなものを・・と思っていたのですが(私の40年くらい前の、母校の小学校では、そんな高い吹き抜けも、洒落た天窓も無かったし)、今回の事故関連記事で何処かに書いてありました。

>No.34 欄外さん
>No.35 法務業の末席さん
天窓メーカ「菱晃」のウェブサイトを見るとしっかりした警告が書かれていますし,日経の記事によれば発注者から「防護設備は不要」と明確に指示されていたので,この状況でメーカ及び設計士の責任が追及されるようなことはないですよね(あと一晩待って投稿すべきでした)。児童が立ち入らないことを前提に設計してるのだから立ち入らせたら駄目じゃないか,というのが設計側の心情だと思います。

自分の小中高校はいずれも屋上立ち入り自由だったので,いまほとんどの学校で屋上が供用スペースではないというのも認識不足でした。

子供は予測のつかない行動をするものだ,という認識を前提にできるならば,学校の屋上については「物理的にほぼアクセス不可能な屋根を除き,屋上には児童が入り込むことを前提に安全対策を講じておくこと」を標準発注仕様にしてもよいのではないかと思います。

コストアップになりますが,納税者にとっても必要なコストと割り切れるのではないでしょうか。既存の設備をどうするか,はありますが。

 再発防止という観点からは、「誰が」「何を」するか、ということを明確にしておかないといけないのですが、今回のケースは「何を」はまあだいたい想定できるわけですので、「誰が」を明確にしていかないといけないでしょう。今回の責任どうこうでなく、再発防止の観点から。

 今回の事件の教訓的なこと
1.同種の天窓についての危険性
2.安全管理システムの不備

 2.について、
1.設計〜検収
  今回のもの以外にも遊具・追加器具などについて、そのもの自体の設計だけでなく設置された後の状態もみての判断がいるでしょう。
 施工完了時(検収時)に危険性を確認して「手直しがいる」のか「使用時に注意がいる」のか「別途なんらかの追加がいる」のかなどの確認ができていたのか、そのフォローの改善(誰がするのかを含めて)がいるかと。
(プールにしろ、天窓にしろ、このチェックが抜けていたのでは、と)

2.使用時
 上が抜けていたとはいえ、日頃見ている箇所に危険がないかどうかの確認、危険があれば対策する、というのは、使用者も含めた管理の問題です。(教育委員会うんぬんじゃなくて、実際に目で見て、使っている者が最もその状態を把握しているはずなので)
 下から見えていた天窓について(屋上にあがればドーム型がみえる)「強度はどれくらいなのか?」というのが曖昧なままであったのはやや問題があるのでは、と思います。登る、もたれかかる、蹴るなど、した場合、大丈夫か? という疑問を持たなかったのか、と。
 今回のケース、メーカーに電話をかける、ネットで調べる、などすれば、そんなに手間かけることなく「危険性」は明らかになったはずなので。

・校舎・施設・器具などに見落とされている危険はないか、点検し確認するのは誰なのか?
・教師や生徒がそういう危険箇所を見つけたとき、どういう手続きで改善できるのか?
といったことを明確にしていかないといけないのでは。

 蛇足ながら、民間の工場などでは事故事例の水平展開などをして類似の危険性を減らすようにしています。
 仮に今回のケースであれば、「対策が十分とられていない危険箇所がないかの再確認」といったところでしょうか。各設備・装置などの管理責任者や使用者が各々の視点でチェックして、あれば対策をうつ、ことになるでしょう。
 
・今回の事件で、各学校はそうした「水平展開」をやるものなんでしょうか?

朝日新聞の報道を見て、思わず叫んでしまいました。

 校舎は86年に完成。建築士によると、その数年前の設計打ち合わせの際、区教委や学校の担当者が「3階屋上への児童の立ち入りはない」と話したという。建築士は「授業で使うと知っていれば、さくを設けるなど天窓に近づくことが出来ない措置をとった」と話す。

 同校の2階屋上ベランダにも天窓があるが、近づけないようにさくがある。建築士は「『洗濯物を干すため、立ち入るかもしれない』と学校側から説明を受けたので、さくを設置した」と話す。

 区教委の担当者は「当時のやり取りは分からないが、屋上にフェンスがないことなどから、建築士の証言は理解できる」と言う。


http://www.asahi.com/national/update/0620/TKY200806200309.html


え、フェンスがないんですか。フェンスがないのであれば、今までの議論を一から考え直す必要が出てくると思います。

落下防止用の壁はあったようですが、あくまでも大人が立ち入ることを想定した感じですね。子供だったら、1.5m程度の壁なら乗り越えてしまうように思います。

屋上を授業で使用すること自体が危険だったと思われますが、教員の方々は恐怖心は抱かなかったものでしょうか。

 事故が起きた屋上は約1千平方メートル。児童が落ちたものを含めて計5個の天窓があり、ほかにも空調設備や配管などが配置されている。屋上のへりには落下防止のために高さ約1・5メートルのコンクリート製の壁があるが、屋上を開放している学校のフェンス(約2メートル)に比べると低い。
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000000806200001

>区教委の担当者は「当時のやり取りは分からないが、屋上にフェンスがないことなどから、建築士の証言は理解できる」と言う。

>え、フェンスがないんですか。フェンスがないのであれば、今までの議論を一から考え直す必要が出てくると思います。

 No.51で書いた部分も「屋上にフェンスがない」のであれば、変わってきますね。
 屋上にフェンスがないのであれば、そこで授業をするのは問題がでてきますね・・・う〜ん、安全の感度というかそういうところをみていかんといけないようです。

区教委と学校との情報の共有化が不十分であったことはそれはそれで問題なんですが。

上の記事から気になった箇所
>区教委は「今後、安全対策を講じていない屋上は利用禁止にするなど、明確なルールづくりが必要かもしれない」として、ようやく区内66小中学校の屋上利用の実態調査を始めた。

 ここですが、「自分達の学校の屋上の危険性」(屋上に限らないですが)については、「自分達で」なんとかしようとする仕組みはないんですかね?
 上からでなく、現場の先生や生徒が気付いた危険箇所をなんとかするとか、定期的にあるいは他校の類似事故を元に、校内の危険箇所を洗い出すとか。
 その学校の施設などの状態はその学校の関係者が一番把握している(目で見たり使ったりしているわけですから)はずなので。

 区教委がどうこうでなく、各学校に
・校内の施設・設備の危険箇所を洗い出す(定期的・類似事故発生時)
・その安全性の維持・管理を行う
・新規に工事した箇所・施設・導入した機器の安全性を確認する
・その安全性の維持・管理を行う
  ようなことを行えるようになっているのか・いないのか、どういう運用がされているのか、が知りたいところです。

No.52&No.53 の しま様 のご投稿を目にしての直感的な感想です。

私が、No.45 の投稿の前提とした日経新聞朝刊の記事では、校舎の設計協議において区と学校の担当者が、3階屋上には児童の立ち入りはないが、2階屋上には立ち入りが想定されるとの内容を伝えていたという主旨の記載がありました。
その記事の内容を前提にNo.45 のコメントの特に第2段落を書いたのですが、フェンスがない状況で授業をしていたというのは別の意味で驚きです。

マンション等の集合住宅で育っている故か、高所にいるときの危険への感度が薄まっている子供が多いという研究発表が一部で為されているこのご時世に、それは余りにも不用心のような気もします。
なお、当該の日経の記事には区役所の営繕課のコメントとして、当初から3階屋上は使わないことが決まっていた旨の発言をしているらしいのですが、それを踏まえると尚更考えさせられます。

やはり担任教師個人の問題として片付けるより、学校全体或いは区の教育行政全体の問題として考える方が適している様に思います。

実際に新聞などで、屋上の写真(空撮)が掲載されていましたが、私が驚いたのは、1.屋上の周囲に転落防止用の柵がない、2.エアコンの室外機にもカバーがないということです。

これは、明らかに「児童を屋上に上げること」を想定した設計にはなっていないと思います。通常、屋上を運動場などにする場合、ご存じの方も多いと思いますが、鳥かごのように完全に金網で覆ってしまうのが一般的だと思います(ボールなどが、飛び出すのを防ぐため)。

ということは、やはり学校側が、設計時に想定した以外の運用をしていたということになると思います。

これとは、別件なのですが、先日も自宅近くのスーパーでエスカレーターの手すりに外側からつかまって遊んでいる小学生を見かけました。これで、事故が起これば、スーパー側の管理責任が問われるのでしょうね。私は、合わせて、子供への教育も重要だと考えています。

小6にもなりゃ、何が危険で、何が安全か、の区別くらいつくだろ?。ただ、今回の東北地震で改めてわかったように、学校設備が、ものの2〜30年で劣化するようなつくりじゃ困るがな。ただ言えるのは、先日の「秋葉原通り魔 無差別殺傷事件」そして今回の件、「人(大事な友達)が一度死んだら、二度と生き返らない」ということはわかったんじゃないか、ゲーム世代は(リセットすればやり直せる、それと一緒で)『一度死んでも、生き返ると思う』っていうバカが多いからな、目の前でこういうことが起こりゃ、身にしみてわかったんじゃないか、「教科書には載ってない」言い勉強が出来たんじゃないのか。

話は変わるが、宮崎の東国原知事が「体罰容認」発言をした、と「ハッケン」[フジテレビ]でやっていた、口で言って聞かなきゃ、体でわからせろ。これ[コメント]を読んで不快に感じたんなら、自分の子どもの教育をきちんとしろ。他人に注意されて文句があるなら、最初からしつけろ、それが親の役目だ。


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