エントリ

 大屋雄裕先生が、ご自身のブログ「おおやにき」で、このブログについて言及されています。

さて気付いたら医療過誤の法的取り扱いをめぐるモトケン先生と小倉先生の議論にbewaadさんまで参入していたのだが、ええと、ちょっと「ITプロジェクトの実態とは!」あたりの話を思い出しましたね。

 私と小倉先生とのやりとりが「議論」かどうかはともかく(紹介するならそう言わざるを得ないと思いますが)(^^;

何が言いたいかというと、現時点までに医療関係者から出てきた主張の文言解釈としては小倉さんの方が正しいと私も思う。でもそれに何の意味があるのかはよくわからないということ。

 私としても、つまるところそう言うことなのです。

 この大屋先生のコメント欄において、mohno さんが

小倉弁護士の“表現”に肩入れするつもりはないのですが、小倉弁護士のエントリは、まさに文言解釈としてそうなる、という例を(皮肉を交えて?)書いているのではないでしょうか。

とコメントされてますが、私は、そもそも文言解釈だけしてても意味がない、ということを前提にしているわけで、そしてそのことは小倉先生も分かっているはずです。
 ですから、私のエントリ「小倉秀夫弁護士はいったい何を言いたいのだろうか?」は、文言解釈だけしてどうなる、という例を(皮肉を交えて?)書いているのです。

 大屋先生のエントリに話を戻しますが、

とりあえずその意図するところを確認しつつ言いたいことを言ってもらうというのが専門家によるカウンセリングとか相談とかの常道ではないだろうか。

 私は、カウンセリングとか相談とかをしているつもりはありませんが、このブログにおける医療崩壊関係カテゴリにおいては、医療側に対して、「とりあえずその意図するところを確認しつつ言いたいことを言ってもらう」というスタンスでおりました。
 そうでないと、私自身が医療崩壊問題を理解できなかったからです。

従って、この問題の成否は今後モトケンさんなどが医療従事者の主張を良い意味でcanalizeできるかどうかにかかっていると思っており、

 英語が苦手なもので(^^; 「canalize」をヤフー辞書で調べてみました。

 議論の交通整理をする、あるいは(良い意味で)誘導する、ということでしょうか?
 今までしてきた以上のことをできる自信は全くありませんが、「相互理解を目指す」というキーワードは今後も強調していきたいと思います。

しかし非専門家による意図と表現のギャップを解消する必要に、(文字通り)元検察官であるモトケンさんがかなり自覚的なのに最初からそういう仕事であるはずの弁護士だった小倉さんが無関心というのはちょっと面白い。

 これには私も興味深く感じています。
 無関心なのか意図的なのか疑問はありますが、文言解釈を前面にだしていることは間違いないと思います。
 小倉弁護士は著作権法などがご専門と承っていますが、専門外の私の言葉ですから的外れかも知れませんが、著作権法関係の諸問題は第三者から見てどう見えるかが大きな問題なのではないかと想像しています。そこから、文言解釈重視になるのではないかとさらに想像するわけです。
 対して私は、ぐちゃぐちゃどろどろの犯罪の世界の叩き上げですから、言葉の裏にある意味・心情などを常に探っておりました。
 つまり、被疑者や参考人の供述を文言解釈していたら、仕事にならない世界です(^^)

ついでの三。実はこの問題に、三月の警察政策フォーラムにおける質疑応答で触れている。最近の政府・官僚批判がある意味で無制限な結果責任論に帰着するのではないかという論点に対して、ある程度専門家を免責するシステムを作らないと責任の代償として対象に対する完全なコントロールを要求する・必要とするようになっていく、それは結局「個人」とその自己決定の可能性を抹殺することになるという趣旨で回答した一環。そのうち『警察政策研究』とかに掲載されるそうですので、出たらまたお知らせします。

 これにつきましては、権力側の官僚たちは「責任の代償として対象に対する完全なコントロールを要求」してそれを実現する力を持っているかもしれませんが、権力のない医師たちは、責任を問われることを回避して逃散するのだろうと思います。いわずもがなですね。

 なお、冒頭に引用した部分で紹介されてました「ITプロジェクトの実態とは!」は、私もかなり以前に見たことがあります。
 今回の議論にどの程度当てはまるかどうかはともかく、私も素人仕事で弁護士会のちっちゃなパソコン用システムを作ったことがありますので、コミュニケーションのギャップのツボを描いたものとして笑わせていただきました(^^)

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コメント(42)

あらためて医療崩壊について語るエントリでのNo.233コメント
あらためて医療崩壊について語るエントリ(その2)でのNo.9コメント

以上2つの私のコメントは、ご紹介頂いた大屋雄裕先生のブログにある

従って、この問題の成否は今後モトケンさんなどが医療従事者の主張を良い意味でcanalizeできるかどうかにかかっていると思っており、
を読んだことがきっかけで、投稿する気になったことを自白いたします。

そろそろ「自由な意見交換を通しての相互理解の促進」の段階から、「広く社会大衆にアピールする為の助言や誘導」の段階に至ったと愚考します。

権力側の官僚たちは「責任の代償として対象に対する完全なコントロールを要求」してそれを実現する力を持っているかもしれませんが

官僚も権力を持っているとは言い難いので、医師と同じように逃散するようになると思います。医療崩壊と全く同じ構図で、行政崩壊も発生しているように思うのですが、医療崩壊ほどは騒がれておりませんね。


個人的には

最近の政府・官僚批判がある意味で無制限な結果責任論に帰着

医師の世界で起こっている事が、政府・官僚の世界でも起こっている事に興味を持っています。

> No.2 しま 様

私の知る限り行政の崩壊も着々と進行中です。有能な人から順番に逃散しています。なぜならそのような方は他の業界でも問題なく活躍できますから。

そうすると残った人的資源で業務の遂行を担わなければなりませんが、全体としての執行能力の低下は隠す事が出来ません。
その結果、行政組織への批判が大きくなり、必死に支えようとしてきた有能な人が、やる気をなくして去っていきます。執行能力も低下します。
そして、行政組織への批判が更に大きくなり批判への対応に負われて、本来業務が停滞し知識やノウハウの継承もままならず、ますます執行能力が低下します。
そして、執行能力の低下に起因する行政組織への批判が大きくなり、以下エンドレス。。。。

行政の能力の崩壊については、それなりに騒がれていると思います。
ただし「行政の崩壊を正面から論じる」のではなく「結果として表面化した行政の現状への批判を大きく論じる」という形式を採っていると思われますから、崩壊の原因や崩壊しつつある現状そのものではなく、その結果表面に現れてきた事象に対して批判が集中している状態と理解することも可能ではないかと思います。

無限の結果責任を追及される(或いは、その様に感じ取ることが出来る状況下)なら、正常な判断力のある人間なら逃げたくもなるでしょうし、昇進して負うべき責任が増えることを回避したいと考えもするでしょうし。その心理は医療職の方と変わらないと思います。

> No.1 法務業の末席 様

ご貴見に賛成する立場です。最近の流れを拝読しておりますと「広く社会大衆にアピールする為の助言や誘導」という観点も必要と感じられます。
一方で、まだ十分に医療の実態が認知されていない方々に対して「自由な意見交換を通しての相互理解の促進」を目指す価値も十分にあると思います。
一見して表層に現れる過激な発言の裏に、それだけ肉体的・精神的に追い込まれておられる実情があると感じられますし、一方でそうであればこそ誤解を招いてかえって首を絞める結果にならないような発信の仕方を考えるという視点も大事なのだろうと。

とは申しながら、「助言や誘導」という色合いをモトケン先生が強く滲ます方向に進めると、それはそれで(敢えて具体的には書きませんが)別の矢が飛んでくる結果を招来するような気がして居りまして、ただコメントを投稿させて頂くだけの私の立場では、管理者・運営者としての責任を負っておられるモトケン先生にあまり強く言えないだろうな、、、というような事を昨今は考えておりましたです。

>No.3 thx-1138 様
横レス失礼

私の知る限り行政の崩壊も着々と進行中です。有能な人から順番に逃散しています。なぜならそのような方は他の業界でも問題なく活躍できますから。
仰るとおりです。特にここ数年間で有能な人材が逃散した筆頭は厚労省、その中でも旧厚生省系列でしょう。

10年前までは年金特別会計と健保特別会計という、合計で200兆円を超えるゼニカネを、国会や大蔵省の干渉を受けずに自由に動かせるのが唯一の魅力、という官庁だったのですが…。社保庁解体で直接ゼニカネを扱うことは出来なくなるし、年金積立資産の運用は「政府系投資ファンド新設構想」で取り上げられそうだし…。

年5兆円の労働保険特別会計は残るけど、その金庫の鍵は旧労働省系官僚が握って手放さない。厚生省系列の官僚にとって、ゼニカネの旨味は無いし、天下り先の外郭団体や年金保養施設も無くなるし、残るは「年金崩壊」と「医療崩壊」に怒った国民からの膨大なクレーム処理作業だけ。旧厚生省系の官僚にとってお先真っ暗。

余所では役立たずの無能者ばかりが残っている官庁が、10年先とか20年先、いや国家百年の大計を見据えて、日本の医療制度の立て直しの起死回生のプランを作れるとは到底思えない。

「行政崩壊」が起きているから、昭和の時代に建築された年金や医療という一大構築物が、必要なリフォームやメンテナンスが為されないまま経年劣化してしまい、今や倒壊寸前のボロ屋に成り果てた。事故調新設だの、無過失賠償保険だの、政管健保解体協会けんぽ移行だの、今からつっかい棒の2本や3本入れてみても、所詮は無駄足掻きとなるような気がしますが…。

今必要なのは、どのようなつっかい棒を入れてボロ屋を補強するのか議論するよりも、隣の空き地に現在の建築基準で新しい建物を建築し、1億3千万人が丸ごと引っ越すことを、真剣に検討する時期ではないでしょうか。

年金はリフォームしなければならないほどの問題を抱えているのでしょうか。

>No.4 thx-1138 様
行き違いでのレス応答、失礼しました。

「助言や誘導」という色合いをモトケン先生が強く滲ます方向に進めると、それはそれで(敢えて具体的には書きませんが)別の矢が飛んでくる結果を招来するような気がして居りまして…(中略)…管理者・運営者としての責任を負っておられるモトケン先生にあまり強く言えないだろうな
まさしくその点が私も悩むトコロです。

ただし医師の方々、特に崩壊しかけた医療の最前線で日夜奮闘されている方ほど、医療界以外に向けての政治的アピールのセンスが乏しいように感じます。理に適った正しいことを主張すれば、それを正しく理解してリアクションするのは受け手の責任だ。このようなナイーブな思考を海千山千の猛者にぶつけると、得てして目指す方向とは逆目に受け取られかねないのが世の常と思っています。

誤解を招いてかえって首を絞める結果にならないような発信の仕方
誤解を招きそうな表現や論調は、世間の理不尽さを知り尽くした非医療側のスレッカラシが、それとなくアドバイスするなり、サジェスチョンするのも有りではないでしょうか。

>No.6 しま 様
年金こそ、明治8年の陸海軍の軍人恩給制度創設以来133年間、増築・改築・別館新築・化粧直しの改修工事を重ねた温泉旅館のように、もはや建物としての土台や基本構造そのものが限界を超えています。

リフォームではどうにもならない土台の腐りが表面化したのが、昨年からの「失われた年金騒動」だとお考え下さい。来年で社保庁は解体されて民間組織となりますが、多分その数年後には9.11テロで脆くも崩れ落ちた世界貿易センタービルのように、自らの重さに耐えかねて基盤から崩壊しそうな気がします。

日本が世界に誇る「国民皆保険」「国民皆年金」の社会保険制度は、その道の専門家であれば瀕死の重篤な病状であることは承知しています。今までと同じような対症療法を続ければ予後数年、それとも思い切って臓器移植の大バクチに打って出るべきかの、ルビコン河が目の前に迫っている状態です。

ICUで呼吸管理されながらようやく脈を打っている健康保険制度の心臓の負担を、少しでも負荷を軽くしようと後期高齢者医療制度という新療法にチャレンジしましたが、効果が無いどころか更に全身状態が悪化しています。健康保険制度の心臓が止まってしまったら、刑事免責でなければ医療崩壊だというのとは桁の違う大混乱が起こります。

健保も年金も、外資系保険会社や財界マフィアの陰謀だの、消費税引き上げやタバコ税千円で財源確保すれば云々など、はたまた2200億円の削減を画策する財務省官僚が諸悪の根元とか、小泉・竹中の残党が医療の敵だ、などという単純な病状ではないことは確かです。

こちらで取り上げていただいたので、あらためてお尋ねします。
先にお尋ねしたときについては、どなたからもお返事いただけなかったのですが、モトケンさんをはじめ“ここ”にいらっしゃる皆様の総意は(正当な医療を理解せよ、ではなく)「ある程度の過失は免責せよ」と言うことでよろしいでしょうか。
以前、正当な医療を理解せよ、ということであれば、普通に受け入れられる話だろうと思ってお尋ねしたところ、どうもそのような方向性でない(重労働による間違いのような)話が出てきましたし、モトケンさんも刑事罰は医療を崩壊させるというお考えのようですから、その理解で間違いないとは思うのですが、一方モトケンさんは「大野病院事件が司法への不信を生み出した」と書かれていたようにも思います。先に書いたとおり、これは「正当な医療」かどうかを争っているのであって「免責すべき程度の過失」を争っているのではないのですよね?
言うまでもなく、業務上過失という罪があるわけではなくて、過失致傷とか過失致死という形で被害者がいるので罪になるわけですが、それでは「どの程度の過失」を免責すべきであるとお考えなのでしょうか。

>No.9 mohno 様
モトケンさんはいざ知らず、少なくとも私自身は「正当な医療であれば過失ではないので刑事責任は生じない」という立場です。

大野事件が「正当な医療」と裁判所が判断すれば、罪に問うべき過失は無いのですから、「どの程度の過失を免責とするか」を議論する必要は無いと考えます。

 mohno さんの質問に一言で答えるのは難しいのです。
 大野病院事件と小倉先生が指摘している事例とは同列に論じられないところがあるのですが、小倉先生はその違いを無視している節があります。
 明日中に書けるかも知れませんし数日かかるかも知れませんが、できるだけ説明してみますので少し時間的猶予をお願いします。

 

 とりあえずですが、理論的には、No.10 法務業の末席 さんのご説明のとおりと思います。
 しかし、実際の適用面とか事実認定の問題を考えますと、一筋縄ではいかないのが過失犯であり、大野病院事件はさらに個々のケース判断にとどまらない問題をはらんでいますので悩ましいのです。

 mohno さん、こんにちは。

> それでは「どの程度の過失」を免責すべきであるとお考えなのでしょうか。

 コンセンサスは未だ形成されていないとしか申し上げようがありません。

 おそらく百人百様の回答があることと思います。

 あくまでも自分個人の意見としては、「過失」と言うよりも怠慢と不誠実こそが罰せられるべきと考えています。逆が真であるとは限りませんが、与えられた環境で自らの能力の及ぶ限りで誠実に最善を尽くした者が刑罰を以て報いられるのは公正であるとは思いません。

…もちろん、多数意見ではないだろうと思います。

No.10 に追記です。

「正当な医療」とは何か、何をもって「正当な医療」と「正当でない医療」を線引きするのか、という命題が生じます。私はドイツにおける4つの要件などが一つの基準になるのではないかと考えます。

すなわち以下の4つの要件を全て満たすなら、それは「正当な医療」と扱うべきだと考えます。
 (1) 当該治療が医学的に適応とされている
 (2) 患者からインフォームドコンセントを得ている
 (3) 当該治療が医学的規則に従っている
 (4) 当該医療行為が倫理規範及び規則に反していない

ただし、医学的に適応とされる治療は具体的にどのような治療かの基準は、医療の専門家である現役の医師の側でガイドラインを示して頂かないと、我々非医療者には判定することは難しいでしょう。逆に言えば30万人の医師の大多数(少なくとも過半数)が、医師の総意としてこれがガイドラインだと示して頂ければ、裁判官や検察官、弁護士などの法曹はもとより、損賠償保険を扱う損害保険会社など、多くの非医療者がそのガイドラインに従うでしょう。

総意、では答が出ないのでは?

とりあえず刑法規定の「過失」の理解から。
No.99 ハスカップ さん

お医者さまやマスコミの問題としている「ミス」や「過誤」は、避けられるか避けられないかは別の議論がある「ミステイク」や、歩留まり的な意味での「エラー」のことで。

刑法とは意味が違う、ような。

>…もちろん、多数意見ではないだろうと思います。

 とんでもない。

 rijin さんの個人的見解は、過失犯処罰の根拠とその限界についての非法律的表現として、とても妥当性のあるものだと思います。

 問題は、それを法律運用において、どのように実現するかです。

mohnoさんの質問に迂闊に回答すると、(誤解によって)あらぬ方向に進む可能性があるので危惧しますが、とりあえず。

>ある程度の過失は免責せよ

刑事扱いになりそうもない事例ですが、例えばレントゲン写真に病変が写っていたが見逃した。鑑定で10人中9人(以下9人)の医師が病変を指摘できたとしたら、見逃した医師は間違いがあったと考えられますね。見逃しと言っても普通の看護師さんレベルが見ても「明らかに変」といったものを見逃したのでなく、医師だから9人が指摘できる病変を見逃したとします。

この見逃しを有責としますと、正しく病変を指摘した9人の医師も「やってられない」と感じるでしょう。なぜなら9人の医師もこのケースで正しく指摘できただけであって、別のレントゲン写真でも正しく指摘できるとは限らない、それ故いつかは自分も10人中1人に成り得ると自覚しているからです。言い変えればレントゲン写真診断試験で100点満点を取れるとは限らないと自覚しているからです。(ここでは誤解を避けるため「過失」という単語は用いませんでした)

ある程度のエラーを無責にしないと、正当な医療行為も成り立たないと「正当に医療を理解せよ」ということになりますかね。No.15 MultiSyncさんのおっしゃる歩留まり的なケースを例示しましたが、別な意味での「ある程度の過失は免責せよ」もあるかも知れません。

> No.5 法務業の末席 様

まず、読者各位におかれましては、脱線ネタを投稿してしまう私をお許しください。

ご案内の通り、平成20年10月1日以後の健康保険法と平成22年1月施行の日本年金機構法においては、協会けんぽ及び年金の保険料徴収を厚生労働大臣の権限としつつその徴収実務を日本年金機構に委任する形式を採っています(協会けんぽの任意継続被保険者分はのぞく。)。
徴収された保険料は従前の通り(特別会計に関する法律により)年金特別会計に集められ、国庫負担分を加えた上で、事務執行経費及び給付費用は同特別会計を通して支出されるという形態も変化がみられません。
という訳で、厚生労働省本省に関しては、少なくとも外部から表層的に見える部分においてはさほど状況が変化するとは思えないと感じられもするんです。(もちろん、質の部分では変質は大きいと思われますし、それが与える影響の大きさは外部からはなかなか察しにくい部分かと。)
もちろん、私は本省や本庁といった霞ヶ関の内情は存じ上げる術もないので内実は解りかねますけれど、実際問題として厚生労働省本省の執行能力と士気が低下している事は事実と思われます。
そもそも厚生労働省の守備範囲の広さと、社会環境の変化によって従来より重要かつ複雑化していく担当課題に対して、本省の人員が圧倒的に不足している事に由来する側面もあると思います。目先の業務にも人が足りないのに将来を見据える余裕があろう筈もなくという側面もあり得る話かと。この状況下では将来の方向性に対する政治の決定が重要と思われますが、目先の世論に迎合して結果として将来の事態をより悪化させる方向に向いていると受け止めております。
ある法案に賛成し成立を主導した与党の先生がこぞって、すべての責任を厚生労働省に押しつけ、改善?させた手柄を誇るかのような動きを見せていることも、本省の中の人にとっては士気の低下要因として大きいと思いますし。「政治主導」は本来あるべき姿かもしれませんが、「政治家主導」は時として必要な対処を遅らせる方向に向かいますので。

> No.6 しま 様、横から失礼させてください。

読者各位におかれましては、脱線ネタを投稿してしまう私をお許しください。

公的年金制度=法令ですので、法律が変更されれば制度も変わります。保険料とか年金額とか。
このうち保険料については法律が変わったら即刻負担額が変わります。
対して受け取る年金額とか受け取るための条件とかは、法律の変更があっても既に受け取っている人に対しては従来通りの取り扱いをし、従来より拡充された部分は従来の人にも新たに反映させ、これから受け取る人も突然明日から変更されても困るという点に配慮して少なくとも10年単位の時間軸で段階的に移行をはかっています。
このような経過措置や特別措置が混在していて、極端な例として廃止された法律の規定が特定の場合には今でも生き返ったりするわけです。更に法務業の末席様がご指摘の制度の対象範囲の拡大と制度の改変を積み重ねた結果、複雑かつ執行負荷の大きい制度となっているのは間違いないと思われます。
リフォームしなければならないほどの問題を抱えているのか?という論点で言えば、ものの見方・考え方あるいは視点によって様々に映ると思います。
ただ制度の複雑化に対して、それを着実に執行出来るだけのヒト・モノ・カネという体制整備が不十分なのは間違いありません。これは職員がただ一つの過誤もなく、一切の怠惰な態度もなく業務を執行していたと仮定しても揺るがない事実だと思います。
制度を複雑にするなら同時に執行組織を強化する必要がありますし、現状の執行組織を前提とすればそれに見合う制度を作る必要があったと思われます。

皆様、お返事ありがとうございます。

以前におたずねしたときは、「労働条件がひどいのだから、過失も免責せよ」という声があったと思うのですが、今回いただいたお返事は、おおむね「過失を罪に問うこと」が問題なのではなく、「過失でないものが過失扱いされること」が問題だというように受け取れます。後者であれば過失致死を罪に問うことが問題なのではないですよね。総意ではなくても、モトケンさんの意図がその位置にあるのであれば、一般に受け入れられるように思います。

元ライダーさんの「10人のうち9人が指摘できる病変」はわかりやすい例だと思いますが、これが「100人でも99人が指摘できる病変」なのか「100人のうち90人しか指摘できない病変」なのか、あるいは「病変を指摘できない特定の医師」なのかによって変わるような気がします。とはいえ、割りばし事件などを見ても、現状で「過失で有罪」にされるハードルは低くないように思うのですが、いかがでしょう。そもそも割りばし事件の場合は民事ですよね(民事って何でもありですよね?)。

ところで、

> 大野病院事件と小倉先生が指摘している事例とは同列に論じられない

そもそも、小倉弁護士は大野病院事件と過失(血液型の話)を同列には論じてないですよね。むしろ、大野病院事件をして「過失の免責」に持っていくべきではないという話をされていると思いますが。

>thx-1138 様

厚労省の組織的疲弊の問題ですが、社保庁が解体民営化されても、特会の所管は厚労省で変わりがないことは仰るとおりです。ただ、保険料の徴収と給付の支出という特会を出入りするゼニカネの流れが、従前に比して格段に情報公開と透明性が要求されるのは間違いないでしょう。情報公開と透明性の増進は、官僚にとって裁量という名のウマ味が無くなることを意味します。

もう一つ年金財政の方ですが、このまま何もしないで放っておけば、5年10年先には自壊するの必然と思ってます。ただ重病にあえぐ社会保険制度を目の前にして、政治家や官僚、或いは学者や我々のような民間の専門家が手をこまねいて、何もしないということは考えられません。当然何らかの手当を行なうでしょう。

その手当が壁の塗り替えや窓サッシの入替えのような、リフォーム工事ではもう追いつかないと思っています。出来れば完全に取り壊して一旦更地にしてしまい、マッサラ白紙の状態で新しい設計図を描き起して新築すべきと考えています。取り壊して更地から新築とはいかなくても、基礎と柱を丸裸にして解体修理するような大規模リフォームすべきです。

ホラ、テレビの「ビフォーアフター」で劇的によみがえるボロ住宅のように…。

(トピズレになってますので、これぐらいで終わりにしましょう)

> No.21 法務業の末席 様

脱線ネタに反応していただき、ありがとうございました。
仰ることはもっともな話で可能であれば再構築なされて然る状態と思います。実際のところ、支える側より支えられる側の方が絶対数においても投票率においても勝っている現状において、それだけの政治的な力を持っている政権を選挙する事が出来るかどうかにカギがあるように思います。

(この話は切り上げます。皆様申し訳ありませんでした。)

おおやです。どうも横合いから口を出して失礼いたしました。

canalizeについては、辞書的にはお書きの通りです。原義はつまり運河を掘ることであって、あふれる水がうまいこと流れるようにすると有益になるだろうということです。もちろん、とりあえず医療側の人々に言いたいことを言ってもらう場というのも重要でしょうし、あまり結果志向がぎらぎらしてもモノが言いにくくなるかもしれませんが、せっかく理解が進んだならそれを関係者に広めていくことがみんなにとって有益ではないかとつい欲張ってしまうのです。が、もちろん押しつける気はありません。

官僚についても逃散が始まっていることは皆さまお書きの通りかと思います。エピソード的には、昨年か一昨年、某省に入省したキャリア官僚に東大法学部卒業者がいなくなったことが報道されたと思います。横目で見ていても優秀な学生はLSに行くか外資系企業を目指すかという傾向は強まっているようで、その中で役所にとどまるのは他に行けない人と、何故か使命感を背負っている人というどこかで見たような話のようです。お医者さんのほうが流動性が高いぶん進行が早いかもしれませんが、霞ヶ関の事態も深刻ではないかと、少し思っています。

 おおや先生、コメントありがとうございます。
 モチベーションは上下してますが、成り行きで続いてます(^^;

>霞ヶ関の事態も深刻ではないかと、少し思っています。

 そうですか。
 法務省はともかく、霞ヶ関の官僚というのもかなり魅力的な仕事だと思うのですが、実態を全く知りませんので単なる印象論です。

 いくつかのエントリを興味深く読ませていただきました。
 今後とも、よろしくお願いします m(_ _)m

もう一つ年金財政の方ですが、このまま何もしないで放っておけば、5年10年先には自壊するの必然と思ってます。

年金の財源問題であれば、慶応大学の権丈教授が以下のように述べておりましたので、少なくとも破綻に関しては心配ないのかと思っておりました。

未納未加入のために年金は既に破綻しているはずなのに、この国の年金は、なぜ、保険料を固定した拠出建て賦課方式で、制度を設計することができるのか。 理由は簡単である。年金は破綻しておらず、未納未加入者の保険料未納が年金財政に与える影響は、積立金で調整できるからである――すなわち、図1にみるように今日の未納未加入者の保険料を積立金で立て替える。だが、未納未加入者の年金給付は将来発生しない。ゆえに、未納未加入者の保険料未納は、長期的には年金財政にニュートラルになる(ただし、運用面で若干の影響がでるが、それはネグリジブルである)。
http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/sssp2007.pdf

おおやさん
横レス失礼します。

もちろん、とりあえず医療側の人々に言いたいことを言ってもらう場というのも重要でしょうし、あまり結果志向がぎらぎらしてもモノが言いにくくなるかもしれませんが、せっかく理解が進んだならそれを関係者に広めていくことがみんなにとって有益ではないかとつい欲張ってしまうのです。が、もちろん押しつける気はありません。

矢部さんと小倉さんの温度差の違いというのは、まさにこの部分、つまり社会に対していかにコミットメントするか、という点についてのスタンスの違いに由来するのだと思います。むしろここに尽きると言っても過言ではないと思います。

ただ、誰かが「みんなにとって有益ではないかとつい欲張」らないと社会をよりよい方向に変えていくことはできません。なので有能な人にはどんどん欲張って貰わないといけないと思うのです。

小倉さんはそういう意味で「矢部さん、もっと欲張ってくださいよ」と言っているのかなという気がします。だから社会が本当に変わっていくことを望むのであれば「押しつける気はありません」などと言っている場合ではないのではないでしょうか。

> No.25 しま 様

主旨から外れますし横レスですし、切り上げると宣言してしまったので、本件投稿につき非常に迷うのですが、私が自らの持つ属性故にこの展開を目にして書かずには居られないので、何卒ご容赦ください。なお、以下の文章はすべて純粋な私見であります。

権丈先生が仰るように『未納・未加入問題』を原因としての財政的破綻は招来されないと思われます。
また、社会環境や経済環境などの要因について常々私が愚考いたしますには、一般には制度設計における将来の『予測値』と呼称され或いは認識されている制度設計上の『仮定値』が存在します。そしてそれら『仮定値』に基づく計算結果が政治方針として正式採用された段階で、その政治方針を実現するための制度上の『目標値』に(為政者や国民全体の自覚によらず)変質します。社会環境や政治環境や個々人の意識等の複合要因により現実の状況が『目標値』と等値乃至それ以上になるほどに財政的には安定すると思われます。

近いうちに財政的にリスクがあるとすれば、『政治家の打ち出す将来の政策方針』によるリスクの方が大きいと思われます。物価指数の上昇が今のペースのまま続けば、近いうちにマクロ経済スライドによる調整率の適用が発生すると見込まれます。
その段階で、保険料率(額)を固定しその結果としての現役世代(支える世代)の負担能力の範囲内でしか給付しないという平成16年改正のスキームを堅持することが政治的に可能であれば、財政的にはある程度安定すると見込んでいます。

詰めの甘い見込みなのかもしれませんが。

保険料を集めて給付するという仕組み自体の破綻可能性は低いと言えると思います。一方で、皆年金という政策目標や所得代替率の目標が維持できない状況を年金政策の破綻と定義するなら、可能性は皆無ではないと思います。

横レス失礼します。

>労働条件がひどいのだから、過失も免責せよ
自分としては、この文面では賛成できません。
ただし、劣悪な労働条件が集中力の低下をきたして過失が頻発している場合もあります。この場合、「劣悪な労働条件」という「システム上の問題点」を改善しない限り医療事故は減りません。
「労働条件の酷さが原因で過失を誘発しているのか」という調査に協力する場合、「刑事に限り免責」となるのが望ましいと考えます。
そしてその調査が有効なものになるために、「調査に協力しない」もしくは「偽証」に対しては、刑事罰を与えるということをセットにしたほうがいいのかなと個人的には考えております。
ただこのような方法は、現状の日本の法制度のもとでは、すぐには実現性がないのかなと思っております。


>そもそも割りばし事件の場合は民事ですよね

民事だけでなく、刑事事件としても過失が争われていますよ。

> No.25 しま 様
No.27にてthx-1138様のコメントが先行してしまいました。ご両者に私のレスが遅れたお詫びを申上げます。

『未納・未加入問題』を原因としての財政的破綻は招来されない、との予想はある意味で正しいと思っております。

「ある意味で」と留保を付けたのは、公的年金制度において基礎年金の会計勘定とうのは、共済・厚年・国保の各年金勘定からの拠出金で賄われておりますので、国民年金の保険料未納での財政負担は、共済年金と厚生年金という被用者年金制度からの穴埋めが為されるシステムだからです。言うなれば稼ぎの悪い三男坊(国年)を、高給取りの公務員となった長男(共済)や、それなりの給与所得のある民間サラリーマンの次男(厚年)が、資金援助して助けているようなものです。

この拠出金での各年金勘定の相互補填システムは、昭和61年の年金法大改正の根幹であり、厚生労働省サイドにとっては絶対に死守したい財政調整システムです。このような拠出金での財政負担の調整システムが有る為に、国民年金の保険料未納問題が原因としての財政的破綻の危険度は低いのです。

しかし国民年金の空洞化の結果、基礎年金勘定への拠出金負担は毎年確実に増大しており、5年10年先には共済や厚年への財政負担は更に大きくなると思われます。このような将来予測から共済組合や厚生年金基金などの被用者年金保険者は、厚生労働省の「護送船団方式 」とも言える拠出金負担に対する不満を募らせております。その具体的な現れが松下やトヨタなど超優良厚生年金基金の代行返上(一種の解散)であり、公務員共済の年金一元化反対の画策です。

権丈先生の予測モデルは、共済・厚年・国年の3つの公的年金制度をセットで捉えれば正しいと言えます。ただ3つの年金制度相互での意見の食い違いや、拠出負担の不公平感を募らせている現状を放置すると、内部からの破壊の応力が高まり、いつかは制度の強度限界を超えて崩壊してしまうリスクを憂いております。そして権丈先生の論理的な方向性は、厚労省官僚が好む論理方向と良く一致しているという評価も聞いております。こうしたことが私が「ある意味で」と留保を付ける理由です。

医療問題とはチョット外れたテーマですが、年金制度は健康保険制度と並ぶ社会保険制度の重要な相方ということで、皆様ご勘弁下さい。

> No.29 法務業の末席 様

ううっ、やはり書かないわけには。。。。。
念のため申し上げますが、法務業の末席様に何等の他意がある訳ではなく、喧嘩するつもりもなく、私の属性に由来する立場からの見解として参考意見程度に投稿させて頂きます。
余りにも主題からずれた話題になっておりますので、投稿行為へのご批判や削除の要否のご判断につきましては、謹んでお受けいたしたく存じます。荒らし目的でないことだけは、どうかご理解いただきたくお願いいたします。

基礎年金制度が旧老人保健制度同様、公的年金各制度間の財政調整のシステムであることはご指摘の通りかと存じます。
しかしながら、厚生年金保険制度より拠出される基礎年金拠出金の出所は、年金特別会計厚生年金勘定でありこれは、厚生年金基金設立事業所を例にとれば免除保険料率を適用して国庫に徴収された保険料が原資と理解いたしております。
厚生年金基金は、事業主の設立する法人格を持つ独立した法人であり、代行部分も含めてすべて自前で財政を運用する形態でありますので、直接厚生年金基金の財政支出として基礎年金拠出金に使用される資金は存在しないのではないかと。旧法施行下と異なり厚生年金基金と国庫の関係はありませんので。
厚生年金基金が代行返上を行うと言うことは、政府に代理して運用及び給付すべき厚生年金本体部分(報酬比例部分限定)の一部の運用・支給の権利・義務を政府に戻し、独自加算部分に専念するか他制度への移行を行い、政府として本来の保険料率を適用した保険料の徴収を行うというの効果しか生じないものと見込んでおります。
従って、各厚生年金基金の財政動向と基礎年金拠出金の問題は直接はリンクしていないものと考えているのですが。。。もちろん厚生年金基金の問題とは別途、被用者年金各制度の適用事業所において現状の基礎年金拠出金や基礎年金制度について問題提起が為されていることは事実でしょうし、さもありなんと思います。そして御懸念の点に関しても逐一ごもっともかと存じます。

一方で現行制度においては、ご指摘の通り基礎年金拠出金の算定式に内包される問題によって、当面の拠出金額が被用者年金制度の側にしわ寄せされるのは事実なのですが、一方で基礎年金拠出金の伸び率のみにリンクして被用者年金各制度の保険料率が伸長する仕組みにはなっていないのもまた事実かと思います。
従って、被用者年金制度の財布の中身については基礎年金拠出金の増減にかかわらず歳入は被保険者数と料率に由来するので、基礎年金拠出金が増加傾向にあれば単年度の歳入のうち本来の給付である報酬比例部分に回す財源の現象を招くのは事実なのですが、現在の未納者が基礎年金受給年齢に到達するまで積立金による遣り繰りができれば、結果的に財政としてはおおむね中立になると見込まれると考えています。

ここでもし基礎年金拠出金の概念を廃止したときに、第1号被保険者に限定した上で現状の未納・未加入の問題をそのままにした場合、第1号被保険者に対する基礎年金の支給を続けるだけの体力は、固有の積立金を含めても年金特別会計国民年金勘定だけで賄えるかどうかは、検証無き直感として難しいと思います。
一方で、現在の基礎年金拠出金制度及び基礎年金のシステムは、皆年金を死守するという政治の要請及び「増税無き財政再建」路線との兼ね合いから、当時の厚生省が無理矢理ひねり出した側面が有ることもまた事実です。
難しいのですが、財政調整システムによる現行年金制度を守りたいのは、厚生労働省が先か、立法府が先か、はなかなか微妙なところでは無いかと。世論や政治情勢・歴史的経過に鑑みたときに、最善でなくても現実問題として別の解法が見いだしにくい問題であると。

個人的見解を申し述べさせていただくと、権丈先生の著作を拝読する限り当初は現行制度に批判的な論述もされていたのですが、研究を進め現状の外部要因などを勘案した結果、実現可能性というか現実論としては現状維持が最適との結論を維持しておられるように思えます。
旧法からの移行期なので話が混乱する側面もあるのですが、新法においては基礎年金は被用者年金対象者への給付であっても、国民年金法の規定により被保険者とされた結果、国民年金法の規定によりその枠組みから(国民年金法が適用された結果)基礎年金として支給される形式を採っている以上、現在の制度を論じる限り国民年金制度を第1号から第3号までの被保険者を一体とした広義の意味で論じること自体は、私は法律解釈としては問題ないと考えています。

>mohno さん

 ご質問に対する答になっているかどうかわかりませんが、レスのつもりで以下のエントリを書きました。

 刑事免責主張に関する私なりのまとめ

>元ライダーさんの「10人のうち9人が指摘できる病変」はわかりやすい例だと思いますが

 別のトピックスでちらっと書きましたが、注意義務を科すかどうか(予見義務や回避義務)の判断に際して、同種事案では一般にどう扱われていたかに言及する判決も見受けられます。
 記憶では、過去5年間の全国処理例統計を引用し、いわば統計的証明で、有罪としたり、無罪とした判決もあったと思います。統計が全てでありませんが、当該予見や処理の業界標準と標準の普遍性を推知する重要な立証方法ではないかと思います。

>No.30 thx-1138 様

私もトピズレと頭では理解しているのですが、キーボードの指が止まらない…。
皆様ゴメンm(_ _)m

現在の未納者が基礎年金受給年齢に到達するまで積立金による遣り繰りができれば、結果的に財政としてはおおむね中立になると見込まれる
国民年金の積立金残高約9兆円、厚生年金と共済の被用者年金の積立金残高は183兆円(H18年3月末の簿価ベース)


「何で国年1号被保険者の未納分を、被用者年金の積立金取り崩しで賄うのだ?」
「積立金だって、戦後焼け野原で食う物もろくに無い時代から、俺達の会社の先輩が頑張って、営々と蓄えたカネだぞ!」
「代行返上だけじゃなくて、いっそのこと基金ぐるみ厚生年金から完全に脱退して、独自の年金システムにした方が、社保庁に任せておくより余程かマシだよ」

これは昨年末に知り合った某大企業の基金事務局職員(それなりのポジションと経歴の方)のボヤキです。その某大企業は明治の時代から続く老舗企業で、グループの連結売上高が10兆円を超します。

その方のトドメの一言です。
「ウチの会社の連結売上高規模だと、ニュージーランドのGDPを超すレベルだし、十分年金を独自運営出来る規模だと思うよ」
何の反論も出来ずに、ただただ聞き役に徹しておりました。

こうした大企業が経団連の音頭取りなどで、一斉に「代行返上」じゃなくて「厚生年金の完全脱退」を宣言したら、日本の公的年金システムは一体どうなるのでしょう?
厚労省年金局のキャリア官僚や権丈先生などは、こうした破滅シナリオの想像は、有り得ない妄想だと一笑に付すのでしょうねぇ。


PS.自由に使える「小会議室」が無くなったので、こういうトピズレテーマで盛り上がると、「場」を確保するのに困りますね。

>No.33 法務業の末席 さん

横から失礼いたします。
生業とされている方に失礼かと存じますが
「厚労省年金局のキャリア官僚や権丈先生などは、こうした破滅シナリオの想像は、有り得ない妄想だと一笑に付すのでしょうねぇ。」
これは可能性のひとつとしては考慮されてると思いますよ。企業年金の独自運用は年金規模から言えば選択肢の一つでしょうし。
アメリカ国債の話と似たようなところがあって、踏み切ることは理論的に可能であってもハレーションが大きくて躊躇するってことだと思いますが。もちろん理論的に可能なことは起こってもおかしくはないとも言えますけどね。
ですから厚生官僚や権正先生の言ってるのはあくまで「システムとして」ってことだと思います。システムとして安定してるんだから心配することはないよって言ってるだけかと。

そのシステムとしての安定性だって運用する主体が見放せば成り立つわけがありません。それを信頼するかどうかはあくまで国民の側の話であって信用されないシステムは崩壊しますよ。
言うなれば枠組みをどう捉えるかの話で、自分の方がもっとうまく運用できるから税金を独自運用するって話にもつながってしまうと思うんですが。

>No.34 通りすがりの桂木 様

>企業年金の独自運用は年金規模から言えば選択肢の一つでしょう
>アメリカ国債の話と似たようなところがあって、踏み切ることは理論的に可能

申し訳ございません。このような貴殿のコメントを読ませて頂くと、厚生年金から一斉に脱退するというシナリオにチョット誤解があるようで、ご理解頂けるような分かり易い説明に困るのです。

企業年金の独自運用というのは、厚生年金基金が代行返上して確定拠出型なり確定給付型の衣替えするということで、既に基金は自由に選択することが出来ますし、毎年100以上の基金が新たに代行返上して独自運用に踏み出しています。
(代行返上の許認可を得るには、基金側に相当な財政負担を求められますが…)

厚生年金の完全脱退というのは、企業年金の独自運用とは全く別の話で、簡単に言えば法令で加入が義務付けられている厚生年金制度からの無許可脱退であり、完全な法令違反の行為です。実行すればその企業の経営者には刑事罰があります。法令違反の行為ですから、公式の審議会の場において、厚労省の責任あるポジションの官僚や委員である権丈先生が、千数百ある厚年基金が一斉に違法脱退するシナリオを検討することは無いでショ。こういうことを申上げております。

公的年金や健康保険制度は、全面的に社会保険料方式を堅持するのが税法式より優れている、とするのが厚労省の立場ですし、権丈善一教授も社会保険料方式派です。それに対して給付費用の税負担(消費税や社会福祉税)を拡大して、社会保険方式は縮小しようとするのが経団連や、日本総合研究所の西沢和彦氏などです。お二方の著作を読まれることをお勧めいたします。

> No.33、No.35 法務業の末席 様

私が思いますに権丈先生は、「現状を基礎により良くするアプローチ」に徹した言動をされているように思えます。
一方、経済団体の厚生年金制度本体からの離脱あるいは報酬比例部分の廃止を狙う動きは十分に視野に入れつつ、時に牽制の意図も含めつつ論じておられるように思います。
そこまで極端でなくとも、基礎年金制度という財政調整システムを離れて厚生年金単独に戻すというような見解は、農林漁業団体職員共済組合の事実上の救済を論じた一元化懇談会の席上でも話題にあがりましたし。
そのような訳で、ご紹介のような話が特に経営体力のある企業を中心に一定程度の勢いを持っている事は間違いないかと、思います。

それは置いておいて、厚生年金制度を離れて企業単独の独自年金制度をという話については、そのような主張も然りと思います。一方、企業活動の栄枯盛衰と申しますか、好調期の受給者世代と不調期の受給者世代との世代間の不公平性など考慮されてしかるべき側面が無いわけではないとも思います。年金という超長期の制度における「時間のリスク」を超長期にわたって一つの企業体が負いきる事が可能なのかどうか?という疑念も残りますし。いくら他国のGDP並の力を持っていても、その対価として給付債務も当該の他国に比して大きくなるのが自然でしょうから。大手の経営層にとっては、制度の維持が不能になるリスクは大きい問題ではないのかもしれませんけれど。
あとは、企業独自制度の年金のみの状況で、破綻リスクに対する備えをどう構築しておくか?など、社会的コストを考えると諸手を挙げて賛成とは言いかねるんですよね。
代行返上は別によいのですが、厚生年金基金の解散や健保組合の解散などの現実を目にしましたら、非常時のバックアップの為の制度や備えとしての政府の関与の必要性は度外視出来ないと実感いたしますので。
とは言え法務業の末席様ご指摘の部分については、仰るとおり大きい問題を含んでいると思います。ご紹介の西沢氏や小塩先生、一時期の高山先生などがそちらの観点から論陣を張っておられますし。ただ、社会保障制度に関しては「経済の領域」ではなく「政治・政策の領域」として論じて欲しいと思ったり。

##現状に怒ったり苦情を言いたくなるお気持ちは十分解りますよ、解りますって。でもね、企業の担当者の方も被保険者の方も、従前から法令に則って同一制度内では何度得喪を繰り返そうと同じ番号を使い続ける事にもう少し注意を払って欲しかったと。。。ちゃんと最初期の勞働者年金保險の被保險者證以来の伝統として再就職時に所持している年金番号を申告したり、個人の情報を正しく届け出しないと記録の不備から不利益を被る旨の注意喚起がなされ、法令上も年金番号の申告を要しそれに虚偽有れば罰則規定の適用があると書いて有るではありませぬか。

念のため申し上げますが、先の投稿中最後の段落部は、おそるおそる小声で呟いてみる実験です。(逃亡)。。。

>No.36 thx-1138 様
ご見解に異論はございません。

医療崩壊問題での医師が言われる「イザとなれば逃散」と一緒で、「イザとなったら厚生年金から抜ければいいさ」と開き直れるのは、お国の最低保障システムお世話になるおそれが少なくて、世界中何処へ行っても食っていける自信のある、超優良大企業の話しですね。

##勞働者年金保險の被保險者證以来の伝統…。
ソウダソウダ、マッタクダ。
「あたしィ、難しいことはァ、ワッカンナイのォ」と言って、お上に丸投げしてきたツケですよ。

>No.35 法務業の末席 さん

企業年金の独自運用の話を先に出してしまったのがいけませんでしたね。投稿してから気がつきました。

あくまでひとつのステップとしてであって次のステップとして、企業側としては「赤信号みんなでわたれば怖くない」式に違法行為であっても踏み切る可能性は(可能性としてならですが)あるなと言う意味程度の話です。
そして可能性と言う意味なら当然厚生官僚も権正先生も考えてるだろうということです。

一方、厚生官僚としては一斉法違反(見ようによってはサボタージュ、もう一歩進めばクーデター)のような行為を表向きには想定しないのは当然で、そこまで行ってしまってはもう国として成り立たない状態ですよね。そういう蓋然性の低い可能性は想定からはずすでしょう。

法務行の末席様はそういった非常にハードルの高いことをおっしゃってるのかなと思っていたんですが。10兆からの売り上げを持つ企業が単独で踏み切るのは考えがたく、仮に経団連傘下の企業がいっせいに法を無視するならそれはもう政府がなくても一緒なんだろうなと。で、思考実験としてならば一度は考えているだろうと思った次第です。

>福田さん
お気持ちにはわかる部分もあります。
しかし第一に、私には立法運動にコミットした(そしてまず成功した)人物を身近で見た経験があるのですが、正直言って相当の労力を投入していました。そのように重い負担を有能であれ何であれ誰かに押しつけるようなことがあっていいのかとは思います。
第二に、ある人に問題を処理する能力があり、その問題を処理する社会的必要性が高ければその人に問題を処理するよう強制してよいのであれば、お医者さんたちに「逃げずに医療現場を守りなさい」と強制すればよいことです。つまりモトケン先生に強制する云々以前に問題は消滅します。
もちろん我々はそういうことをしてはならないということを前提に、各個人の自己決定を尊重しつつ、社会的に問題を処理するためにどうすればよいのかを考えているはずです。個々人の「やる気」をどう調達してくるかというのは、従って、個々人の自由を尊重するリベラルな立場においてのみ発生する問題ですが、私自身はその問題の困難さを引受けてでもリベラルにとどまりたいと考えています。

 私も釣られ気味にコメントしておきますけど

>小倉さんはそういう意味で「矢部さん、もっと欲張ってくださいよ」と言っているのかなという気がします。

 福田さんは、はてブコメントも見てますか?

 小倉弁護士の本心が福田さんの言うようなものであるとすれば、小倉弁護士の意思伝達能力は、致命的なまでに劣っているか歪んでいるかのどっちかです。

 小倉弁護士の真意如何にかかわらず、福田さんの読解センスは私のそれとは天地ほどもかけ離れています。

 (以下、略)

追記
 小倉弁護士に感謝すべき点が一点だけあります。
 小倉弁護士のおかげでそれはアクセス数が増えていることです。
 小倉ブログ経由の新規訪問者の中に医療崩壊問題に初めて接する人がいるとすれば、私の意見に賛同するか否かにかかわらず、有益なことであると思っています。
 今までの常連さんとは少し波長が違う人が混じっていてたまにちょっと悩ましい事態も生じますが(^^;

>ただ、誰かが「みんなにとって有益ではないかとつい欲張」らないと社会をよりよい方向に変えていくことはできません。なので有能な人にはどんどん欲張って貰わないといけないと思うのです。

 思うのは思想良心の自由ですが、人に自分の価値観を押し付けてはいけません。議論が成り立たなくなるからです。まず自分で率先してやってみてはいかがでしょうか。

>小倉さんはそういう意味で「矢部さん、もっと欲張ってくださいよ」と言っているのかなという気がします。

 それは、単に貴方のいつもの誤読でしょう。

>だから社会が本当に変わっていくことを望むのであれば「押しつける気はありません」などと言っている場合ではないのではないでしょうか。

 押し付けは人権侵害で、相対的価値観を根本法理とする現代立憲民主制過程と相容れず、法曹が(そしてほとんどの常識ある人が)最も嫌うことです。ご自身の価値観はご自身が額に汗して誤自信でどうぞ。人に押し付けるのは責任転嫁です。正しいと思うならご自身でとうぞ。応援しませんが。

(蛇足)貴方の投稿が私を除く常連さんからスルーされている現状をよく考えた方がいいと思います。

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