エントリ

 いろいろ意見がありそうですが、
 パリに対する対抗意識があるというのは深読みか?

| コメント(14) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

コメント(14)

定期的に来店するわけでもなく、ブーム終焉とともに減ってしまう一見客が増えた結果、雰囲気の変化を嫌った常連客が離れてしまっては元も子もありません。ミシュラン掲載拒否は、一番にはそういうソロバン計算の結果ではないかと思います。

ただ、実家が京都で古くからの商家の感覚から言うと(今は東京在住)、京都では観光客向けの飲食店・各種商売と京都人(+京都のことをよく理解した人)向けの飲食店・各種商売が分かれていて(キッパリ二分できるというわけじゃないですよ)、後者に関わる人達は「自分たちの商売は観光客向けのそれとは違う」という強い自負があります。

そしてミシュランに載ると言うことは、まさに観光客向けの店舗として扱われることですから、本当の老舗にとってはある種の屈辱と感じてもまったく不思議ではありません。

ちなみに、パリへの対抗意識は正直どうだかよくわかりませんが、京都は鴨川(三条と四条の間)にパリ風の橋を架けるという無茶なアイデアが通りかけた街でもあることを付け加えておきます(実際、私の父親も華やかになっていいじゃないかと言っておりました)。

柔道が“jyudo”になったように、“本来のもの”とは別のもの
ということでしょう。
一番臍を噛んでいるのは当のミシュランなのでは。

トピズレ失礼

10年ほど前、ベルリンからウィーンに行く夜行列車の中で、オーストリア人(ウィーン市民)のビジネスマンとこんな話をしました。
一般的に日本人には(アメリカ人などと比べると)本音と建前を使い分ける傾向があるが、京都という町はその傾向が強く、「ぶぶ漬けでもどうです(話したときは「お茶でもいかが?」という風に言ったと思います)」と言われたら「もう帰ってくれ」という意味だ、私は京都から40kmぐらい離れた都市に住んでいるが、京都の人と話をするのが苦手だ、と話したら、彼は「よくわかる、ウィーンにもそんな雰囲気がある」と言ってました。
ウィーン在住の日本人も「ウィーンは観光には良い町だが、住むのには(コミュニティに溶け込むのは)しんどい町」なんて言ってました。
ウィーンも100年ほど前まで皇帝がいた町、パリとは違った「雰囲気」があるところです。個人的には、ウィーンの方が京都に近い空気を持っているように思います。

 京都の老舗ともなると、建物や什器にも重文・国宝が珍しくないそうですから、モノの扱いに慣れない一見のお客さんが殺到して破損でもした日には、客離れどうこう以前に大損害でしょうね。
 そもそも、紹介者を通じて背景情報を十分に収集できないと「その人・その時に合わせた」「値段相応の値打ちを感じてもらえる」サービスができないのが「一見さんは堪忍してください(泣)」の本来ですし。

 ただ、観光対応のタイプの店の中から選ぶなら、ミシュラン京都版も成立するんではないでしょうか。ミシュランガイドって要するに欧米人接待向け高級店リストでしたよね、本来は。

 古都(現在はみやこではない)としての価値を追求している京都の人が「現役のみやこに対抗意識を燃やしているはず」とばかりにいちいち比較されてウンザリしてる感じは、時々伝わってきます。

京都市が最初に姉妹都市提携をしたのはパリですよね。
そういう点では、パリには強い親近感があるということでしょう。
ただ、大都市の中でも京都の交際感覚は「るつぼ」のように混ざりあうものではなくて、一定の距離を保ったほうがうまくいくので、モザイク状に共存する傾向があります。
ミシュランを拒否したのも、フランスと仲違いするつもりではなくて、お互いを尊重し合ってよい関係でいたい、相手の懐に手を突っ込むようなことはやめておきましょう、といういうところだと思います。
それと、商家では最上のもてなしは私邸での仕出しですし、旧家なら別邸での茶事になることもあります。取材にバラつきがあった(?)ということも組合が嫌がった理由の一つにあるかも知れません。

余談ですが、今日の京都の外見的イメージは戦後形成されたものです。戦災を受けなかった、そのため再開発が遅れ他都市ほどには不動産担保融資に依存しなかった、無借金経営が尊ばれる、ギルドや町内会が保存された、といった事情が影響していると思われます。
ずっ〜と京都は新しもん好きで、中世はもちろんのこと、戦前まで日本初、日本一などに情熱を注いでます。
それが、戦争を境に戦災を受けなかったために、生活空間も生活様式も【周回遅れ】になってしまった。
外部からは古い物が保存されているように思われていても、住人は将来のことを中心に考えているので、観光業界を除けば古都と呼ばれることを喜びません。
とはいえ、その「将来」も今すぐではなくて、後世(自分自身は生きていない)に何を残せるかという視点ですので、先代の残してくれたものを粗末にしない、という程度のことはあるでしょう。

「パリ」って人気ありますね。「○○のパリ」って紹介される都市の多いこと・・・。確か第2次大戦前のワルシャワは「東欧のパリ」って呼ばれてたと思います。
プラハには「パリ通り」やエッフェル塔に似せた鉄塔もありました(^^;

で、京都の話ですが、個人的にはヨーロッパの町のように御所の周囲XXkmは昔の景観を残す、ぐらいのことをしてもよかったのに、と思います。せっかく米軍が無差別爆撃を避けてくれたのに・・・。もっとも部外者だから無責任に言える話ですけどね。

日本人が、日本人の感覚で基準を設定し、フランス料理店を格付けする作業を行ったのであれば、フランス人は「日本人にフランス料理の何が分かるのか」と言う話になるように思います。

従って、「フランス人に日本料理の何が分かるのか」と言う感覚を日本人が持つのは当然ですし、拒否というのもあり得る姿勢だとは思います。

ミシュランガイドって要するに欧米人接待向け高級店リストでしたよね、本来は。

そういう使い方に便利であることは間違いないですが、「本来」で言うと、あれは観光ドライブガイドです。
空気チューブ入りタイヤを発明したフランスのタイヤメーカー、ミシュランが顧客向けに「もっと遠出ドライブを楽しんで(でもってタイヤをいっぱい消費して)」と始めたサービスです。

なので、星の意味合いは、ひとつならば「その町に行ったなら立ち寄る値打ちのある店」、ふたつなら「近くの町まで行ったなら、寄り道してでも入る値打ちがある店」、そして三ツ星は「その店に行くこと自体を旅行の目的にするだけの値打ちがある店」です。

そういう意味じゃ、フランス人が車旅行でタイヤをすり減らして来ることのできない日本の店を、ミシュラン・ガイドにのっけても仕方ない・・・あ、ヒコーキがいっぱいタイヤを使ってましたっけ。

ぶぶ漬けのたとえ話は、京都人的な感覚だと「あんさん、帰ってくれ」とストレートに言っているのも同然です。大体その表現を揶揄する人は、帰って欲しい客が家に居座っているときに、その客に何て告げるんでしょうかね(まさか「もうお帰りください」とは言わないでしょう)。残念ながらそこまで含めて、ネタにされている例はあまりありません。

京都人は表現こそマイルド(というか京都人特有のもの)であれ、言いたいことは相手に直接的・合理的に言ってしまうことが多いので、もうたまにしか京都に帰らない元京都人のワタシからすると、親戚(もちろん京都人)同士の会話なんかを聞くと、ハラハラしっぱなしです。

米朝師匠の「京の茶漬け」が大好きな大阪人です。京都の方からは「がさつな大阪人」と思われているようで、京都の方の前ではつい萎縮してしまいます。しかし、いまネットで調べたら相手に対する思いやりの気持ちもあるようですね。大変失礼しました。

私の場合、(相手にもよりますが)大抵「申し訳ない、野暮用(または先約などなど)があるので、次のお約束を決めましょう」などとストレートに言ってしまいます。こういうところが「がさつ」なのでしょうね。

京都の老舗では、店に行けば誰でも客とされるのではありません。

店も客を評価してます。

素材もほどほどに必要な数しか仕入れないし、仕入れることが限られている貴重なものを手間暇掛けているので、一見さんが入り込む余地はないのでしょうね。

大衆商売と違う商売がキチンと成立しているところが、京都らしいと言えましょう
(元京都人ながら、そのような貴重な料理が頂ける立場では全くありませんが。。。。)

この連休大人になって初の京都体験してまいりました。よかった〜、美味しかった〜。(ミシュランではないですが)ガイドブックのおかげです。

外国からの観光客があれだけいれば(フランス語もしばしば聞きました)、レストランのガイドブックの需要も、ミシュラン基準の有用性も分かる気がします。

それと今の基準は「料理のカテゴリーやお店の雰囲気ではなく、あくまで皿の上に盛られたもの、つまり料理そのもののみの評価」との事ですが、前に山本さんの本を読んだ時に、たしか昔は店の雰囲気まで評価に入れていたが、いつからかそれは評価に入れなくなった(その代わりフォーク・スプーンマークがつくようになった)と書いてあった気がします。そういう変化もガイドに対するニーズに合わせての事なんでしょうね。

という事で、お店側がそのミシュランの基準を気に入らないと思えば掲載を断るのも自然なことだと思います。(だいいち一見さんお断り、のお店にガイドブック片手の観光客が入れるわけもないし。)

まぁそれよりも、ミシュランの星(という基準)が一人歩きして、それだけが絶対的な評価であると思い込んでしまう風潮が問題なのかな。(逆にあの店も乗ってないミシュラン京都版なんて、とキチンと評価されるなら健全かもしれません。)

惰眠さま、ありがとうございます

「本来は」ではなくて
「実質(日本人に)は」ということですね。

そうすると、掲載を断られるか、わざわざ確認する
ミシュラン・ガイドは目的に合った手順をきちんと
踏んでいるってことになりますね。


ついでに修正します
「国宝・重文が」ではなく「国宝・重文級が」です。
扱いの難しさが「国宝・重文」と同程度なのであって、
「国宝・重文」の看板が重要なのではないという趣旨
です。

yamakojiki さま

「ずっ〜と京都は新しもん好きで」

 たしかにそうですね「現役最古にして日本初の水力発電所」
なんて、いかにも京都らしいです。「古い物も、すべて現役
の実用品、観光のために保存した飾り物など無い!」と京都
出身の友人がよく言っていました。
 

法律相談へ

ブログタイムズ

このエントリのコメント