医療事故、「医療界の意識改革」を(ヤフーニュース 10月6日12時55分配信 医療介護CBニュース ウェブ魚拓 ボツネタ経由)
法学者からの意見です。 和田仁孝氏のプロフィール
アメリカの医療費が高いのは、医療訴訟の数が多いこと、 賠償金額が高額なことを頭に入れておいてくださいね。
この問題に詳しい法学者の大半は、大筋では同様のことを言っているように思います。たとえば樋口範雄教授の見解 http://nels.nii.ac.jp/els/110003890408.pdf?id=ART0005322374&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1223369542&cp=
すでに「改革の方向性」そのものは、多数意見が形成されており、あとはどう具体化するかの問題だと思います。
あ、ちなみに記事中の新井記者の序文は気に入りません(笑)
ご紹介された意見の記事を読んで気付いたこと、和田仁孝教授は
医療関係者に刑事罰を与えることで、「医療安全」が高まるとは思えない。むしろ、“委縮医療”につながることは明らかです。
●大野事件の無罪判決について聞かれた冒頭の質問に答えて >医療側としてすべきことは何かを考える視点が重要でしょう
●医療事故を刑事手続きで扱うのが妥当かどうかという問い掛けに対し >医療界の透明で信頼性の高い自浄的統制システムを確立すべき
●医療者個人の「不注意」が医療事故を引き起こしているのではないかと問われ >医療事故への刑事罰の適用はできるだけ回避すべきですが、その代わり医療側は自己統制システムを確立し、被害者への対応など、きちんと課題に取り組まなければなりません
●別席方式の「従来型の医療ADR」が今後広がるのかという質問に答えて >ADRではありませんが、院内での初期対応で、まず医療機関が患者さんにきちんと向き合う仕組みが必要です
●医療機関側の意識改革が必要でしょうかと聞かれて >対話による合意を図るのであれば、医療機関が事故に関するすべての情報を開示すること >前提として、刑事適用の回避と、それに代わる医療界の透明な自己統制システムの確立が必要
●「院内医療メディエーター」をめぐる今後の課題を聞かれて >医療界が率先して、医療事故をめぐる患者さんへの対応の改善に取り組んでいけるかどうか、医療界の意識改革が求められている
和田教授は、折に触れて「医療界はこのままで良いのか?」と問い掛けた上で「医療界も意識改革する必要がある」と説き、さらに医療界の「アナタ任せ的受け身体質」から「自主的率先実行策の着手」への転換を求めておられるように感じる。
以上、私の読後感です。
医療関係者に刑事罰を与えることで、「医療安全」が高まるとは思えない。むしろ、“委縮医療”につながることは明らかです。 しかし、他方、被害者の方が刑事手続きに持ち込むに至る理由、その前に医療側としてすべきことは何かを考える視点が重要でしょう。
患者のための医療、情報開示、真実開示、そうした姿勢を実現し、促進するのが院内メディエーターの役割です。医療界が率先して、医療事故をめぐる患者さんへの対応の改善に取り組んでいけるかどうか、医療界の意識改革が求められていると言えるでしょう。
個人的には、違和感を感じる点ないし突っ込みどころがいくつかありまして、それは次のようなことです。 1.刑事罰には応報の意味があるので、医療安全の向上に寄与するかどうかだけで判断するのは片手落ちである。 2.そもそも、現在の医療行為をめぐる刑事訴訟リスクは本当に高いと言えるのか。(医師の体感ではなく、客観的な数字の問題として) 3.「対話自律型」の紛争解決の前提であるところの「真実開示」は、例え刑事免責が導入されたとしても行われないのではないか。(日本は罪の文化ではなく、恥の文化だと言う言葉もあります) 4.金銭補償についてはどう措置するのか。
とは言え、全体的には賛成できるところが多いと感じましたし、このような制度が実現するなら刑事免責があってもいいのかも知れません。
アメリカの経済支援策を見てて思ったのは、
「公的資金を導入して、秩序を建て直しますよ」
とか言っても市場は安心せずに、崩壊は現在進行中。 大もうけしたヘッジファンドを税金で助けるのは許せんだとかという道義的かつ、論理としてはまっとうな主張は、限りなく正しいけど無力。
刑事で裁いて萎縮医療を招くのを防ぐために、方策を講じるなら、医療が変わらなければならないという主張は同じような「正しさ」を持っているような気がします。
同じような「正しさ」を持っている
医療側は自己統制システムを確立し、被害者への対応など、きちんと課題に取り組まなければなりません
アメリカの医療費が高いのは、医療訴訟の数が多いこと、
賠償金額が高額なことを頭に入れておいてくださいね。
この問題に詳しい法学者の大半は、大筋では同様のことを言っているように思います。たとえば樋口範雄教授の見解
http://nels.nii.ac.jp/els/110003890408.pdf?id=ART0005322374&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1223369542&cp=
すでに「改革の方向性」そのものは、多数意見が形成されており、あとはどう具体化するかの問題だと思います。
あ、ちなみに記事中の新井記者の序文は気に入りません(笑)
ご紹介された意見の記事を読んで気付いたこと、和田仁孝教授は
と冒頭で明確に言い切っていることです。ただその上で、医療界の現状の取組についても不十分な点があり、医療界としても意識改革が必要な点もあると何度も説示されていると感じます。以下に私がそのように感じ取った部分を引用してみます。
●大野事件の無罪判決について聞かれた冒頭の質問に答えて
>医療側としてすべきことは何かを考える視点が重要でしょう
●医療事故を刑事手続きで扱うのが妥当かどうかという問い掛けに対し
>医療界の透明で信頼性の高い自浄的統制システムを確立すべき
●医療者個人の「不注意」が医療事故を引き起こしているのではないかと問われ
>医療事故への刑事罰の適用はできるだけ回避すべきですが、その代わり医療側は自己統制システムを確立し、被害者への対応など、きちんと課題に取り組まなければなりません
●別席方式の「従来型の医療ADR」が今後広がるのかという質問に答えて
>ADRではありませんが、院内での初期対応で、まず医療機関が患者さんにきちんと向き合う仕組みが必要です
●医療機関側の意識改革が必要でしょうかと聞かれて
>対話による合意を図るのであれば、医療機関が事故に関するすべての情報を開示すること
>前提として、刑事適用の回避と、それに代わる医療界の透明な自己統制システムの確立が必要
●「院内医療メディエーター」をめぐる今後の課題を聞かれて
>医療界が率先して、医療事故をめぐる患者さんへの対応の改善に取り組んでいけるかどうか、医療界の意識改革が求められている
和田教授は、折に触れて「医療界はこのままで良いのか?」と問い掛けた上で「医療界も意識改革する必要がある」と説き、さらに医療界の「アナタ任せ的受け身体質」から「自主的率先実行策の着手」への転換を求めておられるように感じる。
以上、私の読後感です。
個人的には、違和感を感じる点ないし突っ込みどころがいくつかありまして、それは次のようなことです。
1.刑事罰には応報の意味があるので、医療安全の向上に寄与するかどうかだけで判断するのは片手落ちである。
2.そもそも、現在の医療行為をめぐる刑事訴訟リスクは本当に高いと言えるのか。(医師の体感ではなく、客観的な数字の問題として)
3.「対話自律型」の紛争解決の前提であるところの「真実開示」は、例え刑事免責が導入されたとしても行われないのではないか。(日本は罪の文化ではなく、恥の文化だと言う言葉もあります)
4.金銭補償についてはどう措置するのか。
とは言え、全体的には賛成できるところが多いと感じましたし、このような制度が実現するなら刑事免責があってもいいのかも知れません。
アメリカの経済支援策を見てて思ったのは、
「公的資金を導入して、秩序を建て直しますよ」
とか言っても市場は安心せずに、崩壊は現在進行中。
大もうけしたヘッジファンドを税金で助けるのは許せんだとかという道義的かつ、論理としてはまっとうな主張は、限りなく正しいけど無力。
刑事で裁いて萎縮医療を招くのを防ぐために、方策を講じるなら、医療が変わらなければならないという主張は同じような「正しさ」を持っているような気がします。