エントリ

 判決によると、生徒は2003年8月、クラブ活動中に頭痛を訴え、同病院で脳血管の奇形と診断された。翌月、カテーテルを使った治療の手術を受けた際、頭がい骨内で出血を起こし、約20日後に死亡した。

 山下裁判長は「カテーテルが何らかの理由で奇形部分外の動脈に誤って入り出血した」と認定。「出血させた過失が死亡につながっており、被告は不法行為の責任を免れない」とした。

 この判決も医療側にはとても不満な判決ではなかろうかと想像します。

 判決のいう「何らかの理由」の内容が確定されないまま、それを「過失」と認定することは論理の飛躍があり、結果責任を問うもののように感じられます。

 ただし、報道のみからの感想です。

追記
 京都新聞では、ほんの少しだけ詳しいです。

 山下裁判長は、出血部位について、手術が予定されていた動脈とは別の場所だった、とした上で「カテーテルを用いた手術では出血の危険性があり、必要のない部位に挿入することは避けるべきだった」と、医師の過失を認定。ミスと死亡との因果関係を認め、逸失利益約4500万円を含む総額約7800万円の支払いを命じた。

 これでも過失を認定した根拠がまったくわかりません。

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コメント(120)

初めて書き込みします。

結局、何か不幸な経過をたどったら、過失の有無は関係なしに、誰かに責任を押し付けようとする昨今のマスコミ先導型の世論がこういう事態に発展させているんですね。

まさに「結果責任」。患者・家族側の勝手な「期待権」に反していることはすべて罪に問われているってことですね。

以前はバリバリの循環器内科医で冠動脈インターベンション治療をしていましたけど、数年前に撤退しました。バカらしくて。やっぱり第一線から退いた私の判断は正しかったと言うことです。

今後数年で急速に日本の医療は衰退していくでしょうけど、自分の家族を守れればいいや、と最近では思っています。いわゆるモラルハザードでしょうが、そんなの知ったことではありません。

「医療裁判は長い」という悪評(?)がありますから早めに終わらせたかったのでしょうが,この判決は落第点ですね(少なくとも,この記事だけでは。最高裁hpの判例とかに載ることを期待します)。医師からは「わけのわからん理由で責任押しつけられちゃかなわん」ってなりますし,患者側からは「賠償は取れたが,何で死んだのかわからん」ってなりますから。

脳神経外科医ではない医師としてもちょっとね、という記事です。「記事」がです。いつものミスリード事例。
これだけでは詳細がわからないのであくまで、以下推測です。「脳血管の奇形」というのは「脳動静脈奇形」のことかと推測します。だとすると、の話しをします。もともとその部分は解剖学的に破れやすいので問題になります。まだ破れていない場合は、経過を見ていくこともありますが、予防的に手術をすることもあります。以前は開頭して奇形血管切除をしていましたが、当然脳神経も傷つけますので(避けられない過程です)、術後に神経障害がでることも多いです。今は血管内手術もされるようになりましたが、やはりもともと脆弱な血管ですので術中に破れる可能性はあります。
今のご時世ですから、患者、家族にもそのような危険性については書面で話されていると思います。だとすると何が問題となったかをきちんと取材して書き込むのがやはりその道のプロであると思うのですが、これでは手術自体が問題なのかどうか因果関係が不明です。いまさらいうことでもなかったですね、ハァ〜。
<もちろん目的の部位以外のところを傷つけて出血させた場合は、話しは変わってきます>

とにかく事実関係がわからない
いつもの不毛な報道です
医師や強い関心を持つみなさんは
少々お金を出してでも正確なところを
知りたいという人も血行居ると思うんですが
需要あって供給なしの現状です
血管内治療はハードウェアの進歩が著しいし
病巣の詳細も分からないので
ホントになにがなんだかわかりません

誤って入った理由が分からないのに、何で過失が成立するのか全く分かりません。

判決書には、一応裁判官なりの(へ)理屈を書いてるのでしょうが、誤って入った理由が分からない以上、過失の可能性もあるという程度で、過失とは断定できないでしょう。

過失の可能性もあるという程度で賠償を認めちゃうのは、病院側に無過失立証を課しているとしか思えません。高度な医療であればあるほど、無過失立証など不可能でしょうし、最初から裁判官の頭には「病院負け」の結論があったとしか思えません。とてもフェアな裁判だとはいえないでしょう。

「国破れて三部あり」で名高い藤山裁判官と同じような臭いを感じます。

また、辞めていくお医者様が増えるんでしょうね・・・。

>>じじいさん
その藤山判事の最新の業績です。
==================================
<医療過誤>がん検診怠った医師らに賠償命令 東京地裁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060901-00000143-mai-soci
 肝がんで死亡した東京都内の会社員男性(当時45歳)の遺族が「検査を怠り病状の進行を見逃した」として、主治医と病院側に約1億円の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は1日、約5100万円の支払いを命じた。藤山裁判長は「検査すれば、がんを早期発見でき、あと4年近く長生きできた。初歩的で重大な過失」と指摘した。
(毎日新聞) - 9月1日23時24分更新
==================================
がん検査怠ったと賠償命令/担当医と法人に5千万円
http://www.sakigake.jp/servlet/SKNEWS.NewsPack.npnews?newsid=2006090101001286&genre=national
 肝細胞がんで死亡した男性=当時(45)=の妻が早期発見のための検査を怠ったとして、担当医と神奈川県の医療法人に約1億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は1日、過失を認め担当医側に計約5000万円の支払いを命じた。

 藤山雅行裁判長は「肝硬変だったが、担当医は治療費が安くすむように『慢性肝炎』とした。その後、肝硬変であることを忘れ、がん発見の必要な検査をしなかった。患者への便宜供与から出た行為だが、責任はあまりに重大」と判断した。

 また「担当医は大学教授で日本肝臓学会でも指導的役割を果たしており、信頼を裏切られた苦痛は極めて大きい」として、慰謝料は通常参考にされる交通事故の基準より多い3000万円を認めた。
(2006/09/01 13:38)
==================================
判決文を読んでいませんのでコメントは控えます。

はじめまして

>元田舎医さん
コメントを控えるくらいなら、最初から紹介しない方がいいのではないでしょうか。
何の意図があって紹介するのか、いぶかしんでしまいます。

ちなみに
>硬変だったが、担当医は治療費が安くすむように『慢性肝炎』とした。
>その後、肝硬変であることを忘れ、がん発見の必要な検査をしなかった。

これだけ読む限りだと、何らかの支払いは当然だと思いますが。

これだけなら言葉足らずですね

つまり、藤山判決に関しては以下のような思いがあると思います
1.肝硬変を慢性肝炎と診断するのはよくあること
2.検査したからと言ってガンが発見されるとは限らない
3.検査せず、ガンが発見できなかった以上、何らかの補償は必要だが、
額と慰謝料の決め方に問題があるのではないだろうか
4.全く問題ない

私の考えは、3に相当する訳です。
100%正しいとは思ってない事を強調しています。

> 何の意図があって紹介するのか、いぶかしんでしまいます。(No.7 しま様)

元田舎医先生の琴線に触れたのは、多分このくだりであると思われます。

> 「担当医は大学教授で日本肝臓学会でも指導的役割を果たしており、信頼を裏切られた苦痛は極めて大きい」として、慰謝料は通常参考にされる交通事故の基準より多い3000万円を認めた。(No.6の引用報道)

藤山裁判官は以前から、医師は交通事故基準より慰謝料が高くなるケースがあるという判断を示しています。
本件では、もし無名のヒラ医師であれば、慰謝料は交通事故標準額に留まったのでしょうか?
ひどいことをした度合いが大きいから慰謝料を増額するという理屈はありうるとしても、
平素真面目で腕の良い医者であったことが、増額の理由になるということに、違和感を感じます。
(刑事事件の情状弁護では、普段の行いは良く本件は魔が差しただけ、と主張することはよくあります。)

保険診療の下では、高名な医師だからといって治療費を高く請求することはできませんし、名医アリと宣伝して客寄せをしたわけでもないのに、勝手に信頼されても困るのでは。
とりあえず対策としては、ヘタに名医の評判をとらず、ヤブでございと謙遜しておくのが、安全なようです。

>YUNYUNさま
慰謝料の件は確かに同感です。信頼の有無で慰謝料増額するのも疑問ではあります。

一番疑問なのは交通事故の基準をそのまま医療事故の指標として使うことなのですが。医者の方々は、慰謝料に関してどのように算定した方がいいと考えていらっしゃるのでしょうか。

ちなみに、肝細胞がんに関しては毎日新聞にやや詳しく載っていますね。
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/news/20060902k0000m040118000c.html

指導医になって患者の信頼を得たら
診療報酬は並の医者と全く同じで
賠償額だけ割増なわけですな
アホくさくて勉強する気なくしますわ

 上の肝がんの判決、「白い巨塔」の控訴審判決との類似性を感じてるのは私だけでしょうか?

 なお、「白い巨塔」の控訴審判決は出版された当時はともかく、現在の医学から考えて明らかな「誤審」だと思っています。

この判決は皆さんのおっしゃるとおり不明な点ばかりで文面通り解釈するなら誰も納得はできない、あやまった判決と言わざるを得ません。
まず、間違った血管に入っていたのが解っていて治療した、となるとこれは誰が見ても過誤であり、医師の意見も判決内容に肯定的意見が相当数占めるようになるでしょう。
もう一つはカテーテルの入った血管が誤った血管かどうか十分確認しているかどうかです。確認方法が専門家の誰が見ても可能であるのであれば肯定的意見が増えるでしょうし、困難であれば否定的な意見が増えるでしょう。困難であれば名医がやってもこのような事故は起こりうることであり、「こんな治療やってられるか!」ということになり、医療が衰退します。そして最終的に被害を被るのは患者です。
つまり、そのところがはっきりしないと少なくとも医師の意見は得られにくいと思います。つまり、結果責任論となってしまい、控訴に値するものだと思います。仕方のない過誤あるいは過失で結果責任論で高い賠償金を払わされるのは誰でも納得がいきませんよね。

エントリ本題の脳血管手術判決と、藤山奉行の肝がん判決が出てしまったので、若干ややこしくなってしまったかもしれません。藤山奉行を登場させた責任を深く感じています(^^)

ただ、病院や医師にことのほか過重な責任(無過失立証等)を課したり、単に著名な医師であったことのみをもって慰謝料を上積みするような不平等な判決を平気で書ける。

裁判官の黒衣はいかなる色にも染まらないはずなのですが、自分で違う色に染めてしまう、こうした裁判官が増えてきたことは非常に残念です。

>>じじいさん
流れを(また)混乱させたのは私です。
申し訳ない。

これも凄いですよ

>県立淡路病院 患者死亡、4100万円賠償
>
> 兵庫県立淡路病院(洲本市)で抗生物質の投与を受け、直後に死亡した淡路島内の
>男性=当時(62)=の遺族らが「病院が適切な措置を怠った」として、県を相手に約六
>千百万円の損害賠償を求めた訴訟で、神戸地裁の橋詰均裁判長は三十一日までに、
>県に約四千百万円の支払いを命じる判決を言い渡した。県は控訴せず、判決が確定した。
>
> 判決によると、男性は二〇〇四年三月、前立腺がんの疑いで同病院に入院。患部の組
>織の一部を採取する検査に備え、抗生物質の点滴を受けたところ、直後にアレルギー反応
>による「アナフィラキシーショック」に陥り、三日後に死亡した。
>
> 橋詰裁判長は「看護師がすぐに点滴を中止し、医師が処置すれば、患者の死は避けられた。
>看護師はアナフィラキシーの危険性の認識が十分ではなく、医師も容体の異変を知りながら病
>室に駆けつけなかった」として、原告側の訴えを認めた。
>
>以下略
>
>ソース:http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000101037.shtml

アナフィラで4000万ですか・・・
点滴なんてこれからはしてはいけませんね
生食onlyです

素朴な疑問なんですが、抗生物質でアナフィラキシーが起こることはありますが、抗生物質の即時中止や気道確保、薬の投与などの適切な処置をしていれば、死亡するまでは至らないと思うのですが?

この亡くなられた方、アナフィラキシーショックというよりも、Stevens-Johnson syndromeとか、toxic epidermal necrolysis(TEN)だったのではないかと、疑問を持ちました。この場合、救命はかなり厳しいと思います。

入院中ならば、抗生物質の点滴前に皮内テストをしているはずで、その結果は問題なしで、点滴実施して、症状が出たのなら、その人の体質だと思います。それでも、病院には責任があるのでしょうか?

アナフィラキシーショックなのに、治療や処置を全く行わなかったのなら、責任が生じるでしょうが、治療しても救命率100%とは言えません。

あらゆる治療行為に、“絶対”は無いですよね。それでも、司法や患者さんは“絶対”を求めているので、根本的に医療という科学に対する認識の違いがありすぎて、話が噛み合わなくなっていくような印象を受けます。

> 看護師がすぐに点滴を中止し、医師が処置すれば、患者の死は避けられた。
> 看護師はアナフィラキシーの危険性の認識が十分ではなく、医師も容体の異変を知りながら病
> 室に駆けつけなかった

と書いてありますが、その時間はどれくらいなのでしょうか?
知りながらとありますが、そのとき医師は救急処置中だったかもしれません。抗生剤を受けてショック→アナフィラキシーショックというのを理由無く見逃すことは考えられないと思います。
逆に言うと、医師が暇であったのに5分以内に駆けつけなかったとか、看護婦は急変を知りながら医師を呼ぶなどの行為を10分以上しなかった、とかでしたら医療機関側からもほとんど賛同を得られないと思います。

じじいさんへ
>誤って入った理由が分からないのに、何で過失が成立するのか全く分かりません。

医師が操作するカテーテルが、病変部と関係のない血管を突き破り、その出血により患者が死亡した場合、当然過失が成立すると思います。

「誤って」入った、のであれば、その理由が分からなくても「誤り」があるのは明白ですから。

また、医師が「誤って入った」ことを「認識」していたかどうかも、過失の成立には関係ないですね。

> 民473
私も過失で間違いないと思います。
問題なのは、医療事故を過失で刑事罰に処すのがおかしい、それ故、今現在では医師の主張を通すには「過失が無いこと」を証明するしかありません。事実は、過失あり、建前は過失なしということです。
ちょうど自衛隊が事実は軍隊で建前は軍隊でないのと似ていますね。

しかし、確か割り箸事件は過失を認めながら無罪となったのではありませんでしたっけ?それが正しければ一歩前進というところでしょうか。

血管カテーテル検査/治療という手技については以下のレスがわかりやすいかと。

16 名前: 名無しさん@6周年 Mail: 投稿日: 2006/09/02(土) 06:40:12 ID: /PbJ4+Gq0
>山下裁判長は、出血部位について、手術が予定されていた動脈とは別の場所だった、とした上で「カテーテル
>を用いた手術では出血の危険性があり、必要のない部位に挿入することは避けるべきだった」と、医>師の過失を認定。

糞裁判長に謹んで申し上げる。
血管をガイドワイヤーでいろいろな血管を捜しながら徐々に目的の血管に近づき選択して治療すると
いうのがカテーテル治療の根幹です。
そんな違う血管にカテーテルを入れるなというならカテーテル治療そのものができません。

治療費をもっと値上げさせろよ。
馬鹿馬鹿しくてやってられない。

【医療】カテーテルを使った脳手術 ミスを認定 7800万円賠償命令 宇多野病院訴訟で京都地裁判決[09/02]
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1157128837/

re:No.21
そうは言っても、間違った血管に入れて、血管を突き破ったら、過失でしょう。

yamaさんへ
「刑事責任は無いが、民事責任(賠償責任)は有る」という範囲が、広く認められるべきだと思っています。
割り箸事件についても、刑事と民事を分離する動きとも思え、刑事では「因果関係」が認められず無罪になったが、民事では期待権侵害で損害賠償が認められると思います。
また、「過失」という概念も、刑事と民事で分離していく可能性があります。(というか、刑事の業務上過失致死傷罪では「過失」という言葉をもう使っていないのですね。)
刑法第211条(業務上過失致死傷等) 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。(以下略)

最近このサイトを知り、ROMとして参加させていただいていました。
管理人さんが直感されたように、実際に治療に関わるものとしてこの判決に違和感を覚えたため、初めて書き込みをさせていただきます。

まず、この治療で「目的以外の血管に入ってしまうこと」は、珍しいことではありません。
以下説明します。

カテーテル操作というのは、股の付け根から細い管(カテーテル)を入れ、それを1メートル以上離れた脳内の数ミリ(時にそれ以下)の直径の血管まで上げていくという作業です。
操作する側の人間は、レントゲン透視をモニターで確認しながら、カテーテルの根元を手元で押したり引いたり、こねくり回したり、という作業になります。
この際、血管はあたかも立体迷路のように3次元的に枝分かれを繰り返しており、それを2次元のモニターで遠隔操作しながら、カテーテルの先端を目的の場所に到達させることになります。このような治療の性質上、目的とする血管以外の場所に『誤って』入る」ということは、極めて日常的なことです。

で、「『誤って』入ることを避けることができるか?」という点では、確かに術者の技術の習熟度によって、スムーズに(他の血管に迷い込むこと無しに)病変に到達させる人がいる一方で、あっちに迷い、こっちに迷いしながら(目的の場所以外に入りながら)、ようやく病変に到達する人もいます(稀に、到達できない場合もあります)。
ただ、そのような到達困難な場合というのは、術者のテクニックよりも血管構築自体の要素が占める割合の方が高いと思います。
ゴルフに例えるなら、難コース(フェアウェイが狭い、バンカーが多い・深い、ラフが深い、グリーンが難しい、風が強い、などなど)では、トッププロでもパーを取るのが難しい、といった感じかと思います。

この例で操作が難しくなる要因を考えるとすれば、16歳という年齢は動脈硬化による血管構築の変容は少ないものの、カテーテル操作によって血管が過度に収縮する反応が出易いと思われます。その結果、カテーテルを思い通り動かすことができなくなり、治療に不要な血管に入ってしまい、さらに血管壁を破ってしまったというシナリオが、十分考えられます。

さらに、「誤って、違う血管に入ったとして、さらに出血させることを回避できたか?」という点ですが、袋小路にはまりこみ、手元の操作がなかなかうまくいかない場合、時として強引な操作が功を奏する場合もあるし、あるいは強引な操作が悲惨な結果を生むこともあります。どちらに転ぶかは、言い方は悪いですが、運任せです。
この場合にも熟練した術者ならうまくトラブルに対処できるかも知れないし、そもそもそういったトラブルを招かないかもしれません。しかし、どんな熟練した術者でも避けられないトラブルというのは存在しますし、この症例がそうであった可能性は無かったのだろうかと思うのです。


この報道では、「治療に必要の無い部位に『誤って』入り、出血させた」という事実が「過失」の理由とされています。
世間一般の方は、「術者に技量や注意が欠けていたことが原因で、過失はやむを得ない」と捉えることと思います。
しかし、繰り返しになりますが、この件は不可避(つまり、誰がやっても同じ結果になった)な事例ではなかっただろうか?脳血管内治療を行う人間として通常の技量を持つ人間であっても回避できないトラブルであったのではなかろうか?という疑念を、同じ治療に携わる者として、この報道だけではどうしても打ち消せません。

>医師が操作するカテーテルが、病変部と関係のない血管を突き破り、その出血により患者が死亡した場合、当然過失が成立すると思います。

民法上の過失の定義は、wikiによると「結果予見義務違反(具体的予見可能性を前提とする。)に加えて,結果の発生を回避するための一定の行為を怠ったこと」が通説だそうです。(wikiも完全ではないので違ってたらごめんなさい。)

ここでいう結果予見義務違反と回避行為の怠りは、原因不明でも成立するものなのでしょうか?その点が分からなかったものですから・・・。

誤って入って何かあったのが全て過失になるなら、一切の遅滞なく一発
で病変まで到達し、一気呵成に病変部での操作を終えない限り、無過失
と言えないということでしょうか?
そんな神がかった手技ができて「しまう」のは、何千例に一例では?
誰ができる、というよりいつどこでこんな事があったというレベルの事象
だと思います。

私も以前はカテーテル治療をしていたから分かります。
病変部にたどり着くまでにいくつかの分岐点があるけれど、カテーテルを押したらすんなり正しい分岐先にたどり着けるなんて思ったら大間違い。先端が少し曲がったカテーテルをくるくる回してさっと進める。そのときにうまく正しい分岐先に入ってくれたらラッキー、と言った感じです。場合によっては何回・何十回も挑戦してやっと入ることもあるし、場合によっては入らないであきらめることもある。

こんな状況で、No.22 民473様の
>re:No.21
>そうは言っても、間違った血管に入れて、血管を突き破ったら、過失でしょう

なんて言動を聞いてしまうと法曹界はやっぱり分からないんだなあ、と思わずにはいられないですね。
抵抗が強いのに無理に押して血管を突き破ったのなら過失かもしれないが、普通に押してても破る事だってある。

私自身、本当に、カテーテル治療をやめて正解でした。私の周りでもやめた人間が結構出てきましたが、正解です。医療制度は崩壊するところまで崩壊すべきだと、この意見で確信しました。

医療訴訟に携わる法曹関係者に、年間10例なり20例の手術見学や勉強会、医療学会への参加を義務付けたらどうでしょうか?

暇人28号様

>なんて言動を聞いてしまうと法曹界はやっぱり分からないんだなあ、と思わずにはいられないですね。
>私自身、本当に、カテーテル治療をやめて正解でした。私の周りでもやめた人間が結構出てきましたが、正解です。医療制度は崩壊するところまで崩壊すべきだと、この意見で確信しました。

民473様が法曹界の方かどうか分かりませんから、余り過剰反応しない方がよろしいかと思います。現に法曹界のモトケン先生は同意見ではないようですし。仮に、民473様が法曹界の方だとしても、法曹界の中ですら意見は千差万別ですので、単にお一方の意見として聞き置かれた方が良いと思います。

山下裁判長の考え方が一般的かどうかも、二審以降を見なければ分かりませんし。結構地裁レベルではドラスティックというか、いい加減な判決も出ますので。

暇人28号さま
>私自身、本当に、カテーテル治療をやめて正解でした。
本当に正解だと思います。ついでに、医者も廃業されたら良いでしょう。
無責任な医者がいると困りますから。

カテーテル手術で血管を突き破った場合でも、過失が成立しないと本気で考えている医師がいたならば、考えを改めた方が良いですよ。

何だか、だんだん荒れてきましたね。

民473さんへ
元看護師のおせっかいで一言。

血管内でのカテーテル手技で、血管を貫通してしまう原因は、大きく分けると2つあるわけです。
1つは、民473さんが主張するような「医師個人の技術が未熟で、さらにこういったアクシデントに対応できるバックアップが整備できていないために、患者さんが被害を被るケース」です。この場合は、その医療機関に対してや、その未熟な医師をそういう状況に置いた組織に責任が問われるのは、当然だと思います。

もう1つは、暇人28号先生が言っているケースだと思うのですが、「医師の技術も経験も十分であるが、患者さんの血管自体の個体差で、通常なら何も起こらない手技でも、その患者さんには甚大な反応が起きるケース」だと考えます。
様々な部位で、カテーテルが治療に使用されていますが、その使用する血管は患者さん個人個人でその性質が異なっているのです。
解剖学で神経や血管の走行を勉強します。あれは、大体の人間はこうなっているというもので、血管の位置にしても個人差があるのです。(病的な血管の奇形は除きます)
また、血管の丈夫さみたいなものも違うのです。糖尿病や、高脂血症の既往がある人は、血管が脆く貫通しやすいのは想像がつくとは思うのですが、若い人でも、その人の持っている血管の性質として血管壁が脆い人はいるのです。(例えば、爪で皮膚を引っかいただけで、ケロイドになる人がいるように)
暇人28号先生やその他の医療従事者が、納得できないのは、こういったケースでさえも、医師の過失を認めることになってしまう司法の判断なのだと思います。

最後に、無責任な医療従事者は、このブログにコメントをしたりしないと思います。ここにコメントしている医療従事者は、今の医療崩壊をどうにかして改善したいと思っているのですから。このまま医療崩壊して、1番被害を被るのは患者さん達やこれから患者になるであろう全ての国民なのですよ。

 「いやならやめろ」というほど非建設的な意見は無いと思います。

 なぜ医師が逃げ出すのか、そこをよく聴かなくては医療崩壊の対策など立てられません。医師も人間で、神ではありませんから、不可避のことまで責任はとれません。

 過剰な責任を押し付けられて、現場から逃げ出しているのは一人ではないのですよ。人が逃げれば逃げるほど残った人の荷重が増加し、耐え切れなくなってついには誰もいなくなってしまいます。

 本当に医療崩壊を食い止めたいのなら、マスコミが決して報道しない現場の声に耳を傾けてください。

 イギリスの医療崩壊は医療費を上げても、医師の士気低下が改善しないため、再建されていません。日本もこのままでは同じ道をたどります。悪い歴史は繰り返してはなりません。

例えば、道に迷った車が一台あり人気のない交差点の赤信号で停車していたとします。そこに後ろから追突されたとします。追突された車が道を間違えなければそもそも事故はおきなかった、というのが事実であったとしても、そのことをもって過失相殺というのは普通は無いように思います。

私は医師ではないのでカテーテルの操作がどうなっているのかは知りませんが、血管の中を行きつ戻りつして探っていくのが通常の動作というのであれば、事故の場所が正しいかどうかだけで過失を判断するというのは正しくないように思います。

「医療行為中に何が発生しても、医師は一切の責任を負わない」という医師無責任が、お望みなのでしょうか?

医師を名のる方のご意見を見ていると、過失の有無というより、「医療行為にはリスクが伴う。だから医師は免責されるべきだ」ということを言いたいのではないかと思えます。

でも、それは筋違いで、「患者が同意したから、医師は免責される」となるべきで、患者の同意も、ただの同意ではなく、リスクについて説明を受けた上での同意であるべきだ、ということは、医師の皆さんは既に知っていることだと思います。

「医療行為にはリスクが伴う。だから医師は免責されるべきだ」という議論がなくなれば、この問題はずいぶんスッキリするでしょう。

なお、この裁判、高裁で逆転することは、まずないと思います。

>なお、この裁判、高裁で逆転することは、まずないと思います。
もしそうだとすると逃散がますます進みカテーテルという手技は日本では絶滅が危惧されるでしょうね

 民473さんは過激ですね。そしてミスリードされていると思います。

>「医療行為中に何が発生しても、医師は一切の責任を負わない」という医師無責任が、お望みなのでしょうか?

 医師が免責と言っているのは刑事免責のことです。これは日本以外の先進国ではそうなのですから簡単におかしいとはいえないでしょう。

 民事については全否定しているのではありません。ただ現行の裁判形態では医療の事故・過誤について医学的に正しくない判決をだしているので、医学的に正しい再発防止につながる判定(専門家の意見を適切に反映した第3者機関)、それに基づく適正な処分、必要な患者さん側には迅速な保障(無過失保障制度)が必要だ、と言っているのです。

 そして少なくとも司法関係者に医療現場を実際に知ってもらいたいと思っているのです。

>、「患者が同意したから、医師は免責される」となるべきで、患者の同意も、ただの同意ではなく、リスクについて説明を受けた上での同意であるべきだ、ということは、医師の皆さんは既に知っていることだと思います。

 最近の同意書にはほとんどリスクの説明記載があり、実際に口頭でも説明していると思います。ただまれなものについてすべてを網羅することは事実上不可能だと思います。そして書面で口頭で言葉を尽くしても、裁判官によっては説明しても説明し足りなかったということで有責にされてしまいます。

 そして過誤・事故認定も実は非常に困難です。この例でも、術者の技量が無いのか、血管の走行・血管壁の性状のせいか簡単には判定できません。それをすべて医師の責任として民事・刑事責任を問えば、それはその医療行為を行う人はいなくなるでしょうね。いやならやめろ、のレベルの問題ではありません。

 真に医療崩壊を防ぎたいのなら冷静になってください。医師をただ批判しても何も解決しません。

> 「医療行為中に何が発生しても、医師は一切の責任を負わない」という医師
> 無責任が、お望みなのでしょうか?

いや。ここにいる医療者のだれも、そんなことは言っていないと思いますよ。本当の医療過誤は、法令に基づいて処罰されるべきです。で、この「本当の医療過誤」とは何かと言うことで、延々と話が続いているのです。

不思議に思いましたが、

> なお、この裁判、高裁で逆転することは、まずないと思います。

と、どうして断定できるのでしょう。私は新聞報道でしかこの裁判を知りませんので、報道以外のことはわかりません。当然、これからの裁判の見通しは見当もつかないのですが、民473は当事者さんですか?

民473 様

>本当に正解だと思います。ついでに、医者も廃業されたら良いでしょう。
無責任な医者がいると困りますから。


そんなこと言ったら本当に誰もやらなくなりますよ。
あなたこそ そんな発言して無責任ですね。
ただ煽るために書き込みしているのですか?

前の方も書いておられるようにこれが全医療従事者の意見です。
みんなやってられないよ、と思っているのです。

そもそも、この発言ひとつで私を無責任と決め付けたあなたの言動は許せません。
そもそも、私は休みの日だって深夜だって患者さんの状態に不安を覚えれば
病院に行っていますよ。自分の家族を犠牲にしてまで。
そういう人間に無責任と言うんでしょうか。
これは「侮辱罪」に当たりますよね。


.......とまあ、感情的な発言はさておき、こういう方の感情的な意見が医療従事者の
やる気をそぎ、どんどんと先端医療から遠ざけていると言うのは偽らざる事実です。


民473 様に限らず、法曹界+マスコミの方々は一週間でも救急医療の現場を見てみるのが一番です。この裁判長も伝聞だけで判断しているところに最大の問題があります。「百聞は一見にしかず」です。


そもそも、すべての医療関連死を免責しろとは誰も言わないと思いますよ。
(実際皆さんそうコメントしていますよね)
問題なのは、「こんなことで責任を取らされたら、これ以上医療行為を続けられない」と思わせるような判例や報道が沢山されていたり、こういう掲示板で発言されていることだと思いますよ。

そういう意見を全く理解しようとはせず、ただ、「いやならやめろ」の発言は悲しくなりますね。

むいむいさん
>カテーテルという手技は日本では絶滅が危惧されるでしょうね
患者が練習台になってるような発言にみえますが、気のせいですか?

 カテーテルの件ですが、判決文を読んでいないのでやや無責任の発言になりますが、民事不法行為における過失認定というのは、刑事の過失致死傷罪における過失認定より、相当緩いのかもしれません。

 この点については民事不法行為の裁判の実情に詳しい弁護士の方のご意見をお聞きしたいところです。

 私が担当検察官なら「何らかの理由で奇形部分外の動脈に誤って入り」程度の理由で業務上過失致死で起訴することはできません。

 「誤って入り」というだけでは結果論であり、「医師が誤って入れた」のかどうかとは別問題です。
 「誤って」という意味は、それを過失の意味に解する場合には、厳密に検討されなければなりません。
 刑事では。

>四不像さん
カテーテルという手技は上で様々な方が説明されているようにある意味で避けようのない部分のあるリスクの高い手技です

リスクについては他の方が説明されてますのでここでは省略しますが、リスクを承知で治療しなければならない事もあるという事については同意いただけますでしょうか?
他の治療法がとれないor他の治療法ではさらなるリスクがある、治療効果が期待できない等理由は様々ですが、検討した結果として最善の方法としてカテーテルというリスクの高いある種不確定な治療を行わざるを得ない事が多々あります
そういった部分を無視して民473さんが言われるように
>「本当に正解だと思います。ついでに、医者も廃業されたら良いでしょう。
>無責任な医者がいると困りますから
と多くの方が考えて
>なお、この裁判、高裁で逆転することは、まずないと思います。
↑が事実であるならば、海外はともかく日本国内でカテーテルという手技は患者だけでなくあまりに医師にとって危険でリスクの高い手技という事になるでしょう
それでもあえてこの手技を続けていく医師や医療機関がどれだけあるでしょうか?
法曹界のスタンスが民473さんと同じであれば徐々に国内ではこの手技は封印されて絶滅するでしょうと書かせていただきました
練習台という事で発言したのではありません
ただ、現実問題として 血管というあまりに脆く・緻密で精細で人によって状態の違う物を扱う手技ですのでいかに経験を積んで技量の高い医師でも失敗はあり得ます
そして治療がその医師にとって経験を積み、より技術を高める為の練習である側面も残念ながら事実としてあります

No.40  四不像 様

>カテーテルという手技は日本では絶滅が危惧されるでしょうね
患者が練習台になってるような発言にみえますが、気のせいですか?

言い方の問題ですが、どのような行為でもその行為を繰り返して上達していくものですよね。たとえ日本で5本の指に数えられる人でもそうだとおもいます。また、そうでないと進歩はありません。

それを練習台とおっしゃるのならそれまでですが、そうして技術革新が得られてきた側面も否定できませんし、これからの世代の教育には必須なことだと思います。

以前出てきましたが、アメリカなんかはお金=受けられる医療となりますから、低所得者層で先端の医療行為を受けたい場合には比較的経験の浅い医師が担当するそうです。

四不像さん
>患者が練習台になってるような発言にみえますが、気のせいですか?

暇人28号先生が言うように、テーテルに限らず、医師に限らず、あらゆる医療技術が経験で身に付くものです。だから、学生時代や働き始めた時、同僚や先輩に協力してもらい、練習可能な技術は互いにやりあいます。
先のコメントでどなたたが言っていたと思うのですが、医療技術は、経験を重ねることでその医師個人の技術が向上し、ある種の職人のような職種だと思っています。(医師の方々が不快に感じたらごめんなさい)
今日の患者さんへの治療が、明日の患者さんへのより良い治療へと続いていくのです。なので、患者さん1人1人に勉強させてもらっていると思いながら治療を行っている医師が多いと思います。

その時に、必ずしも良い結果ばかりとは限らず、患者さんの生命や生活を脅かす残念な結果となることもあるでしょう。でも、この結果から学ぶことは多く、これらの積み重ねで医療技術(治療)全体が進歩してきたのは紛れも無い事実です。

現在の日本の医療において、この失敗についての対応が医療技術の進歩を妨げるようなものになっているのが問題なのです。(医療従事者からみると)
残念な結果が起きた場合の補償の在り方が、問題なのだと改めて思います。

> 民473 様
もし、すべての過失を警察に届け出、さらにすべて起訴され有罪になったら医師の9割は前科者になってしまいます。
杏林割り箸にしても福島にしても並の医師だったらいつ起こしてもおかしくありません。だからこそ全国の医師は訴えているのです。それをご理解ください。

No.28のじじい さまの冷静なご意見がありましたので、蛇足かもしれませんが。
(と前置きして書いている間にもレスが重なってしまってますが)

民473さま:

No.22で、刑法211条(業過致死傷)は「過失」という概念を「もう」使っていない、とのことでしたが、立法当初から「業務上必要ナ注意ヲ怠リ」という表現です。
また、学説上も、裁判例でも、「必要な注意を怠る」とは「過失」と全くの同義として理解されています。
民事と刑事とで「過失」の評価が異なりうることは確かだと思いますが、その違いは民事と刑事の違いに基づくものであり、「過失」に特有のものではないように思います。

私自身、過失犯はすべて非犯罪化するのが望ましいという意見ではありますが、立法論的な思考を解釈論に持ち込むことは一般に危険と思います。

No.30でいわれる「過失」については、有責性や当罰性の評価とリンクさせた、「手術中に『誤って』血管を傷つけてしまった」のならば必ず民事責任・刑事責任が発生する、というお考えなのでしょうか?
「誤った」≠法律上の「過失」 であることについては申し上げるまでもないのではないかと思いますが。
そして、現場のご経験のある(と思われる)方達の、カテーテル手術の実態に関する情報提供を受けてなお、血管を破ったら即「過失」という見解に固執しているのだとしたら、「(その職種に属する)一般人にとっての予見可能性・回避可能性」というテーゼとの整合性をどのようにお考えなのか、疑問が生じます。

本件の事故に関しては、情報もその情報を判断するベースとなる医学上の知識もありませんが、法的判断レベルでは、具体的事情次第で過失が否定されてもまったくおかしくない、と私は思いますが。

No.35の 「なお、この裁判、高裁で逆転することは、まずないと思います。」
とのご見解についても、もし何か具体的な情報ないし知見に基づいてのご判断であれば、お教えいただければと。


No.29については、民473さまご自身から何か一言コメントがあることを期待いたします。
こういう発言をなさる民473さまと「同じ側」としてひとくくりにされてはたまらない、と明言させていただくことにします。

管理人から

 fuka_fuka さんは、管理人が間違いなく弁護士と確認しているうちのお一人です。

私の質問に丁寧に答えて下さった皆様にお礼申し上げます。
失礼な物言いになったかもしれませんが、
そんなにリスクが高く技術的に高度なものを要求されるものが
確立された治療方と呼べるのか?確立されていないのなら、
その治療を行われるのは、悪く言えば実験台か?などと思っていたものですから。
無論、そうやって技術は発展していくものだと言うのは分るのです。
やらなければ確実に死ぬなどと言う時には、
リスクが高かろうが確立されてなかろうが、行う選択があるのも理解できます。
でも、「訴訟を起こされるのは嫌だから難しい治療をやめる」
などと言われると、今までの犠牲はどうなるんだ?などとも思います。

皆様方の説明ですと、医療技術の発展の代償をはらっているのは患者になります。
医師に対する訴訟のリスクはそれを補うものとはなりえませんか?


No.48  四不像 様

>でも、「訴訟を起こされるのは嫌だから難しい治療をやめる」
>などと言われると、今までの犠牲はどうなるんだ?などとも思います。

以前は「患者さんのために」と思ってやっていましたが、昨今のいわれなきバッシングが続くと、そういう気持ちも減退してきました。
最近では「お金のための仕事」と割り切る機会が増えてきました。

みなさんそうでしょうが、自分や家族が一番大事になりました。


>皆様方の説明ですと、医療技術の発展の代償をはらっているのは患者になります。
医師に対する訴訟のリスクはそれを補うものとはなりえませんか?

ここのくだりの意図するところが私には理解できませんが........

要は、医療従事者の大部分が「割に合わない」と感じているのが現実です。周囲からはバッシングされる。診療報酬は減額される。高度な医療をすればするほど医療機関の収入は減少する。

アメリカでヒラリークリキントンが医療制度改革をしようとしたときに、安価で良質な日本の医療制度を導入しようとしたところ、業界からは「こんな奴隷みたいなことはいやだ」と言われて導入できなかったと言う話があります。それだけ日本では医療従事者は冷遇されているのです。

今までは、使命感や患者さんやその御家族からの感謝の念で突き動かされていたのですが、今ではそのようなものはありません。この状況でそんな「感情論」を押し付けられても困ります。

> 四不像様
> そんなにリスクが高く技術的に高度なものを要求されるものが
> 確立された治療方と呼べるのか?確立されていないのなら、
> その治療を行われるのは、悪く言えば実験台か?などと思っていたものですから。

一般の方には確かになかなか理解が難しいと思います。一例を説明しましょう。
例えば、腹腔鏡による手術。あれなんか、レベルの高い熟練した医師でないとつとまりませんが、成功したときの侵襲は手術(医師以外が侵襲を加えると言うことはすなわち傷害です)。で、侵襲を加えたからだが回復するのも大変です。例えば糖尿病の場合、回復が正常人と比べて劣ります。また、傷口なんかはケロイドを伴うことも多いので完璧に元に戻るわけではありません。
つまり、熟練した医師がやればそれだけ回復度が速い上にきれいなのです。だからあえてリスクを負ってまで医師達はチャレンジするのです(青戸のような不幸な事件もありましたが)。
心臓カテーテルにしたってそうです。当初は医師自ら実験台になって確立しました。それだけでなく、風船やステントと呼ばれる器具を使って治療を行うようになりました。この治療は、実は熟練した者でないとできません。しかし、術中の致死的な合併症や放射線障害に加え、再狭窄という問題を未だはらんでいます。ところが手術に比べ侵襲度がはるかに違います。近年では長期的予後はカテーテル治療の方が高いという結果さえ出てきています。視認性に優れる手術よりもそれこそ誤った血管にカテーテルが侵入するおそれのあるカテーテル治療が発展したのはこうした理由によるものですが、当初は事故が絶えなかったし、未だに事故は起こりえます。
つまり、リスクの高い治療研究は将来性があるから行っているという場合がほとんどでしょう。あえて将来性のない治療方法を実験するなんて(少なくとも日本では)あり得ないとおもいます。

駆け足で未だ説明不足かもしれませんが、もし私の稚拙な文章でおわかりになればこの上ない幸いです。

No.48 四不像さま:

すでにいくつかコメントがついておりますが、さらに付け加えることをお許し下さい。
(なんだか、医師からの集中攻撃みたいで、申し訳ないんですが・・・)

>そんなにリスクが高く技術的に高度なものを要求されるものが
>確立された治療方と呼べるのか?確立されていないのなら、
>その治療を行われるのは、悪く言えば実験台か?などと思っていたものですから。

実は、「確立された治療」の方が、「リスクが高く技術的に高度なものを要求される」ことがあります。
当然ですが、治療方法はできるだけ「リスクは小さく、利益が大きい」ものを選ぶべきです。
カテーテルによる治療を選択したという時点で、この16歳の少年の脳動静脈奇形が「確立された」開頭手術での治療が困難な症例であったことが予想されます。
(具体的には、脳動静脈奇形が大きかったか、脳の深くに位置していたか、あるいは脳の機能上大切な部分にあったかで、手術のリスクが高かったのだと思います。)
つまり、リスクおよび得られる利益が、
開頭手術 > カテーテル治療
であったので、カテーテル治療を選択した、と考えています。


新しい治療法は従来の「確立された治療法」の持つ限界を広げ、改善させるために開発されます。ところが、未知の分野に踏み込まざるを得ないために、どうしても想定外の出来事に出くわす可能性もあります。
「新しい治療」が「確立された治療」になるためには、一般の方々の協力が不可欠です。それは「当人のため」にはならないかもしれないけれど、「将来同じ病気になる人のために」なります。

ですので、
>皆様方の説明ですと、医療技術の発展の代償をはらっているのは患者になります。
>医師に対する訴訟のリスクはそれを補うものとはなりえませんか?

という質問に対するお答えは、「ならないと思います。」と回答させていただきます。
なぜなら、医療技術の発展の恩恵を受けるのは、医師ではなく、その恩恵を受けるであろう「将来同じ病気になる人たち」だからです。

No.51
自己レス&追加記載です

>「新しい治療」が「確立された治療」になるためには、一般の方々の協力が不可欠です。それは「当人のため」にはならないかもしれないけれど、「将来同じ病気になる人のために」なります。

少なくとも新しい治療を受ける当人には、「不利益にならない」よう、最大限の配慮がなされるべきです。
このような実験的治療を行う際の世界的なガイドラインとして、
「ヘルシンキ宣言(ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則)」を紹介しておきます。

http://homepage2.nifty.com/i-honyaku/Declaration%20of%20Helsinki.htm
簡単に言うと
被験者の利益 >> 社会の利益
ということが、その内容です。

以前は手術対象になっていた疾病に対しても、最近は外科に送っても手術してくれなくなりましたね。

最近多いのが、胆石胆のう炎の患者さん。基本的には炎症が治まったら胆のう摘除するのが以前はルーチンでしたが、昨今は色々理由をつけて手術してくれなくなりました。胆のう摘除なんかそんなにリスクのある手術じゃないんですけど。

みんな萎縮している、というか、やる気をなくしていますね。

こうやって徐々に医療崩壊が進んでいます。

追記

No.48  四不像様
>皆様方の説明ですと、医療技術の発展の代償をはらっているのは患者になります。

このコメントにも、「医者は加害者、患者は被害者」と言う非医療従事者の根底の感情が出ていますが.........

たとえば、カテーテル治療に従事している人間も結構代償を払っています。

心血管病は結構夜に起こることが多いです。
そのため夜中に頻繁に呼ばれる。ひどいときには1週間毎晩(それも夜中の2−3時に)呼ばれることもあります。それから検査・治療をするからほとんど眠れない。治療が終わったら外が明るくなっていた、なんてことはよく経験しました。
そのまま家に帰って休めればいいけど、そのまま普段の診療行為に従事しなければいけない。気分が高ぶっているからそう簡単に仮眠を取ることができない。
当然体を壊すし、家族(妻子)に迷惑をかける。(医者って若死にすることが多いんですよね)


また、多量の放射線暴露により甲状腺がんが発生したり、子供を作っても女の子しか生まれなかったり。
(実際他大学の学友も同じ事を言っていました)

さらに、いつ呼ばれるかもしれないと言うプレッシャーを常に感じているので外食もままならない。私の好きな温泉に行ってマッサージを受けることもおちおちできない。
(マッサージ中のたった1時間でも連絡が付かなかったり病院に駆けつけられなかったりしたら大事になってしまうので)

こういう行為は20台までならなんとかなりますが、30台後半にもなるとつらくなってきます。

もちろん、最大の犠牲を払っているのは患者さんなんですが、医者側もそういう「体を張った」仕事をしていることを御理解いただければうれしいです。

No.22  民473 さんへ、
私は医療関係者ではないので、テーテル検査での過失、問題点がよくわかりませんので、教えていただければ幸いです。

血管内をレントゲンで透視しながら、モニターで確認しながら、カテーテルを進めるのですから、内膜損傷や解離を起こす可能性があることはわかります。

しかし、その損傷に気づいた後の対応に過失があるかどうか教えてください。

もし操作中ガイドワイヤー等が迷入したり、丸まったりして内膜損傷、解離を起こしたなと感じた場合、その損傷程度を確認するために、テスト造影を行うと思いますが、このテスト造影で、解離があること、注入した造影剤がpoolingした様子が観察できた後も、その画像をデジタル媒介に記録するために、さらに本造影を行う必要性はあるのでしょうか?

テスト造影時に、注入する造影剤の流れ方をDICOM等に画像記録することはできないのでしょうか?

つまり、操作中に損傷に気づき、さらにテスト造影でpoolingに気づいたにもかかわらず、さらに本造影を行い解離性動脈瘤を増悪させた場合も、医師には過失はないと言えるでしょうか?

宜しく御願いします。

モトケンさま
>「誤って入り」というだけでは結果論であり、「医師が誤って入れた」のかどうかとは別問題です。

カテーテルは、医師が操作しているのであって、「誤って入り」と「医師が誤って入れた」は同じだと思います。

nsikuさま
>血管壁が脆い人はいるのです。

だからこそ、誤った血管に入れることは避けなければいけない、ではないのですか?
誤った血管に入れた結果、そこを突き破って(あるいは自然に破れて)、患者が死んだ訳で、誤った血管に入れなければ、死ななかったのですから。

fuka_fukaさま
>No.22で、刑法211条(業過致死傷)は「過失」という概念を「もう」使っていない、とのことでしたが、立法当初から「業務上必要ナ注意ヲ怠リ」という表現です。

No22では、過失という「言葉」をもう使っていない、と書いてあるはずですが。
改正前の刑法でもそうなっていたとは不勉強で知りませんでしたが、刑209条、210条が「過失」という言葉を使っているのと比較してください。

>「手術中に『誤って』血管を傷つけてしまった」のならば必ず民事責任・刑事責任が発生する、というお考えなのでしょうか?

刑事については知りませんが、民事については過失による責任が発生すると思います。発生しないケースとはどういうものでしょうか?

根本的に間違っていると思う点は、「リスクの高い医療行為をなぜ行って良いか」という点についての考察で、「患者の同意があるから」「患者がリスクを承認したから」ということが基本のはずです。この点を無視した医療側のコメント(結局は患者のためとか、医療が崩壊するとか)が続いていますが、患者の意志を軽視して、結果の責任は負わないという点を、「無責任」と言っている訳です。

医師自身が「リスクが高い」と思っている手術の場合、過失の有無の話で争ってもしょうがないと思うんですよね。「リスクが高いと説明したよね。それでも手術を受けたいと言ったよね。多少の過失があっても賠償請求しないって言ったよね。」という点で争わないと。リスクが高くて、過失が発生しやすいんだから。

No.56 民473 さん:

>医師自身が「リスクが高い」と思っている手術の場合、過失の有無の話で争ってもしょうがないと思うんですよね。「リスクが高いと説明したよね。それでも手術を受けたいと言ったよね。多少の過失があっても賠償請求しないって言ったよね。」という点で争わないと。リスクが高くて、過失が発生しやすいんだから。

一点だけ、是非ともお答えいただきたいのですが、民473さんは、「手術のリスクは、すべて過失である」というお考えなのでしょうか?

その論でいけば、「手術で後遺症が残る可能性は5%で、残念ながら亡くなる方も0.5%ほどおられます」という説明を、
「手術で過失により後遺症が残る可能性は5%で、過失により亡くなる方も0.5%おられます。でも、説明を受けたのだから、同意するのなら、賠償請求しないで下さいね。」
というふうにしないといけません。

さて、これってなんかおかしくないでしょうか?

No.56 民473様

>医師自身が「リスクが高い」と思っている手術の場合、過失の有無の話で争ってもしょうがないと思うんですよね。「リスクが高いと説明したよね。それでも手術を受けたいと言ったよね。多少の過失があっても賠償請求しないって言ったよね。」という点で争わないと。リスクが高くて、過失が発生しやすいんだから。

これについては、確か判例があったと思います。
「過失があっても賠償しない」と契約書(同意書)に記載されていたにも関わらず、裁判所は「そのような契約は効力がない」と言っていたと思います。

民473さま:

連投申し訳ございません。

>>「手術中に『誤って』血管を傷つけてしまった」のならば必ず民事責任・刑事責任が発生する、というお考えなのでしょうか?
>刑事については知りませんが、民事については過失による責任が発生すると思います。発生しないケースとはどういうものでしょうか?


私が先ほど述べた、「手術で後遺症が残る可能性は5%で、残念ながら亡くなる方も0.5%ほどおられます」という説明は、脳外科手術ではごく一般的なリスクと考えてください。
とすれば、手術した20人に1人の割合で民事上の過失が発生することになります。

で、すみませんが、もう一つ質問を思いつきまして、

私は年に100件程度の手術に携わっていますが、
もし、あなたが私の立場であったなら、
年間に5件ほどの「過失」を犯してしまう
医師という職業を続けることができますか?

と、聞いてみたいと思います。
自分が医療側の立場に立ってみると、「医療崩壊」がどのように起こるのかが、想像できるのではないかと思うのです。

 横から失礼します。

 本来的に危険性を内在させている医療行為における過失とは何か、例えば「誤って血管を傷つけた」という場合の「誤って」というのは具体的にどういう場合をいうのか、ということを議論しないと、司法側と医療側の議論として成立しないと思います。

脳外科医(大学助手)さんへ
>民473さんは、「手術のリスクは、すべて過失である」というお考えなのでしょうか?

そうは考えていません。このため、あなたの他の主張は意味がないと思います。
しかし、何か言うと、必ずこういう「手術のリスクは、すべて過失である」と誤解してるんじゃない的な話が出てくるのは、なぜでしょうかね。

100%全てが意図したとおりに事が運ばなければ過失ありとして敗訴する、実際にはそう単純ではないでしょうが医療者サイドにそういう印象を持たせただけでもこうした判決は医療崩壊に大きな役割を果たしているように思いますね。高名なる藤山さんも医療関係に転出したようですし、今後も同様の印象を与える判決が続くのではないでしょうか。
いわゆる医療ミス報道に対する医者と非医者の受け止め方の違いというのは昨今とみに実感するところです。むろん何を持ってミスとするかという認識の差もありますが、そうした点を理解させた上でもやはり溝は埋め難いというのはこのスレのやりとりでもわかります。拠って立つところが違う以上それも仕方が無いことなのか、と思わざるをえません。
「一か八かで医療をやってもらっては困る」というのは福島事件での検察の名?文句ですが、現在進行形で一か八かで助かる可能性にかけるという医療行為は衰退に向かいつつある現状を一面で憂慮しつつ、あるいは医療崩壊を契機に日本の医療も国民とマスコミの望む世界標準へと変わり行くのではないかという不謹慎な興味も持ちながら現状を見ています。それは別に何もおかしなことではなく、今までが異常すぎたのですから。

民473さん
>だからこそ、誤った血管に入れることは避けなければいけない、ではないのですか?

おっしゃる通りです。だからこそ、細心の注意を払って行っているのです。暇人28号先生の言うように、自分や家族を犠牲にして、事前の検査を行い、治療を実施しているのです。(こんなことは改めて言わなくても、医療従事者にとっては当然のことなので、誰も大声で言ってこなかったのです)

それと、ちょっと本題から外れてしまうかもしれませんが、
「誤って」という言葉が、医療従事者と非医療従事者との間の、最初の溝を生んでいるような気がします。
・「誤った」血管に入り、それが原因で死亡した。
・想定していたのと「違った」血管に入り、それが原因で死亡した。

上の「誤った」という表現は、術者が、わざと(故意に)違う血管に挿入したかのような印象を読んだ人に与えるように思います。

第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

契約より法律が優先されるわけですから、どのような契約書があったとしても、第709条の過失と認定されてしまえば賠償を支払えという判決になるというのは大前提ですよね。

また、私にしたって遺族の立場になれば冷静ではいられないでしょうから、感情で訴訟を提起することもあるかもしれません。そのため、民事である以上訴えを起こされなければ良い、というのも現実的ではありません。

裁判所の認定する「過失」は賠償責任である以上、すべての「誤り」が「過失」とされるわけではないでしょう。No.34にも書きましたが、今は「カテーテルが何らかの理由で奇形部分外の動脈に誤って入り出血した」という情報しかないわけで、奇形部分外の動脈に入ることがどの程度の過失なのか、誤って入ったことが出血を引き起こす可能性をどの程度上げたのか、をすっとばして「過失あり」では収まるものも収まらないと思います。

以上素人の考察ですが、現時点の情報だけから明らかに「過失」ありというのであれば、今後カテーテルなどできなくなるという医師の方の不安は誇大なものと思えませんが。

暇人28号さま
と さま
契約による不法行為の損害賠償の制限について、消費者契約法を参照されてはいかがでしょうか。
消費者契約法 第八条  次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
三  消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法 の規定による責任の全部を免除する条項
四  消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する民法 の規定による責任の一部を免除する条項

逆に言えば、軽過失の場合に賠償責任の一部を免除する(例えば、診療報酬額以上の賠償責任を免除する)契約は、消費者契約法違反にはならないということになります。

以前別のコメントでリンクを貼りましたが、消費者契約法については、福岡市医師会の解説が分かりやすいです。
http://www.city.fukuoka.med.or.jp/jouhousitsu/report027.html

返答が遅くなってしまって、レスが進んでしまいましたが、
あと少しコメントさせていただきます。

手術のリスクが高いことも、リスクが全て過失に依るものではないと
いうのはわかるのですが、残念ながら患者(非医療者)には、
過失があったかどうか知るすべは、医師の説明しかありません。
そこで医師を信用するか否かが、訴訟を起こすか否かになるような気もするのです。
どうも私はクレーマーさんになれそうもないので、もしそういう方々が
訴訟を起こしているのなら、理解できそうもないですが。

多分私は今後医療訴訟を起こす事もないでしょうし、
お医者さんを非難するつもりもないのですが、
(今までのコメント中にそのように感じられる部分があったら、
 それは私の作文能力の無さ故です。お詫びします)
そんな人間は最早お医者さんには「訴訟が嫌だというのは分りますが、
やめるなどと言われても困ります。」としか言えることがありません。
感情論といわれればその通りですし、それを押し付けようにも
その力もありませんので、聞き届けていただけなくとも仕方ありませんが。

アメリカの医療過誤・事故を調査したHMPSから日本(アメリカとアベレージは同レベルとされています)の医療過誤の規模を想定すると、過誤全例に対する完全保障をすれば、おそらく10兆円が必要です。死亡者だけで3万人いるはずですので。事故まで含めれば現在の医療費総額である30兆円の規模に達するかもしれません。医療で生じうる不利益全般まで広げれば、恐ろしい規模になるでしょう。
日本の医療費は余程の例でない限り賠償を行わない事を前提にして組まれてきましたので、そもそもこのレベルまで金銭的責任を取れと言われても取れません。永らく、選挙を通じてこういった政策を国民が支持してきました。本当に内容を知っていたかはともかく、それが主権在民や選挙権の意味なのです。
医療がインフラ的側面を持つ国策である以上、医療の責任は医療従事者を通じて、最終的には国民に帰結します。このレベルの過誤や事故(脳外科医でカテーテルに従事するなら、誰でも遭遇しうる)での賠償を求めるなら、当然ながらそれだけの金銭を国民から集める必要があります。それだけの税金や保険料を納める責任を取りますか? それとも、過誤に対する賠償のレベルを抑える責任を取りますか? というのが医療職の「(両方の責任を医者に押し付ければいいやと考えているなら)これではやってられない」という言葉の内容です。

> モトケン様
間違った文章を投稿してしまったので上は削除して頂いてよろしいでしょうか?(削除しましたモトケン)

「誤って」について、私も脳外科的なことはほとんど素人ですが、こう考えられると思います(当方内科です)。

1.熟練していない医師が行った場合
2.熟練していても熟練度と比較して目標血管への到達が困難な場合(3〜6参考)
3.血管に奇形があった場合
4.血管に石灰化などがあり、目標血管への到達が困難な場合
5.リコイル状の血管であった場合
6.そのた血管の異常があった場合

間違っていたら訂正お願い致します。

心臓カテーテルについては誤った血管へ入れるのは次のようなことが考えられます。なお、枝の数が少ないので目標血管への到達は、脳血管よりははるかに楽だと思います。奇形があっても目標到達度は高く、誤った血管に入る例はごくわずかです。それでも

1.熟練していない医師が行った場合
2.熟練していても熟練度と比較して目標血管への到達が困難な場合(3〜6参考)

に加え、

1.石灰化が激しい場合
2.狭窄度が激しい場合
3.到達困難である枝(具体的には対角枝、右室枝などが上げられる)が目標の場合
4.閉塞している血管の先に目標がある場合
5.あまりにも変な奇形がある場合

のときは誤った血管に入ることが予想されますが、通常は術者も「誤った血管に入ったことを認識している」ことが多いので治療の際は入れ直すか、あきらめるかどちらかです。
また、そもそも閉塞例ではこじ開けなければならないので結局失敗に終わることが結構あります。

注意して頂きたいのは冠動脈と脳動脈は単純に比較できないと言うことです。あくまでも参考としてあげさせて頂きました。

興味深い記事を見つけたので貼ります。
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/ishikawa/news/20060905ddlk17040694000c.html

門外漢には原告側がどういう病態を想定しているのか今ひとつピンと来ないのですがどなたか専門家の方に解説いただければ幸いです。

>>No.71の老人の医者さんのコメント

私にもよくわかりません。
とくに以下の2点です。
1)大量の空気が入るほど、静脈圧が陰圧になり得るのか?
2)大量の空気が肺でトラップされず脳に到達するとは、相当な右→左シャント(心房中隔欠損など)があったのか?

No.56 民473さま

>No22では、過失という「言葉」をもう使っていない、と書いてあるはずですが。

「言葉」と書かれたのを「概念」と間違えましたことはお詫びいたします。
本筋にはまったく関係しないとは思いますが。

>改正前の刑法でもそうなっていたとは不勉強で知りませんでしたが、刑209条、210条が「過失」という言葉を使っているのと比較してください。

比較も何も。
No.46で説明しましたとおり、211条と209条・210条との「必要な注意を怠り」か「過失」かの表現の違いによって、法的効果や基準には全く違いは出ないのです。

>>「手術中に『誤って』血管を傷つけてしまった」のならば必ず民事責任・刑事責任が発生する、というお考えなのでしょうか?
>刑事については知りませんが、民事については過失による責任が発生すると思います。

「誤って」≠「過失」 をご理解のうえでのご意見であれば、「法律論として話にならない」と申し上げざるを得ません。

「誤って」=「過失」 と誤解されてのご意見であれば、早急にご認識をお改めください。医療過誤問題に法律論の観点から参加される以上。

民事においても、判例上、医療行為には「高度の」注意義務は要求されていますが、その注意義務を尽くした上でなお「誤って」しまったのなら、無過失です。

民473さんは、無過失責任と過失責任の線引きはどこでなさるのですか?

No.61
>何か言うと、必ずこういう「手術のリスクは、すべて過失である」と誤解してるんじゃない的な話が出てくるのは、なぜでしょうかね。

No.56で、 【「手術中に『誤って』血管を傷つけてしまった」のならば、必ず民事責任が発生する】 というご意見を示されたことが、原因の一つだろうと思いますが。
そして、その「誤解」を解く努力をされているようには窺えません。


再度No.56
>根本的に間違っていると思う点は、「リスクの高い医療行為をなぜ行って良いか」という点についての考察で、「患者の同意があるから」「患者がリスクを承認したから」ということが基本のはずです。
>この点を無視した医療側のコメント(結局は患者のためとか、医療が崩壊するとか)が続いていますが、患者の意志を軽視して、結果の責任は負わないという点を、「無責任」と言っている訳です。

費用便益の観点が欠落していないでしょうか。あるいは、過失それ自体の有無の判断と、「危険の引受け」との混同か。
たとえば意識不明の急患に対して救急処置を施す場合、民473さんの基準では、一切医療側は過失を争えないことになってしまうのではないですか。
いずれにしても、「言及していない」と「無視している」は全く別です。

>医師自身が「リスクが高い」と思っている手術の場合、過失の有無の話で争ってもしょうがないと思うんですよね。

やはり、過失の本質について誤解があると思います。
.螢好の高い手技手法を選択する段階 △修亮蟲纂衙,鮗損椶垢訝奮 の2段階について、それぞれ然るべき注意義務を果たしていたと認められるのであれば、過失は否定されます。
その中で、インフォームドコンセントは、重要ではありますが唯一の要素ではありません。
リスクが高い手術を行った結果ミスが生じた場合に、すべて「過失」となるわけではありません(少なくとも理論上は)。


念押しですが、No.29の発言について、暇人28号さまに一言述べるおつもりはないのですか?
「真摯に意見交換をするに足る人かどうか」を真剣に問うているつもりですので、ぜひ再スルーはご勘弁ください。

>民473 様

フォローありがとうございます。ただ、PINE様、fuka_fuka様のご指摘もあり、重過失/軽過失の話とするのが妥当かどうか私には判断付かないので保留とさせていただきます。

 No.70で紹介された医療過誤訴訟につきましては別エントリ(金沢大付属病院医療過誤訴訟)を立てましたので、そちらにどうぞ。

No.72  fuka_fuka様

ありがとうございます。

>念押しですが、No.29の発言について、暇人28号さまに一言述べるおつもりはないのですか?
「真摯に意見交換をするに足る人かどうか」を真剣に問うているつもりですので、ぜひ再スルーはご勘弁ください。

あのかたは、人間としての基本的な謝罪ができない方のようです。そのような方とまともな議論はできないですね。今までの一連の発言内容を拝見していても医療従事者の状況を鑑みて判断しようとする態度は一切ありませんし。

私としては、今後「完全無視」とさせていただきます。

fuka_fukaさま
むしろ、あなたの「誤って」という日本語の定義に問題があるように思います。「過失」については雄弁に述べられていますが、「誤って」をどのように定義されているのでしょうか。その定義が、日本語の意味として一般的でないのであれば、おっしゃっていることは前提を失うと思います。

その上で、今回の事件について、「過失なし」と主張されるのであれば、その理由を教えていただきたいと思います。「過失あり」の理由は判決文を援用します(チョット無責任かな。)

次に、今回の事件を離れて、一般論になりますが、どんな単純な行為でも何百回も繰り返せば、そのうちミスが起きるものです。そんなとき、「この程度のミスは過失ではない」とか「どんな名医でもミスを起こすから、医師に責任を負わすべきではない」という議論が出てくるものです。こういう議論は心情的にも分かるのですが、法律の枠組みに入れた場合、無理があるように思えます。

「ミスと過失は違う」という主張を容れたとしても、日本全国で何千回繰り返した結果「過失」が発生した場合に、医師に責任を負わせると、同じように医師側に不満が残ると思うのです。むしろ、過失は認めた上で、リスクの負担、賠償請求権の放棄の問題として扱わないと、本質的な解決にならないと思うのです。(そのようにしておけば、「ミスか過失か」という点は、そもそも問題とならない。)

誤解されやすい点なのですが、「患者に賠償請求権を放棄させれば良い」と言っている訳ではなく、「賠償請求権の放棄も含め、リスクの高い治療を受けるかどうかの判断を患者自身の意思に委ねることが尊い」と言っている訳です。これと反対の、医師が「私に全て任せなさい」と言っておきながら、「責任は取りません」と言うのが無責任だと思うのです。

>民473 さん

>その定義が、日本語の意味として一般的でないのであれば、おっしゃっていることは前提を失うと思います。

 とおっしゃっていますが、このエントリ(他の関連エントリを含む)で主として問題になっているのは、訴訟における民事責任または刑事責任の根拠としての「誤り」であり「過失」であると認識しています。
 つまり法的概念としての「過失」が問題になっています。
 fuka_fukaさんも弁護士としてその観点からコメントされたと理解されます。

 そのような議論の中に「日本語の意味として一般的」な意味での「誤って」の意味を持ち込むことは議論を混乱させます。

 また、そのような日本語としての一般的意味における「誤り」があれば民事責任が生じると主張されることは、法律論ではないと言わざるを得ません、私も。

 余談ですが必要と思いますので申し上げますが、
 現時点までの情報に基づきますと、民473 さんを法曹資格をお持ちの方とは思えません。
 もし、医療側の方たちが民473 さんを法律家と認識された場合、医療側の司法不信を増大させかねないと危惧しますので、敢えて指摘させていただきました。
 これは、民473 さんが法曹資格者であると自称したことがあるという意味ではなく(私は記憶がありません)、医療側の方がそのように理解されているかも知れないという認識に基づく蛇足です。
 

モトケンさま
「誤って」=「過失」か、「誤って」≠「過失」かを議論するのであれば、「過失」の定義だけでなく、「誤って」の定義も必要でありませんか?

>民473 さん

 ここで「誤って」≠「過失」を論証するためには、

 「誤って」は日常用語
 「過失」は法律用語

であることを認識すれば十分であると思います。
 つまり自明です。

 付け加えますと、私は医療崩壊問題に関連して議論のための議論をする気はありません。

モトケンさま
自明ではないでしょう。それを言うためには、「『過失』という法律用語と等価な意味を持つ日常用語が存在しない」ということを証明しないと。

しかしながら、法律は日本語で書かれ、その意味は通常の日本語の意味から乖離し得ないものであり、むしろ、法律は万人が理解できるよう、通常の意味から乖離しないよう解釈すべきものなのに、法律用語は通常の日本語から乖離して当然というのは、一種の開き直りですね。

民法が常に条文に立ち返って解釈を行うのに対し、刑法は条文そっちのけの観念的な哲学議論で、ドイツの哲学者がこう言った、などを手掛かりに解釈を行い、条文から完全に遊離した解釈の世界を構築しているという対比と似ていますね。

でも、fuka_fukaさんがおっしゃりたいのは、日常用語と法律用語の違い、という点なのでしょうかね?

そもそもカテーテルというものを分かっていれば、誤った血管にいれたということを過誤とした、裁判官の文章自体がおかしなものであるとすぐ理解できるはずという我々の指摘はどうなったのでしょうね。
×誤った血管に入れて破った
○目的の血管へ到達する途上での別の血管内にカテーテルある時、脆弱な部分がそこにあり破れた。

No.76 民473さま

念押しすら無視された私としても、もうお相手しなくてもよいのかもしれませんが。
(いっそ「謝罪の必要を感じません」とか言明する方がよほど潔かろうに、と思いますが、まあどうでもよいです)

>むしろ、あなたの「誤って」という日本語の定義に問題があるように思います。

すでに管理人さまご指摘のとおり、法解釈論上、判例・学説によって厳密な定義を与えられた「過失」と、日常用語としての「誤って」とが違うことのみ念頭に置けば足りる話だと思います。

一般に、意味の範囲は 法律用語 ⊂ 日常用語 の関係にあります。
「誤って(=しくじって、思わず間違えて、うっかり)←Yahoo!辞書(大辞林)より」は、「過失」と同視できないのです。

>その上で、今回の事件について、「過失なし」と主張されるのであれば、その理由を教えていただきたいと思います。

「過失なし」とは主張していません。
「過失あり」と断定される民473さまのご意見に対して、「具体的事情によっては過失なしとされる可能性は十分考えられる」と、条件付の意見を述べたにとどまります。
十分な根拠に基づかずに「過失あり」と断定する見解は、法律論として誤りであることを示すことが主眼であり、それを超えるものではありません。

>次に、今回の事件を離れて、一般論になりますが、どんな単純な行為でも何百回も繰り返せば、そのうちミスが起きるものです。
(中略)
>法律の枠組みに入れた場合、無理があるように思えます。

無理などありません。
そういう「誰がやってもいつか発生する」程度のミスが発生した場合に、相当の注意を用いていたならば、法的責任を負わせないというのが、「法律の枠組み」です。

>「ミスと過失は違う」という主張を容れたとしても

主張というより、法律実務家が誰も異を唱えない「前提」です。
「乱暴」と「暴行」は違う、「通知」と「意思表示」は違う、というくらい自明なことです。

>むしろ、過失は認めた上で、リスクの負担、賠償請求権の放棄の問題として扱わないと、本質的な解決にならないと思うのです。

リスクの負担ないし分配は、過失を認めなくても設計可能ですし、現に保険によって相当リスク分配は図られていると思います。
いかなる場合にも「過失を認める」ことを前提とする立論は、誰からも支持されようがありません。

>「賠償請求権の放棄も含め、リスクの高い治療を受けるかどうかの判断を患者自身の意思に委ねることが尊い」と言っている訳です。

ですから、その基準だと、患者自身の意思に委ねることが不可能な場合を処理できないのではないですか、とお尋ねしているのですが。
「尊い」のはそのとおりですが、それは誰も否定していないでしょう。
論点は、どこまでやれば「患者の意思に委ねた」といえるのか、患者の意思を確認できない場合にどこまで許されるのか、などではないですか。

>これと反対の、医師が「私に全て任せなさい」と言っておきながら、「責任は取りません」と言うのが無責任だと思うのです。

「私に全て任せなさい」などという漫画的な発言をする医師がいるとは思えませんが、ともかく、仮に事前の説明が不十分であったとしても、他の事情次第でいくらでも過失が否定される場合はあります。
民473さんのこのご意見は、法的には検討に値しないといわざるを得ません。

No..80
>でも、fuka_fukaさんがおっしゃりたいのは、日常用語と法律用語の違い、という点なのでしょうかね?

ええ。民473さんが、法律用語でない「誤って」を、法律上厳密な意味が与えられた「過失」と同視する発言を繰り返されているので、それを強調せざるを得ないのです。

>そういう「誰がやってもいつか発生する」程度のミスが発生した場合に、相当の注意を用いていたならば、法的責任を負わせないというのが、「法律の枠組み」です。

ずいぶん大胆なご発言ですね。相当の注意(医師の場合は最善の注意)を尽くせば過失はないというのが判例ですが、では「注意を尽くす」とはどういう意味でしょうかね。

例えば、医師が手術で切ってはいけないところを切った場合で、「ここは切らないように注意していたんですが、ミスで切りました」という場合、「注意していた」から法的責任を負わせないという結論になるのでしょうか。そうではないですよね。注意していても、ミスで切ってしまえば、注意を尽くした、注意義務を果したことにはならない。これが、誰かが医者を押したとか、患者が急に動いたとかいう場合は、過失ではないし、日本語的にもミスとは言わない。

単に「注意していた」だけではなく、注意を尽くした、注意義務を果したというのは、ミスが無いことを言うものであって、「ミスが発生した場合に、相当の注意を用いていた」というのは二律背反であり、二律背反の前提からはいかなる命題をも導き出せるので、結論には意味が無いことになります。

「いや、そうではない。ミスが発生しても注意義務を果したと言える場合がある」というのであれば、教えて下さい。(ミスという言葉の意味は、通常の日本語の範疇でお願いします。)

しかし、「過失」というマジックワードを使わないことへの反発なのでしょうかね?過失とミスの間に、現実的差異がなければ、言葉の遊びのように思えますが。

>単に「注意していた」だけではなく、注意を尽くした、注意義務を果したというのは、ミスが無いことを言うものであって

だからお尋ねしているのですけどね。

無過失責任と過失責任の区別はどうするのですか、と。

その見解を支えるソース出せますか?
まあ出せないでしょう。そんな理解をしている法律家はどこにもいませんから。
民473さんの脳内定義にすぎません。

ご覧になっている方達に対する効果としては、私の所期の目的は達成できたように思いますので、他の数々のスルーについては特にこれ以上追及しません。

>民473 さん

 法律上の過失を論じるのであれば、過失とは何かこそが問題なのであって、通常の日本語としての「ミス」とは何かは問題ではありません。

 そして「過失」をマジックワードというあなたと法律問題としての過失論を議論する意味はありません。

 ということは、司法に対する不信感と医療崩壊を問題にしているこのブログにおいて、あなたの議論に付き合うことは不毛ということになります。

モトケンさま、fuka_fuka さま

考えて見ますと、お二人とも「ミスはあっても、過失はない」というケースがあるとおっしゃっているのですから、是非その実例、あるいは具体例を挙げていただければ、医療関係者はずいぶん勇気付けられるでしょうし、司法に対する考えも変わると思います。

「法律家は、ミスと過失の区別が分かっていない」という発言は既に何度も医療関係者から出ているのに、誰もお答えになっていなかったように思います。

空虚な言葉遊びでないのであれば、是非、実例あるいは具体例をお願いいたします。

民473さま:

判決DBとかでなくても、ググるだけでもいろいろ出てきますが、とりあえず。

>http://www2.bbweb-arena.com/ajafuji/houdou2.html

>気賀沢耕一裁判長は結果的に診断ミスがあったことを認めた上で「当時の医療水準からすると過失はない」として訴えを棄却した。

というか、ご自分ではググったりして裏をとる努力はされないのですか?

と、いいますか。

>是非その実例、あるいは具体例を挙げていただければ、医療関係者はずいぶん勇気付けられるでしょうし、司法に対する考えも変わると思います。

ここに来ていらっしゃる医療関係のみなさんをバカにするのも大概にされたほうがよろしいと思いますよ。

我々などより、医療過誤を訴えているケースを多数、損害賠償請求の認容事例も棄却事例も目にされているはずです。
しかも、非常な危機感をもって。

すべてのミスが過失とイコールだなんて理解している人は、ここでは民473さん意外にいるとは思えません。
「理不尽にも過失が認められた」事例にスポットが当てられてはいますが、過失なしとして請求棄却した事例も、同様に掃いて捨てるほどあります。
民473さんが、調べもしないで思いつきだけでオハナシをされているだけです。


>「法律家は、ミスと過失の区別が分かっていない」という発言は既に何度も医療関係者から出ているのに、誰もお答えになっていなかったように思います。

具体的に、どこでしたか。

fuka_fukaさま
no87のケースって、通常の日本語で「ミス」とは言わないでしょう。
具体例を考えていただければ、ご理解いただけるかと思っていたのですが、残念です。

過失に厳密な定義が与えられているそうですが、民事不法行為法の本質をご理解されているのでしょうか。フランスでも、ドイツでも、もちろん日本でも、大陸法系の国では、不法行為について条文を1条か数ヶ条与えるだけで、あとは「不法行為とは何か」とか、「過失とは何か」とかを条文で細かく決めず、判例の積み上げでやっていく。こういった判例法的なアプローチを必ず取っている。なぜこういったアプローチを取るかと言えば、不法行為は様々な形で現れるため、過失とは何かとかを、単純に定義付けることはできないからであり、それは過去の判例の蓄積の上に形づくるしかないものであるためです。

ですから、ここまでをご理解頂いたうえで、誤解を恐れず過失を定義すれば、「過失とは、裁判所が過失と評価するもの」としかならない。それで、fuka_fukaさんの厳密な定義って何でしょうかね?単純に定義づけられるのであれば、すごいことですね。

そう言えば、不法行為の要件事実って何でしたっけ。fuka_fukaの定義にあてはまることを示すんでしたっけ?

>無過失責任と過失責任の区別はどうするのですか、と。
これも「条文が違う」としか言いようがない。何を言いたいのでしょうかね。

>すべてのミスが過失とイコールだなんて理解している人は、ここでは民473さん意外にいるとは思えません。
ずいぶん本人の言っていることを誇張歪曲して書いてくれるものですが、ミスと一般に認識されるもののうち、過失とならないものは、ほとんどない(極めて例外的だ)と言っているつもりですが。

>仮に事前の説明が不十分であったとしても、他の事情次第でいくらでも過失が否定される場合はあります。
これも、「いくらでも」というのは、相当誇張されているのではないでしょうか?

>民473 さん

>ずいぶん本人の言っていることを誇張歪曲して書いてくれるものですが、ミスと一般に認識されるもののうち、過失とならないものは、ほとんどない(極めて例外的だ)と言っているつもりですが。

 あなたのこれまでのコメントからそうは読めませんでした。

 ミス=過失

 と読めました。

 それに、今回の言い換えを前提にしましても

>ミスと一般に認識されるもののうち、

 ここがまさしく医療側から問題提起されているところでしょう。
 医療側からすれば責任を問われたのではたまらないと思われるような結果に対して、医療の実態に無知な一般人(医療に無知という意味で検察官や裁判官を含む)の感覚でミスと評価され責任を問われるのではないかといのが、医療側からの司法不信であろうと思っています。

 つまり民473 さんを司法側の人間と理解される人からしますと、民473 さんのここでの発言は医療側からの司法不信を助長し増大させるものになっているのです。

 一般人の感覚による「ミス」を法的責任の根拠としての「過失」と同視することは(ほぼ同視すると言っても同じ)、理論的にも事実認定的にも誤りだと考えます。

 管理人としては、「ミス=過失」または「ミス≒過失」というような誤解を与える主張をこのブログの医療関係エントリにおいて繰り返されることは、エントリの趣旨目的に反するものと考えています。


 さらに付言しますが
 弁護士であるfuka_fukaさんに対して

>民事不法行為法の本質をご理解されているのでしょうか。

 このようなことを仰るのであれば、あなた自身のプロフィールをある程度は明らかにすべきではないでしょうか。もちろん個人情報を開示しろという意味ではありませんよ。
 せめて大学生かどうかとか大学生なら学部はどこかくらいのことは言ってもよいのではないでしょうか。
 さらに念のために申し添えますが、「大学生かどうか」はあくまで例示であって、私の推測を述べたものではありません。

民473さま:

すでに管理人さまから必要なコメントは済んでいると思いますが、最近200件から消える前に一言だけご挨拶を。

後出しジャンケンをしてでも言い合いに負けたくない、という動機しか感じられない方とこれ以上議論をするつもりはありません。
「過失」について理解するための基本的な情報は、このブログ内だけでも充分揃っていると思いますので、ご自身で理解を深められてください。

今後は、法律論の勉強などより何より、このエントリでの「No.29事件」のようなことを今後起こさないよう、マナー、ネチケットについてお考えいただく時間を最優先になさってください。

>弁護士であるfuka_fukaさんに対して
>>民事不法行為法の本質をご理解されているのでしょうか。
>このようなことを仰るのであれば、あなた自身のプロフィールをある程度は明らかにすべきではないでしょうか。

ずいぶん野暮な質問ですね。しかも、弁護士の意見に疑問を呈したら、自身のプロフィールを明らかにすべしとは、論理に飛躍がありますね。飛躍しているところに入るのは、権威主義的発想でしょうか。

>そういう「誰がやってもいつか発生する」程度のミスが発生した場合に、相当の注意を用いていたならば、法的責任を負わせないというのが、「法律の枠組み」です。
>仮に事前の説明が不十分であったとしても、他の事情次第でいくらでも過失が否定される場合はあります。
>「ミス≒過失」というような誤解
あと、「手術中に『誤って』血管を傷つけてしまった」場合でも、過失とは言えないというのもありましたね。

こういった発言を弁護士としてなさるのですから、ミスを起こした医療関係者は、両氏を代理人に選べば、大船に乗った気分でしょう。でも本当に「いくらでも」請求棄却を勝ち取れますか?

まずはお礼から。モトケンさんやfuka_fukaさんの民473さんとのやりとりを拝見して、一般的な「ミス」と司法での「過失」の相違が頭の中で整理できたようです。有難うございます。
民473さんへ:言葉がかなり荒れて、他の方への人格攻撃になってきていないですか?一連の書き込みをみて、通常の判断力のある方でしたら、あなたの書き込みをスルーしようという反応が出てくるのが普通だと思います。冷静な反応と、他の方への質問への最低限の返答をされるのが礼儀だと考えます。

話に割り込みますが、判決文出てますね
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060914115139.pdf

>>No.94のしまさん
情報ありがとうございます。
早速一通り目を通してみたところ、早速 脱 力 し ま す た。
通常人であるワタクシも大いに疑を差し挟みたいところですが、これでどっと疲れが出たので、そろそろ落ちてしまいそうです。
脳外科専門の先生方からのコメントを心待ちにしております。

疑問点 その1
判決(4千万弱)と報道(7500万)で賠償金の額が違う

疑問点 その2

ナイダスの径 2僉 ど什濱静脈へ還流 視覚野にも及ぶとはいえ
なんで摘出手術じゃなくて血管内治療なのか
これは血管造影をみないとわからない

疑問点その3
出血の原因の証明
原告の主張は「カテからの出血で無いとおかしい」
とこれって背理法というか帰納法
カテの進み先に関する被告の主張はそれなりに根拠がある

疑問その4
全般に裁判所の判断は形式論理重視しすぎ
たとえば ペルジピンは注意書きに頭蓋内出血禁忌と書いてあるから
ダメなものはダメ 土井たか子なみの思考能力
使ったときと使わないときのリスクの比較なんてしない


疑問点 その5
ペルジピンを使うなというのなら何を使えばいいのか
それとも放置しろというのか
実は注射降圧剤は全てに頭蓋内出血禁忌又は頭蓋内圧亢進と
注意書きに書いてある.製薬会社の責任逃れのためてあって
文献的根拠は無い
医者(特に脳外科医)は頭蓋内出血時に血圧上昇を放置する方が
非倫理的と考えてどこの施設でも注意書きを無視して使っている
実は医師の間では以前からこのペルジピンの禁忌指定は
問題視されていた.今後 この判決を受けて
おそらく日本中の頭蓋内出血患者の血圧上昇が放置されることに
なるでしょう 医者の良心より裁判所の判断の方が正しいのです

横浜市立脳血管センター内視鏡事件事故報告書の記載は

「また、降圧剤としてペルジピンを使用したことに関しては、
ペルジピンの禁忌事項として「頭蓋内出血で止血が完成していないと
推定される患者、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者」とあるが、
薬剤が実際に再出血を引き起こすという明瞭なデータはない。
薬剤申請時の安全に配慮した記載のようである。他に選択すべき薬剤が
困難であることを考慮すれば、現状では致し方ないものと判断される。
本例においても、降圧効果と副作用を比較考量して、
発症直後から使用しているが、前記の事情から現在国内の大多数の
医療機関で選択されていることもあり、本事案症例のみに特別に取り上げる
問題ではないものと考えられる。しかし、あえて言えば、薬剤についての
説明をしておくべきであったかもしれない。」

としている 常識的な記述だと思います
http://72.14.235.104/search?q=cache:ICJFDrEFqjAJ:www.geocities.jp/shinzogeka/YokohamaCityNoKekkannIryoucenter.pdf+%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%94%E3%83%B3%E3%80%80%E9%A0%AD%E8%93%8B%E5%86%85%E5%87%BA%E8%A1%80%E3%80%80%E7%A6%81%E5%BF%8C&hl=ja&ct=clnk&cd=37

>いのげさま
裁判所は、ペルジピンは問題にしていませんよ。

>しかしながら,証拠(鑑定)によると,ペルジピンを頭蓋内出血で止血が
>完成していないと推定される者に対し投与することが禁忌とされているのは,
>ペルジピンの投与により投与された者が急性期再出血が発症することが考え
>られるからであり
(中略)
>ペルジピンの投与によってAに急性期再出血が生じたものではないと
>推認すべきである。
(中略)
>ペルジピンを投与しなかった場合に,Aがなお生存していたことをうかがわせるに
>足りる証拠もない。

>したがって,証拠上,被告病院のAに対するペルジピンの投与とAの死亡との間に
>因果関係はあるということはできない。

わたしもさっき気がつきましたが
因果関係は無いが過失はある としているので
やっぱり使えなくなりますね

ところで金額は原告がおそらく二人なので
約8千万満額の判決で原告一人当たり4千万
という意味のようです

>>No.97のしまさん
>裁判所は、ペルジピンは問題にしていませんよ。

「今回は」因果関係なし、と判断されましたからね。

>いのげさま
>因果関係は無いが過失はある としているので
>やっぱり使えなくなりますね

注意書きがある以上、注意書きを元にしなければならないでしょうね。

使わないという選択肢もありますが、注意書きを変更するように圧力をかけるという
手もありますね。実情にあわない注意書きがあるのはどこの国でも同じだと
思いますが、例えばアメリカはどのような制度のもとで修正しているんでしょうね。

金額に関しては、
>被告は,原告ら各自に対し,3931万9087円宛及びこれに対する平成
>15年9月30日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え

>被告が原告ら各自に対し3500万円宛の担保を供するときは,
>その仮執行を免れることができる。

損害賠償と担保がごっちゃになっているようですね

要するに満額ですな
この判決はたぶん脳外科業界で問題になるでせう

横レスすみません。

>>No.100のしまさん
>損害賠償と担保がごっちゃになっているようですね
この辺、実際のカネの流れと理屈がイメージできませんので、もしよろしければ教えていただけませんか?

感想Iです。

判決文を読む限り、出血の原因は、やはり不明です。
出血は栄養血管を一本つめた後だったということは、メインの栄養血管が閉塞したことで急激に血行動態が変わっていたものと思われます。
そのために、それまでに見えなかった第二の栄養血管が見えてきたのででしょう。
造影剤を流す時は、血管の内壁に急に圧力がかかりますので、カテーテルで穿孔しなくても、カテ操作を行っていない血管が破綻し、出血を起こす可能性はあります。
「カテーテルが迷入したために出血したと認めるのが相当」とは言えないと思います。

感想IIです。
とはいえ、私にとっては、この判決結果以上に問題と思われる点があります。
それは、No.96のいのげさんのコメントにもありますが、「なぜ、血管内治療を選んだのか??」という疑問です。

治療optionは
1. 開頭手術
2. 定位放射線治療
3. 血管内手術
の3つです。
放置すれば再破裂の可能性もありますので、この場合は無治療経過観察というoptionはありません。
詳細は省きますが、今回の脳動静脈奇形は、大きさ、部位、静脈還流から、開頭手術が可能と考えられます。
開頭手術は一見非常にラディカルですし、合併症も少なからず起こす可能性はありますが、この病気に関しては根治性に最も優れるため、可能であればまず考慮すべきです。
もし、開頭手術が不可能だったり、イヤだとなったら、次の選択肢は定位放射線治療です。大きさが3cm以下なので、こちらもそれなりの根治性もエビデンスもあります。しかし、効果が出るのに年単位を要します。そして完全閉塞に至るまでの間は、再出血の可能性が継続します。さらに、数千人に一人の割合ですが、放射線誘発脳腫瘍も起きると言われています。
次に、脳血管内治療ですが、これは一見体に優しそうですが、やはり脳梗塞や今回のような頭蓋内出血を起こす可能性があります。また、根治性という点では、まだ十分とは言えません。

この患者さんの場合は、治療optionの優先順位としては、上記の1→2→3の順であったかと思います。
さらに、術者の医師達が血管内治療に非常に習熟していたとは、被告側の説明にもありません。であれば、この医師達が脳動静脈奇形に関して、血管内治療の経験があったのかどうか、私は怪しいと思っています。

では、なぜ、最も選択肢となりにくい、血管内治療が行われたのか?
あまり考えたくありませんが、一つだけ理由が考えられます。

現在「脳血管内治療専門医」になるための試験の受験資格に「動静脈奇形」5例の血管内治療の経験が必要となっています。
しかし、上記の理由(血管内治療は最も優先順位が低い)から、なかなかその対象となる症例が集まりません。
そして、治療が行われた時点で、術者らは「専門医」ではなかった可能性が高いと思います。

最も選択肢となりにくいはずの血管内治療に踏み切った理由と、何らかの関係があるかもしれないという疑念を払拭することができません。

脳外科医先生

目の前の霧が晴れるようなすばらしいご説明ありがとうございました。非専門医の私でもたいへん納得できる話です。
臨床では、患者の病態の特殊さによって、例外的な事象が普通におこりますよね。それを裁判官の憶測で否定され、罪を問われたならばとても承服できないでしょう。

しかし、高い蓋然性云々の文って、医者が否定するような蓋然性の低い内容を素人裁判官が決め付ける時のお約束みたいですね。はぁ。。。

判決文を読みました。

脱力・・・

素人判断だから医学的な考察に無理があるのはおいといて、
こういう場合でよく思うんですけど、遺失利益の算定ってどうなんでしょう。

AVM破裂率ってかなり高いはず(出血例の再破裂では6-20%/年程度?、
ほっといたら10年くらいで破裂する感じ?)ですけど、その分を除するような
計算はしないの?。平均余命を使うのが正しいのか、どうなんでしょう。
交通事故とは違うんだけどなぁ

京都府立大学ねぇ・・・
30歳で結婚ねぇ・・・
まぁいいですけど

でもねぇ・・・
AICAとPCAはまちがえんよ。なんたる侮辱か

さらに横レスですが、判決の命じた支払金額について。

> 主文
> 1 被告は,原告ら各自に対し,3931万9087円宛
> 及びこれに対する平成15年9月30日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え

PDF判決書の19頁に、「第5 当裁判所の判断」として、
> (5)合計  合計7863万8174円 (各自3931万9087円)

本件医療過誤の損害額が合計7863万8174円であるところ、原告遺族はご両親ですので1/2ずつして、各自に3931万9087円を支払え。
つまり、病院側が払うべき金額は7863万8174円であり、新聞報道にある「約8000万円」とか「約7800万円」はこの金額です。

----
> 金額は原告がおそらく二人なので
> 約8千万満額の判決で原告一人当たり4千万
> という意味のようです               (No.98いのげ先生)

判決の命じた金額は、原告一人当たり4千万円×2=8千万円というのはその通りですが、
これは原告の請求の「満額」ではありません。
原告の請求額は「各7018万6893円」、合計では「1億4037万3786円」を請求していたので、半額ちょっとが認容されたことになります。
慰謝料が大幅に削られていますが、原告の請求が大きかったというか、裁判所の考える慰謝料はこの程度なのだろうと思います。

訴訟で、どちらがどの程度勝ったのかは、訴訟費用の分担割合をみるのが、分かりやすいです。
> 主文
> 3 訴訟費用は,これを25分し,その11を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
訴訟費用は負けたほうが負担しますので、本件で原告が勝った割合は 14/25(56%) です。

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> 損害賠償と担保(No.100しま様)
これは判決の支払命令とは別の、仮執行宣言の話で、

> 主文
> 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
> ただし,被告が原告ら各自に対し3500万円宛の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。

仮執行宣言とは、第一審で原告が勝訴した場合に、判決確定を待たずに直ちに強制執行する権利を与えることです。
金銭請求の場合に、よくあります。原告としては、一刻も早く払ってもらいたいですから。
もし控訴審で覆ったら、取り立てたお金は当然ながら、返さなければなりません。

一方、被告としては、控訴して争う場合は、強制執行を受けるのはイヤですから(控訴審で勝ってからお金を取り返そうとしても、原告はもう使ってしまって返せないかも知れない)、
「仮執行をさせないでください」という申立ができます。
裁判所は、担保を積ませてこれを認めます(仮執行免脱宣言)。
本件ではその担保額が3500万円×2=7000万円という意味です。
一審で敗訴しているので、担保の金額は非常に高く、たいてい、仮執行金額の8割以上を命じられます。

YUNYUN先生
ご教示ありがとうございました よくわかりました

>元行政さま
>臨床では、患者の病態の特殊さによって、例外的な事象が普通におこりますよね。
>それを裁判官の憶測で否定され、罪を問われたならばとても承服できないでしょう。

別に憶測で否定した訳でもないようですよ。
否定できるのか、またどのような証言をしたのかと言うことまでは分かりませんが。

被告自ら可能性を否定するとは、どんな証言だったのか興味ありますね。

>また,被告は,本件出血の原因について,
>\徒圧上昇による出血,
>解離性動脈瘤,
>9臺仔位瘤よりの出血,
>ぢけ萄淬軻による出血,
>ダ犠鏨堽圧突破(NPPB),
>塞栓術に伴う周辺動脈の圧の上昇

>が考えられると主張するが,証拠(乙A12,証人B)によると,証人B自身が
>これらの可能性が低いことを自認する証言又は陳述をしており,鑑定の結果に
>よっても,同様の結論が導かれるから,被告の上記主張は採用しない。

非医療者から観ると、下記の記述に興味がありますね

>本件においては,本件手術の状況を撮影したビデオが存在しないほか,
>8月12日に実施された手術では作成されていた術前・術中記録や,
>本件手術中の15時15分から15時53分までの間の写真等の映像も存在せず,

12日に作成されていた記録が、なぜ再手術では存在しないのだろうと思います。
密室で行われているように伺えますが、これも訴訟対策の一つなのでしょうか。

>YUNYUNさま
詳しい説明有り難うございました。

担保の金額がそれだけ高いとすると、仮執行と担保を区別する意味がちょっと
分からないのですが。「原告勝訴」の際の担保は、ほとんど形式上のものなの
でしょうか。

>AICAとPCAはまちがえんよ。

ごめん
AICAじゃないか、SCAか。

まぁロードマップ下にやってるんだろうからまちがえんだろうが

No.109  しまさん。

その部分こそ憶測で否定したところではありませんか?
可能性が低いことが普通に起こる医療の世界。原因が明確でない非典型例で、他の可能性を考察すれば、どの原因も可能性は低いものでしょう。確かにどんなことを言ったのか聞いてみたい気はしますが、それぞれについて詳しく検討することなしに、そんな理由で否定するのは、なってないと思いますよ。

ビデオがないことで、妥当な主張を却下しているのも問題ですが、しまさんの勘繰りもどうかと思います。医療の現場は余裕がないので、ビデオなんて撮っていられないですよ。あらを探すにしても、その辺りを気にする医者はいないでしょうね。

>元行政さま
ビデオは特に問題にしていません。

12日の手術時には取った記録を、なぜ再手術の際は取らなかったのか、
と言うことが引っかかる訳です。「余裕がないので」と言われてはそれまでですが、
記録がなければ、証拠にはならないですよね。

仮に医療事故が第三者機関の鑑定に委ねられたとしても、「客観的な記録」は
重要になってくるのではないでしょうか。


>その部分こそ憶測で否定したところではありませんか?

証言と鑑定書を読まない限り、憶測かどうか判断できないでしょうね。
確かに、「憶測で否定した訳ではない」と言うのは不適切な言い方でした。

No.114  しまさん。

麻酔記録はリアルタイムで作りますが、多くの手術は術後に記録します。例えば胃癌だったら何をどう取ってどう繋いでとかだけで、何時ごろ何をしてとかは書きません。カテの途中経過なんて書きませんよ。書いてあったらかえって怪しいくらいだと思います。(専門でないのでちょっと自信ないですが)

確かに証拠はあるに越したことはありませんよね。実際医療機関側の認識として、証拠がない場合かなり無茶な決め付けをされるということがあり、それでビデオとかを撮るところも出てきたわけなんですよね。個人的には、証明責任はどちらにあるんだって言いたいです。(原告側にあるとされながらも、実行でこちらになっている気がします)

判決の仮執行免脱の趣旨について、補足。

> 担保の金額がそれだけ高いとすると、仮執行と担保を区別する意味がちょっと
分からないのですが。
> 「原告勝訴」の際の担保は、ほとんど形式上のものなのでしょうか。(No.111しま様)

No.107で少し書きましたが、
控訴中の被告の立場では、強制執行を甘んじて受けるよりは、担保を積んで仮執行を免れるほうが、経済的に有利であると考えられています。
たとえ、担保金額が非常に高くて、仮執行宣言による執行金額とほとんど同じくらいであるとしても。

その理由は
1.原告にお金を渡すことは、リスクが大きい。
担保は国が預かる(法務局に供託する)ので、上級審に勝利すれば必ず返還されるのに対して、
強制執行により原告が取っていった場合は、判決確定の時点で原告が消費して無資力になっていれば取り戻せない危険があります。
手続的にも、担保取り消しは容易だが、原告が任意に返還しない場合には強制執行の手間・費用がかかります。

2.強制執行を受けると社会的信用を失い、今後の経済活動に差し支える。
強制執行では債権者(原告)が、債務者(被告)名義の財産を、好きに選んで執行できることになっています。
執行容易な財産は、銀行預金、給与債権、請負代金債権などであり、
これらは第三債務者が関係するため、強制執行を受けた事実が世間に公けとなり、信用不安を呼ぶおそれがあります。
予期せぬ形で銀行預金を差し押さえられたために、資金繰りがショートして支払不能に陥り倒産とか、
給与差し押さえを受けたことで雇用主の不興を買ってクビとか、
請負代金を差し押さえられた業者は嫌われて二度と発注してもらえないとか。
つまり、被告にとっては、同じ払わなければならないにしても、コントロールできないところで強制的に持って行かれるよりは、自分で計画的に資金を用意して払うほうが、傷は少ないのです。

>>YUNYUNさん
非常にわかりやすい説明をありがとうございます。
すっきりしました。

が、医賠責ってこの担保金も出してくれるのでしょうかね?

>YUNYUNさま
>原告にお金を渡すことは、リスクが大きい

裁判所なり、第三者に渡すのなら私も担保の方がいいとは思いますが、
判決文には「原告ら各自に対し3500万円宛の担保を供するとき」とありますよね。

もしかして、「供する時」とある時は、供託金の事で、原告には渡らないと言うことを
意味するのでしょうか。

> 「供する時」とある時は、供託金の事で、原告には渡らないと言うことを
意味するのでしょうか。(No.118しま様)

その通りです。
裁判上の担保は供託所(法務局供託課)に供託する方法で行います。
「原告に対し」というのは、原告のためにお金を預けるという意味であり、
供託者を被告、被供託者を原告として、法務局にお金を払い込みます。
原告の手に直接お金が渡るわけではありません。

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> 医賠責ってこの担保金も出してくれるのでしょうかね?(No.117元田舎医先生)

それは保険契約の内容によります。
「訴訟費用」の特約に含まれるものか?約款を読んでみないことには何とも・・・
でも、先生が加入されている保険会社にお尋ねになったほうが早いです。お役に立てなくてすみません。

余談ですが、個人的には、そういう保険商品があってもよさそうに思います。
保険会社は一時的に立て替え払いをするだけで、損害賠償として没収されることは実際上は少ないから、それほど損しないのではないでしょうか。
トンデモ判決が増えたら、医師側が控訴するために仮執行免脱担保が必要になり、そういう保険の需要が出るかもしれません。新たなビジネスモデル!?・・・orz

>>No.119のYUNYUNさん
約款がすぐ手元になかったもので、横着してしまいますた。
すみません。

#前線から敵前逃亡したものですし、申し訳ありませんが「先生」はやめて下さい。もし聞き入れていただけないようなら報復措置として「YUNYUN師匠」と呼ばせていただきます。

P R

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