エントリ

 慈恵医大青戸病院事件ロス手術の件のような報道を見ると思うのですが、医師が熟練していく過程はどうなっているのだろうと疑問を覚えます。
 ここで疑問とは素朴な好奇心と理解していただいてけっこうです。
 好奇心と言っても、これまでのエントリに関係する好奇心です。

 どんな名医も医師になりたてのころはペーペーの新米医師だったはずです。
 やはり経験を積み重ねて技術を磨き、判断力や洞察力を身につけていったのだろうと思います。

 しかし、医師は、その仕事が直接人の生命を左右することがあります。
 その意味で、医師の仕事はやはり特別だと思います。

 失敗すれば人の命が失われかねないという技術を磨くためにはどのような訓練をしているのだろうと思うのです。
 
 法律家の仕事も人の人生を大きく左右する場面が多々ありますが、命に直結するような事件はそうは多くありません。
 しかし医師の仕事は命に直結します。

 普通の訓練は失敗することを前提にしていますが、医師にそれは許されるのでしょうか。

 私には、リスクを最小限に抑えつつも、リスクを冒さなければ医師は育たないのではなかろうか、と思えます。

 言葉足らずで誤解を招きかねないことは覚悟しつつ、アップします。 

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コメント(16)

 管理人さんのような疑問が医療と関係の無い人からでるのを待っていました。
現代の日本においてもっとオープンに話すべき重要なテーマだと思います。

 結局、医療の前提として不確実なもの(どんな名医がやってもうまくいかないことはたくさんある)、職人のように師匠から弟子に伝えられていく世界です。もちろん文献や書物は大切ですよ。でもそれだけでは絶対に学べないのです。(これも医療の経験の無い裁判官が判決を下すことに医療側が反発する一つの理由です。)。その場の瞬時に求められる判断を積み重ねて、時には怖い思いをしながら一人前の医師になるのです。

 誤解を恐れずに言えば、医学・医療の進歩、そして一人の医師の進歩は全て患者さんの犠牲によって成り立っています。臨床医でいままで一度も間違いを犯さなかったと自信を持っていえる人は一人もいないと思います。

 アメリカでなぜ高度先進医療がどんどん開発できるのか。それは無保険の人がたくさんいて、そういう人に治験と言う名の人体実験を行っているからです。
 諸外国は公的、私的保険の二本立てで、お金の無い人は長時間待って研修医の診療、お金持ちは熟練した医師の診療とはっきりわかれているところもたくさんあります。
つまり、簡単に言えばお金の無い人は研修医の練習台です。

 日本は今まで、指導医が研修医を段階を追って独り立ちさせ、どんな人も平等に医療を受けることができました。そして、それと同時に研修医に治療されるために起こる不都合も平等に負担してきたわけです。

 でも最近、研修医の診療を拒否したいという人も増えてきました。管理人さんの同業者の「弁護士のため息」の弁護士さんが、研修医に注射を何回も失敗されて、拒否できないものか、というくだりがでてくるところがあります。注射でさえ、こうなのか・・・と思いました。

 では、若手の医師はどこで学んだらいいのでしょうか。管理人さんも書かれているように熟練した医師も最初の一歩はあります。全ての人がが熟練した医師の治療を受けるのは不可能です。
 自分達の世代はよくても、みんながそう主張したら次世代の熟練した医師が育ちません。

 でも、最近の風潮をみると、いっそのこと諸外国のようにはっきり、お金のあるなしでわけるべきか?そのほうがわかりやすいし。とも思うようになりました。


 ただ、よいことばかりでもありませんが。 だれかも書かれていましたが、インフォームドコンセントは患者さんへの説明と言うだけでなく医療機関が自分自身を訴訟から守るためのものです。医療側の勧めに少しでも背けばAMA against medical adviceに署名させて病院の外に放り出します。病院からの取立てで破産する人がたくさんいます。応召義務は無くお金の無い人、無理難題を言う人は拒否できます。原則刑事事件とはなりません。労働時間も決められていて必ず休みがあります。

 日本の医師は本当に、良心的というかお人よしだと感じました。

 話がそれましたが、医療を考える上で、国民がどうしたいのかはっきりさせること、そして何かを採択すれば必ず利点、欠点があるわけで、そこをよく議論しないといけないと思います。

 医療側の自助努力ではもうどうにもならないし、それに任せていたら崩壊するだけだと思います。このままでは数年持つでしょうか。。。。

 よい医師は国民が育てていくものです。個人個人の倫理観に訴え、批判するだけでは解決しません。

 


 

研修医の方には、二度ほど痛い目にあった覚えがあります。

一度目は、検査データを取り違えられ、さらに転記ミスも重なり、思いもしなかった重病の診断を受けました。すぐに入院を勧められ、さらに精密検査を受けたのですが、全然診断と異なる結果(当たり前といえば当たり前ですが)が出て、結局別のドクターの手により、これらのミスが発見され、無罪放免となりました。

まあ、大学時代だったので、時間は十分あったからよかったんですけどね。それでも、重病の告知を受けたときはショックでしたよ。無論入院費用はただになりましたが。

もう一つは、本当に「痛い目」です。思いっきり下手な先生だったので、練習がてら採血をされたんだと思いますが、これが針を刺したまま針先であっちこっちをさぐるので、痛いの何の。しかも、何度か失敗しやり直しをされたので、だんだん出血&内出血が酷くなり、見るに見かねたベテラン看護師さんが、先生を制して代わりにやってくれました。おかげでしばらくの間肘がはれて動かなくなり、痺れも残りました。

まあ、いずれも命どうこうの話ではなかったので笑い話になるのですが。

どちらも、もうベテランとして一線で活躍されているとは思いますが、なかなか厳しい不都合でした。

言い方は悪いのですが、医師は何人も人を殺して一人前になると思っています。
ですから、新人の時は失敗も当たり前だと思っています。

私は国立病院の内科に2度入院しましたが、2回とも外来ではベテランの医師の診療でしたが病棟での担当医は研修医さんでした。
主治医の研修医の先生方は外来診察もしているベテランについて診療科ごとに患者個人の治療その他を検討されているようでしたので、何の心配もありませんでした。
逆に主治医は病棟専門ということで、出会う機会も多く質問その他思いついたときにしやすかったので良かったです。

痛い思いは研修医から受けたことはありませんが、新人看護師にやはり採血のときに経験がありましたね。
ベテランだと、何度この下手くそと思ったでしょうが、新人さんでしたから経験を積んで早く上手くなってくださいと思いましたね。 この痛みは看護師を育てることに役立ったと思うようにしました。
痛い目は嫌なことは嫌ですけど、新人医師、看護師が自分は経験が少ないのでミスもしやすいと自覚していれば、よりそのミスがないかその後を注意すると思いますし、失敗があってもバックアップしやすいのではとも思います。

治療や看護を受けて病気、怪我などを治してもらうだけでなく、新人をベテランに育てることに関与もしていると思えば、とても気分も良いものです。

こんな話を聞いた事があります。たしか心臓外科の話でしたが、
最近は患者さんが担当医を指名するケースが増えてきてるそうで、
それで評判の良いベテランの医師ばかりが選ばれるそうです。
でもそうなると、若手の医師が経験を積むことができなくなってしまうと。

それとは別にこんな話もあります。これは私の妹の話ですが、
親知らずを3本同時に抜く手術をしまして、
彼女もやはりベテランの医師を指名しました。
その手術にたまたま彼女の知り合いが助手として参加していて、
後から手術中の話を聞いたらしいのですが、
ベテランの医師は2本抜いた所で「後はまかせた」と言って若手の医師に
残り1本を抜かせたそうです。(笑い話ですよ)

まあ、心臓と親知らずでは話がちがいすぎますがね。

もう10年以上も前の話ですが、私がまだ大学生のころ、網膜剥離に罹患し、私大の大学病院で光凝固と冷凍凝固の手術を受けたのですが、主治医の先生は新人のお医者さんでした。
で、主治医の診察は非常に丁寧というか慎重で、しかも主治医の診察の後、必ず眼科部長(いないときは他の医師)が診察してくれたので、時間はかかりましたが不安はありませんでした。
冷凍凝固手術も、主治医は初めてのようでしたが、手術には、眼科部長と医師がもう1人の合計3名の医師で行われたので不安はありませんでした。
手術がいろいろ説明を交えながら行われたので、こっちも勉強になりました。
術後も、主治医は、頻繁に病棟に様子を見に来てくれました。
元研修医さんがコメントしておられる「指導医が研修医を段階を追って独り立ちさせ」というのは、こういうことを指しているのかなと思います。
ただ、もし自分が例えば生まれて初めて受けた手術で研修医のミスに遭ったとしたら、穏やかでいられないでしょう。

医療過誤についていえば、おそらく当時も今も、研修医のミスで患者に損害が発生した場合、病院がきちっと損害を賠償する体制であると思います。
その点については、多くのお医者さんも、そうすべきと思うのではないでしょうか。
問題なのは、別の記事のコメント欄で議論が沸騰しているとおり、刑事事件として扱われるかだと思います。
私個人は、お医者さんの目から見ても「こりゃひどい。」と思えるようなトボけたことをして死亡させたり重大な傷害を負わせたりしたのでない限り、刑事処罰はすべきではないと思います。

あと、私は痛い注射が嫌いなので、注射だけはお医者さん同士で練習して上手になっておいてほしいです(笑)。

熟練した指導医師の下で実施すべきだとなるのかも知れません。

医師にとって(医師に限らず)常に自分自身の知識、経験を広げていく努力が必要である。しかし、医師の場合は、その対象が人であることから、ミスをおかした場合の問題が大きいということと思います。

医師個人の問題のみならず病院や大学等医師の育成機関といった範囲にも及ぶのでしょうが、医療訴訟になっても医療側が敗訴とならないだけのケアはしておくべきと思うのです。

採血時の失敗のような例のコメントもありますが、おそらく採血失敗で医療裁判に行くことはないと思うし、医療提供者と患者との間に信頼関係があれば、そんなに簡単に裁判になることも無いと思うのです。もし、若手研修のために若手に手術をやらせるのであれば、その旨を患者に説明し、バックアップ体制についても理解を得ておくことと思うのです。インフォームド・コンセントとは病状の説明のみならず、その様なことも含むと考えます。

一方、患者側が医師を指定することについて、やむを得ない部分もあると思うのですが、保健医療と自由診療の関係で整理すると、どうなんだろうと考えてしまったのですが分かりません。

>採血時の失敗のような例のコメントもありますが、おそらく採血失敗で医療裁判に行くことはないと思うし、医療提供者と患者との間に信頼関係があれば、そんなに簡単に裁判になることも無いと思うのです。

後日談ですが、その後も通院し、次回の診察時にどす黒く腫れ上がった肘を見て、先生がしきりに「痛いやろ、ゴメンね、ゴメンね」というので、「あんまり気にしてたら、次も失敗するで。次はビシッと決めてくれたらええやん。」ときれいに締めたところ、件のベテラン看護師が「ま、私もいてますし」とちゃちゃを入れて笑い話となりました。

先生のご指名については、特に意識したことはないのですが、やはり同じ病院に通うのなら同じ先生が良いですね。前回までの経緯を説明する必要もないし、互いの気心も知れてるし、何でも話しやすいですから。研修医でもその先生が連れてきて繋いでもらえば、すっと入りやすいのかなと思います。

元研修医さんのおっしゃるように、研修医は保険診療、人気医師は自由診療
ではっきり分けてしまってもいいかもしれませんね。混合診療が解禁されればそれも
可能になりますから。
今までは医療の質と値段の関係がはっきりしませんでしたが(統制価格なので
当たり前ですね)、価格が分かれるようになれば質=費用とはっきり認識できる
ようになると思います。患者側にも病院側にもこの認識をはっきりさせられるという
ことでいいことじゃないかと思います。

というか、混合診療解禁したらなりますね、これは…費用で調整せずにみんな人気
医師を指名したら過労死しちゃいますからね…

青戸の事件の話がでていたので医師育成に関してなどについての腹腔鏡手術の問題点について話をさせていただきます。

一般的に腹腔鏡手術において対処困難なトラブルにあった場合、
開放手術に移行します。したがって、腹腔鏡手術を行う場合、開放手術に習熟している必要があり、ある程度の技量を持つ人間が行うことになります。
したがって、若手は腹腔鏡手術より排除されます。
また、腹腔鏡では行えず開放手術の適応となるような症例は手術が難しい症例が多く、若手には任せられない場合があります。
以上のような視点により、腹腔鏡手術の存在は一般に若手医師の成長を阻害する方向に働きます。
また、症例数が一定の場合、腹腔鏡手術が増えると必然的に開放手術が減少することになり、開放手術に移行する場合のトラブル対処能力が低下します。

正直以上のような視点は学会では語られることはほとんどありません。
私の考えすぎかもしれません。
でも腹腔鏡手術について以上のような見方もあることを知っていただきたいと思います。

>管理人さんへ
以上の内容を投稿しようとしたところ、タブブラウサで複数ページを開いていたため
間違って青戸病院関連のページに投稿してしまいました
改めて再投稿させていただきます。
申し訳ありませんでした。

>ばんた さん

 謝罪の必要はありません。
 いずれのエントリについても関連していると思います。

 技術の未熟と医療ミスと医師の育成と過失責任の追及の問題は密接に関連していると考えられますので、法律家としても理解を深めておかなければいけない問題と考えています。

「過ちとは,過ってこれを改めざるをいう」(誰の言葉でしたかな?)
事案にもよるのでしょうが,基本的にはそれで良さそうな気がします。

少しエントリーからずれてしまうかも知れませんが、適切な混合診療の制度をつくっていく必要性をやはり感じてしまいます。

現在は、差額ベッド料という部屋の差は認められている。しかし、医療そのものの差は、保険と自由診療のみ。

医療制度も持続可能な発展性(Sustainability)は、重要である。Sustainabilityは、財政的に成立しないと、無理である。そう考えると、このまま放置すると、高齢化、医療費増加、医師、医療機関の不足・・・・とSustainabilityにつながる要素が少ない。更に、現実の問題として医療機関の不良債権問題もあると聞くことから深刻と考える。

保険診療を受けても自己負担を支払えない人達が増加しているのであろうと思う。一定の医療サービスは誰もが受けられるようにし、一方、混合診療は認めて、高い医療サービスを受ける人には高い対価を払って貰う。そのような人達は医療機関が金儲けをしても文句はないはずだし、寄付金もお願いしたい。(例えば、全快すれば、その医療機関なり、医療費が払えない人達を支援する機関等に対しても)

この8月8日に発表された労働経済白書によれば、収入の低い非正規雇用が増加している。更に、生活保護世帯も増加しているが、この増加の主要因は高年齢生活保護世帯の増加である。自由診療・混合診療或いは民間医療保険制度も取り入れた制度をつくっていく必要性を感じる次第です。

8月8日の労働経済白書については、私のブログ
http://urenaiconsul.cocolog-nifty.com/blog/medical/2006/08/post_73d8.html
に記載しました。引用した労働白書へのリンクも張ってあります。興味あれば、覗いてみて下さい。(この私のブログについての記述は、管理人様の判断で、不適切であれば削除下さい。)

 私の
>でも、最近の風潮をみると、いっそのこと諸外国のようにはっきり、お金のあるなしでわけるべきか?そのほうがわかりやすいし。とも思うようになりました。

 これは、本当はそれでは悲惨なことになることはわかっているけど、昨今の一般の方の反応をみているとやむなしかな、医療側が頑張っても焼け野原は仕方ないかなとあきらめの心境で書きました。

 医療は国民の基本的人権だと思います。だから本来必要な人に必要な医療を行うべきで、そこにお金のあるなしが絡むことは確実に医療をゆがめることです。

 財源が足らないのなら、ほかの無駄な公共事業を削るべきです。
 そして国民のモラルを上げるための適切な啓蒙活動(不要な検査・投薬・時間外受診をしないなど)、そしてルールを破る人への適切な罰則、医療事故・過誤に対する適切な司法判断、感情をあおるのではない冷静なマスコミの報道など国民のやるべきことはたくさんあるのではないでしょうか。

 現在は医療に99%ではなく、100%が求められています。本来医療は患者さんの状態を問診・身体所見などから判断して必要な検査をするはずです。でも現在の医療裁判の流れからも、そして一部の患者さんの「絶対大丈夫だろうな、訴えてやるからな」という脅しには99%不必要だと思っても、検査をせざるを得ません。こうして医療費はどんどん上昇していきます。

 管理人さんの別のエントリーの駅員さんへの暴力行為、病院でもありますよ。待ち時間が長くなったから、注射を失敗したから、医療従事者が殴られたり、どなられたり結構あります。全く落ち度が無くても訴えてやるといわれて、診察費用を無料にしたり。

 はっきりいって、応召義務をさかてにとった無法地帯と化しているように思います。

 また、自由診療・混合診療になれば、医療費は減少するのでしょうか。アメリカは医療を保険が無く医療を受けられない人がたくさんいます。でも医療費はGNP比で日本の2倍以上です。

 結局、自由診療・混合診療で得するのは仲介する保険会社だけだと思います。どうしてこんな仲介業者に莫大なお金を払う必要があるのか、私には理解できません。なぜ非営利で国が管理するのではいけないのでしょうか。

 ハーバード大学の李啓充氏の「市場原理が医療を亡ぼす」是非読んでみてください。

 他のブログでも話題になっていますが医療改革の中心になぜかオリックスの宮内氏を代表とする「規制改革・民間解放推進会議」があります。

 昨今の医師の刑事厳罰化も、マスコミの医師悪者変更報道も、医療費3%削減もすべて、医師の士気を低下させ現在の日本の保険診療を破壊し、保険会社が利するために行われているように感じます。

 絶望的なのは国民が全くそれを知らず、医師たたきに従事していることです。本当はそうなったら一番困るのは一握りの経済を握る金持ち以外の一般庶民なのに。

元研修医さん

>他のブログでも話題になっていますが医療改革の中心になぜかオリックスの宮内氏を代表とする「規制改革・民間解放推進会議」があります。

司法に対しても頑張っておられて、弁護士を毎年9000人規模で増やせとしておられます。
弁護士業界も徒弟制度で新人を育てていくような面があったのですが、昨今の増員で既に勤務弁護士を雇用できる事務所がなくなってきているので、いきなり独立開業が増えるかもしれません。
お医者さんで言ったら、国家試験に合格して、病院で横から手術を見せてもらった後で、いきなり自らメスも握るようなもんでしょうか。
規制改革・民間解放推進会議は自由競争で問題のある弁護士は淘汰されると考えているようですが、その弁護士に事件を依頼した人はどうなるんでしょう。
ま、あんまり批判すると「また弁護士ギルドが・・。」って言われるので批判もしづらいような状況です(医療界と少し状況が似ていると思いました。)。
食い扶持を得るために、たくさんの新人弁護士が医療過誤訴訟「業界」に流れてくる可能性があり、その兆候も見られるます。

現在の医療崩壊で私自身が一番問題だと考えているのは
中堅以上の医師が開業したり中小病院にうつったり保険会社に就職したりすることにより技術の伝承が途絶えることにあると思っています。
現場から見ているとかなり深刻ですよ?
私自身の周囲でも指導的な立場にあったりこれから指導的立場に立っていくと思われる40〜50歳ごろのかたがたがかなり最前線の医療から退かれましたしこれからもこの傾向はかなり続くでしょう。
(ここ5年ほどで20人ほど知っています。さらに来年も数人やめるようです。)
私自身も今の状態のままで責任ある立場に立たされるとしたら、訴訟の増大などの世の中の状況を考えると前線医療からの撤退を余儀なくされるかもしれません。
じゃあ医療業界の参入障壁をゆるくすればよいではないか、といわれるかもしれませんが一人前の医師を育成するのにはやはりかなりの時間がかかります。
日本語という言語の特殊性を考えると外国人医師の参入もそう簡単なものではないでしょう。

私自身は、混合診療について私費の部分は内容ごとに上限を設けるということでいいと思われるのですがどうでしょう。

PINEさん
以下の内容はただの感想です。
>規制改革・民間解放推進会議は自由競争で問題のある弁護士は淘汰されると考えているようですが、その弁護士に事件を依頼した人はどうなるんでしょう。
そもそも弁護士の能力ってどうやって評価したらいいんでしょうか?
われわれ一般人にはそれを知る手段がほとんどありません。
高かろうよかろうでもないですし。
勝訴の割合とかで評価したらいいんですかね?それを広告にでも出しますか?
そんなものを売りにすること自体がいわゆる「社会正義」に反することであると思いますが。
ちなみに今はやっている病院ランキング本はかなり「いいかげん」です
えっ、この人が?という人も自分自身で見て結構混じっていますよ。
>食い扶持を得るために、たくさんの新人弁護士が医療過誤訴訟「業界」に流れてくる可能性があり、その兆候も見られるます。
そういった意味では今起きているのは医療が崩壊する過程をイギリス型とアメリカ型に分類するなら混合型、といってもいいと思います。
日本にはイギリスのホームドクター制度のような無制限の受診をブロックする制度もありませんしかなり状況はまずいと思いますよ。
遅くとも2年以内には抜本的対策が立てられないと手遅れになるのでは、と個人的には感じています。

研修医ベテランという話に関連して、日本の医療制度の何が問題といって「大病院でベテラン医師に飛び込みでかかるのが一番早く安上がり」というシステムになっている点でしょうな。医療に限らず一般論として考えてもそれなら最初からベテランにと思うほうが当然でしょう。
専門性の高い医者(実態のない専門医資格をそのまま使うかは別にして)にかかるには待たされるし費用もかかるとかいったシステムにするとか何かしらの制度改革を考えないと今後出回ってくるローテーターなんてますます手が動かなくなる恐れ大ですよ。

P R

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