エントリ

 小倉秀夫弁護士は、ご自身のブログにおける一連のエントリで、医療側は

 「すべての医療ミスを免責せよ」と主張している

と一生懸命主張されているのですが、何のためにそのことを「必死に」(あえて括弧書き)強調されているのか、よく分かりません。
 医師に対する刑事免責について反対するのであれば、医療側が刑事免責を主張する根拠事実や論理について批判すればいいと思うのですが、誰が見ても明らかな過失事例で有罪判決が出された事例をあげて、つまり医療側が刑事免責を求めている主要な状況とはかけ離れた状況をネタにして印象操作をしているだけで、医療側の主張に真っ向から反論しているようには読み取れません。

 ただ、

 「すべての医療ミスを免責せよ」と主張しているものと受け取るのが普通です。

というような、小倉弁護士の主観的印象を繰り返しているだけです。

 ここで、小倉弁護士の文章の読み方について付言しますと、小倉弁護士、「書き手の「言いたいこと」を認識するに当たって、直接書き手と連絡をとってその真意を確認しなければならないのでしょうか。」というエントリで以下のように述べられています。

 記載された文章を通常の用法に従って読みくどく(ママ)ことによって、書き手の「言いたいこと」を認識する、というのは、当たり前のことだと認識していました。

 これは、条文解釈におけるいくつかの考え方のうち、文言解釈と呼ばれるものに相当すると思われますが、条文解釈は文言解釈だけではありません。
 条文の言わんとするところを読み取る解釈の方法としては、類推解釈、拡張解釈、反対解釈などがありますし、必ずしも文言に表れていない立法趣旨なども解釈の基準としては重要なものです。

 このような解釈の多様性というのは何も条文解釈に限ったことではなく、他人の発言や文章の意味を理解するにあたって常に考える必要があるものです。
 特に文字コミュニケーションであるネットでの発言の理解のためには、言葉の解釈という作業が特に重要です。単に揚げ足取りをするだけであるならば、相手の発言の文言によって表される形式論理に対する反論を考えればいいのですが、建設的な議論をしようというのであれば、そのような文言解釈だけでは全く不十分です。

 というわけで、私としては、他人の発言の解釈のためには、その発言がなされるに至った経緯や根拠、つまりどのような状況のどのような点を問題にして、それまでにどのような議論がなされていたのかなどを解釈の資料とすることは当たり前だと認識しています。
 特に、実務法曹は、依頼人や相手方の「言っていること」だけを考えればいいのではなく、「言わんとすること」または「言いたいこと」を汲み取るということがとても重要であると考えています。

 小倉弁護士に、ネットにおける議論においてそのような姿勢が見られないことがとても残念です。

追記
 私が端的な表現を控えていることは、小倉弁護士にもお分かりかと思いますが、それをどのように理解されるかは小倉弁護士にお任せします。
 小倉弁護士がこれまでに記載した文章とこれらから記載する文章を通常の用法に従って読みくどく(ママ)ことによって、小倉弁護士の「言いたいこと」を認識したいと思います。
 小倉弁護士が最近のエントリで指摘された「覚悟」という言葉が頭に浮かぶ今日この頃です。

さらに追記
 他人に対する消極評価をするときにはそれが正当な批判であることを微塵も疑わないが、他人から自己に向けられた消極評価については、その内容を検討・反省することなく、不当な非難、悪口あるいは個人攻撃と感じてしまうというのは、匿名であっても実名であっても人間であるならば誰しも陥りやすい欠陥であると思われます。
 言うまでもなく、この追記は、小倉弁護士の「お気の毒に。」に触発されたものです。
 小倉弁護士がどなたを対象に指摘されたのか必ずしも明瞭でありませんが、我が身を省みれば思い当たる節がありますので、自戒の念を新たにするとともに、適切なエントリを書かれた小倉弁護士に感謝の意を込めて、同エントリにトラックバックさせていただくことにします。

 なお、小倉弁護士のブログ経由でこのブログに来られた方は、今、「医療側からの刑事免責の主張をどう理解すべきか」において、医療崩壊問題に関する活発な議論がなされていますので、一読していただけますと幸いです。


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コメント(23)

口が悪いと言われそうですが、小倉先生の極論オンパレードなエントリーを読むと「頭痛が痛い」状況になります。
これは変な表現ですが表現を変えると、感覚的には「反日韓国人のファビョッた言いタグリ」を彷彿とさせる訳です。
(O先生が半島出身だと言う意味では有りません、念のため)

なんの意味もない

これは変な表現ですが表現を変えると、感覚的には「反日韓国人のファビョッた言いタグリ」を彷彿とさせる訳です。
(O先生が半島出身だと言う意味では有りません、念のため)


などは、ちょっと嫌悪感がします。

建設的な、ということを常に言っておられるモトケンさんの趣旨にも合わない発言だと思います。

>:loop
>type \x0d\x0a
>goto loop

何を言いたいのかとか疑問にするより、もういいかげんスルー・無視でいいんじゃないでしょうか。
誰かが反論しても、揚げ足取りと極論のコメントを返すだけだし、答えにくいものには無視するかうやむやにするだけだし。
議論する価値のある相手じゃないでしょ。
誰も相手にしなければ黙るんじゃないですか?ムリかな…

モトケン先生を始め、多くの方々に
ご迷惑をおかけしてすいませんm(__)m。

私もスルーで良いかと思っていたのですが、
変なコメントもあったことですし、
一応、自分のスタンスを明らかにさせて頂きます。


『刑事免責を適用すべき範囲』ですが、
私は、故意を含めた犯罪の可能性があるものは、
最初から警察が扱うべきだと考えます。

そして、犯罪の可能性が否定された時点で
『医療安全調査委員会』に調査を戻すべきですが、
第3次試案は、『事故調→警察』の一方通行であり、
逆はありません。

例えば、先日の『谷本整形事件』でも
犯罪性が無いと解った時点で、事故調に戻すべきです。
(念のために言っておきますが、
谷本院長が無責だと決め付けている訳ではありません。)

医療安全の向上のために、当事者の黙秘権を奪うのなら、
刑事訴訟提起の条件として、事故調の『刑事処分相当』
を必須とすべきだと私は考えます。

つーか、誰か親身になってあげるリアル知り合いはいないの?

 相手の意見を誤解無く読み取るためには、書き手の表現力と読み手の読解力の両方が要求されます。読み手が自分の読解力に自信を持っていたとしても、書き手の表現が曖昧であったりすれば、誤解を生じることは十分にあり得ることです。そのため、相手の今までの論調や背景を念頭に置くことは、誤解を減らすためには必要な努力であると考えられます。

「すべての医療ミスを免責せよ」と主張しているものと受け取るのが普通です。

 そうなのかもしれない。しかしご自身の読解力に自信があるのだとしても、誤解がないと言い切ってしまうのは、相手の表現力を過信しすぎなのでは無いかと感じられます。匿名の相手の表現力を、そんなに信じてしまっても良いものでしょうか。

 私などは自分の読解力にも表現力にも自信がないですし、相手の表現力、読解力も未知数ですから、誤解はいつでもあり得るという前提に立たないと、ネット上の議論は成り立たないと思っております。

本題とはずれるかも知れませんが、文章の前後を無視して特定の部分だけをとりだして議論することが増加していることを危惧します。

相手の考えを理解するには、時として、その文章のみではなく、言葉に表れていない背景までも理解しないと真意が解らないことがあります。そう言えば、「自民党をぶっつぶす」と言った人の言葉は、議論ではなく、攻撃が主体だった気がします。そんな影響も続いていて、考える前に攻撃的言動に向かってしまう人が多くなったのでしょうか。

小倉弁護士には頑張っていただきたいのですが・・・

飯田先生はまた、大野病院事件だけをクローズアップし、「不当起訴が増えている」という人もいますが、そういった人たちは、ほかの起訴事例も不当起訴だと思っているのでしょうか。過去の医療裁判の判決をつぶさに見れば、未熟な医療や無謀な医療が有罪になっていることが分かるはずですとも仰られています。私も、

これでは、まるで大野病院事件は例外であるかのような印象を受けますが、不当起訴が1件でもあれば、既に恐怖は現実化します。というのは日本の刑事裁判は99%の有罪判決率であり、その源泉は検察が自信のあるものだけを起訴し、それを追認しているのが司法だから、日本の実務面では起訴された時点で解雇される会社さえありますし、マスコミの論調も検察が起訴した段階で推定無罪なんて無視の報道振りです。

つまり、日本の司法は検察官が起訴するかどうかで決まっていると言っても過言ではない状況です。

その中で、不当起訴があれば、それは即ち検察官の業務上の罪とさえ言えます。通常の世界に戻したいなら、検察官は裁量で起訴猶予せずに、どんどん起訴し、結果として有罪判決率を50%以下に落としてくれれば、検察官が起訴しても無罪の可能性があると、マスコミも世論も冷静になれるはずです。

検察官の起訴不起訴で判決されているのと同様な状況を作っておきながら、所詮起訴じゃないか最終的には司法が決めるという法曹界の建前論理で泣いているのは不当起訴された被害者じゃないでしょうか?

ある意味でいえば加害者無き被害者でしょうかね。

あれ?


ふと現実に立ち戻ってみると、
モトケンさんも小倉さんも、「すべての医療ミスを免責せよ」という主張を否定している立場という点では同じような。

なんで小倉さんはモトケンさんに文句言ってんの?
要するに「一部の医師」がおかしなことを言っているのなら、共闘して一部のおかしな主張を批判するところではないのだろうか。


要するに小倉さんの主張は「一部」にしか該当しないので、一部のバカ医師叩きたいだけってことなんでは。
要するに、全体的な問題を論じているモトケンさんたちに対して、一部の匿名の卑怯者を叩こうとしている小倉さんという構図では。
(ただしいつものごとく対象を限定しないためにもめてしまっている)


証拠

http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2008/07/post_e777.html
>これらの諸事情を勘案するならば、むしろ、一部の医師等は、「すべての医療ミスを免責せよ」と主張していると解する方が素直かと存じます。


記載された小倉さんの文章を通常の用法に従って読みくどく(ママ)ことによって、小倉さんが全体を叩いているとみんな読み取ってしまったというところでしょう。
小倉さんと違って、ちゃんと本人へ再確認することでこういう事例は回避できるのかも知れませんが、小倉さんも説明しない人だからなー。

そのあたりこの辺にも表れています。

>医療側が刑事免責を求めている主要な状況とはかけ離れた状況をネタにして印象操作をしているだけで

>脳内で作り上げたに過ぎないもののように言われ」たとしても仕方がないだの印象操作をしているだの言ってしまうのはいかがなものかと思うのです。

小倉さんは「脳内妄想ではなく存在している(から印象操作でない)」ことを重視しています。
モトケンさんは「(存在しているけど)状況がかけ離れたものをネタにしている」ことを重視しています。


要するに、「すべての医療ミスを免責せよ」と言っている人が「存在する」ことだけが小倉さんの拠り所なわけです。
しかし、モトケンさんはそもそもそんな発言を肯定しているわけではない。そもそもすべてを免責なんて認めないと明示している。
この点の不一致が、藁人形による印象操作でしょう。

『「すべての医療ミスを免責せよ」と言っている人がいない』とは言い切れない。
もちろん他人の発言にまで責任は持てないので当然ですが、これを小倉さんとのやり取りの中で、「モトケンさんやまっとうな医療コメンテータ」側の責任として背負わされている状況ではないんでしょうか?

小倉さんがどうにも理解していない(逆にいえばモトケンさんが理解させきっていない)のは、モトケンさんは『「すべての医療ミスを免責せよ」と言っている人をすでに切り捨てている』という点でしょう。「一部のコメンテータが「すべての医療ミスを免責せよ」と言っている」ことをモトケンさんに言ってもしょうがないんですけどね。
言うならモトケンさんが認めた発言の中に、「すべての医療ミスを免責せよ」という発言が入っていた場合のみのはずですが。

つまりNo.4 ただの人 さん が『議論する価値のある相手じゃないでしょ。』と言っているけど、
これに近くて『小倉さんの視点は議論する必要のある内容ではない』のではなかろうか。


モトケンさん的には、「それは誰のどれのこと?」→「その人の発言は自分と一致しません。認容していません。その人のことはその人相手によそでやってね」というところじゃないでしょうか。

いっぺん、「小倉さんが問題視している”一部”」を具体化してみるといいのでは。

>モトケンさんも小倉さんも、「すべての医療ミスを免責せよ」という主張を否定している立場という点では同じような。

 少なくとも現時点では、そんなことは困難だろうな、と私も思っているわけでして

 小倉さんも、正面から刑事免責の当否あたりを問題にするんだったら、変な軋轢は生じなかったんですけどね。
 
 光市事件の弁護団批判問題のときは、ほとんど同じ立場でしたし。

 ところが、小倉さんは例によって印象操作から入っちゃって、まあ言えばボタンの掛け違い。
 そして掛けなおそうとしないで、粘着風絡みエントリ(としか読めない^^;)の連続投稿。

 私から見れば、破壊工作ですね^^

 正直、笑い事ではないんですけど。

 「医療側からの刑事免責の主張をどう理解すべきか」が盛り上がったのは収穫ではあります。

>小倉さんが問題視している”一部”」

モトケンさんは >粘着〜 とされていますが
視野も違います。

la_causetteでは 「過失が有れば刑事」の一点張りで。
全てをそこへ繋げる画策するのに印象操作が必要。

こちらでは刑事の適用や射程以外に、医療システム、行政処分、マスコミや患者の視点・コメントが加わって居ます。

読み比べれば、議論の広さや深さの違いに表れて居ます。

小倉先生のは印象操作である。はまさにその通りであると思います。

小倉先生のblogを落ち着いて読み返してみると、改めて印象操作と指摘されているのであろう表現、の多さに驚きました。

さらに読み返して感じたのは、文章(エントリ)の作り方がモトケン先生と比べると下手だなと。事実と意見が混在していて分かりづらい。定番の本ですが 木下是雄「理科系の作文技術」を読まれた方が良いかと・・・

(あっ、法学部は文系だという粘着風絡みを頂くかも)

>モトケン先生

 僭越ながら、公務員のビヘイビアなら元検事の先生の方が詳しいと思いますが、為にする非難や訴訟マニアの罵倒妨害やクレイマーの粘着執拗攻撃には、理屈が通用しない以上、説得はもはや無意味なので
    にっこり笑って相手にしない
という「守秘義務を負う公務員の黙殺戦術」が最良かと思います。

>説得はもはや無意味なので

 いや、小倉先生に対する説得は意図していません。
 期待していないというほうが正確かも(^^;

 これまでの議論の経緯をご存知ない向こうのブログ経由の読者宛です。

 小倉先生は、「絡まれた」という認識らしい。

 不可思議な感覚です。

 私も同様で、これまでの経緯をご存じない常連様向けも兼ねて、少し読みくどく(ママ)「説得はもはや無意味なので」と書きました。m(_ _)m
 そういえば、法諺の「法は不能を強いらない」(爆笑)と聖書の「真理はあなたを自由にする」(マジ)と格言の「攻撃は最高の嫉妬か隠れた最高の讃辞である」(皮肉)が思い出されます。

>小倉先生は、「絡まれた」という認識らしい。
>不可思議な感覚です。

 それは、小倉秀夫氏が「投射(自分が持っている欲求や感情を自分の物として受容することが出来ず、 無意識のうちに他人に転嫁して他人の責任にしてしまい、自分が相手を嫌っていることを認めようとはせず、相手が自分を嫌っていると思い込むこと)」という欲求不満への防衛機制心理でしょう。
 一般通常人の誰にもある防衛機制心理ですが。

すべては青物横丁からはじまった
べんべんべん

 いや、小倉先生に対する説得は意図していません。  期待していないというほうが正確かも(^^;  これまでの議論の経緯をご存知ない向こうのブログ経由の読者宛です。

そういう意味では小倉さんが、モトケンさんや医療系ブロガーを説得しようとしている姿勢には見えないのは、「これまでの議論の経緯をご存知ない向こうのブログ経由の読者宛」なのかもしれませんね。

モトケンさんや医療系ブロガーを相手に議論しているつもりでないのだとすれば、一々反応されるのを「絡まれた」と感じるのもうなずけます。書かれた方からすれば喧嘩を売られているようにしか思えなくても、書いている本人にはそのつもりはないのだとすれば、困ったものですね。

>モトケンさん

小倉さんが問題視していることが、実は小倉さんと認識が同じというならば、「例によって印象操作」「粘着風絡みエントリ」と言われてもしょうがないですね。
問題の切り分けが出来ていない状態で、他人にその問題をまとめて押し付けてしまっては「藁人形」と言われるのも仕方ないとは思います。

小倉さんはよく、「誰が見ても明らかな過失」で「主要な状況とはかけ離れた状況」を全体的にあてはめて印象操作を行うため、何よりもまずその状況と無関係ということで「切り捨てる」必要があるんじゃないかなと。
「少なくとも〜困難」→「否定を明示してない」とかいってきそうですし。(ということが前にあったので)


「一部」は自分とは無関係です。以上終わり。


とかでいいような気がします。
当然のところ「すべての医療ミスを免責せよ」なんていう人間と違う意見なのに擁護する必要はないわけで。
以上終わりと言っても絡んでくるなら、「一部」の何がどうモトケンさんと関連するのか聞いてみればいいような。


以前モトケンさんが引用したnovtanさんのエントリでも、「一部の状況」に賛同しているわけではない人に向かって「一部の状況」の問題個所を一生懸命説明していたりしますから、常とう手段なんでしょう。
早期に小倉さんのターゲットをこちら側で切り分けて、議論の内容を問題のポイントのみに限定し、そのうえでいらない議論なら廃棄宣言して以降第一声目から廃棄対象です、で却下するくらいでいかないと、本当に破壊されてしまいます。

>yonet さん
>小倉先生のは印象操作である。はまさにその通りであると思います。

どうも「一部の状況」を「一部である人」だけに限定しないのはまずいと説明してもわかってくれないんですよね。

モトケンさんが「本人に聞いてこい」というのも読解力の問題の他に、その人間の意志を代弁できないというモトケンさんの認識があるはずです。モトケンさんに言ってもしょうがない、本人に何で聞かないの、というところを行動に反映させない点が「藁人形」「印象操作」の実態なんですけどね。

>モトケンさん
>小倉先生は、「絡まれた」という認識らしい。

片方だけに言うのもなんですけど、その辺の話は議論の中によくある、「とりあえず自分の方が正しいんですよ」という印象付けの装飾でしかないので反応するに値しないのではないかと。
内容だけでおかしなポイントは多々ありますから、それで十分な気が。

私もたまにやりますけど、遠まわしな批判的立場の表明、(小倉さん視点での)善悪の確定付けだと思っておけばいいと思います。(議論の正誤じゃなくて善悪です。誤りは正すだけなので"絡まれた"と言わない。)
要するに「モトケンさんが間違いだ(かばうべきでない医療の誤りをかばっている)」という装飾部品なので、正論で返すしかありません。

>要するに「モトケンさんが間違いだ(かばうべきでない医療の誤りをかばっている)」という装飾部品なので、正論で返すしかありません。

 僭越ながら、それは正論が通じる相手しか効果がなく、徒労に終るかも知れません(非効率というか無駄w)。
 ああ言えばこう言う(ジョウイウ)空気とシャドーボクシングを強いられるかも知れません。

ふたたび、お邪魔します。

小倉弁護士を擁護する立場にはさらさらないのですが、改めてお尋ねします。皆様の中で「過失」に免責を求めている方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。少なくとも以前お尋ねした時には、「過失も刑事は免責してほしい」という方がいらっしゃったように思います(それに対する反対意見もありましたが)。

大野病院事件の医師側の主張は「正当な医療行為」だったということであり、「やむを得ない医療ミス(過失)」だったことを争っているわけではないのですよね? 「すべての医療ミスを免責せよ、と言っているのではない」という主張は、「医療ミスを免責せよ、とは言っていない」ではなく「ある程度の医療ミスを免責せよ、と言っている」ように聞こえます。その理解が正しいのであれば、どんな医療“ミス”を免責せよとおっしゃっているのでしょう。あるいは大野病院事件は、あくまでも「医療ミスととらえるべきであり、かつ免責すべき行為だった」と主張されているのでしょうか。

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