エントリ

 (その2)のコメントが200を超えましたので、分割することにします。

 この続編作成時点での「医療崩壊について考え、語るエントリ(その2)」の最終コメントは、No.207  の 老人の医者さんのコメントです。

 医療崩壊、医療事故関係の関連エントリは、医療関係特集のページにまとめてあります。

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コメント(223)

>老人の医者さん
>Prostaglandin E1 (PGE1)‥サイトテック(胃潰瘍薬)であり,保険適応はない.
>経口,経膣ともに効果はあるが,慎重に投与すべきである.

しまさん,
すみません,PGE2でなくてPGE1ですね.
サイトテックです.

国際的な標準と薬剤添付文書が乖離している(いた)例を二つほど挙げます。

1)アーチスト(カルベジロール)という薬があります。うっ血性心不全の標準的な治療薬ですが、2001〜2年頃まで添付文書ではうっ血性心不全に用いるのは禁忌となっていました。ちなみに今は適応が通っています。
いくつかの質の高い臨床試験で有用性が示されており、国際的にも標準的治療として認められていたのだが添付文書上は禁忌。
どうするのがいいでしょう?当時の僕自身は患者さんを説得して使っていましたが。

2)原発不明癌というものがあります。癌の転移だけが見つかって元々の発症場所=原発巣がわからない。臨床的にはまとめて一つの単位として、治療を行います。
海外の論文などでも原発不明癌にはどのような治療がいいのかという研究はいくつもあります。
だが日本の添付文書では原発不明癌に適応の通っている薬はありません。
つまり、原発がわからない限り抗癌剤による治療は行えないと解釈されるわけです。
だが実際には手をこまねいていると患者さんがみるみる悪くなるため、説明して使っています。

いずれの場合でも、医者は臨床的な有用性を添付文書より重視して使う人が多いでしょう。
それは倫理的要請でもあります(勿論患者の同意が前提ですが)。患者のために最善と思われることを尽くすというわけです。

>立木さん
患者の同意があるのなら、訴訟にはなりにくいと思います。
また、国内の臨床試験で有用性が確認されているのなら、例え訴訟になった際も、
医者側に有利に働くのではないかと考えますが。

それでは、薬剤の添付文書と実際の臨床が乖離しているものを、私も一つ。

フェンタネスト(一般名 クエン酸フェンタニル)を挙げたいです。合成麻薬の一種で、非常に強力な鎮痛作用を有することから、手術の麻酔や術後鎮痛、癌性疼痛にたいして頻用される薬です。添付文書をみると、

http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/PDF/300156_8219400A1039_1_03.pdf

「2歳以下の乳児・小児には投与禁忌」と明示されています。「安全性が確立していない」が、禁忌の理由ですが、実際には新生児や小児にもよく使われています。これを代替する薬もないし、諸外国でも普通に使われています。添付文書では「安全性が確立していない」となっていますが、日常では安全性が確立していて、普通に使っています。だれも添付文書を記載を相手にしていません。こんなことがあるので、添付文書に対する信頼性が損なわれています。

どうしてこんなことになるんでしょうね。安全性を確認するためには、新たな治験が必要なのかもしれませんが、日本・諸外国における過去数十年間の数千万例(?)にのぼる使用経験をもって、治験に替えることができれば、「2歳以下禁忌」をはずすことが出来そうに思います。

慎重投与ではなく「禁忌」ですから、非常に強い言葉です。何かあれば(この薬が原因でない場合であっても)、この添付文書に従わなかったために生じた「医療ミス」と新聞に書かれるんだろうなと、ビクビクしています。

>「2歳以下の乳児・小児には投与禁忌」と明示されています。「安全
>性が確立していない」が、禁忌の理由ですが、実際には新生児や小児
>にもよく使われています。これを代替する薬もないし、諸外国でも普
>通に使われています。添付文書では「安全性が確立していない」となっ
>ていますが、日常では安全性が確立していて、普通に使っています。
>だれも添付文書を記載を相手にしていません。こんなことがあるので、
>添付文書に対する信頼性が損なわれています。

これ,まだそのままだったんですね.学会の改訂作業の時に消されたと
思っていましたが勘違いでした.私はすべての乳幼児の手術にフェンタ
ニルを使用しています.
諸外国で当然のように使用されています.

サイトテックにしてもしかりですが、Off Label Use で薬剤を使用する時には、それを「裁量」で使う医師が、自分で責任をとれるかどうかでしょう。

ここにお集いのお医者さんはご存知だと思いますが、産科領域ではこれまで、切迫早産の治療としてマグネシウム製剤(マグネゾール)を使っていました。しかし、これが生憎「子癇」しか使えなかった http://www.toabio.co.jp/html/medicalitem7.html。

そこで、同じ「マグネシウム製剤」が、切迫早産の適応をとって発売されました  http://www.yakuji.co.jp/entry557.html。

このように薬の使用は、我が国での臨床試験結果を経て、それで晴れて許可されるものです。ですから、この許可がない薬剤の使用は、医師の裁量であるとして、そうだとすれば,裁量を下した医師には、当然ですが、それなりの責任が生じます。

ちなみに、当然ご存知でしょうが、サイトテックには、その発売元から「陣痛誘発、促進に使わないように」との警告文が出されています。

>薬の使用は、我が国での臨床試験結果を経て、それで晴れて許可されるものです。ですから、この許可がない薬剤の使用は、医師の裁量であるとして、そうだとすれば,裁量を下した医師には、当然ですが、それなりの責任が生じます。

 わかりやすいところで言えば、抗がん剤は海外で認可され広く使われていても、国内の認可が下りない薬がたくさんあり、患者団体が認可を訴えていますね。

 他の分野の薬も患者さんが知らないだけで同様の状況です。

 製薬会社、厚生省の責任逃れに現場が責任をとらなくてはいけない状況はおかしいと思います。

 すべての薬には副作用があり、それを完全に予想することはできません。単なる風邪薬でもです。

 裁量した医師が責任を取らなくてはいけない、というのは簡単ですが、これでは敗訴したくなければは使わないということしかできないと思います。明らかに有効であっても。

 産婦人科領域の薬については産科医1さん以外の方のご意見も伺いたいところです。

適応外の薬剤を使用する場合、ガイドラインが添付文書の代替になるようにも
思いますが、現場の医師はどう思っていらっしゃるのでしょうか。
ガイドラインなら製薬会社や厚労省に関係なく、医師で策定することが出来ますよね。

逆に法律家の方に、添付文書とガイドラインの記述が食い違ったとき、
どちらが重視されるのか、意見を聞いてみたいです。最終的には裁判で
決定されるのでしょうが。

>医療人1号さん
クエン酸フェンタニルの適応を小児に拡大するための治験は
既に終了しているようですね

No.8  Posted by: しまさん

>適応外の薬剤を使用する場合、ガイドラインが添付文書の代替になるようにも
思いますが、現場の医師はどう思っていらっしゃるのでしょうか。
ガイドラインなら製薬会社や厚労省に関係なく、医師で策定することが出来ますよね。

ある疾患のガイドライン作成に関わった経験がありますが、結局は大規模な無作為抽出試験の論文でないと、推奨レベルは高くならないんですよね。日本の病院で、百例ほどの経験で論文を出したとしても、せいぜい「根拠が明確でない、専門家の意見」程度にしかならないんですよ。

以下、少々面白いやりとりを2つほど見つけたので、参照下さい。


http://exhospital.exblog.jp/133399

http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1105722236/143n-

私は、この「ペルジピン」という薬を脳内出血やくも膜下出血の急性期に、血圧が高い場合には、「ためらい無く」使っていました。
しかし、添付書類ではこの使用方法は明確に「禁忌」ですし、外国のガイドライン上もどうも使用の根拠が無いようなのです(否定もされていないけど、肯定もされていない)。
しかし、経験上、他の薬剤より血圧のコントロールに非常に優れており、使いやすい薬なので、私の周囲でも頻繁に使用されています。

ただし、「この薬の使用によって症状が悪化した」として裁判に持ち込まれた際は、どうも勝ち目が無いかもしれないのです・・・。
「みんな使っている」ってことだけではガイドラインにすら載せてもらえません。
ガイドラインに載せるためには、「禁忌」を破った上で、他の薬剤を対称とした比較試験をしないといけないわけです。
つまり、日本では不可能です。

>産科医ー1さん
>「裁量」で使う医師が、自分で責任をとれるかどうかでしょう。

ご存知のように、医療における治療の有効性とは、「正しく使えば100%の患者に有効」などというものではありません。
「使えば70%の患者はよくなる。5%の患者はかえって悪くなる。1%は重い副作用が出る」という感じで、これを有効な医療と呼ぶわけです。

抗癌剤治療や一部の手術では、%オーダーから10%オーダーの副作用による死亡が出る治療が最も有効な治療である場合すらあります。

この状況で、
● 患者のために最善と思われる行為をとれ
という格率と
● 添付文書に書かれていない処方を行った場合、そのものの責任
という二つを両立させようと思えば、その治療をした上で副作用による死亡や状態の悪化が起こったときには患者さん・家族の「慈悲にすがって」訴訟にならないようにするしかならないです。
(添付文書に書かれていない以上訴訟になれば負ける危険が高いので)

これは医療者にとって不公正だという気がするのですがいかがですか?

>>立木 志摩夫さん
某巨大便所の壁では、胃切後のVB12経口投与についてのご回答ありがとうございました。

いや、なに、ただの世迷い言です。

添付文書外使用の話が主に出ていますが、内科医としては一般的な禁忌無視の使用の例をあげさせてもらいます。

禁忌には、疾患による禁忌、併用禁忌、アレルギー等による禁忌があります。ペニシリンアレルギーの人にペニシリンを使うとかは論外ですが、疾患による禁忌とか併用禁忌は無視せざるを得ないことは日常的です。例えば潰瘍の類がある場合、解熱鎮痛剤は使えないことになりますが、これなどはかなり非現実的です。併用も、代謝酵素の関係で効果が強く出るとか、効きが悪くなるという理由で禁忌になっているものに対して、効きが強くなっても問題ないということでとか、その分も計算にいれてとかで使ったりもします。そしておそらくこれらのようなしっかりとした考察の上での治療においては、禁忌でない場合の合併症の発生率を大きく上回ることはないと考えます。(治験していないので断言はできませんが)

有名な判例の文には「特段の合理的理由」などと逃げ道が残されているようですが、表現としてかなりの強い理由が要求されるものであること、素人裁判官にメリットデメリットの判断が実際できていないことから考えて、この判例の判断は誤りであると言えます。ペルジピンの話のように、悪化とは因果関係はないけれど過失あり、いい加減なことをしている被告といったイメージを強める原告の戦術になりそうです。

 以前、慣例に従う医療水準と、標準的な医療水準に従った医療は違う、と法律家から伺ったことがあります。

 この時は慣例=低い医療水準という話だったように思いますが、今回出ているような話の場合はどうでしょう。

 つまり、諸外国で広く認可されているとか、日本でも一般に広く使われているけど日本の添付文書では禁忌なものを使わなくて、結果が悪い場合は?

 例えば抗生剤の使用量など、禁忌ではないですが疾患によっては標準的治療法からあまりにも低い量しか適応になっていません。このような場合、添付文書ではなく標準的治療に合わせて投与量を決定していましたが、ここでなにか有害作用が起きた場合添付文書を根拠に敗訴するのでしょうか?もしくは認可量しか使わず感染症が悪化しても敗訴するのでしょうか?

 

産科分野では能書上使えない薬がどっさりあります。たとえば喘息の薬でブリカニールというのがありますが、切迫早産の治療薬とあまり変わらない効果があり、私が産婦人科医になった頃は学会が「治療薬として認めよ」と運動していました。しかし製薬会社が治験をしないので、いまだに通っていません。安すぎて治験が割に合わないからです。(薬価が正規の治療薬の1/10くらいだったか)最近はアスピリンさえ妊娠全期間を通じて禁忌になったので、治療に苦慮します。
また授乳中の人は添付文書を真面目に守ると、ほとんど授乳不可能になります。ほとんどの薬は「母乳中に移行するため、授乳をさけること」と書いてあるからです。問題は移行率およびその薬を新生児や乳児が摂取することにどんな問題があるかなのですが、そういう治験はほぼやらないのでこういうことになります。おかげで授乳中の女性に薬を処方するときは、「こう書いてあるけれど飲んだほうがいいよ」といって処方する羽目になります。
さらに治験をして新しい効能が通ると、以前より高価になるのが普通です。産科医1さんが書いていた硫酸マグネシウムも、以前から使われていたのに比べると保険適応が通ったのは高くなりました。メソトレキセートなど、抗がん剤としては激安ですが、リウマチの薬になったとたんに高価になりましたよね。

> uchitama さん  (前エントリNo.197の書き込みについて)

 訴訟外における弁護士の行動というのは専門外の方には見えにくいと思いますが、「訴訟提起前に、協力医が過失ありとの見解を示すこと」=「患者側弁護士が喜ぶこと」では決してありません。

 というのは、弁護士は、「訴訟を提起すること」を受任するわけでなく、紛争の解決を目的として仕事を受けるわけです。そして、受任した事件のうち、訴訟に至るケースの割合は、人にもよりますが、おそらく外部の方がお考えになるほど高いものではありません。証拠を検討した結果、勝ち目が薄いと判断したときは、訴訟を断念するようクライアントを説得するのも極めて重要な仕事です(※)。

※ これは、クライアントのためだけでなく、弁護士自身にとっても切実な問題なのです。あまりに証拠が薄い、いわゆる無理筋の訴訟を起こすと、相手方の代理人や裁判所からの評価が著しく損なわれるからです。それによる損失は、訴訟提起をしなかったことによって失う幾ばくかの報酬とは比べ物にならないほど大きなものです。

 したがって、協力医の方から「過失なし」との意見を頂き、それが他の資料と照らし合わせても納得のいくものであれば、それを材料として、クライアントに訴訟を断念するよう説得することになります。協力医の御意見を聞く前から「ちょっと厳しいのではないか」と思っているケースも多々あるわけでして、こうしたケースについては、「過失なし」との結論を得られた方が、クライアントを説得する強力な材料ができて、むしろ好ましいのです。当然、協力医の方にもその辺りの感覚はお伝えしますので、御指摘の「バイアス」というのはちょっと考えにくいところです。

 それから、「悪徳弁護士と悪徳医師がタッグを組めば、過失ありという意見を出し裁判で優勢に立つことも簡単です」という部分ですが、これも実情とは合わない推測と言わざるを得ません。まず、悪徳医師がいるのと同じように、確かに悪徳弁護士もいますが、わざわざ過失ありとの意見を捏造して訴訟を起こして云々、というのは極めて割に合わないやり方なのです。医療訴訟は比較的長期間の審理を要する上、相手方は医療の専門家集団であり、原告側弁護士がコントロールできない第三者である鑑定医も登場します。そもそも認容率の低い訴訟類型の一つでもあります。2年も3年も延々と主張・証拠を応酬して、請求棄却となった場合は単なる徒労であり、仮に勝訴しても、得られる賠償金は他の訴訟類型と比較して決して高額ではありません。ですので、ご想像のようなストーリーは、(弁護士倫理云々ではなく)金儲けという観点から見てもあり得ないものと言えます。と言うか、「悪徳弁護士」であれば、もっと楽に儲かる方法はいくらでも知っていますので(笑)。「悪徳でない弁護士」にとっても、医療過誤訴訟は決して経済的に旨みのある(儲けやすい)仕事ではありません。手弁当、持ち出しでボランティア的にやっているケースも少なくないというのが現状です。

 なお、「ヤクルトの中にボツリヌス菌が混入した事例」の意味は、ちょっとよく分かりません。「医療行為の死亡率の高さを考慮すべきだ」ということであれば、それは既に、「契約の対価が安いことを理由として賠償額を制限するというルール」ではなく、「望ましくない結果を生じる可能性が一定以上存在する類型においては、契約の対価が安いことを理由として賠償額を制限するというルール」ということになります。そのようなルールが果たして適切なのか即断できませんが、外れクジを引いた者に泣いてもらう制度よりは、集団全体が何らかの方法で少しずつ負担を引き受けるシステムの方が適切なような気はします。

 最後に、「市場原理、経済行為ではない医療行為に通常の法律を適用する意味」ですが、医療過誤訴訟で扱われる法律(民法、消費者契約法)は、古典的な市場原理が作用する場面のみを想定したわけではありません。無償の、あるいは好意でなされる行為についてのルールも規定されています。

>脳外科医さん
>日本の病院で、百例ほどの経験で論文を出したとしても、
その論文が、訴訟の場ではある程度の根拠になると思います。
患者の方も、根拠があれば納得するのではないでしょうか。

>立木さん
「患者のために最善と思われる行為」と「患者が最適と思う行為」との間に
ずれが生じた場合、訴訟になりそうですね。逆に言えば、ずれなければ
訴訟沙汰になることは、まずなさそうですが。

>FFFさん
患者側が医療訴訟を起こすハードルはかなり高そうですね。
医師の方でさえ、原告となるにはハードルが高いと思われているようですので、
非医療者が原告の医療訴訟は大変難しいのでしょうね。

> 元行政 さん   (前エントリNo.202の書き込みについて)

 提案と要求、ずいぶん違うと思いますよ。自分は薬の添付文書のあり方について要求する立場にありませんし、その記載が改善されないと困るわけでもありません。改善されることによって医療側にこんなメリットがあると思いますよ、と思い付きを申し上げたまでです。素人考えを開陳すること自体が御不快なのでしたら申し訳ありません。

 さて、薬の添付文書に関する「改善」と申し上げた趣旨は、医師の方から、大要、「製薬会社が責任逃れのためにおよそ危険性の低いケースについても禁忌としている」との御指摘があったので、これを臨床現場の常識的使用方法に合致するよう改めさせた方がいいのではないか、ということです(前エントリNo.159御参照)。製薬会社との力関係等、現場の方にしか分からない事情はおありかと思いますが。

 私が繰り返しこの点を指摘するのは、医療過誤訴訟における書証(文書等の証拠)の使い方について、病院側の姿勢に苦しいものがあると思っているからです。というのは、原告が過失であると主張する点に対して病院が反論するとき、薬の添付書面や医学文献、ガイドライン等で病院の主張に合致する文書があれば、病院側は、当然のようにこれを証拠として提出し、「この文書に書いてあるとおりですよ」と主張します。しかし、薬や医療器具の使い方が添付文書から外れている場合、病院は、「そこは添付文書がおかしい。書面どおりにできる臨床なんてないのですよ、それが常識ですよ」と主張するわけです。裁判所を含め、第三者的立場にある者からすれば、自分達にとって都合がいい部分だけ「文書による客観的なルールにしたがっていますよ。正当ですよ」と主張し、都合が悪い部分については「そこは文書が間違っているから、文書から外れた治療も結局正当ですよ」と主張しているように見えるわけで、これは、医療サイドにとって決して望ましいことではないと思うわけです。

>脳外科医(大学助手)さん  (前エントリNo.199の書き込みについて)

 医師の方には、刻々と変化する病態を分析しながら短い時間での決断を求められる場面も多々おありかと存じます。緊急的な局面で、何らかの書面の文言にとらわれた杓子定規な対応をとることは、必ずしも好ましいことではないとも思います。

 私が申し上げているのは、現場の医師が、「無用な赤信号」を強行突破するという危険に晒されているのなら、それを「青信号」や「黄色信号」に変える努力をはらうべきではないか、ということです。現在、医療業界には、「本当に危ない赤信号」と「無視して構わない赤信号」があるようですが、業界の人間でない裁判所には両者を完全に区別することなんて期待できませんから、「あの裁判官はこの業界での赤信号の読み方を知らない!」と文句を言うより、可能な範囲で社会一般の信号表示に改めた方がよほど前向きではないのでしょうか。

 問題は、「誰が信号の色を変えるか」ですが、たしかに医師個人で是正できる問題ではないものの、広い意味での医療業界全体が取り組むべきことではないかとも思います。

> 僻地外科医さん  (前エントリNo.200の書き込みについて)

 御指摘のとおり、主要な業務にペイしない(技術料に、その手術にほぼ確実に付随すると見込まれる諸収入を足しても、なお採算が合わない)ものがあるということであれば問題ですし、その点での不公平感があることも分かります。

 弁護士にも、真面目にやればやるほど儲けが減るどころか、損になる仕事というものが色々あります。刑事事件の国選弁護人などは大体そうです。今のところ、多くの弁護士にとってはそうした仕事が業務の主要な部分を占めるという状態にはなく、かつ、そもそもの額が低いので多少増減があっても事務所経営への影響が少ないということで、何とか(不満を漏らしつつも)回しているという感じですが・・・・。

 私としては、個々の手技に対する診療報酬がどのようなシステムによって規定・改定されているのか(どのような理由付けによって、当該報酬が必要充分な額であると説明されているのか、僻地外科医さんのされたような指摘はどのように排斥されたのか)について、少々興味があります。

>私が申し上げているのは、現場の医師が、「無用な赤信号」を強行突
>破するという危険に晒されているのなら、それを「青信号」や「黄色
>信号」に変える努力をはらうべきではないか、ということです。現在、
>医療業界には、「本当に危ない赤信号」と「無視して構わない赤信号」
>があるようですが、業界の人間でない裁判所には両者を完全に区別する
>ことなんて期待できませんから、「あの裁判官はこの業界での赤信号の
>読み方を知らない!」と文句を言うより、可能な範囲で社会一般の信号
>表示に改めた方がよほど前向きではないのでしょうか。

FFFさん,
これはおっしゃる通りだと思います.私の専門領域である麻酔の
分野では学会が主導して添付文書の改訂作業を行いました.しか
しながら先に書かれていたようなフェンタニルの禁忌の問題は解
決されていなかったようです.一旦「禁忌」と書かれるとそれが
医学的にどんなにおかしいことでも,修正するのは非常に難しい
のです.
厚労省が少しでも協力してくれればよいのですが...
現状を変えることはたやすいことではないのです.

一方で法曹関係の方々も,薬剤の添付文書が絶対的なものでない
ことを理解した上で適切な判断をするようにして頂きたいと思い
ます.

>No.10  Posted by: 立木 志摩夫 さん
この状況で、● 患者のために最善と思われる行為をとれという格率と
● 添付文書に書かれていない処方を行った場合、そのものの責任という二つを両立させようと思えば、その治療をした上で副作用による死亡や状態の悪化が起こったときには患者さん・家族の「慈悲にすがって」訴訟にならないようにするしかならないです。
(添付文書に書かれていない以上訴訟になれば負ける危険が高いので)
これは医療者にとって不公正だという気がするのですがいかがですか?


「不公正」と言うよりも、この二つを両立させる事は、個人レベルでは出来ないのでしょうね。

どなたかが、外国で有効であると言われている抗がん剤が日本では使えないとの現状を嘆かれていましたが、人種差や、日本人の有効用量がどれだけか,と言った検討もなしで、外国で有効だと言われているそのままの用法用量を、医師個人の「裁量」で患者さんに使おうとするのは、いくら何でも危険だと私は思います。

ある薬剤の添付文書に、新しい適応症や用法用量を書き加える為には、それなりに投資をして治験をしなければいけませんが、これまで製薬会社は、新薬を売り出す際にまず一番治験しやすい疾患で一点突破を計り発売許可を得て、それから、MRが、医師の耳元でそっとOff Label Useを囁いて、そうして、このOff Label Useは医師の裁量だから問題ないと言って売り上げを伸ばし、更に、このOff Label Useの結果を集めて新しい用法用量をとる、と言う姑息な手段を製薬会社はしてきたかと思います。

ですからまず、そうした製薬会社の姑息な姿勢をひろく世に知らしめて、そうしたOff Label Useを囁くような商売は無くさなければいけません。

話はズレちゃったので戻しますが、標準治療でどうしようもないような患者さんの場合、そうした添付文書外の治療を、その有害事象も含め充分に説明し、同意を得て行なえば、それで予期せぬ事が起こったとして、それはそれで、大概の患者さんは仕方ないと思ってくれるのではないでしょうか。よしんば、訴訟となったとしても、それまでの経緯が明らかであれば、医師が敗訴となるような事は、まずないと思いますので、医療者にとっても「不公正」ではないと思います。

おかしな裁判官も居るのかも知れませんが(苦笑) http://www003.upp.so-net.ne.jp/medical/ 司法の「正義」を信じなければと思っています。

はじめまして。 すばらしいブログで感動いたしました。 感動したついでに少し書き込みをさせてください。
私は関東地方で血液内科医を17年ほど続けております。現在の日本の医療制度は本当におかしなことが多いのですが、薬剤の適応症などはFFFさんの仰るように、我々医療サイドが動かなければ片付かない問題だろうと思います。

動いて片付いた問題もあるんですが、薬の添付文書の問題などは(現在の医療崩壊の問題の中では)枝葉の部分であり・・悩ましいですね。
医師会ってのは開業医の団体で、それはそれで動いているとは思うのですが、崩壊は病院(勤務医)が中心の問題であり・・勤務医の政治団体って無いんですよね。

No.17  FFF先生

>自分達にとって都合がいい部分だけ「文書による客観的なルール

おそらく添付文書と合致した例は、医療的常識とも添付文書とも合致していて、添付文書と違うという例は、医学的常識には合致しているが添付文書とは違うということでしょう。使い分けていて不誠実に見えるというのは単なる言い掛かりです。文書を適応する場合なのかどうなのかは、場合によって違うことを意識しつつ、個々に判断すべきことです。裁判所にその能力はないと言われれば仕方がありませんが。

添付文書には、責任逃れの面も確かにありますが、それだけでなく完璧な文書を作ることができないということもあるのです。書いた文章が真実になる法律の世界と違って、医学の場合は、添付文書も教科書も自然の風景を文章で説明したものにすぎません。(この比喩でわかるでしょうか)

> FFF さん   (No.15の書き込みについて)

>御指摘の「バイアス」というのはちょっと考えにくいところです。

ご存知かもしれませんが、医学ではある不明確な治療行為の有効性を検定するために無作為(ランダマイズド)、二重盲目(ダブルブラインド)試験というものを行います。実施者の意図を完全に排除する(相手に分からないようにする)ために行うものです。実施者はどの患者が実際にその治療薬を服用しているかも分からないのです。だから少数の知り合いの中の1人に頼むという行為は統計学的には無作為でもブラインドでもないのです。知り合いの医師はFFF先生の性格をきっと良くご存知なはずですから。
あるいは、
>「被告医師の出身大学と関係ない人を選任してくれ」とすること自体が既にバイアスをかける行為なのです。
(例えば、ある県で、Aという治療をするX大学派と、Bという治療をするY大学派があったとします。Aの治療に対して不満があり、X大学と関係ない鑑定医を選任するように言えばY大学派になり、必然的に意見は異なります。)
大きな母集団から無作為に複数の鑑定医(あるいは協力医)を選ぶべきだというのはこの意味です。(ちょっと理屈っぽくて申し訳ありません。)
でも小生がもっと気になることは、訴訟での争点を巧みにずらすことによって(「木を見て森を見ず」ではないですが)、過失ありの方向に誘導できるのではないかと思うのですが。多く議論になっている薬の添付文書などはその良い例です。全体としては妥当な治療をしているのに、禁忌(日本の添付文書上)の薬を使った、あるいは慎重投与の説明がされていなかった。治療全体の中で致命的ではないにもかかわらず不利益を被ったなどです。ひとつでもミスがあれば圧倒的に形勢が不利になるのではと思います。
治療の正否を問うのではなく、多数の医師に治療の妥当性を聞くべきだと思うのですが?

>集団全体が何らかの方法で少しずつ負担を引き受けるシステムの方が適切なような気はします。
これは無過失賠償制度に近い意味合いになると思います。
あるいは他の方が言われるように
>とすれば、完全自由診療に移行して、訴訟リスクの高いものは料金設定を高くするしかないのでしょうか?これは一般の方々にとってかえって不利益であると思いますが・・・。(No.200 僻地外科医さまなど)
賠償額などを考えると収益ゼロの医療行為って何なんでしょう??
(FFFさまに言っているのではありませんので)

>無償の、あるいは好意でなされる行為についてのルールも規定されています。

これも多くの方が言われていることですが、どの程度機能しているのでしょうか?
>↓のoregonianさんの意見に集約されると思います。
>私は良質な社会活動を維持するにはボランティア精神が必須であると考えます。そして法体系の中で、ボランティア的な活動をきちんと位置づける必要があると考えます。(No.182整形Aさまなど)
特に救急や専門外、夜間、過疎地などの医療行為などに関してはもう少しボランティア的な位置づけを考えたほうが良いのではと考えます。(医師の体力の問題もあります(笑)。)
現状では、研修医などの下級医師が病院経営のために強制的に救急当直をさせられ、断れずに専門外の医療を行う、夜間十分な救急体制もとれていないのに、などが医療過誤の温床になっているようにも思えます。

>モトケン先生へ

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/fukushima/news/20060916ddlk07040161000c.html
大野病院医療事故:裁判所が争点初提示 初公判12月に−−公判前整理手続き /福島
 ◇第3回公判前整理手続き

医療と法律で盛り上がるこのブログですが この事件については今までエントリが無かったとおもいます

今回のニュースは
起訴直後の7月初公判見込みという報道がおおはずれ
医療刑事司法における公判前整理手続き制度の限界
なぜか今回毎日しか報じなかった件

など 法律家の観点からも論じる部分がありそうな気がしますので
おそまきながらエントリ建てをご検討お願いいたします


>人種差や、日本人の有効用量がどれだけか,と言った検討もなしで、外国で有効だと言われているそのままの用法用量を、医師個人の「裁量」で患者さんに使おうとするのは、いくら何でも危険だと私は思います。
 
 当然そういったことは考慮すべきです。ただ日本では制度上、大規模臨床治験がしにくいのも事実です。ここはどう解決すべきでしょうか。
 またアメリカ人にもアジア系の人はいるのですが。。。

 抗生剤の認可量についてはあまりの少なさにシンガポールの医師も驚いたとか。

 人種差、体格、性差を考えるのは当然としても、世界のスタンダードはどうなのかも考える必要があると思います。
 臨床治験がしにくい以上、ある程度条件を満たせば、海外の結果を採用する必要があるのではないのでしょうか。

 これは医師の功名心や利益ではなくて、患者さんの利益を考えてのことです。

一般論として海外で使用されている薬剤、治療が国内に限って禁忌扱いというのはおかしいと思います。保険診療という制度自体日進月歩の医療に追いついていない部分がありますので医師、患者双方から混合診療の要求が高まってきそうな気配も感じますが、このネタははじめるとまた荒れそうですね(苦笑)。

ところで大野病院の件で検察側が「大量出血をする前に子宮を摘出すべきだと主張しており、(止血することが重要だとする弁護側の主張は)前提となる事実が異なっているように思われる」と言っていることに思わずのけぞったのですが産科の先生方の御意見はどうなんでしょう?
いや確かに面倒なことになる前にえいやっとやってしまいたくなることが日常ないとは言わないし、実際これからはそういう医療がますます進んでいきそうな気配ではあるんですが何か釈然としないものがあります。
産科に限らず何をやっても結局批判の対象になるという時代ではあるのかも知れませんが…
http://www.asahi.com/health/news/TKY200609180076.html

>21産科医-1先生
いつもロム専で勉強させていただいてます。
アドレスがリンクされていないので貼り直ししておきますね。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/medical/
すごいホームページを見つけられましたね。
これでは医療側に有利な判断をされても有難くないです。

薬剤添付文書は、悩ましいですね。皆さんおっしゃるように、「実態に即した内容に改訂すべし」が正しいと思うのですが、現場の医師にとってはどうすれば良いのかよくわからないし、気力もないのが現状だと思います。実態にそぐわない内容なので、「どうせ添付文書なんて、いい加減な内容だぜ!」と、添付文書全てに対する不信が生じています。

一番簡単なのは、添付文書に則った遵法医療を実践してみせて、どのような混乱が起きるかをデモすることかもしれません。そうすれば、国や製薬会社もしぶしぶ改訂手続きを進めるでしょう。決まり通りに使用するわけですから、後ろめたいことはないはずなのですが...人道に反するかな...

なんだか、現状は「添付文書に書いてある通りに処方しなかった医者が悪い」という、いつも通りの筋道に誘導されるだけですね。

個人レベルで判断すると
個人レベルで責任追及されるわけですね

>  uchitama さん  (No.24の書き込みについて)

 無作為抽出の有用性は、鑑定医についてはまだ分からないでもないのですが、原被告の協力医については、かなり難しい、もっと言えば現実的ではない方法ではないかと思います。

 協力医も完全無作為に抽出すべきだとすると、例えば訴訟開始後に被告病院が他病院の医師に見解を出してもらうときにも、無作為に協力医を探すべきだということになるのでしょうか。そこで選ばれた医師が被告病院に不利益な見解を示した場合、被告病院は、訴訟において自分に不利益な当該見解を提出しなければならないのでしょうか。あるいは、無作為に選んだ協力医が不利な見解を出した場合はその事実を訴訟上明らかにせず、有利な見解を出した場合のみ訴訟にもその見解を援用する、ということになるのでしょうか。それだと、結局「無作為に選出する」意味がないように思えますが・・・・。

 訴訟における争点設定は、なかなか難しい問題です。入院期間が数年にわたる場合もままあるわけで、そのような事案では、単に「治療の妥当性」を判断するといっても、入院加療期間中になされたあらゆる治療行為を逐一問題にするのは非現実的ですので、どこかに論点を絞らざるを得ません。網羅的に議論するのでは、原告はもちろん、被告側も非常な負担になると思われます。

 御指摘の点(全体としては妥当な治療をしているのに、瑣末なミスをとらえて不利益な判断をなされるのではないかとの心配)については、一般に、因果関係の問題として処理されることが多いと認識しています。つまり、その点についての過誤が仮にあったとしても、最終的な結果とは関係がないのではないか、という議論です。因果関係の有無についての鑑定もしばしばなされていますが、その鑑定方法について何か工夫が考えられれば御教示ください(設問の性質上、ブラインドで鑑定することが困難なようにも思えますので)。

>No.28  Posted by: レジ番  さま
アドレスがリンクされていないので貼り直ししておきますね。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/medical/
すごいホームページを見つけられましたね。
これでは医療側に有利な判断をされても有難くないです。

私もこのHPみて、ビックリでした。

これまで、あれほど、司法の正義を信じたいと言っていたのに、おかしな裁判官も(あのHPの記載が本当だとしたら)居るものだな〜なんて、思っちゃいました。

でも、信じる事は大切です。で、その信頼に応える気持ちも大切です。

こうした、互いに、信じ、頼られる関係が築ければ、今の医療にも再生の兆しが見えて来るのでは、、、なんて思っています。

>FFFさま

例えば、もしFFF先生が医療訴訟の相談を受けた場合、カルテなどの事実一切と共に事故のあった状況などに関して、例えば第三者機関として、内科学会(内科なら内科学会、専門性があれば循環器学会などの各種の学会)に複数の協力医、できれば10名以上くらいの医師(被告医師の前後5-10年くらいの勤務医)に鑑定の協力依頼を要請致します。県名、病院名、医師名などは伏せるのですが、事故のあった時間帯、夜間救急など、を含めて依頼を申請します。ただし予め内科学会と弁護士会の協議が必要と思います。10名以上のうち両極端の意見は除外して、妥当性に関するコメントを作成します。もちろんそのコメントを分かり易い言語に訳するスーパーバイザーも必要かもしれません。
被告と原告がそれぞれに協力医を探すのではなく、まずは一括して依頼することの方がより分かりやすく思えます。起訴するかしないかはそれから決めれば良いのではと思います。もし明らかに過失があり、起訴することになれば、恐らく被告は独自に協力医に依頼するかもしれませんが、第三者機関のコメントの方がより強力な意見になりうると思うのですが。
(何故、学会から選任された複数医師の意見にこだわるかという理由は、大野病院の事件のように、数多くの臨床の学会が反論を述べているにもかかわらず、訴訟が進行していることです。小生は内科医であり産科はよく分かりませんが、かなり滑稽に見えます。)

長期入院など経過が長い場合はその疾患自体の予後、余命が一番重要な点になると思います。全体として明らかに(文献的に予測される予後に比べ)寿命を短縮させた。QOLを低下させたなどです。専門分野なら、例えば駆出率10%の心不全と言えば大体の予後や終末期が想像できます。薬の添付文書事項の説明の有無などはあまり重要ではありません。法律の考え方にはなじまないかもしれませんが、病気から推定される結果、予後とどれほど食い違っているのかということをまず考えます。


因果関係に関して

実は因果関係の有無という言葉は、医療事故にあってはには少し分かりづらい言葉です。システムやスタッフ、治療、全てに因果関係が複雑に絡まっているように思えます。因果関係がないはずはないのです。
(このブログにもありましたが、夜間緊急CTの撮影できない病院でくも膜下出血を入院死亡させた例でも、明らかに過失はシステムである病院にあると思います。放射線科当番をCTやレントゲンのたびに自宅から呼び寄せることはあまりに非現実的です。しかし、もちろんCTを撮影しなかった医師の過誤(因果関係)はあります。)質問の答えになっていないかもしれませんが、もう一度、システムの問題と個人の問題を明確にしても良いかと思いますが。(医師個人のほうが叩き易いかもしれませんが)


医師の守秘義務や個人情報保護法というのはどこまで適応されるものなのでしょうか?
医療事故に関して、過失の有無に関わらず、全てを明らかにして各種学会雑誌に公表して欲しいものと思います。医師は失敗から学ばなければならないのです。多くの医師が学ぶこと(それを今後の患者さんに生かすこと)こそが死亡された患者さんへの最大の供養になるかと思うのですが。


薬の添付文書に関して

薬の許認可や適応や禁忌を決めることは製薬会社にとって死活問題です。厚生省の主たる天下り先である製薬会社やその関連会社に対する厚生省の最大のカードが薬の許認可ではないでしょうか(想像も含まれていますが)。星の数ほどある添付文書を医師会や学会、医療団体が書き換えられるとはとても思えません。それこそ政治家が官僚の天下りを止めさせるのと同じくらい大変なことではないかと想像できます。医療裁判における法律を変えるほうがもっと簡単なように思いますが。
そもそも潰れそうな赤字病院や地域の崩壊しそうな病院やそこの医師の発言になど厚生省が耳を貸さないから医療訴訟の氾濫や医療崩壊が進んでいるように思えてならないのですが。不満ばかりでスミマセン。
より現実的な解決法は、やはり各学会が学術的、科学的根拠に基づいてガイドラインを作ることでしょうか。循環器学会などでは心筋梗塞やある種の不整脈などに関して(アメリカ心臓病学会を真似て)治療のガイドラインを作成していますが、内服薬のガイドラインなどはありません。ただしこれはかなり利権の絡む問題なので慎重、公平に進めて欲しいなあと思います。

> 元行政さん   (No.23の書き込みについて)

 いや、添付文書外の使用をしたことについて医学的な過失がなく、かつ、原告もそのことを知っているのであれば、文書外使用について責任を問うことを「言いがかり」と言っても構いませんけど、そんなケースは殆どあり得ないと思うのです。

 まず、添付文書外使用が臨床医学的常識にも反し、過失ありと評価すべきものであれば、その点を訴訟で追及することは、もちろん「言いがかり」ではありません。

 また、添付文書外使用が客観的には医学的常識には反しない場合であっても、医療の素人である原告にとっては、ましてや訴訟を提起する前には、そんなことは分かりません。医療過誤に遭ったのかも知れないと感じている患者や遺族が、注意書きどおりに薬が使われていないと知ったとき、その点を過失として追及すること、「医師は都合がいい部分だけ文書と臨床は違うと弁解する」と批判することは、果たして「言いがかり」と評価されるべきことなのでしょうか。

 ただでさえ素人に対して専門分野特有の事情を理解させるのは大変なのに(皆さん、ここでのやり取りで痛感しているはずです・・・・(笑))、具体的紛争に直面して不信感を抱いている相手にそれを理解させることは極めて困難です。個々のケースで原告の主張が医学的におかしいと反論すること自体は当然なのですが、それと同時に、患者・遺族等、医療の専門家でない者がどういった部分に疑問や違和感、不信感を抱くことが多いのかを考え、それを取り除いていく努力をしないと、医療過誤訴訟が減ることはないと思います。

> しまさん   (No.16の書き込みについて)

 患者が本人で(弁護士に委任しないで)医療過誤訴訟を起こすのは、極めて困難です。正確に言うと、訴訟を提起すること自体は簡単ですが、「ちゃんとした訴訟」として取り上げてもらうことが難しいということです。

 損害賠償請求訴訟においては、簡単に言うと、_燭あったかを説明し、△修里Δ舛匹良分が過失にあたるかを主張し、それらの点を証拠により立証しなければなりません。

 しかし、医療過誤訴訟においては、,療世らして困難が伴います。医療の素人たる原告には、どのような治療行為があったのか(なかったのか)を知ることが難しいのです。カルテの開示に消極的な医療機関もありますし、カルテ等が開示された場合も、専門用語、外国語、略語による記載が多いため、先ずこれを翻訳する必要があります。余談ですが、医師によっては非常に読みにくい字で記載していることもしばしばあります(一方、看護記録は解読しやすい文字である場合が殆どです)。

 △砲弔い討癲医学と法律の知識がない上、協力医へのアクセスも持たない通常の原告にとっては、やはり相当困難といえます。過失の主張が明確でないと、被告病院から反論を受ける以前に、まず訴状を受け取った裁判所に相手にしてもらえません。「ちゃんと法律構成をしなさい」と訴状を突き返されますし、期待された補正ができないと、実質審理に入る前に訴えが却下されることもあります。

 の点も、素人にとっては極めて困難です。どのような物が証拠になるのかはその辺りの本を読んでも分かりませんし(判例雑誌等による解説は、当事者が提出した証拠までフォローしていないのが普通です)、証拠を収集する方法もよく分からないのが普通でしょう。

 以上の点は弁護士にとっても簡単ではありません。また、医療過誤訴訟は時間と手間がかかる上に勝訴率も低く、かつ、証拠保全や鑑定等に費用もかかるので、弁護士としても、受任するのにかなりの決断、気合を要する事件といえます。逆に言うと、受任してくれる弁護士を探すことも容易ではありません。
 
 というわけで、御指摘どおり、医療過誤訴訟を患者・遺族が御本人で行うのは極めて困難な上、弁護士に依頼して遂行するのも骨が折れる、ということがいえます。

>>FFFさん
ですから、今の枠組みで医事関係訴訟を扱うのはムリがあると医療側が訴えているのです。
いくらその手続を法的に正当化できるとしても。

次の枠組みについて一緒にお話ししましょう。

>ですから、今の枠組みで医事関係訴訟を扱うのはムリがあると医療側が訴えているのです。
>いくらその手続を法的に正当化できるとしても。

前からこの話は散々出てますけど、FFFさんは「今の制度を変える前に医療側にやるべきことがたくさんある」一辺倒の方のようですので…
次の枠組みについて一緒に話すのはムリかと思われます(笑

>いや、添付文書外の使用をしたことについて医学的な過失がなく、
>かつ、原告もそのことを知っているのであれば、文書外使用につい
>て責任を問うことを「言いがかり」と言っても構いませんけど、そ
>んなケースは殆どあり得ないと思うのです。

FFFさん,
多くの訴訟では,このような「言いがかり」が現実に起こっています.
サイトテックしかり,ペルジピンしかり,です.現実問題としてその
文書外使用が本質的な問題の原因ではなくても,そのようにされてい
るものは数多く存在しています.
何人かの医師の方が添付文書に関してコメントしておられますが,添
付文書の内容が金科玉条として扱われている例は枚挙に暇が無い状態
です.
だからこそ,ここのブログでは添付文書をそのように扱うのは医学的
見地からして適切ではないことを法曹関係者に理解して頂きたいと要
望しているのです.

横レス失礼いたします。

> FFFさんは「今の制度を変える前に医療側にやるべきことがたくさんある」一辺倒の方のようですので…(No.38 ROM様)

FFFさんは別に一辺倒ということはありません。それは、今までのFFFさんのご発言を通して読めば理解できることだと思いますが。

現に訴訟の枠組みが存在し、近い将来それが消える見込みもありえないと判断される以上、今の訴訟対策を軽視することはできない、という考えは、実務法曹としてはしごく当然のことです。
現実に発生した紛争を解決し、あるいは将来に発生が予想される紛争を予防するという弁護士の任務にのっとった、現実的・建設的なアドバイスであるといえます。

「制度が悪い、俺は気にくわん」と言っていても、それに拘束されるのが法のしくみなのですから、文句たれていても何にもなりません。それこそ非建設的です。(ちなみに、そういう制度を作ったのは、お医者様を含めて我々国民だということになっています、タテマエ的には。)

これに比べて制度的な改革は、長期的であり二次的な対策となります。それはそれで必要なことですから、議論する必要はあるでしょう。
しかし、お医者様はあまりにもナイーブというか、制度の議論だけをしていても、今の危険は全然無くならないのですよ、ということを、つい、ご注意申し上げたくなるのです。
今のあなたの備え・守りは大丈夫ですか?まずは、迫り来る危機に対して、今できる対策を一つでもして、身を守るべきではないのですか?

------
> 添付文書の内容が金科玉条として扱われている例は枚挙に暇が無い状態(No.39 Level3様)

疑問なのですが、
添付文書が非現実的であることがお医者様の一般的見解であるというならば、被告側の医師だけでなく、原告側協力医や裁判所が選んだ鑑定医も同じ回答をするはずで、それが積み重なれば法曹の中でもそれが常識的になっていくでしょう。
しかし、現在はまだそうなっていません。
その原因は、医師の中でも意見が分かれている、または、医学的に誠実な回答をしない医師が少なからず存在する、という疑いを持ってしまうわけですが、いかがでしょうか?

> ここのブログでは添付文書をそのように扱うのは医学的見地からして適切ではないことを法曹関係者に理解して頂きたいと要望しているのです.

ここを読んでいる法曹は、もう既に問題点をほとんど理解していると思います。
それをどうやって一般的な理解にまで広めていくかが、問題なので。
決定権を握るのは裁判官ですが、裁判官はこういう場所をどれほど見てくれているか。甚だ心許ないところです。
宣伝活動の方法を考える必要もあるのでは?

>添付文書が非現実的であることがお医者様の一般的見解であるという
>ならば、被告側の医師だけでなく、原告側協力医や裁判所が選んだ鑑
>定医も同じ回答をするはずで、それが積み重なれば法曹の中でもそれ
>が常識的になっていくでしょう。
>しかし、現在はまだそうなっていません。
>その原因は、医師の中でも意見が分かれている、または、医学的に誠
>実な回答をしない医師が少なからず存在する、という疑いを持ってし
>まうわけですが、いかがでしょうか?

YUNYUNさん,
ほとんどの医師はこのことを当たり前のように考えていると思います.
先にも書きましたように添付文書の内容を忠実に守っていては実際の
医療が行えないからです.
現時点では裁判官は,添付文書を金科玉条と考えていると思います.
裁判官は文書に記載されたもの(法律etc.)を規準に物事を考えるよ
うに思考パターンが固定されていますから.しかも裁判官は往々にし
て医師の鑑定結果を無視します.医師の下した医学的判断よりも自ら
の頭で考えた筋書きを重視する傾向があるようです.
また,原告弁護士はこういうところを攻めのポイントとして論戦を張
るでしょう.私は鑑定医の問題ではないと考えています.医師ではな
く法曹界の人間の問題でしょう.

>>No.40のYUNYUNさんのコメントの前段
おっしゃりたいことはわかります。
ただ、それは5年前、できれば10年前だったら実に有意義な話だったでしょう。

たぶん、医療者側の持つ「医療崩壊に対する危機感」が未だに非医療者側と共有できていないのでしょうね。
不謹慎は承知の上で9.11の世界貿易センタービルに例えれば、もう飛行機が突入した後の段階です。
先の戦争に例えれば、平成18年は昭和18年相当の戦況なのです。
産科・小児科に限らず、救急に限らず、僻地に限らず。


もうひとつ。
医療事故に対する調査・分析・対策・処分を行う特別なシステムが必要であるのと同等以上に必要なのは、「被害者の心を慰撫するシステム」でしょう。
可能ならば医療に限らず事故・犯罪被害者全てに対して。
それを整備しないまま、どんなにいじくっても双方が納得できる制度が出来上がるとは思えません。

YUNYUNさんへ

>今のあなたの備え・守りは大丈夫ですか?まずは、迫り来る危機に対し
>て、今できる対策を一つでもして、身を守るべきではないのですか?

その究極の対策が訴訟になりそうな診療科へは就職しない、昔は手術をしていたものでも危険性を強調して手術をしない等の防衛医療、急性期病院からの逃散あるいは医療そのものからの撤退という形となり今の医療崩壊へとつながっていると思っているのですが、違うと思われますか?
それらは、患者さん、医療者ともに不幸な状態だと思い、それをここで話合っているのではないでしょうか?

私も横レス失礼いたします。
>「今の制度を変える前に医療側にやるべきことがたくさんある」
というよりも「今の制度を改善するために医療側にもやるべき(もしくは医療側にしかできない)ことがある。」ということではないでしょうか。
例えば、添付文書の改定などは医療側から動かなければ話が進まない問題です。

個人的な妄想としては、適応外ではあるが医学的・倫理的に正しい使い方である場合、施設内のpilot studyとして(臨床試験として)、施設の倫理委員会(IRB)に通してみるのはどうでしょう。これとて、一個人では大変な労力を要しますが、大学などであれば医局(既に死語に近いですが・笑)として提出する。
多くの場合は日本国内の保険診療でのみ適応外なだけですから、医学的・倫理的に妥当であることをIRB(施設内)で証明することは、それほど難しくはありません。
臨床試験の形式にすることにより、個人の責任ではなくなりますし、結果を科学的に評価することが可能となり、将来の多施設試験→添付文書の改定に繋がります。

元田舎医さんのおっしゃる通りでね、

>ここを読んでいる法曹は、もう既に問題点をほとんど理解していると思います。
>それをどうやって一般的な理解にまで広めていくかが、問題なので。

一つだけ致命的に理解されてないことがあるんですね。
それは「本当に早急にやらなければいけない」ということなのですが。
危機感なく現実的対策とやらをコメントされる法曹の側と、「多分もうダメだろうなあ」と
諦観も混じりつつコメントされる医療者の側の対比が非常に面白いというか…何かね。
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」と言ってる間にね、終わっちゃうんですよ。
現実は非常ですから…。

No.35  FFF先生

知る手段が乏しいから、言い掛かりでないとするのは無理がありませんか。普通の訴訟と同じように、充分な考察、証明の努力を尽くした上で、訴えるべきではありませんか。(ところで弁護士の一部に医療機関側が証明義務を負うべきという意見もあるようですが、とんでもない暴論だと思います)過失のない相手を犯人扱いすれば、インフォームドコンセントの有無に関わらず(より言い掛かり度の高い例を出しても意味はないです)、言い掛かりです。

基本的には、文書外使用に関しての非難は、原告にではなく、裁判官にです。原告が誤解するのは当然理解もできる(言い掛かりであることに違いはないですが)からです。しかしながら訴えられてもいいなどとは誰も考えておらず、普通に対処できるものなら対処していますよ。奇異に見える部分も、医学上の必然から出てきたもの。先生の提案は机上の空論です。(実際誰もそれにそった現実的に有効な具体策を思いつかないと思います)

>今のあなたの備え・守りは大丈夫ですか?まずは、迫り来る危機に対し
>て、今できる対策を一つでもして、身を守るべきではないのですか?

ということを肝に銘じて実行すると、「医療を行わないのが最も良い回答」となりかねません。しかし医療を行わないというのは、まさかできませんよね。だから我々は法や制度の問題としているわけです。

>Lebel3さん
>現時点では裁判官は,添付文書を金科玉条と考えていると思います.
>裁判官は文書に記載されたもの(法律etc.)を規準に物事を考えるよ
>うに思考パターンが固定されていますから.

逆に言えば、文書さえあればいいと思います。

・診療ガイドライン
・学会発表・論文
・海外文献

これらのうち、何か添付文書と反する記述があれば、それを参考にすると思います。
文書が何もなければ、薬の添付文書が優先されると思います。

要は「何を根拠にして治療をしていたのか」と言う所に尽きると思います。
そして、根拠になるものが曖昧だったら、何の根拠もなく治療していたと言うことに
繋がると思うのですが、いかがでしょうか。

上の書き込み、Level3さんのbとvを間違えてしまいました。お詫びします。

>yamaさん
>法や制度の問題

現状では、医療面に関して法と制度を動かせるのは、医師だけなんですよね。
もちろん、患者側も動かせますが、患者側の立場に立った法改正が行われます。
医師の立場に立った制度を作るためには、医師自らが動くしかありませんね。

医師自らが動いて、世論を動かす他に方法がないというのが現状でしょう。

ROMってますが、
皆が他人事だと思っているうちにどんどん医療崩壊が進んでいる現状がよく理解できる流れですね…(苦笑)

契約を重視した感冒診療の一例

■玄関
●合成音声:カード挿入口に有効なクレジットカードを挿入して下さい。なお、当院では患者様と当院の安全上、随所ビデオカメラによる撮影を行っておりますが、それについて同意される方のみお入り下さい。クレジットカードの挿入は撮影されることへの同意とみなします。
---カード挿入
●合成音声:ご利用ありがとうございます。ゲートを開きます。

■総合受付
●総合受付:おはようございます。診察をご希望の方はまずこちらの「診療契約書」をよくお読みになり、納得されましたら、診察に同意される旨を27ページの患者署名欄に3部ともご署名いただけますでしょうか。口頭での説明をご希望される場合は、あちらの「診療契約説明室」で説明させていただきます。代理人様、つまり弁護士に以後の診療契約交渉を委任される場合は、その旨お言いつけ下さい。保険証は契約書と一緒に提出下さい。
---30分経過
●総合受付:ご契約ありがとうございます。診療契約書は1部お控え下さい。それでは右手前方の外来受付へお立ち寄り下さい。

■外来受付
●外来受付:おはようございます。今日はいかがされましたか?...お風邪を召されたようなのですね。それでは、こちらの3枚複写になっている「問診票」にいつごろからどのような症状が出たか詳しく記入していただけますか。なお、診療契約書と問診票にも書いてあります通り、もし○○様が虚偽の申告をされ、当院医師の診断・治療成績に悪影響を及ぼす事態になりました際には、然るべき法的措置をとらせていただく場合がある旨ご了承下さい。必要事項を全てご記入されましたら患者署名欄へ、下まで写るよう筆圧をかけてご署名下さい。
---20分経過
●外来受付:ご記入ありがとうございます。「問診票」は1部お持ちになって下さい。当院では患者お一人お一人にじゅうぶんなお時間をとってご説明の上、診察させていただきますので、予約外の初めての診察の方は1時間に1〜2名のペースとなります。申し訳ございませんが、○○様の場合、7時間後の午後4時半ごろの診察となりますが、よろしゅうございますでしょうか?
---7時間経過
●スピーカーより医師の声:診察券番号「(ぬ)の4739番」の方、3番診察室へお入り下さい。

■診察室
●医師:こんにちは、○○さん。内科医師の△△と申します。よろしくお願いします。
---握手
●医師:最初に伺いますが、診療内容を録音・録画されますか?こちらの3枚複写の「診療内容録音・録画同意書」に該当する項目をチェックし、サインして下さい。なお、当院では改変しにくいアナログ記録であるED-beta方式での録音・録画を行っております
---3分経過
●医師:録音・録画とも同意して下さり、ありがとうございます。
---医師、録音・録画のスイッチを入れる
●医師:さて、お風邪を召されたようだ、とのことですが、これから説明いたします「感冒診察包括契約書」に3部ともサインを頂戴してから実際の診療となりますがよろしいですか?...よろしいですね。まず、問診ですが非常にプライバシーに関わる情報を扱いますので、もし喋りたくない場合は黙秘していただいて結構です。そのかわり、虚偽の受け答えをなさった場合は、受付でも申し上げた通り、法的措置をとらせていただくことがあります。次に、咽頭検査ですが、舌圧子をで舌を押さえたとき、10人に8人ぐらいは不快な感じを受けます(注:以下の統計はデタラメです)。100人に3人ぐらいは実際に嘔吐すると言われています。100万人に5人ぐらいがその吐物を誤嚥して嚥下性肺炎を起こし、1000万人に1人ぐらい迷走神経反射による心停止を起こすことがあるとの統計もあります。次に聴診です...(略)
---20分経過
●医師:ご契約ありがとうございます。それでは、病状についてお伺いしますが...(略)
---3分経過
●医師:一通りお話を伺い、診察をしましたところ、やはり6割以上の確率で「普通のカゼ」であろうかと思われます。残りの4割弱の確率で起こり得る疾患については、さきほどの「感冒診察包括契約書」の別表3、そう14ページから32ページまでですね、そちらに書いてあるものなどが考えられるわけです。もしこの診断に納得いただけるようなら、「感冒治療包括契約書」の説明に移らせていただきます。納得されない場合は、セカンドオピニオンを求めることが出来ますので、お申し付け下されば、診察時のビデオテープを添えて診療情報提供書を作成いたします。...納得されるのですね。ありがとうございます。それでは「感冒治療包括契約書」の説明に移ります。普通感冒はその4割前後がRNAウイルスであるライノウイルスによる上気道への感染症と考えられており...(略)...現在のところ病原体を直接攻撃する治療法はありませんので、適宜、ご希望に応じて症状緩和のための薬剤を使用することになります。まず、発熱、咽頭痛などがどうしても我慢できない場合、解熱鎮痛薬であるアセトアミノフェンを使用することになりますが、重大な副作用として頻度不明でショック、アナフィラキシー様症状、皮膚粘膜眼症候群...(略)...以上で「感冒治療包括契約書」の説明を終わります。納得されましたら、3部ともサインしていただけますか?...ありがとうございます。それでは、いずれの薬剤を処方いたしましょうか?何も処方しない方法もありますし、私個人としてはそちらの方をお勧めしますが。...そうですか、解熱鎮痛薬のみご希望なのですね。それでは処方せんをお渡しいたします。症状が軽快しなかったり、「感冒治療包括契約書」の別表5にあるような別の症状が表れた場合、別表5の右欄に応じて再診して下さい。本日の診療の明細書はこちらです。ご不明な点がありましたら、今日を含めて14日以内に当院にお申し立て下さい。会計はクレジットカード決済になります。本日は来院いただき誠にありがとうございました。
---以上、「感冒治療包括契約書」説明開始より30分経過したところで退室

>元田舎医さん
欠点は多いとは思いますが、なかなか魅力的なアイデアのような気もします。
方向性はこのままで、煩雑なサインと契約書の簡略化は考える必要がありますね

>>No.52のしまさん
>欠点は多いとは思いますが、なかなか魅力的なアイデアのような気もします。
>方向性はこのままで、煩雑なサインと契約書の簡略化は考える必要がありますね

(元臨床医の)私も含めて大方の臨床医にとっては非常に非魅力的なアイデアかつ方向性だと思われます。
ただ実際、現在の外来診療は上記に近くなってきています。

例えば、便潜血検査が陽性と出た人への大腸内視鏡+内視鏡的ポリープ切除術の説明など、以前いた病院では定型文書を用いて説明していても、あまり乗り気でない人だったりすると20分ぐらいかかることがザラでした。
春先、人間ドックや検診で引っかかった便潜血陽性の人が5人ぐらい続くだけでうんざりしてました。
十分な説明は必要だとは思うんですがね。

で、上のような診療を実現するには診療報酬が10倍でも足りないかもしれませんよ。
でないと看護師や、技師さん、事務員などの診療スタッフを雇えないです。
設備投資費も出ませんね。
せめて受診した当日に診察を受けられるようにするには、外来診療をする医者自体、数倍の人数が必要でしょうし。

パンドラの箱はもう半分開いちゃってますが。

ちなみに、重々わかっちゃいるけどヘタレの私にはなかなか実行できなかった、外来診療で回転を速くし待ち時間を減らす最大のコツは↓
「決して喋らせず、決して喋らないこと」。

良い感じですね!

> 重大な副作用として頻度不明でショック、アナフィラキシー様症状、
> 皮膚粘膜眼症候群...(略)...以上で「感冒治療包括契約書」の説明
> を終わります。納得されましたら、3部ともサインしていただけますか?

私は、「アレルギー特約」をつけたいですね。

「ここで200円を支払うと、この薬の服用によってアレルギー症状が出た場合には、その治療に要する費用はこちらで負担致します。この特約は大変人気がありまして、みなさん、つけていらっしゃいますよ...」

初めて発言します。
激務から脱出して20年も経過したマイナー科開業医ですが、火の粉は私の周囲にも漏れなく降り注いでいます。それなりに過緊張を強いられ、一部では防衛上の撤退(診療行為の制限)を余儀なくされつつ、薄氷を踏む思いで診療する毎日です。

>しまさん
元田舎医さんのシナリオは今の診療報酬体系と外来フリーアクセス方式(応召義務)の元では、単なるジョークなんですが、ひとり30分かけてゆっくり診察し、診断結果や治療方針を詳しくお話しできることは重要な到達目標だと思います。また、この程度まで時間をかけた診療スタイルは、日本、韓国、中国などを除けば、どこの国でもスタンダードなのではないかと思います。「薄利多売方式」と称される日本の現在の保険診療システムは、よりトラブルの発生しにくい医療を提供するためにも、医師の人権を守るためにも、廃棄されなければなりません。

実は、保険診療の元でも、これを直ちに実現することは不可能ではありません。医師ひとり当たり外来診察患者数を制限するような診療点数体系を導入すれば良いだけです。

さし当たっては、医師ひとり当たり1日20人までは1点20円(今の2倍)とし、10人超えるごとに30%減額すればどうでしょう。21人から30人までは1点14円、31人から40人までは1点10円、41人から50人までは1点7円、51人から60人までは1点5円、61人から70人までは1点3円、71人から80人までは1点2円、81人以上は1点1円、と言う具合に逓減制にするのです。

これだと80人診療すると平均して1点約10円になり現状と同じです。検査などにかかるコストは逓減できませんから、80人を超えると急激に収支が悪化します。1日40人に抑えれば1点16円で、1点10円の64人に相当します。

ここからスタートして、初期値、逓減率ともに徐々に大きくしていけば、制度変更に伴う混乱も逓減できそうな気がします。ゴールはアメリカ並みに1日10人で今の1.5倍の年所得ですが、これはジョークに聞こえるでしょうね。

実は武見医師会長の時代に、当時の厚生省は外来診察患者数を制限する提案を行っています。内科等は25人、皮膚科耳鼻科等は30人に制限する案だったようです。

-------- 引用 -----
http://user.shikoku.ne.jp/manabeto/30-jubilea.htm

 4月27日午後から翌朝の4時まで延々15時間にわたり、厚生省と日本医師会が、この「二重指定制」に関する政令、省令の手直し作業を行いました。これを後々、「暁の団交」と呼ぶようになりました。
 もともと、この政省令原案には、。運佑琉綮佞1日に診る患者数は内科25人、皮膚科、耳鼻科30人などと制限したり、⊃芭轍覆箚擬埒瑤鳳じて必要な保険医を置くべし、などの制限がありました。それら多くの制限規定をことごとく削除させました。
 政省令が発令されたのは、「暁の団交」から1日あとの4月30日でした。まさに劇的な改正であったと思います。この改正の恩恵を、私たち保険医は、当時も今も等しく受けている訳ですが、あまり知られていません。保険診療には今でも色々と制約がありますが、この骨抜きがなかったら、もっともっと惨めなことになっていたと思います。
----------

私はこの事件が今日の日本の医療を大きく歪ませる原因になっていると思います。武見会長時代の医師会と厚生省が共同で犯した歴史的誤謬のひとつだと思います。

> 元行政さん   (No.46の書き込みについて)

 私が「言いがかり」という表現に噛み付いたのは、医師の方に、医療の素人に対する思いやり、非医療者からの視点に対する理解というものが欠けているなあと常々(そして、ここでの議論を見てますます)感じているからです。元行政さんに限った話ではないのですが、医師の方には、「世間の人々は、医療の特殊性、医師の大変さを理解すべきだ!」「理解して当然だ!」という姿勢ばかり目立って、その理解が進まないことを専ら周囲の責任とし、自分達を「被害者」と位置づける傾向が甚だ強いように思います。

 そのような姿勢からの発言は、たとえ医師の側にそんなつもりはなくても、非医療者からすると「見下されている」と感じられることがありましょう。いつぞやの「それなら道端で産んだらいい」発言しかり、「医学部に入れなかった程度の連中がどうこう言うな」発言しかりです。医療過誤訴訟のうち少なくない部分が、そうした感情の行き違いを発端にしているものと思われます。

 今回も、医学の素人、それも医療過誤に遭ったと考えている人からすれば、薬が注意書きどおりに使われていないことには当然不信感を抱くことでしょうに、それを過失だと指摘することを「言いがかり」と切って捨てるのは如何なものか、と思った次第であります。

 「医学的には〇〇が正しいのだから、それを理解しない方が悪い」という姿勢から、「専門家でない相手に理解・納得させるにはどうしたらいいか」という姿勢にシフトできれば、訴訟の件数はかなり減るのではないかと想像しております。そして、訴訟になったとしても、医療側の予想できる判決が増えることでしょう。

 「分かってくれないあいつらが悪い」という、ある意味ナイーブな発想は改めた方が、何より医療側にとって有益だと思うわけです。会社員が「この商品の素晴らしさを理解しない客が悪い!」と本気で言ったら、「お前のプレゼンが悪いのじゃ」と一蹴されるはずです・・・・などと書くと、「会社員と医師は違う!」とまた怒られそうですね(笑)。

 それから、裁判官批判は自由ですが、以前に書いたように、現行制度下では訴訟提起自体を完全に防止する方法はない上、憲法改正をしない限り、何らかの新制度を作っても最終的には裁判官の自由判断による司法審査に服するわけですから、現実問題としては、医療側において「裁判官に分からせる工夫」をしないと仕方ないと思います(もちろん訴訟制度改革の必要性を全く否定するものではありませんが、どのように制度をいじっても、上記の大枠はそのまま残ります。)。そして、医療側においてそのような「工夫」をする余地はまだまだあるのではないか、と想像しております。

> 一つだけ致命的に理解されてないことがあるんですね。
> それは「本当に早急にやらなければいけない」ということなのですが。(No.45 ROM様)

で、問題は、今、具体的に、誰が何をするかということだと思いますが。
ここで語り合っているだけでは、リアルの世界では何も変わりません。

医事紛争を既存の訴訟の枠組みから切り離す、というか、専門調査委員会のワンクッションを前置させる(法としてそのやり方を強制する)というような、ドラスティックな制度改革には、5年10年の長期間を要するでしょう。
それも、今すぐに運動を始めて、という意味です。

制度改革には必ず国会を通さなければなりませんので、国会を動かすのには、どうしたらよいか。
知り合いの国会議員にオルグして洗脳する。医師10万人の署名を集めて送る。医師会や医学会から意見書を出してもらう。地域住民を説得して「我らの先生を守れ」署名を募る。etc
そういった具体的な動きを、医師側で起こしていただかなければならないと思います。

・勤務医は母体となる組織がないし、活動する時間もない
・開業医は責任がないので無関心
というような「動けない理由」はさんざん聞きましたが、
医師自らが動かないのに、他の者が動くことを期待できるはずがありません。

法曹は何をしているかといえば、
・裁判官&検察官 公務員は政治運動はしない
・弁護士 大多数は開業医と同じ立場だから、自分の仕事を放り出して無報酬で活動することはできない
そういう状況を乗り越えて、あえて動いてくれと言うならば、よほど大きい動機付けが必要になります。
医師は知らんけど法曹何とかしろ、では誰も動きません。最低限、医師もやるから弁護士も一緒にやってくれ、でなければ。
困難なことは解りますが、そこを頑張らないと、何も変わらず座して崩壊を待つのみ、その間にロシアン・ルーレットに当たった医師は個人的に不幸、という構図が続くことになります。
医師側が組織的に動き、日弁連に対して共闘を申し入れることはできませんか?

一方で、5−10年改革の成就までの間、既存の訴訟の枠組みを無策のままに放置していては、制度が出来る前に医療崩壊してしまうおそれがあるので、今すぐに、少しでも食い止める手だてが必要です。これは法制度ではなく、運用レベルの話です。
1.刑事責任からの解放 検察庁に原則的に不起訴処理させる
2.民事訴訟の科学的解決 正しい鑑定を行わせ、その結果を確実に判決に反映させる ←FFFさん提案の諸方策はこの部分

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2.について、「裁判所が鑑定結果を無視して判決する」というご意見がありましたが、普通に考えて、そのような事例が多いとは思えないのです。
せっかく頼んだ鑑定を無視するくらいなら、最初から鑑定を依頼する必要はなかったということになり、無駄な費用を負担させられた当事者は怒るでしょう。訴訟法はそのような事態を予定していないというべきです。
裁判官が鑑定結果を無視したという実例を集めて、なぜそのような判決になったのかを分析する必要があると思います。
本当に鑑定結果を無視したことにより判断を誤ったのであれば、その裁判官は厳しく批判されるべきであると考えます。

医学的に誤ったトンデモ判決が出る原因として考えられることは、
1)被告が主張・立証に失敗した → 被告及び被告代理人弁護士が努力すべき
2)鑑定結果が誤っていた → 鑑定医の選任方法や、鑑定方法を工夫すべき
3)裁判官の誤解偏見 → 裁判官に研修させるべき

1)はどんな民事訴訟にも共通することですが、2)、3)は医療訴訟に特有の問題です。
これについて、具体的なアイディアを出して、裁判所に受け容れさせるように働きかけなければなりません。
その働きかけの方法についても、考える必要があります。

>ニホンミツバチさん
>ひとり30分かけてゆっくり診察し、診断結果や治療方針を詳しくお話しできることは
>重要な到達目標だと思います

別に時間はどうでも良いのですが、元田舎医さんが仰る事が
重要な要素を含んでいますので、魅力的と申し上げました

大事なことは、患者の権利を契約で決めていることと共に、
病院の権利を決めていることです。これはクレーマー患者に対しては有効ですね。

患者の了解を得て録音・録画する事も重要ですね。
訴訟社会な以上、客観的な証拠は用意する必要があると考えます。

あと、例え風邪の際でも、患者側に選択肢を要しているというのが重要です。
「抗生物質なんて必要ないんじゃない」と思っている患者も中にはいる訳で、
そのような方に対しては、病院のほうで選択肢を用意して頂けると
楽かも知れません。

YUNYUNさま

>・勤務医は母体となる組織がないし、活動する時間もない
>・開業医は責任がないので無関心
>というような「動けない理由」はさんざん聞きましたが、
>医師自らが動かないのに、他の者が動くことを期待できるはずがありません。

お言葉ですがいま医者はもっとも活動的に動いております。
激務の職場からの退散です。
皆様のご意見をお聞きするにつれ、最も優れた方法だと改めて確信しました。
別に皮肉とか露悪とかで言っているわけではありません。
世間の方々の注意を喚起し世論形成するためには必要なのです。

最も足りないのはお金です。
医療費の元になるお金は国民が払っています。
国民が「何とかしろ」というまで、議論が起こりその結果医療費が増え状態が改善することは無理ではないでしょうか。すべてはそれからです。鑑定の問題も、裁判官の問題も、衣食足りて時間ができればこそ、の話です。皆様のはなしは概して理想的に過ぎると思いますが、理想をかなえる事は大事なことです。しかしそれはまともな精神状態と肉体になってからの話です。
現に産科の領域では世間の方の意識上に上りはじめるなど、よい兆候がみられだしています。

多くの医師が自分の収入を犠牲にして粛々と動いております。これは闘争なのです。

制度の変更を目指し提案していくことは重要ですが、いきなり今とは大幅に違う制度を持ち込もうとしても強い抵抗に会い、実現は困難なのではないでしょうか。また、司法に医学的な物の見方を要求しても、元から無理があることは明白です。

現在の医療者側の構えはナイーブに過ぎる気がします。既に医療者と非医療者の利害は、「大きな力」によって、鋭く対立させられてしまっています。また、同じ「大きな力」によって、医療者の持つパワーがそがれています。医療者側のパワーが低下したために、一般人からも攻撃(弱いものいじめ)を受けるようになったとも言えるでしょう。

医療崩壊を促進し、ハードランディングを誘発し、完全崩壊後の再建にかける立場もあるでしょう。しかし、ソフトランディングを目指し、崩壊と同時並行で再建を図る方が被害は少ないでしょう。

実例に則して見ると、医師と非医師のギャップを埋める存在であるべき鑑定人が、ことさらにギャップを拡大し、臨床の現場を考慮しない不適切な鑑定を行ったために、不当な判決が誘導されてしまうケースが問題なのではないかと思います。

輿論や司法一般ではなく、不当な提訴を仕掛けてくる一部の患者と検察、不当判決を出す法廷等が眼前の敵です。不当な鑑定意見を書く一部の鑑定人(医師)も敵です。これらの敵から徹底的に医療者の立場を擁護する仕組みを早急に構築することこそが、今、求められているのだと思います。

医療崩壊を押し止めるためには、客観性や公平性よりも先に、まずは医師の利益を徹底的に守ることが必要です。そのための一方法として、医師の側から見て真っ当な鑑定意見を、事件発生後早い段階で公開する仕組みが、まず必要なのではないかと思います。

今回の大野病院事件では、学会や専門医会の声明が多数公表された点で画期的だったと思いますが、実効性という点ではまだ不十分な気がします。声明からもう一歩進めて、医師側の私的鑑定意見として、しっかりした鑑定書を早期に公開すれば、さらにインパクトが期待できたのではないかと思います。

公開された医師側の鑑定意見を覆すだけの理論構成が準備できなければ、提訴しても勝訴できる可能性が低いことになり、提訴以前の準備段階で原告もしくは検察に提訴を諦めさせることも可能でしょう。それだけの強力な私的鑑定を行いうるシステムを各専門学会毎に整備し、刑事民事を問わず迅速に介入できれば、かなり強力な布陣になるような気がします。

まずは産婦人科学会が最も可能性が高いと思います。学会内に鑑定意見立案委員会を募集してはいかがでしょう。

>ニホンミツバチさん
>不当な提訴を仕掛けてくる一部の患者と検察、不当判決を出す法廷等が
>眼前の敵です。不当な鑑定意見を書く一部の鑑定人(医師)も敵です

医療訴訟というものは、提訴する側にも莫大なエネルギーとコストが必要であり、
不当な提訴というものはあまり考えられないと言うのが私の認識なのですが

具体的には不当な提訴というのは年に何件くらい起こっているのでしょうか

>しまさん

>患者の権利を契約で決めていることと共に、病院の権利を決めている

これは実施困難な面が少なくありませんが、具体的にはどんな方法が現実的でしょうか。ご提案ください。
実は既に、以下は実行しています。開業医の立場はとても弱いのです。

>患者の了解を得て録音・録画する
>例え風邪の際でも、患者側に選択肢を 提示する。

「抗生物質なんて必要ないんじゃない」だけでなく、「解熱剤も必要ないんじゃない。鼻水も防御に役に立ってるし痙攣も怖いから、乾く(抗コリン)作用のある薬も止めたほうが良いんだけどね」とこちらから提案しています。欲しがる患者さんには使用開始の注意事項を説明してお渡しします。カゼ以外の疾患である可能性が少なからずあることも簡易にですが必ず説明します。しかし、包括契約書は残念ながら用意できていません。

こうやると、相当に時間が必要です。初めての患者さんは30分は必要です。再来で短時間で済む方もありますから、現在の平均値は一人10分です。一日8時間で約50人。予約診療にして受診制限しています。これが物理的に限界ですが、今の診療報酬体系ではぎりぎりの低所得になります。老後のことを考えると不安です。困ったものです。

>しまさん

>不当な提訴

双方から見て、どちらからも不当な提訴などは、存在するはずもありません。医療者から見て不当な提訴は、ここでも既に、数多く引用されていませんでしょうか。

>医師の方に、医療の素人に対する思いやり、非医療者からの視点に対する理解というものが欠けているなあと常々・・・

 これは医師と非医療者を入れ替えても同じでは?尾鷲の産婦人科医は日本の社会が医師をどう扱っているかのよい例です。医師は取替えの聞く機械ではありませんよ。まず医師の非人間的な扱いを社会が辞めなければ心にも余裕ができないのではないのでしょうか。

>「分かってくれないあいつらが悪い」という、ある意味ナイーブな発想は改めた方が、何より医療側にとって有益だと思うわけです。会社員が「この商品の素晴らしさを理解しない客が悪い!」と本気で言ったら、「お前のプレゼンが悪いのじゃ」と一蹴されるはずです・・・・などと書くと、「会社員と医師は違う!」とまた怒られそうですね(笑)。

 別に会社員と一緒にしていただいてもいいのですが、「こいつの商品はだめにきまっている。もっと安く買い叩かなくては。」と根拠無く洗脳されているお客さんには「売らない」、「理不尽に訴訟される可能性大なら、会社をやめる、その商品自体の製造を中止する」、という選択肢もあるはずですよね。
 今、逃散、という方法で示している通りです。ナイーブではいられないので、責められないように防衛医療というやりかたもあります。

 もっと具体的に司法や国民がどう動いたらいいか、考えるということはないのですかね。とりごろうさんと一緒で長大な論文も、結論はすべて「医師が悪い」ではなんの建設的な意見でもないと思うのですが。

>元研修医さま

根深い偏見を持ち、医療者側の意見は悪いようにしかとらず、自分と異なる意見には聞く耳を持たず、一月前から変わらない自分の意見をただ述べるだけの頑迷な方がおられるようです。

先生が逐一丁寧に書き込まれる気持ちもわかるのですが、勇気あるスルー、というのも時には必要ではないかと存じます。

昨今レスが早いので言うべきことは既に出てしまってるような気がしますが、医療者サイドの発言を見ていて「誰でも考えることは同じだな」と思うことしきりです。逆に非医療者サイド側から見ると「聞く耳持たず」な姿勢と見えるのかも知れませんが…

それはともかく、今は既に議論よりも粛々と行動すべき時であると思うし実際多くの医療者は多かれ少なかれ行動に移している現実があるわけですが、こうした場においてはそれだからこそむしろより以上に「為にする議論」というのも必要なのじゃないかと考えています。発言をしている人間の何倍ものROMも議論に参加しているわけですから。
その意味ではむしろ「頑固者」の存在というのはありがたいものなんじゃないかと思いますよ。実際意見の対立があるからこそここにも大勢の人も集まっているんじゃないでしょうか。たとえ結論に何らの変わりはなくとも今までの医療の何が根本的な問題であったのかを皆で考えていくことが今後再び同じ失敗を繰り返さないためにも必要だと思います。

ま、昨今ではsevereなDMのPt.とin-ope.なpanc.ca.について今後の方針を話し合っている時のような気分ですが…(苦笑)

>>No.57のYUNYUNさん
>一方で、5−10年改革の成就までの間、既存の訴訟の枠組みを無策のままに放置していては、制度が出来る前に医療崩壊してしまうおそれがあるので、今すぐに、少しでも食い止める手だてが必要です。これは法制度ではなく、運用レベルの話です。

ですから、この5年のうちに「医療崩壊してしまうおそれ」ではなく、「医療崩壊してしまう」のです。
私の話は「医療崩壊」を前提としています。
崩壊は必定です。
食い止める手だてはほとんど遺されていません。
 【参考】
 臨時vol 17 MRICインタビュー 「もはや医療崩壊は止まらないかもしれない」
 2006年6月9日発行
 「医療崩壊」(朝日新聞社)を著した 小松秀樹 虎の門病院泌尿器科部長
 http://mric.tanaka.md/2006/06/09/vol_17_mric.html

「医療崩壊」して直接に困るのは非医療者の一般国民です。
私は逃散済みなので、新たに日常業務で訴追を受ける恐れとも、理不尽な体制での勤務とも、会話が成立しない人たちと会話を成立させようとする徒労ともほとんど無縁の生活になりました。
別に無理をして、ここで「医療崩壊」がすぐそこに迫っていることを訴え、「次の枠組み」を作ることを提言しなくともかまわないのです。
完全に無報酬のボランティアです。
おせっかいです。

Silent majorityを変えるためにはloud minorityを変える必要があります。
このブログに集う方々はどうもloud minority側が多いようです。
ブログの書き込みしか社会を変える手段がないなどとはさすがに思いませんが、5年前には存在しなかった一つの手段だとは感じています。
これが、私がこちらに出張ってきている理由です。
これでも、私の気力、知力でできる精一杯のボランティア活動なのです。
既に述べたように、非医療者側のみなさんの意見も少しずつ変わってきたように思います。

当然、医療側にも訴訟対策で成すべきことは数多くあるでしょう。
ただ、それは基本的に戦術レベルの改善策であり、戦略レベルでの方策ではありません。
そうこうしているうち、首都圏の産科診療に関していえば、横浜では崩壊の最終局面にそろそろ突入し、都内区部でも分娩制限をする病院が出始めました。

やる気にさえなれば、1年で新憲法すら制定してしまえるのです。
前例があります。

>医師の方に、医療の素人に対する思いやり、非医療者からの視点に対する理解というものが欠けているなあと常々(そして、ここでの議論を見てますます)感じているからです。元行政さんに限った話ではないのですが、医師の方には、「世間の人々は、医療の特殊性、医師の大変さを理解すべきだ!」「理解して当然だ!」という姿勢ばかり目立って、その理解が進まないことを専ら周囲の責任とし、自分達を「被害者」と位置づける傾向が甚だ強いように思います。

もう話になりませんな。これではマスコミに洗脳されてしまった市民と一緒です。
まさにこのコメントこそが偏見に凝り固まった法曹の姿だと、自分で気づいていない
ところが全く滑稽です。
このような法曹の方の実例をまざまざと見せてくださって、今逃散を考えている
医師の方々には決意を固める良い材料になったのではないでしょうか。
いい加減、自分がコメントする度に医師の反感と諦めを増やしていることに
気づきましょうよ。みんな優しいから今まで言わなかったみたいだけど。

>元田舎医 さん

>既に述べたように、非医療者側のみなさんの意見も少しずつ変わってきたように思います。

 認識を深め、その結果として意見も変わった人間がここに一人はいるということをお伝えしておきます。

ていうか、ここにコメントしてる医師の皆さん、ぶっちゃけ言ってしまうと、何か議論したりそれで具体策が出てきたところで、医療崩壊が止まると思ってる人はほとんどいないでしょ?
多分形骸化した皆保険は残るだろうからイギリス型かな、に移行するのはもう避けられないと内心は思ってるでしょ?
崩壊する前にこういう議論もあったんだよ、てところを残しておきたい、思い出したいから参加してるんですよね? 何故なら自分もその一人だからです(笑

適当に書いたのでツッコミはご容赦…(笑

  とおりすがりさん、ありがとうございます。皆様失礼しました。

 私は今海外にいます。日本にいる頃は週2回36時間勤務をし、外来、病棟、救急と忙しくしていましたので世論がどうなっているか知るよしもありませんでした。ただただ目の前の患者さんへのケアと自己の研鑽で日々が過ぎていました。

 海外に出て、ネットで日本の情報をチェックしていると、なんだかおかしな(民事)訴訟が増えているなあと思っていたところに、2月の福島の逮捕がありました。そしてその後に続々と今までならならなかったような件で刑事事件化していきました。

 海外にいると日本のことが少し客観的に見えます。

 声を大にして叫びたい。

 異常です、医療事故の刑事事件化。(先進国で日本だけ)
 異常です、日本の医師労働。
 異常です、マスコミの医療バッシング。

 アメリカにいると日本の皆保険制度がどれほど患者さんにとってありがたいものかわかります。日本のほとんどすべての医師がほとんどボランティアともいえるような状態で、熱意を持って誠実に可能な限り最良の医療を目指して行っているのに、それが国民、司法、マスコミの故無きバッシングによって逃散逸せざるえなくなっている。

 日本人の完璧主義の故か、「医療事故・過誤もないけど、医療も無い」というのが冗談ではなくなりつつあります。

 イギリスの例でわかるよう、一度崩壊したものを立て直すのは気の遠くなる時間がかかります。

 名も無き一人の医師としてできることは限られていますが、一人でも多くの国民に現状を正確に認識して、危機感をもっていただけないかと思っています。

 だから思わず、スルーできませんでした。

 以前、別の弁護士さんのブログでも討論になったことがありますが、結局どうしても話がかみ合わず非常に残念に思いました。そのときも今回のFFFさん同様、立場が違うとか言う以前に話がかみ合っていませんでした。
 モトケンさんも割り箸の頃は???と思っていたのですが、だんだん議論が進むにつれて話が通じるようになってきて本当にうれしく思いました。そして大々的にこのような場を提供していただいたことを心より感謝しております。
 司法関係者も話せばわかる人もいる、絶望的なほどの司法不信が少し改善されました。
 
 一連の流れの中でしまさんが、どこのコメントかで「医師は職人に近いのでしょうか?」という発現をされました。これは涙が出るほどうれしかったです。やっと一人でも医師側が伝えたいことが通じたのだと思った瞬間でした。

 この危機に、医療側も、国民も、司法も、マスコミもみんなできることは迅速にやらなくてはいけません。

 医療は国の根幹です。一度も病気にならない人間はいません。医療は医師だけが作るものではなく、国民が作り、守り、育てていくものです。

こんにちは、YUNYUNさん。
整形Aと申します。

貴重な提言、ありがとうございます。

No57の書き込みについて

鑑定に関してですが、9/16付けの医事新報によりますと、最近の医療過誤裁判は迅速化の傾向にあり、裁判所による公的な鑑定が行なわれなくなっているそうです。
鑑定だとどうしても時間がかかる。そこで両者から医学文献を提出してもらい、それを基に判断しようとしているのです。
文献だと、医師が滅多に遭遇することのない稀な症例を指摘することが可能です。また大概の文献は「この方法でうまくいった」といったいいことしか書いてないことが多いので、それを基に裁判を進められると医師の側が不利になりがちだとか。
また、現場のニュアンスが伝わりにくく、文献自体を裁判官がどの程度理解できるのかも疑問です。

つまり、「裁判官が鑑定書を無視して判決する」のではなく、そもそも「鑑定すら行わず判決を下す」例が多くなってきているということです。

さらに、裁判所が行なう公的鑑定のほかに、私的鑑定というものもあります。
まあ、これは法律家の方は当然ご存知のことだとは思いますが、患者側の出す意見書は、患者自身が出すのではなく協力医という第三者が出すので、私的ではありますが立派な鑑定書とみられます。
一方病院側の出す意見書は当事者自身の意見ですので、弁明書の一緒とみなされ、鑑定書ではない。

となりますと、公的鑑定はなく、あるのは患者側の鑑定書のみ、ということが起こりうるんだそうです。
この辺も、医療側が裁判に負けやすい構造になっている、という指摘でした。
そこで筆者の提言は、病院側は意見書を出すだけでなく、なるべく自分のところとは無関係の医療機関に、意見書とは別に私的鑑定書を作ってもらった方がいいということでした。

No.71の元研修医さんのコメントで、私なぞの言いたいことはほぼ言い尽くして下さった感があります。

「医療崩壊」について、全ての日本国民に当事者意識を持っていただきたいだけです。

医療側が清廉潔白だとも思っていません。
自分や家族が患者側になることも多いのですが、正直カチンと来ることもまれではありません。
この人になら心底お任せしたい、と思えるような心・技・知が揃った医師は10人に1人いるかいないかでしょう。(自分はその基準を満たしていない大きな自信があります)
しかし、その残り9割も含めて、現実の医療を担っているのです。
医師が「いる」のか「いない」のかは大きな違いです。

私は「必要以上に」戦犯探しをするつもりはありません。
その状況に至った経緯を理解するための情報収集とそれに基づく判断は行いますが。
現実を踏まえて、次に具体的に何が出来るか、それを一緒にお話しましょう。
私がかぶれているアドラー心理学ではそう考えます。

>>管理人さん
改めてこのような場を作って下さったことに感謝申し上げます。

>パドレスさん

「逃散」は現実を憂うる現場の断末魔の叫びで、本気で「逃散」した医師はほとんどいません。
モチベーションがガス欠状態になりながらも昼夜をとわず頑張っているのです。

お久しぶりです。
皆さん熱心な議論を続けておられるようですが、ここでの議論で分かったのは、
更なる虚無感に襲われた自分の感情です。

以前は「話せば分かる」と淡い期待をもっていましたが、今はそんな感情も
消えました。言っても理解できない人間の多さに驚きました。
「人を裁く」ためには他の人たちのことを色々と理解しなければならない
はずなのに法曹界の人間は理解しようとはしない。
(管理人さんや何人かの人は一定の理解を示していますが)

さらには、何処かのトップが
「遺族を含む犯罪被害者の心情に十分配慮した厳正な処分や科刑の実現により、
治安回復の目的を達成しなければならない」
と発言したり(マスコミのミスリードかもしれませんが)

はっきり言ってばかばかしいです。

我が北海道ではすでに医療崩壊が進んでいます。医師も近隣の中核医療機関から
徐々に撤退しているし、以前だったら手術していたような病気も手術しなくなったし。
(手術したほうが助かる確率が高いのですが、手術後に死亡し逮捕されたら
いやなので手術してくれません。)

私も避難しました。皆さんも早く避難したほうがいいですよ(^^)。

連投すみません。

ちなみに、私の姉夫婦も外科系の医者です。出身大学も仕事をしている地域も
全く違いますが、この前帰省した際に話をしたら、
「今の医療制度は崩壊させるべし」との意見で一致していました。

私の出身大学や他大学の出身の医者たちや、看護師やその他のコメディカルたちも
同様の意見です。

今や医療崩壊させるべしとの意見は大半の医療従事者のコンセンサスになってきて
います。

No.56  FFF先生
>医師の方に、医療の素人に対する思いやり、非医療者からの視点に対する理解というものが欠けている

思いやりは大事ですが、それは基本的に相手に求めるものではありません。誰かが他人にそれを求めるときは、大抵自分に非があることを情によって誤魔化そうという意図です。(明確な基準で不合格の判定を出した時、よく思いやりが足りないなどと言われたものです)もとめるにしても、自分が被害にあう(訴訟は甚大な被害)ことを、許すくらいの思いやりというのは、かなり無茶だと思います。

>少なくない部分が、そうした感情の行き違い

実際、それよりもはるかに多い部分で、不幸で冷静な判断ができなくなるという人間の弱さ、又は、お金に目がくらんでしまったりする生来の悪さに起因する言い掛かりが存在するでしょう。先生の経験している、十分な説明で納得するという患者及び患者家族は、多少こじれてもいずれは真実に気が付くと思います。
最近よく見かける明らかにおかしな訴えをする連中には、先生の想像するような性善説的な対応では、絶対に対応できないでしょう。そしてほとんどの問題は、彼らが作っていると思われます。

>医療過誤に遭ったと考えている人からすれば、薬が注意書きどおりに使われていないことには当然不信感を抱く

しかたないことを許すことは大切ですが、まず悪いことであるということは明確にすべきです。とんでもない連中につけ込まれるだけだと思いますし、そんなことでは筋道を論理的に考えることが出来なくなります。

>会社員が「この商品の素晴らしさを理解しない客が悪い

「分からないくせに言い掛かりをつける奴が悪い」が、巧妙に「分からない奴が悪い」に摩り替わっていますね。まあ、一応この比喩にあえて乗って反論させてもらいますと、「だって相手は、いちゃもん目的のチンピラですよ。」というところですかね。

>裁判官批判は自由ですが、以前に書いたように、現行制度下では訴訟提起自体を完全に防止する方法はない上、憲法改正をしない限り、何らかの新制度を作っても最終的には裁判官の自由判断による司法審査に服するわけですから、現実問題としては、医療側において「裁判官に分からせる工夫」をしないと仕方ないと思います

分からせる方法は、多くの医療機関が裁判官を批判し、それを聴いて理解した一般人からの批判も大きくなっていくことが一番だと思います。一部には問題を意識し、真摯に改善に取り組んでいる裁判所の方もいるようですが、十分だと評価する人間はいないでしょう。
最終的には裁判官の自由判断だという話も、各人が裁判官の意向を汲み取ってそれに則った行動を取らなければならないということでも、実生活においてそのような行動が一般的であるというわけでもないわけです。そもそも昨今の判例に従うならば、医療を続けられる医師はほとんどいないはずです。

>老人の医者さん
>その意味ではむしろ「頑固者」の存在というのはありがたいものなんじゃないかと
>思いますよ。実際意見の対立があるからこそここにも大勢の人も集まっているん
>じゃないでしょうか。

立場が違えば対立するのが当たり前だと思うんですけどね。
対立しなければ、どこで対立しているのか分からないですし。

対立と混乱を回避しようとして、曖昧な議論に終止していたと言うのが
日本の悪しき風習でしょう。

ちなみにFFFさんの意見ですが、非医療関係者の方々は違和感なく
受け止められるでしょうね。法曹界関係なく、共感するところは多いです。

>ニホンミツバチさん
>これは実施困難な面が少なくありませんが、
>具体的にはどんな方法が現実的でしょうか。ご提案ください。

名古屋弁護士会が医療契約書のモデル案を出していますよね。
あまりに患者よりだとは思うので、これを参考にしながら弁護士さんに
相談して、書き換えればよろしいのではないかと。
http://www.aiben.jp/page/frombars/topics/61folder/model.html

で、簡単なパンフレットを用意して、契約書の概略を説明して、署名をもらえば
いいのではないかと考えていますが、いかがでしょう。

保険では素人と保険会社が普通に契約書を交わしている訳ですから、
医療でも出来ないことはないと思うんですけどね。


>欲しがる患者さんには使用開始の注意事項を説明してお渡しします。
>カゼ以外の疾患である可能性が少なからずあることも簡易にですが
>必ず説明します。

それは素晴らしいですね。

議論が拡散してきたようなので、少しお題を出してみます。

「何をもって医療バッシングと定義づけますか?」

何年でも良いですが、20年前と比べて
・マスコミが医者をたたく機会が増えたのか
・患者さんから、直接心ない事を言われた機会が増えたのか
・裁判で、原告の勝訴率が増えたのか

マスコミに対する批判が多いようですが、マスコミが医者を憎んでいるのであれば、
「医療崩壊」なんて本が朝日新聞社から出るはずはないと思うんですけどね

> お言葉ですがいま医者はもっとも活動的に動いております。
> 激務の職場からの退散です。
> 世間の方々の注意を喚起し世論形成するためには必要なのです。(No.59とおりすがり様)

転職されてお暇になられた医師の先生方は、国民や国会議員に働きかける運動にもお力を貸していただけないでしょうか。
医師だけでも、法曹だけでも、改革はできない。医師と法曹とが、力を合わせて行動することが必要です。

どういう活動をするかというと、
例えば私は地元の会で、未決拘禁法成立と共謀罪法案阻止を扱う委員会に所属しているため、昨年1年間は、会長談話発表、市民集会、街頭ビラまき、デモ行進etcを実施し、地元国会議員の事務所も回りましたし、上京して国会の議員会館へも2度ほど行きました。
これらの活動に対し報酬はどこからも出ませんので、純然たるボランティアです。自分の仕事は休んで、事務所は本日休業にして、1日がかりで東京へ行くわけです(交通費は会から出してもらいました)。私など、普段からそう儲かっていない零細個人事務所ですので、今年の3〜5月は赤字になってしまい、貯金を下ろしました。
まあ、365日、毎日運動ばっかりでは体力を消耗して倒産してしまいますので、時期を見て、ここぞという時に力を結集するのですが。

弁護士たちが、ある一つのイシューについて、そういった労力をかけて頑張ろうという意欲を、持てるかどうか。
> まさにこのコメントこそが偏見に凝り固まった法曹の姿だと、自分で気づいていない
ところが全く滑稽です。
> い加減、自分がコメントする度に医師の反感と諦めを増やしていることに気づきましょうよ。
そういうご意見を聞くと、あんまり気力が湧いてこないんですけどー

> もっと具体的に司法や国民がどう動いたらいいか、考えるということはないのですかね(No.64元研修医様)

手始めに、お知り合いの国会議員や、地元選出の国会議員に実情を訴える手紙を書くというあたりから、いかがでしょうか。団体名でまとまって出すほうが、インパクトがあると思います。
国会議員のうちでも、政権党の厚生労働委員会や法務委員会の人に、働きかけるのが効果的。残念ながら、私は現政権の政策を支持しないこともあって、与党議員にお友達が居ないのです。
そのうちに、デモやビラ撒きも、ご一緒いたしましょう。

-----
> 最も足りないのはお金です。
> 医療費の元になるお金は国民が払っています。
> 国民が「何とかしろ」というまで、議論が起こりその結果医療費が増え状態が改善することは無理ではないでしょうか。(No.59とおりすがり様)

鋭いご指摘です。
国民が払うというか、国の予算配分の決定が問題ですね。
小泉政権は、医療・福祉予算は削れるだけ削れ、国民が音を上げて「増税してもいいから歳出を増やしてください」と言い出すまで。という考え方だと、先日の新聞に載っていました。たぶん、安倍さんもその路線を引き継ぐでしょう。
そういう政権に投票してしまう、国民の意識を変えさえない限り、ダメですね。

-----
運用レベルの問題

> 鑑定だとどうしても時間がかかる。そこで両者から医学文献を提出してもらい、それを基に判断しようとしているのです。
> 文献だと、医師が滅多に遭遇することのない稀な症例を指摘することが可能です。また大概の文献は「この方法でうまくいった」といったいいことしか書いてないことが多いので、それを基に裁判を進められると医師の側が不利になりがちだとか。
> また、現場のニュアンスが伝わりにくく、文献自体を裁判官がどの程度理解できるのかも疑問です。
> つまり、「裁判官が鑑定書を無視して判決する」のではなく、そもそも「鑑定すら行わず判決を下す」例が多くなってきているということです。(No.72整形Aさま)

ははあ。さもありなん。
その話のほうが、トンデモ鑑定が多数あるという説よりも、実感として腑に落ちます。
一般の民事事件でも、「裁判官は分かってくれない」ということは、往々にしてありますから。
裁判官は医療訴訟においても、一般の民事事件と同じやり方で、原告の言い分と被告の言い分を比べて、どちらがより信用できるかという心証で勝敗を決めている。だから、筋を読み違えちゃうこともあるし、当事者の戦い方がヘタだと負ける、医学的な正しさとは無関係に。
ということですね。

個別事件における対策としては、引用文献の通り、被告側が主張・立証方法を工夫するしかないと思います。
> 病院側は意見書を出すだけでなく、なるべく自分のところとは無関係の医療機関に、意見書とは別に私的鑑定書を作ってもらった方がいい

個別事件を超えた全般的な対策としては、判例の認定に対する医学的な分析・評釈を集積して、裁判官の目に入るようにし、認識を改めさせることが必要と思います。
どこかの法律雑誌に連載してもらえないかな。量がたまったら単行本として公刊する。今後の事件でも「文献」として書証に使えます。
医師会・学会のほうで取り組んでいただくのがよいのではないでしょうか。

>YUNYUNさん

会員制のウェブではいろいろとやっているようですよ。
もっと広く公開した方がいいと思うんですけどね。

直接は関係ありませんが、公開されてない裁判の判決文とか、
鑑定書はどこかで閲覧できるのでしょうか。

「トンデモ判決」があったとして、それが裁判官の判断なのか、
鑑定医の判断を重視しているのか、判断する必要があるように思う訳ですが。

http://72.14.235.104/search?q=cache:AyrKLDJmXOwJ:www.carenet.com/prevention/cases/054/04.aspx+site:www.carenet.com+%E5%88%A4%E4%BE%8B&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=1

http://72.14.235.104/search?q=cache:0M8Db2OEWs8J:www.carenet.com/prevention/cases/028_e/04.aspx+site:www.carenet.com+%E5%88%A4%E4%BE%8B&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=2

http://72.14.235.104/search?q=cache:nhm-gMEa_akJ:www.carenet.com/prevention/cases/019_ns/04.aspx+site:www.carenet.com+%E5%88%A4%E4%BE%8B&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=3

>>No.81のYUNYUNさん
>個別事件を超えた全般的な対策としては、判例の認定に対する医学的な分析・評釈を集積して、裁判官の目に入るようにし、認識を改めさせることが必要と思います。
>どこかの法律雑誌に連載してもらえないかな。量がたまったら単行本として公刊する。今後の事件でも「文献」として書証に使えます。
>医師会・学会のほうで取り組んでいただくのがよいのではないでしょうか。

面白い試みだと思います。
「月刊 医事関係訴訟」(仮称)として出版できるだけのニーズとネタは十分にあります。

それとも関連するのですが、
>>管理人さん
このブログ、活字化しましょうよ。
私の書いた分は全て著作権を管理人さんに委任します。
煮るなり焼くなり好きにして下さい。
ただ、個人的な希望としましては、特定の宗教に偏らない出版社でお願いします。

>面白い試みだと思います。
>「月刊 医事関係訴訟」(仮称)として出版できるだけのニーズとネタは
>十分にあります。

元田舎医先生,
本にするというのはよいアイディアですが,費用の問題がありますよね.
そこで提案ですが,最近はやりのonline journalのようにネット上で閲覧
できるjournalの形式というのはいかがでしょうか?
これなら作業する労力は必要ですが,手弁当でやれば実質的なコストは
ほぼゼロです.
このブログの内容を整理して,まとめるというのはgoodだと思います.

Movable Typeでも利用できるブログの書籍化サービスにブログ出版局というのが
ありますね
http://print.cssj.jp/

一冊最低500円で、モノクロのページ単価が8円のようです。

No.81  YUNYUN先生

>判例の認定に対する医学的な分析・評釈を集積

大賛成です。というか、掲示板等で判例に対して、医者が寄り合って、ここがおかしい、そこはおかしくないとか討議することを最近よくやっていますが、そのような場に参加する度に、限られた判例だけでなく、もっと全般的に判例を閲覧できないか、まとまった何かを作れないかなどと考えていた次第です。
ネットでやれば作業も進むと思うのですが(まとめる人は大変でしょうが)どうやったら多くの医療裁判の判例を見られるのでしょうかね。

元行政様

>ネットでやれば作業も進むと思うのですが(まとめる人は大変でしょうが)どうやったら多くの医療裁判の判例を見られるのでしょうかね。

裁判所の判例検索は利用されましたでしょうか?
下級審判例検索で「医療過誤」(お医者様ごめんなさい)で検索すると、17年9月から18年8月までの1年間で10件ありました。

ここでなければ、判例データベースのソフトが市販されてたと思います。(会社にはあるのですが・・・残念ながら私物ではありませんです。)

紙媒体では、来月、有斐閣の別冊ジュリスト「医事法判例百選」が発行予定になっています。様々な判例に解説がついたやつです。

市に350万支払いで和解 茨城のレジオネラ菌訴訟
06/09/20 共同通信社

 茨城県石岡市の市立総合福祉センターの入浴施設でレジオネラ菌が発生、3人が死亡した事故で、事故を未然に防ぐ義務を怠ったとして、市が建物管理会社と清掃会社に約2700万円の賠償を求めた訴訟は19日、管理会社が350万円を支払うことで水戸地裁土浦支部(中野信也(なかの・のぶや)裁判長)で和解が成立した。

 管理会社は福島県いわき市の「いわきビル設備管理センター」で、清掃会社は東京都中央区の「クレコ」。

 訴えによると、施設で2000年4-6月、浴槽の換水や浴室の消毒が不十分でレジオネラ菌が増殖し、集団感染が起きて3人が死亡した。

 和解条項には、クレコが清掃不備による事故を起こさないよう努めることを表明することも記載された。

 横田凱夫(よこた・やすお)石岡市長は「和解案の受け入れで3者が合意し、レジオネラ菌感染問題は決着した。被害者の皆さまにはあらためておわびしたい」とのコメントを出した。

>No.32産科医−1先生

タイムリーな記事を見つけました。
茨城県石岡市の市立総合福祉センターでのレジオネラ菌感染なんだから、管理責任は石岡市のはずなのに、賠償責任を負うのは民間の管理会社。

>横田凱夫(よこた・やすお)石岡市長は「和解案の受け入れで3者が合意し、レジオネラ菌感染問題は決着した。

ですって(笑)
この事件を裁いたのもhttp://www003.upp.so-net.ne.jp/medical/で訴追請求された例の裁判官です。
推して知るべしですね。

レジ番様

余計なお世話かもしれませんが、本件については、被害者に対する賠償は既に3年前に石岡市が行い(総額1億2千万ほどだそうです。)、その後、市が、実際にレジオネラ事故を起こした管理会社と下請けの清掃会社を相手取って契約に基づく義務の懈怠で訴え、和解したのだと思うのですが、そんなにおかしなことでしょうか?

No.87  じじい先生

ご助言ありがとうございます。
裁判所の判例検索はfirefoxのツールバーに入れて時に利用しています。
これでの問題は、知りたい裁判の判決文が全て出てくるとは限らないことなんですよね。公表されていないものにまともな判決が多いと言われたり、新聞報道は変かもしれないが判決文は正当とか言われてしまうと反論しようがない。一通りチェックして、誤判決率を出したいという気もあります。

データベースソフトだと、ネットで見られないものも網羅しているのでしょうかね。

 元田舎医 さんから、このブログの活字化のご意見やLevel3 さんから「このブログの内容を整理して,まとめるというのはgoodだと思います.」というご意見が出ています。

 私もこれだけの質量ともに充実した意見が集まってきていますので、それらを整理して、さらなる議論の基礎にできたり、あらたな議論をもっと整理できるシステムの必要性を感じています。

 そうなりますと、ブログのエントリに対するコメントという形式や、管理人が私一人である、つまりエントリを作成できるのが私だけであるということでは限界があると思われます。

 もし管理の協力をいただける方が何人かおられるのであれば、別のシステム(例えば、本格的な掲示板システム)を構築することも検討いたします。

 とりあえず XOOPS でも使ってみようかと思っていますが、ご意見がある方があればお聞かせください。

 そうなりますと、医療過誤事件の経験のある弁護士や医療刑事法を研究されている研究者の方にも声をかけてみようかなどと壮大なビジョンも浮かんで参ります。
 
 活字化書籍化の問題につきまして、いくらなんでもここのコメントをそのまま活字化したのでは読むほうがたまらないでしょうから相当な編集が必要になると思います。
 もし、それをやってもいいという出版社があれば私としては出版に異議があるはずがありません。
 できるだけ多くの人にここでの意見を読んでほしいと思っています。

こんにちは、FFFさん。
整形Aです。

いつも真摯なご回答ありがとうございます。

前エントリーNo.159の書き込みについて(亀レスで申しわけありません)


> 多くの判決では、一応のところ医療行為を「契約」と位置づけてはいるのですが、これは、民法で事件を処理する関係上、そう理屈づけざるを得ないからです。細かい話になりますが、相手に損害賠償請求をする場合は「不法行為」か「債務不履行」のどちらかになるところ、「債務不履行」と構成する方が請求する側にとって多少有利なので、原告は普通「債務不履行」構成を選択します。すると、その前提として、「ある時点で診療行為を行うことを内容とする契約が締結された」と主張することになるのです。
>
> というわけで、医療を「契約」と見るのは、言ってしまえば便宜上そういうことにしている、という面があるように思います。少なくとも、「医療も契約なんだから会社間の契約と全く同じように扱えばよい」という考え方は、一般的ではないと認識しています。


うーん、わからなくなってしまいました。

本来「契約」ではないにもかかわらず民事事件として処理するために「契約」とみなす、というのは、債務不履行によって莫大な損害賠償を請求される医療機関にとって著しく不公正ではないでしょうか。

今、サラ金のグレーゾーン金利が問題になっていますよね。先日最高裁でも判決が出ました。
弁護士の先生方が、手弁当で被害者(?)のために尽力された賜物と思います。

これがどうして問題になったのか?
自分の理解では、これは被害者が自分が支払っている金利がグレーゾーン金利であることを認識していなかったことにあるのではないでしょうか。
グレーゾーン金利は、借り手がそれを理解し、その上で同意していれば正規の契約で有効でした。しかし、借り手がそれを理解していたのか。あるいは契約する場合の立場の強弱で、同意せざるを得なかった。
そういう状況での契約がはたして有効なのか、ということではありませんか。

サラ金の場合は、ちゃんとした契約書も交わします。
サラ金業者側は、「契約書もあるし、金利も支払っている。理解しているじゃないか」という理屈でした。
それでも最高裁は、その契約を認めませんでした。
これはきちんとした契約書をとっての契約でも、当事者同士で理解し納得したうえでの契約でなければだめ、ということですよね。

医療現場での「契約」は、そこまで厳密なものではありません。
口約束でも契約は契約、というのはわかります。
しかしこの場合医療側が、はたして債務不履行の場合数千万の損害賠償請求をを負う契約を交わした、という認識があったとみなせるのでしょうか。

逆のケースを考えてみます。
何か重いものの下敷きになり動けなくなっている人がいるとします。
そこを通りかかった人に助けを求めます。すると相手が
「助けてやるから1000万よこせ」
といったとします。
「わかった。1000万出すから助けてくれ」

さて、助かったあとに1000万請求されました。契約は契約ですが、これは正当なものでしょうか。
思うに「公序良俗に反する」といった理由で無効にされるような気がします。
立場が一方的な場合に、その場で交わされた「契約」がどの程度有効なのか。

「便宜上」という方便で医療行為が「契約」とされ、債務不履行につき巨額の賠償責任を負うというのは、どうも得心がいきません。

こんにちは、FFFさん。
整形Aです。

連続で申しわけありません。
今日は外来が暇なので(なーんて、ツブクリなのでいつでも暇なんですが)。

前エントリーNo.160の書き込みについて

> 医療過誤訴訟(死亡事例)の場合、損害として主張されるのは、死者の逸失利益と慰謝料です。そして、死者となった者の条件(年齢、性別、死亡時の年収等)が同じであれば、医療過誤に限らず、どの類型の訴訟でも概ね同等の金額が認容されるのが現状です。典型は交通事故です。

これは故意であろうと、過失であろうと、人命救助が目的であろうと、また、有料であろうとボランティアであろうと、結果が同じであれば民法上は同じ損害賠償額になる、ということでしょうか。

確か以前学校で教師が生徒に刺殺される事件がありました。
その生徒はもちろん刑事裁判なのですが、被害者側が民事裁判を起こしました(ちょっと記憶があやふや、違う事件だったかもしれない)。
そのときの賠償額が数千万(5000万いかなかったと思います)でした。

医療過誤の損害賠償で1億円近いものが次から次と出されるのに比べ、殺人事件の被害者の賠償金の方がこんなにも安いのか、といった意見が2chで出されていました。
実際、交通事故でなくなった被害者に対して出される賠償金も、航空事故の賠償金も、5000万以下がほとんどではないでしょうか。

故意である殺人事件、とりあえず本当の過失とされる交通事故。
それと比べて、患者さんの人命救助の過程で生じることもある医療過誤の損害賠償額が突出して高額なような印象があります。
そもそも「医療過誤」の類型の損害賠償は高くする根拠はどんなところにあるのでしょうかね。
あの藤山裁判官は「医療過誤のほうが期待度が高い分だけ、損害賠償も高くする」といったことを述べているそうですが・・・。

こうやってみると、裁判所は相手に被害を与えた場合の悪質度、被害を与えた側の善意(法律的な意味ではありません)の有無やそもそも与えるに至った事情を斟酌しているとは思えません。
また、医療裁判に限って言うならば、厳密な意味での被害の程度ではなく被告側の支払能力をみて損害賠償額を決めている。
そんな気がしてなりません。

こんにちは、FFFさん。
整形Aです。

No.15の書き込みについて

えー、今度の僕の書き込みは「文句たれ」ではありません。

>これは、クライアントのためだけでなく、弁護士自身にとっても切実な問題なのです。あまりに証拠が薄い、いわゆる無理筋の訴訟を起こすと、相手方の代理人や裁判所からの評価が著しく損なわれるからです。それによる損失は、訴訟提起をしなかったことによって失う幾ばくかの報酬とは比べ物にならないほど大きなものです。

いわゆる「信用」というやつですかね。
FFFさんのおっしゃる意味とは違うかもしれませんが。

現在、将棋界最強の羽生さんといった人たちは、ひとたび勝ちに入ると絶対負けない。そういう「信用」を得ることも、勝負の世界では重要なんだそうです。
そうなると、ちょっと不利になると、「もうこの人には勝てないや」と相手も早くあきらめる。
これが「信用」がない人が相手だと、少々不利になっても、「もう少しがんばれば相手が間違えてくれるかもしれない」となって、こっちもがんばり、実際そうすると逆転もありうる。「信用」にどんどん差がついていってしまうのです。

我々でも同様のことがあります。
仲間内の症例検討会で、ああでもない、こうでもないとディスカッションします。大学は別として、そういうときでも、最終的には「信用」のある医者の意見でとりあえずその場はまとめ、となることが多いように思います。
いくら口ばっかり挟んでも、元の実力がない、つまり「信用」のない僕なんかの意見はまとめにならないのです(笑)。

法曹界も同じようなことがあるんでしょうかね。
あいつが受け持った訴訟だから、多分正しいんだろう、と裁判官が「信用」するようになれば、それだけでも半分以上は勝ったようなものでしょう。

こんにちは、しまさん。
No.79の書き込みについて

整形Aと申します。
いつも鋭いご意見、的確な検索、ありがとうございます。

>名古屋弁護士会が医療契約書のモデル案を出していますよね。
>あまりに患者よりだとは思うので、これを参考にしながら弁護士さんに
>相談して、書き換えればよろしいのではないかと。
http://www.aiben.jp/page/frombars/topics/61folder/model.html

上記の契約書、見させていただきました。
まあ、モデル案なので、あまり突っ込んでも何なのですが・・・。

医療サイドにはさまざまな義務や責務を課す一方、患者側は「健康保険に従い報酬を支払う」だけしかありません。これだけ非対称の「契約」というのが世の中にあるのでしょうか。
一般人の医療に対する要望というのはこんなものなのかとため息が出ます。

子供の頃こんな民話(寓話)を読んだ記憶があります。詳細は例によってうろ覚えなので多少違うかも・・・。

ある国に立派なひげの王様がいました。
ある時その王様がひげをそり落とすことにしました。
そこで国中にお触れを出しました。
「わしのひげをきれいにそり落としたものに褒美をとらす。ただし、ちょっとでも傷つけた場合は逆に打ち首にする」
国中の床屋は怖がって、誰も申し出るものはありませんでした。

ところがある若者が「私がやります」と申し出ました。
そして、傷つけることなく王様のひげをきれいにそり落としたのでした。
王様は「お前は失敗して打ち首になるのが怖くはなかったのか」と若者に尋ねました。
すると若者は答えました。
「なーに、失敗した時には、王様の喉元をそのまま剃刀で切って逃げてしまうつもりだったんですよ」
その話を聞いた王様は怖くなり、無理難題を言わないようになりました。

まあこんなお話です。
どなたか題名をご存知の方、教えて欲しいです。

今、日本の国民も名古屋弁護士会の先生方も、「ひげの王様症候群」にかかっているのではないかと思います。

物事にはある程度リスクがつきものです。それを許容せず完璧に除外しようとすると、リスクのある行為を引き受けてくれる人はいなくなります。
たまに引き受けてくれる人というのは、実はとんでもない下心を持っていたりします。

今の世の中でも、いや、今の世の中でこそ通用するお話だと思います。

http://www.aiben.jp/page/frombars/topics/61folder/model.htmlですが

第17条 療養指導義務
乙が、医療行為を実施したときは、乙は、甲に対し、甲において遵守すべき事項の告知等、療養の指導をしなければならない。

”もしも甲が遵守しない場合は契約を解除できる。”
という言葉が欲しいですね。

>No.91  Posted by: モトケンさん

活字化も良いアイディアかと思いますが、その折には、もちろん医師や弁護士は例外なしで、実名と現職などを載せるべきですね。

もし活字になると、それはそれは、凄いものになるでしょうから(苦笑)、当然でしょうが、各自の発言内容には責任が生じると考えるからです。

みなさまもそうお思いでしょうが、いくら匿名掲示板でも、自分で責任の持てない発言は、少なくともここではしていただきたくないと、私も常々思っています。

>>No.79のしまさんのコメント中のリンク
面白い試みだとは思います。

ただ、保険診療医は「療養担当規則」なる省令に縛られて診療しています。
================================
保険医療機関及び保険医療養担当規則
(昭和三十二年四月三十日厚生省令第十五号)
最終改正:平成一八年三月一四日厚生労働省令第三二号
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S32/S32F03601000015.html
================================
全ての健康保険の被保険者が当該保険組合と契約を結ぶとき(就労に際しほぼ自動的でありますが)、同時に同療養担当規則による療養の給付にも同意していると考えれば、屋上屋を架すことになりませんか。
療養担当規則と重複しない、医療機関独自に定める項目については改めて契約を結ぶこともアリでしょうけど。

クレジットカードも、契約するときには詳細な約款に書面上で同意しなくてはなりませんが、買物毎に店と契約書を交わすわけではありません。


療養担当規則が出てきたところで、もう一つ、全ての保険医は医科診療報酬点数表(か診断群分類点数表)に基づいて診療を行っています。

毎月、医療機関は各患者毎に行った医療の内訳を「レセプト」と呼ばれる紙にまとめて、かかったコストを保険者に請求します。
レセプトはまず審査機関(社会保険は社会保険診療報酬支払基金(通称「基金」、「支払基金」)、国保は国民健康保険連合会(通称「国保連」))に送られ、請求ミスや過剰診療と思われる検査、投薬などが「減点」されます。
減点された結果の数字で医療機関に保険者から診療報酬が支払われます。
不満があれば再審査請求できます。

また、近年の保険者、国、地方自治体の財政難から、点数表で規定されていない部分での審査がどんどん厳しくなってきています。
以前では医師の裁量として認められていた部分も、減点されてしまうのです。
実際、「過剰診療」とされる部分の多くは、一般の皆様が想像されるような「不正請求」的なものではありません。
とくに公的医療機関においては。
むしろ傍目には診療上不可欠と思えるものまで減点されていたりします。
(実を言うと、今の私は「どちらかと言うと削る側」の仕事をしています。無茶はしていないつもりですので何卒ご容赦を>>臨床医の皆様)

その一方で、判例は濃厚診療を要求しています。

現場の医師としては、「あれをやると保険で削られるし、やらないと訴えられたときに負ける」というジレンマに陥っているのです。
これはかなり士気を削がれる状況です。

この辺の状況も非医療者の皆様にはあまり知られておらず、わかりづらいところでしょうね。

書いている間に元田舎医さんの投稿があり、一部重複しましたが、そのまま投稿しておきます。
---------------

しまさんご紹介のモデル契約書、とても全文を読む気がうせるような代物でした。
http://www.aiben.jp/page/frombars/topics/61folder/model.html
そこで、医師と患者間の契約について改めて考えてみました。

電気・ガス等の独占事業者や医療機関など、公共的ないし公益的職務にあたる者には、公法的に申込に対する承諾義務が課されています。(電気18条1項、ガス16条、医師19条など)。このように契約締結が義務づけられている者にとっては、相手方(医師の場合は患者さん)を選択する自由は制限されています。

医師の場合は応招義務 (医師法第19条)です。

正当な事由なく診療の求めを拒否できない
(罰則なし、訓示規定)

正当な事由 : 留守、病気  
不等な事由 : 診療費未払、時間外、往診拒否、専門外 (応急処置はどの専門でもできる)
判断の基準 : 代替性、救急性 (休日診療所、夜間診療所があれば紹介しても可)。酩酊は判断困難

 厚生省は「医師が来院した患者に対し、休日夜間診療所、休日夜間当番医などで診療を受けるよう指示することは、医師法第19条の規定に違反しないものと解される」と回答しているそうです (昭和49.4.16医収412)。

一方、日本は今のところ国民皆保険制ですので、医師には保険医登録をする、しないの選択の自由はほとんど残されていません。保険診療では、保険医療機関と支払者(健保組合、支払基金)とは公法上の契約関係にあるとのことで、保険医療機関となるための指定を受けた段階で公法上の契約が結ばれたことになるそうです。

療養の給付の担当方針等を定めた保険医療機関及び保険医療養担当規則、あるいは療養に要する費用の算定方法を定めた告示等を遵守することを契約内容として締結されるとされています。
http://www.sia.go.jp/~aichi/ex02/ex02tetuzuki.htm

療養担当規則
http://shakaihoken.hourei.info/shakaihoken109.html

この契約も自由な契約とは言い難く、契約を締結したと言っても、その内容について、一般的には双方が協議を重ねて締結したのではなく、公法によって予め決めてあることに、医師側が有無を言わさず従わざるを得ないということです。このような契約は附従契約(または附合契約)といわれているようです。

電気やガスや交通機関では契約内容は約款で定められ、それは公的に承認されており、契約者が個別に契約内容を改変する自由は制限されているようです。保険医療機関とその利用者(患者さん)との契約も、このスタイルで良いのではないでしょうか。医師会などが約款を策定し、それに対して公的機関の承認を得て公開し、それに不服なら受診しない。(苦笑)

ちょっと問題がありそうですが、皆さんのご意見は如何でしょう。

しまさんご紹介のモデル契約書、とても全文を読む気がうせるような代物でした。
http://www.aiben.jp/page/frombars/topics/61folder/model.html
そこで、医師と患者間の契約について改めて考えてみました。

電気・ガス等の独占事業者や医療機関など、公共的ないし公益的職務にあたる者には、公法的に申込に対する承諾義務が課されています。(電気18条1項、ガス16条、医師19条など)。このように契約締結が義務づけられている者にとっては、相手方(医師の場合は患者さん)を選択する自由は制限されています。

医師の場合は応招義務 (医師法第19条)です。

正当な事由なく診療の求めを拒否できない
(罰則なし、訓示規定)

正当な事由 : 留守、病気  
不等な事由 : 診療費未払、時間外、往診拒否、専門外 (応急処置はどの専門でもできる)
判断の基準 : 代替性、救急性 (休日診療所、夜間診療所があれば紹介しても可)。酩酊は判断困難

 厚生省は「医師が来院した患者に対し、休日夜間診療所、休日夜間当番医などで診療を受けるよう指示することは、医師法第19条の規定に違反しないものと解される」と回答しているそうです (昭和49.4.16医収412)。

一方、日本は今のところ国民皆保険制ですので、医師には保険医登録をする、しないの選択の自由はほとんど残されていません。保険診療では、保険医療機関と支払者(健保組合、支払基金)とは公法上の契約関係にあるとのことで、保険医療機関となるための指定を受けた段階で公法上の契約が結ばれたことになるそうです。

療養の給付の担当方針等を定めた保険医療機関及び保険医療養担当規則、あるいは療養に要する費用の算定方法を定めた告示等を遵守することを契約内容として締結されるとされています。
http://www.sia.go.jp/~aichi/ex02/ex02tetuzuki.htm

療養担当規則
http://shakaihoken.hourei.info/shakaihoken109.html

この契約も自由な契約とは言い難く、契約を締結したと言っても、その内容について、一般的には双方が協議を重ねて締結したのではなく、公法によって予め決めてあることに、医師側が有無を言わさず従わざるを得ないということです。このような契約は附従契約(または附合契約)といわれているようです。

電気やガスや交通機関では契約内容は約款で定められ、それは公的に承認されており、契約者が個別に契約内容を改変する自由は制限されているようです。保険医療機関とその利用者(患者さん)との契約も、このスタイルで良いのではないでしょうか。医師会などが約款を策定し、それに対して公的機関の承認を得て公開し、それに不服なら受診しない。(苦笑)

ちょっと問題がありそうですが、皆さんのご意見は如何でしょう。

>元田舎医さん
規則を観てみましたが、何というか、こんな事まで国で決める必要があるかと
思いました。確かに、これがある以上は個々の病院と契約する必要はないかも
知れませんが、患者の義務はどこかで規定するべきだと思います。

>また、近年の保険者、国、地方自治体の財政難から、
>点数表で規定されていない部分での審査がどんどん厳しくなってきています。

国民皆保険に対して、全面的な見直しが必要なのかも知れませんね

個人的には、薬局で売っているような薬にまで保険が適用されるのは
やり過ぎな気がします。これは保険に対する考え方にもよるでしょうが、
安い薬に関しては自費負担で、高い薬に関しては保険適用が望ましい
ように思います。

さて、そろそろ混合診療導入の問題についても議論を進めていくべき時期ではないかと愚考しますが如何でしょう?

それはそれとして一つ思いますことに、診療契約の必要性等総論につきましてはおおよそ同意するのですが、問題は1)契約内容の受け入れを拒否する、あるいは2)そもそも契約を締結する能力がない、こうした患者も実際に来てしまうことについてどうするかという(医療に特異的な?)問題です。
特に救急現場や急変時の蘇生、延命処置など、経験論的にみても後々もめることになる実例というのも多々あるように思います。特に司法的立場からどのように考えられるものでしょうか?

No.97 産科医−1さま

>もちろん医師や弁護士は例外なしで、実名と現職などを載せるべきですね。

ひとつのご意見ではあると思いますが、事実上の効果としては、
「けっして出版してはならない」
という意見と等価だと思います。

>>No.101のしまさん
>個人的には、薬局で売っているような薬にまで保険が適用されるのは
>やり過ぎな気がします。これは保険に対する考え方にもよるでしょうが、
>安い薬に関しては自費負担で、高い薬に関しては保険適用が望ましい
>ように思います。

私も、ビタミン、シップ薬、カゼ薬などは保険適用外にすべきだと思います。

ただ、この考え方が勝手に進んで行くと、アメリカ型の「外来での薬は原則全額自費」にまで行きついてしまいます。
(アメリカでも保険の種類によりけりではあります。高ーい保険料の医療保険だと外来での薬もカバーされたりします)

いずれにせよ、20世紀末の日本の保険診療が世界的に見て史上最高の医療保障だったわけです。
なつかしさを覚えます。

そう言えば、公衆衛生の世界では泣く子も黙るハーバード公衆衛生大学院の一行が日本を視察したときの顛末がwebで読めます。
ご参考までに。

週刊医学界新聞 第2687号 2006年6月19日
【連載】(全3回)
HSPH Japan Trip 2006
ハーバードが見た日本
[第1回 Japan Tripの背景]
小野崎 耕平(前ハーバード公衆衛生大学院)
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2006dir/n2687dir/n2687_05.htm

>>No.103のfuka_fukaさん
に一票。

別に私個人は活字化されるときの管理人さんの方針が「実名・職名記載」であるなら、それでも構いませんがね。
今は匿名投稿可なので匿名を希望します。

そもそも正体を明かさず活字化している例など、経歴・本名非公開で活躍されている数多の作家さんを引き合いに出すまでもなく、日々の新聞をめくればいくらでも目にすることができます。

>No.103  Posted by: fuka_fuka
>>もちろん医師や弁護士は例外なしで、実名と現職などを載せるべきですね。
>ひとつのご意見ではあると思いますが、事実上の効果としては、「けっして出版してはならない」という意見と等価だと思います。

あれ、あれ、わたしは、そこまで言ったつもりではなかったんですが(笑い)

fuka_fukaさんも、そう思われるってことは、やはりそんな内容だったって事なんでしょうかね。

ただ一つだけお伝えしたいのは、ここにお集いの「お医者」の発言内容は、私も含め(笑い)、かなり偏ったNoisy Minorityのものだと言う事でしょうか。

元田舎医さんも、折角、No.105で、

>「実名・職名記載」であるなら、それでも構いませんがね。

とお書きになってるのですから、その方向で行ったら良いんじゃないでしょうか。

おもろいですよ。その方が。

元行政様

>データベースソフトだと、ネットで見られないものも網羅しているのでしょうかね。

当然、全ては網羅されていないものの、有料の分裁判所のよりは充実しているような気がします。掲載判例の新しさという点では、頻繁に更新されているであろう裁判所のシステムの方が新しいかもしれませんが。(試す機会が余りないのが残念です。法務の方で持ってるので、部外者の私には使える機会が少ないのです。)

私は医療従事者ではないので、それとなくかかりつけの医者に聞いてみました。医者の世界はなかなか「自分」の意見を出版するのは、専門的事例以外難しいのだとか。もっともその方も症例集を出していらっしゃるかたなのですが。
もう一人私の妻が最近薬剤師として仕事を始めました。10年ぐらいインターバルを置いているので、添付書面を全部集めてはファイルして暗記しようとしています。もちろん、この書面どおりに実態が運用されていないし、そういうわけに行かない事は本人も充分承知しています。(交通事故などの緊急治療の多い病院に勤めてましたので)いままでのログをよまさせていただいて、それが事項の暗記に過ぎず、裁量の余地がないのだという意見という悩みと、自分が医療の最後の砦(つまり投薬ミスがあってはならない)という精神的な重みが彼女の口癖であることを思い出しました。
ところで、これは門外漢だからあえて投げかけますが、看護士さんや薬剤師さんの書き込みが無いと思われるのですが、そのような違った見方の方の意見も必要だなと感じました。私自身も技術者倫理の研究者という立場ですから、だからこそ読ませて、感銘・示唆をいただいている人間であることを申し添えます。

>デハボ1000 さん

>看護士さんや薬剤師さんの書き込みが無いと思われるのですが、そのような違った見方の方の意見も必要だなと感じました。

 そうですね。

 できるだけ多様な立場の方の率直な意見をたくさんお聞きすることが、すべての立場の人にとって有益であると思います。

No.107  じじい先生

重ねてありがとうございました。

私も判決文に関してコメントした後で、ぐぐってみました。(そしてまず調べてみようとしなかったことをちょっと反省しました)

判決文で、公開されていないものを見る場合は、裁判所で閲覧ということみたいですね。つまりは全例検討をしようと思ったら、各裁判所で裁判内容をチェックしておいていちいち見にいかないといけないといけない。片手間ではちょっと無理そうです。
しかし、コピー、撮影禁止とか、裁判所は何を考えているのでしょう。由らしむべし、知らしむべからずというやつなんでしょうか。

>産科医-1先生

 ご自分のご発言にそれほど自信がおありでしたら、まずご自分の実名、組織名をハンドルネームにご使用になっては?別に誰も止めまてませんけど。実際、実名でこちらに書かれている方もいらっしゃいますし。

 私のハンドルネームは他でも使ってますし、知人の医師でも私がやってることは知ってるものが数多くいるので私自身は実名出版には何ら痛痒は感じませんが、組織のしがらみなどで、やはり実名では・・・と言う方はいらっしゃるでしょう。正論を言えば通じる世界なら誰も苦労はしません。明らかに正論だと思っても組織のしがらみで言えないというのが世の中でしょう。

 それになんで「医師・弁護士は」なんですか?それ以外の方は無責任な発言をして良いと?根本的に考え方間違ってますよ。

 匿名掲示板の良いところはそういったしがらみに左右されずに意見を述べられることです。これはメリットでもあり、デメリットでもあるでしょう。匿名だから無責任な発言も出ますが、匿名だから埋もれてしまいがちな意見も出てくると言うこともあります。責任ある発言かどうかは御自身で言ってらっしゃる様に匿名か否かには関係ないと思います(参照:「いくら匿名掲示板でも、自分で責任の持てない発言は、少なくともここではしていただきたくない」)。

 むしろ、「医師・弁護士は実名、組織名を記載して」とおっしゃる方が実情を無視した無責任な発言ですね。

 匿名掲示板では煽りはスルーで・・・が原則ですが、本人が煽り発言だと自覚されていないようなので一応書いておきます。

元行政様

どういたしまして。

>片手間ではちょっと無理そうです。

私も、昔法務の担当をしていたときに苦労しました。(有料だし、いちいち裁判所にまで行って手続きするのってめんどくさいんですよね。)

>しかし、コピー、撮影禁止とか、裁判所は何を考えているのでしょう。由らしむべし、知らしむべからずというやつなんでしょうか。

多分、個人のプライバシーの保護の観点かと思います。裁判自体は原則公開ですが、公開とはいえ、裁判で提出される資料や判決自体においても、他人に知られたくない内容は含まれます。(医療裁判などでは、たとえば、性病や肝炎などへの罹患や遺伝情報など)

裁判で勝訴するための必要性からそうした情報も出されるのですが、公開の場とはいえ、ごく少数しか来ない法廷・記録閲覧で公開されるのと、マスコミやHPなど不特定多数に公開されるのとでは、プライバシーの侵害度は大きく異なります。

マスコミなどが公開の法廷で知りえた情報を報道することでさえ、公開の場であったことをもって直ちに違法性が否定されるわけではありません。(そういう判例があったように思います。)コピーしたものが、一旦裁判所を離れて出て行くと、裁判所はどう取り扱われるのかコントロールができず、原告又は被告、第三者が損害を被る惧れがあるので、コピー等を禁止しているのだと思います。

それでも、できる限り、公開の要請に応えるため、判決書なりを氏名等を消して公開しているのでしょう。裁判記録全てにおいてそういう作業を行うためには、とてつもない作業が必要になるので、できないということではないでしょうか。

>No.89じじい様
私の誤解釈でした。
どうも司法関係者に対してバイアスがかかっているもので(笑)

>No.112じじい様
個人的には原則公開の裁判資料の公開は積極的に行ってほしいです。
公正を保つ意味でも、不公正を監視する意味でも。

「実名」について議論が沸騰しているので一言。

匿名だから自由に発言できるのも事実ですし、匿名だと無責任な発言も安易にできてしまうというのも事実です。
ただ、「実名は正論で匿名は煽り」と印象づけるのは少々乱暴です。
不特定多数が閲覧できる掲示板に、自分のポジションを危険に晒してまで正論を言う勇気は恥ずかしながら私にはありません。

だから「ケツの穴のでかい告発」に共鳴するのかもしれません。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/medical/
http://www003.upp.so-net.ne.jp/medical/part2.html
http://www003.upp.so-net.ne.jp/medical/part3.html
http://www003.upp.so-net.ne.jp/medical/delete1.html

正直なところ閲覧すればするほど開いた口が塞がらない消化器内科レジ番。

裁判例の蒐集研究における問題点は、No.112じじい様のご指摘の通りです。

> 個人のプライバシーの保護の観点かと思います。裁判自体は原則公開ですが、公開とはいえ、裁判で提出される資料や判決自体においても、他人に知られたくない内容は含まれます。(医療裁判などでは、たとえば、性病や肝炎などへの罹患や遺伝情報など)
> ごく少数しか来ない法廷・記録閲覧で公開されるのと、マスコミやHPなど不特定多数に公開されるのとでは、プライバシーの侵害度は大きく異なります。
> コピーしたものが、一旦裁判所を離れて出て行くと、裁判所はどう取り扱われるのかコントロールができず、原告又は被告、第三者が損害を被る惧れがあるので、コピー等を禁止しているのだと思います。

現代の世の中では、当事者のプライバシー保護には気を遣わなければなりません。
『判例時報』等の判例情報誌では、編者らによる事案解説と判決書のみ(最高裁判例については上告理由書も載せる)、当事者の個人名は伏せる扱いになっています。
近頃インターネット上で公開される裁判例も、同じスタイルです。
古い判例評釈を見ると、氏名がもろ出ていてギョッとなったことがありますが、プライバシー保護に関する考え方が、50年のうちに変わってきたのでしょう。

判例蒐集の方法としては、主として被告医師側から、ご自身が関わった事案を提供していただけないかと考えていました。医学的判断に問題があるかどうかは、当事者たる医師が、一番よく分かっておられると思うからです。
(原告患者側の代理人からでもよいのですが、依頼者との関係上、そういった活動は難しそうな気がします。)
また、判決書には最終のまとめでしかないので、事実関係の詳細や双方がどのような闘い方をして、その手法がどのような効果を上げたかがという細かい点は、当事者の側から補足説明していただければ、実のある議論ができるでしょう。
判例検討する上でプライバシーへの配慮は、参加される皆様の良識にお願いするところが大きくなりますが、最初の事案提供に関しては、できれば事前に管理者(法曹)で見ていただいて、書き方に問題がないかチェックを入れたほうがよいと思います。

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実名表示問題について。

> 匿名掲示板の良いところはそういったしがらみに左右されずに意見を述べられることです。
> 匿名だから無責任な発言も出ますが、匿名だから埋もれてしまいがちな意見も出てくると言うこともあります。(No.111僻地外科医さま)

賛成です。
無責任な意見が出るということに対しては、言論の自浄作用が働くかどうかであり、掲示板のレベルによると思います。
少なくともここでは、匿名であろうとも、おかしな意見は批判され淘汰されますので、マトモな議論ができる場として信頼性が高まり、さらにレベルの高い意見が多数集まってくるという、よい方向へのスパイラルができています。

それでも責任を重視して顕名にすべきだという考え方もあるかと思いますが、
私はインターネット上では実名を出したくないと考えておりますので、もし管理人様がここを顕名掲示板に変更されるなら、書き込みは止めます。

インターネットは誰でも容易に見ることができ、誰が何の目的で見るか、わからない点を警戒しています。
医師に比べて弁護士は圧倒的に数が少なく、全員の名簿がインターネット上で公表されているという点は、考慮していただきたいです。私自身はさして珍しい姓名ではありませんが、それでも今のところ同業者に同姓同名はいませんので、氏名さえ分かれば事務所の住所電話まで一発で検索できてしまいます。
それで何が困るかというと、
押し売り、脅迫イヤガラセ業務妨害、処理できないような事件依頼が、事務所にドンドン来たりしたら、仕事に差し支えます。そういうことに対処しなければならないというだけでも、煩わしくて嫌なのです。
ホームページやブログで実名を公開されている先生方は、勇気があると思います。

このブログをそっくりそのまま紙に印刷して出版するという場合は、
たぶん、少部数で業界の人しか読まないマイナー出版物になるでしょうから、、、、考えてもよいかもしれません(態度保留)。

大きな法制度改革の問題になると思いますが、
医療賠償金額の法的抑制(キャップ制)の可能性のついて。

> 患者さんの人命救助の過程で生じることもある医療過誤の損害賠償額が突出して高額なような印象があります。(No.93整形Aさま)

これについては、FFF様のおっしゃる通り、
現行の裁判例では人ひとりの命の値段(客観的損害額−逸失利益)の評価はほぼ固まっており、医療過誤の被害者が、他の原因による死者と比べて、特に高いとか低いということはありません。
慰謝料は死亡原因、すなわち殺人か傷害致死か交通事故か医療過誤かというような具体的事情によって、多少とも差が出ることはあります。もっとも、私は医療過誤を交通事故より高くする(藤山裁判官)という説には賛成できないのですが。

これについて、整形Aさまが指摘される殺人被害のケースでは、原告がそもそもいくらを請求していたかが気になります。
殺人被害の損害額は、逸失利益については交通事故と同じ、慰謝料については故意は過失より精神的苦痛が大きいため交通事故+α と考えられますが、原告はそのうち一部の金額しか請求しなかったということもありえます。
実体法的に請求可能な金額のうち、いくらを請求するかは原告の自由であり、民事訴訟では原告が請求した金額の範囲内でしか、判決はなされませんので、原告の請求額が元々低ければ判決の認容額も低くなります。
一部請求しかしないのはなぜかというと、被告に資力がないことが分かっている場合に、せっかく高額の印紙を貼って訴訟判決をもらっても、現実にお金は取れずカラ振りになってしまうからです。
これに対して、交通事故では自動車保険があり、医療訴訟は病院に資力があるので、取りはぐれは少ないから、請求を遠慮する必要はありません。

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医療過誤についてだけ、賠償金額を低く抑えることが許されるかという点では、
医療過誤は契約責任か不法行為責任かとか、医療契約は(準)委任契約か事務管理かという議論だけでは、賠償金額を損害実額より低く抑えることの根拠としては弱いように、私は感じます。

しかし、整形A先生の言われる「利用料が安い」という点は、一つの根拠になりうるのではないかと思いました。
裁判所の法解釈で行うことにはさすがに無理がありますが、立法措置を行う上で、立法を正当化する事由、合理性という位置づけには使えるのではないか。

参考になるのが、郵便法です。
郵便制度では低廉な料金設定の反面、郵便不着や破損等の契約不履行に関する賠償金額を低い金額に制限しています。
http://www.post.japanpost.jp/question/question/songai_baisyo.html

郵便法については最近、不合理な免責制度は違憲であるという最高裁判例が出ましたが、
逆に言えば、合理的な責任制限なら許されるわけです。
医療費を保険点数制度を通じて実際の経済価値より低く人為的に抑える、その反面、損害賠償額額はいかに被害が大きかろうと過失があろうと、一定額に制限するというのは、説得力はあるのではないでしょうか。

そのような安かろう悪かろう(?)制度に飽き足りない人に対しては、別の道も用意しておくべきですね。
・保険によらない自由診療では、損害賠償は実額(交通事故と同等以上)とする
・みんな、自助努力して生命保険に入りなさい

>YUNYUNさん
>もっとも、私は医療過誤を交通事故より高くする(藤山裁判官)という説

藤山裁判官はそんな事は言ってないみたいですよ。

>医師の注意義務違反の内容と程度及び患者側の受けた損害の内容と程度に
>よっては、患者側の精神的苦痛に対する慰謝料の額が交通事故等の場合よりも
>高額なものとなる場合もあり得るというべきである。

自動車事故と医療過誤は同列ではないと言う意見みたいですね。
あとは、ケース・バイ・ケースだと。

また、流れとしては

1.慰謝料2700万円を算定
2.被告側が「交通事故より医療事故の方が高額なのは相当でない」と主張
3.藤山裁判官が「交通事故等の場合よりも>高額なものとなる場合もあり得る」

と言うように、別に交通事故を元にして計算したわけではないみたいですね。
計算した結果が、交通事故より高くなったという流れみたいです。

>> 医療過誤を交通事故より高くする(藤山裁判官)という説
> 藤山裁判官はそんな事は言ってないみたいですよ。

ああ、これは私の引用の仕方が不正確でした。
一般論としては、交通事故処理基準は使わない、だから事案によって高くなることも、低くなることもありうるというメルクマール。
そして、具体的な事案では高く認定しましたが、その判断について、私は疑問であるという趣旨です。まだ定説はないと思います。
こう申しては何ですが、病気に罹った人が最終的に死に至ったケースと、健康でぴんぴんしていた人がある日突然車に轢かれて死んだケースとでは、どちらの精神的苦痛を大きいとみるべきか?

精神的苦痛をいかに評価するかについては、交通事故事案では、ある程度の基準が立てられており、それが他の過失による死亡事例の紛争解決に流用されています。
基準が何もないところでは、請求する方もされる方も、予測がつかなくて経済活動がしにくいからです。基準が有れば、それにそった裁判外の話し合いによる解決の可能性がありますが、基準が立っていなければ、何はともあれ司法判断を求めざるを得ず、訴訟を頻発させる結果にもなります。
医療は違う基準によるべきだというなら、早くその基準を確定してもらいたいものです。

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No.114に自己レス。
最近問題になっている出産は、健康保険外ですよね。
異状分娩になって医療が介入した場合は、保険診療と同じに考えてよいのか?

> 整形Aさん  (No.92の書き込みについて)

 私の元の説明が、ちょっと舌足らずだったかも知れません。

 いわゆる契約法のルールには、どの「契約」にも通用するであろうルールと、対等な当事者間、特に商売人の間における契約でのみ通用するルールがあるわけですね。そして、「契約は守らなければならない」とか、「契約にしたがった仕事をしないことで損害が生じたら弁償しなければならない」というルールは、どの契約にも通用するものなので、患者と医師の合意についても適用されるが、商売人間で適用されることを前提にしたルールは、たぶん適用されないことになります。

 というわけで、患者と医師の合意を「契約」と見たとしても、「契約」に関して法律上規定されている全てのルールが適用されるわけではないが、損害賠償の点は根本的な部分だから、債務不履行があれば、その責任は免れないということになりましょうか。

 引き続き、賠償すべき額についてNo.93の書き込みに対してレス致します。

 まず、損害額は、きわめて大雑把にいうと、逸失利益(その者が生存していれば得られたであろう利益)と慰謝料の合計で決まります。

 このうち逸失利益は、債務不履行や不法行為の内容とは関係なく、被害者の属性によって決まります。被害者が30歳で、既に年収2000万円を越えており、今後も当分それと同等かそれ以上の収入を見込めたであろう人であれば、相当高額な数字になりましょうし、一方、被害者が90歳で、わずかな年金収入しかない人であれば、かなり小さな数字になると思われます。

 そして、民事訴訟においては処分権主義という基本原則がありまして、要するに、当事者が求めた以上の判決は出せないということになっております。

 したがって、例えば殺人事件の遺族が損害賠償を求める場合でも、1000万円しか請求していないのであれば、その限度での判決が下されることになります。犯罪行為を犯した者は、ほとんどの場合資力に乏しいため、億単位の判決を取っても現実に回収できる見込みは皆無です。そうであれば、訴状の印紙代(手数料のようなもので、請求額が大きいほど高額になります)も考えて、ひとまず額を抑えた請求にしよう、ということはよくあります。

 また、交通事故については、保険で填補された分を請求額から引く、という扱いがあります。純粋な損害額は1億5000万円だが、そのうち1億円は既に保険から支払いを受けたので、被告には5000万円を請求しよう、という場合です。

 なお、医療事故では、被害者が死亡せず、高度障害、いわゆる植物状態で生存しているケースも多々ありますが、このような場合、将来にわたる介護費用等が相当な額に上りますので、結果として、死亡の場合より高額の損害額が認容されることがあります。

 慰謝料については、事件の態様によって若干上下させる扱いが普通です。死亡交通事故でも、単なる脇見運転の場合と、飲酒ひき逃げ事件の場合とでは1〜2割くらい差がつくこともあります。ただ、それでも500万円以上の差が出ることはちょっと考えにくいところですし、医療事故の場合、慰謝料を殊更に加算・減算しないといけないほど悪質な事案というのも甚だ稀(故意に患者を殺害した位であれば別ですが)でしょうから、ここで大きな差がつくことはないと認識しています。

 損害賠償法の基本理念は、現実に生じた、あるいは将来確実に生じるであろう損害を公平に分担させるということにありますので、「被害を与えた行為の悪質度」というのは、基本的にあまり大きなファクターにならないというのが私の認識です。その点については、民事ではなく刑事で責任を追及せよ、ということなのでしょう。

 ちなみに、私の知る限り、裁判所が「厳密な意味での被害の程度ではなく被告側の支払能力をみて損害賠償額を決めている」ということは全くありません。裁判所は、被告の支払能力に無頓着というか、ほとんど関心がなさそうです。執行は当事者の責任なので当たり前といえば当たり前なのですが。もちろん、和解の際に、被告が支払える現実的な額を基準に交渉させるということはあります。

>元行政さん  (No.77の書き込みについて)

 だんだん言葉が過激になってきておられますが・・・・。

 自戒も込めて思い付きを書きます。専門家としてある程度の年月仕事をしていると、その業界における知識、経験、感覚というのが当然身について、無意識のうちにそれに従った方法で行動するようになるわけで、このことは、一面では仕事の効率化という正の作用も果たすものの、他方では、「非専門家の感覚を失わせる」という負の効用も有するように思っています。

 その結果、専門分野について門外漢から不満やクレーム、まして懲戒請求や訴訟を突きつけられると、瞬間的に「何も分からないクセに」と反発してしまうところはどうしてもあるわけですが、そのとき、「素人の相手にはどう映っているか」ということを考えると、色々得るものはあるように思うのです。よほど特異な、それこそ人格障害を疑わせるような人については別論ですが、そうでない、普段は通常の社会人として行動している方から何らかの指摘があったのなら、結果としてそれが誤解に基づくものであったとしても、誤解を招かないで済む方法があったのではないかと考えることは有益です。その点を改善することにより、誤解や疑問、不信を未然に防止できれば、相手にとっても自分にとっても好ましいことではないのでしょうか。もちろん業界特有の事情というのは幾らでもありますが、だから仕方ない、理解しない方が悪いという考えでは、いつまでも同じような対応を強いられることになるような気がします。

 「一緒にするな」という声を覚悟で書くと、臨床医や弁護士は、学者とは異なり、素人を相手とするサービス業だと思っています。業務の本質を枉げるようなことは本末転倒ですが、そうならない限度で、素人にも分かりやすい、無用な不信を招かないやり方を工夫してもよいのではないでしょうか。また、業界外の人間にも分かりやすいということは、要するに門外漢たる裁判官にも分かりやすいということなので、結果として、訴訟になった場合の予測可能性も高まると思われます。

 この書き込みに対しても、医師の方からは「そんな悠長なことをしているうちに現場はどんどん崩壊する」という趣旨の反応があるかも知れません。ただ、大きな制度改革を進めるのと同時に、このような「悠長な」方法を少しずつ試すこともできるのではないかと想像しております。医薬品の添付文書にせよ、それ以外の点にせよ。

 全然関係ありませんが、こちらで悪の権化のように叩かれまくっているマスコミ関係者の方からも何か御意見を頂けるとよいですね。

>>No.118のFFFさん
賠償額についてのわかりやすい説明、ありがとうございます。

なお、

> また、交通事故については、保険で填補された分を請求額から引く、という扱いがあります。純粋な損害額は1億5000万円だが、そのうち1億円は既に保険から支払いを受けたので、被告には5000万円を請求しよう、という場合です。

とのことですが、医事関係訴訟の場合は生命保険との兼ね合いはどうなっているのでしょうか。
某便所の壁には「全く関係なし」と書かれていて、「やっぱそんなもんか」と納得していただけに、交通事故では違うということを聞き、戸惑っています。

ただ、生命保険の保険金の分が求償額から控除されるにせよ、されないにせよ、高齢者でも千万円単位の賠償金を命ずる判決が多々出ているのを見るにつけ、「生活保護があるから国保・国民年金も払う必要なし」のように、「訴訟を起こせばいいから生命保険も入る意味なし」という風潮が低所得者層に生まれつつあるのでは。
もっとも訴訟を起こす場合はタネ銭が必要ですので、生命保険でとりあえず保険金をもらっておいた方がよさそうですが。

> 元田舎医さん  (No.121の書き込みについて)

 えー、またまた説明不足、紛らわしい書き方でした。すみません。

 控除の点は、いわゆる損益相殺という考え方でして、「ある原因によって損害を被った者が、それと同一の原因によって利益をうけた場合に、 公平の見地から、その利益の額を賠償額から控除する」というものです。

 交通事故についていうと、被害者が、自賠責保険ですとか、各種の社会給付(労災保険等)によって受けた給付については、この損益相殺の対象とされます。

 一方、生命保険は、判例上、損益相殺の対象にはならないとされています。交通事故であれ医療事故であれ、です。こちらの給付金は、払い込んだ保険料の対価という性質を持っており、もともとその事故や事件がなくとも支払われるべきものだからだ、という説明をされます。厳密に理屈で考えると、その説明にも突っ込みどころは色々ありそうな気はするのですが・・・・。

 なお、医療過誤事件においても、損益相殺という考え方自体はもちろん認められます。ちょっと嫌な例えですが、医療過誤の被害者が死亡した場合、その人に関する将来の生活費は必要なくなる(=負担を免れる)わけですから、それに相当する額は損害賠償額から控除されます。これは損益相殺的発想に立つものです。

>No.111  Posted by: 僻地外科医さん
>No.114  Posted by: YUNYUNさん

私はこのブログで実名をと言っている訳じゃないのですが。

このブログの内容を本にして出す場合の事を言ったのでして、匿名だからとお気軽に書いたものでも、やはり、ご自分で責任を持つべきだと言っているだけです。

ただでさえ,医療不信が蔓延っているのですから、匿名であっても、医師ならその名を貶めるような発言は自重すべきじゃないでしょうか。

>>No.122のFFFさん
毎度毎度ありがとうございます。

つまり、交通事故では、加害者が自動車運転という業務に伴い強制加入させられていた保険(=自賠責)、もしくは公的由来の補償金は損益相殺される、という理解でいいですか?
確かにいわゆる生命保険はそのような性質のカネではありませんね。

逆に、もし、全ての健康保険の被保険者、または全ての保険医から強制的に「医療事故保険料」という名目で保険料を徴収し、医療事故があった際にその結果に応じて保険金が支払われたりするようになると、おそらくこれは損益相殺の対象になるだろう、ということですね。

ずっとROMをさせていただいていたのですが、製薬メーカー側からのコメントも無いようですので、酔っ払った勢いで書き込んで見ます。

私は数年前までとある製薬メーカーでMR(製薬メーカーの営業担当者のことで、以前はプロパーとも言われていました)をしておりました。
こちらの議論で添付文書に関していろいろと議論があったようですが、この添付文書についてメーカー側から少し情報提供させていただきたいと思います。

まず、この場で医師側から多くあった、「添付文書の記載どおりにしていては治療できない」であるとか「添付文書は製薬メーカーの責任逃れだ」といったご発言は、まことにその通りであると思います。
実際MRが医師の先生方に薬剤の説明をさせていただく際に添付文書を使用するものは一人も居りません(おそらく・・・)。なぜなら、実際に使用するに当たって不必要と思える情報が多すぎるからです(使ってはいけないという情報ばかりで、逆にどういった患者に使えばいいかに関する情報はほとんどありません・・・)。

また、添付文書の記載方式には厚生労働省から決められたものがあり、それに則りメーカーが作成することになっております。ですから添付文書の内容を決めているのは製薬メーカーということになり、メーカーで変える意思が無ければ医師側からの働きかけはなかなか通りにくいものなのです。また、その制約が厳しいものであるために、メーカーとしては今のような営業が商品を説明するときにすら使えないものとなってしまっているのです。

しかしながら、製薬メーカーが厚生労働省に「何か意見を言う」ことなど現状では考えられません。なぜなら、薬品の薬価を厚生労働省が決めているからです(これには、良い面も悪い面もあり、一概になくせば良いとは思われませんが)。

非医療業界の方にはわかりにくいかもしれませんが、日本で売られている医薬品の値段は実は国が決めているのです(これは医師の技術料を国が決めているのと同じです)。自分の売る商品の値段を市場原理によらず決められる相手に対し、製薬メーカーはやはり意見を言うのは難しいと思われます。そのうえ、保護された(薬価算定によってということです)業界でそれなりに利益を得ている現状では自助努力は望みにくい・・・。

医薬品の添付文書に関して医師側に改善を求める声がいくつかありましたが以上のような状況で医師側のみにそれを求めるのは偏りがあるように思われます。
添付文書に関してはその内容の責任は第一義にメーカーにあり、そしてそれを指導しているのが厚労省であるのです。

取り留めの無い内容で申し訳ありません。
医療崩壊の問題の根本は医師側だけにあるのではないということを、まずはご提案させていただきたいと思いました。

>YUNYUNさん
>基準が有れば、それにそった裁判外の話し合いによる解決の可能性がありますが、
>基準が立っていなければ、何はともあれ司法判断を求めざるを得ず、訴訟を
>頻発させる結果にもなります。

まさにその通りだと思いますが、訴訟に持ち込まれた場合の慰謝料で言えば
判例を積み重ねる以外に方法はないかと思いますが。

誤解かも知れませんが、交通事故もいきなり基準が決まった訳ではなく、
交通事故の頻発によって判例が積み重ねられた結果として基準が決まったように
思いましたが。

>元MRさん
わかりやすい説明、ありがとうございました。

日本麻酔科学会のサイトでも同様なことが書かれていますね。
このような事は見えにくい所なので、情報はどんどん公開した方がよろしいですね。
http://www.anesth.or.jp/safety/guideline_drugs.html

基本的には「分からなかったら取りあえず禁忌」と言う傾向が問題なのでしょうか。
「未検証」なのか「禁忌」なのかはきちんと区別するべきでしょうね。

添付文書の問題はなかなか面白いテーマのように思いましたので、素人としては
↓のサイトでも読んでゆっくりと勉強することにいたします
http://www.drugsinfo.jp/navi/kouza.html

>その結果、専門分野について門外漢から不満やクレーム、まして
>懲戒請求や訴訟を突きつけられると、瞬間的に「何も分からない
>クセに」と反発してしまうところはどうしてもあるわけですが、
>そのとき、「素人の相手にはどう映っているか」ということを考え
>ると、色々得るものはあるように思うのです。よほど特異な、それ
>こそ人格障害を疑わせるような人については別論ですが、そうでな
>い、普段は通常の社会人として行動している方から何らかの指摘が
>あったのなら、結果としてそれが誤解に基づくものであったとして
>も、誤解を招かないで済む方法があったのではないかと考えること
>は有益です。その点を改善することにより、誤解や疑問、不信を未
>然に防止できれば、相手にとっても自分にとっても好ましいことで
>はないのでしょうか。もちろん業界特有の事情というのは幾らでも
>ありますが、だから仕方ない、理解しない方が悪いという考えでは、
>いつまでも同じような対応を強いられることになるような気がしま
>す。

FFFさん,
おっしゃることは理解できます.ただ現在の医療は高度に専門化して
きています.我々医師ですら専門外の領域のことに関してはすべてを
キャッチアップしていくことは不可能です.内科系の医師は手術や麻
酔のことに関してほとんど知識はありませんし,反対に外科系の医師
は内科の例えば血液疾患(白血病やリンパ腫etc.)の治療法について
知りません.説明をしてもきちんとは解ってもらえないこともありま
すし,反対に説明されても「そんなもんか」と思う程度です.医師同
士でもこのような状況です.
ましてや,一般の非医療人に我々のやっている医療内容をきちんと説
明して解って頂くということはほとんど不可能に近いように思ってい
ます.小学生に高等数学の説明をしても理解できないのと同じです.
絶望的な状況ですね.このような状況を知っても,努力すれば解決で
きるとお考えでしょうか?

なおかつどんなに高度化したといっても我々医師にできることはたか
が知れています.助けられるものは限られているのです.高度化して
いるからなんでも「助けられて当たり前」「助けられなかったのはど
こかにミスがあったに違いない」と一般の方々は勝手に考えておりま
すし,マスコミはそれをさらに助長させています.
むしろ我々医師に必要なことは「助けられるのは今でも限られている」
ということを声高に叫ぶことくらいでしょう.少なくともマスコミの
人間にはそれを解って適切な報道をするようにしていく義務があると
思いますが,現状ではほとんどそれも望めないですね...

裁判官相手に説明するにしてもほとんど同じレベルでしょう.このよ
うな状況で,裁判官は医師の鑑定もなしに判決を出したり,医師の鑑
定を無視したりするわけですから我々には対応する策が全く立てられ
ないのです.
最近は警察まで暴走しています.「医療崩壊」が一般大衆の前に明ら
かになるまでに2年も掛からないかもしれませんね.そうなっても厚
労省は何もしない(できない)かも...

産科医−1さま

私がNo.103で「出版するなと等価」と申し上げたのは、関係者全員(司法・医療界に絞るとしても)の了解を取り付けることの実現可能性という意味においてです。

産科医−1さまのご意見が「出版するな」ではないことは理解しています。
ですから、「事実上の効果」という表現をとらせていただいたものです。

全員でなくても、出版に際しては実名を明かすことで責任の所在をはっきりさせるべきだ、というご意見であれば、賛同する人が個別に管理人さまへ連絡をすればよい、というだけではないでしょうか。
私は今のところ賛同する可能性はありませんが。
「そんな内容」かどうかは読み手の判断であろうと思います。

また、ブログ上、ネット上では匿名でよいが、活字化すると責任が発生するので実名にすべき、とのご意見ですが、私はそこで質的な差が突然生じる物ではないように思うのですが、いかがでしょうか。

>モトケンさま
「医療崩壊について考え、語るエントリ」という題名なのですが、この意味が
^緡妬壊を何とか食い止めたいのか?
医療崩壊の原因を考え、解決することなのか?ゆっくりと?
0緡鼎慮従や医療訴訟の現状に不満を言う、あるいは現在の医療の問題点の解決策を考えたいのか?
ぐ緡妬壊は避けられないものとして、その後を含めた制度などについて議論したいのか?
このあたりの考え方、方向性がそれぞれの人によってばらばらなため不毛な口論になってしまうことが多いように思えます。どれかに絞った方が分かりやすいのではと思います。小生は,世隼廚辰撞掴世靴討い燭里任垢、法曹家の方々は少し違うようにも思えます。
ここで多く議論されているように、診療報酬が安く設定され(なかには賠償額などを考えると収益ゼロの医療行為がある)市場原理のない世界で、多忙になり周りの医師が離脱(逃散)するから(小生もそろそろその候補(汗))さらに忙しくなる。使命感やボランティアだと思って頑張っていてもマスコミなどでは悪者扱い(医療不信)。挙句にトンデモ訴訟や判決にまで怯えて、ますます逃散(医療崩壊)の方向に向かっているという現状で、今の制度を変える前に医療側にやるべきことがたくさんある、制度が悪いと言っていても現行法に拘束される(解釈の仕方もあると思うのですが)、医師の方に医療の素人に対する思いやりが欠けている、結局説明不足だなどと言われても、だったら辞めよう(転職→立ち去り)という結果にしかなりません。
議論を上の´↓い里茲Δ望し方向付けしたように良いかと思います。ある程度方向付けしないと、平行線のまま(それぞれの意見は正しくても)つまらない口論になることが多いように感じられます。
さらに付け加えて、医師は自分達を被害者とは考えていません。転職してもやっていける(開業以外でも地方勤務医よりは良い待遇)からどんどん辞めていくのです。結局、そのツケ(被害)が患者さん(地域の人)に向かうのです。医療崩壊に関して医師自身にとっては今より悪くなることはないように思います。

>uchitama さん

 医療崩壊がよいことではないということは共通認識だと思っています。
 したがって、皆さん、総論ないし方向性としては、医療崩壊を食い止めたい、と思っていらっしゃると考えています。
 しかし、医療崩壊とは何か、その原因は、そして現状は、崩壊阻止は不可避か、回避可能としてその手段は、というような各論についてはさまざまな議論があるようです。

>小生は,世隼廚辰撞掴世靴討い燭里任垢、法曹家の方々は少し違うようにも思えます。

 とのことですが、医療側の中には、医療崩壊は不可避だ、またはすでに崩壊したというご意見もあるようであり、そのような医療側の意見は、結果論的には「^緡妬壊を何とか食い止めたいのか?」という議論とは違っているように思います。
 これは何も医療側を批判しているのではありません。
 どちら側にも多様な意見があるということを指摘したものです。

 その意味で、医療側と法曹側との関係を二極対立構造的に見るのは正しくないと思います。
 はっきり言って法曹側は(少なくとも私は)、医療崩壊について知識や理解は十分でないのです。
 医療側が司法制度について知識や理解が十分でないのと同じようにです。
 ですから、まず双方が無知・無理解であることを自覚することから議論が始まる必要があったと思います。
 その過程で一見不毛な議論や感情的な対立場面もあったかと思いますが、私には徐々に相互理解が深まってきており、それに伴って双方とも建設的な意見が増えてきているように思えます。

 このエントリのタイトルが「医療崩壊について考え、語るエントリ」になっているのは、私自身が医療崩壊問題についての無理解を自覚したことに関係しています。
 皆さんから医療崩壊全般に関する情報やご意見をお聞きしたい、一般読者の方にも聞いてもらいたいという意識がありました。

 ちなみに、このタイトルの前のタイトルは、「医療崩壊に対する制度論的対策について」であり、その意図したところは冷静かつ前向きな議論をしましょう、というところにありました。「前向き」ということをエントリ本文で強調しているところであります。
 その趣旨はご理解いただけたと思いましたので、その後は敢えて強調してはいませんが、その趣旨を引き継いでいることは「現状を認識しつつ前向きに考える」という記述から明らかです。

 タイトルにおいて、もっと方向性を分かりやすく明示すべきだというご意見があるのであれば、次回エントリから変えることにまったくこだわりはありません。

>uchitamaさん
私自身は、医師の方々はに関して議論しているのだと認識してました

曖昧と言えば「医療崩壊」と言う用語に関しても曖昧な感じがします。
どんな現象をもって「医療崩壊」と言うのか、明確な定義はあるんでしょうか。
(例えば「医療崩壊=国民皆保険の崩壊」みたいな感じの)

「医療崩壊」とは主に地域機関病院の勤務医不足の問題です
小松先生もそう定義しているし一番問題になってる点でしょう
パターンとしては
職場環境の悪化(労働環境・訴訟問題・研修の影響などの人事問題)が
根底にあり徐々に基幹病院の医師数が減少(開業・転勤・補充不足)
→全体の仕事量が変わらないので中堅医師の負担増
→限界を超えて一斉に辞職
→地域基幹病院が実質閉鎖になるので隣の基幹病院に患者が殺到
→基幹病院のドミノ現象

ということです。要するに医師が限界を超えるまで頑張った結果なので
医師には状況をコントロールする能力はありません。
ただし、現象論としては悪循環構造であり、私の印象では循環がすでにもう
5周くらいしているので、もう止まらないという意見もおおいに説得力があります。
はっきり、行政や国民がこの問題に関して認識を改めない限り
本当の解決は存在しないのです。
そういう意味においてはここに不満を延々と述べることも
業界外部への情報発信という意味で解決策の第一歩ではあります。
近年までは危機感の意思表示すら不足していたということです。

おおむね上の意見に同意です。

>→限界を超えて一斉に辞職
→地域基幹病院が実質閉鎖になるので隣の基幹病院に患者が殺到
→基幹病院のドミノ現象

さらに追加するとしたら、
→救急医療・高度医療(手術も含め)の待機時間の増加(イギリスみたいに数ヶ月)
→「お産難民」のような状態の深刻化、待機中の死亡例の増加。
→マスコミがようやく騒ぎ出す。「行政は何をやっているのか」と
(本当の最大の戦犯はマスコミなのに ひとごとのように報道)
→モチベーションの下がった状況ではどんな手を打ってもだめ。

と言ったところでしょうか。

今は  >→限界を超えて一斉に辞職   が過疎地域を中心に起こり出したといったところでしょう。もうここまでくれば誰も止められないでしょうね。医療従事者のモチベーションも一様にかなり下がっているし。

開業医で済む診療行為なら問題ないでしょう。血圧や高脂血症など。ただ、この治療だって、最終目標は救急医療・高度医療(手術も含め)にまで進まないための予防なのですが。

個人的意見でありますが、

> 医療崩壊がよいことではないということは共通認識だと思っています。

医療崩壊という言葉でいうところの「医療」が何を示すかにもよるのですが、医療行為の存在自体が地上から消えるとかいうレベルでなく現行の医療システム存続の是非ということに限定して言えば、特に基幹病院の中堅〜若手勤務医レベルを中心に「崩壊やむなし」という機運は広まっているように思います。
特に積極的に崩壊を目指さずとも結果として崩壊しても構わない、あるいは今以上に労働環境が悪化する位なら逃散する(無論、その結果として崩壊を招く)という層まで含めると相当の割合になるのではという印象です。そしてなにより、医療現場における最大のハードワーカー=現在の医療を支えている層がこういった連中であることに留意いただきたい。

ですので、全ての人間が医療崩壊=悪という認識の元に一致団結して阻止に動いているというイメージを持たれているのであれば、それは誤解ではないかと思います。具体的に私自身に関して言えば(程度の差はあれ)崩壊は避けられないという前提の元にこの機会に何がしかの医療環境改善を図りたいという立場で動いています。個人の限界を超えた労働環境が医療の質を落とすという意味では最も確実な質的向上策は医療者の労働環境をととのえることだと思っていますので。

思うに多くの医師は小泉さんの言うところの抵抗勢力たるよりも改革者でありたいという本質的願望を多かれ少なかれ持っているのではないでしょうか。少なくとも現状の医療システムが最善であり死守すべきものであるという考えが全員の共通認識であるとは自分には到底思えませんし、何よりも根本的改革の最も有効な方法論が医療崩壊であるという一部の意見に対する実効性を伴う明確な反論を未だ目にした記憶がありません。

>>ここにお集いの皆様
申し訳ありませんが、丸囲み数字などの「機種依存文字」はできるだけ使わずにコメントいただけると幸いです。

アルファベット3文字の人はいい加減に
退場してくれませんかね。念仏のように
医者が悪い医者が悪いと繰り返すばか
りで何の前進もない。ここは良識ある人
が建設的に議論する場なのですから、
そんなに医者が嫌いだったら「医療制度
崩壊を目指す会」とか「法律家が一番偉
いんだ党」でも作って活動されたらどうで
すか。ここ以外の場所で思う存分と。

ここにお集まりの医師やMRの方からは
かなり実情に踏み込んだ話が出ている
のに、法律家からは形式ばった説明が
目立ちます。せっかく匿名で議論している
のだから、もっと裏話的なところを聞きたい
のですが。

私を含め、自分の周辺では、医療過誤訴
訟は出来レースだという認識が定着して
います。病院には金があるから出させる、
原告弁護士は当然もうかる、被告弁護士
も訴訟に対応したことで、負けても手数料
は稼げる。たぶん裁判官には、原告弁護士
あたりから金が流れてるんでしょう。事前か
事後か知りませんけど。そうでなければ、あ
んな無茶苦茶な結論ばかりでるわけないし。
かくして、医療現場をカモとして法律家が
金を巻き上げるシステムの出来上がりです。
裁判官の収賄は検察が摘発しないんですか?
って、しませんよね。同業者ですもんね。

法律家は、目を皿のようにして医師の
ミスをあげつらい、過失だ過失だと大
騒ぎするのがお好きなようですね。

弁護士が訴訟に負けた場合、依頼者に
賠償はするんですか? それとも裁判官
のせいにして逃げるのかな。その場合、
裁判官は依頼者に弁償しないんですか?
しないよね。雲の上の偉い人ですもんね。

医療過誤訴訟で病院が負けた場合、担当
弁護士に損害賠償できますか?

質問。アホな判決のせいで特定の治療
行為ができなくて、その結果、助けられる
患者が死んだ場合、法律家はどうやって
責任とるんですか?

元行政先生も、もう相手にしない方が
いいですよ。チンピラの片棒担いでる
連中に理を説いても無駄だと思います。

こんにちは、整形Aです。

僕はあまり人の悪口を言うのは好きではないし、煽りはスルーが原則なのは承知なのですが・・・。

僕はここでFFFさんをはじめ、法律家の方々の意見を聞くのを、ある意味楽しみにしています。
医療サイドが知らない法的な考え方や実際を教えてくれる。その上色々アドバイスまでしてくれます。それもただで・・・。

こちらの知らないことを親切に教えてくれるのに、それに罵詈雑言を浴びせる人の気が知れません。
自分が実際の裁判の場に引っ張り出されて、相手方の検事や弁護士となれば話は別ですが、司法関係者との関係を良好にしその知恵を活用することは、医療側にとって決して損な話ではないでしょう。

web forumから流れてきました。はじめまして。

たいていのことが議論されているなかで枝葉末節かもしれません。あえて具体的に書かず、「訴訟を意識し、他者の目を意識し、お上の考えるいい医療を実践せよ」という圧力が医師に過度の負担を強いていると言ったら、他の職種の方からは何を言っているか想像がつくでしょうか。こんな書き方だと医師の方にも何をいっているんだということになるかもしれませんが。
形を整えよという圧力が強すぎて、患者さんのところに行く回数が減っているという本末転倒のことが起きている気がします。機能評価のプライバシー重視の考え方の押しつけで現場が機能しなくなったりもしています。

ポータブルさんの意見に関しては、言い方の問題もあり確かに煽りという感じはぬぐえませんが、心の底では同意する医師も多いと思います。ただ、ここに出てこられる法律家の中にも理解しようとしている方も見受けられるので法律家を一緒くたにするのはどうかと思いますが。この掲示板では法律家と医療従事者の双方が歩み寄っていますが、まだまだという感じもぬぐえませんし。

流れを読まずにリンク貼り。

DQN患者の症例報告 Case20
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1152965299/

この手のネタを読んでいると気が滅入ってくるので、ふだん巡回はしてないです。
あくまでも参考文献として呈示、です。
ぽつぽつ訴訟当事者による判例情報もあります。

個人相手の弁護士事務所もだんだんこんな感じの客層が増えてきてるんですかね。

こんばんは。
私も、(煽りはスルーだということは分かっていますが)整形Aさんのご意見に賛成です。
自分たちの主張を批判的に吟味してもらう ということは、とても大切なことですし、かなり理解してもらえてきているんじゃないかとも思っています。(自分は専らROMですが、みんないいこと言うなぁ・・と感心してばかり・・笑)。

>ポータブル先生
>「医療過誤訴訟は出来レースだという認識が定着している」
>「たぶん裁判官には、原告弁護士から金が流れているんでしょう」

 さすがは“良識ある人の建設的議論”、無知蒙昧な非医療者である私には思いも及ばないことばかりです。勉強させていただきありがとうございます。

 さて、ある雑誌が主催した座談会で次のような会話が行われています。
(以下引用)
 高瀬浩造東京医科歯科大学教授(以下、高瀬)「従来は医療訴訟が医療機関側に不利だという先入観があり、医療訴訟の現場を見ればそうじゃないことがわかるわけですが、実際には傍聴の経験もほとんどありませんので、知らないわけですよね。たまたま出てきた話というのは、自分たちに不利な話しかないわけですから、医療機関側は現実問題として自分たちに有利な話というものを経験するチャンスはありません。例えば自分がここで正しい、非常にニュートラルな意見を言ったとしても、医療機関側に不利になるのではという先入観だけが残るわけです。」

前田順司東京地方裁判所判事(以下、前田)「今の高瀬さんの話は非常に面白いですね。医療訴訟は医療機関にとって不利だという先入観がある。一方、患者側弁護士とお話をすると、裁判所は医療機関側に有利な判断を下しがちであるといわれている(笑)。」

高瀬「ああ、そうなんですか(笑)。」

前田「裁判所は、公正中立な判断を心掛けているのですが、お互いの当事者にはそう思われていないということは大変不幸な話ですね(笑)。」

高瀬「いや、ですから、それは裁判の現実を知らないからなんですね。私は最近、医療訴訟の現場を見せていただくチャンスが増えましたが、本当にニュートラルだと思っています。正直言うと、私も医療機関に不利と思い込んでいましたから。思っていたよりは有利なのだと思いました。決して患者に有利な進行がされているとは思いませんし、医療機関に不利なことも行われているわけではないことはわかりました。多分、どの医師も現場を見れば、それは理解すると思いますね。」
(引用終わり)
(「座談会・医療訴訟と専門情報(1)」判例タイムズ1119号13頁〜14頁より抜粋)

 良識を有し建設的な議論を愛好するポータブル先生の御説に従えば、おそらく高瀬医師は実情を知らないか、法曹どもに迎合して実情を正しく述べていないということになるのでしょうし、おそらく患者原告側から賄賂を受け取っているであろう裁判官の一味である前田判事が「公正中立な判断を心掛けている」と述べるなど片腹痛いということになりますね。このような悪質なプロパガンダが世に広まることを阻止し、“実情に踏み込んだ話”を世に広く知らしめるために、ポータブル先生におかれましては今後ともぜひモトケン氏の管理するブログコメント欄で繰り広げられる“良識ある人による建設的な議論”を守り、ブログ管理権限の所在といった些細な事柄などお気になさらず、“チンピラの片棒を担ぐ法律家”に退場するよう申し渡し、また“良識ある先生方”に「チンピラの片棒風情の相手をするな」とアドバイスなさってくださいませ。

 ところで、“チンピラの片棒を担ぐ法律家”の“チンピラ”とは患者原告を指している、という理解でよろしいでしょうか。そういえば、過去には患者原告のことを「ユスリタカリ」と評したお医者様もいらっしゃったような記憶もございます。
 セクハラで20億あまりの請求訴訟を起こせる某国と異なり、我が国では基本的に「懲罰的賠償」が認められておらず、原告の請求する賠償額は概ね逸失利益、例えば働き盛りのお父さんが家族の生活費や学費などに充てるために稼いでくるはずであったお金なわけですが、憲法で認められた権利に基づき所定の手続を通じてこれを有責(と思われる)者に請求することが「ユスリタカリ」であり、その請求者は「チンピラ」であるとお考えになるのが“良識ある先生方”なわけですね。そういえば、原告が得た賠償金を被告病院に寄付する原告がほとんどいないからという理由から、原告が医療過誤再発の防止を望んでいないとご判断なさっておられたお医者様もいらっしゃいました。「懲罰的賠償として得られたあぶく銭を医療事故防止のために役立てればよいのに」といった主張ならまだしも、得べかりし利益、すなわち原告家族にとっての将来の生活費にあたるような金を被告病院に寄付しないことを以ってほとんどの原告を守銭奴呼ばわりしたりユスリタカリ扱いしたりするようなことは、お医者様のような“良識を有し金にも職にも不自由しないエリート”にしかなしえないのかも知れません(少なくとも私にはできません)。

 なお、私は我が国で医事訴訟を担当する裁判官が「患者原告側の代理人弁護士に買収されているらしい」なんて全く知りませんでした。やはり私のような浅学菲才と異なり、“良識ある人々”ともなると世の中に通じていらっしゃるのですね。もしも裁判官どもが、ポータブル先生がご指摘になられましたように「患者原告側の代理人弁護士に買収されている」とするならば、我が国の統治機構の根幹を揺るがす由々しき事態です。ぜひとも確たる根拠を示して積極的に告発なさりますようお願い申し上げます。

>暇人28号先生
 ポータブル先生の慧眼ぶりに感嘆し、コメントを控え静かにポータブル先生のお言葉をかみ締めて済ませようと思っておりましたところ、暇人28号先生の「心の底では同意する医師は多い」とのご発言に接し、感動を新たにすると同時に先生方からご教示いただいたことへのお礼のコメントをあえて投稿する決意を固めた次第でございます。
 「医療従事者の皆さまと法律家との歩み寄りがまだまだだ」との仰せでございますが、残念ながらポータブル先生や暇人28号先生が達しておられますような“良識”の高みに非医療者がたどり着くことは極めて困難であると思われます。

 私は、ポータブル先生や暇人28号先生をはじめとする“良識ある人々”が展開なさる“建設的議論”に参加できるような識見を持ち合わせておらず、今後も獲得することができないであろうことがよくわかりましたので、今後は専ら皆さまのお言葉を拝読しながらお医者様への感謝の思いを深めさせていただくことにいたします。

No.147  Posted by: an_accused さん

なにか誤解されているようですので一言だけ。

私個人的には、また、すべての医療従事者がポータブルさんの意見をすべて理解しているわけではないです。

私が心の奥で云々と言ったのは

>No.140
質問。アホな判決のせいで特定の治療
行為ができなくて、その結果、助けられる
患者が死んだ場合、法律家はどうやって
責任とるんですか?

ここの部分です。実際に不当だと医療従事者が感じる判決が多くなってきているために思い切った治療が出来なくなっているのです。実際に私が現在受け持っている患者さんでも、以前だったら外科で手術して、ほとんどの症例が元気に退院していたのですが、昨今は一例でも医療関連死が発生するとたとえこちらが悪くなくても逮捕されてしまうので外科の先生も手を出さなくなってしまい、結果として助かる人も助からなくなっているのです。

私の説明不足で申し訳ありません。
ただ、そのような発言も煽りと受け取られかねませんのでご注意ください。

弁護士の中にも現状の風潮に強い憤りを持つ人もいるし
医者の中にも検察の手先や軍師になっている人もいる
十羽一からげの雑な認識ではこの複雑な現実には対応できない

初めてコメントします。

an_accused さんがその言葉を引用された高瀬教授は、医師ではありますが、医療教育や医療システムの専門家で、医療現場を知る人間ではありません。

わたくしも多少傍聴させていただきましたが(刑事一件のみ民事はゼロ)
たしかに公正さを感じるときも有りましたし
認識のバイアスを感じるときも有りましたし
訴訟手続きの愚劣さを感じるときもありました
全国の医師が近年 訴訟に強い関心を抱きつつありますが
傍聴しに行く暇人はわたくしぐらいのもので(ホントはもちょっと多い)
全国の医師が正当な権利を使用して有給休暇を取って傍聴に行ってたら
医療崩壊はますます加速するでしょうw

>暇人28号先生
 コメントをお寄せいただき、ありがとうございます。

>なにか誤解されているようですので一言だけ。

 ええと、私は貧弱な読解力しか持ち合わせておりませんので、先生が投稿なさいました144番のコメント内容から、よもや「多くの医師が心の底で同意している」のがポータブル先生が連続して投稿なさっておられる5つのコメントのうちたった1つだけであると読み取ることはできませんでした。

 先生のお言葉を「誤解」してしまい、大変申し訳ございませんでした。

>マーラー5番先生
 拙コメントの足らざる部分を補おうとしていただき、ありがとうございます。
 確かに高野教授は、小児科の臨床医としてしばらく勤務した経験こそおありなようですが、長く医療システムの研究を重ねてこられ、現在も医療政策学の講義を担当なさっておられるようですね。

 さて、拙コメントの引用部をお読みいただければおわかりかと思いますが、高野教授は「医療訴訟の現場」について発言なさっておられるのであって「医療の現場」について発言なさっておられるのではありません。
 また、私はポータブル先生の「医療過誤訴訟は出来レース」とのご発言に触発されて、「多くの医療過誤訴訟を観察してきた医師は医事訴訟をどう評価しているか」を示す例として高野教授の座談会におけるご発言を引用したのであり、医療現場を知る人間の医療現場に関する発言として高野教授のご発言を引用したものではありません。
 私は、発言者が医療システムの専門家であって現在の医療現場をご存じない(と思われる)ということが、「医療過誤訴訟が出来レースか否か(医療過誤訴訟の訴訟運営が患者原告側に著しく有利になっているか否か)」を判断する能力に欠けているということにならないと考えていますが、そうお考えにならない方にはそうではないのかも知れません。

>いのげさん

 以前にどこかで書いたかも知れませんが、刑事弁護士というのはいつも無力感と絶望感にとらわれながら仕事をしています。
 医療過誤事件のことではありません。
 一般的な刑事事件についての話です。

 しかし往生際悪く刑事弁護を続けている弁護士は、この事件をなんとかしよう、今の流れをどうにかして変えようと考えて、連戦連敗を続けながら一矢を報いてやろうと思っているのです。
 
 司法も変わってきているところはあるのです。
 でも、変えようという意思なしには変わりません。

 で、刑事医療過誤事件については、このブログでの医療側の皆さんのコメントを読むにつれ、アホな検事が起訴した事件なら相当戦える材料があるかも知れないなと思えるようになってきました。

an_accused 様

言葉足らずのコメントに、きちんと返信くださり恐縮です。高瀬教授のことは、ちょっと個人的にも存じ上げているものですから、あのようにコメント致しました。

医療訴訟の現場を数多く見てきた「医療人」の意見として、彼の発言を引用されたということなのですね。我々臨床医が普段経験することの無い、訴訟現場を数多く見てきたということは、それはそれで貴重なことなのかもしれません。

しかし、彼が医療現場にいる人間でないことは事実。医療訴訟の原因として、当然のことながら、医療現場での事件があります。何故もっと医療現場にをこそ目を向けないのでしょうか。医療現場にいる人間としては、医療現場で医療を職業とする人間が何を考え、何を発言しようとしているのか訴える場が、あまりに少ないということです。また、様々な裁判での法曹の論理に強い違和感を抱いています。

まず医療現場にいる者の声を良く聞いていただきたいという思いが強くあります。この法曹界の雑誌でも、高瀬教授のような経歴の方ではなく、「医療崩壊立ち去り型サボタージュ」の著者小松さんでも対談の相手に据えるのであれば、法曹界も少しは現実を見ようとし始めたかと、医療人は思うかもしれません。しかし、このキャスティングでは、法曹界には、医療現場の声に耳を傾けようとしてはいない、という感想だけが残ります。このミスキャストには、その背後にある法曹界で閉じた体系を守ろうとする意図すら感じられてしまいます・・・恐らくは思い過ごしなのかもしれませんが、それほどに距離を感じるということです。

 医療側の皆さんに

 ここで私が望んでいる前向きな議論は間に合わないかもしれません。
 すでに手遅れという意見もあります。
 しかし、今の医療システムが崩壊したとしても(すでにしているとしても)、人は病気になり怪我をしますから、何時の世も医師は必要とされます。
 弁護士はいなくなっても人は生きていくことができるでしょうけど、どんな権力者も医師は必要とするのです。

 ですから、

 逃げるなとは言いませんから、

 たとえ崩壊後にしか役に立たない話であったとしても、

 前向きな話をお願いします m(_ _)m

>さて、拙コメントの引用部をお読みいただければおわかりかと思い
>ますが、高野教授は「医療訴訟の現場」について発言なさっておら
>れるのであって「医療の現場」について発言なさっておられるので
>はありません。

an_accused さん,
ここまでのブログを読んでこられていたなら,マーラー5番さんのコメ
ントの意味も理解されたかと思いますが...
「医療の現場」を知らない人間には適切な判断が不可能であるというこ
とをおっしゃておられるのです.つまり高野教授が「医療訴訟」に関し
て適切にコメントすることは困難であろう,ということです.

> この法曹界の雑誌でも、高瀬教授のような経歴の方ではなく、「医療崩壊立ち去り型サボタージュ」の著者小松さんでも対談の相手に据えるのであれば、法曹界も少しは現実を見ようとし始めたかと、医療人は思うかもしれません。しかし、このキャスティングでは、法曹界には、医療現場の声に耳を傾けようとしてはいない、という感想だけが残ります。(No,154)

客観的な時系列を。

No.147an_accused さんご紹介の『判例タイムズ1119号』は、2003年7月15日号であり、かなり前の出版になります。
http://www.hanta.co.jp/hanta/hanta-1119.htm

一方、小松秀樹氏の『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』は、2006年5月の発刊です。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022501839/
また、同氏が医療関係者の注目を集めることとなった前著『慈恵医大青戸病院事件―医療の構造と実践的倫理』が2004年9月刊。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4818817112/

医療崩壊の現象や民事・刑事の訴訟がそれに与えた影響について、法曹界が「そういう問題がある」と認識し始めたのは、2006年3月の福島事件がきっかけであると思います。判例タイムズの特集が編まれた3年前には、医療者側の声もまだ小さく、その点に気づいた法曹はほとんど皆無でした。
おそらく、そのころは、医療訴訟に関して公けの場で発言してもらえる医療関係者を確保するだけでも、大変だったのではないかと想像します。失礼ながら小松氏のお名前は当時は法曹界にはほとんど知られておらず、また他に医療の現場サイドから医療訴訟について積極的に発言される方も、おられなかったうように思います。
上記の特集は、そのような時代的制約の下で編まれたこと、またそのことからくる限界を認識した上で、読まれるべき資料であるといえます。

>No.152  Posted by: an_accused さん
>No.153  Posted by: モトケン さん

ここにお集いの医師を名乗る方々の中には、酷い発言を殊更になさって、医療不信を煽り、医療崩壊を喜ぶような、医師ではない輩も混じっているんじゃないでしょうか。

以前、私も偽医者だとさんざん言われましたが、みなさま、医師なら、モトケンさんに連絡して頂いて、ご自分が医師だとしっかりお示し頂けないでしょうか。

以降、モトケンさんに医師と認められていない方の発言は、医師のものではないとした方が良いのじゃないんでしょうか。

「医師」のみなさま方、是非お願いします。モトケンさん、お忙しい所申し訳ございませんが、ぜひ、その線でお願い出来ないでしょうか。

成り済ましの書き込みで、間違った認識が一人歩きするのは、お互いに,不幸です。

> この法曹界の雑誌でも、高瀬教授のような経歴の方ではなく、「医療崩壊立ち去り型サボタージュ」の著者小松さんでも対談の相手に据えるのであれば、法曹界も少しは現実を見ようとし始めたかと、医療人は思うかもしれません。しかし、このキャスティングでは、法曹界には、医療現場の声に耳を傾けようとしてはいない、という感想だけが残ります。(No.154)

客観的な時系列を。

No.147an_accused さんご紹介の『判例タイムズ1119号』は、2003年7月15日号であり、かなり前の出版になります。
http://www.hanta.co.jp/hanta/hanta-1119.htm

一方、小松秀樹氏の『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』は、2006年5月の発刊です。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022501839/
また、同氏が医療関係者の注目を集めることとなった前著『慈恵医大青戸病院事件―医療の構造と実践的倫理』が2004年9月刊。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4818817112/

医療崩壊の現象や民事・刑事の訴訟がそれに与えた影響について、法曹界が「そういう問題がある」と認識し始めたのは、2006年3月の福島事件がきっかけであると思います。判例タイムズの特集が編まれた3年前には、医療者側の声もまだ小さく、その点に気づいた法曹はほとんど皆無でした。
おそらく、そのころは、医療訴訟に関して公けの場で発言してもらえる医療関係者を確保するだけでも、大変だったのではないかと想像します。失礼ながら小松氏のお名前は当時は法曹界にはほとんど知られておらず、また他に医療の現場サイドから医療訴訟について積極的に発言される方も、おられなかったうように思います。
上記の特集は、そのような時代的制約の下で編まれたこと、またそのことからくる限界を認識した上で、読まれるべき資料であるといえます。

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管理人さま
一度、投稿ボタンを押して画面に反映しなかったため、再度投稿しました。
もし二重投稿になってしまったら、お手数ですが削除をお願いします。

えー おれもニセ医者と思われてるのかなー(ヤブだけど)
というのは冗談ですが今年の脳神経外科学会総会は京都
10月18〜20日京都三連泊予定なので
ご都合よろしければ京都でオフ会希望です(まじ)

 10月20日の夜ならたぶんOKです。

エントリ建てて派手に集めませう

いいですね〜
私も伺いたいのですが、チト遠い、、、
盛会を祈ります。

こんばんは。四半世紀勤務医です。他の医師の方々のような花形分野ではないのでROMエリアに常駐していることが多いです。以前もこのブログにでていたコメントですが、非花形分野の私でも医師の発言かどうかはおおよそ判ります。別に判ったからどうだということではなく、医師、医療についてそのように感じている(演じている)方もいるのだなという程度で、煽りと感じたら軽〜〜〜く読んでますw。

私は医師の方、法曹の方、医療に興味のある他分野の方のご意見、大変興味深く勉強させてもらっています。普段医療界の人としか医療問題を深く語ることがないので他流試合の気持ちで、ときに膝を打ちつつ読んでおります。

これまでの医療がさまざまな要因が絡み合って、崩壊が進行しています。このブログの議論の中に、多くの要因分析、崩壊を出来るだけ早期に終焉させる手段(焼け野原になる前に)、そして新たな医療モデルの萌芽を探しています。

No.157  Posted by: 産科医−1 さん

>ここにお集いの医師を名乗る方々の中には、酷い発言を殊更になさって、医療不信を煽り、医療崩壊を喜ぶような、医師ではない輩も混じっているんじゃないでしょうか。

もしかして私のことでしょうか?(^^;)
医療不信を煽るつもりはありませんが、医療崩壊を喜ぶような、と言う点に関してはあるようなないような、と言ったところです。

医療崩壊の原因の大きなものとして、医療従事者のモチベーションの低下があるのではないでしょうか。これを論じなくして改善はないと私は思っています。昔みたいに「お医者様」なんて崇め奉って欲しいとは思いませんし、明らかに悪いことをしたら悪いと断罪されてもかまいません。とにかく普通に仕事させて欲しいです。

今後モチベーションを低下させる要因をなるべく排除しなくては成らないのではないでしょうか。それが社会からの不当なバッシングであり、診療報酬の低下であり、激務であり、不当(と感じる)裁判なのです。

ただ、日本では、当事者が「弱音を吐く」のが「悪」と捕らえられていますが、我慢に我慢を重ねてきたから今のような深刻な状況が生まれています。そうであれば、感情面も含めてどういう点が問題なのかも議論して良いのではないでしょうか。ただ、感情面の議論をすると相手も感情的になり議論にならないことがあるので困ったものですが。

職業柄あまり真情を吐露するということも憚られることの多い医療者がネット上で弱音を吐くというのはそれはそれでかまわないんじゃないかと思いますよ。煽り荒らしと取られるならそれもいいんじゃないでしょうか。空虚な建前論を前提として何かしら建設的な結論を見出せるほど今の現場の状況が良いとは到底思えません。


私は、被医療者です。(何度も申しておりますが)

最初は、お医者様の皆様の“投げやり”な言葉を見て、正直「何だ、この人たちは?」と感じていましたが、その後、ここでの議論を見、様々な書籍やHPを見るにつけ、お医者様の置かれてる過酷な状況を知り、なるほどと思うようになりました。

どんな聖人君子でも長期間過酷な状況に置かれ、先に光が見えないときは弱音を吐きたくなることもあるでしょう。まさか患者さんの前でそんなこともいえないでしょうし、リラックスしたときに、そうしたコメントを書かれることもあるよな〜と思っています。でもエントリー全体がグチのみになってしまっては、少し寂しいものもありますが(^^;
しかし、グチというのは人の本音ですので、その中から何か新しい解決が見つかることもあるでしょう。

私は、お医者様は「尊敬すべき存在」であり、お医者様に診てもらったら感謝するものだというふうに思っておりましたが、最近の患者さんはどうも違う方が多いらしいことも分かりました。病院にいけば治って当たり前、治らなかったり、ましてや死んだりしたら病院のせいと考えられてる方が多くなっているようです。

私たちの子どもの頃には、助からない病気も数多くあり、人の死は当たり前のように身近にありました。特に私は病弱な子どもでした(今では見る影もないです)ので、病院が半ば我が家みたいなこともあり、同じ小児科で亡くなる子どもたち、長期間にわたり病院で暮らしている子どもたちを目の前で何人も見ました。それ以来、病気は治ったらラッキーと思うようにしています。

さて、話がそれましたが、医療崩壊が避けられないとして、逆に医療崩壊を一つの「チャンス」と前向きに捉えることが必要なのかもしれません。人は、システムがその機能を保ってるうちは、たとえあちこちで不都合が起きていても、個別の修理で済ませてしまい、システム全体を変えることは考えないでしょう。

中長期的な視野で見れば、システムの機能不全がはっきりとし、一方でマンパワーはそれなりにあるというなら、その中で新しいシステムをつくることが可能かもしれません。保険制度、国民のコスト負担の方法と額(医療費、保険料、税)、適正な病院の配置、医療従事者の適正数、訴訟等の法システムの見直し等々、医療崩壊は新しい医療システムのデザインを国民的に検討する最大かつ最後のチャンスなのかと思います。

ここで、抜本的な議論をせず、適当に済ませてしまうと、我が国の社会に未来はないでしょうから、政治家、厚生労働省、医師会の皆様には心してほしいところです。もちろん、現場の医療従事者の皆様や我々一般人の意見も聞いてほしいと思います。

長々と偉そうなことを書きまして申し訳ありません。これまで関係エントリーを読ませていただいた感想です。

>>No.167のじじいさん
救われた感じがします。
コメントありがとうございます。

医療者側と非医療者側と、どちらが上でも下でもなく対等に、当事者意識を持って、手を携えてこの問題に立ち向かって行ければ、と願います。

私もつい投げやりな言葉でぐちってしまうタイプです。ついつい消極的な話になってしまい、反省しています。

こういうブログで心情を吐露する医師は、書き込みの内容がどうであれ、まだ「何とかせねば!」って問題意識を維持していると思います。「くそっ!なんとかならんのか!?」と踏みとどまっている感じでしょうか。

問題なのは、声も上げず、静かに(いつの間にか)いなくなっている医師が増えていることだと思います。逃散と言うのでしょうか、「気付いたら、いなくなっていた」という状態ですね。いなくなってから初めて新聞報道されることが多いのですが、いなくなるまでの過程や原因について、掘り下げた記事にが少ないのが、残念です。

こんにちは、整形Aです。

まず最初に、煽りにのせられて、火に油を注ぐ結果になったことをお詫びします。

暇人28号さん、老人の医者さん。
医師が弱音を吐くな、真情を吐露すなとは申しませんが、あくまで節度ある態度、社会一般の常識の範囲内で、ということではないでしょうか。
それを越してしまっては、ただの煽り荒らしととられて、かえって大変さが伝わらなくなってしまいます。

「医療崩壊」については、僕も暇人28号さんと同様の考えを持っています。
「医療崩壊」というより、おそらく「健康保険医療の崩壊」ですね。
現状では崩壊は不可避だと思います。崩壊して一番困るのは患者、そして開業医も困りますね。勤務医はあまり困らないかもしれない。
ですから開業医としては壊れてもらっては困るのですが、個人的には崩壊した後「だからあれほど言ったじゃないですか」と一言言ってみたい誘惑にはかられます。

an_accusedさん。
お怒りは十分わかりますが、ここで席を立ってしまっては煽りの思う壺です。今しばらく辛抱していただいて、書き込みを続けていただければ幸いです。

No.170  Posted by: 整形A さん

>医師が弱音を吐くな、真情を吐露すなとは申しませんが、あくまで節度ある態度、社会一般の常識の範囲内で、ということではないでしょうか。
それを越してしまっては、ただの煽り荒らしととられて、かえって大変さが伝わらなくなってしまいます。

これについては全くの同意見です。

>ですから開業医としては壊れてもらっては困るのですが、個人的には崩壊した後「だからあれほど言ったじゃないですか」と一言言ってみたい誘惑にはかられます。


これについては、以前、私が発言した、

>医療不信を煽るつもりはありませんが、医療崩壊を喜ぶような、と言う点に関してはあるようなないような、と言ったところです。

これに通ずるものです。特に面白おかしく叩いてきたマスコミに対して一言言ってみたいです。

 「だからあれほど言ったじゃないですか」と後で言えるような一言をたくさん希望します。

 ひょっとしたら、後で言わなくてもよくなるかもしれませんから。

>level3先生、マーラー5番先生
 コメントをいただき、ありがとうございます。今までの皆さまのご議論は拝読いたしております。
 
 私は、「医療システムの専門家が医療紛争システムの一翼を担っている訴訟手続をどう評価しているか」についてご紹介したのです。医事訴訟手続に対する彼の専門家としての評価を、皆さまがご自身の「臨床経験」に照らして誤りであると判断なさるのであれば、それはそれで結構かと思います。

 ところで、せっかくLevel3先生からコメントをいただきましたので、先生が投稿なさっておられましたコメント41番の
>裁判官は往々にして医師の鑑定結果を無視します。医師の下した医学的判断よりも自らの頭で考えた筋書きを重視する傾向があるようです。

 というご見解について少し感想を申し述べます。

 判決と鑑定との関係について渡辺千原助教授(立命館大)は、「鑑定書が医療事故情報センターの発行している医療過誤訴訟の鑑定書集に登載されており、判決書を入手することができた54件を検討したところ、45件がほぼ全面的に鑑定結果を尊重した判決であり、残り9件のうち7件が鑑定結果を部分的に採用し、2件が鑑定結果をどのように考慮したかが判決文中から読み取ることができなかった」と述べておられます(渡辺千原「医事鑑定の語るもの」棚瀬孝雄編『法の言説分析』(ミネルヴァ書房))。

 鑑定書と判決書の双方を手に入れることが必要であったために54件という少数しか検討対象にできなかったようなので、この報告が統計的価値を有すると申し上げるつもりはありませんが、そこから得られた「約80%の判決が鑑定結果を全面的に尊重して結論を導いており、鑑定結果をどのように反映しているか全くわからない判決が4%程度であった」という暫定的結果に照らせば、「往々にして医師の鑑定結果を無視します」とか、「医学的判断よりも自らの頭で考えた筋書きを重視する傾向がある」といった表現は事実とズレているのではないかと推測されます。

 医事訴訟は、提起数(刑事においては起訴数)、原告勝訴率(刑事においては有罪率)ともに一般事件に比べて高いとはいえません。一般事件並みの原告勝訴率であるべきだとは申しませんが、「医師がいいがかりのような訴訟で負け続けてばかりいる」というのはいくつかの事件報道によって形作られたフィクションである部分もあるのではないでしょうか。
 「訴訟における医事鑑定の扱われぶり」についても同じことで、無知蒙昧で非科学的な主張ばかり行う私たち患者とは異なり、お医者様は「自然科学を体系的に学んだ知的レベルの高い方々」なのですから、大半の判決が鑑定意見を全面的に尊重していると推測されるにもかかわらず「裁判官は医学的判断よりも自らの頭で考えた筋書きを重視する傾向にあります」などと主張なさるのは如何なものかと考える次第です。もちろん、「自らの臨床経験に基づく判断であって、門外漢の法学者が行った判決・鑑定分析など評価に値しない」と仰るのならそれはそれで結構ですが。

>産科医―1先生、整形A先生
 お言葉を賜り、ありがとうございます。私も、医療従事者の皆さまがポータブル先生のお考えに同調なさっているとは理解していません。

>YUNYUN先生
 的確なコメントをいただき、ありがとうございます。
 たしかに、私が引用した座談会が行われたのは2003年であり、小松秀樹先生が『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か―』を出版なさる前ということになります。
 ただ、この座談会が行われた時期は、大規模地裁において医療集中部が設けられて数年が経過した時期であり、医師を積極的に調停委員に任命したり、アンケート式鑑定やカンファレンス型鑑定の試行を開始したりするなど、現在の医事訴訟のスタイルが定着しつつあった時期であると理解しております。
 そういうわけで、高瀬教授が評価した座談会当時の医事訴訟運営のあり方と、現在の医事訴訟運営のあり方にはそれほど大きな違いはないと思われるので、引用してもそれほど問題はないのではないかと考える次第です(臨床医の皆さまはそうお考えにならなかったようですが)。

>鑑定書と判決書の双方を手に入れることが必要であったために54件と
>いう少数しか検討対象にできなかったようなので、この報告が統計的
>価値を有すると申し上げるつもりはありませんが、そこから得られた
>「約80%の判決が鑑定結果を全面的に尊重して結論を導いており、鑑
>定結果をどのように反映しているか全くわからない判決が4%程度で
>あった」という暫定的結果に照らせば、「往々にして医師の鑑定結果
>を無視します」とか、「医学的判断よりも自らの頭で考えた筋書きを
>重視する傾向がある」といった表現は事実とズレているのではないか
>と推測されます。

an_accusedさん,

我々の目に触れる判決というものが全体のごく一部でしかないため
バイアスが掛かっていることは否定できないと思います.
ただ,昨今医師10人が10人とも「これは医学的に適切とは言えない」
と考えるような判断に基づいた判決が目に付くようになっていること
も事実だと思います.
あと,その鑑定自体を標準的な医師が見た時に納得できるレベルの
ものであるかどうかにも注意が必要であると思われます.これまで
の議論にも出てきておりますように,鑑定はあくまで第3者の中立
的立場の医師によって行われなければ意味がありません.そこがど
うであったかは医師が判断しないと解らないですね.

確かにサンプリングという点で問題ありなんでしょうが,それでも
「....が診断できたはずだ」とか「....の治療を選択すべきであった」
という内容に首をかしげざるを得ない判断がなされていると悲しく
なってしまいます.
「癌を見逃したから...」などというものも散見されますが,こんな
ことが訴訟になるとは驚きです.医師の誰もが簡単に発見できるよ
うなものを見落としたすれば確かに過失と言えるかもしれませんが,
実際のところ100%見つけることなど不可能です.さらに運良く見
つけられても100%根治できるわけではありません.しかしながら
裁判では「発見できていたら救命可能であった」というように書か
れます.あたかも方程式を解くがごとく言い切れる根拠がどこにあ
るんでしょうか?
まあ,愚痴っぽく書き出したらきりがありません.

たとえ我々の目に触れるトンでも判決が一部に過ぎないとしても,
その内容は我々の気力を削ぐには十分過ぎるものであることには違
いないのです.

> じじい様
率直な医師に対するご意見ありがとうございました。
私たちが言いたいのは医師と患者は対等である、ということです。どちらかが偉いのでもありません。ただ、医師は医学的専門知識とある程度の経験を持っており、患者は素人名だけです。
かなり昔は医師の方が偉いという態度に出ていたと思いますが、最近は逆転しており、「患者は神様」と勘違いしている人も少なくありません。まず、この勘違いをマスコミを初め、流すべきではないでしょうか?医師は患者の奴隷では決してありません。
今の世の中、医療に限らず、お客様は神様だから何でもやって良いという間違った観念と消費者権利とが結びついて妙な権利意識ができあがってしまい、マスコミがそれを助長させるといったことが現実に起きているような気がしてなりません。

YUNYUN師匠(No.115の書き込みについて)
FFFさん(No.119の書き込みについて)

こんにちは、整形Aです。
いつもご丁寧に解説いただきありがとうございます。

「YUNYUN師匠」は元田舎医さんに倣っております。
>整形Aさま、>整形A先生、とエスカレーションしてきたことへの返礼です(笑)。


> 患者さんの人命救助の過程で生じることもある医療過誤の損害賠償額が突出
して高額なような印象があります(僕の発言)。

> まず、損害額は、きわめて大雑把にいうと、逸失利益(その者が生存していれば得られたであろう利益)と慰謝料の合計で決まります。
>
> このうち逸失利益は、債務不履行や不法行為の内容とは関係なく、被害者の属性によって決まります。被害者が30歳で、既に年収2000万円を越えており、今後も当分それと同等かそれ以上の収入を見込めたであろう人であれば、相当高額な数字になりましょうし、一方、被害者が90歳で、わずかな年金収入しかない人であれば、かなり小さな数字になると思われます(FFFさんの発言)。

僕の上記の発言が間違いであることはわかりました。また、被害者側の訴訟上のテクニカルな問題(印紙代)で低額な訴えになり、結果的に裁判所によって低額の損害賠償額しか認められないこともある、という点もわかりました。

さて問題はここからです。

>医療過誤についてだけ、賠償金額を低く抑えることが許されるかという点では、医療過誤は契約責任か不法行為責任かとか、医療契約は(準)委任契約か事務管理かという議論だけでは、賠償金額を損害実額より低く抑えることの根拠としては弱いように、私は感じます(YUNYUN師匠の発言)。

> というわけで、患者と医師の合意を「契約」と見たとしても、「契約」に関して法律上規定されている全てのルールが適用されるわけではないが、損害賠償の点は根本的な部分だから、債務不履行があれば、その責任は免れないということになりましょうか(FFFさんの発言)。

これは、医療における「契約」の場合、法律上規定されているルールが適応されない部分と通常の「他の人に被害を与えたら賠償責任を負う」という基本的な部分の2段重ねになっている、という理解でよろしいでしょうか。
前段部分は、医療は普通の商行為による「契約」とはみなされない(だろう)が、後段は、たとえば身体的損傷に対する責任は普遍的なものだから、医療行為だけ特別扱いされることはない、ということですね。

しかしながら、患者と医師との「契約」が問題になるのは、後段の部分で生じた責任の時だけです。それ以外のときは、患者も医師の両者とも「契約」などと認識はしていないのです。つまり前段の部分が問題になることはほとんどないでしょう。

そして難しいは、医療行為というのは前段部分と後段部分の境界がはっきり分かれていないことです。どこからどこまでが適応されないところで、どこからが普遍的な賠償責任が生じるところか。
これはその時の当事者でもわからないことがあるのではないでしょうか。

さらに言うなら、そもそも医療行為のある部分は、放っておけば失われる命をお金をもらって助ける、つまり人の命を売り買いしている商売といえなくもない点です。
医療行為を一種の「契約」とみなすのであれば、後段部分(身体的損傷)こそその中核です。なぜなら手術などは身体的損傷を伴わず行なうことは不可能だからです。
後段部分で、人ひとりの命が失われたことによる逸失利益をいうのであれば、命を助けたことによる回復利益(仮称)についても認めなければ不公正というものです。

次のようなケースを考えて見ます。

仮に逸失利益1億の人が悪性の病気にかかったとします。放置すれば100%死にます。この時点でこの人の逸質利益は0ですね。
ところが手術を受ければ50%の確率で助かるとします。
そこで手術を受けることにしました。
ところが不幸にして医療過誤が生じ、死んでしまいました。その結果、1億の損害賠償を受けらる。

なんか変じゃないですか。
本人は、手術がうまくいけば生存することによる回復利益1億(相当)がえられます(この場合手術料は安いので、無視します)。仮にうまくいかなくても、それは現状復帰しただけ。
もし医療過誤があれば、逸質利益分の損害賠償を受けられる。
たとえは悪いですが、ローリスクハイリターン。二束三文の原野を高値で引き取ってもらえたような感じですか。
逆に医療機関にとっては、ハイリスクローリターン過ぎます。

これを公正な対等な「契約」とするのは次のような条件を結んだ時です。
手術が成功すれば、成功報酬(回復利益に相当する分)1億プラス技術料、うまくいかず死んでしまったら技術料のみ。
もちろん1億と0との平均を取って、成功報酬なしの5000万プラス技術料、としてもいいです。
もし医療過誤によって死んだ場合は、もともと医療に対する期待値は50%ですから、逸質利益は5000万として、最初に払った5000万は返してもらった上で、損害賠償も5000万プラス慰謝料。
これならば、命をやり取りする医療の「契約」として納得できます。

現在の医療は、前の例にほぼ近い状態ではないでしょうか。


>大きな法制度改革の問題になると思いますが、
>医療賠償金額の法的抑制(キャップ制)の可能性のついて(YUNYUN師匠の発言)。

これは今後の医療過誤訴訟の一つの方向性、可能性を示唆しますね。
長くなりましたので、これについては改めまして・・・。

横から恐縮ですがこういう記事がありましたのでご報告まで。

医療事故、第三者が判定
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20060925/mng_____sya_____006.shtml

 愛知県内の大学教授や弁護士らでつくる特定非営利活動法人(NPO法人)の「日本医学歯学情報機構」(愛知県日進市)が、医療事故の際に第三者機関として、医療機関の責任の有無などを判定し、賠償額を算定する事業を来年四月から始めることが二十四日分かった。

 同機構によると、医療機関からの依頼があった場合、医師や弁護士、保険会社の査定担当者などからなる審査会を設置。病院が提出した調査結果をもとに、医療行為が妥当であったかの判定や賠償額の算定を行う。

 結果を受け入れ、和解や示談を成立させるかは医療機関、患者側双方の判断になる。将来的には、医療機関ではなく患者が依頼した場合にも応じられるようにしたいという。

 当面は愛知県内で起きた死亡事故や重篤事故が対象。

 同機構理事長の小出忠孝愛知学院大学長は「裁判になってこじれる前に話し合いができる体制をつくりたい」と話している。
(東京新聞)

No.120  FFF先生

すみません。猫を被っていくつもりが、どうも本性は隠せないようで。

私たちは瞬間的に反発しているわけではありません。また素人にどう理解させるかということに関しては、訴訟などの話がなくても、日々精進している分野であると思っています。そして追及しつくた上で、現在の状況を打破できるような工夫は、業務の本質を枉げることになる又はもとから無理だということです。(どうして無理なのかは私だけでなく散々説明していますよね)

とりあえずこんなところですが、こちらの考えが既にわかっている(おそらく)にも関わらず、そして具体策もなく、まだ工夫の余地があるはずだと繰り返すのは、先生の本音はもっと別のところではありませんか?意識的か無意識のなせる業かはわかりませんが、医療裁判の原告を守ろうという意図をもっているように思えてなりません。

No.177老人の医者さま、ご紹介ありがとうございます。

> 医療機関からの依頼があった場合、医師や弁護士、保険会社の査定担当者などからなる審査会を設置。病院が提出した調査結果をもとに、医療行為が妥当であったかの判定や賠償額の算定を行う。

典型的な「裁判外紛争解決機関」、ADR(Alternative Dispute Resolution)ですね。
この機関が実効を上げられるかどうかは、「早い!安い!妥当な解決!」の看板に偽り無きことを実証して、客(特に患者)を惹き付けられるかどうかに、かかっています。

> 結果を受け入れ、和解や示談を成立させるかは医療機関、患者側双方の判断になる。

現行の民事訴訟の枠組みでは、このような裁判外の紛争解決を受け容れるかどうかはあくまで当事者の意思次第であって、強制はできないことですから、
国民の大多数が好んで、裁判よりADRを選ぶということでなければ、民事訴訟抑制には繋がりません。

現在、弁護士会が関与するADRは、一般的な民事紛争、交通事故、住宅建築、境界紛争などありますが、残念ながら、裁判所を凌ぐ人気を博しているものは一つも無いのが実情です。(原因はいろいろありますが、ここでは触れません。)
従って、国民の自由な選択に委ねていては、「被告にされたくない」という医師の皆様のご希望を叶えることは不可能であろうと思います。
そうすると、特別の立法措置によって、裁判所へ行く前に専門機関による紛争解決の手続を経ることを強制する(仮称・医療調査委員会前置主義)しかないことになりますが、
そのような大きな制度改革は一朝一夕にできることではありません(No.40、No.57)。

実際問題として、ある日イキナリ専門機関と称するものがどーんと出現して、有無を言わさずそこへ行けと言うより、
前々から活動していて実績もある機関だから、信頼してこれにお任せしましょうとして前置主義を入れるほうが、国民に受け容れやすい(法律が国会を通りやすい)と思います。
全国的に同様のADRを立ち上げ、いずれ法改正して前置機関となるという遠大な目標に向かって、国民の信頼を得るべく活動していくのがよいのではないでしょうか。

医事関係訴訟において被告側弁護士には、着手金や実費、鑑定費用などのほか、成功報酬として「請求金額と実際の認容額の差」の○割を支払わなくてはなりません。
大きなマイナスが小さなマイナスになることの利益を算定しているわけです。

※参考
弁護士兼医師の竹中郁夫氏のHP
http://www.aurora-net.or.jp/~dns05127/
→「ご相談要綱」→「医療訴訟被告(予備軍)サポートの一般的プレゼン」

報酬ネタでもう一つ
==================================
305 名前: 卵の名無しさん Mail: sage 投稿日: 2006/09/25(月) 10:24:28 ID: nLcTvaiY0
>300
航空会社のパイロットは高給取りだが、パイロットに向かって
「高給取りなんだからオーバーワークして当然」なんていう奴は
医者に向かって言う奴よりずっと少ない。

不思議なことだ。

306 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/09/25(月) 10:32:10 ID: 8JdWz7i50
>>305
それはパイロットの方々は雲の上のお人ですからなぁ。

307 名前: 卵の名無しさん Mail: 投稿日: 2006/09/25(月) 10:36:38 ID: ElhC6cCz0
>>306
誰がうまいことを(ry
==================================
【僻地】僻地医療の自爆燃料を語る33【≠田舎】
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1158846603/

>元行政さま
>先生の本音はもっと別のところではありませんか?意識的か無意識のなせる業かはわかりませんが、医療裁判の原告を守ろうという意図をもっているように思えてなりません。

小生も同様の印象を受けたためNo.130にモトケンさま宛のコメントを致しました。言葉はきついかもしれませんが、体制が良くなって欲しいと思う医療者の方々に比べ、非医療者、特に法曹の方々は現状の方が良いというようなところを時折感じます。医療に治療方針がいくつもあるように、法律にもいくつかの解釈があるのかと思っていましたが。

焦点が第三者機関や現在のトンデモ判決、裁判の焦点などになると話がスルーされてしまう傾向も感じました。法律で賠償額に制限が付くと報酬が減るので現行法を希望。第三者機関が活躍すると弁護士や裁判官の権限が減る。ましてや争点をうまく逸らしてトンデモ判決でラッキーということがなくなる。トンデモ裁判官には大活躍して欲しい。もちろん薬の添付文書の内容など原告側に都合の良いものはそのまま採用。あるいは、実務法曹として、今後の医療訴訟や現在担当中の訴訟の参考意見を得るためにこのエントリを利用されているのかと思うことすらありました。

法律家と医療関係者が力を合わせれば何か良いアイデアがあるかと熱くなりコメントしたこともありましが、少し期待はずれかと思ってきています。既に第三者機関が立ち上がりつつある一方で、このブログがただのなじり合いの場にならないことを期待いたします。

 やっぱり、弁護士としては「なにが真実か」よりも「クライアント」の利益が尊重されてしまうのは、ある意味仕方の無いことかと今は感じています。

 以前別の弁護士さんのブログで討論になっていたときも、個別の事例(例えば福島など)は判例をみてないからわからないとスルーし、また医師側のコメントは歪曲して解釈してしまうためどんどん話がずれてしまうことがありました。

 「判例をみてないからわからない」・・・それは非常に正しい解答ですが、具体的な事例について考えていかないと話が進まないのではないかと思いました。

 どうも話が通じない、これなら医学・法学知識の無い一般の方の方がまだ話が通じると思いました。が、しかしもし、医師側が言っていることを正しいと認めてしまうと、原告側医療弁護士として戦えなくなるから、仕方ないかもしれないと思い直しました。

 そうでなければ、この現状に現行法がこうだから仕方ない、というような他人任せのコメントはでてこないと思いました。
 医師は、医療という実学に生きているため、決まりがダメなら決まりを変えて医療を行うのに、法曹は決まりにあわせて社会を変えるのだと思いました。

 ただ問題は「(自分の担当している)患者さんのため」というところを、無意識に「全患者さんのために」というように摩り替えているところだと思います。TVにでてくるマスコミ受けのいい(が実際の腕はや人間性は・・・・)な医師と同様に、患者さんのためにを大義名分として、問題の本質を解決しようとしないのに巧妙に国民をめくらましさせているところです。 

 これはどうしょうもないなあ、マスコミも国民もすっかりこの風潮に乗っているし、日本の医療崩壊は1,2年だなと思いました。


 ただここで、モトケンさんやfuka-fukaさんなどのご意見をみていて、少し救われる気がしました。医師よりの発言をすることがあるというレベルの問題ではなくて、医療の不確実性という本質を理解し、それにどう対応していくか一緒に考えていただいているように思ったからです。法曹にも話の通じる人はいるらしい、と思いました。

 ここでの意見は、一般の方もみていらっしゃるし、この討論の過程が残っていくことは意味のあることだと思っています。

 日本では医療と水と安全は当たり前のようにありますが、世界の多くの国ではそうでありません。その現実を知ると、法曹や国民の危機感の無さに愕然とします。

>元研修医さん
>「判例をみてないからわからない」・・・それは非常に正しい解答ですが、
>具体的な事例について考えていかないと話が進まないのではないかと思いました。

具体的な判例がないケースに関して、弁護士が意見を言ったところで、
それは意味がない意見に過ぎないのではないかと思います。

例えばセカンドオピニオンの患者さんを観る場合、何も持参せず患者が前医の
愚痴を言った場合、お医者さんとしては「カルテをみてないからわからない」と
答えるほかないのではないでしょうか。

きちんとした事実がないと始まらないのは、医師も法律家も一緒だと思いますが。

>Level3さん
>「癌を見逃したから...」などというものも散見されますが,
>こんなことが訴訟になるとは驚きです.

具体的にはどのケースでしょうか

 では、判例をみればいいのです。
 私ならしまさんの出された状況で「今はカルテが無いのでお答えできませんが、後ほど調べてお答えします」といいます。

 要は、都合の悪いことはスルーされていたわけです。ちなみにこの時は福島だけでなく既に判決の出た事件も話題に上がっていました。

 そして「福島」判決待っていたら、10年ですか。医療とっくに崩壊しています。

 判決で白黒つくから、待てというのは地雷原を目隠しで10年間歩けというものです。

 しまさん、ちょっと勘違いしていました。しかし例に挙げられたことと状況が違います。
 「前医から資料を借りてきてください」といいます。

>元研修医さん
>ちなみにこの時は福島だけでなく既に判決の出た事件も話題に上がっていました。
判決文が公開されていた事件だったのでしょうか。

>そして「福島」判決待っていたら、10年ですか。医療とっくに崩壊しています。
福島事件に関して何か意見が言えるとしたら、判決が出た後だと言っているのです

>法曹は決まりにあわせて社会を変えるのだと思いました。
司法が決まりを変えていたら世の中めちゃくちゃになってしまいますね
百も承知でしょうが、三権分立の考えから言えば、決まりを作るのは立法です
で、立法は国民と政治家の仕事ですね。司法に求めるのはお門違いだと思います。

No.184  Posted by: しま さん

>例えばセカンドオピニオンの患者さんを観る場合、何も持参せず患者が前医の
>愚痴を言った場合、お医者さんとしては「カルテをみてないからわからない」と
>答えるほかないのではないでしょうか。

>きちんとした事実がないと始まらないのは、医師も法律家も一緒だと思いますが。

ただ、このような掲示板では現在得られる情報を元に意見を言ってもいいと思いますが。

セカンドオピニオンは直接の当事者に対して責任を持った発言をしなければならないから
>「カルテをみてないからわからない」
となるのです。

こういう掲示板では個々の案件に対して、法曹界の方なら純粋に法律に則り公正中立な立場で発言しないと何も解決しないと思います。実際に、経鼻胃管や抗不整脈薬のスレッドでは医師の皆さんが自分の知識を元に発言しています。

>司法が決まりを変えていたら世の中めちゃくちゃになってしまいますね
百も承知でしょうが、三権分立の考えから言えば、決まりを作るのは立法です
で、立法は国民と政治家の仕事ですね。司法に求めるのはお門違いだと思います。 

 しまさん、一応私も日本で中学校で習ったので三権分立くらい知ってます。何も司法に立憲しろって言っているんじゃないんです。

 ただね、法律で決まっているから、の一点張りはどうなんですかって言っているんです。

 現場の声はこうだ。→それは検討に値する、世論に訴えて国会を動かし変えていこうが普通の反応では?
 

 なんとなくいつも、言葉尻を捉えて反論されるような。。。。

ガイシュツだったらすみません。

竹薮みさえ氏のblog「ざ。問題主婦」に、「ばあば」さんという福祉施設に勤められている方からの医療崩壊問題に関する投稿が連載されています。(9/25現在 5回分)
http://takeyabumisae.blog66.fc2.com/
(「どーもdeこーも(美と健康)」カテゴリから入ると一覧しやすいです)

福祉関係の仕事は「医療現場と日常生活の中間やや医療より」な立場であるゆえ、微妙に内情が見え、微妙に客体視できるからかもしれませんが、極めて的確に現状を認識されています。
中でも「投稿5」での岐阜の大垣市民病院の通院状況の変化などは、非常にわかりやすい2次〜3次医療の崩壊の描写になっています。
なお、「ばあば」さんはこのblogの住民でもあるようです。

しまさん、

>そして「福島」判決待っていたら、10年ですか。医療とっくに崩壊しています。
福島事件に関して何か意見が言えるとしたら、判決が出た後だと言っているのです


 ですから、判決でるまで、10年間も医師は逮捕の恐怖におびえなきゃいけないってことですか。
 裁判所の考えは考えで、司法関係者がどう考えるか述べてもいいんじゃないですか。この逮捕=正当、と考える司法関係者が多いなら医師をやってられないと思います。


>元研修医さん
>現場の声はこうだ。→それは検討に値する、世論に訴えて
>国会を動かし変えていこうが普通の反応では?

そのあたりは法律家の問題ではなく、私みたいな非医療関係者の
努力不足のせいですね。

医師の団体と、非医療者団体でそのあたりのつっこんだ話が出来るといいと
思いますので、私も適切な医療関係のNPOがありましたら参加したいと思います。

>女性は02年9月、体調不良を覚えて同センターで健康診断を受診。
>レントゲン写真を見た医師は1センチ大の初期肺がんを見落とした。
>03年8月、別の病院で3センチ大に進行したがんが見つかり、女性
>は翌9月に摘出手術を受けた。判決は、見落としによる肺がんの進行
>で、手術5年後の生存率が30%低下したと認定した。

しまさん,
ちょっと古いので正確な出典は不明ですが,(これは医師掲示板からの
コピーで元は新聞の記事と思われます)これは一つの例です.胸部レン
トゲンでは肺癌の陰影は比較的淡く(特に小さいうちは),CT画像で
はっきりした陰影を見た後に再度単純レントゲン像をみてもわからない
ことはしばしばです.
この例ではおそらく大きくなったものをみて再度古い写真を見れば見つ
けられたと考えられるようなものでしょう.まさに後出しジャンケンで
す.
ものにもよりますが直径1cmの肺癌を胸部レントゲンだけで100%確
実に診断することは不可能です.

他にもいくつかあったと思いますがすぐには見つけられませんでした.
似たようなものでは「脳梗塞がすぐに診断できず後遺症が残った」ため
賠償となったものとか...
病気の診断はいくら機械が進んでも簡単ではないのですが,裁判官は後
出しジャンケンで「こんなものも見つけられないのか」といってるんで
しょうね.

上記のような、医療従事者からみれば納得のいかない判決は私が某中核病院にいた6−7年前からよく目にしましたけど。その病院は医療訴訟を手がける情報会社からFAXが毎日届いていまして、それが医局の掲示板に毎日張られていました。それを見るたびに皆で、「これはおかしいよねえ。こんな判決が出るんだったらだったらこの仕事やってられないよ」と言って徐々にやる気を失せていきました。

そもそも、ただでさえ忙しい病院業務のなか、患者さんからクレームがつけられて何度も病院で遺族と話し合ったり、裁判所に出向いたりする状況は医療従事者にとってはつらいです。

>Level3さん

府中の件は実質的に、原告側敗訴だと思います。
基本的には不当裁判だと思いますし、裁判官もそれを承知しているみたいです。

>訴訟費用はこれを5分し,その1を被告らの連帯負担としその余を
>原告の負担とする。

とあるとおり、訴訟費用の八割を原告が負担するみたいですから。

慰謝料は、見落としたという事実がある以上仕方ないのでしょうか。
見落としに関しては医師側も認めているようです。

ただ、こういう事があると非医療従事者に対する医師の不信感を
招くのは当然ですね。

>病気の診断はいくら機械が進んでも簡単ではないのですが,
>裁判官は後出しジャンケンで「こんなものも見つけられないのか」と
>いってるんでしょうね.

判決文では

>A医師が本件見落としをしたことは争いがないもの,原告が平成14年9月に
>医療センターを受診した時点の胸部Xp の右肺の異常陰影が,誰もが容易に
>発見できたとまでは必ずしも言い切れないことに照らすと,A医師の
>本件見落としが極めて初歩的な過誤であるとはいえない。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060601171019.pdf

と書いてあるようですね。

判決文全体を通すと、基本的に原告側に厳しいような事を書いてあるみたいです。

>uchitama先生
>「言葉はきついかもしれませんが、体制が良くなって欲しいと思う医療者の方々に比べ、非医療者、特に法曹の方々は現状の方が良いというようなところを時折感じます。」

 「問題のあった医師に対する処分は、医療専門家による調査の結果ではなく刑事裁判の結果を根拠にすることを原則とする」というのは、医師会・病院会の代表や医学部教授らといったお医者様方を主体とする医道審議会が自発的に決定なさったことです。「審議会の決定なんて官僚の作文をなぞっているだけだ」と仰る方がいらっしゃるかも知れませんが、その作文をする官僚の多くも医系技官と呼ばれるお医者様です。
 お忘れのようなので確認しておきますが、司法手続を行政手続に前置する今の医事紛争処理制度はそもそもお医者様方が作り上げ守り続けてきた制度です。そして、司法手続を行政手続より前置することで、お医者様方は事実上自浄作用を働かせる責任から免れるという利益を享受なさってきたことは紛れもない事実です。起訴・有罪判断ともに極めて困難であった司法手続を自分たちの権益を守る防壁として存分に利用し続け、ここ数年それが防壁として機能しなくなりつつなった途端、行政も含めた医療業界の不作為を棚に上げて、あたかも「医療崩壊」の主犯が司法にあるかのように主張なさるのは如何なものでしょうか。

>「焦点が第三者機関や現在のトンデモ判決、裁判の焦点などになると話がスルーされてしまう傾向も感じました。法律で賠償額に制限が付くと報酬が減るので現行法を希望。第三者機関が活躍すると弁護士や裁判官の権限が減る。ましてや争点をうまく逸らしてトンデモ判決でラッキーということがなくなる。トンデモ裁判官には大活躍して欲しい。」

 司法の側は、専門委員制度や各医学会への鑑定医推薦依頼制度、医師の調停委員による調停や付調停制度の活用、複数の鑑定医によるアンケート式鑑定やカンファレンス型鑑定方式の導入など、いくつかの「正しい事実評価を行うための試み」をしております。
 また、お医者様方は皆さま一様に、「臨床医主体の医療事故調査機関でなければ医療事故の真相はわからない。門外漢である法曹ばかりで運営される裁判制度では不充分であるだけでなく有害ですらあるのに、一部の法曹は一向にそれを認めようとしない」と、同じことをひたすら延々と主張されておられますが、そもそも法務省や最高裁、日弁連は、医師主体の医療事故調査機関の設立について賛同しこそすれ反対も妨害もしておりません(少なくとも、法曹三者のいずれかが公式に医療事故調査機関の設立について反対の意思を示したという事実を私は知りません)。また、医師会や医学会、大学等における調査機関の設立・運営に対して法曹界は委員を引き受けるなど協力を惜しんではいないはずです。何かというと引き合いに出される小松先生も、「法曹関係者は『刑事処分の必要がある人だけ検察に回してくれればよいのだ』と言ってくれています」と仰っておられるようですね。uchitama先生は一体何を根拠に「弁護士や裁判官が自らの権限維持のために第三者機関の設置に反対している」と仰っておられるのでしょうか?
 賠償額制限についても無過失補償制度についても、ここで立法論として頑強に反対している法曹はいましたか?報酬が減るからですって?懲罰的賠償のように本来の被害額に数倍する賠償が認められているというのであれば、賠償額制限によって代理人弁護士の取り分も大きく変わってくると思いますが、本来の被害額に対する賠償を基本とする現行制度にキャップがかかったからといって、どれほど弁護士報酬がどの程度変わるというのでしょう?そもそも、医事関係訴訟の原告勝訴率は30%〜40%と一般民事事件に比べて格段に低く、訴訟追行の労力を考えれば今患者原告側の代理人になることにどれほどの魅力があると思っていらっしゃるのでしょうね。そういえば、

>「もちろん薬の添付文書の内容など原告側に都合の良いものはそのまま採用。」

 ということですが、なぜ弁護士が常に原告側に立っているとお考えなのでしょう。普通に考えれば、原告側と被告側に半々、もっと言えば、患者原告が個人のワンショッターであり被告の医療機関はたいてい法人であり顧問として継続的関係を築いていることを考えれば、弁護士はむしろ被告側代理人として振舞う機会のほうが多いのですが。「薬の添付文書云々」にしても、原告側に都合がいい」ということは「被告側に都合が悪い」のであって、弁護士が顧問先病院の代理人の立場から「実態に合わないのであれば変えていただかなければ負け続けて成功報酬がもらえないので困る」と考えるほうがずっと自然であり、原告に都合がいいという理由から実態に合わないまま放置しておきたいと考えるとお決めつけになるのは先生の思い込みに過ぎません。要は、ご自分のお考えが理解されない理由を相手方のポジションの問題にしたい、そういうことなのではないですか?

>「このブログがただのなじり合いの場にならないことを期待します。」

 との仰せですが、申し訳ないのですが先生のコメントを拝読しても、uchitama先生がそのような期待を抱いていらっしゃることが感じられません。あくまでも私から見てですが、ここにコメントを投稿しておられる法曹関係者は、お医者様方の追い詰められた状況を察して相当表現を抑えてコメントされておられますよ。

>元研修医先生、暇人28号先生、しま先生

>「こういう掲示板では個々の案件に対して、法曹界の方なら純粋に法律に則り公正中立な立場で発言しないと何も解決しないと思います。実際に、経鼻胃管や抗不整脈薬のスレッドでは医師の皆さんが自分の知識を元に発言しています。」

 これについては、暇人28号先生の仰るとおりであると思います。何を以って「公正中立」か、あるいはここで発言者が「公正中立」であると考えていても他の方がどう受け止められるかやや疑問ではありますが、新聞報道や医学会のコメントなどを材料にしてある程度の発言をしても何ら差し支えないと思います。私自身は、福島産婦人科医逮捕事件については少なくとも不当逮捕であると思いますし、被告人となっているお医者様に刑事責任を問うべきではないと感じます。ただ、検察はそれなりの根拠があるから起訴しているので、報道されている事実だけ見ればいかにも無理筋に見える事件であっても、法曹としては現在進行形の事件について軽々に評価を口にすることができないということもあるように思います。

 また、法が実態にそぐわなければそぐわないことを認めることも当然必要だとも思いますが、法律家はすぐに立法論に逃げるのではなく今ある法を解釈によっていかに実態に合わせていくか、法解釈を社会的に妥当なものにしていくかが仕事なので、おいそれと立法論に踏み込もうとしないというのが、法曹と話していて常に感じるところです。ただ本エントリーの趣旨は「前向きに、制度論を語る」ということだったはずですので、もっと立法論に踏み込んでも構わないはずだと思います。
 なお前述のとおり、司法は専門委員制度や各医学会への鑑定医推薦依頼制度、医師の調停委員による調停や付調停制度の活用、複数の鑑定医によるアンケート式鑑定やカンファレンス型鑑定方式の導入など、いくつかの「正しい事実評価を行うための試み」をしておりますし、また医師会や医学会、大学等における調査機関の設立・運営に対して積極的に協力しており、法曹が決して現行制度を最善と考え変化に抵抗しているわけではありません。

>level3先生
 判決にはその結論を導き出した証拠とその証拠を吟味する過程というものがあり、ただ単純に「1cmの影が3cmの癌になっていたから、1cmの影を癌と見抜くべきだった」と結論していないはずです。先生はなぜ証拠も見ず審理過程もご覧になっていないのに一片の新聞報道を見て「裁判官は後だしジャンケンで『こんなものも見つけられないのか』といってるんでしょうね。」と後から評価できるのですか?なお、しま先生にご紹介いただいた判決文中には

 「府中市健康診査事業等適正運営委員会(以下「調査会」という。)は、平成15年12月8日、府中市長に対して、調査会の開催結果についてという書面を提出し、原告から申出があった疑義の概要とA医師の報告書の説明を受けた後、本件見落としがあった胸部pを委員全員で詳細に観察し意見を交換した結果、『異常なしの判定をすることが適正であったと認定するには困難があった』と報告した。この調査会の委員は、呼吸器科医2名を含む医師が4名と弁護士1名で構成されていた(甲B2)。」

とありますが、この調査会の結論も「後出しジャンケン」なのでしょうか。もしもそうならば、一体誰がどうすれば医事紛争を審査することができるのでしょうか。

 なお、先生が引用なさった事件ではないですが、前に私が引用した座談会記事で次のような発言があります。
(以下引用)
福田剛久東京地裁判事「私のところでも、人間ドックのレントゲン写真にがんが写っていたのに、それを見逃したのではないかという事件で、他の相当数の患者の人間ドックのレントゲン写真も入れて、いずれかのレントゲン写真に異常が認められるか、異常が認められるとすればどの部分かという点について、五人の医師にアンケート式で鑑定をお願いし、その結果に基づいて和解をしたことがあります。」
(引用終わり)
(「座談会・医療訴訟と専門情報(2)」判例タイムズ1121号46頁より)

 裁判所は、自らの営みが本質的に「後出しジャンケン」であることをそれなりに自覚し、できるだけ適正な事実認定を行なうよう努力しているのです。もっとも、医事訴訟システムに関する医療システムの専門家の意見さえ「臨床医でない」という理由で排斥なさるのですから、臨床医であるはずがない裁判官がどのように努力して結論を導こうとご納得なさらないのかも知れませんけれど。

臨床医は法律のことは基本から理解が無いというのも現実です

> 裁判所は、自らの営みが本質的に「後出しジャンケン」であることをそれなりに自覚し、できるだけ適正な事実認定を行なうよう努力しているのです。

これについては多少は存じ上げていますが,
「後出しジャンケン」は「自覚していても」バイアスを免れない.
だからこそ前向き研究・無作為化が必要,というのが
数多くの臨床研究の教えるところです.実例は無数に有る.

 単純に考えて、「異常がある」と思ってみるのと、膨大な正常な写真に埋もれた一枚の1cmの影を見つけるのは全然違うと思うのですか。。。

 府中の例ではどうやって鑑定したのでしょう。

 東京の例が出されていますが、裁判所から依頼された時点で、たとえ相当数(何枚かわかりませんが、何十、何百枚も見る検診とは違うと思います。)なにかあるなと思ってみる、つまりバイアスがかかっていると思います。

 そして通常検診のレントゲンって絶対呼吸器専門医が読影してますか?私が以前いた施設では必ずしもそうではなかったのですが。。。。

>医事訴訟システムに関する医療システムの専門家の意見さえ「臨床医でない」という理由で排斥なさるのですから、臨床医であるはずがない裁判官がどのように努力して結論を導こうとご納得なさらないのかも知れませんけれど。

 臨床医、と研究医は似て非なるもので、全く違うものです。まずそこのところに誤解があると思います。

 大工の徒弟制度で受け継がれた技術の細かいところ、建築関係の大学教授必ずしも理解できるものでしょうか?それと似た感じだと思います。

 他の評論家の意見もいいですが、まず現場の意見に耳を傾けようという姿勢はないのですか?

>判決文全体を通すと、基本的に原告側に厳しいような事を書いてある
>みたいです。

しまさん,
書き方が悪かったようです.
個人的には,こういったものが裁判になること自体が問題であると認識
しています.裁判になるだけで医師にとっては非常大きな負担となるこ
とは多くの方が書かれていると思います.たとえ,裁判に勝訴しても
医師にとって得られるものはありません.

医師は患者さんのために努力しますが,その結果が100%でないことは
ご理解頂けているかと思います.「病気をすべて見落とさず確実に診断
することが当然のように望まれている」ところに問題があるのです.
学校の数学の答えのように一定の方法を取れば100%解答が得られるの
とはわけが違います.

医師の「診断」や「治療」に100%を求め,それが得られなかったら
「ミス」だ「裁判」だという流れが一部に存在する点自体を問題にし
ているのです.

追加です.

こういった医師の「診断」や「治療」にも裁判というのであればNo.176
の整形A先生のような考えにたって報酬が決められるべきでしょう.

正しく「診断」「治療」されればを原点に取るのではなく「医師が存在せ
ず,そのまま放置されたら」という状況を原点に取って思考することです.
実際のところ,現状では医療費は一律なんですから「腕のよい医師に当た
れば幸運だった」というところあたりが妥当ではないでしょうか?

またループに突入してますね(苦笑)。

持論の正当性を主張するのは結構なのですが、正しい正しくないという議論と医療崩壊は全く別次元の問題です。司法側、医療側の別を問わず「では、その論は医療崩壊という現実に対処できるものなのか?」という点をまず念頭においておかなければ空論になることを避けられないと思いますよ。

an_accused さんの書き込みを見ていると、法曹界の人皆さんすべてが「敵」ではないということはなんとなく理解できるのですが、とんでも裁判官によるとんでも判決が存在しているのも事実ではないでしょうか。しかも決して少なくはなく(割合はかなり少ないのかもしれませんが)。

医療界に対してはすべての医師に、それこそ専門医に匹敵するようなハイレベルな均一性を求めるのに、なんで裁判官には、レベルの低い「裁量権」が認められるんでしょうか。おかしい判決を下した裁判官には損害賠償や場合によっては懲役刑なんかも与えてほしいです。

「お医者様」と言う言葉は慇懃無礼を感じて非常に不快です。
患者、医療関係者、法曹がそれぞれに対等だと思っている方は使わない言葉でしょうね。

このたびの医療崩壊の最大の原因はマスコミによる国民に対するミスリードです。医療従事者は悪であり、始めから疑ってかかれというプロパガンダを延々と行いました。そして、何かあれば医療従事者を徹底的に叩け、と大号令をかけたのです。

結果として、国民は来院当初より「変なことするなよ(−−メ)」と言う表情を前面に出してすべてを疑ってかかるようになりました。そんな風になれば、すべての有害事象に対して医療従事者が悪いと思うようになり、徹底的に医療従事者を叩くようになりました。

最初のうちは医療従事者も謙虚に「反省」していましたが、そんな空気が徐々に濃くなると嫌気が差して救急医療から逃げていくという状況になったわけです。

結局、そういう空気がなければ警察・検察も今のような不当な逮捕をすることはなかったわけです。今の状況では、もしも逮捕しなければ彼らはマスコミから「きちんと仕事をしていない」とバッシングを受けるのではないかと思っているはずです。

そういうことで、過剰な医療バッシングをしたマスコミこそが医療崩壊の最大の「戦犯」だと思います。

No.188  しまさん

>司法が決まりを変えていたら世の中めちゃくちゃになってしまいますね
百も承知でしょうが、三権分立の考えから言えば、決まりを作るのは立法です
>で、立法は国民と政治家の仕事ですね。司法に求めるのはお門違いだと思います。

そういう建前は、勘弁してください。行政の出す通達も裁判所の示す判例も実質上は法律と同じでしょう(助産師の話の実例も最近ありましたよね)。裁判所が馬鹿な判断をして、馬鹿な判例を作ることも問題ありですが(医療水準の話なんて最悪だと思います)、法律の解釈の段階でどうにでもなることに対して、正しい解釈を示すことが仕事のはずの裁判官が、それをせずに法律できまっていることだからなどと言い訳する(実際裁判官が言い訳したわけではありませんが)ような話はダメだと思います。

医療崩壊はもう止まらない。これは、基幹病院で勤務している医師なら誰でも感じていること。
その原因のひとつとして、大野事件があったり、割り箸事件・心筋炎があったり、逮捕や裁判の結果がある。こういう事実。
このことに対して、医師でない方(特に法律家)はどう思われているのか。そのコメントをみんな聞きたいんじゃないかな。
医師も萎縮医療をすると助けられなくなる患者さんが増えるから、良心の呵責を感じている。だから医師のコメントが多いのだろう。
判決の結果、医療が荒廃して死者が増えるかもしれない。実際、心筋炎の判決結果により、小児救急医療は(医者の萎縮により)崩壊した。その結果、助けられた命が少なくとも10や20は失っているであろう。そうすると、判決を出した裁判官や勝訴した原告弁護士は下手すると、殺人幇助になるんじゃないか。そのことについてどうお考えなのかな。ということですね。弁護士は仕事をしてクライアントに勝ち取ったカネを上げて、自分は報酬を受け取って終わりなんだろうけど、医療界に及ぼす影響をご存知でないかのごとくいらっしゃる。
医師も明らかなミスで訴えられるのがいやといってるんではないんです。医師の常識(一般の方とかけ離れている可能性はありますが)で誰が診察しても助からない。こういうことに対して、賠償責任が降りかかることに納得いかないだけなんですね。医師が見なければ、賠償はゼロ。診ても報酬はリスクと合わない。
医療裁判で原告勝訴率が低いといっても、毎月変な判決が出ているなあ、そんなことが情報で流れると、さすがに萎えますね。
周囲でも萎縮医療が目立ってきてますしね。まあ、人はいつかは死ぬんだから、医師が訴訟のリスクを背負ってまで無理して手術や処置をする必要もないんですけどね。出産は定義では病気でない、ということになってるから、医師や助産師がかかわらなくても法的には問題がないわけだし。こういうことを強気でいえるのも、医師が病院で圧倒的に不足しているからなのですが。これがあまってるのなら、こういう発言は当然できません。おまんま代を稼ぐのに積極的にリスクをとらざるを得ない。そういう風になるんでしょうけどね。だから、厚生労働省が医師が偏在しているといっているうちは、実は助かる面もありますね。

たとえ和解したと言っても、それまでの(民事)裁判にかかるエネルギーや、
和解のためとはいえ、少なからずの賠償を支払うことになること。それは
やはり(当人同士が納得しての和解なのでしょうが)どうも不条理なものと
感じてしまいます。和解したとの記事でも、「長期間の裁判でお互いの
ために○○○○万円で和解した」などとの記事を見ても、実質的には
敗訴と同じ状況なんだろうな、とも思ってしまいます。
私は訴訟を起こされようとしたことがこれまで2回あり、結局は2回とも訴訟には
至らなかったものの、それだけで多大な時間がかかり、肉体的にも精神的にも
(診療に影響がでそうなくらい)つらい時期もありました。

ところで、これまでの話とははずれますが、病院経営面からのアプローチとして
http://iseki77.blog65.fc2.com/
のブログがわかりやすかったです。
って、既にいのげ氏のコメントいくつかついてるし。。。

こんにちは、整形Aです。

医師の皆さん、すこし冷静になっていただきたいと思います。
僕には、少なくともここに書き込まれる法律家の方の善意、好意を疑う理由はまったくないですね。

もちろんその立場(法律を遵守し、その枠内で考え行動する)のため、少々堅苦しいところとか、保守的な(思想的にという意味ではありません)ところはあると思いますが、自分の現実の仕事を有利にしたいといった気持ちはないでしょう。
もし自分の仕事の利益のためだったら、医師に対して
「どうぞどうぞ、先生方のいいと思われるやり方でじゃんじゃん治療してください。添付文書が医学的におかしいのであれば、そんなの無視してやるのが患者さんのためですよ。それを理解しない裁判所が悪いんです」
そう勧めて、自分はその裏をかいて患者側につきますね。
それが結局「医療崩壊」につながろうとも。

でもここの法律家の皆さんはどなたも、そんな状況を望んではいません。
むしろ紛争を回避する方法を、法律家の立場からアドバイスしてくれているんだと思います。
アドバイスだから、それは面白くないことはあるでしょう。良薬口に苦し、ですね。
また、それが医療の現場に即していないこともあるでしょう。しかしネット上の無料のアドバイスですので、そこまで完璧さを求めるのは酷というものです。

自分たちが日頃相手をしている患者さんだって、医者にこうしたらいいといわれたことを、決してすべて快く思って受け入れているわけじゃないと思うんです。でも、まあ専門家、先生の言うことだからきいといた方がいいか・・・と。
いちいち反発してても仕様がないですよね。

面白くないことでも、体によい、紛争回避の役に立つ、訴えられた時に負けにくい、と思うことは採用した方が得ではありませんか。

>an_accused様

>問題のあった〜(中略)〜医道審議会が自発的に決定なさったことです。

 ご指摘の通りだと思います。さらにご指摘の通り、現状ではこれが正常に機能しなくなっている、と言う考えはご同意いただけますでしょうか?
 より問題なのは現状の医道審議会は「医師の代表ではない」ということです。文字通りの代表とは全体の意見によって「代わりに表に立つ」人を指すと思いますが、すくなくとも現在の医療崩壊の主体になっている中堅・働き盛りの勤務医を代表するものではありません。これは司法サイドに責を負わせるべきではなく、ギルド制を敷き、インターネットを活用した投票制度を設けるなど、医療者側でも勤務医の声を何らかに反映させるシステムの構築は急務だと思います。少なくとも、現行医師会の「代議員制度」による活動は医療の中軸である基幹病院勤務医の声を反映するものではない、これは変えるべきであるということは個人的意見として主張しておきます。
 また、「医系技官も医師だ」とのことですが、これは我々が「暴力団の顧問弁護士も裁判官も検事も法曹は法曹だ」というようなもので、ひとくくりにするには無理がありすぎます。少なくとも一線の臨床医の中で「彼らは医師である」と考える人はいないと思います。認識としては「医師免許を持っている人」であって、医師ではないという考えでよいと思います。

>ここ数年それが防壁として機能しなくなりつつなった途端、行政も含めた医療業界の不作為を棚に上げて、あたかも「医療崩壊」の主犯が司法にあるかのように主張なさるのは如何なものでしょうか。

 これは一面的な見方だとは思いますが、私も同意します。問題は司法だけにあるとは考えていません。医療者側の問題はもちろんのこと、報道関係者、患者サイドを含めたすべてに原因があると思います。

>門外漢である法曹ばかりで運営される裁判制度では不充分であるだけでなく有害ですらあるのに、一部の法曹は一向にそれを認めようとしない

 一部の法曹は・・・とご自分で書いていらっしゃいますので、後段との矛盾はお気づきになりますか?別に法務省が、弁護士会が云々ではなく一部の法曹が・・・ということです。少なくともFFF様は第三者機関について反対ではなくとも消極的だと思いますが、この様な考えが一人だけだとは私は思いません(確かに根拠はないですが)。ところで、お尋ねしますが、an_accused様御自身は第三者機関の設立の必要性についてどうお考えですか?なお、私が「ひたすら延々と」第三者機関の設立を主張しているのは、「それが医療事故を「防ぐために」必要である」と考えるからです。

>あくまでも私から見てですが、ここにコメントを投稿しておられる法曹関係者は、お医者様方の追い詰められた状況を察して相当表現を抑えてコメントされておられますよ。

 これは全く同意します。むしろ残念なことに一部の医師(もしくは医師もどき)から不適切な発言が出ており、彼らと同列に見られるのは私としては迷惑です。過去の発言者では「ポータブル」氏、「なな」氏、「medix」氏などと同列に語って欲しくはないと思っています(あえて名指しで糾弾しておきます)。 

 ところで件の肺ガン検診訴訟は全文を読みましたが、私から見てもこの判決そのものはおおむね妥当だと思います。ただ、正直なところ、これで訴訟を起こされてはかなわないな・・・と思います。1cmの肺ガン、しかも血管影と重なるようなレベルのものを見落とし無しで100%見つけれる医師はいないと思います。従って、これを裁判で過失とするのはどうか・・・と思います。交通事故と同様、「医賠責」保険のようなもので対応すべき件でしょう。(被告の一方である府中市が裁判での決着を望んだと言うことは承知の上で言ってますので念のため。府中市に対してはアホかと言いたい)。

 なお、原告側の主張は訴訟戦術上やむを得ないものなのでしょうが、「おいおい、無茶言うなよ」と感じる部分が極めて多いです。今後、万が一にも原告側の多くの主張が認められるようになるなら、これは医者などやってられません。

> 現場の声はこうだ。→それは検討に値する、世論に訴えて国会を動かし変えていこうが普通の反応では?(No.190)

N.57やNo.81で運動論のことを少し書いたのですが、あんまり食い付きは良くなかった。
医療者側として、「こういうことをやりたいから、一緒にやってくれ」という具体的なアイディアはありませんか?

一般患者の立場なので先生方のやり取りを興味深く拝見させていただいておりましたが一言だけ。
医療vs法曹で喧嘩しても得をするのはマスコミだけでしょうね。マスコミを通さない生の声が聞けるだけでもネットの恩恵といえるなぁと思います。(もちろん真偽の判断は自己責任ですけど)

No.214  Posted by: 右でも左でもなくさん

>医療vs法曹で喧嘩しても得をするのはマスコミだけでしょうね。マスコミを通さない生の声が聞けるだけでもネットの恩恵といえるなぁと思います。

本当にそう思います。ここで発言されている方は、一部の煽りの方(医療者と法曹界それぞれ)を除き善意で発言されていると思っています。それはお互いにカチンとくるところはありますが、それを一々あげつらっていても意味がないのでパソコンの前だけで憤って気持ちを整理してから書き込みするようにしています。

本当に、マスコミってバイアスがひどいですからね。信用できません。


No.213  Posted by: YUNYUNさん

>医療者側として、「こういうことをやりたいから、一緒にやってくれ」という具体的なアイディアはありませんか?

アイデアがあっても、勤○協みたいに仕事を投げ打って運動できる人って少数ではないでしょうか。だから「食いつきが悪かった」のだと思います。
今の崩壊を食い止めるには、まずマスコミを黙らせること。これが先決でしょう。マスコミ、特にテレビが感情的にわめいている現状では冷静な議論が出来ませんし、医療従事者のモチベーションも徐々に低下していきます。
2番目として、行政、議員、医療従事者(勤務医も含めた現場の人間)、司法、国民(へんな「プロ市民」はなしですよ)を巻き込んで、使えるお金の額とその負担の仕方、希望する医療の質、提供できる医療の質を天秤にかけてどういう医療をしていくのかを検討するのが一番ですね。

家造りと一緒です。
なんでも欲しい、と言って叶えられる時期は終わりました。

No.213 YUNYUN先生

その必要を感じている医師は少なくないと思いますよ。日本の医師もストライキくらいするべきと(法律上許されないのは承知です)個人的には思っています。僻地勤務義務化などという基本的人権を蔑ろにするふざけた話が出たときは、(もともと僻地勤務医なのでむしろ自分には有利なのですが)本気で運動しようかなどとも考えました。

食いつきが悪いのは、現時点で運動して推進する内容が思いつかないためだと考えます。例えば第三者機関案に私は賛成ですが、医師がデモをしてこれを認めさせようとすれば、利己的な行動に映りかねないと思うのですがどうでしょうかね。また、医師のデモを利用して、トンデモ第三者機関を作られた際には泣くに泣けないでしょう。

声があがった際には、よろしくご教示お願いします。

ちなみに、今の弁護士に対する国の政策をみていると、我々のいつか来た道を感じます。受けたご恩はきっといつかお返ししますよ。

>また、「医系技官も医師だ」とのことですが、〜中略〜認識としては「医師免許を持っている人」であって、医師ではないという考えでよいと思います。(No.212)

補足で、厚労省の医系技官は、原則大学卒業後5年以内の者に採用試験の受験資格があります。(2年の臨床研修のみも可)
医系技官は、医師国家試験に合格した人というだけで、僻地外科医さんの言うように、“医師”ではないでしょう。医療が何かと深く考える経験を積む前に、権力を握ってしまうのです。また、臨床では適応できなかったような人が受験するとある勤務医からきいたことがあります。採用条件を変更しない限り、医療体制は改善されないように思います。

こういう人達の一声で、この国の医療体制が決まってしまうことが、おかしいと思います。また、都道府県レベルでも庁内にいる医系技官は、数が少ないまたはゼロで、役所の方々は、医師会ばかりに目が向き、県立病院等の勤務医の声を拾い上げようという考えもなく、私の住んでいる関東の公立病院は、内科でさえも閉鎖されていきます。

病院を監督指導する行政が、医療崩壊を深刻に受け止めていないのです。じゃあ、どうすればいいかと言われると、まずは、選挙に行きましょうですかね(笑)

>いのげ先生
 「既に発生してしまった損害について誰がどの割合で分担するかを決める」という問題と、「損害を発生させた原因を追究し、今後同様の損害を発生させないための方策を立てる」というのは別個の問題です。そして、前者の追及が後者の追究を阻害するという理由で前者(すなわち訴訟)を制限するというのも政策として当然アリだと思います。
 しかし、損害保障制度も公の原因究明機関も存在せず、ただ被害と被害感情が存在する状態で、前者を追及するなというのは無理というものです。司法は損害の存在を主張する者の訴えを受けて何もしないで済ませることはできません。もちろん、「それは誰かに補填を求めるべき損害ではない」という判断を当事者にきちんと示すことも司法の役割です。先生はあまり関心がないかもしれませんが、医事関係訴訟判決の6割から7割は「それは医師に賠償を求めるべき損害ではない」という判断を示すものです。

>元研修医先生
 ですから、臨床医4名と弁護士1名で構成された審査会で審査することすら「バイアスがある」と仰るのであれば、一体誰がどうすれば医事紛争を処理できるのですか、とお尋ねしているのです。臨床医4名を含む5名で構成された審査会の意見が「異常なしの判定をすることが適正であったと認定するには困難があった」としているものを判決の参考にすることすらダメだと仰るのなら、もはや話にならないと思うのですが。なお、「呼吸器科医2名を含む」と書いてある以上、呼吸器専門医以外の医師が2名審査に参加していたと理解するのが自然だと思うのですが、一体どういう意図で「通常検診のレントゲンって絶対呼吸器専門医が読影してますか?」とお尋ねなのですか?

 また、「臨床医と研究医は似て非なる者」というのは百も承知です。なにしろ法学部教員の大半が法曹資格を有しないという、医師の世界よりもずっと異常な世界を私は知っているのですから。私がいつ、医療システムを専門とする研究医による臨床に関する意見に価値があると申し上げましたか?私は、医療システムを専門とする研究医が医療紛争処理システムのあり方という“研究領域ど真ん中”について述べた意見を、なぜ医療紛争システムについて継続的に研究しているわけではないはずの臨床医の皆さまがよってたかって排斥なさるのかわからない、と申し上げているのです。漠然と「自分の抱いている訴訟に対するイメージと異なる」というだけでは、「マスコミによって歪曲された医療に対するイメージに踊らされる患者」と何ら変わるところがないのではないですか?

>老人の医者先生
 私だって好んで環状線にポイントを切り替えているわけではないですよ。今起こりつつある(地域や診療科によっては既に起こっている)医療崩壊に対して、原因論ばかり取り上げても意味がないことは理解しています。

 ただ、
>「焦点が第三者機関や現在のトンデモ判決、裁判の焦点などになると話がスルーされてしまう傾向も感じました。法律で賠償額に制限が付くと報酬が減るので現行法を希望。第三者機関が活躍すると弁護士や裁判官の権限が減る。ましてや争点をうまく逸らしてトンデモ判決でラッキーということがなくなる。トンデモ裁判官には大活躍して欲しい。もちろん薬の添付文書の内容など原告側に都合の良いものはそのまま採用。あるいは、実務法曹として、今後の医療訴訟や現在担当中の訴訟の参考意見を得るためにこのエントリを利用されているのかと思うことすらありました。」

 というような医師の方々の認識を放置・追認していては「現実的対処を念頭に置いた議論」が成り立つとは思えないので、あえてコメントさせていただいている次第です。

 裁判所は、どちらの紛争当事者の主張が正しいのか判定するわけですが、もとより裁判官に体系的な医学知識が備わっているわけでも臨床経験を有するわけでもないので、医師の皆さまから見れば荒唐無稽な結論に至っているものもあるということは誰も否定しておりません。
 一般に裁判所は患者原告から賄賂を受け取って私腹を肥やしたいと願っているわけではなく、社会的に妥当な判断を迅速に両当事者及び社会に向けて示すという役割を果たしたいと考えており、多くの専門家から見て不当な判断であるという批判が集まればその役割を果たすことができないことも承知しています。
 そこで裁判所としては、アンケート式鑑定やカンファレンス型鑑定といった方法を用いて一人の鑑定人の特殊な見解に引きずられないようにするという工夫や、医師を含めた調停委員会に事件を審理してもらったり(付調停制度)、医師の専門委員に審理関与を求めたり(専門委員制度)といった工夫をしているわけです。もちろん、「それでは不充分であり、あくまでも臨床医主体の審査機関によって事実認定がなされなければならない」というご見解もあろうかと思います。

 そうなると、臨床医主体の行政型ADRや民間型ADRを多く作り、これを活用していく必要があるということになります。行政型ADRとは厚労省のモデル事業や上記判決で出てきた「府中市健康診査事業等適正運営委員会」などであり、民間型ADRとは老人の医者先生がご紹介になっておられた「日本医学歯学情報機構」の事業や茨城県医師会が設置した「医療問題中立処理委員会」などが挙げられます。

 我が国では、YUNYUN先生が仰っておられましたように民間型・行政型ADRが活用されない状況にありますので、ADRを訴訟手続に前置する制度や一旦訴訟手続に乗っかった事案をADRの審理に付する制度などを作ることで積極的な活用を促していく必要があります(例えば特許判定制度(特許法71条)や公害事件原因裁定嘱託制度(公害紛争処理法42条の32)など、裁判所が専門的知見を必要とする事案について専門ADRの力をお借りするという制度が既に存在していますので、もしも医療分野の権威あるADRが設立されれば同様の制度を作ることは充分可能であると考えます)。

 ただ、私が問題であると感じているのは、医師の皆さまが「臨床医主体の医療事故調査機関による裁定」をお望みなのに、実際に臨床医主体で構成されている府中市健康診査事業適正運営委員会で「異常なしの判定をすることが適正であったと認定するには困難があった」という結論が出ていても批判したりスルーしたりなさるばかりで「同じ臨床医の判断なのだから受け入れよう」という見解が全く見られないことです。非医療者の判断に紛れ込むバイアスを排除しても「また別のバイアスがある」と仰っているのを伺っていますと、「結局臨床医主体の医療事故調査機関ができても皆さんがご納得なさることはなく、司法が原因で生じているとされる医療崩壊の進行を食い止めることはできないのではないのか」と考えてしまいます。

>僻地外科医先生
 第三者機関に対する私の考えは上記のとおりです。臨床医主体の医療事故調査機関はぜひとも必要です。ただ、直近の議論に接し、医師の皆さまが本当に第三者機関を望んでおられるのか、ただ単に無答責を求めているだけではないのかという疑問を抱いています。

>YUNYUN先生
 ブログ「新小児科医のつぶやき」のYosyan先生が、「鑑定の再評価を行う団体の設立」について検討を重ねておられます。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20060918
 長中期的には臨床医主体の医療事故調査機関の設立が行われるとしても、それができないうちは司法が医事紛争の処理を担うしかないわけで、司法判断が原因で医師が臨床現場から逃げ出すという事態を進行させないためには医事訴訟の判決の妥当性を高めていく努力をするしかありません。不当な鑑定・不当な意見書を検証しその不当性をきちんと指摘するという試みはその一歩になりうると私は思っていますし、鑑定のレベル向上は将来の医療事故調査機関のレベル向上にもつながるものと考えております。

こんにちは、整形Aです。

府中市の健診の裁判に絡んで、当地区の肺がん結核健診の実情について少し(例によって長くなるかもしれない)述べます。

当地区は、基幹病院の内科が伝統的に呼吸器がメインなので、この健診には力が入っています。健診委員会を立ち上げ、精度管理もきっちりやっているほうだと思います。
読影はダブルチェックです。2人の委員が同じ画像をそれぞれ読影します。異常があった場合はさらに別の委員が読影し、過去画像と比較して要精密検査にまわすかどうか決めます。
最終的に精密検査にまわすのはおおよそ3%くらいを目安にしているようです。

これだけやっても見落としはでてきます。毎年数人、健診で異常なしとされたにもかかわらず、病院を受診して肺がんが見つかることがあるのです。
また、要精密検査にまわしたところ、怪しいと思った部位はなんでもなく、関係ない別のところに肺がんが見つかったりすることもあります。委員会では「やぶにらみ読影」と呼んでいるようです。
ちなみに読影委託料は、当市では1枚当たり220円(!)となっています。

今述べたように、220円の読影料だからといって決して手を抜いているわけではありません。間接撮影と直接撮影との違いもあるので府中市の例と同じとは言えないと思いますが、それでもそもそも健診には限界があることを示しています。
この金額でここまでやって、それで見落としがあった場合に患者から訴えられたら、健診を担当する医師はいなくなっちゃいますね。

原告側は「体がだるいのでわざわざ有料の検診を受けた」と主張していますが、当市の肺がん健診も有料です。有料だからすべての疾患が発見できるというものでもないでしょう。
被告側に瑕疵があるとすれば、
「今のところ絶対これだ、と断言できるような所見はありませんが、この健診ですべてがわかるわけではありません。もっと詳しく調べるためには、それぞれの専門の医療機関にかかって徹底的に検査することです。ただし、それでもすべての疾患が発見できるわけではないし、医療も健診も人間の体を相手にしている以上、確実なものは何もないのですよ」
と、原告側に言わなかった(もしかすると言ったのかもしれないが)点でしょうか。
もっともこんなことは医療サイドから見れば常識で、むしろ健診事業を行なう主体、件の事件の場合は府中市があらかじめ市民に対し啓蒙しておくべきことなのでしょうが・・・。

>an_accused様

>実際に臨床医主体で構成されている府中市健康診査事業適正運営委員会で「異常なしの判定をすることが適正であったと認定するには困難があった

 この件について、私はスルーしたつもりではないので再度発言いたします。

 単体の写真を見て、かつ、そこに異常があるという状況を知った上で写真を見た場合、「異常なしの判定をすることは適正ではない」という判断をした府中市健康診査事業適正運営委員会の判断は間違っていないでしょう。なにより、あとから写真を見た被告医師自身が「明らかな見落とし」として過失を認めています(判決文参照)。

 問題は何100枚もの写真を「そこに異常があるか無いか分からない」状況で写真を見て、その中で見落としがあったケースだということで、これはどんな名医でも見落とし0とするのは不可能だと言うことはお分かりいただけるかと思います。「直径1cmで血管影にかかる癌の胸部写真」を1000枚見て5枚見落としがない(正診率99.5%)医師がいれば、それはもはや、ものすごい名医、スーパードクターと言っていいレベルだと思います。
 とはいえ、これが過失ではないと断定できないのは当の被告医師自身、また、委員会の判断の通りでしょう。と言うことでこのような事例は裁判ではなく「医賠責」保険の様なもので扱うのが筋ではないか、というのが前のコメントの趣旨です。現時点では他に紛争解決手段がないので裁判(もしくは裁判前の和解)という手法を取らざるを得ないのは私も認めます。が、大筋、この手の医療事故を扱うには私の主張するような手法の方がふさわしいという点には同意いただけるでしょうか?

 

>>No.218のan_accusedさん
「呼称」の件、お聞き入れいただきありがとうございます。
ぐっと文章に説得力が出てきました。

コメント最後のリンク先、「新小児科医のつぶやき」も覗いてみました。
あっちではan_accusedさん、すっごい紳士なんですね。
それが普通の姿なのだと思いますが。

(↓本来ならばあっちのブログに書き込むべき独り言)
鑑定書を再評価する目的にせよ、政府に圧力をかける目的にせよ、医師が集う団体が必要なら、新しく作る以外に、既存の団体=日本医師会を利用する手もアリかな、と思っています。
さすがに資金と人間と対政府ノウハウのリソースはふんだんに持ってそうですから。
勤務医の会員が少ないと言われながらも、勤務医委員会や勤務医部会と呼ばれるものもあります。
http://www.med.or.jp/kinmu/index.html
どのみち開業医さんとも共闘しないといけませんし。
巨象過ぎて小回りの効く活動を事業化してくれない、のも容易に予想できますが、とりあえず小さな団体を別個に立ち上げておいて、後から合流を求める方法もあろうかと思います。

昨今の医療の問題、各論においていろいろと相違はあるのでしょうが、総論の部分においては極めてシンプルなことではないかと考えております。

すなわち、医療にもっとコストをかけるか、それとも質的低下を容認するかの二つに一つであるということです。

コスト増大はどうやら受容しないという声が多数派のように感じておりますので、後はどこのレベルを落とすかを決めていただきたい。それも今すぐ、直ちに。医療の利益を享受する国民に望むのは、本質的にただそれだけです。

管理人から

 コメント数が200を超えましたので、

 医療崩壊について考え、語るエントリ(その4)

 以後は(その4)にお願いします。

P R

ブログタイムズ

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