エントリ

 某ルートを辿って寄り道して見つけた裁判員制度についてのシビアな認識を紹介したブログエントリです。

 裁判員制度についての司法関係者の本音(弁護士のため息)

 概ね同感ですが、特に

 一部の弁護士が「市民が参加すればとにかく良くなる」という幻想を頂いていることは確かだ。

に禿同です。

 一部だから陪審制とか参審制なんか採用されないだろうと思ってたら、どういうはずみか裁判員制度になっちゃったので、司法関係者がみんなびっくりしているわけです。

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コメント(24)

う〜ん・・・困りました。というか
法曹関係者(難関司法試験に合格できた司法のプロ)の大多数の本音がそうですと・・・、素人の私のようなものが、もし選ばれて真剣に裁判に望んでも、詮無き事なのでしょうか。

モトケン先生にはすみませんが、なんか冷や水を掛けられているような気持ちで記事を拝見してしまいました。m(_ _)m

数日間の審理で結論を出すとなると、重大事件だけに、いくら公判前整理手続きが尽くされていたとしても、被告人・弁護人からしてみれば、納得できない結果が出れば、確かに人権を尊重した公正な裁判を受ける権利を侵害されていると言われかねないのかな?となると、かなりの長期化?が増える(というか、公判前整理手続きがしっかり機能されるのか、という疑問もまた出て来てしまった。)
飛躍しすぎの懸念かもしれませんが、まごまごしてると、「憲法違反だ」と言われかねない事なのでしょうか。

>モトケン先生にはすみませんが、

 いや,全然(−−;

 私も、ものすごく先行き不安な気持ちで見てます。
 別に、裁判員制度推進派じゃないですから心配しているというわけではありませんが、日本の司法がぐちゃぐちゃになってしまわないかという不安はあります。

直ぐ反応していただきありがとうございます。

さらに突っ込んでお伺いしてすいませんが、先ほどの私のコメ内容を特にご指摘無いということは、やはりそんな懸念、不安があると思って宜しいのでしょうか?

>日本の司法がぐちゃぐちゃになってしまわないかという不安

私もかなり不安になってきました。

>確かに人権を尊重した公正な裁判を受ける権利を侵害されていると言われかねないのかな?

 さあどうなんでしょう?
 イデオロギーの問題にも関係しそうです。
 「市民が参加すればとにかく良くなる」という幻想を頂いている立場からは、裁判員裁判のほうが人権が尊重されていると主張されるでしょう。
 しかし、素人の裁判員じゃなくてプロの裁判官による裁判を受けたいという被告人ならば、人権を侵害されたと思うのではないでしょうか。


>となると、かなりの長期化?が増える

 それはないでしょう。
 しゃにむに短期間で終わらせるはずです。
 どの程度の日数をもって短期間というかは問題ですが。

 その分、非公開の公判前整理手続を延々とやる可能性はありますが。

「無関心な弁護士」の一人として、当時&現在の心境をば。

法案提出当時は、「成立はしないだろう」と根拠なく思っていました。

法律が成立した時は、びっくりはしましたが、自分の仕事にはあまり関係ないし・・・という感じでした。

いろいろ問題が出てきた現段階では、「やっぱり難しいよね〜」と同僚と話してはいますが、さりとて、やっぱり自分の仕事とあまり関係しないので、特に何か行動することはありません(日弁連会長選挙で非主流派に投票するくらい)。

将来的には、制度運営がうまくいかず、法律廃止となるが、それには相当期間の年月が必要となり、国家レベルでの壮大な無駄となると予想。

ただ、制度に必ずしも賛成はしていないけれども、制度が出来た以上対応しなければならない立場の弁護士には、頭が下がります。

私は裁判員制度が憲法違反だと思うし、制度が始まれば、違憲訴訟も起きるだろうと思っています。まあ違憲判決はおりないとは思いますが。

>日本の司法がぐちゃぐちゃ

裁判員が入るのは第一審だけなので、上訴審である程度なんとかするという見込みはあると思います。


また、光市母子なんかにおけるネットでの「一般の方」のイメージで裁判員をみるのは、違うと思います。
ネットは所詮無責任な野次馬です。
法廷でも野次馬のノリで物が言える人は普通はいないと思います。

私は昔、2ちゃんのオークション板で、オクにおける法律がらみの問題なぞで和気藹々と怒鳴り合ったりしていましたが、(ブランドのリボンを使ったリメイク品と商標法、主婦の手作り菓子の出品とと営業許可の要否など、新しい問題がいろいろあった)
いわゆる素人の方も、自分なりに考え、それなりに利益考量して意見を述べていました。
オークション板の住人は自身もオクをやっている人が多く、それらの問題は、他人事ではなかったからだと思います。
自分の問題としてとらえれば、みんな自分なりに考えます。

陪審員を扱った映画などでは、個人がもつ偏見(主に人種的な)がネックとされますが、
じゃあ裁判官が偏見を持っていないのかというとそーゆーわけでもなく、
特に、事実上の有罪推定原則がはたらいているとまで言われている状況では、
そのようなプロの偏見を見直す意味で裁判員制度は意味を持つとは思います。

私は特に裁判員制度に賛成しているわけではなく、
決まっちゃったんだから仕方ねーじゃん派ですが、
「仕方ねーじゃん」の中にはそういう期待も含まれています。

遺体の写真をショッキングだからCGにするという話を聞いた時、私は悪い冗談を聞いているのかと思いました。
人の一生を決める裁判という場に携わろうと思うからこそ、出来の悪い起案でお灸を据えられるのにも耐えてきたというのに、ショッキングだから変える・・・って。裁判員の基本姿勢はいい加減でいいんだ、とお墨付きを与えるようなもんだと思いました。

裁判員導入に向けて改善された司法運用もありますが、それを裁判員制度の手柄と呼ぶこともできませんし。

私の学部時代の師匠が裁判員に前向きで、テレビに最高裁・日弁連・最高検と並んで出ていたりもしたのですが、今も同じ認識なんですか?と聞いてみたいですね。
多分、同じだと思いますが。

ご教示いただきまして、重ねてありがとう御座います。

今まで、裁判員制度に対しては肯定的に捉えておりましたが、腰が引けて来ました。(私自身は、決して法曹のプロの方々を今まで信頼していなかったという気持ちは、微塵も持ってませんでし)
単純に比較、対象できないと思いますが、時には人の生死に係わるという問題は、医療は医師に、「人の裁き」は法曹関係のプロに委ねるべきことではないのか、と思い至って来ました。
(医師の方がはるかにその危険性が何時も付き纏いますが)

しかし、今は撤回する方向へ動いているような感じには見受けられません。
そして実施されて行き、裁判員制度が崩壊へ向かったとしても、そこに至るまでの間は、多くの人(被告)が裁かれてしまう訳で・・・。

 以前も書き込みしましたが、テレビ朝日の朝まで生テレビで裁判員制度を取り上げた放送を観た時の感想です。
 要するに日弁連が最も強硬な推進派で、その旗印は「今の刑事司法は、検察と裁判官が半ば一体となっており、正常な弁護はできない。そこなで市民を参加することで司法改革の第一歩とするのだ。」というものでした。
 
 司法改革の必要性については否定しませんが、それを実現するための手段が裁判員制度だというのはロジックに飛躍があり過ぎるように思います。

 朝まで生テレビでも、裁判員制度反対派・慎重派のパネリストからは「市民感覚を反映させたいのであれば、むしろ凶悪事件よりも市民に身近な軽犯罪を担当するべき。」とか、「死刑を宣告することもありえるの量刑についてまで裁判員に判断させるのは酷だ。」とか、「犯罪組織の構成員を裁くこともあり得るのに一般人に裁かせるのは危険である。」とか、「司法改革を成し遂げたいのであれば、裁判員制度よりもむしろ人質司法などの問題解決に尽力すべきである。」などの意見が出されていました。
 それに対して、推進派は具体的な反論はせず、「司法改革のために裁判制度が必要である。」との一点張りでした。(これについて、東大の姜教授は『一点突破型論理であり、それで押し通すのは無理がある。』との趣旨の指摘をしていました。)
 
 推進派の意見で最も違和感を覚えたのは、推進派も裁判員制度が初めから上手くいくとは思っていなくて、制度を運用しながら改善していけばいいと悪びれもせずに言っていることでした。(これは私のフィルターを通した感想です。)
 これについて反対派・慎重派は、「それでは制度が成熟するまでに裁かれた被告はどうなるのか。」と指摘していましたが、そのとおりだと感じました。
 私はもともと反対派ですが、この放送を観て、ますます反対の思いを強めたところです。

以前、別エントリで裁判官による裁判員誘導が議論されたかと思いますが、日本人のコミュニケーションでは、空気を読むことが最重要視されるそうなので、裁判員は裁判所の空気を読んで、むしろ積極的に誘導されたがるのではないか思います。

裁判所の空気を作るのは裁判官なのでしょうが、裁判員制度が実施される頃には、被害者が裁判に参加しているので、もしかしたら被害者遺族が感情的イニシアチブを握ることになるのかもしれません。

ただ、被害者遺族の強烈な負の感情にさらされて、ショックを受ける裁判員も増えるでしょうから、将来的には被害者遺族に対する草の根バッシングが増えるような気もします。

このように考えると、自分には裁判員が勤まりそうもなく、召集されても辞退しようと思っています。

 あくまで独り言の一般論です。
 私が公務員となる前から続いていると思いますが、法や制度ができて、批判や問題点が噴出しても、施行前に撤回するのは公務員(国会議員を含む)のXXから有り得ないことが多いです。
 ただ、今回は、法施行前に裁判員裁判制度の小さな修正法案(追起訴事案に関する改正法案)がごく短期間の審議で成立しました。正直な気持ちはクリビツテンギョーです。

司法関係者からは

「国民の皆様がお決めになったことですから」
(だから、どうなってもわしらの責任じゃないかんね)

的な、半ば投げやりに受容する雰囲気を感じますね。


刑事司法問題が選挙の争点になるなんてことは、従来からすれば殆ど考え難いところでしたが、今回の衆院選で【裁判員制度の維持推進/廃止ないし延期】を公約に掲げたら、案外注目を引くのではないかという気もします。

未来の「裁判員」ではなくて、現在進行形の検察審査会が既に相当にアレだと思うのですが、「改善」どころか、改悪としか思えないような方向に動きましたよね。

どうしてああいうことになるのか、門外漢にはさっぱりわかりません。

立法経緯の補足説明を。

裁判員法ができたときに,追起訴をどう取り扱うかという大きな問題点があることは既に認識されていました。
しかし,当時,これをどのように解決するかのコンセンサスはなかったので,この点については何ら触れないまま裁判員法は成立しました。
その後,追起訴についての取扱いの議論を経て,裁判員法の改正がされました。

法律制定時に予定されていた問題点を処理するという意味では予定されていた改正なので,その限度では違和感はありませんでした。

#もちろん,そういう問題点があるまま立法するのはいかがなものか(施行前に実質改正を予定した立法をするのかよ)という突っ込みはありえます。
##さらに,追起訴案件の審理方式について,これでよいのかという突っ込みもありえます。

裁判員制度は過去に日弁連の一部の者が提唱したかも知れないが、自分は裁判員制度に反対の立場だし、裁判員制度の実施に協力したくない。

弁護士の世界にこのような主張があることは非常に残念に思います。弁護士界の外部の国民多数から見れば、日弁連という弁護士会の総元締めの組織が裁判員制度導入を提唱した、弁護士という司法制度の専門家が組織的に賛成これは良い制度なんだと思って反対を唱えなかった結果が、国会での多数意見としての「賛成可決」ではなかったのか。

いくつかの弁護士ブログで言われているように、司法制度改革会議での元日弁連会長などの賛成推進の意見は、日弁連としての多数意見ではなかったのかも知れません。ですが「日弁連という弁護士会の総意として裁判員制度に賛成」と受け取れることであり、弁護士でない「善意の第三者」である国民多数にとって「信じるに足る表見事実」に他なりません。法案審議のとき賛成派は一部の反主流派の言動であって、弁護士世界の総意は違うと主張されて反対運動をされていたのであればともかく、立法府において賛成多数で成立した法律について、今になって裁判員制度は悪い制度だし葬り去るべきだと主張なさることは、不誠実な行為であり信義にもとるような印象があります。

このブログにおいてモトケンさんは医療界に「誠実さ」を提唱されておられます。では弁護士界の「誠実さ」とか「信義」についてはどうなんだ、という個人的な思いもありますので、敢えて苦言をコメント致します。

福島地検に送検されるのと検察審査会にかけられるの、どっちがイヤですw?

裁判員制度の是非を議論する際、「司法への市民参加」ということで検察審査会も話題には上ったのですが、私の記憶ですと、検察審査会制度に対する否定的評価は殆どなかったような。

むしろ、検察審査会では素人も十分に適切な討論を行い、適切な結論を出している、司法への市民参加という意義を果たして良い影響を与えている、実際のメンバーからも「参加して良かった」という感想が多く聞かれた、という意見が大勢であって、裁判員制度の導入を後押しする材料として扱われたと記憶しております。

普通どっちも嫌ですってば(^^;

裁判官の多くは、裁判員裁判「やるならやらねば」という気分だと思います。
大河ドラマ「篤姫」中の「女の道は一本道にございます。さだめに背き、引き返すは恥にございます。」との台詞を引きながら、覚悟のほどを語っていた某裁判長も・・・・・・(^_^;)
(当然ながら、私たち裁判官に「引き返すか否か」の決定権はありません。)
それなのに、今さら、弁護士の方々に「反対」とか「わしゃ知らん」とか言われると、「そりゃないよ〜」って、正直思ってしまいます。
そうそう、裁判員裁判の導入を前向きに捉えて、日々精進している弁護士の方々の存在も忘れてはなりません。

評議に裁判員が加わること自体については、模擬評議をやってみた実感では、そう悲観するほどのことはないような気もします。
もちろん、「模擬評議の裁判員役と、実際の裁判員とは違う」という突っ込みもあり得ますが・・・・

私が一番心苦しく思うのは、国民に多大な迷惑・負担をかけることは避けられない、ということなんですよね。
縁のある書記官が、この度「裁判員係長」なるポストに就きましたが、心労で倒れやしないかと、ちょっと心配しています。

>裁判官の多くは、裁判員裁判「やるならやらねば」という気分だと思います。

多分そうだと推測します。

裁判員制度の制定が妥協の産物であったことは公知の事実。しかし,できた制度についてはメリットがあると信じ,デメリットを最小限にしようと現場は工夫を重ねているのではないでしょうか。
私の考える最大のメリットは,裁判官のみで考えてきた刑事裁判の事実認定や量刑が一般国民の常識と乖離していたのであれば,それをただすことができること。一般国民の考えとあまりにも乖離した刑事裁判は,正統性を失っていきますからね。


>私が一番心苦しく思うのは、国民に多大な迷惑・負担をかけることは避けられない、ということなんですよね。

御意。
慣れない刑事裁判に巻き込まれ,審理に関与する肉体的・精神的負担は相当なものがあるでしょう。
また,日当・旅費だけでは,裁判員,裁判員候補者の経済的損失全てをカバーできないと思われます。
なんで通常業務や日常の家事等を犠牲にしてまで,というのはもっともだと思う。

ここではあえて繰り返さないが,被告人の人権・弁護人の弁護権が事実上制約されるのではないか,あるいは憲法違反という意見も根強く見られる。

憲法違反という主張はともかくとしても,制度導入のメリットとデメリットを天秤にかけたら,どちらに傾くのでしょうかね。


ところで,昨今の政治情勢では解散総選挙が間近のようです。
刑事裁判に関することが選挙の争点となることはこれまでほぼ皆無でありましたが,今回もそうしないということでよいのですかね。政権選択,景気対策,年金問題などの争点が見当たりますが,裁判員制度の是非はそれと同程度に重要な問題とは考えないのでしょうかね。
消極的立法(法律の廃止・延期)も民意があればできるのですがね。

模擬評議も、本番同様の方式で裁判員を選出しているのなら十分参考になると思うのですけどね。

これまで、職員の縁故や協力企業・団体等からではなく、完全なランダム選出による裁判員で模擬裁判をやったところはないのでしょうか。

最近、偏りの著しい人やハナシの通じない人に出くわすと、「この人も裁判員になって、人を裁く可能性があるのだなあ」と考えるようになっています。

No.19 curiousjudge さんへ

>大河ドラマ「篤姫」中の「女の道は一本道にございます。さだめに背き、引き返すは恥にございます。」との台詞を引きながら、覚悟のほどを語っていた某裁判長も・・・・・・

なるほど。でも、なんだか悲しい「さだめ」ですね。

>それなのに、今さら、弁護士の方々に「反対」とか「わしゃ知らん」とか言われると、「そりゃないよ〜」って、正直思ってしまいます。

「今さら」というのは違うと思います。
 裁判員制度導入について、殆どの弁護士は意見を表明する機会を与えられませんでした。アンケートさえ実施されませんでした。
 せいぜい、会長選のときに裁判員制度導入に賛成する会長候補に票を入れないこと位しかできませんでした。しかし、その会長選だって、争点は裁判員制度だけではありませんので、裁判員制度導入賛成の会長候補に票を入れた弁護士であっても、実際には裁判員制度自体には反対という人も多かったわけです。
 
>そうそう、裁判員裁判の導入を前向きに捉えて、日々精進している弁護士の方々の存在も忘れてはなりません。

まさに篤姫のお言葉を引用された裁判長と同様の心境の方が多いでしょうね。
 それに加えて、たとえ意にそわぬ裁判員制度だって避けて通れないわけですから、それを前提に被疑者や被告人の権利を守らざるをえないわけです。
 裁判員制度を前提とした刑事弁護技術の精進と、制度自体に賛成か反対かはまた別の問題であると思います。

 それに加えて、たとえ意にそわぬ裁判員制度だって避けて通れないわけですから、それを前提に被疑者や被告人の権利を守らざるをえないわけです。
 裁判員制度を前提とした刑事弁護技術の精進と、制度自体に賛成か反対かはまた別の問題であると思います。

 同意です。
 
 私は、裁判員制度には批判的ですが、裁判員裁判における弁護技術については、職人的興味があります。
 実は、陪審裁判の模擬裁判に検察官役で出演したことがあるのですが、途中でシナリオの台詞を忘れてしまい、かなりの部分を勧進帳でやったことがありました(^^;
 冷や汗たらたらの不出来な論告でしたが、陪審員(役の一般市民に皆さん)に対する論告はけっこう面白かったです。

私は痴漢事件に裁判員制度を導入するなら大賛成なんですけどねえ。

他の先進国で被害者の証言だけで有罪になってしまう恐ろしい国があるんですかね?

これだけ見ると裁判所も検事もどこの未開の国?とか思ってしまう。

どうして最初は身近な事件から導入とか考えないのか謎。
実は謎でもなんでもなくて最初から失敗させて
「ほら無理でしょ」って言いたいだけなのかもしれませんけど。

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