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 この難病は、肝臓で作られる異常なたんぱく質が体内に沈着し、神経障害などを起こす遺伝性の病気で、死に至る場合もあるので、神経障害が進行すると肝移植が必要となる。

 ドミノ肝移植は、肝移植を受けたFAP患者から摘出された肝臓を処分せず、別の肝臓病患者に移植する治療法。FAP患者の肝臓は、アルコール分解などの機能は正常なので、余命1年以内に迫った肝臓がん患者などが、脳死移植や血縁者からの臓器提供を受けられる見通しが立たない場合に、緊急避難的に行われてきた。国内では99年から28例、世界では過去500例以上行われている。

 FAPの異常たんぱくの沈着には時間がかかり、先天的な患者も20、30代で発症するケースが多いことから、「ドミノ移植後も20年は発症しない」と考えられてきた。

 ドナーの確保が難しいという事情が背景にあるのでしょうが、どうコメントしていいかわからないニュースです。

 このブログは、医療関係の方がよくご覧になっているようですので、なにかご意見があればお聞かせください。

 素人的な印象を遠慮なく言いますと、目前の危機を回避するために時限爆弾を抱え込んだが、予想より早く爆発したという感じです。

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コメント(9)

 医療行為とは、"目前の危機を回避するため"健康体には不必要な侵襲を患者に加えることです。薬物治療でも外科的治療でも必ず何らかの望ましくない作用があります。しかし、その治療による利益と、望ましくない作用とによる危険性(risk/benefit)を天秤にかけ,利益の方が大きいと判断された時に、その治療が行われる、というのが常識的な医療行為だと考えられています。なので、予後が月単位であろう重症の肝硬変の患者さんに、FAPを発症している患者さんの肝臓を移植して急場をしのぐ、というのは、有りだ、と思います。今回の症例でも、恐らく10年以上はしのげる訳ですから。
 ただ、FAP発症まで20年、というのはあくまで予想にすぎないので、その点を患者さんにどれだけ説明して同意を取ったか、というところは気になりますが。ただ日本では、医療行為に伴うリスクは無いのが前提、というようなところがまだ根強く残っているので、このような治療も問題になるかも知れない、と危惧します。実際、毒にも薬にもならない日本独特の薬、いわゆるローカルドラッグ(リウマチやアレルギーの薬に多い)が大量に使われていたり、効き目は確かだが副作用も強い薬が使えない(抗がん剤に多い)、といった弊害が世界中から指摘され続けているのに未だに残っていますから。

>GSi さん

 医療行為の基本的な考え方をわかりやすく説明していただき、ありがとうございます。

>ただ日本では、医療行為に伴うリスクは無いのが前提、というようなところがまだ根強く残っているので、

 このリスクをどのようにコントロールするのかという問題について、現在、医療側と司法側との間に大きなギャップがあるように感じられます。

最近はこういうニュースもありましたね。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060724i114.htm?from=main1
健康な人の身体にメスを入れる生体肝移植の場合、ドナーにもリスクがあるというのは聞かされていても、こういうケースは切ないです。特にレシピエントのご主人が亡くなってる点もやるせないですね。

ドナーで亡くなった方も悲惨ですが(群馬では亡くなってないか)
その心意気に一抹の救いがあるという部分も有るのですが
検査で亡くなられたりするとさらに悲惨なものがあります

まあリスクを重視するのは哲学な部分も有るのですから
リスクの有る治療は一切しない,という選択も
国民の皆様の合意が存在するならありかもしれません

生体肝移植は有る意味邪道なのは
やってる本人が一番自覚してるんですが
脳死移植法改正も難航してて
結局 人工臓器や再生医療待ちになる可能性大です
それが待てないお金持ちはさっさと闇で
途上国の臓器を買ったりしてます

この群馬の生体肝移植のケースは、ちょっと難しいケースだと思います。血が固まりやすい背景があって、肝臓のような血管の固まりのような臓器にメスを入れると、体中のいたるところで小さな血栓が出来る、播種性血管内凝固症候群という状態になって手の施しようがなくなる可能性がかなりあります。そこで、血液の凝固を抑えるヘパリンを過剰投与した、という判断はそれだけ見れば間違えでは無いと思われますが、それなら出血の可能性を考えてそれなりのケアをすべきでした。そもそも、そのようなハイリスクの方をドナーとする、という判断にも疑問が残ります。

>リスクをどのようにコントロールするのかという問題について、現在、医療側と司法側との間に大きなギャップがあるように感じられます。

その医療行為が本質的に内包するリスクと、過誤や不作為、不注意の結果もたらされたハザードをきっちり分けて考えれば、ギャップは埋まると思うのですが。

> GSi さま
>医療行為が本質的に内包するリスク
から、次のような空想をしました。

『近未来の病院内の風景』

 主治医が患者(家族)に手術前の説明をおこなっていた。ひとむかし前であれば、レントゲン写真や心電図、血液生化学検査などを呈示して説明していた。しかし今はちがう。主治医の手元には、医療行為が本質的に内包するリスクを説明するための、「手術前説明書および手術承諾書」と題された100枚の書類が置かれている。

 100枚の書類には、黄色い三角形の警告マークがいたるところに目につく。PL法が施行されてから、製品説明書にある例の警告マークである。

 主治医の傍らには弁護士が同席している。昔なら病院の顧問弁護士であったが、彼は常勤弁護士である。いまや一病院につき一名の弁護士が常勤しているのだ。病院経営者も人件費がかかってたいへんだ。しかし、相次ぐ医療裁判で、交通事故の保険金より高額になった慰謝料、和解金を支払うことを考えれば背に腹は変えられない。

 もちろん主治医も裁判にそなえて個人的に高額の保険に入っている。毎月の保険料が家計を圧迫するが、万一の時、妻子を路頭に迷わせてはならないし、金の心配していると医療行為に集中できない。

 主治医は同席した弁護士となにやら相談しながら、汗だくになり説明をつづけていく。患者(家族)が100箇所の署名捺印を終え、お互いくたくたになったころ、5時間たっていた。

 主治医は心の中でつぶやいた。

「ヤレヤレ、今日も医学書読めなかったなぁ。」

 主治医が顔をあげると、患者(家族)が横にいるスーツ姿の女性となにやら相談している。家族と思っていたが違うようだ。いやしくも医師として患者の病気を他人には話せない。守秘義務があるからだ。そこで尋ねてみた。

「あのー、どちら様ですか。」

女性は答えた。

「わたしは、患者の弁護士です。」

(注)賢明な皆様には言うまでもありませんが、医療過誤を是認する空想ではありません。

かえって病状が悪化しそうなので、危険度が高く、かつ可能性が高いもの上位5件だけかいつまんで教えてもらえればいいです(^^)

何だかアメリカの電化製品の説明書みたいなもんですね。5時間説明する方も大変とは思いますが、小難しい医学の話を5時間聞かされる方も大変そうです。

私は、どちらかといえば、信頼できるドクターにお任せしたいタイプなので、よほどの酷いミスでもない限り、自分の信頼したドクターを責めるつもりはありません。全力で頑張っていただいて、それでも起こったら・・・天命だったとあきらめるでしょうね。

>信頼できるドクターにお任せしたいタイプ

じじいさまのような方だったら、担当医のモチベーションも上がると思います。きっと。

>>信頼できるドクターにお任せしたいタイプ

>じじいさまのような方だったら、担当医のモチベーションも上がると思います。きっと。

ありがとうございます。転居してから私は病院には行っておりませんので、現在かかりつけ医はおりませんが、或る内科医様のようなドクターに出会えるようがんばります。

P R

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