エントリ


2ちゃんねるに書くようなことでは無いかもしれないが、匿名なので
昨日、死産に当たった。(福○県内ではないが)
警察に届けるか迷ったが、一応、届けた。
結果は、「業務上過失致死の疑い」となった。正当な医療行為の上でのこと
と思ったので、「医療上の適応、根拠」を自分なりに説明した。
しかし、警察は「自分たちは、医学のことはわかりませんが。被害者と加害者があることだけは確か
なので・・・」とのことだった。
20年以上、産婦人科医をやっていたが、これでやめる決断がついた。明日、辞表出します。
しばらくゆっり考えます。もしも逮捕されなかったとしても産婦人科はやめることになるでしょう。
日本の産科医療は、いや医療は、もうダメだと痛感した。

 これは、別エントリ「医療崩壊に対する制度論的対策について(その2)」に投稿されたコメントで引用されたものですが、2ちゃんねるの「産科医絶滅史第14巻 〜逃散期医療センター〜」に投稿された一文のようです。

 ことの真偽はともかく、

しかし、警察は「自分たちは、医学のことはわかりませんが。被害者と加害者があることだけは確かなので・・・」とのことだった。

 これはいかにも警察官が言いそうな台詞です。

 しかし間違ってます。

 この場合の「被害者」というのが死産児を意味するのか妊婦を意味するのか不明確ですが、死産児と考えます。
 つまり警察の感覚では、生きて生まれるはずの子供が死んで生まれたのだから被害者なのだという発想だと思われます。
 しかし、「被害者」は「加害者」と対になる言葉です。
 そして、「加害者」とは、まず客観的にみて「被害の原因を作った者」と言えることが前提条件になります。
 さらに、法律上においては、「被害の原因を作った者として責任を負うべき者」という意味になります。
 前者は、因果関係、後者は故意または過失責任の有無の問題です。
 過失犯においては、理論上、因果関係がなければ過失責任は問うことはできません。
 この点は、「割りばし事故無罪判決の理論と現実」で指摘しているところです。

 その意味で、件の警察官が、死産であることだけを根拠に、「被害者と加害者があることだけは確か」と言ったとすればそれは誤りなのです。
 何も「確か」ではありません。

 どうも警察官一般の感覚として、被害者が存在すれば、その被害について責任を負うべき加害者が存在するはずだ、存在しなければならない、と考えているところがあるように思われます。
 そしてこの感覚は、警察官だけでなく、国民一般の感覚ではないかと思われます。
 警察官は

「(送検するか)あとは家族の感情しだいですね。われわれも、無視すると業務怠慢と言われますから。」

とも言ったそうですが、警察官に対して「職務怠慢」というのは、被害者側であり、被害者側を代表したつもりになっているマスコミでしょう。

 しかし、医療の世界のように危険の存在を当然の前提とする領域においては、過失責任が存在する可能性と同程度に不可抗力の可能性を考えなければならないと思います。

 不可抗力による結果に対しては、誰も責任を取れません。
 世の中には、「不運な結果」があるということを常に念頭に置くべきです。
 それが過失犯における無罪推定の原則に他ならないと考えています。

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コメント(18)

>不可抗力による結果に対しては、誰も責任を取れません。

なんか分からなくなってきました。

責任があるか無いかは、不可抗力ではない=避けることが出来た。なのですか?
そうなると、すぐに「どこまでさかのぼって避けることが出来た」ということなりませんか?

ご紹介いただいた、出産問題も「その医師がその患者を避けることが出来たのだから、不可抗力ではない」といったムチャクチャな話も出てきそうですね。

わたしが問題にしている、航空機事故などでは不可抗力ではないと言う証明はほとんど不可能なように思いますが・・・・・。

また、自動車事故では統計的に事故多発地帯と呼ばれるところでは、道路に問題があると推測できるし実際に劇的に改善された例もありますが、ドライバーが無過失だった例はほとんど無いでしょう。

三菱ふそうのトラックがインターで脱出しようとして死んだ事故も、ドライバーの責任が後から訂正(?)されました。

こういう実例を見ると、捜査段階で「不可抗力」という判定をせずに、被害者・加害者=刑事事件でしか話は進まないように思うのですが、事故については航空機事故のようなケースでは原因を解明するために免責する、とした方が明確かな?と思いますけど。

 ある結果の発生について過失責任があるというためには、結果回避可能性があることが前提になります。

 ここで不可抗力とは、結果を回避できた人が誰もいない、という状況を言っています。

>責任があるか無いかは、不可抗力ではない=避けることが出来た。なのですか?

 過失責任の有無はそうではありません。
 自然科学的因果関係があり、物理的回避可能性があったとしても、法的結果回避義務がなければ、過失責任はないと解しています。

 法的結果回避義務とは、社会規範としての行為許容性の問題と言えると考えています。

う〜ん、病院で人が死ぬと、死亡患者は全て被害者で、医者は加害者であると、件の警察官は言いたいわけですね。ということは、留置場で人が死ぬと、被留置者が被害者で警察官が加害者であるとして、捜査に至るわけでしょうか?

死産、即捜査では医師はやってられないでしょうね。警察は、発生した事件を解決するために捜査をしているのか、クレイマーに対するアリバイづくりのために捜査をしているのか、捜査に対するポリシーが全く見えてきません。

教師のサラリーマン化、ことなかれ主義が指摘されて久しいですが、警察のサラリーマン化、ことなかれ主義はさらに深刻そうですね。神戸の院生殺害事件をはじめ動くべき事件に動かず悲惨な事態を招くくせに、こうして事件と思えないようなものには、クレームを恐れて積極的に捜査をする。誰かこんな警察官を一から教育してくれる人はいないもんでしょうか?

医師に過失がなかったと一体誰が決められるのでしょうか?
届出段階で、警察が結論を決めていいのでしょうか。
初期の段階における警察官の言動としては誤った部分があったにせよ、警察としては届出があった以上、適切に捜査するしかないのではないでしょうか。
捜査してみなければ真実は誰にも何もわかりません。
警察としては適切に捜査するのは当然であり、義務でもあり、その結果を検察官に送致若しくは送付して、司法当局に過失の有無を判断してもらうしかありません。結果がどうあれ警察が捜査したものは(捜査の結果、違法性があるにせよ、ないにせよ)検察官に送致しなければならないことは刑訴法上の義務です。
処分権限をもっていない警察を批判するのはあまりにも酷な話と思います。

>yyy さん

>初期の段階における警察官の言動としては誤った部分があったにせよ

 この「誤った部分」というのが、どうも相当大きな問題を生じさせているようなのです。

 そして、患者が亡くなったからといって、ただちに「捜査」が開始されてよいわけではありませんし、患者が亡くなったからといって警察に捜査の義務が生じるわけではありません。

 刑訴法上は、被疑者は無罪の推定を受けますが、社会的な認識はそうではありません。
 捜査対象になるということは、刑事責任の存在を強く疑われます。

モトケン先生が既にコメントされていますので、一点だけ。

>医師に過失がなかったと一体誰が決められるのでしょうか?
届出段階で、警察が結論を決めていいのでしょうか。

本件の死産届とは、厚生省令に基づく、公衆衛生上、特に母子保健の向上を目的としたもので、警察に届け出るのではなく、市町村区長に届け出るものだったと思います。

警察の端緒は分かりませんが、ひょっとして市町村が警察に情報提供するシステムになってるのでしょうか?

いずれにしても、ご両親からの告発なら、警察が放置することは許されませんが、死産届は本来父親が出すものであるとしても、別に告発扱いにはならないと思いますので、即捜査→送検とは決まってないように思いますが。もし、警察の方針等でそう決まっているのなら、現場の警察官を責めるのは確かに酷かもしれません。

そういえば、エントリーには、警察に届けたとなっていますので、上は間違いですね。申し訳ありません。ところで、死産届以外に警察にも届けるんですか、死産の場合は。

>モトケン 様

>捜査対象になるということは、刑事責任の存在を強く疑われます。

確かに現実問題としてはその通りですね。
捜査側(国家権力側)の問題なのか、社会側(国民側)が問題なのか。ただこの辺は捜査の現場の人間も承知していて辛いところだと思います。
届出内容からして、主観的に違法性、有責性、可罰性等ないと思われても、警察官の主観で判断するわけにはいきませんから、どうしても捜査してみて客観的裏づけが必要となってくるのではないでしょうか。

>患者が亡くなったからといって、ただちに「捜査」が開始されてよいわけではありません

ここが問題で、おっしゃることも一理あるのですが、捜査を開始しなくていいとも言えないことです。
どんな届出も捜査してみなければ真実は分からず判断がつかないのです。特に医療過誤はその典型例のひとつだと思います。
ただ多くの届出の中には、本来ならば初めから捜査する必要がないと判断したいものもあるでしょうね。警察としても捜査経済上の問題もあるでしょうし・・・

 この場合の届出は医師法21条の届出だと思われますが、その点についての解説として、「異状死体等の届出義務と現状」を紹介しておきます。

法律については素人ですので、誤解があれば訂正願います。
yyyさんの仰る「捜査しなければわからない」ということは、
とても理解できます。

もしも、明らかな「ミス」からの異常死であれば、「届け出」と
いうのは「自首」にあたるのでしょう。しかしながら、一瞬一瞬で
判断が求められる環境で、自分の良心に従い、正しい(と自分で
思う)ことをして、結果が悪かった場合には、医療者自身にも
「もっといいやり方があったのか」「見落としはないのか」と思って
いたり、「やれることは全部やった」つもりでもなにか落ちている点が
あったりであり、それら全てを届けなければならなくなり、しかも
それが「業務上過失致傷」「業務上過失致死」と名前がつけられて
しまっては、正常な業務ができなくなると思います。自分であれば
こんな状況であれば、「なるべく届け出たくない」と思ってしまいます。

愛育病院の件についても、「モデル事業に届け出たら警察に通報
されて事件として扱われるようになった」ということであれば、この
モデル事業にも届け出る件数は激減するのではないかと思います。

もちろん、ケースバイケースであろうと思いますが、なんらかの方策が
必要なように思います。


すいません、異常死ではなく、異状死でした。

もともと、匿名の掲示板への書き込みですから、真偽の程は不明ですが、私がその産科医の立場だったら、やっぱり産科医療から離れるでしょうね。

産科を続けている以上は、死産に立ち会うことは避けられないわけで、その度ごとに警察にこんなことを言われていたら、精神的に耐えられませんね。最初から産科医療と関わらなければ、巻き込まれることもないわけですし。

なんだか、建設的でなくてすみません。

私も「卒後 15年の内科部長」さんに同意見です。
届出をしなければならない医師の立場、届出を受ける警察の立場、それぞれの立場がなんとなくですが理解できるため、どこか(国会?)でいい折衷案というか、落としどころを決めてもらいたいものですね。

どちらも(医師、警察など)法律に従い一生懸命、まじめに仕事している現場の人間だけが辛い目に遭うような気がしてなりません。

こんにちは。
お久しぶりです。
基本的かつ理論的な疑問なのですが。

「死産」というと、普通は
母体内で生命活動を停止している状態
を思い浮かべます。
で、国語辞典を引くと、
「胎児が死んだ状態で分娩されること」
とあります。

このような場合に、
業務上過失致死のような
「人」の生命を保護する犯罪は
成立するのでしょうか?
211条の構成要件は「人」ですが、
刑法上の「人」の始期は「一部露出時」ですよね?
母体への傷害などが問題になりはするとしても、
「致死」というのは釈然としないのですが。

医師会シンクタンクにある弁護士さんの報告書の内容は
モトケン先生のリンク先と細かいところで医師法21条の解釈が違います
広尾病院事件判例は法医学会ガイドラインを無視している,とあります

http://www.jmari.med.or.jp/research/dl.php?no=257

>ボクシングファン さん

 ごもっともな疑問ですが、とりあえず本エントリとしてはそのあたりの論点には踏み込まないことにします。

 母親に対する傷害か子に対する過失致死または傷害致死になるかはケースバイケースかと思いますが、いずれにしろ、医師に対する刑事責任追及の理由にはなりえるわけで、最近のこのブログの議論の流れで言えば、まさにそこが問題になっています。

今の産科医の減少を少しでも食い止めるための措置として、
1つは、妊娠したら、出産までの各経過に合わせて、その時点で考えられるあらゆる危険性(1%以下の事象まで全て)とそれに対しての処置内容、そしてその後の結果(致死率何%など)の、承諾書的な書類を妊婦に持ち歩いて頂くのはどうでしょうか?そして、その承諾書には法的に認められる書類としておくこととして。

この書類を持ち合わせていない妊婦は、日本の全ての医療機関で対応しないこととして。

今の制度では、日本にいる限り、妊娠が判明したら速やかに妊婦は役所に妊娠届けを提出し、母子手帳をもらいます。その際に、この書類を渡し、有効期限を決めて、サインした書類を役所なり周産期医療センターなり裁判所で、法的に有効な書類としての手続きをすること。

かなり、膨大な書類になるでしょうが、安全な医療を提供する側と受ける側の契約と考えれば、無理な話をしているとは考えません。それに、妊婦やその家族には、妊娠がどういう経過を辿るもので、色々な困難を潜り抜けて子どもは生まれてくるのだということを認識してもらういい機会になると思います。妊娠・出産をすごく簡単に考えている人が多いように感じます。自分で子どもを生むことができることは、とても素晴らしいことだと少しでも理解してもらえたら、命のあるものを粗末に扱う人は減るのではないでしょうか。

そして、2つ目として、不幸な結果になった場合は、医療に専門知識のない警察に届けるのではなく、本当にその結果は医療ミスでなかったのか、その地区の周産期医療センターの医師(その地域の地の利がわかる臨床医)に即時に報告し、検証してもらってはどうですか?その鑑定に家族が納得できないのであれば、違うブロックの周産期医療センターの医師に鑑定してもらい、全国の周産期医療センターでの鑑定結果を集約したものを、その件の結果として最終決定されてはどうでしょう。この費用については、全ての妊婦さん達に負担してもらうか、税金から出してもらいましょう。(個人の負担とはしない、鑑定料は相当額を支払う)今のところ、日本の医療はボランティアではないので、何をどうしようとお金はかかります。

ここで、医療ミスが判明されたら、民事裁判で慰謝料を求めるなり、刑事事件で立件してもらいましょう。これでは、遅いですか?

厚生労働省(旧厚生省)の見解は下記の通り
(厚生労働省ホームページから法令検索システムで検索できます)。
注目すべきは第3項で す。

医師法第二十条但書に関する件
(昭和二四年四月一四日 医発第三八五号)
(各都道府県知事あて厚生省医務局長通知)
標記の件に関し若干誤解の向きもあるようであるが、左記の通り解すべきものであるので、御諒承の上貴管内の医師に対し周知徹底方特に御配意願いたい。


1 死亡診断書は、診療中の患者が死亡した場合に交付されるものであるから、苟しくもその者が診療中の患者であった場合は、死亡の際に立ち会っていなかった 場合でもこれを交付することができる。但し、この場合においては法第二十条の本文の規定により、原則として死亡後改めて診察をしなければならない。
法第二十条但書は、右の原則に対する例外として、診療中の患者が受診後二四時間以内に死亡した場合に限り、改めて死後診察しなくても死亡診断書を交付し得ることを認めたも のである。
2 診療中の患者であっても、それが他の全然別個の原因例えば交通事故等により死亡した場合は、死体検案書を交付すべきである。
3 死体検案書は、診療中の患者以外の者が死亡した場合に、死後その死体を検案して交付されるものである。

P R

ブログタイムズ

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