エントリ

 「医療側からの刑事免責の主張をどう理解すべきか」のコメント数が200を超えようとしていますので、続編を立てます。

 先のエントリにおいて、an_accused さんがそのコメント(No.195)

 このブログ内の話はさておき、我が国では「過失を処罰によって抑制しよう」という考えが根強く、また、刑事司法(というより警察・検察)への盲目的ともいえる信頼があるようです。

  (中略)

 このような法文化を有する我が国において、どの分野であれ「刑事免責」が認められるようになるのは至難の業だと思います。だからこそ、そこは長期的課題として、日医医賠責審査会や各医師会の拡充により「医事紛争を、起訴前・民事提訴前に、第三者機関がさっさと全件鑑定してしまうこと」つまり「法律家やトンデモ鑑定医がでしゃばる前にさっさと医療者側が鑑定結果を示し、紛争処理、とりわけ事実認定において主導権を握ってしまうこと」をお勧めしているわけです。

と述べられています。

 私の基本認識も同様です。

 制度としての(つまり運用面の問題ではない)医療事故に対する刑事免責が、近い将来に実現する現実的可能性はほとんどない、と思われます。

 となりますと、理念的な問題または現状認識のためのたたき台として問題提起する意味で刑事免責を主張し議論することはそれなりの意味があるとしても、それだけにこだわっていては現状は何も変わらないし、場合によっては反対意見による印象操作によってマイナス効果のほうが大きくなってしまう恐れも感じられます。

 引き続き、建設的な議論を期待します。

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前回の話題「医療崩壊の嘘!? その四」に続いて今度は救急医療の話題を。 まずは出 続きを読む

コメント(207)

> 制度としての(つまり運用面の問題ではない)医療事故に対する刑事免責が、近い将来に実現する現実的可能性はほとんどない、と思われます。

 小生もそれは同じです。しかし、憲法改正と同様、可能性がほとんどないからといってなにも動かなければ現状は変わりません。
 医療事故調査制度の落としどころはその時点での社会の情勢や国民の考え、政治情勢などに左右されることは当然です。しかし、ある程度過激な要求をする集団が一定程度いなければ現状維持勢力にいいようにされるだけです。
 1999年以前は医療事故があっても警察が介入することはほとんどありませんでした。医療側の事故隠しなど酷い例もありましたので、元に戻せとは言えませんが。現場で働いている人間にとり病院に刑事が来てカルテ押収するとか、医師看護師の取り調べなどが現実になくなればいいだけなんです。
 個人的には医療における刑事司法の介入に対して新たな立法措置が必要という考えは変わりません。

別に医療人に限った話ではありませんが。

私には上司のフォローなどで大事には至らなかった失敗がたくさんあります。
それを、やらかした時にはものすごい落ち込みます。
反省します。
死にたくなります。

その償いは、研鑽して、他の患者さんに還元することだけでしか払えないと思っています。

一方で、トンデモ医者も見てきました。
必ず再発するヘルニア手術を行うオーベン。
術後高確率で合併症を起こし、それでも術後管理は研修医に投げっぱなし。
彼らを罰する人間はおらず、たぶんどこかで同じことを続けているんでしょう。

刑事罰というもので、もし医療が良くなるというのならば、実は、それほど刑事罰に反対する医者は多くないのではないかと思います。
だけど、そうではないと思っているから、反対している。
もちろん、医道審議会なる子供の遊びのようなシステムしかなかった医療者のprofession autonomyの欠如は指弾されてもしかたがありません。
だからといってそれが、論理的に(感情はさて置きです)、刑事罰を正当化するものでもありません。

極めて現実的に、そうしたprofession autonomyの構築をしていく上で、まずは評価の部分をステップバイステップで着実に組み上げていく。
それが医療司法を問わず、プロの仕事というものではないでしょうか。
しかし、今議論になっている刑事罰の問題は実に拙速な議論で、そうした基礎工事の部分を台無しにする。
骨組みをやってるところに内装工事を始めるようなものです。

こう言い直しましょう。

とりあえず、医療を刑事罰で裁くのはやめろ」と。

まずは、ちゃんと医療者を裁けるのか。証明してみろと。
その上で刑事罰を科すのが適当かどうか議論すればいい。

そもそも、ついこの間まで、事実上、運用の上で、刑事罰など、ほとんど科していなかったのだ。
それに少し、一歩ステップバックするだけの話です。

医療とは関係の無いメーカーのエンジニアです。
前のエントリのNo.85で医療集中部watcher さん が紹介していた飯田弁護士のインタビュー記事「医師の刑事免責はありえない」が日経メディカルオンラインに記載されているそうです。記事そのものは読んでいませんが、O弁護士のブログでの引用内容だけからすると、素人的には納得できるものです。医療関係の皆さんはどのように思いますか。

法律を改正して刑事免責をすることはありえないような気がします。
でもssd先生のおっしゃるステップバック、とりあえず医療を刑事罰で裁くのはやめるというのは有りというか、かなり必要だと思います。
まずは医療の立場から「まっとうな医療を行ってるうちに生じた事故」なのか「まっとうでない部分があった。」のか検討してから「まっとうでない部分」があったら警察に届けるということでいいのでは。
「医療の立場」からでは身内のかばいあいが起きるということを懸念する声もあるかと思いますが、実を言えば本当に身内のかばいあいをする気があれば、事件があったことさえ外部には不明というか、病死の死亡診断書が出ておしまいという可能性だってあるわけですから。

私は刑事免責については限定的賛成の立場ですが、司法が今のままだとすると刑事免責を主張するか、ソフトウェア的な部分を変える(この場合は法律を変えると言うことになるのでしょうか、あるいは解釈変更?)のどちらかが必要だと思います。
どうしても刑事で裁くと言うことになるといくら事故調査委員会を立ち上げても無意味です。事故の再発防止とはほど遠い状況になるでしょう。結局多くの医師が現在の厚生労働省案に懸念を抱いている部分は結局ソフトウェア的な部分(この場合、警察・検察権力の医療問題への越権介入、システムを裁くことではなく個人を裁くという法律の不整備、過失が無くても賠償させられるというおかしな民事裁判などなど)が未熟だからに他なりません。

何度も言うように、労働環境が整備された上でのあり得ないミス(左右取り違え、患者取り違え、投薬量ミス)やリピータ医師については刑事で裁くこともあり得ると思いますが、少なくとも合併症ともとれる症例、救急現場での医療については原則免責とすべきだと思います。

最終的に患者さんのためになる医療を目指さなければなりません。それには今の医療システム、法システムのみならず、国民の医療に対する常識は完全に間違っていると言えるでしょう。国民のコンセンサスを得るのは(医療というもの自体、理解するのが容易でないので)難しいと思います。従って、専門家の間で奮起して粘り強く訴えていくしか無いのだと思います。
その一歩がインターネットによる情報発信であり、啓蒙活動と私は思うのです。その証拠にモトケンさんのブログ上に限って言えば法曹の方と医療従事者との溝が(完全ではありませんが)少しずつ埋まってきているという実感があります(異論のある方も多いでしょうけど、少なくとも私はそう感じています)。

今後どうすべきかと言うことについては全くアイデアは無い状況です。私はこうした政治的な手段やマスメディアに疎いモノで・・・。

刑事免責というと、治外法権を連想します。

在日米軍や古くは中国の租界など、治外法権は何か問題が起こると周囲からボロクソに叩かれます。医療がそんな状況になって国民の信頼を失うことにはならないでしょうか。そんなら免責などされず、堂々と裁判で抗弁したほうがマシ、てな事にならないか心配です。

医師が刑事免責を目指し、継続的に声を発信していくことは
当然と思います。
しかし、時間軸との兼ね合いも考える必要があるのでは
ないでしょうか。
10年後に刑事免責が認められるかもしれませんが、
今は事故調を成立させることに全力を投じるべき時期では
ないでしょうか。
年内成立でも施行まで3年とか5年とかかかるわけですし。
もちろん医師会はじめほとんどの医師はその方向で
最後の調整を図ろうとしていると思います。

> No.6 Cat Surgeon さん
裁判は途方もない労力を必要とします。免責の方が医師の士気低下という面で明らかに有利と言えます。被告の精神的苦痛は何事にも耐え難いことなのでしょう。うつ病になって自殺してもおかしくないくらいの苦痛だと思われます。
事実、イギリスでは医師の士気低下が医療崩壊のさらなる増悪を招きました(最もイギリスで医療崩壊が起きたのは刑事云々は関係ありませんけど)。

ただ、治外法権という意味ではないのだよ、と説明することは必要なのかもしれません。最終的に患者のためになるということを発信していかなければならないのでしょう。
そうしないとおっしゃるとおりになる危険性は十分あります。

全然話題は違うのですが、日本ではアメリカのように検察が控訴できなくなると言うようなことはできないのでしょうか?裁判の長期化も医師の士気低下を招くと思われます。

要は検察に必要なことはちゃんとやって欲しいし、やる必要のないことはやって欲しくない、それだけの簡単な話なのに、メンツのためになぜそこまでやるんですかね?

>前のエントリのNo.85で医療集中部watcher さん が紹介していた飯田弁護士のインタビュー記事「医師の刑事免責はありえない」が日経メディカルオンラインに記載されているそうです。

私にはやはりその論拠が理解できないんですが...
実際の所,裁判官は誤審しても責任を負うことはない(つまり免責)されていますよね.なぜでしょうか?
どうして裁判官は免責で,医師は医師の業務に関して免責はおかしいと言われるのでしょうか?
どちらも,「ミス」に対して責められればいなくなって社会が困るのは同じではないのでしょうか?

元高検検事長は「確かにわが国の医療裁判の無罪率は他の罪種よりも高いのは事実ですが、警察や検察も専門性に配慮して慎重に捜査し、起訴していることを理解してもらいたい。」と言っていますが,はっきり言って今の警察や検察を信用しろと言われても,「はいそうですか」と納得できる状況ではあり得ないでしょう.
ないに等しい「黙秘権」,警察の取り調べ方法の問題,など問題が山ほど解っている状況下で,信じろと言う方が無理でしょう.もちろん本当に警察,検察が医療のことを理解して「謙抑的に」動くというのであれば一考の余地はあるでしょうが,現状では我々としては「故意を除き免責」を主張してもよいのではないかと考えています.

No.8 yama さま

日本ではアメリカのように検察が控訴できなくなると言うようなことはできないのでしょうか?

日本では、無罪の場合や量刑が軽かった場合、検察から控訴(だけでなく上告も)することが許されており、実際に多くの事案で行使されています。
日本では、法解釈(判例)上、「確定してない以上は『一事不再理』にも『二重の危険』にも反しない、憲法違反ではない」 ということで固まっています。

外国(主に欧米)では、一審判決よりも重い判決を求めて検察が控訴・上告することを制度として認めていないところも多いです。
が、日本では上記のとおりなので、日本に導入するには、刑事訴訟法を正面切って改正するほかないように思われます。

今更と怒られそうですが・・・

私は刑事免責(過失に限る)が良いのかどうか未だ自らの意見を持っていませんが、「刑事免責」というこのブログのコメント欄でも定義不明確な言葉は、医療崩壊に関心のない(関知していない含む)多くの人からみると唐突に見え、かつ医療従事者に特権を与えるという捉え方から反発があり、現状で理解を得るのは困難と思います。

他にはないのでしょうか。
せめて刑事免責を求めるのならばその「内容・範囲を明確」にし、その意見に対してある一定の数の賛同あることの明示が必要かと思います。(言い尽くされてますが・・)
また国民全体より「検事・警察」に理解を求めるほうが効果が早くでる気がしてます。(つまり起訴前による適正な判断)

それと「刑事免責」ならば条件が欲しいところです。
私としては、患者遺族が不審に思った場合、希望により「自費」にてAi、解剖による死因追求できる仕組みなんか欲しいですね。
また医療版「ISO90001の制定と認定」、定期的な第三者による「外部監査」なんかも考えています。

小説「チーム・バチスタの栄光」には、もし故意により死亡も素人どころか現場の医療従事者でも見抜けない場合あることを示唆してますよね。医者の前では多くの人は「まな板の鯉」のごとく全てを医者に投げ出している状態であり、故意も見抜けない場合があると考えると「刑事免責」という言葉に不信感抱く部分があることも汲み取っていただきたいと思います。

後、責任ある国民の一人である私が先ずできる事は、周囲の人間に基本的な部分を思い出させることだと考えてます。
1.人は必ず死ぬ運命
2.医者は神ではない
3.医療行為自体は体を傷つけるものである(違法性阻却)
4.人体は未知の部分が多い,多すぎる
5.全く同じ個体はない
6.医学は日進月歩  etc
現場医療従事者の苦悩等の含めて、全体の理解が深まり皆で歩み寄りできることを期待してます。

前エントリNo.198 タカ派の麻酔科医 さん

「誤判=責められるべきミス」とオートマチックに捉えて、関係者の謝罪、辞職、制裁等があるべきだと考えてしまうこと、

しかも、かかる意見が、「誤診、患者の死亡=責められるべき医療ミス」では決してないと繰り返し指摘されている医師の方から表明されるということ、

この2点が、専門家の「ミス」に対して非専門家が寛容になることの困難さを如実に示しているように思われました。

(なお、件の冤罪について誰も悪くないと言っているわけではないです。為念。)

医療側に限らず「医療行為における過失についての刑事免責」を求めていくべきと考えます。

なぜならば、それが逃散による医療崩壊のスピードを減速させるためにコストミニマムな手段であるからと考えるからです。

モトケンさんも薦めている第三者機関による全件鑑定には大きな問題点が2つあります。

一つはリソースの問題。
この財政難の中、医師たちが疲弊しきっている中、誰がどのような仕組みで全件鑑定できるのでしょうか?

二つ目の問題は、鑑定結果が裁判の証拠となりうる問題。
全件鑑定するには当然当事者の協力が必要です。
刑事免責が担保されない状況で当事者の協力は得られるでしょうか?

最後に医療側が刑事免責を求めているのは、医師の保身が主題なのではなく医療崩壊を少しでも食い止めるための手段であることは、理解されているのでしょうか?
このことについての啓蒙が必要と思います。

一患者候補としてご意見を伺っています。

結局のところ医療の刑事免責とは社会制度ですから、社会制度である以上、一面の合理性だけではバランスを欠き、説得力を持たないのではないでしょうか。
エントリのくり返しになりますが、「刑事免責」と「刑事に代わる公正な第三者機関」は、コインの表と裏に思えます。

・人質司法
・刑事裁判は負担が大きい
・世論に迎合した捜査、起訴(さらには判決)
・捜査されただけで犯人視される

こんな現状に問題意識を持っている人は多いと思います。

しかし、こういった現象は医療従事者だけに生じているわけでもありません。

本来解決されるべきは、上記のような問題ではないでしょうか?

こういった問題があることを根拠に、医療従事者の刑事免責を主張するのは、医師でない者からは、やはり違和感をぬぐえません。

会社の命令で、ほとんど休みも取れずに働いているトラック運転手がたくさんいます。

彼らが死亡事故を起こせば、おそらく同じような現象が生じるでしょう。

しかし、彼らが刑事免責を主張しているでしょうか?
そのような主張がなされたとして、それが世の中で受け入れられるでしょうか?

トラック運転手がいなくなっても国民は困ります。医師だけが特別ではありません。

No.15 とら さん
>そのような主張がなされたとして、それが世の中で受け入れられるでしょうか?

周囲を見回してみるならばですが・・・現在の状況では受け入れがたいことだと思います。
いまだに医師=金持ちの先入観で話す人のなんと多いことか・・・

>トラック運転手がいなくなっても国民は困ります。医師だけが特別ではありません。

そういう見方もあるでしょう、でもトラック運転手が大挙していなくなり物流が麻痺すればどうでしょう、実際に物が届かなくなれば餓死だって起こるんですよ。そうなれば運転手を投獄しろと言う意見も出れば免責しろと言う意見も出る気がします。

>こういった問題があることを根拠に、医療従事者の刑事免責を主張するのは、医師でない者からは、やはり違和感をぬぐえません。

とらさん,
最も大事な視点が掛けていませんでしょうか.医師の仕事は直接生命に関わるもの(生命を左右するもの)であるということです.
仕事内容のベースが異なるということを抜きにして議論するのはどうかと思います.「医療だけ特別扱いするのはおかしい」という方も居られますが,「医療はそれ自体が特殊である」ということを考えていないからそのような話が出て来るのではないかと思われます.

しかも医療はすべての国民にとって必要なものですから,それを国全体としてどのように維持すればよいかということも考えるべきではないでしょうか.

No.17 Level3 さん

ご指摘のとおり、医師の仕事は直接生命に関わるものですね。

しかし、直接生命に関わるということは、反面、ミスを生じた際には、そのミスのために、死を含む重大な結果を招くということでもあります。

したがって、医師は責任が重い、本当に大変なお仕事だと思います。

だからこそ、私も含め、世間の人は医師の仕事を尊び、尊敬の念を込めて「先生」と呼んでいるのでしょう。

私は医師の方々を本当に尊敬しています。


ところで、少なくとも理屈のうえでは、"刑事処分に値するようなミスによって患者が死亡した"という事態が生じることは、想定できるのではないでしょうか?

だとすれば、制度として医師の刑事免責を導入することは、やはり不適切だと思います。

問題は、刑事処分に値するようなミスがあったかどうかの判断が適切になされるか、でしょう。

この点については、大いに知恵が絞られるべきと思います。

しかし、"医療は専門性がある"、"だから法曹が医療について判断するのは無理だ"という理由で、一気に刑事免責にまで進んでしまうことには反対です。

専門性が必要なのは、医療の世界だけではありません。

また、全ての国民にとって必要なのも、医師だけではありません。

しかし、それでも、日本では全ての業種の人が、法曹による刑事手続に服しています。

やっぱり医師だけを特別に扱うのは無理がありませんか?

もちろん、法曹の側も、専門的な分野についても判断できるようになるための努力を怠るべきではないと思います。

また、繰り返しになりますが、やはり本来は、
・人質司法
・刑事裁判は負担が大きい
・世論に迎合した捜査、起訴(さらには判決)
・捜査されただけで犯人視される
という状況こそが、改善されるべきであると思います。

「トラックの運転」と「救急医療」を比べれば。
「キャッチボール」と「イレギュラー性の猛ゴロ」くらい違いますよね。

キャッチボールが出来ない、では選手に成れませんが・・・
イレギュラーが捕れなかった選手に罰金?

同列視はできません。

現場で働いている人間にとり病院に刑事が来てカルテ押収するとか、医師看護師の取り調べなどが現実になくなればいいだけなんです。

医療関係の紛争解決のためには、カルテの押収が必要でしょうし、何が起こっていたのかを知るためには医師看護師の取り調べは不可欠だと思います。

もちろん、刑事が行う必要はありません。裁判所がカルテを押収しても問題ないですし、医師や看護師の話から真実を引き出せるような方がいればいいのです。

問題なのは警察が捜査することであるようなので、警察以外の人が病院に関わる行為であれば、特に問題ないのですよね。

本質的に違うんですが?
トラック運転しなければ事故は起きないし人は死なない。
救急医療はしなければ事故は起きないがそれを絶対に必要としている救急患者が死ぬ。

放置して安全なものと放置できないものを比べるのはフェアではありません。

No.19 MultiSync さん

救急医療の現場でのミスにも、

"救急医療の現場だから仕方ないよね。"

というミスもあれば、

"いくら救急医療でも、このミスはあんまりだよね。"

というミスもあるのではないでしょうか?

救急医療の現場では常に"イレギュラー性の猛ゴロ"しかこない、ということではないのではないでしょうか?

また、交通事故の場合でも、簡単に避けられる事故もあれば、ほとんど不可抗力としかいえない事故までありますよね。

車の運転は常に"キャッチボール"ということでもないはずです。

そして、客観的には"イレギュラー性の猛ゴロ"のような事故であっても、事故の直後からそれが明らかとは限りません。

したがって、現状では、事故現場で運転手が警察から逮捕されてしまうことだってあるでしょう。

もちろん、そのような逮捕には問題があるといえそうです。

そうすると、やはり、これは医療事故特有の問題ではなく、安易な逮捕や人質司法の問題ではないかと思います。

考えてみれば、証拠の押収は必要ないですね。提出や後悔程度で充分でした。

不適切な表現をお詫び致します。

前コメの趣旨は難易度に尽いてです。
「習熟すればエラー無く続けられる事」VS「いくら頑張ってもエラーを免れない事」

必要性の意味ではトラックも経済運営を通じて、生活に絶対必要です。

全く違うのは緊急性。
そして医師は逃げる事が通常できないので、刑事訴追の影響は極めて深刻ですね。

刑事免責にも色々あると思いますが、医師の方々が求めているのはどのような刑事免責なのでしょうか


1.警察による捜査
2.検察への書類送検
3.刑事訴追
4.有罪判決


何を持って刑事免責とするのか自体、共通認識が取れていないように思います。

「トラックの運転」と「救急ではない医療」の比較ならどうなのでしょうか。「救急ではない医療」での過失でも免責されるべきなのでしょうか?薬の種類や点滴の量を間違えるのは「ぼてぼてのゴロ」をトンネルするようなものだと思います。

とりあえず、医者と運転手を比べるのでしたら、常時霧に包まれている渋谷ハチ公前の交差点を黄信号でも常時往復する義務を負うバイク運転手、ぐらいまで言うのが適当ではないでしょうか。

霧が薄い日もあれば人が少ない時もあるのでしょうが、たとえ濃霧で混雑していてもフルスピードで突入し、すり抜けることが世のため人のためとされている業界です。

(そして、人をはねたのがケシカランというのが大野病院事件かも知れません)

法律も医療も素人です。
今日は産科のお医者様に大変お世話になりました。
日頃から激務に就かれている医療関係者には心から感謝しています。

ですが、医療事故は全て無条件に刑事免責という意見には抵抗があります。

No.13 ブギーマン@さんへ
>モトケンさんも薦めている第三者機関による全件鑑定には大きな問題点が2つあります。
>
>一つはリソースの問題。
>この財政難の中、医師たちが疲弊しきっている中、誰がどのような仕組みで全件鑑定
>できるのでしょうか?
>
>二つ目の問題は、鑑定結果が裁判の証拠となりうる問題。
>全件鑑定するには当然当事者の協力が必要です。
>刑事免責が担保されない状況で当事者の協力は得られるでしょうか?

医療訴訟に限らない気がするのですが、資料を隠したり改ざんしたりすると
(もしくは疑われると)問題がこじれているような気がします。
 
刑事免責の代わりに、
「事故報告資料については、(個人情報を除いて)原則公開とし、
過失事故に対する刑事訴訟の証拠対象から除外する。」
として、刑事訴訟を制限したら(ある程度)解決できないのでしょうか?
・刑事責任を裁判で追及するためには、事故報告資料以外から根拠を見出す必要がある。
・危ない過失事故事例は、証拠対象から除外するために、正直にどんどん報告してしまえ。
・報告事例を必ずしも全件鑑定する必要はない。重み付けをして重要事例を鑑定して再発防止に生かす。
 
膨大な過去ログの全ては読めていません。既に検討済みの周回遅れの意見であれば、もう、ばっさり切り捨ててください。
#ハスカップさんが以前、アメリカの制度として紹介していたのと、結果同じなのかもしれませんが…

基本的に「刑事訴追はそぐわない」と考えます。

ましてや医療現場は整備された人工芝で無く、雑草と小石だらけの原っぱですから。
「ぼてぼてのゴロ」なら普通に処理できる、事は有りません。

緊急性が無い場合でも、不確実性が大きい。

「技量と精神力の限りを尽くして戦い、結果は、やらなければ解らない」点で医療とスポーツは近い位置に有ります。

エラーをすれば練習でしごかれたり、エラーの多い選手は出番が減ったり(行政処分)するべき。

たった一つのエラーで「グラウンドから放り出して牢獄へ」というのが刑事罰ですから、イチロークラスでも同じ目に遭うかも。

読みそこなって、後先になりました。

>医療事故特有の問題ではなく、安易な逮捕や人質司法の問題ではないかと思います。

その問題がかなりのウエイトを占める事には、同意です。

ただし、交通事故は多くの経験と研究が蓄積されていますが。
医療にはどうでしょう?
「安易以前に無理解が目に付く」と言うのが医療関係者の見方のようですが。

>何を持って刑事免責とするのか自体、共通認識が取れていないように思います。

はい、その通りです。共通認識を形成するのは不可能に近いと思います。医師側ばかりではなく、患者側もですけど。
ですから共通認識は得られないという前提で解決策を考えたほうが良いかと思います。

確かに、医療は人体を相手にしているので不確実なものを相手にしているので、不確実性は大きいと素人の私も思いますけど、何でもかんでも不確実性が大きい事を理由にするのはちょっと…。
 
>緊急性が無い場合でも、不確実性が大きい。
 
(緊急性が無い場合に)薬の種類や点滴の量を間違えるのは、医療特有の不確実性の問題ではないですよね。
もう少し別の問題ですよね。
 
緊急性がある場合や、敢えて副作用のリスクを取って最善の結果を求める場合には、同じ「薬の種類や点滴の量を間違える」という事でも不確実性が増えると思いますけど。
#なんで、みんな、結果ばかり考えて、結果にいたる過程が妥当なのかをチェックするという話が抜けてしまうのだろうか?
#同じ「薬の種類や点滴の量を間違える」という(中間)結果でも、最初からチェックしなかったのか、チェックできなかったのか、チェックしたつもりがチェック漏れだったのか、チェックしたのにすり抜けたのかで、結果が同じだけで全然違うと思うんだけど。

私は、医療ミスと野球選手のエラーを同列に議論するのは適切でないと思います。

イチロークラスの一流選手でも、時にはエラーをします。

子供だって取れるようなフライを一流選手がトンネルすることだってあります。

このように、どんなに一流でも、どうしてもゼロにすることができないエラーというものはあるわけです。

にもかかわらず、そのような不可避的なミスを犯したことを根拠に刑事処罰されてしまうのであれば、ミスが死に直結するというリスクの高い現場で働いておられる方が不安に思われるのも当然だろうと思います。

普通の人が普通に生活しているだけで刑事処罰の対象となる世の中は、やっぱりおかしいですよね。

しかし、他方で、必要な注意さえ払っていれば避けられただろうというミスもあります。

ケースバイケースですが、薬の種類や点滴の量を間違えるというのは、この部類に入ることが多いと思います。

そして、そういったミスのために重大な結果が生じたような場合まで刑事免責することには賛成できない、というのが私の意見です。

なお、一定の割合で発生せざるを得ないミスなのか、それとも避けられたはずのミスなのかの区別が容易でないケースが多々あるだろうことは、医師でない私にも想像がつきます。

その意味で、法曹がその区別を判断する際には、慎重さが必要だと思います。

しかし、そのことと、刑事免責を導入することは、やはり別問題だと思います。

 議論の精密性を考えていただくため、敢えて指摘しますが、アンチテーゼとしてこういう処理例もあります。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080723/crm0807232111052-n1.htm
 警察検察の落ち度を攻撃しているだけでは意味がなく(感情論と誤解されかねられないから)、問題点に対する冷静な分析も必要でしょう。
 利点と不利益を全部出して客観的な目で冷徹に見ることも必要だと思います。どうも刑事免責を求める主張は、場合分けやステップを踏んだものが少なくて短絡的な飛躍が大きく、もう少し段階を踏んだ分析が必要かと思います。それが国民の理解や共感を得るには不可欠だと思うからです。

>薬の種類や点滴の量を間違えるというのは、この部類に入ることが多いと思います。
>そして、そういったミスのために重大な結果が生じたような場合まで刑事免責することには賛成できない、というのが私の意見です。

それを行政罰で罰してはいけないという理由もありますか?
どうして刑事罰が望ましいのですか?

No.35 ssd さん

もちろん、行政罰で足りる場合もあるでしょう。

そのような場合にまで一律に刑事罰が必要という趣旨ではありません。

しかし、ミスの程度、結果の重大性、被害者感情などから、行政罰ではなく刑事罰が適切な場合もあると思います。

刑事免責の導入は、そのような場合にも刑事罰が科せなくなる点で、問題があると思います。

 横レス失礼しますが、行政罰があれば刑事罰は不要というのも飛躍があると思います。医師免許はく奪という行政処分(お医者様にとっては時先生の死刑と同義と拝察します。)を恐れて産科医が激減した場合、やはり行政罰をも免責して「罰」というサンクションを気にせずのびのびと医療を行えるこが望ましいという見解もありかと思います。
 無過失民事責任(民事罰)なら、病院管理者が保険でリスクを分散する方法で(医師個人は保険約款で無責とする)、遺族への慰藉の措置としてかなりの代替手段となるとは思います。交通事故の強制保険がその典型例(損害の公平な分担)です。

最初からチェックしなかったのか、チェックできなかったのか、チェックしたつもりがチェック漏れだったのか、チェックしたのにすり抜けたのか

少し前のコメントと思いますが?

あまりに間違いが多かったので「薬」のパッケージが変わった。
「間違いが激減したと思う」と仰る先生も居られましたね。

私の危惧には。
「それ以前も事故があったけれど、刑事訴追を怖れて原因究明、ましてやパッケージの改善はなかなか進まず」と言った事態も。

しかし、ミスの程度、結果の重大性、被害者感情などから、行政罰ではなく刑事罰が適切な場合もあると思います。

「禁固2年執行猶予3年」と「医業停止3年」ではどちらが想い罰則なのかという議論があるでしょうね。

ただ、全面的に刑事免責を行うと、「点滴中の医療過誤で死んだと思い込んでいたが、実は点滴に毒物が混入していた」という事例の場合、警察の捜査が結果的に遅れてしまうとか、犯罪の見逃しと言う事は考えられますね。

行政罰が適当な場合で、適切な行政罰が下されれば、原則として刑事罰は発動しない、と言う運用がこれまでの警察・検察のやり方だったので別に刑事免責をする必要性はないと思うんですけどね。
本当に刑事処分が必要な場合のために、やはり法の不備は避けるべきだし、わざわざ刑法と言う刑事法の根幹の法律をいじる労力をかけるほど必要性があるとは思えないなあ

行政罰が適当な場合で、適切な行政罰が下されれば、原則として刑事罰は発動しない、と言う運用

そのような運用はあり得ないと思います。行政処分を決定するのは厚生労働省の医道審議会ですが、医道審議会は原則的には刑事処分が確定した後に行政処分を下す訳ですから。

 どこの馬の骨か分からない私の意見(http://www.yabelab.net/blog/2007/01/09-185120.php#c31107)じゃ不信感を持たれてもやむを得ないので、刑事免責に関する論文と判例(比較法学,判例,工学系)を紹介して皆様の議論に資すればと思います。刑事免責は極めて重要な論点ですので、積極説・消極説・中間説のいずれをとるにしろ、精密かつ分析的な説得的考察が必要かと思います。m(_ _)m

アメリカ合衆国における量刑事情としての捜査・訴追協力(1)一連邦量刑ガイドライン5K1.1条を中心に一
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/2531/1/A03890546-00-078020113.pdf(PDF)

刑事免責に関するロッキード事件最高裁判例
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/CBD3D67F4C8F167F49256CFA0007BD9E.pdf(PDF)

平成15 年度 我が国の機械工業分野における21世紀標準化戦略のあり方に関する調査研究報告書
http://www.jmf.or.jp/japanese/houkokusho/kensaku/pdf/2004/15kodoka_17.pdf(PDF)

>しかし、ミスの程度、結果の重大性、被害者感情などから、行政罰ではなく刑事罰が適切な場合もあると思います。

とらさん,
そもそも刑事罰な何のためにあるんでしょうか?
医療行為において刑事罰はどのような利点があるんでしょうか?欠点に関してはこれまで多く出されていましたが,利点は何でしょう?

それは、あくまで再発防止の文脈の中で出てきたもので、刑事責任とリンクする形ではなかったので。
 
刑事責任にからめて、たとえ結果は同じでも刑事責任を負う可能性のある場合と、負う可能性のない場合をしっかりと分別して、この過程を踏んだら刑事責任は問えないという基準をはっきりしろって言う意見は既に出てましたか?
#このチェックをしたことは明らかだから、刑事責任は問えないことを明記しろというような。(行政、立法、司法方面への要求として)
 
専門家である医師の間で意見が分かれるような専門的な部分で刑事責任を問うべきではないというのは、同意なんですけど、そういう限定もなしに、その他の事故でも共通な要素を無視して何でもかんでも医療事故なら免責という論旨は少しおかしいと思うんですよ。
 
でもって、その刑事免責されるためのうまい条件って見つけることができないものなのでしょうか?
 
No.28の意見って、実現できるかは別にしても駄目な案ですか?

 厚生労働省が創設を検討している死因究明制度「医療安全調査委員会」を設置すれば済むと思うんですが、これに医療側が反対してるんですよね。
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■「医師への刑罰は予防にならない」
日本産科婦人科学会・岡井崇理事

 岡井氏は、医療安全調査委員会(医療安全調、仮称)について、「設置の趣旨には賛同するが、中身に問題がある」と述べた。
 死因究明制度の法案大綱案では、厚生労働省の第三次試案に警察への通知の範囲として記載されていた「重大な過失」は消えたが、「標準的な医療(行為)から著しく逸脱した医療」の表記が残っていることを、同学会として最も問題視していると指摘。
 「(警察に)通知されると、捜査当局は『専門家が判断したのだから』と、『重大な過失』として(捜査が)進み、刑罰を与えられることは間違いない」と述べた。
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/16675.html
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 『専門家が判断したのだから』と言うだけで、必ずしも有罪になるわけではないと思いますが、捜査当局が「有罪」との心証を持つのは当然だし、仕方ないことでしょう。

 それが気に入らないなんて、医療側が言い出したら、話が前に進まないわけで、こういう認識はちょっと改めてもらわないといけないと思います。

通りすがりの者(非医療関係者)です。
医療の崩壊を防ぐ意味では,過失による医療事故の刑事免責は必要だと思います。
ただ,モトケンさんが前のエントリで述べられていた「医療行為の妥当性」がある限り,正当業務行為として違法性がなくなる,という点から考えると,一般的な刑事免責は不当だと思います。
皆さんの意見を読んで,
1.緊急医療は免責すべきである。そうでない医療も不確実性があるから原則として免責したほうが良い。ただし明らかに妥当でない医療行為は免責されない(例えば,副作用が見つかり使用中止の通達があったことに気付かず使用した等)。
2.点滴や投薬ミス等の避けられるミスは免責すべきでない。
のように,立場を明らかにして論じるのが良いのではないかと思いました。
もう少し単純化すると,
1.医者の直接の医療行為は,原則として妥当性があり刑事免責される。ただし,妥当性がないことが明白な医療行為は刑事免責されない。
2.医者の直接の医療行為でない,医療体制の管理の過失は,刑事免責されない。
という感じです。

Wikipediaの「刑罰」の引用ですけれど、
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 刑罰自体による反省を与える効果とともに、それに当たって一定の教育を施すことで再度の犯罪を予防しよう(教育刑論)、という狙いがある。このような立場を目的刑論という。

 一方で、一定の犯罪を犯したことに対して、それに見合うだけの刑罰が当然に科されるべきである、という刑罰を科すこと自体を正義とする応報刑論がある。

 日本における通説は両者の側面を否定せず折衷する相対的応報刑論であるとされる。
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 刑罰には犯罪の予防効果のほかにも、罰を科すこと自体で正義を成す意味合いもあると考えられています。
 なので、例え刑罰によって、医療における過失の予防が期待できないとしても、そのことをもって、医療に刑罰を科す意味がないと言うことにはなりません。

もともと、日本では、個人が救済を求めて(民事)訴訟を起こすということがあまりなかったのでしょうね。訴訟を起こした人を周囲、あるいは「世間」が袋叩きにしたりして。それで、警察・検索が個人に代わって救済を図るというと、いいすぎでしょうが、にらみをきかせていたのかな、と。一種のパターナリズムでしょうが。

近年、民事訴訟の件数も順調(?)に増え続けているわけですし、そろそろ、民事・刑事の間のバランスについて、考え直しても良いのでは、と思います。過失の非犯罪化(刑事免責)はアリじゃないですかね。

現実には、民事事件も刑事事件も増加の一途を辿っているようで。法律的には非現実的といっても、件数は倍々ゲームで増えているようにみえるわけで、実社会の方が急速に変化しているような。

民主党 松岡徹 氏 に対する、 警察庁刑事局長 岡田薫 氏 の国会での答弁より抜粋。

松岡徹君 質問だけに答えてくださいよ。その複合的なこと、何も私は聞いていませんよ。  だから、確かに、明らかにあの桶川ストーカー事件があった後に皆さん方は方針変わったんですよ。すなわち、原則すべて受理するというふうに変わったんですよ。だから、件数が上がっていく、認知件数が上がっていくのは、これは当然なんですよ。そのことは別に私は悪いことだと言っているんじゃないんです。その結果、こういうふうに上がってくるというのは、認知件数が上がったというのは、それはそれで私は駄目だと言っているんじゃないんですよ、原因は、それがね。それでこの説明が付かぬのですよ。なぜ二〇〇〇年、一九九九年から二〇〇〇年のこのデータがいきなり、これ数が増えるのかというのが分からないんですよ。だから、それがあるからでしょうと言うているんですよ。複合的なことを聞いているんじゃないですよ。  それが一つの大きな原因であるということは、そのとおりでしょう。もう一回これは、もう一回そこだけ答えてください、イエスかノーか。

政府参考人(岡田薫君) だから、そういう要因もないとは言えないのではないかというふうに申し上げています。

第161回国会 法務委員会 第10号 平成十六年十一月三十日(火曜日)

医療関連でも、警察に届けられた件数をみると、1999年から2000年にかけて、急増しているようにみえますね。

警察の立件送致件数が増加 不起訴でも医師の代償大きく (産科医療のこれから)

 そもそも過失犯における刑罰とはなんぞや?訴追とはなんぞや?という刑罰や過失の根源的な問題に遡って論じないと皮相的な感情論や効利論で終わる危険があると思います。團藤先生によれば人としての人間性(人格責任論)に行き着く根本問題かと思います。

これはずっこけますよねぇ(´Д`;)
理事なのに現実が見えてないというかなんと言うか・・・
あらためて見るとなかなかイケてる発言だにゃぁ。

>No.28の意見

事故報告した自己は証拠外⇒実質免責、の意見ですね。

有りだと思いますけど、報告実績を根拠に故意の事件まで免責にされる、といった惧れを避ける工夫も要りそう。

エラーは基本的に刑事を避け改善への資源化。故意・未必の故意や、それに近い極めて大きい過失が見つかった場合は司法で検証。

ではいかが?

No.45 名無しさん の御紹介記事では、その辺りの取り扱いの問題が「一般的な〜」への比較から始まる時点で「エラーは避けきれない」から「後だし〜」との反発かと。

比喩すると、エラーではない故意のルール違反、暴力や八百長はグラウンド外で処罰、ですか。

 法曹の医学無知ズッコケを刑事免責の根拠にすると、医師の法学無知問題外の典型例が刑事免責!というブーメランしっぺ返しを食います。
 そこはお互いの無知を認めつつ真摯に議論が進むことを期待します。法曹も一般人も、医師に刑事免責認めたら性犯罪免責までエスカレートする!なんて1人の例外を除き誰も想像すらしてないですから。
 常識ある法曹はお医者様に口に出さなくても敬意を払っている人が多いと思います。特に多忙を極める法曹は「世のため人のためで自分の家庭を犠牲にする」という同病相哀れむのあるかもです。「医者の不養生」=「自分の人権を一番尊重用語しないのが法曹」

MultiSyncさん、コメントありがとうございます。

>有りだと思いますけど、報告実績を根拠に故意の
>事件まで免責にされる、といった惧れを避ける工夫も
>要りそう。

>エラーは基本的に刑事を避け改善への資源化。
>故意・未必の故意や、それに近い極めて大きい過失が
>見つかった場合は司法で検証。

私は、公表することで、専門家(医師)によるチェック(あの事例はおかしい)→鑑定依頼といった流れを考えていました。
#鑑定する能力のある人的資源も限られているので全件鑑定は難しいかなと。
また、故意に近い事例では、ありのまま報告したらミスでないことが明らかになってしまうので、嘘やごまかしの報告をすることになり、報告実績を盾にした防御ができなくなるはずと考えました。

自分では自分の案を次のように評価しています。
(当然、考えに穴があると思いますけど)
メリット
・再発防止のプロセスの最初の「事故→資料収集/公開」の部分が自動的に進む。
・事後検証を再発防止のみに利用できる。
デメリット
・刑事訴訟を制限しても、公開することで、民事訴訟のリスクが大きくなる?(刑事訴訟リスクを解決しても訴訟リスクの解決にはならない)
課題
・過失事故と故意事件の区別を行なうことが可能か?
(まさにご指摘の点です)
・法律等の整備が必要だと思うけど実現可能な案なのか?
・事故被害者の補償の問題も同時に解決しないといけない。(民事訴訟リスクの解決に関連する)

レアなケースとは思いますが、故意犯(準強制わいせつ)について、正当な医療行為でありわいせつ行為ではないと争われた事例もありました。


http://www.asyura2.com/0610/nihon21/msg/135.html
http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/388648.html


医療行為について広く免責を認めれば性犯罪免責(と言うか、性犯罪にあたるか否かの捜査が困難になる)につながるという言説は、この事件をイメージしているのかも。善解すれば。