エントリ

 このエントリは、

 医療崩壊に対する制度論的対策について(その3)

 に位置するもので、医療崩壊に対する制度論的対策について(その2)の続編です。

 コンセプトは(その2)と同じで

 現状を認識しつつ前向きに考える

 ということでいこうと思います。

 医療側だけでなく、法曹界や患者側、ちょっと興味を覚えた一市民の方など、さまざまな方の意見が聞けましたら、それだけで少しは有益なのではないかと思っております。

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昨日、りのさんから、 『うちの母は一般人、メールもロクに出来ません。パソコンも。 テレビしか見ないので、安倍さん支持ですよ。 だって、テレビたま... 続きを読む

コメント(225)

年収5000万円で一年間勤めた尾鷲の産科医師が辞めることになりましたね。
http://www.isenp.co.jp/news/_2006/0901/news00.htm

地元ではこの医師の特集があったのか、
病院内に居住用の部屋があってそこで365日24時間待機、外出禁止、
買い物は事務員がやるらしい、とのことでした。
実際に一年のうち年末の二日以外363日常駐で働きました。

こんな労働環境じゃ心身ともに持たないと思うのですが、
なぜ、こんな契約になってしまったんでしょうね。
2500万で二人雇えなかったのか、
5000万出さないと誰も来ないところだったのか。

市と議会と医師と、それぞれ言い分はあるんでしょうが、
対策ってないもんなんでしょうかね。
いくら5000万払っているからって、
24時間363日拘束し、働かせ続けるって異常な労働環境だと思うのですが。

産科医と他科医と非医師では見解が違うかもしれませんが、
辞任のニュースを聞いて、みなさんどう思ったのかお伺いしたいものです。
モトケンさま、こちらでコメントするのが差し障りがあるなら、専用エントリを設けてくだされば幸いです。
私個人はまだ自分の考えがまとまりません。

参考サイト
http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000150605240002
http://www.chunichi.co.jp/00/mie/20060901/lcl_____mie_____000.shtml

新スレにコメントさせていただきます。まずはたたき台として。

1.僻地病院は廃止、診療所のみとする
2.産科、小児科を中心に可能な限り医師の集約化を進める
3.病床は削減、患者負担も増やし在宅移行を促す
4.医療費のうち保険負担分を減らし自己負担とする
5.混合診療導入と保険診療範囲の制限
6.赤字の多い公立病院は廃止、または民間に移管する
7.制度、受診費用の見直しによる基幹病院への受診制限
8.いわゆる終末期医療への保険診療適応の制限、廃止

今現在進行しつつある、あるいは今後予想される事態を適当に書き連ねてみたものですが、こうしてみると受診者サイドから見て明らかに今までより良くなったと思われる変化はあまりないようです。

既に何度か出ておりますとおり日本の医療制度は「医療の質」「受診の容易さ」そして「医療に要するコスト」という三点において世界的に高い評価を受けておりますが、同時に一般的にはこの三点を同時に追及することは不可能であるとも言われています。
すなわち今後医療制度の改革を志す場合国民は必然的に「医療の質の低下」「受診の制限」または「より大きな金銭的負担」を強いられることになるわけですが、実際のところどういう負担、どの程度の負担であれば受容可能なのでしょうか?


 3月末から医療崩壊について追いかけている患者側の者です。重度知的障害児施設に勤めています。月4回〜5回夜勤がありますが、翌日非番で次の日は休みです。

 医療崩壊に対する制度論的対策について(その2)で、FFFさんのおっしゃることはたぶん、世間にはほぼ納得できるものと思います。
 そして、世間はどうであれ、私には、医師の方々がおっしゃることも、とてもよくわかります。このまま医学的にみて無罪に決まっている医師が刑事訴追される、そのことが如何に危うい行為であることか、私も危惧するところです。

 どういうことかというと、医療以外の分野については、法曹界はもちろんのこと世間もおおよそそれぞれの職業について表面的であれ大雑把な知識とそれらの職業に対しての理解を持っているのです。そしてそれは、概ねそれらの仕事に従事しているものにとっても妥当といえる浅い知識と理解なのですね、。

 だから、それらの業界で何事かが起きて訴訟や刑事訴追になったとき、その背景や事態の推移を当事者以外は比較的客観的に見ることができるのです。時にそれが業界側の視点依りの判決が出たとしても、です。

 20年ほど前まで、福祉施設で起きた事件は、問答無用で施設が悪いという評価が世間にはありました。私が勤めている法人で20年前、帰省中に行く末を案じた母親が 子供二人(利用者さん二人)を道連れに無理心中を図ったという事件がありました。当時、ワイドショーでも取り上げられ、すべて施設が悪い、と糾弾されたものです。

 それが、認知症老人が増えるにつれて、福祉施設が一般の人にも身近になり、内情(職員の労働条件なども含め)が広く知れ渡るにつれて、世間の福祉業界についての知識・理解も深まったのです。するとどうなったか。

 ついこの間、ある老人施設で老女に対して猥褻な言動で侮辱していたことが家族によるテープ録音で明るみになりました。数日ワイドショーでも取り上げられていましたから、ご存知の人も多いと思います。。

 これ自体は、ずいぶんと酷い、決して許されないものでしたから複数のコメンテーターから非難がありました。が、一人だけ労働実態を挙げてそうなる背景について理解あるコメントを出した人がいました。そして、それだけで今回の件について、世間はたぶん是は是、非は非として冷静に受け止めたと思います。

 3年ほど前、認知症老人のグループホームにおいて夜勤中に利用者さんを虐待死させた非常勤の職員が逮捕されました。この事件も連日ワイドショーをにぎわしました。20年前までなら、問答無用でこのグループホームは糾弾されていたでしょうが、この時も、その非常勤職員の労働実態が明るみになり、ワイドショーでも取り上げられ、認知症老人グループホームの実態に一定の理解を示していました。そしてそれを、世間は受け入れました。

 こういうことは福祉業界に限らず、医療以外の業界についても同様ではないかと思います。世間はこれらの業界について労働実態のおぼろげながらもアウトラインを知っている。だから、それらの業界で自前のあるいはお手盛りの、調査委員会なり被害者対策委員会なりを作って世間に披露したとしても、そしてたいした効力がなかったとしても、一定の理解が得られているのだと思います。

 その上で法律のお世話になったとしても、その結果がどうであれ、当事者以外の世間は冷静に受け入れるのだと思うのです。

 では医療現場についてはどうか?というと、少なくとも私の職場・家族・友人・知人は、医師の方々の労働実態についてまったく知りませんでした。ということは、世間のたいていの人々は医師の方々の労働実態をまったく知らず、知ろうとせず、自分達と同じような労働実態だろうと思っているのです。

 自分達と同じような労働実態だと思いこんでいるからこそ、そして自分達が利用していてあまりに身近にあるから知っているつもりでいるからこそ、医療の窮状を訴えても世間は納得しないのだと思うのです。世間が納得しないのだから、世論が起こり様子もなく、なので法曹界に何も影響をおよぼさない のではないかと私は思います。

 病院勤務の医師の方々の当直時の「36時間勤務」について、私が周囲に説明するたびに、同僚はすぐに理解・納得するのですが、家族や知人には説明するのに骨が折れます。なぜなら、彼らはやったことがないから想像出来ないらしいからです。

 医療事故等の免責は、これから必要になると私は思います。が、それと同時に世間に医師の労働実態をもっと理解してもらうことが必要だろうと思うのです。でないと、上手くいかないかもしれないと思うのです。が、世間に分かってもらうのは至難の業だろうなぁとも思うのです。で、いったん崩壊しないと駄目かしらん、と思ったりもするのです。

 ひとつ私には不思議でしょうがないのですが、なぜに行政は医師の労働条件を改善しようとしないのでしょうね。改善も何も、医師は超人であるかのような振る舞いをしていますが。医師が倒れたら元も子もないのは明白なのに と思うんですがねぇ。

FFFさんは医師を処罰すれば抑止力が働くと考えているようですが、
そこのところが、根本的に間違いだと思います。
医療事故は注意すれば防げるというものではありません。
ひとつの参考として、
「念のためはどこまで必要か」
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20060807
をお読みください。
これはひとつの例でしかなく、医師の業務の上ではこのような
「不幸としか言いようのない例」に出会うことを完全に避けることができず、
にもかかわらず、裁判で片っ端から医師の責任が認定されている、
という印象を(多くの医師が)持っているのです。
多くの例で実際には医師の責任は認定されていないのかもしれませんが、
現実に医師がそのような印象を持ち、そのような理不尽を避けるためには
医師を辞めるしかない、少なくとも危険な業務を辞めるしかないと考えているのが
医療崩壊の原因です。
個々の事例で司法が「正しく」機能すればするほど、そのような結論になることが
お分かりでしょうか?

FFFさんは医師を処罰すれば抑止力が働くと考えているようですが、
そこのところが、根本的に間違いだと思います。
医療事故は注意すれば防げるというものではありません。
ひとつの参考として、
「念のためはどこまで必要か」
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20060807
をお読みください。
これはひとつの例でしかなく、医師の業務の上ではこのような
「不幸としか言いようのない例」に出会うことを完全に避けることができず、
にもかかわらず、裁判で片っ端から医師の責任が認定されている、
という印象を(多くの医師が)持っているのです。
多くの例で実際には医師の責任は認定されていないのかもしれませんが、
現実に医師がそのような印象を持ち、そのような理不尽を避けるためには
医師を辞めるしかない、少なくとも危険な業務を辞めるしかないと考えているのが
医療崩壊の原因です。
個々の事例で司法が「正しく」機能すればするほど、そのような結論になることが
お分かりでしょうか?

>ひとつ私には不思議でしょうがないのですが、なぜに行政は
>医師の労働条件を改善しようとしないのでしょうね。

医師が労働条件の改善を希望しないのに、行政が勝手に行うことは
民主主義国家のする事ではないですね。

もちろん、日本がお上頼みの国家であり、日本人が官僚支配を
望んでいると言うのなら、行政責任を問うべきでしょうが。

で、労働条件の改善を、誰も声に挙げていないのが実情だと思います。

1.勤務医はなぜか沈黙
2.日本医師会はなぜか沈黙
3.国民は勤務医の現状を知らないので、改善を訴えかける訳がない
4.民意が高まらないので、政治家の動きようがない
5.政治家が動かないので、行政が動くはずがない

個人的には、医師の待遇に関しては、医師自身が主体となるべきだと思います。
崩壊も一つの手段だと思いますよ。と言うか、維持するために超人的な努力を
払わなければならないのなら、それは既に崩壊していると考えます。

>循内勤務医さま
>多くの例で実際には医師の責任は認定されていないのかもしれませんが、
>現実に医師がそのような印象を持ち、

一つ不思議な点があるのですが、なぜ医療裁判に関して、医師の方々は
データを根拠にしないで、印象論で語るのでしょうか。

それでは、「私の近所の医師が信頼できないから、医師全体が信頼できない」と
思いこむ患者と同じであり、議論がかみ合うはずがないと思うのですが。


法律家は一般の事件と医師の事件と同系列に並べたいようですが、
決定的に違うことが他の職業とはあります。
それは、他の職業なら、死亡事件になることを行わなければ、被害者は死なない。
交通事故でも、そのときに車を運転しなければ、人は死なない。
しかし、医業は、それを行わなければ、人が死んでしまう。というところが、そうです。
医療事故になる手術や処置をしなければ自然に患者さんがお亡くなりになる。そういうことなんですね。
また、人には寿命がありますので、医師が普通に経過観察しているだけで(事故を起こさなくても)死んでしまう。そういうこともあります。
福島の大野事件の場合、あのタイミングで手術しなければ母子とも死んでいたでしょう。手術して死んでしまったから逮捕されましたが、しなかったら当然死んでいた。手術をしてもだめだっただろうと結論する医者がほとんどであった。
当然医師は無過失だと考えるが、法律的には逮捕なんでしょう。
FFFさんの考えを使えば、医者は全員有罪となってしまいます。
全員が有罪で捕まってしまったら、それはそれで楽しいことがおこりそうですが、いかがでしょうか?
医療崩壊が進むかどうか興味深いところです。
おそらく、今の法曹界の考え方だと、産科は医療崩壊するでしょう。
それ以外も崩壊してしまうかもしれません。
そうならないためにはどうするか、というところですね。
出来ることは二つ。
訴えられる側が対策を立てるか、裁くほうが対策を立てるか。ということですね。
(もちろん訴える側は制限が出来ないのでどうしようもない)
大病院のマネージメント力が低いことも原因としてあります。でも、訴訟対策をするということは、人員の増大が必要であり、また、医療ミスを減らすには労働時間の短縮が必須なので、医師不足は更に顕在化します。
今の法律家の考えだと、このことをおしているみたいなので、これでは、医療崩壊は止まりません。
そうすると、医師をどの基準で逮捕するか、犯罪として立件するか、というところの見直しというところが、医療崩壊には一番いいということになりますね。
結局、今のような判例を繰り返していれば、医師がリスクの少ないところに流れていきますので、医師不足は更に増えるでしょうね。
自分もその中の一人だと思いますが、、、(労働時間が週80時間から60時間に減ったので25%労働力が減っている状態ですね。弁護士が増えて訴訟がきつくなれば、更にリスクの少ない職場に移ると思うので、自分の労働力は少なくなると思います。)

だれも、医師を全く訴えるな、というのではないのです。明らかに過失がある例(クスリを通常量の10倍投与してしまって死んでしまったなど)は民事でも刑事でも裁かれて仕方の無いことだと思いますが、今の司法の考え方はそうではないからね。

>しま様
労働条件の改善といえば労働組合ですが、医師の労働組合はないも同然なんですよね。以前医療関係者の方からいただいたレスによると、組合活動なんかする暇がないのはもちろんですが、医師は再就職先に困らないので「退職」という伝家の宝刀を抜きやすい、だからムキになって改善を訴えるモチベーションが生じない、という話でした。

ところで、医療崩壊を取り上げたTV番組が放映されるようです。
9月24日(日)NNNドキュメント’06「消える産声 産科病棟で何が起きているのか」
http://www.ntv.co.jp/document/
このドキュメンタリー枠はいずれ取り上げるだろうなとは思っていました。
紹介文を読むと福島の問題にも言及するようなので、内容に期待できそうです。
まあ、私は見られませんが(笑)

>>しまさま
1.勤務医はなぜか沈黙
2.日本医師会はなぜか沈黙
3.国民は勤務医の現状を知らないので、改善を訴えかける訳がない
4.民意が高まらないので、政治家の動きようがない
5.政治家が動かないので、行政が動くはずがない

1番は簡単ですよ。ストライキや訴えても、マスコミはなびかないし、おまけにその職場をやめてもそれより好条件の職場が満載ですもの。黙って職場を動いたほうが疲れなくて、いいです。(医師がしんどい職場に残っているのは使命感だけなので)ストライキは、勤め先を解雇されると他に行くところがなく、おまんまの食い上げになる、という人の集まりでしかおこらないのですよ。
2番はわからないなあ。最近医師会の力弱いものね。おまけに世論がついていかない。
3番は医療崩壊すれば、そのうち気がつくんではないでしょうか?
当事者が言ったって、単なる僻みにしかとらない市民が多いですもの。
でも、気づいてくれる人は少しづつ増えてますよ。
4番 民意は高くならなくて結構です。ほんとに困れば自然に高くなりますから。でも、市場経済の原則から言うと少し困るくらいでとどまるのが、医師のプレミアムが一番ついてくれるのでいいかもしれません。だから、医療崩壊して困る医者はほとんどいないと思います。でも、どうしてみんな必死で書き込みするんだろうね。みんな、安い給与でも正義感を持って働きたいと思ってるからではないかな。でも、今のような判決が続けば、そういういい医者(国民にとって)は減るだろうね。
5番は動いてくれる政治家も出てますよ。民主党の国会議員さんで動いてくれている方が何人かいます。密着取材されている方もいました。(国会の仕事の後に二晩小児科の当直に付き合ったんですよ)ただ、そのときに川崎厚生労働省大臣に質問しても彼はぜんぜんなびきませんでしたが。

はんぞ〜〜様
>病院勤務の医師の方々の当直時の「36時間勤務」について、私が周囲に説明するたびに、同僚はすぐに理解・納得するのですが、家族や知人には説明するのに骨が折れます。なぜなら、彼らはやったことがないから想像出来ないらしいからです。

それだけ幸せに生きてきた人が多い、と言うことでしょう。
大学時代似たようなことをやった記憶がありますが、意識は朦朧とするし気を抜けば寝てるしで人間のやることじゃないと思いました。
むしろ忙しい方が気が張るんで楽なんですよね。気を抜くとところかまわず寝てしまうので。
猫目錠が欲しいと思うことは今でもよくありますが。

連投で申し訳ないんですが、
医師が退職しやすい条件として、、、
医師にはあまり退職金がつかない。これもありますね。昔は、医局派遣だったから数年で職場をころころ変わり、そこで退職金がすずめの涙だけ払って、期間がリセットされるからね。おまけに、医師って経験がモノをいうから、一般企業と違って45歳以上でも就職がかなり有利に出来るのも、あるのかな。おまけに高齢な方だって、そんなに給与水準が落ちるわけではない。(50歳までは余裕。60歳近くでも飯が食えないほど給与が安くなるわけではなく求人もそこそこある)
退職金も期待できない、職場を変わっても給与が変わりない。そうなると、やりがいがなくなると、移れますよねえ。もし、しまさま、その他、一般の方がこういう条件で仕事するなら、きっと同じ考え方になりますよ。
でも、雇用主って今までは医師を安く雇用していたのですよ。退職金だけでなく、基本給が安いから、会社負担で必要な費用が極端に安いんです。医師の雇用ってね。今の自分の給与見ても40%が基本給。40%が手当て、20%が当直料だもの。以下に基本給が安いかわかるよね。おかげで、ボーナスが楽しかったことが一度も無い。(税金ひかれると、公務員なのに一月分のてどりにもならない)

>れいさま
>だれも、医師を全く訴えるな、というのではないのです。明らかに過失がある例
>(クスリを通常量の10倍投与してしまって死んでしまったなど)は民事でも刑事でも
>裁かれて仕方の無いことだと思いますが、

免責はあくまでもケース・バイ・ケースであり、刑事で裁くケースも当然あるという事
ですね。医師の方が「無制限の免責」を求めているのかと誤解しておりました

さて、どこで線引きをしましょうか。「明らかに過失がある例」と言っても、過失は
結局は結果責任でしか問えないのではないでしょうか。例えば、じんましんに
塩化カルシウムの注射を医師が指示し、看護婦が塩化カリウムと取り違えたという
ケースがありましたが、あの件はどう問われるべきでしょうか。

1.塩化カルシウムの注射を指示した医師には何らかの責任がある
2.塩化カルシウムの注射だけでは死なないのだから、医師には責任がない

>もし、しまさま、その他、一般の方がこういう条件で仕事するなら、
>きっと同じ考え方になりますよ。

医師が待遇によって勤務地や勤務先を決めるというのは、
私にはごく当然のように思うのですが。

むしろ、積極的に行うべきだと思います。仮に、そのせいで医療費が高くなったと
しても、それはやむを得ないことだと思います。日本国民である以上は、
幸福追求権が保証されている訳ですから。

>みみみ様
>だからムキになって改善を訴えるモチベーションが生じない、という話でした。

改善のモチベーションが生じないのなら、勤務医の待遇問題は存在しない事に
なりますが、そういう事はあり得ないように思います。つまり、働いている限りは、
自分の待遇に不満を持って当然だと思うんですよね。

労働組合の組織化が進んでいないために、一般勤務医から意見を吸い上げる
システムが確立していないのではないかと思いますが。

塩化カルシウムの注射を医師が指示し、看護婦が塩化カリウムと取り違えたという
ケースがありましたが、あの件はどう問われるべきでしょうか。

1.塩化カルシウムの注射を指示した医師には何らかの責任がある
2.塩化カルシウムの注射だけでは死なないのだから、医師には責任がない

塩化カリウムと打った看護師には責任がある。これは間違いない。
医師はどうか?一般的に注射施行は看護師は単独ではなく医師の管理のもとで行う。という風になっています。だから、ある一定の責任はまのがれないだろうと個人的に思います。自分が同じ場面に遭遇してしまったら、仕方が無いな。そうあきらめます。だから、答えは1番。
でもね、あの件はぶちあけたはなしなんだけど、いまどき蕁麻疹に塩化カルシウムってほとんど使わないんだよね。ちょっと治療が古典的なんだよね。(自分は1回も使ったことが無いし、同年代の医師もつかわないとおもう)事件が起きたのが何年前かが一番気になるが、塩化カリウムは2,3年前には有名になっていたから、名前を間違えやすいクスリを手元に置くということはいけないんだよね。それが気になったけど。実は、その後のフォローがちょっとまずかったかもしれないとか、そういうのがあったと思うが、それはその場面に居合わせていないから、実際患者さんが急変したときに自分がすばやく対応できるかどうかはわからないね。
いまは、塩化カリウムの入れ物に、大きく注意書きがしてあるのと、塩化カリウムの副作用を防ぐのに、塩化カリウムを薄めた液しか置かない病院が出来たり(薄まった塩化カリウムは全く問題ないので)、注射しにくいよう、緊急の棚に入れないとか、工夫しているところはありますね。

医師って長い間、長時間働くことが当たり前、という風に教えられたからね。
それを律儀に守り続けた。
でも、ネットがはやり、一般職の方と労働形態があまりにも違うこと、
患者さんから感謝されることで長時間労働の疲れを癒していたところが、起訴や医師敗訴のニュースがリアルタイムで入ってくることになったこと、
これらから、医師がようやくおかしいと気づいたわけなんですよね。
おまけに、昔は医局が強かったこともありますね。だから、表面上問題にならなかった。
でもね、最近ね、患者さんに治療方針の説明をする時間も格段に増えたしね、権利意識が増えて、クレーマー対策に追われることも増えたしね、もちろん裁判に訴えられないような治療に持っていかないといけないから、対策するのに書類が増えたり、治療に関係の無いことでカルテ記載が増えたしね、仕事量が増えたというのもありますね。それと、クレーマーの増大で、やる気がそがれる、そういうのもありますね。
産婦人科が訴訟率高いから、クレーマー対策におわれ、初めからけんか腰の患者さんと接しないといけないから更に過重労働になりますね。(初めから、患者さんがカネを何かあればせびってやろうという人が増えたからね。これは、司法のもたらした結果と取ります)
治療方針をする時間が増えるというのはお互いにいいことなんだけど、それ以外の悪影響も出てきたわけですね。
そういう流れが一気に来ているから、労働組合を作る暇も無く、辞めていくのかもしれません。

>れい様

丁寧なお答え、ありがとうございます。
そのあたりの判断は、医者でないと難しいものがありますね。

患者と告訴の間に、ワンクッションはさんで、「このケースは医師に責任がない」
「このケースは刑事相当」「このケースは民事相当」と、判断する第三者機関が
あれば良いのかも知れません。

もしくは、医療検察とか、医療警察みたいなものを作ると言う方法もありでしょう。
医系技官のように、医師を採用して捜査権を任せるのです。
もっとも、この場合並大抵の待遇では参加する医師は少なそうですが。

管理人さんが別に立てられたエントリー「脳血管手術医療過誤医師側敗訴判決」を読ませて頂いて思ったことは、とにかく情報不足で議論困難ということです。読売新聞には「脳血管の奇形と診断された」とあり、京都新聞には「硬膜下血腫などと診断された」とあります。
同エントリーで元田舎医さんが紹介された肝癌の訴訟も、不正確かつ不十分な新聞報道のみでは推測が多過ぎてまともな議論になりません。そこで提案ですが、以下の事案に関して議論しませんか?

http://www4.atwiki.jp/hanrei/pages/228.html

この判例は元田舎医さんが紹介された訴訟の判決に少なからぬ影響を与えたのではないかと推測します。判決文は長文ですが、議論するにはもってこいの題材と思います。とりあえず私個人の意見を下に述べます。肝細胞癌と肝癌は同じ意味で使用します。

まず検査の不履行及び肝がん発生徴候の看過に関してですが、原告側は

(A) 医師は肝硬変患者に対して3か月に1回は腹部超音波検査を行い,月に1回はいわゆる腫瘍マーカー(AFPあるいはPIVKA−㈼)の検査を行うなどして早期に発見し,外科的切除術等により早期治療に努めることが必要

であるのに対して

(B) 被告病院に毎月1回程度通院していたにもかかわらず,腹部超音波検査は年1回程度,腫瘍マーカーのうち,PIVKA−㈼検査については,初診の年に1度実施しただけであり,AFP検査についても,おおむね3か月に1回程度しか実施しなかった。

と主張しています。さらに

(C) 平成10年12月24日の検査におけるAFP値は2.7と正常値(20以下)であったが,およそ7か月後の平成11年7月30日に行われた次の検査におけるAFP値は92.8と前回の30倍以上の異常高値となっていたのであるから,被告Gは,遅くとも亡Eの次の受診日である同年8月30日の時点で,超音波検査やCT検査を実施して肝がんを発見し,適切な治療を行うべきであった。

も主張しています。

まず(A)と(B)に関してですが、比較的高齢のB型肝炎ウィルスによる肝硬変患者に対して毎月外来で腫瘍マーカーを測るのは過剰医療と思います。C型肝炎ウィルスによる肝硬変(現在肝癌の多くはこちらから発生します)でも毎月必ず腫瘍マーカーを測定しない病院はかなりあります。「C型肝硬変の場合で1〜2ヶ月に1回程度腫瘍マーカー測定」が一般的指針です。従ってこの件に関しては、被告の主張を支持します。

次に(C)に関してですが、これだけ読めば原告の主張は正しいと思います。一方被告側の主張

(D) 同年夏に亡Eに超音波検査を勧めたが,亡Eの都合により断られている

が事実であれば、(C)の正当性はかなり弱まると考えます。また、平成2年の検査値で、この時既にAFPは122.2と、平成11年7月30日の値より大きい値を示しています。この患者さんの場合はAFPの値に変動が大きかった事実を示すとともに、92.8では肝癌を特に疑わない根拠となります。

以上、C型ではなくB型肝硬変であることを考慮すると、原告の主張は弱い印象を受けます。

次に、私個人はこちらの問題が大きいと考えますが、延命の可能性に関してです。被告の主張を含む医学的経過からみていきます。

(E) 亡Eの肝がんは,いわゆる体積倍加日数(ダブリングタイム,腫瘍の体積が2倍になるのに必要な時間)が10日ないし11.6日という異例の速さで進行していた
(F) 平成12月13日に、肝右葉S7,S8全体が,びまん性の肝細胞がん(9.7×7.4cm)に冒され,S5にも広がっていることが発見された。
(G) 平成13年1月13日に行われた腹部超音波検査の結果,長径が15cmを超えると思われる肝細胞がんの巨大塊が発見された。
(H) 平成12年12月22日にMRI検査を受けた結果,転移性骨腫瘍の疑いがあるとされ

まず「びまん性の肝細胞癌」を簡単に説明します。肝癌と一口に言っても個々の悪性度は大きな幅があります。非常に分化度が高い(悪性度が低い)癌は細胞同士の密着性が強く(要するに散らばりにくい)、緩徐に周囲を圧迫しながら発育し、境界明瞭で超音波でも認識が容易です。一方「びまん性肝癌」は未分化で非常に悪性度が高く、肝の類洞という構造を這う様に浸潤性に広がり、発育速度が大きく、境界不明瞭で小さなうちは超音波をはじめとする画像診断で確認しにくい癌です。転移も早期に起こりますので、(H)は実際に骨転移があった可能性が高く、放射線療法まで考慮された事実からはほぼ間違いないと判断します。肝癌の臨床にある程度知識のある人間であれば、死亡された患者さんの肝癌の様に発育が早くて早期に骨転移するような肝癌に有効な治療を行うことは非常に難しいと判断する筈です。

一方原告の主張は

(I) 適切な治療が行われていれば,亡Eが,延命した可能性は高く,例えば,肝切除術が行われていれば,亡Eの生存率は,1年が97.3%,2年が94.2%,3年が89.7%,5年が75.5%,6年目が68.5%,7年目が61.2%,8年目が54.7%,10年目が40.4%であり,再発しない可能性すら20%はあったのである。

ですが、手術できる肝癌は圧倒的に高分化肝癌が多く、大きなバイアスがかかったデータです。裁判官が根拠とするエタノール注入療法も、やはり高分化の結節性肝細胞癌によく当てはまるデータです。この辺りの事情を深く理解できない人間が、一部に過ぎない論文を根拠に互いの主張の優劣を判断することには大きな危険を感じます。私個人の意見は、救命の可能性なしとする被告の主張を支持します。

裁判官の判断には反論が沢山ありますが、最も肝心なダブリングタイムに関して原告の主張を退けているにもかかわらず、AFP高値を医師が認識できる時点での腫瘍サイズを3cm以下や2cm以下(2つ出てくるのが不思議)とする前提の下に原告の主張を認めている点が大きな問題と感じます。また、「びまん性肝細胞癌」という主張ですが、臨床医は画像診断における広がり方を根拠に判断するのが普通です。この前提として画像所見と病理標本を多数対比した研究結果があって、これを元にこの様な画像所見を示す場合にはこの病理所見を示す蓋然性が高いという判断をするわけです。判断内容にもよりますが、少なくとも腫瘍の進展形式においては熟練した医師の判断は概ね一致するものです。これを「亡Eのがんが多発性もしくはびまん型のがんであったことを認めるに足りる証拠はない。」と裁判官が切り捨てた根拠を知りたいです。判例の記述をみると、「認めるに足る証拠はない」を連発すればいくらでも恣意的な判決が可能である印象さえ受けました。

さて、皆さん方はこの判決をどう思われるでしょうか?

しま様
>なぜ医療裁判に関して、医師の方々はデータを根拠にしないで、印象論で語るのでしょうか。

逆にどうしてそんな疑問が出てくるのか不思議です。
この一線を越えたら処罰されるかもしれないという「印象」を与えることができれば
「抑止力」は十分働くわけですよね?
実際福島の事件とか割り箸の事件とかは、一般の勤務医には「恐怖」以外の何者でもありませんでした。明日はわが身と捉えました。これを避けるには逃げるしかないと思いました。この気持ちは医師以外にはどうしてもわからないんですかねえ?(絶望的な気分になります)。ちょっと想像力を働かせてほしいのですが。
医師の多くが最近の裁判にそのような印象をもっているという事実だけで
医療崩壊は進んでいるということです。

しま様
>なぜ医療裁判に関して、医師の方々はデータを根拠にしないで、印象論で語るのでしょうか

循内勤務医様のおっしゃるとおり、医療裁判やその判決の数や割合なんか関係ないんじゃないでしょうか。

はっきりしている事は、一連の経緯や判決を見て、
1 ほとんどの医師が 「明日はわが身」と捉えている事。
2 しかもそれを理不尽と感じていること。
3 さらに医師だけでなく看護師などの医療従事者のほとんども同様に考えていること。

これからみても、被害妄想とかそういう次元のものではないと思うのですが。

少なくとも、しま様のような意見が医療従事者以外の方の大半の意見であるということが医療崩壊を加速度的に進行させていることは確かです。

しま様
>なぜ医療裁判に関して、医師の方々はデータを根拠にしないで、印象論で語るのでしょうか

循内勤務医様のおっしゃるとおり、医療裁判やその判決の数や割合なんか関係ないんじゃないでしょうか。

はっきりしている事は、一連の経緯や判決を見て、
1 ほとんどの医師が 「明日はわが身」と捉えている事。
2 しかもそれを理不尽と感じていること。
3 さらに医師だけでなく看護師などの医療従事者のほとんども同様に考えていること。

これからみても、被害妄想とかそういう次元のものではないと思うのですが。

少なくとも、しま様のような意見が医療従事者以外の方の大半の意見であるということが医療崩壊を加速度的に進行させていることは確かです。

管理人から

 No.1の kita さんのコメントが公開保留されていました。
 公開処理が遅れまして申し訳ありません。

もはや今の状況となっては医師の印象だけで医療崩壊が進むので、
まず医師の裁判に対する印象を変えなければ止まらないのですが、
一般や法曹の方はそれが理解できない。

簡単にまとめるとこういうことですね。ではROMに戻ります。

通りすがりさん

>もはや今の状況となっては医師の印象だけで医療崩壊が進むので、
>まず医師の裁判に対する印象を変えなければ止まらないのですが、
>一般や法曹の方はそれが理解できない。

そういうところもありますが、単に印象だけではないと思います。

6-7年前にいた病院でのことですが、医療訴訟を扱う情報会社から毎週のごとく
訴訟内容とその判決がいくつも送られてきて、それが医局の掲示板に張られていました。

それを見てどの医師も嫌気と言うかあきらめの境地にいました。
その頃から「やってられないよ」という雰囲気が漂い始めていましたね。

今は、さらにひどいようですのでやめる人が増えてくるのも致し方ないかと思います。

>循内勤務医さま
>実際福島の事件とか割り箸の事件とかは、一般の勤務医には「恐怖」以外の
>何者でもありませんでした。

判決が出ていない福島の事件や、一審無罪だった割り箸の事件を持ち出すと
言うことは、一般の勤務医にとっては裁判自体が「恐怖の対象」だと言う訳ですね。

つまり医療行為に関しては、「既存の司法システム」の枠外に置いて欲しいと
言うことですね。その主張は尤もだとは思いますが、医療事故が起こった場合の、
調査、患者に対する対応、医師に対する処分、賠償額策定を医師自らが行う必要が
ありますね。

一つの資料としてどうぞ

産科医絶滅史16巻?お産科内診の陣?堀は埋められた
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1156690271/

799 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/09/03(日) 16:08:31 ID: hDPlTbL80
先週、患者さんの弁護士から紛争調停についての内容証明郵便が届いた。
法律のことは良く分からないが、記載されている内容は「責任を認めろ」
「賠償金を払え」「従わない場合、訴訟を提起する」ということでした。
 
福島の産科医逮捕などのニュースを見ても「特異な例だろう、何か事情があるはずだ」と思い、
昼も夜も休日も、患者さんのために働いてきました。
もちろん奉仕ではありません。
生活のための金を稼ぐ手段であり、自己のやりがいのためだと言われればそうです。
でもこんなにひどい仕打ちがくるとは正直思っていませんでした。

患者さんが「エコー写真その他の検査記録をコピーしてください」と言われると、
以前は胎児の成長を喜んでいる母親がそのような記録を欲しがっていると解していましたが、
今では「訴訟のための準備か」と疑い嫌悪感を持つ自分がいます。

産科医として自立し働き出して約6年、労働条件以外の面で限界を感じています。

803 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/09/03(日) 16:28:33 ID: hDPlTbL80
>>800
昔からお人よしと言われてきた性格のせいか「辞める」ということは、
今まで一度も考えたことなかったんですが、最近非常に悩んでいます。

一人医科長の私が辞めた場合、市内には産婦人科がなくなります。
市内のもっとも遠い山間地から近場の産婦人科までは車で1時間半以上になってしまいます。
昨年、私個人で約150例、病院として約170例の出産を行ったことを考えた場合、
私が辞めることで地域にのしかかる負担と、今後の産婦人科存続可能性の断絶が頭から離れません。
その一方で、日々やり辛くなってゆく産婦人科医療と家族のことを考えたとき、
自己保身に走らなければ、逮捕されたり、訴訟を抱え込んでしまったり、
はたまた医療ミスを犯すのではという恐れの気持ちも出てきており、日々悩んでいます。

808 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/09/03(日) 17:12:59 ID: hDPlTbL80
訴訟代理に関しては病院の弁護士に依頼し相談も進めています。
私の場合、幸い、病院のスタッフも力をかしてくれているので、
周辺準備に関しては問題なく進んでいます。

ただ過去の判例等を鑑みた場合、自分では際どいところだと認識しています。

809 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/09/03(日) 17:14:42 ID: hDPlTbL80
>>807
福島の医師は未だに拘束されているんですか?
私のケースも両親が刑事告発を視野に、民事事件化を進めているようなので気が気ではありません。

なぜ今まで医師たちが声をあげてこなかったか。
これは一つにはあげても確実に黙殺されるという状況があったとは思います。
マスコミはひたすら病院を叩くのに熱心で、
ネット上で実状を訴えても
「嫌なら辞めろ」
の声が圧倒的だったのが数年前までではなかったかと思います。
目前にした患者さんに対してはそんな愚痴めいたことは
なかなか言えないし。
もう一つには、こんなもんだと思い込む惰性のようなものがあったのではないかと
思います。
大変なのが当たり前。
命を扱う仕事なのだから当直が辛い、なんて公には口にしてはいけないような雰囲気
とか。

この前母校の知人に大学の状況を聞いたら、
数年の間に想像以上に様変わりしているようです。
研修医は集まるが残らない。
産科、小児科はいうに及ばず外科も内科も。
研修医はもう36時間労働を当たり前とは思っていない。
研修医は土日どちらか必ず休めるようになっている。
仕事が減るわけではないから医局員の負担は増し、次々中堅が辞めている。
話を聞いたのは5年目の小児科医でしたが、
自分を含めて同僚もいつやめてもおかしくないところに追い込まれている、と。
さっさと帰る研修医の話を聞いて、正直ちょっと寂しいような気になってしまう。
でも自分も週1週2の当直はもう勘弁、
時間外呼び出しもなく休日休めるところに行きたい、と思ってしまっているから、
もうこうやって医者の意識も世間並みに近付いていくのかな、と思う。

訴訟の件は、
今まで自分たちがやってきたことがどんなに危険で乱暴なことだったか、
やっと世間並みに気付いてきた、ともいえます。
あの裁判もこの訴訟も世間では当たり前のこと…
訴訟や裁判沙汰を避けたくない人間なんているんですか?
訴訟沙汰を交通事故のリスクと同程度と感じるためには、
診療を手控えるしかない。
でもそれは旧来の医者の倫理とは反する行為になるので、
つい頑張っちゃう人とか、
もう頑張らないけどぐちぐち言っちゃう人とか出てくるのかなと思う。

^緡泥潺垢髻崟ご嵎造漾廚砲っちり裁くのをやめて
 過剰労働を続けて
 旧来の医療制度を維持するか、
∩幣拜按鵑亮匆颪砲靴
 適正な労働条件を守って
 旧来の医療制度機能を失うか
といったらこれはやはり△靴ないだろうと思います。
,砲漏里にいろんなメリットがあったけれども結局誰も満足していなかった。
医者も患者も。
寂しいような気はしますが、
病気になったら今までより遠くの病院まで行くのが当たり前、お金がかかるのが当たり前、それを受け入れる社会を作るしかないと思います。
ただ訴訟については産科のように
単にレベルを落とすのに留まらず無に帰させてしまう可能性があるので
患者さんに泣き寝入りしろと言わないまでも
何らかの歯止めは必要であると思います。

いらないかもしれない補足…
研修医が残らない、のは
医局に入らないということです。
でも市中病院もどこもかしこも医師不足。
やっぱり都心に流れてるのかな?
開業件数も増えているようですが。

医療経済について必読文献が出ました
http://d.hatena.ne.jp/Nylon/20060824#p1

医療費高騰の最重要因子は新技術の導入
経済のプロからみても安易な競争原理の導入は危険
というのが常識だそうです

またまた真偽のほどは全く不明です

【医療】 「三千万なら大学病院の助教授が来る。報酬高すぎ」 産科医消滅の危機、実は中傷が原因…三重・尾鷲★8
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1157266981/

544 名前: 名無しさん@6周年 Mail: 投稿日: 2006/09/03(日) 18:40:09 ID: BI2w1nOv0
「死産を異常死で届け出て、業務上過失致死疑いになった」ので騒がれてますな。
全然大したことありませんね。

私、民間救急病院にバイト当直行ったんす。23時頃に救急車来ました。
泥酔+入浴でDOAの中年ね。来た時完全に心停止。瞳孔散大。
「何で死体を・・」とも思いましたが即座に蘇生を開始しましたよ、型通り。
で、瞳孔散大のままでしたが3時間ぐらいは心臓は戻ったわけです。その後死亡。
ま、この病院にかかった事も無い患者ですので、「異常死」で警察にも届けました。
ところがです・・。自宅で発見した家族が、「見つけたときは息していた」とか大騒ぎで
「業務上過失致死疑い」で調書とられるわ、剖検付き合わされるわ、騒ぎを恐れた
院長と事務長に呼び出され、家族にほぼ土下座ですよ。説明は一切するなと念押しされて。
あとで、付き合いのある弁護士さんに聞いたら「異常死の届け」=「医師に過失の疑い」だそうな。

もうね、それ以来救急系の病院当直はしてませんね。今の病院当直でも「繋ぎ」に徹してますよ。
外科で11年やりましたが辞めます。ま、実家が不動産もやってるんで1年以内に引退します、あほらし。

ちょっと思ったのですが、医師の方々は契約書についてどう思われますか。

つまり、同意書は形式だけのものになってしまっていると思うのです。
契約の概念を持ち込むことで、診療前に責任の幅をしっかりと決めておけば、
医療訴訟の余地も少なくなるのではないかと思いますが。

印象的にも、同意書というのは悪いです。医師から強制されている感じを受けるのですね。
あの同意書の存在こそが、医療不信の一因かと思うのですが。

なぜこんな事を書いたかと申しますと、↓のようなサイトを見つけたからです
http://www.m-l.or.jp/research/media040501_3.htm

個人的には、興味深かったです

>つまり、同意書は形式だけのものになってしまっていると思うのです。
>契約の概念を持ち込むことで、診療前に責任の幅をしっかりと決めておけば、
>医療訴訟の余地も少なくなるのではないかと思いますが。

そんなことしても何か患者さんに不利益があったら、なんでもこちらに責任を押し付けられているのが現状です。

そもそも、医療行為に伴う合併症なんて山ほどある。そんなことをいちいち詳しく説明していたら一日あっても足りない。だから重要な合併症に関しては普通行う前に説明している。
そのときに
「このような合併症が起こりえますが、それが起きたとしても、こっちに責任を押し付けないでね」
なんて現在の日本で言えると思いますか?そんなこと言おうものなら、上司やマスコミにリークされて「こんなひどいことを言う医者がいた!」なんて報道されると思いますよ。

No.16のコメントで”れい”さんが、挙げられた「塩化カルシウムと塩化カリウムの取り違え」について、どれぐらいの危険性があるのかよくは分からないのですが、もしかしたら、時にはあり得ることではないかと思うのです。
れいさんは、医師と看護師の責任について書かれたのですが、病院の管理体制の責任もあるのではと思うのです。
責任追及ではなく再発防止が重要だと思いますが、取り違えが生じた背景の分析と人間はミスをするものだという前提で再発防止策を検討、立案すべきで、更には同種の取り違えが他の病院でも生じないようにすべきで、ミスに関する情報は医療情報と同じぐらい貴重なものだと思うのです。
このあたりのところが、実際にはどうなっているのか良く知っていないので書いてみました。

瞳孔散大、ああ、脳死んでるわ、じゃ済まないんですかね?
対策としては処置開始前に看護師に写真ばしばし取らせること位しかないかも。
建築とか製造の世界だと現場写真をばしばし撮りますからねえ。
作業をやったやってない、直った直ってないの言い合いになることが割りとありますから。

>対策としては処置開始前に看護師に写真ばしばし取らせること位しかないかも。

最近は、治療の際に写真を取る先生もお見かけしますが、そうしたらそうしたで、看護師がこんな生死がかかってる事態で写真なんて取って不謹慎だ、保身しか考えていないのか、などとクレームをつけるクレイマーさんも出てくるんでしょうね。

自動的にビデオ撮影するようなシステムをつけるとかして、医療の透明性の確保と理屈で返してやるくらいしか思いつきません。

>自動的にビデオ撮影するようなシステムをつけるとかして、医療の透明性の確保と理屈で返してやるくらいしか思いつきません。

しかし、裁判所ではその理屈も屁理屈に打ち負かされているのが現状ですよね。

> 判決が出ていない福島の事件や、一審無罪だった割り箸の事件を持ち出すと
> 言うことは、一般の勤務医にとっては裁判自体が「恐怖の対象」だと言う訳ですね。

しま様
逮捕される、あるいは起訴されるということは最終的に例え無罪になったとしても社会的損失がかなり大きいです。しばらく仕事が出来なくなるし、例え診療に従事できたとしても仕事は上の空・・・。仕事なんかに手は付きません。これは人間であれば誰だってそうでしょう?誰でもするあるいはしたことあるようなようなミス(割り箸事件や福島の事件、女子医大の事件)でこのような事態になると当然医師達は「自分も犯罪者の一員」と考えるようになり、士気が失せます。

> 契約の概念を持ち込むことで、診療前に責任の幅をしっかりと決めておけば、
> 医療訴訟の余地も少なくなるのではないかと思いますが。

それが出来れば苦労しません。
責任の幅は我々が決められるものではありません。個人医療機関等が決めるほど単純なものではありません。学会なりがガイドラインを策定し(これだけで何年もかかるでしょう)、それが法令として出されるまで膨大な時間と苦労が伴います。脳死移植に代表されるように例え法律が出来ても異論は絶えないことからその大変さはご理解して頂けると信じております。
例えば、同意書。あれは法的には「説明をして一応インフォームドコンセントをとりましたよ」というだけで裁判ではあまり根拠になりません。同意書をとっていても説明義務違反となりえると私は聞いております。つまり、契約書という概念は医療では取り入れにくいのかな、と思います。例えば、「予期しない医療事故で死んでも責任をとりません」と言ったら誰もその医師を信用しないのではないでしょうか?そんな話を何かの講義で聞いたことがあります。
もし、このような契約書をとったとしたら今度は治療を受ける患者さんがいなくなるでしょう。そして拒否をして亡くなったとしたら「適切な治療を受けなかった」として裁かれることもあるかもしれません。
本当に我々は何をしたら良いの?状態なのです。

> 暇人28号様
レベルが2つ以上違うとレベルの低い者は理解できません。研究でも仕事でも皆さん実感していることだと思います。だから明らかに医療従事者の言い分が正しくても裁判官や世論のロクに推敲できていない屁理屈がまかり通るのです。
でも、我々にもかけている部分があります。それは素人でも理解できるようにわかりやすく説明する方法を考えることです。この点では大いに反省しなければならないかもしれません。
世の中プレゼンテーションの上手い人がいます。こういう人を見習わないと・・・。ちなみに自分も説明が下手なので苦労しています。

このような案件は時間をかけて議論し、お互い歩み寄るしかないのでしょうが、早急に行わなければならないことがあります。
過失かどうか分かっていない医療事故の医師の逮捕(拘留や勾留)と引責辞任です。これだけはやってはいけません。理由はこのブログで散々述べられています。この点だけは一般に理解を得られていなくても今すぐ行わなければなりません。

はじめまして、整形Aと申します。
こちらに投稿するのは初めてです。よろしくお願いいたします。

こちらには法律関係の方がいらっしゃるのでご教示いただければ幸いです。

医療行為というのは患者さんに何らかの侵襲(傷害)を伴うことが多くあります。医療従事者がそれを行なうことが許されるのは、そもそも、法的にはどのような根拠によるものなのでしょうか。
それについて以前どなたかが、ここか別のところか忘れましたが、「違法性の阻却」ということで説明されていました。普通であれば「傷害」であるが、法令に基づく行為、正当な業務行為であれば罰せられることはない。そういう理解でよろしいでしょうか。
その意見が正しいことを前提に話を進めます。
自分は法律の専門家ではないので、間違っているようであればご指摘ください。

FFFさんがかつて書かれた文章です。

>患者のために一生懸命頑張っているのに訴追される可能性がある、という心情は理解できますが、医師特有の問題とも思えません。この例えは不評でしたが、運転手の方は普段から乗客の安全を考えて職務にあたっているけれども、不注意で事故を起こしたのであれば訴追されます。保育士は園児の安全を気遣っているでしょうが、不注意にも目を離したことで事故が起きれば責任を問われます。(中略)近年、医療界での訴訟リスクが高まってきたことは事実でしょうが、それは、追及されるべき責任が追及されてこなかった従来の病的な状態から、場合によっては法的責任を追及されうるという正常な状態に移行しつつある、と評価することもできます。
>
>別に、医師について一定の法的責任を免除すべきと主張することが悪いというつもりは毛頭ありませんが、かなり大胆な発想だなとも思っています。他の業界の人、専門家たちが同様の主張をしたら、医師の方は賛同されるのでしょうか。あるいは、医師だけは特別だということなのでしょうか。

「違法性の阻却」が医療行為を支持する法的根拠だとすると、上記の意見はそれをまるっきり無視していませんか。

医師は「患者さんのために一生懸命がんばっているから訴追されるのはおかしい」と心情的に言っているのではありません。
医療行為によって悪い結果がもたらされたとしても、「正当」なことを行なっているかぎり罰せられるべきではない、というのが「違法性の阻却」の主旨ではないでしょうか。
医療行為後の悪い結果は過失の証明でもなんでもありません。むしろ大部分は自然経過、と言うべきものでしょう。
また仮に過失があったとしても、それが「正当」の範囲を逸脱しているかどうかの判断も難しい問題です。医療行為中の過失が、即「正当なものではない」とも言い切れないからです。
専門家である医師から見ても、悪い結果の原因が明らかに重大な過失、と判断できるものもあれば、これは過失とは関係ないだろう。あるいは過失があったとしても「正当」の範囲内だろうと思えるようなものもあります。

FFFさんをはじめとして多くの方が、医療事故にせよ交通事故にせよ、過失があれば罰せられるのは同じだ、と述べられます。
交通事故は本来十分に注意を払っていれば起きないことになっています(事実かどうかは別にして)。ですから道路上で悪い結果が起きた、すなわち事故がおきた時には、当事者の誰かに過失があったのがほぼ確実視されます。少なくとも法的にはそうなっていますよね。
ですから路上で死亡事故があれば、原則的に業務上過失致死に問われる人がでるのです。そこが医療事故との決定的な違いだと思います。

今更「医師だけは特別」と主張したいのではありません。というか法的には既に「医療行為は特別」と言うことになっていませんか。
医療事故はそれだけぽつんとあるのではありません。「正当」な医療行為の延長線上にあるのです。どこからどこまでが「正当」で、どこから先が「正当でない」、とクリアに線引きできないケースも多々あります。

「正当でない」部分を完全に取り除くためには、それを含めた周辺の「正当」な部分も大きく切りとって安全域を確保しなければなりません。
それはあたかも、悪性腫瘍の摘出において、どこからどこまでが腫瘍なのかわからないので、とりあえず身体機能などを考えず周辺の正常部分に大きくマージンをとって摘出するようなものです。その結果「癌は取れたが、周りの正常組織もなくなり、体が機能しなくなった(死んだ)」状態になります。
自分にはそれがよい医療であるとはとても思えません。

> 整形A様
> 交通事故は本来十分に注意を払っていれば起きないことになっています(事実かどう> かは別にして)。ですから道路上で悪い結果が起きた、すなわち事故がおきた時に> > は、当事者の誰かに過失があったのがほぼ確実視されます。少なくとも法的にはそ> うなっていますよね。
> ですから路上で死亡事故があれば、原則的に業務上過失致死に問われる人がでる> のです。そこが医療事故との決定的な違いだと思います。
私もその点は何度も言っているのですが、なかなか理解されにくいようです。どうも医療というものをまだ漠然としか分かっていないのが原因と思われます。
1ヶ月も医療現場を一緒に見て回れば認識が変わるのかもしれません。
ただ、これもすでに述べていますが、明らかに過失でなく、例えば自殺者がたまたま自動車に飛び込んだ、誰もが予測できないような事態で人を轢いてしまった(ちょっと例が思い浮かびません)、などは犯罪にすべきでは無いと思います。そもそも業務上過失なんて明治の昔に作られ、他の先進国にない刑罰があるのがおかしいのでは、と私は思っています。
もう一度言います。交通事故は(勿論すべてでありませんが)注意していれば大抵防げます。医療事故は十分注意していても防げない場合がほとんどです。一緒にされては困ります。

「まじめな勤務医はこうして潰(さ)れてゆく」一例です。

週刊医学界新聞
第2697号 2006年9月4日
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  91回
「Tさんへ 9年目の詫び状」
李 啓充 医師/作家(在ボストン)
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2006dir/n2697dir/n2697_05.htm

例えばこの部分など、現在の勤務医の置かれた労働状況を非常にわかりやすく文章にされています。

> 通常,過労死が労災と認定されるためには,月100時間を超える時間外労働をしていたことが条件となるのですが,厚労省は,医師の「当直」時間を就労時間とは認めていません(医師がほとんど眠る時間がないほど働いている現実があるというのに,「当直とは夜回り程度の軽い仕事だから労働とは言えない」と言うのです)。というわけで,医師が過労死を認定されるためには,当直以外に月100時間を超える時間外労働をしていなければならないのです(Tさんの場合も,当直以外に100時間を超える時間外労働をしていたからこそ労災が認定されたに違いありません)。

もっとも最近の若い世代は、このような奴隷労働を命ぜられても「否」と明言・実行する医師が多くなってきたようで、着実に時代は変わってきています。
ただ、その分の労働がその上の世代の医師に直接のしかかってくるわけで...

yamaさん

コメントありがとうございます。

> ですから路上で死亡事故があれば、原則的に業務上過失致死に問われる人がでる> のです。そこが医療事故との決定的な違いだと思います。
私もその点は何度も言っているのですが、なかなか理解されにくいようです

おっしゃるとおりですね。
医療事故と交通事故(他の業種における過失を含む)を同列視する意見はここでも、他の掲示板などでも繰り返し出てきます。
医療事故というのは、医療行為という法的に阻却される事由の延長上にある点が、他の事故とは異なる特殊性です。
一般の人がそこを混同するのはある意味やむをえないかと思いますが、法律の専門家の先生方はどのように考えるのか、興味があるところです。

>例えば自殺者がたまたま自動車に飛び込んだ、誰もが予測できないような事態で人を轢いてしまった(ちょっと例が思い浮かびません)、などは犯罪にすべきでは無いと思います。

これはそうなっています。
聞いた話ですが、トラックが人をはねて死なせた。業務上過失致死になりそうだったのですが、後続の別の車が、亡くなった方が手を合わせながら車に飛び込んでいった、と証言してくれたおかげで罪を免れたそうです。

訴訟時代になり、医師にとってはいい面がひとつだけあります。
それは、患者さんに傷害になりそうなことを医師が控え始めた。
そういうことです。
いまは、まだその過渡期であるため、一生懸命治療される医師も多いですが、
大分流れが変わってきています。
自分が知っている、脳神経外科の先生も、訴訟対策として、血管内治療を控え始めています。やらなければ、将来死ぬ可能性はあるのですが、それが年間で3%5%のレベルだと、放置しているみたいですね。自然にやって死ぬのについては過失はおきないが、手を加えたばかりに、訴訟が起こされ、また、賠償額も交通事故よりも高い金額を請求されることもまれではありません。当然血管内治療するかどうかはきちんと話するのですが、どうやら、危険性の話を長くするみたいですね。
自分も、患者さんに治療方針を伝えるときに、インフォームドコンセントの一環なのですが、患者さんにきつく言うようになりました。当然、言い方がきついのであきらめてくれる患者さんも増えましたし、癌の手術でも、もともと持病がある人はほかの病院に行って断られるようになってきているので(治療成績を上げるために、持病のある人は断る施設がある)、自然に訴訟対策はされるようになってきています。
あと、訴訟になりそうなハイリスク群の方(医療関係者、司法・警察関係者、マスコミ、学校の教師はハイリスク群)には、治療のお話をするときに、少し流れが悪いな、とわかると、やんわり、ほかの病院を勧めることもありますね。
これが医学の発展にいいことなのかどうかはわからないけど、そういう現状があることは認識が必要です。
きちんと説明したつもりでも、患者様側が聞いてないとおっしゃれば、今はそれで裁判に負けてしまいます。書類を作っても、それはだめなんだそうです。そうなると、ハイリスク群をいかに除外して、診察できるかということもテクニックになります。今の日本の制度では、日本国中どこの病院にいっていただいてもいいので、相性のあう病院を探していただくようにしますね。

医師の労働環境が過酷であるという御意見についてですが。

10年くらい前でしたでしょうか、看護師(当時は看護婦でしたね)の労働環境、待遇が悪いということで、割と大規模な運動が展開され、デモの様子等がテレビのニュース等で繰り返し報道された時期があったと記憶しています。そのときは、もっぱら看護師の問題がクローズアップされ、医師の過重労働はあまり(ほとんど)話題にならなかったという印象があります。

何故、そのとき医師についても同様の問題提起がなされなかったのでしょうか。あるいは、組織的に声を上げたけれどもマスコミに黙殺されたということなのでしょうか。また、看護師の労働環境は、上記の運動後、改善されたのでしょうか。よろしければそのあたりの経緯や感覚を御紹介頂ければと思います。

>yama様
>例えば、同意書。あれは法的には「説明をして一応インフォームドコンセントを
>とりましたよ」というだけで裁判ではあまり根拠になりません。同意書をとっていても
>説明義務違反となりえると私は聞いております。

どのような同意書がスタンダードなのか分かりませんが、基本的には、
「何かを説明した」以上の意味は持ってないように思います。
説明義務違反というのも、その「何か」が問われているものだと思います。

Webにあったので、ある同意書を参考にします
ttp://www.pmet.or.jp/work/kyouzai/01-3.htm

この同意書で何が問題かというと、「合併症が起こったとき」にどうするのか、
不明瞭だと言うことです。合併症が起こるのは分かった。でも、万一、合併症が
起きたとき、どうすればいいのか。訴訟を起こしていいのか悪いのか。
補償はどうなるのか、前もって患者が保険に入ることはできるのか、
これだけではさっぱり分かりません。

どうすればいいのか分からないので、訴訟というケースになることが多いのでは
ないでしょうか。

ある人は「合併症があるのを承知で手術を受け入れた以上、何もできない。
責任は100%自分にある」と思うでしょうし、ある人は「これには、説明を
受けた事に対しての同意しかしていない。合併症が起こったときどうするのか
書いていない以上、訴訟を起こすほかない」と思うでしょう。

つまり、同意書の位置づけが患者にとっては曖昧だと思うのです。
そして、曖昧な事が、混乱と不信を招いていると思うのです。

逆に、医師の方に取って、同意書を取るというのは、どういう意味合いを
持っているのでしょうか。

同意書に関して言えば、ケース・バイ・ケースみたいですね。

例えば、インフォームドコンセントを行い、同意書を書かせたのに、
医師に説明義務違反があるとする判例
-------
I医師及びJ医師は,原告両名に対し,本件第1手術の方法及び内容について
図面を示して説明し,その危険性についても,手術中に本件脳動脈瘤が破裂して
くも膜下出血となる危険の割合について5パーセントから10パーセントという
決して低くない数字を挙げての説明をしているけれども,本件第1手術が難易度の
高いものであることや危険の具体的内容及びその結果生じ得る後遺障害等に
ついては説明しておらず,同医師らの説明を聞いた原告Bも本件第1手術は
危険性の低いものであると理解していることからすると,本件第1手術の危険性に
ついての同医師らの説明が,上記相当な程度に具体的かつ詳細であったとまでは
いい難い
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/06F2CF8EDF99CC7749256DE400212771.pdf
-----

また、逆にインフォームドコンセントをした事が認められて、
医師に説明義務違反はないとした判決。
-----
そして、前記3(3)ウに認定説示したとおり、セントラルアイランド後の
レーザー再照射が困難であることについては、原告は既に本件第二回手術前に
説明を受けていたのであるし、前記5(1)に認定説示したとおり、原告は、被告から、
ウェーブ・フロント・レーシック手術に関する十分な情報提供を受け、同手術による
危険も十分認識しながら、自ら「屈折矯正手術の同意書」に署名押印し、
本件第三回手術の実施を決断したものである。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/49D057EC2148D75449256FC7000CF182.pdf
-----
藤山裁判長は嫌われているみたいですが、この判決に関しては明快ですね。


印象的には、同意書の存在の有無ではなく、何を説明したかが問われているものだと
解釈します。

ぼんやりと考えています。
医師法により、医師は侵襲的な(人体に傷害を加える)行為を行なうことを認められています。異状死が発生した場合、それに対して容易に(安易に、ではありません)厳罰を科す可能性のある現状について考えています。

みなさんの議論でも医療事故を交通事故に準じて裁いた判例、もしくはそのような論理には同論、異論もあります。わたくしは、やはり別に論じるべき領域と考えます。というのは、最初に書きましたが、医療行為は基本的に侵襲的な行為であり、治療のために必要という論拠により認められた資格行為です。ここでは侵襲的治療の結果を論じるので保助看護法については触れません。運転免許は法律で認めた資格ですが、非侵襲的である(当然ですが)自動車運転行為を認めるものです。そこから考えたいと思います。

「加害者」とされた人の立場で交通事故死と医療に関連する死(以下、医療関連死)を比較してみます。例として挙げた実態は一例ですのでこれだけという意味ではありません。
1)交通事故死
  (1)意図的なもの(intentional)・・殺人目的
  (2)非意図的なもの(unintentional)
    (顱鵬坦下圓鵬畆困あるもの
       (A)個人に過失・・安全運転義務違反、覚醒剤、飲酒
       (B)個人以外に過失・・就労体制(過労)、疾患(脳卒中)
    (髻鵬坦下圓鵬畆困ないもの・・自殺(飛び込み)、車の欠陥、道路構造
2)医療関連死
  (1)意図的なもの(intentional)・・殺人目的
  (2)非意図的なもの(unintentional)
    (顱鵬坦下圓鵬畆困あるもの
       (A)個人に過失・・経験相応の医療水準で予見可能、注意義務違反
       (B)個人以外に過失・・就労体制(過労)、安全体制、職員連携不良、疾           患
    (髻鵬坦下圓鵬畆困ないもの・・合併症、chance level(予見不可能)
上記のように分類できると考えます。
異状死と届けられた場合、もしくは遺族が警察やマスコミに報じた場合、医療関連死は医療事故となります。ここでは医療関連死について話を進めます。(1)意図的なもの=故意ということですが、犯罪であることに異論はありません。

医療者が無力感に陥っているのは(2)の領域での検証が不十分なことに起因しています。(顱鵬坦下圓鵬畆困あるもの(髻鵬坦下圓鵬畆困ないもの、の二者の検証すら不完全であると思っています。過失の有無を問う検証内容が現実の臨床に追随していない、あとだしじゃんけん的、犯人ありき、被害者感情に引っ張られている、検証機関に問題があるなどが原因です。まして(A)個人に過失(B)個人以外に過失、の検証まで耐えうる報告書はほとんどないと考えています。(2)の(髻砲刑事事件となっているところが恐怖だと感じています。
それに対して交通事故死の(顱法放髻亡屐◆複繊複臓亡屬蓮∨寨荵猖瓦あり得ないところから始まっているので、どこかに(だれかに)責任があるわけです。

医療者と非医療者、法曹関係の方とのギャップはなんなのでしょうか。法律で認めた死亡可能性のある行為を医師としての使命に則って行なった末の死か、そうでないか。ここの検証の認識の差にあるのではないでしょうか。交通事故を例えに出されても、医師が理解しがたいのはそこのところです。決して、医療行為を司法の外に置くべきといっているわけではないのです。
被害者遺族感情には民事で対応し、あくまでも刑事は理性に語りかけるものであってほしい。法律で認めた侵襲的行為だからこそ、より慎重な、より繊細な検証を期待しているのです。用語の不適切などありましたらご容赦ください。

同意書と言えば、British Medical Journal誌の2006 Jul 31にタイムリーというか何というか、な論文が載っているようです。(全文も手に入りますが、自分は抄録しか読めてません)

Patients' perceptions of written consent: questionnaire study.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=Pubmed&dopt=Abstract&list_uids=16880192

さすが4割も理解していると見るか、かのイギリス国民でさえ4割しか理解できないと
見るか、ビミョーなところです。
ま、結論としては論文と同じく「このやり方ではマズいんじゃね?」ですが。

あ、いちおうNo.48の全文にも目を通しましたです。

> 四半世紀勤務医さん

 「医療関連死」を、いわば神の視点から見ればそのような場合分けが可能なのかも知れませんが、現実の問題としては、捜査を進め、裁判で主張・証拠を精査しないと、その分類のどれに該当するかが分からない、ということでしょう。

 「必ず過失ありと認定されるものだけ捜査・起訴すべきである」という命題は、捜査機関が追求すべきものではありますが、完全には実現できないものでもあります。「必ず予後が良好になるように手術すべきである」という要求と同じで、それが望ましいけれども、現実には無理です。かといって、捜査(手術)をしないわけにもいきません。

 「医師主体の第三者機関による選別をした後、一定の事案に限って司法的解決に委ねるべきである」という考え方については、その人的資源をどこから得るのか(全国の紛争を証拠が散逸する前に遅滞なく処理すべく、大規模な体制を構築する必要がある)、対象者が調査に非協力的であった場合はどうするのか(司法機関による強制捜査でない以上、対象者がカルテ等の資料提供を拒んだら、それ以上なすすべがない。口裏あわせや偽証教唆、カルテの改竄を防ぐ手立てもない)などの困難が多い上に、選別が客観的学術的に公平であるか否かに関わらず、「身内によるかばい合いである」という批判も避けがたいように思われます。それよりは、現在の鑑定医に問題があるのだとすれば、医学的に妥当と思われる鑑定意見が出るような工夫(一定の水準を有する臨床医による鑑定実務への積極的な協力等)を検討する方が現実的ではないのでしょうか。

一番目のレスの尾鷲市の件ですが
http://ime.nu/d.hatena.ne.jp/Yosyan/20060903

こちらのブログにかなり詳細に書かれています。
で、ブログの著者も書かれていますが
常駐という勤務状態は法的に許されるんでしょうか?
法曹関係者のご意見をお聞かせ頂けるとありがたいです。

> 整形Aさん (No.39の書き込みについて)

 刑法理論の用語について話し始めるとややこしくなるので、ちょっと外れますが。

 医師の方のイメージされる「過失」と、法曹の理解する「過失」にはだいぶ差があるのかなという気がしています。

 治療行為は言うまでもなく裁量の大きく左右する領域なのでしょうし、事後的に観察検討すれば「〇〇のタイミングで△△という治療法を選択すること」がベストであったと判明することもあるのでしょう。そして、その唯一のベストな治療方法以外の全てを「過失」と呼ぶのであれば、この意味での「過失」について法的責任を負うなんてやってられん、という感覚になるのは理解できます。医師の方が反発されるのは、「過失」をこの意味で捉えておられる方が多いからだろうか、と想像しています。

 法律家が考える「過失」は、より限定されたものです。すなわち、ある行為に裁量の余地があることは当然の前提とした上で、それでも通常であれば払うべき注意を払っていなかったと認められれば「過失」ありとして有責という結論を導いています。野球でいうと、三振したからと言って直ちに「過失」ありとはしないけれども、とんでもないボール球に手を出して三振した場合は「過失」ありと言わざるを得ないだろう、ということでしょうか。

 もちろん、実際の判定がそうなっていないという印象をお持ちの方はいるのでしょうが、少なくとも、判決書きの理屈、法律家の判断枠組みとしては、「過失」を以上のように捉えているのだということ(死の転帰となったから過失あり、という短絡的な議論はしていないこと)は知っておくべきだと思います。

> yamaさん (No.38の書き込みについて)

 やはり医師の方は、裁判官(法律家全般?)を、 「医師よりレベルの2つ以上低い人々」であって、そもそも医療行為を理解できない層であるとお考えなのでしょうか。

  「医療崩壊に対する制度論的対策について」のNo.123、medix氏の書き込みとそっくりですね。あれは例外的な医師(?)による煽りだと思ってスルーしてきましたか、そうでもないのかも知れませんね。

http://www.yabelab.net/blog/medical/2006/08/13-152908.php

>No.50 FFF さん

鑑定医師たちにより作成された報告書(鑑定書というのですか)の検証にもとづいて司法が裁定するものである以上、その材料の精緻度、過失の蓋然性が問題となることは仰る通りです。その部分がもっとも大切な部分であることは理解しています。本ブログの「医療事故原因究明第三者機関」のエントリーに、わたくしもそのようなことを書かせていただいています。遠い将来そのような機関が出来ることを願っています。

ただ、現場の臨床医が(2)の(髻砲刑事事件となっているところが、鑑定書の精緻さの未熟さや不完全さのせいだけではないことが事実としてあることに恐怖を感じていることを理解していただけませんか?今の状況のには(全部のケースではありませんが)『どこかに(だれかに)責任があるわけです』というような姿勢を感じてしまうのは、受け止め方が歪んでいるのでしょうか。

そういえば日経メディカルにこんなの紹介されてます。

内科当直医でもクモ膜下出血の見落としで過失
 救急病院の当直医の下に搬送され(中略)クモ膜下出血で一般的に見られる所見が認められなかったため(CT検査も、時間外であったため、自宅にいる技師を呼び出して行わなければならず、すぐにできる体制ではなかった)、偶発性低体温症と診断して入院加療としました。しかし、翌朝に容体が悪化してCT検査の結果、非典型的なクモ膜下出血を発症していました。
 裁判所が選任した鑑定人は、当該患者のクモ膜下出血の診断は簡単ではなく、内科医がクモ膜下出血でないと判断したことは「許容範囲であり過誤には当たらない」とまで意見を述べていました。しかし、裁判所は、「(医師の診療行為が)医療水準を充たすものであるかどうかの判断は最終的には裁判所によってなされるべき法的判断である」とした上で、「内科医であることが、(患者の)発見者などの関係人から直接十分な問診をしたり、CT検査をすることの障害となるとは全く考えがたいから、Y医師が内科医であることが、特に医療水準を低いものとする根拠とはならない」「被告病院が救急病院であることを考慮すると、(Y医師の医療行為は)本件当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準を充たすものとはいえず、Y医師には注意義務違反があるというべきである」として脳神経外科の専門ではない内科医の過失を認めました。(高橋 賢一=高橋賢一法律事務所)
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/hdla/200608/501176.html
(日経メディカルは無料登録制だったかもしれません)

>FFF様

>10年くらい前でしたでしょうか、看護師(当時は看護婦でしたね)の労働環境、待遇が悪いということで、割と大規模な運動が展開され、デモの様子等がテレビのニュース等で繰り返し報道された時期があったと記憶しています。そのときは、もっぱら看護師の問題がクローズアップされ、医師の過重労働はあまり(ほとんど)話題にならなかったという印象があります。

 おそらくこれは私が医師になった頃(15年前)の話ですね。まず、当時でもすでに医師会は力を失っており、かつ開業医主体の団体ですから勤務医の過重労働について医師会からの訴えはありませんでした。当の勤務医は当時でも十分過酷な労働状態であり、かつ、今ほどインターネットが普及していませんでしたから、休日を取れる看護師と異なり、大規模なデモを起こすような行動は不可能でした。また、医局(=教育機関 兼 職業斡旋所)の力も強く、一般的な勤務医の場合、労働条件の改善をデモなどで訴えることは職を失うことになりかねないという状態であったという事実もあります。

 現在の医師の過重労働に対する訴えは上のように
1.インターネットの普及により世間に訴える手段が出来た。
2.医局の力が弱まり、労働意識が高まった。
この2つの点で説明できると思います。
上で李啓充先生の記事を挙げましたように、10年前でも労働条件は十分厳しかったと思います。(もちろん、10年前より特に産科小児科では過酷になってきているという事実はありますが)

>また、看護師の労働環境は、上記の運動後、改善されたのでしょうか。よろしければそのあたりの経緯や感覚を御紹介頂ければと思います。

 看護師の労働条件は完全にではないですが若干改善されています。が、ここで問題があります。特に大学病院などで看護師業務とされていた仕事が若手の医師に回されるようになったため、医師の労働環境は当時急速に悪化したという事情があります。人数を増やさずに看護業務を減らしたわけですから当然業務のシフトが起きます。総仕事量が減ったわけではない(むしろ最近はどんどん増えている)のですから、当然の帰結です。

 過去のエントリーでも再三述べられていますが、医師の給与は仕事量と責任に比して現時点でも決して高くはありません。業務量を減らして労働条件を改善するためにはコスト(≒一病院あたりの医師数)を増やすしか方策はありません。国のやっていることは真逆です。

連続投稿申し訳ありません
>FFF様
 他人へのレスにコメントをするのはなんですが・・・
 No.38のyama先生の意図は「専門領域における知識レベル」の話であり、知的水準のレベルの話ではないと思います。悪意に解釈することは、掲示板などの場合、いくらでも可能でありますが、それをやってしまってはただ荒れるだけになります。

 例えば私の領域で言うと
「糖尿合併ASOでのABPIが0.3未満の場合、安静時疼痛・潰瘍を発症する可能性が極めて高いのでFPBK,F-TPなどターミナルバイパスを考慮する必要がある」というと医師ならば内容の半分以上は理解できると思いますし、外科医師ならばほぼ意味が通じます。「必要がある」の理由についても言葉でちょっと説明すれば分かります。
 しかし、FFF様がこれをこの文のまま理解するのは難しいでしょう。説明するためには図を用い、なぜそうなのかについて詳細に説明しなければなりません。だからといってFFF様の知的水準が低いわけではなく、専門領域の違いです。

 専門家同士であれば簡単に意味が通じることを専門家以外の人に説明することは難しいという風に解釈されれば上のようなご発言にならないと思いますし、yama先生の意図もそうだと思います。

あ、ちょっと訂正・・・
FPBKはターミナルバイパスではありません(^ ^;。恥ずかしいので訂正・・・

No.55日経メディカルにさんの判例とは少し違いますが、こんなのも見つけました。
「52歳女性がくも膜下出血を発症したが、一般内科医2人と神経内科医1人が確定診断できなかったため、翌々日再出血して亡くなった」事例で、3人の医師に合わせて3800万円の損害賠償を命じた名古屋高裁の判決(平成13(ネ)689)です。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A3B517042EABEBF449256C92001A7568.pdf

民事では一般内科医にもベテラン脳神経外科医と同等の読影能力が求められるようです。
その他、医師にとってはツッコミどころ満載の判決です。
短くはありませんが、ぜひご一読をお勧めします。

また本筋からは外れますが、個人的には「そこまで神経内科をコケにするか?」と。

>元田舎医さま

裁判長は以下のようにも言っていますけどね。

>証拠(原審証人J)によると,くも膜下出血の症例を専門として扱っている
>脳神経外科医は,他の専門科目の医師に比べて,CT写真等からくも膜下出血の
>鑑別診断を行うことに関しては訓練を受け,日常扱うCT写真の読影の機会等が
>他の専門科目の医師よりも格段に多いことが認められることに照らすと,
>も膜下出血の鑑別診断に関して,脳神経外科以外の医師に脳神経外科医と
>同程度の能力を要求することはできない点も考慮すべきであると言うことができる。

基本的には、読影の問題ではなく、「異常があるのなら、なぜ脳外科医に
相談しなかったのか」が問われているとは思いますね。

個人的には、鑑定人三人のバランスが、脳外科、脳外科、放射線医と言うのは
偏っているなと思います。一般内科や、神経内科が観るとどう鑑定したのか、
「ごく普通の医師でも異常と分かるレベル」だったのか。恐らく元田舎医様も
その当たりを問題にしているのですよね。

これ以上の事は、CTの画像を見ない限り、判断できないのではないでしょうか。

>FFF様
>「医療崩壊に対する制度論的対策について」のNo.123、medix氏の書き込みとそっくりですね。あれは例外的な医師(?)による煽りだと思ってスルーしてきましたか、そうでもないのかも知れませんね。

このブログを見て医師以外の方々との考え方の隔たりを感じ、大いに勉強になります。もちろん法曹家の方々は一つの分野を修めた方々として敬意を払わせて頂いていることはもちろんですが、法律は素人からするととてつもない凶器に思えます。

以前、一般の勤務医からすれば裁判自体が「恐怖の対象」とコメントされてましたが、現状では例え裁判で勝っても社会的には抹殺されることに近いものと思います。無罪になれば、それに見合う賠償がされますか?医療も人気商売であり、大学、医局ともに古い価値観が残っています。民事や示談となっても賠償額8000万というような額も、もし保険がなければ自殺してもおかしくない金額です。

このブログで、鑑定医の人選などが話題になりますが、法律家自身は医学を勉強されることはないのでしょうか?現在、それぞれの分野が多様化してきています。判断は鑑定医に任せれば良い。じゃあ鑑定医はどうやって選ぶの?という問いかけの段階です。
病院のシステム、外来や手術現場を見学するような法律家は見たことがありません。
病院や現場に一度も足を運ぶことなく、机上の論理や鑑定医の意見だけで判定を下す裁判官には狂気すら感じます。
いくらルールを知っていてもサッカーをしたことがない人間がサッカーの審判ができないのです。

整形A様が素晴らしいコメントをされていましたが、さらに手術などの医療行為は交通事故などとは比較にならない高いリスクを伴うのです。医師としての使命感や遣り甲斐、また医療を通じて患者さんから受ける喜びがあるから、過酷な勤務体制にも耐えることができますが、訴訟のリスクを負わなければならない環境で働き続けることには限界があります。(私事ですが、循環器勤務医ですがそろそろ転職を考えています。)

>僻地外科医さま
>「糖尿合併ASOでのABPIが0.3未満の場合、安静時疼痛・潰瘍を発症する可能性が
>極めて高いのでFPBK,F-TPなどターミナルバイパスを考慮する必要がある」というと

一般人レベルが詳細に理解する必要は特にないと思いますけどね。
かいつまんだ説明でも納得できるのではないかと思います。

1.ASOとは動脈が徐々にふさがってしまい、血流が悪くなる事を指す
2.ABPIとは、下肢に血がどのくらい流れているか、流れていないかの指標である
3.ASOによってABPIが悪化すると疼痛・潰瘍を発症する可能性が非常に高い
4.ABPIを改善するためには、バイパスによって、塞がっている動脈を迂回しなければならない
5.したがって、病状によってはバイパス手術を考慮に入れなければならない

と、大まかに捉えればこんな所なのでしょうか。間違いがあれば何なりと。

僻地外科医さん

>>FFF様
> 他人へのレスにコメントをするのはなんですが・・・
> No.38のyama先生の意図は「専門領域における知識レベル」の話であり、知的水準のレベルの話ではないと思います。悪意に解釈することは、掲示板などの場合、いくらでも可能でありますが、それをやってしまってはただ荒れるだけになります。

お仲間の庇い合いですか…。↓これには人をバカにした様子が感じられますが? 少なくとも,他者(相手や読み手)の印象や気持ちを意識できない人の書きぶりです。そういう意味では,「専門領域における知識レベル」よりも大切なことのレベルが低過ぎます。

>だから明らかに医療従事者の言い分が正しくても裁判官や世論のロクに推敲できていない屁理屈がまかり通るのです。

専門が異なれば「専門領域における知識レベル」も異なることのは当然として,その場合,例えば先端医療研究者が以下のように発言していたら,僻地外科医さんはどのように感じられるでしょう? 多少なりとも不快感を覚えるということはないのでしょうか? もし,多少なりとも不快感を覚え,かつ,庇い合いといわれたくない,というのであれば,外から指摘される前にご自身が「そういう表現は…」などと注意すれば良いでしょう。そういうところが,一事が万事,自浄できないとか医療(者)不信とかに繋がっているように思います。

…だから明らかに先端医療研究者の言い分が正しくても僻地勤務医や市井の臨床医のロクに推敲できていない屁理屈がまかり通るのです。

なお,医者(に限らずですが)同士が先生と呼び合うのは,特にこのような場では滑稽です。ハンドルに医者とあっても医者とは限らず,医者となくとも医者かもしれないのですから。

元田舎医さん

リンクを張るのは結構ですが,「その他、医師にとってはツッコミどころ満載の判決です。」などと放り出さないで,医師以外の人員にもわかるように,解説もしくは自説も付けてもらえないでしょうか? それらの人々に理解してもらいたいのであれば。

>TuH様

>専門が異なれば「専門領域における知識レベル」も異なることのは当然として,その場合,例えば先端医療研究者が以下のように発言していたら,僻地外科医さんはどのように感じられるでしょう

>…だから明らかに先端医療研究者の言い分が正しくても僻地勤務医や市井の臨床医の。

別になんとも思わないですよ。そもそも、基礎的な医療知識が共有できていれば、
「ロクに推敲できていない屁理屈」はまかり通りませんから。

No.53  FFF 様
>やはり医師の方は、裁判官(法律家全般?)を、 「医師よりレベルの2つ以上低い人々」であって、そもそも医療行為を理解できない層であるとお考えなのでしょうか。

私も、人を見下すのは本位ではなく嫌いですが、ただ、
No.55 日経メディカルに 様の

>裁判所が選任した鑑定人は、当該患者のクモ膜下出血の診断は簡単ではなく、内科医がクモ膜下出血でないと判断したことは「許容範囲であり過誤には当たらない」とまで意見を述べていました。しかし、裁判所は、「(医師の診療行為が)医療水準を充たすものであるかどうかの判断は最終的には裁判所によってなされるべき法的判断である」

なんてものを見てしまうと、「裁判官(法律家全般?)」はやっぱり「医療行為を理解できない層」と思わざるをえないですね。

そもそも、法曹界の人って 専門科がこういう意見を述べているのになんでこんな判断をしたんでしょうかね。いつも思うけど、法曹界(+マスコミ)ってなんでこんなに独善的なんでしょうか。

こんなことを繰り返しているから医療従事者は法曹界を敵対視するんですよ。

No.59の判例に関しては、院内の放射線科の読影所見ですら
>「右シルビウス裂に高吸収域?? 不確かな所見ですがくも膜下出血の否定はむつかしいです」
のように非常にあいまいです。
理論上は同義かもしれませんが、一般に臨床医にとって「くも膜下出血の否定はむつかしい」と「くも膜下出血が強く疑われる」は、全く意味するところが違うのではないでしょうか。
前者はあくまでも「くも膜下出血ではない、と断定するのは難しい。かといって、くも膜下出血だ、とも言いがたい。」所見と解釈するのが普通でしょう。
もっとも私がヤブ医者なので、その辺の感覚が一般臨床医レベルとはかけ離れている可能性が強く残りますが。
なお、読影の専門家が、どの臨床医が見ても容易に指摘できるような病変について記載するときは、「明らかに○○病の所見を疑います」のような表現になる筈です。(普通、読影で「○○病である」とは表現しません)

要は3人の医師にとって「くも膜下出血を疑ってCTを撮ってはみたけれど、否定も肯定も出来ない」という、撮る前と同じ状態に戻ったわけです。
その場合、全身状態が悪ければ誰でもおそらく脳外科にコンサルトしたことでしょう。
ただし、どの程度くも膜下出血を疑った時点で脳外科医を呼ぶか、は施設によって全く違うし、言ってしまえば「その日の待機当番が誰か」で基準がガラリと変わってしまうことはよくあります。
で、全身状態が悪くなければ(まさにこの例)次に腰椎穿刺(ルンバール)を勧めるのは至って合理的な判断です。
にもかかわらず患者は拒否し、さらに「昨日もらったセデスが効くから欲しい」等訴えています。
全てが悪い方へと転んだ結果、初診の1日半後に再出血を来たして患者が死亡し、さらに遺族による提訴へとつながってゆきます。

判決文を読んで「これでは当直はやってられない」と感じる医師は私だけではないと思います。
仮に医師側勝訴でも「これで訴えられるなら、当直はやってられない」と思います。
ましてやこれは控訴審です。
私にとっては絶望感、虚無感だけが残ります。

 どなたかのご意見にもありましたが、是非医療訴訟にかかわる弁護士、裁判官の方は医療現場を体験していただきたいと思います。実体験すればきっとわかることがあると思うのです。

 どんなに言葉をつくしてもどうしても通じません。断絶に絶望的な気分になっています。でもしかたないのかもしれません。私も学生の頃はわかりませんでした。そして「訴訟を起こされるような医師は稀な悪徳医師だろう。普通にやっていれば大丈夫。私は一生懸命いい医師になろう。訴訟のことを考えるより技術を磨こう。」と考えていましたから。

 今は、逮捕や訴訟されるようなことは避けて自分と自分の家族を守らなくてはいけないと思っていますが。。。。

 言葉で聞いてもわからないことでも、1ヶ月でも一人の医師に密着して、その医師がどのように働き、悩み、診療を行っているかわかれば、もう少し違った議論になると思います。

 それから私もそうですが、大多数の医師は法曹界や一般方を下に見たりは決してしていません。ただ昨今の風潮を見ると専門領域のこととはいえ、どんなに言葉をつくしても理解していただけなのだなとあきらめの心境になってはいると思います。

>裁判所が選任した鑑定人は、当該患者のクモ膜下出血の診断は簡単ではなく、内科医がクモ膜下出血でないと判断したことは「許容範囲であり過誤には当たらない」とまで意見を述べていました。しかし、裁判所は、「(医師の診療行為が)医療水準を充たすものであるかどうかの判断は最終的には裁判所によってなされるべき法的判断である」

これは医学に関して素人の裁判官が、専門家の鑑定を覆して判断したのですね。
これを恣意的な感情的判決と言わずに何と言うのでしょうか。
医学的に落ち度が無くても、賠償責任を負わされるという一例ですね。
この一例が広く医師に認識されるだけで、ますます医療崩壊が進むわけです。

FFFさん
コメントありがとうございます。

> 法律家が考える「過失」は、より限定されたものです。すなわち、ある行為に裁量の余地があることは当然の前提とした上で、それでも通常であれば払うべき注意を払っていなかったと認められれば「過失」ありとして有責という結論を導いています。

ご教示いただきありがとうございます。

我々の考える「過失」と、法律家の考える「過失」との間に隔たりがあるのはわかりました。もう一つ隔たりがあると思うのは、「通常」ではないでしょうか。

交通事故を例に考えて見ます。
車を運転する際、われわれは事故を起こさないよう注意を払っています。普段はそれが奏効して多くの場合事故にはあいません。
ところが普段どおりの運転をしていても、たまたまいくつかの要因が重なって事故を起こす場合があります。それが死亡事故だと、何らかの罪に問われる可能性が高くなります。

普段からやたらスピードを出すとか、無理な追越をするとか、過積載を行なっているとか、そういったことはもちろん「通常」ではありません。これを通常でないと言うのに異論はありません。
では、何をもって「通常」の運転というのでしょうか。
事故を起こさないような運転を「通常」の運転というなら、常に時速20キロ以下で車を走らせる人は、少なくとも死亡事故を起こす可能性は低いでしょう。しかしその運転を、普通の人は「通常」の運転とは考えないですよね。
事故を起こした時の運転が普段通りの運転で、またその普段の運転が他の人の運転と大差ない運転方法であるなら、それを世間一般では「通常」の運転と考えるでしょう。

これが法律上の「通常」として通用するのであれば、これまた法律上の「過失」ももっと減るんじゃないかと思います。
しかし実際にはそうなっていません。

こうなると法律家の考える「通常」と一般の人間が考える「通常」とは違うんじゃないか、と思わざるを得ません。
法律家は(警察は、というべきかもしれませんが)「通常であれば払うべき注意」を、結果から逆算して罪を決める際に都合よく使ってはいませんか。
交通事故に限りません。
むしろ医療訴訟にこそ、後付の理屈(方便と言い換えてもよい)として利用されているんじゃないか?という疑問がつきまとうのです。

No.55 日経メディカルの判決についてですが、
私は、判決が「被告病院が救急病院であることを考慮すると、・・・」という前提で、Y医師が注意義務違反があると過失を認めたと理解したのですが。(日経メディカルの記事も読みました。)
そこで、救急病院の前提に立つのであれば、病院の経営・管理責任者が救急病院としての機能を発揮する人員体制を取っていなかったことが、最大の問題とすべきと私は思うのです。
そう考えると、Y医師の責任や過失をどこまで問うことができるのかと思うのです。
高橋賢一法律事務所は、「救急病院の担当医として求められる最善の注意義務を持って診療に当たり・・・」と弁護士としての意見を述べておられますが、もし、この意見に従うなら、「救急病院の担当医は辞退しなさい。」になると思うのです。
このままでは、医療崩壊が、益々進んでいくと感じます。
医療法人や病院の経営者は経営者として、どこまでその責務を果たしておられるのかと思ってしまいます。
このブログでも医療法人経営者のコメントは、ないように思えるのですが。

では、救急病院は医師の3交代制は最低限とるべき義務がありますよね。それを実行できている医療機関は日本にありますか? またそれを財政的に担保されていますか?
 というか現状を知っていてなおも、そもそもこの2点でも解決しようという認識すらこの国では誰も持っていないのではないでしょうか。

前向きに議論をということでしたので、この問題を解決しようという認識を持ってもらうには、もしくはこの問題を解決する価値はないという認識を持ってもらうには、いったいどうしたらよいのでしょうか。私にはアイデアがありません。唯一現状放置することで医療崩壊を国民の前に明らかにすること以外。

No.71  売れない経営コンサルタント 様

>そこで、救急病院の前提に立つのであれば、病院の経営・管理責任者が救急病院としての機能を発揮する人員体制を取っていなかったことが、最大の問題とすべきと私は思うのです。

大学病院なんかはそれに近い体制をとっていますよね。
ただ、大学病院の場合、まともに人件費を払っていません。
(研究生と称する無給の人間に仕事をさせたり、研修医と称する月収数万円しか支払われない人たちが医療をしていました。今は分かりませんが)

No.72 日経メディカルに 様もおっしゃっておられるように、

>救急病院は医師の3交代制は最低限とるべき義務がありますよね

単純に計算すると3倍の人的コストがかかることになります。しかし、実際には医療費削減などのあおりを受けて、ぎりぎりの人間しか採用できません。さらに、昨今の日本国民総出の医療バッシングにより救急医療をしようという医療従事者が減少しています。

もしかして、医療従事者の給料を1/3にして事態の解決につなげるのでしょうか。

これをするには莫大なコストがかかります。それを国民は支払うつもりがあるのでしょうか。
ここら辺をどのように解決するんでしょうか。私には思いつきません。

産科医−1です。

どうも、ここに集っている「医師」の皆さんは、「正義」と言うものを余りお信じになっていないような気がします。

一つの判例を挙げては、やれ裁判官は何も判っていないとか何とか言われていますが、その判決が正義に則ったものかどうかは、新聞をどれだけ読んだって判らないでしょうし、例え判決文を読んでも、結局、判らないと思います。

もし本当に判りたいのであれば、原告、被告から出された準備書面から追っかけるべきでしょうし、その過程で、原告、被告からどんな意見書が出て来たのか、また、どんな鑑定書が出て来たのか、そうして、意見書を提出した医師や鑑定人が法廷でどんな態度で「証言」していたのか、そうした諸々全てを自身の目で見て、頭で考えて、そうして判断しなけりゃ、正義には近づけないと思います。

裁判官も人ですから、どうしても心証が入ってくるでしょう。ほりえもんが、これ迄、したことのないようなネクタイをして法廷に臨んだ事からも判るように、裁判官の心証形成が、判決の左右を決定する一つであると言えるでしょう。

判決文は、そうした心証の下で、鑑定書や双方からの意見書を参考に、裁判官がお書きになるものでしょうから、それを読めば、どうしてもどちらかの側に(極端に)立ったような内容に映ってしまうのは仕方の無い話です。

ただ、裁判官の中には医療に疎い、と申しますか、保守的お考えが強い方もおいででしょうが、そうした方の判決文は、より権威のある「鑑定書」や「意見書」に依拠して書かれるようですので、被告に与する判決が多くなる傾向にあるのだと思います。

ここにお集いの法曹の方が仰るように、もう少し「正義」と言うものを私は信じたいと思います。

日経メディカルに様、暇人28号様

レスをありがとうございます。

医療崩壊(「危機」ぐらいが、世の中には適当かも知れませんが)を訴えるのは、医師のみではなく、医療機関、医療機関を運営する経営者等が現状の問題点をアピールし、同時にそれぞれが最善を尽くすことが正常だろうと思うのです。

医師の偏在なのか、医師不足なのか医師の皆様の声をブログで拾うと医師不足となります。ところが役所や報道機関は医師の偏在と言っております。では、病院経営者はというと、ほとんど聞こえてこない。病院経営者とは誰であるのかと言うと実は医師がほとんどであり、自らの医療行為をおろそかに出来ず、又種々の問題もよくご存じだから積極的に動けない状態と察するのです。でも、病院経営者として問題点をよくご存じだと思うのです。だからこそ、自らの医療行為も大切ですが、制度作りの面でも是非ご尽力願いたいと思うのです。

 「司法の正義」が実際に信じられなくなっているので、医療崩壊が加速しているのですよ。

 一つの判例だけとおっしゃいますが、福島の件一件でも充分ではありませんか。

 それまで医療行為、患者さん・家族との対話のみに注意を払ってある意味世間知らずにやってきましたが、それではだめだと思い知りました。

 人殺しと同じ扱いですから。

 マスコミも司法も正義なんてない、自分と家族の身は自分で守らなくてはということです。

個人的には正義という言葉にそれほど期待をもつことはできないと感じております。
アメリカ、アルカイダ双方とも正義を主張しているように、立場によって正義は変わると考えますので、全人類普遍的な正義は存在しないと考えます。

最近では、医学論文だけでなく判例を読むのが日課になっています。早く昔のように、興味ある記事だけをmedlineで引いて読んでいた頃に戻って欲しいと考えます。

 医療側の皆さんが、司法は信頼できないという印象または心証あるいは確信を持っておられ、それが医療崩壊の原因になっていることが分かってきました。

 そしてそのような確信の原因になっているのが、割り箸事件であり福島の事件なのでしょう。
 それらの事件のように医師の責任が問われ、医師に過失があると裁判所または検察官が判断した事件のインパクトは強烈であろうと容易に想像することができます。

 しかし、それらの事件、つまり医師側の過失を認めた事件のみによって司法への信頼を云々することは、ある意味で当然のリアクションではありますが、少なくとも理性的な判断とは思われません。

 ただし理性的な判断をするためには判断に十分な情報が提供されている必要があると考えられます。

 その意味で、司法側からの情報提供は極めて不十分であると思われます。
 医療過誤にかかる刑事告訴事件の内で、起訴されるほうが少数であるにもかかわらず、不起訴事件における不起訴の理由はほとんど明らかにされません。
 この点が全ての不起訴事件において詳細に明らかにされるようになれば、医療側としても検察の判断のメルクマールがどの辺りにあるのかが把握できることになり、少なくとも今よりは医療側の不安感または不信感は軽減されるのではないかと思います。

 しかし、刑事捜査手続の制約(加害者被害者双方のプライバシー保護など)により、情報公開が難しい面があります。

 その面からも、第三者機関による調査を捜査に先行させる必要があるように思います。

 ちなみに家事事件(離婚など)では、訴訟(審判)提起の前に調停(話し合い手続)の申立が必要とされています。
 事案の類型的特殊性に基づいて、一般訴訟とは別異の手続を定めることについては、立法上の問題は何もないはずです。

> 一つの判例だけとおっしゃいますが、福島の件一件でも充分ではありませんか。

ほりえもんの裁判も始まり、これから、その全貌が明らかになってくるようですが、福島の件も、これからその真相が明らかになってくるんじゃないでしょうか?

臨床医なら、直感でするお見立ても大切ですが、お見立て違いも、ままある事は、常に心に留めておきたいものです。

No.78の管理人さんの意見にほぼ同意します。
できれば医療過誤が疑われる事案については、刑事だけでなく民事も一元化できるといいのですが。
付帯私訴制度のように。

投稿が分かれてすいません。

マニュアル世代というかガイドライン世代故かは分かりませんが、こちらに非があるのならば訴訟を起されるのは当然と考えますが、きちんと意見が固まっていない応召義務やら異状死やらも含めて解釈の曖昧としたもので、ごちゃごちゃ言われるくらいなら逃散しますというのがひとつ理由としてあると考えます。
ですから、医師が法律的に定義して欲しい事柄をはっきりさせていくことが、必要だと愚考します。

 見たて違いがあることはよくわかっています。かの東大の元内科教授でさえ30%の誤診率と言うことですから、私のような若輩者にいたっては述べるまでもありません。

 ただ産科医1さんも当然ご存知のように、福島の件は産婦人科医会・学会及び各地の医師会などから抗議声明が出て、署名も1万人以上集まっています。日本の産婦人科総本山が抗議しているのです。

 そしてすでに公判前手続きが始まりました。この先逮捕が妥当だという新事実がでてくるのでしょうか。

 ほりえもんの件と一緒にして欲しくないですね。ほりえもんは虚偽を行わないことができても福島の件はは不可抗力な事件ですから。

 福島きっと最高裁までいくでしょうから、10年くらいかかりますか?それを待っていたら医療は崩壊して消滅しています。

 モトケンさん、私は現場を知らず批判だけして社会への影響の責任をとらないマスコミ・司法関係者に不信感で一杯です。でもモトケンさんの試みで一条の光が見える気がします。有難うございます。

> 僻地外科医 様
その通りです。私の稚拙な文章が皆様に誤解を与えてしまったのなら謝りますが、少なくともFFF様やTuH様の言っておられる内容は他人を馬鹿にしている私の文章と同レベルということに気づいて欲しいですね。
今まであえてよほどひどい内容以外はケチつけませんでしたが、FFF様とYuH様の文章は最初から伊石への悪意を感じる文章ですよ。それでまともに議論できると思いますか?注意レベルならまだしも、注意レベルではなく、偏見に満ちた文句レベルではないですか?この文章は?
例えば、医師同士のかばい合いととると断定していることについて医師への偏見を感じます。私は今まであまり人の書いた、幾通りにも解釈できる文章についてあえて文句言いませんでした。しかし、私の文章が悪意と見えた方々の文章は医師への悪意としかとられない文章です。その点について抗議します。

> 2つレベル下
残念ながらそうとしかとらえられない判決が存在することは確かです。ただ、馬鹿にしたつもりではありません。そこのところ誤解があるようですので補足しますが、
言い方が悪かったかもしれませんが、ただ、まともな判決を言っている裁判官も勿論います。
誤解を生じさせたのであればこの場で謝ります。
ただ、最初から攻撃的なFFF様の文章は感心できません。「〜のような解釈を与えかねないから注意した方がよいのではないでしょうか?」の文章で十分です。このような攻撃的な文章からは悪意しか感じません。

上の文章、誤字がありますね。すみませんでした。
医師、法曹界双方から偏見に満ちた内容と取れる文章があります。そうした内容は相手を怒らすだけで敬意も払っていないと見てしまいます。
少なくとも私は文章からは現れていないかもしれませんが、法曹界の方々にその道のプロとして敬意を払っているつもりです。しかし、現実とは乖離した判決内容が多いのでどうしてもきつい文章になってしまうのかもしれません。
自分も努力しますが、皆様も努力してみてはいかがでしょうか(管理人でもないのに偉そうに済みません)?少なくとも相手を怒らせたら謝るとか(一応私は上のレスで謝っているつもりです)。
そういう意味ではこのスレに限らず他のスレにおけるFFF様の文章は人を怒らすのに十分値すると思いますよ。

こんにちは、モトケンさん
整形Aと申します。
こちらの活発なブログに参加させていただき、感謝いたします。

> 医療側の皆さんが、司法は信頼できないという印象または心証あるいは確信を持っておられ、それが医療崩壊の原因になっていることが分かってきました。

ブログを主宰されておられるモトケンさんには申しわけありませんが、医療崩壊の原因が医師の司法に対する不信にあるというのは、いささか司法に対する買いかぶりかと思います。
僕が思うに、医療崩壊の真の原因は、やはりお金の問題に尽きます。

以前、ある病院で脊椎の手術を失敗し裁判になり、1億円の損害賠償の判決が出たことがあります。その手術の値段は約10万円でした。まあ、数字は大雑把なものとご理解ください・・・。
その手術は難しく、どんなに上手な医師が行なっても千例全部を続けて成功させることは困難だったでしょう。
病院はたかだか10万を稼ぐために1億円を失ったわけです。

さて、医療は不確実なものなので手術ミスはありえることです。
しかし医療サイドから申せば、そもそも手術は患者さんのためにやった。10万の手術のために1億も取られるのは理不尽だ。そんな理不尽な事があるのではこんな手術は金輪際しない。
そう考え、その分野からは撤退します。萎縮医療、医療崩壊への第一歩です。

じゃあ、司法の判断がおかしいのか。
手術ミスで後遺障害が残ったのは確かで、その損害額を認定すれば1億が相当である。おそらくここにいらっしゃる法律関係のどなたも賛成されるのではないでしょうか。

それではいったいどこに問題があったのでしょうか。
問題は明らかです。10万という手術の値段がトンデモ価格だったのです。
患者さんのためになり、なおかつ難しい手術の値段が、千回連続で成功しなければ医療サイドでペイできないような価格になっているのがおかしいのです。
その手術の値段が1000万であれば、失敗して1億の損害賠償責任が生じる可能性があろうとも、やってみる医師、病院はあるはずです。

おそらく現在の医療の側の不満の大部分は、お金をかければ解消されるものだと思います。
医師を含め、医療スタッフの数を大幅に増やす。患者さんをたくさん診たり、手術などを上手にする医師の給料をもっと上げる。
スタッフの数が増えれば、雑用が減ります。夜間や休日もゆっくり休めます。
また、患者さんやその家族と納得いくまで治療方針などを話し合うことも可能になります。
よい治療をすることが収入に直結するのであれば、そういう方向にinsentiveが働きます。

あとは、政府や国民がそのお金を出すかどうかにかかっているのだと思います。

>整形A さん
 
 裁判における敗訴リスクに見合う医療報酬額を設定するという考え方は医療経営として当然のことと思います。

 しかし、適正な敗訴リスクとはどの程度かという問題があります。
 現在、医療側の人たちは敗訴リスクをとても大きなものと考えているのではないでしょうか?
 それが私(だけではないと思いますが)の言う「司法に対する不信」の実体にほかなりません。

>じゃあ、司法の判断がおかしいのか。
>手術ミスで後遺障害が残ったのは確かで、その損害額を認定すれば1億が相当である。おそらくここにいらっしゃる法律関係のどなたも賛成されるのではないでしょうか。

 法律家ならば、手術ミスで後遺障害が残ったとしても、その「ミス」の内容を検討する必要があり、「当然に過失あり」とは考えませんし、損害額についても(過失の存在を前提にして)1億が相当であるかどうかはケースバイケースです。

 適正な医療報酬を決定するためには、敗訴リスクが適正である必要があると思います。

>しま様
 レスが遅くなりました。文章自体の大まかな解釈としては間違っておりません。ですが私の文章の本意は思った通り伝わっておりません。

 解説しますと血管外科医ならば何も言わなくてもターミナルバイパスの必要性を
理解できますし、糖尿合併という意味合い、手術になったときの困難さを理解できます。
 他科でも医師ならば
「糖尿合併の場合は細動脈障害が主体となるため、vasa-vasorumの閉塞から中膜硬化症を来すため、内膜障害が主体の通常のASOより血管閉塞が膝窩動脈以上より膝窩動脈以下に起きやすい。ゆえにターミナルバイパスを考慮する必要がある。」といえばほぼ意味が通じます。また「中膜硬化症がある場合は、血管自体の脆弱性から手術が困難になる。」といえば大変だというイメージはつかめます。

 しま様の御解釈の問題は通常のASOと糖尿病合併のASOでは病態が異なり、より注意が必要であるということが私の文章で伝わらなかったことだと思います。専門家であれば私の文章で通じることが、一般の方には伝わらなかったという実例になりうると思います。

 おっしゃるとおり、おおまかには一般の方にも意味が通じます。ですが、大まかな理解では説明義務違反とされるのが実情です。自分の知っていることを正確に伝えるのはとても難しいことだと思います。誤解を招かないように付け加えますが、これはしま様を愚弄しているわけではありません。専門家同士では簡単に通じることが専門領域外の方にはなかなか通じないと言うことを言いたいだけなのです。例えば私だって法律の話をされれば、こちらにいらっしゃる法曹関係の方々の言いたいことの半分も伝わっていないと思います。それと同様です。

海難審判の場合は、地方海難審判庁→高等海難審判長→東京高裁→最高裁という流れになっているようです。再発防止の取り組みなども同時に海難審判庁で行われているようです。
http://www.mlit.go.jp/maia/index.htm
海難でできるものなら医療でもできそうな気がしますが…

特許の査定などでも専門性が高いため1審は特許庁で行われるようです。さらに2審は知的財産高等裁判所で行われます。
http://www.jpo.go.jp/tetuzuki/t_gaiyou/tokkyo1.htm
特許庁の出した査定の不服審判を同じ特許庁で行うなんて「身内のかばいあい」とかの批判は出ないのでしょうかね。

何度も同じことを蒸し返すアフォは退場して頂きたいものですが、なお理解できないセンセイのために、老婆心ながら整理して差し上げます。

機^緡邸峅畍蹇廚鮴觚世靴榛枷修涼罎砲蓮医学的に明らかにおかしい、読むに耐えないものが多々あること。むしろそんなんばっかであること。
供,修ΔいΥ馘稽裁判から身を守る術はないこと。相手は理屈が通じないのだから。破産させられる前にとっとと安全な領域まで非難するしかないこと。
掘^綮佞いないと、みんなが困ること。

 ここからすると、医療を他の職業と同列に裁くこと自体ナンセンスなわけですよ。分かるかいなー。一方、

検^綮娉颪棒治的パワーはないこと。少なくとも臨床医の待遇改善のために強力な働きかけができる状態ではないこと。
后ゞ侈外紊惑麓らしくなる位のサラリーで牛馬のごとく働かされ、肉体的にも精神的にも追い詰められていること。机に向かってシコシコ文章いぢりしてればいいわけではないこと。
此.泪好乾澆盪碧,盥埓も、こうした医師の悲惨な実態を意図的に無視していること。

 という事実〔証明ズミです。前提事実です。一々蒸し返さないコト>どこかの人〕があるから、現状を放置しておいても事態が改善されることはないし、医師として事態を打開できるわけでもない。だから、サボタージュでも何でもして国民に事態の深刻さに気づいてもらうしかない、と言ってるのです。医療「過誤」裁判なんてのは、医療崩壊を加速するだけで百害あって一利なしです。正確に言うと、ごくまれに間違いとは言い切れない御判決もあるから、一利位はあるかも知らんけど〔ただ、それだって裁判なんてしない方が、たぶんずっと早くまっとうな解決ができるのだが。本当にミスがありゃ常識的な範囲で弁償するんだから〕、その八萬倍くらいの害〔推計〕があるわけで、ハンジ様はその辺りの損得勘定を弁えて御判決をお書き遊ばしたらよろしいのではないのかしらん。いまさら期待してないけど。てか、したくてもできないけど。

べつに医師を特別扱いせえとは言わんけど、そもそも法律化は自分たちの知らない領分にズカズカ踏み込むの怖くないんかな。あらかじめ法律で決まってることだけやってればいいのに、何で医療「過誤」がどうだとか、六法に載ってないところまで首突っ込みたがるんでしょ。自分たちならあらゆる分野のセイギとシンジツが分かるとか思い込んでるの? 立派なこってす。俺にはできんね。

 週刊麻酔 さんのコメントは、

 対象が明確でないだけでなく、

 (内容の点ではなく)表現において煽り的ですので、

 スルーということでどうでしょうか。

管理人からの注意書きです。

くも膜下出血の件、びっくりです。
まだまだ知られざる恐るべき判決がこの世にはあるものですね。
医療者側からみて妥当な判決というのは、
結局たまたま、運の良い偶然の産物ではないかという疑念が深まります。
そりゃあ多くの専門医の目を経た方が診断が正確に近づくのは
間違いないでしょうがそれって極論すれば医者は全員24時間病院から
離れるなということに。
今の倍みんなが働いても訴訟は減らないだろうけれど。

レベル云々が問題になっているようですが
知識の量の問題だけでなく
質的なとらえ方の差も拭いがたくあるように思います。
一般の方は検査結果の解釈とか画像診断について、
公式をとけば一つだけの解が導き出される数学の問題のように、
あるいは専門家が集まって討議すれば白黒決められる裁判のように思っている
のではないかという疑いを持ちます。
そして多分術野を想像するものならば
解剖学教科書の図のごとくキレイに剖出された破格のない臓器、血管、神経に
それぞれ名称のタグまでついて、
手術の技量とは一円玉でタワーを作るがごとき
手先が器用選手権的能力に依っており
不器用な医者が不注意で縫い目をとばすと縫合不全が起きると思っている気がする。

実際は医学診断って、天気予報のようなものじゃないかと思います。
水平線の雲の形をみてたぶん雨になる、とか今日は荒れる、とか言っている。
それは何世代にもわたる経験の積み重ねと機器の進歩で、
気圧計やら衛星写真やらで予報の的中確率はあがったものの
常に不確実性がある。
そして朝のニュースで流れる天気予報と同じレベルの
判断材料を誰もが手にできるわけではない。
経験豊富な漁師が快晴の空の下風の匂いで大雨を予測することもあり
同じ漁師が大丈夫と思って出した船が嵐に巻き込まれて遭難することもある。
いつでも、「大丈夫」には「おそらく」の但し書きがつく。
それを許せなければ一日たりとも糧を得るための船を出すことはできない。
雷が鳴っているのに船員を海で泳がせた罪、とかなら分かるけど
一片の黒雲を認識しながら詳細な気圧分布図の入手と解析を怠り
即刻船を引き返さなかった罪、と言われるようなのが
今の医療訴訟。

訴訟の是非自体を論ずることはしませんが
医療ミスの減少ということのみを主眼とするならば
天気予報をはずした気象予報士に厳罰を科すと同様
その効果が僅少であるのは自明に思われます。

一般的な医者が裁判慣れしていない、というのが根本的にあると思いますね。
裁判が嫌いな理由として。
裁判をかけられる=十分な社会的制裁になってしまう。そういう事実はありますね。
当然やる気がなくなる。
実際裁判になれば、膨大な書類の準備、弁護士との打ち合わせ、その手間を考えると、通常の診療が手につかないほどになる。
あと、雇い主の病院側も(公的病院なら)徹底的に戦うことをせず、安易な和解をしてしまう、そういう不審もある。
とくに、割り箸や、大野事件、心筋炎事件は強烈なインパクトでした。前の二つの事件はまだ最終的な判決は出ていませんが、それでも、訴えられた領域の医療は手をつけられないなあ、そういう雰囲気になりました。
実際、自分もあの事件を知ってから、小児救急は断るようになりました。

自分だけがそうでなく、同じ病院で勤務している医師の半分以上がそう思い、また、ほかの病院の先生方もそう思っている人が多いからこそ、小児救急医療の崩壊、産科医療の崩壊が起こったのではないでしょうか?
人間誰しも、まじめに仕事をしていて、逮捕や起訴されたくありません。不眠不休で働いて、逮捕されるほど、あほなこともありません。そういうことに、ようやく医師が気づいたからこそ、不足が顕在化したのだとおもいます。基幹病院からみんな逃げ出し、中には膨大な借金を背負って開業したほうがいい、と思う人が出るほど、醜いものだったと思います。
たった、1例の症例発表みたいなもので、あれなんですが、医療崩壊の原因として、司法判断があることは理解していただけましたでしょうか?
起訴される事件が少ない、ということですが、起訴された事件があまりにも、医師にとって過酷なメルクマールであることは、簡単に想像できます。普通に診察して、普通に検査しただけでは逮捕される、そういうレベルですね。言い換えると、道を歩いていたら突然背後から警察官が来て、何かわからないままに逮捕されてしまった。そういう感覚に近いと思います。そうすると、道も歩きたくなくなりますよねえ。

> yamaさん  (No.83、84の書き込みについて)

 御趣旨は了解いたしました。私の書き込みで気分を害された点があったのであれば残念に思います。評価の問題でなく事実のレベルで間違いがあった場合には是非御指摘下さい。

 ちなみに、No.50の書き込みにある「庇いあい」云々というのは、「選別が客観的学術的に公平であるか否かに関わらず」と前置きしているとおり、仮に医学的には真っ当な判断ができたとしても外部がそう見ない可能性があるのではないか、という趣旨です。

 もっとも、それとは別の問題として、「庇いあい」の障壁に悩まされることは多々あります。個々の事例について、内々には明らかな医療過誤であるとの見解を教えて頂けても、被告医師や病院、大学との関係上、名前を出しての意見書や鑑定の形での協力を得られない場合などです。ただ、これについては、経験している場面の違いがあるので、なかなか感覚的には御理解頂きにくい部分だとも思います。

モトケンさん
コメントありがとうございます。

まず僕の元の書き込みは、決して司法の問題を軽視してのものではありません。
ただ、ここで書き込みされている医師の方々は、(司法関係者のブログなので当然といえば当然なのですが)縷々司法に対する不満を述べています。
僕は、問題はそれだけではないのではないか、ということを提起したかったのです。

 
> 裁判における敗訴リスクに見合う医療報酬額を設定するという考え方は医療経営として当然のことと思います。
>
> しかし、適正な敗訴リスクとはどの程度かという問題があります。
> 現在、医療側の人たちは敗訴リスクをとても大きなものと考えているのではないでしょうか?

敗訴リスクをどれだけと見込むか。
これは1年間の医療訴訟の賠償金額と総医療費がわかればある程度推計可能だと思います。
日本医師会では医賠責という保険制度を運営しています。保険料は医師会の会費の中に組み込まれています。近年は赤字続きだと聞いたことがあります。
ただこれは開業医だけのもので、自治体病院などでは独自の保険があるはずです。
また自治体病院では巨額の賠償が課せられたときには、その自治体で損害賠償のための補正予算を組むこともあるようですので、日本全国の総賠償額の推計は保険の支払だけではありません。
そんなわけでトータルの金額についてはわかりません。

分娩時の脳性麻痺については、以下のような極端な話があります。

今日本では大雑把に言って、年間100万件のお産があります。
100万のお産の中には0.2%の脳性麻痺があります。年間2000人です。
産婦人科医が脳性麻痺で訴えられて負けると、最近だと2億円の損害賠償が認められる。
仮に全部訴えられ敗訴したとすると

2000*2億=4000億円

産婦人科医がお産1件で得られるお金が
大体40万円くらい。

100万*40万=4000億円

お産によって得られる全報酬と脳性麻痺の全損害賠償金がほぼ等しいことになります。
これだと産婦人科医はほとんどただ働きになります。

ただ働きになっていないように見えるのは、
1)0.2%にたまたまあたっていない
2)脳性麻痺のすべてが裁判になるわけではない
3)損害賠償額のある程度は医賠責保険でカバーされている

といった理由が考えられますが、いつまでその状況が続くのかはわかりません。
2)は、今後ますます頻度が高くなりそうです。
3)は、最近の傾向として高額の賠償を認める判決がありますし、医賠責自体財務が厳しくなってきて、今後どうなるか不透明なところがあります。


>じゃあ、司法の判断がおかしいのか。
>手術ミスで後遺障害が残ったのは確かで、その損害額を認定すれば1億が相当である。おそらくここにいらっしゃる法律関係のどなたも賛成されるのではないでしょうか。

> 法律家ならば、手術ミスで後遺障害が残ったとしても、その「ミス」の内容を検討する必要があり、「当然に過失あり」とは考えませんし、損害額についても(過失の存在を前提にして)1億が相当であるかどうかはケースバイケースです。

これは説明不足でした。
手術の値段の方を問題としたかったので、はしょったのです。

以前に話題になっていましたが、ミスがあるのが確定しているのであれば、損害賠償額は被害の程度による・・・ということを申し上げたかったのです。
医療サイドでは、たかだか10万の手術で1億もの賠償金を、と考えがちですが、それとは関係ない話だ、ということです。
確かこの患者さんは、手術ミスの結果手足が麻痺してまるっきり動けなくなってしまいました。病院側の手術ミス(過失)であることは確かなようでしたので、法律家の皆さんは1億という金額を妥当と思われるだろう、という意味でした。

今の医療を語る上で「割に合わない」という言葉はまことに言い得て妙だなと思いますね。

訴訟やクレームについていつも思うのが、患者のためにと頑張ってしまう熱心な先生ほど圧倒的に高いリスクを背負うはめになるという理不尽さです。「専門外だから」と救急車を断る医師より「とりあえず来てもらって」と受けてしまう医師の方が「いい人」なのかも知れませんが、訴えられ医療ミスと叩かれるのは決まって後者です。
なにしろハイリスク症例に手を出さずとも仕事は幾らでもあるのですから、わざわざ自ら地雷原に飛び込みたがるなど全く割に合わない。福島事件のあの衝撃の映像を見ればリスク管理の重要性に思いを致さざるを得ませんし、事実昨今の若い先生は危ないことになど手を出したがりません。結果として確かに「医療ミス」は減っているのかも知れない、しかしこの流れでいいのか?という疑問は残ります。

国が医療機関の整理を目指しているらしい現状では今の流れはむしろ望むところなのかとも思いますし、今までのスレを見ても崩壊を阻止する格段の特効薬もなさそうです。押しとどめることが出来ないのであれば崩壊までの間に何をしておくべきなのか?昨今ではそんなことも思いながら非医者の友人達とメールのやりとりをしています。

>  uchitama さん (No.61の書き込みについて)

 医師側の保険のことについては正直ほとんど知識がないので、可能であれば大体のところを教えて頂ければと思います。保険料は結構な負担に感じるレベルなのか、保険金の支払いはどのような手順でなされるのか、支払いは渋いのか、加入の単位は医師個人なのか病院全体なのか、等々。

 勿論、保険があるから別に賠償負わされてもいいだろうとか、そういうことを言うつもりはありません。念のため。 

 ちなみに、弁護士や裁判官による医学や臨床実務についての勉強、研修、研鑽は行われています。検察官については知りませんが、当然行っているものと思います。弁護士による医師を招いての勉強会、病院の見学会は度々行われていますし、私が知る限りでは、東大、順天堂大、慶応大、東京医科歯科大の各大学病院が比較的長期間(と言っても2週間程度のようですが)にわたって裁判官の研修を受け入れています。市中の病院にも一部、同様の研修、見学に応じているところがあります。

 というわけで、それが充分かどうかは別として、法律家による臨床現場の見学も行われていますので、その点については御承知おき下さい。ちなみに、少数ですが医師免許を持つ弁護士・裁判官もいます。「机上の論理や鑑定医の意見だけで判定を下す裁判官」に「狂気すら感じる」というのは、必ずしも適切な御意見とは思われません。

>yamaさま
横から失礼します。
ご自身の発言が、法律家にどのような印象を与えるかについては、
文中の医療従事者と、法律家を入れ替えてみれば分かるのではないでしょうか。

つまり
「レベルが2つ以上違うとレベルの低い者は理解できません。
法廷や事務所で皆さん実感していることだと思います。
だから明らかに法律家の言い分が正しくても医者や世論のロクに
推敲できていない文句がまかり通るのです」

と言う文章に、医師に対する敬意が含まれているかどうか
考えればわかりやすいかと。

 FFFさん、

>ちなみに、弁護士や裁判官による医学や臨床実務についての勉強、研修、研鑽は行われています。検察官については知りませんが、当然行っているものと思います。弁護士による医師を招いての勉強会、病院の見学会は度々行われていますし、私が知る限りでは、東大、順天堂大、慶応大、東京医科歯科大の各大学病院が比較的長期間(と言っても2週間程度のようですが)にわたって裁判官の研修を受け入れています。市中の病院にも一部、同様の研修、見学に応じているところがあります。
 というわけで、それが充分かどうかは別として、法律家による臨床現場の見学も行われていますので、その点については御承知おき下さい。

 
 一部だけの、細切れの見学、勉強会なら、医師側が主張していることはわかってもらえないとおもいます。実際私も医学生の時には正規のカリキュラムとしてその何倍も見学、勉強会をしましたが何もわかりませんでしたから。

 1人の医師に24時間張り付いて1週間でも、一ヶ月でも見ていただければ、片鱗なりとわかると思います。うまくいっているところをお客様的に見てもただの見学で実感はわかないと思います。
 もっとわかるのは自分に責任を持たされてからですが、これは免許が無いので無理でしょう。

 それと医師と弁護士のダブルライセンサー、これからどんどん増えるでしょう。私の周囲でもロースクールに通っている人が何人かいます。皆医療訴訟関係になるそうです。
 「叩かれるより、叩くほうになりたい」のかもしれません。
 こういう人も必要でしょうけど、ただでさえ人手不足の現場の人材がこうやって流出していくのを見ると寂しいものを感じます。

>僻地外科医さま
>おっしゃるとおり、おおまかには一般の方にも意味が通じます。ですが、
>大まかな理解では説明義務違反とされるのが実情です。自分の知っていることを
>正確に伝えるのはとても難しいことだと思います。

個人的な意見ですが、医師の知っていることを正確に伝える事は、法廷も患者も
要求してないと思います。手術を例に取ると、患者が知りたいことは「手術を受けた
時のリスクと、受けない場合のリスクのどちらが大きいのか」という事だと思います。

先ほどのASOを例に取ると
1.手術を受けないと疼痛や潰瘍がおこる可能性が高い
2.しかし、糖尿病を併発しているので、手術の難易度は相対的に高くなる
3.○○%は問題なく終わるが、○○%は事故が起こる可能性がある
4.また、類似のケースでは○%の方々が亡くなっている

と言う事を説明すれば、説明義務違反には問われないと思うのですが。
もっとも、これは思いこみですね。リスクをきちんと話した上でも、説明義務違反が
問われる場合があるかも知れません。

インフォームドコンセントで話すべき事の内容に関して、医師と患者の間で合意が
成り立っていないような感じがしますね。つまり、医師が話したい情報と、
患者が知りたい情報がずれていると。

この辺りは、患者の責任も大きいですね。

>>しまさんのNo.97のコメント
「レベルが2つ以上違うとレベルの低い者は理解できません。」の頭に「専門性の」をつけるとわかりやすいかもしれませんね。
つまり、「専門性のレベルが2つ以上違うとレベルの低い者は理解できません。」ということです。

実際、医学の分野でも他科のことはレベルが2つ以上(何を以て「1つ」と定義するかは私もよくわかりませんが(笑))違うと話の内容について行けません。
法学の話についても同様に専門用語が飛び交ってくるとお手上げです。

逆にわかっている側から知らない側へ説明するときも、レベルが2つ以上離れていると非常にエネルギーを要します。
その辺、医師側があまりにも法学の素養がないのに途方に暮れている法曹の方は、よく実感できるのではないでしょうか。

私は法律家ではないことを前置きします。


>元研修医さま
>1人の医師に24時間張り付いて1週間でも、一ヶ月でも見ていただければ、
>片鱗なりとわかると思います。うまくいっているところをお客様的に見ても
>ただの見学で実感はわかないと思います。

同じように、医師の方々も1人の弁護士、1人の検事、1人の判事、
そして、1世帯の医療事故に遭われた方々に、24時間、1週間でも、
1ヶ月でも張り付けば、法律家や医療事故に遭われた家族が主張していることが、
お分かりになるかも知れませんね。

あまりにも相互理解が不足しているように思います

> 僻地外科医さん (No.56の書き込みについて)

 詳しい解説ありがとうございました。大変参考になりました。この問題に限らずですが、開業医・勤務医・教授の立場に著しい差異があることを再認識した次第です。「医局」という業界独自(?)のシステムも、医師以外の者にはすぐにピンと来ない部分ですね。
 
 きわめて大雑把、乱暴な考えですが、病院あたりの医師数を増やす方法としては、病院や診療所の数を減らし、残す病院に医師を集約させるということがありうるようにも思います。これについては、開業医や既存病院の経営者側にメリットがないから実現しないのか、別の理由で実現しないのか、そもそも問題解決の方法として有効と考えられていないのか、どれに当たるのでしょうか。半ば独り言なのですが、もしお手すきであれば御教示頂けると幸いです。

>元田舎医さま
>その辺、医師側があまりにも法学の素養がないのに途方に暮れている
>法曹の方は、よく実感できるのではないでしょうか。

話としてはずれるかも知れませんが、なんで医者の方々は法律家を活用しないのか、
とは思います。つまり、これだけ訴訟が問題になっている訳ですから、弁護士を
雇うなり、コンサルティングして貰う事で、不必要な訴訟を減らせるのではないかなと、
外野からは思うのですね。

蛇足ながら、私は本当の第三者です。

>FFFさま
「美容整形は医療ではない」と言う意見もあるようで、医師の世界は、外部から
見えにくいものがあるのだなあと実感します。

>病院や診療所の数を減らし、残す病院に医師を集約させるということが
>ありうるようにも思います

地域住民の反対が予測できますので、それに対してはどのような手があるのかと、
思います。基本的に政治家は住民の声を意識しますし、マスコミも住民の声を報道する
でしょう。住民が病院の集約化にメリットを感じないと成立しない訳ですが、
それが本当にできるのかと考えなくもありません。

もっとも、医療関係者はまた別な意見を抱くでしょうが、一般人としてはそう思います。

>同じように、医師の方々も1人の弁護士、1人の検事、1人の判事、
そして、1世帯の医療事故に遭われた方々に、24時間、1週間でも、
1ヶ月でも張り付けば、法律家や医療事故に遭われた家族が主張していることが、
お分かりになるかも知れませんね。
あまりにも相互理解が不足しているように思います

 
 前提として、医師は司法関係者に裁かれる立場ですが、司法関係者は医師に裁かれません。サッカーをしたことのない審判は、いい審判になれないと同様、うわべでない医療の実態を知って裁いて欲しいと思うからです。
 いくら言葉で説明してもわかっていただくのが難しいようでしたから、実体験知ることで相互理解が深まると思いました。

 ところで
>1人の弁護士、1人の検事、1人の判事、そして、1世帯の医療事故に遭われた方々
 これを同列に並べるのは医師が悪者で、検事・判事は被害者である患者側の味方という前提を感じるのですが。本来中立の立場であるはずですが。
 医師ならば過失の有無にかかわらず結果がうまくいかなかった患者さんに対して申し訳なかったと思うと思います。それが不可避であっても。
 患者さんは感情的になっても仕方ないと思います。だからもし患者さんの家族に1ヶ月張り付いて呪詛に満ちた言葉を掛け続けられたら、臨床を続けていくのは難しいと感じるでしょうね。
 医療事故関連の検事、裁判官の仕事は機会があったら見てみたいと思いますよ。制度が許し、仕事を休めるならば。


しまさま

法律家は医者以上に田舎に来ないからなー。
だから、とてもじゃないけど、田舎では雇いきれない。
そういうことに、期待するほうが、むり。
こうやって地域医療も崩壊するんですよ。
地域医療が崩壊しても、一部分だけしか崩壊しないから何とかなると思うけど、
産科医療が崩壊したら、こちらは全国津々浦々まで壊れるから、困るんだよな。
おまけに、少子化進むし。

FFFさま。
病院がね、なかなかつぶれない理由としてね、
医者以外の公務員の既得権益があるの。
舞鶴市民病院なんてお笑いレベル。どの病院をつぶしてどの病院を残すか、決めていければいいけど、政治問題になって下手すりゃ死人が出る。それほど、自治体病院を壊すのは、困難。夕張市民病院もお笑いレベルだね。
集約化したときに医者は勤務時間が減り、メリットはあるが、患者さんはメリット無いだろうな。都会以外では死人が増える。おまけに、診察までの待ち時間が増えるから、大変だね。でも、思ったよりは死人が増えないと思うから、集約化には賛成だよ。いま、全国各地で集約化の実験中だよ。

>>しまさんのNo.103のコメント
>話としてはずれるかも知れませんが、なんで医者の方々は法律家を活用しないのか、
>とは思います。つまり、これだけ訴訟が問題になっている訳ですから、弁護士を
雇うなり、コンサルティングして貰う事で、不必要な訴訟を減らせるのではないかなと、
>外野からは思うのですね。

おっしゃる通りだと思います。
これから大病院では弁護士が常駐する「法務『科』」が出来てくることでしょう。

しかし、専門家が仕事で時間をつぶすとそこにコストが発生します。
これらのコストは20世紀まではほとんど必要とされて来なかったものです。
その辺をまだ医療者側が割り切れていませんが、この3年以内に意識が変わると読んでいます。
逆に言うと、法務科を持てる力のある病院のみに淘汰されていくということかもしれません。
また、そのコストは制度上「医療者側が負担」ということにしたとしても、回り回って被保険者もしくは国民全体が負担することになるということも大きな問題でしょう。

まとめて

>元研修医さま
>これを同列に並べるのは医師が悪者で、検事・判事は被害者である
>患者側の味方という前提を感じるのですが。本来中立の立場であるはずですが。

配慮を欠いた発言でした。つまり、医師が法律関係者や、訴訟を起こした患者側を
悪者扱いしている印象があるのですね。あくまでも印象論ですが。
「あなた方が医療崩壊の原因を作っているんだ」みたいな。
だから、相互理解が必要なのではないかと思う訳ですよ。

非医療従事者としては、医師が非医療従事者を悪者扱いしていると感じる事もありますが、
医師にしてみたら、非医療従事者が医師を悪者扱いしているとお思いなのでしょうね
お互い様という意識を忘れてはいけませんね。失礼しました。


>元田舎医さま
>これらのコストは20世紀まではほとんど必要とされて来なかったものです。

元々必要なコストだったのかもしれませんよ。つまり、日本社会独特の「暗黙の了解」とか
「空気を読む」など、日本社会の「同質性」によってコストが抑えられて来たが、
今後はそうも行かないかと。

「相手の考え」と「自分の考え」が違う事を前提として、社会を構築しなければ
ならなくなってきた。訴訟を回避するためには前もってきちんと契約をしなければ
ならないだろうし、きちんと契約をしない場合、裁判で白黒付ける以外、他はない。

医師ばかりでなく、国民一人一人に訴訟リスクが発生する時代になりつつあると感じています。
今は患者が医師に対して訴訟を起こしていますが、医師が患者に対して訴訟を起こすのも近いでしょうね。

>元田舎医 さん

 医療事故紛争に限らないんですが、紛争を訴訟に至る前に解決するというのは、弁護士にとって場合によっては訴訟に勝つより困難な判断を要求される場合があります。
 能力の高い弁護士とそうでない弁護士の差が出やすい場面の一つです。
 つまり誰でもいいから弁護士を雇えばいいというわけではありません。
 下手をすると弁護士でもこじらせてしまう場合があります。

 ちなみに、医療過誤訴訟社会の次に来るのは弁護過誤訴訟社会だ、とかなり以前から弁護士の中で囁かれています。

いままでのコメント読ませていただきました。地方在住の外科医です。

医療崩壊に対して、活発な論議があり、とても参考になります。
しま様がおっしゃられているように、今後は医師が患者に対して訴訟を起こす時代がくると思っています。

しかし、私はそれが良い方向だとは思っていません。本来法律は絶対なものではないし限界があります。時代や人の解釈で容易に変わりえます。加えて、今の日本の裁判で裁判を起こすことで解決できるのは訴える側の復讐心と経済的な利益以外にないと思うからです。

医療裁判に興味をもって判例集を見ていますが、医師側から見て明らかな医療ミスではない思われないもので医師側が敗訴する例が散見されます。医師の自分がいつ裁判のロシアンルーレットにあたるのかわからないと感じさせる判例です。

医療者が裁判に恐怖心を持つ理由のひとつとして、弁護士は選ぶことができますが。裁判官を選ぶ権利がないということがあると思います。一般的な医療を行っていれば罪人になることはないなら、医師たちがここまで恐怖に陥ることはないのです。とんでもない裁判官にあたったらいつ罪人にされるかわからないから、心配しているのです。

患者のためと思い今まで医師として働いていますが、これだけ訴訟が多くなり、あたった裁判官によってはとんでもない判例が出されることがあるとなると、医療を安心してできないという気持ちで一杯です。選挙の時の罷免の1票など、裁判官罷免に興味がない人が多い中、意味がありませんから、医療裁判で裁判ミスがあっても裁判の判例のひとつとされることでしょう。

まじめに仕事をしながら、これだけ訴訟のリスクを負う仕事が他にあるのか、教えていただきたいと思っています。

>まるさま
>一般的な医療を行っていれば罪人になることはないなら、医師たちがここまで
>恐怖に陥ることはないのです。とんでもない裁判官にあたったらいつ罪人に
>されるかわからないから、心配しているのです。

一般的な医療を行っていればと仰いますが、一般的な医療と言うからには、
何が一般的な医療なのかを特定する作業が必要になってくると思います。

それが特定された暁には、裁判所はそれを見て判断できるので、
一般的な医療をしていれば敗訴する可能性はないと思います

ただ、現実的には無理な話ですよね。そこで、契約書を作るのが一つの方法かと。

患者は医師に対して主張する。医師は患者の主張を聞いて、方向性を示す。
その医師の限界、医療の限界、不可避なミス、そしてリスクを患者に伝える。
患者が合意したら、書面を交わして手術。そうすれば、裁判所はその書面を元に
判断できる訳です。

もっとも、これは患者が、双方で合意した契約を受け入れられるかが問題となってきます。
合意したのに、後になって「話が違うじゃないか」と言うのはルール違反だと思います。

医療事故で裁判になるのは、医者と患者の意向が食い違っているケースが多いのではないかと考えます。
つまり、どこかにずれがあったのに、それを修正しないまま医療事故になってしまったというケース。
これを防ぐためには、あらかじめ医者と患者の意向を調整する必要があるのではないかと思います。
そのための契約書という訳です。

これは想像になりますが、医療訴訟というのは法律家に取って激務なのではないかと
思います。と言うのは、参考になるものが何もないので、法律から根拠を生み出さねばならない。

他の訴訟でしたら、契約書が合法的なものであれば、契約書通りの判決が出るでしょうし
契約書が違法なものであれば、契約そのものが無効と言うことになります。
しかし、医療訴訟ではそのような手がかりが何もなく、自分たちで作らなければならない。
そのような苦労があるのではないかと邪推いたします。

FFFさま、前スレでの議論の返事ができてなくてすいません。
(いまさら蒸し返してもと思いますので今回は触れませんが、ご要望があれば議論の再開に異論はありませんので)

FFFさまと議論をしていて、自分としてはFFFさまが悪意をもって意見を述べておられるとは考えておりません。
やはり立場の違いがあるのだと思うし、医療の限界についての理解に医療者と法曹界に大きなギャップがあることを感じております。

前のスレで自分が「裁判で過失のないものにも有罪にしている」というのに対し、現行法ではすでに「過失がなければ罰しない」ようになっているというのがFFFさまの主張だったと思います。

この議論がいつまでたっても噛み合ないのはなぜだろうとずっと考えておりました。
自分なりに考えたことを述べますので、FFFさまの意図と違うという事であればお教えください。
まず、医療者側は「科学的に正しくないこと」を「医療の本質を理解出来ないまま」裁判所は過失と認定し、有罪にしていることに不満があります。
それに対してFFFさまは「裁判所の認定した過失」については裁判の審理にて正しく認定され、過失があればきちんと罰し、そうでなければ無罪にきちんとなっている。という立場なんだと考えました。
これはFFFさまが法律家であるからには、前提となる立場なんだと思います。

しかし、裁判所が現状のままで「医療過誤を正しく認定出来る」能力があるのか?

ここが曖昧だったため噛み合なかった議論になったのかと自分は考えましたので。
FFFさまは率直に言って現在の裁判所に「医療過誤を正しく認定出来る」と考えておられるのでしょうか?
自分はその能力がはなはだ低いと考えるます(No.59  Posted by: 元田舎医であげられた裁判などをみると余計にそう感じてしまいます)がどうでしょう。
もし、現在の裁判所にその能力がないという事に同意していただけるなら、どうしたら裁判所にその能力が備わるのか?もしくは裁判よりも医療事故の調査、紛争解決の仕組み(第三者機関等)をつくった方がいいのかを考えませんか?

FFFさまが、現状のままでも裁判所に「医療過誤を正しく認定出来る」能力があるというのなら、無意味な提案になってしますのですが。ご検討お願いします。

こんばんは。地方公立病院で、外科ではない手術担当科の医師として週5日以上勤務の日雇い労働をしております。

名古屋高裁の判決(平成13(ネ)689)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A3B517042EABEBF449256C92001A7568.pdf
を読んで「ああ、これはもうダメかも orz」と思いました。黙っておられないため、ツッコミどころのひとつをお示しします。

非常におおざっぱな言い方ですが、先にひとつ例を挙げておきます。消化器の病気を扱う診療科には消化器内科と消化器外科がある。この点については広く納得を得られることかと思います。次に、脳や神経の疾患を扱う診療科には神経内科と脳神経外科がある(精神科のことはひとまず置きます)、この点についてはよろしいでしょうか?

神経内科医の数が少ない地域では「脳神経外科医」が神経内科医の役割のかなりの部分を兼ねなくてはならない場合もあるので一概には言えませんが、神経内科と脳神経外科の関係を、消化器内科と消化器外科との関係になぞらえて捉えて大きな間違いはないと思われます。

とりわけ、この例で話題になっている春日井市民病院では神経内科医5人 いずれも日本脳卒中学会員、脳神経外科医3人。脳神経領域において、神経内科と脳神経外科が「内科・外科」と分業して診療に当たっていることをうかがわせます(当時と現在とまったく違う体制である可能性は否定できませんが)。

この判決文でF医師とは頭痛患者を一般内科より紹介された神経内科医です。

|くも膜下出血を専門領域とする脳神経外科
|医に連絡をとって,本件CT写真の読影を依頼するなどの措置を
|講ずることができたにもかかわらず,神経内科医のF医師に引き
|継いだものであるが,この措置は一般内科医の措置として相当で
|あると評価することができず,過失があったと認められる。

この判決では神経内科医はくも膜下出血を専門領域とはしていないんですね。

FFF様>
>「机上の論理や鑑定医の意見だけで判定を下す裁判官」に「狂気すら感じる」というのは、必ずしも適切な御意見とは思われません。

少し言葉が過ぎたことは謝りますが、「訴訟自体が恐怖の対象」とは恐らくこれを見ている多くの医師が感じている心の声なのです。過酷な勤務に耐えることはできても家族や周りのものまでも巻き込んでしまう訴訟の恐怖には耐えられないということではないでしょうか。小生の周りには同世代(前後5年)で数人の循環器医が民事や示談、書類送検になったものがいます(約5-10%程度か)。いずれの医師も優秀で献身的に働いている者です(訴訟後はかなりトーンダウンしていますが)。彼らに際立った過失や不正があるとは考えられません。むしろ消極的な萎縮医療や診療拒否をしていたならば防げたと思うくらいです。交通事故などとはとても比べものにならない高い事故のリスクであり、普通の人間には耐え切れないストレスだと思います。

>ちなみに、弁護士や裁判官による医学や臨床実務についての勉強、研修、研鑽は行われています。検察官については知りませんが、当然行っているものと思います。

小生が言いたいのはその地域性やその時医師の置かれた状況が十分に勘案されているかということです。
例えばくも膜下出血の訴訟の詳細は知らないですが、「緊急CTすらすぐに撮影できないような病院が何故救急病院なのか?」という疑問がまず思い浮かびます。
あるいは肝癌の訴訟に関しても「高名な肝臓の専門家が恐らく3分診療の中でどれだけの能力を発揮しえたのか?」ということを考えます。午前の外来に例えば恐らく50人?の患者がいて、1人3分で診察する。あるいは前日は緊急手術や当直で徹夜だったかもしれない(明らかな労働基準法違反)の状況の中で1人の優秀な人間の能力がどこまで耐えうるのか?などと考えてしまいます。
アメリカの外来や鑑定医の判断のように30分かけてゆっくり考えて出す答えとは比較できません。
むしろ優秀な医師の力を100%出させるためのシステム作りになるような判決や訴訟は行われないのでしょうか?
1000人か10000人に1人いるかどうかも分からない(本当にいるのか?)リピーター医師を処罰するための医療崩壊なんて馬鹿げています。そんなリピーター医師を必要としないシステム作りを考えなければならないのではないでしょうか?

保険料に関しては年5万円程度の掛け捨ての保険ですが、示談の場合は適応されません。強制されるわけではなく、怖いので、個人で入っています。正当な医療行為をしているのですから病院に出してもらいたいものです。民事に関しては、市立病院などでは病院と契約した弁護士が示談などの交渉をするそうですが、市によってまちまちです。財政状態の悪い田舎(例えば福島県?)などではその対応はかなり悪いと噂で聞いています。

>オダさん

 横から失礼します。

>それに対してFFFさまは「裁判所の認定した過失」については裁判の審理にて正しく認定され、過失があればきちんと罰し、そうでなければ無罪にきちんとなっている。という立場なんだと考えました。
>これはFFFさまが法律家であるからには、前提となる立場なんだと思います。

 FFFさんがどのようなお考えかはともかく、弁護士と検事とたぶん裁判官のほとんどは、つまり法律家のほとんどは、裁判官の判断が(たとえ最高裁の判断であっても)常に正しいとは考えていないと思います。

 司法制度というのは、人間とは判断を誤るものだということを前提に構築されています。
 ただし、紛争解決のためには裁判に不可抗争性というものを持たさざるを得ないのです。

 これはどういうことを意味するかといいますと

 法律家は、特に裁判官は最終判断者として、謙虚でなければならない

ということが重要だということです。

 謙虚さを発揮させるためにはどうするべきかが問題になりますが、ちょっと眠くなってきましたのであらためて考えてみます。

横レスになりますが失礼します。

>No.111  しま様
>ただ、現実的には無理な話ですよね。そこで、契約書を作るのが一つの方法かと。

>患者は医師に対して主張する。医師は患者の主張を聞いて、方向性を示す。
>その医師の限界、医療の限界、不可避なミス、そしてリスクを患者に伝える。
>患者が合意したら、書面を交わして手術。そうすれば、裁判所はその書面を元に
>判断できる訳です。


現状では、特に危険性の高めの医療行為の前に、「病状説明書」に病状とその医療行為の必要性、危険性とその具体的内容や頻度などを書いて説明した上で「同意書」にサインを書いていただいているのが一般的です。


しま様のおっしゃることの問題点は下記の点だと思います。

1 すべての合併症を説明することができない。
   それをすると一日かかっても説明できない。また、教科書に書いてあるような合併症なら説明できるけど、人の目に留まらないような論文に書いてあるような合併症まで説明することはできません。

また、説明したとしても「聞いてなかった」と言ったり、たとえ「病状説明書」に書いてあったとしても「理解できなかった」と言い出し、それを裁判官が真に受けて、「きちんと理解させるまで説明しなかったのも説明責任を果たさなかった」として過失認定されているようにみえます。説明の最後に「何か疑問点はありませんか?」と聞いて「ありません」と答えているのに。


2 たとえ説明して理解が得られていたとしても責任を取らされる。
   基本的に、患者さんに不利益がおきたら何でも医師に責任を負わせることしか考えていないように思えます。実際の判例を見ても、そのために重箱の隅をつつくように些細な問題点を探し出し、それを過失にこじつけているように思えます。
患者さん、家族、司法、マスコミなどみなさんそうしているように感じます。病院だってトカゲの尻尾きりのような発想になってきているように感じます。

3 そのような「契約書」を交わそうとすると患者さんに不快感を抱かせる。
   結構いるんですよね。「先生にお任せします」とか言う方。あるいは、「先生を信頼しているので、そんなの書かなくてもいいのでは?」「何かあっても文句は言いませんから」とかいう方が。無理にお願いすると怒り出す。
しかし、そういう方に限って、何か不利益があったらこちらを攻め立て、危険性について「聞いていない」とか言うんです。

双方の意識改革がなければ、現状ではなかなか難しいと思います。

横レス失礼します。

No.114  uchitama様

>むしろ消極的な萎縮医療や診療拒否をしていたならば防げたと思うくらいです。交通事故などとはとても比べものにならない高い事故のリスクであり、普通の人間には耐え切れないストレスだと思います。

私にも経験があります。助からないけれどほかに治療法がないので、いちるの望みをかけて手術をお願いしました。結局亡くなりましたが。詳細は書けませんが、その後クレームをつけられて何度となく病院の応接室で面談したことを覚えています。相手に罵倒されながら。手術前に散々説明して「理解しました」と言っていたのに。

手術をしなければこういう事態には陥ることはなかったので、「どのみち手術しても助からなかったのだから手術存在なんて話さなければよかった」と思いました。

この一件が私を救急医療から手を引く決心をつけさせました。

> オダさん (No.112の書き込みについて)

 そうですね。議論がかみ合わない理由として私が考えているのは、法律家が三段論法を意識して議論しているのに対し、医師の方にはその意識が薄いのかな、という点です(もちろん、考え方の違い、アプローチの違いに過ぎないものであって、法律家の発想が正しいとか優れているとかいう問題ではありません。念のため。)。

 つまり、弁護士や裁判官の基本的発想としては、
 _畆困認められた場合には法的責任を負う、過失がない場合は責任を負わない。    (大前提)
◆)楫錣琉緡店坩戮砲浪畆困ある/ない      (小前提)
 だから本件の医師は法的責任を負う/負わない (結論)
 という枠組みがあるのですが、医師の方から寄せられる裁判批判には、,鉢△里匹舛蕕鯡簑蠅砲靴討い襪里が明確でないものがあったように思います。実際には△離譽戰襪亡悗垢觝枷十蠅了実認定に不満があるのに、それが,療澄△垢覆錣前貳姪判断基準のレベルにまで及んでいる意見が多々見られました。

例 : 「本件では過失がない筈なのに医師に責任を負わせた」 → 「法律家は結果が悪ければ過失の有無にかかわらず医師に責任ありとする」という論法。

 で、自分としては,離譽戰襦∨[Г隆靄榲な仕組みを説明すべく、「過失がないと責任を負わせることはありませんよ」と述べるわけですが、医師の方は△離譽戰襪如峅畆困覆掘廚噺羲分で判断されているので、「そんなこと言っても現に過失がないのに責任を負わせてるじゃないか」ということになって納得頂けない、というパターンだったように感じています。

 オダさんには、上記,療世鮓耆解頂いた上で、今回、△療澄丙枷十蠅砲茲觧実認定能力)について問題提起をして頂きました。そこで、私の考えを若干申し上げます。

 まず、「医療過誤の認定」といっても即座にできるものではなく、順に段階を追って考える必要があります。第一に、治療行為や患者の容態変化等、客観的な事実として何があったかの認定をします。第二に、そのケースで医師が払うべき注意義務はどのような内容のものであったか、を策定します。第三に、実際に行われた治療行為が上記の注意義務に反していないか、を判断します。

 このうち第一の点については、完璧とは言えないものの、現行の司法制度以上に確度の高い認定方法は考えにくいと思います。証拠を強制的に取得すること、関係者に証言を求めることといった手段が整備されているからです。
 第二の点が、医師の方に最も不満の多い部分だろうと思います。基本的には「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」を基準として求められる注意義務のレベルを決めるわけですが、この点については、「当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきである」(=全国一律に決まるものではなく、現場の実情に配慮すべき)とされる一方、「医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものでなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない」という判断も示されており、この部分が特に、現場で全力を尽くしていると自認しておられる医師の方には甚だ不満なのかと推測します(よく判決文を読むと、別に超人的な努力を要求しているわけではないことは分かるのですが・・・・)。いずれにせよ、ここはどの程度の医療水準を現場の医師に期待すべきかというsollenの問題であり、「正しい」「正しくない」という問題とはちょっと違うように思います。現場が崩壊するほど厳しい要求になるのであれば「妥当でない」との評価はできましょうが、自分の見る限り、そこまで無茶な要求をする裁判例が目立つとは思えません(※)。

※ ただし、これは法律家として、将来その判例の理論が適用されると見込まれる限界範囲(射程と言います)を概ね読み取れるからであって、射程の予測に慣れておられない医師の方が不安に感じるのも理解できます。司法は、判例の射程がどこまでかを分かりやすく明確に示し、医療機関に注意を喚起すると同時に無用な警戒、誤解を生じないよう努めるべきですが、医師の方の御意見を拝見しますと、現状ではそれが達成できていないと言わざるを得ないように思っています。


 なお、「第三者機関」としてどのような内容のものをお考えかは分かりませんが、現実的に機能するだけのものを構築することは困難と考えています。その理由はNo.50で記載したとおりです。それよりは、既に社会資源として整備されている裁判制度を、より副作用の少ないものにすべく改善する知恵を出し合う方がよいのではないか、という立場です。

 過失が無ければ責任がないという考え方はわかりました。

 しかし、その大前提となる、なにをもって過失とするのかという明確な定義がなされていません。
 司法関係者には民473さんのようにカテーテルが誤挿入して血管が破れたら過失とされる方もいます。モトケンさんのように考えられる方もいらしゃいます。民473のような方の考えではやっていられないという医師が多いと思いますが。(いやならやめろはもうわかりましたから突っ込みはなしでお願いします)。この考え方なら臨床医の100%が前科者です。

 あくまで司法が現行の体制を続けるならなにを持って過失とするか明確な定義を出していただきたいと思います。EBMではなくJBM(司法が規定する医療)になりますが、少なくともこれをしなければ大丈夫だという選択肢を与える必要があると思います。「カテーテルで血管を破ったら有罪」も必要なら決めていただければいいでしょう。有罪になりたくないひとはカテーテル手技をやらなければいいことですから。

 そして同意書に契約書としての法的効力を持たせていただきたいと思います。最近はかなり細かく副作用など(ショックや、死ぬこともある)を記載してあります。しかし判例では同意書に口頭説明しても患者さんが聞いていなかったといえば、医師の責任が認められています。

 ところで、FFFさんは、自分が逮捕されたり、1億円の訴訟を起こされるかも、と思って仕事をしていますか。
 私は時々司法関係者がされる、脳性まひのほとんどが体内で完成されているといっても、過失のある例も0ではないから現行の裁判で公正に審査するという主張には無理があると思っています。
 裁判を起こされた側の苦痛は(長時間の拘束、風評被害)も仕方ないということなのでしょうか。

 モトケンさんの提案のように離婚裁判の前に行われる調停のように、新しい仕組みが必要だと思います。

鑑定医の問題でも「顕名で鑑定医個々人の責任の下に発言させればよい」という「過失には罰を」にも似た精神主義が悪影響を与えているかもしれませんね。つまり、しがらみを気にして発言できない医師が出たり、逆に医師一般からは浮いた人が鑑定を行うことがある、と言うのが問題らしいと思っています。

この問題は鑑定医を複数の匿名にすることで、より真実に近い証言が得られると思います。匿名にすることで証言者が増えれば複数の意見を集めるのも容易でしょうし、意見が割れればそれも反映され、また、裁判官が鑑定医の肩書きに惑わされることも無くなるでしょう。

元研修医さんご指摘の調停ですが、実際に調停で事件が解決することもあります。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/iryo/
記事では、まだ調停成立となっていませんが、昨日調停が成立したようです。

調停は裁判所での手続になりますが、最近、弁護士会などでも裁判外紛争解決手続(ADR)を充実しようという動きがあります。
すでに、建築紛争などでは弁護士と建築士が第三者的な立場から間に入って、話し合いのあっせんや仲裁を行うADRがありますが、医師会と弁護士会が共同運営するADRなどを考えてみても有意義かもしれません。


話は変わりますが、安田好弘弁護士が民事事件に絡んで逮捕起訴された事件(一審無罪)を見て以来、自分も一歩間違えば逮捕起訴されかねないと思って仕事をしています。
(一部弁護士の間では、「警察・検察は民事事件をやったことがないから、こんなことで逮捕・起訴するんだ。」なんてぼやきもありました。)
また、当然のことながら弁護過誤保険にも入っています。

最近は、弁護士会事務局には弁護士に対する苦情申出が殺到しているようであり、懲戒申立も多いようです。
弁護士に対する訴訟も何件か法廷で目にしています。
懲戒理由がないと思っても懲戒申立をされたら反論書の作成等をしなくてはなりませんし、裁判を起こされれば応訴して闘っていかなくてはなりません。
私個人としては、その負担は仕方のないものと思っています。

PINEさん、
 そうですか、弁護士業界も大変ですね。

 しかし弁護士も、裁判官も同じ法曹関係だから、専門知識が無いための変な判決が出なさそうでいいですね。しかも逮捕されても殺人者扱いはされないだろうし。裁判も本職だから慣れているでしょうし。

 医師はそこまで割り切れないと思いますよ。大体問題になっているのは、医学的知識が無いために起きているおかしな逮捕や判決ですから。
 それも仕事のうちだと言われてもどうしようもありません。

電子カルテは如何でしょう?

と書くと、何を今更!でしょうが、個人が各人の電子カルテを医療機関とは別に自分で持つのです。

ITが進んで、小さなメモリーでも大容量の記憶が可能となった。病院では、カルテの電子化が進んだ。医療機関でも患者の記録を保存するでしょうが、患者は医療費支払いの際等に、自分のデータを受け取る。オーナーとしてケアをするには最も重要な情報と思うのです。文字、数字情報だけでなく画像も簡単に取り込める。

患者にとっては、自分で自分の体の情報に常にアクセス出来るのであり、ケアがやりやすい。セカンド・オピニオンを取るのにも、便利である。他の医療機関で受診するにも、過去の全ての電子データを提供できるので便利である。適切な医療を受けたい人ほど、自分のデータを適正に管理する。医師にとっても、患者のデータが多く入手できることが期待できるので、有効と思う。

患者も、自分の病状、自分で計測した体温等についても、必要に応じて記録をする。多くの人がPCを持っているのであり、自宅療養中で自分で操作できない人は、家族にして貰う。医師の診察時に提供する。

義務化は無理があると思います。とりあえず、希望者のみ受けられるシステムで、費用負担は患者でよいと思うのです。費用は、患者へのデータ・アンロードとメモリーのハードの費用だと思うのです。必ずしも、電子化されていない医療機関もあるし、フォーマットの統一は将来のことでよいと思うのです。

医療訴訟は減るか増えるか分かりませんが、正当な評価につながるのではと思うのです。

如何でしょうか?

元研修医さん

弁護士が逮捕起訴されれば弁護人がつきますし、民事で訴えられる場合でも代理人として弁護士を頼むケースが多いです。
弁護士といっても、自分が被告人や被告になることは、慣れていませんから。
殺人者扱いされるような事態は、さすがにないと思いますが。

>医師はそこまで割り切れないと思いますよ。
そりゃそうだろうと思っていますよ。
また、お医者さんでなくても、訴えられることで割り切れない思いをするケースは多いと思いますよ。

ただ、今の国の裁判制度の中では、私らは、例えばお医者さんからの依頼であれば、その割り切れない思いを裁判所に理解してもらえるよう、一生懸命主張立証するという仕事しかできません。

患者にとっては、自分で自分の体の情報に常にアクセス出来るのであり、ケアがやりやすい。セカンド・オピニオンを取るのにも、便利である。他の医療機関で受診するにも、過去の全ての電子データを提供できるので便利である。適切な医療を受けたい人ほど、自分のデータを適正に管理する。医師にとっても、患者のデータが多く入手できることが期待できるので、有効と思う。

データを落としたときにはどうするの?
おまけにウイルス感染のターゲットになりやすいね。
怖くて、できないよ。
自分の病気のデータが流出したときのことを考えると、恐ろしい。
私保険に入れなくなる可能性があるし、
将来的には企業採用に響く可能性がある。
また、業者に利用される。
多くのデータを一瞬で入れられるということは、一気に流出する可能性があるからね。
いま、電子カルテは、かなり発展途上で、いいものがないから、まだやめたほうがいい。(電子カルテに書き込むので精一杯で診察の時に患者さんの顔を見なくなるのは、有名な話)

>FFF様((No.102)へのレス)

 ご指摘の通り、現在ある病院・診療所を減らし、残る病院に医師を集約化するという考え方は成立しますし、実際現在その方向へ進んでいます。ですが、このことは大きな問題もはらんでいます。

1.アクセス制限の問題
 病院数を減らす=1病院あたりの患者受診数が増える、と言うことです。現在でも3時間待ちの3分診療などと言われている状況ですのに、残った病院に患者が殺到することになれば、状況はさらに悪化することが予想されます。外来診察数を増やせばいいだけのことですが、ハードの問題がありますのでことはそう簡単ではありません。ハードの問題を解決するには改・増築しかありませんが、9割以上の病院が民間病院である今の実情で誰がその費用を負担するのか、と言う問題もあります。また、改・増築を行わずに医師数のみ増やした場合、窓口の物理的受診制限の問題から、病院経営は給与コストが増加し、収入は微増に止まると思われます。とすれば、今でさえ赤字の各病院は経営負荷のため赤字額はさらに膨大になると思われます。
 僻地の病院ではもっと深刻です。僻地では中小病院が一次〜二次救急も担っております。これを人口割りなどで集約化した場合、交通事情によっては致死性疾患でも受診までに1時間以上かかるという事態が生じかねません。北海道、東北、北陸など一部の地方では現にこの状況に近い事態がすでに生じています。産科救急では集約化の問題で実際この状況がすでに問題視されています。

2.既得権の問題
 集約化するには今ある病院・診療所を潰さねばなりません。ここで問題になるのは日本の医療機関の9割以上が民間経営であると言うことです。これらの病院を国策によって一部潰すとなるとその補償はどうするのか、潰す医療機関の選定は誰がどのように行うのか、と言う問題が生じます。

 実は厚生労働省の昨今の政策は病院集約化を自分の手を汚さずに、診療報酬削減という手段で真綿で首を絞めるように医療機関数を減らそうと言うものだと考えています。その手段を取ることで医療情勢にどういう混乱が生じるかについては彼らは考えてないのでしょう。

> しま様
> 「レベルが2つ以上違うとレベルの低い者は理解できません。
> 法廷や事務所で皆さん実感していることだと思います。
> だから明らかに法律家の言い分が正しくても医者や世論のロクに
> 推敲できていない文句がまかり通るのです」

返事遅くなり申し訳ありません。
私はその文章に全く違和感を感じませんが・・・。言われてみれば「そうですね」としか言いようがありません。それにこれは事実でしょう?少なくとも私は司法に関しては素人です。はっきり言って分かりません。こういわれても当然仕方ありません。でも、その発言に対し、悪意を持って接するのは正しいとは思えません。これについて批判する医師がいたら、ただの批判ではないですか?
私の文章に、少なくとも悪意がなかったことだけはご承知おきいただければと思います。言い方は悪かたっと反省しているではないですか?それならそれを叩けばよいのであって、悪意を持ってあらぬ方向に批判を持って行くのが正しいことでしょうか?

直リンクで申し訳ありませんが、

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/ishikawa/news/20060905ddlk17040694000c.html

訴状を見ないと分からないかもしれませんが、記事の内容を信頼するならば、こういう内容で訴えられること、医療過誤と決めて記事にしている新聞社のあまりの不勉強さが、嫌になる原因のひとつだと思います。

いつもの通り真偽のほどは全く不明です。
デプ:デプレッション(depression)。うつ状態/うつ病のこと。
==================================
637 名前: 卵の名無しさん Mail: sage 投稿日: 2006/09/06(水) 08:55:30 ID: 7lqU2iQ20
救急外来にくるデプにはホント気をつけたほうがいいですよ。
当方の経験ですが、夜眠れないと夜9時ごろ救急外来に来て
2日分でいいから睡眠薬をくれと頼まれ、一応、服用後の車の
運転はだめとかお酒と一緒に飲んではダメ等一般的な注意を
して返しました。

しかし、なんと翌日、電車飛び込みでその患者が自殺を図って
いたのです。警察から当然、前日受診したとのことで聴取をうけ
警察の方は問題ないと帰ってくれましたが、家族は受診したの
になぜ返したのか!!とDQN爆弾爆発、颯爽と弁護士登場と
なりました。

患者のパソコンには遺書らしき文章が残っており、診察した医者
(当然僕)の悪口が書いており、もう絶望した死ぬ、と書き残して
いたのです。

で、裁判になったかというと警察の介入でなんとかおさまりました
こいつは裏自殺マニュアルという仰天内容の文章(おそらくネット
経由)に「自殺する前は医者にかかれ」「遺書には医者の悪口を
書いておけ」「生命保険は自殺ではでないことがほとんどなので
病院から慰謝料を取ろう!」などなど書かれており、警察側でそ
れを把握してくれていたのでした。

精神科の友人に聞くと、最近の金に困ったうつ傾向の患者は
用意周到に自殺をするのでトラップをかけにくることは十分
ありうるとのことでした。

みなさまも救急外来のデプっぽい奴には気をつけて!!
==================================
【注意一秒】救急車・急患の断り方2【怪我一生】
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1149129404/

元田舎医さま(HNのメイン・サブ逆転されなくても(笑)

冒頭の depression の注意書きにもかかわらず、「デブ」と読んでしまっていたことに15秒は気付きませんでした・・・

現代の怪談ですね。真偽はともかくビビるには十分の内容です。

ゴミレス失礼しました

>>fuka_fukaさん
>冒頭の depression の注意書きにもかかわらず、「デブ」と読んでしまっていたことに15秒は気付きませんでした・・・
元スレで自分もしばらく誤読してましたからねw

エントリ汚しついでにもう一つ。(今度は医師限定 脱力ネタ)
==================================
569 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/09/06(水) 17:44:33 ID: VY6IhVdV0
>>568
 異常ちゅうか、原告・原告弁護士、裁判官、果てはこちら(被告側)弁護士まで、み?んな何も知らない。
 ちょっと前、亡くなった受け持ち患者の家族が病院を訴え、証人として出廷したんだが、法廷では、こっちの主張を述べる以前に、医学のレクチャーするだけで終わった。
 AMIの心電図変化をいつ異常と見るかが争点と(こっちは思ってた)が、裁判官から証人の私にあった唯一の質問は、『心電図のSTというのは、どこを言うのですか?』
 もう、アホラシイの一言。
==================================
僻地医療の自爆燃料を語る31
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1157013314/

古いレスに対するレスで恐縮ですが、

> はんぞ〜〜〜様 No.3
の36時間勤務について知らない方がほとんどだと思うので念のため・・・。

私は今は当直はして居らず、医者としてはかなり暇な部類に属するのですが、当然数年前までは36時間勤務を週に最低1回(1−2年目の研修医の時は1週間連続勤務有り)こなしていました。その経験から言わせて頂くと例えば朝8時から働いたとして翌日の午前2時くらいまでは、まあ、普通に働けます。しかし、月に何度も当直を続けていると次のような状態になります。
例えば、4時くらいになると翌日も仕事をこなさなければというストレスからイライラしてきて患者に当たるようなこともあります。
寝られない日もありますが、多くは仮眠3時間といったところでしょうか?しかし、断続的に仮眠のため3時間寝た、というよりむしろたたき起こされてストレスは増大する一方です。
翌日朝9時からは仕方なく外来へ行きます。ほとんど眠れなかった場合、その日の夕方が地獄です。突然睡魔が襲ってきます。そしてそれが点滴を入れているような時は患者さんがぞっとするような事態が起きます。判断能力が無くなるのです。間違って点滴するなんてことも何度か経験しています。幸い胃薬など間違ってもたいしたことのない薬剤だったりするので事故にならずに済みますが、体に影響のあるような薬剤だったらと思うと今でもぞっとします。
その後も勤務を続けていると思考能力がほとんどなくなります。私の友人など患者の点滴針を誤って自分に刺しました。

まさにストレスかかりまくりの状態です。本当にたまにしか起きなければ上記のような状態はあまり起こらないと思いますが、これが月に何度も起こることを考えてください。

そしてこのようなストレスは病気の原因となります。
例えば、メタボリックシンドロームは何も肥満だけで起こるわけではありません。仕事のストレスで突然死ということを聞きますが、ストレスによる動脈硬化もメタボリックシンドロームの一つです。
私自身、若くして体を壊し、勤務を大幅に減らしました。大学病院だからこのようなことは可能ですが、地方の病院だったら病気してでもこき使われるでしょう。

アメリカの研究では16時間以上(だったような記憶がありますが、定かではありません。どなたか助け船を!)働くと、飲酒しているのと同じような状態になる、と言います。このような勤務形態が良いわけは当然無く、勤務時間について研修医ではかなり緩和されてきましたがそのしわ寄せが中堅医師にかかってきて、今は病院は修羅場と化しています。本当、40歳代の医師が当直をやっている姿を見ていてかわいそうです。

No.131の私のコメントで、気を悪くする法曹の方がいらっしゃるかと思いますのでいちおう補足します。
あくまでそういう裁判官「も」いる(例のレスが真実ならば)という話で、担当となった以上は、依頼者のため、または原告・被告のために真摯に医学を学ぼうとされる弁護士・判事さんの方が多数派であると自分は信じています。

こんにちはFFFさん(No118の書き込みについて・・・こう書くのがはやりみたいなので)

>つまり、弁護士や裁判官の基本的発想としては、
> _畆困認められた場合には法的責任を負う、過失がない場合は責任を負わない。    (大前提)
>◆)楫錣琉緡店坩戮砲浪畆困ある/ない      (小前提)
> だから本件の医師は法的責任を負う/負わない (結論)

FFFさんがおっしゃるとおり、△問題だとは思います。

医療行為に過失がある/ない の2分法でいえば、ほとんどの医療行為には少なからず過失があります。
医療は試行錯誤、try&errorの連続です。迷路を行ったりきたりしながら少しずつゴールを目指しているねずみみたいなもんです。

ですから結果が悪かった時に「過失」を探そうと思えば、どこかで何らかの過失はでてくるのです。
それは医師にとってみれば右か左か迷った時に右を選択した。それが結果的に間違っていた、という話なのですが、それをもとにの法的責任を判断されるのではないか、ということを多くの医師は危惧しているのです。

そんなことはないよ。司法だって医師の裁量権を認めて、一定基準以上の治療を行なっていれば過失を問われることはないよ、とFFFさんはおっしゃっていますが、基準以上の治療とそれ以下の治療とかが明瞭に別れているわけではありません。
どなたかがJBMについて述べておられますが、司法にそれを区別できるとは思えません。専門家である医師にだって難しいのですから。

しかし、司法の場では何らかの決着をつけなければならないのも事実です。裁判官はわかってもわからなくても判決は下さなければならないのですから。
そうなると、基準以上か基準以下か何らかの線引きをすることになります。
そしてその線引きは結局裁判官の裁量ということになります。
そうなるとどうしても被害者の感情や被害状況に配慮し、基準を高目に設定しがちではないでしょうか。

これも、いやそんなことはないよ、とおっしゃるかもしれませんが、現在の「何かあれば訴えてやる」という濫訴の傾向(医師の側だけの見方かもしれませんが、ここや2chなどの書き込みを信じるとすれば、あながち医師の思い過ごしだけではありません)をみると、裁判の結果が一役買っているのではないかと思われませんか。

>元研修医様
>そして同意書に契約書としての法的効力を持たせていただきたいと思います。

法的効力のある同意書なら、裁判所でも有効に認められると思います。


>最近はかなり細かく副作用など(ショックや、死ぬこともある)を記載してあります。

患者が同意書に署名するというのは、どういう意味合いを持つのでしょうか
医師、法律家双方に聞いてみたい事なのですね

1.医者が「副作用を説明した」事に同意する
2.「副作用を受け入れた上で、手術を受ける」事に同意する


>しかし判例では同意書に口頭説明しても患者さんが聞いていなかったといえば、
>医師の責任が認められています。

具体的にはどのような判例でしょうか。

例えば、私がNo.46で紹介した判決では、同意書が認められて、原告側が敗北
されてますよね。全てが全て、患者の言うことが優先される訳ではないと
考えますが。文書や、電子メールなど、客観的証拠の有無が問題なのでは
ないでしょうか。

ついでに、

>あくまで司法が現行の体制を続けるならなにを持って過失とするか
>明確な定義を出していただきたいと思います。

医療側のほうで基準を作ればいいんじゃないですか?
例えば、カテーテル検査の前にこんな同意書を書いてもらうのです

「あなたの体の○○を知るために、カテーテル検査を行います。
この情報がないと、今後の治療に○○のような支障が出る可能性が高いです。

検査に当たっては全力を尽くしますが、○%の確率で、血管を突き破る可能性が
あります。その場合、このような副作用が出る可能性があり、場合によっては
死ぬこともあります。死に至る可能性は○%です」

で、医師が手術に同意させるのではなく、患者が決断するような書式にするのです。

このような同意書を取った上でなら、訴訟された場合でも有利だろうし、
そもそも訴訟にならないのではないかと考えますが、法律家の皆さんはどうお考え
になるでしょうか。

個人的には、リスクの高い手術を受ける際には、患者自らが医療事故に備えて
保険に入るという選択肢も必要かと考えますが、そのあたりはどうなっているの
でしょうか。

TTTさま

医療水準の話が出てきましたので、こちらをリンクします。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/1F4BD655E5BE38DF49256A8500311E0E.pdf

有名な平成7年にでた未熟児網膜症に関する判決です。
そこからの引用です。
『新規の治療法に関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当 該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存し ない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきである。』
この判例で言うところの「知見」は
『診断と治療に関する最大公約数的な基準を定めることを主たる目的として、昭和四九年度厚生省研究班を組織し、右研究班は、昭和五〇年三月、進行性の本症活動期病変に対して適切な時期に行われた光凝固法が治療法として有効であることが経験上認められるとし、一応の診断治療基準を示した研究成果を発表した』
を指しています。
これは「未熟児網膜症における光凝固治療」が一部において経験上有効であることが認められるだけであり、まだまだ異論もあったため「一応の診断治療技術」示された時期です。
画期的と言われる説や技術は、たとえ当初は賞賛されたとしても、試行錯誤を経てデータが揃ってくる頃にはほとんどが実用に堪えられなくなる事の方が多いのです(例;1969年4月4日からクーリーが始めた人工心臓置換手術とその治験)。
最高裁のいうところの「医療水準」で医療を行なう事は、確立していない技術を安全性が証明される前に一般の医療現場で行なえとなります。

FFFさまは
>現場が崩壊するほど厳しい要求になるのであれば「妥当でない」との評価はできましょうが、自分の見る限り、そこまで無茶な要求をする裁判例が目立つとは思えません
と書いておられますが、これは充分無茶なことを要求する判例だと考えます。

FFFさまは「自分の見る限り、そこまで無茶な要求をする裁判例が目立つとは思えません」と言いますが、実際に医療現場の崩壊が裁判所の判例によって更に加速されている現実をどうお考えでしょうか?

> 地方医師@休憩中さん (No.128の書き込みについて)

 素朴な疑問なのですが。リンクされた記事のうち、「医療過誤と決めて記事にしている」と見えるのはどの部分なのでしょうか。また、「新聞社のあまりの不勉強さ」をお感じになるのはどの部分なのでしょうか。自分の読む限りでは、双方の言い分を淡々と紹介しているだけのように思うので、医師から見て疑問、不快に感じる箇所があるなら教えて頂ければと思います。

>オダさま
>一般の医療現場

微妙ですね。

>姫路日赤においては、昭和四八年一〇月ころから、小児科医のc医師が中心になり
>本症の発見と治療を意識して小児科と眼科とが連携する体制をとり、眼底検査は、
>小児科医が患児の全身状態から眼科検診に耐え得ると判断した時期に眼科の
>d医師に依頼して行い、次回の検診時期は同医師が指示することとし、眼底検査の
>結果本症の発生が疑われる場合には、光凝固法を実施することのできる
>兵庫県立こども病院に転医をさせることにしていた。

>姫路日赤は、既に昭和四九年には、他の医療機関で出生した新生児を引き受けて
>その診療をする「新生児センター」を小児科に開設しており、

厚生省の研究成果発表前に、このような体制をととのえた以上、一般病院とは
言い切れないと思います。つまり、最高裁は、レベルの高い医療機関には、
レベルの高い医療水準を要求していると思います。


しかし、体制を整えたと言っても、実態は
>c医師は、本症と酸素との関連、治療法として光凝固法があることを
>知っていたが、本症の臨床経過等の認識はなく、d医師は、未熟児の
>眼底検査及び本症の診断についてあまり経験がなく、特別の修練も
>受けていなかった。

ようですし、光凝固法に対する対策を立てたと言っても形だけのものだった
ようにも思います。標準以上の医療水準を求めるのも気の毒な気がします。

しかし、「臨床経過の認識はなく」「本性の診断についてあまり経験が無く」
が正しかったとすれば、光凝固法に対する体制を整える必要はなかったような
気もします。堂々巡りですね。

ひょっとして、単純な勘違いなのではないでしょうか。

裁判記事で、

「訴状によると、・・・・・(訴状の要旨)・・・・・した。

○○側は、これに対し、・・・・(答弁の要旨)・・・・・と反論した。」

というのは、裁判の一回目のやりとりを書いただけの一番シンプルなよくある記事のスタイルです。

医療裁判に限らず、ホリエモンのような世間の耳目を集めるような裁判でない案件は、記者クラブ付けの記者が、報告レベルでこの程度書いてそれで終わりです。展開次第では、追っかけたりしますが。

確かに訴状の要旨の部分だけを見ると、原告の肩を持ってるようにみえ、紛らわしいですが、その辺は最初に「訴状によると」というお断りを入れ、事実として書いているわけではないのです。

記者の不勉強というと、特に勉強してるとは思いませんが、その分、どっちがどうというつもりもないように思います。仮に、病院側が患者を訴えた場合でも、その部分には病院の訴状の要旨が載ると思いますよ、多分。

> オダさん (No.137の書き込みについて)

  前提とされておられる「医療現場の崩壊が裁判所の判例によって更に加速されている現実」という点についての立場が異なりますので・・・・自分としては、そのような現実はなく、以前どこかで書いたように、全体として見ると、裁判所はむしろ医師の責任を認めるのに慎重すぎるという考えです。ただ、裁判例に関する報道や評論、口コミを通じて形成される「印象」が医療現場に影響を及ぼしているという意味であれば、同意できる部分があります。

 No.118の※部分と関連しますが、医師の責任を認めた判例の射程は、概ね、医師の皆さんが思っておられるよりずっと短いものです。大雑把に言うと、判例の理屈は、「〇〇、△△、◇◇・・・・という本件の事情を前提にすると、●●と考えるのが相当である」という流れになることが多く、一般論のように見える●●という結論部分も、実はかなり厳しい条件が満たされていることを前提にしているのです。しかし、報道ではこの前提条件をすっ飛ばして紹介されることがあまりに多く(まどろっこしいからでしょうね)、結果として、医師の方に「裁判所はどんな場合でも●●という結論をとる、それじゃやってられん」という誤解を招いているというのが実態ではないでしょうか。

※ というわけで、オダさんの「(最高裁によれば)確立していない技術を安全性が証明される前に一般の医療現場で行なえとなります」というまとめも、やはりラフに過ぎる要約、一般化ではないかと思います。

 より単純な問題として、医療側が敗訴したケースは大きく報道され、勝訴したケースはあまり(ほとんど)報道されないという問題もあります。医療過誤訴訟は、あまたある損害賠償請求事件の中でも最も原告(≒患者、遺族)敗訴率の高い類型の一つであり、医師の責任が認められることの方が統計的には例外にあたります。が、マスコミはニュース性のある患者勝訴判決を好んで報道しますし、医師や法律家向けの専門誌も、一般に、行動準則としてインパクトのある(あるいは新しい判断が含まれることの多い)患者勝訴判決を掲載、評論する割合が高いように思われます。その結果、医師は医療側敗訴判決ばかり見せられることになり、「法的責任が否定された事例」を目にする機会が相対的に少ないため、「裁判所は恐ろしいものだ、これじゃかなわん」という印象を形成しがちなのではないかと推測しています。

※ 念のため。「法律家は悪くない、悪いのはマスコミや誤解する医師の方だ」などと言うつもりは毛頭ありません。そういう次元の問題ではないので。

 経緯はともかく、誤解、誤った印象によって医師の方が萎縮し、結果として医療現場が荒廃するというのは勿論不幸なことですので、この点は何らかの手当てが必要であると感じております。なお、以上の記載はあくまで全体的な傾向について述べたもので、「間違った裁判例なんて一つもない」という趣旨では勿論ありません。学術的に不合理な裁判例は(医師の方がいうほど多くないとしても)不可避的に一定数存在するでしょうし、それは是正されるべきです。

すみませんでした。140の私のコメントは、FFF様の No.138  Posted by: FFF | 2006年09月06日 22:35 についての横レスですっ(^^;

しまさんは、病院の同意書を実際に見たことがありますか?

>「あなたの体の○○を知るために、カテーテル検査を行います。
この情報がないと、今後の治療に○○のような支障が出る可能性が高いです。

検査に当たっては全力を尽くしますが、○%の確率で、血管を突き破る可能性が
あります。その場合、このような副作用が出る可能性があり、場合によっては
死ぬこともあります。死に至る可能性は○%です」

 この程度のことは最近の同意書ならば必ず書いてあります。件数の多いものによっては(例えば冠動脈のカテーテル検査)は細かく細かく書かれた同意書が印刷して病棟に置いてあります。
 
 法的効力がある同意書ならば有効なはずです。というのはどういうものを想定して言ってらっしゃるのですか。

 FFFさんは
>医師は医療側敗訴判決ばかり見せられることになり、「法的責任が否定された事例」を目にする機会が相対的に少ないため

 とおっしゃいますが、割り箸、女子医大、福島、そしてここで話題になっている多くの民事事件だけでももう充分です。

 相対的に少ないというのは問題ではないのですよ。日常診療を誠意を持ってやっていてもこれだけおかしな逮捕・判決があることで医師を震え上がらせるのに充分です。明日はわが身ですから。
 単純に考えて、恐怖に震え上がっているひとがいい仕事なんてできないと思うのですが。


 ところで、最近、自殺した小児科医の過労死が認められなかった判決がでました。医師の当直は当直と認めないという司法判断だそうです。某closedのメーリングリストでも大きな話題になっています。
 現場の人間からしたら、当直明け通常勤務の厳しい36時間勤務がどうして労働と認められないのか、ふざけるなという気分になって当然だと思いますが。
 法律家の皆さんはどう思われますか。

 日本には医師を守ってくれるものはなにもないのだなあという感想です。日本国民としての基本的人権もない、強制労働(尾鷲の産婦人科がいい一例)させても誰も疑問に思わないものなんだなあと思いました。
 そしてますます現場の気持ちは荒廃していくのでしょう。

同意書問題には頭を痛めています(苦笑)。むろん法的効力が伴うものであることが望ましいのでしょうが、たとえば病院でもらう感冒薬一つとっても添付文書にどれだけの副作用他の記載があることか…何気なく使っている薬剤、処置いちいちに全てを文字通り完全に説明するのは非現実的ですし、まず患者に理解出来るとも思えません(というか、実際後で「聞いたけど判らなかった」と言い出す患者が多すぎる)。かといってどこまで要約あるいは省略していいものか医療サイドで判断できる人材もそうそういないでしょうし…
保険の契約書のような分厚い書式をととのえてサインをさせれば法廷でも認められるものなのか、しかし三分診療にああいうものを読めと言う過程を組み込むことが果たして現実的なのか…やはり司法の専門家の意見も交えて考えていかないといけないように思いますね。

まず分厚い冊子を読ませ一ページ一ページ説明もしてから初めて麻酔の同意書を書かせるという剛の者な先生も実際に見たことありますがね。パンペリで緊急開腹のときも執刀医いらいら、家族真っ青って状況で一時間以上かけて説明してたらさすがに家族が切れました(笑)。

>元研修医氏

過労死と言えばこの件も悲惨すぎて泣けてきます。関西医大の件でようやく労働者として認められたと喜んだものですが闇はなお深いようです。なぜこうまで…と思わずにはいられません。

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tottori/news/20060906ddlk31040098000c.html
損賠訴訟:両親が鳥取大へ「息子の死は過労が原因」−−地裁初弁論 /鳥取
 ◇大学側は争う姿勢

>元研修医さま

例を挙げれば、このような同意書でしょうか
http://pearl.ne.jp/diary/0005/05231.jpg(平成12年)
http://www.pmet.or.jp/work/kyouzai/01-3.htm(平成8年)

多少古いケースで申し訳ありませんが。
これでは、手術が失敗したときにトラブルが起きるのは目に見えています。

>法的効力がある同意書ならば有効なはずです。というのはどういうものを
>想定して言ってらっしゃるのですか

元研修医さまが仰るような同意書なら問題ないのではないでしょうか。
逆に聞きますが、そのような同意書で説明義務違反が問われたケースはありますか?

>元研修医さま
>とおっしゃいますが、割り箸、女子医大、福島、そしてここで話題になっている
>多くの民事事件だけでももう充分です。

つまり、患者側も埼玉医大の「抗ガン剤過剰投与」とか「塩化カリウムと塩化
カルシウムの取り違え」というケースだけで、日本の医療を判断しても構わないと
言うことでしょうか。

お互い、自分たちを弱者扱いするのはやめた方がいいと思いますが。


>最近、自殺した小児科医の過労死が認められなかった判決がでました

具体的にはどの判決でしょうか。それが分からないと、こちらも判断の仕様が
ないのですが。「医師の当直は当直と認めないという司法判断」が、どんな
根拠の元に判断されたのか、興味ありますね。

医師が判決に疑問をもつ具体的な1例として以下を挙げます.

>判決によると、男性は00年6月、右ひざを手術して入院中の
>山鹿市立病院で意識を失って転倒。急性心筋梗(こう)塞の疑
>いから熊本赤十字病院に転院し、狭心症と診断された 。その
>後、呼吸が停止し、肺塞栓症で死亡した。
>1審判決は「肺塞栓症と診断するのは困難だった」と過失を
>否定したが、西裁判長は「日赤病院に転送された時点では救
>命は十分可能で、肺塞栓症との診断は困難でも、その疑い を
>持って適切な処置をすべきだった」と両病院の過失を認めた。
>
呼吸停止してしまうような「肺塞栓症」が「救命は十分可能」
というのは医学的には甚だ疑問です.どこからこのような判断
が可能なんでしょうか?たとえ診断できてもこのような重症の
「肺塞栓症」はきわめて救命が困難です.
このような医学的な常識と解離した判決は数多くみられます.

「過失がなければ法的責任は負わない」というのが覆されてい
る判例も実際に存在します.医師からみてとても適切とは思え
ない,そして「明日は我が身」と思える裁判は後を絶ちません.
これが医療崩壊を進めている一因であることは明白です.

 しまさん、

 例の同意書のURL開けませんでした。しかしちょっと古すぎると思います。ここ数年間で医療機関の訴訟対策への危機感は高まっていますから、いまどきある程度の信州を伴う処置のとき、しまさんの上げられた程度の同意書をとらないことはありえないと思います。(本当に緊急時は例外ですが。)

 同意書の程度までは通常アクセスできませんから、詳細はわかりません。

 ただ、説明したし、患者側も説明されたことを認めながら拒否したのに、医師の説明がもっとあれば、というような判決を聞くだにどこまで説明すれば義務を果たしたのか疑問に思わざるを得ません。

 そして医療機関では同意書でいくら説明しても、それで説明義務を果たしたことにならないと司法は判断するだろう、つまり同意書をとっても契約書の役割を果たしていないだろと思っています。

 ここは司法関係者の方にご意見を伺いたいところです。そして後出しじゃんけんで言われても困るので、どの程度の同意書なら契約書として認められるのか、もしくはどんなに詳しい同意書でも認められないのか、見解を聞きたいところです。

> 元研修医
最近の同意書が変わってきているという事は分かりました。

個人的には、同意書の書式は公開するべきだと考えています。
どこの病院がどんな同意書を出しているのか、公開すれば患者も
それを参考にして病院を選べると思います。

>>元研修医さん
あのままではURLの尻尾に「(平成12年)」(=%A1%CA...)などがついてしまうからだと思います。
とりあえずは手作業で取り除くと見ることができます。

 しまさん、毎度真意を理解していただくのが難しいようですね。。。

>つまり、患者側も埼玉医大の「抗ガン剤過剰投与」とか「塩化カリウムと塩化
カルシウムの取り違え」というケースだけで、日本の医療を判断しても構わないと
言うことでしょうか。
 お互い、自分たちを弱者扱いするのはやめた方がいいと思いますが。

 「抗ガン剤過剰投与」「塩化カリウムと塩化カルシウムの取り違え」、これも日本の医療現場の1面ですから判断していたいてかまいません。
 ただ、これらはチェック体制を強化すること、抗がん剤ならば研修医、指導医、薬剤師のトリプルチェック、塩化カリウムについては塩化カリウムを他の薬剤とは別にかぎをかけて保管すること、で防げることです。
 同様の事件は何度も起こっていますが、日本の司法は個人を罰するだけでシステム改善をしようという見解が無いため、同じ過ちが繰り返されています。李先生の著書をお読みください。
 少なくともこれらに関しては医療機関でできる対策はとられるようになってきたと思います。
 
 司法のほうは、現行の司法制度でよいとされる方もたくさんいて、改善されるように思われなかったのでこう発言したまでです。

 
 ところで、しまさんは、医師は強者だと思っていますか。
 「患者さんは絶対弱者と自分で言えるところが、弱者ではない」といった方がいますが、医療側は労働環境も、訴訟からも、社会のバッシングからも守ってくれるものは何もありません。

 小児科医の自殺の判決も新聞は報道していません。報道機関は医師には冷たいのです。クローズドのリストなのでその内容自体をここにはかけないのですが、その小児科医の過労死のHPを紹介しておきます。

 http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/

 http://www.sankei.co.jp/life/sonota/060417_001.htm

ところで、患者が受ける医師への印象の話を紹介します。

>手術をするかどうかをめぐってグズグズ言っていた僕に対して、B先生は高圧的
>とは言わないまでも、決してソフトなアプローチをとらなかった。患者たる僕としては、
>手術を受けなければ病院を代わるという選択をとらざるを得ないような追い込み方に
>感じられた。このあたりが、医者にしろ弁護士にしろ、この連中に対して文句を
>たれることへの高い障壁となっているのだ。
http://www.venture.nict.go.jp/lawyer/lawy000006.html

この方は弁護士ですが、その弁護士でも患者となった以上、医師から圧迫感を
受ける訳です。患者は常に医師の方が立場が上だと思っており、自分の方が
弱者だと思っています。

一方、医師の方々は自分たちの方が立場が上だとは思っていないでしょう。

この辺りの些細なギャップが、感情のすれ違いに発展し、最終的には訴訟にまで
行き着いてしまうのではないかと思った次第です。

なぜこんな事を書くかというと、No.148の「お互い、自分たちを弱者扱い」と言う
発言が、言葉が足りないと思い、補足するために書きました。


ちなみに、先ほどの投稿で元研修医さまの敬称を略してしまいました。
非礼をお詫びします。

手術を中心に活動している外科センターにおいて
手術を選択しないのは患者のご自由ですが
手術しないのにセンターに居座るのは
社会全体の医療システムの効率を下げる行為ですから
内科への転院を促すのは医療費抑制を求める社会風潮に
合致したビヘイビアと言えます.
風潮が間違っているのなら患者サイドからも反論していただきたい
保存的治療は内科の方が一般に得意です
医者も外科に無限にベッドがあるならば
転院を促したりはしません

 昔のパターナリズムの時代と違って、このご時勢ですからそういう態度をとる医師は少なくなってきたと思います。かえって、いつ無理難題を言われるか、なぐられるか、訴訟されるか戦々恐々としている人もいるのではないでしょうか。

 まあ患者さんの中にも、「バシッと断言してくれないからいや」とおっしゃる方もいらっしゃいますし、日本はまだフリーアクセスが確保されているのですから、相性のいい主治医を探されると良いのではないでしょうか。

 本当に医師と患者さんが対等なら、「わからなかった、聞いてなかった」というのではなく自分で責任を持って質問してわかるようにして、同意書も契約書としての効力を持たせるとか、クレーマー問題も安易に示談にせず厳正に対処できるようにしなくてはいけないと思います。

FFF様 他>

東京女子医大の被告医師のブログからの引用です。
>検察官は、起訴から3年を経た最終段階においても、手術について全く理解していない。論告で、「DCビートの回数が多くなったとはいえ(O医師公判調書 第5回49頁等)、DCビートによって自己拍動に戻しており」(19頁)と述べているが、「DC」とは直流カルディオバーション、電気ショックである(論告10頁では、「DCショックをかけて心室細動状態から自己拍動状態に戻す作業を行った」と正しく記載している)。
それによって自己拍動に戻ったことを、人工心肺記録では「DC beat」と記載しているのである。しかるに、検察官は、「DCビート」という処置があると誤解して、「DCビートの回数」とか「DCビートによって自己拍動に戻〔す〕」などと書いているのであり、人工心肺記録を理解できていないことを示している(なお、術者O医師の該当箇所には「DCビートの回数」などといった言葉は出ていない。この箇所は、検察官の造語である。
このような医学ないし自然科学に対する理解が欠如したところで、本件公訴を提起し、追行する検察官の態度は遺憾である。
(全く医療行為の事実関係を理解することなく、医師を責めたり裁いたりするところにやはり「狂気の沙汰」を感じるのです。)

もちろん人工心肺記録は循環器内科医の小生にも理解できません。しかし、3年経っても理解していない検察あるいは裁判官が医療レベルの基準、医療過誤の程度を決められるとはとても思えません。理解できないのであれば法曹家自らがその限界を認め、第三者機関の必要性を訴える必要があるのではないでしょうか?
悪者扱いされている医師が、第三者機関の必要性を訴えても、かばい合いの会を作るようにしか思われないですから。

もっと現実的な話として(小生の法律のシステムの知識は間違っているかもしれませんが)、医療事故が発生し、書類送検→刑事告訴→起訴になるまでに、病院と弁護士、患者被害者家族と話し合いがあり、示談などの交渉が進められると思うのですが、この過程において病院それぞれの対応が違うのではないかと思うのです。
病院ももちろん当事者医師が被害者家族にしっかりと謝罪し(例え過失がなくても)、弁護士を通じて示談金の交渉が進めば、刑事告訴にはいたらないのではないかと思うのです。この過程がうまく進まない理由として、過失を認めることになるので不用意に謝れないこと、地方の公立病院などでは自治体の財政が厳しいため、弁護士と契約し、多額の示談金を支払うことを渋ること、あるいは怠慢、また、割りばし事件のように刑事でも民事でも絶対に負けないと思い病院側が対決姿勢を示すからなどと思うのですが。(間違っていたら、申し訳ありません、想像でコメントしています。)
やはり家族の側にとっても必要なのは真摯な謝罪ともちろんお金のことになると思います。過失がないので謝れない→家族の怒りを買う、もちろんお金の問題もある→まず刑事告訴→刑事で良いけっかが出れば民事も有利、という流れになるのでしょうか?
小生も心臓カテーテルの合併症による脳梗塞などは経験しています(おそらくほとんどの循環器医があたりまえに経験していると思いますが)。謝罪をすることが本当に難しいと感じます。死亡事故ならもっとそうでしょう。
やはり、繰り返すようですが無過失賠償制度が必要なのではないかと感じます。その後、過失のレベルを第三者機関が評価するシステムが望ましいと思います。

>uchitamaさま
>悪者扱いされている医師が、第三者機関の必要性を訴えても、
>かばい合いの会を作るようにしか思われないですから。

第三者機関の必要性を理解されていない方はいないと思いますよ
問題は、第三者機関をどのように構成するかです

1.医療関係者100%
2.医療関係者と非医療関係者の混成
3.非医療関係者100%

で、現実に考えると1と3はダメでしょう。
残るは2しかありませんが、お互いでうまく連携を取れるかが問題です

他にも問題がありますね
・政府機関で行うか、非政府機関で行うか
・資金
・人員選択
・組織作り
・常勤で行うか、非常勤で行うか

> Level3 さん  (No.149の書き込みについて)

 くどい、とお感じの方にはまことに申し訳ないのですが。

 裁判例に、「裁判所が医療行為に過失を認めなかったのに、結論としては医師に責任を認めた」ものは一つもありません。御指摘のケースについても、裁判所は、訴訟で提出された証拠(一般的には、医学文献、学会の示したガイドライン、薬剤の能書き、厚生省の通達、医師の証言、鑑定医による鑑定書等々です。)から「過失あり」という判断を行い、それに従って法的責任を肯定したものと思います。

 ですので、問題は、なぜそのケースで「過失あり」という判断がなされたかという点にあります。私には肺塞栓に関する医学的知識はありませんが、Level3 さんの御指摘どおりの「医学的常識」が客観的にあるのだとすると、その「医学的常識」に反した医学文献、学会のガイドライン、医師の証言、鑑定医による意見・・・・といった証拠が存在し、それが誤った判断を導いたということになりましょう(※)。
 
 ところで、Level3さんら多くの医師の方に言わせると、「医学的常識に反する判決は数多い」ということですが、仮にそうだとすれば、「医学的常識に反する医学文献、ガイドライン、医師の証言、鑑定医の意見は数多い」ということも言えそうです。そうした文献や医師が数多く存在し、それが裁判の証拠に採用されているのだとすれば正に由々しき事態だと思うのですが、良心的な医師の方は、その点につき拱手傍観しておられるのでしょうか。何か対策は取れないのでしょうか。

 自分としては、裁判官の資質向上とか全くの新制度の導入といった気の長い話をする前に、現在の制度で、標準的な判断能力を持った人間でも適当な結論に到達できるよう、良質な判断材料の提供という点により力を入れるべきだと思っています。


※ 稀に鑑定意見と判決の結論が異なることがありますが、その多くは、意見書中の事実認定(医学的評価ではなく)に裁判所が同調せず、結果として意見書の結論も取りえなくなった、というケースだと思われます。勿論、単に裁判所がトンチンカンな解釈をしたケースがないとは言い切れませんが・・・・。
 ちなみに、裁判で証拠とされる「医学文献」は、別に、新聞一面の下段で広告しているような、怪しげな「医学博士」による民間療法めいた本ではありません。念のため。

 FFFさん
>自分としては、裁判官の資質向上とか全くの新制度の導入といった気の長い話をする前に、現在の制度で、標準的な判断能力を持った人間でも適当な結論に到達できる

 実例として、東京女子医大事件の被告とされてしまった先生のブログをお読みください。

 単純な質問です。
 「専門家の助けを借りるにしても、その分野の知識が全く無い人が、専門家でも意見の対立することをどうして判断できるのか」

 この質問にわかりやすくお答えいただければ幸いです。

>稀に鑑定意見と判決の結論が異なることがありますが、その多くは、意見書中の事実認定(医学的評価ではなく)に裁判所が同調せず、結果として意見書の結論も取りえなくなった、というケースだと思われます。勿論、単に裁判所がトンチンカンな解釈をしたケースがないとは言い切れませんが・・・・。

 どうして、専門知識が無いのに事実認定に同調しないということができるのかわかりません。

>  uchitama さん  (No.157の書き込みについて)

 東京女子医大事件については、実際の証拠や検察被告双方の主張を精査したわけではないので、コメントは控えさせて頂きます。

 後段の、提訴や告訴に至る前の対応が重要であるという部分には、強く同感します。ただ、自分の感覚では、「謝罪とお金」を最初から求める人はいないとは言いませんが、むしろ少数です。多くの方は、まず「時間をかけた説明」を強く希望します。「お金が欲しいのではなく、何が起こったのかを知りたいのだ」というのは、親族を亡くされた方が異口同音に繰り返すフレーズです。

 ですので、裁判で割とすんなり過失が認められそうなケースでも、転帰について時間をかけて主治医の方から説明して頂き、また、病院側の方に本人や家族の言いたいことを長時間聞いて頂くと、それで満足して、金銭の授受なしにアッサリ矛を収めることが多々あります。

 反対に、病院に過失があったと主張するのはかなり苦しいと思われるのに、遺族の方が「絶対に訴えてくれ!」と鼻息を荒くするケースは、大抵、病院の事後の対応に不満を感じたことが発端となっています。医師が充分な説明をしてくれないとか、こちらを小ばかにした(ように見える)態度を取ったという点に強い反感を感じ取る人が多いのです。こちらのケースでも、金が欲しいというよりは病院の非(それも、医学的にどうこうというよりは、不誠実なあしらい方をされたこと)を明らかにしたいという人が大半です。こういう事件では弁護士もなかなか引き受けませんが、そうすると、中には本人で訴訟を提起する人もいます。

 必ずしも医師の方が「謝罪」をする必要はないと思うのですが、裁判になる前に、できる限り時間を取って(※)患者や遺族の相手をすることで、相当数の訴訟が未然に回避できるように思います。自然科学とはかけ離れた、ウエットな対策ですが。

※ 経験上、「医学的に正確な説明をすること」よりも、「充分な時間、回数をとって対応すること」の方が、紛争激化を防ぐという点では効果があるようです。

>医療訴訟について損害賠償の額を取り上げてマスコミなどが報じることが多い。
>アメリカの場合、訴訟を起こした被害者のうち、金銭取得を目的とした者は22%に
>過ぎないとの調査結果がある

>訴えられた医師の83%が、金銭取得を目的として訴えられたと考えており、
>両者にギャップがある

この辺りのギャップが興味深いですね。つまり、医師と患者の間には深い溝が
あるのに、誰もその溝の深さを測定しようとしない。

FFF様>

その個々の事例によって決めていかなければならないのはもちろんと思いますが、最近では、各学会が専門医制度を確立させようと努力しているように思えます。その理由として、専門医を標榜できることを含め、専門医を育成したいと考える傾向のようです。それぞれの学会からアットランダムに選ばれた複数の中堅の専門医などにより判断させるというのは如何でしょうか。ひとつの評価の基準としては価値あるものに思われますが。複数人を選び両極端の意見はカットするような方法で。ありふれた発想ですが、弁護士会が各学会とも協議し小さなところから始めるしかないのでは。
少なくともこれまでのように高齢の教授や売名行為に走るマスコミ出演の医師などはそぐわないものと思われます。
大野病院の事件のように複数の学会から声明が出されることなどから考えても学会としても指針は示したいと思っているのではないでしょうか?ただその中の人選を作為のない、公明なものにになければならないと考えます。高名な老教授や老会長が現れるようではちょっと困りますが。
ある医療行為に対して、賛否両方の医学論文があることは確かですが、結局、多くの症例を経験した医師の言葉は重いものです。

> 元研修医さん (No.160の書き込みについて)

 そこで述べた「事実認定に同調しない」というのは、医学的評価、知識を必要としない部分で、という趣旨です。ちょっと説明不足でした。

 たとえば、看護婦さんによる見回りが〇時〇分にあったかなかったか、手術が始まったのが何時何分であったかといった事実のレベルで患者と病院の主張が食い違うことがあります。これについては各種の証拠により何らかの認定をするわけですが、別に医学的知識を必要とする判断ではありません。よって、そういった判断については、鑑定医がどのような立場をとろうと、裁判所がそれに同調しないということはままあります。

 前段の「どうして判断できるのか」という問いに対しては、法律上、紛争に関する判断権限が裁判所に与えられているから、ということになります。そして、その判断が適切妥当なものになるよう、様々な制度が設けられています(鑑定人、参与員、専門委員等の専門家の活用、証人尋問・証拠保全・文書提出命令・調査嘱託・送付嘱託といった証拠収集手段の充実、各種研修の実施等々)。興味があれば訴訟法の文献を御覧ください。

uchitama先生(No.157)
議論の正確を期すために。

> 医療事故が発生し、書類送検→刑事告訴→起訴
・「書類送検」とは被疑者の身柄拘束なしに、警察が検察庁に事件を送致することを言います。福島事件では逮捕後に送検されており、現在の状況では医師ならば身柄拘束されないという保障はありません。
・業務上過失致死傷罪を刑事事件として起訴するかにつき、被害者の告訴は要件ではないので、告訴なく起訴されることはありえます。告訴がある場合は、告訴によって警察が動き捜査が開始される、つまり 告訴→送検→起訴 という順序が多いと思います。

> 病院ももちろん当事者医師が被害者家族にしっかりと謝罪し(例え過失がなくても)、弁護士を通じて示談金の交渉が進めば、刑事告訴にはいたらないのではないかと思うのです。
それはなかなか難しいと思います。
第一に、医療側が、自分に過失がないと思っているのに「謝罪」をするというのは、人間として大変苦痛な行為です。病院の方針でドクターが無理矢理、土下座させられたという事例も聞きますが、私はそれは正義に反することと思います。
一方、過失がないことを前提とした話ならば、単に死んだことはお気の毒であったというだけで、医師の過失を疑っている患者さんはそのような言を「謝罪」と認められず、納得しません。
第二に、金銭の問題では、お金を払うという行為は何がしかの責任を認めるという意味になりますので、過失がなければ支払いの根拠はなく、経理上も経費化できないことになります。民間病院なら税務署の目をかすめて交際費をちょろまかす?公立病院ではそのような不明朗な支出は許されません。そうすると、ドクターのポケットマネーで払うことになってしまいそうです。
第三に、そうまでして患者を慰撫しても、刑事事件の処分は被害者感情だけで決まるわけではないので、起訴を免れる保障がないこと、それどころか、民事上の責任を認めれば、なおさら刑事責任の追及が強まるおそれがあることです。
現に、福島事件では示談金支出の目的?で(民事)責任が有るかような曖昧な文言の事故調査委員会報告書が作成されたことが、刑事捜査開始の誘因になったと言われています。

> まず刑事告訴→刑事で良いけっかが出れば民事も有利
民事訴訟をするには、特に医療訴訟では、弁護士を頼んだり調査費や印紙代等にある程度の資金が必要なので、手持ち資金のない患者は、まずタダでできる刑事告訴をしてみて、刑事の結果をみて民事を・・・という選択はありえます。
今度、議論されている付帯私訴制度がこれに使えるようになれば、民事賠償目的の刑事告訴はますます増えるでしょう。

医療側としては、長年、民事訴訟に手を取られる負担を思えば、たとえ過失を認めにくい事案であっても、少々の見舞金を払って示談したり、訴訟を和解で早期に終わらせたりという選択もあると思います。
しかし、それが刑事事件に直結するということになれば、不用意な示談・和解はできません。
それでも、病院がドクターを人身御供に差し出すということも考えられないではないです。

ですから、無過失賠償制度や第三者専門調査機関による過失評価も必要ですが、
刑事免責(医療事故については故意や重大な過失でない限り、刑事事件としない)を確立させることが大前提となります。

> 経験上、「医学的に正確な説明をすること」よりも、「充分な時間、回数をとって対応すること」の方が、紛争激化を防ぐという点では効果があるようです(No.161)

これはその通りと思います。
人間誰しも、自分に対して多くの時間を割いてもらい、自分が重んじられていると確信できれば、相手に対してキツイことは言えなくなるものですから。
セールスマンが契約を取るために顧客のところへ何度も通うというのと、同じこと。

公立病院の事務職員の人が、「特定のドクターに対して患者からの不満が集中する」(必ずしも医学的にミスをしたというわけではなくても)と言っていました。
事態がまずく推移した場合に、患者さんの気持ちをなだめるのが上手いドクターと、下手なドクターが居られるようです。
患者あしらいの上手いドクターになることも、このご時世では身を守るに必要な技術といえます。

もっとも、相手によっては、こちらがどんなに誠意を尽くしても理解してもらえないということもあるので、この方法が絶対というわけではありません。

 FFFさん

>前段の「どうして判断できるのか」という問いに対しては、法律上、紛争に関する判断権限が裁判所に与えられているから、ということになります。そして、その判断が適切妥当なものになるよう、様々な制度が設けられています。

 このお答えでは50年前の「医者の言うことは正しい。黙っておれ」というのと同じような気がします。。。
 医療は医師―患者関係を含め刻々と進化しています。司法も時代の要請に合わせて変わるべきではありませんか。
 今までのFFFさんのコメントからも患者さんのニーズは何が起こった真実を知りたいということですよね。
 医療側のニーズは正しい医学知識に基づいた再発防止に結びつく妥当な判断をして欲しいということです。萎縮医療の原因となるJBMはやめてほしいということです。
 この2者は二律背反するものではないと思います。

>FFF様
 私が再三主張しているのはFFF様と反対に第3者調査機関の設置です。たしかにおっしゃるように、現行の裁判システムの活用は手っ取り早い手段だと思いますが、やはり問題があります。

 FFF様ご自身でおっしゃっているとおり
>多くの方は、まず「時間をかけた説明」を強く希望します。「お金が欲しいのではなく、何が起こったのかを知りたいのだ」というのは、親族を亡くされた方が異口同音に繰り返すフレーズです。

 だと思います。が、現行の裁判システムは基本的に勝ち負けの重視であり、
「民事裁判では弁論主義という仕組みがとられていて、原告と被告が争わない事実については、訴訟上真実と認め、それを前提に裁判を進めることになっています。
上記の裏返しですが、裁判官が判断を下すのは当事者が争った部分だけです。」
(医療崩壊に対する制度論的対策についてのNo.98 PINE様のご発言から引用しました)ということです。刑事訴訟については触れられていませんが、「公判前整理手続き」という段階があることからして、大差ないものではないかと思いますが、これは私の誤解でしょうか?
 とすると、医師側に過失があっても、患者側に過失があっても「お互い聞かれなかったことは答えないし、論じない」ということは十分成立し得ます。医療事故調査はそれではまずいと思うんです。当院の様な小病院でも医療安全対策委員会なるものがありますが、こちらで微細な医療事故(生命に差し障りのない点滴の間違いなど)があった場合、我々は「なぜその事故が起きたのか」について調査します。事故原因の大半はシステムに起因するものですからシステムに誤りがあればそれを是正することを委員会で決議します。

 上で再三「塩化カリウム」の件が取り上げられていますが、この薬剤の誤注事故などはシステムエラーの典型で、そもそも原液を普通に静注できる剤型にしているのが誤りです。李啓充先生の「市場原理が医療を亡ぼす」で触れられていますが、「高濃度塩化カリウムを病棟においてはいけない。どうしても置かなければならないときは鍵をかけて保管せよ」とJCAHO(医療施設評価合同委員会)が布告したあと、誤注事故が97年の12例から翌98年1例、99年1例と激減したそうです。

 裁判システムは「起きてしまった医療事故」に対し過失の評価をしてそれに見合った賠償金なり刑罰を加えるには良いかも知れませんが、「重大な事故を起こさないためのシステム改善」に寄与する部分が低いのが大きな欠点だと思います。そして、何より必要なのがその部分じゃないでしょうか?そして、このようなシステム改善は個々の病院で委員会を設けて行っても効果が低く、全国的な医療事故調査機関で集積・分析して大きな効果が得られるものだと思うのです。

No.150  Posted by: 元研修医さんのNo.150での問いかけ対して。
>ここは司法関係者の方にご意見を伺いたいところです。そして後出しじゃんけんで言われても困るので、どの程度の同意書なら契約書として認められるのか、もしくはどんなに詳しい同意書でも認められないのか、見解を聞きたいところです。

元研修医さんが、「契約書」というものを、どういうものとお考えなのか分からないので、ピントはずれのお返事になるかもしれません。
私は、書面というのは題名よりは内容が重要だと思いますが、それでも「契約」的な要素を含まないから「同意書」という名称にしてあるのではないかと思うのです。
ちなみに、契約というのは、売買など当事者の意思の合致によって成立する法律行為であり、原則として当事者の合意だけで成立し書面の作成は必要ありません。
契約書というのは、後日契約の内容について紛争になったときのために、契約の内容を証明する手段として作成されるものです。

民事訴訟で、医師が説明義務を果たさなかったということが不法行為ないし債務不履行の理由とされている場合に、医師がその説明義務を果たしたということを立証するために、患者さんの署名のある同意書があれば、(同意書の内容にもよりますが)説明が行われたという証拠の一つになるということです。
これに対して、原告側が説明がなかった説明が不十分だったと主張するのであれば、書面はないでしょうから、当事者や証人の尋問を行い証言を証拠とします。
最終的に証拠の証明力の評価は裁判所の自由な裁量に委ねられますので(民事訴訟法247条)、同意書があっても説明義務を果たしていないと認定されることがあるのです。

他方で、民事訴訟で、手術行為に過失があったことが不法行為ないし債務不履行の理由とされている場合は、同意書は手術の内容を理解して同意したことを証明するにすぎず、実際に手術行為に過失があったか否かが問題となります。
手術の難易度等は過失の有無の判断にあたって考慮されます。
また、以前別のエントリでコメントしましたが、同意書に「損害賠償請求権を放棄する」という文章が入っていても公序良俗(民法90条)に違反して無効になるでしょうし、消費者契約法施行後作成のものであれば同法によっても無効にされるでしょう。


それから、FFFさんがNo.164でコメントされた「法律上、紛争に関する判断権限が裁判所に与えられているから、」という点については、どんなに批判されようと、法律に携わる者としてはこう言うしかないでしょう。
そもそも国の最高法規である憲法が、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」(76条1項)とし、「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」(同3項)としているのです。
とはいえ、FFFさんもその後で、「その判断が適切妥当なものになるよう、様々な制度が設けられています」とコメントされているように、裁判制度も時代の要請に応じて変わりつつあります(なにぶん国のやることなのでドラスティックには動きませんが。)。
大きな裁判所での医療集中部の設置などもそうですが、もっとも最近では、FFFさんも指摘されている平成15年の民事訴訟法改正で導入された専門委員制度があります。
これは、医療事故や建築紛争などの民事訴訟で、裁判所が紛争の内容や争点を十分に理解し適切妥当な紛争解決基準を見出すために、医師や建築士などを専門委員に任命して裁判所の知恵袋として裁判に関与してもらう制度です。

すみません.「過失なし」で慰謝料を払うことを命じた判決です.
この判決に対する御意見をお聞かせ願えないでしょうか?

>出産した男児が脳性まひで死亡したのは担当医師が適切な診断
>と治療を怠ったためとして、新潟市に住む両親が同市の新潟逓
>信病院産婦人科に当時勤めていた医師を相手取り、慰謝料など
>約4900万円の賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は、
>原告の訴えを棄却した1審判決を取り消し、慰謝料300万円
>の支払いを命じた。
>房村精一裁判長は「医師側の注意義務違反とは認められないが、
>男児は適切な治療を受ける機会を不当に奪われ、精神的な苦痛
>を受けた」などと認めた。
>判決によると、99年2月、同病院での定期検診で、母親が胎
>児の胎動減少を訴えたが、医師が心拍を計測する検査などを行
>わず、約10日後、低酸素状態となる胎児母体間輸 血症候群と
>診断された。母親は別の病院で出産したが、男児は脳性まひと
>なり、約半年後に死亡した。
>04年11月の新潟地裁判決は、「医師側に過失はなかった」な
>どとして、両親の訴えをすべて棄却していた。

地裁は「過失なし」で訴えを棄却していますから,納得できます.
高裁は「医師側の注意義務違反は認めない」としながら慰謝料の
支払いを命じています.
なぜ,このような判決になるんでしょうか?論理が通りません.
原告の救済的意味合いを付けた判決と言わざるを得ないのではな
いでしょうか?

>Level3 さん

 判決の原文にあたらなければコメントが困難です。

 判決のソースまたは検索の手がかりになる情報がありますでしょうか?

>No.168 僻地外科医 様
のシステム構築は医療従事者の免責が前提になりますよね?その方がより重大な証言が得られるからです。
他に、リドカインの事故も減ってきたのではないでしょうか?今までは静注用と点滴用とあり、事故が絶えませんでしたが商品名の改名で事故が減ったと聞きます。
これなんぞ、システムを変えたことによる改善ではないでしょうか?勿論、普通の医師なら起こさないような重大な過失(例えばリピーター医師)については処罰することは私も仕方がないと考えます。しかし、現実に業務上過失に当たる行為をすべての医師が経験しているわけですから、やはり基本は免責だと思います。
医師の責任<原因の解明
が重要な要素となるのではないでしょうか?繰り返しになりますが、これを前提としていない先進国は日本だけです。

Level3さん
これは、新聞記事の引用でしょうか?
マスコミは、判決文の引用なども都合よく行う場合があるので、判決文そのものにあたってみないと、正確なコメントはできません。

ただ、記事の内容や認容額からみて、男児の死亡と医師の診断治療行為の間に因果関係はないと判断されたことは明らかでしょう。
そして、病院での定期検診で母親が胎児の胎動減少を訴えたにもかかわらず、医師が心拍を計測する検査などを行わなかったことにより、男児は適切な治療を受ける機会を不当に奪われ、それにより母親は精神的な苦痛を受けたとして、東京高裁はその精神的苦痛に対する慰謝料として300万円の支払いを命じたということでしょう。

なぜこの点で慰謝料が認容されたのか、そして、なぜ金額が300万円なのか、ということは、それこそ病院や医師と母親との間で、具体的にどういったやりとりがあったのか見てみないと何とも言えません。

No.170のLevel3のコメント中の引用部分は今年4/7の毎日新聞の記事です。
2chのニュース速報+板に立ったスレが↓です。
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1144412702/

ネット上で最高裁のデータベース等いろいろ探してみましたが、どうも判決文その他もう少し詳しい情報が見つかりませんです。

No.174の自分のコメント中、「level3さん」の「さん」が抜けておりました。
申し訳ございません。

これは毎日新聞の記事からの引用ですので,確かに正確ではないかも
しれません.マスコミは都合のよいところしか引用しませんし,時に
は勝手に解釈して書き換えますし...
残念ながら判決文の本文は入手できておりません.

ところで裁判官はしばしば医師の鑑定を採用しませんが,それでは何の
ために鑑定が存在するのかわかりません.確かに一人の鑑定人の意見を
そのまま取り入れることにも問題はあると思います.数人の鑑定人が合
議して鑑定書を作成し,裁判官は例外の除きこの鑑定書に沿って判決を
下すのがより合理的と思いますがいかがでしょうか?
複数の医師が,「これは問題だ」というものは確かに医療側に問題があ
るでしょうし,福島の事件のように大部分の医師が「これは不可避だ」
というものはやはりその通りです.検察や裁判官は「医療の本質」を
理解していないようです.これはいくら医師側が説明しても理解して
もらえないのだと我々は思っています.それが医療裁判に対する医師
の不信感となっています.第3者機関による中立的な立場による裁定
は必須のものであると多くの医師は考えています.
とりとめもなく書いてしまいました...

挙がっている問題点を並べてみます。

1.民事訴訟
 a.説明義務違反
  ・説明義務を全うする目安が不明確
 b.医療行為における過失
  ・過失の認定が実態に即していない
  ・過失の範囲が不明確
 c.期待権、その他
  ・無過失での賠償?
  ・診療しないことへの賠償
  ・責任範囲が不明確

2.刑事訴訟
 a.過失致死の立件
  ・過失の認定が実態に即していない
  ・過失の範囲が不明確
 b.再発防止
  ・過失犯に刑事罰を与える事の合理性
  ・捜査資料の死蔵
  ・資料収集の観点の違い
  ・情報提供の萎縮
 c.逮捕
  ・逮捕要件への疑問
  ・萎縮効果大

3.鑑定医
 ・患者側鑑定医の不足
 ・臨床の第一線に居る医師ほど鑑定医にならない
 ・偏った意見を排除するだけの分母がない

4.訴訟負担
 ・訴訟に応じるだけの時間的・精神的余裕がない
 ・特定の診療科に過重な訴訟負担
  産婦人科の生涯訴訟率40%、内科の2〜3倍
http://med-qoml.ddo.jp/wiki/wiki.cgi?page=%BB%BA%C9%D8%BF%CD%B2%CA%A4%CE%C1%CA%BE%D9%CE%A8%A1%A6%BA%C7%BF%B7%C8%C7
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/029/siryo/05092901.htm

医師の集約化による僻地医療の崩壊等を入れると話が医療制度全体になってしまうので、とりあえずこの辺で。

以下は弁護士の方の文章です。弁護士を代表するとは思いませんが、医師の方とはかなり意識に差があります。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~Izumi-K/sub4.htm
素人目に見ても多少自信過剰ではないかとも思えますが、広告的な文章として割り引くべきなのでしょうかね。

>>No.178のとさんのコメント
ご紹介ありがとうございます。
そこのサイトの「医療事故・医療過誤判例一覧」の大阪高裁(85.3.26)の判決要旨に「化膿症の髄膜炎」と書いてあるのにいきなり1ページ目から萎えまくりんぐ。

http://www.iwate-np.co.jp/news/y2006/m09/d07/NippoNews_15.html
医師確保対策室長に尾形氏 県異動

>医師確保対策室は8人が配置され、室長以下6人が専従で、2人が兼務。
>大学や病院への訪問誘致活動や本県出身医学部卒業生らのデータベースの作成などを行う。


個人情報保護もヘッタクレもあったもんじゃないですな

>ところで、Level3さんら多くの医師の方に言わせると、「医学的
>常識に反する判決は数多い」ということですが、仮にそうだとすれば、
>「医学的常識に反する医学文献、ガイドライン、医師の証言、鑑定医の
>意見は数多い」ということも言えそうです。そうした文献や医師が数多
>く存在し、それが裁判の証拠に採用されているのだとすれば正に由々し
>き事態だと思うのですが、良心的な医師の方は、その点につき拱手傍観
>しておられるのでしょうか。何か対策は取れないのでしょうか。

どうも文献(論文)というものを誤解しているようですので書かせて頂
きます.論文は「何か新しいことを発見した」というレポート(もちろ
ん出版の前にジャッジがあります)です.そしてその内容は必ずしも正
しいものとは限りません.医学は1編の論文で物事の白黒がはっきりす
るものではないのです.多くの追試がなされてその結果正しいと判断さ
れたものだけが事実として残されていきます.また内容が正しい論文で
あってもその内容が適応できる条件が存在します.例えば「60歳以上の
男性の場合にはxxxという病態に対してyyyをした方がよい」といったよ
うな条件がある訳です.ここを飛ばして「男性には...」で始めてしまい
40歳の男性に上記を適応すれば当然結果は保証されません.また,医学
では統計を用いており多くの場合棄却域は1%もしくは5%未満としてい
ます.棄却域5%ということは20回に1回はその通りにならないことがあ
る訳です.
数学のようにAならばB,BならばCからAならばCなどというような単純
な論理式は必ずしも成立しません.

また,教科書などの場合でも時には筆者が自分の主張する治療法が正しい
と書くことも稀ではありません.多くの教科書や関連論文などを読み較べ
て,さらに自分の経験を加味して真実に近いと考えられるものを我々医師
はその分野における常識として知識を蓄積しているのです.

一つの論文や,1冊の教科書だけから真実を知ることは到底困難です.
だから我々は常に最新の知識を勉強しつつ,それが真に正しいがどうか
を吟味しつつ研鑽を積んでいます.

鑑定医の意見に関しては,多くの場合大学教授や病院長などの肩書きの
ある医師が鑑定することが多いでしょう.彼らは臨床の第1線から離れ
ていることも多く必ずしも一般的な臨床能力が高いわけではありません.
特定の領域に関しては秀でているかもしれませんが...
にもかかわらずご自分の臨床能力を過信して,おかしなコメントをする
ことがしばしばです.
数人の鑑定医(一般病院で臨床に従事している医師)の総合意見を得な
ければ,おおよそ正鵠を得た鑑定が得られないと考えている理由はここ
にあります.

なお,ガイドラインは一応多くの医師の意見によって作成されます.
しかしながらこれさえも必ずしも現実に即したものであるとは限りま
せん.大学主導のガイドラインでは一般病院の医療に即さないもの
もありますし,また作られた当時は適切と考えられても医療の進歩と
共にどんどん古くて使い物にならないものになることもあります.
例えば心肺蘇生の方法でもガイドラインがどんどん変わっています.
AHA2000とAHA2005では指針内容が異なっています.
現代医学の進歩速度を考えれば,10年前のガイドラインはもはや化
石であることも多いのです.我々医師はそれらのガイドラインの変遷
ももちろん知っています.しかし医療関係以外の方が,そういった書
物を読んでもそこまでのことは解らないと思います.

また,ひとつの疾患に対しても治療方法が1つに決まらないこともしば
しばです.いくつの方法の中で目の前の患者さんに最も適切と考えられ
る方法を選択する必要があります.これは個々の治療法にriskとbenefit
があり,さらに患者さんが抱える種々の合併症を考慮しなければならな
いからです.しかもこういったことを熟慮の上選択した治療法が必ずし
もよい結果に終わる保証はありません.100%の成果など不可能なんで
す.

ひとつの論文,教科書,一人の鑑定の意見ではダメなのです.

医師のできることは限られていますし,完全にはなり得ないもの
です.しかし一般の患者さんは100%を求め,そうでなければ満足せず,
怒り,時には訴訟を起こす訳です.我々がいくら説明しても聞く耳を持
たないこともしばしばです.またその内容が我々医師からみてどんなに
不理尽なことが理由であっても,です.
さらにその裁判の判決でも我々の常識では考えられない判断がなされま
す.明確なラインがあって,「ここまでのことは問題にならない」とい
うことが解っているのであれば我々も安心して医療に専念できますが,
そんなものはどこにも存在しないのです.ましてや昨今は警察がとんで
もない理由で勤務中の医師を逮捕したりするご時世です.福島の事件で
は事故から1年以上も過ぎて日々臨床をこなして地域医療に尽くし,な
おかつ身重の奥様を抱える医師を仕事中にしかもテレビ局を連れて逮捕
しています.どこに「逃亡の恐れがある」のでしょうか?どこに「証拠
隠滅の恐れがある」のでしょうか?
明らかに逮捕の必要はない(自白の強要目的くらいしか考えにくい)と
思われます.こんなことが許される世の中では医師はみんな「逃散」す
るでしょう.

政権与党もようやく真剣に考えるようですね。


<医療事故>「無過失補償制度」創設へ 自民が検討会を発足

 自民党は7日、「医療紛争処理のあり方検討会」を発足させ、医療事故への対応策づくりに着手した。当面は、出産時の事故に関し医師の過失を立証できなくとも患者に金銭補償する「無過失補償制度」の創設に向けた議論をスタートさせ、年内に結論を出す方針だ。その後は、第三者機関による事故原因究明制度なども議論する。
(毎日新聞) - 9月7日18時15分更新

>PINEさま
>当面は、出産時の事故に関し医師の過失を立証できなくとも患者に
>金銭補償する「無過失補償制度」の創設に向けた議論をスタートさせ

この制度が有効なのは、患者が金銭的な補償を求めて裁判を起こすケースですね。
それ以外のケースの場合、この制度は訴訟回避に繋がらないかも知れません。

事故原因究明制度と同時に整備するべきかも知れません。

法曹界の皆様の意見で見えなかったものも一部みえてきました。

と 様の問題点に個人的には
5.当直という名の夜勤

をあげて欲しいと思います。

これまでの判決例で医師側が「これはちょっと・・・」と上げてきたものは、分類の仕方によっては、ー分の専門分野での問題、当直帯での問題(専門外の要求)という2種類にも分けることができます。
,亡悗靴討蓮∪睫斉碓媾颪瞭睛討僚室臓10ページ位の厚い利点・副作用の同意書でも作るしかないでしょう。それを読んでもらって同意)、時間をかけての説明 でトラブルは多少なり減るでしょう。
 ただし、「素人のなので先生のいうとおりに任せます」(自分の命なのに自分で考えようとせず、他人任せにしながら、後で文句をいうタイプ)や、最初から医療者に敵意をもっているタイプ(家族・親類が医療者に悪い印象を持っているとおこりやすい)がいるので、0にはなりません。

 △亡悗靴討蓮∪議召發β任勅蠅ありません。
上で示されていた、神経内科医での夜間のCTの問題や、
http://www.p-med.jp/contents/0609/riskmanage.html
本件は死体解剖が行われませんでしたので、直接の死亡原因すら確定していません。ところが裁判官は、「外傷性急性心タンポナーデ」による死亡が疑われると類推し、それならば数分でできる胸部超音波検査で心嚢内の出血を診断できるはずだ、診断できれば心嚢穿刺や心嚢切開で血を抜くだけで助かるはずだ、だから病院の医療ミスだ、と考えました。(ここまで引用)

この判決では、交通事故なら全例症状がなくても、心エコーを正しく評価できる医師がただちに判断しなさい という判断をしています。

夜に患者をみる医師は全ての専門領域を超越してマスターしている必要があるという事になります。それは不可能です。

そういう患者が来るたびに専門の医師を呼び出せばいいのでしょうか?
それを行うと僻地の病院からまずつぶれていきます。
365日24時間いつ声がかかるかわからない状態、そんな精神状態を維持するのは常人では不可能です。

ちなみに救急病院なんていうものは、各都道府県に1つあるかないかです。
夜間に病院を受診したときに診察してくれる医師は夜勤の医師ではありません。
「当直の医師」です。

当直とは、労働基準法第 41 条による労働基準監督署長の適用除外 ( 監視断続労働、断続的労働 ) の許可を受ける必要があり、
その勤務内容が通常の勤務と比べて労働密度が低い ( 通常の業務は殆ど行われない )
 労働時間等の規定の適用をしなくても労働者保護に欠けることがない
のような場合に下される、とみました。
業務内容としては、
医療機関であれば、病室の巡回や少数の患者の検温など
となるはずです。 

しかし、実際は、患者が来院し、通常業務時間同様の専門性を要求していくわけです。

病院は、これを守ると何もできません。みんな見て見ぬふりです。
患者も自分達の都合を考えると、見て見ぬふりです。

今までは医師の良心・正義感で頑張ってきてました。
それも福島の事件で終わりました。
「努力をして、患者さんのために頑張っても結果が悪ければ診療中にマスコミの前で、連行される」
有罪・無罪は関係ありません。もうダメだなと感じてます。

>夜に患者をみる医師は全ての専門領域を超越してマスターしている必要があるという事になります。それは不可能です。

「何を言っているのですか?そのためのスーパーローテートですよ」by厚労省

いや、少し前なら冗談で終わった話ですが…

医師の使命や正義感を訴える一般市民はよくみかけます。
割り箸事件やこの福島の1件は多くの医師の心を砕きました。

福島の事件、医師をレスキュー隊員にでも換えてみると、一般の人から見て、医師が受けた絶望感がわかると思います。

福島県大野旅館(群内で唯一の3F建て)で1階より火災が発生したため所轄の消防隊員、ならびに唯一のレスキュー隊員(加藤隊員)が消火に向かった。中には逃げ遅れた母児がいたため加藤隊員は猛火の旅館内に飛び込んだ。1、2階を捜索したが母児はおらず、火の手が広がり、旅館崩壊の危機があったが、自身の身が危険になるのを省みず3Fまで捜索したところ母子を発見した。不幸な事に母親は一酸化中毒で死亡したが、児は奇跡的に生還をはたした。
加藤隊員は、もし所轄消防隊に大型ハシゴ車があれば、母子ともに救出できたのだろうか?と思い悩んだ。しかし大型ハシゴ車が必要になることは10年に1度あるかないかであり、そのような予算も降りるはずないし、また、あってもまず使わずに無駄となってしまうだろうということはわかっていた。
それから2年後、消火活動を終え、消防署に戻ってきたところで、いきなり警察官が現れました。「業務上過失致死容疑で逮捕する。」 そう言われ、外で待機していたマスコミにTV・カメラにフラッシュをたかれながらパトカーまで連れて行かれた。
警察の逮捕の根拠は、「1階から火の手が上がったので、熱さから逃れるために3Fに逃げるのは当然だ。3Fより先に捜索していた場合、母は死亡しなかった可能性がある。また、大型ハシゴ車が最初から要請もしくは準備しておけば助けられただろう」と主張した。警察は、加藤隊員を逮捕した所轄を表彰した。

この場合、加藤隊員はどうすればよかったのでしょうか?
燃えてから、離れたところから大型ハシゴ車を呼んでも救助には間に合わなかったでしょう。
火事になるまで、その旅館が燃えるなどという事はまず誰にもわからないことでした。
3Fに母児がいたのは、ただの結果にすぎません。
自分の命をかけて、自分の信念のために働いていたが、警察に捕まってしまいました。
加藤隊員が捕まらないで済んだ方法は、大野旅館が燃える前に、レスキュー隊員をやめることだけのではないでしょうか?

制度・・・どうすればいいのでしょうね。
前向きじゃなくてすいません^^;

医師の当直(=宿直)に関しては、素晴らしい通達群が出てはいるんですけどね。

2003/12/26
医療機関の休日及び夜間勤務の適正化に係る当面の監督指導の進め方について
基監発第1226002号
労働基準局監督課長/都道府県労働局労働基準部長
8P   538KB・PDF
http://www.joshrc.org/~open/files/20031226-005.pdf

2003/12/26
「秘」医療機関の休日及び夜間勤務の適正化に係る当面の監督指導の進め方の留意すべき事項について
基監発第1226003号
労働基準局監督課長/都道府県労働局労働基準部長
2P   100KB・PDF
http://www.joshrc.org/~open/files/20031226-006.pdf

2002/11/28
医療機関における休日及び夜間勤務の適正化の当面の対応について
基監発第1128001号
労働基準局監督課長/都道府県労働局労働基準部長
8P    489KB・PDF
http://www.joshrc.org/~open/files/20021128-001.pdf

2002/06/14
「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」に係る集団指導について
基監発第0614001号
労働基準局監督課長/都道府県労働局労働基準部長
1P    23KB・PDF
http://www.joshrc.org/~open/files/20020614-001.pdf

2002/03/19
医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について (含:別添医療機関への要請文)
基発第0319007号
労働基準局長/都道府県労働局長
12P   656.6KB・PDF
http://www.joshrc.org/~open/files/20020319-001.pdf

※以上
http://www.joshrc.org/~open/doc/a05.htm
より

まさに欺瞞。

>僻地の小児科医さま
>病院は、これを守ると何もできません。みんな見て見ぬふりです。
>患者も自分達の都合を考えると、見て見ぬふりです。

と言うか、患者は自分たちの通っている病院が、労働基準監督署の許可による、
労働基準法の適用除外を受けているかどうかなんて知らない訳です。

もちろん「夜勤」と「当直」の区別も付きません。夜の医者は、夜勤の医者だと言う
認識です。病院は夜間診察は当然しているものと言う事が常識な訳ですね。

だから、張り紙でもして「当院は労働基準法の適用除外を受けているので、
夜間診療は原則的に行いません」と広報しなければ、患者が来るのは当然です。

労働問題に関しては、病院や医師の広報不足にも問題の一因があると考えます。

※リンク多杉で保留扱いになってしまったのでこちらでお願いします>>管理人様

(管理人 公開処理しました。No.187です)

医師の当直(=宿直)に関しては、素晴らしい通達群が出てはいるんですけどね。

2003/12/26
医療機関の休日及び夜間勤務の適正化に係る当面の監督指導の進め方について
基監発第1226002号
労働基準局監督課長/都道府県労働局労働基準部長
8P   538KB・PDF

2003/12/26
「秘」医療機関の休日及び夜間勤務の適正化に係る当面の監督指導の進め方の留意すべき事項について
基監発第1226003号
労働基準局監督課長/都道府県労働局労働基準部長
2P   100KB・PDF

2002/11/28
医療機関における休日及び夜間勤務の適正化の当面の対応について
基監発第1128001号
労働基準局監督課長/都道府県労働局労働基準部長
8P    489KB・PDF

2002/06/14
「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」に係る集団指導について
基監発第0614001号
労働基準局監督課長/都道府県労働局労働基準部長
1P    23KB・PDF

2002/03/19
医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について (含:別添医療機関への要請文)
基発第0319007号
労働基準局長/都道府県労働局長
12P   656.6KB・PDF

※以上
http://www.joshrc.org/~open/doc/a05.htm
より

まさに欺瞞。

しま 様
お答えありがとうございます。

>と言うか、患者は自分たちの通っている病院が、労働基準監督署の許可による、
>労働基準法の適用除外を受けているかどうかなんて知らない訳です。

>もちろん「夜勤」と「当直」の区別も付きません。夜の医者は、夜勤の医者だと言う
>認識です。病院は夜間診察は当然しているものと言う事が常識な訳ですね。

>だから、張り紙でもして「当院は労働基準法の適用除外を受けているので、
>夜間診療は原則的に行いません」と広報しなければ、患者が来るのは当然です。

>労働問題に関しては、病院や医師の広報不足にも問題の一因があると考えます。

この問題の一因は、一昔前の医師の良心・正義感からきています。
「夜勤の医師」のいる総合病院は、残念ながら日本中探してもほとんどありません。
労働基準法を適応してしまうと、明日から夜患者を受け入れてくれる病院は日本中どこを探してもほとんどなくなります。

笑えるような、泣きたくなる様な話ですが真実です。
夜勤医師のいる病院を作るには?
3倍の医師、技師、薬剤師、事務を雇う必要があります。
人員も今の2,3倍はいりますし、そうなると、人件費も含め医療費は倍増になるでしょう。

「医療費は減らせ!医者は足りている!医者は32時間働け!」

夜がんばってるのは、医師の良心・正義感がまだ残ってるからでしょう。
でもそれも崩れかけてます。

それと、例えば、「あなたの大切な人の手術がもう24時間一睡もしてないでフラフラの外科医でもいいですか」(例えばです。外科医の先生方、例に出してしまって大変申し訳ありません)

だから、今の医療制度の問題点に、「当直」も上げて欲しいのです
(ちなみに、激務で自殺した小児科は裁判で過労死が認められませんでしたね。「当直」の内容を判定がひどすぎます)

追記です。
労働基準法を適応すると、夜間の診療が全て崩壊するのは
「厚生省も把握してます」

あと、 ほとんど と書いたのは、私自身が夜勤のある病院を知っているからです。
http://www.tokushima-med.jrc.or.jp/kakuka/09_shoni/index.htm
徳島赤十字病院 小児科
「当直」ではなく「夜勤」の小児科をおいている病院です。
私は他には知らないです。知っている方がいたら教えてほしいです(参考のため)
この、「夜勤」小児科をまわすためには、小児科医が7〜8人勤務していることが必須なことも追記しておきます。

>僻地の小児科医さま

そもそも、昼夜同様の体制を整えなければならないのかとは思いますね。
交通事故とか、急病とか救急車を呼ぶ必要があるのなら別でしょうが、
それ以外の患者は、必ずしも夜に行く必要がないと考えます


>3倍の医師、技師、薬剤師、事務を雇う必要があります。

夜間専門の病院というのはどんなものでしょうか。
既に検討されているとは思いますが。


>だから、今の医療制度の問題点に、「当直」も上げて欲しいのです

医師が「当直が問題だ」と声を挙げれば、それで問題ないと思いますが

> Level3 さん (No.176の書き込みについて)

 別に反論というわけでなく、ただ思いついたことを書きますが。

  「第3者機関による中立的な立場による裁定」というのは、まさに裁判所のことなんですよね、もともと。原告・被告のどちらとも利害関係を有しない裁判所が、中立的な立場から裁定を下すというシステムは、既に用意されています。もちろん、裁判所の判決が(神の視点から見て)常に正しいとは限らないわけですが、それ以上に公平妥当な紛争解決手段というのがなかなか見当たらないから、日本でも、世界のほとんどの国々でも、裁判所による裁判制度というものが維持されているわけでしょう。

 ところが、Level3 さんをはじめとする医師の方は、裁判所が存在することをもちろん承知のうえで「第3者機関による中立的な立場による裁定」が必要であると訴えておられるので、そこには、「既存の裁判所は中立的でない」という発想、印象があるものと思います。「裁判所はとにかく医者を悪者にする」「過失がないのに逮捕、処罰される」「裁判官はバイアスまみれだ」という意見は、医師の方が繰り返し表明しているところです。そして、「現場の医師の声を反映できる、公平中立な機関を作るべきだ」とも。
 
 一方、医療被害に遭った(と考えている)人、自分で医療過誤訴訟を起こして敗訴した人は、ある意味で医師の方と似た主張をします。曰く、「裁判所はバイアスまみれだ。弱者である患者をいじめて、医師の肩ばかり持つ」「裁判官は、目の前で医師が患者を刺し殺さない限り過失なんて認めない」「この判決は、要するに、医師は何をしても絶対責任を問われないと宣言したものだ」等々。そして、「患者や医療被害者をメンバーに含めた、公平な機関で医師を裁くべきだ」と。

 私は、双方から「不公平だ!」と罵倒される裁判所に、少々同情気味です(笑)。

 ところで、医師と弁護士のライセンスを持ち、患者側・病院側双方の代理人をつとめる方のレポートがあったので、勝手に紹介します。それぞれの立場なりの苦労があるものだと、今更ながら実感させられます。

http://www.houtal.com/journal/report/iryou/000815.html
http://www.houtal.com/journal/report/iryou/000915.html

  

> ところが、Level3 さんをはじめとする医師の方は、裁判所が存在
>することをもちろん承知のうえで「第3者機関による中立的な立場に
>よる裁定」が必要であると訴えておられるので、そこには、「既存の
>裁判所は中立的でない」という発想、印象があるものと思います。
>「裁判所はとにかく医者を悪者にする」「過失がないのに逮捕、処罰
>される」「裁判官はバイアスまみれだ」という意見は、医師の方が繰
>り返し表明しているところです。そして、「現場の医師の声を反映で
>きる、公平中立な機関を作るべきだ」とも。

中立的かどうかではなく,医学的に妥当であるかどうかの判断が裁判官
にはできないと考えているのです.これは医学的知識なしに医療事故が
過誤であるのか,事故であるのかを判断することは困難であるという考
え方に基づいています.
野球やサッカーの審判を素人ができないのと同様に,医療事故の判定は
医療知識のあるものでなければできないのです.

先日,医療事故の外部監査委員としてある病院の医療事故の意見を述べ
る機会がありました.この時の患者さんの弁護士の方からいくつもの質
問を伺いましたが,なかなか話がかみ合いませんでした.ひとつひとつ
質問にはお答えしましたが,どこまで理解して頂けたかは?です.
非常に難しい症例で,かなりの技術と経験がなければ対応が難しい症例
でした.もちろん何もしなければ早晩亡くなっていたでしょう.ただ,
ご家族には全く納得して頂けませんでした.
もしかしたらご家族には,監査委員は医療側を庇っていると思われたか
もしれません.ただ事実は事実で動かしようのないものです.
こういう事例を非医療関係者が適切に判断することは困難だとも思い
ました.
もう少し書きますと医師であっても専門外のフィールドの知識を兼ね備
えていることは稀です.内科の先生は手術のことをほとんど知りません
し,逆に外科の先生は内科の例えば白血病の治療の詳細なプロトコルの
知識はないのが普通です.
専門外の医師でも高度な判断が必要な事例では判断ができないのです.

>FFF様

同意します。以前に書いたことがあるのですが、医者も患者もお互いのことを
弱者扱いしているのが、医療議論がかみ合わない一つの原因かと考えます。

つまり、お互い、鏡写しの状況になっているのですね。医者が不満に思うことは、
患者も不満に思っているだろうし、患者が不満に思っていることは、医者も不満に
思っている。

共通しているのは「裁判官」と「官僚」に対する文句でしょうか。

別に裁判所を擁護しようが敵視しようが構いませんが、医師がどう思おうが
患者がどう思おうが、立場がどうであろうが

「今の制度を維持したままでは医療崩壊が止まることはありません」

法曹関係者の方にはこの視点が無いようなので改めて。まあ誰しも自分の身で
実感しなければ理解するのは難しいかもしれませんが。私はそうとは思わない、
と言ってる間にどんどん進みます(笑
そこが立場の違う人が議論する限界な訳です。

>メッサーさん

>法曹関係者の方にはこの視点が無いようなので

 私はこの視点を持っているつもりなんですが、メッサーさんの見るところの「法曹関係者」というのはどなたのことでしょう。

 ひょっとして私から見ると法曹関係者とは思われない人のことを医療側(または非司法側)の方たちが法曹関係者と認識しており、そのことが司法不信を助長しているのではないかと心配になっています。

民事における医者と患者の対立とか
特に産科が訴訟が多いとかは
程度の差はあれ先進国共通の現象なので
必然とも言えるし他国の事情が多少参考になる

医療における刑事裁判は
日本特有の問題というと言い過ぎかもしれないけど
かなり他国と扱いが違うのは間違いない
何故違うのかというとこれはもう法律の話なので
私には分からない 法律家の先生に教えていただきたい

実は一度 弁護士に直接聞いたことがある
答えは「えらいことになるのが分かりきっているからですよ」
分かりきっていない人による実験が今行われているのかもしれない

>メッサーさま
>「今の制度を維持したままでは医療崩壊が止まることはありません」
>法曹関係者の方にはこの視点が無いようなので改めて。

こう言い切る根拠はなんでしょうか。具体的には、誰の何番の書き込みに、
「この視点がない」事が記載されていましたでしょうか。


>そこが立場の違う人が議論する限界な訳です。

立場が違うことを前提に置いて、議論すれば済む話だと思いますが。

医師の言っていることは法律家には分からない。
法律家の言っていることは、医師には分からない
どちらの専門でもない私には、皆様が言っていることが分からない(笑)

そのような方々が折角集まっているんだから、立場の違う人に対して
どのようなコミュニケーションが有効なのかを考えるべきだと思いますよ

医療崩壊がこのまま進行していくとすると、医師の方々とて、他の分野の方々と
コミュニケーションを取らない訳にはいかないと思います。貴重な予行練習だと
思うのですが、いかがでしょうか。

> 整形Aさん (No.134の書き込みについて)

 コメントありがとうございます。医師の方が危惧されておられる点について丁寧に説明して下さり、大変参考になります。

 ところで、「司法の場では何らかの決着をつけなければならない」「裁判官はわかってもわからなくても判決は下さなければならない」というのは、鋭い御指摘だと思います。判決には正にそのような面があります。

 裁判官が「分からない」場合に結論を出す方法は、訴訟法上、「立証責任」として規定されています。基本的には、民事訴訟では過失があると主張する側に、刑事訴訟では検察官に「立証責任」がありまして、裁判官が「過失があるかどうか、証拠を全部検討してもよく分からん」という心証に至ったら、立証責任を負う側の負けということになっています。医療事故について言えば、「医師に過失があるかどうか分からない」ときは過失があると主張した側の負け(医師の勝ち)ということになります。

 医療過誤訴訟では一般的に過失の立証が困難であるため、この立証責任を転換すべきであるとの主張が一部から根強くあります。つまり、医師の側で過失のないことを立証しないと医師に責任が認められるという仕組みに変えよ、ということです。
 私はこの考え方には反対です。濫訴の弊害が生じることが容易に予想されるからです。ただ、上記のような主張が出てくるのは、証拠があまりに病院側に偏在しており、そこに不公平感を感じる人が多いからでもあります。病院の側がカルテを積極的に開示し、不満を訴える患者や遺族に対する説明、情報提供に力を入れるようになれば、この立証責任を巡る場外戦も減るように思います。

>しま様
当直の問題は結構 根が深いのでこのあたりで自分はやめます。
夜勤については徳島を・・・と思ったら夜間専門の〜病院でしたね。

私の専門が小児科なので、小児科のみの視点からでいえば需要はあるとは思います。
問題点としては、
〔瑤鯀瓦同‘發能菠しないといけない(薬の在庫等の面で)
▲侫ローをどうするか(例えば気管支喘息などは、1回受診で終わりでよいのか?普通は発作がないように薬等を調整しつつ、外来に定期的にきてもらいます。徳島みたいに周りに全てを任せるという手はあります)
F院施設とした場合に、例えばリハビリとかは夜中にやるわけにはいきません。
い修海覇く人の生活リズムが100%逆転する

ただ、実際は、「夜間救急診療所」みたいなのを大きい都市ではやっており、ある意味、そこが夜間専門外来です。(夜0〜朝6時までは大学病院医師がきていたりします。もちろん翌日から診療です)(入院患者がいる場合は、当直、この場合は日直になるのでしょうか、それを配置しないといけないですね。昼間の患者は他の病院が受けてくれるでしょうけど。)


>FFF様
ある意味同意します。
医師からみた裁判官の印象は、訴訟になり、有名になったケースのみ。反応としては「なんでこんなんで訴訟になるんだ?」「なんでこんな理不尽な判決になるのだ」
(明らかな医療側の過誤、例えば取り違い等のケースは医療者側にはあまり印象残りません。それは明らかに医療側に問題があるから。微妙な判定やケースになるほど印象が強くなりそれを強く意識してしまう事はあります)

患者さんからみた裁判所の印象は、「なんで私のケースは認めてくれないんだ!」(実際の患者の勝訴率から考えるとこうなるケースが多いわけですよね。でもマスコミ報道をみると、患者優位の報道にもみえてしまいます。)

お互い、マスコミの偏った情報に踊らされている面があるのは事実だと思います。
視聴率や一般受けではなく、正確な情報が欲しいですね。

>いのげさま
>日本特有の問題というと言い過ぎかもしれないけど
>かなり他国と扱いが違うのは間違いない

他国というのは具体的にはどこの国の話で、
扱いが違うと言うのは、具体的にどのような事を指すのでしょうか。


>モトケンさま

ある程度好き勝手な事を言わせて頂いていますが、もし私の書き込みが
司法不信を助長すると言うのであれば、遠慮無くご指摘してください。

繰り返しますが、私は法曹関係者ではありませんので、ご注意を。

>僻地の小児科医さま
個人的には昼間の病院の補完と考えておりますので、救急患者や、
急病の患者以外には相手にしなくてもいいのではないかと考えます。

昼間忙しくて夜にしかいけないという方に対しましては、
開業医に行かれるのがベターかと考えております。

特に関係ありませんが、患者の方も、大したことでもないのに病院に行く傾向が
ありますよね。あれは問題だと思います。ただ、安易に考えていいケースと、
考えてはいけないケースがありますので、その辺りを埋める良い方法がないかなと。

 しまさん、FFFさん

 患者側からも医療側からも批判噴出なのは単純に

 「現行のシステムがダメ」だからではないのですか。

 互いが弱者になっているとか、両方から批判される裁判所がかわいそう、といっても解決しないと思います。システムを改善することで解決できるなら、不満をいう患者側、医師側をダメだというのではなく、システムを変えればいいことです。

ヾ擬圓気鵑離法璽
 (1)とにかく頭を下げて謝って欲しい
 (2)真実を知りたい
 (3)相当な金銭的保証が欲しい
 (4)担当医に復讐したい

医師のニーズ
 (1)医学的に正しい、再発防止に結びつく判定をして欲しい。
 (2)現在の診療報酬体制は訴訟費用を全く見込んでいない。無過失保障制度をつくるか、リスクに見合った診療報酬の大幅な値上げをして欲しい。


 患者さん側のニーズの(4)は無理ですが、それ以外をある程度充足させる方法はあると思います。

 ,泙沙故・過誤が起こったら担当医から充分な説明をする、対策委員会を設ける。「力が及ばなかった」という意味で頭を下げ謝罪する。土下座はしない。(ここで謝った=過失を認めたのではないという法的裏づけが欲しいところ。Sorry lawというのがある国もあるそうです。)
 
 病院として患者側の不満を聞く、苦情処理科を作る。(国から資金援助)
 
 △撚魴茲靴覆った問題は第三者機関で判定する。複数の一線の医師の鑑定・合議による判定(現在ならネットが有効でしょうか)
 
 せ碧ヾ愀玄圓砲茲詼_鮗瓩箸寮姐臉を協議
 
 ゴ擬圓肋なくとも現在の医療水準での判定(黒、白、もしくは判定不能)を知ることができる。それとその後の医療・介護に必要なお金を過失の有無に関係なく迅速に受けられる。

 Π綮佞楼緡顛綵狹に妥当なことをすれば罰せられない。しかし重過失、リピーターは相応の処罰を受ける。

 Х覯未漏導慍颪妨鯢佞靴萄独防止、医療水準の維持・共通認識の共有に役立てる。


 FFFさんは法律でそうなっているから仕方がないとおっしゃっていましたが、私はLevel3さんに同意します。

つまり
>野球やサッカーの審判を素人ができないのと同様に,医療事故の判定は
医療知識のあるものでなければできないのです.

 です。矛盾が多いからシステムを変えて欲しいと言っているのです。

資料によるとアメリカとかドイツとかフランスは医療過誤を刑事にはしてない様です
わかりやすい例でいくと アメリカのドラマer
医療過誤のシーンもいくつもあるし 弁護士も役人も相当出入りしているけど
刑事にはならない
ジョージ・クルーニー(ロス医師)が故意過量投与で問題になったときは
これは刑事になりかけてる
看護師がストしてる人手不足の急患のときに輸血で血液型不適合があり
患者(もともと重症)が死亡→看護師がマスコミに囲まれるシーン
レポーターは原因や民事責任についてガンガン問い詰めるけど
刑事のけの字も言わない 日本では考えられない
(このドラマは原作も和訳も医者の考証がかなりしっかりしてる)
実際にフロリダ州であった例ではこんな有名事件でも刑事にはなってない
(行政処分できつく罰せられており,過重な処分ではないかとの議論になってる)
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1999dir/n2359dir/n2359_05.htm#00

>ジョージ・クルーニー(ロス医師)が故意過量投与で問題になったときは
これは刑事になりかけてる

これ↑は医療過誤ではなく殺人の疑いでした(フィクションだけど)

その他 さんざん検索してますが医療過誤で刑事になった例の報道は
みたことがない 民事訴訟・行政処分は多数みつかる
刑事より民事の方が重大視されるわけがない

>しま さん

 明言していただきますと、皆さんにもとてもわかりやすいです。

 しまさんの「医療崩壊について考え、語るエントリ」のNo.199 はナイスフォローでした。
 ありがとうございます。

 ぜひ足跡帳に自己紹介を(^^)

>No.191 僻地の小児科医 様
 小児救急の分野に限って言えば、藤沢市民病院が夜勤シフト制を導入していたと思います。 私はこの例しか知りません。
 同病院のHPをみると小児科医12名勤務だそうです。
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2565dir/n2565_01.htm

しま様

>個人的には昼間の病院の補完と考えておりますので、救急患者や、
>急病の患者以外には相手にしなくてもいいのではないかと考えます。

例によって、小児科のみの話で申し訳ないのですが
(小児科医も最近減っているのでどういう状況かご理解頂ければという意味で書きます。他科とは状況が違うということを念頭に入れて頂ければ幸いです)

実はこうなると問題が生じてしまうのです。
小児科の夜間外来受診の90%以上は軽症といわれています。
急病といえば急病ですが、翌日の受診でも特に変わらないといえば変わらないわけです。(症状が変化しやすい、っていうこともありますが)
夜間の12時間以内に小児内科に入院しないと問題があるような患者さんは
きわめて稀でありながら、そのような患者さんは、とても重症なため、とても手がかかる(つまり小児科医1人、2人では大変なこともある)
という矛盾があります。

そのため、軽症な患者さんと、重症な患者さんを振り分ける「トリアージ」を行う必要があり、夜来たいという人は全部受け入れる必要がでてくるわけです。

上述の夜間救急診療所は、夜からの発熱などに症状をみて、入院が必要そうであれば、入院可能な施設(小児科の「当直医」がいる場所)を紹介しています。
軽い風邪であれば1日分の処方をして、残りはかかりつけ医を受診してくださいね、という流れです。

こういうことができるのは、ある程度大きい都市だけなのですけどね。
徳島赤十字病院は、新しいスタイルのひとつですが、小児科医が8人いる病院というのは、各県(人口が多いと別ですが)にせいぜい3病院あるかないかです。

>特に関係ありませんが、患者の方も、大したことでもないのに病院に行く傾向が
>ありますよね。あれは問題だと思います。ただ、安易に考えていいケースと、
>考えてはいけないケースがありますので、その辺りを埋める良い方法がないかな
>と。
ご指摘のとおり、どんな病気も例外はあるので、安易に考えることはできないですね。

患者受診の抑制がかかる例は二つわかっています。
アメリカのように、受診料が高いので、相当つらくないと受診しない型
(患者側からの抑制でしょうか・・・)
イギリスのように、紹介がないと総合病院が受診できなく、待ち時間が長い型
(医療側からの抑制なんでしょうか・・・)

どちらにもなって欲しくないのですけどね。

行政処分の話が出たので関連して述べますが,
日本の厚生労働省医道審議会(医道審)
医師等資格所持者に処分を下す機関ですが,
いままでの役立たずぶりがひどすぎる
これが刑事扱い増加の大きな一因となっていると思う

2年ほど前から年数回開催になりましたが,それまではなんと
6月ごろに年一回だけ しかも官僚の作文を追認するだけ(これは今もか)
非常勤の委員が年一回集まって数時間会議して終り
調査権限は一切なし 刑事裁判の結果が確定するまでは処分しない
(去年くらいから判決前や民事でも処分できるようになった)
判決が秋だったら処分は翌年になっちゃってたのです 遅すぎ問題外

第三者機関設立なんてややこしいことはしないでもすでに存在する機関
医道審に調査権限・人員を与えて独自調査してバンバン処分を出せばいいのです
アメリカでは年に百人以上医師免許取消しが出てます
上のリンク先の例の様に.事件直後とりあえず緊急免停なんてこともすればいい

青戸病院事件関連の議論で,刑事で無罪ならお咎めなしなのかという意見も
ありましたが,そうでもない 実際,刑事では有罪になりましたが執行猶予付きで
すでに医道審からの免停の二年は過ぎているから,実は執刀医はもう免許有効
診療可能になってる.医道審が活性化してるならもっと免停が長いか取消しかで
医者の身分に対しての処分としては現状よりキツくなる可能性だってあるのです
免停ならフライングで執行しても後で金銭で補償することも可能,緊急に執行する
ことで患者の不安にも対処しやすい.これは刑事にはないメリットです.
場合によっては刑事に切り替えも可能にすればいい.(これは現在詰めている
案でもそうなっていると報じられてます)

そして医師を含む委員が審理するのだから医者の納得もいきやすいでしょう.
審理内容を関係者に通知すれば民事もスムーズになる
ただ,はっきりいって相当公費負担が必要になります.が,世間でこれだけ
大問題になってる事案の対策ですからある程度は理解も得られるのでは
ないでしょうか.

>いのげさん

私、このようなアイデアを今まで持つことがありませんでしたが、今まで見聞したなかでも非常に建設的で実現可能な優れたアイデアだと思います。

医道審が本当に自分の頭で考え、自分で力をもち、自分で調査して審議する実態のある組織になることができればよいですね。ただ、今の有名無実の状態は、それなりのコストと人員と時間しかかけていないためある意味必然だと思います。もっと人と時間とコストを投入しないと無理でしょう。しかしそれに公費を使うのはまだまだ世論形成はなされていないと思います。実現するにしても大変な時間がかかるでしょう。

そうこうしているうちに今の崩壊スピードでいうとやはり医療崩壊は絶対不可避だとは思います。ただ、焼野原後の建設的かつ実現可能性のある意見として非常に魅力的なアイデアだと考えます。

アイデアというものは、実現可能性の高さが非常に重要です。

>いのげさま
他国が特に医療過誤に関して、刑事免責を行っているという事はないみたいですね
運用面で、告訴しないようにしているということなのでしょう。

>非常勤の委員が年一回集まって数時間会議して終り
>調査権限は一切なし 刑事裁判の結果が確定するまでは処分しない
>(去年くらいから判決前や民事でも処分できるようになった)

ここ数年で法律が大きく変わったようにも見受けられませんでしたから、
行政の問題と言うよりは、基本的には医道審議会の中の問題ではないでしょうか

ちなみに、医道審議会令には、調査権限がないとはどこにも記載されてないのですが
独自調査を行うと、何かの法律違反に問われるのでしょうか

>僻地の小児科医さま
>そのため、軽症な患者さんと、重症な患者さんを振り分ける「トリアージ」を
>行う必要があり、夜来たいという人は全部受け入れる必要がでてくるわけです。

なんとなく分かってきました。小児科の病気は親が簡単に判断できるものではなく、
専門家によるトリアージが必要な訳ですね。トリアージのための医師が必要であり、
重症である小児科患者を治療するのにはさらに人員がいる。

原則的には昼と夜の区別を付けてはいけない訳なのですね。

時間外診療について。

軽症ならば平日の昼間に受診しろ、というのは医療者側の一方的な都合かも知れません。軽症かどうかは受診してみなければわからないですよね。

理想的なアクセシビリティをもつ医療システムというのを考えると、

1 24時間365日受診可能である。
2 夜間休日でも平日の昼間と同じレベルの医療を受けられる。
3 飛び込みで行っても待たなくてもいい。
4 どんな疾患でも取り扱ってくれる。
5 必要に応じて高次医療機関に転送してくれる。

というところでしょうか。政令指定都市クラスならば夜間帯でもコンスタントに患者を集められるかもしれません。医療もサービス業であることを考えると当然こういった営業形態をもつ医療機関もあってしかるべきでしょう。

こういった診療機関ができないのはいくつか原因があると思います。

1 医師会の反対がある。既存の医療機関に取っては死活問題ですね。
2 夜間営業の診療機関には時間外加算が認められていない。
3 この場合、深夜の特別料金を設定することは不可能である。

大都市であれば『十分な給与を出せば』夜間専従の医療従事者を確保することは難しくないでしょう。問題は十分な給与を出せないというところです。すべての医療従事者をシフト制にして24時間態勢を築くには、現在の診療報酬のレベルでは不可能です。

問題解決のために

1 時間外加算に対して混合診療を認める。つまり通常の医療機関が営業していない時間帯については診察料を自由に設定できるようにする。
2 医師会による業務規制を認めない。つまり診療時間に関して業界団体による自主規制を取り締まる。

ということが必要と考えます。医者にとってのメリットはやはり夜間の診療もきちんと業務の一環として位置づけられること、夜間帯でも各種の検査や治療を昼間と同様に行えることでしょうか。

早く真の意味で24時間態勢の医療機関ができることを期待したいです。少なくとも当直に絡むさまざまな問題が解決されることになると思います。

医療機関の集約化について

時間外診療の問題にも関係しますが、今後医療機関の組織の集約化は絶対に必要と考えます。日本の病院の多くは従業員が数十人から数百人程度の中小企業がほとんどです。この程度の規模ではリスクマネジメントはきわめて困難です。また高価な医療器具や熟練した医療従事者を十分に活用できません。

従業員が数千人規模、病床数で数千床をもつことが必要です。これくらいの規模ならば組織内でさまざまな活動をすることができます。

これまでは医局制度がある程度の機能を担ってきましたが、今後は一般の病院が医師の教育の中心を担うことになるはずです。

医師にとって数千床規模の病院に勤めることはメリットが多いことです。
1 多様な症例に出会える。多様な指導者にめぐりあえる。
2 院内で他科のコンサルトが容易になる。各分野の専門性が高まる。
3 休暇をとりやすい。緊急時に自分の代わりをみつけやすい。
4 身分が安定する。福利厚生が期待できる。
5 トラブル発生時の対処が容易である。
6 行政に対して圧力をかけやすい。卸に対して強くなれる。

組織が大きくなれば地方にもサテライトの診療機関を設置することができます。たとえば人口数千人の町村にも支店を出して、軽症は支店で対応、重症は本部へ送る、というように。

現在のように経営形態がばらばらで相互に人事の交流もないところでは、いくら提携をしたところでうまく行きません。単一の経営組織のもと、人事が一体化していて地域の診療所や中央病院の勤務や研修などがスムーズにローテートできなければ地域医療に携わる人はどんどん減っていってしまいます。

1 病院の新規開設や増床に対する規制を撤廃する。
2 赤字経営の公立病院を閉鎖しやすいようにする政策の立案。
3 病床の規模によって診療報酬に格差をつける(大病院を優遇する。)
4 設備の有無により施行できる治療を制限する。
5 地方にサテライト診療所を設置するときに補助を出す。

などの政策を期待します。私は一部上場の大企業につとめているようなサラリーマン医師になりたいです(タイムレコーダを押して勤務時間を管理し、何があっても個人では決して責任をとらず、きちんと月給をもらってボーナスをもらって退職金をもらって、研修は会社のお金で、技術力アップのための費用は会社持ちで、土日祝日は休みで有給休暇をもらって、など。)

>お弟子様
藤沢市民病院の件、ありがとうございます。自分でも調べてみます。
2箇所はあるという事ですね。ただ、小児科12名勤務か、、、場所によっては、大学病院よりも小児科医がいるかもしれませんね^^;

>元内科医様
>医道審が本当に自分の頭で考え、自分で力をもち、自分で調査して審議する実態>のある組織になることができればよいですね。ただ、今の有名無実の状態は、それ>なりのコストと人員と時間しかかけていないためある意味必然だと思います。もっと>人と時間とコストを投入しないと無理でしょう。しかしそれに公費を使うのはまだまだ>世論形成はなされていないと思います。実現するにしても大変な時間がかかるでし>ょう。
もともとあまり働いてないお役所仕事が、急に働くようになり、人と時間とコストを使うには、かなり時間がかかる事には同意です。世論からみても、これを認めるきっかけとなる事件でもない限り難しいでしょうね。

>oregonian様
>こういった診療機関ができないのはいくつか原因があると思います。
>1 医師会の反対がある。既存の医療機関に取っては死活問題ですね。
退院患者のフォローを全部、周りにお願いしてしまえばお互いうまくやっていけそうな気がします。科によっては、どこからか引き抜きになる可能性がありますが、大都市なら確かに人数が集まりそうです。現在の医療費からは人件費が回らないことには同意です。

>医師にとって数千床規模の病院に勤めることはメリットが多いことです。
>1 多様な症例に出会える。多様な指導者にめぐりあえる。
>2 院内で他科のコンサルトが容易になる。各分野の専門性が高まる。
>3 休暇をとりやすい。緊急時に自分の代わりをみつけやすい。
>4 身分が安定する。福利厚生が期待できる。
>5 トラブル発生時の対処が容易である。
>6 行政に対して圧力をかけやすい。卸に対して強くなれる。
>組織が大きくなれば地方にもサテライトの診療機関を設置することができます。たと>えば人口数千人の町村にも支店を出して、軽症は支店で対応、重症は本部へ送>る、というように。

これって、実は大学病院が条件を満たしやすいんですよね。
現在の時点でも1,2,3までは大学病院は満たします。サテライトの診療機関というのは、大学医局から派遣されて外来だけやってる病院はこれにあたりますよね。入院が必要なら大学を紹介したりしますので。
ただ、4,5,6が全くないことも医師みんながしっている事でもあります。

>1 病院の新規開設や増床に対する規制を撤廃する。
>2 赤字経営の公立病院を閉鎖しやすいようにする政策の立案。
>3 病床の規模によって診療報酬に格差をつける(大病院を優遇する。)
>4 設備の有無により施行できる治療を制限する。
>5 地方にサテライト診療所を設置するときに補助を出す。
これをやると、確かに地方から病院はどんどん潰れていって集約化できるかもしれないですね。
ただその前段階に、「とりあえず病床数をあげたのでガンガン入院させてください」「使いみちがあまりありませんが、RI施設を導入しました」という風に地方病院が無駄に金を使う過渡期がありそうです。
でも、最終的にはやってみる価値は十分あるのかなぁとも思ったりもします。

病院の集約化について、私も一つ実現可能な案を。
それは
「県単位で全ての公的医療機関をひとつの病院組合立とする」
です。

現在でも複数の市町村が集まって病院組合を作っていますので、その枠組みを拡大すれば可能です。
医師は組合で一括採用し、人事はその組合単位で行います。
施設も身の丈にあったものしか認められなくなります。
法律家の専任雇用も可能となるかもしれません。

いかがでしょう。

>元田舎医先生

 う〜ん、、、個人的には賛成しかねます。福岡で県立病院をすべて廃止し、民営化移行するという状況からお分かりのように、公立病院機構がそれほど上手く機能するとは思えないのですが・・・。また、現在日本にある病院9000軒のうち、公的病院は1/10程度しかありません。集約化における効果としてもどうかと思います。

 やるならばすべての病院を県立病院組合立とするぐらいではないと、集約化の効果も出ませんし、場合によっては公立病院から民間病院への医師シフトが加速すると思います。この場合、おそらく・・・ですが僻地医療は壊滅します。

 山口赤十字病院の内科の先生が書かれた

 国民の理解を得るための啓蒙活動という文章が転載されているブログがありました。

  http://usmletoer.exblog.jp/4087692#4087692_1

 まさにこの通りだと思います。書籍は買わないという方もすぐ読めますから是非お読みください。

 モトケンさんの試みは司法―医療―国民をつなぐ大切な架け橋となっているように思います。ここでの議論がどうか有意義なものであるように、そして国民にこの医療危機が正しく伝わり一緒に改善していけるように祈っています。

(管理人においてURLにリンクを設定しました)

oregonianさまのおっしゃるような、集約化され、かつ医師の労働条件も確保された病院ができればそれは夢のようですが、なかなか多くのハードルがあると思います。実現するべき状態を具体的に考えておくことも重要なのですが、解決すべき障壁も一つ一つ考えていかなくては、実現することは不可能だと思います。

まず、僻地のさまのおっしゃるように、大規模病院で症例が多いということはすでに既存の大学病院で実現していることです。ただ、oregonianさまが求めているのは、既存の、難病の診断・加療や先端的な治療が中心の大学病院ではない、common disease(しかし軽症から重症まで)も含めて幅広く診療する役割を担っていた地域の中核病院の機能はそのままに、集約化をしたいということでしょうか。

現在は地域の中核病院は中規模の公立病院が多いと思いますが、巨額の赤字を毎年出しており、それを補填するために医師の数は増やさず給料も上げず、ただ働かせるのみで対応してきました。ただ、患者様への一人ひとりの対応にも時間をかける必要があり、しかし患者様も殺到することで事実上対応不可能になっているのが現状だと思います。集約化するにあたり、医師の労働条件を改善することが必須です。また、医師・看護師以外に、事務方が多く公立病院には勤務していますが、この方々のコストをいかに圧縮するかが大きな問題になるでしょう。

もし新たな集約化された地域中核病院ができたとしても、今と何ら医師を取り巻く環境が変わらなければ、oregonianさまがあげておられた医師側のメリット(>3 休暇をとりやすい。緊急時に自分の代わりをみつけやすい。>4 身分が安定する。福利厚生が期待できる。>5 トラブル発生時の対処が容易である。)が実現するとは考え難いと思います。今の状態のままただメガ病院になっただけで、医師の疲弊は変わらず・医師の数も増やされることなく、また人が逃げていくことになると予想されます。トラブルが発生しても、医師側の立場が今と同じでは、今まで異常に容易に医師個人に責任が押し付けられてトカゲの尻尾切りの状態になるのではないでしょうか。

まず医師を沢山雇用することが、労働環境の改善には必須かと思いますが、それにはまず財源が必要です。この財源をどこから取ってくるかということが重要です。それは殆ど行政の問題であり、それは国民の世論を反映しますが、私自身は公金投入派ですが、現時点では国民の理解を得ることは困難でしょう。医療は自分の問題ではないと多くの方々が思っておられるからです。自分が病気と接してみて初めて医療について考える機会が増えるのはそれはある程度理解はできます。
それでは、医療機関が自分で稼ぐよう営業努力をする、つまり自由診療を積極的に行うことで良いのでしょうか。私はそうは思いません。しかし現実的にはそうなるでしょう。そういった場合、著しい重症になって大量の人手とお金が必要になった患者様や、ハイリスクな妊婦様はお金がかかってしょうがないので不採算部門になります。そういう部門を切り捨てていくのが経営上は正しいことになります。今現実にあるように、産科自体をとりやめて婦人科のみにする病院ばかりになります。私は医療は消防や警察と同じ社会的な安全装置の役目が大きいと思いますので公的な負担が行われるべき部門と考えていますが、国民の方々や規制改革・民間開放推進会議の方はそう考えていないようです。ま、とにかくお金をどうするかの問題があります。

また、医師の労働が労働基準法を無視した状態で放置されていることについても何らかの対策が必要です。死にかけるほどふらふらになるまで働いている人間に向かって「もっともっと説明を」「もっともっと注意を払って100%正確な医療を」と言っても、何もできるわけがありません。「労働条件が悲惨だからといっていかなるミスも許されてよいというのは暴論だ」という反論はもう聞き飽きました。そんなレベルの話ではないですし、別に明らかな過誤を擁護する訳でもありませんのでそういう反論はスルーします。「現実に可能かどうか」が重要なのです。

殆どの救急告示病院では労働基準法は無視されています。事務が勝手に勤務表を作成している病院もあります。「それは病院内部の問題なので医師とか院長とかが医療側が勝手にナニしてアレして適当に改善すればよいではないカ!!!まさしくあくまで医者側の責任ダ!!!」というようなことを言う人も一部いますが、そんな簡単に改善するものではありません。今まで医師は数年の辛抱で別の病院に移ることも(医局人事が機能していたので)判っていたため厳しい労働条件も我慢してきました。波風を立てたくないという風潮や、実際忙しい病院は修業としては勉強になることも多く、徒弟制度の要素も大きい医師の技術の継承の現場で労働条件について文句を言うことは潔くないという伝統もありました。ただ、実際に労働条件について医療者が実際にactionを起こした時のepisodeと思われる貴重な記載をお弟子さま(医療崩壊に対する制度論的対策についてNo.150 2006/8/16 02:27)がなされておりますが、結局何らかの改善を起こすことはできなかったようです。他のサイトでも、医師が医療職の組合に申し立てを行ったところ殆ど取り合ってくれなかったという話も聞きました。「医師は恵まれているから・管理者になりえる立場だから」ということで対立する相手にこそなれ、同士ではないという雰囲気を感じたそうです。

なぜ厚生労働省は労働問題を無視し続けるのか。医師が偏在していると詭弁を弄して(しかし医学部の定員は増やしてみたり)総数では足りているということにしています。そんなに医療費を削りたいのか、といえばその通りなのでしょう。前年の方針を踏襲するだけで、意外と何も考えていないだけかもしれません。医師の労働条件の問題も結局お金と密接な関係にあります。そして、また別に重要なのは
医師が団結した組織がないということです。医師会は殆ど力がなく、勤務医にとっては開業したしかも非常に高齢な医師のクラブ活動としか捉えられておらず、医療現場からも乖離し、政治的圧力もゼロに等しい状態と思われます(政治的圧力があれば今の状態で診療報酬の削減が実現するはずがありません)。医師がもっと個人として目覚めて、団結し、政治的に機能できる必要があります。そうしないと労働条件の改善は難しいと思います。

法的な武装も必要です。今まであまりに医師は法的に無防備でした。理想的には各病院に一人以上専任の弁護士の方がいればよいと思うのですが、ただで雇用できるはずもなく、今の資金状態では困難でしょう。ここでもお金の問題が発生します。

また、裁判での問題もこちらで散々言われているので改めて言うまでもないことですが、トンでも判決は私の印象としてはやはり少なからずあります。和解についても安易にしすぎだとさえ感じています(遺族の方の感情とかいろいろあるのでしょうが、全部払っていたら病院は破産します)。私は、意見をする医師、鑑定医ともに一件でかかわる医師が少なすぎると考えています。普通の診療でも週1でカンファをして同じ科内でさえお互いの不足を補完しているのに、高名だとか肩書きがあるからという数名の意見で決められてはたまったものではないと思います。

医療崩壊の問題は、医局制度が崩壊した時期と軌を一にしています。医局に誰も新人が入ってこなくなり、もう崩壊して戻ることはないでしょう。そのため新人にある意味押し付けていた労働が中堅にのしかかり、体も無理が利きませんので不合理が噴出しているのだと思います。ただ、そのために医師が一医局員ではなく個人として目覚め、世間と対峙するようになってきたのだと思います。

私は医療の崩壊は不可避と考えていますが、その後市場に開放される貴重な医療資源とさまざまな利権を、国内外の組織や企業、団体が狙ってくると考えています。その時に備え、今こそ医師が団結をするべきだと思います。開業医と勤務医は対立しがちですが、そんなことをしている場合ではありません。

私のアイデアをひとつお書きしておきます。いろいろな医療者のblogに載っているのでパクリのように思われるかもしれませんが、私があるサイトのコメント欄に書いたことが確かに初めのはずです。違ったらごめんなさい。ま、オリジナルは道でもいいことです。そのアイデアは「医師会の選挙を代議員選挙ではなく直接選挙にしてばどうか」です。選挙は組織の性質を決めます。私は安くない年会費を払う医師会の選挙が代議員制と聞いたときのけぞったものです。どこの誰だかわからない人が出ていましたが全く興味がわかず、現実と乖離しているなあと感じ入りました。それを改善する必要があると考えております。

>元田舎医さん
それでなくても僻地の公立病院は医師の待遇が悪く逃散されている、また医師に比較して事務・米は公務員の為、待遇が良く収入を圧迫している為、あまりうまくいきそうにないですが・・・
特にそのような形態の身の丈にあった経営をする地域病院組合?に医師が今以上に集まるとは考えにくいです

組合で医師を雇用するという事はその県内のどこに配属されるか分からないしそこがどのような過酷な環境下も分からないんですよね?
集約するとしてもやはり過酷な環境の病院はあるでしょうから、そのようなところに配属を言い渡された段階で組み合いを退職する医師も多いかと思います

もちろん、混合診療を認めてそこからの収入を元に適正な報酬や人員・設備を整えることができれば別でしょうが保険診療である以上、赤字はほぼ必然と思われます

>医療過誤訴訟では一般的に過失の立証が困難であるため、この立証
>責任を転換すべきであるとの主張が一部から根強くあります。つま
>り、医師の側で過失のないことを立証しないと医師に責任が認めら
>れるという仕組みに変えよ、ということです。
>私はこの考え方には反対です。濫訴の弊害が生じることが容易に予
>想されるからです。ただ、上記のような主張が出てくるのは、証拠
>があまりに病院側に偏在しており、そこに不公平感を感じる人が多
>いからでもあります。病院の側がカルテを積極的に開示し、不満を
>訴える患者や遺族に対する説明、情報提供に力を入れるようになれ
>ば、この立証責任を巡る場外戦も減るように思います。

そもそも「過失」とは何でしょうか?
裁判では,結果からレトロスペクティブ(後ろ向き)に物を考えます.
しかし医療では,その時その時までに判っている範囲の情報から「事
実を推定」して治療に当たります.時系列的に新しい情報が得られる
と共に状況を「推定し直して」治療方針をその都度変更します.常に
プロスペクティブ(前向き)に行うものです.従って後からみればそ
の途中経過では「正しくない方向を向いている」こともあります.最
悪の場合最後までその方向を向いている場合もあるわけです.迷路を
抜けるときには袋小路に迷い込んでは戻りを繰り返しながらゴールを
目指すのが通常だと思います.このような医療に対して「過失」とは
何でしょうか?裁判官は迷路を1回の間違いもなくゴールまで抜けら
れるのが当たり前のように物を考えているフシがあります.そんなこ
とはほとんど不可能です.「間違った方向を向くことはごく当たり前」
でそれを毎回修正しながら診断と治療が行われます.
我々医師は同時にレトロスペクティブに各症例を検討して,以後の患
者さんの治療に当たるときの糧とします.「失敗を反省して次につなげ
るためです.このようにして医師は臨床経験を積んでいきます.
これらの「失敗」を「過失」と言われたのでは医療は成り立ちません.

私は医療からみた「過失」というものは,個々の時点での分岐点にお
いて大部分の医師が進むと考えられる方向に進まなかった場合に限ら
れると考えています.さらに,たとえそこで大部分の医師と違う方向
に進んだとしても「その時点での該当医師の判断基準が納得できるレ
ベルのものであればそれは過失とは言えない」と考えます.もちろん
「へ理屈」ではなくきちんと医学的に納得できるものでなければなら
ないのは言うまでもありませんが.また経験年数が少なければ「指導
医」がいなければ違う方向へ進む可能性は高くなります.
限られた情報と限られた時間の中で常に100%正しい診断と治療を要
求することはできません.後ろ向きにみれば簡単な問題でも,前向き
にみれば非常に難解な問題であることは日常茶飯事です.
医師であれば,個々の時系列にあわせて「もし自分であったらどのよ
うな診断をして,どのように治療しただろうか」ということが自分の
中でシミュレーションできます.自分のシミュレーションと該当医師
の取った行動が同じであるかどうかを比較することによって,その行
為が「過失」であったかどうかを判断できるのです.しかしながら裁
判官にはこのような芸当は不可能です.結果として「後だしジャンケ
ン」と言われるような判断がなされてしまうのです.
医療の現場にそぐわない判決がなされるのはこれが原因であると考え
ています.裁判官の「この時点でxxxをするのが妥当であった」という
判断が往々にして医師には「到底納得できない」ものであるのは,ま
さにこれが原因であり,現行システムでは改善不可能であるところ
なのです.
医師の目には「小学生がプロ野球の投手に向かって『あんなところで
あのコースにあんな球を投げるのはおかしい』などと言っている」の
と同じように映るのです.
第3者(利害関係のない複数の医師)による機関が必要であると主張
する理由です.

病院の側がカルテを積極的に開示し、不満を訴える患者や遺族に対する説明、情報提供に力を入れるようになれば、この立証責任を巡る場外戦も減るように思います。


さすが、現場のことをまったく知らない人のいうことには驚かされます。
カルテを見れば、すべてわかる、そういう妄想にとらわれているようですね。
最近、訴訟対策のため、入院カルテには必要最低限のことしか書かなく、医師の考え方(鑑別診断)はできるだけカルテに書かないように指導します。もちろん、看護記録もそのように指導します。事実だけを書き、自分の考えやアセスメントはできるだけ書くな、そう指導します。(アセスメントの方法が間違ってた場合、敗訴の原因になるので)でも、患者さんのためには、たとえ間違いがあってもアセスメントしていただくのが一番いいのですが。これも、訴訟社会の弊害ですね。
自分も、入院カルテの中には、使用した治療薬と診断所見しか、極力書かないようにしています。(ただし、レセプトと連動させないといけないため、そこだけは気をつけます)
入院されている方で、治療に難渋する場合、いろいろな病気の可能性を考えるのですが、それをカルテに書いてしまうと、実はほとんど可能性のない疾患もそのリストには含まれるので、格好の餌食になります。
だから、カルテ開示しても、実はあまり意味がないのでは、と思っています。
患者様に説明した事項以外は出てこないと思います。
おまけに、詳しく説明すればするほど、専門的な話になってしまうので、余計に患者様の不安につながります。

No220 元内科医先生

>理想的には各病院に一人以上専任の弁護士の方がいればよいと思うのですが、ただで雇用できるはずもなく、

一般的な会社は、毎月それ程高額でないお金を払って、弁護士事務所と顧問契約を結んでいます。これで対応できないことはないと思いますが、どうでしょうかね?>法曹の方々
料金未払い問題も、チンピラのような患者の問題も、弁護士等を通してある程度毅然と対応してこなかった非がこちらにもあるかもしれません。今時はやっている病院も少なくないみたいですが、これは自分のところでもやっておくべきでしょうね。善意の患者さんには、弁護士が控えていようが全然関係ないわけですから、文句をいうのは病院として今後避けるべき人間だけでしょう。事が起こってから、弁護士を探すのは結構たいへんですし。

>そんなに医療費を削りたいのか

犯人は厚生省というより財務省のようです。各省庁へのプレッシャーは相当強いみたいですね。裁判官を増やさず弁護士を増やすという愚行とか我々以外の分野でも見かけます。何で抵抗しないんだという怒りは、厚生省に対してありますけどね。

>今こそ医師が団結をするべきだと思います

現医師会では現実性がないと思うのですが、いかがでしょうか。もちろん有効な団体行動ができればいいと思っていますが、なかなか難しいですよね。(歯科の先生方の活動に注目して見守っています。 http://www.minnanoshika.net/)
まず簡単にできることは、一般の方たちへ啓蒙しているのと同じように、他の医師への啓蒙、よい方法の知識の共有ではないかと私は考えています。医局から逃れる方法を知らなかったから医局に従ってきたように、知るだけで変わることってたくさんあると思うのです。いかにして労働基準法遵守の環境を作ったかとか参考になると思います。我慢の基準や上手い逃げ方が分かれば明日に繋がる逃散ができるようになると思います。いかがでしょうか。

反論めいたことを書きましたが、先生の意見には、基本的に強く共感するものであります。失礼がありましたら、どうぞご容赦ください。

管理人です。

 コメントが増えてきましたので

 「その2

を作りました。

 以後のコメントはそちらへお願いします。

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