大分教員汚職:富松審議監「責任ない」に身内から反発の声(毎日新聞 2008年8月1日 2時30分(最終更新 8月1日 2時30分))
金券授受の趣旨について、富松審議監は任意聴取に対し「あいさつとして受け取った」と話し、矢野被告も「よろしくお願いしますという趣旨だった」と関係者に話しているという。
「話しているという」ということで、本当に話しているのかどうか分からないんですけど、本当に話しているとすれば、という仮定でものを言えば、
常識として「あいさつとして」20万円分の金券を受け取るということはないわけで、「よろしくお願いします」というのも何をお願いしたのかは言わずもがなだと思われますので、裁判員予備軍としての一般市民感覚では、こんなん当然起訴で有罪やんか、ではないかと思うのですが、収賄罪には「職務関連性」などという要件がありますので、その点に関する証拠がないと、なかなか逮捕・勾留までも踏み切れないところがあります。
現金とか金券には、職務との関連性は何も書いてありませんので、「職務関連性」に関する最も重要な証拠は被疑者の自供になります。
「あいさつとして20万円分の金券を受け取った」という供述は極めて非常識な供述ではありますが、文言解釈、つまり字面では自供とは言えません。
となると、警察としては「厳しく追及」するわけです。
マスコミがよく言いますよね、「警察は今後容疑者を厳しく追及する方針です。」なんてね。
こういうときのマスコミというのは、「厳しい追及」を期待または要求している雰囲気むんむんなんですけど、弁護人としては、厳しい追及の結果自供した場合なんかは、「無理矢理自供させられたもので、自供に任意性はない。」と主張するわけです。
そして、自供以外に確たる証拠がなかったりしますと、裁判で無罪になったりします。
そうすると、マスコミは「捜査のあり方に問題はなかったか。」などとしたり顔で警察批判をするわけです。
でも、こういう事件は、裁判員裁判では有罪になる可能性が高くなるんじゃなかろうかと思うのですが、どうでしょうか?
刑事事件としての捜査はともかくとしても、もし上記審議監の発言が確認されたとしたら、教育委員会はいつまでこの非常識な男を要職に置いておくのだろうと思いましたが、別のニュースによれば、処分するようですね。どの程度の処分かはまだはっきりしませんが。
富松教育審議監を処分へ(四国新聞社)
関係者全員が膿を全部出し切って再出発すべきだと誰しも思っているのでしょうが、たぶんそれを徹底すると、誰もいなくなるんでしょうね。教育界だけじゃなくて、いろんなところから。
収賄罪の「職務関連性」要件は、このような常識外の高額な贈与を貰う公務員に対し、法に基づいてペナルティを課す場合の足枷ですね。
国家公務員には、利害関係者からの贈与の法規制(国家公務員倫理法)もありますが、地方公務員は各自治体の条例任せだし。その国家公務員倫理法による倫理規定でも、入札や許認可または公的助成措置の対象となる「利害関係者」を想定して、贈与接待の報告義務を課した決まりであって、同じ公務員同士、部下からの贈与接待については規制外の措定外。
確かアメリカ大統領はこの倫理規定により、大統領スタッフからの誕生日プレゼントでさえ、受け取れる評価金額に制限がある、と以前読んだ誰かの国務長官自叙伝に書いてあった覚えがある。大統領であっても確か数十ドル単位の金額迄しか、誕生日や父の日などののプレゼントでも容認されていないと書いてあったと記憶しているのだが。20万円の金券と言えば2千ドルに相当するから、アメリカなら間違いなく倫理ルール違反で、ペナルティ(職を失う?)だろう。
盆暮れの中元歳暮の付け届けだって、一切貰ってはいけないとは言わない。ただし、贈り物は1回当たり1万円以上、年間を通して同一人物から合計5万円を超える贈与接待を受けたら、その相手が血縁関係者であっても報告義務を課すべきだ。報告をさせた上で多少の基準オーバーは「指導」すれば良いし、何回も指導を繰り返し受けた場合に初めて懲戒処分の対象とすればよい。ただし懲戒逃れの為に報告しなかった場合は、基準額オーバーより何倍も厳しい処分の対象としたらどうだろう。
贈収賄に裁判員というのも悪くないかも知れません。
今、民間企業では取引先からの贈り物には、非常に厳しい制約を設けているところが増えています。
これは、誤解を招く可能性があるためなのですが、以前、お客さまに対して「昇進祝い」を会社名義で送ったところ、「会社の規定で受け取れない」旨の手紙が付いて返送されてきたことがありました。
民間企業で出来ることが、公務員にできないハズはないと思うのですが…
トピずれだと思いますが、この「県教委ナンバー2」という表現にすごく違和感を感ずるんです。
「県教委事務局ナンバー2」ですよね。
新聞記者は違和感を感じないのでしょうか。
違和感を感じないのなら、「教育委員会というのは、教委事務局の原案を追認するだけのお茶飲み会にすぎない。したがって、すべての権限は、教委事務局にある。つまり、県教委 = 県教委事務局である。」というおそらくはほとんどの教委事務局が持っている本音を認めていることになると思います。
このような教委事務局の意識が、今回の事件の根底にあると思うのですが。