エントリ

 医療崩壊に対する制度論的対策についてのコメント数が200を超えて、ヘッダメニューからコメントへのダイレクトジャンプが重くなってきましたので、エントリを分割するために(その2)を立てました。

 最近、本エントリの雰囲気がいい方向に変わってきているように思われ、管理人としてとてもうれしく思っています。
 これからも活発なご意見の投稿をいただければさらにうれしく思います。
 
 エントリの趣旨は変わっておりませんので、以下に元エントリ本文等を引用します。

 すでに、別エントリに対するコメントにおいてもいくつかの有益な意見が述べられているところですが、あらためてこのエントリにおいて意見を集約してみたいと思います。

 ですから重複してもけっこうですので、医療側・患者側双方の反省すべき点を踏まえて、前向きなご意見をお聞かせ願えれば幸いです。

 また、警察・検察・裁判所に対する意見や批判もお待ちしています。

 このブログは少なくとも何人かの検事は見ています。ひょっとすると何十人かの検事が見ているかもしれません。
 検事が読むことを想定して遠慮なく批判していただきたいと思います。

 別に「制度論」という言葉にこだわる必要はありませんが、くれぐれも「前向き」という姿勢でお願いします m(_ _)m

関連ブログエントリ(下記はエントリタイトルです)
念のためはどこまで必要か
医師のプロフェッショナリズムについて考える
勤務医の新団体の作り方は?
医療事故への対応/まず一歩
医療崩壊p.163 Day73
お産ができない
病院経営への株式会社参入について
ひどい内容のブログ
都会での小児医療の崩壊
モラルのない患者が増えている
崩壊への道
周産期医療の崩壊
崩壊の序曲か
医療現場からのSOS
医療過誤事件
100%の医療
どうするの医療崩壊、どうするの少子化
過疎地公立病院の民営化

参考図書

医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か
小松 秀樹

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リピーター医師 なぜミスを繰り返すのか?リピーター医師 なぜミスを繰り返すのか?
貞友 義典

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鑑定からみた産科医療訴訟鑑定からみた産科医療訴訟
我妻 堯

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アメリカ医療の光と影―医療過誤防止からマネジドケアまでアメリカ医療の光と影―医療過誤防止からマネジドケアまで
李 啓充

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失敗学のすすめ失敗学のすすめ
畑村 洋太郎

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カルテ改ざんはなぜ起きる―検証:日本と海外カルテ改ざんはなぜ起きる―検証:日本と海外
石川 寛俊 カルテ改ざん問題研究会

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関連法規解説
医事法講義案 医師の権利と義務

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 最近、興味を持ったのでいろいろとblogを見て回っている。 特に参考にしたのは 元検弁護士のつぶやき: 医療崩壊に対する制度論的対策について 元検弁護... 続きを読む

コメント(254)

以下の文献は医療事故に関連して必読と思われるので再度 提示させていただきます

李 啓充 著
アメリカ医療の光と影―医療過誤防止からマネジドケアまで
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4260138707/sr=1-4/qid=1155816944/ref=sr_1_4/503-6554584-4887914?ie=UTF8&s=books
(内容の大部分は週刊医学界新聞バックナンバーでオンラインで読めます)
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/nwsppr_index.html

畑村 洋太郎著 失敗学のすすめ
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062747596/sr=1-1/qid=1155817276/ref=sr_1_1/503-6554584-4887914?ie=UTF8&s=books

なんという偶然か、今月号の日本弁護士連合会会誌「自由と正義」8月号の特集は、「医療事故と弁護士の役割」です。
民事事件についての特集ですが、裁判官、患者側弁護士、医療側弁護士がそれぞれの立場で寄稿しています。
興味のあるお医者さんには是非見てもらいたいと思うのですが、「自由と正義」は市販されてはいないですよね(裏に1000円とは書いてあるのですが。)。
日弁連から直接購入することはできます。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/publication/jiyutoseigi/moushikomi.html

#私はいつもは懲戒のとこしか見なかったりするのですが。

>いのげさん

 さっそくこちらへコメントしていただきありがとうございます。

 リンクが多かったので保留されてましたが、公開処理を行いました。

「アメリカ医療の光と影」から引用

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2345dir/n2345_05.htm
「マーティン・メモリアル医療センターのリスクマネジメント部長ドニ・ハス看護婦に,患者が手術中に心停止を起こしたという連絡が入ったのは,医師たちが蘇生処置を始めた 直後だった。
彼女は即座に手術室に出向き,患者の状態が安定するやいなや,医師たちから何が起こったのかを直接聞き出した。リスクマネジャーとして彼女が第1にすべきことは,「証拠」 を保全するとともに,他の患者に同様の危険が及ぶ事態を防止すること(risk containment)であった。 」
「これらリスクマネジャーとしての本来の任務を果たす一方で,ハスが心を砕いたのは患者の家族の気持ちを思いやることであった。すでに,耳鼻科の医師と麻酔科医とは患者の 家族に何が起こったかを説明していた。また,手術部長は病院の牧師に連絡を取り,家族を精神的にサポートするよう頼んでいた(主治医たちの説明の後,牧師の1人がずっと家 族に付き添うこととなった)。
ベンが死亡した翌日の12月15日,ドニ・ハスは家族と直接会い,悔やみの意を表するとともに,「全力をあげて,息子さんが亡くなった原因を突き止める」ということを約束 した。」
「12月15日には,CEO(最高経営責任者)のディック・ハートマンが全職員に対して以下のような手紙を配布した。
「ベン・コルブ君,7歳が,昨日亡くなられたことに関して,私どもは皆胸が塞がれる思いを抱いておりますが,ご家族に対しては心よりのお悔やみを表するより他ありません( 略)」
「病院として医療事故が起きた時に家族に対してどう対応するかは特に規則として定めていたわけではなく,これらの対応はすべて自発的なものであったという。ちなみに,マー ティン・メモリアル医療センターは,「心のこもった医療(compassionate care)」を追求することを病院の最大目標としている」

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2350dir/n2350_05.htm#00
「医療過誤を防ぐ最善の方法が,「誤りから学ぶ」ということに尽きることは言うまでもない。過誤の事実を隠蔽することは,「誤りから学ぶ」機会を医療者自らが放棄し,類似の過誤の再発を促進させる結果としかならない。ここで問題となるのは「誤りを犯した個人の不注意を責める」という姿勢を取りがちな病院が多いことであるが,この「個人の不注意を責める」という姿勢が実は過誤の隠蔽を奨励する原因となっているのである。さらに,誤りがなぜ起こったかの原因を追究して,その再発防止策を講じることが肝心であるはずなのに,「個人の不注意を責める」という立場からは「同じ過ちを繰り返さないように,これからはいっそう気を引き締めて注意しましょう」という,何ら実効性を持たない精神論的再発防止策しか出てこないことが問題なのである。 
 誤りから学ぶためにblame free system(誰も責めないシステム)を構築するということが,医療過誤防止事始めの第一歩となる。どんなに些細なミスについてもその原因を追究し対策を講じるということを日常的に繰り返す「continuous quality improvement」も,「誰も責めない」という前提が確立されていなければ機能し得ないのである。マーティン・メモリアル医療センターは,ベン・コルブの手術で注射薬の取り違えに関わった2名の当事者について一切の処分を行なわなかったが,責められるべきは人間ではなく,誤りを産む基となったシステムそのものであるという立場を明確にしている。 」

その1に割り箸事件について触れられたコメントがあったので、割り箸事件の判決文を探したがWebでは、見つけることができませんでした。

事件についての私の思いは、このブログに近いもので
http://blog.so-net.ne.jp/Herr-Doktor/2006-04-06
むしろ、それ以上に司法に対する怒りを感じます。

司法において裁判官は自ら携わる事件について、心底勉強すべきです。私は、医療過誤は発生する。過誤は、医療以外においても当然発生する。何が、刑事罰に相当するのか、司法は余りにも大きな権力を保有していることから、その判断は正しく行うべきである。

割り箸事件では(判決文を読んでいないので、集めた限りの情報になりますが)「患者が出すサインを見逃した。」と判断している。しかし、これだけでは、説得力は無い。医師も一人の人間である以上は、限界がある。全員にCTやMRIの検査をするなんてことをしたら、医療を必要とする人達に適切な医療行為が出来なくなる。

医療崩壊に一番荷担しているのは、警察でも検察でも、マスコミでもなく、正しい判断を下すべき司法ではないかと思い始めたのです。

 いのげ先生の挙げられた「アメリカ医療の光と影」に関してはこの部分も極めて重要であると思いますので、リンクと一部アップをしておきます。

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2366dir/n2366_08.htm#00

医療過誤を本気で防止するために
 本項ではわずか2例の部位取り違え手術を比較したに過ぎないが,わずか2例の比較だけでも誤りには「パターン」があることが容易に明らかとなる。これに対し,個別症例の分析だけで誤りの原因を同定し予防策を講じようとしても,誤りの「パターン」を見出すことは不可能で,有効な予防策を講じることも著しく困難である。つまり,医療過誤について,過誤が発生した医療機関が個別に原因を分析し予防策を講じるというだけでは,再発防止の努力がどんなに真摯なものであったとしても,その努力が実を結ぶ保証は何もないのである。
 医療過誤防止に本気で取り組もうとするならば,国レベルで過誤の情報を収集・分析するという体制を作ることが最も効率がよいのである。米国では,医療機関の審査格付け機関である医療施設評価合同委員会(JCAHO)が,95年から医療過誤の情報収集と原因分析を行なっている。これまでに650件にのぼる過誤の調査情報を集積し,98年2月の「塩化カリウム急速静注事故防止」を皮切りに,99年8月までに計6件の医療過誤防止勧告を発表している。ちなみに,「部位取り違え手術」についても98年8月にその防止策を勧告している。
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 医療事故に対し、「医療事故はごく一部の医師が起こしているに過ぎない」としていたAMA(全米医師会)が方針を180度変換させて「医療事故に対する抜本的な取り組み」を始めたのも95年のことだそうです。それから見ると日本は医療事故対策に関してすでに10年以上後れを取っていることになります。このあたりも日本の医療が「アクセス」「低コスト」に関しては世界最高水準であるのに比し、「クオリティ」の部分で劣っていると言われる所以かと思います。

 現在の医療不信の一部もこのクオリティ(例えば診察時間の短さなど)に由来する部分が大きいかと思います。ここでやるべきことはどう考えても「コストをかけてクオリティを上げる」ことであるはずなのに、現実に行われていることはまるで逆です。

日本医師会雑誌平成17年4月134巻・第1号に、高久史麿日本医学会会長の「今、医療に求められるものー日本医学会の立場から」と題した以下の文章が載っていました。

『医療事故の死亡と報道されているもののなかには医師や看護師の明らかなミスによる死亡と、治療行為に関連して予期しない形で患者が死亡し、患者の死亡が現病によるものとは断定できないいわゆる「医療関連死」とがある。この両者がメディアでは同じように医療事故として報道されるのが常である。(中略)
医療関連死も現行の医師法第21条によって異常死として警察に届けられている。その結果、医療関連死が事件として取り扱われ、その死亡の原因の究明や医療関連死に対する各医療機関の対応が適切であったかどうかなどの究明が十分に行われず、一方、警察の捜査の結果も公表されないままに終わることが多い。』

この「医療関連死」の問題に対応するため、日本医学会は、医療関連死を取り扱う中立的な専門機関の創設を提案し、厚労省は平成17年度より、モデル事業を行っています。(モトケン先生のご紹介された、関連ブログエントリからもリンクされています。)↓
http://www.med-model.jp/jigyou.html

ただし、『刑事事件になる可能性の高いものは対象外とする』↓
http://dic.yahoo.co.jp/newword?ref=1&index=2004000635
とありますから、将来この第三者機関に、厚労省の呼びかけによって、法務省・検察庁・警察庁関係の方も参加され、刑事事件であるか否かを吟味してゆく機関になるのではないでしょうか。

モデル地域はまだ6地域であり、全国展開するには病理学者はともかく、法医学者の人員が少ない(医学部卒業生のうち、法医学を志すもは極端に少ないですし、監察医制度のない道府県が圧倒的に多い)という問題がありますが、軌道にのれば、少なくとも担当医が「突然逮捕される」ことや、遺族がその憤りを即、弁護士に相談し訴訟となったり(PINEさまによると多額の費用がかかるようですが)、またいきなり警察に訴え出るということも、ある程度は少なくなるのではないかと思われます。

今晩初めてこのMLを知りました。それで、前の「医療崩壊に対する制度論的対策について(その1)」を、ざ〜っとですが、目を通しまして投稿しています(だから、こんな時間になっちゃった・・・苦笑)。

で、私が感じましたのは、ここに投稿されているお医者さん方は、ご自分の、と申しますか、医療の無謬性を主張しすぎているのでは、という事です。こんな事をお書きますと、どこかのMLのように、ここでも、お医者さん方からは色々とご批判が出るのでしょうが、、、  まあ、それは仕方なしとして、、、

このMLで、どなたかお医者さんがお書きになっていたように、「人は生まれたからには死ぬ」のでしょうが、そんな事は医者でなくても子供でも分かっている、なのにそのことを医者が分かろうとしない、つまり、どなたかの発言にあったように、医者以外の人を小馬鹿にしている、ここら辺に、今の医療崩壊の一原因があるのかと私は思っています。

医者は人の「生老病死」に深く携わっている、なのに、やれ「逃散」だ、「医療崩壊」だ、と言って声高に訴える、このような言動は、人の急所を握りながらのものと私には考えられアンフェアーです。こんな姿勢や物言いを前面に押し出している限り、私たち医療者の想いは、社会には受け入れられないと思われます。

今、進行している「医療崩壊」を押しとどめる一番の力は、やはり、私たち医療者にあると思います。医療者が専門家としての矜持を保ち、互いを厳しくチェックし合うようになれば、自ずと医療には信頼が生まれ、無用な医療訴訟は無くなり、「医療崩壊」は阻止されると思うからです。まずは医療界自らが、論文捏造をした教授、裁判での改ざんを平気でするような輩を、厳しく峻別する姿勢を示すようになれば、それから、公正な鑑定書、意見書を書くという事も必要でしょうが、医療への社会の信頼は深まり、その溝も埋まるのではないでしょうか。

確かに患者さんの中にもクレーマーと言われるような人は居るでしょうし、医者の中にもリピーターと言われる人も居るでしょう。でも、善良な患者と善良な医者が、そうしたおかしな人たちを敷衍して互いを非難し合っても、全く意味は無いと思います。

以上、夜も更け、酔いも回った勢いで書いてしましたが、以下のものも、ひょっとしてご参考になるのではと思いご紹介します。

カルテ改ざんはなぜ起きる―検証:日本と海外
ISBN:4535584370
252p 21cm(A5)
日本評論社 (2006-03-30出版)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-ISBN=4535584370

>産科医先生
 このブログの医療者側のコメントを見てどうして
「ここに投稿されているお医者さん方は、ご自分の、と申しますか、医療の無謬性を主張しすぎているのでは、という事です。」
このような発言が出てくるのか私には理解できないのですが・・・。
 むしろ、医療には限界がある、人間のやることに100%はありえない。また、医療のそう言った部分は「一般の方には」理解されにくい。だからこそ、医療を訴訟で扱うのは困難であるし、医療事故を減らすには第三者調査機関などが必要である。というのが多くの医師達の主張していることだと思うんですけど。

>医療者が専門家としての矜持を保ち、互いを厳しくチェックし合うようになれば、自ずと医療には信頼が生まれ、無用な医療訴訟は無くなり、「医療崩壊」は阻止されると思うからです。まずは医療界自らが、論文捏造をした教授、裁判での改ざんを平気でするような輩を、厳しく峻別する姿勢を示すようになれば、それから、公正な鑑定書、意見書を書くという事も必要でしょうが、医療への社会の信頼は深まり、その溝も埋まるのではないでしょうか。

 これははっきり言って考えが甘いと思います。人間心理というものをきちんと理解していればこのような発言は出てこないでしょう。
もう一度いのげ先生の挙げられた「アメリカ医療の光と影」の
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2350dir/n2350_05.htm#00

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2342dir/n2342_06.htm#00
の部分だけでも読んでみてください。

なお、「カルテ改竄はなぜ起きる」は既読ですが、はっきり言って分析部分が甘すぎます。また、改竄防止策についてもぬるいです。

ちょっと補足します。

 医療に限らず、事故を取り扱うにおいては「人間性善説」の立場に立つと真相の解明も出来ず、事故を減らすことも出来なくなると思います。「性悪説」では語弊が有りすぎますが、人間は「心理的に」弱いものである、強い人もいるけど、総じて弱いものである。だから、隠蔽や改竄が起きるという風に考える方が解決の早道です。アメリカはその辺を非常によく分かっているので航空事故や医療事故で第三者調査機関による事故調査を早期に立ち上げたり、悪意をもたない事故においての刑事罰がないんだと思います(行政罰は厳しいですが)。

便所の落書きの転載です。
真偽のほどは誰もわかりません。
==========================================
507 名前: 卵の名無し Mail: 投稿日: 2006/08/17(木) 21:41:43 ID: HH1SUG7C0
2ちゃんねるに書くようなことでは無いかもしれないが、匿名なので
昨日、死産に当たった。(福○県内ではないが)
警察に届けるか迷ったが、一応、届けた。
結果は、「業務上過失致死の疑い」となった。正当な医療行為の上でのこと
と思ったので、「医療上の適応、根拠」を自分なりに説明した。
しかし、警察は「自分たちは、医学のことはわかりませんが。被害者と加害者があることだけは確か
なので・・・」とのことだった。
20年以上、産婦人科医をやっていたが、これでやめる決断がついた。明日、辞表出します。
しばらくゆっり考えます。もしも逮捕されなかったとしても産婦人科はやめることになるでしょう。
日本の産科医療は、いや医療は、もうダメだと痛感した。
==========================================
530 名前: 507 Mail: 投稿日: 2006/08/17(木) 23:22:56 ID: HH1SUG7C0
みなさん有難うございます。思いがけない沢山のレスに涙がでてきました。
詳細は、今、報告できませんが、警察はこうも言っていました。
「(送検するか)あとは家族の感情しだいですね。われわれも、
無視すると業務怠慢と言われますから。」
残念ですが、今の警察や国民のスタンスなのでしょうか。送検されると当然
行政処分なのでしょうか。自分では何の落ち度も無いと思っても・・・

皆さん、有難うございました。

上記引用元は

産科医絶滅史第14巻 〜逃散期医療センター〜
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1154969134/

です。

そういう状況になったら、すぐに、刑事事件に強い弁護士に相談すべきです。

逮捕されたりしないために、やっておくべきことはいっぱいあるはずで(証拠の保全、証人の確保、味方になってくれる医師の確保、警察の動きを調べる等)、何もせずに時間が過ぎることは危険だと思います。

まあ、何もしなくても、何も起きないこともあるでしょうが、備えあれば憂いなしですから。

このMLで、どなたかお医者さんがお書きになっていたように、「人は生まれたからには死ぬ」のでしょうが、そんな事は医者でなくても子供でも分かっている、なのにそのことを医者が分かろうとしない

内科医やってますと、これがわからない人の多さにびっくりします。
90歳でねたきりで、経管栄養している人で、重症になったときに、延命処置をしてほしいと希望する家族の人がいかにおおいか。ほんと、びっくりです。本来なら、この方はもう寿命だと思われるのですが。
そういうひとの中には、患者さんの年金を当てにしている人も混じっているので、厄介なことですね。人の生死が自分の利権と絡んでいる、そういうことでしょうか。病院に入院していると、お金が安く済むので、家で見るよりいい、と考える人もいます。
ただ、そういうことは、患者さん家族の人には言えないので黙って、治療をするだけなのですけどね。

民473 さん
仰ることごもっともなんですが、
何故自分が悪くないのにそんな備えをしなくちゃならないんだ?
そんな事をしてまで、この仕事を続ける意味があるのか?
と考えるお医者さんが多くなってるのが問題なんだと思います。
備えなきゃならないから憂いがあるでしょう。

憂い無き場所へ去る、の方が適切かも

>90歳でねたきりで、経管栄養している人で、重症になったときに、延命処置をしてほしいと希望する家族の人

私は、96歳の患者さんでした。家族から「集中治療室に入れてほしい。」と望まれ、「人の終焉」について説明するのに難儀したことがあります。

>刑事事件に強い弁護士に相談すべきです。

全然関係なくて恐縮ですが、想い出話です。研修医だった頃、研修医のたまり場の部屋(研修医は一人前ではないので、自分のデスクがありませんでした)の壁に、「パクられたら、すぐに電話を。○○弁護士。」と古い落書きがありました。大学法学部OBで弁護士になった方が、同窓の支援をしていたんですね。当時、「パクられる」対象は、一世代上の学生運動家の方々だったと思います。

トラックバックさせていただいている、女子医大事件の被告人です。他ブログにもありましたが、私の場合のように医療事故等で、検察官の見立てが誤って起訴して無罪となった場合に、明らかに控訴しても有罪にできなと分かっていても控訴するものなのでしょうか。
また、検察には、医療事故に専念するような部署を設けるという方向性はあるのでしょうか。逆に、医療事故を刑事事件として警察や検察が調査、解明することに対する是非の議論がされているのであれば、御教示ください。

前スレで出ました主だったテーマについて自分なりにまとめてみました。議論のたたき台にでも使っていただければと思います。

・現在の医療制度の是非、特に医療者サイドにとってのメリットとデメリット
・医療現場におけるリスク回避と防衛医療の浸透、司法判断の影響
・医師逃散の現状、医療崩壊への影響とその是非、回避について
・職場環境、特に公立病院の医師待遇とスタッフの生産性の低さについて
・公立病院の赤字問題、僻地公立病院消滅と地域医療崩壊との関係

・医療崩壊をさけるため国民に出来ること、国民の理解すべきこと
・クレーマー患者の増加と現場の士気低下、医療崩壊への影響
・マスコミによる偏向報道、国民と医療者の敵対的関係について
・医療事故防止における個人責任追及の無意味さと正しい方法論

・医療に対する医師と司法、国民の現状認識の差について
・医療の刑事免責の是非、第三者機関の設置、無過失補償制度の導入
・不当起訴、不当裁判と司法判断の的確性、医療崩壊への影響
・医療訴訟における望ましい鑑定人医師の選出について
・医学的見地からみた正しさと司法的見地からみた正しさの乖離
・福島事件、割り箸事件等個別事例への医療、司法双方からの検討

・厚労省の医師数制限、医療費抑制政策と医療崩壊への影響
・医療制度改革、特にスタッフ増と医療費増額の是非

元病棟ナースで、現在は公衆衛生の仕事に携わっている者です。一般の方や、法曹界の方、医療従事者の方々の意見を読ませてもらい、医療機関から離れて、健康相談業務に携わって感じることを書かせてもらいます。(管理人さんの意図とは、ずれてしまうかもしれませんが)
 外来患者さんから又はその予備軍の方からの相談に当たっていますが、この方達は、ビックリするほど、担当医の言葉の意味を理解している人が少ないです。
 その原因を、私なりに考えると、今の大人(戦後生まれ以降の年代)は人間の体をとても単純に考えているという印象を受けます。まるで、精密機械か何かのように捉えているようです。(水素と炭素の化学反応で水ができるように、100%再現可能な化学式のように)
 これは、日本の教育体制が引き起こした産物と考えます。理系の教科の基本をしっかり教えてこなかった(中学生にカエルの解剖を止めてしまったことなどです)ことにつきると思います。生物(動物も植物も含めて)は、とても複雑なシステムの上に成り立っていること、あなたと私は同じ日本人だが、細胞レベルでは違う生物だと。こんなことを理解できてない日本人が多くなっているのです。また、日本社会全体が、文系の教科重視になって、理系を学ぶ者、興味のある学生をないがしろにしてきた結果だと思います。
 では、どうするかと言えば今の子ども達に、しっかり理系の基本を身につけてもらうことと思います。今、崩壊しつつある日本の医療を立て直すカンフル剤にはなりませんが、医療従事者以外の方もできる将来に向けての対策だと思います。(気の長い話ですが)

> nsikuさん

 患者心理さらにはクレーマー患者心理を考えるにあたってとても示唆的なお話と受け止めました。

 できれば差し支えない範囲でもう少し具体的なエピソードなどをご紹介願えませんでしょうか。

民473さんへ

民事裁判の件で。
>普通、民事裁判になると、原告側も被告側も医師の鑑定書を出し、原告側鑑定書は「被告医師に過失あり」となっていると思います。少なからぬ医師は「過失あり」と思い、少なからぬ医師は「過失なし」と思っているのですから、裁くのが裁判官ではなく医師であったとしても、全ての医師を納得させる結論は出せないのではないかと思います。
 専門家でも意見の分かれる事例で、医療側敗訴の判例が出たとしたら、医療側の不信感は更に増大すると思われます。法曹界で結果違法説が優勢である現状があり、原告側に偏った判例が後を絶たないため、萎縮医療は進行中です。
>2点目は「医師の側からみても」という視点の問題です。では「患者側から見たら」という条件反射が起きます。おっしゃりたいことは「被告医師から見て」という意味ではなく、「高度な知識を持つ専門家から見て」ということだとは理解できます。しかし、中立性を害しないか、疑問があります。
 高度な知識を持つ専門家しか医療の現状に即した判定は無理だと思います。中立性の担保は、ネット上への公開などで図るべきです。医師専用のサイトでは、十分な情報が積み上げられるにつれ、妥当な方向に意見が収束していってます。大野病院の件なども、ネットを介して、多くの医師達の意見が集約され、不当逮捕を訴える大きな流れになりました。
>医師への賠償請求を「重過失」に限る立法ができれば、「これは被告医師が負けても当然」と思えるような判例だけになるでしょうが、そういった法律ができるまでは、医師に不満が残るでしょう。でも、裁判は原告被告双方が「自分が勝って当然」と臨む訳ですから、両方が満足することは不可能です。
 十分な制度の確立まで、医療側の逃散や萎縮医療は止めようがないでしょう。医師だけでなく、医療行為の主な実施者である看護師さんも続々と逃げてます。新卒の看護師さんの1割は1年以内、3年後には6割が職場を変えています。

死産を扱った産科の先生の件ですが、根本的な問題は医師法21条の異状死の取り扱いについての混乱にあるのはご存知の通りだと思います。
法医学会のガイドライン http://web.sapmed.ac.jp/JSLM/guideline.html と、それに意義を唱えた
外科学会の声明 http://www2.convention.co.jp/jss2001/downloads/Daily_Bulletin_1.pdf
四病院団体協議会の報告書 http://www.ajha.or.jp/about_us/activity/ob_2_1/index.html
では、警察に届け出る案件について統一した概念がありません。詳細は不明ですが、件の産科医先生も、「医学的な異状死」の認識がないのでしたら、現状では、警察に届け出るべきではなかったと思います。届けが出た以上、警察も捜査に乗り出さざるを得ないからで、事態を複雑化させることとなります。ただ、「医学的な異状死」の認識があれば、速やかな届出は必須です。

>もとけんさま
 どなたか医師のコメントにもあったと思うのですが、医療に100%なんてないのです。(これが、理解してもらえていないと感じます)
 医療は、もう何百年も昔からの経験の積み重ね、統計から実証されて実施されて,今現在も進歩している科学です。
 例えば、一般市販薬でさえ、必ず副作用は存在する(乱暴な言い方ですが、薬は毒から生まれてきたのですから)のですが、医療従事者以外の方は、自分だけはその副作用の数%には入らないと(今まで、自分の身近にいなかったから)信じているのです。この考え方は、理解できます。
 しかし、副作用は現実には少ない確率ですが、確実に存在する結果です。ここで、自分の身近に不運にも(これは、個人の生物としての個体差で)不幸な結果が起きた場合、この現実を受け入れることができないのだと思います。この現実を受け入れるには、悲しみや憎しみの感情とは切り離して、客観的に現象を捉える物の見方が不可欠です。でも、この物の見方ができない人が多いのです。何故かといえば、この物の見方を今まで経験(訓練)してこなかったからと思います。(小学生の植物観察や顕微鏡の細胞のスケッチ、化学実験などが基本だと思います)

現実のケースはこうです。
 皮膚炎の年配の女性から相談がありました。皮膚炎で皮膚科に受診し、皮膚科医にステロイド軟膏を処方された。使用したら数日で改善された。だが、1カ月後再び悪化し、今度は別の皮膚科(前の医師は休診のため)に行った。前の医師と同じ薬が処方されて、数日で治った。ところが、別居している娘が、母親の使用したステロイド薬や危険な薬だと教えてきた。これは、娘がインターネットで調べた、ステロイド軟膏で皮膚炎が悪化し大変なことになった体験談だったと。どうしてこんな危険な薬を皮膚科医が処方できるのかと。
私は、そのステロイドの副作用が注射薬や長期間の内服薬を使用した場合のことと説明しますが、『どうしてくれるんだ』の一点張りで説明に耳を貸しません。なので、そんなに皮膚科医が処方した薬が不服ならば、医師に処方した理由を尋ねてみてはどうかと、提案したら、『そんな、せっかく処方してもらったのに、そんなこと言えますかっ』と、怒鳴って終わりです。(皮膚炎改善したのに…、もう軟膏使用しなくてよくなったのに…)
 こういう人が、確実に増えています。この例えが、適当か判りませんが、事実を客観的に評価できない人が増えています。そして、自分の考えと同じ結果が出ないことが、受け入れられない人がいます。そして、自分よりも専門知識を持つ職業の人に最低限の礼儀さえ払えない人が増えています。
 医療従事者は、こういう人々に今まで真摯な態度で対応してきたのですが、こういう人は際限なく増え続けて、もう限界なのです。

追加ですが、
 病棟でのこういう患者さんと医師との間を取り持つのは、看護師の仕事だと私は思っていますが、現代医療中では、患者さんと医師を取り持つ役目を、看護師は放棄してしまった感があります。
 慣れない入院・治療で不安の患者さんと、本当に忙しい医師とを結ぶ役目が、医療技術の高度化で、看護師も時間がなくこの役目が果たせず、患者さんが取り残されているのではと思います。これも、訴訟が増える一因かなと。
 看護教育も4年生大学が主流になり、理論は立派だが、患者さんの心の動きを察知できない看護師が増えているような…。(これは、訓練ではなくて、個人の資質だと思っているので、日本人全体の心に余裕がないというか、すさんできていると感じます)

産科医さま | 2006年08月18日 03:47

>医療の無謬性を主張しすぎている

どうしてこのような発言が出てきたのか自分も疑問です。
医療に間違いはつきものです。
臨床診断は、『診察と検査で得られた身体についての限られた情報』から下さねばならないため、どんなに医療技術が発達しようとも『誤診は医学の限界としてなくならない』ものですよね。
『当然なされるべき検査が施行されなかった場合』、『当然読み取られるべき所見が無視されていた場合』などに過誤と言える余地があるとはいえますが、裁判所の判例をみていますとかなりの拡大解釈がなされており、それに一番苦しめられているのが産婦人科医だったのではないでしょうか。
社会が過度の『医療の無謬性』を求めており、それに対して『医療の限界』があって『一定の確率で起こる事故(過誤ではない)が起こる』と訴えております。
不可能な『医療の無謬性』を医療に求めるのはやめていただきたいと述べています。

>無用な医療訴訟は無くなり、「医療崩壊」は阻止される
結果が悪いだけで無用な訴訟が乱発している産婦人科医の意見とも思えません。

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2002dir/n2489dir/n2489_05.htm#00
上記のアドレスの記事よりの引用です。
『実際に過誤にあった人のほとんど(280人中272人)が損害賠償を請求していない一方で,「過誤」に対する損害賠償の訴えのほとんどは,実際の過誤の有無とは関係のないところで起こされていたのである。』
・どうみても医療ミスを起こして何人もの新生児を死なせているリピーター医師が訴えられることがなく、真面目に診療をしている知り合いの産科医がたまたま結果が悪かったからと既に複数訴えられているのを実際に診ている事。
・そして産科の訴訟例をみていると過誤と思えないものが数多く訴えられている事。
これらの個人的体験、産科訴訟を調べてみて、自分は『この記事はアメリカの事例ではあるもののこれは日本にも当てはまる』と考えます。

分娩時に産科医の医療過誤以外の原因で起こる脳性麻痺の訴訟で、医療過誤を起こしていない産婦人科医にこれだけ賠償が命じられていて、どうして「無用な医療訴訟はなくなる」と産科医さまは楽観的でいられるのか理解に苦しみます。
『無用な医療裁判』を起こされないように、『新生児の脳性麻痺の無過失補償』だけでも早急に開始すべきであるというのが「普通の産科医」の要望では?

産科医先生

私は非医療者ですが、産科医先生のご意見のこの部分は趣旨が理解できません。

> 私が感じましたのは、ここに投稿されているお医者さん方は、ご自分の、と申しますか、医療の無謬性を主張しすぎているのでは、という事です。
> このMLで、どなたかお医者さんがお書きになっていたように、「人は生まれたからには死ぬ」のでしょうが、そんな事は医者でなくても子供でも分かっている、なのにそのことを医者が分かろうとしない、つまり、どなたかの発言にあったように、医者以外の人を小馬鹿にしている、ここら辺に、今の医療崩壊の一原因があるのかと私は思っています。

ここに投稿されていうお医者様方は、むしろ、医療は全能でないこと、試行錯誤であって間違いを犯す危険を含んだものであることを、繰り返し語っておられます。
そしてまた、(特に最近の)患者さん方にはそのことが理解されず、医療に無謬性を求められ、あたかも人間が不死の存在であるかのように言われるので困る、と。

大変失礼な推測かもしれませんが、産科医先生は「無謬」という言葉の使い方が妙、と申しますか、日本語の意味を取り違えていらっしゃるのではないでしょうか。
 無謬=理論・判断などに誤りのないこと

産科医先生のご意見の趣旨を汲み取るならば、ここは無謬ではなく、「無責」と書くのがわかりやすいのではないかと思います。
<後日の分析判断によれば>医療行為に誤りが発見されたとしても、その当時その状況に置かれた通常の医師であればなし得る行為を尽くしていたならば、責任を問われるべきない、というのが、ここのお医者様方の多数意見であると理解しております。

>紫色の顔の友達を助けたい さん

>検察官の見立てが誤って起訴して無罪となった場合に、明らかに控訴しても有罪にできなと分かっていても控訴するものなのでしょうか。

 検察官は、控訴すれば有罪判決を得る見込みがあると思っているようです。
 検察の控訴に対する基本姿勢は基本的にはかなり慎重なのですが、無罪事件については、やや面子を考えるところがあるように感じられます。
 とはいうものの、無罪判決をひっくり返せる見込みがまったくないのに控訴することは考えられません、基本的には。

 ただし、「見込み」というのはあくまでも検察から見た「見込み」です。

 一般論としてお答えしますと、以上のようになります。
 本件の検察の控訴の当否については、現時点では論評するほどの情報も持っておりません。

>検察には、医療事故に専念するような部署を設けるという方向性はあるのでしょうか。

 今、検察内部にそのような動きがあるかどうかは知りません。
 しかし、あったほうがよいと思います。
 もっとも、作ったとしてもその姿勢如何が大問題ですが。

>逆に、医療事故を刑事事件として警察や検察が調査、解明することに対する是非の議論がされているのであれば、御教示ください。

 検察内部の議論としてあるかどうかはわかりません。
 この議論は、医療事故専従部門を作ることと密接に関連すると思います。

 検察に医療事故専従部門を作るとしますと、検事は医療または医学の専門家ではありませんから、医師を含む諮問機関を伴うことが必然的に求められます。
 諮問機関と言えるほどきちんとした組織になるかどうかはわかりませんが、少なくとも医師のアドバイザリースタッフが不可欠でしょう。
 そうなりますと、専従部門の性格や方向性の如何と諮問機関等の構成しだいでは、このエントリで議論されている第三者機関を代替する機能を有することも考えられます。

 医療側の方は、検察というのは医師の刑事責任を問うことに汲々としているようにお考えだと思いますが、私は検察庁の中にはもっと多様な考え方があると思っています。

 最も重要なのは、検事総長の問題意識だと思います。

 エントリ本文の末尾に医師法の解説サイトをリンクしました。

ほんらいなら医師会が積極的な役割をはたし航空事故調査委員会のように
調査報告、医師の告発などの役割をはたし、
むやみやたらと訴えるような現象を押さえるべきだったと思います。
まあフォローが少ない現状を嘆くべきなんでしょうね。

四不像様

> 何故自分が悪くないのにそんな備えをしなくちゃならないんだ?

お説ごもっともですが、
507さんの場合は、もはや具体の事件が起こってしまっていますから、「何故か」を考えている余裕などありません。今すぐにでも弁護士にご相談されることをお勧めします。
自分は悪くないと考えているなら、なおさらです。
 否認→証拠隠滅・逃亡の恐れ→逮捕・勾留が必要
というのが捜査機関の思考方法ですから、無実であればあるほど、過酷な扱いを受けるおそれがあるのです。
このキビシイ現実を知ってください。
モトケン先生はお立場上、「検察もそんなに無茶はしないよ〜」とおっしゃるかもしれませんが、事態を甘くみて後で泣きを見ても、誰も507さんに代わってあげることはできません。
弁護士が付いていても逮捕される時はされますが、少なくとも警察への牽制にはなります。違法な逮捕や拷問のような取り調べをされないとか、同じ逮捕するにしても晒し者にするようなイヤガラセを防ぐ効果は期待できると思います。

ここへ書き込んでも507さんがご覧になっていないかもしれませんが、
一般的な話として、皆様お気を付けください、という趣旨で書きました。

産科医です。私の書き込みに色々とご意見を有り難うございました。
なかなか、一度にお返事出来ませんので、スミマセンです。

>僻地外科医さん
 
あなたのお名前から、http://medical.twincle.net/ohno_hosp/bbs/wforum.cgi
に飛んでみました。結構な分量で、ぱらぱらとしか見ていないので申し訳ないのですが、管理者として色々と大変だと思います。

以下、僻地外科医さんの所にあったような感じで、僻地外科医さんに返信してみます。


>むしろ、医療には限界がある、人間のやることに100%はありえない。

ここは同意です。


>また、医療のそう言った部分は「一般の方には」理解されにくい。

本当に「医療に限界がある」「人間のやることに100%はありえない」部分は、「一般の方には」理解されにくいのでしょうか?

医療のそう言った部分は、理性では判るが感情では頷きにくい、と言うのであれば私も同意しますが。


>だからこそ、医療を訴訟で扱うのは困難であるし、医療事故を減らすには第三者調査機関などが必要である。

「感情」が収まらない「被害者」(ここには本当の被害者と、自分を被害者と思っている人とが居るでしょうが)は、今の所、それを収めるには、訴訟しか手だてがないんと違いますか? 

書かれたように、公正中立の第三者調査機関があれば、そこに調査をお願いすれば良いでしょうが、これだけ庇い合いの風土の我が医療界で、すぐそんな機関が出来ると思います?

ただ、今のところ訴訟しか手だてがない、とは言っても、民473さんの「私は、刑事は嫌いで、業務上過失致死どころか、刑法自体が不要だと思っているので、当然刑事訴追には反対ですが、(2006年08月16日 00:13)」のご発言のように、刑事訴追と医療事故とは、いかにも不似合いだと私も強く思います。

ただでさえ「事故」の多い科に所属する私としましても、「医療事故→刑事訴追」となると大変です。ですから、そうはならないようにと思っているのですが、司法関係のみなさまのご意見は、いかがでしょうか?


>「アメリカ医療の光と影」の
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2350dir/n2350_05.htm#00

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2342dir/n2342_06.htm#00
の部分だけでも読んでみてください。

ご紹介有り難うございました。昔、読んだ覚えありますが、読み直してみると、良い事書いてありますね。

―――『正しいことをする(to do the right thing)』ことが一番重要なのであって医療側の保身を優先させてはならない―――

この短いフレーズだけでも一人一人の医師の心にあれば、「カルテ改竄はなぜ起きる」「リピーター医師 なぜミスを繰り返すのか?」のような本は、上梓されなくてもすむでしょうね(苦笑)


>なお、「カルテ改竄はなぜ起きる」は既読ですが、はっきり言って分析部分が甘すぎます。また、改竄防止策についてもぬるいです。

どのような所でそうお思いになったのでしょうか?
お時間あればご教示ください。


>ちょっと補足します。
 医療に限らず、事故を取り扱うにおいては「人間性善説」の立場に立つと真相の解明も出来ず、事故を減らすことも出来なくなると思います。「性悪説」では語弊が有りすぎますが、人間は「心理的に」弱いものである、強い人もいるけど、総じて弱いものである。だから、隠蔽や改竄が起きるという風に考える方が解決の早道です。

私は「性善説」が大好きですから、検事さんや、弁護士さん、判事さんが暇を持て余す社会であって欲しいと願っています(苦笑)。しかし、残念ながらそんな社会は夢の中にしか存しない。

だったら、悪をなした者が居ると思料する場合、それを社会のルールに照らしてみる手続きが必要となります。そこで裁判となるのでしょうが、その裁判で原告が「事実」に基づき主張構成しようとするとき、もし被告がその「事実」を「隠蔽や改竄」するような挙に出れば、公正な論議は出来なくなりますね。

僻地外科医さんは、「人間は「心理的に」弱いものである、強い人もいるけど、総じて弱いものである。だから、隠蔽や改竄が起きるという風に考える方が解決の早道」とお書きになっています。

お書きになっているように、弱い者だから「隠蔽や改竄」が起きたとして、しかし、それが医師であれば、医師会が率先してその者にレッドカードを下すようでなければ、社会は医師会を庇い合い体質と見なすでしょうから、医師会や医療への信頼は生まれませんよね。

僻地外科医さんは、

>アメリカはその辺を非常によく分かっているので航空事故や医療事故で第三者調査機関による事故調査を早期に立ち上げたり、悪意をもたない事故においての刑事罰がないんだと思います(行政罰は厳しいですが)。

とお書きになっていますが、無用な裁判を無くすためにも、公正中立な第三者調査期間が早く立ち上がれば良いと私も思っています。でも、そうなる為には、私たちは、どうすりゃ良いのでしょうかね。

―――『正しいことをする(to do the right thing)』ことが一番重要なのであって医療側の保身を優先させてはならない―――

ちょうど日医ニュースにタイムリーな話題があるようです。

第1回医療事故責任問題検討委員会
医療事故により派生する法的諸問題を検討
http://www.med.or.jp/nichinews/n180820f.html
 医療事故責任問題検討委員会の初会合が,七月二十四日,日医会館で開催された.
 本委員会は,医療事故の警察への届出により派生する諸種の問題点とその解決のための根本的な検討を行うため,医療関係者のみならず,司法の関係者にも参加してもらい,プロジェクト委員会として立ち上げられた.
 木下勝之常任理事の司会で開会.同常任理事は,「福島県立大野病院の事件を契機に,いわゆる異状死問題がクローズアップされてきているという背景のもと,法曹関係者と共に,医療事故に対する民事責任,刑事責任,行政処分等の責任問題を検討し,この問題に関し,医師と法曹界とが共通の見解をまとめることを目的として委員会を設立した」と,経緯を説明した.
(略)
 当日は,最初に,現状を認識するために,異状死に関する主な意見・声明・ガイドラインや異状死の届出対象に関する見解として,(一)リスクマネージメントマニュアル作成指針(平成十二年八月厚生労働省発表),(二)医療事故防止のための安全管理体制の確立について(平成十二年五月国立大学医学部附属病院長会議発表),(三)異状死等について―日本学術会議の見解と提言―(平成十七年六月発表),(四)医師法二十一条等の問題に関する日医会内委員会等の過去の見解―などの資料を基に,確認を行った.また,医療事故における刑事,行政処分や医療過誤判例等を基に,「民事責任」「行政処分」「刑事責任」などに関する自由討議が行われた.

社会の動きに比べ少しばかり鈍いような気もしますが…

医師法21条関係の、にわか勉強です。
医師法第21条  医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

これについては、「検案とは何か」と「異状とは何か」についてこれまで争われてきて、「検案」については、広尾病院の最高裁判決で、医師に不利な結論になったようです。
その際まとめられた詳細なレポートが下で、岡山の内科医さんや、老人の医者さんの引用された資料が載っています。
http://www.jmari.med.or.jp/research/dl.php?no=257
「患者の死亡診断は検案ではない」という主張が通らなかったのですが、その原因として、P5の「恨み節」が反省材料に思えます。

残りの「異状」ですが、
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=16499&SAVED_RID=1&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=9&DOC_ID=3792&DPAGE=1&DTOTAL=13&DPOS=1&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=16519
平成18年06月13日衆議院法務委員会
厚生労働省大臣官房審議官 岡島 敦子: 「医師法二十一条の「異状」とは法医学的な異状とされておりますが、具体的にどのような死が異状死に該当するかにつきましては、個々の状況に応じて個別に判断される必要があるため、死体を検案した医師が個別に判断しております。
 なお、死亡診断書の記入マニュアルにおきましては、死体を検案した結果、「外因による死亡またはその疑いがある場合には、異状死体として二十四時間以内に所轄警察署に届け出が必要」であることとしておりまして、死体検案書の様式におきましては、外因死の内容として、交通事故、転倒、転落等の不慮の事故死、自殺等を挙げているところでございます。」

ところが、
平成18年05月10日衆議院厚生労働委員会
厚生労働副大臣 赤松 正雄:「なお、異状死の届け出の判断基準をお示しすることにつきましては、異状死は個々の状況に応じて個別に判断されるべきものであり、一律に基準を示すことは困難である、また、仮に一定の考え方で届け出対象となる異状死の範囲を限定した場合、その範囲に含まれるか否かの判断を行う必要があるが、その判断の公正さをどのように担保するかといった問題があり、委員十分御承知だと思いますが、現時点では困難であると考えているわけであります。」

実に無責任です。

南山大学法学科大学院の加藤良夫先生を中心とされて、「医療被害防止・救済システムの実現をめざす会」(仮称)というものがあり、HPを開設されております。

そのHPの中に「医療被害防止・救済センター」構想を提案しております。
http://homepage2.nifty.com/pcmv/002kyuusai.html

議論の参考になればと思います。

個人的には小額の補償まで行うのはどうかと考えますが。(保険が破綻して制度が続かない危惧を自分は持ちます。「当面は深刻な被害に限って救済することも考えられる」と但し書きがあるので、その辺も充分考慮に入れているとは思いますが)
あと陪審員制度はかなり疑問です。

>民473様

都立広尾病院事件の判決は医師にとってもっとも許し難い判決の一つです。

ご指摘の医師法21条の件もそうですが、もっとも許し難いのは憲法38条1項に対する解釈です。このような判決が出るから、「なんでもありかよ」という医師の絶望感が生じると思って頂ければ幸いです。

他に、検案に関連する制度として、刑事訴訟法229条と、死体解剖保存法8条、11条があります。

刑事訴訟法第229条  変死者又は変死の疑のある死体があるときは、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない。
2  検察官は、検察事務官又は司法警察員に前項の処分をさせることができる。

平成15年4月9日衆議院法務委員会
法務省刑事局長 樋渡 利秋:「刑事訴訟法上の厳密な定義としましては、変死者とは、不自然死で犯罪による死亡ではないかという疑いがある死体をいうというふうにされております。」

死体解剖保存法
第8条  政令で定める地を管轄する都道府県知事は、その地域内における伝染病、中毒又は災害により死亡した疑のある死体その他死因の明らかでない死体について、その死因を明らかにするため監察医を置き、これに検案をさせ、又は検案によつても死因の判明しない場合には解剖させることができる。但し、変死体又は変死の疑がある死体については、刑事訴訟法第二百二十九条 の規定による検視があつた後でなければ、検案又は解剖させることができない。
2  前項の規定による検案又は解剖は、刑事訴訟法 の規定による検証又は鑑定のための解剖を妨げるものではない。

第11条  死体を解剖した者は、その死体について犯罪と関係のある異状があると認めたときは、二十四時間以内に、解剖をした地の警察署長に届け出なければならない。


変死体(犯罪の疑いあり)なら、届けなければならないのでしょうね。解剖の場合は、届出は「犯罪と関係ある異状」に限定されている。だったら、監察医に任せちゃえば?でも変死体の場合は、検視後でないと解剖できないし。ん、、難しい。

非医学系理系大学院生の、研修医の夫です。

>>>民473さま

> だったら、監察医に任せちゃえば?

監察医制度は非常に大事だと個人的にも考えていますが、Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%A3%E5%AF%9F%E5%8C%BB
にもあるように、日本では監察医制度は実質上崩壊していて、
全く機能していません。また、ソースは失念しましたが、
東京を含め、日本全国で監察医制度を廃止する方向にあります。
現状の監察医制度の問題点については、上述のWikipediaに
よくまとめられていると思います。

>どなたかお医者さんがお書きになっていたように、「人は生まれたからには死ぬ」のでしょうが、そんな事は医者でなくても子供でも分かっている、なのにそのことを医者が分かろうとしない

 私もこれに対する反証の実例を・・・。ちょっと内容が異なりますけど。

 事故で発生からかなり時間がたって発見され、救急搬送されてきた患者さんです。
 救急車現着時CPA(心肺停止状態)。心肺蘇生しながら当院へ搬送されました。
来院して、挿管しようとしたときに下顎硬直(死後硬直で最も早く起きる部分)があり、直ちに心肺蘇生を停止しました。遅れてご家族が到着し、娘さんが言った一言。

「医者だろ?助けれよ」

 不可逆的な反応が生じている死体を蘇らせることは不可能ですし、仮に可逆的であったとしても発症目撃のないCPA患者さんを蘇生することは極めて困難です。(発症目撃のないCPA患者さんの蘇生率は1%未満。発症目撃がある場合でも5%未満)。

 もちろん親を無くしたことによる激情が言わせた一言だと思いますが、医者ってそんなに何でも出来るものだと思われてるんですかね?

 これ、実は私は核家族化が進んだことも原因の一つではないかと思っています。身近に人の死を見ることが無くなった・・・ということ、人の死が身近なものではないことも理由の一つではないかと・・・。
 
 

僻地外科医さま
憲法31条の話ですが、上のコメントにリンクを張った広尾病院事件の日医総研のレポートで、平成14 年7月の外科関連学会協議会作成の「「診療行為に関連した患者の死亡・傷害の報告」についてのガイドラインに関する安全管理委員会・ガイドライン作成小委員会報告」のなかに、

「憲法条38条1項は刑事責任を問われる可能性のある自己に不利益な供述を強制されない自由を保障している.しかし,医師に求められる高い倫理性を考えるならば,このような報告は,まずもって,診療に従事した医師によって自発的になされることが求められる.」

という記述があるのを指摘して、「脇が甘い」と評しています。
自分自身に不利な提言を、学会がしてしまう。
「古き良き時代」という言葉が連想されました。

>民473様

 もしかして司法解剖と行政解剖をごっちゃにされてるのでは?

 死体解剖保存法の第8条に規定されている解剖は行政解剖です。死因が明らかでない場合に行われるものですね。監察医がいる地区ではこれは家族の承諾無しで行うことが出来ます。
 ただし、監察医がいない地区においては大学の法医学教室がこれを代行するため、この場合は家族の承諾が必要となります。

これに対し、最初から変死の疑いがあると思われる場合は最初から警察・検察を伴った検視・死体検案が行われ、その後司法解剖に回されます。

管理人さんの紹介されているリンク
http://homepage3.nifty.com/dontaku/lecture-jms/lec98-2.htm
にも書かれていますが、法的には「医業」やら「医行為」という言葉自体明確には定義されていません。
明確に定義どころか、どう読んでみても僕にはトートロジーとしか思えません。

「異状死体」の定義も同様で、それこそ起訴便宜主義の面目躍如といったところです。
溺死、墜落死、焼死などの「外因死」は全て「異状死体」で、病死(+自然死)である「内因死」の場合、一般には「異状死体」ではありませんが、生前全く診察したことがなかったり、主治医にも死因がわからないときは「異状死体」となります。
一見単純でわかりやすそうです。
ところが「法医学会 外科学会 異状死体」でググった先をちらっと見ただけでもわかるように、何を以て異状死体とするか,については医者の中でも立場によってかなりの違いがあります.
また、あれだけ議論をしているのに、行政は全く不作為を決め込んだままです。
結局のところ、理論的には「全ての院内死を含めた『医療行為中の死』は医療行為不成功による『外因死』である」と捉えることが可能であり、事実そのような方向へ警察・検察の判断が傾いてきた、と現場の医者が感じ始めるに至りました。


なお、異論はなさそうな「外因死」を「異状死体」とすることについても、田舎でよくある「じいちゃんが餅をのどにつまらせて...」を「窒息」という「外因死」、つまり「異状死体」として取り扱い、警察に届け出るのは(個人的に)なぜか違和感が残ってました、というのは全くの余談です。

皆様の御討論を興味深く読ませて頂いております。
以前のコメントで割り箸事件と、大野病院事件についていろいろなコメントがでておりましたが、内容に気になることもありコメントさせて頂きます。
1)割り箸事件について
いのげさんのコメントでは「CTさえ撮っていれば少なくとも診断はついた」、ということが確定された事実とされていましたが、いのげさんが議論の対象とされているのは死後撮られた、おそらくはこれ以上望めないほど条件のよいCTです。死体は動きません。呼吸性移動すらありません。そしておそらくかなりのthin sliceで撮ったものでしょう。生きている子供は動きます。撮ったとしても5mm厚くらいのsilceでしょう。 きちんとCTを撮るためには鎮静剤の投与が必要でしょうが、もし投与していればその場でとどめを刺すことになっていたかもしれません。
また、この耳鼻科の先生は「子供が割り箸でのどをついた」という情報しか与えられなかったということです(母親もそれ以上の説明はしていないようです)。普通こういう言葉を聞いたときまさか突き刺さった、とは思わないでしょう。折れた割り箸でも持ってきていれば、事態は変わったかもしれません。しかし、不思議なことに、誰が、どのようにして口に突き刺さっていた割り箸を折ったのかも分からず、また、その断片も発見されませんでした。
私も、成人ですが眼窩より頭蓋内に木片が刺さった症例を診たことがあります。この事件の後でしたのでCTもthin sliceとし、MRIも撮影しましたが、受傷当日には木片は発見できず、翌日の検査でようやく木片が同定でき、手術に持ち込めました。 場所がほぼ分かっていて、しかも成人の検査にしてこうなのです。 一審判決の傍論では医療ミスはあったかのように述べられていますが、私としては承伏できません。
2)大野事件について
この産科の先生の治療の医学的な正当性は様々な場で述べられておりますので、ここでは繰り返しません。私がこの事件について異常でありまた失望させられたのは 1)一年半も前の事例であり、その先生が逃亡のおそれもないのに外来診察中に、警察が報道機関を引き連れて手錠をかけて連行したこと。 2)またそのタイミングとしてはその先生の奥様の臨月で、復讐的な色合いが強いこと、 2)その先生は院長にはこの症例についての報告をし、異常死として報告しなかった責任は院長にあるにもかかわらず、院長は不問にされていること。また、院長も「私はやめろといった」などと責任逃れに終始していること。 3)そしてなにより、その病院で年間200例以上のお産、70例近くの帝王切開をたった一人で行ってきて、地域に対し多大な貢献をしてきた方であるにもかかわらず、住民の中から嘆願運動が起こっていないこと、などです。 
以前の議論で、「現在の状況がだめだと思うなら医師の方から声を上げ、活動していかなければ」というご意見がありましたが、現在逃散が進んでいる背景には、くれくれだけで、恩を忘れた現在の日本人に対する絶望感、そして、そのような人々のために頑張ることをあきらめた医師の気持ちもあるのではないでしょうか。

無断転載です
==========================================
599 名前: 507,530 Mail: 投稿日: 2006/08/19(土) 00:16:40 ID: P+r90CbO0
>>596
色々と、有難うございます。出来る限り手を打ってみます。
ところで、死産証書を書こうとしたら、警察が「司法解剖で死胎検案書を書いてもらいます。」
と言うことになりました。果たしてこれでよかったのか今となっては後悔しています。
医師法21条とは一体何なのでしょうか。あとで届けなければ、福島のように逮捕されます。
しかし、届けたら、我々は「自然死」と診断しても「異状死」に強引(?)にされます。
もう、遅いかもしれませんが、「(こんな日本では)本当に産科はもう二度とやりたくない。」
というのが偽らざる思いです。
==========================================
産科医絶滅史第14巻 〜逃散期医療センター〜
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1154969134/

管理人から

産科医 さんの  2006年08月18日 20:06 のコメントが保留になっていましたので、ただいま公開処理しました。

ちょっと疑問に感じる点があるので、質問させてください。

医療関係者の方からは、民事訴訟では不当な医師敗訴判決が多いとの
指摘がありますが、その殆どの事件では、鑑定が行われているはずです。
また、患者側の主張に沿った見解を示す医師もいるものと思われます(と
いうか、順番としては、患者側協力医の見解に沿って弁護士が主張を構成
するわけですが)。

ということは、医師の方は、「不当な鑑定をする医師が多い」という印象を
お持ちなのでしょうか? そのような「医師による不当な鑑定」が頻出する
原因はどこにあるとお考えなのでしょうか。

そして、鑑定人となる医師の選任については、原告と被告双方の合意で
推薦するのか、裁判所が直接あたりをつけて原被告の了解を取るのかの
差はあるものの、基本的には、被告病院の意向に反する方法での選出は
行われていないと認識しています。

とすると、一度は被告病院(=臨床現場を担当する医師)が鑑定人として
適切だと考えた医師から、不当な鑑定意見が出たということになるので
しょうか? 上記の選任過程を前提にすれば、極端に問題のあるトンデモ
医師が鑑定人になる可能性は低いようにも思えるのですが、それでもなお
(医師側から見て)「不当」な意見が続出しているということですか? だと
すれば、鑑定人の選任についてより良いと思われる方法としてはどのよう
なものが考えられますでしょうか。

なお、「医療行為はプロスペクティブなものであるのに対し、鑑定(裁判)は
レトロスペクティブなもので、その違いが充分理解されていない」との御意
見がありましたが、医療訴訟における鑑定の現状を見る限り、そのような
指摘はあたらないものと考えています。鑑定事項を設定する際、裁判所は
「治療当時の情報に基づいて、その時点でなしうる措置、ありうべき判断が
どのようなものであったかを検討されたい」ということを神経質なほど強調
しており、後から判明した事情を(後出しジャンケン的に)つかまえて結論を
導くことは、一般的には考えにくいと思います。

それにしても医療サイドからの書き込みばかりで、司法サイドの立場からの
発言は少数ですね。そもそも業界の人口が10倍以上違うのだから、当然
なのかも知れませんが・・・・。

>産科医先生
 まず、掲示板の方をご覧になって頂きありがとうございます。管理人としてお礼申し上げます。

さて・・・

>本当に「医療に限界がある」「人間のやることに100%はありえない」部分は、「一般の方には」理解されにくいのでしょうか?
医療のそう言った部分は、理性では判るが感情では頷きにくい、と言うのであれば私も同意しますが。(コメントが分かりにくくなるので改行を省略させて頂きました)

 まさにその感情の部分です。私が挙げた実例を見てもお分かりかと思います。
 しかも医療事故では理性の部分は働きにくいと私は考えています。

>「感情」が収まらない「被害者」(ここには本当の被害者と、自分を被害者と思っている人とが居るでしょうが)は、今の所、それを収めるには、訴訟しか手だてがないんと違いますか? 

 これはご指摘の通りです。ですがその現状を良しとしない・・・と言うことです。
 すぐ出来ないにせよ、何らかの運動を起こさねば永遠に第3者機関は出来ないでしょう。

>この短いフレーズだけでも一人一人の医師の心にあれば、「カルテ改竄はなぜ起きる」「リピーター医師 なぜミスを繰り返すのか?」のような本は、上梓されなくてもすむでしょうね(苦笑)

 やはり先生は性善説の罠に陥ってると思います。医師一人一人の心に・・云々、政治家一人一人の心に云々、これは単なる理想論だと思います。理想論では解決できないのが今までの事例ではっきりしているでしょう。改善するためには時間がかかってもシステム構築をするのが最終的には早道だと思います。

>(「カルテ改竄はなぜ起こる」について)
どのような所でそうお思いになったのでしょうか?
お時間あればご教示ください。

 まず、あの本の構成を見ると第1〜3章では日本でのカルテ改竄の実例と民事訴訟の実際、日本における法規制が書かれ、第4〜6章では諸外国の医療制度、カルテに関する法規制、第7〜8章では座談会とカルテ改竄防止のための提言が書かれています。
 実際読んでみると、「どのように」カルテ改竄が行われているか、については詳細に実例を挙げて語られていますが「なぜ」カルテ改竄が行われたかについては座談会でちょっと触れられているに過ぎません。本のタイトルを裏切る内容と言っていいと思います。
 また、防止のための提言についても、法的規制については書かれていますが、それ以外については何も語られていません。交通事故で処罰を重くすれば事故がなくなる・・・というのと同じ発想です。これじゃ改竄は無くならないでしょうね。
 最も良い方法は電子カルテ化を進めて、内容変更の時には訂正者の名前が自動的に入るようにするだと思います(実際現在の電子カルテはそうなっているようです)。
 分析が甘すぎ、提言がぬるいというのはそう言うことです。残念ながら私にとっては実例集という以外ものの役に立たない本です。李啓充先生の著作のほうがなぜ改竄が起きるか、隠蔽が起きるかの分析がもっとすっきりと分かりやすく書かれています。

>だったら、悪をなした者が居ると思料する場合、それを社会のルールに照らしてみる手続きが必要となります。そこで裁判となるのでしょうが、その裁判で原告が「事実」に基づき主張構成しようとするとき、もし被告がその「事実」を「隠蔽や改竄」するような挙に出れば、公正な論議は出来なくなりますね。

 おっしゃるとおりです。ではなぜ隠蔽・改竄が行われるんでしょう?そこに踏み込まないでカルテ改竄問題を語っても、非現実的な精神論、もしくは実際には効果がないであろうと思われる法律論で終わってしまいます。
 もう一度、李啓充先生の
『ここで問題となるのは「誤りを犯した個人の不注意を責める」という姿勢を取りがちな病院が多いことであるが,この「個人の不注意を責める」という姿勢が実は過誤の隠蔽を奨励する原因となっているのである。』
 の部分を噛みしめて頂けたらと思います。

失礼ですが産科医さんのコメントは、どうも医師の書く文体・内容に思えません。
だからどう、というわけではありませんが。
医師にもいろんな考えの人間がいますし。

ただそんな気がするだけです。
ご無礼、申し訳ありませんでした。

一人で医師法21条にこだわってます。

平成18年06月13日衆議院法務委員会の岡島審議官の「医師法二十一条の「異状」とは法医学的な異状とされておりますが」という答弁中には「法医学的な異状」とあり、「法医学=犯罪捜査のための医学」と考えれば、医師法21条の「異常」とは「犯罪の疑いのある異状」という解釈が、厚生労働省の解釈と見ることができると思います。

これで良いんじゃないかな。

平成18年05月10日衆議院厚生労働委員会の赤松厚生労働副大臣の答弁も、良く考えたら、いい仕事している。「厚生労働副大臣でさえ、どういう場合に届出が必要か分からないのに、我々に分かるはずがない」と主張した上で、医師法21条は憲法31条(罪刑法定主義)に反し無効という主張をすれば、届出に迷うケースは刑事免責になるように思う。

ところで、死体を検案した段階では異状を認めなかったが、その後「異状があったかも」と思うようになったとか、後になって「実は薬を間違えました」と看護婦から告白を受けた(真実かどうかはわからない)とかいう場合、どうなるんでしょうかね。

刑事法に詳しい方、いらっしゃいませんか?

医療関係者でもなく、司法関係者でもなく、単なる患者予備軍から発言を。

前エントリからずっと見てますが、

医療現場の問題としては、
1.慢性的な人員不足
2.勤務医と開業医の待遇格差
3.希望科の偏り

この辺のところを、医師個人個人の「頑張り」で何とかしているということでしたが、やっぱりそれは無理があるでしょう。


一番の問題としては、「人員不足」だと思うのですが、なりたい人間はたくさんいるので、医師になるためのシステム改善で何とかならないかというのは、素人考えでしょうか。

医者にしろ、弁護士にしろ、それこそ大学だって、入り口の難関さで、かなり無駄をくってるような気がするんですがね。

「なるための素養」の選別は確かに必要でしょうが、そもそも「育成」にこそ重きが置かれるべきで、それをやらないのは「怠慢」だと思うのです。

あとどなたかもおっしゃっておられましたが、全体的な「知識の低さ」も大きな問題の一つと考えます。医療や司法など、いわゆる専門分野についてもある程度の知識は必要でしょう。

クレーマーが多いのは、それこそ「戦後教育の賜物」じゃないでしょうか。

もう一つ。
患者からすると、病院の多さにかなりの混乱があります。本当に人員不足かと疑うほどに。病気になった時、どこに行っていいかわからなくなります。

こんな事言うと反発がありそうですが、総合病院に集約されるべきじゃないいんでしょうか。勤務医の待遇改善が必須ですが、これでいろんな問題は解決できるんじゃないかと思うんですけど、やっぱり素人考えですかね。

「誰のための医療か」ということを忘れて欲しくないと思います。

エントリの趣旨から外れてたとしたらすみません。

非常に興味深いサイトですね。マスコミにありがちな、患者=被害者=弱者というような一方的な偏見に流されず、できるだけ公平に判断しようという管理人さんのスタンスに感心しました。

今の医療者の司法不信は、私個人は異常な鑑定医に根本原因があると思っています。鑑定医がいないとなげいている弁護士の発言を良く見ますが、そのまれに受けてくれる“リピーター鑑定医”が曲者です。

大体、リピーター鑑定医には共通した点があると思います。

#後出しじゃんけん的な鑑定になっているのにその認識がない
これは、人間業では不可能と思われる可能性も含め、スパードクターなら助けられたかどうか?を検討する、臨床検討会のノリで鑑定書を書いているからだと思われます。臨床検討会なら、一意見として意義深いのですが裁判に使われるとなると別です。一般の臨床医のレベルで、“時系列に沿った”事実関係に基づいて、明らかな手落ちがあったかどうかを鑑定しなければなりません。決して、結果から見たレトロスペクティブな意見にならないように細心の注意が必要です。これは、“すでに現場から引退した医師”には不可能な作業です。現場で最前線で働いているベテラン医師にしか出来ません。
結果から見たレトロスペクティブな鑑定で、“この時点でxxをすべきであったと考えられる”と断じている例を良く見ます。本当にそうなのか?10人医者がいればその時点で10人そうするのか? 結果的には、現場から見てあまりにも現実的ではない鑑定が横行しています。

#刑事事件に使われうるという認識に甘い
これは、法律の専門家ではないので、不正確な意見かもしれません。通常刑事罰が認定されるためには確率99%では不十分だと、私は認識しています。冤罪を防止するため、99.999999%くらいの確度を必要とするはずです。ところが、この時点でxxすべきだったとか、明らかに99.999999%とは程遠い鑑定がまかりとおります。割り箸事件では臨床医なら当時1%以下くらいしか検察の言う注意義務を達成できなかったのではないでしょうか。99.999999%必要なのに、1%ですよ。1%の特殊意見を言う鑑定医の存在はきわめて問題です。
特殊事例はさておき、99%の蓋然性で述べられた鑑定は一見問題の無いように思えます。臨床検討会では少なくとも意義深い。しかし、刑事事件に使われ得るとなればまったく別問題です。99%程度の低い確率では困るわけです。
一般的に、xxという治療をした方が生命予後が良いというのは、臨床研究の積み重ねの成果です。しかしながら、その大元になる研究は、せいぜいp<0.05程度の統計学的差異から“推定”されたものにすぎません。一般の人からは信じられないかもしれませんが、後世で結果が覆ることも決してまれではありません。医学とは、その程度の不確実な研究の積み重ねであることを世間の人も当の鑑定医も認識すべきです。刑事罰相当のP=0.00000001レベルの研究成果は残念ながら皆無といって差し支えありません。したがって、鑑定医は、P=0.000000001レベルでない事案では明確に因果関係なしを言い切る必要があります。ただし、そうすると、あきらかな取り違えなどの案件しか有罪に出来ない筈!ということになります。そうなると、本来民事で有罪になるべき、ひどい治療も“無罪”連発になりますが、民事の鑑定が刑事に使われうる現状を改めなければ仕方の無いことだと考えます。(大部分尊敬する弁護士さんの受け売りです)

現状ですべきは、
#鑑定医の教育(これは医療関係者のため)
これで、医療関係者が理不尽に有罪になることは解消されます
#民事の鑑定を刑事事件に使えないようにする(これは患者のためです)
これは、“刑事罰前提の鑑定”では救済できない“医療者から見てもひどい診療”の被害者の権利を守るためです。“民事のみを想定した鑑定書”を書けるような環境整備が必要と思います。

さて、なんだかなと思う判決をひとつ書いてみます。適当にネットで見つけました。
気管支鏡を誰でもできる簡単な検査であると言っている判決。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A18CB2DAF38BFD0B49256B5A00104874.pdf

患者は60歳男性。高血圧・糖尿病・高脂血症でかかりつけ。10年前に肺癌で前医で左上葉切除歴あり。

咳・咽頭痛・発熱で近医受診したが軽快しないため、
day5に被告の病院を受診。スパラと消炎鎮痛剤・鎮咳剤等処方される。day-10よりCRP8前後
day26の受診時軽快しないため胸部X線行うも診断に至らず。
day45に胸部CT。左胸膜肥厚とniveau。残存肺の結節を認める。
day68手術を行った前医に肺癌再発疑いの紹介状を書く。前医から呼吸器に関しては以後フォローしますとの返事。
day84前医で気管支鏡。培養でアスペルギルス陽性
day111被告の病院に入院。翌日喀血
day124肺アスペルギルス症にて死亡。

これに対し、さいたま地裁は、遅くともday26頃以降、アスペルギルス症を疑って「喀痰,気管内採痰又は気管支肺胞洗浄液からの培養検査や,血清学的検査」を行うべきであったとして、5500万円の損害賠償を認めています。
ま、それは同日のX線の所見次第だと思いますが、必ずしも変な判決ではない。ただ、day45のCTでも読影医がその可能性を特定していないことから考えると、誰にでもわかる典型的な所見ではなかったんでしょうね。

問題は「上記諸検査は,呼吸器専門医でなくとも容易に行い得る」と断定しちゃっているところですね。だから主治医自らが行え、と言っています。
そんな簡単な検査をサボってはいかんぞ、ちゅうことでしょうか?
少なくともおいらの周りには呼吸器科医以外で気管支鏡を自らやる人はほとんどいないのですが・・・。

>FFFさん

「後から判明した事情を(後出しジャンケン的に)つかまえて結論を導くことは、一般的には考えにくい」と言われますが、それは違うと思います。

裁判になる例で、最大の「後から判明した事情」は、その治療が失敗したこと、多くは患者が亡くなったことです。

医者が診ている例の多くはそういう結果には終わらない。裁判になる例は、悪い結果に終わったことを知って鑑定したり過失の有無を議論したりするわけですから、どうしてもretrospective、後だしジャンケン的なものが多いように感じます。

本来、ある瞬間の判断の是非を問うならば、その判断の結果つまり患者が亡くなったことについては、伏せて考えなければならないです。
理想的には、治療の結果がうまく行った例、明らかにミスがあると判定された例などの中に紛れ込ませて、結果に関してはblindでどの治療は適切でどの治療は不適切かというのを複数の臨床医に判定させるのが一番だと思いますが。

互いにかばい合う、といわれる医療者ですが、いわゆる「患者のための医療」を声高にのたまう先生たちほど医師が納得できない鑑定を行う傾向があるようです。
有名なところでは心筋炎訴訟での某鑑定医ですが、小児救急の実績はほとんど無いにもかかわらずそれこそ後出しじゃんけんの見本のような鑑定をしておられます。自分の病院のもっと明らかな医療ミスは一年以上隠していたことが分かり、ネットでは嘲笑されていました。また、先日名古屋で心臓手術で死亡した青年の親が執刀医を訴えていましたが、警察が動いたきっかけはマスコミで有名なあの心臓外科医の鑑定であった、と聞いております。
ネットを検索すると、医療鑑定を請け負うクリニックなども散見されます(鑑定一件10万円、弁護士のお墨付きなら30万円などといった値段が付いています)。
そうでなくても、臨床能力はすでに衰えている、と思われる大家たちが重箱の隅をつつき、世界でも数例しかないような論文を引っ張り出し、批判するのを見ると、脱力感に襲われます。
上の方で、「鑑定医となった先生たちが法廷の場でその鑑定が用いられる(つまり人一人を犯罪人に仕立て上げることができる)という意識に乏しいのでは」という意見がありましたが、まさに正論だと思います。
医師の常識として「後医は名医」というのがあります。これがかばい合いの原因になるかもしれませんが、少なくとも臨床の鑑定は、論文や学会での議論とは全くかけ離れたものであることを肝に銘じて頂きたいと思います。

一般の片からも「不足するスタッフの増員」「病院の集約化」という認識が出はじめていることをうれしく思いますね。あとはそれが実現されればいいわけですがこれが難しい。何しろ厚労省はこれ以上の医師数増加には断固として反対する立場を崩していませんし、実際には逃散や僻地医療崩壊など総数の充足以外の問題も山積していますから。

医者不足に関して公的な検討として厚労省の医師需給検討会の資料がありますが、表向きの医師数増加に反して病床あたりの医師数はこの十年全く増えておりません。これに対して医療が高度化し説明等にも多くの時間を要するため患者1人に費やす時間は増加する一方です。王さんの例では術前検査にあれだけの日数を費やし休日にそのためだけにスタッフを集めた上で手術自体に9時間かかりました。昔なら入院翌々日位に開腹、手術も3時間くらいで済んだでしょう。特に患者に対する説明と同意については以前より圧倒的に時間をとるようになったことを実感します。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/10/s1028-6c.html
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/06/s0628-8a.html

なお同委員会の推定では医師は定年もなく自然減でフェードアウトするまで働き続けるとしていること、適正な医師の労働時間は週48時間(当直、研修、研究を含まず)とすること、診療所医師数が増加し病院勤務医にはますます負担が増加するとしていることなど様々な?を内包した上で医師数は2035年には必要数を満たすとし、「マクロ的には必要な医師数は供給される」と結論づけています。現に不足で大騒ぎしている人たちに向かって「大丈夫大丈夫、三十年後にはちゃんと足りてるから」ということに何の意味があるのか疑問に感じざるを得ません。

自分としては医者は多少余ってるくらいでもいいのではと考えています。求職者>求人数となって初めてそこに取捨選択ということが生まれるし、技量、人間性に問題がある医者をも無理に使わざるを得ないということもなくなってくる。むろん交代勤務制などという夢のような制度も現実的になれば言うことはありませんしね。自分が本格的に医療の世話になるような頃には寝不足で真っ赤な目をした医者にかからずとも済むような社会が到來していればいいと願っています。

医学教育を受けた医師免許保持者、できれば臨床経験者を、医療現場以外の道にも積極的にたくさん人材提供してこなかったことを反省すべきなのかもしれませんね。たとえば鑑定医とか医療説明者とか医療教育係とか政治家とか……。そういう意味でも医師は足りているという厚労省の意見には苦笑してしまいます。正確な統計は持ってないですが、看護師不足で騒いでいても、その免許保持者の6割実働です。医師のほうはH14年末の統計でたしか97〜98%の実働率でしたね。免許保持者と実働率がここまで高いのを私なんぞは異常な状態と感じてしまいます。

医療崩壊の対策として医師数を増やすというご意見には反対します。少なくともマクロ的には医師数はたりているとの厚生労働省の見解は間違いではないと思います。私はしばらく前から臨床を離れていますが、それまでは地方の総合病院で週70時間程度の労働をしておりました。しかしふりかえってみるとそのうちで本当に医師がしなければならない仕事に従事している時間は約半分でしょうか。もし自分が自由に使える助手が一人いたとすれば精神的なストレスは別として物理的な忙しさはずいぶん軽減されたと思います。

弁護士さんや検事さんや判事さんたちは業務の遂行にあたり助手を使っているのではないでしょうか?しかし一般病院の医師は自分の仕事は全部自分でしなければなりません。私たちが処理しなければならないあの書類の山は何でしょう。医者は内容を確認して最後にサインするだけでいいじゃないですか。カルテも助手が書いて確認のサインをすればすむでしょう。なんで全部自分で書かなきゃいけないんだ!患者さんへの説明も簡単なものならばもっと他の職員がしてもいいでしょう。何から何まで医者が説明していたらいくら時間があってもたりないよ。

医師ひとりを養成するのには数千万円以上の金額がかかります。それよりも医師ひとりひとりに一人の助手がつけられるくらいの費用がだせるようなシステムをお願いしたいものです。医師をサポートするシステムがもっとできれば医療崩壊をくいとめる助けになると思います。

追加ですが、医師の数が増えれば実はそれだけ仕事の量も増えるのです。数が増えればそれだけ新しい検査ができるし、新しい治療法を導入できるし、新しいサービスが取り入れられるようになります。そうすると結果として要求される水準が高くなりやらなければならないことが増えてしまいます。

医師の数が増えればひとりひとりの負担が減るという意見は間違いであると考えます。

産科医さま | 2006年08月18日 20:06

―――『正しいことをする(to do the right thing)』ことが一番重要なのであって医療側の保身を優先させてはならない―――

これは「医療過誤のため医療事故が起こり、なおかつ不幸な転機をとってしまった事例」に対するアドバイスですね。
過誤をして相手に損害を与えた場合にとるべき対応は、医療に限らずすべての過誤によって起きた事故に共通して言える事で、誰がみてもはっきりと何が『正しいこと』か解る事です。

今の医療崩壊で問題になっているのは、「医学的に正しい事」をしても、結果が悪ければ賠償を命じられたり最悪刑事訴訟になるから、現場の第一線の医師がこんな危険な事をしていられないと逃げていることです。
「医学的に正しい事」をしているだけでは、訴訟を起こされてしまい保身にならない事が問題です。
「人として正しいことをする」のと、「医学的に正しい事をする」の違いを混同していませんか?

あと産科医さま(2006年08月18日 20:06)に一つ聴いてみたい事があります。
出産の管理に産科医さま(2006年08月18日 20:06)は、必ず分娩監視装置を付けるようにしていますか?

鑑定人の件に関して

 医療者側からの意見として「鑑定人リピーター」云々の話が出ていますが、
これはやむを得ない部分も有ると思っています。

 実際のところ、医療訴訟になった場合、原告側鑑定人になる医師の数は極めて少ないと思います。また、このことも「医師のかばい合い」などと言われる理由の一つになっていると思います(現実には、一線の臨床医にはそんな暇がないというのが事実なんですけどね)。
 このことも第三者機関による調査システムを作るべき理由になると思っています。
 現在のように原告側鑑定人になる医師を探すのに苦労するような状況は原告側にとってはもちろんのこと、被告側の医師にとっても決して良いことではないと思っています。

 あと、いのげ先生も前のエントリーで述べられていましたが、鑑定医同士が裁判の現場で討論することがないというのが今の医療訴訟システムの大きな問題点だと思います。臨床的にどちらの鑑定が正しいかを判断するのが、臨床知識皆無の裁判官である・・・、ここに問題点は含まれていると思います。

管理人です。

 厚労省、文科省、総務省の医師不足対策が報じられましたので、別エントリ「厚労省、文科省、総務省の医師不足対策」で紹介しておきました。

 コメントはこちらにいただいたほうがいいかもしれません。

YUNYUNさま  
2006年08月18日 19:20へのお返事です。


>私は非医療者ですが、産科医先生のご意見のこの部分は趣旨が理解できません。

「産科医さんのコメントは、どうも医師の書く文体・内容に思えません。」とのご指摘もございますし・・・(苦笑) どうも失礼しました。

あそこで私が「医療の無謬性を主張しすぎている」と申しましたのは、まさしく、YUNYUNさんがお書きになった「<後日の分析判断によれば>医療行為に誤りが発見されたとしても、その当時その状況に置かれた通常の医師であればなし得る行為を尽くしていたならば、責任を問われるべきない、というのが、ここのお医者様方の多数意見」のあたりを指しての事になるかと思います。

この「ここのお医者様方の多数意見」は一見正しく聞こえますが、良く考えると、なんだかチョット、です。

医師自らが「通常の医師であればなし得る行為を尽くしていたならば、責任を問われるべきない」と、無責を声高に訴える行為こそ、私には「医療の無謬性を主張しすぎている」ようにうつるのです。医師には、「武士は喰わねど」の気概も、まだまだ必要でしょう。

「to do the right thing」であれば、結果はどうであれ仕方ないと思うのでした。

―――医師にもいろんな考えの人間がいますし。―――

産科医さま | 2006年08月19日 11:22

>「医療の無謬性を主張しすぎている」

『<後日の分析判断によれば>医療行為に誤りが発見されたとしても、その当時その状況に置かれた通常の医師であればなし得る行為を尽くしていたならば、責任を問われるべきない』とは「医療の無謬性」ではないですね。「医師の行う医療行為の無謬性」と主張なされるのなら理解出来ますが。あえて「医療の無謬性」と表現を訂正もしないで使われている事に疑問を感じます。

ところで繰り返しになりますが、「to do the right thing」であれば、結果はどうであれ仕方ないと思う産科医さまは、出産の管理に分娩監視装置を必ずつけるようになさっていますか?

oregonian様

>医師の数が増えれば実はそれだけ仕事の量も増えるのです。

有史以来、医療が要求される水準を満たしたことがない、ということの逆説的な表現なのでは?
どこまで要求水準を満たすべきかは別問題ですが。
ただ人が増えれば、ルーチンワークの仕事以外のことが起こった際に(例えば夏休みをとるとか)、
その穴埋めは極めてやりやすくなります。これらの面を重視しての医師増員要求では?
厚労省は意地でも増やしたくないようですけどね。


>医師ひとりを養成するのには数千万円以上の金額がかかります。

研究費や大学病院経営の為の金額をわざとごっちゃにしてミスリードする都市伝説ではないかと。
以下、2chでよく使われるコピペ。
---
さて、上の方で医学教育にかかる費用が云々というくだりがあったが・・・・・。
実際はどうだろうか。

わかりやすいので医科歯科大学の16年度の決算報告を見てみよう。
ttp://www.tmd.ac.jp/cmn/information/zaimu/16zaimushohyou.pdf

教育にかかる費用は5ページ目に、735,824千円とある。
ついで同じページに授業料、入学金、検定料があり、それぞれ1,459,423千円、202,714千円、53,720千円

差し引き980,033千円の黒字だ。

医師一人あたり国費がいくら注入されている云々カンヌンのくだりは明らかに数字のトリックですな。
---

産科医先生
お返事ありがとうございます。

> あそこで私が「医療の無謬性を主張しすぎている」と申しましたのは、まさしく、YUNYUNさんがお書きになった「<後日の分析判断によれば>医療行為に誤りが発見されたとしても、その当時その状況に置かれた通常の医師であればなし得る行為を尽くしていたならば、責任を問われるべきない、というのが、ここのお医者様方の多数意見」のあたりを指しての事になるかと思います。

それならば、「医療の*無責性*を主張しすぎている」とお書きになれば、ご意見の趣旨がよく理解できます。
多数意見の趣旨は、医療に(後日の判断によれば)誤謬があった事実は認めた上で、なおかつ医師が責任を問われなるべきでない、ということですから。

> 「to do the right thing」であれば、結果はどうであれ仕方ないと思うのでした。
「私が遺族から高額の民事賠償を請求され、刑事有罪とされて刑務所へ行くこと」
というのが、今の世の中で起こりうる「結果」です。
産科医先生は本当に、そのような結果を黙って粛々と受け容れるご覚悟でいらっしゃいますか?
だとすれば、先生のお志はまことにご立派ではありますが、全ての医師にそれを要求するのは無理というものです。
上のほうで「人として正しいこと」か「医学的に正しいこと」かという問題提起がありましたが、
現状では、たとえその両方を尽くしたとしても、民事訴訟や刑事訴訟を避けられるという保証はありません。
医師の皆さんが「無責性を主張しすぎる」のは、こうしたあきらかに不合理な現状に対する、(幾分感情が混じった)反発であると思います。

この点に対する対策として、
民事損害賠償のあり方をどうしていくかは、国家予算による無過失賠償の是非なども含めて、かなり大きな国民的議論となりますが、
刑事免責の原則のほうは、実質、司法内部のみで早急に対応できることではないでしょうか。
要するに、検察庁が、起訴便宜主義を利用して、医療事件のどの範囲を起訴するかの方針を定めて、警察の捜査を指揮すればよいのですから。
今は、検察庁がむやみやたらと起訴する(在宅・身柄拘束)態度なので、混乱をきたしているのです。

議論活発なのはいいことですが、タイムアップが近付いて参りました。

混合診療:制度改編で拡充へ 厚労省が検討

 厚生労働省は15日、混合診療を例外的に認めている特定療養費制度を廃止し、「保険外併用療養費制度」に
再編する案をまとめた。10月から、混合診療対象の医療技術は、今後保険対象とするかを検討する「評価療養」
と、保険導入を前提としない「選定療養」に大別するが、治験中の未承認薬をさらに積極的に評価療養へ編入す
ることなどにより混合診療の拡充を図る方針だ。

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20060816k0000m010147000c.html

国が混合診療を拡大する決意を固めたようですので、事実上日本の皆保険は終了です。そう遠くないうちに、こうなります。
>「健康保険はここまでですよ」、
>後は「自分でお払いください」というかたちです。
>金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、 高度医療を受けたければ、
>家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう。
>それを医師会が止めるというのはおかしいのです    byオリックス宮内

時代は皆保険の中でいかに持続的なシステムを組むかより、
患者も市場競争に巻き込み、市場原理によって需要と供給の
バランスを保つ方を選んだのでしょう。
政治力をすっかり失った医師会、無関心な国民ではこの案が止まる事はありません。
全然効かない古い薬は保険適用で月5000円、新しいよく効く薬は自費で
月100万円の時代が着々と近づいております。お金を貯めましょう。

鑑定人の件に関して

僻地外科医さんが「鑑定人」についてお書き下さいましたが、「原告側鑑定人」といった使い方は違うのかなと思いましたので一言です。

「鑑定人」とはあくまでも裁判所が依頼した人と聞いていますので、お書きになった「原告側鑑定人」とは「原告側が私的に依頼し意見を述べた人」の意でしょうから、原告側鑑定書と言われている「原告側から出された意見書」には、当然、原告に与する記載しかないでしょうし、被告から出されたそれも同様でしょう。ですから、極論すれば、それぞれの意見書には、何が書かれていても良い訳です。

このように私は理解しているのですが、元検弁護士さん、こんな理解で宜しいでしょうか?

ただし、裁判所が依頼した鑑定書には何が書かれていてもよいはずはないので、立木 志摩夫さんがお書きになった(2006年08月19日 04:30)

「理想的には、治療の結果がうまく行った例、明らかにミスがあると判定された例などの中に紛れ込ませて、結果に関してはblindでどの治療は適切でどの治療は不適切かというのを複数の臨床医に判定させるのが一番だと思いますが。」

のような「公正中立」の判定を踏まえての鑑定書があればと私も思います。

冒頭の関連ブログエントリに病院経営への株式会社参入についてがありました。株式会社参入についてのコメントが見受けられないので、問題提起させていただきます。

私は、株式会社にも門戸を開くべきだと考えております。株式会社に対しての反対論に、医療は営利行為ではない、医療法54条の剰余金の配当禁止をあげられる方もおらると思うのです。しかし、現在の医療は医療設備に巨額を要し、且つ医師個人が医療行為を行っているのではなく、複数の医師のチームプレイ、病院としての検査、看護その他多数の人達の集団が医療を行っているのであり、組織として金銭による収入をベースにその定められた任務を果たす方法として株式会社は良い点を多く持っている。株式会社により全てが解決するわけではないが、株式会社を排除する理由はないと考えるのです。

もし、私が医療株式会社をやるとしたら、
(1)取締役に患者支援をされている市民団体の方に一人は就任していただきます。
(2)財務諸表を公開します。(株式会社であれば、当然のことですが)
(3)独立して動くことが可能で権限を保有したリスクマネジメント専任責任者をおきます。(リスクマネジメントは重要と考える。株式会社にとって、収入には直接結びつかなくても、エラーを次に活かすこと、管理することは重要である。)
(4)患者(入院患者、通院患者、その家族)に対する対応責任者及び部門を設置します。(カスタマー・サービスが重要であるから。又、このことにより医療訴訟の回避にもつながると考えるから)
(5)Chief Operating Officerは、医師ではなく、医療のことを考える、医師を働きやすくさせることを考える人を選びます。(雑用を医師が行う必要はない。但し、医師は取締役には就任頂きます。)

上記のようなことをすると医療株式会社は赤字になり、株主配当金を支払えないことが予想されます。しかし、それで良いのであろう。会社法施行により営業(営利事業)の言葉が無くなり、単に事業という言葉になった。グリーンファンドのような利益を生むことが目的ではなく、投資をしたことによる社会貢献を理由にするファンドも存在するようになったのだから。

なお、上記にあげた(1)〜(5)は、現在の医療法人でも可能((5)は、難しいかも知れませんが)である。でも実現するためには、促進剤が必要と思うのである。

最後に、医療法人の株式会社化雑考を書いておられる47thさんのブログがありますので、紹介しておきます。

私は株を買ったことも無ければ商法を読んだこともないのですが
儲ける気がなくて株を買う株主とか
利益を出す意欲の無い株式会社は例外的存在だと思います
すくなくともオリックスの宮内さんなんかは儲ける気マンマンです
例外だけを重視して基本を忘れていたら本質から離れます
医療事故のリスクマネジメントを会社単位で行った場合
おそらく事故原因の表明は現在以上に困難になるとおもいます
株式会社の取締役には株主代表訴訟なる制度があるからです
医療における資本主義原理の導入はアメリカにおいて実践され
すでに大失敗してどうしようもないことになっている
他の先進国で追随している国は一つとしてない
医療制度には不可逆性があって一度変更すると元に戻せない状況が
多々ある 株式会社制度でどうしようもない弊害がみられたら
会社はおとりつぶしとか株券は白紙なんてことにできるのでしょうか
(例:イギリス医療従事者の士気崩壊:アメリカの日帰り手術施設,
推進政策によって建設されたら政策が終わっても施設使用は続く)
最低でもアメリカの株式会社病院チェーンで何が起こったかは知るべきです
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1997dir/n2260dir/n2260_02.htm#00

売れない経営コンサルタントさま | 2006年08月19日 14:55

>上記のようなことをすると医療株式会社は赤字になり、株主配当金を支払えないことが予想されます。

病院経営だとすると年間億単位の赤字が考えられます。
いくら営利を第一に追求しないといっても限度があります。
このような相識には医療生協のようなものが制度的にはいいのかと。
現在医療生協的な組織を活用しているのが左翼の思想の影響を受けたところが多いので、医療生協というだけで拒絶反応示す方もいますが、制度的には株式会社より現実的なのかと個人的には考えます。

>上記にあげた(1)〜(5)は、現在の医療法人でも可能
その通りだと思います。
個人的には(5)が一番重要なのかなと思います。きちんとマネジメント出来るのであればChief Operating Officerが医師であってもなくても構わないと考えます。あと付け加えるのなら医療はチームで行うため、医師だけでなく看護師・薬剤師・放射線技師などの全ての医療スタッフが充分に働かせられる環境を構想・実現する能力ってところでしょうか。

八月は終戦の月です。先の大戦ではいろいろと教訓となるべき事例が多かったと思うのですが、その一つに現場を知らない秀才さんに事態の主導権を握らせておくとろくなことにならないという経験則があると思います。当時日本軍個々の兵士の戦意と忠誠は世界のどの国と比較しても何ら劣るところがありませんでした。しかしろくに糧食も用意せぬままいたずらに兵員を送りだしたエリート参謀たちの無謀な作戦指導によって、多くの無用な犠牲者を出したことは記憶にとどめなければならないと思います。

http://www.sankei.co.jp/news/seiron.htm
現場で本当に身を削って努力している医師達がいる一方で、およそ臨床の経験もない名前だけの医師免許所持者が医学界の権威として国民受けする「正論」を吐く。産科医が足りないのも医者が自分の都合しか考えないから。僻地勤務を嫌がるなら強制的に送り込めばいいだけ。いったい今はいつの時代なのかと感じざるをえません。

http://www.toonippo.co.jp/l-rensai/kirinonaka/20060718.html
それなりの情熱も能力ももってその道に進んだ者達が相次いで逃散していく、そこには何らかの事情があるのだろうということは容易にわかることです。問題点の洗い出しと改善も行わず強権でただ従わせるというやり方が果たして正しいのか、それともそんな疑問を感じるのも単なる医者のわがままなのでしょうか。

売れない経営コンサルタントさんが紹介されているページは、takaさんの「病院経営への株式会社参入について」にリンクされていたので、47thさんの「医療法人の株式会社化雑考 (1) 」についても、情報の補充としてリンク貼っておきますね。
http://www.ny47th.com/fallin_attorney/archives/2006/08/18-133420.php

私の書いた株式会社の医療事業参入について幾つかのコメントを頂きありがとうございます。

もう一つ問題提起させていただきたいのですが、医師、看護士、検査技師、理学療法士その他医療資格を必要とする仕事の外国人への開放についてです。

日本で仕事をするにあたり、日本の資格の必要性は当然のこととして、外国で既に資格を保有している人達について日本人と全く同じ日本語による筆記テストが必要であろうかと思うこと。どこまで、日本は開放されているのだろうかと思ったことです。

更に、少し書くと;
(1)日本の社会の人口構造は高齢化社会へ向かっている。その為、医療では患者が多いが医療サービス提供者が少ない構造となる。この解決の一部を外国人医療従事者に依存するとどうなるか。
(2)グローバリゼーションは進みつつあり、これを押さえることは出来ない。グローバリゼーションには正と負の側面はあるが、うまく取り組むことが良い結果を生むと考える。
(3)日本人の医師で、米国で働いておられる方も多数いると思います。一方、日本の医療の世界は余りにも日本人のみに偏りすぎていないだろうかと思ったのです。

医療関係者の方のご意見をお聞かせ願えたらと思ったのです。

医療への株式会社参入について、古典的な議論を。

アメリカにおいて、投資者所有の(investor-owned )あるいは営利目的の(for-profit)病院は、非営利型病院に比べコストが高く、ケアの質が低いことは21世紀に入る前に実証されています(New England Journal of Medicine 341.pp441-446, 1999)
なので、そういった方式を導入することは社会的に許されない。


それも消費者の選択である。もしそんなに質の低いものであれば淘汰されるであろう。大事なのは消費者に選択の機会を与えるということである。


そもそも医療とは消費者保護のためパターナリズムに基づく(例:医師の免許制、薬剤の認可制)。劣っていることが実証されているサービスを提供可能にすることは、安全性が不十分な薬剤を認可することと同じで許されない。

老人の医者さま  

>八月は終戦の月です。先の大戦ではいろいろと教訓となるべき事例が多かったと思うのですが、その一つに現場を知らない秀才さんに事態の主導権を握らせておくとろくなことにならないという経験則があると思います。当時日本軍個々の兵士の戦意と忠誠は世界のどの国と比較しても何ら劣るところがありませんでした。しかしろくに糧食も用意せぬままいたずらに兵員を送りだしたエリート参謀たちの無謀な作戦指導によって、多くの無用な犠牲者を出したことは記憶にとどめなければならないと思います。


「日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条」http://www.kadokawa.co.jp/book/bk_search.php?pcd=200306000167

この本は、お薦めですね(本題とズレちゃって済みません)。

> 売れない経営コンサルタント先生

医療の中でもまさしく経営に関連する問題についてのご意見ですが,そもそもの事実認識に誤解があるように思えてならない.

(1)日本の社会の人口構造は高齢化社会へ向かっている。その為、医療では患者が多いが医療サービス提供者が少ない構造となる。この解決の一部を外国人医療従事者に依存するとどうなるか。

まず,病床当たりの看護師数が不足しているのは高齢化が原因ではない.診療報酬における規定が長い間不変であったからである.規定にはいくつかのランクがあるのだが,日本の最高ランクでさえ,ヨーロッパの半分,アメリカの四分の一であった.(日本における医療過誤の最大の原因がこれである,といのげは思っている)
ベッド当たりの採用枠そのものが足りないのだから人員が足りるわけが無い.今年4月より多人数の規定が新設され,3割ほど増強された.このため,都市部の大規模高度医療施設が大量採用に踏み切り,看護師不足に拍車をかけている.現状で看護師の数が不足しているのではなく職場環境が劣悪なので職場に定着しないののだ.
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/0612/nto0612_2.asp?rss=20060612

>「この解決の一部を外国人医療従事者に依存するとどうなるか。」
まず,日本に来る人が存在するかという問題がある.

医師についていうと,サミット参加国の中で医師の給与が日本より安いのはイギリスとロシアだけである.韓国はそもそも人口当たり医師数が日本の半分しかいない医療途上国だ.可能性があるのは貨幣価値差が大きい中国やロシア・東欧と伝統的医師輸出国であるインド・ギリシャくらいか.それ以外で「完成品」の医師が余っている国が有ったら教えていただきたい.どの国でもたいていの医師は英語ができる.アメリカの看護師給与より安い待遇で来る医師は居るわけが無い.現にフィリピン人医師でアメリカで看護師として働く人が多数居る.言うまでもないが言葉の壁もある.単独でコミュニケーションが取れない人間が来たらただでさえクソ忙しい現場に多大な負担が生じる.
要するに他国に依存するとしてもたいした人数は来ないか,質の低下が生じる.日本語のできない人間にできる作業といえば手術・画像読影・病理診断といったごく一部の分野に限られる.岩手県に産婦人科医師が一人招聘された.支障なく働いているようだが私の見たところ彼は例外的に優秀な人材だ.それでも単独での診療ができるかどうかは疑問である.目が離せなかったらたいした戦力にならない.
技術的問題としては来日医師に対して日本の医師国家試験を受験させるのかという疑問も有る.これを課するとたいした人数にならないし,課しないと医師の質が現状より担保できなくなる.

看護師はもっと無理気味で,アメリカの看護師は年収800万程度あり,英語のできる看護師が日本に来る可能性はまず無い.英語ができなくて日本語ができる人間というと,中国やベトナムなどからになる.スムーズなコミュニケーションが確保できるならいいのだが,そんな優秀な人間はごく一部だし他の分野にいく可能性が大きい.基本的に医療事故を推進する結果になるだろう.そもそも日本国内に看護師資格所持者は多数存在している.待遇改善を怠ったままで帳尻をあわせようという間違った考えに基本的に無理がある.「安い外国人を酷使して自国の医療費を抑制しよう」という品性は途上国の貴重な人材という資源を搾取しようという帝国主義思想そのものである.途上国の人民は日本以上に苦しんでいるのである.先進国からは来ない.

他の資格についてはそもそも仕事量としては不足しているが求人市場では不足していない.

>(2)グローバリゼーションは進みつつあり、これを押さえることは出来ない。グローバリゼーションには正と負の側面はあるが、うまく取り組むことが良い結果を生むと考える。

そもそも経済における「グローバリゼーション」という言葉そのものが世界標準化ではなくアメリカ化を意味しているという欺瞞がある.(メートル法を採用していない国がグローバリゼーションを口にする事自体が冗談としか思えない)医療についても同様.アメリカ以外に医療に資本主義を導入している国はない.他の例としてはイギリスの医師裁量枠病床程度か.これも全体の効率化というより,ごく一部の金持ち優先,差別格差拡大の結果しか生み出していない.グローバリゼーションどころか地球上のごくごく一部でしか採用されていない制度である.そもそもグローバリゼーションそのものが国際流通を前提とした効率化概念であり,医療は国際流通など例外的な分野である.

>(3)日本人の医師で、米国で働いておられる方も多数いると思います。一方、日本の医療の世界は余りにも日本人のみに偏りすぎていないだろうかと思ったのです

「日本で働きたいけど働けない」というアメリカ人が居たらお目にかかりたい.アメリカ医師の収入は日本の2.5倍である.(2001年OECD統計)医療費そのものが,アメリカはGDP費15.0%(2003年),日本は7.9%である.規制改革会議は5.6%を目標としている.こんな連中の提案をまともに聞いていたらえらいことになる.
他の先進国の医療費とグラフで比較したらお分かりになるのではないか.
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1900.html
金をかけないで人材が来るわけが無い.
中米の野球選手が日本ではなくアメリカに行くのはなぜか.それと同様だ.
もちろん他国の人材をオープンに招聘するのはたいへんけっこうなことだ.

外国人医療従事者を招聘したとして,呼ばれた彼ら自体の扱いも(外国人労働者一般と同様に〕問題がある.雇用期間は一定期間なのかパーマネントなのか.本人家族に永住権や国籍を与えるのか.不法入国の抜け道に利用されないか.
医療特有の問題としては,産科・小児科の医療過誤賠償額は世界でもアメリカに次ぐ高額であること,日本では他国と違い医療過誤が刑事事件として逮捕理由になること,医師の大半が不当と考える事例でもバンバン起訴されてること,これも招聘前に告知しておく必要がある.
それでも来たいという有能な人材が居るなら大歓迎.

507 :卵の名無し :2006/08/17(木) 21:41:43 ID:HH1SUG7C0
2ちゃんねるに書くようなことでは無いかもしれないが、匿名なので
昨日、死産に当たった。(福○県内ではないが)
警察に届けるか迷ったが、一応、届けた。
結果は、「業務上過失致死の疑い」となった。正当な医療行為の上でのこと
と思ったので、「医療上の適応、根拠」を自分なりに説明した。
しかし、警察は「自分たちは、医学のことはわかりませんが。被害者と加害者があることだけは確か
なので・・・」とのことだった。
20年以上、産婦人科医をやっていたが、これでやめる決断がついた。明日、辞表出します。
しばらくゆっり考えます。もしも逮捕されなかったとしても産婦人科はやめることになるでしょう。
日本の産科医療は、いや医療は、もうダメだと痛感した。

遅レスですみません。

僻地勤務医さん、
>もっとも許し難いのは憲法38条1項に対する解釈です。このような判決が出るから、「なんでもありかよ」という医師の絶望感が生じると思って頂ければ幸いです。

これは、弁護士としては、予想できるものでした。
医療行為と車の運転を同視するなとお叱りを受けるかもしれませんが、法解釈としては同じなので例をあげさせてもらいます。
道路交通法では、交通事故があったとき、運転者等に対し、直ちに警察に事故が発生した日時・場所、死傷者の数・負傷者の負傷の程度並びに損壊した物の程度・措置等を報告することを義務付けており、違反した場合には3か月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処するとされております。
交通事故の報告義務について、やはりかつて憲法38条1項の黙秘権保障に違反するのではと争われたことがあり、昭和37年に最高裁判所は違反しないと判断しています。
こうした行政手続(本来憲法が予定しているのは司法手続です)と黙秘権の関係については、上記判決の前には麻薬取締法の帳簿記帳義務について争われ、上記判決の後には税務署の質問検査権に基づく調査について争われ、いずれも最高裁は憲法違反ではないとしています。
こうしたことから、弁護士としては、「医師は、死体または妊娠4か月以上の死産児を検案して、異常があると認められたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」という医師法の届出義務が、憲法38条に違反すると最高裁が判断することはないだろうと予想できます。
じゃあ、何で、刑事裁判で主張するんだと思われる方がいるかもしれませんが、弁護人としては被告人に有利になるあらゆる主張をするのが仕事ですし、判例変更の可能性は極めて低いとしても0ではありません。
上告するには憲法違反の主張があった方がよいという事情もあります。

ここから先は、本当に余談ですが、憲法38条1項の規定は、もともと沿革的に刑事被告人の規定です(刑事裁判を起こされてからの話ということです。)。
条文の位置からも分かります。
すなわち、法廷で自分に不利益な供述を強要されない(自己負罪拒否特権といいます。)ことを保障しており、その裏返しとして、検察官に被告人の有罪を立証する責任が負わされている(被告人の無罪推定)ということになります。
ところが、被告人がいくら法廷で不利益供述を強要されなくても、被疑者段階(捜査段階)で捜査機関の取調べにおいて自白を強要され、その自白調書が法廷に証拠として提出されれば、被疑者・被告人の人権はないがしろにされるので、憲法38条1項に被疑者・被告人の黙秘権保障を解釈として読み込んできたのです。

外国人医療スタッフの導入に関してですが、基本的に賛成です。実際外国人医師と働いたことのある者としての経験論で言えば「他の条件が同じである限りにおいては、国籍の違いは全く問題とならない」と考えていますので。では、問題となるような違いは何か?ということなんですが、知識や技能なんてのは国籍に限らず医者個人の差異の方が大きくて、結局は接遇面なんだと思いますね。

少数例で一般化するのはあれですが例えば日本人の感覚からすると少し言い回しが違う部分で相手はどう受け取るべきか戸惑う、あるいは定型的な感情表現様式の違いから本人はある意思を表示しているつもりでも正しく伝わらない、結果として思いがけない誤解を受けたりする。逆説的に医療現場ってのは阿吽の呼吸ってもので成り立ってる部分が多いんだなと感じさせられます。

そうでなくても最近は医者の言葉尻をとらえようと虎視眈々と待ちかまえているようなタイプの人も多いですのでよほど注意してないととうていトラブりそうにないところで躓くのが怖いですね。卑近の例で言えば何の気なしに「ムンテラするから家族呼んどいて」と頼んだところが血相変えた家族が怒鳴り込んで来たという経験があります。お互い何が起こったのか理解出来ずじまいでしたが。

結局のところ医療なんてものは患者が亡くなろうが病気が治らなかろうが患者が納得できてハッピーになって帰っていけばそれでいいのであって、その根幹部分に一番影響を与える面での能力差ってのは単なる技術的優劣以上にこだわるべき部分なのかなと。まあ日本人でもダメな奴はダメなのも確かなんですが、それ言うと外国人も同じように出来る奴もダメな奴もいますので… 当面放科や病理あたりから入ってもらうのがいいのかも知れません。

PINE様

PINE様がお書きになった内容(2006年08月14日 21:56)が、気になっていますので、以下に再掲させて下さい。

++++++再掲+++++
私は、「被告民間病院や医師会契約の保険会社(保険会社代理人弁護士)VS原告」という対立構造も多いと思います。
保険会社のおかげで確実な支払いが受けられる反面、保険会社も営利企業なのでそう簡単に支払いをするわけにもいかず、いきおい裁判所のお墨付き(訴訟で決着)があれば支払うみたいなことになるからです。
そして、原告の保険会社とのゴタゴタが、医師に対する処罰感情にも影響している面も否定できないと思います。
++++++以上+++++


私はこれまで「医師に対する処罰感情」が、ここにご指摘のような事もあって、激化しているのではと思っていました。

億にも及ぶ賠償金を払うことになるかもしれないと思えば、裁判には負けられない、捏造でも改竄でも何でもして勝ちたい、と思うのかも知れません。

とすれば、この「保険会社」と申しますか、高額賠償金の問題と申しますか、もっとひろく言えば、障害者への社会保障体制と申しますか、これらの事も社会にひろく考えて頂きたいと思っています。

産科医さま | 2006年08月20日 17:44

>億にも及ぶ賠償金を払うことになるかもしれないと思えば、裁判には負けられない、捏造でも改竄でも何でもして勝ちたい、と思うのかも知れません。

診療で「to do the right thing」を行っている人は、捏造も改竄もしないと思いますよ。医療の「to do the right thing」を、自分が実行したことを正直に記載するだけです。
「医療過誤を隠すために捏造・改竄」するのは、人として「to do the right thing」を行っていない。診療行為については、現在の医療レベルからみても「to do the right thing」をしておらず過誤と本人も認識するから「カルテの捏造/改竄」を行います。

YUNYUNさま | 2006年08月19日 12:57も指摘されていますね。
> 「to do the right thing」であれば、結果はどうであれ仕方ないと思うのでした。
「私が遺族から高額の民事賠償を請求され、刑事有罪とされて刑務所へ行くこと」
というのが、今の世の中で起こりうる「結果」です。

医療過誤を隠して裁判に隠して改竄/捏造する医師が刑事訴追されるから、医療崩壊している訳ではありません。
『医療レベルからみて「to do the right thing」をしており、カルテの改竄/捏造もしていないが訴えられ』て、『高額の民事賠償を請求され、刑事有罪とされて刑務所へ行くこと』になっているから、そんな危険な2次3次の病院勤務から逃げ出して医療崩壊に向かっているのです。

産科医 さまが| 2006年08月20日 17:44診療を行う上でも、まったく医師としての保身を考えずに医学的に「to do the right thing」だけを本当に行っていますか?その辺を一度伺いたいので、参考までに「出産の管理に分娩監視装置を必ずつけるようになさっておられるのか」質問しているのですが。
また、今回も質問にはスルーでしょうか?

>PINE様

 ご教授ありがとうございます。
>交通事故の報告義務について、やはりかつて憲法38条1項の黙秘権保障に違反するのではと争われたことがあり、昭和37年に最高裁判所は違反しないと判断しています。

 この件は4:3ぐらいに判決が割れ、憲法38条1項に違反するとした反対意見もあったように記憶しておりますが、いかがでしたか?

 また、交通事故と医療事故に関してですが
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20060727ik06.htm
上のような我々にすればとんでもない裁定もあります。こういう判決を見るごとに
やる気が少しずつ削がれていく気がします。

僻地外科医さん、

最高裁の判決は、結論が出てしまうと、その結論を前提に実務は動いてしまうので、弁護士は憲法違反にはならないと判断してしまいます。

それから、ご指摘の裁判例ですが、判決全文を読んだわけではないので厳密なコメントはできませんが、「患者は医師を信頼して身を委ねており、信頼を裏切られたことによる精神的苦痛が生じるため、慰謝料は交通事故よりも高額になる場合がある」という引用部分についてだけ見ると、おかしいものではないと思います。

現在、訴訟では、人が死傷した場合の損害賠償額は、おおむね財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編集発行の「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」(通称「赤い本」)に沿って計算します。
医療事故の場合でも、赤い本を使います。
交通事故で医療事故でも、死傷により発生する損害は変わらないからです。
で、おかしな話だとは思うのですが、慰謝料についても基準が定められているのです。
ちなみに、赤い本では死亡慰謝料を以下のとおり定めています。
一家の支柱 2800万円
母親・配偶者 2400万円
その他 2000〜2200万円

判決自体は、慰謝料が交通事故よりも高額になる「場合がある」と言っているのみです。
判決文で敢えてこうした指摘をする必要はあったのかなと思いますが、おそらく被告側で「医療事故の慰謝料は交通事故の慰謝料よりも高くすべきではない。」とでも主張したのではないでしょうか。

記事に掲載されている原告代理人の「医療事故の慰謝料の方が交通事故よりも高くなりうると一般的に示した判決は珍しい」とのコメントは、ひょっとしたら新聞の伝え方に問題があるのかもしれませんが、「医療事故の慰謝料の方が交通事故の慰謝料よりも一般的に高くなる」というイメージを読者に与えるおそれがあります。
原告代理人のコメントは、よく読むと「高くなるなることもあるよと判決に書いてあった」程度のことしか言っていません。

私は、慰謝料の金額は、交通事故だろうと医療事故だろうと、具体的事情に応じて決められるべきで、一般的にどちらが高くあるべきだということはないと思います。
交通事故だって、信号無視だの、飲酒運転だの、ひき逃げだの、悪質な態様がたくさんあります。
赤い本では、悪質な態様の交通事故では、上記基準から慰謝料を増額しうるとしています。
医療事故だから、交通事故だから、という括り方は誤っていると思います。

マスコミの明確な意図のようなものも感じます。

お医者さんが、認められた損害賠償額に加えて、「医療事故の慰謝料 交通事故より高い」という見出しやこの記事を読んで、やる気が削がれていくのは納得できます。
私が被告代理人だったら、「なんだ、そりゃぁ。」って思うでしょう。

>いのげさん

2006年08月20日 02:21投稿のコメント内容には全面的に賛成です。よくぞ仰って頂けたという以外にはございません。ただその中で一つだけ気になる点を・・・

>アメリカはGDP費15.0%(2003年),日本は7.9%である.規制改革会議は5.6%を目標としている.
経済財政諮問会議の提言を指されているのだと思いますが、あれは公的医療給付費の対名目GDP比を5.6%に抑えるという意味です。ちなみに現在の公的医療給付費の対名目GDP比は5%程度ですから、今よりも更に減らせという主張ではないのです。公的医療給付費には自費負担分を含まないので、当然7.9%よりは低い数字になります。

オダ | 2006年08月20日 20:00 様

産科医です

>診療で「to do the right thing」を行っている人は、捏造も改竄もしないと思いますよ。

そうですね。

>医療の「to do the right thing」を、自分が実行したことを正直に記載するだけです。?「医療過誤を隠すために捏造・改竄」するのは、人として「to do the right thing」を行っていない。診療行為については、現在の医療レベルからみても「to do the right thing」をしておらず過誤と本人も認識するから「カルテの捏造/改竄」を行います。

仰る通り!


>YUNYUNさま | 2006年08月19日 12:57も指摘されていますね。?> 「to do the right thing」であれば、結果はどうであれ仕方ないと思うのでした。?「私が遺族から高額の民事賠償を請求され、刑事有罪とされて刑務所へ行くこと」?というのが、今の世の中で起こりうる「結果」です。

まあ、そうなりゃ、仕方ないでしょうね。


>医療過誤を隠して裁判に隠して改竄/捏造する医師が刑事訴追されるから、医療崩壊している訳ではありません。?『医療レベルからみて「to do the right thing」をしており、カルテの改竄/捏造もしていないが訴えられ』て、『高額の民事賠償を請求され、刑事有罪とされて刑務所へ行くこと』になっているから、そんな危険な2次3次の病院勤務から逃げ出して医療崩壊に向かっているのです。


どうも、ここら辺の所は、チョット、認識が違いますね。
でも、そう思って逃げ出す医者がいるのなら、それも仕方ないでしょうか。


>産科医 さまが| 2006年08月20日 17:44診療を行う上でも、まったく医師としての保身を考えずに医学的に「to do the right thing」だけを本当に行っていますか?その辺を一度伺いたいので、参考までに「出産の管理に分娩監視装置を必ずつけるようになさっておられるのか」質問しているのですが。?また、今回も質問にはスルーでしょうか?

あなたは、どのようなお方か存じ上げませんが、どうしてこんな質問にこれほど拘るのでしょうか?

まず、それをお聞かせ願えませんか?

>「ヤブ医者」先生

ナイスツッコミありがとうございます
お詫びして前言一部撤回させていただきますです
医療費統計の本も3冊ほど買ってるんですけど
把握するのはたいへんです

県立の全病院を民営化へ 福岡、財政悪化が影響
http://www.chugoku-np.co.jp/NewsPack/CN2006082001002643_Politics.html

良い悪いはまた別として非常に興味深い事態だと思います。現政権の民間で出来ることは民間でという大方針には原則賛成なのですが現行の公立病院が請け負っている医療を完全に民間移管するのは無理なのではないでしょうか。

鑑定人などについて

ある完全な医療を念頭に置くのならば(現在の医学で一般的な知識内で、という前提においても)
殆ど全ての医療が誤謬の上に成り立っているということもできると思います。
多くの場合は結果として深刻な影響が出なかったというだけのことで。
通常症例検討会で議論する内容は、より適切な対応を検討する、換言すれば診断・治療の誤り(の可能性)を指摘するものですが、
大抵の医師は他人のミスを指摘することはしても非難することには慎重になるかと思います。
ミスは悪意や怠慢からのみ起きるものではなく、
誰でもミスをし得るということを知っているからです。
そこで躊躇いなく「被害者側にたって」ミスを糾弾できる人間は、
しばしば臨床家としてのセンスが現場と乖離している気がします。
講演と書き物ばっかりしている医師免許保持者とか、
ピンポイントの専門範囲の予約外来に、あらかじめ選び抜かれた患者の手術しかしないお偉いさんとか(想像です)。
日本でたった1人の名医しか避け得ないようなミスから
10人中9人の医者がおかしいと感じるようなミスまで、
どこで線引きをするのか。
どこからが公的に責められるべきミスなのか。
説明義務にしても、同じことを理解(例えばアナフィラキシーの危険について)
してもらうのに5分ですむ人と3時間かけてもダメな人がいる。
どこまで理解させることが医師の義務だったのか。
恣意的にならざるを得ない判断を1人で、個人として行うのは困難なことです。
理想的には、鑑定医として誰かが手を上げるのを待つのではなく
専門医団体から複数選出するシステムができれば良いと思いますが…

その裁判の結果について。
医学も曖昧なところの多い分野ですが
法学はそれ以上に自然科学的思考によらない構築をなされていて
クリアカットには判りがたいというイメージがあります。
ともかく現在の日本では法律と、過去の判例と、「赤い本」によって
医療訴訟の判決がなされるという風に理解しました。
パンを盗んだら(盗んだと疑われたら)
片腕を切り落とされるのか、投獄されるのか、罰金ですむのか、謝ればすむのか、
を決めるのは論理ではなくその社会、その時代の事情であると思いますが。
裁判をとりまく外部状況の変化、例えば産科医療・急性期医療の崩壊、というのは判決の結果に対して影響を持つのでしょうか。

OECD諸国の医療費対GDP比率2003年
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1890.html
2001年
http://dataranking.com/Japanese/he11-2.html

世界の平均寿命・医療費ランキング(149カ国比較)
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1620.html

平均寿命の不平等度(6カ国比較) ダントツに尖った分布曲線
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1650.html

人口当たり医師数 OECD30ヶ国中26位
http://dataranking.com/Japanese/he10-1.html

人口当たり看護師数 OECD30ヶ国中16位
http://dataranking.com/Japanese/he10-2.html

医療制度のパフォーマンス OECD30ヶ国中5位
http://dataranking.com/Japanese/he11-1.html
(同じOECD統計報告書の結論部分にある
日本が一位になっていた項目はパフォーマンス=達成度
ではなく,医療制度の効率だったと思われる.もちろんこの統計で
高い評価を受けているのは日本の医師ではなく
医師・看護師・パラメディカル・患者まで含めた医療制度全体である)

で,これだけいろんな統計を見ても(医学はさておき)
医療制度においてアメリカに学ぶことなんてあるのかと疑問です
アメリカ人が不健康な生活を送っている事を差し引いても
アメリカの真似をすればより不平等で非効率な制度になるのは明白です

>いのげ先生

 ご指摘の通りだと思います。ただ、アメリカに学ぶべきものとして医療の分野でも
医療事故対策、患者アドヴォカシーやメディカル・コンサルタントなどの医師外フォローアップシステムなどまだ多数あると思います。

 また、もう一つ大きく日本が後れを取っている点として、「学会の意識」はあると思います。先生もお読みになっていると思われますが、近藤克則先生の「医療費抑制の時代を超えて」によると日本の学会の第一の目的が「学術の発展」であるところがほとんどであるのに対し、英米の学会では「患者への最高の医療の提供・保証」が多かったとされています。まあ、我々のような下っ端兵士には変えようもないところですが・・・・。

病院(医療サービス提供者)について

8月19日に株式会社の参入についてを書きました。思うところを、まとまりはありませんが、つらうらと書くと。
(1)8月19日20:09に、オダさんが医療生協を紹介されました。様々な、法人形態が存在して良いのだと私は思うのです。例として適切かの問題はありますが、介護事業者としては株式会社であれ、NPO法人であれ、社会福祉法人であれ、医療法人であれ認められているのだから。線引きは法人形態ではなく、医療サービスの品質確保の点が重要と思うのです。

(2)いのげさんが各国比較を出され、日本の優れた点を紹介されておられます。日本の優れた点は、法人形態によるもののみかと疑問を持つのです。医師、看護士、検査技師、薬剤師、その他多くの医療スタッフと医療機器により日本の優れた医療が支えられていることも忘れてはならないし、医療スタッフが働きやすい環境を提供する制度は何であるかが重要と思うのです。

(3)別のエントリーの中のどなたかのコメントでしたが、「高額所得者に個人開業医、病院理事長が多い。」というのがありました。医療費負担の議論の際、多くの人は、そちらに目が行くと思うのです。適切な運用を行って、医療費の負担、医療報酬・対価の支払いが行えるようにすべきと思うのです。

(4)老人の医者さんが8月20日 23:11に福岡における県立病院の民営化についての中国新聞の記事を紹介されておられます。単純な売却は困難であろうと思うのですが、土地も施設もゼロ円とか、赤字補填のために福岡県が補助金を出すとか条件付きであれば、そして、その条件が福岡県にとって現在の赤字幅より小さいのであれば売却成立の可能性もあると思うのです。
しかし、一方で、売却しか方法はないのかと思うのです。もし、株式会社が認められているなら、県立病院を株式会社化し、その株式の49%を売却し、病院のコントロールは県が売却後も当面は保持して医療サービスのQualityを維持する。株式購入者は、医療生協出資者に似通ってしまう面はあるのですが、個人のみではなく企業にも株主になってもらえるし、当面の配当は期待できなくても、将来の配当期待があれば良いのかも知れない。それに、理事(役員)の報酬額も株主総会での決定事項に基本的にはなるし。地方自治体と民間との組み合わせによる医療提供も追求してよいと思うのです。

(5)勤務医の重労働とそれに見合わない賃金、更には医療過誤のリスクがあり、一方、開業医となるにも高額な医療機器も必要で、おいそれとは踏み切れない。更には、医療分野の専門性が進み、医師一人で対応するより、チームとして対応する方が優れている。このように考えた場合、医師が何人かで集まって、医療提供を行う法人が簡単に設立できればよいと思うのです。医師以外の出資者があってよいのだし。それに、出資した医師が抜けたり、新たな医師が参加したりも可能である。これを、地方医療に適用し、さらに市町村にも出資を仰いだら、地域医療の一つの方法になるのではと思うのだが。(参加する医師に対して、市町村が出資金を融資する制度を作ることも考えられる。)
法人の形態としては、株式会社であれ、NPO法人であれ、有限責任組合であれ、合同会社であれ種々検討可能ではないかと思う。

いずれにせよ、私は医療法人の形態を固定化するのではなく、色々考えた方が良いと思うのだが。 

田舎内科医さん、

>裁判をとりまく外部状況の変化、例えば産科医療・急性期医療の崩壊、というのは判決の結果に対して影響を持つのでしょうか。

私は、裁判官の判断すなわち「結果」に直接影響を及ぼすことはないと思います。
むしろ司法とは、政策的なことを考えないのです。

他の記事のコメント欄でも触れましたが、刑事裁判をとりまく外部状況の変化、こと医療事故の刑事事件化(起訴)については、昨今の「被害者とともに泣く検察」の影響が大きいのではないかと思います。

交通事故の業務上過失致死事件ですが、無罪判決が出ました。
http://www.excite.co.jp/News/society/20060821123700/20060821E40.065.html
札幌地裁は、自転車の中学生の飛び出しの可能性が高く、被告人は客観的に衝突を回避しえたとはいえないとして、業務上過失致死罪は成立せず無罪としました。
客観的にみて結果を回避しうる可能性はなかったとしたのです。
興味深いのは、この事故で亡くなった中学生の母親が、「事故後、真相解明と起訴を求めて、街頭署名を集め、札幌地検に提出」し、「同地検は事故から2年7カ月たった今年3月、被告の男性を在宅起訴した」ということです。
お母さんも辛いのでしょうが、法律家の端くれとしては、署名で起訴されるんじゃたまらないと思うわけです。
お母さんの無念さは、本来、慰謝料請求として、民事事件としてやるべきだと思うし、以前はそうしていたと思うのですが、昨今は刑事事件にも影響しているのです。
さらに、お母さんは、「検察側に控訴するよう、求める方針だ」そうです。
最近、こういうことが美談のように語られています。
報道の内容を見ても、本来は被告人VS検察という刑事裁判なのに、少年の母親のことがクローズアップされています。
札幌地裁の認定どおり被告人に事故を回避する可能性がなかったとしたら、人を死なせてしまったうえに、刑事訴追までされた被告人もかなり気の毒です。
私は、医療事故とダブります。

>PINEさん
>昨今の「被害者とともに泣く検察」の影響
マスコミの影響も大きいかと思います。

被害者・遺族は過激な発言・行動をとることが多いのですが、マスコミは読者・視聴者に叩かれるのが怖いために被害者・遺族を理性的に批判することを避けたがります。

そのため被害者・遺族の発言・行動が読者・視聴者の同情を誘い、行き過ぎた厳罰化に走らせてしまうのだと思います。

2006年04月03日のエントリー「割りばし事故無罪判決の理論と現実」に対する、いのげさんの2006年04月09日 16:51 のコメントにある最高裁の「十中八九基準」が、ずっと気になっていました。この判例に従えば、
「誤診により、本来なすべき治療をしなかったため患者が死亡しても、ほとんどの場合、誤診をした医者は業務上過失致死いついて無罪になる」
ということになるようです。

まず、最高裁の判例
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25875&hanreiKbn=01
ちなみに、法務省の新司法試験プレテストの短答式試験(刑事系科目)第16問にもなっているようです。
http://www.moj.go.jp/SHIKEN/pretest02.html

判例の立場は、「何かをしなかった(不作為)」ことと、死亡の間に因果関係を認めるためには、「もし何かをしていれば、十中八九救命できていたこと」が必要というものです。だから、救命率が50%とか60%とかの治療を、誤診によりしなかったとしても、因果関係がないため無罪となるようです。不作為の場合は、予見可能性と回避可能性があっても、因果関係がないというケースが相当あるようですね。

裁判所が、「覚せい剤の売人より医師の方が高い倫理が求められるため、医師の方は有罪にして良い」などと言わない限り、検察が「十中八九助けられた」と言えなければ無罪になるようです。

刑法に強い方、これで良いでしょうか?

民事の方は、期待権侵害の理論で、賠償が認められることになるでしょう。

一方で、何かをしたため死亡した、というケースでは、普通そんな処置をしても死ぬ確率は1%ぐらいでも、運悪く1%が発生した場合は因果関係があり、致死罪になるようです。

『産科医 (2006年08月20日 21:15が)』さま

>>YUNYUNさま | 2006年08月19日 12:57も指摘されていますね。?> 「to do the right thing」であれば、結果はどうであれ仕方ないと思うのでした。?「私が遺族から高額の民事賠償を請求され、刑事有罪とされて刑務所へ行くこと」?というのが、今の世の中で起こりうる「結果」です。

>まあ、そうなりゃ、仕方ないでしょうね。

はい、まずはひとつお返事ありがとうございます。
「医療レベル上正しい事をしていても、民事賠償を請求され刑務所へ行く事」も「仕方ない」と『産科医 (2006年08月20日 21:15が)』さまが覚悟されておられるのならいいです。
「現在毎年100人に1人が訴えられて、通常に勤め上げれば40〜50%の確率で生涯訴訟を経験する職業」って解っていて、それも「仕方がない」と言うのならぜひ頑張ってください。
しかし真っ当な神経の人間なら、ここから逃げ出すことを考えるのが普通だと思ってましたから(実際知り合いの産科医で産科の未来に楽観的な人は一人もいなかったですし)。


>どうしてこんな質問にこれほど拘るのでしょうか?
保身よりも「to do the right thing」を優先してる医療をやっておられるか一番解り易い例であるし、答えるのもすぐにすむ簡単な内容ですからですよ。
これでよろしいでしょうか。

>僻地外科医

おっしゃるとおりですがあんまり議論を広げると事情を知らない人が混乱するので省略しております。前の文章は病院経営形態の話です。医療への資本主義原理の導入はすでにアメリカで失敗している。しかもアメリカでは専門家どころか一般人でも同様の認識が通念となっている。その失敗例に学ばす、未知の形式に根拠無き白馬の王子様幻想を抱くのは社会制度改革を実行する段階では危険そのものです。

Americaは,双子の赤字.日本は財政赤字で国が倒産寸前.
アメリカは民間保険,日本は,一応公けの保険.
もう公けの保険では,これまでのような贅沢はでけん.
医者や看護師は,民間保険導入で,収入が増えるんじゃないでしょか.
患者か企業かは,負担が増えるかも知らんけど.
国民がええちゅねんから,ええんちゃうの?
Americaでも産科の成り手は,賠償金が多額で,賠償保険も億だったりして,減ってるて昔聞いたで.その分給料上げたら,患者に返ってくるのになあ.
患者も自動車の保険と一緒な医療事故保険に入ったらええんちゃうか.
そしたら,出会い頭にヤブに当たって,死んでも保険おりまんがな.
まあ,色々保険に入らなあかんけどな.

亀乳 さま

>医者や看護師は,民間保険導入で,収入が増えるんじゃないでしょか.

人員が不足していることが医療事故を起こしやすくなっているので、収入の増加は医師や看護師などの人員を増やす事に使う方がいいですね。それが医療事故を減らし、質の高い医療を提供する事になる。
しかし、自分の専門の小児科では、医療費の支払いをする親の年齢が若いぶん収入も少ないから、民間保険に入れない人の方が多いです。
今のままでも、民間保険導入でも小児科は負け組。小児救急医療は崩壊でしょう。


>出会い頭にヤブに当たって,死んでも保険

名医にあたっても死ぬ事があるのが医療。
現在の医療レベルで避けられない医療事故については、公的な保険が必要かな。
ヤブに当たっての医療過誤なのか、避けられない事故なのか判断する機関が整備されるのかいなか。厚生労働省のモデル事業の行方に一応注目しています。

>モトケン先生
今朝の読売新聞一面トップに「第三者機関」に関する記事がありました。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060823i101.htm
(リンク切れになるかも)

モトケン先生のブログは「時代を先取り」されていますね。すごいです。

医療側、患者さん側にとってメリットかデメリットか、どうなってゆくのでしょうか。
法曹家側の皆さんの、ご意見も是非承りたいです。

スペインでこれから出産に臨む方のお話がありました。

http://www.1101.com/Latin/index.html

こちらです。

> 民473 先生

>「誤診により、本来なすべき治療をしなかったため患者が死亡しても、ほとんどの場合、誤診をした医者は業務上過失致死いついて無罪になる」

×ほとんどの場合

○被疑事実行為(不作為含む)がなかったら
結果回避可能性が「十中八九」未満で有る場合

上記の両者はおなじものではないと思います。
また、誤診自体も違法性のあるものではありません
医者は診察しただけでイッパツで結論が出ると思ったらおおまちがい
支障の無い範囲での想定をくりかえしている
細かい「誤診」は日常茶飯事
臨床には形式論理では捉えきれない部分があるのです
診察・診断における違法行為は法律用語では
「注意義務違反」に該当すると思います。

結論としておっしゃられることと判例はほぼ同様だと思います。
なお、、「因果関係(救命可能性)が無い」=「結果回避可能性が無い」ですから
刑法の構成要件と医学的知見は過失致死では同じ概念ということになります
法的にダメだけど医学的にオッケーということではありません。
要するにおっしゃられていることは過失致死の構成要件そのものですから
医療に特異的な論点ではまったくありません。「医者が」「とか「医療が」とか
特別扱いせずに国民一般と同様の前提で考えてください。
みのもんたにこれできない

私の申し上げたいことは、最高裁の判例によれば、不作為の場合、
「因果関係(救命可能性)が無い」=「結果回避可能性が無い」
とは言えない、ということです。

結果回避可能性があっても、その可能性が30%とか50%の場合、「十中八九」とは言えないので、「因果関係はない」ということになります。

(ごめんなさい、前のエントリに投稿しちゃいました)

>>れい様 | 2006年08月14日 01:06 
の「どこかの心臓外科医失敗」というのは「東京医大」のことではないでしょうか?経験のない外科医に手術をさせて云々という。あれは、医者の間でも「教授が罰せられるべき」という意見が多いですね(むしろ失敗した医者は患者と共に被害者)。医者としても許されるべき事件ではありませんでした。
心臓外科に関しては事件が本当に多いので大変ですね。例えば女子医大の手術失敗事件に関して言えば、カルテ改竄は処罰されて仕方がないという論調が多いですが、操作ミスに関しては事実が明らかでないので無罪(実際に一審で無罪)という論調が多いですし、東大で起きた心臓手術失敗に関してはマスコミが「犯罪者」の如く報道したにも関わらずその後は忘れ去られたように報道されなくなりました(やはり失敗でも過失とは言い切れなかったということでしょうか)。
やはりマスコミの影響はかなり大きく、医者は悪者と言うスタンスで報道するから結局医者VSマスコミという論争になるんですね。しかも謝罪をしないからなおタチ悪い。で、どちらが強いかは一目瞭然。医者が声高に正しいことを言っても相手にされるどころか、火に油を注いじゃった状態。国に訴えてもなしのつぶて。
よく、医者が世間に訴える努力をしなかったから・・という論調が目立ちますがそんなことはありません。ただ、声を取り上げてもらえないだけです。

「誤診」という言葉が出てきましたので、コメントさせて頂きます。

たいへん古い話で恐縮ですが、有名な話です。昭和38年、名医との誉れ高い、東大医学部第三内科の沖中教授が退官される際、その記念講演で「私の誤診率は17%であった。」と述べられたそうです。その時、医療関係者は「さすが沖中先生、誤診率が10%台とはすばらしい。」と驚き、世間の人々は逆に「沖中先生でさえ、誤診率が17%もあったのか。」と驚嘆したそうです。

医療機器の発達につれ、診断技術は飛躍的に進歩していますが、最終的には人が判断することであり、また人の能力・知能は医療機器とは異なり、当時と比べて飛躍的に発達しているわけではないと思われます。

念の為に、当コメントは、だからといって「誤診」を是認するものではなく、責任を転嫁するものでもありません。

再度、追加です。
>>れい様の「どこかの心臓外科医失敗」
というのはロス手術失敗のことかもしれません。この事件については「経験不足」がどこまでなのかはっきりと事実を知りません。だから医師の間でも意見は二分していると思います。でも、マスコミは一部を隠してまるで犯罪者の如く扱っています。それが許せませんね。

議論の流れから刑事と民事で司法の判断基準が違うという理解をしておりますが、そうなると昨今話題になった刑事事件で損害賠償もという話との関わりで医療訴訟全般に対する基準が今までと変化してくる可能性はあるのでしょうかね?

>老人の医者 さん

 私の感覚では、刑事事件のほうが民事事件より加害者の責任を問うことに慎重であると認識しています。

 その認識に従えば、刑事事件で有罪になれば、民事上の責任も負うべきである、ということになるはずなのですが、刑事で有罪認定になっても民事で責任が否定されたりする場合があります。

 私が関与した山形マット事件では、民事も刑事(少年審判)も紆余曲折でした。

 そういう問題があるので付帯私訴という制度が検討されています。
 最近ボツネタでその関係の報道が紹介されてましたが、リンク切れになってます。

付帯私訴について、東京新聞では今日、報道されているようです。

刑事裁判で損賠請求
殺人などに限定導入
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20060824/mng_____sya_____011.shtml
> 犯罪被害者のための施策を検討している法務省は二十三日までに、刑事事件の公判手続きの中で被害者や遺族が被告に損害賠償を請求できるようにし、有罪の場合は同じ裁判官が賠償命令を出す「付帯私訴」制度を導入することを決めた。
(中略)
> 付帯私訴制度を導入すれば、刑事裁判の裁判官が公判に提出された検察側の証拠などを利用して賠償請求も審理するため、被害者側の立証上の負担は大幅に軽減される。口頭弁論は開かず、賠償命令は判決ではなく決定の形を取る。被害者側や被告に不服があっても上訴は認めず、いずれかに不満があれば民事訴訟で争うことになる。
>
> 法務省は、殺人など故意の犯罪で死傷させた罪のほか、強盗、強姦(ごうかん)、誘拐、逮捕・監禁、児童福祉法違反と児童買春・ポルノ禁止法違反の一部などを制度の対象とし、詐欺や横領などは除く考えだ。
(以下略)

業務上過失致死傷罪は現在のところ対象外のようですが、これとて国の気分次第で如何様にでもなりますね。

神奈川の別件逮捕は全国の産科を揺さぶる事態に発展しそうです。制度論を云々する以前に現場での崩壊は予想以上に早い速度で進展しつつあり、何より社会全体がそれを後押ししつつある状況を残念に思います。そろそろ議論の矛先を崩壊後の再建にシフトしていくべきなのかも知れません。

少なからず脱力感に襲われているのは過ぎ去りつつある夏のせいだと思いたいところですが……

>老人の医者さま
そろそろ議論の矛先を崩壊後の再建にシフトしていくべきなのかも知れません。
少なからず脱力感に襲われているのは過ぎ去りつつある夏のせいだと思いたいところですが……

はい。仰るとおりです。

どなたか法曹の方が仰ってましたが、私も、そんな医療だったら崩壊しても仕方ないかと思います。

でも、こんな嵐の中でも、現場で踏ん張る産科医は居ますから、そうした産科医をどうしたら盛り上げる事が出来るかを社会が考えれば良いのだと思います。

何度も申しますが、クレーマー患者が居るからだの、おかしな裁判があるからだの、鑑定書がどうだの、そんなことをぐちぐち言っていないで、まずは「身内」のリピーターとか平気で改竄をするようなワルへ厳しい目を向けるべきです。

残念ながら社会には、ここにお集いのお医者らの想定外のワルが医者となって居るんですよ。ですから、それを糾して行く事がまず必要だと思います。そうすれば自ずと医療は「再建」されるのじゃないですかね。

 産科医1さんは、本当に医師ですか?

 どこの世界にも悪者はごく一部の割合でいます。医師のなかにいることは否定しません。

 でも現状は0.01の悪徳医師を叩くために医師全体が叩かれています。

 産科医1さんの御同僚はそんなにひどい方ばかりだったのですか。

 どうも現状認識が異なるようですね。

>残念ながら社会には、ここにお集いのお医者らの想定外のワルが医者となって居るんですよ。ですから、それを糾して行く事がまず必要だと思います。そうすれば自ずと医療は「再建」されるのじゃないですかね。


 自浄作用は必要ですがたんに個人の責任の糾弾することでは何も生み出しません。糾弾することで一般社会の受けはいいでしょうが。しかもそれで医療が再建されるなんて甘すぎると思います。

 糾弾したいなら法律家になったらいかがでしょうか。

内科でも着々と崩壊は進行しているようです。
マスコミの報道姿勢は相変わらずのようですが。

待遇、人事で江別市と北大確執 市立病院の内科医7人全員辞職へ 後任めど立たず患者置き去り  2006/08/26 08:17

http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20060826&j=0022&k=200608266382

別な新聞社の記事も見つけましたので参考まで。

江別市民病院:内科系常勤医師、相次ぐ退職で9月末にゼロに

http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20060826&j=0022&k=200608266382

別な新聞社の記事も見つけましたので参考まで。

江別市民病院:内科系常勤医師、相次ぐ退職で9月末にゼロに

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/hokkaido/news/20060826hog00m040004000c.html


リンク先間違ったため、投稿を途中で中止したのですが間に合わず、
二重投稿になって申し訳ありません。

元研修医さん | 2006年08月26日 02:02 に同意します。
悪徳医の排除は必要ですが、それのみでは医療再建や良心的な現場の産科医を社会で盛り上げることにはつながらないと思います。排除がうまくいったとして、あとには、最善と考えた処置を取っても結果が悪ければ良医であっても糾弾される社会が残るだけだからです。
これまでの言動から、産科医さんは少なくとも「産科」ではないと私も感じます。HNは自由ですが、うそはいけません。悪意の第三者は立ち去ってほしいと思います。

さて、刑事訴追免除、無過失保障制度、第三者機関の設置、競争経済の導入等々、かなり議論は深まったと思います。あとは、これらの議論をインターネットとは無縁の人の眼にも触れるような形で広げていくことが必要と考えますが、どのような方法論が可能でしょうか。今の一般報道の姿勢は問題ですが、やはりマスコミに頼らざるを得ないと思いますが。

>元研修医さん: 「産科医1さんは、本当に医師ですか?」:


>腎臓内科医さん: 「これまでの言動から、産科医さんは少なくとも「産科」ではないと私も感じます。HNは自由ですが、うそはいけません。悪意の第三者は立ち去ってほしいと思います。」:

産科医−1ですが、どうぞ、このような医師の品性が疑われるような投稿はなさらない方が宜しいと思います。他でならまだしも、ここは元検弁護士さんのブログですし、沢山の法曹関係の方がご覧になっています。

元研修医さんの

「自浄作用は必要ですがたんに個人の責任の糾弾することでは何も生み出しません。糾弾することで一般社会の受けはいいでしょうが。しかもそれで医療が再建されるなんて甘すぎると思います。
 糾弾したいなら法律家になったらいかがでしょうか。」

ですが、確かに、システムに問題があれば「個人の責任の糾弾」だけではマズいですね。しかしどんなに良いシステムを構築しても、そのシステムを使う人が無責任であれば、そのシステムは機能しないでしょう。


また、腎臓内科医さんは

「悪徳医の排除は必要ですが、それのみでは医療再建や良心的な現場の産科医を社会で盛り上げることにはつながらないと思います。排除がうまくいったとして、あとには、最善と考えた処置を取っても結果が悪ければ良医であっても糾弾される社会が残るだけだからです。」

と書いていますが、まず、悪徳医の排除なしでは医療再建や良心的な現場の産科医を社会で盛り上げる事は出来ないのではないでしょうか。

「あとには、最善と考えた処置を取っても結果が悪ければ良医であっても糾弾される社会が残るだけだからです」とのお考えのようですが、それは、まず「悪徳医の排除」をしてみなくちゃ、分からない事でしょう。

ご批判は伺いますが、ではどのような「医療崩壊に対する制度論的対策」を元研修医さん、腎臓内科医さんはお考えでしょうか。もう少し前向きなご意見をお示し頂けたらと思います。

お腹いっぱいとは思いますが信頼性の高いデータなのでまたも引用

各国高齢化率と医療費GDP比の推移
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1900.html

OECD helth deta 2006
http://www.oecd.org/document/46/0,2340,en_2649_37407_34971438_1_1_1_37407,00.htm
l

↑のJapanの部分をクリックするとOECD2006日本関連記述部分のPDFファイルがダウンロードできます

日本の一人当たり医療費額(米ドル)は2249ドルでOECD
30ヶ国中18位 OECD平均は2550ドルです
イギリス・ブレア政権ががんばって2546ドル・16位と順位を上げたので、日本はめでたく(ロシアを除く)サミット参加国の中で最下位になりました。 (2004年から)

GDP比では日本8.0%で21位 OECD平均は8.9% ライバル イギリスは8.3% 日本は当然サミット参加国中最下位で二冠達成です

思った以上に医療の危機の進行は速く、私の実感というか感覚的な表現では土石流や津波の如しといった感じです。

制度論について考えるのも良いのですが、考えているうちにあっという間に現在の医療システムが崩壊してしまうことは明らかでしょう。物事にはスピードというものがあります。

非医療者の方にはあまり実感がわかないかもしれませんが、産科の絶滅や小児科の瀕死の状態のみならず、一般内科も一般外科もあまりの過酷な労働(労働基準法違反)と結果論で何でも語られる風潮のためどんどん地域の中核病院から医師が脱落しています。今はまだ、極端に待遇が悪かったり、周囲に協力し合える医療機関がないほどの医療過疎地域でしか内科医の総辞職は目立たないため良く分からないかもしれませんが、内情はもうおしまいで、カウントダウン寸前です。

もういいんじゃないですか。もう無理ですよ。いろいろな意味で。
いったんお休みするしかありません。不可避です。医療がどこまでも医療が崩壊して壊滅状態になり、やっと世論が形成されることになるまで今の勢いは継続こそすれ衰えることはないでしょう。それはほぼ確定した路線と思われます。

その後、コストが急騰して、自由診療が解禁となり、それに乗じて保険会社が介入して、健康な人から保険料を搾取するだけの(サクランボ摘みと表現されます)社会になるか、アクセスが極度に制限され、救急外来で一日待たされたり、手術が5ヵ月後の予約になったりする社会になるかは分かりませんが、そうなるまで国民が医療について考えることはないと思います。医療は病気になるまで無関係な世界と思われていますから、仕方ありません。

崩壊してから顕在化した問題を元にして、今後の制度を考えればよいのではないでしょうか。私自身は最低限以下のことが達成できれば夢のようです。報酬は上がるに越したことはありませんが、別に上げてほしいとかは言いません。

○医師の労働基準法の遵守(地域中核病院も大学病院も今は完全に無法地帯です)
○医師の配置の増員
○医療側にも基本的にあまねく弁護士をつけて法的な防衛力を強化する
○医師の仕事ではない仕事をする人材を配置する
○医療事故もしくは医療過誤について医学的な観点から意見をできる機関の実質的な稼動

厚生労働省としては、多いといわれる病床数を減らして、医師を集約したいのだと思いますが中小の病院がつぶれないと集約は難しいので崩壊に対しては手をこまねいているのだと思いますけど。まあ崩壊はしょうがないのではないでしょうか。この国は一旦大きな出来事がおきてからでないと変わらないですからね。

とにかくもう無理です。無理なもんは無理です。崩壊のスピードについていけません。

もう止まらない
総理大臣どころか神でもとめられないかもしれない
何より国民が医者の悲鳴に聞く耳持たないから
わたしも無駄な抵抗が大好きな方なんですが
横浜の件以来 全身脱力感が抜けません

最近、急性期病院のベッドの回転が悪くなっているようです。
(根拠を示すデータはありませんが実感しています)

療養型病床の減少で、後方病院・施設の転院の受け入れが悪くなり、
いったん入院した患者が動いてくれない状況が出てきたせいと
思います。自宅に帰すことも当然考えますが、家族にとっても大問題で、
介護しきれない(時間がない・人がいない・経験がない)として、
転院まで入院の継続ということになります。

他の先進諸国(特にアメリカ)と比較して、日本では入院の期間が
長いことが知られていますが、核家族化や介護の経験が乏しいことなど
からくる不安や家族の手間、そのような問題が議論され、コンセンサスが
形成されなければならないと思います。また、「日本では医師数は足りて
いるが、病院の数が多すぎるから病院あたりの医師数が少ないのだ」と
いうような主張も日本の社会の現状を考えると、「じゃあ、先進諸国並みに
しましょう」と言うわけにも行かないと思います。

一部の方は、医師が金儲けのためにずっと入院させているんだろう、と
言うかもしれません。しかしながら、むしろ、病院としてはうるさく言われる
平均在院日数や「本当に必要な人のためにベッドを確保するため」に
急性期を過ぎれば、速やかに退院して貰いたいというのが本音です。

家族の介護に関わる(精神的・肉体的・経済的)負担・病院の役割分担
その他、諸々についても議論されるべき問題は山積みであると感じます。

産科医さんと産科医−1さんは同一人物ですか?
産科医さんは医師ですか?

質問に対し質問で返すこと。質問で返された質問に対して質問者が答えたとしても、本来の質問に対しては結局答えない。たとえ「はい」「いいえ」で答えられる質問に対しても決して答えない。
これまでの発言のなかに、意見の根拠となる医師としての具体的な体験が見えてこないこと。
これらは「あやしいパターン」です。

今までの発言のなかで、具体的に「ここがあやしい。」と指摘すると、
別のブログでもっと医師らしく発言するときの材料になってしまうので、
医師側としては大きなジレンマになってしまうと思います。

 一部の例外があることは認めますが、

 私たちは人の命を救いたいと思って医師になりました。
これさえも信じてもらえず避けがたい事故でも殺人者として扱われてしまう世の中になりました。

 福島の件では驚愕し、横浜の件ではあきらめの心境になりました。
医師が何を言っても信じてもらえません。過酷な労働条件も、理不尽な訴訟の頻発も、医師の逮捕も、制度の不備も、医療崩壊もすべてが医師のせいだといいます。

 もう無理だと私も思います。ちょっと外国の実情を知れば簡単にわかることですが、トヨタやソニー以上に世界に誇るべき日本の医療が、

 日本の医療が崩壊していくのになにもできません。

 悲鳴が届かないなら、もう叫ぶのをやめて静かに立ち去るしかありません。

>元研修医さん
 私たちは人の命を救いたいと思って医師になりました。?これさえも信じてもらえず避けがたい事故でも殺人者として扱われてしまう世の中になりました。

そんなことはないでしょう。世の中には正義はあります。そうしてその正義を守るのが「法」です(よね)。


>医師が何を言っても信じてもらえません。過酷な労働条件も、理不尽な訴訟の頻発も、医師の逮捕も、制度の不備も、医療崩壊もすべてが医師のせいだといいます。


だあれも、そんな事言っていませんよ!
まあ、敢て言えば、クレーマー患者と、リピーター医師が、そのせいなんですよ。


> 悲鳴が届かないなら、もう叫ぶのをやめて静かに立ち去るしかありません。


そんな事を仰らずに、踏みとどまって頑張って下さい。そこから医療は再生すると思います。

世の中の風潮が変わって、子供が暴力や事故を起こせば、学校の教育が悪い(実は親の教育では)、子供や老人が死ねば、病院や医療が悪い(本当は病気はかなり重症であるのに)という考え方が広がった。怒りや恨みを誰かに向けたいという風潮。
マスコミが作り出した風潮に法律までもが左右されるように思える。怒りや恨みの持つエネルギーは強く、正論を言っても認められない。結局、医療がある程度崩壊し、病院にかかれなくなる。ダメな医者でもいいから診て欲しいというところまで、崩壊しなければ一般の人の理解は得られないのかと思うと少し悲しい。

産科医ー1さん>
リピーター医師って本当にいるのですか?
一度事故を起こせば、懲りて二度とリスクのある医療はしたくないと思うはずだけど。
今問題になっているのはむしろ普通の医師(大野病院の産婦人科医や割りばし事件の耳鼻科医など)が訴えられていること、明日はわが身とみんな思っています。

以前、患者さんの家族から訴えてやると言われたことがありました(小生には全く過失はなかったものの)。結局訴えられませんでしたが、その時の不快感は今でも記憶に残っています。今の裁判の制度だと刑事ではともかく民事では有罪にならないとは限りません。過失がなくても(たとえ裁判に勝つあるいは示談になっても)かなりのものを失う可能性があります。

まぁ、懲りない人は懲りないですからね。

http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/asx/scoop030518-03_0300.asx
検証!リピーター医師・恐怖の実態(第3回スクープスペシャル)

それにしても米国では年間1700人以上の医師が免許剥奪されているんですね。

当方、医師ですが、リピーター医師、本当にいます。自分は何でも出来るという奢りのあるもの、あるいは他人の意見を全く聞かない人、あるいはこの間の東京医大の心臓外科医のように上からやむなくやらされている者(ただ、この場合はリピータ医師の方が被害者である)などがリピーターになるのではないかと感じております。
ただ、頻度としてはそれほど多いとは思いません。だから、一度事件を起こせば普通は同じような事件は起こさない(あるいは従事しない)と思います。

ちょっと話題がそれてすみません。私は医師と患者家族の関係が壊れていくのは、初期対応時の意思疎通のズレが問題になることが多いと感じています。以下は、私の4年前の経験です。夏休暇中に患者が急変し肺炎となり、その後急性呼吸不全になりレスピレーターを装着して、約2ヶ月後に亡くなられた症例です。
気の利いた(かどうかわかりませんが)後輩の医師は、私が遠方に旅行しているためどうせ戻って来られないのだから連絡しない方がいいだろう、ゆっくり休ませてあげようと判断したそうです。家族にどういう説明をしたかの詳細はわかりませんが、発症当日に呼吸器内科に手配して転科させてくれていました。数日後に私が病院に行ってみると、家族は今までと全く異なる家族に変貌していました。休暇中で連絡が来なかったと説明しても、もうとりつく島もありません。「急変しても何日も診に来ない医師」となっていました。「今後は精一杯対処していきます」と話し、その後毎日呼吸器の医師と共に診ていましたが、私には罵声ばかりでした。確かに別疾患の治療のためにステロイドを長期内服していたので、免疫能が低下していたことが重篤になった原因と思います。患者さんには投与前にその説明もしておりました。患者さんは認知症もなく、十分理解されたうえで内服を開始していたので問題はないと思っていました。しかし、家族には「私(達)は聞いていなかった、聞いていたら使ってもらわなかった」責められました。謝罪をしてもなにもなりませんでした。亡くなられたことは申し訳なかったと思いますが、最後のお見送りでは「○○先生(私のことです)が代わりに死ねばよかったのに」と言われ、去って行かれました。
亡くなられるまでの約二ヶ月間、もしかして刺されるのではないか、自分の家族が危ない目に遭わないか、家まで来るのではないかという恐怖心から、毎日通勤の往復の道を変えました。遠回りをしたことも毎日でした。
医師も逆にこのような思いをしていることは、法的には全く問題にはならないのでしょうか。多くの医師がこのような恐怖心を抱いているのではないかと思います。これを書いている今も、当時を思い出して頻脈となっております。私にもトラウマは大きく残っています。

本題のリピーター医師についてですが、多くはないですが存在します。リピーター医師は、潜在的に自分の診断能力、治療手技能力が高いと信じており、頻回に診断の気づきのポイントが遅れているか、もしくは気づいていないことが多いと考えています。または患者のサインや徴候を見落としたことをいくら指摘されても信じていないものと考えられます。従って自分に誤りはないと考えており、反省することがないのであろうと思います。気づかないリピーター医師を厳正にかつ公正に取り扱う機関が望まれます。

二重投稿すみませんm(_ _)m
やはりまだ胸がドキドキします(素人表現のほうが感じがでます)。小市民医師です。


管理人から
 コメントありがとうございます。
 二重投稿は管理人において削除いたしました。
 ブログシステムの反応が遅いのが悩みのたねですm(_ _)m

私も似たような経験があります。といっても被害者でなく、私の当直中に起きたことです。
ある患者が私の当直中に亡くなられたのですが、夜中でもあり、主治医は遠方で、とっくに帰宅していて一応電話連絡だけしておきました。急変時ならともかく、亡くなると分かっている患者さんが亡くなってしまった際には私自身は主治医に駆けつけてもらう必要は無いと思いますし、主治医も「あとの処理はよろしくお願い致します」と言って電話を切られました。
しかし、家族は「何故主治医は今すぐ来てもらえないのか?」とまるで主治医を訴えかねないような様子でした。主治医から説明も十分言っているはずなのに・・・。

医師だって休暇は必要です。たまに起きるようなことで駆けつけるということはあっても良いと思いますが、我々の世界ではこのようなことは日常茶飯事です。毎回駆けつけたら体が持ちません。
まるで人間扱いしてもらえない、この職業は一体何なんだ?と私は愕然としました。

逆にうれしかったこともあります。
私が不眠不休である患者を診ていたとき、たまたま先輩からバイトを頼まれて1ヶ月ぶりくらいにバイトに行きました。運の悪いことにバイトに行っている最中に患者さんは亡くなられました。
帰院後、私は家族に「臨終の時に居らず申し訳ありません」と言ったら、家族は「先生が体をはってずっと診ていたことを知っていますから感謝することはあっても憎むことはありません。ありがとうございました」と言ってくださいました。

>四半世紀勤務医さん

お辛いご経験をなさって、大変だったと拝察いたします。ただ、yamaさんもおっしゃるように、うれしかった事も、沢山おありかと思います。

医者をしていたら、一杯喜ばれる事と、チョット恨まれる事とがあるでしょう。そうした悲喜こもごもを、ぜぇ〜んぶ受け止めるのが、お医者かと思います。辛いですが、仕方ないと、頑張るしかないのかと私も思っています。

>>産科医 1さん
「リピーター医師」に関する質問です。
貴施設でのカンファレンスは、どのような頻度でどのような内容のものが行われていますか?
もし一人開業医でいらっしゃいましたら、知識と技術のbrush-upもしくは点検のためにどのような方策をとられていますか?
お教えいただけませんでしょうか。

元田舎医さんから、「リピーター医師」に関する質問、を頂きました。

>>産科医 1さん
貴施設でのカンファレンスは、どのような頻度でどのような内容のものが行われていますか?
もし一人開業医でいらっしゃいましたら、知識と技術のbrush-upもしくは点検のためにどのような方策をとられていますか?
お教えいただけませんでしょうか。
:

元田舎医さんは、いかがですか?
先ず、お教え頂けませんか?

以前のどなたかからの「分監」に関するご質問でも感じたのですが、このようなご質問のご趣旨はどこにあるのでしょうか?

意味ある建設的ご質問なら、いくらでも、無い知恵しぼって、お受けしたいですが、無意味なご質問にたいしては、どうこうお答えしても、詮無き事ではないでしょうか。

ちなみに、元田舎医さんにとっての「カンファ」は、どんな意味をお持ちですか?

患者さんに、「カンファ」でこのような結果になったのですが、とか何とか言って、ご自分の責任転嫁にお使いになるようなものですか?

それとも、患者さんにたいする責はご自分にあって、その責を全うする為に、カンファをする、といったものでしょうか?

>>産科医 1さん
ご回答ありがとうございます。

>元田舎医さんは、いかがですか?
>先ず、お教え頂けませんか?

私はもう臨床から離れておりますので、カンファレンスとは無縁です。
関連する医学書を読んだりはしますが。

>以前のどなたかからの「分監」に関するご質問でも感じたのですが、このようなご質問のご趣旨はどこにあるのでしょうか?

ご想像の通り、または「同じ」医師として知りたいからです。

>味ある建設的ご質問なら、いくらでも、無い知恵しぼって、お受けしたいですが、無意味なご質問にたいしては、どうこうお答えしても、詮無き事ではないでしょうか。

医師にとってのカンファレンスがどういうものかご存知でしたら、とてもこの質問が「建設的でない」とか「無意味である」とは思えないかと。

>ちなみに、元田舎医さんにとっての「カンファ」は、どんな意味をお持ちですか

「質問返し」は答えられるだけの知識がないときに私もよくやる手口です(笑
で、結論です。

>患者さんに、「カンファ」でこのような結果になったのですが、とか何とか言って、ご自分の責任転嫁にお使いになるようなものですか?
>それとも、患者さんにたいする責はご自分にあって、その責を全うする為に、カンファをする、といったものでしょうか?

普通、私たち医師が「カンファレンス」(もしくは「カンファ」)と聞いて想像するのは、そのようなものではありません。
別に産科医 1さんの論旨が不愉快なのではなく、「医師」を騙って意見を述べていらっしゃるように読み取れるところが不愉快なのです。

産科医 1さんの書いた文字情報のみを読むと、医師の中にはこのように解釈する者もいる、ということで。
テキストベースのコミュニケーションは難しいですね。

産科医−1 さんは偽医師でもうほとんど確定でしょう。
具体的な知識もないようですし、都合の悪い質問は質問返しで絶対答えませんからね(笑
具体的に答えられないうちは、適当にスルーしておいた方がよいかと。

元田舎医さんへ  早速のお返事有り難うございました。 (なるとさんもお入りで・・・)

>別に産科医 1さんの論旨が不愉快なのではなく、「医師」を騙って意見を述べていらっしゃるように読み取れるところが不愉快なのです。

あらら、、、私は、騙っているのでしょうか? 
まあ、愉快、不愉快は、それぞれのお気持ちですから、他人が何とも言えないでしょうね。
ただ、自分と違った意見を言うものが居たとして、だから、あいつは「医師」じゃない、はないでしょう。そんなところが、お医者のダメな所と映るんじゃないのでしょうか。

>産科医 1さんの書いた文字情報のみを読むと、医師の中にはこのように解釈する者もいる、ということで。テキストベースのコミュニケーションは難しいですね。

そうですね。
小泉チックに言えば、、、「人生色々、医師も色々」ってなところでしょうかね。


所で
「普通、私たち医師が「カンファレンス」(もしくは「カンファ」)と聞いて想像するのは、そのようなものではありません。」
とは、どういう意味でしょうか? 
まさか、教授さまのご意見をお聞きする、と言ったセレモニーをカンファと仰っているんじゃないでしょうね。

あと、そう仰る、なるとさんは、お医者ですか? だったら、もう少しご自分の御発言に責任を持って下さい。

>>産科医 1さん
>所で
>「普通、私たち医師が「カンファレンス」(もしくは「カンファ」)と聞いて想像するのは、そのようなものではありません。」
>とは、どういう意味でしょうか? 
>まさか、教授さまのご意見をお聞きする、と言ったセレモニーをカンファと仰っているんじゃないでしょうね。

ですから、「的外れな質問返し」は見ていて結構見苦しいですよ。
私たち医師にとって「カンファ」と言えば、ほぼ共通の光景が脳裏に描かれると言ってよいでしょう。

>元田舎医さん

ここは、ご存知のように、「私たち医師」だけが集うブログじゃないですよね。

だったら、是非、「私たち医師にとって「カンファ」と言えば、ほぼ共通の光景が脳裏に描かれると言ってよいでしょう。」と仰る、カンファの情景を、お示し頂けたらと思います。

医師のアリバイ造りのためのものなのか、教授さまのご意向を頂くものなのか、それとも医師としての責任を確かめるののなのか、、、

わたしのお書きした事は、「的外れな質問返し」になるのでしょうかね。

(そろそろ休みます、明日もありますので・・・)

>yamaさん
ありがとうございます、というのは変でしょうか。自分の心に留めておくことが大変辛かったので、読んでいただいただけで癒されたような気がします。本当のところ、その患者さんの49日が済むまで家族の身に危険がないか常に恐怖でした。合併症か避けられない事故(確率的に起こりうるという意味)かという判断は臨床では難しいことが多いですが、私は合併症と考えています。幸いなにも起こりませんでした。

再度モトケンさんに聞きたいのですが、私が受けたような言語的表現による恐怖感やトラウマに対して、逆にその患者家族が訴えられたというようなケースはあるのでしょうか。勿論私は訴訟を起こす意思など毛頭ありませんが、医師に過失がない場合は勿論のこと、たとえ過誤であった場合でもその部分では医師も被害者になりうるのかということです。患者家族、社会的には被害者感情が強く、困難なことなのかもしれませんが、論理的にはあり得るような気もします。ある意味、そのような判例があるのならば、患者側の安易な訴訟に対する抑止力となるのではないかと思い尋ねました。

産科医さんを偽医師と決め付けるのはまだ早いと思います。
なぜなら産科医さんは医師であることをにおわすだけで、まだ医師を名乗っていないからです。
ハンドルネームだって「産科医(だったらよかったのに)」かもしれません。
「産科医さんは医師でない」と言われると産科医さんは強烈に不快感を示すだけでした。
自分が医師であると明言することをここまで確実に避けるのは確信犯です。
自分に自信が持てない為、最後の逃げ道を作っているのです。
ちなみに産科医さんと産科医−1さんは同一人物であるかも分かっていません。
産科医さんが責められたときに産科医−1さんが不快感を示すだけでした。
産科医−1さんがやり込められたときに、今までの発言に無責任な産科医−2さんが登場するでしょう。
これまでの発言からは、医師に対する潜在的な嫌悪感を感じます。
嫌悪の対象である医師と対等に議論をしているつもりになっています。もしくはやり込めたつもりになっています。
そのことから何らかの快感を得ています。従って自分から引くことはないと思います。

いずれにせよ、医療崩壊に対する制度論的対策について語るブログが崩壊しつつあります。
はじめは活発な意見が交換されていたようですが、今ではこのブログを見る多くの医師が不快感を持ちます。
心無き1人のせいですが、それを取り締まることは出来ません。
本題ではない無駄なことに手間がかかります。不快感をばら撒いた挙句、結局何も解決しません。
そろそろ医師が立ち去り始めるかもしれません。
現実に起こりつつある医療崩壊の片鱗を見ているようです。

> 四半世紀勤務医さん
お気持ちよく分かります。
実は、別件で私もかなり苦しめられた経験があります。他院でスタチン(商品名はド忘れしましたが、メバロチンだったような・・・)を飲んでいて、筋肉痛で来られました。勿論、尿の色も正常だし、CKも正常であり、明らかに横紋筋融解症はアナムネ上も否定的でした。しかし、患者は私の行為を「横紋筋融解症(本人はオウボウキン症と言っていました)を見逃した医療ミス」と見たようで、マスコミに訴えると脅し、顧問弁護士と相談した経験もあります(過誤はないので無視するようにと言われました)。さらに、院長、大学の総長にまで私のミスを訴えるような手紙を書き、院内で大問題となりました。このときはさすがに震え上がり、いつか刺されるかも、と恐怖感を覚えました。

>ひろさん、なるとさん、元田舎医さん、元研修医さん、オダさん
確かに偽といえるかどうかはわかりませんが、ひろさんに冷静に分析していただいたように「煽り」または「荒し」には間違いないと思いますので、スルーでいきましょう。立ち去らないで、前向きな議論をしましょう。「やってみなくちゃわからない」などという低レベルではない議論を。
今は休憩中で、時間的余裕がないので私の考えは後ほど。

>四半世紀勤務医さん、yamaさん
私にも「最低の医者。刺したい。」と言われた経験があります。どこにでも、常軌を逸した人はいるものと、今となっては冷静に振りかえっることができていますが、もう一段階具体的な行動に出られていたら、医者を辞めていたと思います。

やなことというのは次々思い出すのですね。
そういえば、救急当直でも怖い思いをしたことがあります。

ある患者さんが失神にて来院されました。診察時は一応意識清明。
当然CTを撮ろうとしたところ診療拒否されてしまいました。言動もおかしくなり、そして外来で暴れはじめ(こういうときは脳炎とかも疑わなくてはいけないのでなおさらCTが必要ですよね)、私も傷を負ってしまいました。まあ、これはたいしたことがない(念のため、私も受診し、傷の写真を撮り、記録を残しておきました)のですが、とにかく暴れます。ついに他人に危害を加える可能性があることから警察を呼ぶ羽目になり、精神科の先生も呼び、今後の対応を議論していた矢先のこと、患者さんが精神科の医者を呼んだのに大変腹を立てたのかして、後から来た家族に「俺は精神病扱いされた」と訴えたのです。これがまた家族も非常に厄介で、夫人は私に「あなたが夫に精神病だなんて言うからこんなことになったのです。CT受けたくないと言っているのに受けさせるなんて。これは医療ミスだ。訴えます。」なんて言ったのです(結局このときはCTを撮らなかったです)。私は面と向かって患者に「あんたは精神病だ」なんて言った覚えはないのですが・・・。おまけに息子は「こんな病院二度と来てやるか!」と「お大事に」と声をかけてくれた警備員に襲いかかる始末。
後で分かったのですが、ポンタールを6錠も飲んでいたそうです。これが失神と関係あるのかどうかは分かりません。しかし、いずれにしてもこちらに落ち度はなかったのです。
結局私の上司が土下座して患者と患者の家族に謝りました。しかし、患者は私の顔を見るなり襲いかかろうとします。その後は恐怖で覚えていません。
こういう患者って後で脳炎とか脳腫瘍とかあったときには「CTを撮らないなんて医療ミスだ!」って騒ぐんですね、きっと・・・。

これには後日談があり、患者を雇っている会社の上司がやってきて「実は夫人にとても手を焼いている。勤務超過で訴えてやる」と以前やって来たそうです。はっきりとは言いませんでしたが、会社は患者をクビにしたそげな感じでした。
私は精神科と神経内科を受診することを条件に、それが出来なければ勤務は無理、という診断書を書きました。

さらに後日談があります。
たまたま私がバイトに行った病院でその患者さんが精神科の診察を受けていたのです。そして、あの恐怖の夜のことを全く覚えていないと書かれていました。診察時は患者さんはとても穏やかだったようです。そして反省もしていたようです。医師とのやりとりから明らかに脳障害か、精神障害があると考えられました。

さて、こういうときに我々医師は訴えることが出来るのでしょうか?訴えるとしたら厚生省なのでしょうか?患者なのでしょうか?それとも職場なのでしょうか?仕方がない、事故だ、と言われればそれまでですが、医療事故の被害者は訴えられるのに我々は訴えられないとすれば不公平ですよね。
当時は「医者が患者を訴えるなんてとんでもないことだ」という風潮がありました。このときはさすがにやる気をなくし、しばらく救急当直をやるのが怖くなり、トラウマになってしまいました。
あと、患者から検査を拒否された場合でも、説明義務違反で医師が有罪になっている現状を見て、何をやっても結局犯罪者になるのが医者なんだなあ、と半ばあきらめたこともあります。検査拒否なんて患者の責任じゃないですか?
やはり医師の士気が落ちていくのはこういうことが原因になるのだと思います。そして静かに医療崩壊へ結びついていくのだと思います。

うちの病院では、救急の部屋(初期治療室、病棟、一般診察室、ろうかなど)には、監視カメラをつけて一日24時間記録しています。やはり、うちの病院でも医療者に対する患者や家族の脅しなどがあり、それから取り付けてもらいました。個人情報保護と隠し撮りと疑われるのを避けるため、「患者さんに安心して治療を受けていただくために、監視カメラを設置しています。記録された画像は、関係法規と当院内規に従って、適切に管理しております」などと掲示しておりますが、実際には暴力沙汰が起きた時に証拠として使うことを目的としています。

結構、役立ちますよ。今度は、よく金融機関の窓口などで目にする「警察官たち寄り所」の看板を掲げようかと思っていますが、どうやって入手するのかよくわかりません。実際に、検視の際に警察官はよく来ているのですが...

5年ほど前にアメリカ東海岸の某病院の救急部(いわゆるER)で働いていた時には、救急玄関に金属探知器(空港のセキュリティゲートみたいなやつ)があって、警備員が常駐していました。向こうは、拳銃沙汰が日常茶飯事なので、こういう安全策が求められるのでしょう。日本では外傷といっても交通事故が多いのですが、向こうはGun Shot Woundが一番多かったです。

法律事務所などは、このようなセキュリティシステムは取り入れていますか?

何年か前に弁護士が事務所で殺された事件があったので、気休めかもしれませんが、執務室に木刀を置いてあります。

> 何年か前に弁護士が事務所で殺された事件があったので

ひどい話ですね。弁護士さんも危ないことがあるのですね。

ちょっと危なそうな患者を診察するときには、1)決して1人では診ない、2)凶器になりそうなものは隠しておく、3)いつでも逃げ出せるように、部屋の出入り口に近いほうに身を置くということを、昔、先輩に教えられました。木刀を身近においておくのは、相手に奪われた時のことを考えると、ちょっと危険かも....

なんだか、エントリの趣旨と乖離してしまってすみません。

 病院というところは色んな人間が訪れる場所ですし、人の生死にかかわる出来事が日常的に生じている以上、冷静な判断力を失って逆上してしまう患者やその家族もいらっしゃるでしょう。たしか、大阪で元暴力団員の患者が看護師長さんを刺殺した事件がありましたね。でもまあ、そういう職場は病院だけではないと思います。

 私の同級生が生活保護部局のケースワーカーだったのですが、彼は家庭訪問先で生活保護受給者の家族に包丁を向けられ、手近にあった座椅子を構えて、野球のアンパイアのような格好で逃げたことがあるそうですし、窓口で暴れる相談者にクリップボードで立ち向かい、警察に引き渡したこともあるそうです。土地収用を担当する公務員は、交渉の相手方から体にガソリンをかけられて火を見せられたり、「埋めてやろうか」と脅されたり暴力団事務所に連れ込まれることなどもあるようです(鳥取県)。また裁判所でも、刃物をかざして裁判官席に向かう事件関係者を制止しようとした警察官が負傷したり(札幌高裁)、離婚訴訟の被告が刃物を取り出して原告を法廷外に連れ出そうとし、被告を制止しようとした警備係長が刺殺されたりしています(東京地裁)。

 他の職場なら警察を呼んだり訴えたりしているようなトラブルであれば、お医者様だってガンガン訴えるなり警察に突き出すなりなさればいいわけです。そういうトラブルに巻き込まれたことは本当にお気の毒だとは思いますが、「お医者様はオカシナ患者であっても決して訴えてはならない」なんて誰も言っていないと思いますので、「患者は医者を訴えられるのに、医者は患者を訴えてはならない」と勝手にお信じになって、「不公平だ」と主張なさっても、お医者様以外からの賛同はあまり得られないと思います。

医師や病院は患者を訴えないというのが一般的になってると思いますが、これからはそうはいかないと思います。
あと、精神障害や人格障害の患者は非常にやっかいで病院のみならず職場でも
さまざまなトラブルを起している場合が多いようです。
世間の常識は通用しません。
卒後しばらくは人間なんだからなんらかの救いの方法はあると思っていましたが、
最近はこういう患者は社会のゴミ(きつい表現かも知れませんが勤務医なら大体の方はそう思っているのでは?)というふうに認識し、わざときつい言葉で対応し、
自分の病院に受診したくなくなるように仕向けています。
院長も患者の投書はほとんど信憑性がないといってるのが幸いです。
もう医療崩壊は止めようがないと感じます。
5年後の産婦人科体制は非常に心配です。

私の勤務先では、いくつかの出入り口に警備員が常駐しているのですが、先日ご意見箱に、「癒しを求めに来る場である病院に制服を着た警備員はいかがなものか。改善を要望する。」との投書があり、苦笑してしまいました。
オカシナ患者は(リピーター医師と同じで)昔から一定数いたはずで、これが医療崩壊の原因とは思いません。ただし、罪なき(?)人に不幸な結果が生じた場合、とにかく誰かを糾弾して謝らせないと気がすまない今のメディア報道の姿勢が、勢い余ってオカシナ患者の権利拡大の一助になっているとすれば問題だと思います。

さて、制度論的対策ですが、医療事故調査機関の新設、無過失補償制度の採用には全面的に賛成しますが、いずれも今の社会状況ではすぐには理解が得られないと考えます。まずは、小松先生が「医療崩壊」の最後で「医療臨調」と名づけておられるような、メディアも注視せざるを得ないような国民的議論の場が必要だと思います。国会の厚生労働委員会やHP、ブログは一部の人しか見ません。
崩壊は確かに避けられないのかもしれませんが、それが現実のものになったとき、「医者が自己保身に固執したのが原因だ。」と言われないように、言うべきことは言っておかないといけないと考えるのです。平たく言えば、「だからあれほど言ってたじゃないですか。」と愚痴りながら、再建に協力したいということです。

>癒しを求めに来る場である病院に制服を着た警備員はいかがなものか。改善を要望する。

癒しを求めにくるって、意味を分かって言ってるのでしょうか?病院は憩いの場ではなく、医療を受けに来る場だと思ってたのですが、公園や森林浴の場と勘違いしているのでは。だから、毎朝、大して用もないのに病院へ来るお年寄りが絶えないのでしょうか。

警備員さんは、やましい部分がなければ、通常は自分たちを守ってくれる人たちなので、感謝こそすれ抵抗感を感じることはないはずですが。そういう人ほど、少しでも何かあればクレイマーになるような気がします。

癒しの場でも憩いの場でも安全確保は必要ですな

>>じじいさん
>そういう人ほど、少しでも何かあればクレイマーになるような気がします。
すでにクレイマーな気が...(笑

>すでにクレイマーな気が...(笑

いやいや、この程度は許してあげてください(^^)

事務長のとこに怒鳴り込んできたら・・・、まあそのときはクレイマーということで(^^)

学生時代に警備員のバイトをやってましたが、警備員って意外と嫌われてるんですね。

> 「患者は医者を訴えられるのに、医者は患者を訴えてはならない」と勝手にお信じに
> なって、「不公平だ」と主張なさっても、お医者様以外からの賛同はあまり得られない
> と思います。
その通りなのですが、現実は事務等から「マスコミ沙汰だけは避けてくれ」と静止される場合がほとんどです。
残念ながらマスコミには「患者を訴えるような病院、医者はクズだ。信頼関係をなくす原因となる」というような認識があるような気がしてなりません。言葉の端々からそれを感じます。で、彼らもマスコミという権力には逆らえないというある意味現実を良く分かっているのでしょう。
とんでもない話ですが、病院の首脳陣のほとんどは「正しい対応」よりも「無難な対応」をしているように思います。その点ではマスコミや政府と何ら変わりが無く、こうした意味では医療機関側にも崩壊の原因を作った責任はありそうです。
まあ、訴えられるよりはマシと考えているのでしょうかね?

以前、JRで駅員への暴力が問題となり、容赦なく訴えるとの姿勢をあらわにしたとき、私はさすがだと思いました。多分医療機関も一丸となって「不払いは訴える」とか「暴力は訴える」というキャンペーンをすればある一定の賛同は得られると思います。しかし、一方で非難囂々でしょう。
「お金のない者から金をせしめるのはおかしい」とか。すでに生活保護という制度があるのに左記の屁理屈はおかしいのですが、こうした意味のない感情論が幅をきかしている世の中です。マスコミでさえ何も生まない感情論を優先していました(最近は少しずつ論調が変わって来ていますが)。

本当は医療側だけの責任ではなく、社会全体の責任なのです。でも、それをちゃんと分かっている人は少数派なのでしょう。

> 、「お医者様はオカシナ患者であっても決して訴えてはならない」なんて誰も言ってい
> ないと思います
残念ながらほとんどのクレーマー患者は医療機関が患者を訴えるのはおかしい。我々は神様(患者様は神様と勘違いしている)なのだから何をしてもいい、と思っているのが現状です。

>an_accusedさんへ
他の職場なら警察を呼んだり訴えたりしているようなトラブルであれば、お医者様だってガンガン訴えるなり警察に突き出すなりなさればいいわけです。(中略)。「お医者様はオカシナ患者であっても決して訴えてはならない」なんて誰も言っていないと思いますので、「患者は医者を訴えられるのに、医者は患者を訴えてはならない」と勝手にお信じになって、「不公平だ」と主張なさっても、お医者様以外からの賛同はあまり得られないと思います。

医師サイドに過誤がないとしても、医師が恫喝に相当するような言語的虐待やトラウマを受けたことで患者を訴えた場合、現マスコミ論調でいくならば「被害者を」逆告訴した「人非人医師」として社会的に抹殺されることがありありと見えます(身体的暴力を受けた場合はこの限りではないと思います。これは一般の感覚でもわかっていただけるかと思うのですが)。少なくともわたくしは、その状態で業務を続けていく自信はありません。従って論理的にはan_accusedさんの仰る通りなのですが、そうは行かないのが現状です。これは多くの医師に共通する感覚と思います。また、「逆告訴」しても医療の現場荒廃の針を進めこそすれ、止めるあるいは戻すことには決してならないこともわかります。医師が「勝手に信じ込む」というより、「信じ込まざるをえない」、それ以外に平静を保って日常業務ができないからということです。このあたりが逃散といわれる事象の根底にあることに共通する思いです。
日本では私が知りうる限り、恫喝に相当するような内容に関して「逆告訴」した例はないと思うのですが、訴訟大国米国ではどうなのでしょうか。東京女子医大事件の当事者の方が、これまでの取材に関してマスコミを告訴していらっしゃいますが、これですら一般の方はどのようにお感じなのでしょうか。
制度的な話しではなく、エントリーの趣旨に反しているような内容で申し訳ありません。

四半世紀勤務医さま
そういう時のために弁護士がいるのですから、提訴した際のマスコミによるバッシング対策も含めて相談するのが賢い使い方だと思います。

 「患者さんのために自分を犠牲にする」、とか「医療を守るために通達を犯す」のは誤りだということがはっきりました。医療が崩壊しようがしまいが、法律に沿って自分のみを守ることが大切ですね。

 この際医師だからと遠慮せずにクレーマーには弁護士をやとって、暴力沙汰なら遠慮なく警備員を配置したり警察を呼ぶ。変に示談にせずでるところにでて、だめなものはだめとはっきりする。

 労働時間もできるだけ守る、悪質なら通告して監査に入ってもらう、超過労働の対価は払ってもらう。

 医師も日本国憲法で守られた、日本国民で労働者です。医師だから〜の精神論はもうその無償の対価が失われた現在無意味です。

 士気の低下だと思えばネガティブだけど、アメリカ型のプロフェショナリズム、居直り型サボタージュと思えばポジティブな考えです。

 居残り型サボタージュでした。

ERが本当の話かどうかはさておき、少なくともドラマ中では医者が患者に「警備員を呼ぶぞ!」と脅したり、「言うことが守れないのなら勝手に帰って死ね!」みたいなことを言っていたりします。でも、その分患者からの仕返しも相当なもので、ドアをぶちこわしたり、銃をぶっ放したり・・・。
向こうは自分を守ることは正当防衛で許される国だからこういうことも可能なんですね。
しかし、日本では警察が銃を正当防衛で使用しても過剰防衛としてとがめられる国です。そんな国では医者が正当防衛を勝ち取るのは難しいと思います。
駅員に暴力をふるうのはある意味日常茶飯事になって多くの目に触れ、おかしいと直接思うのでしょうけど、病院で暴力をふるう患者は多くの病人の目には触れますが、残念ながら一般の目には触れず、国民レベルでの認識が成熟していないからだと思うのですがいかがでしょうか?

> 東京女子医大事件の当事者
あの方は本当に偉いと思います。しかし、捨て身です。
一般の医者は「正しいこと」よりも「無難なこと」を選択します。私もその一人です。正義感が無い、といってしまえばそれまでですが、少なくとも社会に抹殺されるよりは、何とか生き残る方法を選択してしまうのだと思います。
医者の正義は世間でいうと悪魔になってしまいかねません。逆に世間の正義はどう考えても考え方が浅く現実無視で、回り回って医療崩壊へ導きます。我々は10年くらい前からそれを叫んできましたが全く世間から無視され、ひどい場合には抹殺され、ようやく近年の形となって現れてきた医療崩壊でようやく気づき始めた、ということなのです。
よく、医者が世間にアピールしてこなかったから医療崩壊になった、という論調を聞きます。自ら招いたことだと。しかし、現実はアピールしても社会に抹殺されてきたのです。身から出たさび論は間違っているのです。

上で「何年か前に弁護士が事務所で殺された事件」とコメントしましたが、事務所に来て、最近の業務妨害事案が載っている「弁護士業務妨害対策マニュアル」(日弁連が各弁護士に配布)には殺人事件は載っていなかったので、勘違いだったかもしれません。
ただ、なんかの事件をきっかけに、「殺されたらかなわんな。せめて木刀で応戦しよ。」と思って木刀を置いたのは確かです。

私は、病院に警備員がいると、安心しますね。
置き引きだって減るでしょ。

>an_accused様

>「お医者様はオカシナ患者であっても決して訴えてはならない」なんて誰も言っていないと思いますので、「患者は医者を訴えられるのに、医者は患者を訴えてはならない」と勝手にお信じになって、「不公平だ」と主張なさっても、お医者様以外からの賛同はあまり得られないと思います。

素敵なお言葉ありがとうございます。
医療現場のことをご存じない方に申し上げても仕方ない気がしますが、ちょっと一言よろしいかしら。

救急外来に来るちょっとおかしな患者様といっても、その方に重篤な病気があるかどうかは診察して、ある程度思考してみないとわかりません。
患者を追い返せと簡単におっしゃいますが、万一「異常な暴言」「異常行動」が、中枢神経の感染症に由来するものだったり、代謝性の異常だったり(血糖・浸透圧の異常を含む)したら病気を見逃したことになりかねません。ものすごい酩酊状態であっても、酔いがさめてみたら重篤な内蔵外傷が見つかることもあるので簡単に追い帰すことが危険なこともあります。

もしその異常な行為自体が疾患に由来するもので、それで重篤な後遺症を残したとして、民事訴訟で絶対に医療側が勝つと言い切れますか。実際訴訟に関わること自体が非常に大きな時間的ロスです。警察に突き出せとか簡単に言いますけど、あなた責任持てますか。

また、それとは別に物品を破損したり明確な器物損壊を行ったり、入院中病院に放火したり(現実にいます)、明らかな脅迫を行ったりする患者であれば警察に介入してもらうことも可能ですが、単なる迷惑行為だけでは警察は介入してくれないこともままあります。

でもま、これからは私も患者さんのことより自分のことが大事ですので考えて行動しますけどね。

>元内科医 さん

 医療行為の際における医療側スタッフの安全確保の問題と、患者側の違法または不当な言動に対する対応の問題は立て分けて考えるべきだと思います。

 元内科医さんのご指摘の問題もありますので、まず必要十分な治療行為を先行しないと、患者を提訴ないし告訴した場合、反撃がかなりの確率で予想されそうです。

 つまり提訴以前の問題として、医師等の安全確保は病院側の責任として対処すべきではないかと思います。

 なお、発言者に対して「あなた責任持てますか。」という発言は不適切だと思います。
 誰も責任を持てないことを前提に発言しています。私もそうです。

申し訳ございません。不適切な表現でした。

ただ全ての可能性を考えていかなる患者様の態度も症状の一つと捉えて粛々と診療にあたっている医療者の行為を指して

>医者は患者を訴えてはならない」と勝手にお信じになって、「不公平だ」と主張なさっても、お医者様以外からの賛同はあまり得られないと思います。

という表現は医師の良心をあまりに軽視した発言ではないかと感じてしまっただけです。誠に申し訳ございませんでした。

>元内科医さん

 ご理解いただきありがとうございます。

 しかし、まだまだ医療側と司法側との、感情的という意味ではなく、感覚的な溝が深いと感じさせられています。
 言語感覚の違いにも表れているようです。

 このブログのコメント欄が少しでも溝を埋めることになればよいと思っていますが、どんな溝があるのかわからないと埋めようもありませんから、今後とも双方及び横槍の方々には、忌憚のないコメントをいただき、溝を確認しつつそれを埋めていく作業が行われれば、管理人としてとてもうれしいことであります。

またまた私の体験談で恐縮ですが・・・。
8/30に私が書いた体験談で「CT」を問題としました。それには次のような経験があったからです。
発熱、頭痛でやってきた患者(当時25歳)が診察中突然精神病的症状(要するに訳分からない言動と行動)を来たし、緊急で鎮静剤を(勿論患者には無断で)打ちました。おとなしいうちに緊急CTと緊急MRIをとった結果、ヘルペス脳炎と判明しました。そして治療の甲斐もなく若くして亡くなられました。
こうしたことがあるから我々も救急で大変な患者は慎重です。でも、これを患者が拒否して不幸な転帰をたどった場合、現実は「説明義務違反」と「業務上過失」で犯罪者になってしまう世の中です。正直、こんな仕事やってられませんと思うのは仕方ありません。
ただの腹痛、ただの胸痛、ただの頭痛、ただの眩暈、失神というのは往々にして救急外来でも原因が分からないことの方がむしろ多いです。教科書的な診察、検査、処置を施し、原因が分からず、何かあったら来てくださいと帰宅させるようなその場しのぎになってしまう例が大半ですが、帰宅後亡くなられたというケースが後を絶ちません。ベッド状況から簡単に入院させるわけにもいかず、それに例え緊急入院したとしても、そもそも原因が分からないのですから結果は同じことです(取り柄は病院内急変として救命措置率が高くなるくらい)。多くの臨床医はこういう下手すると業務上過失致死になりかねない経験をしています。これをすべて犯罪にしてしまっては臨床医はやっていけません。そろそろ医学の基本知識に基づいて法曹界も対応すべき時期ではないかと考えております。医療事故というのはマスコミでは医療ミスと訳していますが、当然すべてミスではありません。ミスだとしても不確実性の行為の中から生まれるミスがほとんどで、すべての医師にあり得るミスばかりであり、どんな名医でも避けられる者ではありません。ましてや過誤以外の医療事故は基本的に避けようがない「仕方の無いこと」です。
これが我々の掲げる医師の免責と第三者中立調査機関による調査と行政処分の原点になっているのです。

>でも、これを患者が拒否して不幸な転帰をたどった場合、現実は「説明義務違反」と「業務上過失」で犯罪者になってしまう世の中です。

このようなケースでは、業務上過失致死罪は成立しないと思います。

溝を埋める努力という言葉が出ていましたが、医師側にも法律について誤解があると思います。

失礼、この場合は説明義務違反ですね。
でも、われわれがどの様な対応をしたらよいのか分からず、とにかく現場では混乱している、というのは事実です。マニュアルもありませんし。

話の流れとは関係なくて申し訳ありませんが、思いつくままに書かせていただきます。

再発防止という観点からは、個人に対するペナルティは望ましくない。このため刑事処分より行政処分、それもなるべく組織に対するものが有効ではないか。
たとえば紛争解決機関ではなく代理機関を作る。医療訴訟の被告はすべてこの代理機関とする。紛争時には病院側の情報はすべて代理機関に渡し、和解交渉・訴訟対応も代理機関が主体になって行う。また支払いも代理機関が負担することで萎縮医療を避ける。患者側は通常の民事裁判を通じて意見を述べ判決を受けられる。
全国の情報が一元化され、また、和解になったものの情報も集められることにより医療事故対策が向上する。インシデント報告の窓口と一本化すればより有用となる。大学病院・中核医療機関と連携して研究を行い、科学的なガイドラインの策定を目指す。個別の医療機関に対しては改善策の指導を行う。
事故を繰り返す、指導に従わない、あるいは紛争時に正確な情報提供を行わなかった医療機関に対しては行政処分を行う。行政処分は現在のように医師免許について行うのではなく、病院の運営に対して行う。具体的には、営業停止や設置許可の取り消しなど。過酷な業務態様やリピーター医師の放置については病院の管理の問題であり、個人への責任転嫁をやめ病院の運営そのものにペナルティをかけなければ改善は難しいのではないか。また、自治体などの無理な病院運営についても、国レベルの代理機関でチェックを入れることで改善を図る。地方では医師の逮捕が診療停止に直結している現実がある以上、病院自体の営業停止が診療停止と比べて患者負担が異常に増えるというわけではないだろう。
代理機関から一般市民への情報提供を行い、セカンドオピニオンなどの対応も考える。予算のめどが付けば無過失保障制度なども取り入れ、被害者のケアを充実させる。

なんだか寝言ですが(^^;

「医療崩壊」を読んでから色々医療関係について見聞きしている単なる
一般人です。

まず、前向きな意見ではないことをおわびしておきます。

医療再生はきわめて難しい問題だと、医療にたずさわっていないわたし
でも深く感じ入りました。

さまざまなお医者さんのblog等を見た限り、お医者さんは「誰かの
ためになった」ことを患者さんや患者さんの家族の方に感じてもらえる
ことが医療活動を続ける上での相当のインセンティヴになっている
と感じられました。もちろん金銭的なものがない、とはおもっていま
せん。

しかし、これは現実にはもうもどってこないでしょう。すくなくとも
半世紀は。なぜなら「本当に悪い医者」もどうしても一定以上存在
します。そして、仮に自分や家族が不幸な立場にたった場合、担当の
医療関係者が「本当に悪い」かどうかは、確かに訴えてみないと
わからないでしょう。現にこのblogで医療事故は原則刑事罰の対象外
とするという意見に対して非医療者からあった批判点はここでした。

ですので医療関係者による調整機関もうまく働かないと想像します。
なぜならば「身内によるかばいあいが「絶対」ないか」という批判が
容易に想像できるからです。これは悪魔の証明ですし、おそらく実際
問題長期的には0ではないでしょう。

医療関係者は「医者は基本的には技術にきびしい」とおっしゃ
られています。わたしもそうおもいます。でも、おそらく世間は
「完全にないのか?」と問うてきそうな雰囲気を感じます。なぜそう
感じるかというと世界でも類をみない周産期死亡率の低さを達成した
誇るべき日本の産科への驚くべき攻撃的な世論があるからです。

そうなるとどうしても一定以上は刑事訴訟がこれからも続くでしょう。
司法関係の方から「でも実際問題、民事にしても刑事にしても悪く
なければ裁判に勝ってますよ」という意見がだされていました。
たしかにそうだとおもいました。

しかし、これは医療関係者にとっては何のなぐさめにもならないでしょう。
特に刑事事件になった場合。何十日も拘留されて保釈金に2千万円
もかかって、無罪。「日本の司法は正しいでしょう?」といわれても
おびえない方がおかしいとおもいます。

仮に医療関係のトラブルは第三者機関が調査して、民事、刑事
ともその機関からのみ裁判にもっていける、ということに
なったとします。第三者機関は基本的には臨床関係者がメイン
で、司法関係者もサポートで入る、という今の医療関係者が想定
しているシステムができたと仮定します。その時の国民感情は
こうなるような気がします。「身内でかばいあって裁判すらおこせ
ない。高給取っているくせに」医療関係者への憎しみがいや増しに
増すような気がします。

まったく前向きのことがいえなくてすみません。本当にどうしたら
いいのでしょう?

非医療者さま

残念ですが、制度改革のタイミングとして最適なのは、一度今の医療制度が
崩壊して高額医療費に一般の方が辟易して、絶望したときです。
自分の身に降りかかるまで社会問題に興味を持たないのがこの国の国民の常
ですので、そこまではかなりのスピードで崩壊していくでしょう。

> 再発防止という観点からは、個人に対するペナルティは望ましくない。このため刑事処分より行政処分、それもなるべく組織に対するものが有効ではないか。
> たとえば紛争解決機関ではなく代理機関を作る。(No.168 と様)

大変、建設的なご意見です。
議論のために、他の掲示板等でも指摘されている問題点をまとめます。

1.再発防止を目標とするならば、<真相究明を第一目的とする>専門的調査機関が相応しいと考えます。
ご提案の「代理機関」は紛争解決機能に主眼をおくものであり、現状の民事訴訟制度をベースにしている以上、真相究明には必ずしも効果的ではないのではないかという疑問があります。

現在、訴訟が頻発している原因の一つに、民事・刑事訴訟の真相究明機能に対する一般人の過剰な期待(幻想)があると思われますので、専門的調査機関を作ることは急務です。

2.紛争解決を目的とするならば、中立的なADRのような形のほうが優れているのではないでしょうか。
代理機関は紛争解決手法の一つのあり方とは思いますが、
代理権限を集中させることは医療側にとっては個々の病院や医師個人にとって負担が減るというメリットがある反面、あくまで医療側の代理人という性格上、患者側にとっては公平な解決が図られるかどうかには、不安があります。
cf.多重債務問題の解決のために、サラ金業者が運営する貸金相談所へ行くことを勧める弁護士はいない。

訴訟手続面でも、管轄は代理機関本部のある東京一箇所ではなく、問題となった病院のある土地でよいか?というような疑問があります。

なお、こんなことを言うと、お医者様は憤慨されるかもしれませんが、民事上の個人責任を全廃すると、逆に、仕事に緊張感がなくなってミスが減らないのではないかという疑問があります。
代理機関の仕組みは、現行の公務員の国家賠償制度とパラレルですが、
公務員に対しては個人責任をほとんど追及されない(求償しているケースはまれ)ために、仕事がルーズに流れているという批判もあります。
また、被害者の感情的な問題として、医師が何ら不利益を受けないのでは気持ちが納まらないということがあります。
そこで、過失の程度に応じて金銭的ペナルティを課す(損害額とは必ずしも連動しなくてよい)というやり方はどうでしょうか?

3.刑事免責を明確にすること
医療機関側に情報提供義務を課すことにより調査権限の実効性を担保するというアイディアは良いと思いますが、
黙秘権との関係上、刑事手続きの資料に流用されないことの保障が必要と考えます。
福島事件では県の事故調査委員会報告書が、刑事訴追の根拠の一つとされました。賠償金を払う理由を作ろうとしたためか分かりませんが、医師に責任があるかのような曖昧な記述が、警察に利用されたのです。

医療行為は本来的に一定の危険を含んでおり、試行錯誤によるしかないため、結果を保証できないという性質があります。その中で個人の刑事責任を厳しく追及することはミス隠蔽に繋がり、真相究明や再発防止対策にはかえって有害ですから、刑事責任は制限されなければなりません。
そこで、医師の治療行為については、「故意や、故意に近い重過失の事案に限って刑事訴追する」こととして、通常の過失なら免責、できれば法律上もそのことを明確に規定するべきであると考えます。
もっとも、医師を完全に刑事免責してしまうというやり方は、一般国民の理解が得られないでしょう。
有責性のハードルを上げることについて、法律家は一般に例外を設けることを嫌いますが、
裁判官の行為の国家賠償責任(民事ですが)については、判例によってお手盛り的に責任を制限しているのですから、人のことを言えた義理ではないと思います。

刑事責任の合理的な範囲への制限は、法律制定を待つまでもなく、検察官の起訴便宜主義を的確に運用することによって、今すぐにでも実現できます。そのためにも検察庁内部できちんとした方針を立てるべきです。

>YUNYUN さん

>刑事責任の合理的な範囲への制限は、法律制定を待つまでもなく、検察官の起訴便宜主義を的確に運用することによって、今すぐにでも実現できます。

 これは可能性のある話なのですが、この案を実行した場合、検察審査会との関係が浮上してきます。

 世論が支持しなければ、不起訴不当、場合によっては起訴相当の議決が連発される可能性があります。

 簡単なことで、難しいことですが
 医師を信用できないという世間の認識を変えることです。数十年〜数年前までは医師も教師も官僚もみんな「先生」といわれある種の敬意を持って扱われていました。

 医療不信が広がったのは医療事故が増えたからでしょうか?

 私はそうは思いません。マスコミの盛大なネガティブキャンペーンに権利意識が増大した国民が乗せられてしまったからだと思います。白い巨塔などのドラマから報道に至るまで医療事故・過誤の被害者?の視点のみから偏向した情報を流したり、医師がいかに給料がいいか(若い時期無給で働いていることや福利厚生、年金などの社会保障が無いこと、時間給ではいくらかは無視)うその情報を数字のトリックで垂れ流しているからです。

 医療事故・過誤に合われた方が感情的になるのは仕方ありません。しかし国民全体が感情的に同調してよいのでしょうか?

 対策としてはマスコミが医療関係報道の姿勢を見直すこと、国民に義務教育のうちから生命・死についての教育、適切な受診行動についての教育を行うこと、そしてなにより全体のモラルを向上させることだと思います。とはいってもマスコミは資本提供のない医療側に簡単についてくれないでしょうから、地道ですがブログ等で情報を発信し、賛同した人がどんどん輪を広げていくしかないかもしれません。

 「医療は限りある資源で大切に扱う必要があること」をしっかり自覚するのです。

 前も書いたことですが、良い医療は国民全体が育てていくものです。現場に全責任を押し付けるのではなく、行政・司法・国民がそれぞれ責任を果たす自覚をもたなくてはいけないと思います。

 
 それから刑事事件化については日本以外の諸外国では原則刑事免責です。訴訟大国アメリカでさえそうです。突き詰めれば一人の悪徳医師を排除することのために萎縮医療→医療崩壊をきたすことのデメリットが冷静に判断できているからでしょう。

 アメリカでは3日不眠不休の勤務後に患者さんを診察せず投薬し患者さんが亡くなってしまった事件が起こったとき、報道関係者であったご家族はその研修医本人を訴えず、病院のシステムを訴えたそうです。それ以来アメリカでは多くの病院で連続勤務を廃止しています。日本と違って休むときはしっかり休むことがプロフェッショナルとしていい仕事をするために必要だと教育されています。


 どなたかが、現状の医療崩壊の状況をタイタニック号が沈むときに例えていてうまい例えだと思いました。
 いくら叩いても現状の医療は維持されると一般の方は思っています。でも医療従事者は沈むことがわかっています。

 医療側だけが叫んでも何も変わりません。いろいろなブログをみて真実を見極めて一緒に動いてください。 今度は国民の動く番だと思います。

>非医療者さん

 誤解かも知れませんので一応。保釈金は、裁判所に「預ける」お金であって、逃亡せず裁判に出頭し、裁判が終われば全額返還されます。御存知でしたらごめんなさい。

 また、その金額は被告人の財力を基準にして決めますので、医師であろうが経済的に余裕がなければ低額になりますし、医師でなくとも富裕な被告人であれば高額になります。一般的な年収であれば150万〜200万程度が標準です。2000万円の保釈金というのが実例を念頭に置いての発言かどうかは分かりませんが、実例だとしたら、相当に経済力のある被告人だったのでしょう。

 身柄拘束については、個別のケースについての当否は議論されて然るべきですが、一般論をいうと、証拠の隠滅や口裏合わせを防止する必要性とのバランスを考慮する必要がどうしても出てきます。医師や医療関係者の事件については、最も重要な証拠の一つであるカルテや各種の検査結果についての偽造・改竄を防止する必要が極めて高いこと、現に、これまで少なくない改竄が行われてきたこと、医師が部下の医師や看護師に口裏合わせを依頼ないし強要する可能性があること、といった事情を考慮して、拘束の可否及び期間を判断することになろうかと思います。医師についても身柄拘束がやむを得ない場合もある、ということは申し上げておきたいのです。なお、被疑者段階で逮捕・勾留(最大でも3週間強です)された医師が、裁判の継続中ずっと被告人として勾留されたという事例は多くないと思います(少なくとも私は知りません。勿論、医療過誤についての刑事責任を問われたケースについて、です)。

「第三者機関」の難しさについては同感です。現在の鑑定でも、その信頼性を高めるための工夫(医療機関の意向を反映した鑑定人の人選、医師も参加した医事関係訴訟委員会による鑑定人の推薦、複数の医師によるカンファレンス型鑑定等)は可能な限りなされていると思うのですが、それでも、医師である鑑定人の結論が全然なっていないと批判される医師の方も大勢いるようです。これだけ工夫を凝らした上で慎重に鑑定を実施しても批判が出る(ここにおいでの医師の方から言わせると、「鑑定人となった医師が、医学的におかしな鑑定意見を出す」)ことを考えると、単に「第三者機関」なるものを準備したから万事うまくいくということはあり得ないようにも思います。

何度かあった、「鑑定人をするような医師は現場の苦労なんてい分かってない」的なご意見は、多分そういう面もあるのだろうと同感できる部分もあるのですが(医療に限らず、「お偉方は現場のことなんて知らない」という愚痴はどこでもあるものですし、ある程度は真実なのでしょう)、ただ、「それではどうすればいいのか?」という問題は残ったままです。上にも書きましたが、裁判所や訴訟当事者としては、鑑定人として適切と思われる人を選任しようと、病院や医師から人選してもらったり、医師を含んだ専門委員から推薦を得たり、あるいは、その診療科の専門誌に問題となる論点についての論文を発表した医師や、当該手術について多数の経験を持つ医師に一本釣りで頼んだりしているわけですね。それでもトンチンカンな、トンデモな医師がどうしようもない鑑定をするというなら、医療の専門家ではない法律家はどうやって「トンデモでない」医師を探せというのか、ちょっと見当がつかない気がします。それよりも、そうした適切な手続を踏んで選任された医師が中立的な立場から出した鑑定意見を原則として尊重した方が、よほど建設的だと思うのですが・・・・・。鑑定人になる医師って、そんなにトンデモな人が多いのでしょうか。極めて疑問です。


 東京女子医大事件で一審無罪になった先生が、紫色の顔の友人を助けたいというブログをもっていらっしゃいます。

 そこで月収30万なのに最初1500万→2000万円の保釈金を要求されたということが記載されています。

 世間の思い込みと違って大学にいる若い医師は最初無給だったりしてほとんど貯金が無かったりするのですが。。。。。

鑑定人になる医師って、そんなにトンデモな人が多いのでしょうか。       ×
鑑定人になる医師って、そんなに現場を知らない人が多いのでしょうか。    ○

FFFさんもこれ系のエントリたくさん読んでるんだから、そろそろ覚えてくださいな。
何回も出ましたよ。

>FFFさま

保釈金の件、法律関係者ではありませんので、どこまで、といわれますと
あやしいですけれど、返還されることくらいはおおよその人は知っている
のではないかと存じます。ただし、現金が必要で、返還される際、利子が
つかないことのさみしさを実感している人は少ないのではないか、と愚考
します。

2000万円につきましては元研修医さまの件を参考にいたしました。
1500万円から2000万円になった理由は「医師だから」だそうです。
もちろん、「本当」かどうかはわからないですが。

身柄拘束について。
わたしが絶望しているのはFFFさまのおっしゃることがまったくそのとおり
だからなのです。件の東京女子医大事件の被疑者の方は「無罪」でした。
「無罪」なのに拘束される例があるのです。

最大3週間なのも存じております。問題はここではないのです。
「3週間くらいがまんしてください」ということに医療関係者が納得するか
どうか、なのです。無罪で、でもですよ。

個別の例ではおかしなこともある、とおっしゃられるかもしれません。
わたしもそうおもいます。世の中に完全はないですから。

だからこそ絶望的なのです。「まれに(確率的でもいいです)不幸な事例
もありますよ」を受け入れよ、と医療関係者に言ったとして、「まれに
どうしようもない医療での死もありますよ」は世間には受け入れられて
いない医療関係者が逃げ出さないとお思いでしょうか?
そのような環境で「まあ、高給とっているんだからがんばってください」
といえるのでしょうか?

医療事故、医療関係の訴訟、今のところどちらもマクロで見れば少ないと
おもっています。わたしが絶望しているのは「どうおもうか」なのです。

FFFさま、一生懸命がんばって、がんばったことがうまくいかなくて、
落ち込んで、「うまくいかなかった」ことを理由に刑事訴追されて、
3週間拘留されて、2000万円の保釈金払って、無罪になって、
「ああ、日本の司法はやっぱり正義だなあ」と前向きに生きていけますか?

この件の難しさは逆方向にも言えるからなのです。「医療的には問題なかった」
といっていて、裁判になったら実は違ったという例は「ゼロ」ではありません。

わたしが難しいとおもうのはこの「疑心暗鬼」への対応なのです。

以前にも書き込みましたが医療崩壊のもうひとつのパターンとして診療拒否があると思います。確か診療拒否には罰則規定がなかったように思いますが。
面と向かって診療しませんというのではなくても、\賁臉が違うと言って紹介状を書く、⊃頼関係が保てないからと言って他の病院を紹介する、積極的治療、ハイリスクな治療は行わない(うまく理由をつければ消極的医療に関しては訴えられる可能性がかなり少ない)というようなことが考えられます。いずれの場合も言葉では穏やかですが患者側にとっては医療を受けられないのに等しい状態だと思います。ある病院で断られた患者が他の病院でより良い治療を受けられる可能性は極めて低いと思います(都内の超医療密集地を除いては)。もちろんこれまではほとんどの医師が古くからある医師の使命感に基づいて平等に治療してきたと思います。(家族がクレーマーなどの理由で差別したことほとんど見たことがありません。)収益的にも変な患者1人(家族を含めて)に関わるより、楽な患者を3人診るほうが良いのです。
例えばロスの手術などやらずに(小生は外科医ではありませんが)、他の病院に送れば良いのです。収益的には他の開心術とさほど変わらないでしょう。田舎の病院でロスの手術を成功させても、出世や昇給も全く関係ないと思います。むしろ、功名心というより、向上心や使命感が裏目に出たのか?

また最近では夜間当直2次救急で(3次救急はこの限りではありませんが)、他の重症患者や入院ベッドの状態などを理由に救急車や電話での受診希望を断っても、院長や部長などから厳しく言われることもかなり少なくなったように思います。新しく臨床研修制度が始まり、医局制度(古い上下関係や師弟関係)が少しずつ崩れかけているのもその一因かもしれません。

FFFさん>
「鑑定人になる医師って・・・」
割りばし事件をみても卒後3、4年目の医師の当直の診療を脳神経外科学会の会長が評価するのって。。。どうでしょう?もし過誤があるとすれば、医師が悪いのではなく当直させている病院に問題があるのでは?

>レガートゥスさま

イギリスの例をみますと、究極に崩壊しますと再生には1世紀
はかかるのではないかと愚考します。

人は相手を悪くみようとおもえばまったく同じ態度でもいくら
でも悪く見えるものです。逆に信頼関係があれば「過誤」なら
許されるでしょう。

医療が完全に崩壊した後、患者の怒りや多くの人の医療への憎
しみはそういう状況をつくった立法、行政ではなく現場の医師
に向かうのではないかと想像してしまいます。

> レガートゥスさん

 どちらも同義だと思いますが・・・・。鑑定で問われるのは、「その医療行為がその医療現場において適切といえる水準のものであったか」ということであって、「望みうる最高にして完全な医療行為であったかどうか」ではありません。当然、現場で可能なこと、臨床実務に要求できることを前提としています。にもかかわらず、鑑定人たる医師が現場では実現不可能な机上の空論を展開しているのだとすれば、その鑑定人は鑑定の趣旨を正しく理解できない、困った人と言わざるを得ないでしょう。

 ここにおられる医師の方に言わせると、鑑定人たる医師は現場を知らず、実情に合わない意見を出しがちだということですが、中立的な医師、あるいは被告側の医師も関与して鑑定人となる医師を選任しているのに、場合によっては複数の医師によるカンファレンス形式で鑑定意見を出しているのに、どうしてそんな事態になるんでしょうね、というのが私の素朴な問題意識です。レガートゥスさんの表現に従って、「鑑定人になる医師って、そんなに現場を知らない人が多いのでしょうか」と言い換えても構いませんが。

 ちなみに、鑑定書の冒頭や末尾には、その鑑定人の経歴が記載されていることが通常です。自分から見る限り、鑑定人は須らく病院勤務を経験して臨床経験を有しているように見えるのですが、例えばどのような経歴だと「現場を知らない」ことを推認できるのか、良かったらどなたか教えてください。

>医療が完全に崩壊した後、患者の怒りや多くの人の医療への憎
しみはそういう状況をつくった立法、行政ではなく現場の医師
に向かうのではないかと想像してしまいます。


 そうですね。今の風潮はすべて医師が悪いの一点張りですから。
でもそうしたら医療は崩壊ではなくて消滅するかもしれません。

> 非医療者 さん

 無罪でも拘束される例がある、というのはその通りです。無罪判決が確定した場合、拘束された被告人が納得いかないことは当然でしょう。拘束の期間がどうであれ、全く納得できないと思います。救済制度として刑事補償等はありますが、甚だ不充分であり、今後これらの制度の拡充が必要と思います。

 もっとも、「有罪であることが確定しないと身柄を拘束できない」という制度では社会が成立しないことが明らかである以上、「拘束された人が、結果として無罪とされる場合があること」は、社会のコストとして我々が等しく受忍しなければならないところです。不幸な事態ではありますが、同時に、避けられない現象でもあるのです。そうした現象を極限まで少なくする努力は当然しなければなりませんが、いかに努力を尽くしても、最終的にゼロになることもないでしょう。冷たい言い方に聞こえるかも知れませんが、制度上、そういう不幸な場合もありえるとしか言いようがありません。医師の方が、「まれにどうしようもない医療での死もありますよ」と仰るのと正に同様です(自分は、そのような認識が社会に受け入れられていないとは全く思いませんが。)。

患者のために一生懸命頑張っているのに訴追される可能性がある、という心情は理解できますが、医師特有の問題とも思えません。この例えは不評でしたが、運転手の方は普段から乗客の安全を考えて職務にあたっているけれども、不注意で事故を起こしたのであれば訴追されます。保育士は園児の安全を気遣っているでしょうが、不注意にも目を離したことで事故が起きれば責任を問われます。弁護士や税理士、会計士が顧問企業のためと思ってした行動でも、不正や不注意があれば各種の責任を追及されます。訴訟リスクは、程度の違いはともかく、医師以外の職種にも存在します。近年、医療界での訴訟リスクが高まってきたことは事実でしょうが、それは、追及されるべき責任が追及されてこなかった従来の病的な状態から、場合によっては法的責任を追及されうるという正常な状態に移行しつつある、と評価することもできます。

> > 刑事責任の合理的な範囲への制限は、法律制定を待つまでもなく、検察官の起訴便宜主義を的確に運用することによって、今すぐにでも実現できます。

> これは可能性のある話なのですが、この案を実行した場合、検察審査会との関係が浮上してきます。
> 世論が支持しなければ、不起訴不当、場合によっては起訴相当の議決が連発される可能性があります。(No.172 モトケン様)

確かにその問題があります。
昨今の世論は、何につけても「犯人捜し」をして誰かを血祭りに上げなければ気が済まず、もはや集団ヒステリーの気味がありますから、その危険は十分考えられるところです。
しかし、検察審査会の意見には法的拘束力があるわけではなく、検察官は公益の代表者として、無知蒙昧な意見には耳を貸さず、法の正しい執行に尽力してもらわねばなりません。そのために彼らは税金から高給を取っているのですから。
日本社会で刑事被告人にされることの不利益の大きさを考えれば、「無罪になると思うけど、一応、世論をなだめるために起訴しとこか」というような安直な起訴は、絶対に許されないのです。

検察審査会の決定に反して検察庁が不起訴を貫いた場合、新聞テレビ等で批難されるかもしれませんが、
不起訴を決めた検察官個人にとっては、上司の決裁を得た処理について庁内で責任を問われるいわれはないし、民事・刑事の責任を負うわけでもないので、そのくらいは辛抱してください。
どうせ、マスコミは移り気なので、75日と言わず30日くらいで、ほとぼりは冷めることでしょう。

>FFFさま

ご教授ありがとうございます。わたしを含め、このblogに書き込みをなさっている医療関係者の方々もFFFさまの論はまったくそのとおりだとおもっているとおもいます。

論点はそこではないのです。その意見が正しければ正しいほど命にかかわる医療にたずさわらないことが「合理的」になってしまうところにあるのです。

そしてFFFさまのおっしゃる「正しさ」を医療を守るために「ゆがめ」たらますます医療関係者に対しての怒りがつのり、結局は「医療を守る」ことにならないのではないか、と心配しているのです。

ひとつ質問があります。

>「まれにどうしようもない医療での死もありますよ」と仰るのと正に同様です(自分は、そのような認識が社会に受け入れられていないとは全く思いませんが。)

では、なぜ産科のお医者さんが社会問題になるほど減ったとおおもいでしょうか?

> 元研修医さん、非医療者さん

 保釈金が2000万円とされたとの記事、読んでみました。

 保釈実務では、弁護人と裁判官が面談して保釈の可否や保証金の額について意見を交わすことが多いのですが、当該ブログを見る限り熱心な弁護活動をしておられる弁護人のようですから、そのケースについても面談が持たれ、その中で、被告人の収入について弁護人の立場から具体的に説明がなされたものと推測します。したがって、裁判官としては、弁護人の説明を前提にしても、事件記録に現れていた一切の事情を考慮して、2000万円という金額が妥当であると判断したのでしょう。もちろん、その事情が何なのか、その裁判官の判断が正当だったのかどうかは知りようがありませんが、「医師だから2000万」と単純に決めたわけではないと思います。保証金の額は、職業によって決まるものではありませんので。医師や社長でも安いこともあれば、サラリーマンでも高額な場合もあります。

 FFFさん、 
 医師の刑事告訴で無実の人が拘束されることと医療事故の不可避を同レベルで語って欲しくないと思います。

 ^緡纏故→医療介入しなければ死亡又は予後が良くない。医療を行わないことは患者さんの死亡・予後不良を意味する。最初から結果は保証できない。あくまで確率論でしかいえない。確率的に事故が起こるのは不可避。(例)世界中で産婦死亡率を0にできた国はない。

 逮捕→逮捕・拘束しないことは可能。そうしなかったからといって誰も死なない。

 医療事故・過誤を0にはできなくても限りなく0に近づけることはできます。それは事故・過誤の原因を厳しく検討してシステムを改善することです。刑法では被告人は自分に不利な発言はしなくていいように憲法で保障されていますよね。医師も例外ではないはずです。このこと自体で刑法で医療事故・過誤を裁く矛盾といえませんか。

 日本以外の先進国で医療事故・過誤は原則刑事免責です。FFFさんはこのことをどう考えられますか。
 何度も言うようですが、結局リスクとベネフィットの関係で、司法が医療を刑事事件として裁くことの限界を自覚し、一人の悪徳医師を罰することと萎縮医療→医療崩壊を天秤に掛けてこうなっているのではありませんか。

 日本の司法は自分の限界を認めないのですか。多大なリスクを引き受けても原則に従う、つまり国民のために法律があるのではなくて、法律のために国民があるのでしょうか。

FFFさん>
>ちなみに、鑑定書の冒頭や末尾には、その鑑定人の経歴が記載されていることが通常です。自分から見る限り、鑑定人は須らく病院勤務を経験して臨床経験を有しているように見えるのですが、例えばどのような経歴だと「現場を知らない」ことを推認できるのか、良かったらどなたか教えてください。

割りばし事件の鑑定医の脳神経外科学会会長、大野病院の鑑定医の新潟大学のT教授、産婦人科学会会頭(専門は腫瘍)などの方々が実際に当直業務に携わったり、前線でお産に立ち会うなどあまりにもありえないのでは。
いずれにせよ教授や学会の会長を現在されている方々はあまりにも現在の(10年前ではなくて)日常臨床とはほど遠いのではないかと。実際、大学教授なんて臨床やらずに論文書いている人が多いのです。救急当直は下っ端がやる仕事です。

>冷たい言い方に聞こえるかも知れませんが、制度上、そういう不幸な場合もありえるとしか言いようがありません。

結局、医師の保身のためには、訴訟に巻き込まれたくなかったら、難しい症例や特にクレーマー家族に対しては萎縮医療や診療拒否(許される限りで)をしたほうが良いということですか?

 それから福島の件では、これを知った全国の臨床医が震撼しました。誰も他人事と思えなかったと思います。この基準で裁くなら臨床医がお縄になるのは日常茶飯事のことで道で交通事故に遭うよりずっと高い確率だと思いますが。

 それに最近のヽ笋衄ぁ↓⊇子医大、青戸、な‥隋,農銚佑判子医大のカルテ改ざんした人以外は無罪判決済みまたは無罪が予想されますよね。これでも「0にはできない」と言えるほど、有意ではないと言い切れるほどの誤差ですか?

 割り箸後の小児救急からの撤退、福島後の撤退、のことは司法的には無視できることですか。

 このままだと医療介入すれば50%は救えるけど、結果が悪かったら逮捕だと思えば介入しないでしょうね。

嫌ならやめろ、というレベルの問題では無くなっています。


 

またこの流れですか。
FFFさんは法律的に正しいとか正しくないとかの話から出てこないんで
判決の及ぼす悪影響とか、社会影響的なことは語れないんですよ。
それで前エントリが一時建設的でない流れになったんですから…いい加減
法解釈の話はもういいんでシステム論について意見はないんでしょうかねぇ。
このままでいいと言うんなら、それはそれで構いませんが。
現に影響がたくさん出ているのに、法律的に正しいからこれでいいのだ!
的な発言はもう結構。

>YUNYUN様

私の思い付きに対し詳細に検討していただき恐縮です。いくつか補足させていただきます。

>1.再発防止を目標とするならば、<真相究明を第一目的とする>専門的調査機関が相応しいと考えます。
ご提案の「代理機関」は紛争解決機能に主眼をおくものであり、現状の民事訴訟制度をベースにしている以上、真相究明には必ずしも効果的ではないのではないかという疑問があります。(略)

裁判を肩代わりする(さらに支払いをする)と言うのは相当に情報を集めるインセンティブになると考えました。また、一般的な対策を決めるには、匿名の情報を集めたほうがより真実に近くなることがありますが、問題を起こした個々の病院に指導するのは当事者であったほうが良いと考えたためです。

>2.紛争解決を目的とするならば、中立的なADRのような形のほうが優れているのではないでしょうか。
代理機関は紛争解決手法の一つのあり方とは思いますが、
代理権限を集中させることは医療側にとっては個々の病院や医師個人にとって負担が減るというメリットがある反面、あくまで医療側の代理人という性格上、患者側にとっては公平な解決が図られるかどうかには、不安があります。
cf.多重債務問題の解決のために、サラ金業者が運営する貸金相談所へ行くことを勧める弁護士はいない。

Yosyan先生が第三者的な機関について検討されていますが、その人選が難しいとおっしゃっていたと思います。ならばいっそのこと一つの組織にまとめるのはやめ公開裁判の形を残そうと言うのが今回の思いつきであります。

>訴訟手続面でも、管轄は代理機関本部のある東京一箇所ではなく、問題となった病院のある土地でよいか?というような疑問があります。

公的な全国組織になると思いますので、現在の国賠訴訟のように全国で起こせてしかるべきだと考えます。

>なお、こんなことを言うと、お医者様は憤慨されるかもしれませんが、民事上の個人責任を全廃すると、逆に、仕事に緊張感がなくなってミスが減らないのではないかという疑問があります。(略)

基本的に労働災害は労働者に対するペナルティ強化では防げないと言う認識があります。また、原案で申し上げたように行政罰を活用しようと考えましたので、間接的に圧力がないわけではありません(病院に対して迷惑をかけるなと言うかたちで、必要な手順の遵守等に関する締め付けは厳しくなると思います)。

>また、被害者の感情的な問題として、医師が何ら不利益を受けないのでは気持ちが納まらないということがあります。
そこで、過失の程度に応じて金銭的ペナルティを課す(損害額とは必ずしも連動しなくてよい)というやり方はどうでしょうか?

被害者心理については詳しくないので、どのような対策がよいのかわからないと言うのが正直なところですが、基本的には刑事罰から行政罰への転換が私の提案です。

>3.刑事免責を明確にすること
医療機関側に情報提供義務を課すことにより調査権限の実効性を担保するというアイディアは良いと思いますが、
黙秘権との関係上、刑事手続きの資料に流用されないことの保障が必要と考えます。(略)

刑事罰から行政罰への転換ということで患者側の理解を得られれば刑事免責を実現する方向になるかもしれません。交通事故などでもそうですが、専門性の高い分野ではまず行政罰をおこなうことで、より柔軟で効果のある処分となっていると思います。以前民473様がマネージメントの問題とおっしゃいましたが、マネージメントへのペナルティと言うのも行政罰の方が効果的に対応できるのではないでしょうか(ここら辺はあまり確信ありません)。
そして行政罰を行う側に事件の尻拭いをさせることでインセンティブにしようと考えました。

以上拙いものですが、よろしくお願いいたします。

FFFさんへ

鑑定医、協力医の問題点について

医療訴訟の弁護士さんと話をすると、いかにそれをやってくれる医師が少ないかという話になります。実情を見れば当たり前だと思えますし、そしてそれが問題点に繋がっています。

裁判所がありがたがる高名な教授等。裁判所からの鑑定依頼は彼らにいくことになります。しかし教授になれるかどうかは、臨床経験臨床能力とは全く関係がなく、研究成果(ネズミ等での基礎研究の価値>>>臨床研究の価値)でのみ決まり、さらには教授になってしまうと、さらに臨床から足が遠のくので、臨床の現実に対する知識感覚は期待できないとはっきり言えます。(さらに言えば、学会においては一度出した意見は、けっして曲げないという能力も、教授の素養の一つです)
その鑑定の報酬は、それ程悪くないようですが、裁判所に原告が意見書として出す鑑定、裁判準備のための協力の報酬は低いと聞いています。また、その募集は多くの医師の目に止まるようにはなっていない。申し出の後もいろいろと面倒な手続がある。実業だけで人を助ける充実感ではお腹いっぱいの医師が、又は、優秀であることと忙しいことが相関している医師が、それらを乗り越えて協力するということがどれだけ特殊なことか考えてみてください。
それではどんな動機で医師は協力医になるのでしょうか。2つ考えられると思います。一つは、裁判を傍聴する人のように、医療裁判に対する興味から参加する医師です。将来のダブルライセンスを考えてという場合もあるかもしれませんね。この場合は、公正な仕事をすると思いますが、継続するということではちょっと弱い動機かもしれません。
もう一つは、権力欲や功名心、政治的意図などによるものです。こんなことを書くと、判例ウォッチングをしている医師なら、あの医師のことだなとか、あのグループのことだなとすぐにピンときます。要するに実例実害があるということです。公正ということは全く期待できない(彼らに比べれば論文教授の方がはるかにマシですけどね)わけですが、依頼者の利益ということで、司法のシステムとしてはありなのでしょうかね。逆に公正な医師よりももてはやされている可能性もあります。(同じような話で、医師の共通の認識として、マスコミに出たがる医師は、マスコミに都合のいい意見を言うから出ているのであって、現実的には全然ダメという話があります)

ところで医師は裁判所の求める鑑定と、原告等が個人的に出す鑑定と区別がついていない人も多いので、ちょっと議論が噛み合わなくなる場合があるので気をつけてください。多くの医師が問題にしているのは、原告や検察から求められて意見を言う功名心医師に関してだと思います。実際裁判官は功名心医師に騙されています。

以上、ご理解いただけたでしょうか。

「鑑定医、協力医の問題点について」元行政さんがお書きになっていますが、私の見聞きした所を、再度、お書きしてみます。

まず、「鑑定書」は裁判所が正式に鑑定人に依頼するものですから、その内容には、それなりの公正中立性が要求されると思います。

一方、原告から出されるものは「鑑定書」じゃなくて「意見書」ですから、これは言ってみれば、どんなに原告寄りであっても良い訳でして、被告も、医師会とか母校の伝で、被告に有利な「意見書」を出せば良いだけです。

そこで裁判官は、この「鑑定書」と二つの立場からの「意見書」を見比べて判示なさるのでしょうが、原告側からすると、公正中立であるはずの「鑑定書」が、どうしても身内ひいきの(つまり被告よりの)ものである所に大きな不満があります。

また、原告(その弁護士さん)が、原告の立場の「意見書」を書いてくれる医師を一生懸命に捜しても、独力ではなかなか見つからないので、どうしても「あのグループ」に依頼が集中します。その結果、「権力欲や功名心、政治的意図などによる」と言われるような誤解も生まれてくるのかと思います。

普通の医師は、一面識も無い原告のために「意見書」を書いてくれと言われても、無下に断ると思いますよ。反対に、クレーマー患者に訴えられているので「こんな意見書」を書いてくれ、と大学病院の教授や病院長から頼まれたら「それは大変ですね」とか何とか言って二つ返事で引き受ける医師は沢山居るんじゃないでしょうか。

一般には、ここらあたりもアンフェアーだと映るのかも知れませんね。

>被害者の感情的な問題として

案外、被害者としても、米国のように州ボードの処分によって年間1000人以上の医師が医師免許を剥奪されるというような厳しい行政罰が科せられるのなら、実際には有罪でも執行猶予、年せいぜい10件20件の刑事処分より納得がいくと思います。患者側には「二度とあの医師にはメスを握らせたくない」という思いが強いそうですし。ボード構成委員の大部分が医師だそうですから、処分の基準の専門性という意味でも問題はないでしょう。
ただ民事の方は仕方ないのでは。日本以外の先進国でも医師の民事上の責任を免除してる国は無いと思います。この場合も例えばドイツの州医師会による鑑定委員会のようなものを作るという方法もあります。患者側にしてみたら鑑定委員なら民事裁判と違って一切経済的負担は掛からないですし、過誤認定率も30%台と少なくとも日本の民事とほとんど一緒、過誤が認められれば損害及び慰謝料も払われる、と結果はほとんど一緒で民事のような負担がないというメリットがある。ドイツでは鑑定委員の結果に不満で民事裁判に訴える患者は10%に抑えられているそうです。委員の構成は州によって違うようですが、必ず紛争の対象となった専門領域の医師を含めるなどの配慮もあるようです。
こういった処理をするとき必ずある批判が「仲間内でかばい合ってる」というもので、実際、米国でもドイツでもそう言った批判は根強くあるそうですが、一方で、近年両国ともに同業者に厳しい処分の判断を下す医師が多いことも事実のようです。

> 元研修医さん (No.186のコメントについて)

 御指摘の△砲弔い討蓮誤解があるように思います。 

 逮捕等の身体拘束をしないという法制度を選択した場合、証拠の隠滅や被疑者の逃亡が横行することとなり、その被疑者に対する公正な裁判が不可能となります。結果として、その被疑者による再犯で誰かの生命や財産が侵害されるかも知れませんし、「犯罪を犯しても、裁判を受けずに逃亡したり、証拠を隠滅すれば罰せられない」という認識が広まり、社会の安全が崩壊することにもなります。したがって、逮捕等の身体拘束をしないという選択は、現実問題としてあり得ないことと言わざるを得ません。そうしなかったからといって誰も死なない、という認識は間違いと思います。

 それから、医師が医療行為について刑事責任を問われた際も、黙秘権、供述拒否権は当然のことながら保障されます。したがって、刑法、刑事訴訟法で医療過誤を裁くことが憲法に反するということはありません。
 
 「日本以外の先進国で医療過誤は刑事免責」という点については、現在勉強中ですので、ひとまずペンディングにさせて頂きます。一定の条件下に刑事免責するという法制度を採用している国や州があるのか、それが「原則」といえるのか、その功罪や運用実績はどのようなものか、要領よくまとめた文献等があったら御教示ください。

 司法の限界という点についてはちょっと趣旨をつかみきれませんが、「一人の悪徳医師を罰することと萎縮医療を天秤にかける」という部分は疑問を感じています。過誤や犯罪があった場合(あるいはあったと疑われる場合)、それを捜査し、あるいは訴訟で問題点を明らかにすることによって是正を図るべきことは当然です。司法がその役割を放棄した場合のリスクは、「あまりに低レベルな手技、医学的に明らかに誤った診断、薬剤や臓器の取り違え等によって患者を死傷させても何ら処罰されない医師」による被害の再生産であったり(※)、いかなる過誤を犯しても決して処罰されないという特権を付与されたことによる医師全体のモラルハザードであったりすることが予想され、決して小さいとは思えません。

※ そうした医師を医療界自身が発見・排除してこなかったばかりか、むしろ、司法判断を待って資格停止等の処分を下してきたことは周知のとおりです

 ところで、専門的な領域に対する捜査、司法判断というのは、何も医療界に限ったことではありません。証券・金融等についての精緻な知識が必要になる経済事件や、土木建築工学上の判断を要する欠陥建築物に関する事件、税務会計の複雑な論点が生じる租税事件等がその代表です。こうした事件については、私の知る限り、「日本の金融実務全体に悪影響が生じるから、検察は、金融機関経営者による特別背任事件を捜査すべきでない」とか、「建築士の多くは善良でクライアントのために一生懸命頑張っているのに、アネハ氏を訴追すると萎縮効果が生じてしまう」といった論調は殆どないように思います。医学については、他の専門領域と決定的に異なる何かがあるのでしょうか。

 なお、いずれの点についても、どこかで回答が既出でしたらごめんなさい。最近書き込みが多くて、全部のエントリを仔細に読む余裕がありませんで・・・・。

こういう場所でのやり取りをしていますと全く拠って立つところの違う人々の間で相互理解なんておよそ不可能なのじゃないかという気になってきますね(苦笑)。

それはともかく、今週号の週刊文春で「ウイルス進化論」の中原英臣氏「病院のドル箱 終末医療9000億円を考える」という記事が載っています。中原氏は基礎研究者ですが世間的には医者としての立場から発言していると認識されているだろうことを考えますと、こういう記事も更に興味深く思われますがいかがでしょうか。

鑑定人の件に関しては名前だけのセンモンカは勘弁というのが現場の共通する認識ではないかと思います。臨床経験豊富なプロフェッショナルに依頼をということになりますとどうしても医師の労働環境の問題に思いを致さざるを得ません。最前線の医者が少しだけでも他者に思いやりを発揮できるほどのゆとりを持てるようになることが結局は医療の質の保証につながるのではないでしょうか。
現状ではそのためにもっとも近い道のりが医療崩壊であろうという予想を覆す材料をいまだ得られないのは残念ではありますが…

>FFFさま

>運転手の方は普段から乗客の安全を考えて職務にあたっているけれども、不注意で事故を起こしたのであれば訴追されます。保育士は園児の安全を気遣っているでしょうが、不注意にも目を離したことで事故が起きれば責任を問われます。弁護士や税理士、会計士が顧問企業のためと思ってした行動でも、不正や不注意があれば各種の責任を追及されます。

すべての例示に「不注意」(一部に「不正」)がありますね。たとえば「不注意」や「不正」がなくても、一定の頻度で妊婦の死亡は発生し、0には出来ません。このように「不注意」や「不正」もないのに責任を追及される事について問題があるのです。FFFさんは医療事故に「不注意」(もしくは「不正」)がある事を前提にしていますが、「不注意」もしくは「不正」があった場合と、そのどちらもない場合とを区別して議論していただけないでしょうか。

自分の意見としては以下の通りです。
「不注意」も「不正」もなかったが起きてしまった医療事故に関しては、「刑事」「民事」とも免責にされるべきです。
「不正」を行った事に関しては免責を与えるべきではありませんし、何らかの社会的ペナルティ(刑事罰を含む)が与えられるべきと考えます。
「不注意」に関しては関しては、システムで防げるものなのかの検討を行わない限り、繰り返される危険があります。今後の事故を防ぐためであれば、「刑事」は免責にして原因究明を優先させるのが合理的です。「不注意」に関しての「民事」については全て免責にすべきとは思いませんが、何がいいのか自分ではまだ答えが出せません。

>「日本の金融実務全体に悪影響が生じるから、検察は、金融機関経営者による特別背任事件を捜査すべきでない」
>「建築士の多くは善良でクライアントのために一生懸命頑張っているのに、アネハ氏を訴追すると萎縮効果が生じてしまう」
このどちらも例としては不適だと考えます。
「特別背任」は明らかな不正の事例であるし、「アネハし」も法令違反の「不正」を行っていますね。
建築士の場合で現在の医療裁判の状況を自分が喩えで述べるならこうです。
「阪神大震災で高速道路の高架が倒れたのは、建築士が強度不足の設計をしたからであって訴追をおこなうべきだ」
となりましょうか。阪神大震災以前では、このような規模の地震が起こる可能性を誰にも予見出来ないにも関わらず、結果として阪神大震災クラスの地震では強度不足だったからといってその設計者を刑事訴追するってことです。
この高速道路の高架の設計をした設計士は、「不正」は当然していませんし、「不注意」もなかったですね。
それにも関わらず、こんな刑事訴追が行われたら、ほとんどの設計士の仕事を続けていけないというのは当然だと思うんですよ。

>司法がその役割を放棄した場合のリスクは、「あまりに低レベルな手技、医学的に明らかに誤った診断、薬剤や臓器の取り違え等によって患者を死傷させても何ら処罰されない医師」による被害の再生産であったり(※)、いかなる過誤を犯しても決して処罰されないという特権を付与されたことによる医師全体のモラルハザードであったりすることが予想され、決して小さいとは思えません。


以前は司法がほとんど介入してこない状況であったにも関わらず、日本の医療はWHOが世界一と認定するほどになりました。
しかし、司法が介入してきてから、急速に世界一の医療体制に崩壊が起こりだしています。
この事実についてはFFFさまは如何がお考えでしょうか?
司法の介在してきていることは、日本において明らかに医療事故を防ぐ事に役に立たず、かえって弊害をきたしております。
ただし現状で問題がないわけではありません。
だからこそ「臨床の現場について判断することが出来る第三者機関」など、現在の司法以外の道を考えるべきではないでしょうか。

>「いかなる過誤を犯しても決して処罰されないという特権を付与されたこと」
とくにこの点については
少ないながらも昔から医療事故の裁判は存在していまし、処罰も行われています。
にも関わらず、「如何なる過誤を犯しても決して処罰されない特権」を付与されたと断言なさる根拠をお教えください。

> もんどさん

 「法律的に正しい」という言葉の含意として、「杓子定規にリクツを当てはめる」ということを意識されているのでしょうか。医療関係者の方からは、同趣旨の発言が何度かあったように記憶しています。どうも、医師の方には、法曹について「現実から遊離した、法律による言葉遊び、ゲームをする人々」というイメージをお持ちの人が多いのかも知れませんね。

 ところで、法解釈とか裁判実務というのは、関数や自動販売機と違いまして、何かの事実関係を条件として与えれば一定の結論が出る、というものではありません。条文自体が主観的評価の介在することを予定している場合(過失や正当事由の有無等)が多々あるわけで、裁量の余地が多分に残されています。その裁量をどう運用するかという点については、弁護士にせよ検察官にせよ裁判官にせよ、紛争解決として公平で正義に適うと考えるところにしたがって、法解釈、法的主張、判決を展開するのであって、法解釈に際しては、それの及ぼす社会的影響を強く意識しています。

 したがって、法律の話をすると現実の社会的影響から離れるという認識は、間違いではないかと考えます。なお、ある法律を適用した場合、社会的に好ましくない影響を生じると法律家が考えた場合は、その法律の適用、運用を意図的に回避するという選択がなされることもあります。

 自分としては医療過誤により司法が踏み込んだ役割を果たすべき(司法が問題を放置した場合の不利益、社会的影響は無視できないという価値判断です)と考えていますので、刑事責任を追及すること自体を問題視する見解が強いことに驚いているというのが正直なところです。そして、その見解には、少なからず司法制度、裁判実務に関する誤解に基づく部分があるのではないかとも思っているので、そうであれば、異なる視点、立場からの情報を提供することも無意味ではなかろうと考えて書き込みさせて頂いております。一部の医師の方からすれば、「品位」に欠けて目障りなのかも知れませんが・・・・。

 やや脱線します。医療業界について、他の職種と比べてとても特徴的だと感じているのは、「司法による介入」という捉え方に関する部分です。

 一般に、何らかの業界において捜査機関による捜査がなされ、あるいは民事裁判による紛争処理がなされた場合、業界自身が問題解決に向けた機関を設置することはあるでしょうし、特定の判決の結論に対する批判をすることもあるでしょう。報道機関は、十分かどうかはともかく報道被害に関する自主審査機関を立ち上げましたし、出版差止の仮処分や慰謝料の高額化傾向については批判的な論陣を張っています。が、「報道の専門家ではない裁判官に判断されると報道の現場を理解しない判決によってマスコミ業界の人間が萎縮するから、そもそも司法による解決の埒外に置くべきだ」とか「報道については法的責任を問うべきでない」という見解は、自分の認識する限り少数です。他の業界でも、裁判で何らかの問題点を指摘されれば、それを反省し、自分達で是正するための努力をすることが(少なくとも表向きには)通常の反応ではないでしょうか。別に、医師について一定の法的責任を免除すべきと主張することが悪いというつもりは毛頭ありませんが、かなり大胆な発想だなとも思っています。他の業界の人、専門家たちが同様の主張をしたら、医師の方は賛同されるのでしょうか。あるいは、医師だけは特別だということなのでしょうか。

> オダさん

 やはり繰り返しですが、「不注意」も「不正」もない場合は、妊婦が死亡しても法的な責任は負いません。現行法では、既にそうなっています。

 「不注意や不正がなくても責任を追及される場合がある」という点については、場合を分けて考える必要があります。まず、民事訴訟を起こされる可能性があるという意味であればそのとおりですが、これは医療に限った問題ではありませんし、訴訟を起こすこと自体を制限することもできません。第二に、捜査対象とされる場合があるという意味であってもそのとおりですが、やはり、「不注意や不正があったことが相当程度予想される」場合には、それもやむを得ないことです。捜査や裁判を通じて「不注意や不正のないこと」を主張することができますし、これも、医療に限った問題でもありません。疑わしいのに何の捜査もできないとしたら、それこそ社会が崩壊します。


 次に、「司法介入」と医療水準の問題ですが。まず、医療行為に対する司法判断は個別的紛争の解決を主な目的としており、医療水準全体の向上を直接に意図するものではありません(もちろん、意図しないわけでもない。)。また、判決の結論も、医療被害に遭った被害者の財産的損害を回復するものか、個々の医師に対して何らかの刑罰を科すものにしかできず、「医療体制自体を〇〇にせよ」という判決を出すことは制度上許されていません。そこは行政や立法の役割ということになりましょう。

 また、「WHOによる世界一との認定」については知りませんが、日本の医療界は、医療過誤の被害者を救済すること、問題のあるリピーター医師を再教育ないし排除することについて「世界一」と認定されたのでしょうか。あるいは、特定の分野の医療水準が「世界一」なのでしょうか。オダさんは、医療技術について世界一との認定を受ければ、即ち、全体的に眺めて高い水準の医療体制が実現されれば、局地的、個別的に発生する医療被害者は泣き寝入りさせておけばよいというお考えなのでしょうか。司法の役割は、正にそうした被害者を救済するところにあるのであって、医療技術の水準が高いとか低いとかいうのとは全く別次元の問題だと思いますが。

 「司法の介入によって体制崩壊が起こったという事実」というのも、そのような前提の立て方が誤りかと思います。また、法律的に紛争を処理するようになった結果、ある業界が崩壊したというのであれば、その業界自体に問題があったという発想が先ず出てきて然るべきではないのでしょうか。

 「特権」の点については、どうも勘違いをなさっています。刑事的に免責すべしという主張に対して、「その制度を選択すると、このような弊害が生じますよ」という反論ですので。もう一度もとの文を御覧頂ければと思います。文章力のなさについては御容赦下さい。

要するに簡単にまとめると、FFFさんは「司法がバリバリ取り締まる
べき」の立場の人で、「それだと医師の最適解は危ないことはやらない、
危険な手技はしないになりますけど、対策はあるんでしょうか」の問いには、
「自分で努力して仕事のリスクを減らせ」の答えなわけですね。
これじゃ話にならないでしょう。一番簡単にできるリスク回避が「やらない、辞める」
なのに、それより労力のかかる自助努力って何ですか?
だから皆、医師が辞めなくても回るシステムはどうだ、こうだ、と話してるのに
一人で腰折らんで下さいよ。茶々入れるんだったら、「こういうシステムを組めば
医師が辞めなくても仕事を回すことができるようになるんじゃないでしょうか」
くらいの提言はしてほしいものです。それが建設的論議というものです。
FFFさんの茶々は全く建設的ではなく、前向きでもないと思います。

>、「犯罪を犯しても、裁判を受けずに逃亡したり、証拠を隠滅すれば罰せられない」という認識が広まり、社会の安全が崩壊することにもなります。したがって、逮捕等の身体拘束をしないという選択は、現実問題としてあり得ない

 では福島の件で事件後も一年間も休み無く患者さんのために働いてきた医師も、逮捕しなければ患者さんに危害を与え逃亡する、というのですね。

 私が刑事事件で医療を裁くのは矛盾するといったのは、患者さんが一番に求める真実の追究に関して黙秘権があったら不可能だ、と言ったのです。

 FFFさんにとって医療裁判の刑事事件化の本質的な目的は医師の懲罰なのでしょうか。


>司法がその役割を放棄した場合のリスクは、「あまりに低レベルな手技、医学的に明らかに誤った診断、薬剤や臓器の取り違え等によって患者を死傷させても何ら処罰されない医師」による被害の再生産であったり(※)、いかなる過誤を犯しても決して処罰されないという特権を付与されたことによる医師全体のモラルハザードであったりすることが予想され、決して小さいとは思えません。

 この根拠となるstudyを示してください。一例報告ではなくて。
 私は逆に医療訴訟の審理の結果は医療過誤の科学的事実と必ずしも一致しない(誤差範囲で収まるようなものではない)、再発防止に全く役立っていないというstudyは既に1996年のニューイングランドジャーナルオブメディシン(医療界の最良ランクの雑誌の一つ)にあります。
 そして米国では訴訟乱発から防衛医療による無駄な医療費が医療総額の5-10%を占めているという推計もあります。
 李啓充氏の市場原理が医療を亡ぼすをお読みください。
>、「日本の金融実務全体に悪影響が生じるから、検察は、金融機関経営者による特別背任事件を捜査すべきでない」とか、「建築士の多くは善良でクライアントのために一生懸命頑張っているのに、アネハ氏を訴追すると萎縮効果が生じてしまう」といった論調は殆どないように思います。

 これに関してはオダさんがコメントされたとおりだと思います。比ゆが適切ではありません。
 この例えの
 特別背任行為と耐震偽造は悪意を持ってなされたことで回避可能ですよね。
 わかっていてこの例を出されていますか。一般の方をミスリードする表現だと思います。

 FFFさんはプロフィールに載っていませんでしたが、司法関係者(弁護士)さんでしょうか。
 なんとなく医師はすべからく、刑罰で対処しなくてはモラルが保てない悪者、特別扱いされたい特権意識があるとおもっていらっしゃるように感じるのは気のせいでしょうか。

2005年04月22日(金) 12時01分
「医療ミス」記事の名誉棄損認めず
=割りばし死亡事故で診察・東京地裁(時事通信)
 東京都杉並区で1999年、転倒した男児=当時(4)=ののどに割りばしが刺さり
死亡した事故をめぐり、診察した男性医師(37)=業務上過失致死罪で公判中=が、
医療ミスと断定する雑誌記事で名誉を傷つけられたとして、「主婦と生活社」に
300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁(小池裕裁判長)は22日、
請求を棄却した。
 小池裁判長は「男児の死因は社会的関心が高く、公益目的だった」と指摘。
「過失を断定しているとはいえず、『ミスを隠ぺい』という表現も相当性を逸脱する
とまではいえない」と述べた。 
(時事通信) - 4月22日12時1分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050422-00000617-jij-soci

> もんどさん (No.200の書き込みについて)

 茶々のつもりはなかったのですが、そのように見えたのなら残念に思います。

 私の認識では、「医師の最適解は危ないことはしないことだ」とは思っていませんし、一番簡単にできるリスク管理が辞めることとも思っていません。そして、その認識の相違のうち一定の部分は、裁判制度に対する認識不足に起因するものではないかとも推測しております(別に、認識不足がいけないという趣旨ではありません。当方にも医療に対する理解不足もあるでしょう。念のため。)。ですので、「患者が死亡しても即医師の責任というわけではありませんよ」とか「鑑定人たる医師の選任には、被告病院の意向も反映されていますよ」と同じことを繰り返し説明させて頂いております。

 もんどさんの要約にも、この点の誤解が残っているように思います。危険な手技を選択したから直ちに過失が認定されるわけではありません。医療行為に身体に対する侵襲が本質的に含まれることは常識であり、弁護士や裁判官も、それをふまえた上で、医師の意見も様々な形で参考にしつつ議論をしているということを御理解ください。

>私の認識では、「医師の最適解は危ないことはしないことだ」とは思っていませんし、一番簡単にできるリスク管理が辞めることとも思っていません。そして、その認識の相違のうち一定の部分は、裁判制度に対する認識不足に起因するものではないかとも推測しております

 現実に刑事事件で無罪になっても名誉毀損も認められず、風評被害も甚だしく、社会的に抹殺されています。そして一審無罪でも検察が上告したのでこの先少なくとも数年間は戦わなくてはいけませんよね。これも仕方ないことなのですか。福島の件では争っている数年間の間に崩壊してますよ。


 何度もいいますが、おかしな判決たくさんあるんです。ニューイングランドジャーナルオブメディスンの記事も信用していただけませんか。これはアメリカの雑誌だけど、日本の裁判だって同じようなものです。いろんな事件が取り上げられて議論になっているではありませんか。

 鑑定人だって大学教授とか肩書きで判断するなら、どんなに臨床の名医が妥当な意見を書いても無意味だと思います。審判が無知ならその鑑定がどのくらい信用できるかさえ判定できないのです。

 つまり現行のシステムはおかしいのです。おかしなシステムをどんなに理解しようと思っても理解できません。

 司法が正しく判断できず、一つの判決のあたえる社会的影響を考えることができないのなら、司法の限界を認めるべきです。

 医療が崩壊しても、被害者救済が本来の目的だから関係ないという態度なら、国民のために法律があるのか、法律のために国民がいるのかわかりません。

>FFFさま  

どうも、ご苦労様です。産科医−1です。

オダさんは「阪神大震災」を出してきて、「この高速道路の高架の設計をした設計士は、「不正」は当然していませんし、「不注意」もなかったですね」と仰います。

私も、本当はオダさんのように言いたい気持ちはやまやまですが、虚心坦懐に眺めても、残念ながら、医療界の「不注意」や「不正」はオダさんが思うほどには少なくないのが現状だと私は思っています。

どうもこの辺の認識に、大きな隔たりがあるようです。

なるほど、「生老病死」は人の定めでしょうから、そこに医療が介入しようとしても、ほんのささやかな事しか出来ないとは思います。ですから、医療にそれほどの事を期待してもらっては、医療者も困るでしょう。それは、ここの医師の方々が仰る通りです。しかし、そうした自分に起ってしまった「不幸」を、それは「定め」と諦められるほどの信頼は、いまの医療には残念ながらありません。

医療にそんな不信を植え付けたのは「マスコミ」だとのご意見もあるようですが、私は、あまりに酷い医療の現実があったからマスコミが動き出したと思っています。ここらの認識にも、だいぶ違いがあるようです。

ただ医療界には、リピーター医師や、カルテ改ざん医師、論文ねつ造医師、そんな諸々の悪事をなす医師が居るのは確かですから、まずは医師として、そうしたヒトをどう処分するかでしょうね。

自浄を計ると言う事で、「医道審議会」などが積極的に動かなきゃ、臭いものにふたをしているような体質をそのままに、何を言ってもダメですね。

>私の認識では、「医師の最適解は危ないことはしないことだ」とは思っていませんし、>一番簡単にできるリスク管理が辞めることとも思っていません。

FFFさんがそう認識されるのは構いませんが、多くの医師は危ないことはしない、危ないところは辞める、のが最適だと思ってきています。だから誰の目に見える大規模なシステム改革をしないと、このまま崩壊するという話をしてるんですよ。
誤解とか、理解不足とかそういう次元の話ではないのです。
じゃあFFFさんに世間に裁判制度に対する認識不足を改める有効な手段は? と言ってもバンバン捕まえろ、と言うだけでしょ?
だから議論になりませんね、と言っているのです。これからどう変えたらいいか、
の答えがたくさん捕まえる、ではね。それの何が前向きなのか。
そんな答えは前エントリで散々聞き飽きたから、茶々はもう結構と書いたのですがね。
このエントリは前向きな議論、ですよ?
FFFさんから何か前向きな提言が出ましたか?

 産科医1さん、以前医師かどうか疑ってすいませんでした。この点については心からお詫びします。

 しかし今一度お尋ねしたいことがあります。昭和53年後卒業と言うことですから50代の方ですね。

 今、一線の臨床で働いていらっしゃいますか?産直をして、何人ものあかちゃんをご自分の手で毎日取り上げられていますか?
 
 勝手ながら、それとも医療事故・過誤の被害の方のために臨床とは別の場所でご活躍ではないかと推察していました。違っていたら申し訳ございません。
 私も匿名ですし、別にお答えを求めているのではありません。失礼しました。

 私は医師が全く無責になればいいと言っているのではなく、第三者機関で医学的に正しい判定→悪質なものに関しては医道審議会で処分すればいいと思います。もちろん悪意のあるもの(わざと点滴になにか混ぜるとか)に関してはこれはもう医療事故・過誤を超えて刑事事件となればいいと思います。

 医療が今まで自浄作用が無かったから、現在の不当な扱いに関して何も言えないというのは前向きな解決法だとは思えません。

> 元研修医さん (No.201の書き込みについて)

 「では福島の件で事件後も一年間も休み無く患者さんのために働いてきた医師も、逮捕しなければ患者さんに危害を与え逃亡する、というのですね。」という部分は、議論の次元が違います。

 「一般論として、逮捕という制度はなくても良い」との御主張に対して、「その制度自体をなくしてしまうと、社会の安全が保てませんよ」と反論させて頂きました。あくまで一般論であり、福島の事件について述べたものではありません。

 福島の事件については、逮捕を正当とも不当とも判断する材料は持っておりません。カルテ改竄等の罪証隠滅の危険性は一般論として指摘しえますが、その件についてどれだけの危険性があったのかは知りません。

 また、真実の追究と黙秘権は両立しうるものです。黙秘権がないというのは、要するに不利益を科してでも無理矢理に供述を得るということですが、そのようにして得られた供述が信用できるとは思えないからです。

 「医療裁判の刑事事件化の本質的な目的」については、2つの側面があります。先ず第一は、医療行為に過失や故意があった場合、被告人に刑罰を科すことによって、その医師による再発の防止を図るという点。第二は、故意や過失によって人を死傷させた場合は責任を問われるということをアナウンスすることによって、他の医師による事件の発生を防止するという点です。別に医療に限った話ではありません。不注意で人を死傷させたら何らかの責任を負うという制度を用意することで、人はより注意深く行動するようになるだろう、ということです。どんなに不注意でいい加減な運転をして人を轢き殺しても全く責任を問われないという制度を選択した場合、乱暴な運転が増えて社会の利益が害されるのではないかと思います。

 この点についての「study」については、純粋に客観的なものは存在しません。というのも、性質的に統計をとることが不可能だからです。死刑廃止をめぐってしばしば議論される、「死刑に抑止力はあるか?」という問いに似ています。これについては、「あるともないとも論理的に証明することはできないが、多分あるだろう」としか言いようがないと思っています。「殺人に対して長期の懲役刑や死刑を科すことによって救われた生命の数」は数えようがありませんが、少なからずあるだろうと思います。「窃盗罪について懲役刑を用意することで保護された財産の額」も数えようがありませんが、相当なものだろうと思います。同じように、「医療行為に対して業務上過失致死罪を適用することによって救われた生命の数」をカウントする方法はありませんが、多分あるんじゃないか、と思います。そして、「交通事故に業務上過失致死を適用することで救われた生命の数が正確に把握できない以上、同罪の適用を見送るべきである」という主張に同調できないのと同じように、医療行為に業務上過失致死を問うことの必要性も毀損されていないのではないかと考えます。

 「ニューイングランドジャーナルオブメディスン」の記事は存じませんが、アメリカと日本の裁判では随分違いがあります。アメリカの多くの州では民事裁判でも陪審制が採用されており、日本の裁判との大きな違いは、「理由を示さなくともよい」という点です。よって、アメリカでは、「医学的なことはよく分からんけど、何となく医師が悪いと思うから賠償責任肯定」という裁判がなされる可能性がありますし、現に結構あると認識しています。また、いわゆる懲罰的損害賠償を採用する州が多いことも特徴で、これらの事情が、アメリカの医療を過度に防衛的なものにしている部分があります。したがって、アメリカでの分析を日本にそのまま持ち込むのは、あまり適切な手法とは思えません。

 例えの点については、別に過失犯についてお考え頂いても構いません。「交通事故を検挙すると運送業者の円滑な業務遂行が害されるから、業務用車両の運転については過失責任を問わないことにしよう、その方が原因究明にもなる」という理屈は受け入れられるのでしょうか。

 私は、医師が刑罰の威嚇なくしてはモラルが保てない悪者ばかりであるとは思っておりません。ただ、威嚇なくしてはモラルの保てない医師も少なからずいるだろうとも思っています。これは、別に医師が特殊だというわけではなく、国民全てについていえることです。多くの会社員は、別に横領罪の規定がなくとも会社の金を使い込んだりはしないでしょうが、中には困った者もいるでしょう。そうした者による犯罪を防止する手段として、刑罰による威嚇は有効なものだと考えます。医師についても同様です。

 「特別扱いされたい特権意識」については、このブログに書き込まれる医師の中に一部そのような意識をお持ちなのかなと推測させる方がいることは事実ですが(元研修医さんのことではありません)、それを以って「だから医師は皆特権意識に凝り固まった連中だ」と決め付けることはしないようにしたいと自戒しております。

>元研修医さん
医療が今まで自浄作用が無かったから、現在の不当な扱いに関して何も言えないというのは前向きな解決法だとは思えません。

仰るように、「今まで自浄作用が無かった」のは、現場で一生懸命働く善良な医師の所為じゃ無いですから、元研修医さんとされても「現在の不当な扱い」には声を上げざるを得ないのでしょうね。それは判ります。

ところで、ご存知でしょうが、産科領域では、いま「内診」が問題となってきています。マスコミが言うのは法律違反、産婦人科医会が言うのは「内診」は「助産」でないから法律には反していないhttp://www.jaog.or.jp/News/index.htm、こんな感じで意見が対立しています。

これまで普通に行われていた助産師以外の「内診」が問題化して来たのは、リピーター医師の病医院で(准)看護師に「助産」され、医療被害にあった人達が声を上げ出したからですが、もし、産婦人科医会が自浄作用でそうしたリピーター医師を厳重に指導し事故の再発を防いでいたら、これほど「内診」が問題とはなってこなかったのではないかと考えます。

「(准)看護師の「内診」はダメだ」という通達は「不当」だと、産婦人科医会は言っていますが、自浄作用が無かったことで、ここまで問題が大きくなってしまうと、なかなかそうした声はとどかないと思います。

こんばんは当直ですので、こんな時間ですが、お返事しています。50も過ぎると、当直の翌々日まで響くので、辛いですね。若い時は一晩や二晩の徹夜は平気だったんですが・・・(苦笑)

> uchitamaさん、元行政さん、産科医−1さん

 鑑定医についての御指摘、たいへん興味深く拝見しました。ありがとうございます。大学教授による鑑定には総じて厳しい御意見が多いようですね。近い時期に臨床経験がないなら、現場の声を参考にして意見を書けばいいだろうとか単純なことを思ってしまうのですが、そう簡単にはいかない何かがあるということなのでしょうか。

 余談ですが、法律業界では、例えば訴訟法の教授と地裁・高裁の裁判長であれば圧倒的に後者の方が声が大きいというか、前者が後者に遠慮しているような雰囲気があります。実務を経験していないことを引け目のように思ったり、研究の一環としてアドホック的に法廷での訴訟活動をされる教授も多くいらっしゃいます(大学教授には特例的に法曹資格が認められる場合がある。勿論、司法試験に合格している教授もいます。)。反対に、弁護士や裁判官が大学で教鞭を取ったり、雑誌に論文を投稿することも多々あります。医師の世界では、研究職と臨床実務を気軽に行き来できるような関係、雰囲気はないのでしょうか。

私なんかはどちらかと言えばアカデミックな立場の人間なので、交通事故なんかでも下記リンク先の提言など自然と納得できますが、世間には受け入れられづらいという事でしょうかね。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/17htm/17_21.html

>FFFさま

> オダさん
 やはり繰り返しですが、「不注意」も「不正」もない場合は、妊婦が死亡しても法的な責任は負いません。現行法では、既にそうなっています。

いいえ、裁判所は死亡と因果関係がないことを事実認定しておいても、なお「患者の期待権」に反したとことを理由に賠償という責任を医療者側に負わせる判決を下しております。
現行法の実際の運用において、既に「FFFさまの書かれた通り」になっておりません。

>「不注意や不正がなくても責任を追及される場合がある」
この点に関しては起こりうる事と思います。問題にしているのはここではありません。
こちらも繰り返しになりますが、医療者側の「不注意」や「過失」との因果関係を否定しておいてなお、結果が悪ければ賠償の責任を負わせていることを問題にしております。
現行法下でこのような判決を裁判所が下していて問題がないという見解なのでしょうか?

> オダさん (No.212の書き込みについて)

 期待権侵害についての裁判例についての理解が間違っています。

 過失と死亡に因果関係が認められないと判示している以上、死亡についての損害を賠償させることはありません。その点は、オダさんの明確な誤解です。

 ただ、患者には、「病院を受診すれば医学的に適切な治療をしてくれるという期待」があるところ、「なすべき治療をしなかった」という不作為の過失が、この期待を侵害したものである、だから「期待を裏切られたという精神的苦痛」について賠償しろというのが裁判例の理屈です。決して「死亡についての賠償」を命じたわけではありませんし、その額も、死亡慰謝料と比較して極めて低額に留まっています。

 なお、期待権侵害についての取り扱いは未だ固まっておらず、最高裁は期待権侵害による損害賠償を認めることにはなお慎重な姿勢を示しています。「医療行為の名に値しないような対応しかしなかったが、対応が適切であっても救命できたかどうか判断できない」といったケースをどのように解決すべきなのか(死亡に対する賠償を命じることはできないにしても、末期の患者をいい加減に扱った医師や病院について、何の責任もないということでよいのか)、評価が分かれるところでしょう。

> もんどさん (No.206の書き込みについて)

 自分としては、医師の方々が司法「介入」に過剰かつ無用な警戒感をお持ちのように感じていますので、そこに誤解に基づく部分があるなら、できるだけ解消したいと思っております。何か問題がありますでしょうか。

 「前向き」という点にこだわっておられますが、モトケンさんの仰る「前向き」の趣旨は、個人批判や悲観主義を重ねるだけの不毛な書き込みは遠慮して欲しい、ということだと理解しておりまして、今のところ、私の書き込みがその意味で「前向きでない」とは認識しておりません。この理解・認識に問題がありましたら、申し訳ありませんが、私による一連の書き込みは削除して下さいますようお願い致します> モトケンさん。

FFFさま

>「一般論として、逮捕という制度はなくても良い」との御主張に対して、「その制度自体をなくしてしまうと、社会の安全が保てませんよ」

誤解されておられるようですが、「一般論として、逮捕という制度はなくても良い」との主張はだれもしておりません。福島の事件では、「逃亡の恐れもなく、カルテも既に押収されており改竄の可能性がない」にも関わらず、在宅起訴でなく逮捕拘留をされた事(逮捕制度の乱用)を問題にしております。

>そうした者による犯罪を防止する手段として、刑罰による威嚇は有効なものだと考えます。医師についても同様です。

犯罪は取り締まられるべきです。これに医師だからといって免責される必要はありません。
現在問題になっているは、「不注意」「不正」でもなく、ましてや「犯罪」でもない事で刑罰による威嚇が医療者に行われている事です。
ちなみに刑罰による威嚇は犯罪抑制に有効ではありません。一時的に抑制されたようにみえてもすぐ元に戻るのは、飲酒運転の厳罰化の効果が既になくなってきている事からも証明されております。
FFFさまは会社員の横領の例を挙げておられますが、刑罰による威嚇に頼るよりも会計の透明性をあげるシステムにする事が横領を防ぐ効果があります。
犯罪者の矯正教育、刑罰による脅しでは犯罪を減らせてません。『割れ窓理論』のように犯罪を起こす機会を減らす環境創りが大事です。
もちろん犯罪者を罰することはそれはそれで必要なので、これに反対している訳ではないです(念のため)。

日本の医療のランキングについて参考までに。
2000年にWHO(世界保健機構)は、(1)健康状態と寿命(2)保健制度の公平さ(3)患者の満足度合い(4)資金配分の公平度合いを参考に、「国別医療ランキング」を発表されております。
老人は若年者に比べ医療費は多くかかるが、日本の高齢化率は18%で欧米諸国に比べ高いにもかかわらず、医療費のGDP比は7.8%で、OECD(経済協力開発機構)加盟29カ国中18位と、決して医療費が高いわけではないことが大きく評価されています。(ちなみに医療費GDP比1位アメリカで、14%を越えている。)。

元研修医さん

>今、一線の臨床で働いていらっしゃいますか?産直をして、何人ものあかちゃんをご自分の手で毎日取り上げられていますか?

これは随分な言い様ですねぇ。自分の意見と違うからといって,あたかも「あなたには意見を言う資格はない」と言わんばかりではないですか?

 TuHさん
>これは随分な言い様ですねぇ。自分の意見と違うからといって,あたかも「あなたには意見を言う資格はない」と言わんばかりではないですか?

 他意はありません。ただ通常他の科なら50代は管理職で外来のみで病棟を持っていなかったり、研究・教育のみして臨床の一線から退いていることがあるからです。

 産科医1さんのご意見が大分他の方と違って医師と思われなかったり(これはすいませんでした。)するのはもしかして立場が違うからかと思ったからです。


重くなってきておりますし流れも煮詰まってきているように思います。そろそろ新スレを考慮すべき時期ではないでしょうか?>管理人氏

思うに他の様々な問題と同様この件に関してもこれがベストという正解などそもそも存在しないんだろうとは皆さんも感じているんじゃないかと思います。ただ一つ疑いようもなく存在するのは今現在医師は逃散しつつあり現場の医療は崩壊を続けているという現実だけです。司法的、医学的見地を問わずこの現実に対して無力な解というものは結局のところ建設的とは言い難い、むしろ社会的には罪悪ですらあると思います。
繰り返しますが現場は実現不可能な机上の空論を求めてはおりませんし、何より実効性のある対策でなければ現在の大きな流れを変えることなど不可能だろうということです。それもおそらくは直ちに、今すぐでなければ。

>TuH さん
「これは随分な言い様ですねぇ。自分の意見と違うからといって,あたかも「あなたには意見を言う資格はない」と言わんばかりではないですか?」

私も,以前から、こうした言い様には少し恐いものを感じていました。

ただ、No.207( Posted by: 元研修医)に書かれているくらいなら、「偽医者呼ばわり」に比べずっとマシです(苦笑)

自分をカテゴライズして、その集団は自分と良く似た考えを持つはずだ、同じような意見を述べるはずだ、だから、自分と全く異なった意見を言う奴は,およそ自分の所属する集団のメンバーではない、といったロジックは、逆にたどれば、今問題となっている医療崩壊の原因の大きな一つ、つまり、何度も書きますが、「医師側の原因」を、自分と同じように医師は全て善人だと思い過小評価するような事になると思います。

ですから、こうしたロジックからは、早く抜け出ていただけたらと願います。

また、どなたかが書いていましたが、どんな名医でも診たてが違うことがありますが、もし、それがそうだと判ったら素直に謝罪する姿勢は絶対に必要です。

このブログには、元田舎医さん、元研修医さん以外にも、ご自分が医師だということで人を「偽医者呼ばわり」し、人の名誉を毀損した,侮辱したといわれても仕方ないような発言をなさった方がおいでるように思われます。

もし、その方々が、まだこのブログをご覧になっているようであれば,「ゲストプロフィール 兼 足跡帳」にご自分の紹介でもなさって、見立て違いを謝って頂ければと思います。

そうした潔さが、今の医療不信を払拭する大きなきっかけになると思うからです。

それとも、そのような方々の底流に流れているような司法不信で、「私が医師だと言う管理人さんのご判断は間違っている」と強弁なさるおつもりでしょうか(苦笑)

 老人の医者さんからご指摘がありましたが、このエントリのコメントも200を超えてしまいました。

 カテゴリを整理する必要も感じています。
 そこで
 個々の医療事故事件については、事件ごとにエントリを立てる(既に立てているものもありますので、カテゴリの移動等を行って整理する。)
 医療を巡る状況については、テーマを分ける。
 テーマ分類案として
  厚労省と医療崩壊
  警察・検察と医療崩壊
  医師会と医療崩壊
  患者と医療崩壊
みたいなことを考えていますがいかがでしょうか。

 このブログで議論が続くのであれば喜んで場所を提供させていただきたいと思っておりますので、使いやすい場にするためのご意見をお聞かせいただければ、可能な限り対応したいと思います。

 ちなみに、このエントリには昨日一日で500を超えるアクセスがありました。

> FFF様
> 運転手の方は普段から乗客の安全を考えて職務にあたっているけれども、不注意で事故を起こしたのであれば訴追されます。

私はこの風潮がおかしいと思います。アメリカでは医療もそうですが、列車事故等は刑事免責です。そもそも、医師免責は鉄道航空事故の免責から出てきたアイデアなのです。
また、ほとんどの医師は不注意でなくても事故が起きれば刑事、という様なことを特に問題としています。まあ、私は不注意であっても原則刑事免責にすべきと思っていますけどね。そもそも日本に「業務上過失」という明治時代に生まれた時代錯誤的な罪があること自体が問題なのです。先進国のほとんどにはこんな罪ありませんよ。

また、非専門家が感情論で裁く陪審員制は大反対です。明らかな犯罪(不特定多数の前で明らかな殺人を犯して証人も沢山いるとか)の場合に限るべきでないでしょうか?まあ、当面は重大な犯罪だけの様ですが。

> 非医療者様
確かに悪い医者はいます。しかし、今に始まったことではなく、また、他の職業にも一定数います。未来もそうでしょう。だからといって医者には容赦せず有罪にするばかりで、第三機関を否定すれば結局問題は解決しません。前へ進まず、結局被害を被るのは患者さんたちです。イギリスの例が何度も提示されていますが、そういうことです。
それに、少なくとも今のマスコミで報道されているように「警察は悪い奴らばかりだ」、「医者は悪いやつばかりだ」ということにはならないですよね?これは人間の性に基づくことなのだと私は思います。但し、こうした悪徳医者は排除するようなシステムも必要だと私は思います。
私は悪徳医者は例外なく罰すべきと考えております。天秤にかけるようなことは反対です。>元研修医様

新しい制度を導入するときは決まって新しい問題は出てきます。しかし、そこまで予測できる人は少ないと思います。
杏林大学の割り箸事件について素人側には批判的な意見が多いのですが、周りの同僚(念のため言っておきますが、有名な国立の大学病院です)にきいたらほとんど全員「自分だったら適切にCTをとって対処すると言うことは思いつかない」と言います。自分もそうです。結果があるから「何故CTをとらなかったんだ!」ってことになるのです。まさにコロンブスの卵です。
新しいシステムも同様です。必ず思いもしなかった問題が起きます。でも、第三機関については諸外国ですでに導入され、ある程度問題点もわかっています。参考すべきところがありながら見向きもしない、というのは日本人の悪いところなのでしょうか?国内の前例には従うけど、外国は・・・。まさに井の中の蛙です。

> YUNYUN様
私は検察や裁判官は間違いを起こしても免責にすべきだと思います。但し、国なりが無罪者に対してそれなりの償いをすべきとは思っていますが・・・。
理由は医師免責と同じです。免責にしなかったら怖くて立件できませんよね?我々が理不尽な刑事罰のために医療ができない、というのと同じ理由です。

> コメ 様
民事でも今は賠償金が跳ね上がっています。やはり結果論だけ見られて理由の明確でないまま賠償を払うのは納得いきません。
それにアメリカでは民事訴訟のため医療費が信じられないくらい跳ね上がりました。民事は仕方ないのでは?という一言ではかたづけられないと私は思います。
私の意見としては「刑事は論外(但し、リピーター医師による業務上過失や明らかな犯罪は別)」、民事はほどほどに」という意見です(つまり、完全に民事を否定しているわけではありません)。理不尽な民事の増加が医師の士気が落ちることは明白です。やはり結果責任論は刑事であれ、民事であれおかしいと思います。逆に理由が明確であれば民事訴訟は仕方が無いと思います。そして将来の医療の崩壊の危機を見据えた上での理由相応の賠償額とすべきです。むやみやたらと高く設定すべきではありません。アメリカの二の舞になります。
アメリカで「マクドナルドのハンバーガーで心臓病になって勝訴した」というばかげた民事裁判がありますよね。これなんか、今の医療民事訴訟にかぶるものがあるような気がしてなりません。
しかし、同業者のかばい合いはなくさないといけませんね。第三機関設立はそこをどう両立していくかが問題と思います。

> 一部の法曹界の方々
どうも先に法律ありきで、法律を変える、という意思に欠けているような気がしてなりません。正しいことを追求するために法律を変えるべき、という発想はないのでしょうか?
厳しい言葉で申し訳ありませんが、これが我々の本音です。
また、逮捕されるのはあとでどうせ無罪になるのだからやむを得ない、と思っている方がもしいたら反論させてください。
最終的に無罪を勝ち取ったとしても逮捕されたというトラウマが消えるわけではありません。精神的な心の崩壊は避けられません。さらにその分本来の仕事ができない空白な期間ができます。だから最初に第三機関による調査、そして容疑が明確であれば立件(逮捕も含む)じゃないでしょうか?逮捕は「明らかに逃亡のおそれがある」とか、そういうときにのみ行うことであり、善良な医師を見せしめのために逮捕するなんてとんでもありません。
疑わしきは罰せずという原則があります。最近の警察、検察の行動を見てどうもこの原則から抜け出ているように感じます。

 私は間違ったら謝ります。それは私生活でも医療活動においてもそうです。ですから
産科医1さんを偽医師と勘違いしたことは謝罪します。

 ネットではテキストしか判定するものが無いため、偽医師が横行することはよくあることです。それを無視することは医師の信用にも関わりますからできません。
 産科医1さんも早めに疑いを晴らすために「分娩監視装置について」「カンファ」について質問に質問で返すのではなくきちんとご返答されればこれほど話がこじれなかったと思います。異なった意見を言うから偽医師だと思われたのではなくて、医師なら当然明確に返答できることを返答されなかったから偽医師だと思われたのです。

 産科医1さんがどのようなご経験をなさったかわかりませんが、少なくとも私の周囲には悪徳医師はいません。もちろんそれぞれの経験、能力で限界はありますが最大限医療に尽くしています。
 私もごく一部悪徳医師がいることは否定しませんし、そしてその人が適切な処罰を受けることも否定していません。ただしそれは本当にごく一部の人なのです。
 問題なのは、現在の風潮では普通のまじめな医師が結果責任で刑事事件に巻き込まれていること(福島、東京女子医の助手の方、割り箸の方)です。そしてその無力感が医師の士気低下→医療崩壊を起こしていることを危惧しているのです。

 多分産科医さんが若くてやるきにあふれていたころ(今もそうでしょうけど)はもっと医師も敬意を払われ、正しいことをなせばそれでよかったのだと思います。
 しかし現在は正しいことをしても結果が悪ければ実際に逮捕されてしまうのです。

 多分考え方のジェネレーションギャップでしょう。先生の世代はそれでいいと思います。でもこれから何十年か医師をする予定の私たちとしてはこの考えでは押し通せないことを実感しているのです。

 この件についてこれ以上議論するのは本筋ではないと思います。私と田舎医師さんが謝罪したことで終わりにしていただければ幸いです。
 
 

FFFさん>
反対に、弁護士や裁判官が大学で教鞭を取ったり、雑誌に論文を投稿することも多々あります。医師の世界では、研究職と臨床実務を気軽に行き来できるような関係、雰囲気はないのでしょうか。

これまでの医局制度では、大学および大学の関連病院までを含めてその人事、研究などでの学位の審査、他科の教授の選出、大学での教育、大学病院の経営まで全ての権限を持つピラミッド(いわゆる白い巨塔)の体制です。立派な教授も多数いらっしゃいますが、忙しく臨床、管理職を続けるなど困難です。私立の医大では知名度のある臨床医を教授に招聘することもありますが、ほとんどの特に国立大学では教授会で選任されます。その時の評価のポイントが論文数(インパクトファクターの高い論文への執筆など)です。もちろん人格も評価されますが点数と言う形になって現れないためもっと曖昧なものになります。このため教授をめざしてアカデミックポジションで頑張る医師たちは、臨床や患者をほったらかしてねずみの研究に集中する傾向があります。
これまでの大学医局を中心とした医療体制、学会制度(学会長も教授がほとんど)では、良い臨床医を育てるというところに目が向けられません。
その一方で大学とは離れた一般市中病院では経営が中心になるため、収益につながる医療を強要される傾向にあります。また、中身ではなくマスコミに出るような医師が重宝されるのです。いずれにせよ、矢面に立つ我々下っ端の意見など評価されにくいのが現状です。少し答えから離れましたが。
FFFさまのコメントは理屈の上ではよく理解できます。他の業種と根本的に異なるのは市場原理が働いていないというところだと思います。建築業界や運転手のように多数いるのであれば、だめなものはどんどん取り締まり辞めさせれば良いのです。
日本では医療費、予算はその質に見合わないところまで削減されているのです。このブログを見ている多くの勤務医の先生や大野病院のK医師などが、労働基準法もない世界で薄給で働いているから、なんとか医療崩壊を免れているのではないでしょうか。
割りばし事件でも明らかですが、クレーマーな家族、それを扇動するマスコミ、またマスコミに流されがちな司法判決。なんとかならないのでしょうか?

>>No.219 産科医−1さん
たいへん申し訳ございませんでした。
立腹されるのも当然と思います。

別エントリ
http://www.yabelab.net/blog/medical/2006/08/31-105345.php
のNo.6で謝罪しておりますが、念のため。

他に言いたいことは元研修医さんがNo.222でほとんど全てコメントして下さいました。
ありがとうございます>>元研修医さん

>yamaさま

わたしも冤罪事件で有罪判決をした判事や取り調べをした警察、訴追した検事を免責することはそちらの方がよいとおもっています。同じ理由で医療関係者も原則刑事免責がよいとおもっています。民事も基金を作って国が支払うのがよいとおもっています。司法関係での過誤は国家賠償ですよね。そのために医師は全員公務員化でもよいと考えています。もちろん、労働基準法が守られるという前提で。(あくまで前提です。警察、検事、一部の上級公務員が医師並みの激務にさらされていることは存じているつもりです。尾鷲の例のような年休2日の方はそうはいないでしょうけれど)

わたしがむずかしい、とおもっているのはその立法をする際の「国民感情」なのです。

>元研修医さん
産科医1さんも早めに疑いを晴らすために「分娩監視装置について」「カンファ」について質問に質問で返すのではなくきちんとご返答されればこれほど話がこじれなかったと思います。

当直あけで、切れ気味に書きますが(苦笑)、元研修医さんは、「分娩監視装置について」「カンファ」について、私が「医師」の質問に答えなかったから「偽医者呼ばわり」したのは当然、と仰りたいのでしょうか?

あの場面で、そうした質問にお答えする必然があったのなら,私もお答えしましたよ。まじめに。でも、そうした質問はあの場面では意味のない質問としか判断されなかったので、単に、答えなかっただけです。


>異なった意見を言うから偽医師だと思われたのではなくて、医師なら当然明確に返答できることを返答されなかったから偽医師だと思われたのです。

と、元研修医さんは、言い訳がましいことをおっしゃいますが、あなたが何科をなさっているのか存じ上げませんが、突然と私が「分娩監視装置について」の講義を始めても、あの場で、何の意味があったのでしょうか? 

何を書いても「素人のくせに、よくもまあ、これだけ、お勉強なさって・・・」とか何とか、書かれるのが落ちでしょう?!


>この件についてこれ以上議論するのは本筋ではないと思います。私と田舎医師さんが謝罪したことで終わりにしていただければ幸いです。

「偽医者呼ばわり」について、元研修医さん、元田舎医さんは謝罪されたのですから、終わりで宜しいでしょうね。ただ、ほかの「医師」の方々が、もし何の謝罪もしないのであれば、見立て違いをして、その結果として患者さんにクレームをつけられただけで、自分の見立て違いを棚に上げて、「クレーマー患者が来た」と言うような医師もいるのかと思われても仕方ないでしょうね。

他の「医師」と元研修医さんがどのようなご関係かは知りませんが、あなたが、このような事をおっしゃる筋合いはないと思いますが。

あと、

>元田舎医さん。

私は元田舎医さんや元研修医さんに対しては,立腹なんかしていませんよ。チョット,寂しく思っただけです。

誰にでも見立て違いはありますから、それに対して腹を立てても仕方ないですよ。ただ、自分の過ちを判っているのに、それを素直に謝らない人には、正直言って腹が立ちますね。

>>産科医−1さん
意見の違いはあれ、当直お疲れさまでした。

私たちが日常不安に陥らずに車を運転できるのは、教習所で教えられたことを守っていれば、まず逮捕されることはないと思っているからではないでしょうか(普通は逮捕されませんよね)。

そのような具体的な基準があれば、医師側の不安を相当程度抑えられると私は思います。この面から言えば、医師側が裁量を求めるあまり責任を背負い込みすぎて、制度の管理者を甘やかし過ぎたようにも思えます。

> オダさん (No.215の書き込みについて)

 ちょっと本筋から外れますが、「刑罰による抑止力」を否定したり、有効でないと言い切っておられる点には、かなり認識のギャップがあるように思います。抑止力がないなら、一体何のために刑罰を与えるのか(特に薬物の自己使用事犯、無免許運転、贈収賄等の、直接の被害者がいない事件について)、よく分からなくなってしまいます。

 「刑罰による抑止力がないことの証明」として「飲酒運転厳罰化の効果がなくなってきていること」を挙げておられますが、そのような実態があるのでしょうか。飲酒運転に対する刑罰を廃止したり軽減したりすれば、いっそう飲酒運転が増えるように思うのですが、それこそ「刑罰による抑止力」があることの裏付けではないのでしょうか。

 また、「抑止力の有無」を「犯罪の発生件数」から判断することも妥当ではありません。仮に「刑罰を新設ないし重罰化したが、犯罪の発生件数は減らなかった」という現象があったとしても、「刑罰の新設や重罰化がなければ犯罪の発生件数は更に増加していた」という可能性を否定できないからです。そして、「悪いことをしたら罰を受ける」という認識が共有されている社会の方が、その認識がない社会より安全であることは歴史的、経験的に明らかだと思われます。犯罪をしにくい環境作りは勿論大切ですが、それは、前提として刑罰による抑止力があってのことだと考えます。

腎臓内科医です。
産科医さんを「偽医者」「荒し」よばわりし、名誉を毀損したことを謝ります。申し訳ありませんでした。

ここ数日間の書き込みや他のエントリが全部は読めておらず、少々混乱しているのですが、産科医さんと産科医−1さんは同じ方なのですね。
悪徳医師さえ排除すれば医療崩壊が防げる、崩壊しても再生できる、とする産科医さんの主張には今でも賛成できませんが、だからといって私の発言は許されるものではないと考えますので、これ以上の議論に加わるのは止め立ち去ることにします。

管理人です

 こちらが重くなってきましたので、とりあえずここの続編として

 医療崩壊について考え、語るエントリ

 を立ち上げましたので、ここでの議論が一区切りつきましたらそちらへコメントをお願いします。

 なお、刑事司法というものは、死刑という一部例外がありますが、罪を悔いた者を「許す」または「赦す」という理念が根底にあります。
 間違いを犯した方に全て立ち去られてしまったら、誰もいなくなってしまうかもしれません。
 というか、まずこのブログを閉鎖しなければならないでしょう。

 というようなことをお考えいただいて、続きのエントリでリフレッシュして前向きな議論が続くことを期待します。

>腎臓内科医さん

わざわざお出まし下さってお言葉をいただき、有り難うございました。


>「産科医さんと産科医−1さんは同じ方なのですね」

「無資格の助産行為」No.20  Posted by: 産科医−1 | 2006年08月25日 15:35 に以下のような事を書きました。

「産科医 | 2006年08月25日 02:25さんとは違う「to do the right thing」の産科医ですが、ややこしいので、これからは、産科医−1とさせて下さい。」

>悪徳医師さえ排除すれば医療崩壊が防げる、崩壊しても再生できる、とする産科医さんの主張には今でも賛成できませんが、だからといって私の発言は許されるものではないと考えますので、これ以上の議論に加わるのは止め立ち去ることにします。

互いが信じる所を主張しあう場合、余程でなければ、すぐに「賛成」なんて出来っこありませんよね。

時には,殴りあうくらいの口論をして、その中から、より善きものが生まれるのかと思っています。

> オダさん FFFさん
本筋から外れた「刑罰による抑止力」について、飛び入りで
意見を述べさせていただきます。

オダさんの
>ちなみに刑罰による威嚇は犯罪抑制に有効ではありません。
>一時的に抑制されたようにみえてもすぐ元に戻るのは、
>飲酒運転の厳罰化の効果が既になくなってきている
>事からも証明されております。
これは、福岡3児死亡事故の関連報道で、『警察庁発表のによると、今年7月末現在の飲酒死亡交通事故の発生件数は419件。7月末現在の件数で700件を下回った
13年以降3年連続で減少していたが昨年、412件と増加に転じた。』
等の記事から、そう言われてるかもしれませんが、

抑止力の【効く人】【効かない人】がいて一概には言えませんが、
大多数の人には効きます。だから、大多数の人は飲酒運転なんかしません。
一部の人に効かなくて、やる訳です。大多数の人には抑止力が効くというのが、
私の意見です。

上記の結果だけを捉えれば、オダさんの言われる通りとなりますが、
飲酒運転に関しては、そのようなデータが出て「抑止力なし」と言えそうですが、

一部の断片的な結果だけを捉えて、「刑罰に抑止力なし」と断定するのは
飲酒運転に関してもいささか短絡的、早計のような気がします。

法による刑罰があるから、犯罪者を処罰して私たちの生命や財産を守る
という機能(法益保護機能)があるうから、安心して生活できるのでは
ないでしょうか。

FFFさまも産科医ー1さまも、
医療者のみずからの自浄努力がもっと必要とか悪質な医師をとりしまることのどこが悪いとかかなり正しいことをおっしゃっていると思います。

ただ、このスレッドや前のスレッドで散々語り尽くされた、医師の労働条件が労働基準法無視の状態のため、限界にある状況下で、自浄努力を発揮することは事実上不可能ではないかと思います。

労働環境はそれは別の問題だとおっしゃるかもしれませんが、今の医師の勤務環境は自らの過労死と隣り合わせなほど過酷であり、密接な関係にあります。
まず医師の労働環境を整えること、それが先ではないでしょうか。
現実問題として、それが改善されなければ何も始まらないと思われます。
そのためには労働基準局への連絡などやり方はいくらもあるかと思いますが、今までそれをなさった方もおられるのですが、改善はされておりません。
そこで、ストライキが方法として考えられるのですが、患者様が来院され続ける以上医療を中断できる状況にありません。そこで、耐えられなくなった医師から順に、退職しているわけですね。身を挺したストライキです。

皆様がおっしゃるような、正しい医療の環境は、労働条件が整ったまともな現場になってから、構築されるものでしょう。つまり医療崩壊は不可避でその後の復興の段階でしか正しい医療は構築できないと思います。ものごとには順序があります。

医療費は高騰すると思いますが、クオリティーの高いにはコストがかかります。おそらくものすごい高額になると思いますが仕方ありません。

またそれとは別に、FFFさまは医師に対する偏見がかなり強くあるようです。医師に対してあまりに先入観が強くて、全く医師の労働の状況など一顧もされない態度をおとりになっていては、対話にならないと思います。

FFFさまの今の日本の医療に対する憎悪は矯めがたいものがあるようですが、今までWHOの日本の医療に対する評価など何度も出てきており、FFFさまもその頃から発言なさっているのにまた同じことを蒸し返しておられるので、医療者に対する思い込みを評価しなおす意志が全く感じられません。対話になっていません。

そこを自覚なさらない限り、話は堂々巡りのままではないでしょうか。

> 元内科医さん (No.234の書き込みについて)

 正に、労働環境と医療被害者の救済、リピーター医師の排除は別問題だと思います。

 元内科医さんが第三者の業務によって多大な損害を被ったとき、「その業界の労働環境が苛酷だから仕方ない、賠償請求も処罰も求めないことにしよう」というお考えになるのでしょうか? 40時間不眠不休で勤務していた運転手のタクシーに乗って居眠り運転をされ、自分の妻や子供が死んだ場合はどうですか? その会社が「タクシー業界は現在大変な状況にあり、運転手の労働環境を整えることが先決」と主張したら納得できますか? 

 医師全体の労働環境を整備することは必要でしょうが、何故それが個別のケースについて司法的解決を図る際の免罪符のように持ち出されるのか、正直よく分かりません。

 また、労働基準法無視の状態にある医師がいるとしても、20万人以上いる医師の全員がそのような状況とは到底考えられませんし、日本医師会という強力な政治的圧力団体もお持ちです。「医師のうち相当部分は忙しいから自浄作用を発揮できない」というのも、ちょっと理解しにくいところです。マスコミとの力関係が弱いと嘆いておられる方が多いようですが、医師会を持ち、医師出身の政治家もいるわけで、医師以上に政治的発言力を有する職種というのも少ないのではないかと思います。

>FFFさま

私の記載がどうしてそんな解釈になるのか良く分からないのですが。
私は「労働条件が限界にあるので、それを直すことがまず現実的には先じゃないですか」ということを書いただけです。現在の過酷な労働条件で働いている中、新たに自浄作用のあるシステムを作ることは物理的に不可能ではないですか、ということです。今後の医療のあるべき方向を、現実的に考えた場合、順序があるのではないですか、ということを言いたいのです。

「労働状態が限界であるために、医療者のいかなるミスも許されるべきだ(現在起きている医療過誤も含む)」とは書いておりません。
「FFFさまや産科医ー1さまのおっしゃる内容は基本的に正しいと思います」と私は書いております。

FFFさまの記載では、まるで私が「労働状態が限界であるために、医療者のいかなるミスも許されるべきだ(現在起きている医療過誤も含む)」と主張しているような記載になっております。

ミスリードだと思います。
抗議させて頂きます。
FFFさまからは、もっと高いレベルでの、ステレオタイプではない反論がお聞きできるかと思っておりましたのに、非常に残念に感じます。

お言葉ですがFFFさまは先入観があまりに強すぎ、他人の意見を曲解する傾向があると思われます。私の意見に限らず他の方の意見もちゃんと読むことができていないのではありませんか。もっとクールダウンして下さい。人の意見をしっかり受け止め真意を理解することが難しくなっている人とは、言い合いにこそなれ、議論にはならないと思いますが、いかがでしょうか。

FFFさんは
>その会社が「タクシー業界は現在大変な状況にあり、運転手の労働環境を整えることが先決」と主張したら納得できますか? 
 医師全体の労働環境を整備することは必要でしょうが、何故それが個別のケースについて司法的解決を図る際の免罪符のように持ち出されるのか、正直よく分かりません。


 前に出しましたが、NY州で研修医が3日不眠不休で働いた後、診察せず投薬して患者さんが亡くなったとき研修医が労働状況を訴え、報道関係者であった(日本の扇情的なマスコミと違いますね)家族がシステムを訴え、その後多くの全米の病院では医師の交代勤務が取り入れられました。
 根底にこのような過労で人間が過ちを犯すのは当然だという、精神論ではない理性的な考え方が社会的に受け入れられているからだと思います。

>その会社が「タクシー業界は現在大変な状況にあり、運転手の労働環境を整えることが先決」と主張したら納得できますか? 

 これは実際にトラックの運転手の業務上過失致死で、会社の責任が認められた、という件があったと思うのですが。


>医師会を持ち、医師出身の政治家もいるわけで、医師以上に政治的発言力を有する職種

 これは今までのログの中で現在の医師会の権力は何度も否定されていると思います。


 FFFさんは、医師側の根拠としている統計や本を少しでも見ていただいたことがあるでしょうか。かなり同じ討論を繰り返しています。
 
 司法関係者にFFFさんと同じ考え方の人がたくさんいるかと思うと絶望的な気分になります。
 太古と同じハンムラビ法典のような「目には目を」で懲罰することを第一義に考ええるのは正しいことなのでしょうか。
 人間システム工学から人間は誤りをおかすもの、その誤りをどうやって減らすかを考えるほうが有益ではないのでしょうか。

 そして他の分野がこうだから、医師も同じではなくてはいけないという論拠は成り立たないと思います。他の分野もおかしかったら変えればいいのです。

 何度も交通事故について出されていますが、交通事故では飲酒運転をしない、果汁積載をしないなどわかりやすい指標があります。医師についてもこうしたら業務上過失になるということをはっきり定義してください。そうしたらそれを避けますから。判例の積み重ねで決まるというのなら地雷原を目隠しで歩けというのと同じです。

 盗難や殺人をしたら逮捕され死刑になる→盗難や殺人をしない、という考え方は正常だと思います。
 しかし現状は家の外に出て人にぶつかったら無差別に逮捕される、という感覚です。これは異常ではないのでしょうか?司法への誤解ではありません。現実に福島でおこっているのです。

 大体逮捕されるという恐怖感があったほうがいい医療ができると本当におもっていらっしゃるのですか。逮捕される→治療に手を抜かない、ではなくて逮捕される→危ない治療、クレーマート思われる患者に手を出さない。です。これは責めることはできないと思います。

FFFさんは医師を処罰すれば抑止力が働くと考えているようですが、
そこのところが、根本的に間違いだと思います。
医療事故は注意すれば防げるというものではありません。
ひとつの参考として、
「念のためはどこまで必要か」
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20060807
をお読みください。
これはひとつの例でしかなく、医師の業務の上ではこのような
「不幸としか言いようのない例」に出会うことを完全に避けることができず、
にもかかわらず、裁判で片っ端から医師の責任が認定されている、
という印象を(多くの医師が)持っているのです。
多くの例で実際には医師の責任は認定されていないのかもしれませんが、
現実に医師がそのような印象を持ち、そのような理不尽を避けるためには
医師を辞めるしかない、少なくとも危険な業務を辞めるしかないと考えているのが
医療崩壊の原因です。
個々の事例で司法が「正しく」機能すればするほど、そのような結論になることが
お分かりでしょうか?


>産科医―1さま
 私も、産科医―1さまがお医者様ではないのではないかと疑っておりました。私の不明を恥じるとともに、お詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。

 さて私は以前、産科医―1さまが「分娩監視装置について」と「カンファレンスについて」のいずれの問いかけにも応じようとなさらなかった点について残念である旨申し述べましたが、その思いは今でも変わっておりません。

 まず「分娩監視装置の装着と判読」につきましては、「厚生労働省 新人看護職員の臨床実践能力の向上に関する検討会報告書」(平成16年3月10日)によれば、内診と同様に、助産技術の範疇とされており、看護師・准看護師が身につけるべき看護技術としては位置づけられていないようです。内診が計測でなく助産行為であるのなら、「分娩監視装置を用いての分娩進行の観察」も同様に保助看法3条にいう助産行為に該当し、看護師・准看護師がこれをおこなった場合、同法に抵触する虞がないとは言えないように思われます(実際、「分娩監視装置記録の観察を・・・能力のない准看護師に任せたことは適切でない」とする医師の見解もあるようです)。
 一方、大阪地判平成18年7月14日は、「(厚生労働省の指導は)准看護師が分娩監視装置の装着された妊婦を医師の指示の下に監視ないし観察することを禁ずる趣旨であるとは認められない」と判示しています。

 医師の皆さまが産科医―1さまに対して「分娩監視装置を必ず装着しているか」という問いかけを行った意図はわかりかねますが、傍らで皆さまの議論を拝見している身といたしましては、「分娩監視装置」をめぐる活発な議論を傍聴することで、分娩第鬼において看護師・准看護師ができることとできないこと、実際にさせていることとさせていないことの区別のあり方について垣間見ることができるのではないかと期待していた次第です。

 また、「カンファレンスのあり方」につきましても、医師の皆さまが「カンファレンス」というものをどのように行っているかをお聞かせいただければ、医事鑑定のあり方を考える材料や、医師の皆さまが仰るところの「医療事故調査機関」をイメージするための材料を得ることができたのではないかと期待しておりましたし、そうならなかったことについて残念に思っております。

新エントリに持っていくほどでない些末なことなので、メモとしてこちらに記入します。

オダ様
> ちなみに刑罰による威嚇は犯罪抑制に有効ではありません。(No.215)

刑罰の抑止力が全くないと考える説は極論であり、特に故意犯についてまで抑止力がないとする説は、国民全体の間で極少数であろうと思います。
(もし多数であるならば、刑法全廃の動議が、とっくの昔に起こっているはずです。)
どの程度の効果があると考えるかは、見解が別れるということでしょう。

故意犯に比べて過失犯の場合に、刑罰による抑止効果が小さいということは、法曹関係者の間でも、常識的であろう思います。だからといって抑止力ゼロとは解されておらず、それなりに効果がある(効果がある場合もある)と信じるからこそ、現行刑法体系の過失犯処罰規定が維持されているのですが。

この点で、飲酒等による危険運転を、通常の業務上過失致死傷罪より重く処罰することには、一定の合理性があると私は考えます。すなわち、「飲酒」というのは自覚的な意思に基づいた行為であって、故意犯的な要素を含む犯罪類型でありますから、単純な過失犯に比べて、刑罰による威嚇・抑止効果が強く期待されるのです。

厳罰化の効果が既に薄れているかどうかについては、現時点で判断するのは時期尚早であり、少なくとも10年単位でみなければ、正確な評価はできないのではないかと思っています。例えば、福岡市の事件で社会的にも飲酒運転が厳しく批難されたことが一罰百戒となって、揺り戻しがあるかもしれませんし。

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yama様
> 私は検察や裁判官は間違いを起こしても免責にすべきだと思います。
> 理由は医師免責と同じです。免責にしなかったら怖くて立件できませんよね?我々が理不尽な刑事罰のために医療ができない、というのと同じ理由です。(No.221)

その点は私も同意です。

私がNo171で指摘したかったことは、
刑事免責の議論になると、どうも法曹の側に「医師に特権を認めるな」的な反発が根強いということです。(例・No.194)
しかし、「司法だって特別扱いされてるじゃんか」と言われたら、返す言葉がないでしょ? 
政策的に必要があり合理的な根拠が認められるなら、特別扱いすることは差し支えないはずであるという趣旨です。

なお、
> 但し、国なりが無罪者に対してそれなりの償いをすべきとは思っていますが・・・。

現行の刑事補償制度による「償い」が非常に不十分であるという問題があります。
また、冤罪事件では、自白の強要等、捜査自体にも違法の疑いがある場合が少なくありませんが、裁判所というところは捜査機関の「違法」(国家賠償の対象となる)を容易に認めません。
この状況を前提とすれば、「間違った起訴をされる危険は誰しも等しいからこの制度を辛抱せよ」という理屈は、実際上説得力がなかろうという気がします。

一部の話題では完全に議論が行き詰っているようですが、最終的に何を目的としているかがどうも根本的に食い違っているのではないかという印象を受けます。

厳罰主義によって犯罪が抑制されるかどうかは司法關係者から何かしらデータがあるのであれば出していただきたいところですが、厳罰主義によって医療レベルが向上しないことに関しては既出のとおり認められるところとなっています。そうでないという反証は少なくともそれなりの根拠を出していただく必要があると考えます。
ただし昨今厳罰主義にシフトしつつある日本の司法、あるいはそういう印象を受けている医療者サイドによって自主的にハイリスク症例には手を出さないというリスク回避傾向が強まっていますから、結果として医療過誤の被害は減少していくことになるのかも知れません(今のところ印象レベル以上のデータを持ち合わせておりませんが)。

アナフィラキシーですら訴えられる時代です。医療過誤を減らすことを目的とするのであれば、医者は医療を行なわず、患者は医療機関を受診せずというのが現状で最も確実な方法論ということになります。医療レベルの向上とは程遠いものであることは言うまでもありませんが、医療レベル向上を目的としないのであればそういう方法論もありだとは思います。

> 厳罰主義によって犯罪が抑制されるかどうかは
すでにアメリカでは医療事故調査委員会、ならびに航空鉄道事故調査委員会等で意味がないというデータがでているはずです。テレビで見たデータですので今すぐ出せと言われても出てきませんが・・・。

>an_accusedさま

カンファレンスに関してですが、カンファレンスという範疇の中の、「内科における症例検討」に絞って参考意見を述べさせて頂きます。なお、このエントリは医療関係者の方が多いので、私の意見に補足訂正があれば、コメントして頂けると嬉しいです。

新入院患者さんに関してのカンファレンスでは、その主訴・入院時現症から、如何なる疾患をファースト・インプレッションとして考えるか、鑑別すべき疾患はどのようなものがあるか、診断に至るまでの検査計画をどのように立ててゆくか、等を受け持ち医のオリエンテーションをもとに、ディスカッションしてゆきます。臨床経験豊富な医師も同席していますので、種々の助言を得ることも可能です。その後、入院経過と共に診断が確定してゆきますから(診断に難渋することも多いのですが。)、今度は治療方針について、その妥当性を定期的にディスカッションしてゆきます。

また、不幸にして死亡の転帰をとった患者さんに関しては、ご遺族の了解を得て病理解剖をなし得た症例では、病理医も出席してカンファレンスが行われます。病理所見は最終診断ですから、臨床診断と病理診断をつき合せて、みんなで矛盾点などを検討反省し、今後の診療行為に活かしてゆきます。こういったディスカッションの積み重ねが、将来の医療過誤・事故の予防効果を発揮すると考えています。いうまでもなく、あくまでも患者さんに勉強させて頂いているということが基盤にあります。

なお、カンファレンスにおいて、「あの時こうしていればよかった。」という結果論から受け持ち医を糾弾することは、まずないと思います。これは医師同士の馴れ合い、庇いあいではなく、糾弾した医師は、「では、あなたはその結果を予見できるのか。」と尋ねられれば、返答に窮してしまうからです。

率直に申しまして、以上のカンファレンスが可能であるのは、病理医が常駐している大規模病院、地域の基幹病院に限られると思います。現実問題として、中小規模の病院では、本エントリで、他の医師の方々が異口同音にコメントされているように、医師の人員も少なく、一人五役のような業務内容でありますから、上記のカンファレンスをそのまま実施することは、なかなか困難であるのが実情です。誤解の無いように申し添えておきますが、だからといって、中小規模の病院の診療能力が劣っているという意味ではありません。

さて、「医療関連死や医療過誤・事故」の視点から、カンファレンスの存在意義を考えますと、それは捜査機関に届出を要する如き症例であり、その症例のカンファレンスは、「院内調査委員会でのディスカッション」という事になってくると思います。これが「医療側の自浄作用」ということになると思います。私は幸いにといいますか、医療関連死や医療過誤・事故が疑われる症例に遭遇したことがありませんので、「院内調査委員会」において、どのようなディスカッションがおこなわれているのか、申し訳ないですがわかりません。

従って、個々の病院で個々の症例に対して行われている、日常的なカンファレンスでは、医療関連死や医療過誤・事故が疑われる死亡に関してのディスカッションはされておらず、そもそも、そういうことをディスカッションすることを目的として、個々の病院のカンファレンスは、位置づけられてはいないと思います。

全国規模での医学界総会や、あるいは地方会などで、「医療関連死や医療過誤・事故が疑われ医事紛争となった症例」といったことをテーマにした演題募集や講演をおこない、それについて多数の医師からの意見を求め、医療過誤・事故を予防してゆくというようなことも可能なのでしょうが、それを実行すると、まるで訴訟に対して対策を練っているようで、マスメディアがセンセーショナルに取り上げることも危惧され、そうなると医療側がすすんで、患者さん側との信頼関係を損なっていると捉えられかねず、その結果、両者間に生じている温度差を、さらに増長するということになりますので、そういった演題や講演は行われないのかなあと思っています。

 個人的に思いますのは、医事紛争の判決要旨や新聞報道からは、患者さん(家族)と医療側との間に生じていた、信頼関係や人間関係などの「機微」を知り得ず、医事紛争が生じた原因を、深く読み取れないことが残念であります。

> さて私は以前、産科医―1さまが「分娩監視装置について」と「カンファレンスについて」のいずれの問いかけにも応じようとなさらなかった点について残念である旨申し述べましたが、その思いは今でも変わっておりません。

1.謝っていない
こんなことを言っているようでは,謝罪したことにはならない…というのは,ネット上ではもちろんのこと,日常生活でも当然のことです。いじめた側が謝りに行って,「いじめたのは悪かったが,いじめられるお前【にも】原因がある」と言っているのと同じです。

2.答えなければならない義務はない
単にネット上のことですから,ある問いかけに答えるか否かは当人の判断のみに拠るだけです。答えないことに対しての議論はありますが,少なくとも謝罪のためのパラグラフで指摘するのは不適当でしょう。

3.ハンドルは単なる識別子
そもそも,ハンドルは議論をする上での単なる識別子に過ぎません。ですから,一連のスレッドの中で複数を使うことは良くないこととされますが,一方で複数のスレッドでそれぞれ固定したハンドルを使用することは否定されていませんし,「名が体を表す」必要もないわけです。ナリスマシという問題もありますが,これは例えば良く似たハンドルで他人を装うというもので,職業を装うこととは全く違います。
(産科医-1さんではない)他の方もおっしゃっていますが,ハンドルに氏名や職業が使用されていたとしても,その真偽を追求するのは愚の骨頂です。

4.試すような質問と議論の進め方
例えばxx装置に関する議論をしたいのであれば,「xx装置には○○という特性がありますが…」というように自身の主張を先に書けば良いのであって,「xx装置についてどう考えるか」といった相手の知識を試すような質問は,特にこのような場合においては「他意がある」と思われてもしかたがないでしょう。

5.立場が同じでも
一般論としては,たとえ立場が同じでも考え方がひとつではないのは,みなさん良くご存知のはず。それが自身のこととなると,どうして立場による敵味方識別をしたがるのか。

6.ひとりでも労組
「労組を組織しているヒマがない」という意見がありました。その割には…ではなく,そのような場合でも,例えば労働組合ネットワークユニオン東京に「ひとりでも入れる労働組合」という支援があります。(下記URL)このような支援を受けた,あるいは相談したけどダメだったという方はいないのでしょうか?

http://www.netlaputa.ne.jp/~nut21/

最初に分娩監視装置についての質問をだしたオダです。

> 突然と私が「分娩監視装置について」の講義を始めても、あの場で、何の意味があったのでしょうか? 

>例えばxx装置に関する議論をしたいのであれば,「xx装置には○○という特性がありますが…」というように自身の主張を先に書けば良いのであって,「xx装置についてどう考えるか」といった相手の知識を試すような質問は,特にこのような場合においては「他意がある」と思われてもしかたがないでしょう。

産科医-1さまもTuHさまもなぜ「分娩監視装置の知識」を訊いていると思うのでしょうか?
自分が出した質問というのは
「出産の管理に分娩監視装置を必ずつけるようになさっておられるのか」
ですよね?
装置についての知識を問うている質問ではないですのですが。

質問の理由としては
「保身よりも「to do the right thing」を優先してる医療をやっておられるか一番解り易い例であるし、答えるのもすぐにすむ簡単な内容ですからですよ。」
と上げておいたのですが、自分でも今読んでみると意図が通じにくいと思います。
勢いに任せて書くのはいけませんね。
この件についてはすいませんでした。
ということでもう一度。
「分娩監視装置を出産管理に必ず行う事は本当に科学的に正しいのか?」
これを議論したいのです。
そのために産科医-1さまの立場をまずはっきりさせておきたいのです。
産科医-1さまは、「正しい事をすればいい」と言いますが、医療は不確実なものであり全てに正しいと言える事だけが出来る訳ではないというのが自分の立場です。
分娩監視装置についての知識なら産科医-1さまも言われる通り、素人でも調べれば述べる事は可能です。だからそんな事をお訊ねしておりません。
実際に産科医-1さまが「正しい事(臨床)」をしておられるのかという判断材料として、どう分娩装置を臨床で使っておられるのかが知りたいのですよ。
臨床家としての知識をもとに「装置の限界がどこにあるのか」「装置の限界を踏まえてどう使うのかが正しいのか」一家言があってしかるべきですと考えますが、いかがですか?

産科医−1です。

オダさんは、

>オダです。人口2万くらいの町の公立病院で、小児科をしております。

からだと、小児科医ということですね。
だったら、まず、あなたの公立病院の産科医は,なんて仰っているのでしょうかね。


>「分娩監視装置を出産管理に必ず行う事は本当に科学的に正しいのか?」
これを議論したいのです。


もし、本当に建設的な議論をなさりたいのなら、もうすこし、それなりのお話の仕方があるのじゃないでしょうか?


>そのために産科医-1さまの立場をまずはっきりさせておきたいのです。


何をはっきりさせりゃ良いのでしょうか?


>産科医-1さまは、「正しい事をすればいい」と言いますが、医療は不確実なものであり全てに正しいと言える事だけが出来る訳ではないというのが自分の立場です。

ご自分が正しいと言えることをなされば良いんじゃないですか?


>分娩監視装置についての知識なら産科医-1さまも言われる通り、素人でも調べれば述べる事は可能です。だからそんな事をお訊ねしておりません。
実際に産科医-1さまが「正しい事(臨床)」をしておられるのかという判断材料として、どう分娩装置を臨床で使っておられるのかが知りたいのですよ。


臨床で、どう分娩監視装置を使っているのかとのご質問ですが、それこそ時と場合があるでしょうから、一概にお答えは難しいですね。

一般的には、自然陣痛の場合は、適宜、陣痛誘発の場合は、可能な限り連続で、と言った所でしょうか。

こんなお返事で宜しいか?(苦笑)


>臨床家としての知識をもとに「装置の限界がどこにあるのか」「装置の限界を踏まえてどう使うのかが正しいのか」一家言があってしかるべきですと考えますが、いかがですか?

分娩監視装置の判読は難しいですね。それが医療裁判の証拠になれば、尚更です。分娩監視装置によって、よけいな帝王切開が増えるという話もありますが、現在の産科医療のレベルでは、それはある意味、仕方ないかと思っています。分娩監視装置のそうしたover diagnosis(これも一つの防衛医療?!)の部分を減らそうと、胎児の酸素分圧直接モニターを、何とか臨床に導入しようとする試みもあるようですね。

オダさんが小児科医ということで、あなたのご質問にお付き合いしましたが、じゃ,オダさんの小児科医としての一家言をお教え頂けますでしょうか?

オダさん

いえ,私は別に機器そのものを議論したいのではありません。
先に【自身の主張を先に書けば良いのであって】と書きましたように,質問するのであれば,ご自身の意見を先に述べられてはどうか?ということです。今回もご自身の意見を【先に】述べることなく,以下のように産科医−1さんに意見を求めておられますね?そのような議論の進め方は,一般的に好ましいものとはされないでしょう。

>臨床家としての知識をもとに「装置の限界がどこにあるのか」「装置の限界を踏まえてどう使うのかが正しいのか」一家言があってしかるべきですと考えますが、いかがですか?

>2.答えなければならない義務はない
No.244  Posted by: TuH

>元田舎医さん
>2.答えなければならない義務はない
No.244  Posted by: TuH

これって、オダさんを庇う為の書き込みですか?

あと、オダさん、以下の私のお願いにお応え頂けないでしょうか?!

>オダさんが小児科医ということで、あなたのご質問にお付き合いしましたが、じゃ,オダさんの小児科医としての一家言をお教え頂けますでしょうか?

元田舎医さんのご専門は何だか知りませんが、私の入っている産婦人科医会のMLでは、今の産科医療の現状を何とかしなければと言った、あなたたちがここでお書きになっているような内容とは、全く違った、建設的な意見が出ています。

医師と言えども、産科医ではないひとが、産科医療のことをご心配で仰りたいのなら、もう少し建設的な意見をいただけたらと思いますけどね。

産科医-1さま、どうも登場が遅くなって申し訳ありません。

お返事ありがとうございます。
別に逃げるつもりはありませんので、お答えしますよ。

>分娩監視装置によって、よけいな帝王切開が増えるという話もありますが、現在の産科医療のレベルでは、それはある意味、仕方ないかと思っています。

特にこのコメントがいただけてうれしく思います。

分娩監視装置は現在の技術レベルでは、得られる情報がすごく少ないと感じています。
昔、分娩監視装置がない時代に聴診で行なっていた管理と大きな違いがないじゃないって、研修医の時は不遜な考えを持ったくらいです。
しかし、「分娩監視装置を使用すれば胎児の合併症を防ぎ,母親の安全を守るだろう」という思い込みが、患者や社会にあります。
ところが医学的には「分娩監視装置を使用する場合と産科医の定時的聴診だけで胎児の状態をモニターする場合とを比較すると,胎児の予後に差はない」、「分娩監視装置を使用するほど母親の死亡率は上昇する」といエビデンスが続々出ています。
それを受けて米国産婦人科学会は
「リスクを伴わない出産の胎児のモニターについては医師による定時的聴診でも分娩監視装置でもどちらでもよい」
という指針を出しています。論文レベルではなく、学会のコンセンサスとして「正常な経過をたどっている分娩の管理」において「分娩監視装置の有用性」が否定されてしまいました。
EBMでは、「産科医の定時的聴診だけで胎児の状態をモニターする」ほうが「分娩監視装置を使って管理する」より母体は安全となります。
産科医-1さまの指摘されております。
「分娩監視装置のそうしたover diagnosis(これも一つの防衛医療?!)」
防衛医療って面が分娩監視装置についてまわるのは仕方ない気がします。
胎児の状態をモニターする何かテ画期的なクニカルジャンプがない限り、それは「ある意味、仕方がないか」とならざるをえないと考えます。
となるといくら「自分が正しいと考える医療」を行なっても、過失とされてしまう余地がでてしまう訳でこれは問題だと考えます。

>自然陣痛の場合は、適宜、陣痛誘発の場合は、可能な限り連続で

いまはうちの病院は産科はなくなってしまいましたが、以前周産期医療のパートナーを組んでいた産婦人科医はやはり同様に分娩監視装置をつかっておりました。
以前、産婦人科医の友人と以下のことを議論しました。
「自然陣痛の場合は、適宜」使用するのは誤りで、「陣痛誘発の場合は、可能な限り連続」に限るべきなのか?というようなことを。
特に自然陣痛の場合の「適宜」とは定義可能なのか?「産科医の定時的聴診」とは?という事で盛り上がりました。
しかし、ぶっちゃけた話、あのとき「何が正しいか」という結論はとうとう出ませんでした。

>「現在の産科医療のレベルでは、それはある意味、仕方ないかと思っています。」。
そう仕方ないことだと思います。
産科に限らず現在の医療水準では、over diagnosisやover treatmentにならざる得ない事がしばしばあります。その事に対して自分はとても悩みます。医療にそういう面がある以上「自分の正しいと信じる医療」は、間違っているかもしれないという自戒が必要だと思います。
分娩監視装置を使う場合にも、そういう自戒がないとover diagnosisを減らせないのではないかと考えます。
自然陣痛での適宜の使用。この「適宜」については考えていかなければならないと考えます。
(自分の場合、未熟児の人工呼吸の管理をしていて、「適宜」血ガス測定をしていたにも関わらず脳質周囲軟化症の発症を防げなかった子がいます。未熟児というそれ自体でハイリスクであり、調べた時のCO2濃度は正常だったので呼吸管理に問題がなかった可能性が高いと思います。しかし、それでもあの時の人工呼吸の管理で行なった血ガスの回数は「適宜」であったのか今でも考えます)

上記の書き込みミス発見しました。
× 何かテ画期的なクニカルジャンプ
                      ↓
○ 何か画期的なテクニカルジャンプ

それにしても全体がくどい文章になってしまいました。読みにくくてすいませんね。

>オダさま
>となるといくら「自分が正しいと考える医療」を行なっても、過失とされてしまう
>余地がでてしまう訳でこれは問題だと考えます。

エビデンスに基づいていれば、ご心配は無用だと思います。
逆に、「自分が正しいと考える医療」とエビデンスが食い違っていた場合、
裁判所はエビデンスの方を採用する可能性があると考えます。

>()診療ガイドライン
>今後、EBM医療が推進されて、医療情報サービスが普及し始めたとすると、
>そこにおける「診療ガイドライン」が即ち、医師の行為規範となることが予想される。

>特にEBM医療が推進されればされるほど、逆に、医療過誤のクレームは増える
>可能性がある。医師・医療機関としては、今後は、このような増大するクレームの
>対策に取り組みつつ、医療の安全性の維持・向上を目指して行かねばならない
>ことは、必定であろう。
http://www.m-l.or.jp/research/media040501_3.htm

オダさんが以下のように指摘された(患者や社会の)風潮と,それが良くない風潮であるというのは良くわかります。

>しかし、「分娩監視装置を使用すれば胎児の合併症を防ぎ,母親の安全を守るだろう」という思い込みが、患者や社会にあります。

ある種の装置やシステムを導入すれば,困難は一気に解決する,間違いは根絶される,効率が上がる…というのは良く聞く話ですが,大体においてそれらは間違いです。使っているのは人間だし,そもそもその装置やシステムが有効であると証明されていないことが多いというのは,これまたオダさんが以下のように例示されていますね。
このような風潮(思い込み)といのは,どうしたらなくしていけるのでしょう? 私は,可能な限り指摘する等していますが,その方法が悪かったり,相手が聞く耳を持たなかったりで,なかなか効果は上がりません。

>ところが医学的には「分娩監視装置を使用する場合と産科医の定時的聴診だけで胎児の状態をモニターする場合とを比較すると,胎児の予後に差はない」、「分娩監視装置を使用するほど母親の死亡率は上昇する」といエビデンスが続々出ています。

オダさんはNo.250で、
 
>ところが医学的には「分娩監視装置を使用する場合と産科医の定時的聴診だけで胎児の状態をモニターする場合とを比較すると,胎児の予後に差はない」、「分娩監視装置を使用するほど母親の死亡率は上昇する」といエビデンスが続々出ています。

とお書きになりましたが、「分娩監視装置を使用するほど母親の死亡率は上昇する」原因は、(分娩監視装置の使用により無用な)帝王切開が増えたことで、その結果として死亡率が上昇した、と考えれば宜しいのでしょうね。

あと、オダさんのNo.250にある記載内容に若干疑問な点がありますので、少し長くなりますが、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が連名で出した「子宮収縮薬による陣痛誘発・陣痛促進に際しての留意点」(平成18年7月)の「資料3」にある「陣痛促進薬使用時の胎児心拍数モニタリングの方法について」を以下に転載します。これは、現時点における我が国のコンセンサスと見なして良いと考えます。


陣痛促進薬使用時の胎児心拍数モニタリングの方法について

「分娩時の分娩監視装置による胎児心拍モニタリングを連続的に行うことの有用性」について、135,000人を対象とした無作為化試験以前の研究では、分娩中の胎児死亡率はモニタリング群に比べ聴診法群では3.26倍に増加し、有意に分娩監視装置による胎児心拍数モニタリング群での死亡が少ないことが示された(Am J Obstet Gynecol 1979;135:287-91. Level III)。その後に行われたモニタリング群と間欠的聴診法とを比較した無作為化試験では、聴診法群のプロトコールがより集中的になった結果(患者と看護師は1:1、第一期15分毎、第二期5分毎)、モニタリング群の死亡率と同様になって、両群での差はみられていない(Am J Obstet Gynecol 1985;152:529-39. Level I)
一方、児の予後に関しては、無作為化試験においてモニタリング群で有意な新生児けいれんの減少が報告された(Lancet 1989;2:1233-6. Level I)が、その後の長期にわたる追跡調査では非使用群に比べ神経学的異常の発生減少は認められていない(Clin Invest Med 1993;16:149-58. Level III)。
上記の研究以降、大規模なrandomized clinical trialはされておらず、連続モニタリングが明らかに有用とされるエビデンスは現時点ではない。ACOG のtechnical bulletin(1995, 2002)でも、リスクの有無によらず、間欠的聴診と連続的モニタリング双方ともacceptable methodであるとしている。
同様に、陣痛誘発あるいは陣痛促進時の連続モニタリングについても、それが有用であるというエビデンスは存在しない。実際、ACOGのpractice bulletin(1999)には、陣痛誘発あるいは陣痛促進において、ハイリスク症例の場合に限定して、陣痛発来後に分娩監視装置によるモニタリングを行うことが望ましいと記載されている。またカナダのSOGCのガイドラインでは連続モニタリングが推奨されている。当該薬剤投与症例の全てに連続モニタリングを行わなければならないということを記載したガイドラインは現時点ではない。
しかしながら、注意しなければならないのは、ここで差がないとされている間欠的聴診法は、看護師と患者は1:1の対応で、頻繁に聴診を行うことが求められていることである。この方法は、わが国の大多数の施設では実施不可能と思われる。むしろ、「分娩監視装置による胎児心拍数モニタリングを連続的に行うこと」を原則とする方が、臨床現場では対応しやすい可能性が高いと考えられる。本邦における陣痛誘発あるいは陣痛促進に関わる医療訴訟で医療側が敗訴となった事例では、モニタリングの不備が指摘されることが非常に多いという現状を考慮すると、科学的なエビデンスには乏しいものの、陣痛促進薬の使用時には分娩監視装置による胎児心拍数モニタリングを連続的に行うことを原則とし、医師の裁量によって弾力的運用を行うのが適切と判断した。

以上

P R

ブログタイムズ

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