エントリ

 不快感は、理屈っぽさに対するものではなく、反論を禁止した上で個人攻撃を続ける卑怯っぷりに対するものだ

 言わずと知れた小倉弁護士のご意見です。

 矢部先生のブログでは、今度はponさんというコメンテーターが陰湿な集中攻撃を受けているようです。

 「犯罪被害者・遺族も抗議」のコメント欄に関するご意見ですが、集中攻撃を受けているという認識については、ponさんが少数派として多数の批判を受けているという意味ではあたっていると思います。
 しかし、そこに「陰湿な」という修飾語をつけている点で、小倉弁護士の得意技が発揮されています。。

 なお、ponさんのご意見は、例の素粒子・鳩山論争に関するオルタナティブな見方として十分あり得るものであって、

 意見自体がありうるものであることは、多くの人が認めているところであって、ponさんに対する「個人攻撃」のネタとなっているわけではありません。
 コメントの流れを読めば明らかだと思います。少なくとも私はそう認識しています。
 ところで、「批判」と「個人攻撃」はどう違うのでしょう?
 「個人攻撃」はそれ自体で悪ということなのでしょうか?
 仮にそうだとすると、小倉弁護士のエントリは私に対する「個人攻撃」とは言わないのでしょうか?

 その説明も決してわかりにくいものではなかったとは思いますが、

 これには異論が多いと思います。
 ponさんを批判する側を批判する目で見ればそう見えるのかも知れませんが。
 わかりやすければ、あんな議論の流れ(コメント欄参照)にならないでしょう。

 なにせ、「空気を読む」ことが過度に要求されるブログですので、

 まず、「空気を読む」というのは過去に私が使った表現をその意味を考えずに単なる揚げ足取りとして使っていますし、「過度に」というのも典型的印象操作ですね。
 私の印象では、小倉弁護士のネットでの発言の多くは、論理的な主張より印象操作を優先させているように感じられます。
 私が、重視しているのは、「議論の流れ」です。
 停滞したり、堂々巡りになってほしくないわけです。

 このような流れを尊重するなら、その後にponさんを批判するようなコメントは投稿すべきではないし、ponさんを非難するような投稿がなされたらブログ主としてはこれを削除する等の措置を講ずるのが通常です。さもなくば、ponさんは、矢部先生のブログのコメント欄で一方的に非難されて反論をなしえない状況に置かれるからです。

 「このような流れ」として小倉弁護士は、No.302のponさんのコメントを引用していますが、小倉弁護士が批判する「私が問題にしているのは、あなたの発言の内容よりも、そのような発言の姿勢です。」という私のNo.304のコメントは、ponさんが上記No.302の後にコメントしたNo.303の pon さんのコメントに対するものです。(No.303の記載を引用してますから誰が読んでもそう読めます。)
 小倉弁護士は、そのようなコメントの流れを意図的に隠蔽して私を批判しているのでしょうか?
 「不快感は、(中略)卑怯っぷりに対するものだ」という言葉はそっくり自らに返るのではないでしょうか。

 小倉弁護士の批判は、私のブログ運営に対する批判と読むことが可能ですので、その観点からここで述べておきます。

 私のブログは、小倉弁護士のブログとは異なって、常連飛び入りを問わず多数のコメンテイターの投稿や議論がとても重要な位置を占めているブログです。
 ですから私は、コメントの意見の内容については原則としてできるだけ許容する方針でいます。
 しかし、私が望んでいるのは、普通の議論です。つまり、自分の意見を主張すると同時に他者からの批判にも答えることによって、それぞれが自らの認識や理解を深めていくことができればとてもいいことだ、ということです。
 そのためには、発言者に他人の意見を聞く耳を持つことが求められると考えています。
 自分の意見の正当性を主張するばかりの投稿を繰り返すことは議論の流れを阻害します。
 私は、ponさんの当該エントリにおける一連の投稿からそのような姿勢を感じていましたが、No.303の pon さんのコメントによってその認識が確定的になりましたので、私は、 その観点からponさんに対する警告を発したのです。
 他の投稿者のponさんに対する批判も同様の観点からのものとして理解されるべきものです。

 なお、私は、ponさんについていわゆるアク禁にしていてはおりません。小倉弁護士も同様です。
 つまり、ponさんは、今後も私のブログに投稿することはかまわないですし、現時点で投稿を禁止するつもりもありません。
 ponさんが今後も私のコメント欄で発言することを私としても予想し許容しているのです。
 つまり、ponさんが「反論をなしえない状況」というものはありません。
 そうしますと、本件に関する反論にしろ別の問題についての意見投稿にしろ、今後も同様の問題が生じることを避けたいと考えるのはブログ管理者として当然のことです。

 つまり、私がNo.299で「もうやめましょう。」と言ったことのやめる対象は、遺族の責任に関する議論でしたが、No.304で警告を発したのは、No.299以後の発言で明確になったponさんの発言の問題点に関してです。

 コメント欄の流れを読むことができないのか意図的に読まないのかはわかりませんが、自分のブログのコメント欄を承認制にして気に食わないコメントは有無を言わさず公開しない運営をしている人から、コメント欄を公開しつつ運営している管理人の苦労を批判されたくないもんだという思いはあります。
 批判するなとか批判するべきでないと言ってるわけではありませんよ、念の為。
 単なる思いです。

 なお、「感情論ベースの人にとっては居心地がよくないと思います。」についてですが、小倉弁護士は他人の発言に対して揶揄・皮肉を投げつけることは得意でも、他人の発言に込められた皮肉を理解する能力はないようです。
 「(矢部先生のプロフィールを知った上でそのハンドル名を使うのはどうかと思いますが。)」とお書きになっているところからすると、ほんとはわかってると思うんですけどね。
 わかった上でわかってない振りをしているならそれはそれでアレですけど。

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コメント(39)

子分をまたまた取り上げてくれてありがとうございます。
かまってあげないと、ひにくれるので、適度にかまってあげてください。

はじめて書き込みします。
ときどき気になったエントリーの時は追いかけさせて貰ってます。
ふと思ったのですが”層*****”さんが確信犯?ならこういった反応を喜んでおられそうな気がするのですが?
一応あのエントリは興味があり、ず〜とROMしてきたのでもう一度見直したのですが、かの方はほとんどご自分の意見めいた事をおっしゃられてないような気がします。どちらかと言えば殊勝なふりして最後に・・?
よく判りませんが。もしかしてうまく釣られてしまったのでは???でも釣られたのは小倉先生か??
でも、こういったコメントも喜ばせるだけか!!
すみません!失礼しました。m(__)m

タイトルにこだわっちゃいますが「スルーする判断」とでもいうべき事なのだと思います。

発言者を批判せざるを得ない場合は、あるわけですが、そこで実際に批判発言をするのか、スルーするのかはけっこう難しい問題です。

これが、パソコン通信当初からあった掲示板なのかブログなのかでも変わってくるわけで、NIFTY-Serveのフォーラムでは会員削除すると削除された会員は見ることもできない、今のクローズドなSNSのようものでした。


わたしは、表現の自由という点からは、発言者の批判はなるべく避けるべきだろうと考えます。
しかし、多くの発言者が居るネットワークにおいては「何を言っているのか分からない」発言は少なくありません。
それらに対してどうするか?と考えた場合「分からない発言はスルー」でよいだろうと思っています。

この「分からない」の中には、いろいろありまして「発言者の意図」とか「発言者の基本的考え方」というのも含みます。
単に字面の問題ではありません。

こういう見方をすると、現在はネット上での発言のかなり多くが「分からない」であり「スルーする」になります。

そういうものだと思っているし、結局は個人の意見は個人止まりであり、ほかの複数の人を個人の見解で動かすことに結果を求めるのは余りよいこととは思いません。

そうなると、発言者の意見について議論するのは良いとしても、発言態度などは議論の対象にしても生産的ではないでしょう。
つまり発言態度や発言者の考え方などに触れざるを得ない場合には、スルーするべきだろうとなります。

「それでは、議論を盛り上げようという運動を否定するのか?」と受け取られると思いますが、わたしはそれで構わないと思っています。
それでなくても、現代のネットワークでの発言は自律的に暴走することがあります。

強力な管理で暴走を止めるというのは、かなり危ない領域の話でしょう。

ネットとリアルな世界を分けるべきではない、という話がありますが、そういう点に照らして「あんたの発言態度は」といった議論をリアルではほとんどしないわけですから、こういう点からも「分からないもの・触れたくないもの」をスルーするというのはネットに接する上では、生活の知恵というべきものだと思っています。

la_causetteの10/07/2008エントリへの、モトケン先生の公式見解ですね。

こりゃあ、2ちゃんのこのエントリが今夜は賑やかになるだろう。

 出張放火の次は、遠隔放火なのでしょう。
 ご自身が気に入らない投稿には、IPアドレスを開示せよ!と言ってくるので、モトケン管理人さんが困ってもいけないから、これ以上言及しないほうがいいかもです(言論の委縮効)。

la_causetteの10/07/2008エントリへの、モトケン先生の公式見解ですね。

発言者に他人の意見を聞く耳を持つことが求められると考えています

この「聞く耳を持つ」という姿勢が、彼の方には決定的に欠けていると思いますがネ。その上で私もこのように感じます。
わかった上でわかってない振りをしている…


でもこりゃあ、2ちゃんのこのスレッドが今夜は賑やかになるだろう。

モトケン様

「自分の主張の正当性を延々と」というのは、
私にしてみれば私の主張の意味を理解出来ないという人に対する説明のつもりだったわけですが、そうですか。

本当は意味はわかっていたんですね。

私の主張の意味を理解して、かつ私の主張自体にに齟齬が見つからず、それでも私の主張を受け入れられないのと、こういう事ですよね。

ただ、私はモトケン様一人を相手にしている訳じゃありません。
貴方が理解していても他の方は理解していないかもしれません。

例えばあのエントリの私の最後の投稿はモトケン様ではなく、他の方の疑問に答えたものでした。
それをモトケン様に非難される謂れは御座いません。

ちなみに、あのエントリの投稿を禁止していないとの事ですが、
私はあのエントリにおける事実上の投稿禁止勧告と受けとりました。
実効的に投稿を制限できる管理人が「止めましょう」と言えばそう受けとるのが当然ですよね。
ここの参加者全員そう解釈すると思います。
二回も言われたし。

実際のところ、1エントリであれだけコメント数がのびると、私の環境ではコメント欄自体表示できなくなる可能性大です。

失礼、この4はミス投稿ですので、無視して下さい。
6の方を投稿したくて下書き中に操作を誤りました。

>>pon氏
モトケン氏は投稿禁止の際にははっきりとその文言を使っており、撤回の際もはっきりと明示しています。

ROMをしていた私にとってはあの文章は
「(pon氏が主張する「責任」の説明ができないのであれば)やめましょう。」
という条件付き提案に読めました。
最もpon氏にとってその条件が到底飲めないものであれば、事実上の投稿禁止勧告に聞こえてしまうのかもしれません。

ponさまを擁護する気はまったくないことを先に表明しておきますが。

以前、小倉弁護士の件でも生じた事態ですが、ブログ主から停止勧告が出て、集中砲火に晒されている側が投稿を中止した、あるいは中止を明言した後に、批判はおろか(それすらマナー違反)、なお「集中砲火に晒されている側」に対する揶揄・中傷を投稿する人がいることが信じられません。

そういう投稿が卑怯であり見苦しいという点に限り、小倉弁護士の指摘には頷ける部分があります。
(残り99%くらいはいつもどおり「頷けない」部分ですが)

ただ、そういうコメントについて削除はしなくてよいというのが私見です。
「卑怯なコメント」が晒され続けることにより、そのコメントにより揶揄・中傷された人よりも、コメント投稿者の名誉のほうが害されていると思うからです。

サルガッソー様

分からないのであればいくらでも説明するのですが、実際に説明すれば「他人の批判を聞く気がない」「自分の正しさを押し付けようとしている」と非難されるわけです。
お手上げですよね。

その「責任」の意味も今となっては誰もが理解していると思いますよ。

現に理解してくださった方何人もおられるのですから、私の説明が現段階でも不十分という事は無い筈です。

No.7 pon さん

私が此処に来る以前からおられましたよね。橋下擁護派で弁護団批判派だった私は、このブログに書き込むのは勇気がいりました。

キツイ言葉を何度も浴びましたし、優しく説いて頂いた事もありました。このブログでの不毛なやりとりは、他のブログなり掲示板よりも続けさせない、それよりも建設的なやりとりを心がけましょうという常連さんが多いんだと思います。

度々場外乱闘へ行かなければならない場合もありますがね。


しかし小倉弁護士のコメント見てなんとも思いませんか?あなたをダシに使ってるようにしか見えないんだけど。このブログを批判する為に。仮に私がpon さんの立場なら面白くありませんね。同じ意見をもつ一人として擁護してくれるならありがたいけど、此処に来て論陣張ってからの話でしょって言いたいですね。

陰湿だと思えば陰湿だと思う方にぶつかっていけばいい筈なんだけど、このブログ自体を批判したいが為のエントリと思いますね。

ゲン様

ご自分のコメントをよく読み返してみると良いですよ。
貴方が仰る「非難されるべき小倉氏の言動」と似たような事をやっています。

小倉氏のコメントについては、自分が当事者であるということを差し置けば、fuka_fuka様と同じ感想です。

その他の「小倉弁護士vsモトケンwithモトケンブログ常連」の点については特に興味無いです。
誰が何を言ってどんな立場にいるのか全然知らないので。

No.13 pon さん

>貴方が仰る「非難されるべき小倉氏の言動」

発端はこのブログじゃないですか。発端で無い場所から批判めいた事を書くなら、まず此処で発言すればいいと思うのですが。

pon さんを例に取り上げ、空気読めなきゃ参加する事が難しいブログ、のような表現はするべきではないのでは?ブログ自体を批判したいのかなと思います。

あなたが去った後の批判がどう評価されるかは、それぞれ思う所があると思います。意見を交換した者同士、合意の終了が無ければ続く場合もあります。見ていて気持ちの良いものではありませんがね。

ponさん

>例えばあのエントリの私の最後の投稿はモトケン様ではなく、他の方の疑問
>に答えたものでした。
はい、お返事ありがとうございました。
ずっと引っかかっていたものが取れた気はします。

ただ、余計なお世話かもしれませんが、、、
〜「犯罪被害者・遺族も抗議」No.303より(注:括弧内は私の追記)
>ただ、こうしたケース(冤罪による死刑)は議論の前設定から外れるものであり、
>正当行為としての死刑ならば単に自覚と読み代えられるという事なので
>触れませんでした。
ということですが、議論をより深めたかったのならば、
冤罪による死刑が「議論の前設定」から外れているとお考えならば、
暗に意味を含めた「自覚だけの問題ではすまないかも」といった言葉は
付ける必要はなく、逆に、冤罪による死刑も議論に絶対的に必要だと
お考えならば、その旨を表明しておいた方が、皆さんの誤解も少なかった
のではないかと思います。
*あくまでレトロスペクティブな感想です。

 もう一度確認しておきますね。
 あなたは死刑に関与する人間の心情という極めてセンシティブな問題に対して、挑発から始めたのですよ。
 これだけで十分非難(批判ではなく)に値します。
 そして、何人もの人からの質問をはぐらかしたあげくに、詭弁で話を終わらせたのです。

 それも

もし被害者遺族が冤罪を認識した上で、もしくはその可能性を認識した上で死刑を求めた場合、(No.303

などというある意味で被害者遺族を最大級に侮辱する説例をあげて自分のコメントを正当化しようとしたのですよ。

 その点についての釈明があれば聞きましょう。

水戸黄門みたいなドラマの脚本で考えてみましょうか。
ああいう勧善懲悪モノのストーリーで脚本家が、黄門様ご一行が悪代官一味の悪行三昧を脇において、悪代官の上司にあたるお殿さまを「助さん、格さん、懲らしめておやりなさい!」としちゃう筋書きを書いてきたら、「なんでやねん」とツッコミが入りますよね。
Ponさんに対するコメントの多くはこれ。

「そういう展開にするなとは言わないが、せめて視聴者にも『悪代官じゃなくてお殿さまを懲らしめる理由』がすんなり理解できるシナリオにしてよ」という感じのもありましたね。

これで脚本家が、視聴者の納得がいくストーリー展開に改稿するなり、もともとのストーリーを視聴者が理解できるように補充するなら、何も問題はないわけですよ。
ところが、ストーリーの手直しは一切応じない、説明の補充は「説明になってない」言葉をただただ積み上げるだけ。

ドラマのシナリオライターなら、即契約解除でご退場いただくところですが、幸か不幸かモトケンさんのブログは「意見交換の場」。
余人に理解できない「超展開」のシナリオを押し通さんとするライターがいれば、他の参加者が無視を決め込まない限りは、そりゃ質問攻め・反論攻めにも遭うでしょう。
争点となっていることと違う材料を持ち出して対抗しようとすれば「話をそらすな!」とも言われることでしょう。

脚本会議には脚本会議の目的・ルールがあるように、モトケンさんのコメント欄にも「意見交換」だとか「議論」という目的があります。
そうすると「意見交換」や「議論」には、それに適切な発言の姿勢というものがありますから、酔うぞさんのおっしゃる『発言態度などは議論の対象にしても生産的ではないでしょう』に関しては、その議論自体が「生産的でない」ことについては同意するものの、そうして土俵・環境を整えることに拠って正常に「意見交換」や「議論」が可能になることに鑑みれば、無益ではない・・・少なくとも「有益ではない」とまでは言えない、と思います。

ゲン様
あいう成り行きの後でこんな皮肉めいた事は言いたくないのですが(言いますけど)、

>まず此処で言えばいいと思うのですが

という事ですよね。
ゲン様が今仰ってる事はゲン様が小倉氏のブログで発言すれば宜しいかと。
私に小倉氏の件でリアクション求めても無駄ですよ。
今のところどちらにも肩入れするつもりはありません。

Pedatrician様

責任を「自覚を持つ義務」と読み替える事には今でも違和感があります。

ある状況でaとbが同値であっても、別の状況ではb⇒aが成立しない場合もあります。

具体的に言えば、
「お前は責任を『自覚を持つ義務』に読み替えても良いというが、じゃあ遺族が冤罪で有ることを知りながら死刑を求めたらどうだ。自覚だけの問題で済むのか?」
という具合に"私が"突っ込まれて、その場で釈明する事はしたくなかったのです。
それこそが「後付けの言い訳」と呼ぶべきものですよね。

という事です。

ponさんが、投稿禁止になった後に追い打ちをかけるような投稿をしたのはみっともないことだと思えました。その意味でだけ、小倉先生に同意する部分があります。
でも、どこかで行司役が止めないといけない状況というか、疲弊するだけの状況であったのは確かです。わかってもらえてないと感じた時にどうするか、わかってもらうための努力をする。当然です。でもわかってもらえなければどうするか。努力をする。当然です。でも、わかってもらえない。もう、望みはないでしょう。
もちろん、ケースバイケースで粘り強い努力によってわかってもらえるという現象はあります。新しい事実や理屈が功をあげることもあるでしょう。
しかし、そういう場合は圧倒的に少ない。きちんとした議論ができないと色眼鏡で見られたら一度はひいた方がたいていいいでしょう。
少なくとも、正直いって僕もそうですが、議論をする力量の乏しいものはいつも自分の言いたいことを言い続ける。相手の言ったことの全てではなく、自分の気になったところだけに答えていくという方法では望みがないでしょう。

モトケン様

一応確認しておきますけど、私は先のエントリで「止めます」と既に明言しています。
である以上、ここで先のエントリの続きをやる事はしません。
言動不一致ですもんね。
ここでのコメントもあの議論のメタ的な立場に立ったものに限ったつもりです。

という事を前振りとしてコメントにお答えするのならば、
モトケン様は拳の落としどころに迷っているように見受けられます。

私に対して非難を浴びせはするものの、その非難の中身は一定していません。

モトケン様は私のコメントの意味そのものは正しく理解していると思います。
そして、私のコメント自体にも明らかな齟齬、矛盾を認めていない。
それでも私の主張を受け入れられない。
こういう位置にあると思います。

そこに至ったのならば、私がモトケン様に言うべき事はありません。

「それでも遺族に重荷を負わせるべきではない」とする立場を私は認めます。
反論は何もありません。


遺族を侮辱した、という御指摘には先のエントリが再開したら改めて釈明したいと思います。
(その際には是非とも新エントリでお願いします。現時点でも私の環境ではかなり厳しい事になってるので)

モトケンさんから「他のエントリーでもこんな姿勢だったら・・・」と警告されていたのに・・・(ため息)

 これはNo.18のponさんのコメントに対する感想で、返信等一切期待しておりません。 新エントリーよりも此方のほうが参照しやすいと理解して投稿します。
 (あくまで、ponさんのご主張、ご意見に関する批判や質問ではありません。)


>No.18 pon さん | 2008年7月11日 15:45 | 返信  (Top)

>ある状況でaとbが同値であっても、別の状況ではb⇒aが成立しない場合もあります。

具体的に言えば、
「お前は責任を『自覚を持つ義務』に読み替えても良いというが、じゃあ遺族が冤罪で有ることを知りながら死刑を求めたらどうだ。自覚だけの問題で済むのか?」
という具合に"私が"突っ込まれて、その場で釈明する事はしたくなかったのです。
それこそが「後付けの言い訳」と呼ぶべきものですよね。

という事です。

以上引用終わり。


 「じゃあ遺族が冤罪で有ることを知りながら死刑を求めたらどうだ。自覚だけの問題で済むのか?」と他者から指摘された場合を想定して、"その場で釈明する事はしたくなかったのです。それこそが「後付けの言い訳」と呼ぶべきものですよね。" その場で釈明=「後付けの言い訳」はしたくなかったんですよね。
 「先付けの言い訳」であれば、一人ツッコミなのでウケをとるテクニックとしては非常に難度が高いから、演者と観客の呼吸が僅かでも狂ったら成立しないのもあたりまえだなと思いました。


 モトケンさんのNo.16での【お怒り】も"「じゃあ遺族が冤罪で有ることを知りながら死刑を求めたらどうだ。自覚だけの問題で済むのか?」と他者から指摘された場合を想定"したものですから、ご本人の意見ではないという事ではないでしょうか。


 ちなみに「先付けの言い訳」は事項に対する(補足)説明ではなくあくまで一人ツッコミ"芸”として私は受け取っています。 つまり第三者に対する高度な理解力を要求するモノで私なぞ"タネあかし"がなければ「先付けの言い訳」などと理解できる可能性は微塵もありませんでした。

 このコメントが他の方の理解の一助となればと思い投稿します。

モトケン様、チョット確認させて下さい。

このエントリは、小倉氏がテーマのエントリでしょうか、それともpon様の投稿姿勢を糾弾するエントリなんでしょうか?

テーマが後者であるならば私の理解がトピズレとなりますので、今後のこのエントリへのスタンスを再考せねばなりません。

 実は昨日
「これ以上は不毛です。これ以上議論を続けても『自称コメントのレベルが高い某ブログでは』とか言いながら小倉さんが喜ぶだけです」
と書こうか迷ったおいらとしてはあまりにも予想通りの展開で吹きました。
 んで、これ以上続けるんですか?もうお互いこの件については分かり合えない、と言うことで分かり合えたじゃないですか。スルーが原則は今は昔のお話、と言うのは小倉さんの言ですが小倉さん自身が「スルーの大切さ」を身をもって証明してくださってるのですよ。

悩ましいなあと思うのは
確かに投稿禁止となった相手に追い打ちをかけるのは美しくない
しかし世の中かには勝手に自分から「もうきません!」とか宣言して帰って行かれる方もいるわけです。
その場合いわゆる「言い逃げ」になるわけで、もういないんだから他人に批判するなと主張するのは卑怯な気がします。

pon氏の件はどちらの要素も併せ持っているわけで、(お引き取り下さいともう来ませんがスレ違い)
モデルケースとしては不適だと思います。

ブログ主の気に入らないコメントは闇から闇へ葬られる承認制の某ブログより、たとえ結果的に荒れることはあっても、誰のコメントだろうが無条件で俎上に上げてくれるこのブログを支持します。

時としてモトケンさんが特定のコメント者を締め出すことがあっても、ブログ主の恣意という意味では承認制でのコメント選別作業と何ら変わるところがないと思います。

「空気が読めないコメントは最初から載らないブログ」と「空気が読めないコメントは批判されるブログ」では、後者の方がまだしも健全でしょう。

清潔だがマナー違反を犯せば射殺されるフランス料理店と、混沌としてるけど出入りは自由な場末の居酒屋なら、私は後者に行きたいです。

モトケンさんが売られた喧嘩を買うタイプなのは存じていますが、もう放っておかれた方がいいと思いますけどねえ・・・。

「一応ご紹介しておきます。」のエントリも拝見しました。(読むのに疲れましたが・・)
そして新たにこちらのエントリが建てられてあり、ため息が出るばかりです。
小倉弁護士は何故これほどまでにこちらのブログに粘着(?)するのでしょうか。(同じ弁護士だから?)
ここまで来ると子供染みた執着心に見えます。
弁護士先生という、私なんぞから見れば、尊敬に値する職位に居られるのですから、このようなエネルギーを本業で発揮され、ご活躍されることを切に願いたいのですが・・。
モトケン先生のご立腹も理解できますが、みみみ様の仰られるように放っておくしかないように思います。

法務業の末席様
>小倉氏がテーマのエントリでしょうか、それともpon様の投稿姿勢を糾弾するエントリなんでしょうか?

私も変な感じがしておりましたが、一連の流れの中では小倉弁護士のスタンスに対するものと思いましたので(pon様には本当に申し訳御座いませんがm(_ _)m、どなたか仰るようにダシに利用されていると思いましたので)・・・。

小倉弁護士のネットでの発言の多くは、論理的な主張より印象操作を優先させているように感じられます。

モトケンさん、随分と控えめな感想ですね。
ここには敢えて書きませんが、私はもっと直截な「結論」を導き出しています。
あの人は、一つ覚え芸しか出来ない人だ、という類の。しかも芸としてもプロの芸人のそれではなくシロウト芸の域を出ない。

いつぞや日本のカラオケ機器開発者がイグノーベル賞を受賞しましたが、そこで受賞理由に挙げられた「素人の熱唱」に対する評価と同様の感想を、あの人の「熱弁」に抱かざるを得ません。

法律知識と実務に関しては、そりゃ専門家であらせられますからには尊重するに吝かではありませんが、それ以外の部分に関しては、私はあの人を「哀れ」に感じています。

 オランダの諺にこんなのがあります。
>やられたら復讐せよ,絶対に復讐せよ
>最高の復讐は,相手を無視して自分が幸せになることだ

 世の中には不思議な弁護士先生がいらっしゃいます。
 この先生が擁護(返す刀で警察検察を批判)すると、没落又は実刑となる。ホリエモン、NOVA社長、A新聞(ねつ造記事)…etc.
 この先生が(愚か者とか、厭味皮肉当て擦りとかで)粘着・罵倒すると、そのブログ管理人のネット世評がいつの間にか高くなっている。町村教授、落合弁護士、モトケン先生…etc。

 スルー力(りょく)が法曹ブログでも必要なご時世になりました。

(単なる罵倒と認めて削除)

(以下、管理人からの補足コメント)

THTさんは、別エントリでアク禁通告を受けてそれに対して「了解しました。」と言った「通りすがりX さん」と同一IPです。

>酔うぞ さん

>「あんたの発言態度は」といった議論をリアルではほとんどしないわけですから、

 たぶんリアルでは、議論をするまでもないことなんだろうとう思います。
 議論の仕方を知らない人間はリアルにもたくさんいますが、そういう相手に対しては、議論の仕方を教えるか議論を打ち切ることによって議論の仕方を知らないことを結果的に教えるという対応になると思われ、議論にまでなることは少ないと思います。
 それを議論しなければならないという点が、ネットがリアルと違うところの一つなのではないでしょうか。

 私としては、ネットの片隅であるこのブログにおいて、リアルと同様の議論をしたいと思ってるんです。

 スルーすればいいのではないかという意見は当然あるわけですが、より多くの人とリアルと同様の議論をするためには議論のあり方、やり方、姿勢というものを議論する意味は大きいと思っております。
 その点を議論したことにより、投稿姿勢に変化があった人も何人かおられるはずです。

 議論してもだめなら、目障りなので最終手段をとることになると思いますが。
 どういう意味で目障りかといいますと、全員が全員スルーするわけではないので、どうしても本筋から外れたやり取りが溜まってしまうからです。

 サーバのリソースが無限でないという点も、最近では無視できない状況になっています。
 システムのバージョンアップにより、ほんの若干改善されたようですが(^^;

>法務業の末席 さん

 このエントリは、小倉弁護士のエントリに対するレスであることは間違いありません。
 で、その小倉弁護士のエントリですが、小倉弁護士の主観的意図はともかくとして、私のブログ運営に対する批判を内容とするものです。
 ここでブログ運営の内容というのは、コメント欄のマネージメントということになると思います。
 
 このブログにおけるコメント欄のマネージメントにおいて、私、酔うぞさんの宛のコメントに書いたように、普通の議論を目標の一つにしています。
 そういう観点から、個々のコメント投稿者の投稿姿勢、発言姿勢というものに対する希望もエントリの趣旨に含めています。

 つまり、小倉弁護士に対する反論とponさんの投稿姿勢への批判は、関連しています。

No.31 モトケン さん

議論を打ち切ることによって議論の仕方を知らないことを結果的に教えるという対応になると思われ、議論にまでなることは少ないと思います。

わたしはこれはネット上でも重要なことだと思いますよ。

議論が衝突するのは、理解が足りないためでしょうから、衝突した議論を深めて十分な理解に達するというのは、結果としては良いのでしょうが、それでは「元々の理解が足りないことは改善されるものなのか?」が残りますよね。

そうなると、理解を深めるよりも、元々理解が足りないで論争になったことの問題、をどうやって直すのか?というのが置き去りになる傾向があると思うのです。

この部分は、「分からないからスルー」というのが有効であろうと思っています。

議論でくぐってみたら見つけました。

http://iwatam-server.sakura.ne.jp/software/giron/giron/index.html

 議論のための議論で投稿する方、へ理屈や後だしジャンケンを使っても自説を正当化する方、厭味皮肉当て擦りで批判非難を常用する方……、こういう方は、最初から真摯に議論を重ねて理解を深めようという意図も誠意もないので、やむなくスルーでいいと思います。
 なお、真面目な方なのに「議論とは論破して勝つことが重要」という特異な価値観を持っている方も、経験則的には、同様に放置プレイで対応される(つまり、ほっておかれる)ことが多いです。
 これはKY(空気嫁)というよりは、TPOを理解できない(時と場所柄と状況をわきまえろ)というかわいそうな方なのでしょう。
 こうしてみると、ネット上の議論も現実社会の議論と大差なく、ネットならではの「時間的間隔に打ち勝つ作用」と「距離的感覚に打ち勝つ作用」が付加された「文字を通じたリアルタイムの公開意見交換」だと思います.

 ただ放置相当の人でも、看過できない客観的で明白な誤り・誤導(例:IT技術、法律解釈、統計処理)は、その道の専門家が間違いを厳しく糺してネットの知的レベルを維持しようとするのは当然かと思います。

 最近、ちょっと暇なのでponさんの投稿ばかりを通し読み
してみた。
次に、他の投稿者の投稿も交えて通し読みしてみた。

その次に特定の投稿者の投稿を飛ばして通し読みしてみた。

最後に、その特定の投稿者に対する(と思われる)ponさんの投稿も飛ばして通しよみしてみた。

 最後の読み方終了後の率直な感想ですが、

 わりと、集中砲火を浴びせながらもponさんの投稿を
よく読まずに投稿している方ほど「頭に血が上って」いる
ように思えた。
 同意、不同意は別にして議論が噛み合っている場合にも、
すぐに横から槍が飛んできている印象。


 皆さん発言したいと思いますが、ある程度順番を守ると
いうか、誰かとやり取りしている間は、決着するか、膠着
するまで静観するのも迷走を止めるひとの手かと思います。
 このブログで議論が迷走するのは、どこのエントリの
どの議論にも口を出さずにいられないタイプの方の遠慮を
しない投稿が一因でしょう。
 ponさんも痛烈な言葉で批判しておられましたがw

 なを、「スルーが原則」というエントリでの単語に反応して
の投稿であり、「被害者遺族の責任」うんぬんの内容につきまし
てはまた別問題です。


 


 

 ここまで来ると「スレ違い(トピズレ)にはスルーが原則の復活を!」と言いたくなりました。

(通りすがりX氏と同一人物と認めて削除)

>No.32 モトケン 様
返信が遅れました、お詫び申し上げます。

いわば「両睨み」ですか。
2つの論点を別のエントリで分けた方が、議論の流れはスムーズになると思うのですが。

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