適切な治療怠った当直眼科医を書類送検(nikkansports.com)
ヲチスレ経由ですが
調べでは04年6月5日、敦賀市内の暴行事件で負傷した無職石橋勉さん(当時61)が病院に運ばれた際、骨折した肋骨(ろっこつ)が肺に突き刺さっていたにもかかわらず、男性医師は、エックス線撮影で確認できず、適切な治療をしなかった疑い。石橋さんは2日後に肺挫傷で死亡した。
この当直医は眼科医とのことですが、眼科医の場合は見落としても無理もないという意見はどの程度あるのでしょうか?
検察の判断が注目される事例と思われます。
念のために確認しておきますが、
書類送検 = 起訴 ではもちろんありません。
胸部X線写真自体を見ないことには難易度が判らないので、見落としてもしかたないかどうかは判断出来ないでしょうね。
もう外傷だったら全例CT撮っちゃったほうがいいかもしれません。
胸部X線でどこまで正しく所見をとれるかはばらつきが大きいでしょうから。
そしてそのばらつきの中で正しく判断出来ないことが罪になるのであれば、救急外来は救命救急専門医と24時間CTが撮れる体制が必要かなと。
どういうのが望まれるのか?
少数精鋭、見落としは少なく,治療は適切、でも施設が限られるので受け入れは困難。
それとも施設数はそれなり、でも質はばらつきがあって保証できない。
質と量のバランスでどのあたりで手をうつのかでしょうが、人によって望むことがばらつくのでまとまらなさそうな気がします。
書類送検に際して、所轄警察署からどのような意見が付いたのか。
起訴の必要性は無いと警察が捜査結果から判断しても、刑訴法上は捜査した事件は全て送検しなきゃならないし・・・
というか、こういう患者を眼科医に診させること自体が問題です。
病院としては眼科医に任せざるを得ない状況だったのでしょう。根本的問題は現在の医師不足問題に起因します。一概に病院だけの責任とは言えません。
外傷の程度などにもよるので文章だけではなんとも言えませんが、最近はCTを取る事の敷居は低いですから、CTを撮らない結果の見逃しは、おそらく過失は免れないような気がします。
眼科医だというのが言い訳になるとは思えません。当直を負かされた以上は最低限の救急は診れる、というのが前提とされているでしょうから。(そういう理由から、初期研修医が一人で当直をする事はまず無いはずですし)
ただ、心情としては、この眼科医には心の底から同情します。
自己レスです。
法律は素人なので分からないのですが・・・
書類送検と起訴は全く違いますよね。
というか、被害者から捜査以来が来れば、警察は捜査せざるを得ないし、その結果、大部分は書類送検に・・・なるのでしょうか?
大野事件のように、逮捕・起訴 というのは僕達にとって大事件でしたが、書類送検ってそんなに大騒ぎするような事なのでしょうか?
それを大々的に報道するマスコミの姿勢が問題であるんです。
どうしても我々素人にとっては、書類送検イコール犯罪者のイメージがありますもんで。
人数の関係から、眼科医、耳鼻科医、[場合によっては皮膚科医]が外科系当直として外傷を見ることがあった病院にいたことがありますが、遠い昔の話です。
昔は、外科の若手は病院に住み込んでるようなもんでした。結局は外科医が呼ばれて対処してたから、何とかなってたんでしょうが、とうとう外科医も絶滅危惧種指定がなされるような時代です。その辺のソファー蹴飛ばせば外科医が見つかる古き良き時代とは異なっています。
このような時代の変化についていけなかった病院のためにこのような事態になったんではないかと勝手に憶測します。
>書類送検
「犯罪の捜査をしたときは」であって「犯罪が成立すると認めたときは」ではないんですね。
捜査の結果、犯罪が成立しないと認めたときでも書類送検されるわけです。
>書類送検ってそんなに大騒ぎするような事なのでしょうか?
大騒ぎするような事件と全然するべきでない事案が含まれていますが、書類送検という事実だけからはどちらかわかりません。
No.2 No.6 に同意です。
たとえ眼科医であっても、医師である以上その責任は免れ得ない、とするならば、問題のX線写真は、専門領域にかかわらずすべての医師の90%以上が指摘できなければいけない代物のはず。しかし鑑定医はおそらく救急医やそれに近い人が選ばれるでしょうから、救急医やそれに近い人の目で見た場合の90%が問題なく指摘できれば過失ありとされるんでしょうね。きっと。眼科医や精神科医の読影レベルなんて知っているはずがありませんから。
こういう場合には鑑定医も眼科医から選べという主張も成り立つような気がします。
なるほど。
捜査をしたときは全て送検することが義務付けられているのですね。送検=犯罪性ありと誤解をしている人は、僕も含めて多いと思います。
マスコミの報道姿勢も大きな問題ですし、我々シロートの誤認も大きな問題ですね。
今後もご教授をよろしくお願いいたします。
僕は、単純写真が肋骨骨折を疑わせるシロモノかどうかが問題なのではなく、理学的所見・状況証拠からCTを撮る必要が無いと誰もが判断する状況だったかどうかの方が、この件に関しては重要だと思います。ただ、CTを撮っても肋骨骨折や肺挫傷を診断する事が困難な症例だったならば、過失を問うのは難しいとも思います。
救急を担当する医師であれば、最低限の救急は診れなくてはいけないというのが世論である以上、それに該当しない医師が救急当番をする事は、もう許されない事なのでしょう。
(この症例が最低限に属する症例かどうかは、検討しないと分かりません)
ただ、その結果、日本の救急医療は維持できなくなるかもしれません。しかし残念ながらそれは別の問題であって、それが免責理由になるとも思えないのです。
ただ、繰り返しになりますが、この眼科医には心の底から同情いたします。
単純写真というのはひとつの例題としてあげたつもりでした。臨床の手順としてはおおむね同意です。
>ただ、繰り返しになりますが、この眼科医には心の底から同情いたします。
眼科医は救急に対する自信があったのなら別ですが、なかったのなら同情はしません。できないことには近寄らないことこそが最高のリスクマネージメントです。
かつて医師会が主導している時間外診療所の、小児科も診なければならない当番医に要請されることがありますが、私は断固として断ってます。
素朴な疑問なんですが、、
こういったケースの場合、元々の原因である暴行者は、傷害致傷罪・傷害致死罪どちらになったのでしょうか?
適切な処置を受けていれば死ななかったと認定されれば傷害致傷。
病院での処置の適否は関係なく、結果として死亡したから傷害致死。
素人の私にはさっぱり分かりません。
また、2004年の出来事のようですが、どうして今頃になって書類送検されたのでしょう?
>また、2004年の出来事のようですが、どうして今頃になって書類送検されたのでしょう?
そりゃやっぱり最近になって告訴されたんでしょう。何で最近になって告訴がなされたかというと・・・・
>また、2004年の出来事のようですが、どうして今頃になって書類送検されたのでしょう?
そりゃやっぱり最近になって告訴されたんでしょう。何で最近になって告訴がなされたかというと・・・・
>>できないことには近寄らないことこそが最高のリスクマネージメントです。
そうですね。出来ない事に対して「出来ない」と声を上げる事は非常に大切な事だと思います。僕自身も、産科という地雷原を歩いているわけですが(訴訟に対しては若干開き直っています)、無理してハイリスクを引き受ける事は出来るだけしないようにしています。ただ、ご存知の通り自分では引き受けたくなくても上の先生が勝手に引き受けたりする事もあるものですから・・・難しい問題だと思いますよ。
>また、2004年の出来事のようですが、どうして今頃になって書類送検されたのでしょう?
捜査に数年間かけてみたけれど、どうにも確たる犯罪性の証拠も見いだせない。警察としてはケリを付けなければならない時期は過ぎているし、このまま年度末を迎えれば年度マタギの未決案件にカウントしなきゃならんし、捜査結果の書類を検察庁に送って、起訴不起訴の判断を検察にしてもらわないと、現場(警察署)の不手際が問題になりかねない。起訴は○○だとの意見を付けて検察に捜査記録書類を送って(書類送検)しまえ。そうすりゃ後は検察の責任だ!
案外、この辺が真相だったりして・・・。
なお、業過罪の疑いでの刑事捜査には告訴は不要です。告訴があるから警察は捜査するのではありません。巷間で騒がれているから等、警察は独自の判断で捜査する場合がほとんどです。で、捜査したからには、犯罪とは言えないことがハッキリしても、その捜査結果の報告を検察庁に送ることが義務付けられています。この捜査結果の報告が書類送検です。
被害者が警察に駆け込んで無実の医者を訴えている、という短絡思考に走らないように、念の為に解説しておきます。
素朴な疑問です。
書類送検って、「犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに」とのことですが、事件、捜査開始から4年以上経って行われるのは良くあることなのでしょうか。また、書類送検後、起訴までの期間の制限はあるのでしょうか。
本件は、他の方が述べているように、特別の定のある場合(微罪処分)と考えていたが、司法警察員が告訴または告発を受けたのなら、警察に書類送検と同時に広報してもらいたいものです。
FAQでしたら、申し訳ありません。
>捜査開始から4年以上経って行われるのは良くあることなのでしょうか。また、書類送検後、起訴までの期間の制限はあるのでしょうか。
特殊業過(~~事故)の報道や判例を見る限り、事故後1~5年くらいの送致例は結構あります。鑑定に1年以上かかったり、膨大な事故資料に基づく事故調報告書の分析だけで2年かかったり、というもののようです。
なお、送致後起訴までの期間制限は法律上ありません。時効完成まで起訴は理論上可能です。
出来ないと声をあげてもやらされるのが勤務医です。「できないことには近寄」るなという発言が身内といえる医師から出てくるとは驚きました。
スーパーローテ以前の一般的な眼科医は、心電図読めない、動脈血とったことない、挿管は学生時代に見た記憶がある、といったレベルでしょう。当然骨折はそこら辺のおばちゃんでも分かる様なものしか分からないと思います。「救急に対する自信」をもって当直している眼科医がいたら躁病を疑うべきでは?
医療崩壊以後、残っているメジャー科医師の負担が増えたので診察時間内(外の間違いではありませんよ)の救急車はまずマイナー科が対応しろ、という無茶苦茶な指示が、勤務していた病院の上層部からなされたことさえあります。マイナー全科の猛反対でさすがに実現はしませんでしたが。
他人事ではないのでこの眼科医には心底同情しますし、せめてこれをきっかけに全国の病院で眼科医の救急当直が免除されるようになることを祈ります。
No.13 Pediatrician さん の質問にどなたもお答えくださらないので、素人がなかなか言いにくいのですが、本件は単純な業過事件でなく、暴行事件が絡んでいます。傷害なのか傷害致死なのか結論が出ないまま暴行事件もそのままにしていたというのははなはだ考えにくい。それとも結論を出さないまま暴行犯を起訴することは可能なんでしょうか。まさか、すでに暴行犯は致死罪で判決が出ており、それが確定するまで待っていたなんてことはないでしょうね。
>No.20 通りすがりの眼科医 さん
>出来ないと声をあげてもやらされるのが勤務医です。
それならば何事がおきても宿命として受け入れるしかないでしょうね。たとえ訴えられても文句も言わずに。(もっとも誰かが文句を言っているわけではなさそうですが。)そんな医師自身の前近代性こそ最初に排斥していくべきと思います。
スーパーローテートしたからって挿管できて、レントゲンと心電図みれるわけじゃない。小児の救急なんて診れるわけがない。やったら、むしろ生兵法になる恐れがある。
今の、スーパーローテートの精度を上げないと、2年間のモラトリアムにしかならない恐れがある。もともと意識の高い研修医ならともかく、ただ強制的にまわされる研修医の意識の低いことこの上ない。
スーパーローテートを受けたから、眼科医でも胸部レントゲンの読影は標準的な医師の水準で測るとしたら、とんでもないように思うんだが(それで今後は起訴間違いなし?)
一般論的には、もともとの暴行者は傷害致死罪になると思われます。
刑法上の因果関係の問題として議論されています。
>適切な処置を受けていれば死ななかったと認定されれば傷害致傷。
こういう考え方もありますが
>病院での処置の適否は関係なく、結果として死亡したから傷害致死。
もともとの暴行の程度がある程度強ければ(本件ではそれに該当すると思われます)、病院での処置の適否は関係なく傷害致死が認定される場合が多いと思います。
そして、暴行者が傷害致死になるかならないかという問題と、医師に業務上過失致死が成立するかどうかは別の問題です。
この点を正確に分析して振り分けるには、学部レベル(つまりちゃんと試験を受けて単位をとるくらい)の刑法学の知識が必要になってきます。
V氏に対して、A氏が暴行をし、放置すれば致死的(だが適切な治療を行えば99%以上の確率で救命可能、と仮定)な傷害を負った。
V氏は病院に搬送されたが、診察したB医師が傷害を見落とし、その見落としは刑法上の注意義務違反のレベルと評価されるものだった(と仮定。くどいようですが)。
A氏はその傷害によって死亡した。
この場合、机上の回答としては、
A氏: 傷害致死罪
B医師: 業務上過失致死罪
がそれぞれ成立します。
共犯の関係にはなりません。それぞれ個別に成立。
一人の死に対して、複数の因果関係を認めることになります。
V氏は、A氏の暴行によって死んだし、B医師の見落としによっても死んだ、と刑法上は扱われる。
・・・とするのが自然だと私は考えますが、因果関係についての見解によっては異なる結論をとる方もいるかもしれません。
自然科学的な思考とは相容れないと思いますが、法律はこういう発想というか理屈づけをすることがあります。
*******
ついでに、暴行<傷害<殺人の関係を。
「暴行」:負傷に至らない暴力の意味。デコピンとかビンタ程度(※厳密には不正確です。為念)
行為者の意図-客観的な結果-罪名
暴行 - (負傷なし)- 暴行
暴行 - 負傷 - 傷害(←暴行の結果的加重犯)
暴行 - 死亡 - 傷害致死(←「暴行の結果的加重犯である傷害」の結果的加重犯)
傷害 - (負傷なし)- 暴行(←「傷害未遂」としての)
傷害 - 負傷 - 傷害
傷害 - 死亡 - 傷害致死
殺人 - (負傷なし)- 殺人未遂(←「そのやり方で死ぬわけねーだろ」な暴行にすぎなければ、暴行)
殺人 - 負傷 - 殺人未遂
殺人 - 死亡 - 殺人
>No.21 うらぶれ内科 さん
眼科業務でならともかく当直で訴訟に巻き込まれてはかなわないので、「宿命」を受け入れられず立ち去り型サボタージュというやつで身を守りました。結局その病院から眼科常勤医は居なくなりました。
>No.22 でも さん
>スーパーローテートを受けたから、眼科医でも胸部レントゲンの読影は標準的な医師の水準で測るとしたら、とんでもないように思うんだが
個人的には私もとんでもないと思います。しかしローテート義務化の制度趣旨から考えて、マスコミや裁判所もそのように判断してくれるかとなるとはなはだ疑問です。ローテート後の医師への要求水準は今までより高くなると考えておいた方が落胆せずにすむと思いますが。
自身が、昔受けたローテーションのことを思うと、それぞれの専門を行う上で必要な知識に関連するローテーションであれば極めて有用。
さらに私は外科だが、あと半年ずつ内科と小児科のローテーションやってればジェネラリストとしてもっとましな医者になれたのではと思うこのごろ。それでも私のローテーションを制度化してくれた恩師にはとても感謝している。今までにそれで何人を助け、また、危機から逃げられたことか。
結局強制的に回されるのではなく、自分の将来像を考えて、自分でプログラムを組むことが大事ではないのだろうか。
確かに教育の大家が、いろいろなことを考えて今の制度設計を行ったのだろうが、今の現場は”お客さん”が
うろうろしていることをもたらしただけのようにおもっている。研修医がお正月に当直の一つもなく遊んでるところがあるのを見てあぜんとした。[足手まといはいらないのかもしれないが]
意志の強固な、やる気溢れるスーパーローテーターはいいんだけどね。(やる気のない人はローテーターのうちに結婚でもしておくといいかもしれないね]
モトケンさん・fuka_fukaさん御説明ありがとうございます。
因果関係の考え方が難しいですね。
では、仮に、
V氏に対して、A氏が暴行をし、放置すれば致死的(治療を行なっても99%以上の確率で致死的、と仮定)な傷害を負った。
V氏は病院に搬送され、診察したB医師の処置によって奇蹟的に救命された。
という場合は、
A氏の暴行は傷害致死相当であったが、実際には死亡していないので、傷害のみになるのでしょうか?
はい、その場合に成立する罪名は傷害です。
傷害致死にはなりません。
まず、webには載っていなかったですが、地元紙の報道ではトラブルの相手方は、傷害致死罪で起訴済みとされていました。
この事故の問題は、単に当直医が眼科医であったことではありません。
日本の救急医療のうち1次、2次救急は、非救急専門医が1-2名で、救急対応している病院が大多数であり、各科の専門医が揃っているか、救急の専門医が初診をすべて診ている病院は殆どありません。(そのようなところは3次救急です。)
今回の事故で、当直眼科医の求められる医療レベルは、あくまでもその年代の眼科医に求められる医療レベルであり、非専門の眼科医が一人で全科当直をしている状況で、その診療行為が過失に該当するかどうかという視点で捜査が行われているべきです。
救急専門医や呼吸器外科医レベルの診療をデフォルトとして過失の有無を判断することは、全国で行われている1次、2次救急システムを否定することになります。眼科医が当直医から外れれば解決する問題では無いということです。
大野病院事件判決前後の、医療事故刑事事件に対する検察の態度からは、このケースは起訴するとは思えません。起訴すれば、非救急専門医個人の努力と善意によって支えられている救急システムが崩壊するという、第2の大野病院事件になりますから。
傷害致死と業過とは別個に成立しうるという、なんともわたしなぞには理解しがたいことになってるようですね。
この事件が民事で提訴されているかどうかはなんとも分かりませんが、仮に提訴されているとします。そこで被告側は、もともと傷害致死事件であるから賠償責任は暴行犯にある、あるいはよしんば過失があるにせよ、死亡の原因は暴行犯にあるのだから、賠償責任は医療側にすべてあるわけではない、という主張はできるものなのでしょうか。
刑事は別々でも、民事は一緒かもしれませんね。
被害者 ⇒ 連帯して支払え ⇒ 傷害を加えた加害者、過失のある医師・病院
賠償金が支払われない不利益を被害者が負う訳にも行かないので、医師・病院に全額請求という流れ
もちろん全責任が医師・病院にある訳じゃないので、賠償金の責任割合に応じて負担割合を加害者と決着を付けないといけないけれど、ほとんどは加害者に賠償能力なし→医師・病院の泣き寝入り
病気で入院してきた人と違い、被害を受けて入院する人は被害感情と怒りで一触即発です。
(もちろん上手くいけば、治療への感謝に変わるのですけど・・・)
それにしても、
書類送検だけで記事にするなんて・・・
という感想です。
それだけで良いのなら、私、ネタを一つ持ってます。(笑)
今は、内緒です
そんな感じなんですかね。でも、
>賠償金が支払われない不利益を被害者が負う訳にも行かないので、医師・病院に全額請求という流れ
というのもなんだかなぁ、わりにあわんなぁ、と思います。
だいぶスレ違いなことを書いてしまいましたが、このスレの大本に戻ってみますと、眼科医が胸部レントゲンを読めないのはしょうがない。眼科医を外科当直に入れるのは間違っており、この眼科の先生はとても気の毒という意見に集約されると思います。
では、この件が、外科医や整形外科医、救急専門が担当して起きた場合にはどうであったのでしょうか。
実は私の経験では暴行事件の多くは、被害者側も、飲酒していることが多いので、検査するのもひと苦労なことが多く、救急の場で、受け入れ不能を招く原因のひとつになります。
勝手な憶測ですが、この被害者が、飲酒していて運ばれたとして正確な情報を医師に伝えられず、また、CTをとるほど医療側に協力的ではなく、いうことを聞いてくれなかったようなことはなかったのでしょうか。
眼科医がみたということだけでなく、救急全般に生じる問題で、警察の捜査、書類送検というものと救急の問題についてはいろいろなことが絡むことがあります。少なくとも救急医療がらみで書類送検のニュースを載せることはやめてほしいと思います。
はっきりしているのは、またこれで救急に携わる医者が減るということと、専門外急患お断りが増えることと、いろんな意味で残念だということです。
メリットを受けた人がいるとすれば、それは今後これを理由にして当直業務を外れることができた医者でしょう。
残念です。
>fuka_fukaさん
素人の質問にお付き合いいただきありがとうございます。
もう一つ質問よろしいでしょうか?
罪名と事由によって量刑が決まると素人的には理解しているのですが、
被害者の命だけではなく、加害者の量刑も医者の処置次第で変わりうると理解してよろしいでしょうか?
横レスですが
刑事の量刑にも過失相殺ないし過失分配の考え方はあります。
つまり、通常の医療行為を受ければ一命を取り留めたと思われる傷害について、医師の不手際によって死亡してしまった場合を想定しますと、原因行為たる暴行と死亡との因果関係は否定されないとしても、医師の不手際は、もともとの暴行犯人の量刑上、軽くする方向での考慮事情になると思われます。
モトケン先生がご説明済みですが、少し補足。
処置した医師の不手際がひどい場合に、暴行犯人の量刑が一律低くなる、ということではありません。「考慮要素」となりうるとしても、事情次第。
逆に、搬送先スタッフの必死の努力で救命されれば、加害者は「傷害致死」の罪には問われません。(殺意があったなら「殺人未遂」にとどまる)
この場合は、犯人にとって予想外の事情によって、罪が軽くなることになります。
ケースを分けて考えれば、それほど異常なロジックではないことは納得していただけると思います。
同じ程度の重傷が、動物や天災によって生じた場合で、その患者の処置において医療従事者に「過失」があり、患者を死なせてしまった場合は、業過致死が成立することになります。
その重傷が、人の手によるものだった場合、ミスの程度はまったく同じなのに罪にならないとするのはアンバランスでしょう。
(立法政策としてならば、「誰か刑事責任を負う人がいるならばそれ以降の関与者は無責でよい」 というのもありかもしれませんが。)
この類型は、被告(病院)側が何も言わなければ、「共同不法行為」になります。
つまり、暴行犯と連帯責任で、全額支払う義務があることになります。(「暴行犯に請求しろ」と言って拒絶することができない。払った後、暴行犯が文無しならば病院の泣き寝入り)
「損害が別だ」という立証ができれば、その分だけは免れることが可能になります。
たとえば、暴行犯は被害者の頭を殴ったのに、病院で何がどうなってか患者を取り違えて右足を切除してしまった(頭部の治療は別途ちゃんとやった)、とか。
で、被害者が無事ならば、「右足切除については賠償しますが、頭を殴られたことによる損害は賠償しません」と言えます。
でも、被害者が死亡した場合は、「損害」としては分けることができないので、共同不法行為の扱いになることは避けられないと思われます。
いい悪いではなく、法律の処理としてはそうなるという説明ですので念のため。
外形的には、眼科医が全科当直している救急告示病院は否定されるべきでしょう。
奈良心タンポナーデ事件を、医療過誤訴訟ヲッチャーなら知らない人はいませんし・・・
救急告示をして外形的に患者を信用させておいて、尚且つ補助金を頂いておいて、「担当医に診療能力はなかった!」というのは、 病院としては通じないと思います。
救急告示の責任の重さに耐えられない病院は、朝日新聞が言うように「看板下ろす」べきだと思います。
眼科医の先生に、眼科以外の救急対応を強いるような病院は、眼科医の先生を雇う資格がないと、断言しておきましょう。
可哀想な眼科医の存在を知っていて、当直への恐怖から助けてあげられなかった同僚も、その罪深さを自覚して欲しいものです。
身近な人の権利が侵害されているのに鈍感な人は、そのうち自分の権利が侵害されても助けてもらえないことでしょう。
当直を代ってあげることで、
自身の経済的メリットがないとすれば、そもそもの当直料が安すぎるのです。
自身の体がもたないとすれば、労基法に違反している可能性が非常に高くなります。
いつものことながら、この記事には疑問があります。
そもそも、折れた肋骨が肺実質に突き刺さって出血させていたということであれば、少なくない場合、気道側にも出血して喀血することになります。しかも容易に止まりません。
止まらない咳とその度に多量の血痰が見られるということです。
単純写真やCTで折れた肋骨の先端が肺実質に接して見えていたとしても、喀血が見られなければ肺損傷は否定的です。
特殊な事情があるか、あるいは眼科の先生がよほど気の弱い人でなければ、こういう状況の患者さんを抱えて外科に電話一本しないということはちょっと考えられません。
そもそも論点がずれているというべきでしょう。
肋骨とは関係なく、鈍的損傷としての肺挫傷は起こります。この記者は、あるいは警察官は、事実関係をきちんと把握できているのかどうか極めて疑問に思います。
ま、本音を言うとその眼科医も何故他の病院へ行くことを勧めなかったのかな?と思います。そういう意味では経験不足でしょうね。
私なら専門外は即、他の医者に任せます。
ただ、大きな病院につとめたことがあったり、救急の経験があるのならともかく、教えてもらえないようなところでずっとつとめていたのなら気の毒ですが・・・・。
やはり悲惨な経験をして初めて悟ると言うこともあるのです。患者さんにしてみればたまってものではないと言われそうですが。
Med-Lawさんの真意がいまひとつわからないので確認させてください。
現在日本には、眼科医だけでなく、皮膚科や、整形外科、放射線科、精神科医などが全科当直している病院が少なく無いと思いますが、そのような病院も救急告示を取り下げるべきとお考えですか?
そして、Med-Lawさんは、どのような体制であれば救急告示に値する病院と考えているのですか?
小生もそう思います。救急を名乗る以上眼科医に全科当直させてはいけないし、そうしなければ体制が持たないほど人数少ないのであれば救急は返上するべきです。その結果、その地域の救急医療の供給が不足して救急体制がおかしくなるのは当該病院の責任ではありません。
レントゲンで判明する血気胸ならともかく、2日後に肺挫傷で死亡という事実関係がたしかに変ですね。肺挫傷は何度か見ておりますが、致命的になった経験がありません。あるいは解剖していなくて死亡直前のレントゲンで肺に影があっただけとか?
いずれにしても???なのですが、眼科医の全科当直医に対しての責任追及はしてほしくないです。
>救急を名乗る以上眼科医に全科当直させてはいけないし、そうしなければ体制が持たないほど人数少ないのであれば救急は返上するべきです。(No.43 元外科医 さま)
医師ではありませんが同意です。
看板に救急を表示しているのであれば、それなりに救急診療の経験や能力を持った医師が診療してくれるハズ、と期待するのが普通のことだと思います。
>眼科医だけでなく、皮膚科や、整形外科、放射線科、精神科医などが全科当直している病院(No.42 田舎の消化器外科医 さま)
非医療者としては、標榜している診療科目は何であれ、救急診療の経験や能力がある医師が当直してるのであれば良いのです。でも、標榜科が眼科だから一律ダメだと言う気は無いのですが、素人が病院の建物や看板、或いはその病院の勤務医の氏名を見ただけで、救急医療の経験能力が備わった医師かどうかは判定出来ません。となれば、標榜科で線引きするのも止むを得ないことかと思います。
現在の医療機関の設置基準は、医師や看護師などの人的要件は単に人数基準だけであり、経験や臨床経験の有無などの要求基準が定められていないことは、問題があると個人的には思います。また私の仕事上の観点からは、労働基準法や労働社会保険の加入などの要求基準も、設けるべきと思います。
建設業などでは労災保険の未加入等の違反があれば、公共工事の入札資格を失います。また普通の企業でも雇用保険の違反などがあれば、雇用助成金などを受ける資格を失います。病院など保険医療機関は、健康保険など社会保険制度を経営の基礎においているのですから、職員の社会保険の未加入や保険料滞納等があれば、地方社会保険医療協議会で有無を言わさず保険医療機関の取消処分にすべきです。
また労働基準法を満たせない無理な勤務態勢でなければ維持できない医療機関は、遠慮なく取りつぶすべきです。そうすれば否応なく人的資源の集約化は達成出来るのではないでしょうか。ただ、そうなれば人口過疎の地方では医療機関の配置がままならなくなりますので、そうした過疎地への病院設置を促す別の補助政策を行う必要はありましょう。
いずれにせよ、厚生労働省の医療機関の許可行政の実態は、私には少し甘すぎるという印象があります。
> 看板に救急を表示しているのであれば、それなりに救急診療の経験や能力を持った医師が診療してくれるハズ、と期待するのが普通のことだと思います。
お気持ちはもっともだと思います。
ですが、救急告示病院がはじまった時代背景と、昨今の状勢は基本的に同じです。
救急医療についてある程度以上の知識と経験を持つ医者などというのは出世の望めない変人の類で、いまだかつて充分な数のいた例しがありません。
救急患者が行き場を失うことになるだけのことです。
(奈良心タンポナーデ事件の判決理由の一部です)
世の中、変わってしまったのです。
背伸びして2次救急をしても、外形的に条件を満たしていなければ過失責任を問われるということです。
救急医療に責任を持てない人は、辞退する良い理由ができたと考えるべきだろうと思います。
厚労省が許認可を甘くしているのは、後で自分たちに責任が及ばず、費用も安く済んでいるからでしょうね
もし住民が救急医療体制で困ることがあるなら、行政に訴えて、自分たちの税金を振り向けてもらうことを主張していることでしょう。
人に頼まれもしないことをして悦に入るのは、
お節介だろうと思います
>No.39 Med_Law さん
>可哀想な眼科医の存在を知っていて、当直への恐怖から助けてあげられなかった同僚も、その罪深さを自覚して欲しいものです。
このように思ってくださる方の存在が分かり救われる思いです。お名前からは医療系ではなく法律系の方のように見受けられますが。
同僚の名誉のために言っておくと、自ら代わりを申出てくれた若手の外科医、「救急の看板を揚げて眼科の先生が出て行く様な体制で良いのか?」と医局会で発言し、コールしたわけでもないのに救急室へ手伝いに来てくれた脳外科科長も院内にはいました。
ただ若手外科医は科長に止められ、脳外科科長は次第に疲弊してコールしても来なくなり退職しました。
民事ではありますが心タンポナーデ事件のこともありますし、当直は恐怖以外の何ものでもありませんでした。
他科医をコールしろという意見もありますが、あきらかに重症ならともかく一見重症に見えない患者が真夜中に来た場合に他科医をコールするのはこれまた勇気が必要です。先述の脳外科医のように呼びやすいDr.に限って疲れて退職したりするんですよね。
まあ私が救急当直に関わることは二度とないでしょう。
え~、私は「医療政策」への意見を言っているのであって、「臨床現場の医師」に対する非難をするありません。ですのでrijin様はじめ個人の医師の方々からコメント頂きたいのではありません。返事を頂きたいのは厚生労働省の然るべき地位に居る官僚、出来れば舛添大臣の直答が貰えればという気持ちです。
>救急患者が行き場を失うことになるだけのことです。
そのようなことは先刻承知の上で私は意見を述べています。現状は止むを得ない状況だから医師も患者も我慢しなければ、という現状是認と崩壊先送りの発想が、実は「医療崩壊危機」の根本原因なのでないか、と最近思うようになりました。
現状の医療の危機的状況に、このままツギハギ的対策を続けても破滅的崩壊は避けられない。これはこのモトケンブログや多くの医師系ブログでの医療者のご意見です。私も是認できる現状の見方です。
では破滅的崩壊が避けられず、崩壊すれば「多数の患者が行き場を失う」という国民的不幸が起こるのは避けられない運命のようです。ならばその崩壊を座して待つより、人工的且つ人為的コントロール下で早期に引き起こしてしまう方が、崩壊の混乱や不幸も小さくて済むのではなかろうか。そして崩壊後の新しい体制移行までの混乱期間が短くなって、かえって国民全体の利益になるのではなかろうか?
私は最近このように思うのです。一種の極論ですね。
また医療行政の責任ある者が、このように日本の医療体制が危機に瀕しており、現状では止むを得ない綻びがあることを理解して下さいと言うのであらば、当然冒頭には「今まで国民には黙っていてゴメンナサイ」というお詫びと懺悔の言葉があって然るべきだと思います。そのお詫びと反省の念が無い現状説明は、単なる言い訳を並べた責任逃れと言われるでしょう。
繰り返します。私の意見の向く先は医師の方々ではなく、医療行政に責任を持つ立場の者に向いています。そして日本の医療現場の現状が決して万全ではなく、全面的崩壊に瀕する危機的状況であることを包み隠さず説明すべきだと思います。国民はいっときは怒り狂うでしょうが、責任を認めるお詫びと共にキチンと説明すれば、1億総懺悔の気分で「どうすれば」という方向に一気に進む。それが日本社会の体質だと思います。
行政と政治が責任逃れと問題先送りに終始していることが、医療崩壊という国民的大問題の根本的本質だと思います。
>「救急の看板を揚げて眼科の先生が出て行く様な体制で良いのか?」
の部分が誤解を受けるかもしれないので下記に訂正させていただきます。
「救急の看板を揚げているのに眼科の先生が対応する様な体制で良いのか?」
Med-Lawさん。お返事有難う御座います。
引用された奈良心タンポ判決(確か民事の高裁判決ですね)文中の、昭和62年1月14日付け厚生労働省通達を24時間厳密に達成できる2次救急病院は、日本中を探しても殆ど無いと思われます。
実際に、私の周りの小規模病院は次々に救急告示を取り下げています。
この条件を満たす救急病院のみになれば、人口100万人に一病院くらいになるでしょうか?現在の2次救急病院は殆ど残らないでしょう。
急性期病院の集約化がかなり進めば、労働基準法遵守と一気に解決するかもしれませんが、労基法遵守より上記通達を維持するほうがより困難だと思えます。
No.47でMed_Lawさんが紹介された事件判決の引用された部分は,判決の道筋に沿って意図的に一部を切り取ったように感じます。引用部分の
は,昭和62年1月14日厚生省通知の「2」の項なのですが,同じ通知の「4」の項には、『2及び3による審査に当たっては、消防機関、警察本部、医師会、救急病院等の関係者、学識経験者等の意見を聴くよう配慮すること。なお、そのための方法として、救急医療対策協議会を活用する方法や消防機関、警察本部、医師会、救急病院等の関係者、学識経験者等から成る認定審査会を設けることも考えられること。』としており、医療関係者の意見を聴く配慮が必要だとしているのですね。ですから,単なる行政の怠慢というわけでもなく,そればかりを責めるのもどうかな,と思うところです。まあ,非医療者の方々の気持ちは理解できますが,それにしてもみんな医療に期待しすぎでしょう。裁判と同じで,負け筋でも勝つこともあれば,勝ち筋でも負けることもある。どこまで弁護士に期待するか? そんなものだと思います。
↓奈良心タンポナーデ事件
http://www.orcaland.gr.jp/kaleido/iryosaiban/H7wa44.html
奈良の事件は比較的外傷の経験の多い脳外科医が診療しても、胸部外傷を救命できなかったというものです。結果としてベストな治療が出来なかったと言うことで敗訴ですね。
ですから、眼科医が胸部外傷を救命できなかった今回の事例では民事で訴えられたら必ず負けるでしょう。眼科医自身はともかく眼科医を救急の医師として配置した点では、病院や病院管理者は奈良以上に責任が重そうです。
最近はなんちゃって2次救急はさっさと全滅させて救急崩壊はハードランディングのほうが、日本全体では犠牲者が少なくて済むように感じています。
救急医療の供給<<<<救急患者の需要 となれば政府も少しは考えるでしょうし。
fuka_fukaさま
レスをいただいているのに気がつきませんでした。改めて御礼を申し上げます。なんだか分かったような分かんないようなというのが実感です・・・
No53 元外科医様
同感です。
かつては400-500床クラスの病院でも内科当直は内科医、小児科は小児科医、外科系当直は眼科医も含めていわゆる外科系といわれている医師が担当するのが一般的だったんですが、訴訟というパンドラの箱が開けられてしまった昨今、そのままでいいはずがありません。
それで救急がまわらなくなってしまったとしても、それは政策の失敗によるものであり、政策の失敗は国民それぞれが等しくその結果を負うべきものであります。医者が背負い込むべきものでは決してありません。
> また労働基準法を満たせない無理な勤務態勢でなければ
> 維持できない医療機関は、遠慮なく取りつぶすべきです。
そうあるべき(少なくとも私はその意見について賛成)なのですが、そうなると日本の医療は崩壊してしまいます。というか、すでに崩壊しかかっていますね。お産難民、救急難民・・・・。これらがよりいっそう問題になります。患者の医療を受ける機会を与える必要を感じているからこそ、我々は限界を超えて働くのです。だからこそ労働基準を満たせる医療機関の方が珍しい存在なのです。
私も法務業の末席さん同様、一度日本国民は痛い目に遭うべきだと思っています(馬鹿は死ななきゃ治らない?)。しかし、それで患者が犠牲になってしまうのは得策ではないと思うのです。なんか矛盾していますが、現場の人間としてはそう感じます。
また、崩壊前に、医師も人間なのですから出来ないことは出来ないという意見がまかり通る世の中にならないといけません。でないと、また無知のマスコミや国は現場の責任にしてしまうおそれがあるからです。「そんなの気合い入れてやればできたのだ!」という声も聞こえそうです。まだまだ日本は竹槍でB29を落とすという精神がまかり通っているように思えます。
今は世論やマスコミや国の逆襲を恐れて何も言えない状態が続いています(医師も自分がかわいいので、自分の人生が犠牲になってまで声を大きくすることはありません)。しかし、ネットを通じて医師が本音を匿名で語り始めたので少しずつ理解されているような記がします。
しかし、それとて一部のメディアには理解出来ないままでいます(特にNHKと産経と毎日はひどいですね)。
私としては少しずつ変えていくしかないのかな、と考えています。今は医療者、患者双方に犠牲者が続出している状態。それで少しでも日本国民が現状を考えてくれるようになって欲しい。
yさま
>私も法務業の末席さん同様、一度日本国民は痛い目に遭うべきだと思っています
私の本意がご理解頂けているのか、半分疑問のようにも思えます。
医療崩壊によって国民が痛い目に遭うことは、私は本当はあってはならないことだと思っています。少なくとも国民が数年も十数年も痛みを我慢し続けなければならない医療政策は、非難されなければならないとお感じになりませんか。改変や改善には慣れた古い制度を棄てるという痛みが伴います。でもその改革の痛みを恐れる余り、現状は鎮痛剤を服用して頑張っている状態だと思います。
改革の痛み、すなわち医療での治療に例えれば、患者への切開手術や注射という痛み=苦痛は可能な限り短時間であるべきで、日本国民が感じる痛い目は「一瞬の我慢」の範囲内となるよう対策を取らねばならぬ。その一瞬の痛み=苦痛で新体制に移れるように、丁寧に準備された医療改革プランを考えて、その上で人為的に一度ぶっ壊しましょう、というのが私の本意です。
政治や行政の目線からは、ビシバシ取り潰す気構えを持って、今の資源で可能な身の丈に合った「新しい医療体制」をプランニングして欲しいのです。その場凌ぎの鎮痛剤服用的な対症療法を続ける結果、患者は(臨床現場の医師も)激痛に七転八倒することこそ無いものの、常に感じる痛みと不快感に耐えながら辛うじて日常生活を送っている。これが日本の医療の現状ではないでしょうか。
こうした温存療法で何とかなる状態ではない、思い切って手術して病巣の根源をえぐり出す荒療治に踏み切った方が、短時間の入院での日常生活への影響は出るかもしれないが、逆に術後のQOLは良くなる可能性が大きいと思いませんか。でも手術に伴う入院や日常生活への負担が最小になるよう、予め充分に治療計画を立てて患者にも説明しておく必要がある。
行政や政治の場に就いている者や責任ある立場の医療者は、こうした患者=日本国民への治療計画の提示と説明、すなわち適切で医学の素人にも分かりやすいムンテラを行うべき。どうせ医学のことは理解できないし=どうせ現場の資源不足は改善できないし、という最初から負け戦の心理に陥らないよう、目線だけでも上げて将来を見つめて議論すべきと思います。
誤解については御意です。
しかし、「病院をつぶす政策」を5年10年の短期間でやろうとするとなると問題が出てきます。
病院をつぶすと言うことは残念ながらそのしわ寄せが一極に集中すると言うことです。しかし、つぶれた病院を解雇された医療関係者が活動中の病院に再就職できるとは限りません。
救急はただでさえ赤字の部署です。こうした部署が新たに人を雇えるとは思えません。救急患者が増えても、医師を増やせばそれだけ赤字がふくらむだけです。
では、赤字覚悟で公的病院の救急を増やせばよいじゃないかということになるのですが、事務方の意識改革、政治の意識改革が必要であり、今すぐやることはできないでしょう(残念ながらお金はこういう人たちに握られているのが現状です)。はっきり言って公的病院は給料だって良くはありません。薄給で1日30時間以上働かされれば(この表現は間違いではありません)医師たちの協力が得られるかどうかも不確定要素です。
従って病院をつぶすと言うことは容易に医療崩壊に陥ってしまうことを意味します。
短期的な対策を実現するには現時点で根本的対策は医師増員と医療費増額など最低でも必要です。
また、医療者のモチベーションを元に戻すような政策をすることも大事です。例えば良きサマリア人的な法律の創設などです。そういえばこれも以前、ブログ内で議論になりましたね。今回の眼科医師対応の問題についても書類送検で済めば良いですが、逮捕とか、起訴とかになるとまた問題はぶり返します。
ところが、医療費増額はまだしも、医師増員は10年は無理でしょう。
従って短期的な改革は私は現時点で思いつきません。現場の人間のほとんどは同じ意見だと思うのです。
つまり、病院をつぶすという案には現時点では反対だということです。
しかし、名案がありましたら是非提案していただきたいですね。
ただ、長期的(10年とか20年のスパン)には意味があると思います。でもそれは、すなわち、現時点での患者をある程度見捨てると言うことにもなるのです。
> 行政や政治の場に就いている者や責任ある立場の医療者は、
> こうした患者=日本国民への治療計画の提示と説明、
> すなわち適切で医学の素人にも分かりやすいムンテラを
> 行うべき。
その通りで、全面的に同意なのですが、皆が理解するのには時間が必要です。実際に何かが起きないと理解できないということも考えられます(そのときはすでに遅いのですが)。
ムンテラが万能だと思ったら大間違いです。素人への説明の仕方だって初めは手こずるでしょう。意外とこれが難しいのです。手を変え品を変えて時間をかけてムンテラするしかありません。
現に日本人は(医師以外は)つい1年前までは医師が余っていると信じていました。医師たちが一生懸命それは違うと言ってきてもです。
そして10年くらい医療事故=医療ミスだと思われてきました。まだそう思っている馬鹿な新聞社があるくらいですからこの問題はまだまだ信じられている節があります。
犠牲者がでて初めて気づくのです。
rijin様へ
>いつものことながら、この記事には疑問があります。
私は医学は素人ですが、同意いたします。
これだけの記事で医学的な見地から何か言えという、主様がちょっと無茶だろうと感じます。
ただ、一般紙のこの程度のニュースで、詳細な説明を期待するのも間違いです。商業紙には量的制限があります。
では、そのくらいなら却って報道がない方がよいのでしょうか?私はそうも思いません。
一片の報道さえなければ、私達は何かがあったということを知ることさえできません。受け手が主様の言うように、
>書類送検 = 起訴 ではもちろんありません。
この意味を正しく了解し受け止めていればよいことです。
その上で、興味のある人は追加情報を探すでしょう。現代はnetの発達によってそれが可能な時代です。
また、CBが運営しているような専門分野メディアはより詳細な報道を進めていくことが可能です。
一言付け加えると、専門分野メディアは中立性という点で疑問です。医師側(医療者側でも医療機関側でもなく)のバイアスが強いよう感じます。同じく専門性を持ち患者側に立つメディアがない(知らない)ことに、不満があります。
(金にならないでしょうから、しょうがないのでしょうけれど)
ややスレ違いになりますが、皆様、特にお医者様にお聞きしたいことがあります。
>専門分野メディアは中立性という点で疑問です。医師側(医療者側でも医療機関側でもなく)のバイアスが強いよう感じます。
医療専門メディアは、医師・医療機関・患者に対して、中立公平の報道姿勢を保持していると思われますか?
一般メディア ⇔ 専門メディア の対比ですね。
一般メディアは、ご指摘のように少ない情報の中で、特に最近は恣意的な意見を含ませている気がします。底の浅さを感じるため、信頼性に大きな疑問符が付きます。
専門メディアは、当然のように専門用語、業界内部事情を説明しているので、一般の人から見ると言い訳がましく(=バイアス、偏り)見えることでしょう。
しかし、判断できる情報を提供した上でのメディアの意見と、判断材料がない上で語られるメディアの意見とでは、どちらが公正中立であると読み手に判断しやすいでしょう?
専門用語は特殊な語彙を含んでいるので、知らない人にとっては情報提供を拒否しているような印象を与えることでしょう。法律関係の資料を読むと、私も、患者ですさんが感じられたのと同じ冷たさを感じますが、専門領域に入り込む限り仕方ないことだろうと思います。
専門性を持ち患者側に立つメディアをお求めのようですが、専門メディアとは、種々の鋭い専門家の批判に耐えうるものです。中立をメディアにお求めであるのであれば、矛盾した御主張のように思われます。
http://www.shinoharashinsha.co.jp/kanja/kanja.htm
なかなか買っていただけないのです。
yさんこんにちは。
文面から日ごろの真摯な仕事ぶりが理解できますが、残念ながらあまりこのブログの過去ログを読んでいないとお見受けします。
上記のように、現在の常識にとらわれている限り、未来へ向かって大胆な変革を行うことはできません。業界内で働いていると、現在の状況が当然の変えることの出来ない前提と思い込んでしまうことが多くなるように思います。
業界の常識を疑ってかかる考えが必要だと思います。
http://www.yabelab.net/blog/medical/2008/10/23-172012.php
のコメント154以降
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/3910/1225511462/l50
いずれもノイズが多いですが時間があったらごらん下さい。
>Med_Law様
ご意見ありがとうございます。
私は一般メディアと専門メディアの対比では捉えておりません。一般メディアの一義的価値は、何かがあったことを知るためと認識していますので。
もちろん、特集などの場合は専門メディアに比肩して、且つ一般人にも分かり易くなどど、ついつい無理な要求を(心の中で)してしまいますが。
私は医療業界のことは素人でわかりませんが、私の業界のことやたまさか何かでそこそこ知ってる話の例から考えて、特集などの場合であっても、一般メディアには大いなる限界(制限)があることは理解しています。
>専門性を持ち患者側に立つメディアをお求めのようですが、専門メディアとは、種々の鋭い専門家の批判に耐えうるものです。
>中立をメディアにお求めであるのであれば、矛盾した御主張のように思われます。
もし一つのメディアしかないのであれば、できる限りの中立を望むでしょうね。複数のメディアがあれば、いろんな立場があっていいと思います。
ただそれが、一般メディアと専門メディアの対立というような形にしか捉えられないとしたら、捉える方の心のバランスがどこかおかしいか、業界がおかしいかだと思います。
大野事件以降、この手の話をすると、常に
医療界 VS 法曹界
で対立してしまっていますが、本来は
国 VS 国民
で対話をしなければいけないと。すなわち、医療界も法曹界も、患者も医者も弁護士も、同じ方向を向いていなければならないわけですね。
みなさんのお話を伺っていて改めて思い直しました。
皆さん、協力して良い環境を作りましょうよ!
No.62 田舎の消化器外科医 さまのコメントが付いていますが、yさまには是非過去2年余りの、モトケンブログの討論の積み重ねをご理解頂きたい。
そしてブログオーナーのモトケンさんが医療系エントリだけ、切り離された「離れの旧館」とされていることをご理解頂きたい。
現状改変に対して「不可能な理由」をほじくり返すことに終始して、その結語に「名案がありましたら是非提案していただきたいですね」という態度には、正直私も「またか、もう結構!」という気分になります。
なぜ医療問題が「離れの旧館」に隔離されているのか、今少しご自身でお考え頂きたく存じます。
僕も含めて、医師の中には現実的に前を向いて、痛みを可能な限り少なくしながら現状を持続可能な仕組みに変えていくにはどうすればいいのかを考えている医師も決して少なくはありません。
どうかご理解の程をお願いいたしたい所存です。
僕も、事故に巻き込まれて言われない事を言われた時には、心が折れました。でも、言われて見れば、受付業務をこなしている方々は、毎日がそんなクレームの日々なわけです。そりゃ流石に逮捕・起訴となれば話は別ですがね。医師ばかりが『訴えられるのなら辞めてやる!』では世論の共感は得られないとも思うのですよ。
僕がそう思えたのは、このブログの存在が大きいわけです。
是非、前向きの議論をしましょう!
高次救命救急施設でも、実は結構、初診での見落としがあります。
まあ、入院させて病棟で様態が変わって、精査するんですが、それでもさらにマイナーな所見はスルーされていたりして。
ですがそういうのも許さんというゼロトレランス思想が救急医療崩壊の原因です。
兵庫県では多くの医療機関から受け入れられなかった外傷の方がなくなりました。とりあえず診て適切な医療機関へ転送、などと言う悠長なことは、許されない兵庫県らしいです。まして眼科医が多発外傷を診るなどと言うことが今後許されるはずもありませんね。
気分を害されたのなら謝りますが、私は別に「そんなことを言うのなら別の案を出せ」と言っているわけではなく、「現場ではこういうことなので、もし、良い案があったら教えていただきたい」と言っているだけであります(実際にそのように書いているつもりですが・・・私の文章が至らないで申し訳ありません)。前者のように誤解を受けたのなら謝りますが・・・。
私は前回のコメントまでは冷静に対処していたつもりなのですが、今回のコメントでは予想外の反応でちょっととまどっています。
正直、そんなに怒らせるようなことを書いたかな?というのが正直な感想です。それに私は後ろ向きなことばかり言っているのではありません。時間をかけてゆっくりやることを提案しています。それ以外の解決法が考えられないだけです。
感情論で申しますと、私は法務業の末席三さんコメントをみていると「早く前向きな解決方法を出せよ」とか、「そして守らないところにはムチを与えればいいんだ」というように見えます。私はそれを感じながら、でもそれはあくまでも主観だし、そんなことを言っても大人げないので黙っていました。
でも、今回は、正直言って、私の主張に対して感情論で返された感じがします。
またか、いい加減にしてくれ、という前に「それはこういうことなので、こうしてもらえるとありがたい、というような書き方もあったはずです。
感情論はこれくらいにして、問題に帰ります。
実際に現場では限界だという事実があります。案に対して現実を突きつけることはそれほど間違っていないと思います。やれないことをやれ、というのは不可能です。それを不可能と言って反論するのにはうんざりだ、というのでは、現場の苦労を解ってもらっていないと言うことと同意です。それとも、やれないことをやれと強制するのでしょうか?現場のことを解らずに強制だけさせるのはそれこそ官僚といっしょでしょう?
最後に。
ちなみに私は過去ログは一応読んであります。趣旨はもちろん解っていますよ。
でも、前に進まないのにはいろいろな理由があるからであり、強制的に前に進ませようとするのもまた問題だと私は思うのですが?自分は前向きな意見だと思っても他の人には無理な発案であると感じることがありますよ。でも、それを排除してどうするんです?
ここはそのための議論の場ではないのですか?最終的に何か答えを見つけるのではなく、答えになるヒントを見つけられれば良いのではないですか?
私はずっとこのブログを読んでいますが、それこそ初めて参加した人に「過去ログを読んでいないやつはコメントするな」的な横暴なコメントが目立ちます。事情を知らないで参加しようとしている人に優しプレゼンをする気が全然無いようにも感じます。それでいいのでしょうか?
私にはあなたのコメントの方がよほど不親切だと思います。
感情論はこれくらいにして、そいう後に感情論が盛り込まれていました。そして肝心なことを書くのを忘れていました。
この場で謝ります。
私は解決のためにはその病院の処分だけでは解決になるどころか、問題が悪化すると思います。
実際に現実にそうだからです。
何度も言うようですが、解決には時間をかけ、国やマスコミに理解してもらうしか無いと思います。でも、その間に重大な問題が起きるかもしれません。
救急に人を増やす対策も時間をかけて養育するしかないと思います。予算を増やすこと、人を増やすことにどの様な問題があって、どの様に解決すべきかということが大事です。その方法は残念ながら私は知りません。
問題のぶり返しばかりと思っている方は済みません。でも、机上の空論よりはマシだと思うのですが。
なるほど、常識にとらわれない考えですか。
でも、民間病院では難しいですね。やはり採算が大事になってきますので。私は書いたとおり、公的病院がそれを果たすべきだと考えています。しかし、国がそれを理解してくれないと解決しませんね。果たして理解してくれるかどうか・・・。
時間をかけてゆっくりというのが私は必要だと思うのですが。
ちなみに過去ログは読んでいます。
yさま
このコメント部分だけに限定してレスさせて頂きます。
私が気分的に不快であったのは、まさしくNo.57でのyさまの下記のコメントでの表現なり言葉遣いが、yさまご自身が仰る「前者」に受け取れたからです。
この№57に至る前の№45、49、56において、私は医療崩壊に対して対症療法的延命策を行うよりも、あらかじめ新しい医療体制を準備した上で、思い切って人為的に旧体制をぶっ壊して新体制移行を行う持論を展開しました。
その私が提示した強行プランに対して、yさまは「病院をつぶすという案には現時点では反対」(上記引用での太字部分)を表明されました。すなわち私の提案をyさまご自身が検討して否定なさったのではありませんか?
そして私の提案を否定した上で、なお「名案がありましたら是非提案していただきたいですね」と続けられました。
この部分を読んだときに、私の「病院をつぶすという案」は、医師から見れば現実を知らない空理空論の検討外だ、もっと良い案を考えるのが非医療者の役割だよ、良い提案を持ってくれば医師として検討してやる、このように仰られているように受け取れました。
加えて語尾が「・・・いただきたく思います」とか「・・・いただければ嬉しいです」とか、或いは「・・・いただきたく存じます」など、謙譲の意を表す言葉遣いではなく、「・・・いただきたいですね」という目下に向かっての言葉遣いに感じられ、私の心情には大きなダメージを感じることと相成りました。
まあこうしたことは既に過ぎ去った、ちょっとした言葉と心の行き違いです。既に終わった過去の出来事です。今さら過去に拘っても未来にはつながって来ませんし、お互いこれまでにしておくということで如何でしょう。
ご存知とは思いますが、昨年11月にこの「「元検弁護士のつぶやき」が存続の危機を迎えたとき、モトケンさんに「離」を説いて医療問題から一時離れることを私は提案しました。そして新しい「モトケンブログ」が誕生し、此処はモトケンさん抜きで医療問題好きが勝手に討論する場になったはずです。
このようにブログ主が過去の議論に一度線引きをしたにもかかわらず、今にいたっても「過去ログ嫁・・・云々」というコメントを返す私の態度は、自分でもいささか非難に値するものと反省するばかりです。此処はもう私などが常連ヅラをしてチャチャ入れするよりも、新しく集まってきたメンバーで新しい議論を重ねていくべき場になったように感じる昨今です。
何時までも過去の喧噪と賑わいの楽しさが忘れられない私のような古顔は、此処を去るべき時が来たのかもしれません。此処を去って移る場として新しい「モトケンブログ」用意して頂いただけでなく、MJLnetにお誘い頂くなり、裏の場外乱闘という場も残して頂いた。そろそろ潮時だと自分でも思いながら、11月、12月、そして年が変わって1月と居座ってしまったように思う。それが今回の言葉と思いの行き違いの根源だと、自分自身で悔いるばかりである。
そう思えたので決心できた。法務業の末席はこの「元検弁護士のつぶやき」からはしばらく距離を置こうと思う。モトケンさんや他の皆さんが用意してくれた新しい場に行くべき古い人間なんだろう。
yさま、討論のお相手ありがとうございました。そして体力と情熱を大事になさって、一人でも多くの患者さんに「ありがとう」といわれることを祈っております。そして「元検弁護士のつぶやき」の皆様、ありがとう。
法務業の末席師匠からは、社会保険労務士の視点から多くを教えて頂きました。
社労士の視点からの解析がなければ、私のこの1年は単なる蟷螂の斧に終わっていたろうと思います。
師匠に感謝しているものも少なくないことも御記憶頂けましたら幸いです
法務業の末席様
お考えは尊重いたしますので引き留めることはいたしませんが、このブログに対する法務業の末席様のご貢献は表現する言葉がないほどです。
私もたくさん勉強させていただきました。
心の底から感謝申し上げます。
復活をいつでもお待ちしています(^^)
これからこのブログは医師のみなさんの考え方をいろんな人に知らせるチャンネルの一つになればいいのではないかなと思っております。
今でもニューブログ以上のアクセスがあるんですよ(^^;
私もモトケン先生と同じです。法務業の末席様の、その専門知識や立場からのご意見に大変勉強させていただきました。余人をもって代え難いくらいです。m(_ _)m
お疲れのご様子ですから、しばらく休まれて、気が向いたら復活されてください。首を長ーーーくして待ってます。(^-^)/
>また、医療者のモチベーションを元に戻すような政策をすることも大事です。例えば良きサマリア人的な法律の創設などです。そういえばこれも以前、ブログ内で議論になりましたね。今回の眼科医師対応の問題についても書類送検で済めば良いですが、逮捕とか、起訴とかになるとまた問題はぶり返します。
釈迦に説法だと思うのですが、「善きサマリア人の法」は、航空機でたまたま医師が居合わせた場合など、無償であること、義務なきことが前提となる法だったはずです。
眼科医の方がたまたま通りがかって行き倒れの人を診たのならともかく、有償で医療を行う救急病院において、応召義務を有する当直医師として勤務し、その範囲で行った医療に関する案件であれば、「善きサマリア人の法」の話は全く関係がないと思われますが、いかがでしょうか?
どちらかといえば、貴殿のご趣旨は「善きサマリア人の法」の立法などでなく、「医療現場に業務上過失致死傷罪を持ち込むな」ということではないかと思うのですが。
私はyさんを歓迎しています。
とりあえず、それだけお伝えします。
過去ログ嫁についてですが、過去ログを読んでいる人はこのブログでは過去ログ嫁とは言わないようにしていたことがおわかりだと思います。
しかし、最近の一時期、過去ログを読まずにあまりにも一方的な思い込みに基づく攻撃的なコメントが多くなりすぎました。
「事情を知らないで参加しようとしている人に優しプレゼンをする気」を維持することは、(私だけではなく)物理的のみならず精神的にも困難になったことはご理解願いたいと思います。
初めてコメントさせていただきます。
私が思うに、国はこういう問題、すなわち非救急専門医が救急を診ることの問題については、既に一定の方針を出して(効果は疑問ですが)対策を行っていると思います。
というのは、新臨床研修制度では、救急を含む主要な科は研修を受けることになっており、理論上はすべての医師が必要最小限のことが出来るようになるレールは敷かれていると思います。しかし、これは理屈に過ぎず、実際には機能しないことは目に見えています。結局これは安かろう悪かろう制度であり、低レベルの救急医療でアクセスを守ろうという制度と思われます。政府は国民にこの事をきちんと説明すべきだと思います。
高度な救急医療を希望するなら、費用を惜しまず、救急専門医を多数育成し、施設を集約化するなど、構造的な改革が必要かと思います。この費用をケチることが国の政策です。
個人的にはもっと税金を増やして、医療・福祉(+教育)につぎ込んでほしいと願っていますが、なぜか増税反対する国民が多いようなので難しい気もしています。
眼科医にも救急を診させる国策上、これは起こるべくして起こったものであり、医師個人の責任よりも国の責任が大きいと思います。司法としてはこのあたりを見抜いて、国に釘を刺してほしいところですが、制度的に難しいでしょうか?
鳥取大学では救急部の教授以下全員退職だそうですね.
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=509850005
行政が現状を放置すれば,あちこちの三次救急施設が壊滅していくことになるでしょう.生半可な対策じゃ焼け石に水...
島根大学も教授以下救急部全員退職です。
山陰は3次救急が完全崩壊です。
rijin様、御礼が遅れましてm(__)m
「患者のための医療」は医療者向けの"患者のための医療”の雑誌なのでしょう、しかし、売れなくて潰れてしまうわけですね?
「訴訟防止の医療」とかにすれば、売れたのかも。
ちゃんと外科医が宿直していたけれど、眼科医でなかったので、眼の傷で救急搬送された患者に最適な処置が出来なくて失明してしまった、なんて可能性もあるわけだけれど、それは可能性が低いから無視ですかね。
Do not a lot of cash to buy a car? Worry no more, just because it is available to take the www.lowest-rate-loans.com to resolve such kind of problems. So take a sba loan to buy all you want.