朝日新聞夕刊素粒子欄「死に神」の表現、鳩山法相が抗議(ヤフーニュース6月20日11時43分配信 読売新聞 落合ブログ経由)
朝日新聞は「永世死刑執行人 鳩山法相」「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」などと報じた。
鳩山法相はなにかとアレな発言が目に付きますので、個人的にはそれほど高く評価しているわけではありませんが、この朝日の文章は、鳩山法相を侮辱するものであることは間違いないと思います。
そして、鳩山法相を侮辱するだけでなく、死刑とその執行を揶揄するものになっています。
その意味では、執行された死刑囚に対する冒涜というのも、全くの的外れではないかも知れません。
死刑の執行は、法相の一存で決まるものではありません。
法相に執行指揮の決裁を仰ぐ前に、法務省の局付検事による徹底的な確認調査があると聞いています。
執行の際には、関与するすべての人が命をすり減らす思いで執行しているのではないかと想像します。
朝日の素粒子の筆者はそれらのことをどう考えていたのでしょう。
いずれにしても、天下の朝日は最低の見識を示してくれました。
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以下のニュースは、ヤフーニュースのエンターテインメントカテゴリの日刊ゲンダイ配信のニュースですので、取り上げるのを躊躇しましたが、死刑の執行が慎重になされていないのではないかと指摘したり、心理学の専門家らしき人がコメントしてますので一言コメントしておきます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080621-00000009-gen-ent
鳩山は法相就任時に、「法相が署名しなくても自動的に死刑が執行できる方法はないか」と言い放ち、“ベルトコンベヤー発言”と批判された。が、そんな外野の声は一切、意に介さない。実際、ほぼ2カ月に1回のスピード執行が続いている。本人は「慎重にも慎重な検討をした結果」と言っていたが、どう考えたって「慎重」には見えない。
明大講師の関修氏(心理学)はこう分析する。 「チョウのコレクションが趣味の鳩山法相は、生命を尊重するという意識がやや希薄なのだと思います。整然と並んだチョウの標本を見てウットリする。整然としたものが好きなのです。そんな法相にとって、確定した死刑を執行しないのは“ルール違反”。死刑執行で職務を全うし、ルールを守った自分を美しいと思っているのではないか」
この記事は、鳩山法相が自分の判断で片っ端から死刑の執行を指揮しているという認識が前提になっているような内容ですが、私に認識では(執行実務に携わってないので伝聞ですが)、上に述べたように、死刑の執行については、局付検事らがすべての裁判記録を細心の注意をはらって一言一句まで読み込んで、慎重の上にも慎重な調査を行った上で法務大臣に執行指揮の決裁を受けているのであり、法務大臣には事実上の拒否権(判子を押さないという意味)があるだけです。
そして、歴代の法相の中には死刑の執行指揮書に判子を押すのを拒否した人が何人かいますし、いやいやしぶしぶ最低限の判子だけ押した法相もいるはずです。
その結果として、調査済みの事件がかなりあることが想像されます。
鳩山法相はそれらの事件について死刑を執行していると思われ、鳩山法相は死刑の執行について抵抗感がない人なんだろうとは思いますが、死刑の執行が慎重になされていないのではないかという指摘は失当だと思います。
朝日新聞夕刊素粒子欄といえば、朝日新聞の紙面の中でも他とは一線を画するほどどうしようもない所だったと記憶してます。素粒子欄はたたけばほこりだらけなので、まあ、やっぱりね、と言う感想しかでてきません。
私もこの記事を見て唖然とし、朝日の見識を疑いました。
こちらのエントリに気づかず、場外乱闘の方にもリンク先を掲載してしまいました。モトケン先生、すみませんでした。
何の思惑があって、あのように現行制度を非難するような、リードをしようとしているのか、表現の自由のもとで責任をもって報道したのであれば、
>朝日新聞社広報部の話「社としてコメントすることはありません」
というように、逃げの姿勢を示してほしくありません。
>執行の際には、関与するすべての人が命をすり減らす思いで執行しているのではないかと想像します。
まさしく仰るとおりで、吉村昭氏原作の「休暇」という映画を観て、つくづくそう思います。
痛いニュース(ノ∀`)に、素粒子本文がありました。
こりゃ酷いや。
死刑執行を粛々と行なう、という一点以外はほとんど支持できない政治家でありますが、今回ばかりは鳩山大臣を支持したい。
大臣を指して死神と呼ぶのは、完全に死刑囚側に立った見方をしているからでしょうね。彼らから見ると、法で定められた責務たるサインを一度もしなかった前々法相は「生き神様」ということになるのでしょうか。
朝日新聞にはとことん応戦してもらいたいんですがね。彼らの言論は地雷を踏んだらチョン切ってしまえる程度のものなんでしょうか。
今夜の報ステはスルーかな?
死刑を、正義のカケラもない許されざる殺人と解する、私や、死刑が廃止された国々などに住んでいるおそらく世界の多くの人達からすらば、10数人もの殺害を直接命じた鳩山邦夫など一種の殺人鬼のようなものです。
「死に神」なんて手ぬるいぐらいで、騒ぐ方がどうかしてます(笑)
あの大臣が独りで犯人を捕まえ、取調べして、判決を下し、刑を執行したなら「死神」かも知れませんが、法に定められた手順で一番最後に書類にサインをする、というだけで「死神」呼ばわりするのは「司法制度に関わる全ての方」に対する侮辱だと思います。
またまた、ドラマの話をしてしまいますが、「ザ・ホワイトハウス」(The West Wing)の第1シーズンに、死刑を執行するか恩赦を与えるかで苦悩する大統領とそのスタッフの姿が描かれたエピソードがありました。
その中で大統領が個人的に呼んだ(大統領を子供時代から知っている老齢の)神父に「執務室の中では大統領と呼んでください。人の命がかかった重大な決断を下すとき、自分が政府の一つの機関だと思いたいから」というくだりがあります。彼はカトリックでありながら「死刑の執行」という重い決断を下さなければならない自分の立場に苦しみます。
(個人的にはあのドラマの中でも、非常に良く出来たエピソードだと思っています。 シーズン1の第14話 安息日 TAKE THIS SABBATH DAY というお話です。皆さんにも見ていただきたい、と思っております)
鳩山さんも「法」に従って粛々と仕事をされているわけで、朝日の批判の方向は間違っています。批判すべきは死刑を廃止しない国会でしょう?普段は「コンプライアンス」を求めるくせに、こういうときだけ法に従って仕事をしている人を口汚くののしるのって「ダブル・スタンダード」と言うのだと思います。
死刑囚が「容疑者」として逮捕されたとき、彼らがどんな記事を書いていたか、じっくり読んでみたいと思います。ヒステリックに事件の「悲惨さ」を書き流していたり、「犯人」を叩いていたなら、それは典型的「マッチ・ポンプ」だと思います。
No.6 tmxさん
>「死に神」なんて手ぬるいぐらいで、騒ぐ方がどうかしてます(笑)
反応するのは嫌でたまらないのですが、今回の記事でどうして笑えるのしょうか。騒いでいいのはありませんか。どちらの立場に身をおいても、笑えないと思います。
朝日新聞の見識を疑います。
書いた人は匿名?
ところで、謝罪はしないの?
メディアは、誰かが謝罪しているところを報道するのは派手に行うけど、自分達が言われたらどうなのかな?
まあ、楽しみにしています。
死刑廃止論者やいわゆる人権派がいつまでも少数派である要因の一つに、口では人権を謳いつつ、相反する意見の持ち主に対しては尊厳を傷つけるような言葉を平気で吐くことで、結果として自らの言論の信頼性を貶めているということがあると思うのですが。
No.8 たぬき(その他)さん
その昔、マヤという国では、生け贄として子どもを大量に殺していました。おそらくそれらはとても真剣でたいそう厳粛な儀式だったでしょう。勿論、当時これを「死に神」と批判すれば、その社会は大騒ぎをして批判した者を、尊厳を冒し重大な侮辱をしたとして罪に問うたかも知れません。
つまり、このスレッドを見て、私などは、この国はマヤか?と思うわけですよ。どうして笑わずにいられましょうや。
鳩山氏にも死刑にも疑問を持っている私ですが、この便所の落書きと同レベルで知性も品性もない浅薄な揶揄を、よくも「大新聞」を名乗る紙面に載せられるものだと呆れました。
幼少期は朝日を読んで育っただけに、残念です。
また、朝日か、って感じですが。
社内のチェックはどうなっているんだろう、とか、記事の品質や書いた人の感性に?とか、読者に感じさせてしまうのは、プロとしていろいろとマズイと思うのですが。
価値観や法律なんて時代や文化によって異なりますよ。
日本にも過去には人柱や身分制度といった「野蛮な」文化がありました。しかし、それを今の価値観で裁くのは間違っているし、個人の価値観に合わないから、という理由で相手を全否定するのは間違っています。
「死刑制度」に反対なら「市民運動」を起こし、世論を味方につけ、国会で堂々と議論して、法律を変えればいい。
「死刑」が気に食わないから、といって「死刑執行」を命じた法務大臣を批判するのは「卑怯」だと思います。少なくとも「死刑判決」を下しだ裁判官や、求刑をした検察官、死刑判決を避けることが出来なかった弁護士、逮捕した警察官、を一緒に批判するなら、まだましですけど。
でも真っ先に批判されるべきは、「死刑」になるような罪を犯した死刑囚でしょうね。
と、あえて釣られてみました。
法相が死刑の執行指揮書に署名するときの峻厳さには及びもつきませんが
死刑求刑事件に関与した経験のあるものとしては
笑えません。
コメントかぶってしましますが・・・
全く理解できません。
文明は野蛮に破れるもの。
茶化したら駄目ですよね。
茶化したりなんかしたら、鳩山法相が執行書にサインするために盛り上げた荘厳さとか厳粛な空気とか、全部吹っ飛んじゃいますもんね。
No.7 通行人1さん
アイヒマン問題という、世界的にはよく知られた問題があるのですよ。
「アイヒマンは、法と命令に従って500万ものユダヤ人の絶滅を行う書類に粛々とサインし続けただけだ。彼に罪はない。」
という言説があるのです。どう思いますか?
The West Wingは、私も非常に良くできたドラマだと思っています。が、所詮はアメリカの現実から逃れられない大衆ドラマです。
****
No.15 モトケンさん
モトケンさんが笑うのは許されないと思いますよ。
ちなみに、私は、殺人の時効はなくすべきだと思っていますし、その時効の廃止は、遡及的に適用されるべきだと考えています。
勿論、死刑が廃止され、国家による処刑が只の殺人になれば、それについてもです。
ただ、他の法相ならともかく、鳩山法相ですよ。
鳩山法相はかつて、死刑はベルトコンベアのように粛々と執行すべし、と発言した人物です。
即ち、死刑制度において彼の役割はラインの一工程です。
機械の一部品です。
そういう存在が揶揄されたとか侮辱されたとかで怒ったら駄目ですよね。
というか、揶揄とか侮辱とか、そんな概念自体存在しちゃ駄目でしょう。
>No.19 tmxさん
>モトケンさんが笑うのは許されないと思いますよ。
私が何を笑うと誰が許さないのかよくわかりませんが、ご忠告感謝します。
死刑を軽く見る人の死刑廃止論など聞きたくありません。
あなたのハンドルを二度とこのブログで見たくない気分です。
感じ方は人それぞれ。
朝日の記者は、羽生新名人にひっかけてうまいこと言ったと思って書いたのだろうから、同じ感性を持っている方も居ることでしょう。
私はちっとも面白いとは思えませんでしたが。
>No.19 tmxさん
アイヒマン問題は前提が違いますね。
彼が刑の執行に署名した「死刑判決」の妥当性、またはその根拠法の妥当性にまでさかのぼって論じるべきでしょ。あと、過去の他文明の習俗を短絡的に野蛮扱いするのは、教養人の態度としてはいかがなものかと思いますよ。
それはともかく、私は鳩山氏はおかしいと思ってます。
謹厳だの厳粛だの苦悩しただの、まぁ言うことは結構ですが、過去歴代の法相もまた、そのようにして来たからこその鳩山氏以前の執行状況だったわけですので。
その私が朝日の素粒子をどう見るかといえば、品もなければセンスもない、ひねりもなければ芸もない、およそプロの文筆業者の手による原稿とは認めがたい低水準の文章、です。
こういうのは、矛先向けられた相手でさえ苦笑せざるを得ない書き方するのがプロってものでしょうに。
まあ尤も、こんなレベルの低い「罵倒」の、同じ土俵に乗っかって立腹のコメントをする法相も、その程度の人なんだと感じますけど。鼻で笑って軽蔑のポーズ見せりゃ十二分だったんじゃないですかねえ。「サイバンインコ」で喜んじゃう人には無理か。
嫌な現実から逃避するのに、その現実を茶化すというのはよくあるのでは。
>No.19 tmxさん
よくみるとすごい意見ですね。
>勿論、死刑が廃止され、国家による処刑が只の殺人になれば、それについてもです。
これは過去に死刑判決および刑執行に関わった検事、裁判官、法務大臣、執行者等を全て殺人罪で罰せよという意見ですか?
死刑を望んだ被害者遺族も?
それを止められなかった弁護士、貴方含めた国民も幇助犯になるんでしょうか?
神経疑います。
死刑の是非エントリーではないですよね?
なんともセンスのない、「素粒子」を笑うだけかと思ったんですが・・ねぇ・・・
羽生名人・品川名人は苦笑。
鳩山名人は立場上&朝日なので苦言(?)を呈した。
だけでしょ
No.19 tmxさま
あえて反論するとすれば「良識」でしょうね。
ナチスの価値観や常識では、ユダヤ人に生まれた、という本人がどうしようもない事実が「死刑」に値する罪だった。でも本人に責任が無いことで殺されるなんて、テロの被害者と同じで、とんでもない話です。
民主的な話合いで「ニュルンベルク法」が決められた、のかも知れませんが、それは、キツネとニワトリが多数決で夕食の献立を決めるようなものです。価値観の異なるものが集まっていくら多数決で法律を決めても、それは民主的なものとは言えません。人権や権利や義務についてある程度共通な価値観を持ったもの同士で、相手の意見を聞き、同意できる部分を探そうとしないと、民主的な話し合いは出来ないでしょうね。我々のやり取りがその良い例です。
ちなみにアイヒマンが自ら決定に参加し責任者となったのはナチスの「ヴァンゼー会議」で決定された「ユダヤ人問題の最終解決策」(=虐殺)であって、「法律」ではありません。念のため。
また、アイヒマンは「自分は命令に従ったまでだ」と言っていたと記憶しているのですが、「法律に従った」という出典をご教授いただけませんでしょうか?
少なくとも、わが国において、政治的な理由や人種問題で「死刑」にされることはありません。あくまで「本人がコントロールできる範囲」で故意に犯した罪(殺人)に対して行われると私は理解しています。
もちろん、「良識」は個人個人によって異なります。ナチス等による民族浄化と、刑法による死刑執行が「国家による殺人」という現象面では似ていても、民族浄化には殺される側に「責任」が無いのに対し、刑法による死刑には殺される側に「重大な責任」があるから内容は全く違う、というのは私の良識です。それを「人が殺される」という現象面だけで同列に論じることは私には出来ません。
それと、「死刑に反対」されるのなら、もう少し他人の理解を求めるような発言をされた方が得策かと思います。あなたもその他大勢の死刑廃止論者同様、「他者の価値観を全否定し、自分の価値観だけを他人に押し付ける」方なのでしょうか?死刑に反対されるのはご自由ですが、死刑に代わる新しい犯罪の抑止力を提案してみませんか?
ついでに、The West WingはSFドラマではありません。現実のアメリカの社会のトピックを巧妙に織り込んだ優れた大衆ドラマだと思っております。あの死刑の話もクリントン大統領による「ヒスパニック系への差別問題と死刑判決との関連を調査するための執行延期」を下敷きにしたエピソードです。悪しからず。
No.14 通行人1さん
そういうのを、文化相対主義といい、現代でもビルマや北朝鮮といった人権後進国が、人権侵害を正当化するのによく用いられる考え方です。勿論私は、そのような立場は取りません。
*********
No.21 モトケンさん
まぁ、正確に言えば、忠告ではなく宣告ということになるような気がします。
「死刑廃止の暁には、死刑を求刑した検事を含め、死刑という殺人に関与した者の罪も相応に問われるべき」とまで考えている者が、死刑を軽く見る人にあたると思えるのは、冗談としてもひどすぎますね。
どうやったら、そんなにまで人間の生命を軽く見ることができるのかが、本当に理解不能です。なぜこの世の死刑肯定論者は、自分が殺人を肯定していることに気付かないのでしょうか。
やれやれ。
私にしても書きたくなどないのに、人倫に反するスレッドを見かけた以上異論を言わざる得ず、仕方なく書いているだけであり、勿論ここは矢部さんのブログなのですから、書くなというのであれば勿論書きません。
でも、いささかでも死刑を美化し擁護する者の気分を単に害するだけであるなら、そんなものはまったく気にせず異論を書きます。
書くなと言うなら書きませんが、一体どちらなんですか?はっきりして頂けると幸いです。
********
No.25 カツビンさん
死刑が実際には只の殺人でしかない以上は、残念ながら関係者には、それ相応の責任が既に発生してしまっているのですよ。
僅か4週間前の朝日新聞の社説の抜粋です。このときの朝日新聞社説は、民主主義へのテロに対して死刑は肯けるという内容ではないのか?
先月は長崎地裁の死刑判決を容認しておきながら、今月は死刑執行を決断した法務大臣を罵倒するのですね。ダブルスタンダードと言うよりも、これは「ご都合主義」と言うのではないでしょうか。
>No.28 tmxさん
もしかして、死刑存置論者でしょうか?
とてもまともに受けて賛同する人はいないと思ってしまいますが・・・
それともデッカイ釣り?
何れにしても、私はこれで終わりにします。
死刑を美化しているとは思いませんよ。
死刑を含む司法制度に関わることの重さを揶揄するような記事(コラム?)を非難しているだけです。
他人の人権を制限する決断というのは「死刑」だけじゃない。
懲役だって充分「人権」を制限する罰です。
人を裁いて牢屋に入れる。
人の人生を充分に狂わせる決断です。
でもその重い決断をするプロがいるからこの社会の秩序が保たれている、と私は考えます。
モトケン先生
こんな「釣り」に引っかかってしまい、申し訳ありません。
>No.28 tmxさん
言葉が足らなかったようですが、あなたが死刑を軽く見ているという意味は、あなたが死刑に関わる者にとっての死刑の重みを軽く見ているという意味です。
その意味で、あなたは死刑に関わる者を侮辱しています。
死刑の是非を制度論的に論じるのは多いにやってもらってかまいません。
死刑廃止論は大歓迎です。
しかし、これまで死刑に関わってきた人たちを侮辱することは認めません。
侮辱的発言を繰り返していると私が認めれば、お引取りをお願いすることになるだろうと思います。
なお、私はこれまで死刑を美化したことはありませんし、このブログで死刑を美化する意見を読んだ覚えもありません。
tmx様
直接殺人を行ったり、殺人(死刑の執行を含む)を直接命じることに
反対されていることは判りました。
以下は私の個人的な興味でお聞きしたい質問です。
○戦争や内戦(独立闘争なども含む)において発生する戦闘行動に
よって蒙った肉体への器質的な損傷を直接の原因とする死は、
殺人行為の結果でしょうか?
殺人である場合、その行為に対する時効は廃止され、責任は遡及
的に適用されるべきだとお考えですか?
※私は殺人だと思います。がその責任の追及については限定的
にならざる終えないと思います。
死刑を廃止している国でも、その成立過程において戦争と内戦
のいずれも実績無しのままであった国は殆ど無かったと思ってい
ます(ニュージーランドくらい?)。
戦争や内戦に伴う戦闘行動によって蒙った肉体への器質的な
損傷を直接の原因とする死は殺人に当たらないとのご主張で
あれば、愚問ですので御容赦下さい。
※あとアイヒマン問題ですが、これはドイツ以外のヨーロッパの
国の照れ隠し(ドイツ第3帝国は積極的にユダヤ人を燃やしたり
埋めたりしてたけど、その件については我々も気にして
なかったよ!)ではないかと思っています。
民族浄化作業の執行は長い時間をかけても完遂できなかった
と認識しています。
ドイツ以外のヨーロッパの国はポーランドに対する利権がドイツに
奪われたり、ドイツがフランスを分捕った段になって初めて国の総
力を挙げた抵抗を始めるといった按配で、ドイツが粛々とユダヤ
人の処理を実施しているだけの時は何の行動も取らなかった(
むしろユダヤ人のドイツからの流出を制限する行動もあった)の
ではないでしょうか?
直接人間を燃やしたり生めたりしなければ何の罪もないという
のはちょっといただけないかと。
で、肝心なところを書くのを忘れてましたが、
戦争で戦った人や戦争で傷ついた国を
死神なんて呼びたくないですし、そう呼ぶのは不適切だと思います。
死刑の執行を命じたのと同じように殺人を犯していたとしても。
>No.28 tmxさん
死刑肯定か廃止かというような重要な問題の議論は、くだらないあてこすりなどを交えずに行うべきだと思いますよ。
この記事がここまで反感を買ったのは、死刑に反対したからではなく、冗談にするべきではない人の死に関する問題を、冗談めかしたあてこすりに使うという不謹慎な態度を取ったからです。
私は死刑を否定する立場ではありませんが、死刑を肯定する人の意見も否定する人の意見も真剣に伺うつもりです。人の死に関わるような問題をちゃかす人は軽蔑に値すると思います。
死刑問題について真剣に話し合うのなら、ここではなく場所を改めて行うべきだと思いますがいかがでしょうか。
度々失礼。
戦争と同じように事件と戦って死刑を執行するに至った人たちには敬意を持って然るべきです。
□これからルータを直してきます。投稿が乱れてすみませんでした。
今日の朝日の夕刊漫画が鳩山大臣を茶化してますね。
ガキデカになぞらえて「死刑!」のポーズをとらせてます。
ノーコメントと言っておきながら喧嘩上等らしいです。
朝日なら普通。
とりたてて騒ぐほどのことではない。
No.32 モトケンさん
単純に美化というものを誤解していますね。
極めて醜悪で忌むべきものを、そうでないように、例えば厳粛なものとして表現したり、隠したり、なんとか許容できるものであるようにするといったものも、まちがいなく美化です。
また、これも極めて単純な話ですが、死刑が醜悪で忌むべき殺人でしかないというのは、間違いなく世界の法治国家・国際機関でのスタンダートとなりつつある考え方です。
これは、どんなに関係者が死刑に悩み、苦悩し、厳粛に感じていようが、動かしがたい事実です。
この世界中の法治国家での常識に基づいて、殺害の実行行為に深く関与した者を殺人者であると指摘する事が、侮辱なのでしょうか?
結局、死刑を廃止すべきという考えに従えば、関係者の行為は、当然、関係者がどんなに厳粛に考えていようが、言われて侮辱的に感じようが、結局は殺人行為への荷担でしかありません。関与の度合いに応じて責任が高まる以上、これは避けがたいことです。
少なくとも死刑に関わる関係者、関わってきた関係者は、自己の行為が、廃止国の観点にたてば、もはや、本当に極めて悪質な大量殺人に関する組織犯罪でしかないということを、よくよく自覚すべきだろうと思います。
なお、一般的な死刑存廃論の論点についてはここの方達だったら当然知り尽くしているであろう、といういささかならず現実的でない前提で述べているので、基本的に言うべき事は言いました。あとは、読んだ方ご自身で考えればいいことでしょう。
あ、以上書いたことも侮辱であり退場しろと言うのであれば、どうぞそう仰ってください。勿論、それ以後、ここに書くことはありませんから。
********
No.36 無印粗品さん
日本では、批判精神が未熟なせいか、真実だけでなく、風刺や揶揄というものの批評性・重要性が概して理解されていません。しかし、真剣で深刻な批判というのは、そういった中にも、笑いの中にもいくらでも存在するのですよ。
わかりやすいところでは、ニューズウィークの冒頭などを見れば、彼我のメディアの違いはよくわかると思います。
鳩山邦夫については、欧米のメディアであれば、間違いなく彼は鎌を持った姿で風刺画が描かれたはずで、その前に生首がずらっと並んでいても全然不思議ではありません。それにくらべれば、素粒子の表現などなんともマイルドでかわいいものです。ピンと来ない方は、図書館で、ニューズウィークのバックナンバーあたりを数年分みればよくわかると思います。
勿論侮辱だと騒ぐ当事者もいたりするわけですが、当たり前ですが、騒ぐ方が笑われ馬鹿にされるだけです。
>No.39 tmxさん
>極めて醜悪で忌むべきものを、そうでないように、例えば厳粛なものとして表現したり、隠したり、なんとか許容できるものであるようにするといったものも、まちがいなく美化です。
あなたは自分の価値観に基づいて言葉を定義しています。
侮辱以前の問題として
そのような方と議論はできないというのがネットの経験則です。
ご退場いただくのがお互いのためでしょう。
さようなら。
>No.39 tmxさん
端的に言って侮辱ですね。
せっかくですので、同じ論調で、通行人7人を無差別に殺害した加藤被疑者や、先般死刑を執行された宮崎某、妹を殺害したあげく解体した浪人生、山口県光市で若い母子を殺害した元少年などの殺人行為も糾弾し揶揄し嘲弄してください。
是非にお願いいたします。
失礼、ブログ主が退場を命じた人物にコメントを求めるの形になるのは不適切でした。
死神の鎌を持った加藤被疑者のイラストでも描いて朝日新聞にでも投稿してください。
>No.42 惰眠さん
No.41 の惰眠さんの質問の答は聞いて見たい気がしますが、この辺で収束するならそのほうがいいと思います。
件の夕刊漫画を見ました。
死刑をネタに馬鹿笑いとは、まさしく品性下劣ですね。
http://www2.uploda.org/uporg1493084.jpg
tmxは現実逃避してるだけ
No.40 モトケンさん
了解しました。では、これにて。
いくら真実とはいえ、苦く不快なものを与えたことは、仕方がないこととはいえそう感じた方には申し訳なく思っています。
なお、万が一として将来の読者のために書いておくと、以前、私などが自殺者についての矢部さんの不適切なエントリーについて指摘したところ、素直に撤回されました。
全部を見た訳ではないので断言はできないものの、むやみやたらに退場を言う人でない(らしい)ことは、最後に一応申し添えておきます。
No.43 モトケンさん
対話を打ち切られた方に、そこまでサービスする気はありません(笑)
では。
ブログ主特権で最後を締めさせていただきますが、死刑が殺人行為であることは自明です。
従って、制度論として死刑を論じるときに、「死刑は殺人である。関与者は殺人者である。」として関与者を非難することは論理的な態度ではありません。
単なる感情的な個人攻撃です。
これ以上は控えておきます。
モトケンさんの完敗でしたね。
モトケンさん
何もコメントする前に終わってしまったようなんですね。
私見を申し上げますと、「死刑は殺人行為ではない」と思っています。
もちろん、本人の意思に反して生命活動を停止させるのですが、
それは殺人と呼ぶのはいいすぎでしょう。
あくまでも、殺人という単語は犯罪行為のみに適用すべき言葉だと思います。
英語ではkillingと murderのように使い分けができます
例えば、十戒の第六条は「あなたは殺してはならない」です。
しかし、モーセに十戒を与えた同じ神様が、刑法も与えています。
そのなかにはどういう犯罪行為が死刑になるかについて細かく規定されています。
つまり、神様にとって死刑執行は殺人ではないという考え方です。
日本語の使い方に絶対ということはないのですが、
気になったので私見を述べさせていただきました。
>通りすがりXさん
どこが完敗なのでしょうか?
ひょっとして、私が死刑を殺人行為と認めた点ですか?
このエントリの趣旨は、死刑を揶揄する朝日の下劣な品性と下劣な品性に基づく死刑関与者への侮辱に対する批判です。
死刑制度の是非ではありません。
>cancanさん
日本語の使い方の問題です。
私は、ここでは「人が他人の命を故意に短縮すること」の意味で使っています。
死刑執行が殺人罪になると言っているのではないことはもちろんですし、死刑の執行に関与する人のことを「殺人者」と呼ぶことにも反対です。
最も基本的なところで誤解させたようなので正しておきます。
知る限り、モトケンさんが関わられたケースでは、死刑にいたらず受刑者の殺害には至らなかったように記憶しております。
私は、実際に殺害がなされなかった場合まで、強いて関係者の責任を問うべきとまでは考えはおりません。「死刑を求刑した検事を含め」というのは、主張をここの人々に端的に理解できるように書いたのであり、モトケン個人は想定しておりません。
つまり、少なくとも私の側では、ことさらモトケンさん個人を攻撃する意図はありません。そもそも、そういう意味では最初から眼中にありません。
その点では、明らかに言葉が足りず、誤解を招く表現であったことをお詫びいたします。
もちろん、モトケンさんのいう「個人」が、モトケンさんご自身ではなく、死刑囚の殺害に関与した者一般を指しているのであれば、日本語の問題として私の理解とは違うとだけ申し添えておきます。
以上。
自分のコメントで終結させないと気が済まない人っているよね。
どうせコメントするんだったらNo.41のリクエストに答えるのが筋ってもんじゃないのかな、って思うんですけどね。
「国家権力がやるのは非難するけど、民間人がやるのは非難しない」みたいな、幼稚なダブスタ思考でないっていうんなら。
しかし、こんな「出羽の守」が、感情論のレベルにも至らない「情緒的」思考で語る「反・死刑制度」主張の説得力って(笑)
現時点でのご見解の違いが判っただけでは?
宗教的あるいは、文化的な物事の考え方の違いは無視できない大事なことだと思いますよ。No.14 通行人1さん が仰るとおりだとおもいます。(時代や文化によって異なるという原文に勝手に宗教も含めさせていただきました。)私には、日本の姿勢もそして廃止に踏み切った国の姿勢も考え方の違いとして理解できます。むしろそれぞれの国を同一視することに疑問がわきます。
私は(No.6 tmxさん指摘の)『死刑が廃止された国々などに住んでいるおそらく世界の多くの人達』のなかの一日本人です。 そして私のいる死刑廃止国でも問題を抱えていないわけではありません。それでも廃止に踏み切ったのは(私が思うに)宗教的な概念の違いが大きいのだと感じます。ですから日本が安易に『世界が死刑廃止だからわが国も』という意見については反対立場をとらせていただきます。
鳩山法相の就任当時の『死刑はベルトコンベアのように粛々と執行すべし』発言は、私は、彼がただ単に人としてサインしたくないという(一般人的な)気持ちの表れだったと理解しています。法相の発言としてどうかという問題とは別として、避けたいという人としての気持ちの表れみたいに感じました。(だって自分が同じ立場なら・・理解できますもの。)彼の発言を擁護しているのではありません。公に発する言葉ではなかったと私も思います。
就任後の鳩山法相の態度は法相として法を重視する姿勢の表れだとおもっています。人間の命を奪う刑には、それにかかわる関係者は皆さんは想像できないほど悩み苦しんでいるのだと感じます。そういった意味で私には、死刑存廃論議はできません。
鳩山大臣の死刑に対する姿勢にはわたしも賛同できませんが、朝日のこの文章はひどいですね。批判というよりジョークのネタにしていい、と執筆者がおもっているように取られてもしかたないとおもいました。
No.55 A.K.さま
補足説明ありがとうございます。世界には宗教に重きを置いている国の方が多いですよね。宗教に対する日本の考え方は、世界から見ればどちらかといえば「例外的」だと思います。臓器移植や幹細胞研究に対する考え方でもいろいろありますものね。素人の私なんぞは「(人の死を待つケースもある)臓器移植」よりも「(本人の細胞から採る)幹細胞」の方が倫理的じゃん、なんて思ってしまいますが、ブッシュ大統領はそうは考えていないようですしね。
ただ、そういう価値の多様を認め合うことで、人類はこの小さな惑星の上で共存しようとしているのではないか?と思います。
相手の「悪い部分だけ」をことさらに強調して、他者の価値観を否定するこというのは悪しき因習で、そこから戦争やテロが起こる、ということを、人類は少しずつ学んできたのだろう、と思います。未だ道半ばですが。
大臣の就任時の発言の真意について、私もA.K.さまと同じような理解してしております。「ベルトコンベア」はいただけない表現でしたけど。
以前に「宗教的な理由」で「執行命令」にサインをしない、と言った大臣もいましたが、大臣の信じる宗教で死刑が執行されたりされなかったりするというのはおかしいと思います。というか、大臣の「気分」で死刑の執行が決まる、というの「法治国家」としては間違っていると思います。
No.57 通行人1さま(敬称こだわらせていただきました。・・・呼び捨て社会にいるので汗)
むしろ私のほうこそ、更なる補足を頂き感謝しております。大臣の「気分」で死刑の執行が決まる。というの「法治国家」としては間違っていると思います。には強く同意です。公私をきっちり、別ける姿勢は大事だと思います。極端な発言がベルトコンベアーだと感じていますが、もっと慎重に対応すべき発言ですよね。
『多様を認め合う』は私も心から願うことです。ただ今の日本に響く言葉なのか?という不安も感じています。
No.58 A.K.さま
どうぞ、お気になさらず(^o^)
価値の多様のくだりはJFKの「アメリカン大学演説」の受け売りです(^^; 45年前(1963年6月10日)にはアメリカに、こういうことを言う大統領がいたのです。
互いの相違点が存在することを認めよう。しかし、同時に互いの共通の利益にも目を向け、相違点の解決に努力しよう。
そして、もし今相違点を克服できないとしても、少なくとも多様性を認めるような世界を作る努力は成せる。なぜなら、最終的にはわれわれの最も基礎的な共通点は、皆この小さな惑星に住み、皆同じ空気を吸い、皆子供たちの未来を大切に思い、そして、われわれは皆死んでいく身なのだ、ということなのだから。
日本という「同質性」を求める国にいる私より、A.K.さまの方が実感を持って受け取っていただけるように思います。
これからもよろしくお願いいたします。
このエントリーを読んでいて、モトケン先生が、なぜ医療問題に関心を持って下さったか、なぜ医療従事者がこのブログに惹かれるのか、自分なりに感じました。
ウィキペディア トリアージ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B8
〜引用開始〜
>(前略)傷病者が圧倒的多数の場合は、できる限り多くの人命を救助するため、処置を実施しても救命の見込みが無い傷病者は切り捨てる、すなわち見殺しにせざるを得ないという現実的な側面がある。(後略)
>(前略)なお、一般病院の救急外来での優先順位決定も、広義のトリアージである。(後略)
〜引用終了〜(引用文中ではこの2文は順序が逆です。是非全文を呼んで頂きたいと思います。)
私は薬剤師ですので、トリアージに直接は関わりません。
しかし、現在、医療費削減のあおりで、病院内の医薬品の在庫を切り詰めざるを得ません。災害が起こった際、限られた医療資源の中で、どれだけのことができるかと考えた際、「切り捨てざるを得ない」範囲を選ばざるを得ない立場でもあります。実際にトリアージに関わる医師や看護師の方々の感じる重圧は、私の比では無いでしょう。
私は、人の命は、平等と思っています。だったら、医療資源が限られている現状でも、一人でも多くの人を救命出来る医療体制を願っています。
それでも、「切り捨てられる立場」のことを思うと、平静ではいられません。それこそ「機械」にでもなったつもりにならなければ、かえって救える命も救えないでしょう。
現場で、法の許す範囲内で、限られた医療資源の中で必死に働いた挙げ句、大手新聞に「また医療ミス!」だの「またたらい回し!医は仁術ではなかったのか?!」だのと、無神経に面白おかしく書き立てられます。当事者でなくとも、現実の修羅場が想像出来るがため、これらの報道には、それはもう深く傷付けられます。
医療従事者は、「人の死」という、「決して取り替えしようもない現実」を相手に仕事をしています。それを理解できない、想像しようともしない立場の人に非難されるというのも、四コマ漫画で揶揄されるのも、とてつもない苦痛です。
「医療崩壊の両輪」といわれるものが、「国家による医療費削減」と「マスコミの偏向報道」と言われる由縁です。現場の人間として、心からそう思います。
あ〜、何だか書いてて重いコメントになってしまいましたが、要はもっともっとマスコミも国民ひとりひとりも、他人事といいますか、無責任な第3者に身をおかないで、「死」について真剣に議論して欲しいな〜 ということが言いたい訳です。
死刑も安楽死も臓器移植も!!
朝日新聞を購読していなくって、良かったと安堵しております^^
死神だの、疫病神だの、小学生のほうが、もっと洒落たあだ名を今はつけますよ
知的センスも、ユーモアもない記事は、プロとしてどうかと・・・
己のために、人の命を殺める人間がいなければ、死刑も必要な制度ではありませんし、鳩山大臣や、その他執行に関わった方々も、誰一人、楽しんだり、面白がったりしてるわけじゃないと思います
多くの人間は一生を終えるまでに、殺人を犯しません
長い人生の間、時には人を憎んだり、恨んだりしても、ためらいや自制心で、思いとどまるのが通常でしょう
死刑執行に関わる方々も同じじゃないでしょうか
ためらいや心の葛藤や苦しみは、私の想像の域を超えてる気がします
非難すべきは、被害者のみならず、死刑判決を受けるような、凶悪な罪を犯したものだと思います
モトケンさんのコメントや、他の方のコメントを見て、今までは判決が出てそれで終わりと思っていたのですが、その後もその事件によって、関わりを持つ多くの方々がいらっしゃることに気がつきました
一つの大きな罪は、本当に沢山の心を痛めることになるんですよね
法相、「死に神」表現に抗議 朝日新聞の記事で (共同通信)