エントリ

 今日、同窓会に出席して、ある地方の県会議員をしている友人と話をしたのですが、医師特に産婦人科の医師不足が深刻であるとのことでした。

 そして、その原因の一つとして訴訟問題があると言っておりました。

 本腰を入れて対策を考えなくてはいけないように思います。

追記(8/6)

 さっそく多数のご意見をいただきありがとうございます。

 友人の県会議員が最初に念頭においていたのは民事訴訟でした。
 民事訴訟においては、弁護士は当事者つまり患者側の依頼がなければ訴訟を提起しません、というか依頼なしに提訴できません。

 また刑事訴訟におきましても、患者・遺族側から処罰意思が表示されない限り(告訴など)、捜査は開始されないのが原則だと思います。

 そして裁判所は、訴えがなされた以上、白黒をつけねばなりません。

 司法手続は、基本的には、最も利害関係のある当事者の意思に基づいて起動するということができます。

 つまり、訴訟が頻発するようになった現状の背景には、当事者である患者側と医師または医療側との関係の変化があるように思います。

 医学の進歩によって患者側の医学に対する信頼は高まってきたと思いますが、病気は治るもの、出産の危険性はなくなったなどという過剰な信頼も一般化してきたのではないでしょうか。

 医学に対する過剰な信頼は、思わしくない結果が生じたときに医師に対する不信・非難に容易に転化するように思われます。

 過剰な信頼の発生を放置したという意味では、現在の状況が生じた原因として医学界全体の責任も無視できないと思います。

 そして目の前の事件に視野が限定されがちな警察・検察や司法界に現状変革の役割を期待することは困難です。

 行政の強力な施策が必要だと思います。


 余談ですが、神社などの御利益として「安産」ということが標榜される場合が多いですが、これは出産というものは人知の及ばぬ危険性を孕んでいるという認識が基礎にあるからだろうと思います。

  ところが今や出産は医師が支配していると考えられている。
  医師に人知の及ばぬ神の役割を求められている。
  神である以上、失敗やミスは考えられない。
  「考えられない」ということは「許されない」と同義である。
  と妊婦側は考えている。

と考えるのは考えすぎでしょうか?

追記(8/8)
 また分娩時の医療事故?の報道です。

 分娩で頭蓋骨骨折、新生児死亡=愛育病院、医療ミスか−警視庁(ヤフーニュース (時事通信) - 8月8日14時0分更新)

 調べでは、6日午後5時すぎ、病院内で港区の女性(38)が女児の出産を開始。同9時ごろ、出産が長時間になり、母子に負担が掛かると判断した男性医師(31)が、鉗子(かんし)を使い新生児を挟んで取り出す方法を選択したが、約30分後に頭蓋骨が骨折した状態で生まれ、7日午前9時20分に死亡が確認された。
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2006年6月2日 公開質問状参考送付の件 拝啓 時下ご清祥のことと存じ上げます 続きを読む

いなか小児科医 - 情報の不足2 (2006年8月16日 13:51)

2006年8月8日 晴れ台風が3つ近づいている様です。そのうち一つが上陸しそうで 続きを読む

コメント(177)

いやー、もうおそいね。
point to return は通り過ぎたからね。
いまから、対策を立てても、もう効果が無いと思うな。
検事、裁判官、弁護士が、産婦人科の医療崩壊を引き起こしたと思うから、仕方が無いと思うけど。
片岡康夫だっけ、ありゃひどいな。医者仲間の間では、日本崩壊の立役者として、片岡賞というのが作られるくらいだからね。彼のおかげで、間違いなく少子化が進むからね。諸外国では、刑事罰で逮捕されるなんて無いからね。
数年後には、妊産婦死亡率が5倍以上になってるよ。
あまりにも、人体の不確実性を考慮しない判決ばっかりだからね。

今から出来ることとすれば、産婦人科医には民事・検事とも訴追免除なのだが、もう産婦人科(特に産科)になりたい医者がいないからだめだろうね。
あなたの、息子娘、孫が、出産時に、産婦人科医にたち合わせてもらえない可能性がこれから増え、ちょっとしたことで、母子とも死ぬようになるんだろうな。
医療崩壊とはそんなもんですよ。
自業自得と考えるといいと思いますよ。

残念ながらもう回復不能です。
研修医の指導をしていますが、同級生の動向を含め
希望の科を聞いてみると、まず産婦人科希望はあり
えないとのことです。
医学部は全国80程度のうち、8箇所のサンプルだけです
がこういう状態です。

現在産婦人科を選んでいる研修医もおそらく2-3年のうちに
転科しますので、8-10年後には首都圏、政令指定都市
各県県庁所在地でしか出産できません。
(自己責任ですが別に道やトイレで産んでもいいんですけど)

ロースクール出身の弁護士さんには悪いですがもう訴える
産科医師がいなくなりますので、今のうちに転職をおすすめ
します。ロースクールをでられるくらい優秀ならどこの職場で
もやっていけるでしょう。

「片岡康夫」でググって、
色々と拝見しました。
医療現場のみならず、
様々な現場で同じような事態が起きていると思います。

命はかかっていませんが、私の業界でも同じような事態、
すなわち「善意を持ち、懸命に奉仕する者」が、
不遇に陥ってしまうという事態が進行しています。

例えば「シンドラーエレベーター」の事件も、
アンチとして「善意を持ち、懸命に奉仕する者」が不遇に会う、
ということではなかったかと思います。
だから現場は「言われたとおりのこと」しかしなかった。

そういう風潮になってしまったのは、
特に、教育の現場、警察の現場で発生する問題を
「人権」のコトバの元に単純化して報道してきた、
マスコミの責任が非常に、
ことさらに、
とっても、重大だと考えています。

社会的責任が大きい(ってどの仕事もそうですが)
仕事の報道に関しては、
マスコミも大きく社会的責任を負うということを、
マスコミが理解していない。
逆説的に言うと責任の大きさを理解しているがゆえに、
大きな責任が発生しないようにしている。
だから無難な報道になり、
一番無難なのは「**さんがこう言ってましたぁ」
程度に押さえておく。
要するに責任回避。
でもって結果として、マスコミの現場ですら、
「善意を持ち、懸命に奉仕する者」
が不遇になる。

「責任を持つ」ということが、
楽しくてやりがいのあることだということを
我々が自覚するべき時、
つまり「大人になる」ということは楽しいことなのだ、
ということを、
責任を持って発していくべき時に来ているのではないかと
考えています。

なんかエントリとずれてしまったようですが。

今回もお二方から素早い反応がありましたけど、
医師の方って、法律業界にとても強い敵愾心を
お持ちの方が多いみたいですね。

専門家でもない連中にとやかく言われて堪るか、
という気持ちがあるのでしょうけど、医療以外に
専門的知識、技能を必要とする職業はたくさん
あるわけで、そうした職種からもヒステリックな、
あるいは、法律による責任の埒外に置くべきだ
とする要望はあるのでしょうか。


例えば、〃築士業界は「欠陥建築」かどうか
裁判で決めるのはナンセンスだ、責任を問うと
建築士のなり手がいなくなるから民事も刑事も
免責されるべきだ、と主張しているのか
会計士や税理士の団体は、税務会計の事を
裁判で云々されるのはおかしいから、治外法権
的な行動が許されるべきだ、と主張するのか
E監傘薪昌料塙腓蓮∋故の責任を問われると
運転手のなり手がいなくなるから、無答責とする
べきだ、運転手を起訴するような検察官は自分の
足でどこへでも歩け、と主張しているのか


法律家に対するアレルギー的反応を見るにつけ、
「お医者様というのはエライのだなあ」とつくづく
感じます。「俺達の責任を云々すると、結局困る
のはアンタらだよ?」というのは、たしかにその
通りなのですが、しかし、お客様に対して「別に
道やトイレで産んでもいいんですけど」とは一寸
いえませんよね、お医者様ほど偉くないフツウの
人々は。

それだけ偉いのだから、フツウの人とは違って、
法律上の責任を問われないという特権を受けて
しかるべきだ、という発想になるわけですかね。


私が医師国家試験を受けた時代、試験の必須科目は、内科、外科、産婦人科、小児科、公衆衛生でした。我が国の医療において、それほど産婦人科・小児科が重要視されていると考えられます。

しかるに、産婦人科の医師は減少の一途をたどり、

http://news.goo.ne.jp/news/nishinippon/shakai/20060423/20060422_evn_006-nnp.html

産婦人科医が足らないと、病院勤務医を例にとれば、既存の産婦人科医は、出産にそなえての夜勤当直が増える、つまり過剰な労働を強いられる。医学部卒業生は、そういったこと(過剰な労働、訴訟をおこされやすい)に敏感ですから、強い使命感があるならともかく、あえて産婦人科を選ぼうとしないことは容易に想像できます。そしてさらに産婦人科医が不足するという、あたかもデフレスパイラルの如きの状態になっております。
また産婦人科医が不足すると、女性は出産に不安を感じますので、少子化に拍車をかける。少子化になると、産婦人科医を志す卒業生が少なくなるという、これまたデフレスパイラスの様相を呈してきます。

私は小児科医も不足してくるのではないかと思っています。

http://www4.ocn.ne.jp/~harasho/explain/suicide.htm

産婦人科、小児科にかぎらず、医者という職業は常に「結果」を求められるところがあり、なかなか辛いと思うことしきりです。

「FFF」さんのコメントに敢えてちゃちゃを入れますが、
私には「れい」「Hekichin Kahekichin」
さんのコメントから、
絶望的な現場からの、担当者の吐露を感じました。

ですので「FFF」さんの反応は理解はできますが、
むしろ「れい」「Hekichin Kahekichin」さんには、
がんばってください、というエールを送ります。
「それでも私はがんばったんだ」と胸をはれるように。

お天道様はきっと見てます。
p(^_^)q

連続投稿でお騒がせします。

自分で責任論を言っておきながら言うのもなんですが、
バランスの問題でもあるんですよね。

医師が患者の全てをしょいこむ、
その責任のもとに、
という「責任」は逆に取れない「責任」も持ってしまう
という弊害もあると思います。
取れない責任もあるでしょう。
取れる責任と取れない責任を
なるべく明確にしていく必要があるかと。
医療の場は情報が複雑ですから、
その点での情報開示が必要でもあります。

素人案ですが、
カルテを担当医師が書くのではなく、
事務方が書くようにし、
治療の現場には特別の場合を除いて
医師以外の監視役を置いたらと思っています。
監視役ですが、結果として監視というより
医師への精神的な補助に繋がるはずです。
役人増やすより、医療従事者を増やせと。

カルテを事務方が書くようになると、
医療の現場にある学閥主義も少しは緩和するのでは?

残念ながら産科医療の崩壊はさけられないでしょう。
現在では産科医自身を守る方法は産科からの撤退しかないからです。
結果として分娩は産科医師のいないところでということになります。

警察・司法・マスコミを含めた一般国民に
正常に経過していた産婦が突然救命不可能な病気になることがある
という認識がないことには訴訟は避けがたいですから。
医学的に助けようがない産科疾患で母体死亡が起こったら少なくとも民事訴訟、ひどいときには逮捕・起訴までされれば産科医でなくとも逃げ出すのが普通でしょう。

産婦人科学会等の関係団体が分娩の危険性を国民に周知させなかった責任も大きいですね。

ちがうんですよ。

FFFさんへ。
本質的な理解がないのでは。

欠陥住宅は悪意があれば責任を問われるべきでしょう?
当たり前じゃないですか。
逆に、善意で良質なものが作られていても、災害で家がつぶれた場合に、
作った人の責任が問われますか?

会計士、税理士も社会的良識に照らして判断されるべきです。
これも当たり前。

要は、医療に関して良識外の司法判断が下るから問題といっているのです。
最善をつくしても救えない命がある、これに責任をとれというのがおかしいのです。
もちろん悪意のある医療は責任を問うべきなのは言うまでもありません。

米国では航空機事故パイロットも事故再発防止のために刑事罰を科せられない制度です。日本は海難事故は海事審判で審議されます。
医療事故は誰にでもわかるミスと同じ専門家が見てもミスとみるかどうかわからないものがたくさんあります。ある有名な監督の胃癌の手術を腹腔鏡で7時間もかけてやったというのも医療ミスと見る外科専門医もあります。そのような長い臨床経験のある専門家でも判断が分かれる難しい問題に、学生の医師国家試験のあんちょく本に書いていることを根拠に逮捕、起訴するという馬鹿なことをした福島県の警察、検事。それがネットで全国の産科医に知らされ震え上がらせたことが、今年の全国の産科医が逃げ出し始めた最大の原因。第一線の私たち産科医はそう思っています。検察庁は本気で医療をいじくる責任と覚悟があるのだろうか?火遊びはやめてほしい。それで本当に困るのは庶民です。紀子様の前置胎盤の帝王切開の体制に注目してください。お金のある人や地位の高いひと、医者にコネのあるひとは少しも困らないし、金儲け主義の医者はますますチャンスがふえて喜ぶだけです。もういい加減にマスコミも国民も気がついてほしいです。

産科医師だけでなく、小児科医師も不足を言われていますね。
訴訟問題の影響も少なからずあると思いますが、私はエリート層の使命感が希薄になっていることが根本原因ではないかと思います。
そのエリートの使命感と対になるのが名誉というものに対する人々の価値観です。

エリートは金銭面でそれほど報いられなくても、とても困難な仕事であっても、自分にしかできないことを精一杯やる。そして周りはそれに金銭面や特権で報いることはできなくても尊敬し尊重するというような考え方が薄れてしまったのが原因だと思っています。

数十年前には世界でもっとも貧富の差の少ない社会としての日本がありました。
その理由は大会社の社長でも世界的にもずっと少ない報酬で頑張ってきたことがあるんだと思います。
頑張ってこられたのは社会に対する使命感とそれに対する尊敬が支えてきたと思います。
医師も夜中にたたき起こされるのは今も昔もイヤでしょうが、医師としての誇りがそれでも当然と思って頑張ってこられたのだと思います。
報酬の分だけ働けば十分という考えはエリート層には無かったんだと思います。

私はエリート教育を潰してしまったことがすべての問題であるように思いますね。
社会の側も尊敬の念を持っていれば、何が何でも訴訟というのはもっと少なかったように思います。

現在の司法システムでは、裁判所の判断が社会的良識なんだという建前です。
民事と刑事は明確に分けるべきですが、裁判官の判断基準はどちらも最終的には社会通念、なんだこりゃさんの言うところの社会的良識でしょう。
弁護士の業界でも、「弁護士の世界ではこれこれこういう事情でこれが常識だ。」と言っても、「なるほど分かりました。でも社会通念から考えれば違います。」とされてしまうこともあります。

最善を尽くしても命を救えなかったのなら、その医師は責任を問われるべきではありません。
さらに、私個人は、例えば手術中の緊急事態という極限状態の中では少しぐらいのミスは仕方ないと思います。
ただ、刑事で言えば、警察や検察は「社会通念からみて最善を尽くさなかったので死亡した。」と考えるから、逮捕・起訴するのでしょう。

あと、警察は犯罪があると思えば、自分たちの判断で逮捕(身柄拘束)します。
私も、「こんなんで身柄を取っちゃうの?」という事件に遭遇することはあります。

しかしながら、刑事司法も所詮は人によって運営されている以上無謬ではなく、最近でも、友人から犯人にでっち上げられた塗装工のひき逃げ事件が記憶に新しいですし、誤認逮捕が理由で会社を解雇されたサラリーマンもおれば、いまなお冤罪事件として死刑判決を争っている事件もあります。
福島の医師の事件も、今後の審理が気になります。

民事の方に目を向ければ、弁護士はこれから国の方針で爆発的に増えていきます。
請求額が大きく(=弁護士報酬も多い)、保険があるため確実な支払いも期待できる医療過誤事件(産婦人科に限りません)は、弁護士とっても大きな市場になると思われます。
私は、やるつもりはありませんが。
あ、ちなみに弁護過誤事件も増えているようです。

産科崩壊は時間の問題ですね。人数の減少も

一昔前と違って昨今じゃネットで簡単に情報が入るからね。
世間知らずだった医者業界も最近の若い連中は世の中のことよく見てるよ。
世間一般ではとか他業種ではだとか昔じゃ考えられない視点だね。

まともな頭を持ってる人間なら「こんな仕事やってらんない」と感じる方が当然。
それだけこの業界の人間も人並みな常識が身に付いてきたってだけことでしょ。

使命感だの誇りだの他人に押しつけたい向きはご自分で医者やればいいんでは?
厚労省ですら医者不足を認める時代どこでも喜んで雇ってくれるよ。

産科崩壊は時間の問題ですね。現在も産科医は少ないですが、産科医の40%が50歳後半から60歳以上で占められているのです。彼らは、これから10年程度で臨床現場から離れますが、それをおぎなう若手がいません。確かに、若手もゼロではありませんが、分娩を扱わない産科医(不妊治療など)や婦人科系を希望しているようです。また、若手は女性医師の割合が非常に高いです。半分以上は女性です。別に女性を悪く言うつもりはありませんが、一日おきの当直(夜はほとんど眠れませんから、当直と言う言葉は適切ではありませんが)を、男性医師と同様にやりつづけることは、無理と思います。

私は、「だれが悪い」「訴訟のせい」と犯人探しをするつもりはありません。まずは、崩壊まで秒読みに入った現状を認識していただきたい。「あの時こうしていれば」とか、「おまえのせいでこうなったんだ」などという議論は、救難のあてのない沈みゆく船の上ですべきことではないでしょう。無駄です。

すみません。一つ書き損ねました。

私は裁判を否定的には見ていません。国民のだれもが利用できる公共施設として、活用すべきだともいます。産科に限った話ではありませんが、医療の場で、患者と医療者の意見が食い違うのはよくあることです。不毛な論争を避けるために、両者のいずれにも属さない人や機関にそれぞれの言い分を伝えて裁定してもらうのは、良いことです。

訴訟や裁判にたいして、いろんな考え方があるとは思いますが、もっともっと積極的に利用してもよいのではないでしょうか。心理的な抵抗感は、数をこなせば減ってくると思います。今後は、病院も患者を訴るじだいが来ると良いですね。未収金に悩んでいる病院が多いと、先日の新聞報道にありましたが、まずは、この問題の解決に裁判所を活用してはいかがでしょうか。

医療側から患者を訴える入り口としては、入りやすいと思います。

 モトケンです。
 多数のご意見、ありがとうございます。

 エントリ本文に追記しました。

>使命感だの誇りだの他人に押しつけたい向きはご自分で医者やればいいんでは?

こういうコメントがすぐに出てくることが私のコメントで憂いていることなのです。
今はこういうのが当然になっていますから、他の方も仰るように手遅れなのかも知れません。

 医者だって医療マシーンではありません。いったん医療の世界を離れれば養うべき愛する家族がいます。
 民事訴訟なら掛け捨て保険制度があって、大半の医師はそれに入っていると聞きますが、刑事には保険など利きません。

 いったん起訴されて有罪・懲役刑となれば医師の仕事は当分失い、家族もろとも路頭に迷います。そんな危険の大きいところを選ばないのは、一個の人間として当然。「使命感」で選択するのは医者の鑑でも親として失格です。
 医師に向かって精神論を語るなど、この手の問題点の解決には百害あって一利もなしでしょう。

 この話を見て、重大事件の国選弁護を嫌がる弁護士の話をちょっと思い出しました。

刑法の特別法を立法して産科医療での刑事責任を軽減する必要があるでしょうか。併せて、産科医療への医療費投入を手厚くして経済的なメリットを増やすと。

医療の中の市場原理を徹底すれば、産科医が消えるのはある意味当たり前です。それでは公共の利益が保てないので、権力が市場に介入して産科医を増やす政策を取るのが合理的です。

〇過誤があった場合に法的責任を問われること自体はやむを得ないが、
 その判断の過程、内容がおかしいという立場の方(なんだこりゃさん)

→ 結局、医学的問題に関する法律家の意見、判断は信用できないと
 いうことになるのでしょうか。だとすれば、裁判をすること自体が不当と
 いう考えに辿り着くのでしょうか。あるいは、現行の裁判制度を前提に、
 適切な判断が行われるよう何らかの改善をすべきということになるので
 しょうか。現在でも、専門家の意見を聞く鑑定等が行われていますが、
 それ以外にどのような方法が適切ですか?

〇医療行為に刑事責任を問うこと自体が問題であるという立場の方
 (風の精霊さん?)

→ 故意や過失によって他人を死傷させた場合、刑事責任を負うことは
 他の職種であれば当然のこととされています。
  例えば、タクシーの運転手や運送業者のドライバー等、長時間車を
 運転する職種の方は、常に交通事故を起こして刑事責任を問われる
 危険性を抱えながら仕事をしているともいえますが、「いったん起訴さ
 れて有罪・懲役刑となれば仕事は当分失い、家族もろとも路頭に迷う」
 から成り手がいなくなるとか、だからドライバーについては刑事責任を
 免除しようという議論は出てこないように思います。
  もちろん、医療事故に関する過失の判断は交通事故より難しいとの
 意見はあるのでしょうが、交通事故であれ過失の有無が極めて微妙な
 ケースはあるでしょうし、医療事故で過失のあることが明白なケースも
 あるはずで、結局は程度問題ということになるのではないかと思います。
  ですので、医師についてのみ刑事免責という特権を付与する理由が
 よく分からない、というのが率直な印象なのですが・・・・。


補足

「れい」さん、「Hekichin Kahekichin」さんのように、医師の法的責任を問うこと自体に強い拒否的反応を示す方は、医療業界ではむしろ多数派だろうと想像しています。

しかし、密室内で専門性のある行為をしていることをいいことに、医療の手抜きをし、
あるいは無用な治療をし、責任を問われそうになるやカルテを改ざんし、民事の法廷
でも虚偽の証言をする、あるいは看護師に偽証させるという医師が一定数いることも
事実でしょう。医療過誤の被害者は泣き寝入りしてきた時代が長く続きました。

そして、医師自らが、医療過誤やカルテの改ざん等に自律的に対応してきたかと
いうと、そのような事例を寡聞にして知りません。医師会が患者の訴えに耳を傾け、
医療過誤やカルテ改ざんのあったことを認定して当該医師にペナルティを科したり、
同種事例が再発しないよう何らかの防止策を講じたりということはあるのでしょうか。

日本の社会全体に対して大きな影響力を有する医療業界の堕落が社会問題化し、
かつ、その業界に自浄作用がない。しかも、その業界の幹部や構成員は、法律家や捜査関係者が自分達の仕事を評価すること自体に対して強い拒否反応を示す。
挙げ句の果てには、「俺達の責任を問うなら困るのはアンタらだよ?」と開き直る。
今回の、「別に道やトイレで産んでもいいんですけど」というのも同義でしょう。

検察や警察が刑事事件として立件し、捜査を行った背景には、こうした高慢な態度に
カチンと来た、というところも案外あるのではないですかね。

それとも医師の方は、自分が依頼した専門家(弁護士であれ税理士であれ理髪師であれ調理師であれ・・・・)がミスをして、あるいは自分を実験材料にされて被害を受けた
場合、「専門家の責任を判断ことは法律家には無理だし、萎縮効果もあるから、一切
責任追及はしないことにしよう」と考えるのでしょうか? そうでないなら、要するに、
自分達だけには免責特権を与えろ、ということなのでしょうか?

別に免除しようなどといったつもりはありません。

刑事責任を問われるからいや、という医師の考え方があるとすれば、それは当然であって医師の職業倫理を持ち出して非難することはできないという視点から、医師の弁護をしているだけです。
医療離れを我慢してでも処罰するか、過誤の処罰を見逃してでも産婦人科に人を引き止めるかは人それぞれでしょう。


ちなみに、公務員個人については国家賠償法上、公務における軽過失損害の民事責任は免責され、被害者には公務員個人でなく国が金を払います。公務員の公共性のある職務を萎縮することなくやってもらうためです。

医師のような公共性の高い職務を保護するために同様の考え方で臨むのは別段おかしな話ではないかと。

もう一つ。
医療関係者であっても、意図的に危険医療を行った場合などについて医師を免責しろなどという方はいないでしょう。
医師自体の過労や、病院全体のシステム不備などから来るわずかなミスが不運にして重大な結果につながってしまった場合をどうするのかというのがここでの問題です。

>使命感だの誇りだの他人に押しつけたい向きはご自分で医者やればいいんでは?
そこまではいいませんが最近の流れとして他人が奉仕的な行動をおこなうことを当然視したり強要したりする輩が非常に多いように感じます。
たとえば厚生労働省が開業に際して僻地勤務を義務化しようとしたのがそれに当たると思います。
正直そのような態度をとられるとモチベーションが低下するのは否めないと思います。
それが進んでくると「別に道やトイレで産んでもいいんですけど」といった発言が出てくると思います。

また、「FFF」さんはトラックの運転手さんたちと比較をしていますが、あなたはすべての医療事故が不注意などの誤りからおきるものと勘違いされておられないでしょうか。
あなたが例に出されているタクシーやトラックの運転手の仕事内容は人身事故を起こすことを前提とはしていません。
一方医療行為の前提条件として極端な話が1人が合併症でなくなったとしても99人が助かればよい(つまり全体として利益があればよい)といった考え方で行われます。
ほんのわずかな合併症もおこしてはいけない、というならすべての医療行為は犯罪を前提として行われていることになります。
それはとても無理な話だと思います。

いまの日本医療の現状について医療者側がどのように考えているのかについては「医療崩壊」(小松秀樹著、朝日新聞社刊)が非常にまとまっているように思います。
もし興味があるようならご一読いただきたいと思います。

私自身は現状をなんとかしたいと思うのならば、公的な介入はもちろんですが、先進国最低レベルの医療費を高いと考えさらに医療費削減を目指すといった国民の意識を全面的に変えようとすることが必要であると感じています。

国家賠償の話をされていますが、公立病院の医師は公務員ですよ。
民間病院も病院の経営主体が使用者責任を負い、病院がお金を払います。
ちなみに、国家賠償では、公務員に賠償資力はないということが大きいでしょう。

刑事責任は、また別個の話です。
医者だろうが、公務員だろうが、過失があって人が死傷したら、刑事罰を受けるでしょう。

医師の過労を言うのなら、物流という公益性の高い分野を支えているトラック運転手も疲れています。

ばんたさんの挙げる事例は不適切です。医療過誤を認定した裁判所は、
「ほんのわずかな合併症もおこしてはいけない」などと判断したものでは
ないはずです。通常の注意を払えば防止できた結果を防止しなかった
場合に「過失」が認められるのであり、無過失責任(結果責任)を認めた
裁判例はない(そもそもそのような法体系になっていない)と思いますが。

「すべての医療事故が不注意などの誤りからおきる」わけではありません。
問題は、「不注意などの誤りから起きる医療事故」について法的責任を
問うべきかどうか、その方法はどのようなものであるべきか、という点です。

医療側の方々は、この問題を(故意に?)混同しておられるように思います。
具体的に責任が問われる段階になると、「死んだら全部病院側の責任だと
言うのか!」とか、「そんなことでは医療なんてできない!」と反論するのは、
ちょっと議論を単純化しすぎなのでは・・・・。

医療裁判について、私は刑事事件は、慎重にすべきであろうと思っています。例えば、東京女子医大事件です。

2001年3月、心臓手術を受けた平柳明香(あきか)さん(当時12歳)が、人工心肺装置の操作ミスで死亡。手術チームは事故を隠し、カルテなどの手術記録を改ざんした。この事件で医師2人が逮捕・起訴され、同病院は、診療報酬上の優遇措置が得られる特定機能病院の認定を取り消された。(2005年1月31日 読売新聞)

2004年3月22日に一人は有罪判決。その後、上訴をしているのか知らないのですが。他の一人は2005年11月30日に無罪判決。その無罪判決となった人のブログが以下です。

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/

このブログを読んでいて、分かりにくい点も多々あるのですが、医療のことを警察や検察がどこまで分かっているのと考えてしまいます。医療とは単に一人の医師のみが関わるわけではないし、逮捕は相当の確信をもってすべきであると思います。

一方で、民事は人としての権利であり、民事訴訟を押さえてはならない。医療側、医師側も有能な弁護士の支援を受ければ良いと考えます。

FFFさん。あなたの仰ることは理解できますが、集団の中に一定の割合で問題のある人間が含まれるのはいかなる時代、場所でも当然のことで、そんな輩を免責しろなどと言う者はおりません。

現在の医療において断言できることはたった一つ「人間は必ず死ぬ」、これだけです。しかし手を尽くせば眼前の死を回避することが出来るかもしれない、あるいは新しい命を無事に誕生させることができるかもしれないと思うからこそ我々医師は奴隷同然の状況で働いてきました。我々は自分たちが如何に非力であるかを日々思い知らされていますが、患者さんや家族、遺族の方々からの労いの言葉によって癒され、明日も頑張ろうと思うことが出来ていたのです。患者さんや家族、遺族の方々も医療の限界を弁えておられました。ところが今や「治って当たり前、治らなければ医療ミス」と言う馬鹿げた思い込みが患者、マスコミ、司法、警察に蔓延しており、更に「患者主体の医療」「患者の自己決定権」が曲解された挙げ句に、医療はサービス業と位置づけられています。そうなれば我々医師もサービス業者として振る舞うしかないではありませんか。訴訟の多い科を避け、当直の時には問題のありそうな症例を断り、成功率の低い手術は行わない。有名人や金持ちには一所懸命最新の治療を行い、一般人には効果も小さいが危険性も小さい当たり障りない治療を行う・・・

当方は既に臨床を離れた身ですが、書いていると虚しくなってきます。産科、小児科、救急の崩壊は既に確定し、現在は外科、内科もゆっくりと、しかし確実に崩壊に向かっています。医療は本来不完全なものであり、医師が患者を助けるのではなく、現在では医師こそが患者の助けを必要としているのだと言うことだけは理解して頂きたいと思います。

医療現場への司法の介入は、今後もどんどん増えてくると思います。なにが(どこまでが)刑事罰の対象なのかは、現場の人間の感覚と現場を知らない法律家の間には、非常に大きな開きがあります。

ここでどんなに現場の話をしても、わかってもらえません。私はあきらめています。もう、どうしようもないですから、とりあえず、どんどん逮捕したらいかがでしょうか。その結果、医療が改善するか否か、検証してみてください。私はさらに悪化すると思いますが、もしかしたら良くなるかもしれません。

「周産期医療の崩壊をくい止める会」
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage

の中の、「7月21日弁護団プレスリリース」が秀逸です。

無記名さんへ
>医師の過労を言うのなら、物流という公益性の高い分野を支えているトラック運転手も疲れています。
べつに単純に休みたいだけで過労が問題だ、といっているわけではありません。
過労が医療事故の大きな誘引であることはわかっているから医療事故が多いと問題視するなら何とかしてくれといっているだけです。
たとえば以前にもっとも権威ある医学雑誌であるNew England Journal of Medicine誌に24時間勤務を行った後の交通事故の発生率は飲酒運転のそれに匹敵する、といった内容の論文を見た覚えがあります。それだけ注意力が低下するわけです。
(そもそもトラックの運転手の超過勤務で労働基準局が動くことはありますが医師のそれはまったくといっていいほど問題にはされていません)
あと、公立病院や国立病院の話をされているようですが、公立病院や国立病院に勤めていても個人的に賠償責任を問われることはありえます。
(実際公立病院の医師の多くは医賠責保険に私費で加入しています)

FFFさんへ
問題はあなた方が言う「通常の注意」とわれわれが認識する「通常の注意」が大きく隔たっていることであると思います。あなたがたや裁判官や検察、警察がなんと言おうが
「何をどうしようが無理なことは無理なんだ」としかいえません。
別に個人的な感情でなく、現場の大多数が同じような意見であることは理解していただきたいと思います。

FFFさんへ
ドライバーや建築士等の他の専門家と同視されていますが、医療行為は質的に異なると思います。
自動車の運転は危険な行為ですが、(被害者も含めて)過失がなければ人が死傷することは殆どないはずです。しかし、医療行為は、手術はそれ自体、身体に侵襲を与えるものであるし、薬も毒物です。また、もともと放置すれば、傷害が増悪したり、死亡する人が対象なのですから、不作為も死傷を招きます。すなわち、過失が無くとも、死傷する場合が多いことが、他の専門家の行為と決定的に異なるところです。
そうであれば、死傷の結果が生じれば過失が推定される自動車の運転等とは異なる取扱をすべきなのではありませんか。それは、同じに扱い始めたところに現在の混乱があると思います。


>IK さん

 揚げ足取りではないのですが

>自動車の運転は危険な行為ですが、(被害者も含めて)過失がなければ人が死傷することは殆どないはずです。

 この過失を法律上の過失と理解する限り、過失のない人身事故はざらにあります。
 死亡事故でも、過失の立証困難ということで嫌疑不十分として不起訴にしている事故はいくらでもあります。

 しかし、車の運転の場合は常に安全運転が求められ、敢えて危険を冒す運転は原則として許されません。

 しかし、医療行為の場合は、敢えて危険を冒さなければならない場面が日常的にあるということはわかります。
 医療行為の特殊性のご指摘はそのとおりだと思います。

 刑法理論の面でいいますと、過失の問題として考えるよりは、違法性阻却事由(正当業務行為)の問題として考えたほうがよいと思いますが、刑事司法の問題としてよりは行政の問題として考える必要性を感じています。
 つまり、個々の事件の判断基準の検討だけでなく、制度論を考える必要があるのではないかということです。

友人に医師が多いこと、親戚が病院を営んでいること、また某社の法務担当をしていた頃に医療裁判にも多々関わったことがあること(被告側ばかりですが)などから医師の現状は少なからず理解しているつもりです。

ただ、いくら本音とはいえ、
>自己責任ですが別に道やトイレで産んでもいいんですけど
>使命感だの誇りだの他人に押しつけたい向きはご自分で医者やればいいんでは?

てな言葉は医師の方々から聞きたくはなかったですが。

医師の皆さんも、弁護士に、「どうせ、あんたの犯した犯罪でしょ。死刑になろうが、無期になろうが私にゃ関係ねえじゃん。弁護士の使命感とか誇りとかに期待しないでよ。文句があるなら、自分で準備書面書けば?」って言われたら、

また、火事で子どもが家の中に取り残されたとき、レスキューの方々に、「まだ燃えてるし、今入ると我々も危ない。火がある程度消えてからちゃんと行きますよ。私には、妻も子どももいるので、まだ死ねませんから。使命感?誇り?そりゃ自分の命には代えられんでしょう。今助けに行きたければ自分で行ってくださいよ。」っていわれちゃったらどうでしょうか。

医師の仕事も大変ですが、FFF様も別にそれを否定されているのではなく、医師の方々だけじゃないですよ、大変なのは、ということがおっしゃりたかったのではないでしょうか。長距離ドライバーの仕事も、列車の運転手の仕事も皆それぞれ大変だと思いますよ。医師の皆さんにとっては、大したことないよと思われるかもしれませんが、ならそれこそ自分でやってみれば?といわれても仕方ないでしょう。

私は、

・もっと医師を増やすこと。医師が余れば、医師を続けていくためには、過剰な外科や内科に行くよりも、空き家の産科や小児科、救急にもいくでしょう。このご時世に医師を辞めても仕事はないでしょうし。

・薬価ではなく、技術料をもっと上げること。医療費が上がるかもしれませんが、それは保険料と患者負担を増やせばよいこと。とりわけ産科や小児科などの技術料を大幅に上げれば、割り損感は少なくなるのでは。他人に責任を求めるときは、自らもコストを負うべきです。

・「貧乏人は医者に行くなということか」と言われるかもしれませんが、必要なもので金が足らないときは、行政や保険が補うべきであり、医師にかかる必要がないものは、貧乏であれ金持ちであれ診療を受ける必要はありません。金持ちがそれでも医者に行きたければ大金を払っていけばよし。

・小児科も、今は、親が無知なため、単に心配というだけや昼間は仕事で病院に連れて行けないからなどという理由で、どうでもよさそうなことまで救急にかかるので、その前に相談機能を強化し、まず病院ではなく、先に相談しその上で病院に行ったほうがよいときは病院に連れて行く位のほうがよいかも知れません。また、お産も助産師制度をもっと充実させ、困難な分娩でなければ自宅で生むようにしてもよいのでは。それでも、病院で生みたいというリクエストを持つ人には、それ相応のお金を取ればよいだけで。

・医療過誤について訴訟を望む患者・遺族は、法曹家や医師などで作る第三者機関に一旦上訴えを出し、そこで、刑事裁判まですべきもの、過誤は認められるが賠償だけでよいもの、過誤の疑いはあるが微妙なので裁判で決着つけるべきもの、医療過誤とは言いがたいものにトリアージしてから、必要な措置をするくらいにすべきかと。当然それで要賠償となった場合は保険も出す。警察にそんな判断はできないでしょうし、遺族にしても即裁判よりも負担は少ないかも。

なんてことを素人ながらに思います。

いずれにしても、「人はよい病院にいけば死なない」という幻想を抱くのではなく、「人はいずれ病気で死ぬのだ」という最も基本的な認識を国民全部が共有したうえで、自由主義社会では「よい医療」を手に入れるためには、それに見合った「コスト」を支払わなければならないという、ごく当たり前のことを皆が認識する必要がありますね。

 どの職業でも厳しい部分があるのは当然ですし我慢できないと思うなら受容できるレベルの仕事に転職すればいいだけのこと。仕事のきつさと得られる利益の間でトータルとして見ればいずれ何らかのバランスが成立するものです。
 きついだけで得るものが少なく人手が減る一方ならいずれその職業自体が成り立たなくなるだろうし、社会的に無くなっては困ると言うなら何らかのボーナスをつけて人を集めればいいだけのこと。そうした面では別に医者という職業だけが特殊な例外という訳ではありません。
 要するに法で強制すればいいとか医師としての使命感はどうしたとか言う前にやることがあるのでは?というだけの話ですよ。あなたたちにとって医者が無くなって困るものなのであれば、ですが。

>夏 さん

>あなたたちにとって医者が無くなって困るものなのであれば、ですが。

 国民の大多数は少なくとも必要十分な医療サービスを受けたいと考えていると思います。
 私もそうです。
 あなたはどうか知りませんが。

 人間は自然のままに生き、そして死ぬべきである、という考えもあると思いますし、そういう考えに立てば医師は存在すべきでない職業になると思いますが、このエントリはそういう前提で書いたものではありません。

ばんたさん、

>そこまではいいませんが最近の流れとして他人が奉仕的な行動をおこなうことを当然視したり強要したりする輩が非常に多いように感じます。

これって私の書いた文がその例ですかね?
医師はなぜ**先生と呼ばれるのでしょう?
ただ医術を施すという労働をして対価を得るだけなら、先生という敬称なんて必要は無いはずです。
使用人や物を買うときの店の主人と同じですからね。
患者の側は支払った対価以上のものを施してもらっているという感謝と尊敬の念があるからこそ、金を払う相手に先生と呼びありがとうございますと言っているのですが。

また医師を養成するのには他学部の学生よりもずっと多くの税金も使われていると思います。 国民は期待して先行投資をしているのです。

使命感の無い医師など、とっとと医師免許返上してもらいたいものです。

早々に何かしらの対策が必要なのは同意ですが医者側にも問題がありませんか?
くるしいのは理解できますが安易に楽に走るような人に命を預けたくはないです。
逃げ腰での医療など患者に対する責任放棄以外の何者でもないのでは?
散々言われていますが人として信頼できないような医師が増えている気がします。

「元救急医師」さん、「某救急医」さん、「ばんた」さん、レスありがとうございます。

皆様の共通認識として、医療過誤に関する司法判断が医師側に厳しすぎる、と
いう理解があるように思いますが、それが医療現場の「常識」なのでしょうか。

医療過誤訴訟を観察していると、裁判所は、過失のかなり明白な事案でないと
賠償を命じない(=専門家の裁量を相当尊重している)ようにも思えるのですが、
例えば、医学的常識に明らかに反する裁判例というものがあるのでしょうか?


補足

やや本筋から外れるかも知れませんが、医師の過労という言葉が出てきたので
一つ疑問点を挙げておきます。

 「医師は奴隷同然の状況で働いてきた」という趣旨の発言については、ちょっと
世間一般の感覚からはズレているように思います。高額所得者の代名詞みたいな
職業の方が労働条件が過酷だとアピールするのは、主観的にはそうなのだとしても、
それ以上に過酷な労働をしながら医師より遥かに安い賃金に甘んじている大多数の
人々の理解は得られないのでは。別に理解など得られなくてもいいとお思いも知れませんが・・・・。

 開業医は儲かるけど勤務医はそうでもない、という指摘はあるでしょうが、勤務医で
あれ通常のサラリーマン以上の給与はもらっているわけだし、仕事が大変だから法的責任を軽減すべしという議論に行き着くのは如何なものかと思います。

 また、過労の末に起こした事故だから責任を問うべきでないというのも「?」という
印象があります。疲労困憊して危険な状態なのであれば、仕事をすることを避ける
べきだと思うのですが。長距離ドライバーが徹夜で運転して事故を起こした場合、
「過重労働だったから仕方ない」とはならないはずです。疲れてるの分かってるなら
ちゃんと休んでから運転してよ、となるのでは。

 そして、過労の末に事故を起こした医師個人を責めるのが酷だと思われる事案で
あっても、そのような状態の勤務を強いた病院組織に対して責任を問うことはむしろ
当然だと思います。殆どの場合、医療過誤訴訟は医師個人ではなく医療法人等の
病院組織を対象にしているはずです。個人医院では結果として医師に対する訴訟に
なるのでしょうが、それは無理な勤務体制を敷いた(=人件費をけちって収益をあげ
ようとした)ことの当然の帰結でしょう。


仰るとおりで単なる世間知らずか甘えに過ぎないと思いますね
文句を言いながらしがみついているだけの旨みがあるということなのでは?

> 文句を言いながらしがみついているだけの旨みがあるということなのでは?

いえ、旨味はありません。

どんどんそういう現場から医師が離れています。結果として、産科医が不足し、地方から医師がいなくなっているのです。

などと書くと、今度は「使命感が不足している」「多大な税金が投入された医師が勝手なことを...」などと言われるのでしょうね。もう、すっかり慣れましたが。

 医師には診療義務があります。
 過労だから受けませんよそ行け、というのが法的に認められるかどうか微妙ですし、仮に法的に認められたところで、たらいまわして死なせたらそれこそ袋叩きにされますよ。

少し、でしゃばり過ぎかもしれませんが、さらにひと言。

ここ数年ほどの間に、比較的急速に、医師の自らの労働に対する意識が変わってきたように思います。以前は、もし自分が主治医として診ている患者の容体が悪化して、それがもし仮に悪性疾患の末期で回復の可能性がない絶望的な状態であったとしても、主治医として、最期まで見届けてあげるのが美徳でした。最期の数日間は、病院に泊まり込み、それこそ添い寝するように(?)ついてあげなさいと、先輩医師に教えられたもので、私も実際そうしてきました。

しかし、今は逆です。病院に泊まり込むとか、何日も家に帰らないことは、不適切な労務管理の代表例となりました。患者の容体の変化を心配して仮眠もろくに取れず、フラフラしているのは、医療事故の元凶であるとして、厳しく注意されます。もし、こんな状態で薬などを間違えようなものなら、家族からは「医療ミス!」と激しく糾弾され、訴訟まっしぐらです。同僚からも、「さっさと帰らないからだ」などと嘲笑されてしまいます。

この急変の原因はよくわかりません。私自身も大変混乱しています。これからどうなるのか...

今は独立法人になりましたが、入院したことのある国立病院の医師は使命感に溢れた立派な方々だと思いましたけどね。
信頼できるからこそ、万一の医療事故が降りかかってきても訴えようなどとは思いません。

「使命感が不足している」言われ続けてきた方とは正反対ですね。
言われて慣れてしまっているようなら、尚更辞めたほうが良いですよ。
美容外科にでもなったほうがよろしいのでは?自由診療で報酬は言い値で仕事ができますから楽で儲かると思いますよ。

>風の精霊さん

 診療義務があることは存じておりますが、過労でフラフラな場合にも
絶対に診療に応じないといけない、というものなのでしょうか。そもそも
罰則も伴わない訓示規定的なものかと思っていました(もし間違って
いたら御指摘下さい。)。

その辺の解釈には詳しくありません。
ただし、たとえ正当と認められても、世間からは「患者を見放した病院」と痛罵されることになるでしょう。

それにしても、精神論を語るしか能のない人がいますが、そんなの百害あって一理もないことがまだわからないのかと思いますね。

> 言われて慣れてしまっているようなら、尚更辞めたほうが良いですよ。
> 美容外科にでもなったほうがよろしいのでは?自由診療で報酬は言い
> 値で仕事ができますから楽で儲かると思いますよ。

えぇ。私ももう辞めたいのです。でも、私が辞めると、周囲100km圏内(およそ第2次医療圏内)に、救急専門医が一人もいなくなっちゃうんで、辞めるに辞められません。だれか替わってくれ〜

 勤務状態と法的責任を結びつけるのは変な議論であるというのは賛成です。医療行為と法的責任を考える時は、あくまで行為とその結果について考えるべきで、医療行為の時点の医師の状態が全員過労であるなどということがありえない以上、勤務状態云々は無関係とすべきでしょう。
 医療行為は侵襲的行為であり、不作為が重大な結果を招くと予想される場合にのみ実施されべきであるということは大前提と考えます。そして、本来は患者さんの状態、これから予想される事態、医療行為による改善の見込みと避け得ない合併症の確率から判断されるべきものに、その行為を失敗したときに生じる法的責任要素が判断に入ってくることは一概に望ましいとは言えないと思われます。自身の技量では法的責任を取れないと感じ、他医への紹介という結果になり専門医の下でうまく治療されたという場合は、法的責任がよく機能したものと思われます。しかし、緊急時で時間の余裕がない、あるいはそれ以上の専門医はいないという状況の場合、法的責任を考えすぎるあまり不作為を生じる危険が増大するとの議論も成り立ちます。 
 そしてもうひとつは実施における過失を評価することが困難なことです。世間的に誤解があると思うのは、合併症というのは教科書どおりにやっても必ず一定の確率で発生するものであり、必ずしも過誤と同一ということではないということです。8月3日のエントリで挙げられている事象も、われわれから見れば回避できたかどうかは微妙なものと感じられます。これで過誤になるのであれば、ガイドワイヤーを使用した検査はできないとの意見は当然生じてくるでしょう。ごく低確率の事象のためにこの有用な手法が衰退するとなれば、むしろ法的責任を問うことは公共の福祉に資する物とはならないでしょう。
 このような場合、必ず専門家による評価が問題となりますが、現場にいなかった人間の意見というのは、たとえ高名な専門家によるものであったとしても、無診察診療に等しいという限界があります。
 昨今の裁判事例を見ていると、こうした全体的な視点というものにかけている判決が多いというのが医師の大部分の感想ではないでしょうか。検査をしなかったのが過誤であるならば、結局検査の件数が増えます。行為の実施に失敗したことの責任が過剰に問われれば、肝心の医療行為が減少してしまいます。検査ばかりが増加して、治療行為が減少すれば、結果はおのずと明らかです。
 7/27の千葉の事例と同じで、裁判官はどこまで公的な部分(医療も公的インフラとしてみている、少なくとも私的経済行為としての見方はわが国では一般的ではないと思います)の責任を拡大すれば、全体の福祉に資するのかもう少し見識を持ってほしいです。

FFFさん
「道やトイレで」は余計でしたね。
僕がいいたいのは産科医師不足報道で「産む場所がない」という
論調で紹介されることが多いのに対して、別にお産は自宅でも可能、昔(といってもわずか30−40年前だが)は実際そうしていたし、よくて助産院でした、その時代に戻るんですよということです。

産科医師、小児科医師が出産の安全安心を追求した結果、国民は訴訟という形で評価した、これが現実です。

僕は1−2年以内に心肺停止患者が救急搬送されたものの蘇生できなかったのは医師が適切な蘇生処置を行わなかったからだと訴えるケースがでてくると予想しています。

そのときは全国で雪崩れの様に救急医療が崩壊する事でしょう。

 医療現場の客観的状況は客観的状況として冷静に認識する必要があると思います。

 もちろん、考え方や技術の程度を含めていろんな医師がいることを前提としてですが。

>えぇ。私ももう辞めたいのです。でも、私が辞めると、周囲100km圏内(およそ第2次医療圏内)に、救急専門医が一人もいなくなっちゃうんで、辞めるに辞められません。

そういう態度を医者の傲慢というのですよ。

精神論だけではだめですが、それが無いことには土台の家を建てるようなものだということです。

>>えぇ。私ももう辞めたいのです。でも、私が辞めると、周囲100km圏内(およそ第2次医療圏内)に、救急専門医が一人もいなくなっちゃうんで、辞めるに辞められません。

>そういう態度を医者の傲慢というのですよ。

私には医師の使命感に国民がひたすらつけ込んで崩壊させているように感じますけれど。

>救急専門医が一人もいなくなっちゃうんで、辞めるに辞められません。だれか替わってくれ〜

素直に最初からそういってくれたら良いのに。
私は傲慢だなんて思いませんし、これを使命感無しと誰が言うかと書いてもられば、こちらも食い下がる必要はなかったのですよ。

クルンテープさんへ
別にあなたの発言を前提にしたものではありません。
残念ながら理不尽な要求をしてくる人たちは少なからず存在します。
そのような人たちを相手にしていると医師も人間ですから何らかの悪感情を抱くことは避けられないと思います。
そうした一般論を語っただけです。

医師がほかの方とこの手の問題を議論すると
どうしても現状をわかってほしい、という思いが強いのか議論が白熱してしまい、
いわゆる「炎上」をさせてしまうことになりがちなのはしばしば見かけることなので
言い方には気をつけていたつもりなのですがやはり「輩」は少しまずかったのかな、と思いました。
皆さんにお詫び申し上げます。

 管理人からのお願いです。

 無記名コメントは避けてください。
 無記名で投稿してしまった場合は、ハンドルで結構ですから追加コメントでご連絡ください。
 管理人において編集いたします。

人の死っていうのは、けっこう思い事実、結果です。
刑事事件では(民事事件でもそうですが)、故意犯の殺人罪にせよ、過失犯の業務上過失致死罪にせよ、人が死んだという事実は非常に重大なんです。
私なんか、被告人のために働く刑事弁護人の立場にあっても、情けないことに、証拠の死体の写真を見ると、その人の人生に思いを馳せて、目頭が熱くなったりしています。
人の死の重さに対する感覚が、お医者さんと私(検証ができませんので敢えて「我々」とか「一般の人」などとは言いません。)とでズレているような気がしてなりません。
もっとも、某救急医さんの「最期の数日間」の記載などを見ると、ズレてはいないのかなとも思ったり。

話は戻りますが、地方の1人医長の産科の先生方も、「今、自分が辞めたら周囲○○kmの妊婦さんのお産場所がなくなる。がんばらねば」という思いで、続けていた(過去形)のでしょうね。

昔から、仮に10名の医者がいたとして、10ヶ所の病院に1人ずつ配置するのが良いのか、それとも2ヶ所に5名ずつ配置するのが良いのか、議論が長く続いてきたわけです。それぞれ、長所短所があって答えが出ないまま続いていたのですが、今年2月の福島事件で答えが出ました。医療サイドからではなく、司法サイドから教えられました。

これを受けて、産科関連学会や厚労省あたりからも、集約化の方針がしめされたわけです。今は、この集約化の過渡期です。どこかに書きましたが、集約化が成功するか否かが、今後の産科医療の崩壊被害を少しでも減らせるかの試金石となるでしょう。

モトケンさんの追記を読みました。

たぶんモトケンさんは、以前は法律の世界と専門家の世界が評価基準において不満がなかった。という前提で

> つまり、訴訟が頻発するようになった現状の背景には、当事者である患者側と医師または医療側との関係の変化があるように思います。

以下の論旨に繋がっていくのではないでしょうか?

これを「かろうじて法律に対して不満が爆発しない程度で推移してきた」
としたら、いかがでしょうか?

ほかの例として航空機事故調査の程度の低さは、自動車事故についても同じです。

この何十年かで、明らかに日本は航空機事故、自動車事故を初めてとして安全については世界をリードするような何かを生みだしていません。

外国で規格化されるとそれを取り入れて、作る段階で良くするだけです。
だから、製造業の競争原理が働かない道路の安全などはまるで進歩しない。

安全を促進することよりも、結果のみを追求することを何十年もやってきたという事実は変えられないです。
それは医療にという狭い分野では非常に激しい反応になった。

根本は法律も社会全体のためにどうあるべきか?であって、安全を誘導するよりもその場の罰を決める方が重要と言うことに無理がある、ということだと思います。

 死に対する感覚は医師と一般の人でずれていると思います。見ている数が違います。そして、何より、医師は死を見通すことによってその生活の糧を得ています。医師は自分が死に対していかにできることが少ないかをよく知っています。その中で、確実に迫りくる死に対して冷静に対処し、次に生かせるものを吸収していくのが医師です。死に対して客観的であることが必須の職業です。死に対して主観的に対処する一般の人とずれていないほうがおかしいと思います。

で、「地方の医師不足」に対する答えは見つかったの?
医者の責任感の欠如を批判していれば医療が再生すると思うのならそれでいいけど。

いなくなって困ると思うならそうならない実効性のある方法論について検討すべき。
今この瞬間にも事態はどんどん進んでるんだからね。

一番の受益者たる国民が人事のような議論に終始してる間は何も変わらないよ。

> 僕は1−2年以内に心肺停止患者が救急搬送されたものの蘇生できなかったのは
> 医師が適切な蘇生処置を行わなかったからだと訴えるケースがでてくると予想しています。

これは私も同感です。

本来蘇生可能な状態であったはずのものが、医療過誤によって不成功に終わってしまったなどとして、訴えてくるかもしれません。荒唐無稽な話ではないと思います。

家族と患者の関係は、非常に複雑です。複雑ですが、解くカギは「お金」ですね。死なれると収入が途絶える(その人の年金で、家族が食べている)、逆に、死んでくれたほうがお金になる(いうまでもなく遺産のこと)など。

このブログに書く内容ではないと思いますが、だいぶ昔にこんなことがありました。

「末期癌で大変重篤です。もしかしたら、あと一ヶ月の命かも」などと家族に話したところ、それからまもなく、その患者さんの奥さんが離婚されてしまったことがありました。ご病状の変化などをお話していた奥さんが突然面会にも来なくなって、事情を聞いてわかったことです。遺産をヨメに渡すまいとする実家の策略のようでした。法的にこんなことが成り立つのか、憤慨したものですが(私も若かったので)、それから、病状を説明する相手には慎重になっています。

>某救急医さん

>家族と患者の関係は、非常に複雑です。複雑ですが、解くカギは「お金」ですね。

 こういう面はあるでしょうね。
 私も検事当時に主に交通事故に関係して同じような印象を持ちました。

 しかし、医療事故の後の病院側の対応に問題があったので銭金抜きの全面戦争になった事案も知っています。

>いなくなって困ると思うならそうならない実効性のある方法論について検討すべき。
今この瞬間にも事態はどんどん進んでるんだからね。

>一番の受益者たる国民が人事のような議論に終始してる間は何も変わらないよ。

naikai様、とりあえずあなたのような傲慢な方は、いなくなっても困らないので好きにしていただいて結構です。

「ほらほら、いなくなったら困るんだろう。だったら、お前らもっと俺らに尽くせよ。」といって、当事者が全く他人任せでは、何も解決しないですよ。

嫌なら辞めろでFA

モトケンさん

おっしゃるように、交通事故、労災事故、公務災害ものちのちやっかいです。医療費や休業補償などの金銭的な動きを伴う患者の治療には、神経を使います。疾病利得のある疾患は、対応が難しいですね。

これだけ多くのコメントが短時間に集中するのはすごいと思います。すべて真摯な意見であると思うのです。

でも、やはり思うことは、医療崩壊が現実であるとすると大変だ!何とかならないか!と思う。だから、一番最初のコメントである'れい'さんの「いやー、もうおそいね。point to return は通り過ぎたからね。」とまで、進んではならないし、いかなる場合でも、例え時間はかかっても修復可能であると私は信じる。

一方で、医療崩壊を裁判が原因だと、そんなに単純に決めることも真実を見誤る可能性もあるのだろう。健康保険の技術料を上げるといった方法で解決するのだろうか?何となく、金持ち開業医は更に金持ちになり、奴隷勤務医はほとんど改善がないなんてならないだろうかと懸念してしまう。

つけは国民に来る。つけが来ない前に、国民は真剣に考えねばならない。その為には、医師の方々からも医療そのものでない医療システム構築の面でのサービスが必要であると考える。

>FFFさん

いろいろと気になることを書かれているので、お聞きしたいことが多いのですが、ご迷惑でなければ、またお時間がおありでしたらお答え頂けると幸いです。論点をはっきりさせるため、敢えて番号を付けさせて頂きます。

《1》 現在でも、専門家の意見を聞く鑑定等が行われていますが、
確かにそうなのですが、一方において下記の様な主張をされる弁護士さんもいらっしゃいます。
http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/041kinkyutokusyu.htm#01
医療訴訟における公正性が重要と主張する中で,医療の専門家を排除することが「公正さ」の中身の様ですが,
http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/041kinkyutokusyu.htm#04
http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/041kinkyutokusyu.htm#10
を読む限り,医療訴訟の流れとなりそうな気配があります.#01の記事を書かれた弁護士さんは
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refISBN=4535514194
も執筆されており,この道では有名な方なのではないかと思います.医療従事者としてはかなり気がかりな動向です。こうした司法の流れは、FFFさんの目から見ても公平に思われますか?

《2》「いったん起訴されて有罪・懲役刑となれば仕事は当分失い、家族もとも路頭に迷う」から成り手がいなくなるとか、だからドライバーについては刑事責任を免除しようという議論は出てこない
これは、現実になり手がいくらでもいるからそういう議論は出ようがないのだと思います。また、警官も検察官も裁判官も運転くらいはするから、ドライバーの気持ちも立場もよく理解出来る前提があって、ドライバーの場合は周囲も納得できる状況でなければ懲役刑にならないからだとも思います。私自身も運転しますが、懲役刑になる様な運転は嫌悪しますし、もし自分がその様な事故を引き起こせば懲役も甘んじて受けるつもりです。一方、例えば福島県産婦人科医逮捕の様な事例をみると、自分がそんな理不尽な目に遭わされたらたまらんと思います。この私の思いは職業人としての思い上がりなのでしょうか?

《3》交通事故であれ過失の有無が極めて微妙なケースはある
上記とも関連しますが、この様な例で現実に起訴されることがあるのでしょうか?

《4》医師についてのみ刑事免責という特権を付与する理由
米国などで医師が刑事責任を問われないのは特権ではなく、医師を刑事起訴しても国や国民の不利益になるからだと認識していましたが、この認識は間違っていますか?

《5》密室内で専門性のある行為をしていることをいいことに
医師の業務の多くは患者さん自身やその家族から監視されています。全身麻酔下の手術は例外ですが、それすら家族に映像としてリアルタイムに公開しながら手術する病院も出てきています。今後の流れでしょうね。カルテを公開する病院も増えています。また、病院に出入りする職員以外の方の数は相当なものです。医療が他業種よりも密室性が高いと判断される根拠は何ですか?

《6》医師自らが、医療過誤やカルテの改ざん等に自律的に対応してきたかというと、そのような事例を寡聞にして知りません。
多くの医療施設が重大医療事故を自ら公表しています。一方他業種に目をやると、事故隠し、リコール隠し、所得隠し、産地改ざんなど様々な隠蔽・企業犯罪において、他から指摘される前に公表する事例は非常に少ないと思います。警察だって随分とウソをつくようですしね。少なくとも最近の医業界は、こうした日本の風土の中ではまだましな方だと思っています。違いますか?
またカルテの改ざんに関しては、多くの病院で既に導入されているかあるいはそこへ目指して努力中の電子カルテには、事実上改ざんは不可能なシステムが含まれています。これって、「自律的対応」にならないのですか?

《7》医療業界の堕落が社会問題化しその業界に自浄作用がない。
形ばかりの自浄作用なら医療業界にもあります。仰る通りでまともな自浄作用はありません。では、日本のどの業界にきちんとした自浄作用があるというのでしょうか?例えば裁判官や検事には、傍からみても納得できる有効な自浄作用があるのでしょうか?

《8》無過失責任(結果責任)を認めた裁判例はない
裁判に関してはそうなのかも知れません。しかし、最近は医療側に過失がないことを証明させる裁判官がいるという話も聞きます。まあそれは置いておくとして、医師の場合は起訴された時点で実質的に廃業に近いものがあります。マスコミの騒ぎ方が他の事例、例えば交通事故などとは比べものになりません。裁判の結果が無罪でも、もうその医者は終わっています。ペナルティーが不公平に大きいと感じますが、これも職業的思い上がりですか?

《9》例えば、医学的常識に明らかに反する裁判例というものがあるのでしょうか?
これも上記と関連しますが、こと刑事訴訟に限ると、医者が問題としているのは裁判そのものよりは逮捕・起訴の理由です。仰る様な判例があるのか知識がありませんが、すくなくとも不当逮捕はあると思っています。例えば、繰り返しになりますが、福島県の産婦人科医逮捕や、通称「割り箸事件」は不当逮捕であると考えます。

《10》それ以上に過酷な労働をしながら医師より遥かに安い賃金に甘んじている大多数の人々の理解は得られないのでは。
以前いた病院の産婦人科では、月の1週間くらいはアルバイトの外勤医が当直していましたが、残りは二人で当直を回していました。一睡も出来ない日でも翌日の勤務は平常通りにあります。二人とも家庭持ちでした。同級生の脳外科医で10日に一回くらいしか帰宅できない奴もいました。まあ、これらはある程度特殊な事例かも知れません。しかし、精神的な部分も含めて、どういう判断基準でFFFさんは「それ以上に過酷」と判断されるのでしょうか?また、FFFさんには医者の仕事内容や他業種の過酷さがどうしてお解りになるのでしょうか?ちなみに、賃金は過酷さだけによるものではないですよね?

《11》勤務医であれ通常のサラリーマン以上の給与はもらっているわけだし
「通常のサラリーマン」が誰を指すのかは知りませんが、医者がその「通常のサラリーマン」よりも高級取りではおかしいですか?

《12》仕事が大変だから法的責任を軽減すべしという議論に行き着くのは如何なものかと思います。
ここで医者が何人かコメントしていますが、この様な主張は誰もしていないと思います。どなたのどのコメントを指していらっしゃるのですか?

《13》疲労困憊して危険な状態なのであれば、仕事をすることを避ける
べきだと思うのですが。
ということは、疲労困憊さえしていれば、他に代わりの医者がいない状況で死にそうな方が病院に搬送されても診療拒否してよいのですね?

《14》無理な勤務体制を敷いた(=人件費をけちって収益をあげようとした)ことの当然の帰結でしょう。
医者が足りない病院では無理な勤務体制が日常化するのは仕方がないと多くの医者は諦めています。それでも働くのはニーズがあるからです。今多くの病院が赤字に苦しんでいます。極端な診療費抑制政策の結果です。日本の医療費がGDPに占める割合は、先進国中最低であることはご存じですよね?医療は社会主義的な統制経済であり、商品の値段は買い手(国民)が決めるシステムです。人件費をけちっているのは、果たして病院なのでしょうか?

 管理人からのお願い(その2)

 このエントリにもしも複数のハンドルネームを使って投稿されている方がおられましたら、そのような行為はお止めいただきたいと思います。

でしゃばってすみません。

地方の医師不足を、もっぱら「医者の問題」ととらえていては、何も解決しません。

例えが極端ですが、「少子化問題」と良く似ていると思います。初期には、少子化を女性問題ととらえていて、「女性が子供を産まないから」「女性が結婚しないから」「女性が仕事をしているから」などと行っていましたが、さすがに最近は男性の女性に対する態度や、社会の中での女性の位置づけなど、広い見地から討論されるようになりました。

医師不足問題も、これを解決するために法律家としてできることは何かを、教えていただければと、思います。

>モトケンさん

スミマセン。コメントしたのですが、長すぎた様です。許可待ちになってしまいました。字数は幾つほどならよいのでしょう?分割して再投稿する必要がありますか?

>ヤブ医者 さん

 すいません。
 保留になっていたのを見落としてました。
 今、公開処理をしました。

 コメントの字数制限はあるようですが、かなり大きいはずです。
 保留になった理由としては、いくつかリンクが貼られていたからだと思います。
 複数のリンクが貼られていますと、システムがスパムと誤認するようです。

>いなくなって困ると思うならそうならない実効性のある方法論について検討すべき。

人の心が変わらなければ何をやってもその場しのぎに過ぎません。
その場をしのぐことも勿論大切ですが、患者の側も医師の側もそのままでは崩壊する時間が少し遅くなるだけです。

国民が使命感に頼らざるを得ない職業は他にも色々あります。
消防士もそう、警察官もそう、自衛隊員もそうです。教員もそうでしょう。
どんなに良い待遇であっても、最終的に誇りと使命感がなければ、遅かれ早かれ崩壊します。

福島県の産婦人科医逮捕についての素直な質問ですが。
この事件のときには医師会?か医師の有志が不当逮捕だとコメントしたそうですが、医師にかかっていた妊産婦さんたちは黙っていたのでしょうか?

信頼されてる医師ならばお世話になった女性たちからの支援がありそうなものですが?
不当逮捕に知らん振りだったとしたら、こちらも由々しきことだと思います。

医師としての誇りや使命感はそうですが、医師にも生活があり、そこでは一家の柱として家族を守らなければならないという立場が当然にあります。

訴えられる危険のあるところに使命感と称して行きたがる医師は、医師としては優れた褒め称えられるべき人です。
だが、一家の柱としては本来失格です。
現在の刑事・民事裁判への負担が、これらを両立できない状態にしているのでは、と言われるのです。ただ単に医師が怠け根性でそんなことを言って、それがこんな大きなうねりになるとは思えません。

>モトケンさん

保留の理由、よく分かりました。そして、迅速な対応有り難うございます。

私もドクターの方々が怠け根性で言ってるとは思いません。

>医師としての誇りや使命感はそうですが、医師にも生活があり、そこでは一家の柱として家族を守らなければならないという立場が当然にあります。

>訴えられる危険のあるところに使命感と称して行きたがる医師は、医師としては優れた褒め称えられるべき人です。
だが、一家の柱としては本来失格です。

本当にそうでしょうか。
先ほどクルンテープ様の話に出た、消防士、警察官、自衛隊員の皆さんでもそうですが、火事の現場に救助に入る消防士、包丁持った犯人が人質をとって立て籠もる現場に突入する警察官、サマワに行った自衛官、イラクに残った外交官、こういった人たちも自らの命というリスクを背負って、それでも懸命に仕事をしています。
また、漁師の方々も、とび職の方々もそうですよね。皆、大きなリスクと隣りあわせで仕事をしています。

こうした人たちは、一歩間違えば、自らの命をも落とし、家族を路頭に迷わせるかもしれません。

無謀に、かつ不用意に、危険なところ(医療であれ、火災現場であれ)へ行こうとする人は家庭人として失格かもしれませんが、こうしたリスクとともに仕事をしている人の全てが家庭人として失格だとは思いません。そうしたリスクを取るか、取らないかは、プロとしての判断でしょう。

風の精霊様は、リスクのない仕事をされているのでしょうか。

> ヤブ医者さん

《1》 東京地裁の医療専門部での動向ということであり、全国的に波及するか否か
  何とも言えませんが、裁判官が文献等からほぼ心証を取れるということであれば
  無碍に否定的に捉える必要はないと思います。その部の判決が高裁で鑑定を
  した結果どんどん覆されるというなら、別の方法を考えるべきと思いますが。

《2》 ドライバーというのは例であって、別に他の職業でも構いません。就くことが
   難しい仕事ということであれば、例えば飛行機のパイロットでも結構です。

《3》 過失の有無について被告人が争う交通事件は珍しくないと思います。

《4》 これについては知識がありませんので、何も申し上げられません。

《5》 一部の「先進的」な病院でそのような試みがあることは承知しています。
   しかし、未だにカルテは病院の持ち物で、患者に見せる必要なんてさらさら
   ないという医師も相当数いることは否定できないと思います。やむを得ずに
   裁判所を通じて証拠保全の申し立てをする事例も相当数に登っていますし、
   証拠保全で裁判官が臨場しても素直に開示しない医療機関もあるようです。
   なお、「他業種よりも密室性が高い」と述べたつもりはありません。

《6》 前項と同じですが、重大医療事故を公表する医療機関があることと、その
   意識が不十分な医療機関が相当数残っているということは両立します。
   なお、自分が「対応が不十分」と指摘したのは、たとえば医師会等の業界
   団体が患者の申し立てを受けて医療過誤の有無を審査し、これがあったと
   認められた場合に患者を救済し、その医師に何らかのペナルティを与える
   ような仕組みがないという趣旨です。医師の業務停止は、結局、裁判により
   犯罪行為(医療ミスと関係ない単なる犯罪)を犯したと認定された者に対して
   発動されるのが現状だと認識しています。

《7》 別の業界に自浄作用がないからといって、医療業界の自浄作用のなさが
   正当化されることはないと思いますが。私が言いたいのは、自浄作用が他の
   業界と比べてどうかという問題ではなく、「自浄作用も不十分なのに、司法に
   よる介入もイヤだでは済まないのでは?」ということです。
   なお、裁判官は10年間に一度審査があり、あまりにもダメな人はそこで排除
   されるようです(十分かどうかは別として)。医師にも免許の更新制度の導入を
   検討すべきと思います。検察官については知りません。

《8》 何の前提もなく医療側に無過失の証明を求める運用はあり得ないと思います。
    ただ、患者側で争点を設定し、それについて一応の立証をした場合には、公平
    の見地から、医療機関側に、その行為の相当性について厳密な立証を求める
    ことはあるかも知れません。いずれにせよ例外的なケースと思われます。
    起訴の時点で廃業に近いというのは、マスコミによる報道の影響であり、摘発
    する側の責任ではありません。例えば、教師や警察官等、公務員による軽微
    事犯でもほぼ同様のことが言えますが、だからといって摘発を抑えるべきだと
    いうことにはならないのではないかと思います。

《9》 福島の事件については、まだ裁判が始まってもいないので、現時点で不当な
    逮捕だったかどうかというのは何ともいえないと思います。被告人たる医師に
    証拠隠滅等のおそれがあったかどうかについても判断材料がありません。
   「割り箸事件」の医師は逮捕されていなかったと記憶しております。

《10》《11》 労働条件の大変さなら、別の職種でも同様のものがありますよ、という
        ことです。一々「こういう例があった」と挙げるのも不毛かと思いますので
        具体的には述べません。

《12》 仕事の大変さを強調する記述は、そのような趣旨を含むものかと考えました。
     誤解であれば申し訳なく思います。

《13》 疲労の程度と、患者の状態を総合的に考慮することになりましょう。
     特に急を要しないが、処置をする場合は危険を伴う、それに対して医師は
     連続50時間以上勤務しておりまともに処置をできない可能性が高い、という
     条件であれば、処置は回避すべきと思います。
     他方、疲労してはいるが、緊急に処置をしなければ生命に関わるという場合は
     当然対応すべきでしょう。

《14》 趣旨がよく分からないので的外れかも知れませんが、医師は、経済的に相当    恵まれた職業であるということは社会共通の認識かと思います。


言葉足らずでしたが、私はゼロか100かの議論ではなく、どこまで訴訟の危険性が高まれば、リスクとして取れなくなるかという議論かと思うんですが。医師としてはゼロに越したことはないでしょうが、社会のバランス上、難しい面もあります。

いっそのこと、故意を除いて刑事訴追をなくして、あとは民事でかたをつけるというのも一つの考えですが。重大な過誤を繰り返す人は、保険会社も相手にしなくなるでしょうから、実質的にやっていけなくなると思います。

訴訟以外にも、医療保険制度の点数や配置基準の問題、養成人員の増加の問題など他の要素もあると思うのですが。

>風の精霊様は、リスクのない仕事をされているのでしょうか。

言いすぎでした。申し訳ありません。

上に消防士、警察官、自衛隊員の話が出ましたが、
では、これらの方々は「最善を尽くしたが結果として人を助けることができなかった」場合、
個人が逮捕・起訴される可能性があるのですか?
またそのような事例があるのでしょうか?

福島の事件は「最善を尽くしたが結果として助けることができなかった」と考えられる事件だと思います。
少なくとも現場で働く医師のほとんどがそう考えています。
それをあのように大々的にテレビで中継しながら逮捕し、
なおかつマスコミは医師を一方的に叩きました。
以前から産科・小児科は激務が続いていて、限界が近づいていましたが、
とどめを刺された感があります。
この件が起きて、一気に産科医の集約化が始まりましたが、
その頃になってようやくマスコミは、産科医不足を報道するようになりました。
なお、福島の件では署名運動があり、妊婦さんも大勢署名してくれましたが、
マスコミによる報道はありませんでした。

他の職業と比べるのはいかがかと思いますが、やはり実態を知っていただきたいと思います。
働く限り、勤務時間が月400時間を超え続ける職場が他にどこにありますか?
マスコミの発表する医師の労働時間に当直勤務の時間は含まれておりません。
また、社会通念として医師は金持ちというイメージを世間に持たれているのかもしれませんが、現場の医師は一部を除いてそれほど給料をもらってはおりません。
数年前に関連病院の給料一覧をみせていただいたことがありますが、
20〜30代の勤務医なら給料は20〜50万くらい、時給にして500〜1000円ちょっとです。
ごく一部のセレブ医師がマスコミに登場するために、社会の持つ医師のイメージが現場と乖離するのです。
もちろん、他の職業も大変でしょうし言っても詮無いことでしょうが、
それでもなお社会の持つイメージに比べ過酷であると申し上げざるを得ません。

もちろん職業として医師を選んだ以上、現場はただベストを尽くすのみですが、
医療現場は年間100万の死を扱う領域です。
そして年間100万の生を扱う領域でもあるのです。
他のどんな職業よりも死と生を身近に感じる非常に特殊な職場です。
個人的には故意である場合を除き刑事訴追をなくし、
民事で解決する方法を望みたいところです。
その他の対策もじじい様のおっしゃられることに同意です。

追記:上記の勤務時間400時間というのは、産科・小児科に限定です。

講談社の20代の平均給与が1000万円。
在京テレビ局の平均給与が1200万円。

トヨタ自動車の平均給与が800万円。

>上に消防士、警察官、自衛隊員の話が出ましたが、
では、これらの方々は「最善を尽くしたが結果として人を助けることができなかった」場合、
個人が逮捕・起訴される可能性があるのですか?
またそのような事例があるのでしょうか?

そもそも公務員ですので、個人が直接訴えられるケースは余り聞かないですね。
上記について、私は、訴訟の有無という観点ではなく、過酷でかつリスクのある仕事の例として、挙げさせていただいたのですが、分かりにくかったでしょうか。

種類は違いますが、医師の訴訟も消火、救助時の二次災害も職務の遂行に伴うリスクには違いないので。

kitaさんが福島の事件は「最善を尽くしたが結果として助けることができなかった」と考えられる事件だと判断される根拠は何でしょうか?
私の職業的な興味として、きてみたいなと思いました。
逮捕された医師の話でしょうか、手術中のビデオでも見たのでしょうか、それとも報道からでしょうか。
私やモトケンさんが、よく「真実だとすれば」と断って意見を述べるのは、例えば刑事事件であれば、逮捕・起訴に至った証拠書類を自分の目で見るわけではないからです。
刑事弁護人をやっていると、起訴前の被疑者の話の内容と、起訴後に確認した証拠の内容が食い違っていることがあり、その時点で、何故逮捕されたのか、何故起訴されたのかということが納得できることがあります(もちろん被告人が認める場合ですが)。

> kita さん

人事院の調査によると、勤務医の平均月収は約86万円(平均年齢38歳)となって
います。厚生労働省の調査では、医師(勤務医)の平均年収は1228万円です。
いずれも、把握できた所得だけであり、実際にはより高額の収入があると考えられ
ます(患者から直接受け取る謝礼金等)。

週刊朝日からの孫引きですが、「全日本病院協会の調査では勤務医の平均年収は
1530万円。開業医の平均年収は(民間会社の調査では)2500万円以上」という
ことです。

高額納税者の分析をした文献「日本のお金持ち研究」(橘木俊詔・森 剛志 著)に
よれば、「企業経営者と医師が高額納税者の二大メジャー職業」とされており、この
2職種で年間納税額3000万円以上の層のうち45%を占めるということです。

2年前のデータですが、宮城県の高額納税者トップテンの職業は七人が開業医、
一人が医療法人理事長です。

このエントリの本筋からは外れますが、「医師が経済的に大して恵まれていない」と
いう主張にはやはり無理があると思い、敢えて書き込ませて頂きました。これで満足
しないなら、いったい幾らもらえばよいのか・・・・。

産科限定で話をすると、まあ今となっては、産科医療を維持するというのであれば
勤務医でもアメリカ並みに3000〜5000万はないともう駄目だろうな。今のままじゃ
新人が全く来ない。他の科はわからんな。

僻地の医師不足を招く根本的な要因の一つに、僻地においては医療の需要自体が少ないという事実があることは否めないと考えている。
僻地で年間500例をこなす内視鏡医は、都市部であれば3000例以上を施行することが出来る。離島で年間50例のお産をこなす産科医であれば、都心部では300例を取り上げることが可能だ。僻地の医師不足と言うが、別に都市部で医師が余っているのではない。医療を必要とする患者の数は、地域の人口と相関を持っていることは自明なのだから。
もちろんこれ以外にも、医師総数の少ない僻地では行い得る医療自体に制限があり、自分の専門外の診療にも広く携わらざるを得ないという事情もある。心カテーテルにおいては極めて高度な知識と技量を有する医師が、不慣れな糖尿病患者の診療に従事する。優れた指導医の元であれば多くの貢献を出来たはずの若手外科医が、技量不十分な術者として一人患者に向かわざるを得なくなる。その結果何が起こるのか?医師にとっても患者にとっても共に望ましいことではないのは確かだろう。
第一線で診療に携わる医師は基本的には勤勉である者が多く、自らの能力を十全に発揮したいという欲求を持ち合わせている。本質的に彼らはより多くの人々のために役立ちたいと考える。あるいはそれは、医師としての使命感と言ってもいいものなのかも知れない。自らにより厳しい労働環境を課してまで、より多くの患者に関わり合いたいという。
そしてそうであるからこそ、僻地の医師は今後も減り続けていくのではないだろうか。彼らの持つ、まさにその使命感のあるが故に。


http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%BD%B0%B1%A1%B8%FC%C0%B8%CF%AB%C6%AF%B0%D1%B0%F7%B2%F1%B1%FC%C5%C4%C0%E8%C0%B8%C8%AF%B8%C0
http://www.iwate-np.co.jp/news/y2006/m08/d03/NippoNews_9.html

こんな勤務で働いてる医師に「あんたもらい過ぎ」って言えるのかね。
フラフラになりながら働いて、感謝もされず、金もらい過ぎっていわれて、
あげく逮捕・起訴じゃ、そりゃやってられなくて辞めていくわな。
収入は今と変らなくても、労働基準法をきちんと守った職場なら働く医師は増えるよ。
それから、今じゃ公立病院で謝礼金なんてもらったら収賄になっちゃうよw
それ以前に、謝礼出す患者なんて今やほとんどいないけどね。

 医師の経済条件の話が続いていますが、勤務医と開業医を一緒にするとまず議論になりません。人口20-30万レベルの地方中核病院の勤務医であれば、40歳で給与は手取り月50-60万程度がと考えてよいと思います。開業医は高収入ですが、労働条件は圧倒的に勤務医より優位です。したがって大都市を中心に大病院の部長級の医師が次々と開業するという現象が生じています。また、勤務医の中でも一線の病院と老人病院とでは給与に相当の開きがあります。老人病院のほうが給与が高いのです。一線級病院では医師は技術を売りますが、老人病院では資格を売ります。資格のほうが高く売れるのです。こうした医師内の格差が、一線級病院の医師の経済的に恵まれていないとの思いの背景にあります。世間的に見れば高給取りと思われる医師の中でも格差が大きく、使命感の強い人に支えられている部分ほど割にあわない構造になっています。技術を揮うことで満足を得ている一線級病院の医師に、技術に対するリスクを大きくしてしまうことは全体の福祉に貢献しないと思われます。

 モトケンとしましては、

 医師の収入に焦点を当てた議論というのは、あまり益がないのではなかろうかと思っています。

 訴訟問題が使命感とモチベーションを備えた医師をスポイルすることが問題なのではないかと思っていますので、とりあえず使命感とモチベーションを備えた医師を前提にして意見を述べていただいたほうが、このエントリの趣旨に沿うと思っております。

>FFFさん

素早いレス有り難うございます。お答え頂いたことに関して、さらに感じたことを下に。

《1》裁判官が文献等からほぼ心証を取れるということであれば・・
実際に医学文献を重視するなら安心ですが、もともと鑑定不要のスタンスからは文献が重視される可能性は低いと思います。また、失礼ながら裁判官が医学文献をどこまで理解できるのか疑問です。実際、リンクした記事からは、インタビューが主たる心証根拠に感じます。さらに、
「医療機関側有責の心証をとった場合には、医療機関側からの鑑定申請があっても、裁判所としては採用しない」
というのはやはり不公平であろうかと思います。
>その部の判決が高裁で鑑定をした結果どんどん覆されるというなら、
医療訴訟集中部は、平成13年4月に、東京地裁と大阪地裁に同時に発足しています。実際には違うのかもしれませんが、東京地裁や大阪地裁の独断で発足した部とは考えにくく、最高裁まで含めた総体としての裁判所の意志ではないかと推測します。もしこの推測通りであるとすれば、高裁が自らの意志を否定するような判決を連発するとことは考えにくいですね。

《2》ドライバーというのは例であって
例というのは、それが具体例として成り立つより包括的一般的主張が前提にあって意味を持つものと考えます。私が言わんとする「一般的主張」は、警察官・検察官・裁判官さらに一般人まで含めて身近な事象に対する司法判断は概して妥当であろうというものです。この意味で、「運転」と「医療行為」を並列において論じるのは妥当性を欠くと思います。
パイロットですか?その業務は全く解りません。もしあるパイロットが職務上の業務上過失致死で逮捕や起訴されたら、「ふ〜ん、そんなもんか」と無批判に受け入れそうな自分を少し怖く感じますね。

《5》一部の「先進的」な病院でそのような試みがあることは承知しています。
コメントに書かれた
>医師自らが、医療過誤やカルテの改ざん等に自律的に対応してきたかと
いうと、そのような事例を寡聞にして知りません。
と矛盾すると思いますが・・
手術の家族公開は一部でも、電子カルテは別に「先進的」ではありません。300床クラス以上の病院であれば、ほとんどどこでも導入を検討しているシステムです。この20年以内には診療所でも電子カルテが標準になるでしょうね。
>未だにカルテは病院の持ち物で
現実に病院の持ち物です。
>裁判所を通じて証拠保全の申し立てをする事例も相当数に登っています
自己に不利、または不利になる可能性のあるものを進んで開示しないのはたぶん当たり前のことです。別に医療に限ったことではないでしょう。一部の医療機関とはいえ、それに抗って開示している施設もある、という意味で申し上げました。
>「他業種よりも密室性が高い」と述べたつもりはありません。
確かに「他業種より」という比較は私が勝手に書いたものでした。申し訳ありません。ちょっと言い訳をすると、多くの判断は相対的なものです。密室であるかないかの判断も、所詮は他との比較ではないかと思います。

《6》これも前項と同じですが、私は
>意識が不十分な医療機関が相当数残っている
ことに異議など唱えておりません。また、医療には自浄作用が不十分なことは前回のコメント《7》で認めています。

《7》別の業界に自浄作用がないからといって
「隣の人が泥棒したからといって」と同じ理屈ですね。犯罪と自浄作用の有無は次元の異なる問題と考えます。私は「正当化」なんてしていません。ただ泥棒に盗人呼ばわりされるのは嫌だなとは思っています。
>自浄作用も不十分なのに、司法による介入もイヤだでは済まないのでは?
私個人の考えを言うと、今の司法のスタンスには正直言ってイヤだなと思うところがあります。妥当と思われる介入であれば文句をつけるつもりはありません。
>裁判官は10年間に一度審査があり、あまりにもダメな人はそこで排除されるようです
医者の場合も、あまりにもダメな人は基礎系や保険審査医などへの転向を周囲が促すことをどこでもやっています。これも十分かどうかは別です。

《8》起訴の時点で廃業に近いというのは、マスコミによる報道の影響であり、摘発する側の責任ではありません。
責任に言及したつもりはありません。ただ、ペナルティーの大きさが異なるという事実を述べただけです。
>教師や警察官等、公務員による軽微事犯でもほぼ同様のことが言えますが
教師・警察官・公務員などから「あの逮捕や起訴はおかしい」などという主張が起こるでしょうか?起こりませんよね。微罪であろうと犯罪は犯罪ですから。医者の場合でも、猥褻行為や収賄で捕まるヤツがいても、面汚しだと思うだけで擁護なんてしません。したがって、「ほぼ同様のこと」ではなく「全く次元の異なること」を議論しているつもりです。

《9》まだ裁判が始まってもいないので、現時点で不当な逮捕だったかどうかというのは何ともいえないと思います。
法律家にとっては当たり前の理屈かも知れませんが、一般人にとっては逮捕が不当であるか否かは裁判とは無関係です。たぶん「不当」の意味が違うのだと思います。また、常にレトロスペクティブに判断する法律家とプロスペクティブな判断が迫られる医者の違いだとも思います。
>「割り箸事件」の医師は逮捕されていなかったと記憶しております。
申し訳ありません。これは完全な私の誤りです。

《11》《12》大した根拠なしに印象でものを言うのが悪いとは言いません。しかし、その場合には言い様や内容に限度があると思います。

《13》当然対応すべきでしょう。
その結果医療事故が起こり、警察・検察がそれに相当する事案と判断すれば、逮捕・起訴が当然なんですね?

《14》簡単に言えば「無い袖は振れぬ」ということです。病院は婦人科や小児科だけで成り立つものではありません。さらに医者の数を大きく上回る人数の看護師・技師・事務職などが必要です。むろん施設維持や機器更新にも多額の費用が必要です。当然ながら婦人科・小児科にかかる人件費には制限があります。また、そもそも医者不足から定数を充足できない病院も多いのです。そうした事情をどれほどご存じか分かりませんが、
>無理な勤務体制を敷いた(=人件費をけちって収益をあげようとした)ことの当然の帰結でしょう。
などという物言いは穏やかではないでしょ、と言いたかっただけです。

上記コメントで、
>医者の場合も、あまりにもダメな人は
不用意な発言をしましたが、「臨床向きでない人は」の意味です。不愉快に思われた方には謝罪いたします。

がたがた言っても無駄。
俺はもうやめた。
後はお前らでお産で死ぬなり、障害児の親になるなり、なんとでもやれ。

 訴訟問題の前に、まず技術料の低評価が、使命感とモチベーションを備えた医師をスポイルしているという現象がずっと継続していることをおさえておいてもらわねば、昨今の訴訟増加に対する医師側の反応は理解しがたいと思われます。単純に儲けるだけならば、老人病院に資格を売るのが一番リスクが低く(開業のように失敗がない)、確実なのです。それをしないで我慢していると医師側は考えているところに、訴訟問題が持ち上がってきたことから、医師側の不満も高まっている状況です。
 医療経済的にいえば、日本のシステムはこれ以上無いほどの成功を見ています。医療費の対GDP比や平均寿命から見れば明らかです。こうした点を正当に評価した上で、さらに医療をよりよくするのに訴訟特に刑事責任というものを持ち込むことが、プラスとなるかどうか、よく考えてほしいと思います。

次に訴訟問題について言えば、民事訴訟は所詮勝負事という面があります。民事訴訟に負けても時の運と考えることはできます。しかし、刑事訴訟は善悪を問うものです。使命感とモチベーションで仕事をしている人間にとって、善悪を問われること自体がどれほどの屈辱であり負担になるか、想像を絶するものがあります。それが過失罪という形であっても刑法犯である以上、そのダメージは大きなものでしょう。
また過失罪の性質から考えた場合、そもそも医療行為という始めから高い確率で傷害行為とわかっている行為を施行することに対して、過失罪が成立するのかという点も考える必要があります。医師は行為の結果としての傷害(合併症も含めて)というもの予見しうる立場である、つまり結果予見が可能であるかかわらず、その行為に及んでいます。この時点で注意義務違反は生じないことになります。また行為の結果何らかの傷害を生じた場合、あらかじめ予見していた傷害を生じさせたということになりますが、これでは傷害自体が意図的なものであることになり、そもそも過失罪に当てはまらなくなります。医療行為は全て、望まない傷害を考慮したうえでの行為です。事故を前提にドライブプランを立てる人はまずいませんが、医師は治療に当たり傷害を考慮した上でプランを立てます。また、医師の行為はその場において代替が効かないことが多い、特に医療訴訟の対象となるような事象の場合その傾向は強いとかんがられます。
事故を起こさないようにしようと思ってなされる運転の結果生じる過失と、おきるときには事故はおきると考慮されたうえで、それでもなされた医療行為を同列に論じることは適当ではないと考えられます。医療行為に対する過失罪適用には多くの場合、理論的に矛盾を生じてくると思われます。

>>売れない経営コンサルタント さんへ
産科医師不足というニュースが出た時点で、すでに、point to returnは過ぎていました。どこがポイントだったかというと、もう3年も5年も前、としかいえないと思います。(当然今回の臨床研修前です)あのころは、産科になる人が最近少ないねえ、でも、まだ不足して閉鎖はないなあ、という感じでしたから。
一般の企業ですと1,2年で即戦力になるのでしょうけど、医師の場合どんなに短期間に育成しても5年、腰すえて診療できるまでに10年かかりますから、今年から対策を立てる、というのでは、もう遅いのです。おまけに臨床研修ではじめの2年は食われますから、なおさらです。
強力な産科医擁護法案を今すぐ施行できたとしても、それが実を結ぶまでには7−8年かかります。8年あれば、3割の産科医が停年になります。おまけに、60歳近くになって月に10回も15回も、産科当直はできるものではありません。
だから、対策を立てようが立てまいが5年後の崩壊状況は一緒なんです。おまけに、いま、どんどん産科の指導医が抜けていますから、技術の継承も途絶えるかもしれません。
マスコミの記事しか見ていない人には、想像できない事実ですが、認識できていなくて、悠著にpoint to returnに進まないようにといわれるのも、仕方がないのかな、と思います。現実は、産科の崩壊はもう誰にも止められなく、内科外科の崩壊をどう食い止めるかというところに焦点が移っています。
できることとすれば、産院で助産師だけで産むのがトレンドですよ、とマスコミが宣伝するだけでしょう。妊産婦死亡が増えても、それをおおきく公表しなければ、99%以上の妊婦には関係のないところですから。
私は、この崩壊状況を遅くながら2年前にわかり、第2子をためらっております。
これで、崩壊理由を説明するのに十分じゃないかと思っています。

福島事件は衝撃的でした。(隠されてはいましたが)手錠をかけられた当事者が、テレビカメラの前を歩かされる様子は、凶悪事件の犯人が逮捕されたのとおなじ構図でした。

現役の産科医も、医学生も研修医も、あの映像を見て言葉を失った事と思います。だれしもが、自分の将来像と重なったでしょう。今、産科医療とは妊婦と地雷原でダンスを踊るのと同義と見なされています。

何だか、感情的な記述になってすみません。いったいどうしたらよいのでしょうね。

れいさんと同じ意見です。今の産科医療体制を維持するのは、不可能です。

私にも今年高校生になる娘がいますが(トシがばれる!)、おそらく彼女が子供を産む時には、いままでにないリスクを覚悟しています。おそらく、このblogを訪れている方にも同じような環境の方がいらっしゃると思いますが、10年後の周産期医療のリスクは数倍になっていることは間違いありません。

それにしても、みなさん、のんびりしていらっしゃる...

>れいさん

>産科医師不足というニュースが出た時点で、すでに、point to returnは過ぎていました。どこがポイントだったかというと、もう3年も5年も前、としかいえないと思います。

 失礼を顧みずに言わせていただければ、医療側(医師に限らず)は崩壊をただ手をこまねいて見ていただけなのでしょうか?

 私自身は、福島事件などによってようやく問題が見えてきたという能天気な男なのですが、もっと状況が見えていた人たちは何をしていたのだろう、と思ってしまいました。

>>某救急医さん。
そう思うでしょ。いまから対策を立てましょうと、のんびり構えているから、余計に崩壊するんでしょうね。法曹者のおかげで復活の兆しが8年後でなく12年後に先延ばしになっている、という事実ですね。5年後に立ち直るとはとてもじゃないが思えない。
法曹界が妊産婦の命をもてあそんでいるというところでしょうね。
福島事件のおかげで、帝王切開の率が大幅に上がるしね。
妊産婦死亡率も跳ね上がるし、、、それが民意というものですよ。そう、法曹界からメッセージを受け取った感じですね。
だいたい、産科が自費診療の割合が高いことを知らないんだね。保険診療が大きいと勘違いされている。だから、技術料を上げたらとか、あほな意見が出てくるんだろうね。
もうひとつ勘違いされているのは、医者が公務員になりたくて成っているわけではないという事実。これは、産科診療にとっては大きい。行政側が出産費用を抑えようとしても、医者がどんどん、給与のやすい、待遇の悪い公的病院から逃げ出しているからね。だから、さらに条件が悪い。産科が、保険診療がメインなら、ここまでのことはなかったはずだけどね。
自分たちにできることは、大事なかみさんが出産で死なないように子供の数をセーブすること、意味のないセックスをしないこと。大切な人を産婦人科医にしないというところかな。申し訳ないけど、これしかできない。とてもじゃないけど、いま、産科医になったらいいよ、とは薦められない。悪意なく仕事をして生涯訴えられる確率が3分の1らしいから、こんな仕事につかせるほうが、わるであろう。
しかし、最近の若いもの(研修医・学生)は世の中のことよく勉強しているよ。われわれの時代みたいに、がんばってリスクの高い科に就職しようと思わないんだからな。天晴れですよ。

れいさん

レスをありがとうございます。

深刻な事態が良く理解できます。でも悲しいのは政治がこの事態を見てないように思えることです。少子化対策と言いながら何をしているのかです。産科や小児科というのは大切なインフラであると考えます。自由競争のみに任せるだけではカバーできない分野がある。その分野には、税金をつぎ込んででも最低限のインフラは確保する必要がある。
でも、政治は一方で国民の意思なのであろうかと思う。或いは、産科、小児科の患者・利用者は圧力団体になりにくいのでしょうか。社会にとって重要な部分なのですが。

それとマスコミは何なんだろうと思うのです。NHKで地方の産科、小児科の医師不足という番組を見た記憶がありますが、結局は地方での医師不足にとどまり、根本問題及び将来問題の分析までには至っていない。

ご指摘の通りタイムラグが存在します。これから更に悪くなる。その結果、産科、小児科の拡充に向かうのでしょうが、そんな政策の効き目が現れるのは、ずっと先の時代になる。医療機器や設備は比較的簡単に調達できるが、そうでない部分が医療インフラには多いということと思います。

>>モトケン さん
医師は性格的には農耕民族なのですよ。
性善説を信じて仕事をしてきていた人種ですから、世間の荒波には弱い。
クライアント(患者さん)のなすがままにしかできない、そういう人種。
だから、崩壊があっても、革命は起こさず黙って見ているだけ。
おまけに、革命的な活動ができるほど暇じゃないから(こき使われているから)できることは、黙って逃げることしかしない。
国が手助けすれば話は変わっていたが、どうやら、少子化を本気で狙ってるとしか思えない、そういう政策ばかりですね。それを法曹界が追認している、そういうところでしょう。

まあ、いいんじゃないですか?
精一杯産科医が努力して安全神話を気づいてきた、そのお礼が医師の逮捕・訴訟乱発なのですから。
だから、なすがまま、というのが一番よろしい。
ようやく医師がそこに気づいた。
妊産婦もいつ死ぬかわからんよ、という時代になれば、フリーセックスもとまり、青少年の教育にもつながるでしょう。
そう考えると、positiveにおもいませんか?
アメリカでは、賠償金が青天井の州には産婦人科が寄り付かないのは有名な話。
日本もいずれ、そうなる。
というか、日本全体でもうそうなってるから、仕方がないか。
医師賠償保険は入っている人が多いけど、刑事訴訟されたら、保障されないんだぜ。だから、刑事罰で逮捕というのを医師は一番恐れるのさ。普通にやっていて、一生背負いきれないほどの借金をいつ背負わされるかわからんからね。これは、一番こわいね。

現在騒がれている「いわゆる医師不足」には3つほど原因があるようです。

1. 新規参入を抑制したい日本医師会の圧力で、医師過剰の予防を理由として医学部総定員が固定又は漸減。人口当たりの医師数は他先進国より少ないレベル。

2. 医療の技術者であるべき医師が、全員「医学者」を目指すという建前があり、全国の医学部医局で多数の医師が研究に従事している。多くの研究は、論文を書いて学位を取るための研究である。これら無駄な研究に従事する医師を市中病院に放出すれば医師の需給はかなり緩和される公算と聞いています。

3. 大学医局が医師を支配し、不人気な田舎の病院にもそれなりに医師を廻していた。その拘束が急に緩くなった。大学医局の束縛を嫌う新人医師は、大学医局から一斉に逃げ出した。

関係者の方は補足訂正してください。

医師賠償保険は入っている人が多いけど、刑事訴訟されたら、保障されないんだぜ。だから、刑事罰で逮捕というのを医師は一番恐れるのさ。普通にやっていて、一生背負いきれないほどの借金をいつ背負わされるかわからんからね。これは、一番こわいね。

これは、ちがっていたね。すみません。
荒らしてしまったので、去りますね。

>  失礼を顧みずに言わせていただければ、医療側(医師に限らず)は崩壊を
> ただ手をこまねいて見ていただけなのでしょうか?

私は産科医療は門外漢なので、何をどうすれば良かったのか、よくわかりません。しかし、医学生が産婦人科を選ばないことよりも、産科医が辞めつつあると言うのが問題と思います。

私の同級生の中で産科医になったのは、8名です。一学年120名で、そのうち8名が産婦人科を選びました。120人中8名と言うと、とても少ない数字に見えますが、これ以上の人数が志望した科というと、外科とか内科とか整形外科でした。眼科や耳鼻科などは、2名とか3名以下でした。

で、産婦人科を目指した8名のうち、およそ18年後の現在も産婦人科を続けているのは、3名です。他の5名は、他の科にうつったり、保健所などの医療行政で活躍中です。おそらく、最初は一生の専門として産婦人科を選んだはずですが、あるときに見切りをつけて転進したわけです。

世間では、医師不足の原因として新研修制度が原因と言われているようですが、私は、それよりも30代後半から40代の働き盛りの医師が、将来に見切りをつけて退職しているのが原因だと思っています。同期会が近くありますから、辞めた5名に「なぜ?」と聞いてみたいです。

産科医不足の解決方法として、医学生が将来産婦人科を志望するような運動があるようですが、彼らが一人前になるのには最低10年かかります。それよりも、いちど産婦人科をやめてしまったものに、「これならば産科に戻ってもいいかな」と思わせるようなシステム作りが重要と思います。彼らが帰ってきてくれれば、即戦力として活躍できるでしょう。

2. 医療の技術者であるべき医師が、全員「医学者」を目指すという建前があり、全国の医学部医局で多数の医師が研究に従事している。多くの研究は、論文を書いて学位を取るための研究である。これら無駄な研究に従事する医師を市中病院に放出すれば医師の需給はかなり緩和される公算と聞いています。

マスコミや政府は絶対に明かさないが、大学病院に医師が大量に必要なのは、市中病院とこらべて、看護師・co-medicalスタッフが働かないためである。市中病院と同じくらい、医師以外の職種の方が働けば、大学病院にそんなに多く医師はいらない。地域の医師不足も解消される。
この事実が明かせないのは、看護協会の圧力が強すぎるため。
医師はこの事実を知っているから、みんな大学病院で研修をしたがらない。だれも、医学以外の雑用のために研修したいわけではないからね。

> ヤブ医者さん
 
 レスありがとうございます。何点か追記します。

《1》 裁判官が医学文献を理解できるかというのは医療界からすれば切実な
   問題かと思います。ただ、医療集中部は裁判官の中でも比較的優秀と
   されるメンバーが一年中大量に医療事件を扱っており、また、鑑定をしない
   場合でも専門委員等として裁判所に協力している医師から意見を聞くなど
   してカバーしている部分もあるようです。少数ですが、医師の資格を持った
   裁判官も在籍しているようで、医療界が心配するほど常識外れの判断が
   出されているとは認識しておりません。

   鑑定申請を採用するか否かは諸般の事情を勘案して裁判体が総合的に
   判断するもので、申請があったから必ず採用するとか採用すべきだという
   ものではありません。患者側申請の鑑定であれ、医療機関に過失なしと
   いう心証が固まっていれば採用しないことは幾らでもある訳で、御指摘の
   点は不公平とはいえないと考えます。

   また、裁判官には独立の原則というルールがあり、裁判所の組織総体の
   意向(そもそもそのようなものがあるとは思えませんが)にとらわれずに
   各裁判官が独立の立場から判断を行うとされています。東京地裁の専門
   部であるから、高裁がその判決に異を唱えないということはありません。
   誤った憶測と思います。

《5》 先のコメントと矛盾するとのご指摘については、そのとおりです。表現が
   過ぎた点についてお詫びします。
   趣旨としては「医師会等の業界団体が患者の申し立てを受けて医療過誤の
   有無を審査し、これがあったと認められた場合に患者を救済し、その医師に
   何らかのペナルティを与えるような仕組みがない」ということであり、にも拘らず
   司法による介入にも拒否反応を示すのは身勝手ではないか、ということです。

   「カルテが病院の持ち物」というのは、所有権の帰属について言ったものでは
   ありません。カルテは患者にとっても重要なものなのに、患者本人の要請を
   受けても開示しようとせず、病院が独占的に利用・改ざんできるものだと考えて
   いる医療機関が残っている、という趣旨です。

《9》 よく分からないのは、医療業界の方は福島の事件が「不当逮捕」であるという
   ことを当然の前提にしている(ように見える)点なのです。
   裁判を行い、検察側と弁護側が主張と証拠を出し合い、第三者たる裁判所が
   無罪の判決を下し、それが確定したのであれば、場合によっては「不当逮捕」の
   批判が妥当するかも知れません。
   しかし、証拠も見ていないうちから「不当逮捕」と何故断定できるのか、不思議で
   ならないというのが率直なところです。検察による立証の結果、医療業界の方も
   医師の有責性を認めざるを得ない事実が明らかになって有罪判決が下されると
   いう可能性はあるのであり、また、被告人たる医師が証拠隠滅や口裏あわせを
   行っていたことが明るみに出るかも知れません。そうであれば、「不当逮捕」とは
   到底言えず、まさに検察が英断を下したということになるのだと思いますが。
   勿論、自分は逮捕が正当だったと言っているわけではありません。現段階では
   正当とも不当とも断定できない、ということです。

《11》《12》 医師の収入に関する資料は、私の前回の書き込みのとおりであり、
       根拠がない憶測ということではなかったと思っております。もっとも、
       モトケンさんも仰るとおり本筋と外れますので、これ以上申し上げません。

《13》 ちょっと趣旨が掴めないのですが、捜査機関において立件が相当だと判断
    すれば、という部分を敷衍する必要があると思います。
    警察や検察は、何も医師の些細なミスをとらえて犯罪者に仕立て上げてやろう
    などと思っているわけではないはずです。事案の内容、つまり、生じた結果の
    重大性、それを回避できた可能性の有無と程度、過失の内容や度合い、その
    医師に刑事責任を問うことの相当性等を総合的に考慮して、事件を捜査し、
    起訴するか否かを判断するものと思います。その中で、仮に過失があったと
    認定しうるとしても、疲労困憊の状態で可能な限り誠実に医療にあたった結果
    でもあり、責任を問うことが相当でないと判断すれば、本格的な捜査対象には
    しない(逮捕状の請求をしない)とか、起訴猶予とかるという判断もあるでしょう。
    反対に、いくら疲労していたとはいえ、あまりに基本的な注意義務に反しており
    到底容認できないと判断すれば、逮捕状を請求し、あるいは起訴するかも知れ    ません。そのような場合であれば、「逮捕・起訴も当然」と思います。

 個別の点については以上のとおりです。
 今回色々な立場からの意見を拝見して思いましたが、医師側は「本当に問題のある事例について法的責任を問うことは当然」としながら、「本当に問題があるかどうか」の
判断を捜査機関や法律家に委ねることはしたくない、ということなのでしょうか、結局。


れいさん、

>マスコミや政府は絶対に明かさないが、大学病院に医師が大量に必要なのは、市中病院とこらべて、看護師・co-medicalスタッフが働かないためである。

具体的に本来看護師・co-medicalスタッフの仕事なのに代わり医師がやるような仕事ってどんなものなのか教えてもらえませんか?
病棟のシーツ交換なんかも医師が手伝っているのでしょうか?

心停止で搬送された患者さんを蘇生できなくて訴訟、は普通にあり得る
話だと思います。
怒鳴られる、脅される、恨まれるは今も普通にどこの病院でもあるでしょう。
その中の多くは医療者側の態度に非があるとまでいわなくとも
対応次第で回避できた可能性のあるトラブルであるのだろうとは思います。
しかし特に突然若い方が亡くなるような不幸に見舞われた場合、
遺族が冷静に事態を受け入れることは難しいものです。
「なにかあったら医療ミスを疑え、医者は傲慢で病院は悪徳である」
というマスコミのキャンペーン効果は行き届いていますから
当然のように悪者さがしが行われます。
不眠不休で疲労した医師、
研修を終えたばかりの未熟な医師、万全の自信が持てずに専門外をも診ざるを得ない医師、が救急の第一線に立たざるを得ない状況で、いつでも非のうちどころのない完璧な医療ができると考えている人間がどれだけいるでしょうか?
しばしば家族や、裁判官が求める適切な医療とは
「スタッフが揃った日勤帯並みの態勢で働く専門医集団レベル」ですが。
今後の医師の行動として
専門外は診ない、
万全の態勢でみれない救急車は断る、
そもそも36時間連続勤務で生死にかかわるような判断をしなくてはならない職場から去る、
(消防隊の方は当直後1日か2日の休日が定められていたように思います。
やはり医療というのは国の施策として軽んじられているのでしょうか)
過酷な勤務条件となる科を選択しない、
この流れはもはや容易く変えられないことを前提に考える必要があると思います。

>スタッフの仕事なのに代わり医師がやるような仕事ってどんなものなのか教えてもらえませんか?

市中病院ではスタッフがやってくれるけど大学では(特に夜間)医者が主にすること
:採血、点滴ルート確保、夜間点滴製剤の調整、検体の運搬、検査機器の移動、救急患者さんの移動、緊急心電図検査とか、他にもあるかな?時間外のコールも「夜の2時なのに患者さんが起きちゃう」とか「かゆみ止め当直医に出してもらっていいですか」とか冗談のような内容でびしびしかかってくる印象。必ずしもひとくくりにできないかもしれませんが、急変時の心マなんかも機をみて交替してくれたり市中病院のスタッフの方がとにかくよく動いてくれるようです。

循環器内科医ですが、いつも医療事故とは背中合わせです。
法律的側面、勤務状態など多くの議論がありますが、ひとつ気になるのは確率の問題です。循環器では心臓カテーテル検査の合併症が0.2から0.5%ですが、透析患者のバイパス手術や巨大な大動脈瘤の手術などになればリスクは1%以上で10%以上になるものもあります。全て業務上過失致死になればたまりません。
タクシーやトラックのドライバーの事故は0.01%くらい?(小生は5000回以上タクシーに乗っているが小さな事故も1回もなし)でしょうか?診療において内服治療なら、その程度のリスク(薬の重篤な副作用が0.01%以下)でしょうが、手術となるとそうはいきません。もちろん医療従事者側の責任もあるのですが、そのことが十分に相互に理解されていないのではないのでしょうか。
もうひとつ、日本の医療レベルは実際にはそれほど高くないように思います。もちろん個人個人は頑張っていても、システムやスタッフの数など含めて、欧米に比べかなり劣っているのではないかと思います。(例えばロスの手術のような困難な手術に対応するための公のシステム作りが大事なのではないでしょうか?)
医師よりももっと可哀想なのは看護師さんです。スタッフが増え二重にチェックできれば防げる医療事故が目立ちます。人員削減がもう限界なのです。これは医師にもあてはまりますが、産婦人科を始め、リスクの少ない楽な仕事へ移るという悪循環が始まりかけているのでは。
医療事故の後ろにあるシステムの問題、個々の医療上のリスク(医療過誤なのかある一定の確率で必然的に起こる合併症なのか)などを、法律家、マスコミ、医療従事者を含めてしっかり議論する場ができれば良いと思います。

>よく分からないのは、医療業界の方は福島の事件が「不当逮捕」であるという
   ことを当然の前提にしている(ように見える)点なのです。

この点 若干補足しますとまず、医師から見て当初の報道では治療上の過失が明らかでなかった、検察のコメントを聞いても分からない、治療のかなり詳細な経過が福島県病院局の報告書ですでに公表されておりこれを読んでも報告書の方がおかしいと感じる医師が大多数だったということです。さらに地元からの情報、専門医試験委員クラスの産婦人科医のコメントでも検索して取り寄せた資料でも検察の問題視するくクーパー(報道では「はさみ」)の使用法その他の論点は過失と考えられないと(詳細は省略しますが)かなり明確にわかった、このプロセスまで今のネット社会ではほんの数日でした。証拠隠滅などの具体的違法行為があるのなら逮捕する理由としてそれを明示するのが、基本的人権を制限する逮捕勾留の当然の手続きであると、法律の素人である医師は感じていたのです。逮捕から半年が経過しても具体的違法行為性をこれだけ社会的注目度の高い事件において公表しないままでなんら問題が無い、なんて検察の常識はまったく知らなかったわけです。「不当逮捕であること」の立証責任が「正当逮捕」の立証手続より優先されるなんて想像だにしなかったのです。適当に引っ張っておいて理由は後からデッチ上げでOKなんて戦前の特高警察時代だけだと思っていたのです。

>FFFさん

丁寧なレスありがとうございます。そして、お話させて頂くうちに肝心な論点がはっきりしたと思います。即ち《13》以下でFFFさんが最後にお書きになったことこそ議論すべき事だと思います。

 本筋に行く前に、多少余計なことを。
《1》 実際に医療訴訟の経験のある法律家が仰ることであれば、おそらくそうなのだと思います。「不公平」と書いたのは、リンクした記事にあった文章の引用を長くすると以下の様であったからです。

「証拠調を実施した結果、原告不利(医療機関側が無責)との心証をとった場合で、原告側から鑑定申請があった場合。この場合は、原告に立証を尽くさせるという意味で、鑑定を採用する。・また、尋問を経ても裁判所がどうしても責任についての心証を採れなかった場合も、鑑定の対象となりうる。
 しかし、同判事は、・証拠調を実施した結果、医療機関側有責の心証をとった場合には、医療機関側からの鑑定申請があっても、裁判所としては採用しない、という。被告医師自身が専門家証人的性格を帯びた証拠方法であることを重視し、その尋問を経てもなお被告有責の心証が固まった以上、責任論に関してはもはや判決に熟している、と見るのである。」

これが公平か否かの判断は法律家と医者では違うのかも知れませんが、医療サイドからみれば明らかに不公平に見えます。

《5》私の書き方が悪かったので補足します。カルテが患者さんにとって重要であることは医療従事者なら誰しも分かっていることだと思います。電子カルテ導入の理由は、業務の効率化、改ざん防止等の他に、データの共有化があります。紹介状やカルテの一部コピーでは医療機関を変更した際に十分な情報が伝わりませんが、デジタルデータであれば丸ごと紹介先が共有することができます。これはもちろん患者さんの利益を第一に考えてのことです。この限りにおいてカルテ内容は当然患者さんに帰属するものと考えます。一方、訴訟となりますと患者さんにとっての「重要さ」の中身が異なってきます。利害を争う以上、物事を有利に運ぶのが裁判の常識ではないかと思います。(だからと言って改ざんを擁護しているわけではありません。)医療機関が開示を渋ったとしても、患者さんにとってのカルテの重要さを軽んじていることにはならないと思います。(なお、電子カルテが普及すれば、仰る様な問題は起こりえなくなります。)

さて本題に入ります。素人考えで申し訳ありませんが、逮捕や起訴は犯罪抑止力が最大の目的ではないかと思います。それが社会を良くするからだ、という認識の下に支持を得ているものと考えます。

以前ライブドア騒動の際にこのブログで「検察作用の効果判定」という議論がありました。警察・検察が信念に基づいて行動しても、その影響が社会に対して正の作用より負の作用が大きいと観察者が判断すれば、その観察者は警察・検察の行動に対して批判的になるのは当然と思われます。

また逮捕・起訴には理由が存在します。その理由が全く受け入れられないものであれば、裁判を待たずに「不当だ」という批判をするのはまた当然と思われます。

福島県産婦人科医逮捕の検察作用は、医者とりわけ産婦人科医という観察者からは、産婦人科医の減少傾向に拍車をかける負の作用が非常に大きいと判断されます。また逮捕理由に関しては、上でいのげさんが書かれている様に、医者には全く納得できません。

>「本当に問題があるかどうか」の判断を捜査機関や法律家に委ねることはしたくない、ということなのでしょうか、結局。
不当と考える判断が目に付けば、その様な判断をする人たちには委ねるわけにはいかないと考えるのが普通だと思います。

本来は、医師と法律家で作る第三者機関が医療事故の審査を行い、医療事故被害者は医師の過失の有無とは無関係に補償され、過失に対してはその責任の大きさに応じて、再教育・資格停止・資格剥奪などで対応すべきであると考えます。これは私個人の意見ではなく、多くの医者が思っていることだと思います。医療事故に関する逮捕・起訴は、決して世の中をよくしないと思います。

>今回色々な立場からの意見を拝見して思いましたが、医師側は「本当に問題のあ
>る事例について法的責任を問うことは当然」としながら、「本当に問題があるかどう
>か」の
>判断を捜査機関や法律家に委ねることはしたくない、ということなのでしょうか、結局。

じゃあ、あなた自身の普段の生活すべてが捜査機関や法律家に判断されたらきつくないですか?

もしかしたら自分の行為が法律に触れて逮捕されるかもしれないとと常日頃監視されていると思ったらどうですか?


医療行為なんて死と隣り合わせなんだよね。死に行く同じような状態の人に同じ治療をしても死ぬ人もいれば助かる人もいる。医者側から見ると「何で片方が死んで、何で片方が助かったか」なんて分かんないことも多い。
それを、死んだほうの遺族から「あっちの患者は助かったけど何でこっちは助からない。あんたの治療が悪かったからだ。謝罪と賠償しろ(まるで某特亜3国みたい)。」なんてそのつどに言われて逮捕されたらたまったもんじゃない。
はっきり言ってそんな死に行く患者に出くわすことなんで日常茶飯事。毎日のこと。


少なくとも、あなたみたいなことを言うのがいるから、小児科産婦人科医(ついでに救急・内科外科など)が減るのは間違いないよね。


うちの姉夫婦が医者なので状況は理解出来ているつもりです。

議論の参考になるかわかりませんが、私が弁護士生活の中でたった1件だけ扱った医療過誤事件のことについて、紹介します。
守秘義務に関わることですし、大きく新聞報道されたので、事故の内容に触れるのは避けますが、医師も病院も過失を認めたため、損害賠償額の交渉を受任しました。
手術を受けた本人は植物状態のため、配偶者からの依頼です。
依頼者の大きな希望として、執刀医には2度とメスを握らせたくない、医師を辞めてもらいたいという点がありました。
私は、医師免許の所管は厚生労働省だが、従来からの慣例では刑事処罰を受けたような医師でないと、医師免許の取消しは行われないと説明しました。
依頼者は、そうであるなら医師免許取消しのために刑事告訴してほしいと言いましたが、医療事件は警察もなかなか動かないと説明し納得してもらいました(執刀医の真摯な謝罪や事故後の病院の対応も影響しています。)。
こうした私の対応には批判もあろうかと思います。
この事件は、大きく新聞報道もされましたので、もし警察の方で事件化する意思があれば、告訴がなくても警察は動いたかもしれません(依頼者に被害届を出すよう接触もあったかもしれません。)。
示談交渉には約3年以上を要しました。
最終的に無事に示談は成立しましたが、その間に執刀医は別の病院に(肩書き上は)栄転していきました。
異動には種々の事情が絡んでいるだろうなとは思いますが、依頼者が最後に唯一すっきりしなかったのは、この異動の点でした。

PINEさん
>医師も病院も過失を認めたため

その過失がどのようなものなのか問題なんじゃないでしょうか。

たとえば、100m先の小さい穴に野球のボールを投げ入れろと言われても
そんなこと出来ない。
じゃあ10m先は?1mでは?10cmでは?

どこからが過失でどこまでが過失でないのか。
どのように線を引くのかが最大の問題なんですよ。
最近の情勢では、100mでも過失と認定されているんですよ。
それが医療従事者には納得できないんですよ。

はじめっからどこで線を引くのか分かっていればいいけど、現実にはなかなか
最初から線を引くことは出来ない。事後にするしかない。
だから医師たちは医療行為の際に疑心暗鬼になるんですよ。
そんな思いをしてまでするのはばかばかしいと思ってやめてしまう。


それは同僚が見ても「そんなことくらい成功させろよなあ」と思うものから
「出来なくても仕方ないよなあ」と思うものまで様々ありますけどね

>  失礼を顧みずに言わせていただければ、医療側(医師に限らず)は崩壊を
> ただ手をこまねいて見ていただけなのでしょうか?

見ているだけではなくて、産婦人科を選ばない。病院勤務を避けて開業する。廃業する。
等々の立ち去り型サボタージュをしてきたのです。

刑事ではなく民事でっていう話をされている方がいらっしゃいましたが、
民事裁判にも私は絶望しています。

例えば、脳性麻痺訴訟がそう。
お金の出所がないので、病院を訴えて、因果関係がないのに病院が負けるような判決。

被害救済とはいえ、保険から支払われるとはいえ、何故医療関係者が負担しないといけないのか理解できない判決が多いです。

> いのげさん
 事件の内容に踏み込むことはしませんが、要するに、検察の主張や手持ち証拠に
ついて情報を持ち合わせていない段階で、捜査を不当であると断定できるはずがない
のではないか、ということです。医療事故に限らず、一方当事者の言い分だけで真相を把握したと思い込むのは危険だと思いますが。
 書き込みの最後にある、「適当に引っ張っておいて理由を後からでっちあげる」という
のも、何か具体的な根拠に基づいてのことなのでしょうか。理解に苦しみます。


> ヤブ医者さん
 ご回答ありがとうございます。

《1》については、元の記事がやや説明を単純化している結果かと思いますが、原告が
鑑定を求めても裁判所が採用しないケースはいくらもあると思います。例えば、過失の主張が不明確であるとか、過失のないことが殆ど確実であるとの心証を裁判所が抱いた場合、有り体に言えば、原告の訴訟活動が拙劣で殆ど勝負にならないケースでは、
鑑定を採用しないのが通例ではないかと。そして、そのようなケースは相当多いはずです。報道されるのは病院側敗訴のケースが殆どなので、裁判所が病院に辛いような印象をお持ちなのかも知れませんが、あれは「珍しく病院側が負けたからニュースに
なる」という意味合いも強いように思います。実際には、医療過誤訴訟は数ある損害賠償請求訴訟の中で、最も原告(=患者)敗訴率の高い類型の一つです。

逮捕の不当性については繰り返し述べたとおりで、もちろん不当逮捕だと批判すること
自体は当人の自由ではあるのですが、現段階で刑事訴訟法的な意味での不当逮捕だと評価することはできないと思われます。要するに、この段階で不当逮捕だと叫ぶ
ことは、社会的、政治的な主張としての意味合いしか持たないのではないでしょうか。
それはそれで意義のあることかも知れませんが・・・・。

司法機関に判断を委ねることに警戒感があるという点は、まことに率直な御意見を
述べて下さったものと理解しております。ただ、以前の書き込みでも触れましたが、
司法機関(最終的には裁判所)が医療機関に対し不当に不利益な判断をしていると
いう印象がどこから来るのか、やや疑問に思っています。

このエントリの書き込みを読めば、医師やそれに近い立場の方がそのような「印象」を
お持ちであることは一目瞭然なのですが、果たして、それは何か具体的な根拠を伴う
ものなのでしょうか。たとえば、過去の判例、裁判例で、医学的常識に明らかに反する
ようなものがあって、それ故に医療現場が混乱しているということがあるのですか?
また、患者が死んだからとにかく病院が悪いというような、およそ非論理的で脈絡の
ない確定判決があったのでしょうか?

仮に、医学的に見て専門家の大多数が問題だと感じる判決が出るような事態があったとしても、だから司法的解決の埒外に置くというのではなく、より実体に沿った司法
判断が出るよう立証のあり方を工夫する、というのがあるべき方向だと思います。一度
専門性を理由に司法的解決の例外を作ってしまうと、それが他の分野にも際限なく拡散して、ひいては専門的集団の独善を許す結果につながりかねないからです。
例えば、政治家や公務員の汚職については公務の範囲に関する専門的判断を必要とするから同業者だけで判断しようとか、違法建築についても複雑な計算が必要だから業界内部で判断して裁判所に持ち込めないようにしようというのは、健全な社会とは思えません(ちょっと脱線ですね、すみません)。

 また分娩時の医療事故?の報道です。

 分娩で頭蓋骨骨折、新生児死亡=愛育病院、医療ミスか−警視庁(ヤフーニュース (時事通信) - 8月8日14時0分更新)

 調べでは、6日午後5時すぎ、病院内で港区の女性(38)が女児の出産を開始。同9時ごろ、出産が長時間になり、母子に負担が掛かると判断した男性医師(31)が、鉗子(かんし)を使い新生児を挟んで取り出す方法を選択したが、約30分後に頭蓋骨が骨折した状態で生まれ、7日午前9時20分に死亡が確認された。

> ありゃりゃさん

 コメントありがとうございます。

> じゃあ、あなた自身の普段の生活すべてが捜査機関や法律家に判断されたらきつ> くないですか?
> もしかしたら自分の行為が法律に触れて逮捕されるかもしれないとと常日頃監視さ> れていると思ったらどうですか?

 「普段の生活全て」というのが何を指すかですが。起きてから寝るまでの日常動作
全てを一々評価されるのは、たしかに大変ですね。でも、医師であるが故に、そうした日常の所作を法律家が判断して不利益を負わせたという事例があるのでしょうか?
また、捜査機関が医療行為を「常日頃監視」しているような事実があるのでしょうか?
病院の診察室に刑事が潜入して、虎視眈々とスキをうかがっているのですか?

 監視という言葉のニュアンスが定かではありませんが、自分の行為や仕事が第三者に損害を与えた場合、そこに故意や過失があるかどうか捜査機関等が判断するのは当然のことです。調理師が不潔な材料を使って食中毒を起こしたら、民事、刑事の責任を負います。建築士が違法な設計をしたら責任を追及されます。マスコミが誤報をたれ流した場合だってそうです。保育所や小学校で児童が事故死したら、保育士や教諭
の注意義務違反が問われます。別に、医師だけが捜査機関に目をつけられて特別に危うい立場に立たされているわけではありません。

> 医者側から見ると「何で片方が死んで、何で片方が助かったか」なんて分かんない> ことも多い。それを、死んだほうの遺族から「あっちの患者は助かったけど何でこっ
> ちは助からない。あんたの治療が悪かったからだ。謝罪と賠償しろ(まるで某特亜3> 国みたい)。」なんてそのつどに言われて逮捕されたらたまったもんじゃない。

 まず、謝罪と賠償を求められること自体は、医師に限ったことではありません。と
言うか、客商売をしている人は、客の不当なクレームなんて日常茶飯事すぎて、一々
強調する気にもならないのではないでしょうか。弁護士もしかりです。

 そして、逮捕については、単に患者が死亡したことだけを理由になされることは全く
ありえませんし、これまでもなかったと認識しています。

 失礼ですが、被害妄想が過ぎるのではないでしょうか。

ありゃりゃさん、レスありがとうございます。

刑法上も、ホントは、「出来なくても仕方ないよなあ」=過失なし、なんです。
お医者さんから見た「出来なくても仕方ないよなあ」と、警察・検察から見た「出来なくても仕方ないよなあ」と、裁判官から見た「出来なくても仕方ないよなあ」にズレがあるので、お医者さんたちは戸惑うのでしょう。
だから、お医者さんのなかに「事情を知らない人間が後から無茶なことを言わんでくれ。」って思う人がいても、私は「そりゃそうだろうな。」と思います。
そういう点では、同じ専門職につく身として、理解できるんです。
でも、私らの仕事でも、「一般国民の立場からは、そうじゃない。」って言わることが多くなってきて、それに対応してかないと弁護士に対する信頼が失われるなぁと思ったり。
未熟な私は日々悩みながら仕事をしています。

本来刑法、罪刑法定主義の役目というのは、人々に対して、何が犯罪になり、その犯罪に対してどういう刑罰が科されるか、を予め明確にしておくことにより、人々の行動の自由を保障することにあります。
ですが、故意犯なら、「人を殺さなきゃいいんだ。」っていうことで判断しやすいんですが、過失の場合には、刑法には「過失」によりとしか書いてなく、その「過失」の中身は分からないんですよね。
だから、お医者さんにしてみれば、「後から言われても・・。」とか「怖いからやめとこ。」になってしまう。
それは、本来刑法の目的ではないんですが、なにせ明確な基準をたてられないので
・・・私には解答がありません。

刑事手続は、国が「アンタはけしからん!」としてペナルティを科すかどうかの手続です。
自分が刑事手続の対象となれば、どんな人間だって、自分の防御のために不利益な事実は隠そうとするでしょう。
そういったことから刑法上も、警察から逃げる行為は犯罪ではありませんし、自分の犯罪について証拠隠滅する行為は処罰の対象ではないです。
被疑者・被告人には黙秘権もあります。
(その反面、犯人に逃亡や証拠隠滅をさせないために逮捕勾留制度が認められているのですが。)
例えば医療過誤であれば、国が、ミスをした医師を処罰することよりも、何故ミスが起きたのか、そのミスを防ぐにはどういう対策が必要かに主眼を置くとすれば、医師に刑事免責を与えたうえで、自分の行った医療行為について包み隠さず話してもらう制度をとることも考えられます。
我が国は、そういう価値判断ではないのです。

それから、私が事件処理で感じたことは、厚生労働省の医師免許に対する厳格な運用の問題です。
最近では運用を変えているようですが(実際は知りません)、以前は刑事事件で有罪とならなければ、医師免許の取消しはなかったようです。
現実には、勤務先の病院から謹慎を命じられたり、診療から外されたりといったペナルティがあったとしても、すぐ比較されがちな運転免許のように減点や免停、取消しといった一般人からみて分かりやすい行政処分はないので、ご遺族は納得できない面があるのではと思います。
そこいらへんも、ご遺族や警察の行動に影響を与えているのではないかと思います。

FFFさんは他人には具体的なソースを求める割には、自分はほとんど「〜と思う」
「〜はず」で話を進める傾向がありますねぇ…
例えば
>原告が鑑定を求めても裁判所が採用しないケースはいくらもあると思います。
どういう根拠でそう思われるのでしょうか?

>原告の訴訟活動が拙劣で殆ど勝負にならないケースでは、
>鑑定を採用しないのが通例ではないかと。そして、そのようなケースは相当多いはず>です。
多いはずの具体的な根拠をお聞かせください。どうもFFFさんもソース無しの印象
だけで多い少ないを語っているような気がするのでね。

まず人に事実や事例を聞く前に自分から…できるよね?

> 正宗さん

 その業界で8年ほど仕事をしているから、です。医療過誤訴訟については、自分が直接関与したもので数十件、業務上参考にしたケースについては二百件程度の経験があります。なお、立場(弁護士、裁判官、裁判所書記官、鑑定医等の別)については明らかにしませんので、信用する人はしてくれればよいし、素性を明らかにしない以上信用できないということであれば、それもやむを得ないと思います。

 なお、ここのコメントで医療現場の実体験を語っておられる方は、医師か、それに近い立場の方なのだろうと勝手に推測しております。正宗さんの御職業は何ですか?
(別にお答え頂かなくとも構いませんし、お答え頂いたところで、それが本当かどうかを検証する術もありませんが。)

>FFF様

もうすこし分かりやすく言えば,「発表済み100%検察のストーリーを前提として解釈してもどこが過失なのか理解できないから」ほとんどの医師がご立腹なんです.
実は報道がどんなにいいかげんかについてはわたしもよーく知っています.今回は県の報告書に相当詳細な事実関係の明記があり,相当詳細がわかってたと判断できたのです.デッチ上げの件については検察が逮捕後に過失とする医療行為の内容を実際に変更したことを指しています.逮捕してから理由を変更するという行為は,複雑な医療行為関連ですからゼッタイダメとは申しませんが批判を受けて当然だと思ってます.

そもそも「正確で充分な情報が無いから医師は事件について正しい判断ができないはずだ」と申されますが.事故再発防止のためには何よりもまず正確な情報の公開が必要であり,報道にはこれがゼンゼンできない上に,検察が情報を握りこんで医師に伝えない.本当に再発防止に協力する意欲があるのか疑わしい.

>モトケン先生
ページが重いせいもあって二重投稿してしましました.すいません.無記名の方を削除していただければ幸いです.それと,新生児頭蓋骨折の件は別記事で立ち上げた方がよろしいかと思いますです

医師のネット利用率が近年急速に上がっていることを実感する。特に若手であればまずほとんど例外なくネットから情報を得ているようだ。
こういった場所に出入りする医師であれば、医療過誤訴訟、医療崩壊、医療制度改革といった話題に関しては相当な興味と知識を持っていると見ていい。その結果、一般市民との間には当然ながら情報格差が生じる。医者と患者の間に生じるそれと同じように。

福島事件のような重大事件であれば、地方紙も含めた各種マスコミ報道はもちろん、議会での答弁から地元からの口コミまで幾多のソースから情報を収集するのも決して難しいことではなくなった。
何故か?マスコミに載る情報だけでは到底事情が納得できないからだ。医学的な常識からすればあまりにもあり得ない内容に疑問を抱かざるを得ないからだ。そして何より、医療に対してより誠実に臨みたいという気持ちがあるからだ。より優れた治療法を求め文献を漁ることと、それは基本的には何ら変わりはない。

こうしてより多くの情報に接した医師ほど、昨今の一般市民との温度差を実感しているのではないだろうか?ネット上においても、実生活の場においても。
そもそも話が通じない。専門家と素人の認識の差と言うならまだいい。事実関係に対する認識すら根本的に違う。盲人たちの語る象の姿ほどに違い過ぎる。労を惜しまず一から説明をし、理解を得ようとすることが空しく感じられてくるほどに。
マスコミ報道の結果?医師サイドのアピール不足?医療費抑制という政策的誘導?原因がどこにあるにせよ、まさに医療現場で起こっていることと同じ事態がネット上でも起こりつつあるように感じる。

防衛医療、立ち去り型サポタージュ、逃散… 言葉は違えどこれらの基本的構造は共通している。イギリスにおける医療崩壊がどのように進行したかを思い出せばいい。最終的にそれを決定付けたのは医療者のモチベーションの崩壊、それにつきる。
今や医者達は疲れ果てているのだ。

民事と刑事の話が混乱しつつあるようですが、FFFさんは刑事責任についてどう考えておられるのでしょうか。
 医師が捜査機関とかかわる場合業務上過失との扱いになることがほとんどですが、業務上過失は、傷害を起こす危険が予見(予見義務)でき、そのような結果を回避すべき義務があるにもかかわらず、その実行において注意を欠く行為により重大な結果を招来すること(注意義務違反)によって成立します。しかし、当初より相当程度に危険が予見でき、回避可能な手段が極めて限られているにも関わらず、実行されることが多い医療行為に対して、過失罪を適用することが本来の過失罪の目的にかなうものかどうかの見解をいただきたいと思います。
 この福島のケースに対して有罪が確定した場合、たとえばそもそも産科手術を一人で行っていたことで緊急事態に対処できなかったという認定になった場合(実際そういう論調が強いと思われます)、一人で産科手術を行うことが刑法的に違反なるわけです(このケースで"とんでもなく下手な人間が"一人で医療行為をしたから 刑法違反に問われたと受け取る医師はいないでしょう)。青戸病院のようなケースは特殊なケースとの認識が可能ですから、刑法違反といわれて困る医師は実際いないでしょうが、一人で産科手術すること自体が刑法違反になるとする場合、相当の影響があります。もちろん複数で診療できるほうが良いに決まっていますが、そのような体制をすぐさまにとることは困難でしょう。できない部分は撤退するしかないわけですが、撤退することにより不利益をこうむるのは最終的に患者さんである可能性が高い、すなわち一部の患者のためにより多数の患者が不利益をこうむる可能性が高いと思われます。殺人などの善悪に関わる罪の場合、これは容認されますが、過失犯の場合、その目的(政策的なもの、すなわち過失罪は功利的なものであり、道徳的なものではない)にかなわない可能性が高くならないでしょうか。
 富士見病院事件のようなものならいざ知らず、明らかな傷害罪に問えないような、一般的な過失をめぐる程度のもので一つ一つの医療行為に縛りがかかることが、将来的に良い結果を得られるとは思えません。またPINE氏も述べていますが、刑事犯になれば防御権が発生しますからその点からも望ましい結果になるとは考えられません。 
 最近刑事犯に関しては遺族感情に配慮した流れがあり、医師に対する業務上過失についてもそうした流れから出てきていると思われる節がありますが、そもそも善意の行為である医療行為に対して、そのような流れが適用されることが最終的にどのように作用するか、考慮する必要があります。

FFFさん
原告側の弁護活動をされているのでしたら、一度病院の
(特に産科、外科系)お仕事、できれば手術に立ち合わせ
てもらうといいでしょう。手術が教科書通りにできるものでは
ないことを理解してもらうにはいい方法です。

福島の事件に関して言えば、報道だけみると全く未熟な産科医師が
経験のない手術をして妊婦さんを死亡させたという報道内容のため
普通の報道に対するリテラシーのない一般人常識では「極悪非道で
未熟な産科医師」という印象をもつのが普通です。そんな中で私達が
声をあげたのは、帝王切開の手術でK医師が術野でどのような出血を
目にし、どのような状況に陥ったかをおおよそ予想がつくからです。
あなた方は出血といえば血管からシューというイメージでしょうが
産科に関していえば術野全体から出血しているような状況(ホラー映画
で全身から血がにじみでるような場面あるでしょ)それが目の前で起こ
るのです。その中で何とか子宮摘出まで完遂されたK医師は産科医師と
して決して技量が低いという評価にはならないと思います。

ほとんどの外科系医師は今回のケースでもしK医師が業務上過失致死で
有罪になろうものなら、今後メスは握れないと思うはずです。
というか全体でメスをおいて手術から撤退、日本全国で手術ができない
ような状況にするべきとまで思っています。

まぁ確かに限られた報道だけで判断やいろいろ意見するのはFFFさんの
おっしゃるとおりどうかという気もありますしが、一人で産科診療を
行ってきた医師に石を投げつけるような福島県に赴任しようという人
はいないことは断言できますね。

FFF様

一つのことを追い続ける時間がおありでうらやましいです。大変しつこくていらっしゃって脱帽いたします。日頃のご活動の賜物と思われます。

>その業界で8年ほど仕事をしているから、です。医療過誤訴訟については、自分>が直接関与したもので数十件、業務上参考にしたケースについては二百件程>度の経験があります。

FFF様のご経験には恐れ入ります。ただ、無数の患者を相手に医療を行っている者からすればあまりに数が少なくかつ偏ったサンプルを基にお話しされていると思います。自信をもってお話しなさるにしてはあまりに貧弱であると申し上げればよろしいでしょうか。

医師の給与がどうとか、法律業界に敵愾心があるとか、あまり感情をあおるだけのようなお話は、お宅様の品位を下げますのでおやめになったほうがよろしいかと思います。また、このblogはあくまでFFF様以外の方のblogです。あんまり長々とヒステリックな文章を載せることは他人の軒先で油を売っているような印象があり、上品なものではございません。そういったことを避けるようなデリカシーをお持ちになられると、よろしいのではないかと思われます。参考にしていただければ幸いです。

>内科医さん

 コメントありがとうございます。

 先ず、サンプルの数について説明しますと、診察の件数と訴訟の件数を
同列に考えるべきではないと思います。医療過誤訴訟は総じて重大複雑な
事例が多いので、情報量としては相当なものになります。また、百件だから
説得力がなく、10000件だからある、という類のものでもないと思いますが。
論旨に問題があるのであれば、そこを具体的に御指摘頂ければと思います。

 品位についてですが、ここを管理していらっしゃるモトケンさんから何らかの
御意見があれば、それに従うこととさせて頂きます。

"自分の行為や仕事が第三者に損害を与えた場合、そこに故意や過失があるかどうか捜査機関等が判断するのは当然のことです"。この部分で一部重要なところが、抜け落ちていることにお気づきでしょうか。そう公共の福祉という部分ですね。このような判断をせずに捜査機関が実際に捜査をしていることはありえません。捜査機関の捜査は常にこの恣意性を伴っています。そして恣意性は社会を維持するのに重要な働きをしています。故意犯の場合、捜査機関にはこの恣意性はほとんどないでしょう(法務大臣指揮権発動など)。しかし、過失犯においては罪が法定されていないことから、この恣意性が極めて高くなっています。したがって、実際は運用しだいということになります。"原則として当然だ"とは当然の前提でこの場合は問題になりません。現実にはすべての過失犯を刑法犯として捉えれば社会は崩壊するのは明らかです。捜査は過失犯の場合特に恣意的なものです。その点を伏せてそのような主張をされるのはいかがと思います。
 その恣意性・運用が妥当かどうかをもう一方の当事者である医師側が、検証できないことに問題があります。これは刑法の仕組み上やむをえない面であり、だからこそ刑事責任を問うことは問題の多いやり方だといえるでしょう。
 過失の範囲を決めるのには慎重であるべきで、実際10年ほど前までは、実際に医療行為に対して過失を問うことはほとんどなかったわけです。この運用が変更になった点が、今医師側に不透明感を与えているのであり、法治国家である以上捜査機関が捜査するのは当然という建前論は、この場にふさわしいものではありません。

>Hekichin Kahekichin さん

 実際の判決文を、証拠や鑑定意見と併せて全文読んで頂ければ
お分かりになるかと思いますが、司法判断では、ある手術が教科書
通りに行かなかったから有罪だとか、過失があると単純に結論づけて
いるわけではありません。

 また、福島の事件がどうかは知りませんが、民事の裁判であれば、
患者側の主張に沿った見解を示す医師がいることが通例です。中立
的な立場から鑑定意見を出した医師の場合もあれば、当事者の依頼に
応じて意見書を書いた医師の場合もありますが、いずれにせよ、何ら
かの形で医師の意見は参考にされているのが現実です。

民事はともかく刑事において、医師の見解が鑑定として入っているかどうかなど問題でありません。信号を見落としたのは誰が見ても過失ですが、今回の福島の判例において胎盤をはがしたのは誰か見ても過失かどうか。この誰か見ても過失かどうかの縛りが民事裁判より刑事裁判においてより重視されるのは当然と考えます。その点で、起訴時点でこれだけ意見が分かれる"過失"について刑法犯として罪を問えるのかどうか、これで罪が問えるのであれば、罪刑について詳細な規定のない過失罪の存在自体にかかわる問題です。過失は自明であることが前提のはずです。そうでなけば回避できないからです。今回の問題は、これまでのアルコールと水を取り違えたとか、挿入すべきでない場所に挿入したなどという、医師にとって自明のことではない過失でした。だからこそ、この件が大きな衝撃を与えたのです。あの時点で胎盤をはがした方が良いのか、よくないのかこれは誰にもわからないというのが答えです。自明とは誰にとっても自明ということで当事者にのみに自明ということではありません。ですから過失が討論されるということ自体がそもそも問題です。なぜならその過失が自明のものであるかどうかに疑いを生じるからです。刑法犯とはそれ程の重みのあるもののはずです(疑わしきは罰せずの原則)。
 重ね重ねになりますが、医師側は民事訴訟を否定しているわけではありません。なぜ、今回このように自明でない過失で刑事責任を問われるのかを問題にしているのです。

 それぞれのコメントがかなりヘヴィーなので、横レスを入れるのもむずかしい状況なのですが、

 たぶん法曹側と思われるFFF さんと医療側の皆さんの対立構造みたいなものが形成されているような感じです。

 その原因として用語の理解がずれているような印象を受けます。
 特に「過失」という言葉の概念に相当ずれが感じられます。

 医療側の方たちは、刑事について言えば、たぶん起訴された事例を医療側から見た視点で過失概念を形成されているのだと思いますが、法曹側は多数の不起訴事例も含めて過失感覚を持っています。

 この点については、法曹側からもっと説明をすべきであると思いますが、医療側もそれを理解しようとする姿勢をお持ちいただきたいと思います。

 ただし、医療側から指摘されていますように過失はもともと曖昧であり、曖昧であるが故に恣意性が紛れ込む可能性が大きいことは事実です。

 個々の事件の処分の当否、特に福島の事件については、私も論評できる程度の情報を持っていませんが、医療側が大きな不満と不信を抱いておられることは明白であり、そのこと自体が深刻な問題であると思います。

 法曹側としても、医療側の実情や率直な意見を知る努力をする必要があることは当然です。
 専門家は自己の専門領域においては常に独善的になる危険を有していると思います。

 このブログが双方の溝を深めるのではなく、双方が協力して現状を少しでもよくする方向への議論の場になることを願います。

このエントリーに参考になるブログを紹介したいと思います。

1つは
Yahoo!ブログ - 法医学者の悩み事
http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1

徒然なるままに法医学者の日常を日記形式で紹介
いろいろ書かれてありますが、主なエントリは、

診療に関連した死亡事例をどう取り扱うかに関して
医療事故調査で改善すべきは?
厚生労働省モデル事業
検察庁のお偉方の話
医療関連死モデル事業
モデル事業があっても  
なぜ警察ではだめなのか?
所轄署と警察本部の関係  

刑事手続きの医学によるコントロールは可能か
医学による刑事手続きのコントロールは可能か
医師の逮捕・起訴を正しく予防するためには?

産婦人科医逮捕について
またまた産婦人科医逮捕に関して
産婦人科医逮捕について(3)
記者さんからの話
割り箸事件 
産婦人科医と小児科医の不足を改善するには?
起訴便宜主義と国民皆保険制度の共通...

など。

2つ目は
弁護士のため息
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/
ある弁護士の日々の雑感を不定期に綴ります。
患者側弁護士のブログです。

主なエントリーは
協力医がいない。
患者側弁護士の仕事
医療過誤のはなしーその1
医療過誤のはなしーその2 診療経過一覧表
医療過誤のはなしーその3 裁判は早ければいいのか?
医療過誤のはなしーその4 後医の重要性
最高裁が医療裁判の統計データを発表

「医療って」さんからのコメントに対して(1)ー医療水準論
「医療って」さんのコメントに対する回答ー続・続
「医療って」さんのコメントに対する回答ー続き 
医療水準論−その2
患者と医療の深い溝

勤務医が多忙になる理由
勤務医の忙しい理由ー3時間待ち3分診療の原因<患者側の要素>
医師の方々への質問ー具体例
機嫌が悪い。

など。

ぜひ皆様、これらのブログを見てください。
宜しくお願いします。

>FFFさん

私は、FFFさんと議論させて頂いて良かったと思っています。自分とは異なる視点や発想から物事を見ている方との対話は必要でもあります。

法律家の方と、そうでない方の間には、モトケンさんの言われる用語の理解のズレということもあるのでしょうが、それ以上に思考の方法が異なる様な気がします。

>現段階で刑事訴訟法的な意味での不当逮捕だと評価することはできないと思われます。
たぶん多くの一般人にはこの「刑事訴訟法的な意味での不当逮捕」の意味が理解できませんし、そもそも不当という言葉を限定的に定義して使用する発想すらないのだと思います。これは、法律家がよく言われる
>裁判の成り行きをみないとなんとも言えない
にも言えることで、一般人の感覚からすると裁判になっただけでもう絶望的な雰囲気を感じます。なので、
>過去の判例、裁判例で、医学的常識に明らかに反するようなものがあって・・・
の前段の逮捕・起訴の段階に反発しているのだと思います。さすがに裁判となれば、
>およそ非論理的で脈絡のない確定判決
など無いだろうと、門外漢の私でも信じています。

言葉遊びのプロと掲示板で論争しても負けるに決まっているんだから
さっさと立ち去り型サボタージュしておくほうが精神衛生上もいいよ

>もうさ さん

 最近、このブログは掲示板化しているようですが、掲示板の議論で勝った負けたということ自体がナンセンスだと思います。

 そもそも建設的な議論というのは勝ち負けを問題にする議論ではないと思います。

 私としては、意見の異なる人たちがそれぞれの意見を述べ合って、相互理解に資するならば、このブログが掲示板化しても何ら問題ありませんし、望ましいことと考えています。
 ただし、「相互理解に資する」というのが条件です。

1つ思うのはですね。
物理的に可能か?あるいは技術的に可能か?
というのと
システムとしてそれが可能か。

は別だと言うことです。

たとえば福島の県ですが、
これだけの血液を用意していれば、とか、スタッフがそろっていれば、
あるいは同症例の経験を多く積んだ医師が執刀していれば
(実際そうであれば救命可能だったかは別として)
と言うものの、今の日本の医療システムでそう言う体制が可能かどうか、
という所を無視しての議論は無意味だと思うのですが。

それと福島の県を不当だと反発する、これではメスが握れないと嘆く理由ですが、
「何かわからんけど裁判で真実が明らかにされるらしいから落ち着いて待て」
では困るんですよ。患者も病気も待ってくれません。
どんな事情なら逮捕されるかわかるまで待ってもらうわけには行かないんですよ。
少なくとも今医師が集められる情報の中からは過失は見受けられない。
その中で診療行為を続けていくことは、もう、目隠しをして地雷原を歩かされるようなものです。

割り箸の件は無罪となりましたが社会的にものすごい制裁を受けています。
人殺し扱いですよ。
報道はされていませんが当該医師の家族も嫌がらせの一つや二つ受けていると思います。
法的判断が出るまで大騒ぎするなと言うなら、明らかに被告の起こした犯罪以外は
(被告の行為がなければ死者あるいはけが人がでなかった場合、割り箸の件はこれに含まれない。)
マスコミも報道を控えるべきです。

過失とは何であるか?「人間であれば、おかす者である。」と私は思うのです。又「どんなものにも、リスクはある。小さくはできても、ゼロにはできない。」とも思うのです。

これに関連して医療について考えてみると、刑事罰は慎重した方がよいと思うのです。mktaxi73さんのコメントにアルコールと水の取り違えが合いますが、故意はないはずなので、容器の問題、準備との関連、その他様々な要素も絡む。従い、それだけで刑事罰になるかと言えば、私の感覚では刑事責任を問うのは酷であると思うのです。(最も自分が患者や患者の遺族であった場合でも、その感覚に立てるかは分かりませんが)

しかし、民事が責任なしでよいかと言えば、結果として被害が生じているのであれば、賠償する義務がある。当事者同士で合意できないのであれば、裁判が最後の手段である以上、裁判を禁止することは不当である。医師並びに医療側も責任の度合いを述べ、無いのであればそれを主張すべきである。

なお、私がこの件に関連して思うのは、インフォームドコンセントとの関係である。実施する医療行為の内容を適切に患者に対して説明を行い、そのリスクについても納得を得る。納得が得られないのであれば、セカンドオピニオンを取ってもらい患者が合意し納得して自らがその合意した医療サービスを受けることが基本であると思うのです。(救急患者等でそんな余裕のない場合もありますが)

>なお、私がこの件に関連して思うのは、インフォームドコンセントとの関係である。実>施する医療行為の内容を適切に患者に対して説明を行い、そのリスクについても納>得を得る。納得が得られないのであれば、セカンドオピニオンを取ってもらい患者が>合意し納得して自らがその合意した医療サービスを受けることが基本であると思う>のです。(救急患者等でそんな余裕のない場合もありますが)

現場としてはガイドラインを決めて欲しいです。

・ここまで説明すればよい(内容・所要時間)、
→それで納得されなかった場合、理解されなかった場合は、治療しなくてもよいor
医学的に必要とあらば(緊急性があれば)納得が得られなくとも遂行した責任を問われない

薬に副作用があることすら納得できない方もおられますから。

 運用の恣意性については、検察はもう少し慎重になったほうが良いと思います。起訴=有罪という日本特有の条件を承知の上で、起訴することで社会的な影響を大きくすることを狙ったという側面は否定できないと思われます。日本の場合、特に国民が国家の介入(この場合は捜査機関)により行き詰った事態を是正しようという傾向が強いことから、検察にそのような使命感を持つ方が多いのだと思いますが、刑事裁判をそのように利用することについては法律家としてはむしろ慎重にあるべきところ、逆の動きが目に付きます。正直のところ、起訴して無罪になったとしても(あるいは捜索されたが不起訴になったとしても)、被告側はうまく言いぬけたという受け止め方をされるだけで、検察(警察)は非難されることはほとんどありません(内部的にはどうか知りませんが)。儒教的なものですが疑われること事態が問題だとの受け止め方が一般的です。捜査権の行使自体が、すでに裁判結果と同等もしくはそれ以上の拘束となっています。今回の福島のケースでも裁判で事実は確定していないのはまさにそのとおりなのですが、実際の社会的影響はとっくにそれを飛び越えています。裁判の結果など、それほど影響は無いでしょう。建前として事実は確定していませんが、社会的にはもう事実は確定しているのです。これほどの影響を持つ捜査行為を言ってはなんですが福島の一検察が行い、結果として国全体の医療行政に多大な影響を及ぼすことが、民主国家として適当なのかどうか、国の政策を決める手続きとして適当なのかどうか、非常に近眼視的な判断がなされたのではないかと思います。
 法治国家である以上法の解釈権を握る法曹は最大の権威です(医療という専門のことでも、裁判官が判断すれば足りるとする意見もその延長線上にあると思われます)。権威である以上その行動には慎重を期すべきと考えます。いまの法曹界に敵愾心を持つ人が多くなる理由は、自身が最大の権威でありその行動に節度を求められていることに対する自覚が無いことだと思います。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20060627/105176/
現場で起こっている真実についてマスコミが深く取り上げることは少ない。
医者と患者の関係について突き詰めるほど、その根底にある長年のマスコミ報道の影響についても言及せざるを得なくなってくるからだ。

「お産は病気ではない」
マスコミのキャンペーンによってか、そんな言葉が広まって久しい。出産事故に関わる報道など今や珍しいものではなくなった。病気ではないからこそ健康で五体満足に生まれて当然、何かあれば医者がミスをしたに違いない。報道が目立つからこそ余計に神経をとがらせる。最初から予断を持って医者と接する。当然の結果として、医者側も防衛医療に走るようになる。そして「誠意のない医者」に対する不信と攻撃はますます激しくなっていく。

米国では脳性麻痺の原因は出産時の処置ミスのためだとキャンペーンが張られた。医者側の敗訴判決が相次いだ結果、ニューヨークでは帝王切開率が以前の倍以上になった。しかしその結果、脳性麻痺の発症率が減少したという事実はない。日本でも近年急速に帝王切開率が上昇しつつあるのは既報の通りだ。福島事件等を受けて今後は出産時の子宮全摘も急増していくことだろう。

医者と患者の敵対的関係は今も進行しつつある。一度崩壊した関係が修復することは極めて困難だ。医者と患者の間で続くこの負の連鎖反応が一体誰に幸せをもたらすのだろう。

mktaxi73さんの意見は概ね納得できます。

ただ、法の解釈権(司法権と言ってもいいですが)は、法曹の中でも裁判所しか持っていません(憲法76条1項)。
法曹の中でも検察や弁護士には、法の解釈権は与えられておらず、攻撃し防御するという当事者の地位を与えられてるに過ぎないんです。
そして、刑事訴訟法で、捜査をするかどうかの裁量権が警察や検察に、起訴するかどうかの裁量権が検察に与えられているのです。

最近の警察・検察は、犯罪被害者保護の流れの影響を大きく受けていると思います。
「警察・検察は、もっと被害者・遺族の声に耳を傾けろ!」と。
刑事手続は国がペナルティを科す手続であり、被害者や遺族といえども刑事裁判では一つの「証拠」に過ぎないのですが、手続にも関与させろという声も強くなっています。
国民の意思を反映させるため、それまで拘束力のなかった検察審査会の議決に拘束力が認められることになった(施行はされてません。)のも、その流れの一つと思います。

私ら国の制度の中でしか動けませんから、刑事裁判がどんな方向に行っちゃうのかなと思っています。

> ヤブ医者さん

 こちらこそ貴重な御意見を拝聴できてありがたく思っております。途中、当方が失礼なことを申し上げたにもかかわらず辛抱強くお付き合い頂き、恐縮している次第です。

 ところで、たしかに「刑事訴訟法的な意味での」という表現は分かりにくかったかも知れません。要するに、逮捕や勾留は、刑事訴訟法の手続に沿って行われるのだから、それを不当というのであれば、その手続のどこが法律に反するのかを具体的に指摘しないと捜査当局(と令状を発付した裁判官)に対する批判としては弱いのではないか、ということが言いたかったのです。

 もっとも、他の書き込みでも指摘のあるとおり、判決が確定する前から事実上の影響力は生じていますし、医師の方が不安感を抱かれるのも相応の理由があると思います。そこで何らかの主張をし、アクションを起こすことは当然の権利ですが、ただ、先に述べたような理由からすると、福島の事件について不当逮捕と論難することはおそらく得策でなく(結局「不当」かどうかの検証ができないので、利益集団主導の単なる政治的PRと取られる可能性がある)、医療過誤の判定方法や、過誤があった場合の救済策、過誤を犯した医師に対する処置等の制度全般に対する提言を含むものであるべきではないか、と考えます。

>福島の事件について不当逮捕と論難することはおそらく得策でなく(結局「不当」かどうかの検証ができないので、利益集団主導の単なる政治的PRと取られる可能性がある)、医療過誤の判定方法や、過誤があった場合の救済策、過誤を犯した医師に対する処置等の制度全般に対する提言を含むものであるべきではないか、と考えます。

政治的PRなどとは夢にも思っておりませんが。このままでは妊婦の出産する場所がなくなると、患者様のことを思った医療者側からの緊急提言と考えております。
まあ、どうとられようとご自由ですけれども。

総じてずいぶんのんきでいらっしゃいますね。
医療の滅亡 脱医 が進行しております。ご心配なさらなくても結構でございます。私も最前線での医者は辞めました。ありがとうございました。

> mktaxi73 さん (ちょっと前の書き込みに対してです)

そもそも危険性をはらむ行為であるという医療行為の特質については、当然、過失の判断にそれを織り込むことになりましょう。何らかの侵襲があれば即有罪ということでは勿論なく、その患者に対する治療法としてどのようなものが想定されるか、その治療法を選択した場合はどのような点に注意を払うべきか、診療の途中で容態が変化した場合、どのように対処すべきか、等の問題について医学的知見や医師に通常求められる技能水準から規範を定立し(規範といっても、医師の専門性に配慮して、ある程度幅のあるものになるはずです)、今回の医療行為がそれに反したものになっていないか、という順で判断するものと思われます。より安全な治療方法が確立しているのに医師が危険な方法を選択した場合、あるいは、その手術を行うのであれば当然身につけているべき技能に欠けていて失敗した場合等は、過失責任を問われることになろうかと考えます。

結果の回避可能性については、ある場合もあればない場合もあるでしょう。ない、あるいは殆どない場合は、無罪になるでしょうが、これは、別に医療行為に限ったことではなく、結局は程度問題だと思われます。たとえば車の運転でも、歩行者が赤信号を無視して横断してきて事故になった場合、到底衝突を回避できないタイミングで飛び出してくれば、結果の回避可能性はなく、運転手に過失は認められませんが、普通に前方を見ていれば停まれたのに注意散漫だった結果衝突したということであれば、結果の回避可能性がないとはいえず、過失ありということになりましょうか(歩行者の信号無視行為を量刑上考慮することはあるものの、過失犯自体は成立する)。

一人で手術をすること自体が違法になりうるかという点は、予見可能性の問題として論じられることになるのかと思います。手術といっても千差万別でしょうから、通常なら一人で十分対応できる程度のものを一人で実施したところ、稀な事象が生じて生命の危機に陥ったということであれば、一人で執刀したこと自体悪い、ということにはならないはずです。他方、そもそも危険性の高い手術で、複数の医師が同時に担当しないと困難なケースを特段の理由もなく一人で執刀したのであれば、そもそも一人でやったこと自体が間違いだったと評価されましょう。そして、この「特段の理由」としては、転院や搬送が容易だったか否かが、その地域の医療体制を前提にしつつ検討されるのではないでしょうか。

医療行為に刑事責任を問うことが国民の利益にかなうかという議論はありうると思いますが、少なくとも現行の刑法を前提とする限り、犯罪の成立を否定する論拠にはならないと思います。すいぶん昔、「国家有益論」という論法があって、要するに、政治家や官僚等は「国家にとって有益」な人材であるから、ちょっとした収賄程度で処罰することは国家にとって有害であり許されないというものなのですが(もちろん裁判所はそうした論法を一蹴しています)、それと同じとは言わないものの、何となく似た印象を受けます。仮に、医師による過失犯に限って刑事的な免責特権を与えるとすれば、或いは、捜査当局が過失犯での立件を控えるとすれば、そうした恩恵にあずかれない大多数の人(薬剤師、看護師のほか、運転手でもパイロットでも整体士でも教諭でも)から、「自分達の仕事は社会的な有益性が低いというのか」という不満が出ることは避けられないと思います。


日本最強の圧力団体と言われた日本医師会の政治力があれば、医者の過失を刑事訴追の対象外とする特別法の制定や、国営の賠償責任保険制度を設立する立法など簡単なことに思えますが、既に政治力は失われたのでしょうか。

それとも、患者がそういった法律を作る運動をすべきだと言うのでしょうか?

> mktaxi73 さん

 「捜査は過失犯の場合特に恣意的」という部分は、正直よく理解できないのです。過失によって傷害が生じた事象の全てを捜査し、起訴するというのがあり得ないことは当然で、これまでも、様々な方法で事件化すべき事例を選別してきたことは確かです。

まず、被害者や遺族が処罰を求めていない場合は被害届けが出されず、このような過失犯について捜査が行われることは稀でしょう。また、被害届けが出されても、犯罪性が殆ど、または全くないと捜査当局が判断すれば、やはり本格的な捜査はしないものと思います。

医療過誤を刑事事件として本格的に捜査することは、これまでは確かに殆どなかったように記憶していますが、近時は国民の声(実際にはマスコミの声かも知れませんが)に影響されてか、徐々に着手し始めているようです。しかし、これを以って「恣意的」と言えるかは疑問です。これまで事実上放置されていた領域の捜査に踏み込むことはそんなに批判されるべきものなのでしょうか? 従前も、たとえば法務大臣や検事総長が「医療行為は立件しない」などと確約していたわけでもなく、医療の専門性故に捜査に慎重であったに過ぎないわけで、そこから方針転換したからといって、その転換自体を恣意的だと評価することはあたらないように思います。また、方針転換をする際に予めそのことを周知徹底しないといけないというものでもないでしょう。

次に、「恣意性・運用が妥当かどうかをもう一方の当事者である医師側が検証できない」という点ですが、先ず、刑事裁判になれば弁護人を通じて捜査の恣意性や運用の不当性を訴えることはできますし、その主張があれば、裁判所も必要な範囲で証拠を検討すると思います。ただ、「これまでこの程度では捕まえなかったのに」とか「何で自分だけ罰しようとするのか」といった論法は、裁判所には採用されにくいように思います。また、「検証」が裁判の前、捜査段階でなされないといけないという主張であれば、それは、基本的には捜査の性質上難しいといわざるを得ません。捜査の対象となる側が、捜査中から捜査の内情を逐一検証できるようでは、捜査にならないからです。

FFFさん、解説ありがとうございました。
結局のところ人の死には何かしら難癖をつけようと思えば
できるわけです(例えば肺炎と診断し抗菌薬が約30分後に投与されたと
します。薬効甲斐なく亡くなられた場合、診断から治療までの30分を
ディレイタイムとして訴えてくる可能性はゼロではありません)
民事では今後このようなケースもあるでしょうし、刑事事件になる
可能性ももちろんあります。
専門家の意見を聞くことができ結論もでました。つまり、最前線の医療
からは逃散あるのみです。
早速、明日から撤収の準備をしていきたいと思います。
長々とお付き合いありがとうございました。

>「国家有益論」という論法があって、要するに、政治家や官僚等は
>「国家にとって有益」な人材であるから、ちょっとした収賄程度で処罰することは
>国家にとって有害であり許されないというものなのですが

これといわゆる「医療過誤」の刑事訴追を同列に扱うのはどうかと思います。
私たちも「僕たちは社会にとって必要な人間だから痴漢行為くらいで捕まえるな」
とは言いません。

今の状況は過渡期なんだと思います。医者のやることには「ご意見無用」だった時代の揺り戻しが来ているのではないかという気がします。ちょうど、犯罪被害者が日陰者だった日本社会のアンチテーゼとして、極端に大きな声を張り上げる本村氏が現れたように。今まで医療側に傾いていた天秤が、真ん中に落ち着く前の段階として患者側に傾いている最中とでも言いましょうか。

あえて率直に言わせて頂きますが、かつて患者の立場がもっと低かった頃には、証拠隠滅なり遺族の泣き寝入りなりで表ざたにならずに済んだ医療ミス(あるいは青戸や富士見のような言語道断の行為)が沢山あったんじゃないですか?
何十年も前に書かれた「白い巨搭」が近年大ヒットしたのも、ああいう事例(患者軽視、カルテの改ざん、被告を不当にかばう同業者など)が今でもあるのではという一般人の意識が反映されているのかもしれません。

近年になって医療過誤が増えたとか、モラルに欠ける医師が増えたとかいうよりも、そういう事例が表面化しやすい時代になったのでしょう。それ自体はよいことです。
ただ、その次の段階として、表ざたになった医療ミスの判断基準が必要になってくるのに、その指針を誰も持っていないから今のような状況に陥ってしまったのです。
医療側はいい意味で反撃すべき時だと思います。警察や検察がなんと言おうが、「やむをえないミス」と「許せないミス」を峻別したり、「ミスのヘボさ」と「結果の重大さ」を適正に秤にかけられるのは、やはり同業者をおいて他にいません。

過渡期においてはどうしても極端な事例が出てくるものです。クレーマーじみた患者や理屈に合わない訴えもあるでしょう。そういう中だからこそ、医師会なり病院協会なりが「法廷で協力すべきところは協力するし主張すべきところは主張する。その代わり、刑法や民法とは関係なく一般人にも納得できる形で自分たちのミスなり犯罪なりを律する体制を作る」と大声でアピールして実践してほしいです。もうしてるのかもしれませんが、正直言って私にはまだよく聞こえていません。

個々の医療関係者の皆さんのご苦労は大変なものだと思います。「頑張ってください」などと言って済むレベルではないのでしょう。身近に関係者がいるので状況は理解しているつもりです。ただ、今の状況はある意味で、専門性の壁の奥でふんぞり返っていた時代のツケが回ってきたのだという見方もできるのではないでしょうか。

 >FFFさん
 恣意的という表現は良くなかったかと思います。この点はお詫び申し上げます。ただ、過失罪は、罪刑法定主義の点からいえばいささか問題の多い罪であることは同意いただけるかと思われます。過失が何かの定めは明文化されておりません。その前提として、ある程度多数の人間にとって自明と思われる行為をとらなかった、もしくはその実行において問題があったものが罰せられる、ただその罰する理由はその行為が悪であるというよりも、その行為を罰したほうがより注意が促され、結果として国民の福祉に利するという罪であるはすです。したがって、過失罪は政策的であるとするべきでした。 
 検察が周知すべきものでは無いというのは法的には正しいでしょうが、ある日突然罪のラインが変わるのは当然という主張で、それこそ検察の立場を語っているだけです。罪刑法定主義の立場からして望ましいものではありません。繰り返しになりますが、罪は法に定められたものが罪です。その解釈権をあたかも捜査機関のみが持つことが自明であるとの主張は法的には正しいものですが、それを検察が言ってはならないと思われます。法曹は法治主義において最大の権力者です。その点を認識せずに法的に問題は無いとの主張を繰り返されるから、説得力に欠けるのです。
 法的にあなたが正しいことは知っています。そうではなく、法に携わるものとして、あなたは医療の過失というものについてどのように考えるのかを皆さん聞きたいだけだと思います。福島の裁判がどのようなものになるか、当事者ではないから語れない、捜査権は捜査機関にあるから捜査を行うの当然、そんなことは百も承知です。しかし、法といえども社会から遊離した存在ではありえない以上、そもそも政策的なものであることは法学を学んだ人は良く知っているはずです。
 国家有益論のくだりがありましたが、法務大臣指揮権の意義はそのようなものではなく、戦前の検察ファッショといわれた捜査機関の暴走に対する歯止めが本来の意味だったはすです。それをこのような表現で歪曲するのは、それこそ法の理念に基づかない発言です。捜査機関自体は暴力装置です。暴力装置の行動に対して、常に批判が投げかけられるのは健全なことです。捜査権は当然のことといって、批判に対応しないのでは、議論としては面白くありません(法治国家である以上、結論としては正しいと思いますが)。
 後過失行為が免責されているものはいくらでも思いつきますが、最たるものは捜査機関そのものでしょう。国家賠償はあくまで民事上のものであって刑事的には事実上免責です。捜査行為の結果として被疑者が自殺し、結果として無実だったことを業務上過失として捜査対象にできるのでしょうか。

無名人さん、日本医師会は、このコメント欄で窮状を訴えるお医者さんの利益なぞ考えてはいないのですよ。
日本医師会のお偉いさんは、医療過誤の最前線にいるお医者さんのことや、過酷な勤務状態に置かれている大病院の勤務医のことなんか、考えてはいないのです。
世界が違うのです。

みみみ様

医療者でない方々のご意見としてそのような考え、イメージがあることはよくわかりました。貴重なご意見を拝聴したいと思います。

ただ、あなた様のおっしゃることが感情的であること、またそれゆえ現場にいる私どもにとっては侮辱以外のなにものでもないことはお知りおき頂いても罪はないのではないかと存じております。死人に鞭打っているというご自覚はおありでしょうか。主張する力も残らないほど、現場は悲惨でございますが現場をご覧になった機会がおありではないので仕方ないことでございます。

また、訴訟の頻度が高まってきているため、治療の説明や診察、検査には今まで以上に念入りな対応が必要となると思われます。患者様が殺到されても、診察室の外で何時間でも待っていただくことになるでしょう。また、診療自体の報酬(薬剤や医療機器のお金ではありません)も、今まで通りの二束三文では誰も就業する者がいなくなってしまいますので、相応のお金をお支払いいただくことになりますがその覚悟がおありなのだと考えます。ありがとうございます。

 >みみみさん
 おっしゃることはもっともな意見で、的確な現状把握だと思います。そのイメージが正しいかどうかはともかく、そのような国民の意見を背景に捜査機関が動いているのは事実だと思います。イメージについては医師側の責任が大きいと思いますので是正する責任も医師にあるといえるでしょう。
 ただ、警察や検察が何を言おうとものくだりについては、その暴力装置としての側面を考えると、そんな簡単なことではありません。現に、法治国家の暴力機関としてはその判断に医師を介在させる必要はないわけですから(実務上どうかはともかく、原理的には捜査に当たって鑑定は必要ない)。そして、捜査自体が、裁判の判決以上の効果を持つ現状では、裁判に当たって公正な鑑定云々ということ自体が空文化しているとしか言いようがありません。結局のところ、捜査されるようなことをするほうが悪いという国民性と、建前としての制度との乖離が大きな問題です。捜査という権力自体を振りかざされたのでは、ナイフを前に素手で決闘するに等しいのが現状で(反論の機会がない、法の建前はともかく裁判に実効性が極めて乏しい)、ここにこの問題の難しさがあります。単純な取り違えなどはともかく、その是非が分かれることが容易に予想されるような案件について、捜査側が自制する必要があると考える根拠です。

先ほどのFFF氏へのレスの中で一部混乱がありましたが、検察が法の解釈権を持つのは自明であるのくだりは削除してください。

 情報が不十分な段階でも批判するべき点はドンドン批判するべきだ。特に検察は情報を独占している立場にある。批判が事実に基づいていない思うのならそこで事実を出せばよいし本来は言われなくても出すべきものだ。情報を独占しておいてそれを批判封じの理由にしておけばどんな専横も可能になってしまう。

4月上旬にこのブログで申し上げた通り、その後も医療はバンバン崩壊進行中である。ひょっとして人間の力では阻止不可能な現象なのかもしれないが、私は私なりのやり方でめいっぱい抵抗する所存である。

 私がいつもこの件に関しての法曹関係者の意見を読んで不思議に思うのは、
医療事故において重要なのは
1.加害者を「遺族の感情に鑑み」罰すること
なのか
2.医療事故を反省材料とし、以後そのような事故を起こさないような原因分析、対策を取る
なのかが分からないことです。
 故意を伴う一般的犯罪においては1で良いでしょう。でも過失による(それも重過失でない場合)事故においては2の観点で物事を判断すべきじゃないんでしょうか?

 そもそも「業務上過失致死傷害罪」という犯罪そのものが日本の刑法の中で極めて曖昧なように思えます。
 こんなことは釈迦に説法ですが
刑法第38条「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。」という項目があるにもかかわらず、同条文の中で「ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」等という曖昧な規定を設けて、これにより業務上過失致死傷害罪という罪名が成立しています。まず、これ自体がおかしな代物でしょう。

 航空事故、鉄道事故などでは何よりも原因究明が重視されています。これは「事故を起こしたものを罰しても事故は減らず、むしろ過失を隠蔽しようとして事故が増える」という「国際的に知られた事実」があるからではないでしょうか?
 日本で交通事故が減らない(死亡事故は減少していますが、これは自動車メーカーの努力と救急医療の進歩によるものでしょう)のは事故の原因分析があまりにプアであるからに他ならないと思います。

 医療者側も含め努力すべきことなのは、医療事故を些細なものを含めて集計し、統計処理をして原因分析すること、これに他ならないと思います。

 私が訳が分からないと思うのは、法曹関係者、政府、医療者を含めこのような発案がほとんど出てこないことです。まあ、膨大なコストがかかるんで得意の「見て見ぬふり」を政府がしてるんだろうと思うんですけどね。

門外漢なのでちゃちやしか入れられないのですが、
患者という当事者になりうる者として、
小児科、産婦人科のみならず日本の
直接患者と接する医療現場が絶望的な場所になっている、
ということを垣間見せていただいている気がします。

個人としてできることはそういう意識を保つこと。
そして機会があれば耳を傾けること、
言葉を発することをいとわないこと
しかありません。

そういう点でモトケンさんのブログや、
ご紹介いただいたHP,ブログの存在意義がありますよね。

そして今はただ、現場で戦っておられる方々に、
エールを送るしかありません。

月並みですが、
ご苦労様です。
がんばってください。

鏡に映りし者さん>
うつ傾向の患者さんには「がんばって」系の励ましの
言葉は自殺を誘発することがありますよ〜

まぁここを訪れている先生方はうつのはずはありませんが
身近にお疲れぎみの先生がいたらお気をつけて。

「医者の法的責任が重いので、医療が崩壊する」という話は、ずいぶん前からいろんなブログで出てますが、医者の希望に沿った解決をしようとすると、立法的解決しかないのは自明だと思うのですが、その認識は医者にはないのでしょうかねー。立法なしに解決できると思っているお医者さんっていますか?

FFFさんとmktaxi73さんの議論に出た「恣意的」に関して、根拠レスな三流週刊誌的話題を以下に。

送検される医療事故(事件)の数は,それ以前は年間20件前後で推移していましたが,平成12年に59件と急増しました.しかし,その後は29件,19件と漸減して以前の水準に戻っています.管理人さんがどこかで警察の動向にもトレンドがあるという趣旨を書かれましたが、一つの傾向というのは暫く続くのが普通です。急増してまた元に戻るような事態は不自然です。医療関係者の間では、この数字の推移は平成11年の桶川事件の影響だと信じられています。

ここから先は元検事さんのブログで書くと怒られそうですが、舌禍事件の大家としてやっちゃいます。モトケンさんが不適当とお考えなら削除してください。割り箸事件は平成11年のことですが、その起訴は平成14年です。もちろん空白を置いて起訴するケースはいくらでもあるのでしょうから、これもその一例かも知れません。しかし、起訴理由に医学常識とは乖離した文言も含まれ、熟慮の上の起訴と言うよりは「慌ててやったお仕事」の印象があります。平成14年に何があったのかと言うと、いわゆる裏金作りの告発です。名誉挽回の話題作りには、事故当時医師が世間から大きなバッシングを受けて認知度の非常に高い割り箸が最適と判断したと、私は勝手に信じています。もちろん根拠なんて全くありませんが・・・

ちょっと方向を変えますが、医者が医療事故を警察へ届ける根拠は、医師法第21条「医師は,死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めるときは,二十四時間以内 に所轄警察署に届け出なければならない。」に違反したとの理由で逮捕される可能性があるからです。(法律家の方で、「司法への丸投げ」なんて仰る方もいらっしゃいますが、決して丸投げしているつもりはないのです。)ですが、元来この法律は殺人など事件性のある死を見逃さないためのものと思われます。「異状死」の拡大解釈もまた恣意的では、なんて素人には感じられます。

多少事情を知る者としてやぶ医者先生の発言を補足させていただきます

割り箸事件発生が平成11年7月、捜査に半年と司法解剖鑑定書結果待ちが半年ほど有って(通常は2ヶ月程度だが本件の場合、診療の適否を鑑定事項に入れたことも合って遅くなたと思われる。ちなみにたいていの法医学者には臨床経験は無い)書類送検がちょうど一年後の平成12年7月、それから脳外科だけで少なくとも3人の医師に救命可能性等について聞き込みしてます。(実はもっと多数の医師に聞き込みして不利な内容はボツにしたのではないかと思ってます)で、起訴がさらに二年後の14年7月。けっこうな量の作業があったとはいえ2年は遅すぎというのも確かです。

三井事件との関連については、考えたことはありませんでした。時期的に一致するでしょうが、当時医者たたきブームが有ったので単純にそれに迎合したと解釈してもあまり矛盾しません。

医師法21条の解釈については仰るとおりで、今年の参議院厚生労働委員会の質疑における政府見解もそういう話になっています。

第164回国会 厚生労働委員会 第3号
平成十八年三月十六日(木曜日)
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/attach/nishijima20060316.htm

僻地外科医さん、まずご認識いただきたいのは、法曹三者は国民の代表者である国会が定めた法律の範囲内で活動しているということです。
刑法は、業務上の過失により人が死亡した場合には行為者を処罰する、という定めをしています。
そして、刑事訴訟法は、警察・検察は「犯罪だ!」と思えば捜査を開始し、検察は「処罰すべきだ!」と思えば起訴し、それに対して被疑者・被告人には弁護人を依頼する権利が認められ、最終的に裁判所が犯罪が成立すかを判断すると定めています。
現在の法制度は、処罰が目的であり、事故再発防止が目的ではありません。
鉄道事故も航空事故も同じで、関係者は逮捕起訴され処罰されうるのです。
最近は調整がなされているようですが、前までは、刑事訴訟法に基づき警察が証拠類を全て押収していまっているため、事故調査委員会が原因究明の調査をすることができない事態もありました。

法制度を変えるのは政府や国会まぁ政治の仕事ですが、政治との法曹三者の関係を荒っぽい言い方をすれば
裁判官=司法権を行使し中立公正を旨とする むしろ政治とは距離を置く
弁護士=自営業者(勤務弁護士はサラリーマン) ほんらい政治とは無関係
検察官=法務省・検察庁という行政機関 政府の一員
ということになりますので、自らの考える政策を政治に反映しやすいのは法務省・検察庁でしょう。
では、法務省・検察庁に、「原因究明を重視し医療事故の処罰をやめさせよう」という法制度の企画立案を期待できるでしょうか。
国民世論の後押しがないと国は動かないんじゃないでしょうか。

弁護士は在野法曹といって、従来政治との距離を置いてきました。
ところがそうしているうちに、司法書士などの隣接法律職種の政治家へのアプローチが功を奏し、弁護士は職域をどんどん奪われてしましました。
そこで、最近になって、日弁連も政治に働きかけをしようということになったのですが、きつい言い方をすれば、政権に擦り寄ることになってしまいました。

その結果かは分かりませんが、刑事裁判の分野で、実質的に被疑者被告人の権利を制限する方向での改正が立て続けになされました。
国選弁護の管理も法務省が所管する法テラスに移されました。
実は、私も、この記事にコメントを寄せられているお医者さんのように、ようやく刑事弁護から撤退する決心がつきました。

モトケンさん、↑の無記名のコメントは私です。失礼しました。

>PINE様
 レスありがとうございます。
>まずご認識いただきたいのは、法曹三者は国民の代表者である国会が定めた法律の範囲内で活動しているということです。

 ご指摘の点は認識していないわけではありません。私が問いたいのは法の専門家として「業務上過失致死罪」という法が法の本来の目的から逸れている、「犯罪の抑止力としての刑法」という観点からは機能障害を来しているのではないか、それを法の専門家達は認識し、何らかの活動をされているでしょうか?ということです。

>鉄道事故も航空事故も同じで、関係者は逮捕起訴され処罰されうるのです。
最近は調整がなされているようですが、前までは、刑事訴訟法に基づき警察が証拠類を全て押収していまっているため、事故調査委員会が原因究明の調査をすることができない事態もありました。

 これは私も日本とアメリカの航空・鉄道事故調査に関する歴史を多少なりと調べましたので知っております。このことに法の専門家として矛盾を感じられませんか?

>では、法務省・検察庁に、「原因究明を重視し医療事故の処罰をやめさせよう」という法制度の企画立案を期待できるでしょうか。
国民世論の後押しがないと国は動かないんじゃないでしょうか。

 おそらくそうでしょうね。ですが、残念なことに完全な「衆愚政治」に陥っている今の日本の政治情勢では我々がどう動こうと国民世論を動かすのは無理ではないかと考えています。

 なお、医療事故の処罰をやめさせよう、というのは私の本来の目的ではありません。処罰で医療事故が減るのならばそれはやむを得ないと考えています。ところが現実には医療事故を処罰することで医療水準がさらに低下し、事故の発生は逆に増えるという矛盾した現象が起きている、あるいは起きようとしているということです。このことは医療者側だけの訴えではなく法曹関係者も認識して頂けないものでしょうか?国民世論に期待できないのであれば、医療関係者と法曹関係者が共闘するしかないように思えるのですが。

私も検察の捜査権自体を否定することは、現在の政治情勢からは必要ないと思われます。考えるところも無いわけではありませんが、単純な取り違えなどの行為については、交通事故の例などを見ても処罰することには国民的合意があると考えざるを得ないですし、過失罪本来の目的である、注意深い実行につながる面はあるからです。問題は、そうした誰の目にも明らかなものではなく、結果がどう出るか予想がつかない行為に対して、捜査や起訴がその影響をあまり考えずに行われていることです。今回の件で医師配置は確実に変わるでしょうが、その結果としてたとえば移送中の妊産婦死亡が頻発した場合、その責任を検察は甘受するつもりで起訴したのでしょうか。その行為を極端な話過失罪に問われてもよいのでしょうか。今の検察のやり方では、どう転ぶかわからないと思われる行為に対しても、失敗すれば過失罪に問えるわけですから、検察の行為も当然検察にやる気さえあれば過失罪の対象になるでしょう。
 多少技量の劣る医師であっても、近くに医師がいたほうがよい結果になっている可能性もあったわけです。その可能性を検察の行為は摘み取ってしまったことになります。裁判でどのような結果になろうとも、この流れ自体はそう簡単には変わらないわけです。ですから、裁判所の決定の結果そういう認定ならなかったからといって、検察がその責任から逃げるのは、法理論上は正しいでしょうが、現実の政策結果から見れば正しくありません。
 アメリカの帝王切開の件も上げられていましたが、結果のわからない行為に対して、無理に介入することで別の問題が生じた場合、真っ先に不利益をこうむるのは結局患者さんです。大多数の患者には利益があっても、どうしてもある一定の割合の患者さんには利益があるのが医療行為です。一部の不利益を重視しすぎるあまり、大多数の利益を殺すのでは、医療行為自体が成り立ちません。
 捜査機関に国民の期待が集まっているのもわかりますし、その期待を背景に超法規的ともいえる特権(異常な有罪率、別件逮捕の多さなど)が黙認されているのも事実です。であるからこそ、逆に慎重であるべぎ部分は慎重にならなければなりません。
 捜査機関はよく一罰百戒として、一部企業などを狙い撃ちにしますが、医師の医療行為はあまりにもあいまいなところが多く、福島レベルのことで責任を問われるのでは、凶状持ちで無い医師などいません。どのような意見を聞いたのか知りませんが、これだけ医師側および行政が動揺するのは、福島のケースの医師が誰が見てもわかる不良医師では無いからです。この時点でこの起訴は過失罪の起訴としては正直失敗だと思います。過失罪は襟を正させることが目的で、不安を増すことを目的にしているわけではないからです。

本論に関係ない話で申し訳ないんですが、別エントリーのコメントでも問題になっているので…

そもそも、収入のような非正規分布を示すと考えられる統計値に対して、集団を代表する値として算術平均を使うこと自体が無意味っていうのを無視なさっている方がいらっしゃるような気がします。

極端な例を挙げると、年収1億円の社長1名と年収5000万の役員10名と年収200万の社員100名がいる企業において、在籍している人間の平均年収が720万ちょっとだから十分な年収を得ているという前提に立って何か議論をするのはいかがな物かと。

それに、引き合いに出されるデータはサンプリングがきちんと行われているかも怪しいような気がするというのが、最前線に立ってる医師の皆様の率直な感想なのではないでしょうか。

まあ、情報操作の一環といえばそれまでなんでしょうけどね。

それはさておき、個人的には業務上過失を現在の刑事司法の枠組みで取り扱うことによる不利益というのが徐々に大きくなっているような気がしています。極端な話、交通事故だって、大きく減らそうと思えば、今の刑事司法の枠組みでは限界なのではないでしょうか。

例えば、交通事故審判センタみたいなものを作り、自動車工学・交通工学・システム工学etc.の専門家の検討を経て、必要に応じて、リコールや道路の改修、標識の見直しや場合によっては関係者の再教育、悪質事例に関しては刑事告発するというシステムにした方が良いような気がするんですよね。莫大なコストはかかりそうですけれども。

>>なかさん
モトケンさんのおっしゃる通り、給料の話はこのトピからははずれてしまいます。
もっとも、大学の給料はそれはひどいものです。某国立大学ですが、
40歳過ぎの技術も名もある医師(講師)の給料が月50-60万じゃ
やっていられませんよね。
>>mktaxi73さん
概ね貴方の意見には賛成です。病院医療は公共財です。
>>FFFさん
非常に真摯なご意見ありがとうございます。
法曹界の見解は、まじめにやれば貴方のようにしかならないでしょう。
小松秀樹先生の絶望感が、このスレを通読してよく理解できました。
小生も医療崩壊の流れは止められないと思います。
学童の娘を持つ身としては暗澹とします。
医療審判に関しては専門家による第三者機関の創設しか無いと思いますが、
現状では迅速な対応は望み薄です。
これに関してはなかさんのおっしゃる通りですね。

>ぞうさん

いやいや、私の認識はそんなに悲観的ではありません。
ここにきてやっとマスコミの論調も国会議員のかなりの部分も「第三者機関設置を急ぐべし」で合意形成できてきていると感じます。一例↓
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20060619.html

次の国会では成立する可能性大だと思います。
創設できてからどのくらい機能するか、それよりも加速度的ドミノ現象をきたしている医療崩壊に間に合うか、の問題でしょう。
個人的には工学分野の安全管理手法の導入を目指して欲しい。

この世界に存在する様々な事象を見つめる視点において、時に日本人は他に類を見ない独特の感性を発揮するようだ。「日本人は水と安全はタダで当然と考えている」とはしばしば言われることであるが、世界的にみてこれが一般的見解とは到底言い難いものだ。
医療を評価するに際しては「受診の容易さ」「医療に要するコスト」「受けられる医療の水準」の三つを用いるのが一般的だ。そして、これらの三つを同時に満たすことは不可能であるとされている。アメリカの医療は高コストに喘ぎ、イギリスの医療は受診の困難さと質の低下に悩まされている。
先進諸国中最低レベルの医療費と医療スタッフ数でもって誰でも常時受診可能な医療体制を構築、世界一の長寿命を成し遂げた日本は、上記の三条件を満足する奇跡的な例外としてWHOから世界一の医療とのお墨付きを得た。しかし日本国内における医療への評価は決して高いものではない。
米国における医療制度改革を目指したヒラリーが日本の医療制度を参考にしようとしたことはよく知られている。詳細な検討の結果、彼女は日本の医師達が「まるで聖職者のような自己犠牲の精神で医療を支えている」ことに気付いた。彼女の改革は失敗した。いみじくも米国医師会が「これほど屈辱的な条件で医師を働かせることは出来ない」と評した通りに。
現場において医療崩壊の予感が深刻な危機感と共に語られるようになってから、まだそれほどの年月がたっているわけではない。しかしこの一〜二年ほど、明らかな現場の空気の変化が感じられる。彼らはいつしか崩壊への危機感を口にしなくなった。
医療という御輿を担ぐ者が一人抜け、二人抜けていく。残った医師達は更なる努力でそれを支えようとしてきた。やがていつしか臨界点を突破する。意志はあっても心身の過労は能力の発揮を妨げる。医療事故が増し、それが更に崩壊を促進する。
医師達は今や戦おうとはしていない。ただ黙って逃散していくだけだ。患者の健康を守るためには、何よりもまず自らの心身の健康を保たなければならない。そのために最も効果的な手段をとることこそ、現状で最大限に取り得る患者への誠意なのだから。
医療は崩壊しつつあるのではない。日本の医療はその本質的な部分において、既に崩壊したのだ。

医療事故を処罰することで医者が減り、それによって医療水準がさらに低下し、事故の発生は逆に増えるということは当然ありうると思います、もしくは現在既に進行しているのでしょう。しかし、訴訟に詳しい方にお聞きしたいのですが、このような法と経済学的視点(で、いいのでしょうか)が訴訟に反映される余地はあるのでしょうか?つまりそのような制度設計の問題、対立利益の考慮が裁判上で適切になされるのか。
例えば、グレーゾーン金利の最近の一連の判例は消費者に圧倒的に有利でしたが、それによって消費者金融が居なくなれば闇金が増えて被害者が結果的に増えるという批判があったと思いますが、このような考慮は少なくとも最高裁のいくつかの判決を読んだ限りではなされていないように感じましたし。
どなたかお答えいただけると幸いです。

こんにちは
モトケン先生

  「いなか小児科医」のbefuと申します。

関連する記事をトラックバックさせていただきました。これからも何卒よろしくお願い申し上げます。

>このような法と経済学的視点(で、いいのでしょうか)が訴訟に反映される余地はあるのでしょうか?つまりそのような制度設計の問題、対立利益の考慮が裁判上で適切になされるのか。


裁判官の能力次第です
命題が裁判官の想像力を超えていたら適切になされるわけがない

地方の医師不足とのエントリなので、関連すると思いますが。。。
看護師、介護福祉士不足も深刻なようで、厚労省は、フィリピンから看護師400名、介護福祉士600名を招き入れるとの報道がありました。
(医療崩壊について考え、語るエントリ(その2)No.109で老人の医者さまも言及されていまいた。)

優秀な方が来日するでしょうから、日本語を修得して、資格試験に通り、大いにその実力を発揮して頂きたいのですが、職場のベテラン看護師が、こうコメントしてました。
「コミュニケーションが上手くいかず、間違いをおこしたら、全部私らの責任になるのとちゃうの?心配やわ。」

そこで、法律家の皆さんにお尋ねしたいのです。宜しくお願い致します。

(問1)当該外国人が、医療過誤をおこした時、民事上の責任は問われるのでしょうか?

民事上の責任を問われるとすれば、
(問2)日本国籍を持つものは、憲法によってさまざまな権利(義務)が規定され、いわば国民一人一人が、憲法によって保護されていると思っています。そのかわりとして、刑法、民法等に定められた法律に従って生活を営んでいると思っています。
しかし、日本国籍を持たない外国人には、憲法によって規定された権利は、そのすべてが与えられているわけではないですよね。例えば参政権とか。
にもかかわらず、日本国民と外国人ともが、すべからく同等に、民事上の責任を負うべしとなれば、これは「法の下の平等」に反するのではないのでしょうか?

素人なもので、稚拙な質問するなと怒らんといて下さい。

Make love, not war!

P R

ブログタイムズ

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