尼崎医療生協病院の女性患者死亡 「ミス」覆した病院に遺族ら怒りの会見(1月24日8時4分配信 産経新聞ウェブ魚拓)
こじれちゃいましたね。
医者というのは、薬やメスの使い方の専門家だと思いますが、やっぱり言葉を使う専門家ではないんだな、という感を深くします。
より根本的には、リスクマネージメントの基本がわかってないので、場当たり的な発言をしてしまうところが問題なように思われます。
リニューアル前のこのブログには、「医師が言う『ミス』とはこういう意味だ」、という医師のコメントがたくさん書き込まれていたように思いますが、それが医師以外、特に患者や遺族にはどういう意味に聞こえるかということをもっと考える必要があるのではないでしょうか?
もっとも、「ミス」「ミス」と書いているのはこの産経の報道であって、説明にあたった病院側担当者が実際にどのような表現を使ったのかについては未確認ですが、いずれにしても、遺族側が「病院側は前言を翻した。」と思っていることが問題です。
私も中堅時代は、何度か、記者会見やインタビューを経験しましたが、記者の執拗な質問には迎合してつい余計なことまで推測でしゃべってしまうことがありました。もちろん、後で上司からこっぴどく叱責されましたが(汗。
記者は、「回答を拒否するのですか」と挑発的な質問を常套句とする方もいるので、わからないことは「現時点ではわからない」「調査中ですので現時点では回答を差し控えます」と答える勇気も必要です。
また、技術部門の定義(理系の定義)は、一般用語例からかけ離れたものも多いので、言葉の定義を付加回答することも必要かもしれません。ちょうど、法律用語の「善意・悪意」「情不知」「過失」と同じように。
「血管を傷つけ出血した。」という場合、注意して避けるべき血管を注意を怠ったために損傷したらミス、避けようが無い腹壁の静脈を損傷したのであれば一定の確立で起きる合併症。
でもどっちでも患者さんが亡くなれば遺族にとっては一緒なんでしょうね。
納得させることが出来るかどうかは説明するほうの力量と説明を受ける側の力量の両方が関係すると思うので、直接に関わってないと判断ができないかと思います。
現実には全ての人とわかり合うというのもハードル高すぎですし、どのあたりが落としどころなんでしょうね。(個人的ぼやき.....
今回のことはあまり詳しくフォローしているわけではありませんが、
記事中の、
>主治医と研修医は誤って血管を傷つけ、出血が止まらず死亡したと認めていた。
ということと、「医療過誤ではない」ということは必ずしも矛盾しない、ということがポイントと思いました。
実際に日常診療で「失敗した」と思うことは少なくありません。しかし、その殆どは全く医療過誤ではありません。
上記の理論は、点滴の失敗に対してさえ、医療過誤だと主張する人には全く理解されないことであろうということは理解できます。
モトケンさんの、
にほぼ同意です。
付け加えると、リスクマネージメントの教育もなされていなければ、病者の気持ちを慮るということなども全く体系だった教育はされてきておりません。
昨今そのことに労力を割く必要が出てきたことが、診療可能なキャパを下げる1つの要因になっていると思いますが、その分広い意味での接遇というか、リスクマネージメントは徐々に向上している実感もあります。
避けられない合併症でも、一度謝ってしまえばミスと言われるんですね。謝らない方が良いと考える医師が増えてしまうおそれもありませんか。
自称”被害者”遺族の人たちが、記者会見まででき、マスコミに公表してもらえる時代になったのですね、という感想。
自称”被害者”が、本当に裁判で”被害者”認定されるかどうかは、分かりませんが、遺族が何をどこまで求めているのか分からない中では、病院側も対処に困ることでしょう。
他称”加害者”の身の潔白の証明と、債務の限定あるいは無いことを確定するため、民事裁判起こしてもらった方が気が楽になりそう。
(刑事訴訟にはなるとは全く思えませんから・・・)
それとも時効3年まで場外乱闘が続くのでしょうか・・・・
果たしてミスと認めるべきものなのか?
沼地 さん の仰るとおりです。
人為的な過誤を、懸命に防いだ挙句に生じた合併症でも、
ミスだミスだと一方的に言われる世の中です。
そのような人達の中には、
いくら時間を掛けて懇切丁寧に話しても、
話が通じない人も少なくありません。
病院側の対応も曖昧で、
今時のだらしが無い病院だなぁ、と思います。
本当に多いですね、こんな病院が。
どっちもどっちの観があります。
記者会見には、弁護士やリスクマネージャーが同席する米国の病院を見習うべき時代に来ているのでしょう。
この尼崎医療生協病院での案件、ミスと認めるとか、ミスではないとか言うのは少し違和感がある。ミスなのかどうなのかの医学的検証の問題ではなく、病院側と遺族側との意思疎通というか、共通理解に至らなかった結果による、双方の感情的な行き違いがドタバタ劇の本質だと思う。
小売業でのお客様苦情窓口の対応じゃないが、クレーム処理の担当者がお客さんとどっちの言い分が正しいのか論争し出したら、そのお店の評判は地に落ちる。クレーム処理担当者のウデの見せどころは、理屈の勝ち負けじゃなくて、どうやってお客さんに納得してもらえるか。お客さんが「店の方も精一杯のことをしてくれた」と感じ取れば、それが所謂「円満解決」と言われるトラブル解決じゃなかろうか。
法律的なリスクマネージメントの助言者も必要かもしれないが、老舗デパートからクレーム処理のベテランをスカウトして来るのも、この病院には必要なのかもしれない。
>法律的なリスクマネージメントの助言者も必要かもしれないが
リスクマネージャーは、リーガルリスクよりも世評やCIという社会的リスクを記者会見やクレームディスクでは優先します。
リーガルリスクのプロフェッショナルの出番よりも、老舗デパートの定年退職者をスカウトしてきた方が、この病院には相応しいのでは?
リスクマネージャーの出番はその後でも充分というか、それ以前のレベルだと感じる。それくらいこの病院の対応は オ ソ マ ツ 極まる印象を受けた。
注:この病院の医療技術がオソマツという意味ではありません、患者家族への説明技術や納得させる能力、対マスコミへの広報能力がオソマツ極まるとの意です、為念。
ものすげー医療よりの発言を一つしてみると:-
伝統的な医学教育というのは、モンペを説得するのに時間を費やすくらいなら、自己の研鑽を行え、手技を学んだり先輩のムンテラを聞いたりするのに打ち込めと教えてきたわけですよ。サービス業じゃなくいってみれば「聖職」だと。
実際、その方が患者様にとっての利益が大きかったのではないかと愚考する次第です。
どこも予算が厳しいのでしょうが、理想はリスクマネージメント教育を受けた対外広報担当者を置くことかなと思います。
それでも遺志から直接聞きたいというご遺族はいるでしょうが。
横レス失礼します。
>伝統的な医学教育というのは、モンペを説得するのに時間を費やすくらいなら、自己の研鑽を行え、手技を学んだり先輩のムンテラを聞いたりするのに打ち込めと教えてきたわけですよ。
実際、不足がちな医療リソースを有効活用しようと思うなら、医師は医療に専念して、記者会見~訴訟は事務局が対応して医師の防護盾となるのが合理的かもしれません。
↑
実際そのために「事務局」って存在してるのでは?
医師は医療に専心すべきでしょ。
医師は医療だけしてればいい。と言う考えが今日の医療崩壊のひとつの要因であるとは考えませんかw
私の代わりに返信コメを付けて頂き、ありがとうございます。
元外科医 さまのコメントご趣旨、全面的に同意です。
医師は雑事から解放されて医療に「専念」するのが医療リソースの有効活用として理想ですが(可能な限り事務方が防護盾となる)、「専心」すべきとは思えません。理由は、元外科医さまが端的に述べられた通りだと思います。
それに事務方は医学的質問や医療事実関係に答えるだけの医学的知識も医療現場経験もないので、事務方が多忙な医師に代わって回答するとしても、やはり主治医等の教示を求めることが実際に必要だからです。
医療に素人の遺族には理解しがたいとは思いますが、私は初めは病院は「誤って」と言っていたのを事実に近づけるために後から「過誤とは考えていない」というのは全く道義にも反しないし、矛盾のない言葉だとは思います。真実は事故直後には解りません。時間が経つにつれて解ってくるモンなんです。そして時間をかけて真実に近づけることが誠意だと思います。理論的にも正しいと判断できます。
また、最近の傾向として合併症であれば過誤であれ、最初に謝っておくというのがあり、そうすれば無用な争いは避けることが出来ると過信していることがあげられます。謝る=ミスを認めたと早合点させてしまうことも想像にがたくありません。
しかし、医療の素人は「始めに言ったことを覆す」というのは考えられない非常識なことなんだと思うのです。病院が最初に本当にミスと言ったのかどうかは別としても、こうした素人と専門家の解離は埋めようにも埋めるのは困難であることは医療者の皆さんが経験済みとは思いますが、難しいですね。
病院や主治医が遺族になんて言ったかは解りませんが、要するに誤解である可能性は極めて高い。素人は「誤って傷つけた」→ミスと思うし、「謝った」→ミスと短絡的に思うかもしれない。しかし、医療者はその裏にある真意を追究する。
時間をかければ理解し合えるかもしれないのに、遺族は早い解決を望んでいく。さらに時間をかければかけるほど憎しみが増大していく。
ただ、もし初めの段階で「ミスかどうかは解りませんから調査します」と言って謝りもしなかったら余計関係がこじれるかもしれません。
いずれにしても、どういう対応をしても結局は関係はこじれていたかもしれませんね。
ADRなど紛争を避けるためにいろいろ考えられていますが、こうすれば大丈夫、というセオリーは現時点では残念ながら存在しないと思います。
お互いが時間をかけ理解し合っていくしか道はないでしょう。
わたしは患者さんのいわゆる「死亡確認」をしたことは,たぶん過去一桁。死亡診断書を書いたことは2回ですが……。
現在の病院では「おみとり」のときに,
いたりませんで…… ……すみません
力呼ばず…… ……すみません
期待に応えられず…… ……すみません
なんていったら,過失を認めたって文句いわれて,記者会見になるんだろうなぁ。
……買いた死体検案書は…… 1,000枚は越えている……。
確かに医師は世間知らず(首相はもっと世間知らずだけどなー)なので、こうした事故(合併症)に巻き込まれるとどういう風な言葉で対応して良いのか解らなくなります。
実際、日常の外来でも、良かれと思ったことが逆に仇になり、患者の怒りを買うことは遭遇します。
でも、医師は言葉の専門家ではないので、言葉足らずを努力することは出来ても、デパートの店員さんの様に完璧に対応することは出来ません(そんなことを勉強している時間があれば医学を勉強しろよ、という事情もありますし)。
だからこそ弁護士とか、そういう職種があるのだと思いますが、そういう人を雇い入れる金銭的余裕は無い。難しい問題ですね。
また「誠意」という言葉が出ているが…。
難しい。
そもそも問題の根源は「覆した」ところとは別のとこにあるような気がするが。
>そういう人を雇い入れる金銭的余裕は無い。
医師や病院の所得からすればそんなことは絶対ないはずです。
良好な経営状態を示す15%の病院にとっては金銭的余裕は
十分ありますが、現在問題となっている85%の経営状況の悪化した病院にとっては考えもしない問題です。
そういう経営状況の悪化した病院ほど必要な状況が生じる傾向にあります。
良好な経営状況を示す15%の病院も明日はどうなるかわからないのが、日本の医療の現状です。
医師責任賠償保険も赤字のようですし、医師賠償責任保険が破綻して高額な民間の保険に移行して保険金の掛け金が払えないという事態が広まってもおかしくないと思います。
1ヶ月に数万円程度も無理ですか?
病院経営は昨年に比べ同じことをしていれば、確実に数パーセントの減収と、数パーセントの人件費の上昇により経営状況が圧迫されています。
私はモトケン先生の言われる法曹の活用による紛争回避に大賛成なのですが、すでに多くの病院はその余裕を失っている状況です。
むしろ、定額の会費を払って、病院群が専門の弁護士事務所と契約して気軽にアドバイスおよび規定された臨時料金を払って紛争回避のための対応をしてもらえるようなフットワークのよいシステムの確立が望ましいと思います。
私の勤務先には、顧問弁護士がおられ月5万円程度の顧問料をお払いしているのですが、常駐されているわけではないためにご出陣される場合にはそれなりの状況にいたってからなので、初期の鎮火作業には役立っていないのが現状です。
雇い入れる余力がないという意味で書いてしまいました。
少し筋が通っておらす申し訳ありません。
私の居住地の周辺では、比較的経営状況のよかったと思われる病院グループのひとつが巨大病院グループに吸収され、独立系の中小病院の倒産、解散が最近生じました。
また、いつの間にか理事長が逃亡して、、、という医療法人もあります。すいません変な例示を実際の名前を出さずに提示して。
>常駐されているわけではないためにご出陣される場合にはそれなりの状況にいたってからなので、初期の鎮火作業には役立っていないのが現状です。
ここは、なんとかなると思います。
私は、顧問契約というのは、初期鎮火のためにあると考えています。
何かあったら気軽にというか直ちに相談できる体制を整えるための顧問料と考えていいと思います。
もっとも、弁護士も1年365日24時間体制というわけにはいきませんので、ご指摘のように「フットワークのよいシステムの確立」のために弁護士と協議する必要はあると思われます。
弁護士が乗り出して、医療紛争が沈静化するということはあまり経験しません。この分野にクビを突っ込んで5年になりますが、見聞きもしません。
むしろこの20年間、医療機関全体としての医療紛争への顧問弁護士の活用は広まった(…さすがに顧問料が払えないということはありません。座して敗訴を待つぐらいなら、高額な賠償額は充分な言い訳になります。)と思いますが、新訴件数は…一時は減少したように見えたこともありましたが…増加し続けています。
もちろん、訴える側の要素の方が非常に大きいので、実数が増えていると言うことと、抑制効果があるか否かというのは別問題であると思います。辛うじて爆発的増加への動きが抑えられているのかも知れません。
実際、被害者側弁護士の医療側弁護士に向ける憎悪としか思えないような感情的反応には、辟易させられています。これはしばしば敗訴するという部分だけでなく、訴訟化が防止されてしまっているというところにもあるのかも知れません。
Yosyan先生のとこで「誠意を持った対応」の「誠意」の意味が食い違っているのかもと言うのを見て難しいなあと再認識しました。
「今回の診断と治療が適切であったか、インフォームドコンセントが十分なされたかなど、今後第三者の専門家を含めた検討」するのが病院の考えた「誠意ある対応」でそれはご遺族の考える「誠意を持った対応」とは違うもの。
まずは共通の言葉で話し合わないと解決は遠いんでしょうね。
医療関係者と法律関係者の間でも言葉の意味が違うままに不毛な論議が続きがちですし.....
いえいえ、多くの病院の会計は火の車です。特に大学病院は如何に人を切ろうかと必死です。
重要な雑談ですが、暴力団紛争や刑事事件で893が「誠意を示せ」というと、「暗に金品を要求し」と認定されるようです。「誠意」という言葉はTPOで多義的ですので気をつけましょう。
記事中の母親の言葉に
>「入院中も主治医は娘をほとんど診ていなかったし、・・・」
というのがありますが、トラブルになるキーポイントがまさにここにあるとおもいます。
「ほとんど見ていなかった」
1.勤務日の最低1日に1回は回診し、必要に応じて診察する
2.数日おきにしか診ていなかった
1でも2でも遺族の主観からはとれますね。2であればちょっとやばいですが、1でも医学的には問題となることはありません。普通はこれくらいで十分だと思います。
だいたい、医師だって病棟に一日中張り付いている訳じゃないし、検査だ、外来だ、救急だと忙しいわけですから看護師のように病棟にずっといるのは物理的に不可能です。
ただ、遺族としては(看護師と同じように)、ずっと患者のそばにいて欲しかったのかもしれませんし、そう思う気持ちも良く解ります。しかし、マスコミが世論をそれであおり立てる意志があるのだとしたら明らかな悪意でしょう。
私は年間1千万円くらいの予算と考えていましたが・・・。1ヶ月数万円程度なら何とかなるかもしれないですね。ただ、本当にそんなに安くできるものなんでしょうか?
臨時に来てもらうとしても1日あたり最低2万円はするでしょう。1ヶ月に10回(赤字の大病院はそれくらいトラブルを抱えているかな、と勝手に)20万円として1年で240万円。実際は一人では済まないかもしれないし。こうなると事務も「うーん」となるでしょう。
そもそも、儲かっている病院のほとんどは大したことをやっていないのでトラブルは少ないかと思います。
本当に必要なのは年数億の赤字を生み出す大学病院や、まじめに取り組んでいる赤字病院でしょう。まじめにやればやるほど赤字になるという矛盾がこの国の医療では起きています。
儲かってる病院は、そもそも「選択と集中」によって、リスク患者を避けてますしね。
y さん、こんにちは。
どのみち、訴訟となると数千万円から億単位の支払いが必要になります。いくらかでも減額できれば、弁護士費用は充分に浮く計算です。
今週木曜に発売された、週刊コミック誌『モーニング』に、医療訴訟の問題が、たまたま2つのマンガで取り上げられています。
弁護士の側から医療過誤訴訟について描いてあるのが、よしながふみ作『きのう何食べた?』。
医師の側から医療訴訟について描いてあるのが、こしのりょう作『Ns’あおい』。
読み比べてみると興味深いものがあります。
特に『きのう何食べた?』の主人公、筧弁護士のぼやきは味わいがあります。
弁護士事務所に実地研修に来た司法修習生が
「でもがっつりやって勝てば病院側は保険にも入ってて取りはぐれも無いし、医療過誤訴訟って確実にお金の入る仕事なんですよね」
と言うのに対して、筧弁護士は
「そうやって家族を喪ってやりきれない思いでいる遺族達をたき付けて、弁護士がばんばん訴訟しまくった結果さ」
「訴訟を起こされる確率の高い産科医と小児科医のなり手がいなくなっちゃったわけでしょ」
「俺個人としては近頃言われている医師不足の半分は弁護士のせいだと思っ・・・」
とぼやきかけて、内心「しまった」と思うあたりが、絶妙です。
よしながふみって、本当にうまい作家だなと感心しますが。
そういう問題じゃないですけれど。
興味のある方はぜひ読んでみてください。
現在進行形で、医療過誤問題に巻き込まれています。
不可避だった分娩事故による、新生児の脳性麻痺の責任を問われています。もちろん、医学的に出来る限りの事はやったつもりです。
結局結果が悪ければ、そこまでどれだけ人間関係が良好でも医師患者関係は一気に悪化しますし、当然話し合いでは罵倒の嵐だという事を実感しました。
で、僕の中での結論としては、(他の科は分かりませんが)産科の場合は訴訟を避けることは不可能だろうと。何件かの訴訟は抱えて当然と、腹を括るしかない。
それを踏まえて分娩費を設定するしかないですね。幸い、分娩費用は自由に設定できますから。1000人に一人は一億払うものとして、分娩費に10万上乗せすればいいかなと。(弁護士費用なども考えれば15万ぐらい上乗せすべきでしょうか?)
…読みましたけど、これ、ちょっと可哀想ですが、被害者側弁護士達から名誉毀損で訴えられるかも知れませんね。
最前線産科医 先生、こんにちは。
いまのところ医賠責の保険料上昇はさほどでありませんので、杞憂かと思います。
> 1000人に一人は一億
産科の無過失補償制度では、掛け金3万円で3000万円の補償です。
敗訴の頻度は同じくらいと考えても、産科分野での賠償額は既に2億の大台に乗りつつあります。3億円台も見えてきました。
10万円では足りないでしょう。一件30万円ぐらいです。
これが何とかなっているのは、医賠責の中で他の診療科からカバーされているだけでは既になく、損保会社が損失覚悟で(というか相当額を負担して)医賠責を維持しているからです。
…もちろん、保険会社はそれなりの理由があってビジネスとして成立しているので、あまり感謝する必要もありません。
因みに、東京大学の児玉先生の試算では、医療紛争で患者さん側に支払われている金額は、年間総額およそ3700億円であるそうです。
こんにちは。お返事ありがとうございます。
僕は勤務医なので、おそらくは病院が何とか保障に関しては話を勧めてくれると信じております。
しかし、3億の賠償も見えてきてるのですか??
医賠責の限度額は2億(年間3件)なので、ちょっと恐怖です。
どうでもいいですが、医療過誤の話し合いって、心が折れますね。。。心身ともにタフじゃないとやってられないなぁと、心底思いましたよ。
話ベタとか、説明が上手だとか、そういうレベルではないと思います。だって、何を言っても聞いてもらえないんだもん。
最終的には落ち着くところに落ち着くのでしょうが、結果が悪かったにも関わらず良くやってくれたと患者サイドが納得するなんて状況、ちょっと想像が出来ません。
>医療過誤の話し合いって、心が折れますね。。。心身ともにタフじゃないとやってられないなぁと、心底思いましたよ。
行政(民事)トラブルの話し合いも全く同様で、御同慶の至りです。m(_ _)m
今、交通事故の加害者側と被害者側が目の前でもめてる。大した怪我じゃないし、80過ぎのご老人が一人で夜の道をふらふら歩いていているのをひっかけちゃったんだろうが、家族がものすごい言い様。
特に、悪質な事故ではない。ほんとちょっと当たっただけなんだろう、相手の加齢による平行バランスの問題でひっくり返ったとしか思えない。
うむ、被害者って強いな(というより怪我したほうが)
けがしたら被害者、
過酷な勤務の上に避けざることをえない確率の上で地雷を踏む医療者も被害者でしかあり得ないのに、世間に同情されることなく加害者扱い。たまたまそこに存在したために。
やってられんね。
本筋の議論からはずれちゃいますけれど・・・
あそこで、ストレートに話を持っていったら、被害者側弁護士への単なる非難になってしまうところを、微妙にハズスところが、よしなが氏の上手なところかと・・・
傑作『愛すべき娘たち』でDVやフェミニズムの問題を、深刻さと軽やかさの微妙なさじ加減でえがいた彼女ならではの、ユーモラスかつ真摯な作劇法だと思います。
(WIKIPEDIAを見たら、彼女は慶応大法学部の卒業で、大学院まで行って中退しているんですね)
>医療過誤の話し合いって、心が折れますね。。。心身ともにタフじゃないと
既にハスカップ様もレスされていますが、解雇となった権利主張は達者な労働者と、オレの会社だ文句あるか!意識丸出しの雇い主との罵り合い合戦も、それはスゴイものですよ。
医療過誤賠償や交通事故賠償とは、比べものにならない僅かな金額の争いですが、「ネットで調べたら不当解雇だ!」とすぐキレルDQN労働者を相手に解雇無効の訴訟沙汰まで経験すると、普通の中小企業の社長さんは「もう人を雇うのはコリゴリだ」となりますね。
赤の他人を雇って意のままに働いて貰うには、理屈じゃなしに「上に立つ者は辛抱だ!」としか言いようがない。勤務医の方もいずれ開業して雇用主になられると、身を以て知ると思いますが・・・
確かに訴訟になればそれ相応の費用は必要でしょうが、弁護士費用以外は保険でまかなうことができるのでは?
公務員で訟務担当となると、国や地方公共団体と住民等の訴訟を扱いますが、もちろん弁護士費用や雑費も国庫負担となり、給料がこれまでどおりでます。事件も直接自分が関係しないものばかりで、所詮は他人ごとです。しかし、他の職務より心身のストレスは想像を超えます。
訴訟担当者になって心が折れることも普通にあります。訴訟の精神負担はそういうものです。勝訴に間違いない事件であってもです。_| ̄|O
みなさん、コメントありがとうございます。
どんな領域にしても、争い事の話し合いは、心が折れそうになりますね。。。
弁護士さんたちは言うに及ばず、クレーム係の担当者は言うに及ばず単なる窓口業務の人たちも、クレーム対応なんて日常業務ですものね。
といいながら、自分自身も知らず知らずのうちに、理不尽なクレームをつけているかもしれないし。(笑)
さて。
今日も目の前の仕事を頑張ります。
大元の話に戻りますが。
(批判されてる)市議さんのブログで情報補足した上です。
特にお医者様が言葉の枝葉末節に拘って、本質を捉えてないよう思いますね。
要は、医療側/患者側を医療側の立場から見れば、
医1.(金額は別として)求められれば、賠償するつもりがある。
医2.賠償する気はないが、見舞金等なら出す気がある。
医3.一切、金を払う気がない。
これを最初から決めてゆらぎなければ、主張の相違でこじれることはあっても首尾一貫した対応になります。
患者側には医1.だと言っておいて、会見では医3.と言えば、そりゃ患者側は怒るでしょう(予め、そう発表させてくれと頼んであれば別ですが。)
事故だとかミスだとか過誤だとか謝罪だとか言葉に拘るのではなく、1~3の意思が一貫しているのかどうかをはっきりさせるのが一番と思いますが。
まあ、要は最初から「調べるのでもう少しお待ちください」という姿勢なんでしょうかね?
でも、それで時間がたつうちに「あの病院は本当に調べているのだろうか」ということになって関係がこじれるんでしょうね。
本当に良い解決法は無いのでしょうか?
確かに医賠責から(弁護士費用も含めて)支払いがなされることが期待できます。
であればなおのこと、損保会社から派遣されてくる面識のない弁護士よりも、勝手知ったる顧問弁護士に頼ることに全く問題ありません。
損保会社が支払ってくれるので、減額のための一切の努力をしないというのは典型的な保険分野のモラルハザードですが、日本の医療機関の場合、そこまで無責任ではないと考えれば、了解可能ではないでしょうか。
> だって、何を言っても聞いてもらえないんだもん。
レスが遅きに失した感じですが…。
ほぼいつもそうです。聞く耳を持ってくれるところまで行けば、大半の医療紛争は収まるべきところが見えてきたと考えられます。
そこまで辿り着くのが大変で、ですから、はじめのうちは、説明するより相手の「気持ち」を聞くことに徹することが必要です。
説明しようとか理解してもらおうとか、思うだけでもムダです。
クレーム処理デスクの最初の仕事は、「受容」です。これは、反論や批判をしないでとにかく相手の言い分を「事実確認という立場で(認めることではなくて)」聞きまくることです。忍耐力がいる仕事ですし、ストレスがたまりまくりです。言葉遣いに気を付けないと、言葉尻をとられて揚げ足を取られる場合もありますし、密かにテープ録音して後で「ミスを認めた証拠」(?)として突きつけてくる方もいらっしゃいます。
「ここで短気を起こすと後がこじれるだけ」と思わないとやってられないことも多いです。m(_ _)m
最前線産科医さま
>>最終的には落ち着くところに落ち着くのでしょうが、結果が悪かったにも関わらず良くやってくれたと患者サイドが納得するなんて状況、ちょっと想像が出来ません。
結果が悪かったにも関わらずよくやって下さったと
患者さんに感謝されている医師の方はいらっしゃいますよ。
個人的にもそういう医師の方々を存じております。
相手があることですし、すべてのケースでそうなるとは
申し上げません。だたひとついえることは人間関係って
とても大事です。自分では良好だと思っていても
実際は上辺だけの関係だったり、ちゃんと伝えているつもりが
伝えきれてなかったり。
これは医師と患者の関係だけの問題ではありませんけどね。
患者と一言で言っても、それぞれ人格を持った人間ですから
信頼関係をきちんと結べているかどうかが何あったときの
キーポイントになるのだと思います。
>結果が悪かったにも関わらずよくやって下さったと
患者さんに感謝されている医師の方はいらっしゃいますよ。
これが難しいんだと思います。
こじれているケースの多くは患者さんが亡くなっているので、もし患者さんと信頼関係があったとしてもご遺族がどう思われるかはまた別問題。
また看病なさっていらした近い身内のかたは納得なさっていらっしゃるのに、はじめて病院にいらしたかたが納得いかないというケースも聞きますし。(まあ経過を看てきたのと亡くなってから知らされたのでは受け止め方は違うんでしょうが。
ハスカップ様
>クレーム処理デスクの最初の仕事は、「受容」です。これは、反論や批判をしないでとにかく相手の言い分を「事実確認という立場で(認めることではなくて)」聞きまくることです。
この方法は有用な場合が多いですが、通用しない例もございます。
相手方の言い分が「何があったのか説明して(あなた方の責任でしょ)」で、こちら側に説明責任がある場合は、通用しません。
こちら側に管理責任があり、事故・過失を疑われている場合は先ずこちらから説明するしかありません。
尤も聴いてくれれば、まだマシです。「当事者である以上、説明を聴く責任がある。」ということも納得していないお客様も多数おります。これもまた「忍の一字」です。
ご指摘の通りで、「受容」は入口段階の最低限の基本に過ぎません。何も聞き入れず、一言口にしただけで以後罵詈雑言1時間というのも稀ではありません。
説明責任を求められたら、「受動的受容」テクがいいと思います。「どこの点を一番お知りになりたいですか?どこか疑問点や不満点がありますか?分かりやすく説明したいので、まずこの点のご意見をいただければと思います。」で始める方法です。
もちろん万能薬ではありませんが、比較的ソフトランディングに導きやすい会話設定とされています。むろん「忍」の一字がベースですが(汗
y様へ
>まあ、要は最初から「調べるのでもう少しお待ちください」という姿勢なんでしょうかね?
だとしたら「ぬるい。」としかいいようがないです。
事故であるといつ認識したのでしょうか?あるいは事故という認識はなくて、経過説明のどこかの時点で、事故・過失を疑われていると気付いたのでしょうか?
いづれにせよ、組織としての対応(医1~3)が決定するまでは、事故に関する報告はしても、事故責任に関する報告はしてはいけません。
それこそ「調査中です。」で押し通すしかありません。何を言われようが「忍の一字」です。
逆に病院側は、可及的速やかに事故責任に関する方針を決定する必要があります。それが患者に対する責任であり、病院にとっても必要な措置と考えます。
本件の場合、遺族説明の段階で、許容される「お待ちください」の時間は過ぎているように思えるのですが。
おっしゃる通りなのかもしれません。
実は、医療事故でトラブルになったのは、自身では3回目(一線の産科医ならそんなもんだと思います)なのですが、今までは解決する前に転勤となっていたので、その後の経過は良く知りませんでした。
また、今まではペーペーで、上司が対応してくださっていたので、自分が責任ある立場で対応するのは、今回初めてのことでした。
まずは受容。それって、トラブル対応だけでなく、面接の基本でしたね。
大変忍耐のいる作業ではありますが、根気良く頑張ろうと思います。
言葉足らずでしたね。
僕自身、患者さんを不幸にして亡くしてしまったにも関わらず、感謝の言葉をかけてくださった経験は、一度や二度ではありません。
人間関係が重要な事は、認識しているつもりです。
そして得てしてそういう関係は、(相性や能力を言い出せばきりがないですが)時間量・コミュニケーションと比例して築かれる傾向があるようです。
残念ながら、今の貧弱な医療資源の元では、その大切な人間関係を築くだけの時間的な余裕が無いのも事実であります。そういう意味でも、少し医師の人的余裕を増して、コミュニケーションを今以上に取れる体制が望まれていると思います。
今回のケースに関しては、現段階では、当方を信頼して結果を受け入れていただくという段階が全く見えてきません。残念ながら、第三者に介入をしていただくしかない模様です。